(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023133538
(43)【公開日】2023-09-22
(54)【発明の名称】撓み噛合い式歯車装置及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
F16H 1/32 20060101AFI20230914BHJP
F16H 55/06 20060101ALI20230914BHJP
【FI】
F16H1/32 B
F16H55/06
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023126846
(22)【出願日】2023-08-03
(62)【分割の表示】P 2018198096の分割
【原出願日】2018-10-22
(71)【出願人】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090033
【弁理士】
【氏名又は名称】荒船 博司
(74)【代理人】
【識別番号】100093045
【弁理士】
【氏名又は名称】荒船 良男
(72)【発明者】
【氏名】石塚 正幸
(72)【発明者】
【氏名】南雲 稔也
(72)【発明者】
【氏名】浅野 恭史
(72)【発明者】
【氏名】吉田 真司
(57)【要約】
【課題】ロストモーションの抑制と外歯歯車の内周面におけるフレッチング摩耗を抑制できる撓み噛合い式歯車装置及びその製造方法を提供する。
【解決手段】この撓み噛合い式歯車装置(1)は、起振体(30A)と、起振体により撓み変形する外歯歯車(32)と、外歯歯車と噛合う内歯歯車(41G、42G)と、外歯歯車と起振体との間に配置される起振体軸受(31)と、を備える撓み噛合い式歯車装置である。そして、外歯歯車(32)は、内周面と歯面とにコーティングを有し、コーティングは、撓み噛合い式歯車装置が運転されたときに、外歯歯車と内歯歯車との噛合いにより、噛合い部分のコーティングが除去される性質を有する構成とした。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
起振体と、前記起振体により撓み変形する外歯歯車と、前記外歯歯車と噛合う内歯歯車と、前記外歯歯車と前記起振体との間に配置される起振体軸受と、を備える撓み噛合い式歯車装置であって、
前記外歯歯車は、内周面と歯面とにコーティングを有し、
前記コーティングは、前記撓み噛合い式歯車装置が運転されたときに、前記外歯歯車と前記内歯歯車との噛合いにより、噛合い部分のコーティングが除去される性質を有する、
撓み噛合い式歯車装置。
【請求項2】
起振体と、前記起振体により撓み変形する外歯歯車と、前記外歯歯車と噛合う内歯歯車と、前記外歯歯車と前記起振体との間に配置される起振体軸受と、を備える撓み噛合い式歯車装置であって、
前記外歯歯車は、内周面と、歯面における噛合い部以外の部分とに、コーティングを有し、前記噛合い部には前記コーティングを有さない、
撓み噛合い式歯車装置。
【請求項3】
前記外歯歯車は、前記噛合い部に前記コーティングがある場合に前記外歯歯車と前記内歯歯車とのバックラッシュがマイナスになる寸法を有する、
請求項1又は請求項2に記載の撓み噛合い式歯車装置。
【請求項4】
前記外歯歯車は、前記噛合い部の前記コーティングを有さない状態で前記外歯歯車と前記内歯歯車とのバックラッシュがプラスになる寸法を有する、
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の撓み噛合い式歯車装置。
【請求項5】
前記噛合い部に前記コーティングを有さない状態で、前記撓み噛合い式歯車装置のロストモーションが0.15arc・min~3arc・minである、
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の撓み噛合い式歯車装置。
【請求項6】
起振体と、前記起振体により撓み変形する外歯歯車と、前記外歯歯車と噛合う内歯歯車と、前記外歯歯車と前記起振体との間に配置される起振体軸受と、を備える撓み噛合い式歯車装置の製造方法であって、
前記外歯歯車の少なくとも内周面と歯面とにコーティングを施すコーティング工程と、
コーティングが施された前記外歯歯車を含む複数の部品を組み合わせて前記撓み噛合い式歯車装置を組み立てる組立工程と、
を含み、
前記コーティング工程では、組み立てられた前記撓み噛合い式歯車装置が運転されることで前記内歯歯車との噛合いにより噛合い部分のコーティングが除去されるコーティングを施す、
撓み噛合い式歯車装置の製造方法。
【請求項7】
組み立てられた前記撓み噛合い式歯車装置を所定時間運転することで前記外歯歯車における前記内歯歯車との噛合う部分の前記コーティングを除去するコーティング除去工程を、
更に含む請求項6記載の撓み噛合い式歯車装置の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撓み噛合い式歯車装置及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
以前より、撓み変形する外歯歯車を備えた撓み噛合い式歯車装置がある(例えば特許文献1を参照)。この外歯歯車は、起振体軸受を介して起振体が内嵌され、起振体が内側で回転することで撓み変形する。さらに、外歯歯車は剛性を有する内歯歯車と噛合う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、撓み変形する外歯歯車の歯面と内歯歯車の歯面とは馴染み性が低い場合があり、馴染みの度合いが低いとロストモーションが大きくなるという課題が生じる。また、撓み変形する外歯歯車の内周面と起振体軸受の外輪との間では、フレッチング摩耗が生じやすいという課題がある。
【0005】
本発明は、ロストモーションの抑制と外歯歯車の内周面におけるフレッチング摩耗を抑制できる撓み噛合い式歯車装置及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一つの撓み噛合い式歯車装置は、起振体と、前記起振体により撓み変形する外歯歯車と、前記外歯歯車と噛合う内歯歯車と、前記外歯歯車と前記起振体との間に配置される起振体軸受と、を備える撓み噛合い式歯車装置であって、
前記外歯歯車は、内周面と歯面とにコーティングを有し、
前記コーティングは、前記撓み噛合い式歯車装置が運転されたときに、前記外歯歯車と前記内歯歯車との噛合いにより、噛合い部分のコーティングが除去される性質を有する構成とした。
【0007】
本発明のもう一つの撓み噛合い式歯車装置は、起振体と、前記起振体により撓み変形する外歯歯車と、前記外歯歯車と噛合う内歯歯車と、前記外歯歯車と前記起振体との間に配置される起振体軸受と、を備える撓み噛合い式歯車装置であって、
前記外歯歯車は、内周面と、歯面における噛合い部以外の部分とに、コーティングを有し、前記噛合い部には前記コーティングを有さないように構成される。
【0008】
本発明の撓み噛合い式歯車装置の製造方法は、
起振体と、前記起振体により撓み変形する外歯歯車と、前記外歯歯車と噛合う内歯歯車と、前記外歯歯車と前記起振体との間に配置される起振体軸受と、を備える撓み噛合い式歯車装置の製造方法であって、
前記外歯歯車の少なくとも内周面と歯面とにコーティングを施すコーティング工程と、
コーティングが施された前記外歯歯車を含む複数の部品を組み合わせて前記撓み噛合い式歯車装置を組み立てる組立工程と、
を含み、
前記コーティング工程では、組み立てられた前記撓み噛合い式歯車装置が運転されることで前記内歯歯車との噛合いにより噛合い部分のコーティングが除去されるコーティングを施す方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ロストモーションの抑制と外歯歯車の内周面におけるフレッチング摩耗を抑制できる撓み噛合い式歯車装置及びその製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施形態1に係る撓み噛合い式歯車装置を示す断面図である。
【
図4】ロストモーションを説明するための説明図である。
【
図5】実施形態1の撓み噛合い式歯車装置の製造方法を説明するフローチャートである。
【
図6】実施形態2の撓み噛合い式歯車装置の製造方法を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して詳細に説明する。
【0012】
(実施形態1)
図1は、本発明の実施形態1に係る撓み噛合い式歯車装置を示す断面図である。
図2は、実施形態1の外歯歯車を示す斜視図である。
図3は、外歯歯車の歯面を示す拡大斜視図である。
【0013】
実施形態1の撓み噛合い式歯車装置1は、外歯歯車32と内歯歯車41G、42Gとを馴染ませていない(馴染み運転していない)状態を、製造後の製品状態(出荷時の状態)とした減速装置である。撓み噛合い式歯車装置1は、起振体軸30、起振体軸受31、外歯歯車32、2つの内歯歯車41G、42G、ケーシング43、第1カバー44、第2カバー45、軸受46、47、主軸受48及びストッパーリング51、52を備える。
【0014】
起振体軸30は、回転軸O1を中心に回転する中空筒状の軸であり、回転軸O1に垂直な断面の外形が非円形(例えば楕円状)の起振体30Aと、起振体30Aの軸方向の両側に設けられた軸部30B、30Cとを有する。楕円状は、幾何学的に厳密な楕円である必要はなく、略楕円を含む。軸部30B、30Cは、回転軸O1に垂直な断面の外形が円形の軸である。
【0015】
2つの内歯歯車41G、42Gは、軸方向に並んで外歯歯車32と噛合う。一方の内歯歯車41Gは、剛性を有する第1内歯歯車部材41の内周の一部に歯が設けられて構成される。もう一方の内歯歯車42Gは、剛性を有する第2内歯歯車部材42の内周の一部に歯が設けられて構成される。
【0016】
外歯歯車32は、可撓性を有する円筒状の部材であり、外周に歯が設けられている。外歯歯車32は、円筒状で外周に歯が設けられた金属製の部材と、この部材の少なくとも内周面及び歯面に設けられたコーティングと、を有する。本実施形態においては、内周面及び歯面だけでなく、軸方向端面なども含め外歯歯車32全体にコーティングがなされている。コーティングは、例えば馴染み運転により比較的に短い時間で、噛合い部H(
図3を参照)のコーティングが除去される性質を有する。噛合い部Hとは、外歯歯車32の歯面のうち、内歯歯車41G、42Gの内歯と接触する部分を意味する。
図3の噛合い部Hのコーティングが除去された外歯歯車32は、馴染み運転後の状態を示す。
図3では一部省略しているが、噛合い部Hは、外歯歯車32の各歯の両斜面(歯面)に存在する。ここで、撓み噛合い式歯車装置1は、通常正逆両方向に回転させて使用されることが多いため、外歯歯車32の各歯の両斜面に噛合い部Hが設けられるが、正逆一方向にしか回転しない用途の場合には、一方の斜面のみに噛合い部Hが設けられてもよい。
【0017】
噛合い部Hのコーティングが比較的に短い時間の運転により除去される性質を有するコーティングとしては、例えばリン酸マンガン被膜が適用できる。また、上記の性質を有するコーティングとしては、例えばモリブデン被膜、フッ素樹脂被膜、グラファイト被膜又はリン酸塩被膜が適用できるが、これに限定されるものではない。モリブデン被膜の具体的な成分の一例はMoS2(二酸化モリブデン)である。フッ素樹脂被膜の具体的な成分の一例はPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)である。グラファイト被膜の具体的な成分の一例はグラファイト(黒鉛)である。リン酸塩被膜の具体的な成分の一例としては、リン酸鉄、リン酸亜鉛又はリン酸マンガンが適用できる。コーティングは、剥がれたコーティングが歯面の間に噛み込まれた場合でも、歯面が損傷しないよう、軟質のものが好ましいが、これに限定されるものではない。
【0018】
外歯歯車32は、歯面の噛合い部Hにコーティングを有する状態で、内歯歯車41G、42Gとの間のバックラッシュがマイナスとなる寸法を有する。さらに、外歯歯車32は、歯面の噛合い部Hのコーティングが除去された状態で、内歯歯車41G、42Gとの間のバックラッシュがプラスとなる寸法を有する。バックラッシュがマイナスとは、内歯歯車41G、42Gの歯面と外歯歯車32の歯面との間に予圧が与えられている状態を意味する。撓み噛合い式歯車装置の馴染み運転が行われて、外歯歯車32の歯面の噛合い部Hからコーティングが除去されることで、外歯歯車32と内歯歯車41G、42Gとの間のバックラッシュを小さな値でプラスとすることができる。
【0019】
起振体軸受31は、例えばコロ軸受であり、起振体30Aと外歯歯車32との間に配置される。起振体軸受31は、外輪31aを有し、外歯歯車32の内側に外輪31aが嵌入されている。起振体30Aと外歯歯車32とは、起振体軸受31を介して相対的に回転可能にされる。
【0020】
外歯歯車32の内周面のコーティングは、歯面のコーティングと同一成分である。外歯歯車32の内周面のコーティングと歯面のコーティングとは同時に施されたものであってよい。内周面のコーティングは、コーティングで覆われた外歯歯車32の金属の部材と、起振体軸受31の外輪31aとの間に介在し、外歯歯車32の金属の部材と外輪31aとの直接の接触を回避し、この部分にフレッチング摩耗が生じることを抑制する。
【0021】
ストッパーリング51、52は、外歯歯車32及び起振体軸受31の軸方向の両側に配置され、外歯歯車32及び起振体軸受31の軸方向の移動を規制する。
【0022】
ケーシング43は、内歯歯車42Gの外周側を覆う。ケーシング43の内周部には、主軸受48の外輪部43oが形成されており、主軸受48を介して第2内歯歯車部材42を回転自在に支持している。ケーシング43は、例えばボルト等の連結部材を介して第1内歯歯車部材41と連結される。
【0023】
第1カバー44は、第1内歯歯車部材41と連結され、外歯歯車32と内歯歯車41Gとの噛合い箇所を軸方向の反出力側から覆う。相手部材と連結されて減速された運動を相手部材に出力する側を出力側と呼び、軸方向における出力側とは反対側を反出力側と呼ぶ。第1カバー44と起振体軸30の軸部30Bとの間には軸受46が配置され、起振体軸30は回転自在に第1カバー44に支持される。
【0024】
第2カバー45は、第2内歯歯車部材42と連結され、外歯歯車32と内歯歯車42Gとの噛合い箇所を軸方向の出力側から覆う。第2カバー45及び第2内歯歯車部材42は、減速された運動を出力する相手部材に連結される。第2カバー45と起振体軸30の軸部30Cとの間には軸受47が配置され、起振体軸30は回転自在に第2カバー45に支持される。
【0025】
<減速動作>
図示略のモータ等から回転運動が入力され、起振体軸30が回転すると、起振体30Aの運動が外歯歯車32に伝わる。このとき、外歯歯車32は、起振体30Aの外周面に沿った形状に規制され、軸方向から見て、長軸部分と短軸部分とを有する楕円形状に撓んでいる。さらに、外歯歯車32は、固定された第1内歯歯車部材41の内歯と長軸部分で噛合っている。このため、外歯歯車32は起振体30Aと同じ回転速度で回転することはなく、外歯歯車32の内側で起振体30Aが相対的に回転する。そして、この相対的な回転に伴って、外歯歯車32は長軸位置と短軸位置とが周方向に移動するように撓み変形する。この変形の周期は、起振体軸30の回転周期に比例する。
【0026】
外歯歯車32が撓み変形する際、その長軸位置が移動することで、外歯歯車32と内歯歯車41Gとの噛合う位置が回転方向に変化する。ここで、外歯歯車32の歯数が100で、内歯歯車41Gの歯数が102だとすると、噛合う位置が一周するごとに、外歯歯車32と内歯歯車41Gとの噛合う歯がずれていき、これにより外歯歯車32が回転(自転)する。上記の歯数であれば、起振体軸30の回転運動は減速比100:2で減速されて外歯歯車32に伝達される。
【0027】
一方、外歯歯車32はもう一方の内歯歯車42Gとも噛合っているため、起振体軸30の回転によって外歯歯車32と内歯歯車42Gとの噛合う位置も回転方向に変化する。一方、内歯歯車42Gの歯数と外歯歯車32の歯数とは一致しているため、外歯歯車32と内歯歯車42Gとは相対的に回転せず、外歯歯車32の回転運動が減速比1:1で内歯歯車42Gへ伝達される。これらによって、起振体軸30の回転運動が減速比100:2で減速されて、第2内歯歯車部材42及び第2カバー45へ伝達される。そして、この減速された回転運動が相手部材に出力される。
【0028】
製品出荷後、本運転前の外歯歯車32の噛合い部Hにコーティングが有る状態では、内歯歯車41G、42Gの歯面と外歯歯車32の歯面との間に予圧が加えられていることで、比較的に大きなトルクを起振体軸30に入力して馴染み運転を行うことができる。馴染み運転により、外歯歯車32の噛合い部Hのコーティングが除去されると、通常のトルクで運転可能となり、かつ、外歯歯車32と内歯歯車41G、42Gとのバックラッシュ量がプラスになって、ロストモーションの小さい撓み噛合い式歯車装置1が実現される。
【0029】
実施形態1の撓み噛合い式歯車装置1のロストモーションは、噛合い部Hのコーティングが除去された状態において、0.15arc・min~3arc・minであり、より好ましくは0.15arc・min~1arc・minである。1[arc・min]は、SI単位系でπ/(180・60)[rad]である。
【0030】
図4は、ロストモーションを説明するための説明図である。減速装置の入力軸(高速軸)を固定して出力軸(低速軸)側より定格トルクまでゆっくり負荷を掛けて除荷するまでの負荷及び低速軸の変位(ねじれ角)を測定し、その関係を示すと、
図4に示すような剛性のヒステリシスカーブが得られる。ロストモーションは、定格トルク±3%点におけるねじれ角と定義される。撓み噛合い式歯車装置1において、入力軸は起振体軸30に相当し、出力軸は第2カバー45及び第2内歯歯車部材42に相当する。
【0031】
<撓み噛合い式歯車装置の製造方法>
図5は、実施形態1の撓み噛合い式歯車装置の製造方法を説明するフローチャートである。
【0032】
実施形態1の撓み噛合い式歯車装置1の製造方法は、外歯歯車32の金属の部材にコーティングを施すコーティング工程(ステップS1)と、外歯歯車32を含む複数の部品を組み合わせて撓み噛合い式歯車装置1を組み立てる組立工程(ステップS2)とを含む。
【0033】
このような製造方法により、その後の短い時間の馴染み運転によってロストモーションの小さい減速運動を実現でき、かつ、外歯歯車32と外輪31aとの間のフレッチング摩耗を抑制できる撓み噛合い式歯車装置1が製造される。なお、撓み噛合い式歯車装置1が出荷され客先において馴染み運転が行われる場合、通常運転と明確に区別した馴染み運転が行われることは必須ではない。撓み噛合い式歯車装置1を対象機械に組み込んで通常運転を開始した場合、噛合い部Hのコーティングが除去されるまでの運転期間が馴染み運転を兼ねることになる。
【0034】
<実施形態効果>
以上のように、本実施形態の撓み噛合い式歯車装置1によれば、外歯歯車32は、内周面と歯面とにコーティングを有する。さらに、このコーティングは、撓み噛合い式歯車装置1が運転されたときに、外歯歯車32と内歯歯車41G、42Gとの噛合いにより、噛合い部Hのコーティングが除去される性質を有する。したがって、上記のコーティングにより、外歯歯車32と内歯歯車41G、42Gとの馴染み性が向上する。馴染み性とは、摺動により歯面形状が改善する性質並びに歯面の被膜の状態が理想的な状態に近づく性質を意味する。馴染み性の向上により、撓み噛合い式歯車装置1を比較的に短い時間運転することで、外歯歯車32の歯面と内歯歯車41G、42Gの歯面とを馴染ませることができる。さらに、外歯歯車32の内周面のコーティングにより、外歯歯車32と起振体軸受31の外輪31aとのフレッチング摩耗を抑制できる。フレッチング摩耗が抑制されることで、この部分から発生した摩耗粉が外歯歯車32の歯面及び内歯歯車41G、42Gの歯面に悪影響を及ぼすことを抑制でき、摩耗粉の影響により、撓み噛合い式歯車装置1のロストモーションが大きくなることを抑制できる。上記のような、コーティングによる馴染み性の向上は、潤滑剤としてグリスを用いる場合に特に有効である。グリスを用いた場合、外歯歯車32の噛合い部H又は外歯歯車32の内周面に潤滑剤が浸入し難く、歯面にトライボ被膜が形成されにくい。
【0035】
さらに、本実施形態の撓み噛合い式歯車装置1によれば、外歯歯車32の歯面は、噛合い部Hにコーティングがある状態で、外歯歯車32と内歯歯車41G、42Gとの間のバックラッシュがマイナスとなる寸法を有する。この構成により、外歯歯車32と内歯歯車41G、42Gとが馴染んだ状態で、外歯歯車32と内歯歯車41G、42Gとのバックラッシュを非常に小さくすることができる。
【0036】
さらに、外歯歯車32の歯面は、噛合い部Hにコーティングが無い状態で、外歯歯車32と内歯歯車41G、42Gとの間のバックラッシュがプラスとなる寸法を有する。このような構成により、外歯歯車32と内歯歯車41G、42Gとが馴染んだ状態で、外歯歯車32と内歯歯車41G、42Gとの間で生じる回転負荷を小さく、かつ、これらの間のバックラッシュを小さくすることができる。
【0037】
さらに、本実施形態の撓み噛合い式歯車装置1によれば、外歯歯車32の噛合い部Hのコーティングが無い状態いで、ロストモーションが0.15arc・min~3arc・minである。本実施形態の構成により、上記のように非常に小さいロストモーションを有する撓み噛合い式歯車装置1を実現できる。
【0038】
(実施形態2)
実施形態2の撓み噛合い式歯車装置は、製造後の製品状態(出荷時の状態)で、外歯歯車32の噛合い部Hにコーティングを有さない点が、実施形態1と異なり、その他の構成要素は実施形態1と同様である。同様の部分については詳細な説明を省略する。
【0039】
実施形態2の外歯歯車32は、内周面と、歯面における噛合い部H(
図3を参照)以外の部分とに、コーティングを有する。実施形態2の外歯歯車32は、歯面における噛合い部Hにコーティングを有さない。コーティングの成分は、実施形態1のコーティングと同一である。
【0040】
外歯歯車32は、歯面の噛合い部Hにコーティングが無い状態で、内歯歯車41G、42Gとの間のバックラッシュがプラスとなる寸法を有する。さらに、実施形態2においても、外歯歯車32の噛合い部Hに、仮に歯面のその他の部分のコーティングと同等の厚みを持ったコーティングが有る場合に、内歯歯車41G、42Gとの間のバックラッシュがマイナスとなる寸法を有する。
【0041】
実施形態2の撓み噛合い式歯車装置は、実施形態1と同様に減速動作する。実施形態2の撓み噛合い式歯車装置は、製品出荷後、馴染み運転を行わずに本運転が可能であり、製品出荷時から、外歯歯車32と内歯歯車41G、42Gとのバックラッシュ量が小さく、小さなロストモーションが実現される。
【0042】
実施形態2の撓み噛合い式歯車装置のロストモーションは、0.15arc・min~3arc・minであり、より好ましくは0.15arc・min~1arc・minである。
【0043】
<撓み噛合い式歯車装置の製造方法>
図6は、実施形態2の撓み噛合い式歯車装置の製造方法を説明するフローチャートである。
【0044】
実施形態2の撓み噛合い式歯車装置の製造方法は、実施形態1の製造方法と同様に、外歯歯車32の内周面と歯面とにコーティングを施すコーティング工程(ステップS11)と、撓み噛合い式歯車装置1を組み立てる組立工程(ステップS12)とを含む。コーティング工程では、噛合い部Hを含む外歯歯車32の歯面にコーティングがなされる。
【0045】
さらに、実施形態2の製造方法は、組立工程後、組み立てられた撓み噛合い式歯車装置1を所定時間運転(例えば馴染み運転)して外歯歯車32の噛合い部Hのコーティングを除去するコーティング除去工程(ステップS13)を含む。
【0046】
このような製造方法により、ロストモーションが小さく、外歯歯車32と外輪31aとの間のフレッチング摩耗を抑制できる撓み噛合い式歯車装置1を製造できる。
【0047】
以上のように、実施形態2の撓み噛合い式歯車装置によれば、外歯歯車32は、内周面と、歯面のうち噛合い部Hを除く部分とに、コーティングを有し、噛合い部Hにコーティングを有さない。この構成により、外歯歯車32の歯面と内歯歯車41G、42Gの歯面とが噛合い部Hで接触する前後のタイミングにおいて、コーティング部分が歯面間に介在することで、外歯歯車32と内歯歯車41G、42Gとのバックラッシュを小さくできる。これにより、ロストモーションの小さい撓み噛合い式歯車装置を実現できる。さらに、外歯歯車32の内周面のコーティングにより、外歯歯車32と起振体軸受31の外輪31aとのフレッチング摩耗を抑制できる。フレッチング摩耗が抑制されることで、この部分から発生した摩耗粉が外歯歯車32の歯面及び内歯歯車41G、42Gの歯面に悪影響を及ぼすことを抑制でき、摩耗粉の影響により、撓み噛合い式歯車装置1のロストモーションが大きくなることを抑制できる。その他、実施形態1と同様の効果を得ることができる。
【0048】
さらに、実施形態2の撓み噛合い式歯車装置の製造方法によれば、組立工程後のコーティング除去工程により、製品出荷後からロストモーションの小さな本運転を実施できるという効果が得られる。
【0049】
以上、本発明の実施形態について説明した。しかし、本発明は上記の実施形態に限られない。例えば、上記実施形態では、撓み噛合い式歯車装置として、所謂筒型の構成を示したが、これに限定されず、本発明に係る撓み噛合い式歯車装置は、例えば所謂カップ型又はシルクハット型の撓み噛合い式歯車装置であってもよい。また、上記実施形態では、外歯歯車32の歯面を含む全体にコーティングを施した後に、運転することにより噛合い部Hのコーティングを除去していた。しかし、これに限定されるものではなく、例えば外歯歯車32にコーティングを行う際に、噛合い部Hの領域をマスキングすることにより、噛合い部Hがコーティングを有さないようにしてもよい。その他、実施の形態で示した細部は、発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0050】
1 撓み噛合い式歯車装置
30 起振体軸
30A 起振体
31 起振体軸受
31a 外輪
32 外歯歯車
41 第1内歯歯車部材
42 第2内歯歯車部材
41G、42G 内歯歯車
H 噛合い部