(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023134940
(43)【公開日】2023-09-28
(54)【発明の名称】被処理水の生物学的浄化方法およびシステム
(51)【国際特許分類】
C02F 1/62 20230101AFI20230921BHJP
C02F 1/64 20230101ALI20230921BHJP
C02F 3/34 20230101ALI20230921BHJP
【FI】
C02F1/62 Z
C02F1/64 Z
C02F3/34 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022039881
(22)【出願日】2022-03-15
(71)【出願人】
【識別番号】504117958
【氏名又は名称】独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】濱井 昂弥
(72)【発明者】
【氏名】正木 悠聖
【テーマコード(参考)】
4D038
4D040
【Fターム(参考)】
4D038AA08
4D038AB66
4D038AB68
4D038AB69
4D038AB70
4D038AB71
4D038AB74
4D038AB80
4D038BB18
4D038BB19
4D040DD03
4D040DD11
4D040DD31
(57)【要約】
【課題】被処理水の安定的・継続的な処理の制御が容易である、重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水の生物学的浄化方法およびシステムを提供する。
【解決手段】重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水の生物学的浄化方法であって、嫌気状態が維持された処理容器に収容された硫酸還元菌を担持する穀物殻を含有する生物学的浄化剤に、被処理水を通水し、硫酸還元菌により硫酸イオンを還元して硫化水素イオンを生成し、硫化水素イオンと重金属イオンとを反応させて硫化物を沈殿させることによって、被処理水から重金属イオンが除去された処理後水を得ること、ならびに硫酸還元菌を活性化させるための栄養源としての液状有機物を処理容器内へ供給することを含み、液状有機物の供給量を調整し、被処理水中の硫酸イオンの還元度合を制御する生物学的浄化方法、および、これに対応するシステムが開示される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水の生物学的浄化方法であって、
嫌気状態が維持された処理容器に収容された硫酸還元菌を担持する穀物殻を含有する生物学的浄化剤に、前記被処理水を通水し、前記硫酸還元菌により前記硫酸イオンを還元して硫化水素イオンを生成し、硫化水素イオンと前記重金属イオンとを反応させて硫化物を沈殿させることによって、前記被処理水から前記重金属イオンが除去された処理後水を得ること、ならびに
前記硫酸還元菌を活性化させるための栄養源としての液状有機物を前記処理容器内へ供給すること
を含み、
前記液状有機物の供給量を調整し、前記被処理水中の前記硫酸イオンの還元度合を制御する、
生物学的浄化方法。
【請求項2】
前記液状有機物が少なくとも1種のアルコールを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記少なくとも1種のアルコールが、メタノール、エタノールおよびプロパノールのいずれか1種または複数種を含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記被処理水および前記液状有機物の供給による処理開始の直後における前記処理後水のTOC(全有機炭素)が100mg/L未満である、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記液状有機物の供給量を調整し、前記被処理水中の前記硫酸イオンの還元度合を制御することによって、所定値より大きい余剰量の硫化水素イオンを含む処理後水を得ること、ならびに
当該処理後水と、新たに供給された重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水とを混合することによって、当該被処理水に含まれる前記重金属イオンを含む硫化物を沈殿させることを含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水の生物学的浄化システムであって、
硫酸還元菌を担持する穀物殻を含有する生物学的浄化剤が収容され、嫌気状態が維持された処理容器と、
前記被処理水および前記硫酸還元菌を活性化させるための栄養源としての液状有機物を共に前記処理容器内へ供給するための供給系と、
前記硫酸還元菌により前記硫酸イオンを還元して硫化水素イオンを生成し、硫化水素イオンと前記重金属イオンとを反応させて硫化物を沈殿させることによって、前記被処理水から前記重金属イオンが除去された処理後水を、前記処理容器から排出する排出系とを含み、
前記液状有機物の供給量を調整し、前記被処理水中の前記硫酸イオンの還元度合を制御する手段を含む、
生物学的浄化システム。
【請求項7】
前記液状有機物が少なくとも1種のアルコールを含む、請求項6に記載のシステム。
【請求項8】
前記少なくとも1種のアルコールが、メタノール、エタノールおよびプロパノールのいずれか1種または複数種を含む、請求項7に記載のシステム。
【請求項9】
前記液状有機物の供給量を調整し、前記被処理水中の前記硫酸イオンの還元度合を制御することによって所定値より大きい余剰量の硫化水素イオンを含む処理後水を得る手段、ならびに
当該処理後水と、新たに供給された重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水とを混合することによって、当該被処理水に含まれる前記重金属イオンを含む硫化物を沈殿させる手段を含む、請求項6~8のいずれか1項に記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水中の重金属イオンを除去するための生物学的浄化方法および生物学的浄化システムに関する。特に、本発明は、坑廃水のいわゆるパッシブトリートメントのために有効に活用され得る、硫酸還元菌を担持する穀物殻を含有する生物学的浄化剤を用いた連続的かつ制御された生物学的浄化方法および生物学的浄化システムに関する。
【背景技術】
【0002】
金属鉱山の坑廃水のような鉱山由来の排水や、工業用排水などの各種排水には、一般的に、Fe、Zn、Cu、Pb、Cd、As等の種々の重金属イオンが含まれており、さらに硫酸イオン(SO4
2-)も含まれていることがある。これらの重金属イオンの中には人体や環境に有害な影響を及ぼすものが多数存在する。このため、これらの重金属イオンを含有する水を排出する際には、各国ごとに定められた排水基準を満足させるための処理が必要となる。
【0003】
このような排水を被処理水とし、被処理水中に含まれる重金属イオンを除去する手段としては、例えば、消石灰や炭酸カルシウム等のアルカリ剤を添加することによって被処理水を中和し、これにより、重金属イオンを水酸化物や炭酸化物として沈殿させる方法や、硫化水素などの硫化剤を被処理水に添加し、これにより、重金属イオンを硫化物として沈殿させる方法などが挙げられる。
しかし、例えばアルカリ剤を添加する方法では、電気モーター等で撹拌しながら被処理水を中和する中和処理工程と、中和処理によって生じた沈殿物を分離する固液分離処理工程とが必要になる場合があり、電力消費及び固液分離作業等に伴うコストが問題となる。また、硫化剤を添加する方法は、有毒ガスである硫化水素を積極的に発生させることになり、安全管理上の負担が大きいという欠点がある。
【0004】
このように重金属イオンと反応する薬剤を投与することで直接的に被処理水の処理を行ういわゆるアクティブトリートメントは、薬剤、電力、管理人員を常時必要とし、頻繁なメンテナンスも求められるため、高いコストを生じることになる。そこで、処理費用の削減やエネルギー消費低減を目的とし、微生物によって重金属を沈殿除去させることや、植物によって重金属をろ過・吸収することなど、自然の浄化作用を活用して被処理水の処理を行ういわゆるパッシブトリートメント技術の研究が行われている。
【0005】
このようなパッシブトリートメント技術の例として、特許文献1には、重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水中の重金属イオンを長期間にわたって除去可能とするとともに、処理水の有機物汚染を抑制することが可能な、未使用バイオマス資源を用いた生物学的浄化方法が開示されている。
より具体的に、特許文献1には、被処理水の生物学的浄化方法として、硫酸還元菌を担持する穀物殻を含有する生物学的浄化剤を、予め被処理水によって水封及び静置することで、穀物殻に付着した硫酸還元菌を嫌気状態で培養し、その後、生物学的浄化剤に被処理水を嫌気状態で連続的に通水することにより、硫酸還元菌を用いて重金属イオンの硫化物を析出・沈殿させて、重金属イオンを被処理水から除去することが記載されている。
【0006】
また、特許文献2には、水温15℃以下の低温を含む広い温度範囲の環境においても被処理水中の重金属イオンを長期間にわたって十分に除去することができるように、特許文献1の技術を改良した生物学的浄化方法が開示されている。より具体的に、特許文献2の被処理水の生物学的浄化方法は、穀物殻に担持された硫酸還元菌の栄養源として、酒粕、おから、米ぬか、茶葉、ミヤコグサ、チモシーおよびクローバーより選択された有機物含有材料を用いることを特徴とする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5773541号公報
【特許文献2】特許第5761884号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上述の従来技術において最良とされている米ぬか等を硫酸還元菌の栄養源として用いる被処理水の生物学的浄化方法においては、できるだけ長期間に渡って硫酸還元菌による浄化処理を行うために、処理槽内に、処理開始時あるいはその後の複数回に分けて米ぬか等をバッチで大量に投入する必要がある。このように米ぬか等を処理槽内にバッチで大量投与することにより、硫酸還元菌による米ぬか等の過剰分解に起因するバイオフィルムが発生することが頻繁にある。バイオフィルムが多量に発生した場合には、処理槽内の透水性の悪化、処理水の排出系の詰まり、被処理水の水位の上昇などの操作上の不具合が生じ、被処理水の長期間に渡る安定した浄化処理の継続が困難になり得る。
また、環境中に排出される処理水の排水基準は法令によって定められており、例えば、COD(化学的酸素要求量:水中の有機物を酸化剤で酸化した際に消費される酸素の量であり、湖沼、海域の有機 汚濁を測る代表的な指標である)の排出基準は、許容限度が160mg/L(日間平均120mg/L)である。ところが、被処理水の生物学的浄化方法において米ぬか等を硫酸還元菌の栄養源として用いる場合、特に上述のように米ぬか等を処理槽内にバッチで大量投与する場合には、処理槽内への栄養源の投入直後の初期CODが排出基準を超えて上昇し、排出基準を満たすまでに時間を要することがあるため、別途プールしておいて希釈するなどの処理を行う必要が生じ得る。
【0009】
従って、本発明の目的は、バイオフィルムの発生が効果的に抑制され、硫酸還元菌の栄養源を処理系内に投与した直後における初期CODの上昇が小さく、かつ被処理水の安定的かつ継続的な処理のための制御が容易である、重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水の生物学的浄化方法および浄化システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
鋭意研究した結果、本発明者は、意外なことに、硫酸還元菌を活性化させるための栄養源として液状有機物を用い、この液状有機物を被処理水と共に処理容器内へ供給することで、重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水の生物学的浄化を行い、ここで、液状有機物の供給量を調整し、被処理水中の硫酸イオンの還元度合を制御することによって(換言すれば、重金属イオンとの反応処理後の処理後水に含まれる硫化水素イオンが継続的に所定の目標範囲内の余剰量に調整されるように、被処理水に含まれる重金属イオンの濃度に応じて液状有機物の濃度を略一定に設定することによって)、上記目的に適った生物学的浄化を行うことが可能であることを見出し、本発明を完成させた。
なお、本明細書において被処理水中の「硫酸イオンの還元度合を制御する」とは、硫酸還元菌が栄養源である液状有機物と被処理水中の硫酸イオン(SO4
2-)とを取り込んで硫酸イオンを還元し、硫化水素イオン(HS-)を生成する反応の進行度合を指す。この還元反応の進行度合は、当該反応により生成された硫化水素イオン(HS-)が被処理水中の重金属イオンと化合した後に被処理水中に残留している硫化水素イオンの濃度を測定することによって評価され得る。
【0011】
上記目的を達成するための本発明の一態様は、以下のとおりである。
重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水の生物学的浄化方法であって、
嫌気状態が維持された処理容器に収容された硫酸還元菌を担持する穀物殻を含有する生物学的浄化剤に、前記被処理水を通水し、前記硫酸還元菌により前記硫酸イオンを還元して硫化水素イオンを生成し、硫化水素イオンと前記重金属イオンとを反応させて硫化物を沈殿させることによって、前記被処理水から前記重金属イオンが除去された処理後水を得ること、ならびに
前記硫酸還元菌を活性化させるための栄養源としての液状有機物を前記処理容器内へ供給すること
を含み、
前記液状有機物の供給量を調整し、前記被処理水中の前記硫酸イオンの還元度合を制御する、
生物学的浄化方法。
【0012】
また、上記目的を達成するための本発明の他の一態様は、以下のとおりである。
重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水の生物学的浄化システムであって、
硫酸還元菌を担持する穀物殻を含有する生物学的浄化剤が収容され、嫌気状態が維持された処理容器と、
前記被処理水および前記硫酸還元菌を活性化させるための栄養源としての液状有機物を共に前記処理容器内へ供給するための供給系と、
前記硫酸還元菌により前記硫酸イオンを還元して硫化水素イオンを生成し、硫化水素イオンと前記重金属イオンとを反応させて硫化物を沈殿させることによって、前記被処理水から前記重金属イオンが除去された処理後水を、前記処理容器から排出する排出系とを含み、
前記液状有機物の供給量を調整し、前記被処理水中の前記硫酸イオンの還元度合を制御する手段を含む、
生物学的浄化システム。
【発明の効果】
【0013】
本発明に従う被処理水の生物学的浄化方法およびシステムによれば、硫酸還元菌を活性化させるための栄養源として液状有機物、典型的には、メタノール、エタノールおよびプロパノールのいずれか1種または複数種のアルコールなどを用い、液状有機物の供給量を調整し、被処理水中の硫酸イオンの還元度合を制御することによって(すなわち、処理後水に含まれる硫化水素イオンが所定の目標範囲内の余剰量に調整されるように、重金属イオンの濃度に応じて液状有機物の濃度を略一定に設定することによって)、栄養源の過剰分解に起因するバイオフィルムの発生が効果的に抑制され得ると共に、栄養源を処理系内に投与した直後における初期CODの上昇を小さくすることができ、更には、被処理水の安定的かつ継続的な処理のための制御が容易であるという優れた利点が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、本発明の第1の実施形態に係る生物学的浄化処理装置の概略図である。
【
図2】
図2は、本発明の第2の実施形態に係る生物学的浄化処理方法の好ましい一例の簡略化したプロセスフローである。
【
図3】
図3は、後述の実施例1にて、硫酸還元菌の栄養源であるエタノールの供給を所定の一定濃度に設定した際の、処理開始からの経過時間(日数)に対する処理後水中の亜鉛イオン濃度の推移を表すグラフである。
【
図4】
図4は、後述の実施例1にて、エタノールの供給を所定の一定濃度に設定した際の、処理開始からの経過時間(日数)に対する処理後水中の硫化水素イオン(HS
-)濃度の推移を表すグラフである。
【
図5】
図5は、後述の実施例1にて、エタノールの供給を所定の一定濃度に設定した際の、処理開始からの経過時間(日数)に対する処理後水の全有機炭素(TOC)の推移を表すグラフである。
【
図6】
図6は、後述の実施例1にて、エタノールの供給を所定の一定濃度に設定した際の、処理前後の硫酸イオン(SO
4
2-)濃度の差分の推移に対する処理前後の全有機炭素(TOC)の差分の推移を表すグラフである。
【
図7】
図7は、後述の比較例1にて、硫酸還元菌の栄養源である米ぬかを3回に分けてバッチで大量供給した際の、処理開始からの経過時間(日数)に対する処理後水の全有機炭素(TOC)の推移を表すグラフである。
【
図8】
図8は、後述の実施例2にて、大きな余剰量の硫化水素イオンを含む処理後水と新たに供給された被処理水とを単に混合した際の、混合比率(処理後水の体積:被処理水の体積)に対する混合処理後の各イオン濃度の変化を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態(第1および第2の実施形態)について説明する。本発明は以下の実施形態の記載によって限定されるものではない。なお、本発明に係る重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水の生物学的浄化システムは、本発明に係る被処理水の生物学的浄化方法を実現するための構成要素を含むシステムであり、両者は実質的に共通する技術的事項を備えるため、以降では、主に生物学的浄化方法の観点から説明を行う。
【0016】
第1の実施形態に係る重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水の生物学的浄化方法は、嫌気状態が維持された処理容器に収容された硫酸還元菌を担持する穀物殻を含有する生物学的浄化剤に、前記被処理水を通水し、前記硫酸還元菌により前記硫酸イオンを還元して硫化水素イオンを生成し、硫化水素イオンと前記重金属イオンとを反応させて硫化物を沈殿させることによって、前記被処理水から前記重金属イオンが除去された処理後水を得ること、ならびに、前記硫酸還元菌を活性化させるための栄養源としての液状有機物を、前記被処理水と共に前記処理容器内へ供給することを含む。
本明細書における「被処理水」は、生物学的浄化剤による浄化処理、すなわち重金属イオンの除去処理を施す前の水を意味し、また「処理後水」は、当該浄化処理後の水を意味する。被処理水は、重金属イオン及び硫酸イオンを含有するものである限りは特に限定されず、例えば、金属鉱山の坑廃水のような鉱山由来の排水や、工業用排水などを挙げることができる。例えば、我が国(日本国)の金属鉱山の坑廃水は、一般に、Fe、Zn、Cu、Pb、Cd、As等の重金属イオンを含有し、さらに、硫酸イオン(SO4
2-)も50~3000mg/L程度含有している。被処理水のpHは、特に限定されないが、通常2.5~8.0程度のpHであってよい。
【0017】
本明細書における処理対象である「重金属」は、下記反応式(B)により硫化物として析出・沈殿させることができるものであれば、特に限定されない。重金属としては、上述のとおりFe、Zn、Cu、Pb、Cd、As等を挙げることができる。なお、日本における重金属イオンの排水基準は、水質汚濁防止法(平成二十九年六月二日法律第四十五号)及び排水基準を定める省令(令和元年十一月十八日環境省令第十五号)によって定められている。この基準値は例えば、Cdイオン:0.03mg/L、Pbイオン:0.1mg/L、Znイオン:2mg/L、Cuイオン:3mg/L、Asイオン:0.1mg/Lである。非限定的な一例として、上限が、Cdイオン:0.06mg/L、Pbイオン:0.14mg/L、Znイオン:18mg/L、Cuイオン:4.5mg/L、Feイオン:10mg/L程度の含有量の被処理水であれば、本実施形態の生物学的浄化処理によって基準値以下の重金属イオンを含む処理水へと浄化することができると理解されている。
【0018】
本明細書において被処理水に含まれる硫酸イオンの濃度は、特に限定されないが、例えば、1mg/L以上、5mg/L以上、10mg/L以上、20mg/L以上、30mg/L以上、40mg/L以上、または50mg/L以上であってよい。
【0019】
本明細書における「硫酸還元菌」は、主に中性域(pH5~8)で活動する嫌気性細菌であって、液状有機物を栄養源(エネルギー源)として活動し、硫酸を還元する菌であればよい。硫酸還元菌としては、公知のいずれのものであってもよく、特に限定はされないが、例えばDesulfovibrio vulgarisや、Desulfosporosinus sp.等が挙げられる。
【0020】
硫酸還元菌は、通常、坑廃水や工業用排水などの被処理水中に存在しているため、系外から硫酸還元菌を添加する必要はない。代替的には、系外から、さらに硫酸還元菌を付加してもよい。
【0021】
硫酸還元菌は、被処理水中の硫酸イオンを還元して硫化水素イオンを生成するように作用する。この硫化水素イオンと被処理水中の重金属イオンとが反応し、重金属イオンの硫化物が析出する。これにより、被処理水中の重金属イオンが硫化物として析出・沈殿することで、重金属イオンの除去が行われる。
すなわち、本実施形態において、硫酸還元菌は、液状有機物と硫酸イオン(SO4
2-)を取り込み、以下に示す反応式(A)のように硫酸イオンを還元し、硫化水素イオン(HS-)を吐き出す作用を有する。
2CH2O+SO4
2- → 2HCO3
-+HS-+H+ ・・・(A)
(但し、CH2Oは、栄養源である液状有機物を示す。)
【0022】
上記反応式(A)の還元反応(右方向の反応)が進むと、硫化水素イオン(HS-)が生成し、この生成した硫化水素イオン(HS-)が被処理水中の重金属イオンと化合して、以下に示す反応式(B)のように、重金属イオンを硫化物として沈殿させて無害化することができる。
Me2++HS- → MeS↓+H+ ・・・・(B)
(但し、Me2+は重金属イオンを示す(2価イオンを例示)。)
【0023】
浄化処理に先立って、硫酸還元菌を担持する穀物殻を被処理水と共に嫌気状態で、例えば約15~30℃程度の水温で静置することで硫酸還元菌を事前に馴養(あるいは培養/活性化)してもよい。あるいは、そのような硫酸還元菌の事前馴養を省いてもよい。
【0024】
本実施形態の被処理水の生物学的浄化処理においては、硫酸還元菌を活性化させるための栄養源としての液状有機物を、被処理水と共に処理容器内へ好ましくは連続的に供給する。
このように硫酸還元菌の栄養源としての液状有機物を処理容器内へ好ましくは連続的に供給し、これと同時に被処理水を処理容器内へ好ましくは連続的に供給することによって、上述の従来技術において米ぬか等をバッチで大量に投入する場合に生じる不都合であるバイオフィルムの発生や、栄養源の投入直後の初期CODの大幅な上昇が抑制され、長期的に安定した被処理水の処理が可能になる。
【0025】
本明細書における「液状有機物」は、硫酸還元菌が上記作用を行うための栄養源として機能し、かつ、生物学的浄化処理が実際に実施される環境における通常の温度にて(好ましくは、少なくとも室温付近にて、典型的には-10℃以上40℃以下にて)大気圧下で液体状態を保持可能な有機物である限りは、特に限定されない。
液状有機物は、好ましくは少なくとも1種のアルコールを含んでいてよい。アルコールとしては特に限定されないが、例えば炭素数が8以下の直鎖状、分枝鎖状、環状アルコールであってよい。
アルコールは、メタノール、エタノールおよびプロパノールのいずれか1種または複数種を含んでいてよく、好ましくはエタノールを含んでいてよい。
本実施形態では、硫酸還元菌の栄養源は、米ぬか、籾殻、干し草、木材チップ、家畜の糞、酒粕、おから、茶葉、ミヤコグサ、チモシーおよびクローバーの溶融物または媒体分散体のいずれも含まないものであってよい。また代替的には、硫酸還元菌の栄養源は、固形の有機物をいずれも含まないものであってよい。
【0026】
被処理水および硫酸還元菌の栄養源である液状有機物の供給方法は、これらが所望の一定の流量で処理容器(反応槽)に供給され得るように設定・調整可能である限りは特に限定されない。被処理水および液状有機物は、別個の配管等の移送路を通ってそれぞれ処理容器に供給され得る。被処理水および液状有機物を供給するための配管等の移送路と、処理容器におけるそれらの導入口との間で後者の方が高い位置に存在する場合は、供給エネルギー(揚力)を付与するために例えば電動ポンプを用いてもよい。
なお、自然利用型パッシブトリートメントシステムにおいては、省力化やコスト削減等の観点からできるだけ電力を用いずに、被処理水および液状有機物の供給から処理系および排出系に至るまで、それらが重力に従って移動可能に構成することが望ましい。そのため、実際の適用フィールドでは電動ポンプを用いないように、配管等の移送路および処理容器の導入口の高さを設定することが好ましい。また、電動ポンプを使用する場合には太陽電池等を活用して電力供給することにより、自然利用型パッシブトリートメントシステムとすることも可能である。
【0027】
本実施形態の被処理水の生物学的浄化処理において使用され得る処理容器(反応槽)は、当該処理の実施が可能であり、被処理水および液状有機物が重力に従って下方に向かって処理容器内を移動する間に生物学的処理(上記反応式(A)および(B)の反応)を進行させることが可能である限りは、形状、材質、容量など特に限定されない。処理容器は、本体と、頂部の蓋体と、底部とから構成されていてよい。処理容器頂部の蓋体は、開封・封止が可能なように構成されていてよい。処理容器の底部は、封止栓を含んでいてよい。本体と頂部の蓋体と底部とから構成されている場合の処理容器の材質は、特に限定されないが、例えば、主に樹脂製であってよく、一部の部材に金属、セラミックス、岩石、粘土等を含んでいてよい。処理容器本体と頂部の蓋体と底部とから構成されている場合の処理容器の本体の形状は、特に限定されないが、縦長または扁平な、略直方体、略立方体、略球状、略円柱状(略円筒状)、またはこれらの組み合わせ等であってよい。また、処理容器は、人工池、人口湿地、大型タンク等とすることもできる。実験室外にて実使用される処理容器の容積は、限定されないが、例えば1m3~1×105m3、10m3~5×104m3または20m3~1×104m3程度であってよい。
【0028】
処理容器には、被処理水および液状有機物のそれぞれの導入口と、処理後水の排出口とが設けられる。処理容器が処理容器本体と頂部の蓋体と底部とから構成されている場合、被処理水および液状有機物のそれぞれの導入口は、蓋体または蓋体の近傍に配置されてよく、処理容器からの排出口は、底部または底部の近傍に配置されてよい。
処理容器が人工池、人口湿地、大型タンク等である場合、嫌気環境保持のため、被処理水および液状有機物のそれぞれの導入口を処理容器の下部に連結し、処理容器内を伏流させる構成とすることもできる。
また、被処理水が地下水である場合には、処理容器を地下に埋設された透過性の反応壁とし、被処理水の供給系および処理後水の排出系の流路および供給・排出エネルギーのために地下水流を利用することもできる。
【0029】
処理容器は、通常、重金属イオンを含む被処理水の浄化剤である硫酸還元菌を担持する穀物殻が層状を成した穀物層を含むことができる。また、処理容器内には、その下部にて穀物層を支持すると共に、容器内固形分の流出防止および排水系の詰まり防止のための手段、典型的には砕石層を設けることが好ましい。処理容器内の硫酸還元菌を担持する穀物殻の穀物層は、穀物殻を所定の位置に安定して保持するため、穀物殻が、例えば、石灰石等の鉱物石と、または石灰石等の鉱物石および土壌と混合されていることが好ましい。穀物殻と石灰石との混合比は、特に限定されないが、例えば1:2~1:10程度の質量比であってよい。
【0030】
本実施形態に従う被処理水の生物学的浄化処理では、処理容器のそれぞれの導入口から、硫酸還元菌を活性化させるための栄養源としての液状有機物および被処理水が共に処理容器中に好ましくは連続的に供給され、被処理水と液状有機物とが混合された状態で穀物層中を重力により下方に進み、その過程で上記反応式(A)および(B)の反応(すなわち、硫酸還元菌が液状有機物を栄養源として硫酸イオンを還元して硫化水素イオン(HS-)が生成し、次いでこの生成した硫化水素イオン(HS-)が被処理水中の重金属イオンと化合して硫化物として析出・沈殿させる反応)が徐々に進行し、処理後水が処理容器の(典型的には底部の)排出口から排出されることになる。
【0031】
本実施形態に係る被処理水の生物学的浄化方法では、液状有機物の供給量を調整し、被処理水中の硫酸イオンの還元度合を制御する。より具体的には、被処理水および液状有機物の供給による処理開始から所定期間の経過時以降、継続的に、処理後水に含まれる硫化水素イオンの重金属イオンとの反応処理後の余剰量が存在しかつ所定の目標範囲内に調整されるように、被処理水に含まれる重金属イオンの濃度に応じて、処理容器内における被処理水および液状有機物の総量に対する液状有機物の濃度を略一定に設定することができる。
このように硫酸還元菌の栄養源として固形状有機物ではなく液状有機物を用いて、液状有機物の供給量を調整し、被処理水中の硫酸イオンの還元度合を制御することによって、より具体的には、重金属イオンとの反応処理後の硫化水素イオンの余剰量がゼロ超の所定の目標範囲内に収まるように、被処理水中の重金属イオンの濃度に応じて液状有機物の供給濃度を略一定に調整・設定することによって、栄養源の過剰分解に起因するバイオフィルムの発生が効果的に抑制され得るのみならず、栄養源を処理系内に投与した直後における初期CODの上昇を小さくすることができる。ひいては、好ましいことに、長期に渡って被処理水を安定的かつ継続的に処理するための制御が容易になる。従って、この生物学的浄化方法を自然利用型パッシブトリートメントシステムに好適に利用することが可能になる。
【0032】
ここでの「被処理水および液状有機物の供給による処理開始」とは、被処理水および液状有機物の両方の処理容器中への供給が開始された時点を指す。
ここでの「所定期間の経過時以降、継続的に」処理後水に含まれる硫化水素イオンの重金属イオンとの反応処理後の余剰量が存在しかつ所定の目標範囲内に調整されることにおける「所定期間」は、短いほど望ましく、通常90日以内であってよく、好ましくは80日以内、70日以内、60日以内、50日以内または40日以内であってよく、より一層好ましくは30日以内であってよい。
また、所定期間の経過後の「継続的」の期間(すなわち安定的操業の継続期間)は、長いほど望ましく、10日以上、20日以上、30日以上、40日以上、50日以上または60日以上が好ましく、70日以上、80日以上、90日以上、100日以上、110日以上または120日以上がより好ましい。
【0033】
ここでの「被処理水中の重金属イオンの濃度に応じて」とは、ある濃度の重金属イオンを含む被処理水を本実施形態に係る浄化方法の処理にかけることによって得られた処理後水における重金属イオンの濃度が、少なくとも上述した法規上の排水基準の上限(Cdイオン:0.03mg/L、Pbイオン:0.1mg/L、Znイオン:2mg/L、Cuイオン:3mg/L、Asイオン:0.1mg/L)以下の結果になるように、被処理水の処理を行うことを意味する。Feイオンの排水基準は上述した法規によって定められていないが、これを除去対象として考慮する場合は少なくとも1mg/L以下となるように、被処理水の処理を行うことが好ましい。
【0034】
本実施形態に係る被処理水の生物学的浄化方法では、上記反応式(B)に従って、硫化水素イオン(HS-)と被処理水中の重金属イオンとの反応が進行し、それによって重金属イオンを含む硫化物が析出・沈殿して無害化されるに至る。そのため、ここで「処理後水に含まれる硫化水素イオンの重金属イオンとの反応処理後の余剰量」が存在することは、当該反応処理が成功裏に進行していることを意味する。従って、被処理水および液状有機物の供給(好ましくは連続的供給)による処理開始から、処理後水における重金属イオンの濃度が上述した所定の上限以下に達するまでに要する時間の好ましい範囲は、上述の「所定期間」と同様に短いほど望ましく、通常90日以内であってよく、好ましくは80日以内、70日以内、60日以内、50日以内または40日以内であってよく、より一層好ましくは30日以内であってよい。
【0035】
上述のとおり、硫酸還元菌の栄養源である液状有機物は、好ましくは、炭素数が8以下の直鎖状、分枝鎖状、環状アルコールである少なくとも1種のアルコールを含んでいてよい。アルコールは、メタノール、エタノールおよびプロパノールのいずれか1種または複数種を含んでいてよく、好ましくはエタノールを含んでいてよい。より好ましくは、液状有機物はエタノールのみであってよい。一実施形態において、液状有機物は90質量%以上100質量%未満のエタノールおよび0質量%超10質量%以下の他のアルコール(例えばメタノールまたはプロパノール)を含んでいてよい。別の一実施形態において、液状有機物は95質量%以上100質量%未満のエタノールおよび0質量%超5質量%以下の他のアルコール(例えばメタノールまたはプロパノール)を含んでいてよい。実質的にエタノールのみからなる液状有機物を硫酸還元菌の栄養源として用いた場合に、バイオフィルム発生抑制、初期CODの上昇抑制、および長期に渡たる被処理水の安定的かつ継続的な処理の制御という望ましい利点の全てを最も容易に達成することができる。
【0036】
本実施形態に係る被処理水の生物学的浄化方法によれば、硫酸還元菌の栄養源である液状有機物の濃度を略一定に設定し、好ましくは連続的に処理容器へ供給することによって、処理後水の初期CODの上昇(それに伴う初期TOC:全有機炭素の上昇)が効果的に抑制され得る。当該方法において、被処理水および液状有機物の供給による処理開始の直後における処理後水のTOC(全有機炭素)は、通常150mg/L未満または100mg/L以下であってよく、好ましくは80mg/L以下であってよい。
【0037】
処理容器内における被処理水および液状有機物の総量に対する液状有機物の濃度は、被処理水中の重金属イオンの濃度等に依って、略一定に設定される。より高い液状有機物の濃度は、上記の所定時間をより短くし、かつ重金属イオン濃度が所定の上限以下に達するまでに要する時間が短くなるため好ましい。一方、液状有機物の濃度は、液状有機物の過剰使用によるコスト上昇および炭素資源の浪費防止や、バイオフィルム発生抑制および初期CODの上昇抑制の諸観点から、所定の上限以下に設定することも好ましい。その濃度は、限定されないが、通常1mg/L以上~200mg/L以下であってよく、好ましくは3mg/l以上~100mg/L以下、3mg/l以上~80mg/L以下、5mg/l以上~60mg/L以下、5mg/l以上~40mg/L以下、7mg/l以上~30mg/L以下、または7mg/l以上~20mg/L以下であってよい。処理容器内における被処理水および液状有機物の総量に対する液状有機物の濃度を、上記所定期間から所定期間の経過後の継続的な期間を通じて、当初に設定した略一定の濃度にて継続的に保持することが好ましい。別の一実施形態においては、液状有機物の濃度を、上記所定期間の経過時点あるいは所定期間の経過後のある時点から変更した略一定の濃度にて保持することもできる。
【0038】
処理後水に含まれる硫化水素イオンの重金属イオンとの反応処理後の余剰量の目標範囲は、特に限定されないが、その下限は、通常0mg/L超、好ましくは0.1mg/L以上、0.2mg/L以上、0.3mg/L以上、0.4mg/L以上、0.5mg/L以上、0.6mg/L以上、0.7mg/L以上、0.8mg/L以上、0.9mg/L以上、または1mg/L以上に設定することができる。また、その上限は、通常80mg/L以下、好ましくは70mg/L以下、60mg/L以下、50mg/L以下、40mg/L以下、30mg/L以下、25mg/L以下、20mg/L以下、15mg/L以下、10mg/L以下、または5mg/L以下であってよい。
【0039】
上述のとおり、被処理水および液状有機物の供給による処理開始から重金属イオンとの反応処理後の硫化水素イオンの余剰量がゼロ超の所定の目標範囲内に収まるまでの所定期間は短ければ短いほど良く、かつ、硫化水素イオンの余剰量がゼロ超の所定の目標範囲内に収まっている安定的操業の継続期間は長ければ長いほど良い。本実施形態に係る被処理水の生物学的浄化方法においては、被処理水および液状有機物の供給による処理開始から所定期間の経過時以降、継続的に、硫化水素イオンの余剰量が所定の目標範囲内に収まるように被処理水中の重金属イオンの濃度に応じて液状有機物の供給濃度を略一定に調整・設定するによって、上記所定期間をより短くし、かつ上記安定操業の継続期間をより長くすることができる。
換言すれば、本実施形態に係る被処理水の生物学的浄化方法においては、処理水中の重金属イオンの濃度に応じて硫酸還元菌の栄養源である液状有機物の供給濃度を略一定に調整・設定したときに、被処理水および液状有機物の供給による処理開始からできるだけ短い期間の経過後に、できるだけ長い期間に渡って、硫化水素イオンの余剰量が所定の目標範囲内に収まるように、液状有機物の特定種類を選択し、かつその供給濃度を確定させることが好ましい。
【0040】
ここで「被処理水に含まれる重金属イオンの濃度に応じて」「処理容器内における被処理水および液状有機物の総量に対する液状有機物の濃度を略一定に設定」することとしているのは、例えば、被処理水が金属鉱山の坑廃水のような鉱山由来の排水や、工業用排水などである実施形態において、それらの被処理水の量が経時的にある程度変動することがあるため、処理容器内における被処理水および液状有機物の総量に対する液状有機物の濃度を完全に一定に継続することが、実際の操作として容易でない場合があり得るからである。「略一定」の濃度の範囲としては、特に限定する意図ではないが、例えば当初の設定濃度から約+-20%までの範囲内で、あるいは当初の設定濃度から約+-10%までの範囲内で変動する場合も包含され得る。それでもなお、被処理水の量の経時的な変動が実質的に無い場合、あるいは被処理水の量を経時的に一定にする手段が設けられている場合には、「被処理水に含まれる重金属イオンの濃度に応じて」「処理容器内における被処理水および液状有機物の総量に対する液状有機物の濃度を一定に設定」することは、より好ましい。
【0041】
また、被処理水が金属鉱山の坑廃水のような鉱山由来の排水や、工業用排水などである実施形態において、それらの被処理水の量に加えて、そこに含まれる重金属イオンの濃度も、経時的にある程度変動することがある。この場合、重金属イオンの濃度のある程度の変動により、「被処理水に含まれる重金属イオンの濃度に応じて」「処理容器内における被処理水および液状有機物の総量に対する液状有機物の濃度を略一定に設定」することで、長期間に渡って、処理後水に含まれる硫化水素イオンの重金属イオンとの反応処理後の余剰量を所定の目標範囲内に調整することが実際の操作として容易でない場合があり得る。そこで、本実施形態に係る被処理水の生物学的浄化方法では、被処理水の量およびそれに含まれる重金属イオンの濃度の経時的な変化に対応させて、ある期間毎に(例えば10日、20日、30日、40日、50日、60日、または120日などの所定の期間毎に)液状有機物の濃度を適宜見直して再設定することも好ましい。
【0042】
本実施形態に係る被処理水の生物学的浄化方法/浄化システムを実施するための装置の非限定的な一例が
図1に示されている。
図1における各参照符号として、1は処理容器(反応槽)、2は処理容器の上側蓋部、3は処理容器の底部封止栓、4は処理容器内にて砕石層の上方に配置された穀物層、5は処理容器内にて穀物層の下方に配置されて、穀物層を支持する砕石層、6は被処理水を処理容器へ移送するための移送管、7は被処理水の移送系と処理容器との間に高低差がある場合に配設される被処理水導入用ポンプ、8は液状有機物を処理容器へ移送するための移送管、9は液状有機物の移送系と処理容器との間に高低差がある場合に配設される液状有機物導入用ポンプ、10は反応容器における処理後水を排出するための排出管、そして100は生物学的浄化処理装置の全体を指す。
【0043】
図1において、処理容器1は、略円筒状に形成された透明樹脂製の縦長本体部と、本体上部(頂部)に取外しまたは開閉が可能なように配設された上側蓋部2と、本体下部(底部)に取外しまたは開閉が可能なように配設された底部封止栓3とを備えている。処理容器1の形状は、略円筒状の容器として図示されているが、これに替えて、縦長または扁平な略直方体、略立方体、略球状等であってよい。また、処理容器1の材質は、透明樹脂製以外に、容器の全体または一部において、半透明もしくは非透明の樹脂、金属、セラミックス、岩石、粘土等を含んでいてもよい。自然利用型パッシブトリートメントシステムにおいては、処理容器1は、人工池、人口湿地、大型タンク等で代替され得る。
【0044】
また、
図1において、処理容器1内には、底部にて排出口の上方を覆うように砕石層5が形成され、その上方に、砕石層に支持される形で穀物層4が配置されている。砕石層5は、容器内の固形分の流出を防止し、それによって排水系の詰まりを防止する機能を有する。砕石層5の砕石は、そのような機能を奏する限り特に限定されず、市販のいずれのものを用いてもよい。穀物層4は、処理容器内の硫酸還元菌を担持する穀物殻で構成されている。穀物層の穀物殻は、石灰石等の鉱物石と、または石灰石等の鉱物石および土壌と適当な混合比率にて混合されている。穀物層にて、このように穀物殻が石灰石等の鉱物石などと混合されていることによって、穀物殻が所定の位置に安定して保持され得る。
【0045】
図1に例示された生物学的浄化のための装置において、被処理水Aは、被処理水移送管6を通り、被処理水導入用ポンプ7から付与された揚力を利用し、また液状有機物B(典型的にはエタノール等のアルコール類)は、液状有機物移送管8を通って液状有機物導入用ポンプ9から付与された揚力を利用し、それぞれ上側蓋部2を経由して、連続的に処理容器1内に導入されて、被処理水/液状有機物の混合液Cが形成される。被処理水/液状有機物の混合液Cは、処理容器1の穀物層4中を重力に従って下方に向かって移動し、その生物学的処理(上記反応式(A)および(B)の反応)が徐々に進行する。混合液Cが穀物層4中で生物学的処理を受けて、砕石層5を経由し処理容器1の底部に達した後、処理後液Dが底部封止栓3の排出口を通って排出管10から排出される。
ここで、被処理水Aおよび液状有機物Bの供給による処理開始から所定期間の経過時以降、継続的に、処理後水Cに含まれる硫化水素イオンの重金属イオンとの反応処理後の余剰量が存在しかつ所定の目標範囲内に調整されるように、被処理水Aに含まれる重金属イオンの濃度に応じて、処理容器1内における被処理水Aおよび液状有機物Bの総量に対する液状有機物Bの濃度が略一定に設定される。
【0046】
特に好ましい一実施形態(第2の実施形態)において、被処理水の生物学的浄化方法は、液状有機物の供給量を調整し、被処理水中の前記硫酸イオンの還元度合を制御することによって所定値より大きい余剰量の硫化水素イオンを含む処理後水を取得し、次いで、この処理後水と、新たに供給された重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水とを混合することによって、この被処理水に含まれる重金属イオンを含む硫化物を沈殿させることができる。
より具体的には、当該実施形態の被処理水の生物学的浄化方法は、被処理水および液状有機物の供給(好ましくは連続的供給)による処理開始から所定期間の経過時以降、継続的に、処理後水に含まれる硫化水素イオンの重金属イオンとの反応処理後の余剰量が意図的に所定値より大きい範囲に調整されるように、処理容器内における被処理水および液状有機物の総量に対する液状有機物の濃度を設定して、その所定値より大きい余剰量の硫化水素イオンを含む処理後水を取得し、次いで、好ましくは生物学的浄化剤および液状有機物を別途与えることなく、この処理後水と、新たに供給された重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水とを混合することによって、この被処理水に含まれる重金属イオンを含む硫化物を沈殿させることができる。
【0047】
この実施形態における被処理水、重金属イオン、液状有機物、硫酸還元菌、処理容器、生物学処理のメカニズム等は、上記の第1の実施形態にて説明されたとおりのものと同様であってよい。また、この実施態様における「新たに供給された重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水」は、新たに供給されたものである以外は、上記の被処理水と同様であってよい。
【0048】
この実施形態において、処理後水に含まれる硫化水素イオンの重金属イオンとの反応処理後の余剰量の下限である「所定値」は、新たに供給された被処理水の量やそのイオン含有量、および処理後水と新たに供給された被処理水との混合割合に応じて適宜設定され得る。この「所定値」は、特に限定されないが、通常1mg/L、好ましくは2mg/L、3mg/L、4mg/L、5mg/L、6mg/L、7mg/L、8mg/L、9mg/L、10mg/L、15mg/L、20mg/L、25mg/L、30mg/L、40mg/L、50mg/L、60mg/L、70mg/Lまたは80mg/Lであってよい。
また、当該実施形態において、所定期間の経過後の「継続的」期間は、新たに供給された被処理水との後続の混合処理に必要とされる十分量の硫化水素イオンを含む処理後水が得られる限りは特に限定されないが、例えば、1日以上、2日以上、3日以上、5日以上、10日以上、20日以上、30日以上、40日以上、50日以上、60日以上、70日以上、80日以上または90日以上であってよい。
【0049】
この実施形態において、処理後水と新たに供給された重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水との混合比は、被処理水のイオン組成や処理後水の硫化水素イオンの余剰量に依存して適宜設定することが可能であり、特に限定されない。この処理後水と新たに供給された被処理水との混合比は、例えば10:1~1:50(体積比)であってよく、より典型的には、5:1~1:40、5:1~1:30、5:1~1:20、5:1~1:10、3:1~1:40、3:1~1:30、3:1~1:20、3:1~1:10、1:1~1:40、1:1~1:30、1:1~1:20、または1:1~1:10であってよい。
【0050】
この混合を行うための混合容器は、処理後水と新たに供給された被処理水とを収容可能な容積を有する限りは特に限定されない。混合容器は、上記実施形態にて処理容器(反応槽)の材質として例示されたものと同様の材質で形成されたものであってよい。また、混合容器は、人工池、人口湿地、大型タンク等であってもよい。処理後水および新たに供給された被処理水を混合容器に供給するための配管等の移送路と、混合容器におけるそれらの導入口との間で後者の方が高い位置に存在する場合は、供給エネルギー(揚力)を付与するために例えば電動ポンプを用いてもよい。
【0051】
理解を容易にするため、この実施形態に係る生物学的浄化処理方法の好ましい一例の簡略化したプロセスフローが
図2に示されている。
図2において、
図1に示されたものと同様の生物学的浄化処理装置100から得られた所定値より大きい余剰量の硫化水素イオン(HS
-)を含む処理後水と、新たに供給された重金属イオン及び硫酸イオンを含有する被処理水とが単に混合される。このとき、生物学的浄化剤(
図1にて穀物層5として例示)および液状有機物(
図1にて液状有機物Bとして例示)のいずれも、混合系に別途供給されない。
【0052】
上述したように、上記第1の実施形態に係る被処理水の生物学的浄化方法では、上記反応式(B)に従って硫化水素イオン(HS-)と重金属イオンとが反応し、重金属イオンを含む硫化物が析出・沈殿して無害化されるに至るため、処理後水に含まれる硫化水素イオンの重金属イオンとの反応処理後の余剰量の存在は、この反応処理が成功裏に進行していることを意味するのであるが、逆に言えば、反応処理に活用されていない硫化水素イオンが常に存在することになる。
この好ましい第2の実施形態(上記第1の実施形態の下位概念に属する)によれば、反応処理に活用されていない硫化水素イオンが常に存在するという事実を逆手にとり、意図的に所定値より大きい余剰量の硫化水素イオン(HS-)を含む処理後水を得て、このような大余剰量の硫化水素イオンを含む処理後水を新たに供給された被処理水の処理のために有効に活用することができる。
【0053】
硫酸還元菌は、一般に温度によって活性度が変動するが、室温あるいは周囲環境温度で生物学的処理を行う場合、高温となる夏場により活性度が高くなり(硫化水素イオンの余剰量が大きくなりやすく)、低温となる冬場により活性度が低くなる(硫化水素イオンの余剰量が小さくなりやすい)傾向がある。硫化水素イオンの余剰量が大きい処理後水を排出物として環境中に放出することは、重金属イオンを処理可能な有用物質を廃棄することになる。この好ましい実施形態によれば、大余剰量の硫化水素イオンを含む処理後水を新たに供給された被処理水の処理のために有効活用することができるため、重金属イオンを処理可能な有用物質である硫化水素イオンの無駄な排出を抑制し、すなわち硫化水素イオンの利用効率を高め、高温となる夏場を含めた年間を通じて安定的かつ効率的な処理を行うことが可能になる。また、これによって、一部の被処理水については栄養源としての液状有機物の同時供給を伴う生物学的処理を行いつつも、被処理水の残りについては処理後水との単なる混合処理を行うことによって、処理設備をより小規模化し、例えば、処理容器の容量を数十パーセント程度(例えば30%、40%、50%、60%または70%程度)削減し、それにより処理コストや設備コストを大幅に削減することも可能になるという優れた利点が得られる。
【実施例0054】
以下、実施例に基づき、本発明の効果について、更に詳しく説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0055】
<処理容器の用意>
本実験に使用する処理容器として、透明の塩化ビニル製で直径約10cm、高さ約150cmの円筒型本体を含む容器を用意した(株式会社宮田工業所製)。本処理容器は、容器上部側に上側蓋部、および容器底部側に下部封止栓を備える。上側蓋部には、被処理水よび液状有機物の導入口を設け、それぞれの導入口に対応した移送管およびポンプと導入口とが連通するように構成した。下部封止栓は、排出口を備え、排出口に排出管(排出チューブ)を取り付けて連結することにより、当該排出チューブから処理後水を排出することができる。本実験に使用する溶液(被処理水)として、Cdイオン:0.05mg/L、Znイオン:17mg/L、Cuイオン:4.3mg/L、Feイオン:8.0mg/Lを含有する酸性(pH3.0)の坑廃水である処理原水(鉄を他プロセスで除去したもの)を用いた。まず、生物学的浄化剤を含む層を形成する前に、円筒型容器内の底部に、内容物の流出防止を目的に砕石約400gを充填し、高さ約5cmの砕石層を形成した。砕石は粒径5~13mmの市販品(株式会社日栄薬品工業製)を用いた。
本処理容器には、容器底部の排出口以外に、生物学的浄化剤を含む穀物層に対応する本体の側部(略中間位置)にも採取分析用の取出口を設けた。
【0056】
<生物学的浄化剤を含む穀物層の形成>
砕石層の上に、籾殻870gと石灰石3500gを事前に混合した混合物(4370g/混合重量比約1:4)を充填し、高さ100cmの籾殻層を形成した。籾殻は農家から調達したものを用い、石灰石は粒径13~20mmの市販品(株式会社日栄薬品工業製)を用いた。
【0057】
実施例1
<被処理水及び液状有機物の連続的供給>
前記した構成の処理容器3つを並列に配列した。被処理水の流量を約2.7mL/分とし、液状有機物としてエタノールを用い、被処理水およびエタノールの混合液に対するエタノールの濃度を3つの処理容器のそれぞれについて24mg/L、36mg/L、および48mg/Lに設定した。エタノールと混合された被処理水の処理容器本体中における水位が穀物層の上端から約10cmの位置し、水理学的滞留時間(HRT)が約25時間になるように調整された。
被処理水およびエタノールの混合液に対する濃度を24mg/L、36mg/L、および48mg/Lに設定したエタノールを供給するための3つの処理容器のそれぞれに対して、ポンプを利用して被処理水およびエタノールの各々を処理容器の導入口から連続的に供給した。供給された被処理水およびエタノールは混合液を形成し、これが穀物層中を下方に向かって移動する間に生物学的処理を受けて、砕石層を経由し処理容器の底部に達した後、底部封止栓の排出口を通って処理後液が排出管から排出された。
【0058】
<処理後水中の亜鉛イオン濃度の測定>
被処理水およびエタノールの混合液に対するエタノールの一定濃度を24mg/L、36mg/L、および48mg/Lに設定した場合のそれぞれについて、未ろ過の処理後水中の亜鉛イオン(Zn
2+)濃度(mg/L)をICP-AESを用いて定期的に測定した。エタノール濃度24mg/L、36mg/L、および48mg/Lのそれぞれについて、処理開始からの経過時間(日数)に対する処理後水中の亜鉛イオン濃度の推移を表すグラフを
図3に示す。また
図3には、被処理水(グラフにて「原水」と表示)の亜鉛イオン濃度の推移を比較用に重ねて示している。
図3から、エタノール濃度が48mg/Lの場合は、処理開始から30日以降には殆ど完全に亜鉛イオンを除去することができるようになり、またエタノール濃度が24mg/Lの場合でも、処理開始から60日以降には安定して亜鉛イオンを除去することができるようになったことが分かる。エタノール濃度が大きくなるほど、安定して亜鉛イオンを除去することができるようになるまでの期間は短くなった。
なお、
図3のグラフ内に示していないが、処理容器の本体側部に設けた取出口から採取した中間処理水を採取し、同様に亜鉛イオン濃度の推移を観測したところ、処理後水の亜鉛イオン濃度より全体的にやや高い傾向が見られた(ただしアルコール濃度の大小による影響は同傾向であった)。これは、被処理水/エタノールの混合液が処理容器の穀物層中を重力に従って下方に向かって移動するにつれて、実際に生物学的処理(上記反応式(A)および(B)の反応)が徐々に進行したことを示していると理解される。
【0059】
<処理後水中の硫化水素イオン濃度の測定>
被処理水およびエタノールの混合液に対するエタノールの一定濃度を24mg/L、36mg/L、および48mg/Lに設定した場合のそれぞれについて、未ろ過の処理後水中の硫化水素イオン(HS
-)濃度(mg/L)をメチレンブルー吸光法による硫化物イオン測定法(JIS K0102 2016 39.1)により定期的に測定した。エタノール濃度24mg/L、36mg/L、および48mg/Lのそれぞれについて、処理開始からの経過時間(日数)に対する処理後水中の硫化水素イオン濃度の推移を表すグラフを
図4に示す。本明細書において「硫酸イオンの還元度合を制御する」ことは、硫酸還元菌が栄養源である液状有機物と被処理水中の硫酸イオン(SO
4
2-)とを取り込んで硫酸イオンを還元し、硫化水素イオン(HS
-)を生成する反応の進行度合を指すから、重金属イオンと化合した後に処理後水中に残留している硫化水素イオン濃度をこのように測定することによって、硫酸イオンの還元度合が評価されることになる。
【0060】
図4から、エタノール濃度が48mg/Lの場合は、処理開始から30日ごろに処理後水中に余剰の硫化水素イオンが継続的に生じ始め、その後は約25mg/Lまで漸増した後、60日以降には増減をある程度繰り返しつつも、概ね安定して余剰の硫化水素イオンが生じた。また、エタノール濃度が24mg/Lの場合でも、処理開始から60日ごろには余剰の硫化水素イオンが生じ始め、その後は概ね安定して5mg/L未満の余剰の硫化水素イオンが生じた。エタノール濃度が大きくなるほど、余剰の硫化水素イオンが生じ始めるまでの期間は短くなり、かつその余剰量は大きくなった。
従って、上記被処理水の処理において、エタノール濃度と硫化水素イオンの余剰量とのこのような関係性を考慮すると、例えば、処理後水に含まれる硫化水素イオンの重金属イオンとの反応処理後の余剰量の目標範囲を20mg/L以下に設定する場合、エタノール濃度を48mg/Lより大きい一定値に調整すれば、目標範囲を上回る余剰量の硫化水素イオンが生じてしまう可能性が高いため、エタノール濃度を約48mg/L以下の一定値に調整することが好ましいと判断可能である。また、上記被処理水の処理において、他の例としては、処理後水に含まれる硫化水素イオンの重金属イオンとの反応処理後の余剰量の目標範囲を10mg/L以下に設定する場合、エタノール濃度を24mg/Lより大きい一定値に調整すれば、目標範囲を上回る余剰量の硫化水素イオンが生じてしまう可能性が高いため、エタノール濃度を約24mg/L以下の一定値に調整することが好ましいと判断可能である。
【0061】
<処理後水中の全有機炭素(TOC)の測定>
被処理水およびエタノールの混合液に対するエタノールの一定濃度を24mg/L、36mg/L、および48mg/Lに設定した場合のそれぞれについて、未ろ過の処理後水の全有機炭素(以降にて「TOC」と称する)を分析装置としてTOC計(島津製作所製「TOC-L」)を用いてNPOC法により定期的に測定した。エタノール濃度24mg/L、36mg/L、48mg/Lのそれぞれについて、処理開始からの経過時間(日数)に対する処理後水のTOCの推移を表すグラフを
図5に示す。
図5から、好ましいことに、エタノール濃度が48mg/Lと高い場合においても、処理開始の直後における処理後水のTOCは100mg/L未満であり、その後に一時的な増大はあったものの、全体的な傾向としては漸減した。処理開始から30日以降では20mg/Lを上回ることはなく、60日以降では15mg/Lを上回ることはなかった。
エタノール濃度が24mg/Lと低い場合、処理開始の直後における処理後水のTOCは50mg/L未満であり、その後に一時的な増大はあったものの、全体的な傾向としては漸減した。処理開始から30日以降では15mg/Lを上回ることはなく、60日以降では10mg/Lを上回ることはなかった。エタノール濃度が小さくなるほど、処理開始の直後における処理後水のTOCは低く、その後のTOCも継続的に低かった。
【0062】
<処理前後の硫酸イオンの差分とTOCの差分との関係の評価>
被処理水およびエタノールの混合液に対するエタノールの一定濃度を24mg/L、36mg/L、および48mg/Lに設定した場合のそれぞれについて、処理容器の導入口における被処理水中の硫酸イオン(SO
4
2-)濃度と処理後水中の硫酸イオン(SO
4
2-)濃度との差分(Δ
In-OutSO
4
2-[mg/L])をイオンクロマトグラフィーにより定期的に測定し、また、処理容器の導入口における被処理水のTOCと処理後水のTOCとの差分(Δ
In-OutTOC[mg/L])を、分析装置としてTOC計(島津製作所製「TOC-L」)を用いてNPOC法により定期的に測定した。エタノール濃度24mg/L、36mg/L、48mg/Lのそれぞれについて、処理前後の硫酸イオン(SO
4
2-)の差分(Δ
In-OutSO
4
2-[mg/L])の推移に対する処理前後のTOCの差分(Δ
In-OutTOC[mg/L])の推移を表すグラフを
図6に示す。
図6から、エタノール濃度がいずれの場合も、処理前後の硫酸イオン(SO
4
2-)濃度の差分(Δ
In-OutSO
4
2-[mg/L])が増大するにつれて、処理前後のTOCの差分(Δ
In-OutTOC[mg/L])も増大するという相関関係が(多少の振れ幅はあるが)明確に存在することが分かった。なお、エタノール濃度がいずれの場合も、処理前後の硫酸イオン(SO
4
2-)濃度の差分(Δ
In-OutSO
4
2-[mg/L])がゼロ、すなわち硫酸還元が全く生じていないときでもTOCで5mg/L程度の有機物が消費されていた。
【0063】
<処理容器内におけるバイオフィルム形成の有無の観察>
被処理水およびエタノールの混合液に対するエタノールの一定濃度を24mg/L、36mg/L、および48mg/Lに設定した場合のそれぞれについて、処理容器内のバイオフィルムの発生の有無を経過観察した。いずれのエタノール濃度においても多少のバイオフィルムの形成は確認されたが、好ましいことに透水性を悪化させるものではなく、少なくとも200日の間水位上昇等は見られなかった。
【0064】
比較例1
実施例1にて上述した1つの処理容器、および上述した酸性の坑廃水である処理原水を被処理水として用意した。また、硫酸還元菌の栄養源として、事前に被処理水(処理原水)で浸漬した米ぬかを4トン用意し、ほぼ等量の3回に分けてバッチで米ぬかを処理容器内に投入し、次いで米ぬかの浸漬液も反応容器に投入した。被処理水の供給は、実施例1について上述したとおりの流量にて連続的に行った。
被処理水の連続的供給および米ぬかの最初のバッチ投入による処理開始からの経過時間(日数)に対する処理後水のTOCの推移を表すグラフを
図7に示す。
【0065】
図7に示されるように、処理開始の直後における処理後水のTOCは、750mg/Lと非常に高かった。また処理開始の直後における処理後水のBODは1500mg/L、CODは690mg/Lと、これらも高い値であった(160mg/L;日間平均120mg/LというCODの排出基準を大幅に上回っていた)。この例では、処理後水のTOCが安定して50mg/Lを下回るようになるまでに50日超の期間が必要であった。処理開始から100日超を経過後、バイオフィルムが徐々に形成され、透水性が少しずつ低下した。
【0066】
実施例2
被処理水(pH3.7、Cdイオン:0.04mg/L、Pbイオン:0.8mg/L、Znイオン:6.2mg/L、Cuイオン:8.0mg/L、Feイオン:0.1mg/L程度)と、一定のエタノール濃度の添加で処理を行った処理後水(pH7.0、硫化水素イオン10mg/L程度)を用いた。
上記の硫化水素イオンの余剰量が約10mg/Lである処理後水400mlと、上記の新たに供給された被処理水100mlとを、混合比4:1にて容器中に混合した。このとき、生物学的浄化剤および栄養源であるエタノールを容器に導入せずに、単に混合し放置した。約1分間放置した後、上記の各イオン濃度(mg/L)をICP-AESにより測定した。さらに、処理後水と新たに供給された被処理水との混合比を、375ml:125ml(3:1)、330ml:165ml(2:1)、250ml:250ml(1:1)、165ml:330ml(1:2)、125ml:375ml(1:3)、100ml:400ml(1:4)、80ml:400ml(1:5)、70ml:420ml(1:6)、60ml:420ml(1:7)に、それぞれ変更して、上記同様に混合し放置した後に、各イオン濃度(mg/L)をICP-AESにより測定した。
新たに供給された被処理水、および上記の各混合比における混合・放置後の各イオン濃度(mg/L)を
図8に示す。
【0067】
図8に示されているように、処理後水に対する新たに供給された被処理水の混合比が4:1から1:3に至るまで(すなわち3倍量の新たに供給された被処理水を混合した場合まで)、単なる混合処理によって亜鉛イオン等の重金属イオンの除去が完全に行われていたことが分かった。処理後水に対する新たに供給された被処理水の混合比を1:4とした場合(すなわち4倍量の新たに供給された被処理水を混合した場合)には、亜鉛イオンが3mg/L程度検出されたが、それ以外の重金属イオンは検出されなかった。処理後水に対する新たに供給された被処理水の混合比を1:5以上に増大させた場合には、さらに亜鉛イオンの検出量が増加した。
本実験では、硫化水素イオンの余剰量が比較的小さい約10mg/Lの処理後水を用いたが、硫化水素イオンの余剰量をさらに大きくすることで、このような単なる混合処理によって、より多量の新たに供給された被処理水の重金属イオン除去が可能になると当然に予想される。