(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023133903
(43)【公開日】2023-09-27
(54)【発明の名称】甘藷の基腐病防除方法
(51)【国際特許分類】
A01N 59/16 20060101AFI20230920BHJP
A01P 17/00 20060101ALI20230920BHJP
A01P 9/00 20060101ALI20230920BHJP
A01N 63/22 20200101ALI20230920BHJP
A01M 1/20 20060101ALI20230920BHJP
A01M 1/10 20060101ALI20230920BHJP
【FI】
A01N59/16 Z
A01P17/00
A01P9/00
A01N63/22
A01M1/20 A
A01M1/10 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022039148
(22)【出願日】2022-03-14
(71)【出願人】
【識別番号】303040666
【氏名又は名称】株式会社アンコール・アン
(74)【代理人】
【識別番号】100174791
【弁理士】
【氏名又は名称】川口 敬義
(72)【発明者】
【氏名】新坂 誠司
(72)【発明者】
【氏名】伊豆味 きみ子
(72)【発明者】
【氏名】廣田 真也
【テーマコード(参考)】
2B121
4H011
【Fターム(参考)】
2B121AA16
2B121BA12
2B121CC02
2B121CC03
2B121CC12
2B121CC13
2B121CC16
2B121CC39
2B121FA20
4H011AE01
4H011AE02
4H011BA07
4H011BB18
4H011BB21
4H011DA13
4H011DD04
4H011DF05
(57)【要約】 (修正有)
【課題】基腐病に対して有用な知見を得るとともに,これを基にした基腐病の要素技術の提供。
【解決手段】基腐病発症・拡大の要因の一つとして,ナメクジが強く関与するという知見。当該知見に基づいた圃場からナメクジを,殺虫,防除,忌避することにより,基腐病の発症ないし感染拡大を防止することを特徴とする基腐病防除方法。ならびに,かかる基腐病防除方法をはじめとした,甘藷畑作り方法,基腐病忌避方法,ナメクジ分析・対策方法,ナメクジ誘引殺虫薬剤を含んだ開口容器。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
圃場からナメクジを,殺虫,防除,忌避することにより,基腐病の発症ないし感染拡大を防止することを特徴とする基腐病防除方法。
【請求項2】
甘藷のための畑作り方法が,
土を掘り上げる堀上工程と,
堀上後の土壌に,肥料ないし薬剤の追加を行う肥料等追加工程と,
肥料等の追加後,耕運を行う耕運工程と,
甘藷苗を植えるための畝立てを行う畝立て工程と,
を少なくとも含み,
前記肥料等追加工程において,ナメクジを殺虫するための薬剤を含むことを特徴とする基腐病防除のための甘藷畑作り方法。
【請求項3】
ナメクジを殺虫するための薬剤が,
メタルアルデヒド,ドデシルベンゼンスルホン酸ビスエチレンジアミン銅錯塩(II)(DBDEC),リン酸第二鉄水和物,DLリンゴ酸,モンフルオロトリン,チオジカルブ剤,4-クロロ-3-エチル-1-メチル-N-[4-(p-トリルオキシ)ベンジル]ピラゾール-5-カルボキサミド,S-メチル-N-[(メチルカルバモイル)オキシ]チオアセトイミデート,5-ジメチルアミノ-1,2,3-トリチアンシュウ酸塩,塩基性硫酸銅,アバメクチン,サポニン,アゾキシストロビン,アゾキシストロビン,
これらのいずれか又は複数から選択される有効成分を含む薬剤である請求項2に記載の基腐病防除のための甘藷畑作り方法。
【請求項4】
薬剤が,さらに糸状菌を死滅させるための薬剤を含む請求項2又は3に記載の甘藷畑作り方法。
【請求項5】
甘藷を栽培している圃場において,圃場若しくは圃場外かつ近辺に,ナメクジを殺虫するための薬剤を散布して,甘藷栽培圃場におけるナメクジ侵入を忌避することを特徴とする基腐病忌避方法。
【請求項6】
甘藷を栽培している圃場において,圃場若しくは圃場外かつ近辺に,ナメクジを忌避するための組成物を散布して,甘藷栽培圃場におけるナメクジ侵入を忌避することを特徴とする基腐病忌避方法。
【請求項7】
ナメクジを忌避するための組成物において有効成分が,
銅イオン,パチルス菌,パチルス菌発酵物,サポニン,のいずれか又は複数である請求項6に記載の基腐病忌避方法。
【請求項8】
甘藷を栽培している圃場において,その圃場外かつ近辺に,ナメクジを誘引するための薬剤を配置して,甘藷栽培圃場におけるナメクジを忌避することを特徴とする基腐病忌避方法。
【請求項9】
ナメクジを誘引するための薬剤が,
メタルアルデヒド,ドデシルベンゼンスルホン酸ビスエチレンジアミン銅錯塩(II)(DBDEC),リン酸第二鉄水和物,DLリンゴ酸,モンフルオロトリン,チオジカルブ剤,4-クロロ-3-エチル-1-メチル-N-[4-(p-トリルオキシ)ベンジル]ピラゾール-5-カルボキサミド,S-メチル-N-[(メチルカルバモイル)オキシ]チオアセトイミデート,5-ジメチルアミノ-1,2,3-トリチアンシュウ酸塩,塩基性硫酸銅,アバメクチン,サポニン,アゾキシストロビン,アゾキシストロビン,のいずれか又は複数の殺虫成分と,
穀物粉,糖蜜,米糠のいずれか又は複数の誘引成分と,
からなるナメクジ誘引殺虫薬剤として構成される請求項8に記載の基腐病忌避方法。
【請求項10】
ナメクジ誘引殺虫薬剤が,リン酸第二鉄粒剤,メタアルデヒド粒剤のいずれか又は複数から選択される請求項8に記載の基腐病忌避方法。
【請求項11】
ナメクジ誘引殺虫薬剤が,開口容器に入れた状態で静置される請求項9又は10に記載の基腐病忌避方法。
【請求項12】
ナメクジ誘引薬剤が入れられた開口容器を,圃場近辺の複数方向にそれぞれ静置する静置工程と,
前記容器に誘引されたナメクジの定量的分析を行う分析工程と,
分析工程の結果に応じて,対応すべき方向に,ナメクジ誘引薬剤が入れられた開口容器をさらに配置,もしくはナメクジ殺虫薬剤を散布するナメクジ誘引対策工程と,
からなるナメクジ防除を効率的に行うことを特徴とするナメクジ分析・対策方法。
【請求項13】
請求項11ないし12において用いられる,ナメクジ誘引殺虫薬剤を含んだ開口容器。
【請求項14】
請求項11ないし12の方法に用いられるナメクジ誘引トラップであって,
内部が空洞の空洞容器と,
空洞容器の一端に設けられた第一開口部と,
第一開口部から空洞容器内部側に位置しているとともに,第一開口部の径よりも小さな径で構成されている第二開口部と,
を有する開口容器と,
空洞容器内部に,ナメクジ誘引薬剤を含んでなることを特徴とするナメクジ誘引トラップ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,甘藷の基腐病防除方法に関する。より詳細に言うと本発明は,甘藷の基腐病を防除したり,拡大を抑制するための各種要素技術に関する。
【背景技術】
【0002】
基腐病とは,糸状菌(Plenodomus destruens Harter)の感染により,甘藷における塊根の腐敗や茎葉の壊死等の症状が惹起される感染性の病気のことをいう(非特許文献1)。
基腐病のこれらの症状は,健常な甘藷への成長阻害を惹起することから,結果として,収穫量の減少を引き起こすこととなる。加えて,基腐病は,感染性の病気のため,いったん起こってしまうと,感染が圃場全体や周辺に広がるなどして,病気が拡大してしまう。これらのことから,基腐病そのものを引き起こさないことが重要であり,基腐病の抑制のためには,基腐病の原因菌である糸状菌を畑(圃場)に,「持込まない」,「増やさない」,「残さない」,対策が必要となってくる。
【0003】
しかるに,昨今,鹿児島県や宮崎県などの南九州において,基腐病が大きな問題となっている(非特許文献2から4)。
すなわち,2018年の夏から秋にかけて基腐病の発生が確認された後,決定的な防除策が見つからないまま拡大し,2021年11月においては全国22都道県で基腐病の発生が報告されている状況である。特に,甘藷の産地として有名な串間地域においては,年間収穫量が4~5割ほど減少している。これに加え,作付面積の減少や離農などもおこっており,基腐病の被害は,極めて深刻なものといえる。
このように,基腐病は,現在も進行中の問題であるにもかかわらず,根治的な解決策は皆無であり,その端緒すらつかめていない状況といえる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】農研機構生研支援センター,「サツマイモ基腐病の発生生態と防除対策」(URL;https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/Stem_blight_and_storage_tuber_rot_of_sweetpotato2.pdf)
【非特許文献2】農業協同組合新聞,2021年6月24日付記事,「サツマイモ基腐病の発生県内各地で相次ぐ 宮崎県」(URL;https://www.jacom.or.jp/nousei/news/2021/06/210624-52221.php)
【非特許文献3】西日本新聞記事,2021年11月20日付,「サツマイモ,基腐病,鹿児島と宮崎で拡大 収穫減,焼酎造りにも影響」(URL;https://www.nishinippon.co.jp/item/n/834670/)
【非特許文献4】マイナビ農業,2021年12月28日,「被害下部4~5割でも秀品を作る,サツマイモ基腐病と闘う宮崎紅の伝統産地」(URL;https://agri.mynavi.jp/2021_12_28_179116/ )
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記事情を背景として,本発明では,基腐病に対して有用な知見を得るとともに,これを基にした基腐病の要素技術の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは,驚くべきことに,甘藷における基腐病の発症にあたり,ナメクジが強く関与することを発見した。かかる知見を基に,ナメクジを圃場(畑)から除去ないし忌避することで,基腐病の発症や拡大を防止する要素技術を見出し,発明を完成させたものである。
本発明は,以下の構成からなる。
【0007】
[1]圃場からナメクジを,殺虫,防除,忌避することにより,基腐病の発症ないし感染拡大を防止することを特徴とする基腐病防除方法。
【0008】
[2]甘藷のための畑作り方法が,
土を掘り上げる堀上工程と,
堀上後の土壌に,肥料ないし薬剤の追加を行う肥料等追加工程と,
肥料等の追加後,耕運を行う耕運工程と,
甘藷苗を植えるための畝立てを行う畝立て工程と,
を少なくとも含み,
前記肥料等追加工程において,ナメクジを殺虫するための薬剤を含むことを特徴とする基腐病防除のための甘藷畑作り方法。
[3]ナメクジを殺虫するための薬剤が,
メタルアルデヒド,ドデシルベンゼンスルホン酸ビスエチレンジアミン銅錯塩(II)(DBDEC),リン酸第二鉄水和物,DLリンゴ酸,モンフルオロトリン,チオジカルブ剤,4-クロロ-3-エチル-1-メチル-N-[4-(p-トリルオキシ)ベンジル]ピラゾール-5-カルボキサミド,S-メチル-N-[(メチルカルバモイル)オキシ]チオアセトイミデート,5-ジメチルアミノ-1,2,3-トリチアンシュウ酸塩,塩基性硫酸銅,アバメクチン,サポニン,アゾキシストロビン,アゾキシストロビン,
これらのいずれか又は複数から選択される有効成分を含む薬剤である[2]に記載の基腐病防除のための甘藷畑作り方法。
[4]薬剤が,さらに糸状菌を死滅させるための薬剤を含む請求項2又は3に記載の甘藷畑作り方法。
【0009】
[5]甘藷を栽培している圃場において,圃場若しくは圃場外かつ近辺に,ナメクジを殺虫するための薬剤を散布して,甘藷栽培圃場におけるナメクジ侵入を忌避することを特徴とする基腐病忌避方法。
[6]甘藷を栽培している圃場において,圃場若しくは圃場外かつ近辺に,ナメクジを忌避するための組成物を散布して,甘藷栽培圃場におけるナメクジ侵入を忌避することを特徴とする基腐病忌避方法。
[7]ナメクジを忌避するための組成物において有効成分が,
銅イオン,パチルス菌,パチルス菌発酵物,サポニン,のいずれか又は複数である請求項6に記載の基腐病忌避方法。
【0010】
[8]甘藷を栽培している圃場において,その圃場外かつ近辺に,ナメクジを誘引するための薬剤を配置して,甘藷栽培圃場におけるナメクジを忌避することを特徴とする基腐病忌避方法。
[9]ナメクジを誘引するための薬剤が,
メタルアルデヒド,ドデシルベンゼンスルホン酸ビスエチレンジアミン銅錯塩(II)(DBDEC),リン酸第二鉄水和物,DLリンゴ酸,モンフルオロトリン,チオジカルブ剤,4-クロロ-3-エチル-1-メチル-N-[4-(p-トリルオキシ)ベンジル]ピラゾール-5-カルボキサミド,S-メチル-N-[(メチルカルバモイル)オキシ]チオアセトイミデート,5-ジメチルアミノ-1,2,3-トリチアンシュウ酸塩,塩基性硫酸銅,アバメクチン,サポニン,アゾキシストロビン,アゾキシストロビンのいずれか又は複数の殺虫成分と,
穀物粉,糖蜜,米糠のいずれか又は複数の誘引成分と,
からなるナメクジ誘引殺虫薬剤として構成される[8]に記載の基腐病忌避方法。
[10]ナメクジ誘引殺虫薬剤が,リン酸第二鉄粒剤,メタアルデヒド粒剤のいずれか又は複数から選択される[9]に記載の基腐病忌避方法。
[11]ナメクジ誘引殺虫薬剤が,開口容器に入れた状態で静置される[9]又は[10]に記載の基腐病忌避方法。
【0011】
[12]ナメクジ誘引薬剤が入れられた開口容器を,圃場近辺の複数方向にそれぞれ静置する静置工程と,
前記容器に誘引されたナメクジの定量的分析を行う分析工程と,
分析工程の結果に応じて,対応すべき方向に,ナメクジ誘引薬剤が入れられた開口容器をさらに配置,もしくはナメクジ殺虫薬剤を散布するナメクジ誘引対策工程と,
からなるナメクジ防除を効率的に行うことを特徴とするナメクジ分析・対策方法。
[13][11]ないし[12]において用いられる,ナメクジ誘引殺虫薬剤を含んだ開口容器。
[14][11]ないし[12]の方法に用いられるナメクジ誘引トラップであって,
内部が空洞の空洞容器と,
空洞容器の一端に設けられた第一開口部と,
第一開口部から空洞容器内部側に位置しているとともに,第一開口部の径よりも小さな径で構成されている第二開口部と,
を有する開口容器と,
空洞容器内部に,ナメクジ誘引薬剤を含んでなることを特徴とするナメクジ誘引トラップ。
【発明の効果】
【0012】
本発明より,基腐病に対して有用な知見が得られるとともに,これを基にした基腐病の要素技術の提供が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】基腐病を発症している甘藷苗の調査した結果を示した図。
【
図2】罹患茎と健常茎を,直接接触させて共生させた結果を示した図。
【
図3】罹患茎と健常茎を,雨水を媒介させて共生させた結果を示した図。
【
図4】基腐病が発症した圃場から採取したナメクジと,健常茎を直接接触させて共生させた結果を示した図。
【
図5】各種ナメクジないし健常茎と,健常茎を直接接触させて共生させた結果を示した図。
【
図6】ナメクジ誘引剤を用いて基腐病の発症苗数を調べた結果を示した図。
【
図7】圃場周辺において,ナメクジ誘引殺虫容器を配置した場合の概念図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は,発明者らにより得られた以下の実験事実に基づくものである。すなわち,下記実験事実から,基腐病発症・拡大の要因の一つとして,ナメクジが強く関与することを発明者らは見出したものである。
(1) 基腐に感染した茎(以下,「罹患茎」)と,健常な茎(以下,「健常茎」)との直接的な接触では,基腐病の感染は起こらない,もしくは容易に起こるわけではない。
(2) 罹患茎と健常茎を,水を媒介させ栽培・育成しても,基腐病の感染は起こらない,もしくは容易に起こるわけではない。
(3) 正常なナメクジと健常茎を接触させても基腐病は起きない一方,基腐病を発生した圃場から採取したナメクジと健常茎を接触させると,容易に基腐病を発症する。
(4) 薬剤によってナメクジを誘引することにより,基腐病は急速に広がっていく。
【0015】
本発明は,一つの態様として基腐病防除方法として構成することができる。当該基腐防除方法は,圃場からナメクジを,殺虫,防除,忌避することにより,基腐病の発症ないし感染拡大を防止することを特徴とする。
すなわち,本発明の基腐病防除方法は,下記を基本原理とし,基腐病の発症ないし感染拡大を防止するものである。
(1) 甘藷栽培前の土づくりの段階において,ナメクジやナメクジの卵を除去する,もしくは極小化する(殺虫,防除)。
(2) 甘藷を栽培中の圃場において,ナメクジやナメクジの卵を除去する,もしくは極小化する(殺虫,防除)。
(3) 甘藷を栽培中の圃場において,ナメクジを寄せ付けない,ナメクジを増やさない(防除,忌避)。
(4) 甘藷を栽培中の圃場外に,ナメクジを誘引する(防除,忌避)。
【0016】
本発明は,異なる態様として甘藷のための畑作り方法として構成することができる。
本発明の甘藷のための畑作り方法は,土を掘り上げる堀上工程と,堀上後の土壌に,肥料ないし薬剤の追加を行う肥料等追加工程と,肥料等の追加後,耕運を行う耕運工程と,甘藷苗を植えるための畝立てを行う畝立て工程と,を少なくとも含み,前記肥料等追加工程において,ナメクジを殺虫するための薬剤を含むことを特徴とする。
これにより,甘藷栽培前の畑作りの段階において,ナメクジを除去ないし極小化することが可能となり,基腐病の発症ないし拡大を抑制しやすい圃場にできる効果を有する。
【0017】
ナメクジを殺虫するための薬剤は,ナメクジの殺虫が可能であるとともに,甘藷栽培への影響が少ない薬剤である限り特に限定する必要はなく,種々のナメクジ殺虫薬剤を用いることができる。
このような薬剤として,例えば,メタルアルデヒド,ドデシルベンゼンスルホン酸ビスエチレンジアミン銅錯塩(II)(DBDEC),リン酸第二鉄水和物,DLリンゴ酸,モンフルオロトリン,チオジカルブ剤,4-クロロ-3-エチル-1-メチル-N-[4-(p-トリルオキシ)ベンジル]ピラゾール-5-カルボキサミド,S-メチル-N-[(メチルカルバモイル)オキシ]チオアセトイミデート,5-ジメチルアミノ-1,2,3-トリチアンシュウ酸塩,塩基性硫酸銅,アバメクチン,サポニン,アゾキシストロビン,アゾキシストロビン,これらのいずれか又は複数を有効成分とするナメクジ殺虫薬剤を用いることができる。
なお,これらを有効成分とする薬剤の中には,誘引効果を発揮する成分を含む薬剤があることから,このような誘引殺虫薬剤については,留意が必要である。
また,ナメクジ殺虫のための成分の中には,薬剤としてではなく,土づくりを目的とした資材として用いるものも含まれる。このような資材として,例えば,塩基性硫酸銅を成分とするZボルドーなどが挙げられる。
【0018】
肥料等追加工程で用いられる肥料ないし薬剤については,ナメクジ殺虫薬剤を用いる限り特に限定する必要はなく,甘藷の栽培に順ずる一般的な肥料等を用いることができる。このような肥料等のとして,例えば,サポニンを含んだもの(椿油粕)などが挙げられる。
薬剤において,さらに糸状菌を死滅させるための薬剤を含むことが好ましい。これにより,畑作りの段階において糸状菌を死滅ないし極小化することが可能となり,基腐病の発症ないし拡大を抑制しやすい圃場として構成できる効果を有する。糸状菌を死滅するための薬剤として,典型的には,アゾキシストロビンを用いることができる。
【0019】
本発明は,異なる態様として基腐病忌避方法として構成することができる。
本発明の基腐病忌避方法は,甘藷を栽培している圃場において,圃場若しくはその圃場外かつ近辺に,ナメクジを忌避するための組成物を散布して,甘藷栽培圃場におけるナメクジ侵入を忌避することを特徴とする。
ナメクジを忌避するための組成物については,その有効成分が,銅イオン,パチルス菌,パチルス菌発酵物,サポニン,これらのいずれか又は複数を選択すればよい。
例えば,銅イオンを有効成分とする場合,銅イオンを含むか,もしくはこれを発生するための組成物をつかえばよい。
また,パチルス菌を用いる場合はパチルス菌を含むもの(例えば,微生物増殖資材,SDA-F,アンコール・アン社製),又はパチルス菌類により生分解的を発酵させたもの(例えば,穀物類,牛糞,豚ぷん,鶏糞,米ぬか)を用いればよい。
さらに,サポニンを有効成分とする場合は,サポニンを含むもの(例えば,椿油粕,ごぼう,サポニンを主とする農薬)を用いればよい。
【0020】
本発明は,異なる態様として基腐病忌避方法として構成することができる。
本発明の基腐病忌避方法は,甘藷を栽培している圃場において,その圃場外かつ近辺に,ナメクジを誘引するための薬剤を配置して,甘藷栽培圃場におけるナメクジを忌避することを特徴とする。
【0021】
ナメクジを誘引するための薬剤としては,ナメクジの誘引が可能である限り特に限定する必要はなく,種々のナメクジ誘引薬剤を用いることができる。
現在市販されているナメクジ誘引薬剤は,ナメクジの殺虫成分と誘引成分(穀物粉,糖蜜,米糠など)を構成成分として,誘引効果と殺虫効果を兼ね揃えているもの(誘引殺虫薬剤)がほとんどであり,これを用いればよい。
ナメクジ誘引殺虫薬剤において,殺虫成分としては,メタルアルデヒド,ドデシルベンゼンスルホン酸ビスエチレンジアミン銅錯塩(II)(DBDEC),リン酸第二鉄水和物,DLリンゴ酸,モンフルオロトリン,チオジカルブ剤,4-クロロ-3-エチル-1-メチル-N-[4-(p-トリルオキシ)ベンジル]ピラゾール-5-カルボキサミド,S-メチル-N-[(メチルカルバモイル)オキシ]チオアセトイミデート,5-ジメチルアミノ-1,2,3-トリチアンシュウ酸塩,塩基性硫酸銅,アバメクチン,サポニン,アゾキシストロビン,アゾキシストロビン,のいずれか又は複数から選択することができる。
このようなナメクジの誘引殺虫薬剤として,例えば,リン酸第二鉄粒剤(製品名,スラゴ,Nスラゴ,NSスラゴ,スラゴX,ナメトール,Nフェラモール,NSフェラモール),メタアルデヒド粒剤(製品名,ナメトックス,ナメキール,ナメキット,ロンザメタペレット3,スネック粒剤)などを用いることができる。
【0022】
ナメクジ誘引薬剤の使用方法として,例えば,粒状のナメクジ誘引薬剤を圃場周辺に散布することが挙げられる。
また,ナメクジ誘引薬剤の使用方法の異なる使用方法として,例えば,粒状のナメクジ誘引薬剤を開口容器に入れて,圃場周辺に静置することが挙げられる。この場合,開口容器としては,透明なペットボトル容器を用いればよい。
【0023】
本発明において,ナメクジ誘引薬剤を開口容器(以下,「ナメクジ誘引薬剤入り容器」)に入れて,圃場周辺の複数方向に静置することが好ましい。これにより,ナメクジ誘引薬剤入り容器内のナメクジを定量分析することで,どの方向からナメクジが圃場に侵入してきやすいかの分析,ならびにナメクジ侵入防止対策が容易となる効果を有する。
かかるナメクジ誘引薬剤入り容器は,
図7に例示するように,圃場を囲むように静置すればよい。この場合,例えば,1から28に示すナメクジ誘引薬剤入り容器において,特定の番号(13番や14番)でナメクジが多く誘引されていた場合などは,図面右側においてナメクジの殺虫ないし忌避対策を重点的に行えばよい。
ナメクジ誘引薬剤入り容器は,例えば,圃場周辺において,1から10mの間隔で静置するなどすればよく,より好ましくは1から7m間隔,さらに好ましくは1から5m間隔で静置することができる。静置されたナメクジ誘引薬剤入り容器を,1から3日に1回程度の頻度で確認を行えばよい。
【0024】
かかるナメクジ誘引薬剤入り容器を用いることにより,ナメクジ分析・対策方法とすることができる。
このナメクジ分析・対策方法は,ナメクジ誘引薬剤が入れられた開口容器を,圃場近辺の複数方向にそれぞれ静置する静置工程と,前記容器に誘引されたナメクジの定量的分析を行う分析工程と,分析工程の結果に応じて,対応すべき方向に,ナメクジ誘引薬剤が入れられた開口容器をさらに配置,もしくはナメクジ殺虫薬剤を散布するナメクジ誘引対策工程と,からなるナメクジ防除を効率的に行うことを特徴とする。
なお,圃場周辺のナメクジ対策としては,必ずしも薬剤の散布ないし静置のみに限定する必要はなく,種々の手法を単独もしくは組み合わせて用いることができる。
例えば,圃場に隣接する法面の焼却,木酢液や竹酢液を浸した紙などの多孔質物質の敷設・静置などである。
【0025】
ナメクジ誘引薬剤入り容器は,ナメクジ誘引トラップとして用いることができる。
すなわち,本発明のナメクジ誘引トラップは,内部が空洞の空洞容器と,空洞容器の一端に設けられた第一開口部と,第一開口部から空洞容器内部側に位置しているとともに,第一開口部の径よりも小さな径で構成されている第二開口部と,を有する開口容器と,空洞容器内部に,ナメクジ誘引薬剤を含んでなることを特徴とする。
【0026】
ナメクジ誘引トラップについて,
図8を用いて説明する。
ナメクジ誘引トラップ1は,内部が空洞の空洞容器101を有している。これの一端は,開口しており,第一開口部102として構成される。また,第一開口部からみて内腔側に第二開口部103が配置されており,第一開口部102から第二開口部103はつながっている。容器全体としては,一般で市販されているペットボトル容器の飲み口が,内部側に折れ曲がったような構造といえる。
また,ナメクジ誘引殺虫薬剤104(例えば,スラゴなど)が,容器内部に含まれていることから,これに誘引されてナメクジが第一開口部102,第二開口部103を通じて入っていく。ナメクジは,ナメクジ誘引殺虫薬剤104を摂取することで,容器内部で死滅することとなる。
かかる容器を透明プラスチックとすることで,目視により,どの程度のナメクジが誘引されたかを容易に確認することができ,ナメクジ対策のための指標とすることが可能となる。
【0027】
本発明においては,苗床にも適用することができる。すなわち,苗床において,ナメクジを殺虫,防除,忌避ための方法である。この場合,例えば,ナメクジ殺虫に有効な量の殺虫成分(銅イオンなど)を,苗床を栽培する際の土として用いたり,採取した苗を,殺虫成分を含む液体に浸した後,畑へ苗付けするなどである。
【実施例0028】
本発明に関連する基礎的知見について,実験例を基に詳述する。
【0029】
<<実験例1,基腐病現場調査>>
1.基腐病が起きている圃場において,調査を行った。
2.結果を
図1に示す。
(1) 基腐病を起こしている甘藷の根本の土壌から,ナメクジが確認された(
図1,a)。
(2) さらに,付近の別の圃場からも,ナメクジが確認された(
図1,b)。
(3) 調査の結果,基腐病を起こしている複数の圃場で,ナメクジがいることが確認された(不図示)。
3.これらの結果から,基腐病の発症において,ナメクジが関与している可能性が示唆された。
【0030】
<<実験例2,共生実験>>
1.基腐病は,感染性の病気であることから,病気が感染するメカニズムの解明を目的として実験を行った。
【0031】
2.結果を
図2に示す。
図2は,基腐病を起こしている甘藷の茎(以下,「罹患茎」)と,正常な甘藷の茎(以下,「健常茎」)をラップで包むことにより,両茎が十分に接触する環境下で育成し,その様子を示した写真である。
(1)
図2cの左に示される罹患茎は,その一部が黒色であり,基腐病の症状が明確に確認できる。一方,
図2cの右に示される健常茎は,全体として緑色であり,黒色部分もなく,健常であることが確認できる。
(2) ラップで包んで共生した後7日の様子が
図2dである。左で示される罹患茎は,黒色が全体的に広がっており,基腐病の症状が広がっていることが確認できる。一方,健常茎は,特段の変化は確認できず,黒色部分もないことが確認できる。
3.これらの結果から,基腐病は,茎同士の単なる接触のみでは,必ずしもうつらない可能性が示唆された。
【0032】
4.結果を
図3に示す。
図3は,罹患茎と健常茎を,雨水を入れたプラスチック容器中で栽培を行い,その様子を示した写真である。すなわち,一般的に雨水により糸状菌の胞子が拡散して,基腐病が広がるといわれていることから,これを想定した環境となっている。
(1)
図3eは,栽培初日の様子を示した写真である。部分部分が黒くなっている罹患茎と,全体が多い健常茎が,容器に入っていることが確認できる。
(2)
図3fは,栽培7日後の罹患茎の様子を示した写真である。黒色部分が広く,かつ,より深い黒となっており,基腐病が進行していることが確認できる。
(3)
図3gは,栽培7日後の健常茎の様子を示した写真である。最も接触すると考えられる根元部分において特段の変化は確認できず,全体的に見ても,基腐病に特徴的な黒色化は確認できなかった。
5.これらの結果から,基腐病が,雨水を媒介することにより容易に感染するとはいえず,また,うつるとは限らない可能性が示された。
【0033】
<<実験例3,ナメクジ共生実験>>
1.基腐病を起こしている圃場から採取したナメクジと,健常茎を共生させ,基腐病を発症するかを調べることを目的に実験を行った。
【0034】
2.結果を
図4に示す。
図4は,健常茎と,基腐病を起こしている圃場から採取したナメクジを,ラップで包み十分に接触させた状態で育成し,その様子を示した写真である。
(1)
図4hは,育成初日の様子である。健常茎の付近に,3匹のナメクジがいることが確認できる。この後,これらをラップで包んで育成を行った。
(2)
図4iは,育成7日後の様子である。茎が黒色に変化しており,健常茎が基腐病を起こしていることが確認できる。
【0035】
3.さらに比較検討を行った結果を
図5に示す。
(1)
図5上段は,健常茎そのものをラップで巻いて育成した写真である。育成初日,育成7日後,いずれにおいても全体的に緑の色をしており,黒色部分は確認できず,基腐病に感染していないことが確認できる。
(2)
図5中段は,健常茎と,基腐病を起こしていない圃場から採取したナメクジを,ラップで包んで共生させた結果を示す。いずれにおいても全体的に緑の色をしており,黒色部分は確認できず,基腐病に感染していないことが確認できる。
(3)
図5下段は,健常茎と,基腐病を起こしている圃場から採取したナメクジを,ラップで包んで共生させた結果を示す。
図5nでは,健常茎の付近にナメクジがいることが確認できる。
図5oの育成7日後においては,健常茎が黒色化しており,基腐病を発症していることが確認できる。
【0036】
<<実験例4,ナメクジ誘引実験>>
1.基腐病を起こしている圃場において,ナメクジを誘引することで知られているスラゴ粒剤(三井化学アグロ株式会社製)を散布し,基腐病の進展に影響を及ぼすかを調べることを目的に実験を行った。なお,実験については,1区画に区切られた圃場において,守秘義務の下,実験を行った。
【0037】
2.結果を
図6に示す。
図6は,圃場内において基腐病を発症した苗の数の推移を示している。
(1) 基腐病を起こしている苗は,7月8日に1苗,確認することができた。以降,20前後の苗が基腐病を発症しており,適時,それら発症した苗を撤去していった。
(2) 7月28日,22苗の基腐病の発症苗の除去を行った後,圃場全体にスラゴを散布したところ,2日後の7月30日には,72苗の発症苗が確認され,以降80前後の継続的な基腐苗の発症が確認された。
3.これらの結果から,圃場におけるナメクジの存在が,基腐病の進行に強く影響を及ぼすことが確認された。
【0038】
<<実験例5,ナメクジ忌避実験>>
1.パチルス菌発酵物を含む微生物資材(SDA-F,株式会社アンコール・アン製)を用いて,ナメクジ忌避効果を有するかを調べることを目的に,実験を行った。
【0039】
2.金属製ボールに,微生物資材を適量加えて,その近辺にナメクジ2匹を静置し(
図9,p),ラップをして5分間放置した(
図9,q)。
3.5分放置後,ラップを外して,ナメクジの確認を行った。
(1) 1匹のナメクジは,金属製ボールのふちに付着していた(
図9,r,〇部分)。
(2) もう1匹のナメクジは,ラップに付着していた(
図9,s)。
4.このように,いずれのナメクジも,微生物資材から遠ざかる方向に位置していることから,微生物資材が,ナメクジ忌避に有用であることが分かった。
【0040】
<<まとめ>>
1.当該実験結果より得られた知見について,改めて整理する。
(1) 2022年の技術常識として,雨水などの水は,糸状菌を媒介するものであり,雨の後の速やかな排水は,基腐病の対策として極めて重要とされている(非特許文献1)。
(2) これについては,理論上,水により糸状菌胞子の拡散が起こりうること,また,現象論として,雨が降った後に基腐病の拡大が散見されることから,排水対策が推奨されるに至ったものと考えられる。
(3) しかるに,実験例2の実験事実は,前記技術常識に反するものであるといえる。また,現象論として,雨の後に基腐病の拡大が散見される現象は,湿った状況でなければナメクジが移動しにくいことを鑑みれば,事実と整合するものである。
(4) また,基腐病が,地際から発症することがほとんどであることも,ナメクジが基腐病(糸状菌)を媒介することに整合するといえる。
2.なお,2022年現在,推奨されている手法として,糸状菌を死滅させるための薬剤(アゾキシストロビン)を土づくりの際に散布することが対策として推奨されているが,期待にそぐわない結果であったというのが実情である。すなわち,アゾキシストロビンの散布を行った圃場の多くにおいて基腐病が確認されており,有効な防止策とはなっていないものである。かかる事実においても,キャリアであるナメクジを殺虫,防除,忌避しなければ,基腐病の有用な対策となり得ないことを支持する事実の一つといえる。
基腐病発症・拡大の要因の一つとして,ナメクジが強く関与するという知見は,現状を大きく改善する突破口となりうるものであり,当該知見に基づいた基腐病防除方法,甘藷畑作り方法,基腐病忌避方法,ナメクジ分析・対策方法,ナメクジ誘引殺虫薬剤を含んだ開口容器,これらの発明は,甘藷栽培に好適に用いることができる。