(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023134344
(43)【公開日】2023-09-27
(54)【発明の名称】柑橘類植物を栽培する方法及び柑橘類植物栽培用液体組成物
(51)【国際特許分類】
A01G 22/05 20180101AFI20230920BHJP
A01G 7/06 20060101ALI20230920BHJP
【FI】
A01G22/05 Z
A01G7/06 B
【審査請求】有
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022183592
(22)【出願日】2022-11-16
(31)【優先権主張番号】17/694,056
(32)【優先日】2022-03-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(71)【出願人】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100185591
【弁理士】
【氏名又は名称】中塚 岳
(74)【代理人】
【識別番号】100126653
【弁理士】
【氏名又は名称】木元 克輔
(72)【発明者】
【氏名】本田 一馬
(72)【発明者】
【氏名】盛岡 実
(72)【発明者】
【氏名】ディアス ギャビン
【テーマコード(参考)】
2B022
【Fターム(参考)】
2B022AA01
2B022AB15
2B022BB01
2B022EA03
(57)【要約】
【課題】自然環境下で柑橘類植物を栽培しても、柑橘類植物のHLBの症状を緩和することができる栽培方法の提供。
【解決手段】Feイオンを含有し、上記Feイオンの少なくとも一部がFe2+イオンである液体組成物を柑橘類植物に施用する工程を含み、上記柑橘類植物はミカンキジラミの生息している環境下で栽培される、柑橘類植物を栽培する方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
柑橘類植物を栽培する方法であって、
Feイオンを含有し、前記Feイオンの少なくとも一部がFe2+イオンである液体組成物を前記柑橘類植物に施用する工程を含み、
前記柑橘類植物はミカンキジラミ(Diaphorina citri)の生息している環境下で栽培される、方法。
【請求項2】
前記柑橘類植物は砂質土壌にて栽培される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記柑橘類植物がオレンジ、グレープフルーツ又はレモンである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記柑橘類植物がカンキツグリーニング病の病原菌に感染している、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
前記柑橘類植物が褐色腐敗病の病原菌に感染している、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項6】
前記液体組成物の総Feイオンの濃度が100mg/L~1000mg/Lである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項7】
前記液体組成物の総Feイオンの少なくとも18質量%がFe2+イオンである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項8】
前記液体組成物が灌水チューブを用いて施用される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項9】
前記液体組成物が1年に2回~8回施用される請求項1又は2に記載の方法。
【請求項10】
前記液体組成物が、1年に、1本の柑橘樹あたり、Fe2+を0.27g~1.1g施用される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項11】
Feイオンを含有し、前記Feイオンの少なくとも一部がFe2+イオンである、ミカンキジラミの生息している環境下で栽培される柑橘類植物栽培用液体組成物。
【請求項12】
砂質土壌にて栽培される柑橘類植物用である、請求項11に記載の液体組成物。
【請求項13】
前記液体組成物の総Feイオンの濃度が100mg/L~1000mg/Lである、請求項11又は12に記載の液体組成物。
【請求項14】
前記液体組成物の総Feイオンの少なくとも18質量%がFe2+イオンである、請求項11又は12に記載の液体組成物。
【請求項15】
前記柑橘類植物がオレンジ、グレープフルーツ又はレモンである、請求項11又は12に記載の液体組成物。
【請求項16】
カンキツグリーニング病の病原菌に感染している柑橘類植物用である、請求項11又は12に記載の液体組成物。
【請求項17】
褐色腐敗病の病原菌に感染している柑橘類植物用である、請求項11又は12に記載の液体組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、柑橘類植物を栽培する方法及び柑橘類植物栽培用液体組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
カンキツグリーニング病(huanglongbing又はHLBともいう)は、柑橘類植物の病害の一つである。HLBは、Candidatus Liberibacterbなどの病原菌が柑橘類植物に感染することで引き起こされる植物病である。病原菌はミカンキジラミによって媒介されている。HLBの病原菌に感染した柑橘類植物は、以下の症状を呈する:葉の一部が黄色化する、成熟果実のサイズが小さい、成熟果実の表面の大部分が緑色のままとなる、成熟果実の味が苦い。HLBが進行すると、柑橘類植物は、徐々に衰弱して枝の先端から枯れていき、最終的には枯死する。
【0003】
特許文献1は、HLBの病原菌に感染した柑橘類植物の葉面、根圏、又はそれらの両方にFe2+イオンを含む液体を施用することを含む、柑橘類植物のカンキツグリーニング病の治療方法を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1は、野菜育苗用培土を用いて、柑橘類植物を育成する条件下にて、HLBの治療効果を検証しているに過ぎない。また、Fe2+イオンを含む液体は5日に1回という高頻度で柑橘類植物の苗木に施用されている。
【0006】
本発明は、自然環境下で柑橘類植物を栽培しても、柑橘類植物のHLBの症状を緩和することができる栽培方法及びかかる栽培方法に使用する液体組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の側面を含む。
[1]柑橘類植物を栽培する方法であって、
Feイオンを含有し、上記Feイオンの少なくとも一部がFe2+イオンである液体組成物を上記柑橘類植物に施用する工程を含み、
上記柑橘類植物はミカンキジラミ(Diaphorina citri)の生息している環境下で栽培される、方法。
[2]上記柑橘類植物は砂質土壌にて栽培される、[1]に記載の方法。
[3]上記柑橘類植物がオレンジ、グレープフルーツ又はレモンである、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]上記柑橘類植物がカンキツグリーニング病の病原菌に感染している、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]上記柑橘類植物が褐色腐敗病の病原菌に感染している、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]上記液体組成物の総Feイオンの濃度が100mg/L~1000mg/Lである、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]上記液体組成物の総Feイオンの少なくとも18質量%がFe2+イオンである、[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]上記液体組成物が灌水チューブを用いて施用される、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]上記液体組成物が1年に2回~8回施用される[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10]上記液体組成物が、1年に、1本の柑橘樹あたり、Fe2+を0.27g~1.1g施用される、[1]~[9]のいずれかに記載の方法。
[11]Feイオンを含有し、上記Feイオンの少なくとも一部がFe2+イオンである、ミカンキジラミの生息している環境下で栽培される柑橘類植物栽培用液体組成物。
[12]砂質土壌にて栽培される柑橘類植物用である、請求項11に記載の液体組成物。
[13]上記液体組成物の総Feイオンの濃度が100mg/L~1000mg/Lである、[11]又は[12]に記載の液体組成物。
[14]上記液体組成物の総Feイオンの少なくとも18質量%がFe2+イオンである、[11]~[13]のいずれかに記載の液体組成物。
[15]上記柑橘類植物がオレンジ、グレープフルーツ又はレモンである、[11]~[14]のいずれかに記載の液体組成物。
[16]カンキツグリーニング病の病原菌に感染している柑橘類植物用である、[11]~[15]のいずれかに記載の液体組成物。
[17]褐色腐敗病の病原菌に感染している柑橘類植物用である、[11]~[16]のいずれかに記載の液体組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、自然環境下で柑橘類植物を栽培しても、柑橘類植物のHLBの症状を緩和することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0010】
一実施形態に係る柑橘類植物を栽培する方法は、Feイオンを含有し、上記Feイオンの少なくとも一部がFe2+イオンである液体組成物を上記柑橘類植物に施用する工程を含み、上記柑橘類植物はミカンキジラミの生息している環境下で栽培される、方法である。
【0011】
柑橘類植物は、例えば、ミカン類、オレンジ類、レモン類、ブンタン類、ユズ類及びキンカン類を含む。柑橘類植物は、例えば、オレンジ(Citrus sinensis)、グレープフルーツ(Citrus paradisi)又はレモン(Citrus limon)を含む。オレンジはハムリンオレンジなどの早生種でも、バレンシアオレンジなどの晩生種でもよい。
【0012】
本実施形態に係る柑橘類植物を栽培する方法は、HLBの病原菌に感染している柑橘類植物を対象とすることができる。そのため、本実施形態に係る方法により、柑橘類植物のHLBの症状が緩和される。また、HLBの病原菌に感染していない柑橘類植物を対象としてもよい。本実施形態に係る方法を適用後、該柑橘類植物がHLBの病原菌に感染したとしても、その症状が緩和される。
【0013】
柑橘類植物は、ミカンキジラミ(Diaphorina citri)の生息している環境下で栽培される。ミカンキジラミが生息する自然環境下で柑橘類植物を栽培すると、ミカンキジラミによりHLBの病原菌が媒介される。このため、柑橘類植物にとっては、HLBの病原菌により感染しやすい環境となる。かかる環境であっても、本実施形態に係る方法で栽培される柑橘類植物は、HLBの病原菌に感染しないか、HLBの病原菌に感染したとしても、その症状が緩和される。
【0014】
柑橘類植物は、砂質土壌にて栽培されてもよい。砂質土壌とは、粗粒分を50%以上含む土壌の総称であり、粒径が2.0mm以下の砂質土壌のほか、粒径が2.0mmを超える礫質土壌も含む。
【0015】
本実施形態に係る柑橘類植物を栽培する方法は、褐色腐敗病の病原菌に感染している柑橘類植物を対象とすることができる。褐色腐敗病は、Phytophthora属菌などの病原菌が柑橘類植物に感染することで引き起こされ、落果が生じる病害である。本実施形態に係る方法を適用した柑橘類植物は、褐色腐敗病の病原菌に感染しても、果実の品質が維持される。
【0016】
柑橘類植物に施用する液体組成物はFeイオンを含有し、Feイオンの少なくとも一部がFe2+イオンである。かかる液体組成物は、例えば、Fe2+イオンを供給することができる鉄化合物を水に溶解して得ることができる。Fe2+イオンを供給することができる鉄化合物としては、水溶液中でFe2+イオンを遊離可能であれば、特に限定されない。かかる鉄化合物には、例えば、FeO、FeSO4などの二価の鉄化合物を用いることができる。また、クエン酸鉄のような固体では三価の鉄を含む鉄化合物であっても、水溶液中にFe2+イオンを遊離可能であれば、Fe2+イオンを供給することができる鉄化合物となり得る。また、上記液体組成物はFe2O3、FeCl3などの三価の鉄化合物及び還元剤を組み合わせ、還元剤の作用によりFe3+イオンをFe2+イオンに還元し、Fe2+イオンを供給してもよい。
【0017】
上記液体組成物中の総Feイオンの濃度は、好ましくは100mg/L~1000mg/Lであり、より好ましくは100mg/L~500mg/Lであり、さらに好ましくは100mg/L~300mg/Lである。上記下限値以上の総Feイオンの濃度とすることで、HLBの症状の緩和作用を発揮しやすくなる。一方、上記上限値以下の総Feイオンの濃度とすることで、柑橘類植物への損傷を避けることができる。
【0018】
「総Feイオン」とは、Fe2+イオン及びFe3+イオンを含む全てのFeイオンを意味する。液体組成物中のFe2+イオンの濃度は、o-フェナントロリンを用いた既存の方法によって測定することができる。o-フェナントロリンはFe2+イオンと選択的に錯体を形成する。このため、この錯体の吸光度を測定することにより、Fe2+イオンを選択的に定量することができる。また、液体組成物中の総Feイオン濃度は、液体組成物中のFe3+イオンを還元して全FeイオンをFe2+イオンとした後にo-フェナントロリン法を用いて定量することができる。
【0019】
上記液体組成物の総Feイオンの少なくとも18質量%がFe2+イオンであることが好ましい。総Feイオンの少なくとも18質量%がFe2+イオンであることで、HLBの症状の緩和作用が発揮しやすくなる。上記液体組成物の総Feイオンの全て(100質量%)がFe2+イオンであってもよい。
【0020】
上記液体組成物は、Feイオンの他に、Caイオン、Mgイオン、Alイオン、Baイオン、Crイオン、Kイオン、Mnイオン及びNaイオンなどの金属イオンを含んでいてもよい。上記液体組成物は、Fe2+イオンを安定に保持しHLBの症状の緩和作用を持続させるために、酸を含んでいてもよい。かかる酸としては、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、シュウ酸及びアスコルビン酸などが挙げられる。中でも酸としては、クエン酸が好ましい。Fe2+イオンを安定に保持する観点から、酸の濃度は、好ましくは100mg/L~10g/Lであり、より好ましくは500mg/L~2g/Lである。
【0021】
上記液体組成物を柑橘類植物へ施用する手段は特に限定されない。かかる手段としては、例えば、柑橘類植物の葉面に上記液体組成物散布する、柑橘類植物の根圏に上記液体組成物を灌水する、手段などが挙げられる。上記液体組成物は、柑橘類植物の根圏に灌水されることが好ましい。根圏に上記液体組成物を施用すると、柑橘類植物の根から放出された酸がFe3+イオンを還元してFe2+イオンとすることで、HLBの症状の緩和作用を持続することが期待される。また、施用の利便性の観点から、上記液体組成物は灌水チューブを用いて灌水されることが好ましい。
【0022】
上記液体組成物の施用頻度は、1年に2回~8回とすることができる。あるいは、上記液体組成物の施用頻度は、45日~180日に1回であってもよい。上記液体組成物の施用量は、1年に、1本の柑橘類植物(柑橘樹)あたり、0.1g~3.0gのFe2+、好ましくは0.27g~1.1gのFe2+とすることができる。この範囲の施用頻度及び施用量とすることで、HLBの症状の緩和作用が発揮しやすくなる。
【実施例0023】
Fe2+イオンを含む液体組成物の調製
鉄力あくあ(日本国登録商標)F10(愛知製鋼株式会社)を水で100倍に希釈した液体組成物を調製した。この液体組成物の総Feイオン及びFe2+イオンの濃度は、それぞれ150mg/L及び27mg/Lであった。すなわち、総Feイオンの18質量%がFe2+イオンであった。また、液体組成物の有機酸の測定したところ、クエン酸濃度が1.09mg/Lであった。
【0024】
柑橘類植物栽培
フロリダ州の砂質土壌にてバレンシアオレンジ及びハムリンオレンジを栽培した。Fe2+イオン施用区は、1本の柑橘類植物(以下、「樹木」と記載する。)あたり5Lの上記液体組成物を45日に1回、灌水チューブを用いて施用した。無処理区は、1本の樹木あたり5Lの水を45日に1回、灌水チューブを用いて施用した。2019年6月から施用を開始し、2019年6月、2020年1月、2020年6月、2021年1月の各時点において柑橘類植物の評価を行った。なお、ほとんど全ての樹木はHLBの病原菌に感染しており、ミカンキジラミも生息する環境下で栽培を行った。
【0025】
評価項目
評価項目は、根密度、土壌の栄養素、土壌のpH、果実の収量、葉の成分分析、病原菌の定量、樹冠容積及び樹冠密度である。
【0026】
結果
1)根密度
【0027】
【0028】
上の表は、2019年6月から2020年6月における根密度及び半年間又は1年間の根密度の変化率を示す。最初の半年(夏季から冬季)も次の半年(冬季から夏季)も、Fe2+イオン施用区のバレンシアオレンジの根密度は増加した。一方、同じ期間に、無処理区のバレンシアオレンジの根密度は減少した。ハムリンオレンジは、いずれの実験区でも、1年を通じて根密度が増加した。しかしながら、無処理区に比べ、Fe2+イオン施用区では、より顕著に根密度が増加した。いずれの品種の樹木においてもFe2+イオンが根密度の増加に効果的であった。根密度の増加は、施用開始から最初の半年で顕著であった。HLBの病原菌に感染した樹木は、地上部から見えない根系が病原菌による最も大きな被害を受ける。このため、根密度の増加効果を奏するFe2+イオンは、HLBの症状緩和に大きく貢献すると考えられる。
【0029】
【0030】
上の表は、2020年6月から2021年1月の根密度の変化率を示す。いずれの実験区でも根密度に有意差は認められなかった。
【0031】
2)土壌の栄養素
【0032】
【0033】
上の表は、2020年6月における土壌の栄養素の量を示す。バレンシアオレンジでは、Fe2+イオン施用区の土壌は、無処理区の土壌と比較して、P、S、Znの含有量が少なかった。これは、Fe2+イオンを施用したバレンシアオレンジが、これらの栄養素をより吸収したことを示唆している。ハムリンオレンジでは、Fe2+イオン施用区の土壌とコントロール区の土壌の間に大きな違いは見られなかった。Fe2+イオンを施用した樹木はHLB及び他のストレスを軽減するために、より多くのSを利用している可能性がある。
【0034】
【0035】
上の表は、2020年6月から2021年1月までの土壌の栄養素の変化率を示す。バレンシアオレンジでは、Fe2+イオン施用区の土壌と無処理区の土壌の間で、土壌の栄養素変化率に有意な差は認められなかった。ハムリンオレンジでは、Fe2+イオン施用区の土壌と無処理区の土壌の間にCa及びCECの変化率に有意な差が認められた。
【0036】
3)土壌のpH
【0037】
【0038】
上の表は、Fe2+イオンの施用を開始してから2日目~30日目までの土壌のpHを示す。いずれの実験区でも、30日目の土壌のpHが最適範囲(5.8~6.5)であった。また、Fe2+イオン施用区の土壌のpHは無処理区のそれと比べて低かったことから、Fe2+イオンは土壌を酸性化する効果がある。柑橘類植物がHLBの病原菌に抵抗するためには、土壌の酸性化が有効な方法であり、この視点からもFe2+イオンは有効であると考えられる。2021年1月時点の土壌pHは、Fe2+イオン施用区及び無処理区のいずれにおいても、最適範囲(5.8~6.5)であった。
【0039】
4)果実の収量
【0040】
【0041】
上の表は、Fe2+イオンの施用開始から1年目の果実の収量に関するデータを示す。Fe2+イオン施用区は無処理区と比較して、果実の落果率が低下し、収量が増加した。Fe2+イオン施用区の果実の落果率は無処理区のそれと比較して10%以上低い値であり、Fe2+イオン施用区の収量は無処理区のそれと比較して約17%増加した。ハムリンオレンジの収穫時期は、12月下旬から1月であり、Fe2+イオン施用開始から約半年に過ぎないが果実の収量に良い兆候が現れた。
【0042】
【0043】
上の表は、Fe2+イオンの施用開始から2年目の果実の収量に関するデータを示す。2年目は褐色腐敗病が発生した影響で収穫時の果実収量、推定樹上果実数、落果率はハムリンオレンジ及びバレンシアオレンジのいずれもFe2+イオン施用区と無処理区間で有意差が認められなかった。しかし、褐色腐敗病が発生する前(落果前)では、バレンシアオレンジにおいて、平均収量が無処理区と比較してFe2+イオン施用区で有意に多かった。また、1年目と比較しても果実数が増えていた。Fe2+イオンを施用し続けたこと、また、1年目はFe2+イオンを3回施用したのに対し、2年目はFe2+イオンを5回施用したことが影響している可能性がある。
【0044】
【0045】
上の表は、2年目に収穫した果実の品質に関するデータを示す。ハムリンオレンジ及びバレンシアオレンジのいずれもFe2+イオン施用区と無処理区の間で有意な差が認められず、品質及び大きさに違いはなかった。
【0046】
5)葉の成分分析
【0047】
【0048】
上の表は、2019年6月(夏季)から2020年1月(冬季)にかけての樹木の葉に含まれる成分の変化率を示す。バレンシアオレンジでは、いずれの実験区においても、PとKが増加し、その他の成分は減少している。ハムリンオレンジでは、いずれの実験区においても、Pのみが増加し、他の成分は減少している。バレンシアオレンジでは、Fe2+イオン施用区における、Ca、S、B、Fe、Cuの減少の度合いは、無処理区におけるそれと比較して小さかった。特に、Fe2+イオン施用区におけるFeの減少の度合いは、無処理区におけるそれの半分に満たなかった。
【0049】
【0050】
上の表は、2020年1月(冬季)から2020年6月(夏季)にかけての樹木の葉に含まれる成分の変化率を示す。バレンシアオレンジでは、夏季から冬季にかけての変化の反対の現象が見られた。すなわち、PとKが減少し、それ以外の成分は増加した。バレンシアオレンジでは、Fe2+イオン施用区における、Ca、S、B、Zn、Mn、Fe、Cuの増加率が無処理区のそれと比較して小さかった。特に、SとCuはマイナスの値となっており、冬季から夏季にかけて減少した。ハムリンオレンジでは、Fe2+イオン施用区における、N、K、S、Bの増加率が無処理区のそれと比較して小さかった。
【0051】
【0052】
上の表は、2019年6月(夏季)から2020年6月(夏季)にかけての1年間の樹木の葉に含まれる成分の変化率を示す。バレンシアオレンジ及びハムリンオレンジのいずれも、無処理区において、ほとんどの成分が減少傾向にあった。バレンシアオレンジでは、Fe2+イオン施用区におけるBとFeの減少が大きかった。ハムリンオレンジでは、Fe2+イオン施用区において、Mgが増加し、Feは減少した。
【0053】
興味深いことに、Fe2+イオン施用区の樹木では、葉の栄養素の移動の挙動に違いが確認された。HLBは、栄養素の樹木内における移動が阻害される病気である。このため、Fe2+イオンの施用によって、HLBの病原菌に抵抗するために、栄養素の移動が正常化し始めている可能性がある。
【0054】
【0055】
上の表は、2020年6月(夏季)から2021年1月(冬季)にかけての樹木の葉に含まれる成分の変化率を示す。バレンシアオレンジでは、いずれの実験区の間にも有意な差は認められなかった。ハムリンオレンジでは、Fe2+イオン施用区におけるBの増加率が、無処理区のそれと比較して大きく、有意な差が認められた。HLBに罹患した葉は、Bの使用量が多いと考えられている。しかしながら、Fe2+イオンの施用によってBが積極的に取り込まれ、Bが顕著に増加した可能性がある。
【0056】
6)病原菌の定量
【0057】
【0058】
上の表は、Candidatus Liberibacter asiaticus(cLas)の半定量結果(リアルタイム定量PCRのCt値)を示す。この表から明らかなように、いずれの実験区でも病原菌の量に有意差は認められなかった。Fe2+イオンは、病原菌を殺菌するのではなく、HLBの症状を緩和する遺伝子発現を誘発している可能性がある。また、実農園の環境で栽培していることから、ミカンキジラミが順次樹木を攻撃するため、HLBが治癒する間もなく病原菌の感染を繰り返している可能性もある。
【0059】
7)樹冠容積及び樹冠密度
【0060】
【0061】
上の表は、2019年6月、2020年1月及び2020年6月における、樹木の樹冠容積(m3)と、各期間での変化量を示す。柑橘の樹木は、地上部の樹冠が成長しているときには地下部の根の成長が止まる性質があり、地下部の根が成長しているときは地上部の樹冠の成長が止まる性質があることを念頭に置く必要がある。無処理区のバレンシアオレンジでは、上述したように根密度が減少しており、地上部の成長に炭水化物が使われたと考えられる。Fe2+イオン施用区のバレンシアオレンジは、根も樹冠も成長した。無処理区のハムリンオレンジは、上述したように根密度の増加が認められる一方、樹冠容積は減少した。Fe2+イオン施用区のハムリンオレンジは、根も樹冠も成長した。
【0062】
【0063】
上の表は、2020年6月から2021年1月の樹冠容積の変化率を示す。いずれの実験区でも樹冠容積に有意差は認められなかった。
【0064】
【0065】
上の表は、2019年6月及び2020年6月における、樹木の樹冠密度と1年間の変化量を示す。いずれの実験区でも樹冠密度に有意差は認められなかった。