(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023133207
(43)【公開日】2023-09-22
(54)【発明の名称】ヤツメウナギLIPタンパク質の肥満治療及び耐寒性向上のための食品及び薬品の製造における使用
(51)【国際特許分類】
C07K 14/46 20060101AFI20230914BHJP
A23L 33/17 20160101ALI20230914BHJP
A61P 3/04 20060101ALI20230914BHJP
A61K 38/17 20060101ALI20230914BHJP
A61K 9/20 20060101ALI20230914BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20230914BHJP
A61K 9/16 20060101ALI20230914BHJP
A61K 9/48 20060101ALI20230914BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20230914BHJP
A61P 3/06 20060101ALI20230914BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20230914BHJP
【FI】
C07K14/46
A23L33/17 ZNA
A61P3/04
A61K38/17
A61K9/20
A61K9/08
A61K9/16
A61K9/48
A61P3/10
A61P3/06
C12N15/12
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2023033797
(22)【出願日】2023-03-06
(31)【優先権主張番号】202210225097.0
(32)【優先日】2022-03-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(71)【出願人】
【識別番号】521518714
【氏名又は名称】遼寧師範大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100148633
【弁理士】
【氏名又は名称】桜田 圭
(74)【代理人】
【識別番号】100147924
【弁理士】
【氏名又は名称】美恵 英樹
(72)【発明者】
【氏名】▲パン▼ 越
(72)【発明者】
【氏名】李 慶偉
(72)【発明者】
【氏名】杜 沢宇
(72)【発明者】
【氏名】韓 英倫
(72)【発明者】
【氏名】李 軍
(72)【発明者】
【氏名】盧 佳麗
【テーマコード(参考)】
4B018
4C076
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
4B018MD20
4B018ME01
4B018ME04
4B018ME14
4B018MF14
4C076AA31
4C076AA36
4C076AA53
4C076BB01
4C076BB11
4C076BB13
4C076BB15
4C076BB16
4C076CC21
4C084AA02
4C084AA03
4C084AA07
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA22
4C084BA23
4C084CA45
4C084MA17
4C084MA35
4C084MA37
4C084MA41
4C084MA65
4C084MA66
4C084NA05
4C084NA14
4C084ZA70
4C084ZC33
4C084ZC35
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA50
4H045EA01
4H045EA20
4H045FA72
4H045FA74
(57)【要約】 (修正有)
【課題】白色脂肪を褐色脂肪に褐色化させることによる肥満の治療方法における、ヤツメウナギLIPタンパク質の使用を提供する。
【解決手段】ヤツメウナギLIPタンパク質の、肥満治療と耐寒性向上のための食品及び/又は薬品の製造における使用であって、前記ヤツメウナギLIPタンパク質が特定のアミノ酸配列である、使用を提供する。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヤツメウナギLIPタンパク質の肥満治療と耐寒性向上のための食品及び/又は薬品の製造における使用であって、前記ヤツメウナギLIPタンパク質のアミノ酸配列がSEQ ID NO:2である、ことを特徴とする使用。
【請求項2】
前記ヤツメウナギLIPタンパク質をコードする遺伝子のヌクレオチド配列がSEQ ID NO:1である、ことを特徴とする請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記ヤツメウナギLIPタンパク質は、異種発現系を用いて得られたもの、又はヤツメウナギのリー小体の培養液から分離されたものである、ことを特徴とする請求項1に記載の使用。
【請求項4】
前記異種発現系は、大腸菌発現系、酵母発現系、植物発現系、昆虫発現系及び哺乳類細胞発現系を含む、ことを特徴とする請求項3に記載の使用。
【請求項5】
前記薬品は、前記ヤツメウナギLIPタンパク質と、薬学的に許容可能な担体とを含む、ことを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の使用。
【請求項6】
前記薬学的に許容可能な担体は、充填剤、希釈剤、粘着剤、崩壊剤、乳化剤、薬物担持担体を含む、ことを特徴とする請求項5に記載の使用。
【請求項7】
前記薬品は、薬学的に許容可能な剤型に製造され、前記剤型は、錠剤、注射剤、顆粒剤及びカプセル剤を含む、ことを特徴とする請求項6に記載の使用。
【請求項8】
一回分の薬品は、1~106μgの前記ヤツメウナギLIPタンパク質を含有する、ことを特徴とする請求項7に記載の使用。
【請求項9】
前記注射剤の投入方法は、皮下注射、筋肉内注射、静脈内注射を含む、ことを特徴とする請求項7に記載の使用。
【請求項10】
前記薬品は、II型糖尿病、肥満、高脂血症に適用される、ことを特徴とする請求項9に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬技術分野に関し、特に、ヤツメウナギLIPタンパク質の肥満治療及び耐寒性向上のための食品及び薬品の製造における使用に関する。
【背景技術】
【0002】
脂肪組織は、人間にとって非常に重要なエネルギー貯蔵組織であり、一般に白色脂肪組織、褐色脂肪組織、誘導性褐色脂肪組織またはベージュ脂肪組織の3種類を含む。白色脂肪組織の主な機能はエネルギーを蓄えることで、褐色脂肪組織とベージュ脂肪組織の主な機能は熱を産生し、生体のエネルギーバランスを維持することである。肥満とは、多くの要因によるメタボリックシンドロームであり、生体内で白色脂肪細胞のサイズと数が増加し、褐色脂肪細胞の数と活性が低下する。白色脂肪をベージュ脂肪や褐色脂肪に褐色化させることで、褐色脂肪の量と活性を高めるだけでなく、白色脂肪の量を減らすこともできるので、ダイエットの目的を達成することができる。
【0003】
現在、肥満の治療方法として、主に手術治療と薬物治療が用いられている。手術治療は、手術による痛み、傷口、潜在的な感染症などの副作用があるため、非重症肥満の患者には適してない(特許文献1を参照)。現在、肥満治療のための薬物は、その副作用がかなり顕著である。例えば、特許文献2(CN202210053692.0)には肥満治療用組成物が開示されているが、該組成物には多種の漢方薬が含まれているため、肝臓の損傷を引き起こしやすい。特許文献3には、オルリスタットで胃腸管の吸収を抑制して肥満治療の目的を達成することが開示されているが、オルリスタットによる脂肪便や大便失禁などの潜在的な副作用が受け入れられにくい。そのため、白色脂肪の褐色化を誘導して生体自身の代謝を高めて熱を産生することは、より安全で効果的な肥満治療の新たな方法になっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6954997号公報
【特許文献2】中国特許出願公開第114306424号明細書
【特許文献3】欧州特許出願公開第3943076号サーチレポート
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記従来技術の課題に鑑みてなされたものであり、ヤツメウナギLIPタンパク質の白色脂肪の褐色化を誘導して、肥満を治療し、耐寒性を向上させる等の作用に基づいて、ヤツメウナギLIPタンパク質の肥満治療と耐寒性向上のための食品・薬品の製造における使用を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の目的は、以下の手段で実現される。
【0007】
本発明は、ヤツメウナギLIPタンパク質の肥満治療と耐寒性向上のための食品及び/又は薬品の製造における使用を提供し、ヤツメウナギLIPタンパク質のアミノ酸配列がSEQ ID NO:2である。
【0008】
さらに、前記ヤツメウナギLIPタンパク質をコードする遺伝子のヌクレオチド配列はSEQ ID NO:1である。
【0009】
さらに、ヤツメウナギLIPタンパク質は、異種発現系を用いて得られたもの、又はヤツメウナギのリー小体の培養液から分離されたものである。
【0010】
さらに、前記異種発現系は、大腸菌発現系、酵母発現系、植物発現系、昆虫発現系、哺乳類細胞発現系を含む。
【0011】
さらに、前記薬品は、前記ヤツメウナギLIPタンパク質と、薬学的に許容可能な担体とを含む。
【0012】
さらに、前記薬学的に許容可能な担体は、充填剤、希釈剤、粘着剤、崩壊剤、乳化剤、薬物担持担体を含む。
【0013】
さらに、前記薬品は、薬学的に許容可能な剤型に製造される。
【0014】
さらに、前記剤型は、錠剤、注射剤、顆粒剤、カプセル剤を含む。
【0015】
さらに、1回分の薬品は、1~106μgの前記ヤツメウナギLIPタンパク質を含有する。
【0016】
さらに、前記注射剤の投与方法は、皮下注射、筋肉内注射、静脈内注射を含む。
【0017】
さらに、前記薬品は、II型糖尿病、肥満、高脂血症またはメタボリックシンドロームの治療に用いられる。
【0018】
さらに、前記薬品は、生体の耐寒と熱産生の能力を高めることができる。
【発明の効果】
【0019】
従来技術に対して本発明は以下の有益な効果を有する。
【0020】
1.本発明は、ヤツメウナギLIPタンパク質が白色脂肪の褐色化を誘導して、肥満を治療し、及び耐寒性を向上させる等の作用に基づいて、ヤツメウナギLIPタンパク質の肥満治療と耐寒性向上のための食品と薬品の製造における使用を提供し、品質制御で合格したLIPタンパク質を皮下注射により投与し、LIPタンパク質は、皮下白色脂肪組織を標的として、皮下白色脂肪組織の褐色化を正確に誘導させることで、生体の耐寒と熱産生の能力、インスリン感受性及び肥満治療の機能を向上させることができ、生物学的安全性が高く、有効性が強いとの特徴があり、臨床的応用が期待されている。
【0021】
2.本発明は、肥満症を治療するための新たな標的を提供し、本発明によれば、ヤツメウナギLIPが白色脂肪を褐色化させる機能を持っていることを発見し、内因性LIPを過剰発現させたり、外因性LIPを注射したりすることで、脂肪細胞の耐寒と熱産生の能力を向上させることができる。RNAシークエンシングの結果から分かるように、LIPは褐色脂肪の分子マーカーUCP1などの発現を向上させることができ、肥満症と代謝性疾患に対して新たな治療標的を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
以下、本発明の実施例をより一層明確に説明するために、実施例に係る図面を簡単に説明する。
【0023】
【
図1】LIPを過剰発現するLIP遺伝子組み換えゼブラフィッシュTg(TRE:EGFP-lip)の作成過程及び検証図。A:遺伝子組み換えゼブラフィッシュの作成の技術手段経路を示す図、B:Tg(TRE:EGFP-lip)遺伝子組み換えゼブラフィッシュ(a#及びb#)の尾びれゲノムを同定した図、C:WB(Western Blot)法でゼブラフィッシュのLIPとEGFPの発現を分析した図、D:lip遺伝子のTg(TRE:EGFP-lip)遺伝子組み換えゼブラフィッシュにおける発現プロフィール(縮尺は250μm)を示す図、E:共焦点顕微鏡法で遺伝子組み換えゼブラフィッシュにおけるLIPの発現を分析した図(縮尺は100μm)。
【
図2】過剰発現したLIPがゼブラフィッシュの胚の4つの時期(19hpf、36hpf、60hpf、96hpf)のトランスクリプトームへの影響を示す図。
【
図3】siRNA干渉試験により、lip遺伝子が転写レベルで褐色関連分子を阻害することを検証した図。
【
図4】高脂肪マウスのモデルを作成した図である。A:高脂肪マウスの体重変化を示す図、HDは普通食を示し、n=30であり、HFDは高脂肪食を示し、n=130である、B:高脂肪マウスの体型変化を示す図、C:マウスの血中トリグリセリド量を示す図(n=30)、D:マウスの血中総コレステロール量を示す図(n=30)。
【
図5】LIPタンパク質の異なる投与方法と投与量の組み合わせによる高脂肪マウスの体重変化を示す図。
【
図6】異なる投与方法により異なる投与量のLIPタンパク質を注射した後の、マウスのインスリン感受性の測定結果を示す図、A:ブドウ糖負荷試験、B:インスリン負荷試験。
【
図7】皮下注射により10μgのLIPタンパク質を投与した後の、マウスの寒冷暴露試験結果を示す図。A:勾配寒冷暴露過程中のマウスの直腸温の測定結果を示す図、B:4℃での寒冷暴露におけるマウスの生存曲線を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、実施例に関連して本発明を詳細に説明するが、本発明の実施形態は、これに限定されず、以下の説明における実施例は、本発明の実施例の一部にすぎず、当業者にとって、創造的な労働を行わない前提で得られる他の類似する実施例は、いずれも本発明の請求の範囲に属するべきである。
【0025】
(実施例1)
本発明に係る薬物誘導性過剰発現ヤツメウナギLIP遺伝子組み換えゼブラフィッシュTg(TRE:EGFP-lip)は、発明者らにより実験室で作成され、その作成、安定系の確立及び同定の手順は以下の通りである。
【0026】
(1)プラスミドTol2-actb2-rtTAM2-TREP-EGFP-P2A-lipの作成:
lip遺伝子配列を化学合成し、その配列を、商品化したプラスミド(具体的には、Gu Q, Yang X, He X, Li Q, Cui Z.Generation and characterization of a transgenic zebrafish expressing the reverse tetracycline transactivator.J Genet Genomics.2013 Oct 20;40(10):523-31.doi:10.1016/j.jgg.2013.06.008を参照)に結合させて得る。ここで、Tol2はII類トランスポゾン配列で、actb2はβ-actin配列で、rtTAM2はテトラサイクリンにより制御される転写活性化因子で、TREPはtre promoterプロモーター配列で、EGFPは緑色蛍光タンパク質配列で、P2Aは一類自己スプライシング配列である。lipのヌクレオチド配列がSEQ ID NO:1であり、lipのアミノ酸配列がSEQ ID NO:2である。
作成された遺伝子組み換えプラスミドをAB系のゼブラフィッシュの受精卵に顕微注射する。
【0027】
(2)30μg/mLのDox(塩酸ドキシサイクリン)でゼブラフィッシュ胚でのLIPを過剰発現を誘発させ、陽性胚を緑色蛍光により選別する。
【0028】
(3)選別したF0世代の陽性ゼブラフィッシュ胚を、Doxが含まれていない1×E3培地に移して3mpfまで飼育し、2株が得られ、それぞれa株(a#)、b株(b#)と命名する。
【0029】
(4)2株のゼブラフィッシュ成魚の尾びれからゲノムDNAを分離し、2組のlip遺伝子のプライマーを設計してPCR同定を行い、その結果、特異的バンドを有することが示され、これは2株のゼブラフィッシュゲノムDNAはいずれもlip遺伝子を有すること、即ち、lip遺伝子が単一の染色体遺伝子座に組み込まれた(b#株のゼブラフィッシュは、バンドの明るさと緑色蛍光強度が弱く、その後の安定系の確立にはすべてa#株を使用した)ことを示している。
【0030】
(5)Western blot法で遺伝子組み換えゼブラフィッシュのEGFPとLIPのタンパク質の発現レベルを分析し、その結果、LIPを過剰発現させたゼブラフィッシュでは明らかなバンドが現れ、これは、遺伝子組み換えゼブラフィッシュTg(TRE:EGFP-lip)の作成が成功したことを示している。
【0031】
(6)蛍光イメージング技術によりlip遺伝子の時空的な発現プロフィールを確定し、その結果からわるように、LIPタンパク質はまず遺伝子組み換えゼブラフィッシュの体節期の脊髄で発現し、その後、脊髄から脳や周囲の筋肉組織へと徐々に発現する。
【0032】
(7)陽性ゼブラフィッシュの連続的な自殖と戻し交配によって安定なlip遺伝子発現を有する遺伝子組み換えゼブラフィッシュ株を選別し、具体的に、F0ゼブラフィッシュは自殖によって258枚のF1世代のゼブラフィッシュ胚、36匹の陽性F1世代のゼブラフィッシュが得られ、陽性率は13.95%である。
【0033】
(8)F1世代の胚を孵化して成体まで飼育し、その後、F1世代の陽性ゼブラフィッシュを自殖することで、より安定な蛍光発現を有するF2世代が得られ、F2世代のゼブラフィッシュの陽性率は56.02%である。
【0034】
(9)技術手段経路に従って、遺伝子組み換えゼブラフィッシュ株を継続的に最適化させ、かつゼブラフィッシュゲノムにおけるlip遺伝子のコピー数を安定化させ、最終にF4世代で遺伝子組み換えゼブラフィッシュTg(TRE:EGFP-lip)の安定系を成功に確立した。
【0035】
(実施例2)
本実施例は、4つの時期(19hpf、36hpf、60hpf、96hpf)のゼブラフィッシュ胚に対して、トランスクリプトームのシーケンシングを行った。raw readsをフィルタリングして、計58.89GのCleanDataを得、各サンプルの有効的なデータ量は6.99-7.91Gに分布し、Q30塩基は92.04-92.50%に分布され、平均GC含有量は46.43%であった。この結果は、シーケンシング過程において、ATとGCの分離が発生せず、GとCの塩基及びAとTの塩基の含有量は各シーケンシングサイクルにおいてそれぞれ等しく、全体のシーケンシング過程で安定していることを示している。野生型と遺伝子組み換えゼブラフィッシュの対応する発育時期のFPKMは比較的に類似していることから、シーケンシングのデータの標準化の程度が高く、その後の分析に活用することができることを示している。主成分分析(PCA)により、胚で発現されたlip遺伝子(19hpf)の、胚発育終了(96hpf)までの連続的な発育過程における発現を示している。同じ発育段階のデータセットがサンプルの空間的配置で非常に近く、これはサンプルの均一化の程度が高く、その後の分析に活用することができることを示している。|log2FC|≧2及びFDR≦0.05を、差次的発現遺伝子の選別基準として、ゼブラフィッシュのlip遺伝子の過剰発現に伴う主要な応答遺伝子を選別した。537個のアップ調節の遺伝子(up-regulated gene)と603個のダウン調節の遺伝子(down-regulated gene)を含む2204個の差次的発現遺伝子(DEGs)が得られた。LIPの過剰発現による発現変動遺伝子は、主に脂質代謝経路に(例えば、PPAR signaling pathway、Steroid biosynthesisステロイド生合成、及びFatty acid biosynthesis脂肪酸生合成等)存在する。また、LIPの過剰発現により褐色脂肪の分子マーカーucp1等がアップ調節(up-regulation)され、この結果は、LIPが転写レベルで白色脂肪の褐色化を誘導することを示している。
【0036】
(実施例3)
本実施例に使用された雷氏ヤツメウナギ(Lampetra reissneri)を遼河流域で採獲し、遼寧師範大学のヤツメウナギ研究センターで一時時に飼育した。
雷氏ヤツメウナギlip遺伝子に対するsiRNA干渉は次のステップで行った。
【0037】
(1)性徴が明らかな雷氏ヤツメウナギを取って、オスのヤツメウナギの表面の水分を吸い取ってから固定し、エラに沿って排出腔に向けて腹部を絞って、オスのヤツメウナギの精液を乾燥した平皿に排出させ、メスのヤツメウナギに対して同じ処理を行い、精液と卵子を均一に混合させてから、水を含んだゼブラフィッシュの飼育水槽に入れ、数回洗浄した。
【0038】
(2)飼育水槽内の胚の粘着度合いに基づいてヤツメウナギ受精卵の品質を初期判断し、粘着性が大きいほど(水を捨てると、ほとんどの受精卵が飼育水槽の底部に付着する)受精卵の品質が良く、受精後の卵黄膜が急速に膨張し、10分程度で注射することができた。
【0039】
(3)lip遺伝子の第308位での遺伝子サイレンシングは、効果がよく、lipのGenBank番号はMG572977.1である。siRNA-LIPは、lip mRNAのセンス鎖とアンチセンス鎖とで、二本鎖RNAを生成して、特異的な分解を引き起こし、lip遺伝子の発現をサイレンシングさせた。本発明におけるlip遺伝子のノックダウンに使用されたsiRNA-LIPは、化学合成により製造され、合成配列は以下の通りである(5’から3’)。
SEQ ID NO:3:CCGCAACCGUGAGUUCUUUTT
SEQ ID NO:4:AAAGAACUCACGGUUGCGGTT
合成後のsiRNA-LIPを4000rpmで1分間遠心分離して、クリーンベンチ中において、125μLのDEPC水でOD260が1になるようにsiRNAを溶解させて、PCR管に分注し-80℃で保存した。
【0040】
(4)マイクロピペット引抜き装置(Micropipette Puller)により毛細管を引っ張って、長さが等しく、注射部が細長い2本の注射針を形成し、注射針をボックスに置いて紫外線照射により20分間滅菌した後、5倍の顕微鏡下に置いてピンセットで針の先端を切った。
【0041】
(5)スポイトにより、注射予定の胚をスライドの片側に吸着させ、スライドの反対側で水をスポイトで吸い込んだ。このように排卵針で胚をスライドの片側に配列させて吸着させることができ、水はちょうど胚を超えるようにした。
【0042】
(6)マイクロピペットで5μLの注射液(siRNA-LIP)を吸い込み、siRNA-LIPをガラス管の針の先端部分に加えた。
【0043】
(7)収集した胚を実体顕微鏡の下に置き、低倍率対物レンズで胚に焦点を合わせ、注射針先を軽く落として視野の中心に押し込み、注射針先がはっきり見えるまでマイクロ操作システムの微調整により注射針の位置を調整し、さらに、胚と注射針先の両方が最もはっきりしたレベルになるように顕微鏡の焦点距離、注射針と胚の位置を調整し、胚と注射針の先端の両方が最高の透明度になるようにした。操作レバーを押し、注射針先が胚に入るように慎重に針を挿入し、スイッチを踏んでサンプルを胚に注入した。
【0044】
(8)注射が完了した後、胚をスポイトで養殖水に軽く吹きつけて養殖し、養殖環境中のイオン濃度、ph値、溶存酸素を一定に保つように毎日、1/3の水を交換した。
【0045】
(9)胚が神経胚に発達した後、RNAを抽出し、合格したサンプルのライブラリーの構築を行い、データを取得してデータ品質管理、比較組立、差次的発現、機能注釈などの純化分析を行った。その結果から分かるように、ヤツメウナギlip遺伝子の発現をサイレンシングすることにより褐色脂肪の分子マーカーUCP1等の発現が抑制され、これはLIPが白色脂肪の褐色化に対してアップ調節作用を持っていることを示している。
【0046】
(実施例4)
130匹のC57BL/6Jマウス(2週齢)を高脂肪飼料(高脂肪食)で16週間飼育し、体重の変化を毎週観測する。基礎飼料(普通食)は、25%の小麦粉、25%のオートミール、25%のトウモロコシ粉、10%の大豆粉、8%の魚粉、4%の骨粉、2%のイースト、1%の精塩からなる。高脂肪飼料は、90%の基礎飼料、1.5%のコレステロ-ル、8.2%の豚脂、0.3%の豚の胆汁酸塩(Bile salt,pig)からなる。高脂肪マウスの体重が同期の普通食マウスの体重の2倍になることを基準として、マウス尾血のトリグリセリドとコレステロールを測定した。その結果、トリグリセリドとコレステロールはいずれも対照群(普通食)マウスよりも有意に高く、高脂肪モデルの作成が成功したことが示された。
【0047】
(実施例5)
本実施例に使用されるヤツメウナギの免疫タンパク質LIPの製造については、特許番号が201310501366.2、名称が「ヤツメウナギのリータンパク質、製造方法及び腫瘍疾患の予防と治療のための薬物の製造における使用」という中国特許を参照する。
ヤツメウナギのリー小体の培養液からヤツメウナギの免疫タンパク質LIPを分離する手順は、以下の通りである。
a.新鮮なヤツメウナギのリー小体を取って、トリプシンに置いて4℃で一晩消化する。
b.消化した細胞を収集し、PBSで2回洗浄する。
c.無血清の1640培養液に移し、72時間培養する。
d.ヤツメウナギのリー小体の細胞の培養液を収集し、最終濃度が2mmol/Lであるフッ化フェニルメチルスルホニルを加える。
e.0.1M KCl/緩衝液A(20mM KPB、5%グリセロール、pH7.0)を透析液とし、4℃の条件で、収集された細胞培養液を2hr~O/Nで3回透析する。
f.透析したサンプルを0.45μmのフィルターで濾過する。
g.濾過したサンプルを、カラム体積が10mLであるMacro-Prepセラミック ヒドロキシアパタイト タイプI 80μmのヒドロキシアパタイト吸着のカラムクロマトグラフィーにローデイングし、0~250mM KPB pH7.0/0.1M KCl/緩衝液Aで線性勾配溶離を行い、流速が1.0mL/分であり、2.5mL/管で分注し全部で80管を収集する。
h.第8~第23管の溶離液を混合し、1Lの緩衝液B(20mM Tris-HCl、5%グリセロール、pH8.0)に置いて4℃で透析を行い、2hr~O/Nで透析液を交換し、3回透析する。
i.透析した後のサンプルを0.45μmのフィルターで濾過する。
j.20mLのQ Sepharose Fast Flow(GEヘルスケアから購入)を取ってカラムクロマトグラフィーに注ぎ入れてカラムを充填し、前の手順中のサンプルに対してイオン交換クロマトグラフィーを行う。具体的に、ろ過した後のサンプルをすべてカラムにローディングし、0~0.3M KCL/緩衝液Bで線性勾配溶離を行い、流速が1.0mL/分であり、2.5mL/管で分注し全部で80管を収集する。
k.第29~第35管を収集し、PBSを用いて2hr~O/Nで計3回透析し、純化されたヤツメウナギ免疫タンパク質LIPである生成物を得る。
【0048】
ヤツメウナギ免疫タンパク質LIPは異種発現系を利用して獲得してもよく、例えば、大腸菌原核発現系、好ましくはpCold I発現ベクターであり、遺伝子組換えのタンパク質のrLiタンパク質を効率よく獲得できる。ヤツメウナギ免疫タンパク質LIPのヌクレオチド配列がSEQ ID NO:1であり、アミノ酸配列がSEQ ID NO:2である。
【0049】
(実施例6)
マウスLIPタンパク質の体内注射実験
(A)LIPタンパク質による高脂肪マウスの肥満治療
実施例4で得られた高脂肪マウス(体重が40±2g)にLIPタンパク質を投与し、投与量が10μg、20μg、40μgで、投与方式が皮下注射(IC)、筋肉内注射(IM)、静脈内注射(IV)である。陽性対照群に対しては、オルリスタット(155mg/kgで、飲み水に連続投与)を投与し、陰性対照群に対しては、30分間煮沸して不活性化させたLIPタンパク質を投与し、異なる投与群に対して継続的に投与する(3日に1回投与)ことで、マウスの飲食による肥満を顕著に抑制することができた(
図5)。3種の注射方式を比べると、皮下注射による投与は、体重の減量効果が最もよいことが認められた。3種の投与量の皮下注射による体重の減量効果を比べると、有意差がない。同様の効果であれば、より低い用量で投与するため、10μgのLIPタンパク質を投与する方がより安全である。以上により、皮下注射により10μgのLIPタンパク質を投与することが、最も効果的である。
【0050】
(B)LIPタンパク質の、高脂肪マウスのインスリン感受性に対する作用
高脂肪マウスを12h断食させた後、翌日午前8:00に異なる群のマウスの尾静脈血を採取し、空腹時血糖値を測定した。その後、胃内投与により15%のブドウ糖溶液を1匹あたり0.2mL投与し、胃内投与後の5、10、15、30、60、120分の6つの時点で血糖値を測定した(
図6A)。高脂肪対照群は普通食群より血糖値が高く、この結果は、高脂肪で飼育された肥満マウスにインスリン抵抗性が現れたことを示している。同じ投与方法で、異なる投与量のLIPタンパク質を投与する場合、高用量の曲線が最も低くなり、LIPの投与量の増加に伴い、高脂肪マウスのインスリン抵抗性が著しく低下し、さらに消失する(皮下注射による40μg投与は、正常マウス及び陽性対照マウスと比べると、曲線が強く重なった)。3種の注射方式の効果をさらに比較するために、20μgの用量を投与したマウスを比べると、皮下投与による曲線が筋肉内注射及び静脈内注射より低く、これは、LIPタンパク質により白色脂肪を褐色化させる最適な投与方法は皮下注射であることをある程度示している。
【0051】
高脂肪マウスを12h断食させた後、翌日午前8:00に異なる群のマウスの尾静脈血を採取し、空腹時血糖値を測定する。その後、腹腔内注射によりインスリン(0.5U/kg)を投与し、胃内投与した後の15分、30分、45分、120分の4つの時点で血糖値を測定した。インスリン負荷試験(
図6B)では、高脂肪対照群は普通食群より血糖値が高く、この結果は、高脂肪で飼育された肥満マウスにインスリン抵抗性が現れたことを示している。同じ投与方法で、異なる投与量のLIPタンパク質を投与する場合、高用量の曲線が最も低くなり、LIPの投与量の増加に伴い、高脂肪マウスのインスリン抵抗性が著しく低下する。3種の注射方式の効果をさらに比較するために、20μgの用量を投与したマウスを比べると、皮下投与による曲線が筋肉内注射及び静脈内注射より低く、これは、前のブドウ糖負荷試験の結果と合致する。
【0052】
ブドウ糖及びインスリン負荷試験から、(1)LIPタンパク質を投与すると、高脂肪マウスのインスリン感受性が顕著に向上し、向上の程度はLIPタンパク質の投与量と正の相関があること、(2)皮下注射は、LIPタンパク質により白色脂肪を褐色化させる最適な投与経路であり、またLIPタンパク質による褐色化は皮下白色脂肪組織に直接作用することを示していることが分る。
【0053】
(C)LIPタンパク質注射マウスの寒冷暴露試験
実験群:対照群マウス(皮下注射によりPBSを投与)、実験群マウス(皮下注射によりLIPタンパク質を10μg投与)。皮下投与は、鼠径部に、左右50μLずつ計100μLを皮下注射した。
【0054】
毎日午前/午後、それぞれ9時と21時に、マウスの直腸温を2回測定する。直腸温の測定はマウス直腸用の検温器を用い、パラフィンオイルで潤滑した検温器をマウスの直腸に1.5~2cmほど挿入させた。なお、挿入の深さが一致するように、ゴムスリップを「止め輪」として検温器にはめて置く。検温器を直腸内に入れて3分間保持した。その結果、皮下注射によりLIPタンパク質を投与したマウスは、寒さに対する抵抗力がより強く、4-8℃でのマウスの直腸温はいずれもPBS群のマウスよりも有意に高いことが示された(
図7A)。
【0055】
寒冷暴露に慣れたマウスを4℃の環境に長時間にわたって寒冷暴露させ、生存曲線を作成した。1かごに1匹のマウスを入れ、厚さが1cmのクッションを置いた。4℃での寒冷暴露下で10μgのLIPタンパク質を注射したマウスは、その死亡率が有意に低下した(
図7B)。この結果は、皮下注射によりLIPタンパク質を投与することで、耐寒性が有意に向上したことを示している。
【0056】
最後に以下のことを説明すべきである。以上の各実施例は本発明の技術的手段を説明するためのものにすぎず、それを限定するものではない。上述した各実施例を参照しながら本発明を詳細に説明したが、上述した各実施例に記載の技術的手段を修正するか、またはその技術的特徴の一部または全部に同等な取り替えを実施することも可能であり、それらの修正や取り替えによって、対応する技術的手段の本質が本発明の各実施例の技術的手段の範囲から逸脱しないことは当業者に理解されるべきである。
【0057】
(付記)
(付記1)
ヤツメウナギLIPタンパク質の肥満治療と耐寒性向上のための食品及び/又は薬品の製造における使用であって、前記ヤツメウナギLIPタンパク質のアミノ酸配列がSEQ ID NO:2である、ことを特徴とする使用。
【0058】
(付記2)
前記ヤツメウナギLIPタンパク質をコードする遺伝子のヌクレオチド配列がSEQ ID NO:1である、ことを特徴とする付記1に記載の使用。
【0059】
(付記3)
前記ヤツメウナギLIPタンパク質は、異種発現系を用いて得られたもの、又はヤツメウナギのリー小体の培養液から分離されたものである、ことを特徴とする付記1に記載の使用。
【0060】
(付記4)
前記異種発現系は、大腸菌発現系、酵母発現系、植物発現系、昆虫発現系及び哺乳類細胞発現系を含む、ことを特徴とする付記3に記載の使用。
【0061】
(付記5)
前記薬品は、前記ヤツメウナギLIPタンパク質と、薬学的に許容可能な担体とを含む、ことを特徴とする付記1~4のいずれか1つに記載の使用。
【0062】
(付記6)
前記薬学的に許容可能な担体は、充填剤、希釈剤、粘着剤、崩壊剤、乳化剤、薬物担持担体を含む、ことを特徴とする付記5に記載の使用。
【0063】
(付記7)
前記薬品は、薬学的に許容可能な剤型に製造され、前記剤型は、錠剤、注射剤、顆粒剤及びカプセル剤を含む、ことを特徴とする付記6に記載の使用。
【0064】
(付記8)
一回分の薬品は、1~106μgの前記ヤツメウナギLIPタンパク質を含有する、ことを特徴とする付記7に記載の使用。
【0065】
(付記9)
前記注射剤の投入方法は、皮下注射、筋肉内注射、静脈内注射を含む、ことを特徴とする付記7に記載の使用。
【0066】
(付記10)
前記薬品は、II型糖尿病、肥満、高脂血症に適用される、ことを特徴とする付記9に記載の使用。
【配列表】
【手続補正書】
【提出日】2023-09-07
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヤツメウナギLIPタンパク質の肥満治療と耐寒性向上のための食品及び/又は薬品の製造における使用であって、前記ヤツメウナギLIPタンパク質のアミノ酸配列が配列番号2である、ことを特徴とする使用。
【請求項2】
前記ヤツメウナギLIPタンパク質をコードする遺伝子のヌクレオチド配列が配列番号1である、ことを特徴とする請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記ヤツメウナギLIPタンパク質は、異種発現系を用いて得られたもの、又はヤツメウナギのリー小体の培養液から分離されたものである、ことを特徴とする請求項1に記載の使用。
【請求項4】
前記異種発現系は、大腸菌発現系、酵母発現系、植物発現系、昆虫発現系及び哺乳類細胞発現系を含む、ことを特徴とする請求項3に記載の使用。
【請求項5】
前記薬品は、前記ヤツメウナギLIPタンパク質と、薬学的に許容可能な担体とを含む、ことを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の使用。
【請求項6】
前記薬学的に許容可能な担体は、充填剤、希釈剤、粘着剤、崩壊剤、乳化剤、薬物担持担体を含む、ことを特徴とする請求項5に記載の使用。
【請求項7】
前記薬品は、薬学的に許容可能な剤型に製造され、前記剤型は、錠剤、注射剤、顆粒剤及びカプセル剤を含む、ことを特徴とする請求項6に記載の使用。
【請求項8】
一回分の薬品は、1~106μgの前記ヤツメウナギLIPタンパク質を含有する、ことを特徴とする請求項7に記載の使用。
【請求項9】
前記注射剤の投入方法は、皮下注射、筋肉内注射、静脈内注射を含む、ことを特徴とする請求項7に記載の使用。
【請求項10】
前記薬品は、II型糖尿病、肥満、高脂血症に適用される、ことを特徴とする請求項9に記載の使用。
【外国語明細書】