(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023134274
(43)【公開日】2023-09-27
(54)【発明の名称】計算装置、及び計算プログラム
(51)【国際特許分類】
G01M 5/00 20060101AFI20230920BHJP
G01H 1/00 20060101ALI20230920BHJP
G01M 99/00 20110101ALI20230920BHJP
【FI】
G01M5/00
G01H1/00 E
G01M99/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022039722
(22)【出願日】2022-03-14
(71)【出願人】
【識別番号】000003621
【氏名又は名称】株式会社竹中工務店
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】曽根 孝行
(72)【発明者】
【氏名】小野 喜信
【テーマコード(参考)】
2G024
2G064
【Fターム(参考)】
2G024AD34
2G024CA13
2G024FA06
2G024FA11
2G064AA05
2G064AB19
2G064BA02
2G064BD02
2G064DD02
(57)【要約】
【課題】層間変位による層の安全性及び柱の損傷度を判定し、建物の統合的なモニタリングを可能とする。
【解決手段】計算装置は、建物の各階の柱の断面を計測するように設置したひずみセンサから、柱の弾性挙動領域の所定の断面について時刻tごとに計測したひずみ値を取得する。計算装置は、階ごとに、応力及び変形の時刻歴から得られる当該階における柱自体の水平変位及び当該階より下の階における柱上端の回転角を用いて当該階の層間変位を求め、層間変位が閾値以上であるか否かに基づいて、層の安全性を判定する。計算装置は、応力及び変形の時刻歴に基づいて、予め定めた損傷度の評価手法を用いて損傷度を求め、柱が損傷しているか否かを判定する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
建物の各階の柱の断面を計測するように設置したひずみセンサから、柱の弾性挙動領域の所定の断面について時刻tごとに計測したひずみ値を取得する取得部と、
前記階ごとに、時刻tについて、取得した前記ひずみの値と前記柱の計測位置の柱断面情報とを用いて柱上下端部の応力を計算し、計算された前記応力を柱要素モデルに適用して求まる変形の値として、柱自体の水平変位及び柱上端の回転角を計算し、前記応力及び前記変形の時刻歴を出力する計算部と、
前記階ごとに、前記時刻歴から得られる当該階における柱自体の水平変位及び当該階より下の階における柱上端の回転角を用いて当該階の層間変位を求め、前記層間変位が閾値以上であるか否かに基づいて、層の安全性を判定する層間判定部と、
前記応力及び変形の時刻歴に基づいて、予め定めた損傷度の評価手法を用いて損傷度を求め、柱が損傷しているか否かを判定する損傷判定部と、
を含む計算装置。
【請求項2】
前記階ごとに、前記柱自体の水平変位による柱の変形が閾値以上であるか否かに基づいて、当該階の架構の安全性を判定する架構判定部を更に含む請求項1に記載の計算装置。
【請求項3】
前記損傷度の評価手法は、降伏判定、塑性率、及び累積塑性変形倍率の少なくとも一つの手法を適用して柱の損傷について判定を行う請求項1又は請求項2に記載の計算装置。
【請求項4】
前記取得部は、前記断面として断面1及び断面2のそれぞれのひずみ値を取得し、
前記計算部は、柱端部及び断面を要素として含む柱要素モデルにおける下端部a1、上端部b1の応力を幾何学的関係から求めることで前記応力を計算し、所定の剛性方程式を用い、前記応力に対して弾塑性解析を行うことで、前記変形を求める、
請求項1乃至請求項3の何れか1項に記載の計算装置。
【請求項5】
建物の各階の柱の断面を計測するように設置したひずみセンサから、柱の弾性挙動領域の所定の断面について時刻tごとに計測したひずみ値を取得し、
前記階ごとに、時刻tについて、取得した前記ひずみの値と前記柱の計測位置の柱断面情報とを用いて柱上下端部の応力を計算し、計算された前記応力を柱要素モデルに適用して求まる変形の値として、柱自体の水平変位及び柱上端の回転角を計算し、前記応力及び前記変形の時刻歴を出力し、
前記階ごとに、前記時刻歴から得られる当該階における柱自体の水平変位及び当該階より下の階における柱上端の回転角を用いて当該階の層間変位を求め、前記層間変位が閾値以上であるか否かに基づいて、層の安全性を判定し、
前記応力及び変形の時刻歴に基づいて、予め定めた損傷度の評価手法を用いて損傷度を求め、柱が損傷しているか否かを判定する、
処理をコンピュータに実行させる計算プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、計算装置、及び計算プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、層間変位を高精度で求めることができる層間変位計測システムに関する技術が知られている(例えば、特許文献1)。この技術では、建物2の所定階に設けられたターゲットマーカーを撮影し、各画像のターゲットマーカーの位置の差分を層間変位として求めている。
【0003】
また、地震発生後における建造物の損傷状況の推定精度を向上させることに関する技術が知られている(例えば、特許文献2)。この技術では、振動センサによって、地震に基づく実際の実応答を取得して、実応答を入力として、機械学習により、建造物の損傷状況を推定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-169983号公報
【特許文献2】特開2020-128951号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来技術では層間変位を推定することが行われている。もっとも、従来の層間変位を推定する手法は、例えば小数階(1~4つの階程度)のみに加速度計を設置し、建物の振動モード形の情報を用いるなどして層間変位のみを推定し、その値を用いて建物の健全性を判断していた。しかし、二次部材などの影響や部材塑性化の影響もあって、その推定精度が十分確保しているとは言い難かった。また、損傷部材の位置と程度を直接把握することは困難であった。
【0006】
本発明は上記事実を考慮して、層間変位による層の安全性及び柱の損傷度を判定し、建物の統合的なモニタリングを可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明の計算装置は、建物の各階の柱の断面を計測するように設置したひずみセンサから、柱の弾性挙動領域の所定の断面について時刻tごとに計測したひずみ値を取得する取得部と、前記階ごとに、時刻tについて、取得した前記ひずみの値と前記柱の計測位置の柱断面情報とを用いて柱上下端部の応力を計算し、計算された前記応力を柱要素モデルに適用して求まる変形の値として、柱自体の水平変位及び柱上端の回転角を計算し、前記応力及び前記変形の時刻歴を出力する計算部と、前記階ごとに、前記時刻歴から得られる当該階における柱自体の水平変位及び当該階より下の階における柱上端の回転角を用いて当該階の層間変位を求め、前記層間変位が閾値以上であるか否かに基づいて、層の安全性を判定する層間判定部と、前記応力及び変形の時刻歴に基づいて、予め定めた損傷度の評価手法を用いて損傷度を求め、柱が損傷しているか否かを判定する損傷判定部と、を含む。これにより、層間変位による層の安全性及び柱の損傷度を判定し、建物の統合的なモニタリングを可能とする。
【0008】
また、本発明の計算装置において、前記階ごとに、前記柱自体の水平変位による柱の変形が閾値以上であるか否かに基づいて、当該階の架構の安全性を判定する架構判定部を更に含むこともできる。これにより、建物の架構の安全性を含めモニタリングできる。
【0009】
また、本発明の計算装置において、前記損傷度の評価手法は、降伏判定、塑性率、及び累積塑性変形倍率の少なくとも一つの手法を適用して柱の損傷について判定を行うこともできる。これにより、損傷度を複数の手法を考慮して定量化できる。
【0010】
また、本発明の計算装置において、前記取得部は、前記断面として断面1及び断面2のそれぞれのひずみ値を取得し、前記計算部は、柱端部及び断面を要素として含む柱要素モデルにおける下端部a1、上端部b1の応力を幾何学的関係から求めることで前記応力を計算し、所定の剛性方程式を用い、前記応力に対して弾塑性解析を行うことで、前記変形を求める、こともできる。これにより、柱自体のひずみ値の特性を用いて解析ができる。
【0011】
本発明の計算プログラムは、建物の各階の柱の断面を計測するように設置したひずみセンサから、柱の弾性挙動領域の所定の断面について時刻tごとに計測したひずみ値を取得し、前記階ごとに、時刻tについて、取得した前記ひずみの値と前記柱の計測位置の柱断面情報とを用いて柱上下端部の応力を計算し、計算された前記応力を柱要素モデルに適用して求まる変形の値として、柱自体の水平変位及び柱上端の回転角を計算し、前記応力及び前記変形の時刻歴を出力し、前記階ごとに、前記時刻歴から得られる当該階における柱自体の水平変位及び当該階より下の階における柱上端の回転角を用いて当該階の層間変位を求め、前記層間変位が閾値以上であるか否かに基づいて、層の安全性を判定し、前記応力及び変形の時刻歴に基づいて、予め定めた損傷度の評価手法を用いて損傷度を求め、柱が損傷しているか否かを判定する、処理をコンピュータに実行させる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、層間変位による層の安全性及び柱の損傷度を判定し、建物の統合的なモニタリングを可能とする、という効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本実施形態において柱に設置するひずみセンサの設置例である。
【
図2】本実施形態に係る計算装置の構成を示すブロック図である。
【
図3】弾性挙動領域にひずみセンサを設置した場合の一例を示す図である。
【
図4】材端回転ばね付き梁要素を柱要素モデルとした一例を示す図である。
【
図5】本実施形態に係る計算装置における計算処理を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[本発明の実施形態]
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。
【0015】
本実施形態について説明する前に本実施形態の前提とする背景を説明する。
【0016】
現在、構造モニタリングシステム(以下、SHMシステム:Structural Health Monitoring System)が普及し始めている。実用化されているSHMシステムは、建物の床にMEMSセンサなどの加速度計を設置し、その記録から「建物層間変位」を推定して建物の安全度判定を行っている。建物の各層に変位計を設置して直接層間変位を求めることが望ましいものの、床-天井間に変位計を設けるための治具が必要であったり、設置した梁の変形の影響を受けたり、メンテナンスを考慮した設置スペースの確保が困難であったりなどの問題がある。そのため、従来のサーボ型加速度計よりも精度面で劣るものの簡易に設置でき比較的コストが低下してきたMEMSセンサを採用することが主流となった。建物全階に加速度計を設置する場合もあるが、コストの問題から一般的には小数階(1~4つの階程度)のみの設置に留まっている。小数階にしか設置されないため、設計モデル(架構をモデル化したフレームモデル)や竣工時計測に基づく建物の振動モード形(以下、建物モード形)を情報として建物層間変位を推定する技術などが用いられている。
【0017】
しかし、設計モデルに基づく建物モード形は、一般的に二次部材などの影響を考慮したものではなく、実測結果と一致しないことは多い。竣工時計測に基づく建物モード形は、実建物を大きく加振できないことから微小振幅レベルでの特性を示すものが大半である。そのため、建物モード形を利用した建物の層間変位の推定が、適切な結果を示すとは言い難い。そもそも、建物モード形は建物が弾性状態での特性を表すものであり、建物損傷時の挙動まで捉えるためにこれを利用することには限界がある。
【0018】
一方、地震後にその建物に居続けられるかどうかを大きな目で見る目的では層間変位は有効な指標に成り得るものの、建物架構の曲げ変形の影響を含むため、架構の健全性判断において、それだけでは正確な指標とは言い難い。更に、建物が損傷を受けた時の「損傷部材」の位置や程度をその指標から見つけ出すことは困難である。見つけ出すためには、別のセンサ(ひずみゲージなど)を損傷し易いと思われる部材の損傷想定箇所やその付近に別途設け、モニタリングする必要がある。しかし、層ではなく部材へのセンサ設置となるため設置箇所が多くなること、梁端部などは耐火被覆や仕上げ材で隠れていてそこにセンサを設置してもメンテナンスが困難であることなどの課題がある。そのため、損傷部材の位置や程度をモニタリングする技術は進んでいないのが現状である。
【0019】
SHMシステムが普及し始めてきた今、より正確に層間変位を計測もしくは推定できると共に損傷部材とその損傷程度までを把握できる新たな計測技術が必要とされている。そこで本実施形態の手法では、層間変位を推定すると共に、柱の損傷度なども推定し、建物の統合的なモニタリングを可能とする。
【0020】
図1は、本実施形態において柱に設置するひずみセンサの設置例である。本実施形態では、
図1に例示する様に、下階から上階まで連続する柱部材に対して、応力を求めるためのひずみセンサ90を設置する。ひずみセンサ90は、建物の各階の柱の断面応力を計測するように垂直方向に対して左右に設置し、断面のひずみ値を計測する。ひずみセンサ90としては、ひずみゲージ、光ファイバーセンサなどを用いる。なお、ひずみセンサ90の設置箇所は断面の左右に限定されるものではなく、例えば柱の4面を設置箇所とする態様としてもよい。
図1は柱軸方向のひずみを計測する構成を例にしているが、柱軸と直交方向のひずみも計測する構成とし、柱のせん断力を直接求めるようにしてもよい。
【0021】
図2は、本実施形態に係る計算装置の構成を示すブロック図である。計算装置100は、取得部110と、計算部112と、層間判定部114と、損傷判定部116と、架構判定部118とを含んで構成されている。計算装置100は、CPU(Central Processing Unit)、各処理ルーチンを実現するためのプログラム等を記憶したROM(Read Only Memory)、データを一時的に記憶するRAM(Random Access Memory)、記憶手段としてのメモリ、及びネットワークインタフェース等を含んだコンピュータにより実現される。
【0022】
取得部110は、ひずみセンサ90から、柱の弾性挙動領域の所定の断面について時刻tごとに計測したひずみ値を取得する。弾性挙動領域は、一般的には柱の中間高さ付近の領域を指し、大地震時でも塑性化や座屈が生じない領域である。ひずみセンサ90は、弾性挙動領域の柱の応力(軸力、モーメント、せん断力など)を求めるために必要な位置へ設置する。
図3は、弾性挙動領域にひずみセンサを設置した場合の一例を示す図である。柱の弾性挙動領域内(
図3におけるD)の2か所の断面位置(断面1、断面2)における柱の側面にひずみセンサ90を設置して、柱軸方向のひずみをそれぞれ計測する。
【0023】
柱の応力について説明する。ひずみ値について、「断面1:1ε右、1ε左」、「断面2:2ε右、2ε左」とし、柱の断面積A、柱の断面係数Z、断面間の長さLとする。これらから軸力、モーメント、せん断力が求まる。軸力は、A・(1ε右+1ε左)/2若しくはA・(2ε右+2ε左)/2となる。モーメントは、断面1:-Z・(1ε右-1ε左)/2、断面2:-Z・(2ε右-2ε左)/2となる。せん断力は、(Z・(1ε右-1ε左)/2-Z・(2ε右-2ε左)/2)/Lとなる。
【0024】
以上のように、取得部110は、各階の柱について断面1及び断面2のひずみ値を取得する。
【0025】
計算部112は、階ごとに、時刻tについて、取得したひずみの値と柱の計測位置の柱断面情報とを用いて柱上下端部の応力を計算する。計算部112は、計算された応力を柱要素モデルに適用して求まる変形の値として、柱自体の水平変位及び柱上端の回転角を計算し、応力及び変形の時刻歴を出力する。
【0026】
以下、計算部112の計算に適用できる柱要素モデルの原理的な説明を行う。
【0027】
(i階の柱要素モデルを用いた応力・変形の推定)
以下、柱要素モデルを仮定する。また、計測した柱の応力を用いて、柱端部及び断面を要素として含む柱要素モデルにおける両端部a1、b1の応力を幾何学的関係から求める。
【0028】
柱要素モデルの下端の変位の支持条件を固定とし、両端部a1、b1の応力を用いて弾塑性解析を行い、柱の挙動を求める。なお、弾塑性特性は設計モデル(例えば、トリリニア系モデル)を考慮したり、別途行った実験結果を考慮したりするなどして設定したものを使用する。
【0029】
例えば、
図4に示す材端回転ばね付き梁要素を柱要素モデルに用いる。ひずみセンサから求めた断面1の位置での応力(軸力N、モーメントM、せん断力Q)より、
図4に示す柱要素モデルの両端部a1、b1の応力は次の通りとなる。
【0030】
軸力:Na1=-N、Nb1=N
モーメント:Ma1=-(M+Q・La1)、Mb1=M-Q・Lb1
せん断力:Qa1=-Q、Qb1=Q
【0031】
a-a1間とb-b1間の距離は0とする。La1、Lb1は、柱要素モデルの下端部a1から上の断面1までの長さLa1、上端部b1から下の断面1までの長さLb1である。上記により柱上下端部の応力が求まる。次に、材端回転ばね付き梁要素の剛性方程式を{S}t=[K]{u}tと表す。ここで、{S}t、{u}t、[K]は以下のように表される。
【0032】
【0033】
柱要素モデルの下端の変位の支持条件を固定とし、柱の上端の変位を未知数とした場合、増分変位表現の剛性方程式は{ΔS}t=[K]{Δu}tと表せる。ここで、{ΔS}t、{Δu}tは以下のように表される。
【0034】
【0035】
剛性マトリクス[K]は、材端回転ばねの弾塑性特性に応じた時刻tでの接線剛性とする。剛性マトリクス[K]については、以下、参考文献1の「要素剛性マトリックス」に説明されるような部材座標系で表示された部材端荷重と部材端変位を関係付ける要素剛性マトリクスを用いればよい。
[参考文献1]骨組構造解析(マトリックス構造解析)," http://www.arc.hokkai-s-u.ac.jp/~kusiyama/MC_1/structure_analysis.html"
【0036】
増分変位表現の剛性方程式を用い、計測により求めた応力に対して弾塑性解析を行うことで、時々刻々の柱要素モデルの変位{u}tが求められる。なお、説明の便宜のため水平1方向の変位を想定して記述しているが、実際は水平2方向への変位が想定され、δとθが追加される。
【0037】
(i階の柱自体の変形)
推定により求めた変形の時刻歴は、柱下端が固定条件での値である。得られたi階柱の水平変位δb1をiδ、柱上端の回転角θb1をiθとおく。当該変形については層間判定部114及び架構判定部118で用いる。
【0038】
層間判定部114は、階ごとに、応力及び変形の時刻歴から得られる当該階における柱自体の水平変位及び当該階より下の階における柱上端の回転角を用いて当該階の層間変位を求める。そして、層間判定部114は、階ごとに、層間変位が閾値以上であるか否かに基づいて、層の安全性を判定し、判定結果を出力する。
【0039】
層間変位の求め方について説明する。層間判定部114では、以下の建物全体として見た時のi階の層としての変位(層間変位)iΔを求める。
i階の層間変位:iΔ=iδ+iΘ×iH
【0040】
ここで、iHはi階の階高、iΘは建物全体として見た時のi階の柱下端の回転角であり以下の式から求める。
i階の柱下端の回転角:iΘ=i-1Θ+i-1θ
【0041】
i階が例えば3階であれば、2階、1階と当該3階の下層の階の全てについて柱上端の回転角を求めることでi階の層間変位iΔが求まる。θはあくまで柱要素モデルの下端を固定とした時の上端の回転角を表している。実際は柱の下端はその下階の柱によって傾いており、回転が生じているため、その分を最下階から加算して層としての回転(床の回転)を評価する。そして、層間判定部114は、層としての層間変位iΔがある閾値を超えるか否かを判定する。この判定は、架構全体の大まかな安全性の判定やカーテンウォールや外壁の脱落などの判定を意味する。層の安全性の判定結果は、安全性の度合いや安全性の有無など判定結果とみなすことのできる任意の形式を用いることができる。以上のように、階ごとに層間変位を推定して判定を行うことで、層間変位の判定結果を出力する。
【0042】
損傷判定部116は、応力及び変形の時刻歴に基づいて、予め定めた損傷度の評価手法を用いて、柱が損傷しているか否かを判定し、柱の損傷に関する判定結果を出力する。
【0043】
損傷度の計算では、柱要素モデルを用いて求めた応力及び変形の時刻歴から損傷度の評価に必要な要素を抽出して、損傷度の評価手法を用いて柱が損傷しているか否かを判定する。
図4に示した材端回転ばね付き梁要素を柱要素モデルとするならば、その材端回転ばねのモーメント-回転角関係や、軸力-軸変位関係などが対象となる。損傷度の評価手法は、「降伏判定」、「塑性率(塑性変形倍率)」、「累積塑性変形倍率」が挙げられる。
【0044】
応力の降伏判定の評価手法を用いる場合、柱材端の軸力と曲げモーメントから、柱部材の降伏曲面を超える応力状態かどうかを判定する。この場合、損傷度を求めるのではなく、損傷しているか否かを判定する。
【0045】
塑性率の評価手法を用いる場合、部材の最大変形角θ
u(参考文献2に記載の
cθ
pmax)を弾性変形角θ
pで除した塑性率(θ
u/θ
p)から弾性成分(≒1)を減じたRの値(=θ
u/θ
p-1)を損傷度とする。判定では、損傷度が閾値以上か否かにより損傷しているか否かを判定すればよい。
[参考文献2]"日本建築学会:鋼構造塑性設計指針,第3版,2017:
図C1.5.2 繰り返し変形時の限界塑性変形"
【0046】
累積塑性変形倍率の評価手法を用いる場合、参考文献2を参照し、Σcθplを計算し、これをθuとして算出したRの値(=θu/θp-1)を損傷度とする。
【0047】
損傷度の評価手法は、上記の各手法の何れか少なくとも一つを用いればよく、複数の評価手法を用いてそれぞれ判定結果を求めてもよい。以上のように、階ごとに損傷度の判定結果を出力することにより、建物の階ごとの柱自体の損傷度が推定される。柱の損傷に関する判定結果は、損傷の度合いや損傷の有無など判定結果とみなすことのできる任意の形式を用いることができる。
【0048】
架構判定部118は、階ごとに、柱自体の水平変位による柱の変形が閾値以上であるか否かに基づいて、当該階の架構の安全性を判定し、判定結果を出力する。架構の安全性の判定結果は、安全性の度合いや安全性の有無など判定結果とみなすことのできる任意の形式を用いることができる。柱自体の変形iδがある閾値を超えるか否かを判定する。この判定は、i階の架構の安全性の判定を意味する。
【0049】
次に、本実施形態の計算装置100の作用について説明する。
図5は、本実施形態に係る計算装置100における計算処理を示すフローチャートである。CPUがROMからプログラム及び各種データを読み出して実行することにより、計算装置100の各部としてCPUが機能し、計算処理が行なわれる。
【0050】
ステップS100では、取得部110が、ひずみセンサ90から、柱の弾性挙動領域の所定の断面について時刻tごとに計測したひずみ値を取得する。
【0051】
ステップS102では、計算部112が、階ごとに、時刻tについて、取得したひずみの値と柱の計測位置の柱断面情報とを用いて柱上下端部の応力を計算する。
【0052】
ステップS104では、計算部112が、階ごとに、時刻tについて、計算された応力を柱要素モデルに適用して求まる変形の値として、柱自体の水平変位及び柱上端の回転角を計算し、応力及び変形の時刻歴を出力する。
【0053】
ステップS106では、層間判定部114が、階ごとに、応力及び変形の時刻歴から得られる当該階における柱自体の水平変位及び当該階より下の階における柱上端の回転角を用いて当該階の層間変位を求める。
【0054】
ステップS108では、層間判定部114が、階ごとに、層間変位が閾値以上であるか否かに基づいて、層の安全性を判定し、層の安全性の判定結果を出力する。
【0055】
ステップS110では、損傷判定部116が、階ごとに、応力及び変形の時刻歴に基づいて、予め定めた損傷度の評価手法を用いて、柱が損傷しているか否かを判定し、柱の損傷に関する判定結果を出力する。
【0056】
ステップS112では、架構判定部118は、階ごとに、柱自体の水平変位による柱の変形が閾値以上であるか否かに基づいて、当該階の架構の安全性を判定し、架構の安全性の判定結果を出力する。
【0057】
以上、説明したように、本実施形態に係る計算装置100によれば、層間変位による層の安全性及び柱の損傷度を判定し、建物の統合的なモニタリングを可能とする。
【0058】
また、本実施形態の説明が示す層間変位及び柱損傷程度を推定する方法の利点は、次の通りである。
【0059】
本実施形態ではひずみセンサ90を使用しているが、従来とは異なりセンサ設置位置が損傷想定箇所と同一もしくはその付近である必要がない。
【0060】
本実施形態は柱自体の特性のみが必要であり、建物モードを利用する従来の推定方法と違って二次部材などの影響は受けない。また、二次部材やスラブが取り付いていない柱自体の特性は設計モデルで精度良く表せる。そのため、従来の加速度計を使った推定に対して、層間変位を精度良く推定できる。更に、柱自体の変形も精度良く推定できる。
【0061】
柱自体の応力を直接計測することから、これを利用して柱部材の降伏判定も可能である。更に、柱要素モデルでの応力-変位関係を用いて柱の損傷度を判断できる。
【0062】
従来、変位計を設ける際は治具などと共に間仕切壁などの構面内への設置が必要となり建築意匠・計画的な制約から設置が困難であったものの、本実施形態は柱自体にひずみセンサを設置するため、建築意匠・計画的な制約にかかり難い。
【0063】
なお、本発明は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲内で様々な変形や応用が可能である。本実施形態の適用における留意点は次の通りである。
【0064】
ひずみセンサを設置する柱は、鉄骨造であることが望ましい。CFT造やSRC造、RC造に適用する際は、コンクリート部材上でのひずみ計測が難しいことや柱要素モデルによる推定精度(剛性や塑性時の特性に対する精度が影響)に留意する必要がある。
【0065】
ひずみセンサを設置する柱は、その柱の両端部(両仕口部)以外に荷重が作用しない柱であることが望ましい。例えば、耐震壁が柱に設置されている場合や剛性の高い頬杖が柱に繋がっている場合などは、例示した材端回転ばね付き梁要素の様な単純なモデルで推定できないため留意する必要がある。
【0066】
なお、上記実施形態では
図1に例示する様に、下階から上階まで連続する柱部材に対して、応力を求めるためのひずみセンサを設置する場合を想定して説明した。しかし、特定の柱1本に限定して本実施形態を適用してもよい。その際は、曲げ変形の影響を含む層間変位を把握することはできないものの、柱自体の変形と柱損傷度は推定できる。
【0067】
また、柱損傷度の判定方法において、柱自体の変位や回転角、柱応力の全てもしくは何れかのデータから求められるものであれば、何れも本実施形態にて使用できる。また、ひずみセンサの種類についても、ひずみを計測できる手段であれば何でも本実施形態にて使用できる。
【符号の説明】
【0068】
100 計算装置
110 取得部
112 計算部
114 層間判定部
116 損傷判定部
118 架構判定部