(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023013398
(43)【公開日】2023-01-26
(54)【発明の名称】スピーカの歪み補正装置及びスピーカユニット
(51)【国際特許分類】
H04R 3/00 20060101AFI20230119BHJP
【FI】
H04R3/00 310
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021117549
(22)【出願日】2021-07-16
(71)【出願人】
【識別番号】000010098
【氏名又は名称】アルプスアルパイン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099748
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 克志
(74)【代理人】
【識別番号】100103171
【弁理士】
【氏名又は名称】雨貝 正彦
(74)【代理人】
【識別番号】100105784
【弁理士】
【氏名又は名称】橘 和之
(74)【代理人】
【識別番号】100098497
【弁理士】
【氏名又は名称】片寄 恭三
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 雄二
(72)【発明者】
【氏名】戸板 大樹
(72)【発明者】
【氏名】田口 仁幸
(72)【発明者】
【氏名】田地 良輔
(72)【発明者】
【氏名】増子 達也
【テーマコード(参考)】
5D220
【Fターム(参考)】
5D220AA21
5D220AB08
(57)【要約】
【課題】歪みを適正に補正しつつ異常動作を抑制する「スピーカの歪み補正装置及びスピーカユニット」を提供する。
【解決手段】入力信号Siは、非線形部補正フィルタ41を通って、線形逆フィルタ42に入力し、線形逆フィルタ42の出力信号Soはアンプ5を介してスピーカ2に出力される。非線形部補正フィルタ41には、スピーカ2の非線形な特性による歪みをキャンセルする伝達特性(フィルタ係数)を設定する。適応アルゴリズム実行部43は、入力信号Siに対して歪みの無いスピーカ2の振動と、振動計測部3が計測したスピーカ2の振動系の振動との差分をエラーとして、線形逆フィルタ42のフィルタ係数を適応的に更新する適応動作を行う。制御部1は、振動計測部3が計測したスピーカ2の振動系の振動の振幅が、スピーカ2の入力電圧に対して正常な範囲を逸脱したならば、適応アルゴリズム実行部43の適応動作を停止する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力信号に対するスピーカの出力の歪みを補正する、スピーカの歪み補正装置であって、
前記スピーカの振動系の振動を検出する振動検出手段と、
前記入力信号を入力とし前記スピーカを駆動する出力信号を出力する可変フィルタと、
所定の適応アルゴリズムを実行し、前記振動検出手段で検出される振動が、前記入力信号に対して歪みのない振動となるように前記可変フィルタの伝達特性を更新する適応動作を行う適応アルゴリズム実行部と、
制御部とを有し、
当該制御部は、前記振動検出手段で検出された振動の振幅が、前記可変フィルタが出力する出力信号のレベルに対して正常と見なせる範囲を逸脱しているかどうかを判定し、逸脱している場合に、前記適応アルゴリズム実行部の前記適応動作による前記可変フィルタの伝達特性の更新を停止することを特徴とするスピーカの歪み補正装置。
【請求項2】
入力信号に対するスピーカの出力の歪みを補正する、スピーカの歪み補正装置であって、
前記スピーカの振動系の振動を検出するセンサと、
前記入力信号を入力とする非線形部補正フィルタと、
前記非線形部補正フィルタの出力を入力とし、前記スピーカを駆動する出力信号を出力する可変フィルタと、
所定の適応アルゴリズムを実行し、前記センサで検出される振動が、前記入力信号に対して歪みのない振動となるように前記可変フィルタの伝達特性を更新する適応動作を行う適応アルゴリズム実行部と、
制御部とを有し、
前記非線形部補正フィルタには、前記スピーカの非線形な特性による当該スピーカの前記入力信号に対する出力の歪みを補正する伝達特性が設定されており、
前記制御部は、前記振動検出手段で検出された振動の振幅が、前記可変フィルタが出力する出力信号のレベルに対して正常と見なせる範囲を逸脱しているかどうかを判定し、逸脱している場合に、前記適応アルゴリズム実行部の前記適応動作による前記可変フィルタの伝達特性の更新を停止することを特徴とするスピーカの歪み補正装置。
【請求項3】
請求項2記載のスピーカの歪み補正装置であって、
前記制御部は、前記振動検出手段で検出された振動の振幅が、前記正常と見なせる範囲を過大方向に逸脱している場合に、前記振動検出手段で検出された振動の振幅の中心が、規定の中心位置から偏位しているかどうかを調べ、偏位しているときに、前記スピーカの入力電圧と前記スピーカの入力電流と前記振動検出手段で検出された振動とより、前記スピーカの振動系の剛性を推定すると共に、推定した剛性が規定の剛性の範囲より小さいときに、スピーカの振動系の機械的な故障の発生を推定することを特徴とするスピーカの歪み補正装置。
【請求項4】
請求項3記載のスピーカの歪み補正装置であって、
前記可変フィルタが出力する出力信号で前記スピーカを駆動するアンプを備え、
前記制御部は、前記振動検出手段で検出された振動の振幅が、前記正常と見なせる範囲を過大方向に逸脱しており、前記振動検出手段で検出された振動の振幅の中心が、規定の中心位置から偏位していない場合に、前記スピーカの入力電圧と前記スピーカの入力電流と前記振動検出手段で検出された振動とより、前記スピーカの振動系の剛性と、当該振動系の偏位との関係を推定し、推定した関係において前記剛性の当該振動系の偏位に対する変化が緩やかになっているときに、前記スピーカの入力電圧に対する前記スピーカの入力電流が規定の大きさより小さいかどうかを調べ、小さい場合に、前記スピーカの加熱異常の発生を推定することを特徴とするスピーカの歪み補正装置。
【請求項5】
請求項2記載のスピーカの歪み補正装置であって、
前記制御部は、前記振動検出手段で検出された振動の振幅が、前記正常と見なせる範囲を過小方向に逸脱している場合に、前記振動検出手段で検出された振動の波形のピーク部分が、前記スピーカの振動系の振動可能範囲の上下限まで達せずに一定のレベルで飽和し潰れてしまう、振動可能範囲内のクリップが発生しているかどうかを判定し、発生している場合に、前記スピーカの振動計の振動が外部の物体によって阻害されている異常の発生を推定することを特徴とするスピーカの歪み補正装置。
【請求項6】
請求項5記載のスピーカの歪み補正装置であって、
前記可変フィルタが出力する出力信号で前記スピーカを駆動するアンプを備え、
前記制御部は、前記振動検出手段で検出された振動の振幅が、前記正常と見なせる範囲を過小方向に逸脱しており、前記振動可能範囲内のクリップが発生していない場合に、前記スピーカの入力電圧と前記スピーカの入力電流と前記振動検出手段で検出された振動とより、前記スピーカの振動系の剛性と、当該振動系の偏位との関係を推定し、推定した関係において前記剛性の当該振動系の偏位に対する変化が急になっているときに、前記スピーカの入力電圧に対する前記スピーカの入力電流が規定の大きさより大きいかどうかを調べ、大きい場合に、前記スピーカの加熱異常の発生を推定することを特徴とするスピーカの歪み補正装置。
【請求項7】
請求項6記載のスピーカの歪み補正装置であって、
前記制御部は、前記振動検出手段で検出された振動の振幅が、前記正常と見なせる範囲を過小方向に逸脱しており、前記振動可能範囲内のクリップが発生しておらず、前記振動系の偏位に対する変化が急になっており、前記スピーカの入力電圧に対する前記スピーカの入力電流が規定の大きさより大きくないときに、環境温度が所定温度より低温であるかどうかを調べ、低温である場合に、前記スピーカの凍結異常の発生を推定することを特徴とするスピーカの歪み補正装置。
【請求項8】
請求項1、2、3、4、5または6記載のスピーカの歪み補正装置と、前記スピーカとを、当該歪み補正装置と当該スピーカとが一体化された形態で備えていることを特徴とするスピーカユニット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、入力に対するスピーカの出力の歪みを補正する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
種々のスピーカの等価回路や、等価回路に基づいてスピーカの駆動を制御する技術が知られている(非特許文献1、特許文献1)。
また、等価回路に基づいてスピーカの駆動を制御する技術としては、スピーカの等価回路に基づいて、入力に対するスピーカの出力の歪みが解消されるように、スピーカを駆動する音声信号を補正する技術も知られている(特許文献2)。
【0003】
また、スピーカの振動板の振動を検出するセンサを備え、センサで検出した振動に応じてスピーカの駆動を制御するモーショナルフィードバックの技術も知られている(たとえば、特許文献3、4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2017/179539号
【特許文献2】特許6522668号公報
【特許文献3】特開2008228214号公報
【特許文献4】特開2010124026号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Klippel, Wolfgang著, "Modeling the large signal behavior of micro-speakers", 133rd Audio Engineering Society Convention 2012, Paper Number 8749, October 25, 2012
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
モーショナルフィードバックの技術を用い、スピーカの振動板の振動を検出し、検出した振動に応じて、スピーカの歪みが解消されるように、スピーカを駆動する音声信号を補正することが考えられる。
【0007】
また、この場合には、適応フィルタを音声信号の補正に適用し、理想の振動と検出した振動の差をエラーとして、エラーが最小となるように適応フィルタの係数を更新することにより、スピーカの歪みを解消することが考えられる。
【0008】
一方、スピーカの特性は、線形な特性と非線形な特性がある。
たとえば、
図7に示すスピーカの等価回路においては、Bl、KMS、Le(x,i)などは、非線形な特性を示す。
なお、
図4の等価回路は、上掲した非特許文献1で示される等価回路であり、
Re; Electrical Resistance
Le(x,i);Electrical Inductance
Bl(x); Force factor
Fm(x,i); Reluctance Force
Mms; Mechanical mass
Rms(v); Mechanical Resistance
Kms(x); Stiffness(剛性)
である。
【0009】
そして、このようなスピーカの非線形な特性にも対応するように適応フィルタを構成する場合には、適応フィルタの処理や構成が大規模化し高コスト化を招く。
そこで、適応フィルタの前段にスピーカの非線形な特性による歪みを補正する非線形歪補正用のフィルタを設け、温度などの環境の変化やスピーカの挙動から推定されるスピーカの非線形な特性の変化に応じて、非線形歪補正用のフィルタの伝達特性を更新しながら、適応フィルタでスピーカの線形な特性による歪みの補正を行うことが考えられる。
【0010】
しかし、この場合、加熱、凍結、故障といったスピーカ自身の状態変化や、スピーカへの異物の接触や付着などが生じると、非線形歪補正用のフィルタでスピーカの非線形な特性による歪みを補正することができなくなり、適応フィルタが発散し、不快音がスピーカから出力されてしまうなどの異常動作が発生し得る。
【0011】
そこで、本発明は、比較的簡易な構成でスピーカの歪みを適正に補正しつつ、異常動作の発生を抑制することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題達成のために、本発明は、入力信号に対するスピーカの出力の歪みを補正する、スピーカの歪み補正装置に、前記スピーカの振動系の振動を検出する振動検出手段と、前記入力信号を入力とし前記スピーカを駆動する出力信号を出力する可変フィルタと、所定の適応アルゴリズムを実行し、前記振動検出手段で検出される振動が、前記入力信号に対して歪みのない振動となるように前記可変フィルタの伝達特性を更新する適応動作を行う適応アルゴリズム実行部と、制御部とを備えたものである。ここで、制御部は、前記振動検出手段で検出された振動の振幅が、前記可変フィルタが出力する出力信号のレベルに対して正常と見なせる範囲を逸脱しているかどうかを判定し、逸脱している場合に、前記適応アルゴリズム実行部の前記適応動作による前記可変フィルタの伝達特性の更新を停止する。
【0013】
また、本発明は、前記課題達成のために、入力信号に対するスピーカの出力の歪みを補正する、スピーカの歪み補正装置に、前記スピーカの振動系の振動を検出するセンサと、前記入力信号を入力とする非線形部補正フィルタと、前記非線形部補正フィルタの出力を入力とし、前記スピーカを駆動する出力信号を出力する可変フィルタと、所定の適応アルゴリズムを実行し、前記センサで検出される振動が、前記入力信号に対して歪みのない振動となるように前記可変フィルタの伝達特性を更新する適応動作を行う適応アルゴリズム実行部と、制御部とを備えたものである。ここで、前記非線形部補正フィルタには、前記スピーカの非線形な特性による当該スピーカの前記入力信号に対する出力の歪みを補正する伝達特性が設定されている。また、制御部は、前記振動検出手段で検出された振動の振幅が、前記可変フィルタが出力する出力信号のレベルに対して正常と見なせる範囲を逸脱しているかどうかを判定し、逸脱している場合に、前記適応アルゴリズム実行部の前記適応動作による前記可変フィルタの伝達特性の更新を停止する。
【0014】
ここで、このスピーカの歪み補正装置は、前記制御部において、前記振動検出手段で検出された振動の振幅が、前記正常と見なせる範囲を過大方向に逸脱している場合に、前記振動検出手段で検出された振動の振幅の中心が、規定の中心位置から偏位しているかどうかを調べ、偏位しているときに、前記スピーカの入力電圧と前記スピーカの入力電流と前記振動検出手段で検出された振動とより、前記スピーカの振動系の剛性を推定すると共に、推定した剛性が規定の剛性の範囲より小さいときに、スピーカの振動系の機械的な故障の発生を推定するように構成してもよい。
【0015】
また、この場合には、歪み補正装置に、前記可変フィルタが出力する出力信号で前記スピーカを駆動するアンプを備え、前記制御部において、前記振動検出手段で検出された振動の振幅が、前記正常と見なせる範囲を過大方向に逸脱しており、前記振動検出手段で検出された振動の振幅の中心が、規定の中心位置から偏位していない場合に、前記スピーカの入力電圧と前記スピーカの入力電流と前記振動検出手段で検出された振動とより、前記スピーカの振動系の剛性と、当該振動系の偏位との関係を推定し、推定した関係において前記剛性の当該振動系の偏位に対する変化が緩やかになっているときに、前記スピーカの入力電圧に対する前記スピーカの入力電流が規定の大きさより小さいかどうかを調べ、小さい場合に、前記スピーカの加熱異常の発生を推定してもよい。
【0016】
また、このスピーカの歪み補正装置は、前記制御部において、前記制御部は、前記振動検出手段で検出された振動の振幅が、前記正常と見なせる範囲を過小方向に逸脱している場合に、前記振動検出手段で検出された振動の波形のピーク部分が、前記スピーカの振動系の振動可能範囲の上下限まで達せずに一定のレベルで飽和し潰れてしまう、振動可能範囲内のクリップが発生しているかどうかを判定し、発生している場合に、前記スピーカの振動計の振動が外部の物体によって阻害されている異常の発生を推定するように構成してもよい。
【0017】
また、この場合には、歪み補正装置に、前記可変フィルタが出力する出力信号で前記スピーカを駆動するアンプを備え、前記制御部において、前記振動検出手段で検出された振動の振幅が、前記正常と見なせる範囲を過小方向に逸脱しており、前記振動可能範囲内のクリップが発生していない場合に、前記スピーカの入力電圧と前記スピーカの入力電流と前記振動検出手段で検出された振動とより、前記スピーカの振動系の剛性と、当該振動系の偏位との関係を推定し、推定した関係において前記剛性の当該振動系の偏位に対する変化が急になっているときに、前記スピーカの入力電圧に対する前記スピーカの入力電流が規定の大きさより大きいかどうかを調べ、大きい場合に、前記スピーカの加熱異常の発生を推定してもよい。
【0018】
また、この場合には、前記制御部において、前記振動検出手段で検出された振動の振幅が、前記正常と見なせる範囲を過小方向に逸脱しており、前記振動可能範囲内のクリップが発生しておらず、前記振動系の偏位に対する変化が急になっており、前記スピーカの入力電圧に対する前記スピーカの入力電流が規定の大きさより大きくないときに、環境温度が所定温度より低温であるかどうかを調べ、低温である場合に、前記スピーカの凍結異常の発生を推定してもよい。
【0019】
また、以上のスピーカの歪み補正装置と、前記スピーカとを、当該歪み補正装置と当該スピーカとが一体化してスピーカユニットを構成してもよい。
以上のようなスピーカの歪み補正装置やスピーカユニットによれば、非線形部補正フィルタを適応フィルタの前段に設け、適応フィルタをスピーカの線形な特性による歪みの補正にのみ用いる比較的簡易な構成で、スピーカの歪みを補正する場合でも、計測したスピーカの振動系の振動の異常が発生した場合には、適応フィルタの適応動作を停止して、不快音の発生などの異常動作の発生を抑制することができる。また、計測したスピーカの振動系の振動を利用して、発生した異常の原因を推定できるので、推定した原因に適合した対処を行うことができるようになる。
【発明の効果】
【0020】
以上のように、本発明によれば、比較的簡易な構成でスピーカの歪みを適正に補正しつつ、異常動作の発生を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の実施形態に係る音響システムの構成を示す図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る振動検出の構成を示す図である。
【
図3】本発明の実施形態に係る適応動作制御処理を示すフローチャートである。
【
図4】本発明の実施形態に係る過大振幅エラー処理を示すフローチャートである。
【
図5】本発明の実施形態に係る過小振幅エラー処理を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について、自動車に搭載される音響システムへの適用を例にとり説明する。
図1に、実施形態に係る音響システムの構成を示す。
図示するように、音響システムは、制御部1、スピーカ2、スピーカ2の振動系の振動/変位を計測する振動計測部3、出力信号Soを出力する信号補正部4、出力信号Soを入力とする、スピーカ2の駆動用のアンプ5、音声信号である入力信号Siを出力するオーディオ装置6を備えている。
【0023】
そして、信号補正部4はオーディオ装置6が出力する入力信号Siを補正して出力信号Soとして出力し、アンプ5は出力信号Soのアナログ信号(電圧信号)への変換、増幅を行ってスピーカ2を駆動する。
【0024】
図2に、スピーカ2の構成を示す。
図示するように、スピーカ2は、ヨーク201、磁石202、トッププレート203、ボイスコイルボビン204、ボイスコイル205、フレーム206、ダンパ207、振動板208、エッジ209、ダストキャップ210、変位検出用磁石211、磁気角度センサ212を有する。
【0025】
今、図における上方をフロントスピーカの前方、下方をフロントスピーカの後方として、ヨーク201は、中央部に前方に突出した凸部2011を有し、当該凸部2011の外周部に環状の磁石202が設けられており、磁石202の上には環状のトッププレート203が設けられている。そして、このトッププレート203は、鉄等の導電性を有する部材によって構成される。そして、これらヨーク201、磁石202、トッププレート203によって磁気回路220が形成される。
【0026】
ボイスコイルボビン204は中空の円筒形状を有し、アンプ5からの信号が印加されるボイスコイル205が外周に巻かれている。また、ヨーク201の凸部2011は、ボイスコイルボビン204がヨーク201に対して前後に移動可能なようにボイスコイルボビン204の中空に後方より挿入されており、ボイスコイル205はヨーク201の凸部2011とトッププレート203との間の、磁気回路220によってトッププレート203の内周端間に発生する磁束が通過する位置に配置されている。
【0027】
振動板208は、おおよそフロントスピーカの前後方向を高さ方向とする円錐台の側面と同様な形状を有し、その外周端部がエッジ209でフレーム206の前端部に連結されている。また、振動板208の内周端部は、ボイスコイルボビン204の前端部に固定されている。
【0028】
このようなスピーカ2の構成において、アンプ5から信号がボイスコイル205に印加されると、磁気回路220から発生する磁束と、ボイスコイル205を流れる信号との電磁作用によって、信号の振幅に応じて、ボイスコイルボビン204が前後に振動する。そして、ボイスコイルボビン204が振動すると、ボイスコイルボビン204に連結されている振動板208が振動し、アンプ5からの信号に応じた音が発生する。
【0029】
変位検出用磁石211は、ボイスコイルボビン204と共に上下動するようにボイスコイルボビン204に固定されており、磁気角度センサ212は、磁気回路220に対して位置が変化しないように、トッププレート203の上などに固定されている。
【0030】
磁気角度センサ212は、磁気回路220の発生する磁束ベクトルと、変位検出用磁石211の発生する磁束ベクトルの合成ベクトルの角度を検出し出力する。ボイスコイルボビン204の変位に伴う変位検出用磁石211の変位によって、磁気角度センサ212から見た変位検出用磁石211の発生する磁束ベクトルは変化するので、この合成ベクトルの角度は、ボイスコイルボビン204の変位量を表す。
【0031】
そして、
図1の振動計測部3は、この磁気角度センサ212の出力から、ボイスコイルボビン204や振動板208等のスピーカ2の振動系の振動/変位を計測する。
次に、制御部1には、車室の温度や音響システムの経年時間(製造年と現在時刻等)等の情報が外部情報として入力する。また、制御部1には、オーディオ装置6から、曲再生中/曲非再生中等の再生状態や、入力信号Siを出力しているオーディオソース(ラジオ/CD等)の情報や、出力レベル(ボリューム等)等の情報が入力する。また、制御部1には、スピーカ2から入力電圧や入力電流の情報が入力する。
【0032】
次に、信号補正部4は、非線形部補正フィルタ41、線形逆フィルタ42、適応アルゴリズム実行部43、エラー算出部44を備えている。
オーディオ装置6が出力する入力信号Siは、非線形部補正フィルタ41を通って中間補正信号Smとして、線形逆フィルタ42に入力し、線形逆フィルタ42を通って出力信号Soとしてアンプ5を介してスピーカ2に出力される。
【0033】
非線形部補正フィルタ41の伝達特性(フィルタ係数)は制御部1から切替可能であり、制御部1は、非線形部補正フィルタ41の伝達特性を、非線形部補正フィルタ41が出力する中間補正信号Smでスピーカ2を駆動した場合に入力信号Siに対するスピーカ2の非線形な特性によるスピーカ2の出力の歪みがキャンセルされる伝達特性、すなわち、スピーカ2の非線形な特性による歪みを補正する伝達特性に設定する。
【0034】
エラー算出部44は、入力信号Siに対して歪みの無いスピーカ2の振動と、振動計測部3が計測した実際のスピーカ2の振動との差分を算出する。
線形逆フィルタ42は可変フィルタであり、適応アルゴリズム実行部43と線形逆フィルタ42は適応フィルタを構成している。適応アルゴリズム実行部43は中間補正信号Smを参照信号r、エラー算出部44が算出した差分をエラーeとして、LMSアルゴリズム等によって、エラーeが最小化するように、線形逆フィルタ42の伝達特性(フィルタ係数)を更新する適応動作を行う。
【0035】
この適応動作の結果、前記スピーカ2の線形な特性によるスピーカ2の入力信号Siに対する出力の歪みを補正する伝達特性が線形逆フィルタ42に設定される。
次に、制御部1は、現在のスピーカ2の非線形な特性を推定し、非線形な特性が変化したときに、当該変化に追従するように非線形部補正フィルタ41の伝達特性を更新する処理を行う。
【0036】
この処理では、車室の温度や音響システムの経年時間やオーディ装置の出力レベルの組み合わせ毎に、その組み合わせとなったときの非線形特性を予め求めてライブラリとして記憶しておき、ライブラリから現在の環境に対応する非線形特性をスピーカ2の現在の非線形特性として推定する。
【0037】
または、振動計測部3が計測したスピーカ2の振動から、入力に対するスピーカ2の挙動を算定し、算定した挙動からスピーカ2の現在の非線形特性を推定する。
そして、推定したスピーカ2の現在の非線形特性が、前回に非線形部補正フィルタ41の伝達特性を更新した時に推定した非線形特性から、所定レベル以上変化していたならば、推定したスピーカ2の現在の非線形特性に対応する伝達特性に非線形部補正フィルタ41の伝達特性を切り替える。非線形特性に対応する伝達特性とは、その非線形特性による歪みを補正する伝達特性であり、推定した非線形特性を反映したスピーカモデルを用いて対応する伝達特性を算定してもよいし、予め非線形特性毎に対応する伝達特性を求めて記憶しておくことにより、推定した非線形特性に対応する伝達特性を算定してもよい。
【0038】
または、車室の温度や音響システムの経年時間やオーディ装置の出力レベルの組み合わせ毎に、その組み合わせとなったときの非線形特性に対応する伝達特性を予め求めてライブラリとして記憶しておき、ライブラリからスピーカ2の現在の非線形特性に対応する伝達特性を選定し、選定した伝達特性に非線形部補正フィルタ41の伝達特性を切り替えるようにしてもよい。
【0039】
次に、制御部1が定期的に繰り返し行う適応動作制御処理について説明する。
図3に、この適応動作制御処理の手順を示す。
図示するように、制御部1は、適応動作制御処理において、振動計測部3が計測した振動の振幅が、線形逆フィルタ42の出力信号Soのレベルに対して正常と見なせる範囲である規定範囲を逸脱しているかどうかを判定する(ステップ302)。線形逆フィルタ42の出力信号Soのレベルは、出力信号Soのレベルを直接検出してもよいし、オーディオ装置6や非線形部補正フィルタ41の出力のレベルや、スピーカ2の入力電圧などから推定してもよい。
【0040】
そして、逸脱していれば、適応アルゴリズム実行部43の適応動作を停止し、線形逆フィルタ42の伝達関数の更新を停止する(ステップ304)。
そして、振動の振幅が過大方向に規定範囲を逸脱しているのか、過小方向に規定範囲を逸脱しているのかを判定し(ステップ306)、過大方向に規定範囲を逸脱している場合には過大振幅エラー処理を実行し(ステップ308)、適応動作制御処理を終了する。
【0041】
一方、過小方向に規定範囲を逸脱している場合には、過小振幅エラー処理を実行し(ステップ310)、適応動作制御処理を終了する。
一方、ステップ302で、振動の振幅が規定範囲を逸脱していないと判定された場合には、現在、適応アルゴリズム実行部43の適応動作が停止しているかどうかを調べ(ステップ312)、停止していなければ、そのまま適応動作制御処理を終了する。
【0042】
一方、現在、適応アルゴリズム実行部43の適応動作が停止している場合には(ステップ312)、適応アルゴリズム実行部43の適応動作を再開し(ステップ314)、線形逆フィルタ42の伝達関数の更新を再開し、適応動作制御処理を終了する。
【0043】
次に、適応動作制御処理のステップ308において行う過大振幅エラー処理と、ステップ310において行う過小振幅エラー処理について説明する。
まず、過大振幅エラー処理について説明する。
図4に、この過大振幅エラー処理の手順を示す。
図示するように、制御部1は、過大振幅エラー処理において、振動計測部3が計測した振動の振幅の中心が、正規の位置から所定レベル以上、偏位している(ずれている)かどうかを調べる(ステップ402)。
【0044】
そして、ステップ402で、振動の振幅の中心が正規の位置から所定レベル以上、偏位していると判定された場合には、Kms(x)が標準値よりも全体的に小さくなっているかどうかを調べる(ステップ410)
ここで、スピーカ2の等価回路のKms(x)の算定は、次のように行うことができる。
【0045】
すなわち、テスト信号や音楽信号や音響透かし信号などの適当な出力信号Soをスピーカ2に出力しながら、スピーカ2の入力電流i、スピーカ2の入力電圧uを計測し、計測した電流iと入力電圧uから、スピーカ2のインピーダンスZ=u/iの共振周波数fsを検出する。そして、Mms; Mechanical massを用いて、
Kms=(2πfs)2Mms
を算出し、センサが出力するスピーカ2の振動系の変位xと、Kmsとの関係をKms(x)として算定する。
【0046】
ここで、ステップ410では、Kms(x)のカーブが、たとえば、
図6に示す標準のKms(x)カーブAよりも、全体的に値の小さなKms(x)カーブBとなっていれば、現在のKms(x)カーブが、標準値よりも全体的に小さくなっていると判定する。
【0047】
そして、Kms(x)が標準値よりも全体的に小さくなっていなければ(ステップ410)一般エラー処理を行い(ステップ408)、過大振幅エラー処理を終了する。
ステップ408の一般エラー処理では、スピーカ2に異常が発生している可能性がある旨を伝えるエラーメッセージの表示や音声出力を行う。
一方、Kms(x)が全体的に小さくなっていれば(ステップ410)、スピーカ2の剛性が低下しているので、ダンパ/エッジ故障エラー処理を行い(ステップ412)、過大振幅エラー処理を終了する。
【0048】
ステップ414のダンパ/エッジ故障処理エラー処理では、スピーカ2のダンパ207やエッジ209が故障している可能性がある旨を伝えるエラーメッセージの表示や音声出力を行う。
【0049】
一方、振動の振幅の中心が偏位していなければ(ステップ402)、現在のスピーカ2の等価回路のKms(x); Stiffness(剛性)カーブが予め設定した標準のKms(x)カーブよりも緩やかになっているかどうかを調べる(ステップ404)。
【0050】
すなわち、算定したKms(x)のカーブが、たとえば、
図6に示す標準のKms(x)カーブAよりも、カーブが緩やかなKms(x)カーブCとなっていれば、ステップ404において、現在のKms(x)カーブが、標準のKms(x)カーブよりも緩やかになっていると判定する。
【0051】
そして、ステップ404で、現在のKms(x)カーブが、標準のKms(x)カーブよりも緩やかになっていないと判定された場合には、一般エラー処理を行い(ステップ408)、過大振幅エラー処理を終了する。
【0052】
一方、現在のKms(x)カーブが、標準のKms(x)カーブよりも緩やかになっていれば(ステップ404)、スピーカ2の振動系が入力電圧に対して変位し易くなっていることを表すので、スピーカ2の入力電圧に対する入力電流の大きさが規定の大きさよりも小さくなっているかどうか、すなわち、スピーカ2の抵抗が増大しているかどうかを調べる(ステップ406)。
【0053】
そして、ステップ406で、スピーカ2の入力電圧に対する入力電流の大きさが規定の大きさよりも小さくなっていると判定された場合には、スピーカ2の抵抗の増大によりボイスコイル205が加熱している可能性があるものとして、ボイスコイル加熱エラー処理を行い(ステップ414)、過大振幅エラー処理を終了する。
【0054】
ステップ414のボイスコイル加熱エラー処理では、ボイスコイル205が加熱している可能性がある旨を伝えるエラーメッセージの表示や音声出力や、アンプ5のゲインを小さくして発熱を抑制する処理を行う。
【0055】
一方、スピーカ2の入力電圧に対する入力電流の大きさが規定の大きさよりも小さくなっていなければ、一般エラー処理を行い(ステップ408)、過大振幅エラー処理を終了する。
【0056】
以上、過大振幅エラー処理について説明した。
次に、過小振幅エラー処理について説明する。
図5に、過小振幅エラー処理の手順を示す。
図示するように、制御部1は、過小振幅エラー処理において、振動計測部3が計測した振動に、振動波形のピーク部分が、振動可能範囲の上下限まで達せずに一定のレベルで飽和し潰れてしまう、振動可能範囲内のクリップが発生しているかどうかを調べる(ステップ502)。
【0057】
そして、ステップ502で、振動可能範囲内のクリップが発生していると判定された場合には、物体接触による振動阻害エラー処理を行い(ステップ512)、過小振幅エラー処理を終了する。
【0058】
ステップ512の振動阻害エラー処理では、スピーカ2に物体の接触による異常が発生している可能性がある旨を伝えるエラーメッセージの表示や音声出力や、スピーカ2の振動系の振動のピークが、振動波形の飽和が発生しているレベルより小さくなるように、アンプ5のゲインを小さくする処理を行う。
【0059】
一方、振動可能範囲内のクリップが発生していなければ(ステップ502)、現在のスピーカ2の等価回路のKms(x)カーブが予め設定した標準のKms(x)カーブよりも急になっているかどうかを調べる(ステップ504)。
【0060】
ステップ504では、Kms(x)のカーブが、たとえば、
図6に示す標準のKms(x)カーブAよりも、カーブが急なKms(x)カーブDとなっていれば、現在のKms(x)カーブが、標準のKms(x)カーブよりも急になっていると判定する。
【0061】
そして、ステップ504で、現在のスピーカ2の等価回路のKms(x)カーブが予め設定した標準のKms(x)カーブよりも急になっていると判定されなかった場合には、一般エラー処理を行い(ステップ510)、過小振幅エラー処理を終了する。
【0062】
ステップ510の一般エラー処理では、スピーカ2に異常が発生している可能性がある旨を伝えるエラーメッセージの表示や音声出力を行う。
一方、現在のKms(x)カーブが、標準のKms(x)カーブよりも急になっていると判定された場合には(ステップ504)、スピーカ2の振動系が入力電圧に対して変位し難くなっていることを表すので、スピーカ2の入力電圧に対する入力電流の大きさが規定の大きさよりも所定レベル以上、大きくなっているかどうか、すなわち、スピーカ2の抵抗が減少しているかどうかを調べる(ステップ506)。
【0063】
そして、ステップ506で、スピーカ2の入力電圧に対する入力電流の大きさが規定の大きさよりも所定レベル以上、大きくなっている判定された場合には、ボイスコイル過電流加熱エラー処理を行い(ステップ514)、過小振幅エラー処理を終了する。
【0064】
ステップ514の過電流加熱エラー処理では、スピーカ2にショートによる故障が発生している可能性がある旨を伝えるエラーメッセージの表示や音声出力や、アンプ5の動作停止を行う。
【0065】
一方、スピーカ2の入力電圧に対する入力電流の大きさが規定の大きさよりも所定レベル以上、大きくなっていなければ(ステップ506)、車室の温度が、凍結が発生する程度に極低温であるかどうかを調べ(ステップ508)、極低温でなければ、一般エラー処理を行い(ステップ510)、過小振幅エラー処理を終了する。
【0066】
一方、ステップ508で極低温であると判定された場合には、凍結エラー処理を行い(ステップ516)、過小振幅エラー処理を終了する。
ステップ516の凍結エラー処理では、スピーカ2に凍結が発生している可能性がある旨を伝えるエラーメッセージの表示や音声出力を行う。
以上、過小振幅エラー処理について説明した。
このように本実施形態によれば、非線形部補正フィルタ41を適応フィルタの前段に設け、適応フィルタをスピーカ2の線形な特性による歪みの補正にのみ用いる比較的簡易な構成で、スピーカ2の歪みを適正に補正しつつ、計測したスピーカ2の振動系の振動の異常が発生した場合には、適応フィルタの適応動作を停止して、不快音の発生などの異常動作の発生を抑制することができる。また、計測したスピーカ2の振動系の振動を利用して、発生した異常の原因を推定し、推定した原因に適合した対処を行うことができる。
【0067】
ここで、以上の実施形態において、スピーカ2として、非線形な特性による歪みが発生しない、もしくは、非線形な特性による歪みが充分に小さいスピーカ2を用いる場合には、非線形部補正フィルタ41を設けずに、入力信号Siを直接、線形逆フィルタ42の入力とするようにしてもよい。このような場合でも、
図3、4、5の処理により、不快音の発生などの異常動作の発生を抑制でき、発生した異常の原因を推定し、推定した原因に適合した対処を行うことができる。
【0068】
また、以上の実施形態において、スピーカ2と振動計測部3と信号補正部4とは、スピーカユニットとして一体化されたものであってよい。
【符号の説明】
【0069】
1…制御部、2…スピーカ、3…振動計測部、4…信号補正部、5…アンプ、6…オーディオ装置、41…非線形部補正フィルタ、42…線形逆フィルタ、43…適応アルゴリズム実行部、44…エラー算出部、201…ヨーク、202…磁石、203…トッププレート、204…ボイスコイルボビン、205…ボイスコイル、206…フレーム、207…ダンパ、208…振動板、209…エッジ、210…ダストキャップ、211…変位検出用磁石、212…磁気角度センサ、220…磁気回路、2011…凸部。