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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023134245
(43)【公開日】2023-09-27
(54)【発明の名称】疲労破壊起点及び疲労限度推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 3/32 20060101AFI20230920BHJP
   G01J 5/48 20220101ALI20230920BHJP
【FI】
G01N3/32 E
G01J5/48 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022039658
(22)【出願日】2022-03-14
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001748
【氏名又は名称】弁理士法人まこと国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上田 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】牧野 泰三
(72)【発明者】
【氏名】白水 浩
【テーマコード(参考)】
2G061
2G066
【Fターム(参考)】
2G061AA02
2G061AB05
2G061BA15
2G061CA02
2G061EB07
2G061EC02
2G061EC05
2G066AC11
2G066BA14
2G066BC15
(57)【要約】
【課題】赤外線撮像装置を用いて測定した被測定物の散逸エネルギー分布に基づき、被測定物の疲労破壊起点及び疲労限度を精度良く推定する方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る方法は、被測定物に応力幅σaの異なる繰り返し負荷を順次付加しながら、赤外線撮像装置を用いて被測定物を撮像することで、被測定物の複数の部位に対して、それぞれ応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係を算出し、前記関係を応力幅σaで2階微分して得られる2階微分値d2を複数の部位毎に算出し、2階微分値d2に被測定物のビッカース硬さHVを考慮した疲労限度分散度Rを乗算して得られる2階微分補正値d2’を複数の部位毎に算出し、複数の部位のうち、2階微分補正値d2’の最大値d2’maxが得られた部位を被測定物の疲労破壊起点として推定し、最大値d2’maxが得られた応力幅σaを被測定物の疲労限度として推定する。
【選択図】 図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定物に応力幅σaの異なる繰り返し負荷を順次付加しながら、赤外線撮像装置を用いて前記被測定物を撮像することで、前記繰り返し負荷毎に前記被測定物の温度分布の時間的変化を測定し、前記繰り返し負荷毎に測定した前記被測定物の温度分布の時間的変化に基づき、前記繰り返し負荷毎に前記被測定物の散逸エネルギー分布を算出し、前記繰り返し負荷毎に算出した前記被測定物の散逸エネルギー分布に基づき、前記被測定物の複数の部位に対して、それぞれ応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係を算出する関係算出ステップと、
算出した前記関係を前記応力幅σaで2階微分して得られる前記応力幅σa毎の2階微分値d2を、前記複数の部位毎に算出する2階微分値算出ステップと、
算出した前記応力幅σa毎の2階微分値d2に前記応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られる前記応力幅σa毎の2階微分補正値d2’を、前記複数の部位毎に算出する2階微分補正値算出ステップと、
前記複数の部位のうち、前記複数の部位に対して算出した全ての前記2階微分補正値d2’の最大値d2’maxが得られた部位を、前記被測定物の疲労破壊起点として推定する疲労破壊起点推定ステップと、
前記最大値d2’maxが得られた前記応力幅σaを前記被測定物の疲労限度として推定する疲労限度推定ステップと、を有し、
前記疲労限度分散度Rは、以下の式(A)で表される、
疲労破壊起点及び疲労限度推定方法。
R=1-abs(1-σa/(α・HV)) ・・・(A)
上記の式(A)において、σaは応力幅[MPa]であり、HVは前記被測定物のビッカース硬さ[HV]であり、αは定数である。また、abs(・)は括弧内の絶対値を意味する。
【請求項2】
被測定物に応力幅σaの異なる繰り返し負荷を順次付加しながら、赤外線撮像装置を用いて前記被測定物を撮像することで、前記繰り返し負荷毎に前記被測定物の温度分布の時間的変化を測定し、前記繰り返し負荷毎に測定した前記被測定物の温度分布の時間的変化に基づき、前記繰り返し負荷毎に前記被測定物の散逸エネルギー分布を算出し、前記繰り返し負荷毎に算出した前記被測定物の散逸エネルギー分布に基づき、前記被測定物の複数の部位に対して、それぞれ応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係を算出する関係算出ステップと、
算出した前記関係を前記応力幅σaで1階微分して得られる前記応力幅σa毎の1階微分値dを、前記複数の部位毎に算出する1階微分値算出ステップと、
算出した前記応力幅σa毎の1階微分値dに前記応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られる前記応力幅σa毎の1階微分補正値d’を、前記複数の部位毎に算出する1階微分補正値算出ステップと、
前記複数の部位のうち、前記複数の部位に対して算出した全ての前記1階微分補正値d’の最大値d’maxが得られた部位を、前記被測定物の疲労破壊起点として推定する疲労破壊起点推定ステップと、
前記最大値d’maxが得られた前記応力幅σaを前記被測定物の疲労限度として推定する疲労限度推定ステップと、を有し、
前記疲労限度分散度Rは、以下の式(A)で表される、
疲労破壊起点及び疲労限度推定方法。
R=1-abs(1-σa/(α・HV)) ・・・(A)
上記の式(A)において、σaは応力幅[MPa]であり、HVは前記被測定物のビッカース硬さ[HV]であり、αは定数である。また、abs(・)は括弧内の絶対値を意味する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線撮像装置を用いて測定した被測定物の散逸エネルギー分布に基づき、被測定物の疲労破壊起点及び疲労限度を精度良く推定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
被測定物に発生する応力分布を非接触で測定する方法として、赤外線撮像装置(サーモグラフィ)を用いた熱弾性応力測定法が提案されている(例えば、非特許文献1参照)。
熱弾性応力測定法は、被測定物が断熱的に弾性変形する際に温度変化が生じるという熱弾性効果を利用し、繰り返し負荷が付加される被測定物を赤外線撮像装置を用いて撮像することで被測定物の温度分布の時間的変化(所定時間内における温度分布の変化)を測定し、この測定した温度分布の時間的変化を被測定物の応力分布の時間的変化(所定時間内における応力分布の変化)に換算する方法である。応力分布の初期値を把握していれば(実際に応力分布を測定して把握している場合のみならず、想定可能な場合も含む)、この初期値に応力分布の時間的変化を加算することで、所定時間経過後の応力分布を測定可能である。
【0003】
この熱弾性応力測定法を用いて被測定物の温度分布の時間的変化を測定する際、例えば、被測定物の周囲の熱(赤外線)が被測定物の表面で反射し、赤外線撮像装置で受光される場合がある。換言すれば、赤外線撮像装置を用いて測定した被測定物の温度分布の時間的変化に、上記のような外乱要因の他、被測定物内での熱伝導や、後述のエネルギー散逸に起因した発熱のように、熱弾性効果によって生じる温度変化(被測定物から放射される赤外線の強度変化)以外の要因で生じた温度変化が含まれる場合がある。
【0004】
このため、非特許文献1に記載の技術では、赤外線撮像装置から出力された画像信号から、測定対象とする熱弾性効果によって生じる温度変化に応じた信号波形をロックイン処理している。すなわち、赤外線撮像装置から出力された画像信号から、所定の周波数成分のみを抽出している。
具体的には、例えば、被測定物に繰り返し負荷を付加する疲労試験機から出力され、付加する繰り返し負荷と同じ周波数の参照信号を利用する。この参照信号で画像信号を同期検波し、参照信号に応じた周波数帯域の画像信号成分のみ(参照信号と同じ周波数を有する画像信号成分のみ又は参照信号と同じ周波数を含む狭周波数帯域の画像信号のみ)を抽出することで、測定すべき熱弾性効果によって生じる温度変化のS/N比を向上させている。そして、抽出した画像信号成分の大きさと、予め記憶されている画像信号成分の大きさ及び温度の対応関係とに応じて、被測定物の温度分布の時間的変化(赤外線撮像装置で撮像した撮像画像を構成する画素毎の温度の時間的変化)を算出する。次に、被測定物の温度分布の時間的変化と、温度の時間的変化及び応力の時間的変化の間の所定の関係式とに基づき、被測定物の応力分布の時間的変化を算出する。具体的には、被測定物の温度分布の時間的変化と、以下の式(1)で表される関係式とに基づき、被測定物の応力分布の時間的変化を算出する。
Δσ=-1/K・ΔT/T ・・・(1)
上記の式(1)において、ΔTは温度の時間的変化を、Δσは応力の時間的変化を、Tは被測定物の温度を、Kは熱弾性係数を意味する。熱弾性係数Kは被測定物の材質によって決まる物性値であり、例えば被測定物が鉄鋼材料から形成されている場合、K=3.5×10-12[Pa-1]となる。
このように、ロックイン処理を用いれば、被測定物の応力分布の時間的変化、ひいては被測定物の応力分布を精度良く算出することが可能である。
【0005】
被測定物に繰り返し負荷を付加することによって、上記の熱弾性効果に起因した温度分布の時間的変化とは別に、エネルギー散逸に起因した温度分布の時間的変化も発生する。
非特許文献2に記載のように、エネルギー散逸に起因した温度分布の時間的変化は、被測定物に最大応力と最小応力とが作用した際に、それぞれ発熱成分として発生すると考えられており、散逸エネルギーは、温度の時間的変化における、被測定物に付加する繰り返し負荷の周波数の2倍の周波数成分として定義される。この散逸エネルギーをΔTとし、赤外線撮像装置を用いて測定した温度の時間的変化(ロックイン処理前の温度の時間的変化)をΔTとし、熱弾性効果に起因した温度の時間的変化(ロックイン処理後の温度の時間的変化)をΔTとすると、外乱要因や熱伝導を考慮しない場合、以下の式(2)が成立する。
ΔT=ΔT-ΔT ・・・(2)
したがって、散逸エネルギー分布は、赤外線撮像装置を用いて測定可能である。具体的には、例えば、赤外線撮像装置を用いて測定した温度分布の時間的変化から、前述のようにロックイン処理によって算出した熱弾性効果に起因した温度分布の時間的変化を減算することによって算出可能である。
【0006】
また、非特許文献2には、赤外線撮像装置を用いて測定した被測定物の散逸エネルギーに基づき、被測定物の疲労限度を推定することが提案されている。
具体的には、被測定物に応力幅(=最大応力-最小応力)の異なる繰り返し負荷を順次付加(例えば、付加する繰り返し負荷の応力幅を段階的に増加させ、各応力幅の繰り返し負荷を数千サイクル程度付加)しながら、赤外線撮像装置を用いて被測定物を撮像することで、繰り返し負荷毎に被測定物の温度分布の時間的変化を測定する。そして、繰り返し負荷毎に測定した被測定物の温度分布の時間的変化に基づき、繰り返し負荷毎に被測定物の散逸エネルギー分布を算出し、この繰り返し負荷毎に算出した被測定物の散逸エネルギー分布に基づき、応力幅と散逸エネルギーとの関係を算出する。
【0007】
図1は、応力幅と散逸エネルギーとの関係を模式的に示す図である。図1において「◆」でプロットした点が、応力幅の異なる繰り返し負荷毎に算出した散逸エネルギーである。図1に示すように、両者の関係には、ある応力幅を境にして散逸エネルギーが急増する急増点が本来的に生じる。そして、この急増点における繰り返し負荷の応力幅が、いわゆるS-N線図によって求められる疲労限度に対応すると考えられている。
したがって、応力幅と散逸エネルギーとの関係を算出し、散逸エネルギーが急増する急増点を検出すれば、この急増点における繰り返し負荷の応力幅を疲労限度として推定可能である。
【0008】
しかしながら、赤外線撮像装置を用いて測定される散逸エネルギー分布から得られる、応力幅と散逸エネルギーとの関係は、実際には、図1に示した通りのものになるとは限らず、被測定物が残留応力を含む熱処理材や溶接材である場合や、測定時に外乱要因の影響が大きい場合には、散逸エネルギーのばらつきが大きくなったり、全体的に散逸エネルギーが一定の勾配で単調増加してしまい、疲労限度を精度良く推定できる急増点が明確に生じない場合がある。
【0009】
また、図1に示すような応力幅と散逸エネルギーとの関係は、被測定物の疲労破壊起点における散逸エネルギーをプロットすることを前提にしているが、被測定物が熱処理をした鉄鋼材料から形成されていたり、被測定物が溶接材である場合の溶接部近傍では、組織の違いや残留応力によって、疲労破壊起点の特定が困難な場合があり、応力集中する部位が必ずしも疲労破壊起点になるとは限らない。
【0010】
特許文献1、2には、赤外線カメラから得られた温度画像から、測定対象物に関する、加振の基本周波数の成分の温度振幅に対する第二高調波成分の温度振幅の関係を求め、前記関係を、二次曲線である第一の近似線と二次曲線である第二の近似線によりフィッティングし、前記第一の近似線と前記第二の近似線の交点に基づき前記測定対象物の疲労限度応力を求める方法が提案されている。
また、特許文献3には、赤外線カメラが撮影した温度画像から、測定対象物に対する加振の基本周波数成分及び第2高調波成分の温度振幅画像を取得し、第2高調波成分の温度振幅画像の最大を示す領域内において、基本周波数成分の温度振幅画像に対する荷重特性の傾きが最大であるピクセル領域の散逸エネルギーから疲労限度を推定する方法が提案されている。
しかしながら、特許文献1~3に記載の方法は、図1に示すような応力幅と散逸エネルギーとの関係において、疲労限度に対応すると考えられる散逸エネルギーの急増点を検出するものではない。また、特許文献1~3に記載の方法は、疲労破壊起点を推定するものではない。
【0011】
なお、非特許文献3には、疲労限度がビッカース硬さに比例することが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】矢尾板達也、他2名、「赤外線カメラによる応力測定と疲労限界点の予測測定」、自動車技術会秋季学術講演会、No.98-03、(2003)
【非特許文献2】塩澤大輝、他6名、「散逸エネルギ計測に基づいたTi-6Al-4V合金の疲労限度推定」、日本材料学会第69期学術講演会講演論文集、No.132、(2020)
【非特許文献3】「初心者のための疲労用語の解説」、日本材料学会疲労部門委員会、(2015)
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2018-105709号公報
【特許文献2】特開2019-148507号公報
【特許文献3】特開2016-024056号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決するためになされたものであり、赤外線撮像装置を用いて測定した被測定物の散逸エネルギー分布に基づき、被測定物の疲労破壊起点及び疲労限度を精度良く推定する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、被測定物の複数の部位(疲労破壊起点になる可能性のある部位)に対して、被測定物に付加する繰り返し負荷の応力幅と散逸エネルギーとの関係を算出した後、この関係を応力幅で2階微分して得られる2階微分値に着目すれば、2階微分値の最大値(複数の部位に対して算出した全ての2階微分値の最大値)が得られた部位が被測定物の疲労破壊起点に対応し、2階微分値の最大値が得られた応力幅が被測定物の疲労限度に対応する可能性があることを知見した。換言すれば、被測定物の残留応力や外乱要因の影響により、応力幅と散逸エネルギーとの関係を図示するだけでは明確な急増点が生じていない場合であっても、2階微分値の最大値が得られた部位が疲労破壊起点に対応し、2階微分値の最大値が得られた応力幅が本来の急増点に相当するものになる可能性があることを知見した。
ただし、本発明者らは、2階微分値の最大値を算出するだけでは、被測定物の疲労破壊起点及び疲労限度を十分な精度で推定できない場合があることを知見した。そこで、本発明者らは、非特許文献3に記載のように、疲労限度がビッカース硬さに比例することを利用して2階微分値を補正することに着眼して、更に鋭意検討を行った。その結果、ビッカース硬さから推定される疲労限度(ビッカース硬さに所定の定数を乗算して算出される疲労限度)を基準とし、応力幅がこの基準から離れるに従って、その値が小さくなるパラメータ(本発明では、このパラメータを「疲労限度分散度」と称する)を2階微分値に乗算する補正を行えば、補正後の2階微分値(本発明では、これを「2階微分補正値」と称する)の最大値(複数の部位に対して算出した全ての2階微分補正値の最大値)が得られた部位が被測定物の疲労破壊起点に精度良く対応し、2階微分補正値の最大値が得られた応力幅が被測定物の疲労限度に精度良く対応することを知見した。
【0016】
本発明は、本発明者らの上記の知見に基づき完成したものである。
すなわち、前記課題を解決するため、本発明は、被測定物に応力幅σaの異なる繰り返し負荷を順次付加しながら、赤外線撮像装置を用いて前記被測定物を撮像することで、前記繰り返し負荷毎に前記被測定物の温度分布の時間的変化を測定し、前記繰り返し負荷毎に測定した前記被測定物の温度分布の時間的変化に基づき、前記繰り返し負荷毎に前記被測定物の散逸エネルギー分布を算出し、前記繰り返し負荷毎に算出した前記被測定物の散逸エネルギー分布に基づき、前記被測定物の複数の部位に対して、それぞれ応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係を算出する関係算出ステップと、算出した前記関係を前記応力幅σaで2階微分して得られる前記応力幅σa毎の2階微分値d2を、前記複数の部位毎に算出する2階微分値算出ステップと、算出した前記応力幅σa毎の2階微分値d2に前記応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られる前記応力幅σa毎の2階微分補正値d2’を、前記複数の部位毎に算出する2階微分補正値算出ステップと、前記複数の部位のうち、前記複数の部位に対して算出した全ての前記2階微分補正値d2’の最大値d2’maxが得られた部位を、前記被測定物の疲労破壊起点として推定する疲労破壊起点推定ステップと、前記最大値d2’maxが得られた前記応力幅σaを前記被測定物の疲労限度として推定する疲労限度推定ステップと、を有し、前記疲労限度分散度Rは、以下の式(A)で表される、疲労破壊起点及び疲労限度推定方法を提供する。
R=1-abs(1-σa/(α・HV)) ・・・(A)
上記の式(A)において、σaは応力幅[MPa]であり、HVは前記被測定物のビッカース硬さ[HV]であり、αは定数である。また、abs(・)は括弧内の絶対値を意味する。
【0017】
本発明によれば、関係算出ステップにおいて、被測定物の複数の部位に対して、それぞれ応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係を算出し、2階微分値算出ステップにおいて、この関係を応力幅σaで2階微分して得られる応力幅σa毎の2階微分値d2を、複数の部位毎に算出する。そして、2階微分補正値算出ステップにおいて、応力幅σa毎の2階微分値d2に応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られる応力幅σa毎の2階微分補正値d2’を、複数の部位毎に算出する。2階微分値d2に乗算する疲労限度分散度Rは、式(A)で表されるため、被測定物のビッカース硬さHVに比例する値α・HV(ビッカース硬さHVから推定される疲労限度に相当)を基準とし、応力幅σaがこの基準α・HVに等しい場合に、Rは最大値である1となり、応力幅σaが基準α・HVから離れるに従って、Rは小さな値となる。このため、本発明者らが知見した通り、疲労破壊起点推定ステップにおいて、複数の部位のうち、複数の部位に対して算出した全ての2階微分補正値d2’の最大値d2’maxが得られた部位を、被測定物の疲労破壊起点として精度良く推定可能である。また、疲労限度推定ステップにおいて、最大値d2’maxが得られた応力幅σaを被測定物の疲労限度として精度良く推定可能である。
【0018】
なお、本発明において、応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係を算出する被測定物の複数の部位は、疲労破壊起点になる可能性のある部位の中から選択すればよい。具体的には、例えば、算出した散逸エネルギー分布の中で散逸エネルギーが大きく、なお且つ、同じ赤外線撮像装置を用いて算出した応力分布の中で応力が大きな部位を選択することが考えられる。
また、本発明において、ビッカース硬さHVは、繰り返し負荷を付加する前の被測定物に対して、公知のビッカース硬さ試験機を用いて測定すればよい。この際、ビッカース硬さの測定箇所は、応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係を算出する被測定物の複数の部位近傍に設定することが好ましい。また、被測定物そのものではなく、被測定物と同じ材質・形状を有する試験片を用いてビッカース硬さHVを測定することも可能である。
さらに、本発明において、式(A)中のαは、非特許文献3に記載のように、例えば、α=1.6に設定される。
【0019】
本発明者らの知見によれば、2階微分値d2に代えて、1階微分値dを用いても、被測定物の疲労破壊起点及び疲労限度を精度良く推定可能である。
すなわち、前記課題を解決するため、本発明は、被測定物に応力幅σaの異なる繰り返し負荷を順次付加しながら、赤外線撮像装置を用いて前記被測定物を撮像することで、前記繰り返し負荷毎に前記被測定物の温度分布の時間的変化を測定し、前記繰り返し負荷毎に測定した前記被測定物の温度分布の時間的変化に基づき、前記繰り返し負荷毎に前記被測定物の散逸エネルギー分布を算出し、前記繰り返し負荷毎に算出した前記被測定物の散逸エネルギー分布に基づき、前記被測定物の複数の部位に対して、それぞれ応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係を算出する関係算出ステップと、算出した前記関係を前記応力幅σaで1階微分して得られる前記応力幅σa毎の1階微分値dを、前記複数の部位毎に算出する1階微分値算出ステップと、算出した前記応力幅σa毎の1階微分値dに前記応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られる前記応力幅σa毎の1階微分補正値d’を、前記複数の部位毎に算出する1階微分補正値算出ステップと、前記複数の部位のうち、前記複数の部位に対して算出した全ての前記1階微分補正値d’の最大値d’maxが得られた部位を、前記被測定物の疲労破壊起点として推定する疲労破壊起点推定ステップと、前記最大値d’maxが得られた前記応力幅σaを前記被測定物の疲労限度として推定する疲労限度推定ステップと、を有し、前記疲労限度分散度Rは、以下の式(A)で表される、
疲労破壊起点及び疲労限度推定方法としても提供される。
R=1-abs(1-σa/(α・HV)) ・・・(A)
上記の式(A)において、σaは応力幅[MPa]であり、HVは前記被測定物のビッカース硬さ[HV]であり、αは定数である。また、abs(・)は括弧内の絶対値を意味する。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、赤外線撮像装置を用いて測定した被測定物の散逸エネルギー分布に基づき、被測定物の疲労破壊起点及び疲労限度を精度良く推定可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】応力幅と散逸エネルギーとの関係を模式的に示す図である。
図2】第1実施形態に係る疲労破壊起点及び疲労限度推定方法のステップを概略的に示すフロー図である。
図3図2に示す関係算出ステップST1で算出される、被測定物の散逸エネルギー分布の一例を示す図である。
図4】応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係の一例を示す図である。
図5図4に示す応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係と、この関係から算出した2階微分値d2と、を示す図である。
図6図5に示す応力幅σa毎に算出した疲労限度分散度Rの一例を示す。
図7図4に示す応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係と、図5に示す応力幅σa毎の2階微分値d2に図6に示す応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られる2階微分補正値d2’と、を示す図である。
図8】第2実施形態に係る疲労破壊起点及び疲労限度推定方法のステップを概略的に示すフロー図である。
図9】実施例の概要を説明する説明図である。
図10】実施例の関係算出ステップST1で算出した応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係と、この関係から2階微分値算出ステップST2で算出した2階微分値d2と、を示す図である。
図11】実施例の関係算出ステップST1で算出した応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係と、この関係から1階微分値算出ステップST2’で算出した1階微分値dと、を示す図である。
図12図10及び図11に示す応力幅σa毎に算出した疲労限度分散度Rを示す。
図13】実施例の関係算出ステップST1で算出した応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係と、図10に示す応力幅σa毎の2階微分値d2に図12に示す応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られた2階微分補正値d2’と、を示す図である。
図14】実施例の関係算出ステップST1で算出した応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係と、図11に示す応力幅σa毎の1階微分値dに図12に示す応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られた1階微分補正値d’と、を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、添付図面を適宜参照しつつ、本発明の実施形態(第1実施形態及び第2実施形態)に係る疲労破壊起点及び疲労限度推定方法(以下、適宜、単に「推定方法」という)について説明する。
【0023】
<第1実施形態>
図2は、第1実施形態に係る疲労破壊起点及び疲労限度推定方法のステップを概略的に示すフロー図である。
図2に示すように、第1実施形態に係る推定方法は、関係算出ステップST1と、2階微分値算出ステップST2と、2階微分補正値算出ステップST3と、疲労破壊起点推定ステップST4と、疲労限度推定ステップST5と、を有する。以下、各ステップST1~ST5について順に説明する。
【0024】
[関係算出ステップST1]
関係算出ステップST1では、疲労試験機等によって、被測定物に応力幅(=最大応力-最小応力)σaの異なる繰り返し負荷を順次付加しながら、赤外線撮像装置を用いて被測定物を撮像することで、繰り返し負荷毎に被測定物の温度分布の時間的変化を測定する。具体的には、被測定物に付加する繰り返し負荷の応力幅σaを、応力比(=最小応力/最大応力)を一定にした条件で段階的に増加させ、各応力幅σaの繰り返し負荷を数千サイクル程度付加しながら、赤外線撮像装置を用いて被測定物を撮像することで、繰り返し負荷毎に被測定物の温度分布の時間的変化を測定する。そして、繰り返し負荷毎に測定した被測定物の温度分布の時間的変化に基づき、繰り返し負荷毎に被測定物の散逸エネルギー分布を算出する。
具体的には、赤外線撮像装置から出力された画像信号から、熱弾性効果によって生じる温度変化に応じた信号波形をロックイン処理する(付加する繰り返し負荷と同じ周波数の参照信号で画像信号を同期検波し、参照信号に応じた周波数帯域の画像信号成分のみを抽出する)。そして、赤外線撮像装置から出力された画像信号(ロックイン処理前の画像信号)によって得られた被測定物の温度分布の時間的変化から、ロックイン処理によって抽出した画像信号成分によって得られた熱弾性効果に起因した被測定物の温度分布の時間的変化を減算することで、被測定物の散逸エネルギー分布を算出する。
なお、関係算出ステップST1の上記の手順を実行するための赤外線撮像装置としては、例えば、FLIR社製のX6580シリーズ(冷却式、温度分解能0.02℃、画素数最大640×512ピクセル、フレームレート最大350Hz)を、散逸エネルギー分布の算出用ソフトウェアとしては、同社製のAltairLIを用いることができる。
【0025】
次に、関係算出ステップST1では、上記のようにして、繰り返し負荷毎に算出した被測定物の散逸エネルギー分布に基づき、被測定物の複数の部位に対して、それぞれ応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係を算出する。
図3は、関係算出ステップST1で算出される、被測定物の散逸エネルギー分布(散逸エネルギー分布を示す画像)の一例を示す図である。図4は、応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係の一例を示す図である。図3に示す散逸エネルギー分布は、濃度の濃い(黒い)画素ほど、散逸エネルギーが大きいことを示している。図3及び図4に示す例では、疲労破壊起点になる可能性のある図3に示すArea-1、Area-2、Area-3(それぞれ縦横数~十数ピクセルずつの画素領域)の3箇所の部位に対して、それぞれ応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係を算出している。ただし、本発明はこれに限るものではなく、4箇所以上の部位に対して関係を算出してもよいし、2箇所の部位に対して関係を算出してもよい。図4(a)はArea-1に対して算出した関係を、図4(b)はArea-2に対して算出した関係を、図4(c)はArea-3に対して算出した関係を示す。図4に示す関係は、図3に示すような散逸エネルギー分布を繰り返し負荷毎に(段階的に増加させた異なる応力幅σa毎に)算出し、Area-1~Area-3における散逸エネルギーの代表値(具体的には、平均値)を繰り返し負荷毎にプロットしたものである。なお、代表値としては、平均値に限るものではなく、例えば、最大値を用いることも可能である。
【0026】
[2階微分値算出ステップST2]
図4に示す応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係は、ノイズによってプロットした点が上下に振動しており、急増点が明確ではない。
そこで、2階微分値算出ステップST2では、関係算出ステップST1で算出した関係を応力幅σaで2階微分して得られる応力幅σa毎の2階微分値d2を、複数の部位(Area-1、Area-2、Area-3)毎に算出する。
【0027】
2階微分値d2を算出する際には、まず1階微分値dを算出する。1階微分値dは、応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係を応力幅σaで1階微分して得られる値である。図4(a)に示すように、1階微分値dは、隣り合うプロット点の応力幅σaの変化量をΔσaとし、隣り合うプロット点の散逸エネルギーの変化量をΔqとすると、以下の式(3)で算出される。
d=Δq/Δσa ・・・(3)
すなわち、小さい方からn番目のプロット点の1階微分値dをdとし、小さい方からn番目のプロット点の応力幅σaをσ、散逸エネルギーqをqとし、小さい方からn-1番目のプロット点の応力幅σaをσn-1、散逸エネルギーqをqn-1とすれば、1階微分値dは、例えば、以下の式(3)’で算出される。
=(q-qn-1)/(σ-σn-1) ・・・(3)’
【0028】
2階微分値d2は、隣り合うプロット点の1階微分値dの変化量をΔdとすれば、図4(a)に示すように、以下の式(4)で算出される。
d2=Δd/Δσa ・・・(4)
すなわち、小さい方からn番目のプロット点の2階微分値d2をd2とし、小さい方からn-1番目のプロット点の1階微分値dをdn-1とすれば、2階微分値d2は、例えば、以下の式(4)’で算出される。
d2=(d-dn-1)/(σ-σn-1)={(q-qn-1)/(σ-σn-1)-(qn-1-qn-2)/(σn-1-σn-2)}/(σ-σn-1)・・・(4)’
上記の式(4)’において、qn-2は小さい方からn-2番目のプロット点の散逸エネルギーqであり、σn-2は小さい方からn-2番目のプロット点の応力幅σaである。
【0029】
図5は、図4に示す応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係と、この関係から算出した2階微分値d2と、を示す図である。図5において、2階微分値d2は「+」でプロットしている。図5(a)はArea-1に対して算出したものを、図5(b)はArea-2に対して算出したものを、図5(c)はArea-3に対して算出したものを示す。
図5(a)に示すように、Area-1では、応力幅σaがσのときに2階微分値d2が最大値になっている。図5(b)に示すように、Area-2でも、応力幅σaがσのときに2階微分値d2が最大値になっているが、応力幅σaがσのときにも2階微分値d2が最大値に近い値になっている。図5(c)に示すように、Area-3では、応力幅σaがσ10のときに2階微分値d2が最大値になっている。そして、Area-1~Area-3の各部位における2階微分値d2の最大値を比較すると、Area-1における応力幅σaがσのときの2階微分値d2が、全ての部位Area-1~Area-3における2階微分値d2の最大値になっている。このため、仮に、全ての部位Area-1~Area3における2階微分値d2の最大値が得られた部位を、被測定物の疲労破壊起点と推定し、全ての部位Area-1~Area3における2階微分値d2の最大値が得られた応力幅σaを、被測定物の疲労限度と推定するのであれば、図5に示す例では、疲労破壊起点がArea-1であり、疲労限度が応力幅σになる。しかしながら、本発明者らの知見によれば、この結果は、疲労試験を行って確認される疲労破壊起点や、疲労試験から得られるS-N線図から求められる疲労限度と合致しない。このため、第1実施形態に係る推定方法では、以下に述べるように、疲労限度がビッカース硬さに比例することを利用して2階微分値d2を補正した2階微分補正値d2’を用いて推定する。
【0030】
[2階微分補正値算出ステップST3]
2階微分補正値算出ステップST3では、2階微分値算出ステップST2で算出した2階微分値d2を補正する際に、疲労限度分散度Rを用いる。
非特許文献3には、疲労限度がビッカース硬さに比例することが記載されている。したがって、被測定物のビッカース硬さをHVとし、所定の定数をαとすれば、疲労限度は、α・HVで推定される。すなわち、疲労限度推定値をσa_stdとすれば、疲労限度推定値σa_stdは、以下の式(5)で表される。
σa_std=α・HV ・・・(5)
そして、2階微分補正値算出ステップST3では、疲労限度分散度Rとして、疲労限度推定値σa_stdを基準とし、応力幅σaがこの基準から離れるに従って、その値が小さくなるパラメータを用いる。具体的には、以下の式(6)で表される疲労限度分散度Rを用いる。
R=1-abs(1-σa/σa_std) ・・・(6)
上記の式(5)を式(6)に代入することにより、以下の式(A)が得られる。
R=1-abs(1-σa/(α・HV)) ・・・(A)
上記の式(A)において、σaは応力幅[MPa]であり、HVは前記被測定物のビッカース硬さ[HV]であり、αは定数である。また、abs(・)は括弧内の絶対値を意味する。ビッカース硬さHVは、例えば、繰り返し負荷を付加する前の被測定物に対して、公知のビッカース硬さ試験機を用いて測定すればよい。
図6は、図5に示す応力幅σa毎に算出した疲労限度分散度Rの一例を示す。図6から分かるように、疲労限度推定値σa_stdを基準とし、応力幅σaがこの基準から離れるに従って、疲労限度分散度Rの値が小さくなっている。
【0031】
そして、2階微分補正値算出ステップST3では、2階微分値算出ステップST2で算出した応力幅σa毎の2階微分値d2に応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られる応力幅σa毎の2階微分補正値d2’を、複数の部位(Area-1、Area-2、Area-3)毎に算出する。
図7は、図4に示す応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係と、図5に示す応力幅σa毎の2階微分値d2に図6に示す応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られる2階微分補正値d2’と、を示す図である。図7において、2階微分補正値d2’は「×」でプロットしている。図7(a)はArea-1に対して算出したものを、図7(b)はArea-2に対して算出したものを、図7(c)はArea-3に対して算出したものを示す。
【0032】
[疲労破壊起点推定ステップST4]
疲労破壊起点推定ステップST4では、複数の部位(Area-1、Area-2、Area-3)のうち、複数の部位に対して算出した全ての2階微分補正値d2’の最大値d2’maxが得られた部位を、被測定物の疲労破壊起点として推定する。
図7に示す例では、Area-3において、全ての2階微分補正値d2’の最大値d2’maxが得られているため、Area-3が被測定物の疲労破壊起点として推定されることになる。
【0033】
[疲労限度推定ステップST5]
疲労限度推定ステップST5では、最大値d2’maxが得られた応力幅σaを被測定物の疲労限度として推定する。
図7に示す例では、Area-3におけるσ10において最大値d2’maxが得られているため、σ10が被測定物の疲労限度として推定されることになる。
【0034】
以上に説明した第1実施形態に係る疲労限度推定方法によれば、関係算出ステップST1において、被測定物の複数の部位(図3に示す例では、Area-1~Area-3の3箇所の部位)に対して、それぞれ応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係を算出し、2階微分値算出ステップST2において、この関係を応力幅σaで2階微分して得られる応力幅σa毎の2階微分値d2を、複数の部位毎に算出する。そして、2階微分補正値算出ステップST3において、応力幅σa毎の2階微分値d2に応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られる応力幅σa毎の2階微分補正値d2’を、複数の部位毎に算出する。被測定物のビッカース硬さHVに比例する疲労限度推定値σa_std(σa_std=α・HV)を基準とし、応力幅σaがこの基準である疲労限度推定値σa_stdに等しい場合に、疲労限度分散度Rは最大値である1となり、応力幅σaが疲労限度推定値σa_stdから離れるに従って、疲労限度分散度Rは小さな値となる。このため、本発明者らが知見した通り、疲労破壊起点推定ステップST4において、複数の部位のうち、複数の部位に対して算出した全ての2階微分補正値d2’の最大値d2’maxが得られた部位を、被測定物の疲労破壊起点として精度良く推定可能である。また、疲労限度推定ステップST5において、最大値d2’maxが得られた応力幅σaを被測定物の疲労限度として精度良く推定可能である。
【0035】
<第2実施形態>
図8は、第2実施形態に係る疲労破壊起点及び疲労限度推定方法のステップを概略的に示すフロー図である。
本発明者らの知見によれば、2階微分値d2に代えて、1階微分値dを用いても、被測定物の疲労破壊起点及び疲労限度を精度良く推定可能である。第2実施形態に係る推定方法は、1階微分値dを用いる点のみが第1実施形態に係る推定方法と異なり、その他の部分は第1実施形態に係る推定方法と同様であるため、以下、第1実施形態と異なる点についてのみ簡単に説明し、同様の部分については説明を省略する。
【0036】
図8に示すように、第2実施形態に係る推定方法は、関係算出ステップST1と、1階微分値算出ステップST2’と、1階微分補正値算出ステップST3’と、疲労破壊起点推定ステップST4’と、疲労限度推定ステップST5’と、を有する。以下、各ステップST1~ST5’について順に説明する。
【0037】
[関係算出ステップST1]
関係算出ステップST1で実行する内容は、図2に示す第1実施形態に係る推定方法の関係算出ステップST1と同様である。
【0038】
[1階微分値算出ステップST2’]
1階微分値算出ステップST2’では、関係算出ステップST1で算出した関係を応力幅σaで1階微分して得られる応力幅σa毎の1階微分値dを、複数の部位(例えば、Area-1、Area-2、Area-3)毎に算出する。
第1実施形態に係る推定方法の2階微分値算出ステップST2では、前述の式(4)(より具体的には、式(4)’)を用いて2階微分値d2を算出したが、1階微分値算出ステップST2’では、前述の式(3)(より具体的には、式(3)’)を用いて1階微分値dを算出する。
【0039】
[1階微分補正値算出ステップST3’]
1階微分補正値算出ステップST3’でも、1階微分値算出ステップST2’で算出した1階微分値dを補正する際に、疲労限度分散度Rを用いる。この疲労限度分散度Rは、第1実施形態に係る推定方法の2階微分補正値算出ステップST3で用いるものと同様(図6参照)である。
そして、1階微分補正値算出ステップST3’では、1階微分値算出ステップST2’で算出した応力幅σa毎の1階微分値dに応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られる応力幅σa毎の1階微分補正値d’を、複数の部位毎に算出する。
【0040】
[疲労破壊起点推定ステップST4’]
疲労破壊起点推定ステップST4’では、複数の部位のうち、複数の部位に対して算出した全ての1階微分補正値d’の最大値d’maxが得られた部位を、被測定物の疲労破壊起点として推定する。
【0041】
[疲労限度推定ステップST5’]
疲労限度推定ステップST5’では、最大値d’maxが得られた応力幅σaを被測定物の疲労限度として推定する。
【0042】
以上に説明した第2実施形態に係る疲労限度推定方法によっても、疲労破壊起点推定ステップST4’において、複数の部位のうち、複数の部位に対して算出した全ての1階微分補正値d’の最大値d’maxが得られた部位を、被測定物の疲労破壊起点として精度良く推定可能である。また、疲労限度推定ステップST5’において、最大値d’maxが得られた応力幅σaを被測定物の疲労限度として精度良く推定可能である。
【0043】
<実施例>
以下、本発明の実施形態(第1実施形態及び第2実施形態)に係る推定方法を実行した実施例について説明する。
図9は、本実施例の概要を説明する説明図である。図9(a)は、本実施例で用いた被測定物としての試験片1を模式的に示す図である。試験片1としては、SCM鋼の焼入れ材を用いた。図9(b)は、図9(a)に示す試験片1の破線2で囲った領域について、関係算出ステップST1で算出された散逸エネルギー分布の一例を示す図である。
【0044】
本実施例では、試験片1の複数の部位(後述のArea-1~Area-3)近傍の部位について、公知のビッカース硬さ試験機を用いて、ビッカース硬さHVを予め測定した。測定したビッカース硬さHVは、300[HV]であった。
そして、本実施例の関係算出ステップST1では、試験片1を、繰り返し負荷を付加する疲労試験機に取り付け、応力幅σa=250~600MPa(応力比:-1、繰り返し周波数:7Hz)の範囲で段階的に応力幅σaを増加させ、各応力幅σaの繰り返し負荷を2000サイクルずつ付加した。この状態で、赤外線撮像装置を用いて試験片1を撮像することで、繰り返し負荷毎に試験片1の温度分布の時間的変化を測定した。赤外線撮像装置としては、FLIR社製のX6580シリーズを用い、フレームレートを149Hzに設定して、繰り返し負荷毎に10sec間の測定を行なった(10sec間における温度分布の変化を測定した)。そして、FLIR社製のAltairLIを用いて、散逸エネルギー分布を算出した。図9(b)は、上記の手順で算出した散逸エネルギー分布の一例である。
次に、本実施例の関係算出ステップST1では、図9(b)に示すような散逸エネルギー分布に基づき、試験片1の3箇所の部位(図9(b)に示すArea-1、Area-2、Area-3)に対して、それぞれ応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係を算出した。Area-1~Area-3は、いずれも15×15ピクセル(2mm×2mmに相当)の画素領域である。上記の関係における散逸エネルギーqとしては、Area-1~Area-3における散逸エネルギーの平均値を用いた。
【0045】
本実施例の2階微分値算出ステップST2では、関係算出ステップST1で算出した関係を応力幅σaで2階微分して得られる応力幅σa毎の2階微分値d2を、Area-1~Area-3毎に算出した。
図10は、本実施例の関係算出ステップST1で算出した応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係と、この関係から2階微分値算出ステップST2で算出した2階微分値d2と、を示す図である。図10において、2階微分値d2は「+」でプロットしている。図10(a)はArea-1に対して算出したものを、図10(b)はArea-2に対して算出したものを、図10(c)はArea-3に対して算出したものを示す。
同様に、本実施例の1階微分値算出ステップST2’では、関係算出ステップST1で算出した関係を応力幅σaで1階微分して得られる応力幅σa毎の1階微分値dを、Area-1~Area-3毎に算出した。
図11は、本実施例の関係算出ステップST1で算出した応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係と、この関係から1階微分値算出ステップST2’で算出した1階微分値dと、を示す図である。図11において、1階微分値dは「+」でプロットしている。図11(a)はArea-1に対して算出したものを、図11(b)はArea-2に対して算出したものを、図11(c)はArea-3に対して算出したものを示す。
【0046】
本実施例の2階微分補正値算出ステップST3及び1階微分補正値算出ステップST3’では、前述のように予め測定した試験片1のビッカース硬さHVを用いて、疲労限度推定値σa_stdを算出した。具体的には、前述の式(5)の右辺に、α=1.6、HV=300[HV]を代入することで、疲労限度推定値σa_std=480[MPa]を算出した。そして、このσa_std=480[MPa]を前述の式(6)の右辺に代入することにより、疲労限度分散度Rを算出した。
図12は、図10及び図11に示す応力幅σa毎に算出した疲労限度分散度Rを示す。
【0047】
そして、本実施例の2階微分補正値算出ステップST3では、図10に示す応力幅σa毎の2階微分値d2に、図12に示す応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られる応力幅σa毎の2階微分補正値d2’を、Area-1、Area-2、Area-3毎に算出した。
図13は、本実施例の関係算出ステップST1で算出した応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係と、図10に示す応力幅σa毎の2階微分値d2に図12に示す応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られた2階微分補正値d2’と、を示す図である。図13において、2階微分補正値d2’は「×」でプロットしている。図13(a)はArea-1に対して算出したものを、図13(b)はArea-2に対して算出したものを、図13(c)はArea-3に対して算出したものを示す。
同様に、本実施例の1階微分補正値算出ステップST3’では、図11に示す応力幅σa毎の1階微分値dに、図12に示す応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られる応力幅σa毎の1階微分補正値d’を、Area-1、Area-2、Area-3毎に算出した。
図14は、本実施例の関係算出ステップST1で算出した応力幅σaと散逸エネルギーqとの関係と、図11に示す応力幅σa毎の1階微分値dに図12に示す応力幅σa毎の疲労限度分散度Rを乗算して得られた1階微分補正値d’と、を示す図である。図14において、1階微分補正値d’は「×」でプロットしている。図14(a)はArea-1に対して算出したものを、図14(b)はArea-2に対して算出したものを、図14(c)はArea-3に対して算出したものを示す。
【0048】
図13から分かるように、本実施例では、Area-3において、全ての2階微分補正値d2’の最大値d2’maxが得られ、この最大値d2’maxが得られた応力幅σaは525MPaであった。このため、本実施例では、2階微分補正値d2’を用いる場合(第1実施形態に係る推定方法を用いる場合)、Area-3が被測定物の疲労破壊起点として推定され、525MPaが被測定物の疲労限度として推定されることになる。
また、図14から分かるように、本実施例では、Area-3において、全ての1階微分補正値d’の最大値d’maxが得られ、この最大値d’maxが得られた応力幅σaは525MPaであった。このため、本実施例では、1階微分補正値d’を用いる場合(第2実施形態に係る推定方法を用いる場合)も同様に、Area-3が被測定物の疲労破壊起点として推定され、525MPaが被測定物の疲労限度として推定されることになる。
本発明者らは、上記の推定結果が、試験片1に実際に疲労試験を行い、疲労試験を行って確認された疲労破壊起点や、疲労試験から得られるS-N線図から求められた疲労限度と良く一致することを確認できた。したがって、本発明に係る推定方法によれば、赤外線撮像装置を用いて測定した被測定物の散逸エネルギー分布に基づき、被測定物の疲労破壊起点及び疲労限度を精度良く推定可能であるといえる。
【符号の説明】
【0049】
d・・・1階微分値
d’・・・1階微分補正値
d1’max・・・最大値
d2・・・2階微分値
d2’・・・2階微分補正値
d2’max・・・最大値
q・・・散逸エネルギー
ST1・・・関係算出ステップ
ST2・・・2階微分値算出ステップ
ST2’・・・1階微分値算出ステップ
ST3・・・2階微分補正値算出ステップST3
ST4、ST4’・・・疲労破壊起点推定ステップ
ST5、ST5’・・・疲労限度推定ステップ
σa・・・応力幅
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14