(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023133352
(43)【公開日】2023-09-22
(54)【発明の名称】多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法および装置
(51)【国際特許分類】
B01J 8/06 20060101AFI20230914BHJP
C07B 35/04 20060101ALI20230914BHJP
C07B 41/06 20060101ALI20230914BHJP
C07B 41/08 20060101ALI20230914BHJP
【FI】
B01J8/06
C07B35/04
C07B41/06 A
C07B41/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023115545
(22)【出願日】2023-07-14
(62)【分割の表示】P 2023532783の分割
【原出願日】2023-02-06
(31)【優先権主張番号】P 2022023451
(32)【優先日】2022-02-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000004086
【氏名又は名称】日本化薬株式会社
(72)【発明者】
【氏名】奥村 成喜
(72)【発明者】
【氏名】河村 智志
(72)【発明者】
【氏名】中澤 佑太
(57)【要約】
【課題】
本発明は、酸化反応により不飽和アルデヒド等を製造する、複数の反応管を含む多管式反応器の運転時またはその準備行為時において、温度分布の把握を効率化すると共に、適切な温度状態の維持を容易に実現することを実現する。
【解決手段】
コンピュータ装置に、
多管式反応器に含まれる複数の反応管のうちの一部に関して反応管情報を取得する取得ステップと、
反応管情報を統計処理することにより前記多管式反応器の運転またはその準備行為を支援する支援情報を出力する出力ステップと、
を実行させることを含む、方法であり、
前記反応管情報は前記反応の開始時、終了時、定常運転時等における、反応管の管内温度情報を含む情報であり、前記支援情報は、前記反応管の管内温度情報と、前記多菅式反応器とは異なる反応器の管内温度情報との比較情報を含む、多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
触媒を用いた酸化反応により不飽和アルデヒドおよび不飽和カルボン酸の少なくとも一方を、または酸化的脱水素反応により共役ジエンを製造する複数の反応管を含む多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法であって、
コンピュータ装置に、
前記多管式反応器に含まれる複数の反応管のうちの一部の反応管に関して反応管情報を取得する取得ステップと、
前記反応管情報を統計処理することにより前記多管式反応器の運転またはその準備行為を支援する支援情報を出力する出力ステップと、
を実行させることを含む方法であり、
前記反応管情報は、前記酸化反応または前記酸化的脱水素反応の開始時、終了時、定常運転時、制御因子の設定変更時、または空気処理時における、反応管内の温度に関する実機温度情報を含み、
前記支援情報は、前記実機温度情報と、前記多管式反応器とは異なる反応器の管内温度情報との比較情報を含む、
多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法。
【請求項2】
前記支援情報は、反応管内の温度分布に関する情報である温度分布情報を含み、
前記温度分布情報は、前記実機温度情報を統計処理することにより得られたものである、
請求項1に記載の多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法。
【請求項3】
前記支援情報は、前記実機温度情報と、反応管内に充填された触媒の種類と充填位置に関する情報である触媒情報とを対応づけた情報を含む、請求項2に記載の多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法。
【請求項4】
触媒を用いた酸化反応により不飽和アルデヒドおよび不飽和カルボン酸の少なくとも一方を、または酸化的脱水素反応により共役ジエンを製造する複数の反応管を含む多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法であって、
コンピュータ装置に、
前記多管式反応器に含まれる複数の反応管のうちの一部の反応管に関して反応管情報を取得する取得ステップと、
前記反応管情報を統計処理することにより前記多管式反応器の運転またはその準備行為を支援する支援情報を出力する出力ステップと、
を実行させることを含む方法であり、
前記反応管情報は、前記酸化反応または前記酸化的脱水素反応の開始時、終了時、定常運転時、制御因子の設定変更時、または空気処理時における、反応管内の温度に関する実機温度情報を含み、
前記支援情報は、ある時点での前記実機温度情報と、別の時点での前記実機温度情報との比較情報を含む、
多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法。
【請求項5】
触媒を用いた酸化反応により不飽和アルデヒドおよび不飽和カルボン酸の少なくとも一方を、または酸化的脱水素反応により共役ジエンを製造する複数の反応管を含む多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする装置であって、
前記装置は、取得部と、出力部とを有し、
前記取得部は、前記多管式反応器に含まれる複数の反応管のうちの一部の反応管に関して反応管情報を取得するように構成され、
前記出力部は、前記反応管情報を統計処理することにより前記多管式反応器の運転またはその準備行為を支援する支援情報を出力するように構成され、
前記反応管情報は、前記酸化反応または前記酸化的脱水素反応の開始時、終了時、定常運転時、制御因子の設定変更時、または空気処理時における、反応管内の温度に関する実機温度情報を含み、
前記支援情報は、前記実機温度情報と、前記多管式反応器とは異なる反応器の管内温度情報との比較情報を含む、
多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、固定床触媒の寿命予測方法及び寿命予測プログラムを開示する。このように、従来から固定床触媒を用いた触媒充填層内の温度分布を用いて、例えば触媒寿命を予測する等は行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】日本国特開2002‐372507号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】R.B.Dean, W.J.Dixon, Analytical Chemistry, Vol.23, No.4 636~638ページ (1951)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
数千~数万本の反応管を備える反応器において、全ての反応管情報を取得することは現実的ではなく、1~数本の情報を、特に加工することなく反応器全体の情報とみなしているのが通常である。しかし、実際には部分的に反応管の状態が異なることがあり、この部分的な差異を考慮してデータ処理して情報を把握することは、多管式反応器の運転時のみならず準備行為時(たとえば、触媒の充填作業)においても重要である。
不飽和アルデヒドや不飽和カルボン酸、および共役ジエンを製造する触媒反応等は一般に発熱反応であり、反応のスタートアップにおけるロードアップ時やリサイクルガス切り替え時、定常反応からの設定値(入口ガスモル比、負荷)の変更時、反応のシャットダウンにおけるロードダウン時やリサイクルガス切り替え時、空気処理時において触媒層中の温度を確認しながら反応浴温度条件を適宜調整することが一般的である。しかしながら、従来は反応管内の触媒層に挿入した熱電対(以下温度センサーと記載する場合もある)から得られる複雑かつ数多くの温度情報に対して、現場での作業従事者の経験に依って条件設定がなされる場合が多く、解析結果及び条件設定の方針が安定しないことや、解析および設定に時間を要する場合が多かった。
本発明は、触媒を用いた酸化反応により不飽和アルデヒド、不飽和カルボン酸、又は共役ジエンを製造する複数の反応管を含む多管式反応器の運転時またはその準備行為時において、適切な温度状態の維持をサポートする方法および装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以下、上記課題を解決するための手段を列記する。
1)
触媒を用いた酸化反応により不飽和アルデヒドおよび不飽和カルボン酸の少なくとも一方を、または酸化的脱水素反応により共役ジエンを製造する複数の反応管を含む多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法であって、
コンピュータ装置に、
前記多管式反応器に含まれる複数の反応管のうちの一部の反応管に関して反応管情報を取得する取得ステップと、
前記反応管情報を統計処理することにより前記多管式反応器の運転またはその準備行為を支援する支援情報を出力する出力ステップと、
を実行させることを含む方法であり、
前記反応管情報は、前記酸化反応または前記酸化的脱水素反応の開始時、終了時、定常運転時、制御因子の設定変更時、または空気処理時における、反応管内の温度に関する実機温度情報を含み、
前記支援情報は、前記実機温度情報と、前記多管式反応器とは異なる反応器の管内温度情報との比較情報を含む、
多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法。
2)
前記支援情報は、反応管内の温度分布に関する情報である温度分布情報を含み、
前記温度分布情報は、前記実機温度情報を統計処理することにより得られたものである、
上記1)に記載の多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法。
3)
前記支援情報は、前記実機温度情報と、反応管内に充填された触媒の種類と充填位置に関する情報である触媒情報とを対応づけた情報を含む、上記2)に記載の多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法。
4)
触媒を用いた酸化反応により不飽和アルデヒドおよび不飽和カルボン酸の少なくとも一方を、または酸化的脱水素反応により共役ジエンを製造する複数の反応管を含む多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法であって、
コンピュータ装置に、
前記多管式反応器に含まれる複数の反応管のうちの一部の反応管に関して反応管情報を取得する取得ステップと、
前記反応管情報を統計処理することにより前記多管式反応器の運転またはその準備行為を支援する支援情報を出力する出力ステップと、
を実行させることを含む方法であり、
前記反応管情報は、前記酸化反応または前記酸化的脱水素反応の開始時、終了時、定常運転時、制御因子の設定変更時、または空気処理時における、反応管内の温度に関する実機温度情報を含み、
前記支援情報は、ある時点での前記実機温度情報と、別の時点での前記実機温度情報との比較情報を含む、
多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法。
5)
触媒を用いた酸化反応により不飽和アルデヒドおよび不飽和カルボン酸の少なくとも一方を、または酸化的脱水素反応により共役ジエンを製造する複数の反応管を含む多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする装置であって、
前記装置は、取得部と、出力部とを有し、
前記取得部は、前記多管式反応器に含まれる複数の反応管のうちの一部の反応管に関して反応管情報を取得するように構成され、
前記出力部は、前記反応管情報を統計処理することにより前記多管式反応器の運転またはその準備行為を支援する支援情報を出力するように構成され、
前記反応管情報は、前記酸化反応または前記酸化的脱水素反応の開始時、終了時、定常運転時、制御因子の設定変更時、または空気処理時における、反応管内の温度に関する実機温度情報を含み、
前記支援情報は、前記実機温度情報と、前記多管式反応器とは異なる反応器の管内温度情報との比較情報を含む、
多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする装置。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、多管式反応器(以下実機と記載する場合がある)の運転またはその準備行為において、反応器内の温度分布を効率的かつ迅速に可視化することで、適切な温度状態の維持をサポートできる。特に反応のスタートアップ時においては、複雑な工程を経ることなく効率的に反応浴温度条件を決定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施形態に係る多管式反応器を示す平面模式図であり、かつ当該多管式反応器を空間的に3区画に分割した例を示す図である。
【
図2】1つの反応管に充填された触媒の層を示す模式図である。
【
図3】実施形態に係る方法のフローチャートを示す図である。
【
図4】反応器中に存在する反応管5本に対して熱電対を挿入し、反応中のある時点において、深さ方向に対して一定の間隔で温度分布を測定した表と、一部のデータを棄却した表を示す図である。
【
図5】
図4の5本の反応管の熱電対データを温度分布にグラフ化した図である。
【
図6】
図4における一部のデータの棄却後、統計処理を経て生成した温度分布を示す図である。
【
図7】事前に行った試験用反応器における反応中のある時点での温度分布を示す図である。
【
図8】プラントの反応器での反応中のある時点での温度分布を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施形態について説明する。本実施形態に係る方法は、触媒を用いた酸化反応により不飽和アルデヒド、不飽和カルボン酸、または共役ジエンを製造する複数の反応管を含む多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法である。当該方法は、コンピュータ装置に、多管式反応器に含まれる複数の反応管のうちの一部に関して管内温度情報を含む反応管情報を取得する取得ステップと、反応管情報を統計処理することにより多管式反応器の運転またはその準備行為を支援する支援情報を出力する出力ステップと、を実行させることを含む。なお管内温度情報とは、各反応管に設置された温度センサーによって得られる温度情報である。
【0010】
本実施形態において用いられるコンピュータ装置は、CPU(Central Processing Unit)などのマイクロプロセッサ、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、フラッシュメモリなどのメモリ、およびバスを備えるコンピュータ装置である。コンピュータ装置は、コンピュータ装置が備えるメモリやコンピュータ装置が読み取り可能な記録媒体に記録されたプログラムによって、本実施形態に係る方法の少なくとも一部を実行してもよい。本実施形態では、後述する方法の少なくとも一部をコンピュータ装置に実行させるためのプログラム、および当該プログラムを記録した記録媒体も提示される。なお、本実施形態において用いることのできるコンピュータ装置はこの態様に限定されない。例えば、コンピュータ資源をネットワークを介して接続したクラウドコンピューティングシステムなどを、本開示の方法に用いるコンピュータ装置としてもよい。
【0011】
図1は、本実施形態に係る方法の対象となる多管式反応器10を示す平面模式図である。
図1に示される多管式反応器10は筒状である。
図1では、多管式反応器10を平面視した時の中心を基準として120°毎に分けられた3つの区画A,B,Cが示されている。区画Aに含まれる複数の反応管20の一部が一点鎖線で囲まれて示されている。区画Aにおける一点鎖線の外側、並びに区画B及びCにも複数の反応管20が備えられているが、それらの反応管20については図示を省略する。多管式反応器10は、充填する触媒、供給する原料などに応じて、目的とする不飽和アルデヒド、不飽和カルボン酸、および共役ジエンの少なくとも一種を製造する。製造される不飽和アルデヒドおよび不飽和カルボン酸としては、アクロレインおよびアクリル酸、メタクロレインおよびメタクリル酸、などが例示され、共役ジエンとしては、1,3-ブタジエン、イソプレン、などが例示される。多管式反応器10が含む複数の反応管20のそれぞれに触媒が充填される。また、
図1では例として多管式反応器10を平面視した面内で回転軸方向に区画を区切っているが、他の任意の区切り方、例えば半径方向や半径方向および回転軸方向、更に任意の多角形で区切る方法も本発明に含まれるものとする。
【0012】
触媒は、一般に多管式反応器に互いに異なる触媒種が2以上の層をなすようにして反応管20に充填される。
図2は1つの反応管20に充填された触媒の層を示す模式図である。
図2に示す例では、サポートリング30の上に充填された4層の触媒層22,24,26,28が示されている。複数の層はそれぞれ互いに活性が異なり、例えば原料が供給される入口側、充填される順番で第4の触媒層28は活性が低く、出口側(サポートリング30側)に向かうにつれて活性が大きくなるように(入口側から数えて第4の触媒層28の活性<第3の触媒層26の活性<第2の触媒層24の活性<第1の触媒層22の活性、となるように)充填されてもよい。複数の層をなすように触媒が充填された反応管20に原料を供給し、温度等の運転条件を制御することで目的とする不飽和アルデヒド、不飽和カルボン酸、および共役ジエンの少なくとも一種が製造される。
【0013】
そしてこの反応管には熱電対が挿入されており、挿入された熱電対により、触媒が充填された触媒層および/または不活性担体が充填されたイナート層の温度情報を得ることができる。ここで得られる温度情報が、上記取得ステップで取得される管内温度情報である。熱電対の挿入のされ方は、当業者にとって公知な方法であれば限定されないが、例えば、以下が挙げられる。熱電対を挿入する方向は、反応管の深さ方向および/または反応管の深さ方向に垂直な方向である。熱電対の挿入方法は、反応管と平行に熱電対を直接挿入する方法、および/または熱電対が挿入されるケース(サーモウェル)を挿入し、その内部に熱電対を挿入する方法(すなわち、反応管は二重管構造となる)である。熱電対の位置の経時的変化の態様は、まったく移動しない固定タイプおよび/または経時的に反応管内の任意の位置に移動するタイプである。以下の実施形態の説明では、熱電対が固定タイプであり、反応管の深さ方向に一定の間隔で熱電対が挿入されている場合について述べる。
【0014】
なお、熱電対が挿入される反応管は反応器中の全ての反応管ではなく、一部の反応管である。例えば数千~数万本の反応管の内、5以上100本以下、好ましくは6以上50本以下、さらに好ましくは7以上40本以下、特に好ましくは8以上16本以下の反応管に熱電対を挿入する。また、熱電対を挿入する反応管は、例えば
図1において3分割された区画について、一部の区画のみから選択しても良いし、全ての区画から偏り無く選択しても良い。ただし反応器全体の温度を把握する為には、少なくとも1本の反応管が選択された区画が全区画の40%以上を占める態様が好ましく、より好ましくは60%以上を占める態様であり、さらに好ましくは75%以上を占める態様である。例えば、
図1において区画Aから1本、区画Bから1本、区画Cから0本の反応管が選択された場合、少なくとも1本の反応管が選択された区画が全区画の67%を占める。区画数は多いほど正確であり、したがって区画数は通常3区画以上、好ましくは4区画以上、更に好ましくは5区画以上、特に好ましくは6区画以上である。そして、区画分けの方法は特に制限されず、反応管選択時に適宜決定できる。また、区画の選択のほか
図1のように多管式反応器10を平面視した面内で、半径方向に万遍無く温度情報を把握することも重要である。なお、本発明において特に断りがない限り、熱電対が挿入された反応管も単に反応管と記載する。
【0015】
また、深さ方向の熱電対の位置については、特に制限されるものではないが、略等間隔に配置する方法、または必要に応じ間隔を変える方法が例示される。後者において、特に本発明が対象とする反応のような発熱反応では、ガス入口側の触媒充填層において深さ方向に温度が急峻に変化する。したがって、ガス入口側では熱電対の間隔を狭くすることで、温度分布を正確に測定することができる。また、ガス出口側の触媒充填層では深さ方向の温度変化がなだらかであるため、熱電対の間隔を広くしても温度分布の測定に支障がない。したがって、ガス出口側では熱電対の間隔を広くすることで温度分布の測定に支障をきたすことなく熱電対の本数を低減できる。また、選択された複数の反応管全てについて同じ深さ方向の位置で温度情報を測定するよりも、各々の反応管において測定位置を深さ方向にずらした方が、反応器全体の温度分布を把握しやすく好適である。具体的には
図4のようにTE-1~5の反応管について、TE-1、TE-3、TE-5では25cmの深さ位置を始点として、50cm間隔で6点の測定を行い、TE-2、TE-4では50cmの深さ位置を始点として、50cm間隔で6点の測定を行うといった態様が挙げられる。
上記のように熱電対が挿入された反応管の区画や本数、測定点の深さを設定することにより、効率的かつ少ない熱電対の本数で反応管内温度情報を取得できる。
【0016】
本実施形態における多管式反応器10の運転とは、触媒が充填された反応管20に原料を供給して不飽和アルデヒド、不飽和カルボン酸、および共役ジエンの少なくとも一種を製造することを表す。また、本実施形態における多管式反応器10の運転の準備行為とは、多管式反応器10の運転を開始するための作業、反応管20の清掃などのメンテナンス作業、および多管式反応器10の一部または多管式反応器10とは別の反応器(ただし、反応管径や反応管の長さ等は多管式反応器10と同等)を用いた試運転、を含む。
【0017】
図3は、本実施形態に係る方法のフローチャートを示す図である。本実施形態に係る方法は、コンピュータ装置に、多管式反応器10に含まれる複数の反応管20のうちの一部に関して管内温度情報を含む反応管情報を取得する取得ステップS1と、当該反応管情報を統計処理することにより多管式反応器10の運転またはその準備行為を支援する支援情報を出力する出力ステップS2と、を実行させることを含む。出力ステップS2において、具体的にはグラフ化などの視覚化処理や、当該反応とは別の時点の反応管情報もしくは異なる反応器での反応管情報と比較する処理等を行うことができる。本実施形態に係る方法は、支援情報を多管式反応器10のユーザーに提供する提供ステップS3を任意にさらに含む。提供ステップS3は、コンピュータ装置により実行されてもよいし、コンピュータ装置により出力された支援情報を電話やFAXで多管式反応器10のユーザーに提供することにより実行されてもよい。また、ネットワークを介してユーザーの端末に支援情報を提供してもよい。ネットワークを介した支援情報の提供は、支援情報を出力するコンピュータ装置によって行われてもよいし、当該コンピュータ装置とは別の装置によって行われてもよい。
【0018】
取得ステップS1において、コンピュータ装置は多管式反応器10のユーザーの端末からの入力またはコンピュータ装置の管理者からキーボードなどの入力装置などによる入力により管内温度情報を含む反応管情報を取得してもよく、多管式反応器10に設けられた温度センサー(熱電対)から自動的かつ一定の時間間隔をもって入力されることにより反応管情報を取得してもよい。また反応管情報は、ネットワークを介して接続されたユーザーの端末から取得するように構成されていてもよい。なお、多管式反応器10のユーザーと、コンピュータ装置の管理者は同一であってもよいが、同一でない場合が好ましい。取得ステップS1において取得される反応管情報は反応管20の一部に設けられた温度センサーの温度データに関する温度情報を含んでいる。以下、図を参照して、本実施形態に係る方法の具体的態様を説明する。ただし本願発明はこの具体的実施態様に限定されるものではなく、請求の範囲によって示された技術的範囲内におけるすべての変更が含まれることが意図される。
【0019】
具体的態様における方法は、数万本の反応管20を含む多管式反応器10を
図1に示すように3つの区画A,B,Cに分けて、それぞれの区画に含まれる反応管20の一部について管内温度情報を含む反応管情報を取得する取得ステップS1をコンピュータ装置に実行させることを含む。なお、区画数は3に限定されず、2以上の任意の区画としてもよい。あるいは、本具体的態様における方法とは異なり、本発明の方法においては、多管式反応器10を区画分けせずともよい。
図4は、反応管5本(TE-1~5)に対して温度センサーを配置し、運転を行った時の温度センサーから得られる温度情報を示す表である。すでに説明したとおり、TE-1~5では、深さ方向に測定位置をずらしている。表中、最大値とは深さ方向に同じ位置での測定温度中、最高の温度を表している。
図4、
図5よりTE-3のように明らかに異常値と考えられる管内温度情報は、温度センサーの異常等が原因となり生じていると考えられる為、TE-3のデータを棄却する。この処理の詳細は後述する。
次に、TE-3のデータを棄却した各反応管の温度分布のデータを統計処理してグラフ化し、
図6のように視覚化情報を得る。
図6の例では、同じ深さ位置での各反応管の最大の測定値を採用し、一つの温度分布としている。
【0020】
図7は、多管式反応器10とは異なる試験用の反応器における反応管内の温度に関する情報を含む事前温度情報をコンピュータ装置に処理させ、反応管内に充填された触媒の種類および充填位置に関する情報である触媒情報と対応づけたグラフである。なお、試験用の反応器として試験用反応管1本を用いた。グラフから明らかである通り、この反応系においては触媒Aの層に1つの温度ピーク(深さ方向約75cmの位置 以下ピークA温度と記載)を有し、また触媒Bの層に1つの温度ピーク(深さ方向175cmの位置 以下ピークB温度と記載)を有することが確認される。また(ピークA温度)-(ピークB温度)は約50℃であることも確認される。試験用の反応器を用いた温度情報取得は、事前に複数回行い予備データとして準備しておくことが好ましい。事前に得られる情報(事前温度情報)と多管式反応器10の運転の際に取得される情報(実機温度情報)の比較は、当該実機の運転における問題点や解決手段に早期に気づき、対処が可能である点で有用である。
【0021】
次に、
図8は、実機での運転における管内温度情報を含む反応管情報を取得ステップ(ステップS1)においてコンピュータ装置に取得させ、コンピュータ装置により処理し、反応管内に充填された触媒の種類および充填位置に関する情報である触媒情報と対応づけ、当該処理により得られた情報を
図7のグラフに重ねてプロットして出力ステップ(ステップS2)において出力させたグラフである。
図8に示すグラフは、実機温度情報と、多管式反応器10とは異なる反応器の管内温度情報(事前温度情報)との比較情報の一例である。
図8のような視覚的な比較によって、異常な反応が進行していることが現場においても直ちに確認でき、例えば所定のフローチャートを用いることにより対応策の決定を迅速に行うことができる。さらに
図8では実機温度情報と触媒情報が対応づけられており、触媒Bの層におけるピーク温度が高いことを確認できるため、より適切な対応策を実施することができる。本発明により、実機での運転における管内温度情報を迅速に統計処理し、不要な管内温度情報を破棄し、複数本の反応管における各深さ位置の管内温度情報を統計処理し、グラフや表として視覚化し、さらに比較評価する一連の作業を、短時間化および省力化することが可能となる。
【0022】
(事前温度情報の取得と処理)
事前温度情報とは、実機での運転の前に取得され、実機温度情報と比較される管内温度情報である。事前温度情報は、たとえば、実機とは異なる反応器における試験用の1本および/または数本の反応管で取得された管内温度情報、または当該実機での運転に類似した反応条件で運転された別の実機プラントにおける複数本の反応管の管内温度情報である。事前温度情報も、
図3のフローと同様のフローに従って処理され支援情報として出力される。事前温度情報が取得される反応管は、反応管径や熱電対径、サーモウェルサイズが実機と異なり得るが、当業者が同等と判断する程度の差異は許容される。
事前温度情報を取得する時期は、比較する実機での運転と同じとし、例えば反応のスタートアップにおけるロードアップやリサイクルガス切り替え、定常反応からの設定値(入口ガスモル比、負荷)の変更、反応のシャットダウンにおけるロードダウンやリサイクルガス切り替え、空気処理である。なお、これらの処理は本発明が対象とする運転またはその準備行為に該当する。
詳細は後述するが、事前温度情報と後述の実機温度情報とを比較することで、反応状態を把握でき、安定かつ高収率な操業へつなげることが可能となる。
【0023】
(実機温度情報の取得と処理)
次に、実機での運転の際の管内温度情報(実機温度情報)を取得する。反応器内の複数本の反応管から管内温度情報を取得し、実機のユーザーが入力装置によりコンピュータ装置に管内温度情報を入力するか、管内温度情報を自動的かつ一定の時間間隔でコンピュータ装置に取得させる。取得された管内温度情報は、例えば
図4に示すようにまず表形式にまとめられる。この際、可能であれば複数本の反応管で同じ深さ位置での管内温度情報を比較、平均化等の統計処理を行い、棄却すべきデータがあるかどうかを判断し、必要に応じ棄却してもよい。棄却する基準は、(1)統計的に公知な方法、例えばQ検定、4dルール、Dixonの方法、Grubbsの方法のほか、(2)複数本の反応管で同じ深さ位置での管内温度の標準偏差が、熱電対や各種機器の分析精度に適切な係数をかけたパラメーターの範囲内に入っているかを判断する(入っていなければ、疑わしいデータを棄却)などが挙げられる。棄却する対象は、特定の熱電対の入った反応管、特定の区画、特定の熱電対の特定の測定箇所、およびそれらの組み合わせ、のいずれでも良い。
【0024】
データの棄却について、
図4の125cmの位置でのTE-3を例にとり、R.B.Dean, W.J.Dixon, Analytical Chemistry, Vol.23, No.4 636ページ (1951)に記載のDeanとDixonによるQテストの方法を説明する。データ数はTE-1、TE-3、TE-5があるので3、90%信頼限界におけるQ値は0.90となる。全データの範囲Rは440℃-385℃=55℃であり、棄却対象のTE-3と、それに最も近いデータの差の絶対値R’=440℃-390℃=50℃である。したがってR’/R=50/55=0.91であり、Q値より高いため、この125cmの位置のTE-3は異常値であると判定した。このように、Qテストであれば統計的根拠に基づき、異常値かどうかを判定できる。Qテストにおける信頼限界として、一般的に19%、34%、38%、43%、48%、49%、86%、90%、95%、99.7%が採用されるが、好ましくは86%、90%、95%であり、最も好ましくは90%である。
【0025】
データの棄却について、Qテストのほか、経験的に異常値とみなされるデータと、それ以外の反応管の同じ深さ位置での測定データの平均値の差を評価する方法も用いられる。例えば
図4において、TE-3と、それ以外の熱電対の平均値の差は、深さ位置75cm、125cm、175cmにて、それぞれ88℃、53℃、38℃である。この数値と、使用したK熱電対の測定誤差:2℃に係数Yをかけた数値を比較する。今回、Yとして10を使用すると、2℃×10=20℃がデータを棄却する基準となる。深さ位置75cm、125cm、175cmにおけるTE-3と、それ以外の熱電対の平均値の差の絶対値は、20℃よりも大きいため、これらのデータは棄却されることになる。係数Yは本来なら1であるが、K熱電対のショートレンジオーダリング効果や熱電対の触媒との接し方等により適宜設定される。係数Yは例えば2、3、4、5、8、10、13、15、18、20であり、好ましくは5、8、10、13である。更に、棄却されるデータについて、棄却する基準に従い異常値と判断されたデータ点のみ棄却する場合、異常値を示したデータ点とその周囲の測定点を棄却する場合、異常値を示した反応管全てのデータを棄却する場合が挙げられ、熱電対の挿入された反応管の本数等により適宜設定される。そのほか、各反応管の温度情報は、反応管の太さや熱電対およびサーモウェルの太さを考慮して、データ棄却の判断がなされる。例えば、複数本の反応管のうち1本だけ他と異なり反応管が太く、熱電対も太い場合、他の反応管と同列で比較できないという理由でデータを棄却することがありうる。
【0026】
必要に応じデータを棄却した後、実機温度情報を統計処理する。この統計処理は、複数本の反応管で同じ深さ位置のデータにおいて、平均値、最小値、最大値、中央値、最頻値を使用する方法が挙げられる。発熱反応においては反応の暴走を適切に把握し、迅速に判断できることが求められるので、最大値を取得する方法が最も好ましい。こうして統計処理された実機温度情報を、視覚化処理(グラフ上にプロット)する。横軸を反応管入口からの距離、縦軸を各深さ位置での統計処理された実機温度情報とした分散図が最も好ましいが、当業者にとって公知な任意の視覚化であってよい。この処理によって得られた視覚化情報を、本発明では触媒層の温度分布とも呼ぶ。
実機温度情報を取得する時期は、例えば反応のスタートアップにおけるロードアップやリサイクルガス切り替え、定常反応からの設定値(入口ガスモル比、負荷)の変更、反応のシャットダウンにおけるロードダウンやリサイクルガス切り替え、空気処理(本発明の運転またはその準備行為)時となる。
【0027】
本発明の方法の効果の一部は、上記実機温度情報の取得と処理の一部または全部を、コンピュータ装置で自動的または半自動的に処理することで、従来は人が判断、描画していた作業を迅速化、省力化している点にある。従来においてもプラントの中央制御室において反応管の温度分布をリアルタイムで表示することは可能であり当業者にとって公知ではあったが、本発明のように得られたデータを統計処理し、さらに事前温度情報と比較できるようにする点、さらにこの一連の作業を半自動的に処理できるようコンピュータ装置を使用する点は、本発明において初めて開示された点である。
【0028】
(実機温度情報と事前温度情報の比較と判断)
視覚化処理された実機温度情報に、同様の視覚化処理がなされた事前温度情報を重ね合わせたグラフ(本発明における比較情報の一例)を用いて、実機温度情報と事前温度情報を比較することができる。例えば、発熱反応においては反応器入口側に低活性な触媒、反応器出口側に高活性な触媒を充填することが当業者にとって公知であるが、一般的には入口側の触媒層のピーク温度の方が、出口側の触媒層のピーク温度よりも高くなる。
【0029】
図7に示す例では、事前温度情報では入口側の触媒層の触媒ピーク温度の方が、出口側のピーク温度よりも高い。それにもかかわらず、実機での運転において出口側の触媒層のピーク温度の方が、入口側の触媒層のピーク温度よりも高い現象が生じ、両者の温度の違いが熱電対の測定誤差を超えている場合、明らかに異常な状態(例えば、触媒ピーク温度が20℃以上異なる、またはピーク位置が20cm以上異なる状態)であると判断できる。この場合の取りうる対策として例えば、(1)過去の類似データを調査し比較する方法、(2)異常値の要因となる特定の反応管を調査する方法、および(3)実機温度情報が異常ではないと判断して実機制御に移る方法、が挙げられる。前記の対策(1)~(3)をいずれの順番で実施するかは状況によるが、同時に実施するのではなく要因の特定の観点から順番に実施することが好ましく、また漏れなく実施する目的ですべての対策を行うことが好ましい。
【0030】
前記対策(1)は、過去の類似データの中から実機温度情報と近いデータを特定し、特定したデータと実機温度情報との比較から、実機がどのような状態であるかを類推する。この対策(1)については、過去の知見として所有している類似の反応条件または空気処理条件における管内温度情報を、なるべく多く収集し事前温度情報として追記することが重要である。事前温度情報を増やすことにより、当該運転時の使用条件における管内温度情報のばらつきも考慮に入れられる。追記するデータ数は多い方が良いが、統計的な管内温度情報のばらつきを正確に判断するために最低でも3つ、好ましくは5つ以上の管内温度情報があると良い。
【0031】
前記対策(2)は、異常値を示す反応管のデータを棄却して、再び残りの反応管の反応管情報を統計処理して実機温度情報を算出する手法である。異常値を示す反応管は、熱電対の初期異常や、反応器への設置時の異常、電気信号の処理異常、データ収集時の異常等により発生する可能性が高いことを、本発明者は経験的に見出している。このため、対策(2)を実施することにより、より実機の実情に即した情報を得られる場合がある。対策(2)は、例えば、実機温度情報が複数の反応管の管内温度情報を統計処理したものであり、かつ特定の反応管の管内温度情報が他の反応管の管内温度情報と比較し、明らかに異常値であったときに実施される。具体的には、触媒ピーク温度が20℃以上異なる、またはピーク位置が20cm以上異なる場合に実施する。前記特定の反応管を棄却し統計処理した実機温度情報が、事前温度情報と同等(例えば、触媒ピーク温度の差が20℃未満、またはピーク位置が20cm未満の位置で一致)となれば、本対策は有効と言える。
【0032】
前記対策(3)に関しては、実機プラントの流量や圧力などの制御自体に問題があった可能性を疑うものである。実機制御の具体的な方法としては、例えば入口ガスの組成比を変えて活性を上げる方法、反応浴温度を上げて上層触媒の活性を上げる方法、逆に反応浴温度を下げて下層触媒の活性を下げる方法、触媒への負荷を下げて活性を上げる方法、触媒入口圧力を高めて上層触媒の活性を上げる方法、反応を止めて空気処理などを行い触媒を再活性化させる方法、など当業者にとって公知な方法が挙げられる。上記異常な状態が生じたとき、上記視覚化情報に自動的にアラームメッセージなどを表示させ、多管式反応器のユーザーに明示的に異常を知らせる方法、あるいは上記異常な状態に対してユーザーが実施すべき対処法を所定の判断基準に従い判断、出力させてユーザーに示す方法も、本発明に含まれる。事前温度情報との比較の他、実機温度情報は、ピーク温度が触媒の使用制限温度に達していないか、経時的な変化や傾向に問題がないか、等の観点からも解析される。
【0033】
(ある時点での実機温度情報と別の時点での実機温度情報との比較)
次に、本発明の別の実施形態に係る方法について説明する。別の実施形態に係る方法は、触媒を用いた酸化反応により不飽和アルデヒド、不飽和カルボン酸、または共役ジエンを製造する複数の反応管を含む多管式反応器の運転またはその準備行為をサポートする方法である。当該方法は、コンピュータ装置に、多管式反応器に含まれる複数の反応管のうちの一部の反応管に関して反応管情報を取得する取得ステップと、反応管情報を統計処理することにより前記多管式反応器の運転またはその準備行為を支援する支援情報を出力する出力ステップと、を実行させることを含む。これらの構成は上述した実施形態に係る方法と同様であるため詳細な説明を省略し、以下では、本実施形態と上述した実施形態との相違点についてのみ説明する。
本実施形態に係る方法において、出力ステップS2で出力される支援情報は、ある時点での実機温度情報(以下、第一実機温度情報と呼ぶ)と別の時点での実機温度情報(以下、第二実機温度情報と呼ぶ)との比較情報を含む。例えば第一実機温度情報は、反応のスタートアップ時において多管式反応器10の一部の反応管から取得された実機温度情報であり、第二実機温度情報は、スタートアップ後の定常運転時に多管式反応器10の一部の反応管から取得された実機温度情報である。第一実機温度情報を取得する反応管と第二実機温度情報を取得する反応管は、異なっていてもよいが、同一であることが好ましい。比較情報の一例として、第一実機温度情報を統計処理して得られる温度分布と、第二実機温度情報を統計処理して得られる温度分布を一つのグラフ上にプロットしたものが挙げられる。このような視覚化処理を経て出力された比較情報によれば、多管式反応器10のユーザーが反応管の状態の経時的変化を容易に確認することができる。ユーザーは、経時的変化の様子に基づいて運転条件の変更や運転の終了等の判断を行うことができるほか、次回のスタートアップ時の条件等の検討を効率的に行うことができる。
【0034】
上述の説明は、反応のスタートアップにおけるロードアップ時に本発明を適用することを想定しているが、その他リサイクルガス切り替え時、定常反応からの設定値(入口ガスモル比、負荷)の変更時、反応のシャットダウンにおけるロードダウン時やリサイクルガス切り替え時、空気処理時における実機の運転操作にも本発明の方法を適用できる。
また、上記の例では主に触媒層の温度分布を対象に記載したが、不活性担体やサポートリングが入ったイナート層での温度分布の比較および判断にも本発明を同様に適用することが可能である。例えば、反応器入口側触媒層手前の入口ガス余熱層における昇温速度の確認および/または出口ガス放熱層における降温速度の確認、反応器入口および/または出口側触媒層におけるガス温度の確認、反応器出口側イナート層および/またはサポートリングにおける降温速度の確認、および確認された降温速度に基づく出口側での反応堆積物の析出の自動検出、各イナート層の昇温/降温速度の確認、および確認された昇温/降温速度に基づく反応管の熱伝達係数や反応管内汚れの把握、およびこれらの
図3で示した処理が含まれる。
仮に、事前温度情報と実機温度情報の温度分布および/またはピーク温度が±20℃の範囲内に入らない場合、事前温度情報が正しいことを前提に、多管式反応器における設定パラメーター(原料のガス流量、出口圧力、反応浴温度、および入口ガスの組成比のうち少なくとも一部)を変更することが好ましい。また、別の方法として多管式反応器の設定パラメーターが妥当か確認する方法も取られうる。この場合、実機温度情報の詳細から、どの設定パラメーターを確認するかが決定される。例えば事前温度情報の温度分布に比べ実機温度情報の温度分布が触媒層全体で高温である場合には、単に熱電対からの測定データが異常である可能性があるため、まずは電気系統や信号の異常を確認する。また、ピーク温度が低いもしくは高い場合、原料のガス流量、出口圧力および触媒の充填量や充填された触媒の活性が妥当であるかを確認する。
【0035】
以上、上述した実施形態を一例として本発明を説明してきたが、本発明はこれらに限定されるものではない。また、上述した各効果は、本発明から生じる最も好適な効果を列挙したに過ぎず、本発明による効果は、本実施形態に記載されたものに限定されるものではない。
【0036】
例えば反応のスタートアップ時や再スタートアップ時は、特に慎重な温度管理が要求される場面であり、複数の反応管情報を正確に把握し、温度管理を行う必要がある。従って、本発明は、反応のスタートアップ時、すなわち運転の準備行為についても十分に効果を実現するものである。
【0037】
本出願は、2022年2月18日出願の日本特許出願2022-23451に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、触媒を用いた酸化反応により不飽和アルデヒド、不飽和カルボン酸または共役ジエンを製造する、複数の反応管を含む多管式反応器の運転時またはその準備行為時において、より効率的かつ安定した製造工程を提供できるものである。
【符号の説明】
【0039】
10:多管式反応器、20:反応管、22、24、26、28:触媒層、30:サポートリング、S1:取得ステップ、S2:出力ステップ、S3:提供ステップ