(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023135211
(43)【公開日】2023-09-28
(54)【発明の名称】フラックスゲート磁界センサ、およびフラックスゲート磁界センサにおける出力の変化傾向の確認方法
(51)【国際特許分類】
G01R 33/04 20060101AFI20230921BHJP
【FI】
G01R33/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022040305
(22)【出願日】2022-03-15
(71)【出願人】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100181124
【弁理士】
【氏名又は名称】沖田 壮男
(72)【発明者】
【氏名】村田 直史
【テーマコード(参考)】
2G017
【Fターム(参考)】
2G017AA01
2G017AB05
2G017AD42
2G017AD44
2G017BA03
2G017BA05
2G017BA08
2G017BA13
(57)【要約】
【課題】小型で高精度なフラックスゲート磁界センサ、およびフラックスゲート磁界センサにおける出力の変化傾向の確認方法を提供すること。
【解決手段】励磁磁界と外部磁界とが発生される磁性コアと、磁化された磁性コアの磁界に応じたピックアップ信号を出力するピックアップコイルとを有するセンサ部と、極性を所定の周期で反転させた直流バイアス電流に交流電流を重畳させた励磁電流を磁性コアに供給する励磁電流供給部と、ピックアップ信号に含まれる基本波成分を抽出した基本波ピックアップ信号を出力する基本波成分抽出部と、交流電流と同じ周波数の矩形波の参照信号を生成する参照信号生成部と、設定された移相量に基づいて、基本波ピックアップ信号と参照信号との位相関係を調節する移相部と、参照信号を参照して基本波ピックアップ信号を同期検波した検波信号を出力する同期検波部と、検波信号に応じた出力信号を出力する出力部と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
供給された励磁電流に応じた励磁磁界と計測対象の外部磁界とが発生される細長い磁性体ワイヤからなる磁性コアと、前記磁性コアの周囲に巻回され、磁化された当該磁性コアの磁界に応じたピックアップ信号を出力するピックアップコイルとを有するセンサ部と、
極性を所定の周期で反転させた直流バイアス電流に交流電流を重畳させた前記励磁電流を前記磁性コアに供給する励磁電流供給部と、
前記ピックアップ信号に含まれる、前記交流電流の周波数を表す基本波成分を抽出した基本波ピックアップ信号を出力する基本波成分抽出部と、
前記交流電流と同じ周波数の矩形波の参照信号を生成する参照信号生成部と、
設定された前記基本波ピックアップ信号と前記参照信号との位相関係を表す移相量に基づいて、前記基本波ピックアップ信号と前記参照信号との位相関係を調節する移相部と、
前記参照信号を参照して前記基本波ピックアップ信号を同期検波した検波信号を出力する同期検波部と、
前記検波信号に応じた出力信号を出力する出力部と、
を備えるフラックスゲート磁界センサ。
【請求項2】
前記基本波成分抽出部は、前記ピックアップ信号に含まれる高調波成分を減衰させることにより、前記交流電流の周期と同一の周期の前記基本波成分を表す前記基本波ピックアップ信号を出力するローパスフィルタである、
請求項1に記載のフラックスゲート磁界センサ。
【請求項3】
前記高調波成分は、少なくとも、三次高調波成分である、
請求項2に記載のフラックスゲート磁界センサ。
【請求項4】
前記交流電流は、前記直流バイアス電流の周期と同一の周期で、極性を反転させたものである、
請求項1から請求項3のうちいずれか1項に記載のフラックスゲート磁界センサ。
【請求項5】
前記移相部は、前記基本波ピックアップ信号のうち、前記直流バイアス電流の反転周期に対応する正の極性で得られる波形と、負の極性で得られる波形とを均衡させた割合でそれぞれ同期検波されるように設定された前記移相量に基づいて、前記基本波ピックアップ信号と前記参照信号との位相関係を調節する、
請求項4に記載のフラックスゲート磁界センサ。
【請求項6】
前記移相部は、前記出力信号の温度係数が実質的に最小となるように設定された前記移相量に基づいて、前記基本波ピックアップ信号と前記参照信号との位相関係を調節する、
請求項1から請求項5のうちいずれか1項に記載のフラックスゲート磁界センサ。
【請求項7】
前記移相部は、前記出力信号の経時変化が実質的に最小となるように設定された前記移相量に基づいて、前記基本波ピックアップ信号と前記参照信号との位相関係を調節する、
請求項1から請求項6のうちいずれか1項に記載のフラックスゲート磁界センサ。
【請求項8】
供給された励磁電流に応じた励磁磁界と計測対象の外部磁界とが発生される細長い磁性体ワイヤからなる磁性コアと、前記磁性コアの周囲に巻回され、磁化された当該磁性コアの磁界に応じたピックアップ信号を出力するピックアップコイルとを有するセンサ部と、
極性を所定の周期で反転させた直流バイアス電流に交流電流を重畳させた前記励磁電流を前記磁性コアに供給する励磁電流供給部と、
前記ピックアップ信号に含まれる、前記交流電流の周波数を表す基本波成分を抽出した基本波ピックアップ信号を出力する基本波成分抽出部と、
前記交流電流と同じ周波数の矩形波の参照信号を生成する参照信号生成部と、
設定された前記基本波ピックアップ信号と前記参照信号との位相関係を表す移相量に基づいて、前記基本波ピックアップ信号と前記参照信号との位相関係を調節する移相部と、
前記参照信号を参照して前記基本波ピックアップ信号を同期検波した検波信号を出力する同期検波部と、
前記検波信号に応じた出力信号を出力する出力部と、
を備えるフラックスゲート磁界センサにおける出力の変化傾向の確認方法であって、
コンピュータが、
前記移相量を変更し、
前記変更したそれぞれの前記移相量において出力された前記出力信号の変化に基づいて、前記変化傾向を確認する、
フラックスゲート磁界センサにおける出力の変化傾向の確認方法。
【請求項9】
前記変化傾向を確認する環境の温度を所定の温度の範囲で変更し、
前記コンピュータが、
それぞれの前記温度の範囲で確認した前記出力信号の変化傾向の差が最小となるような前記移相量を、前記同期検波部が同期検波する前記参照信号の前記位相関係を表す前記移相量として前記移相部に設定する、
請求項8に記載のフラックスゲート磁界センサにおける出力の変化傾向の確認方法。
【請求項10】
動作開始からの経過時間に応じた前記変化傾向を確認する場合において、
前記コンピュータが、
それぞれの前記経過時間で確認した前記出力信号の変化傾向の差が最小となるような前記移相量を、前記同期検波部が同期検波する前記参照信号の前記位相関係を表す前記移相量として前記移相部に設定する、
請求項8に記載のフラックスゲート磁界センサにおける出力の変化傾向の確認方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラックスゲート磁界センサ、およびフラックスゲート磁界センサにおける出力の変化傾向の確認方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、磁界の状態を検出(計測)するための磁界センサの一種として、基本波型直交フラックスゲート磁界センサが知られている。基本波型直交フラックスゲート磁界センサは、磁性コアの励磁磁界と計測対象の外部磁界とが互いに直交関係にある小型のフラックスゲート磁界センサである。基本波型直交フラックスゲート磁界センサ(以下、単に「フラックスゲート磁界センサ」という)では、励磁磁界を発生させる励磁電流として、交流電流に直流バイアス電流を重畳させることによって、低雑音、高感度、基本波周波数での磁界計測などを実現することができる。
【0003】
ところで、フラックスゲート磁界センサでは、磁性コアの磁気異方性などによって、出力に大きなオフセット成分(計測する磁界に対応しない成分)とそのドリフトが発生しうる。このオフセット成分とそのドリフトを抑制するための方法として、バイアススイッチングと呼ばれる方法が知られている。バイアススイッチング方式では、磁性コアの磁気異方性が一軸性とみなせることを利用して、励磁電流の交流電流に重畳させる直流バイアス電流の正負の極性、および場合によっては交流電流の位相(以下、「励磁電流の極性」という)を、所定の周期で交番に反転させる(切り替える)。バイアススイッチング方式では、励磁電流の極性を反転させた上で、励磁電流のそれぞれの極性においてピックアップコイルで検出された信号(ピックアップ信号)に対して減算処理(直流バイアス電流の正負のみを切り替えた場合)、もしくは加算処理(交流電流の位相も切り替えた場合)をする。これらの処理は、典型的に、信号に対して平均化処理をすることで実現される。例えば、減算処理の場合、片方の極性の信号を-1倍したのちに平均化処理を行う。これにより、バイアススイッチング方式が適用されたフラックスゲート磁界センサでは、発生しうるオフセット成分およびそのドリフトに対応する成分を相殺し、磁界の計測の安定化を図ることができる。
【0004】
しかしながら、励磁電流の極性を反転させた場合に検出されたピックアップ信号のうち、計測する磁界に対応しない成分は、磁性コアの磁化状態が励磁電流の極性の反転に対して理想的な真に対称的な状態として表れず、所定のアンバランスが含まれてしまうことがあり得る。この場合、バイアススイッチング方式において平均化処理(上述した減算処理や加算処理を含む)を行ったとしても、ピックアップ信号における所定のアンバランスを相殺することができず、フラックスゲート磁界センサの出力に、除去することができないオフセット成分が残留して現れてしまう。さらに、フラックスゲート磁界センサ(特に、フラックスゲート磁界センサが備えるセンサヘッド)の周辺の温度が変化すると、この温度変化に応じて磁性コアの磁化状態が変化し、ピックアップ信号の波形にも変化が観察されることがあり得る。このとき、ピックアップ信号に対するアンバランスの寄与も変化するため、残留したオフセット成分にドリフトを生じてしまう。つまり、フラックスゲート磁界センサの出力には、オフセット成分に加えて、オフセット成分のドリフトも発生してしまう。この残留したオフセット成分およびそのドリフトは、フラックスゲート磁界センサにおいて高精度な磁界の計測を行う場合の阻害要因となり得る。
【0005】
これに関して、従来のフラックスゲート磁界センサにおいて、例えば、特許文献1や非特許文献1のように、残留するオフセットおよびそのドリフトを実質的に最小化される方法が提案されている。特許文献1や非特許文献1に提案された従来のフラックスゲート磁界センサでは、ピックアップ信号を同期検波する過程において、ピックアップ信号と参照信号との位相関係を調節することにより、直流バイアス電流の正負の励磁区間でアンバランスが検波される量が等しくなる状態にしている。つまり、従来のフラックスゲート磁界センサでは、直流バイアス電流の正極側の励磁区間の検波感度と負極側の励磁区間の検波感度とを釣り合わせている。これにより、従来のフラックスゲート磁界センサでは、バイアススイッチング方式による平均化処理において、ピックアップ信号に残留するオフセットおよびそのドリフトを相殺することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】N.Murata et al.,“Practical Method for Drastic Improvement of Output Offset Stability in Bias-Switched Fundamental Mode Orthogonal Fluxgate”,IEEE Sensors Journal,Volume 21,Issue 17,September 2021.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、フラックスゲート磁界センサが備えるセンサヘッドの磁性コアとして、同一ロットとして連続的に紡績されたアモルファス磁性ワイヤを使用した場合であっても、アモルファス磁性ワイヤを切り出す位置によって磁化の状態や磁化の応答にバラツキがあることが想定される。そして、複数本のセンサヘッドを製作した場合には、温度変化や経時変化などの条件によって、センサヘッドごとにアンバランスの現れ方が異なることが想定される。この場合、従来のフラックスゲート磁界センサのように、ピックアップ信号と参照信号との位相関係を調節したとしても、磁性コアの磁化の状態や磁化の応答によっては、バイアススイッチング方式の平均化処理では、ピックアップ信号に残留するオフセットおよびそのドリフトを十分に相殺することができないセンサが存在してしまうこともあり得る。すると、例えば、三つのセンサヘッドを三軸のそれぞれに対応した方向に配置することによって外部磁界を3軸で計測する場合などにおいて、それぞれのフラックスゲート磁界センサの計測結果にバラツキが現れて、磁界の状態を正確に計測することができなくなってしまうことになり得る。そして、例えば、宇宙科学観測や、火山観測などのような、特に高精度な磁界計測を行う必要がある用途に用いるフラックスゲート磁界センサでは、相殺することができなかったオフセット成分やそのドリフトが計測結果に大きく影響してしまうことが考えられる。つまり、フラックスゲート磁界センサにおいて相殺することができなかった、ピックアップ信号に残留するオフセットおよびそのドリフトは、計測精度を低下させてしまう要因となることが考えられる。さらに、宇宙科学観測においては、例えば、零磁場空間を形成するための計測を行うというような、地上に設置された設備における計測のみならず、宇宙空間などのような特殊な環境下(例えば、温度変化の激しい環境下)に晒される宇宙機にもフラックスゲート磁界センサを搭載して計測を行うことが考えられる。このような場合、フラックスゲート磁界センサは、広い温度範囲に対応可能とすることや、長時間の計測に耐えうることが必要となってくる。
【0009】
本発明は、上記の課題認識に基づいてなされたものであり、小型で高精度なフラックスゲート磁界センサ、およびフラックスゲート磁界センサにおける出力の変化傾向の確認方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明の一態様に係るフラックスゲート磁界センサは、供給された励磁電流に応じた励磁磁界と計測対象の外部磁界とが発生される細長い磁性体ワイヤからなる磁性コアと、前記磁性コアの周囲に巻回され、磁化された当該磁性コアの磁界に応じたピックアップ信号を出力するピックアップコイルとを有するセンサ部と、極性を所定の周期で反転させた直流バイアス電流に交流電流を重畳させた前記励磁電流を前記磁性コアに供給する励磁電流供給部と、前記ピックアップ信号に含まれる、前記交流電流の周波数を表す基本波成分を抽出した基本波ピックアップ信号を出力する基本波成分抽出部と、前記交流電流と同じ周波数の矩形波の参照信号を生成する参照信号生成部と、設定された前記基本波ピックアップ信号と前記参照信号との位相関係を表す移相量に基づいて、前記基本波ピックアップ信号と前記参照信号との位相関係を調節する移相部と、前記参照信号を参照して前記基本波ピックアップ信号を同期検波した検波信号を出力する同期検波部と、前記検波信号に応じた出力信号を出力する出力部と、を備えるフラックスゲート磁界センサである。
【0011】
上記目的を達成するため、本発明の一態様に係るフラックスゲート磁界センサにおける出力の変化傾向の確認方法は、供給された励磁電流に応じた励磁磁界と計測対象の外部磁界とが発生される細長い磁性体ワイヤからなる磁性コアと、前記磁性コアの周囲に巻回され、磁化された当該磁性コアの磁界に応じたピックアップ信号を出力するピックアップコイルとを有するセンサ部と、極性を所定の周期で反転させた直流バイアス電流に交流電流を重畳させた前記励磁電流を前記磁性コアに供給する励磁電流供給部と、前記ピックアップ信号に含まれる、前記交流電流の周波数を表す基本波成分を抽出した基本波ピックアップ信号を出力する基本波成分抽出部と、前記交流電流と同じ周波数の矩形波の参照信号を生成する参照信号生成部と、設定された前記基本波ピックアップ信号と前記参照信号との位相関係を表す移相量に基づいて、前記基本波ピックアップ信号と前記参照信号との位相関係を調節する移相部と、前記参照信号を参照して前記基本波ピックアップ信号を同期検波した検波信号を出力する同期検波部と、前記検波信号に応じた出力信号を出力する出力部と、を備えるフラックスゲート磁界センサにおける出力の変化傾向の確認方法であって、コンピュータが、前記移相量を変更し、前記変更したそれぞれの前記移相量において出力された前記出力信号の変化に基づいて、前記変化傾向を確認する、フラックスゲート磁界センサにおける出力の変化傾向の確認方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の一態様によれば、小型で高精度なフラックスゲート磁界センサ、およびフラックスゲート磁界センサにおける出力の変化傾向の確認方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施形態に係るフラックスゲート磁界センサの構成の一例を示す図である。
【
図2】従来のフラックスゲート磁界センサの構成の一例を示す図である。
【
図3】ピックアップ信号の電圧波形の一例を示す図である。
【
図4】ピックアップ信号にアンバランスが生じている場合における出力信号の変化の一例を示す図である。
【
図5】フラックスゲート磁界センサの検査環境の一例を示す図である。
【
図6】フラックスゲート磁界センサを検査する処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図7】フラックスゲート磁界センサを検査する別の処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図8】フラックスゲート磁界センサの検査結果の一例を示す図(その1)である。
【
図9】フラックスゲート磁界センサの検査結果の一例を示す図(その2)である。
【
図10】フラックスゲート磁界センサの検査結果の一例を示す図(その3)である。
【
図11】フラックスゲート磁界センサにおける雑音性能の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照し、本発明のフラックスゲート磁界センサ、およびフラックスゲート磁界センサにおける出力の変化傾向の確認方法の実施形態について説明する。以下の説明においては、実施形態のフラックスゲート磁界センサが、バイアススイッチング方式によって正負の極性を所定の周期で反転させた(切り替えた)直流バイアス電流に、さらに直流バイアス電流の周期と同一の周期で極性が反転する交流電流を重畳させた励磁電流をセンサヘッドに供給し、センサヘッドにより出力されたピックアップ信号を検波することによって得られた検波信号に対して平均化処理を行った出力信号を計測結果として出力する構成の基本波型直交フラックスゲート磁界センサであるものとする。さらに、実施形態のフラックスゲート磁界センサは、ピックアップ信号と、これを検波する際に参照する参照信号との位相関係を調節することができる構成であるものとする。
【0015】
[フラックスゲート磁界センサの構成]
図1は、実施形態に係るフラックスゲート磁界センサの構成の一例を示す図である。フラックスゲート磁界センサ1は、例えば、センサヘッド部SHと、直流重畳交流励磁部10と、励磁極性スイッチング部20と、ボルテージフォロア30と、増幅器40と、ローパスフィルタ(Low Pass Filter:以下、「LPF」という)50と、同期検波器60と、LPF70と、積分器80と、フィードバック抵抗90と、を備える。フラックスゲート磁界センサ1は、従来のフラックスゲート磁界センサの構成に、LPF50を追加した構成である。従って、フラックスゲート磁界センサ1の基本的な動作は、従来のフラックスゲート磁界センサの動作と同様である。このため、フラックスゲート磁界センサ1における基本的な動作についての、詳細な説明は省略する。
【0016】
センサヘッド部SHは、計測対象の外部磁界の状態を検出するためのセンサ素子である。センサヘッド部SHは、例えば、磁性コアWCと、ピックアップコイルPCと、を備える。磁性コアWCは、例えば、アモルファス磁性ワイヤなど、一軸性の磁気異方性の磁性特性を有する細長い磁性体ワイヤである。
図1には、図面の簡単化のために、一本のアモルファス磁性ワイヤの両端に励磁電流が供給される構成、つまり、I型構成の磁性コアWCを示しているが、磁性コアWCの構成は、I型構成に限定されない。例えば、磁性コアWCは、狭い間隔で配置された二本のアモルファス磁性ワイヤのそれぞれの一端が銅線などにより接続(ショート)され、それぞれのワイヤの他端に励磁電流が供給されるII型構成であってもよいし、狭い間隔でU字に曲げられた一本のアモルファス磁性ワイヤの両端に励磁電流が供給されるU型構成であってもよい。一般的に、磁性コアWCは、I型構成よりも、II型構成やU型構成の方が、磁性体ワイヤが二本になるため、磁界を検出する感度が高くなる。磁性コアWCは、励磁電流による励磁磁界、磁気異方性、および外部磁界のエネルギーが釣り合った状態で最小となる位置で磁化が振動する。
【0017】
ピックアップコイルPCは、磁性コアWCの周囲に巻回される線材(例えば、銅線など)によって構成される空芯コイルである。ピックアップコイルPCは、励磁電流や計測対象の外部磁界によって振動する磁性コアWCの磁化によって電磁誘導され、磁場の強度に応じた電圧を発生(誘起)させる。ピックアップコイルPCは、発生させた電圧をピックアップ信号として出力する。
【0018】
センサヘッド部SHは、特許請求の範囲における「センサ部」の一例である。
【0019】
直流重畳交流励磁部10は、交流電流に直流バイアス電流を重畳させた励磁電流を生成する。より具体的には、直流重畳交流励磁部10は、交流源が発生させる正弦波の交流電流に対して参照信号源が発生させる所定の電流値の直流バイアス電流を重畳することにより、ゼロを中心とした正極側と負極側とに、電流値が所定の周波数で変化する交流電流を、正極側あるいは負極側の一方で電流値が変化するようにシフトさせた励磁電流を生成する。直流重畳交流励磁部10は、生成した励磁電流を励磁極性スイッチング部20に出力する。さらに、直流重畳交流励磁部10は、交流源の周波数と一致して電圧レベルが“High”レベルと“Low”レベルとに反転される矩形波の信号を生成する。直流重畳交流励磁部10は生成した矩形波の信号を、後述する同期検波器60が同期検波する際に参照する参照信号として同期検波器60に出力する。
【0020】
直流重畳交流励磁部10は、例えば、移相器12を備える。移相器12は、直流重畳交流励磁部10が出力する励磁電流における交流成分の位相を調節する。移相器12は、例えば、オペアンプなどによって構成された遅延回路である。移相器12は、直流重畳交流励磁部10が生成する励磁電流の位相を設定された所定の調節量(移相量)だけずらすことによって、励磁電流の位相を調節する。励磁電流の位相は、後述する同期検波において検波する対象のピックアップ信号と参照信号との位相関係でもある。このため、移相器12は、フラックスゲート磁界センサ1における磁界の計測が好適に行われるように、励磁電流の位相を調節する。さらに、移相器12は、ピックアップ信号に対する同期検波が好適に行われるように、参照信号の位相を調節する。移相器12は、後述するLPF50が抽出するピックアップ信号の基本波成分(以下、「基本波ピックアップ信号」という)のうち、バイアススイッチング方式によって直流バイアス電流の極性を反転させる所定の周期(反転周期)に対応する正の極性で得られる波形と、負の極性で得られる波形とを均衡させた割合でそれぞれ同期検波されるように、基本波ピックアップ信号と参照信号との位相関係を調節してもよい。移相器12による励磁電流や参照信号の位相の調節量は、例えば、製造されたフラックスゲート磁界センサ1の感度を確認するために用いられる不図示の検査装置などによって設定される。
図1では、模式的に、移相器12が交流源と参照信号源との間に配置されている場合を示しているが、移相器12は、交流電流側を移相する場合には交流電流源の先(例えば、交流電流源とその上の抵抗との間の位置)に配置され、参照信号源側を移相する場合には参照信号源と同期検波器60との間の経路中に配置されてもよい。
【0021】
励磁極性スイッチング部20は、センサヘッド部SHに供給する励磁電流の極性を周期的に反転させる(切り替える)。励磁極性スイッチング部20は、例えば、スイッチング部22を備える。スイッチング部22は、所定の周波数の周期で、励磁極性スイッチング部20が備えるスイッチを切り替える。スイッチング部22は、例えば、所定の周波数のクロック信号に従って、スイッチを切り替える。この場合のクロック信号は、例えば、交流電流の周波数を整数分の一で分周したものである。
図1では、交流電流の周波数fHzを分周した、周波数fbsHzのクロック信号に従ってスイッチを切り替えている場合を示している。これにより、フラックスゲート磁界センサ1では、励磁電流における直流バイアス電流成分の極性が正極あるいは負極のいずれかに周期的に切り替えられたバイアススイッチング方式による励磁電流が、センサヘッド部SHが備える磁性コアWCに供給される。
図1では、直流バイアス電流の極性と同じ周期で交流電流の位相も切り替えられる構成を示している。
【0022】
直流重畳交流励磁部10と励磁極性スイッチング部20との構成は、特許請求の範囲における「励磁電流供給部」の一例である。参照信号源は、特許請求の範囲における「参照信号生成部」の一例である。移相器12は、特許請求の範囲における「移相部」の一例である。
【0023】
ボルテージフォロア30は、センサヘッド部SHにより出力されたピックアップ信号(より具体的には、センサヘッド部SHが備えるピックアップコイルPCにより出力されたピックアップ信号)を、インピーダンス変換する。ボルテージフォロア30は、例えば、オペアンプなどによって構成されたバッファ回路である。ボルテージフォロア30は、インピーダンス変換したピックアップ信号を、増幅器40に出力する。
図1では、ボルテージフォロア30により出力されたインピーダンス変換後のピックアップ信号を、キャパシタを介して増幅器40に伝送することによって、インピーダンス変換後のピックアップ信号に含まれる交流成分のみが増幅器40に入力される構成を示している。
【0024】
増幅器40は、ボルテージフォロア30により出力され、キャパシタを介して入力された交流成分のピックアップ信号を所定のレベルに増幅する。増幅器40は、例えば、オペアンプと複数の抵抗などによって構成されたプリアンプ回路である。増幅器40は、増幅した交流成分のピックアップ信号を、LPF50に出力する。
【0025】
ボルテージフォロア30、キャパシタ、および増幅器40は、フラックスゲート磁界センサ1において、センサヘッド部SHにより出力されたピックアップ信号を適切なレベルに増幅するための構成要素である。例えば、センサヘッド部SHにより出力されたピックアップ信号がフラックスゲート磁界センサ1において好適なレベルである場合には、ボルテージフォロア30、キャパシタ、および増幅器40のそれぞれの構成要素は省略されてもよい。
【0026】
LPF50は、増幅器40により出力された増幅後の交流成分のピックアップ信号に含まれる、センサヘッド部SHが検出した磁界を表す基本波成分を抽出する。より具体的には、LPF50は、ピックアップ信号に含まれる信号成分のうち、励磁電流における交流電流の周波数以下の信号成分を通過させ、交流電流の周波数を超える信号成分、つまり、高調波成分を減衰させることによって、基本波成分のみを抽出する。LPF50は、ピックアップ信号に含まれる高調波成分のうち、磁界の計測の高精度化に最も影響すると考えられる奇数次の高調波成分を減衰させる構成であってもよい。これは、後述する同期検波器60が同期検波を行うピックアップ信号や参照信号には、矩形波の形成に寄与する奇数次の高調波成分が含まれているからである。そして、LPF50は、ピックアップ信号に含まれる奇数次の高調波成分のうち、最も大きな三次高調波成分を少なくとも減衰させる構成であってもよい。
【0027】
LPF50は、例えば、パッシブLPF52と、アクティブLPF54と、を備える。パッシブLPF52は、一次の高調波成分を減衰させ、アクティブLPF54は、二次の高調波成分を減衰させる。LPF50は、一次のパッシブLPF52と、二次のアクティブLPF54と、を組み合わせた三次のサレンキー型のローパスフィルタである。LPF50の構成は、サレンキー型に限定されない。例えば、LPF50は、状態変数型のローパスフィルタであってもよい。LPF50は、基本波成分を抽出したピックアップ信号(基本波ピックアップ信号)を、同期検波器60に出力する。
【0028】
LPF50は、特許請求の範囲における「基本波成分抽出部」の一例である。
【0029】
同期検波器60は、直流重畳交流励磁部10により出力された参照信号を参照して、LPF50により出力された基本波ピックアップ信号に対する同期検波を行う。同期検波器60における同期検波では、基本波ピックアップ信号に参照信号の電圧値に応じた値の乗算を行う。ここで、上述したように、同期検波器60が同期検波する際に参照する参照信号は、矩形波の信号である。このため、同期検波器60における同期検波では、参照信号の電圧値が“High”レベルであるときには、基本波ピックアップ信号を同じ極性でそのまま通過させ、参照信号の電圧値が“Low”レベルであるときには、基本波ピックアップ信号の極性を反転させて通過させる。これは、同期検波器60における同期検波において、参照信号の電圧値が“High”レベルであるときには、基本波ピックアップ信号に「+1」を乗算し、参照信号の電圧値が“Low”レベルであるときには、基本波ピックアップ信号に「-1」を乗算することと等価である。同期検波器60は、通過させる基本波ピックアップ信号の極性を参照信号の電圧値に応じて反転させた、つまり、基本波ピックアップ信号の振幅を所定の極性側に整流した検波信号を、LPF70に出力する。
【0030】
同期検波器60は、特許請求の範囲における「同期検波部」の一例である。
【0031】
LPF70は、同期検波器60により出力された検波信号を平均化する。これにより、検波信号に表された磁界の大きさが検出される。ここで、フラックスゲート磁界センサ1では、励磁極性スイッチング部20によって、センサヘッド部SHに供給する励磁電流の極性が周期的に反転されている(切り替えられている)。このため、ピックアップ信号(基本波ピックアップ信号でもある)では、励磁電流のそれぞれの極性に対する磁性コアWCの磁気異方性に起因するオフセット成分は逆極性で現われ、磁性コアWCにおける磁界の感度成分は同極性で現われる。そして、LPF70が、検波信号を平均化すること、つまり、検波信号を加算することによって、計測対象の外部磁界に対応しない信号が検波信号から除去されることになる。より具体的には、検波信号に脈流として表された磁界の大きさを表わす信号の波形は、LPF70が平滑化することによって直流の波形に変換され、極性が切り替えられる励磁電流に応じて現れるオフセットが加算されることによって除去される。LPF70は、検波信号を平均化(加算)することによって検波信号(つまり、基本波ピックアップ信号)に表された磁界の大きさを検出した信号(以下、「磁界検出信号」という)を、積分器80に出力する。
【0032】
積分器80は、LPF70により出力された磁界検出信号を積分する。積分器80は、磁界検出信号を積分した電圧値を、フィードバック抵抗90に出力する。これにより、後述する負帰還のフィードバックによって、磁界検出信号は、フィードバックの偏差を表すものとなり、積分器80は、磁界検出信号をゼロに近づける制御を行うことになる。
【0033】
フィードバック抵抗90は、積分器80により出力された電圧値に応じた電流を、センサヘッド部SHが備えるピックアップコイルPCに流す。これにより、フラックスゲート磁界センサ1では、フィードバック抵抗90を介したフィードバックループの負帰還が形成される。この負帰還によって、フラックスゲート磁界センサ1では、計測対象の外部磁界を打ち消すような磁界がピックアップコイルPCに発生し、センサヘッド部SHが備える磁性コアWCに印加される。このピックアップコイルPCに流れる電流は、計測対象の外部磁界に対応する電流であり、フィードバック抵抗90の抵抗値に応じた電圧値が、計測対象の外部磁界の大きさを表わす値となる。OUT端子には、この電圧値が、フラックスゲート磁界センサ1の出力信号として出力される。
【0034】
LPF70と、積分器80と、フィードバック抵抗90との構成は、特許請求の範囲における「出力部」の一例である。
【0035】
積分器80と、フィードバック抵抗90とは、フラックスゲート磁界センサ1において負帰還のフィードバックループを形成するための構成要素、つまり、クローズドループ構成のフラックスゲート磁界センサ1を実現させるための構成要素である。フラックスゲート磁界センサ1がオープンループ構成である場合、積分器80と、フィードバック抵抗90とのそれぞれの構成要素は省略されてもよい。オープンループ構成のフラックスゲート磁界センサ1では、LPF70により出力された磁界検出信号が出力信号となる。
【0036】
このような構成、つまり、LPF50を備えることよって、フラックスゲート磁界センサ1では、センサヘッド部SHにより出力されたピックアップ信号の高調波成分に磁気異方性に起因するオフセット成分やそのアンバランスが含まれていても、移相器12によってピックアップ信号と参照信号との位相関係を調節することによって、磁界の計測が好適に行われるようにすることができる。
【0037】
[LPF50の効果]
次に、フラックスゲート磁界センサ1がLPF50を備えることによる効果について説明する。ここでは、フラックスゲート磁界センサ1と、LPF50を備えない従来のフラックスゲート磁界センサとのそれぞれにおける外部磁界の計測結果を比較することによって、フラックスゲート磁界センサ1がLPF50を備えることによる効果について説明する。
【0038】
まず、フラックスゲート磁界センサ1と比較を行う従来のフラックスゲート磁界センサ(以下、「フラックスゲート磁界センサ2」という)の構成について説明する。
図2は、従来のフラックスゲート磁界センサ2の構成の一例を示す図である。フラックスゲート磁界センサ2は、例えば、センサヘッド部SHと、直流重畳交流励磁部10と、励磁極性スイッチング部20と、ボルテージフォロア30と、増幅器40と、同期検波器60と、LPF70と、積分器80と、フィードバック抵抗90と、を備える。フラックスゲート磁界センサ2は、フラックスゲート磁界センサ1からLPF50が省略された構成である。フラックスゲート磁界センサ2の構成要素において、フラックスゲート磁界センサ1の構成要素と同一の符号を付与したそれぞれの構成要素は、同様の構成要素であるため、詳細な説明を省略する。
【0039】
フラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2とのいずれにおいても、バイアススイッチング方式によって、極性が周期的に切り替えられた励磁電流を磁性コアWCに供給し、同期検波器60が、矩形波の信号である参照信号を参照して、基本波ピックアップ信号を同期検波する。このとき、センサヘッド部SHにより出力されるピックアップ信号には、交流電流の成分(周波数fHzの成分)である基本波成分の他に、矩形波の形成に寄与する高調波成分が含まれていることになる。
【0040】
[ピックアップ信号の一例]
ここで、センサヘッド部SHにより出力されるピックアップ信号について説明する。
図3は、ピックアップ信号の電圧波形の一例を示す図である。
図3に示した電圧波形は、外部磁界が印加されていない状態において、正極側あるいは負極側のいずれかの励磁電流が供給されたときにセンサヘッド部SHにより出力されるピックアップ信号の一例である。つまり、
図3には、センサヘッド部SHが備える磁性コアWCの磁気異方性などに起因して現れる、計測対象の外部磁界に対応しない成分のみが含まれるピックアップ信号の電圧波形の一例を示している。
図3に示した電圧波形には、計測する磁界の強度を表す情報が変調された基本波の周波数と、この基本波の周波数の二次高調波および三次高調波が含まれている。センサヘッド部SHにより出力されるピックアップ信号には、さらに次数の高い高調波も含まれるが、
図3においては図示を省略している。
【0041】
ピックアップ信号において、それぞれの周波数成分が正極側および負極側で対称である場合、つまり、磁性コアWCにおける磁化状態が励磁電流の極性の反転に対して理想的な真に対称的な状態である場合、そのピックアップ信号の正極側の波形WPは下式(1)で表され、負極側の波形WNは下式(2)で表される。
【0042】
【0043】
【0044】
この場合、ピックアップ信号と参照信号とがどのような位相関係であっても、同期検波器60が同期検波した検波信号は、双方の極性で整流状態が対称的となる。そして、フラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2とのいずれにおいても、同期検波器60により出力された検波信号をLPF70が平均化することによって、磁界検出信号は常にゼロが保たれる。つまり、フラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2とのいずれでも、真に理想的なバイアススイッチング方式の処理が行われている状態になる。
【0045】
一方、何らかの要因によってピックアップ信号に含まれるいずれかの極性にアンバランスが生じてしまうと、磁性コアWCにおける磁化状態が励磁電流の極性の反転に対して理想的な真に対称的な状態ではなくなってしまう。ここでは、ピックアップ信号に含まれる負極側にアンバランスが生じてしまった場合を考える。つまり、ピックアップ信号の正極側の波形WPは上式(1)となるが、負極側の波形WNは上式(2)とならない場合を考える。
【0046】
例えば、ピックアップ信号に含まれる負極側の基本波成分にアンバランスが生じ、基本波成分に対して任意の振幅A’1と位相φ’1とが与えられると、負極側の波形WNは、下式(3)で表されるような波形WN1となる。
【0047】
【0048】
この場合、フラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2とのいずれにおいても、ピックアップ信号と参照信号との位相関係によって、同期検波器60が同期検波した検波信号における整流状態がそれぞれの極性で非対称的になってしまう。そして、フラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2とのいずれでも、同期検波器60により出力された検波信号をLPF70が平均化しても、ピックアップ信号と参照信号との位相関係によって磁界検出信号はゼロにならず、残留オフセットとして出力に現れることになる。このとき、ピックアップ信号の波形が温度などの影響によって変化した場合には、磁界検出信号の大きさも変化することになり、残留オフセットはドリフトする。しかしながら、ピックアップ信号の基本波成分のみにアンバランスが生じている場合には、フラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2とのいずれでも、ピックアップ信号と参照信号との位相関係に応じた磁界検出信号の変化が、正弦波状になるという知見が得られた。また、ピックアップ信号の波形、支配的には振幅A’1が変化した場合でも、ピックアップ信号との位相関係に応じた磁界検出信号の変化は、正弦波状を保ち続けるという知見が得られた。このため、フラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2とのいずれでも、移相器12によって参照信号の位相を調節し、磁界検出信号がゼロとなる位相(正弦波状の磁界検出信号における変化の節となる位相)で検波をすることにより、ピックアップ信号の波形が変化したとしても、常にオフセット成分とそのドリフトとを抑制し、磁界の計測が好適に行われるようにすることができる。
【0049】
さらに、例えば、ピックアップ信号に含まれる負極側の基本波成分に加えて、二次高調波成分および三次高調波成分にアンバランスが生じ、二次高調波成分に対して任意の振幅A’2と位相φ’2とを与えられ、三次高調波成分に対して任意の振幅A’3と位相φ’3とが与えられると、負極側の波形WNは、下式(4)で表されるような波形WN2となる。
【0050】
【0051】
この場合、フラックスゲート磁界センサ2では、ピックアップ信号と参照信号との位相関係に応じた磁界検出信号の変化が正弦波状にならずに、磁界検出信号の変化が、二次高調波成分や三次高調波成分に応じて歪んでしまうという知見が得られた。また、ピックアップ信号の波形、支配的には振幅A’2や振幅A’3が変化した場合、ピックアップ信号と位相関係に応じた磁界検出信号の変化の歪み方は、状況に応じて様態を変えることになる。このため、フラックスゲート磁界センサ2では、移相器12によって参照信号の位相を調節したとしても、ピックアップ信号の波形に応じて磁界検出信号がゼロとなる状態を保って磁界の計測が好適に行われるようにすることはできない。一方、フラックスゲート磁界センサ1では、LPF50によって基本波成分のみが抽出された(高調波成分を減衰された)基本波ピックアップ信号を同期検波器60に出力する。このため、フラックスゲート磁界センサ1では、ピックアップ信号に二次高調波成分や三次高調波成分が含まれていても、ピックアップ信号と参照信号との位相関係に応じた磁界検出信号の変化は、正弦波状の変化になる。このため、フラックスゲート磁界センサ1では、移相器12によって参照信号の位相を調節することにより、ピックアップ信号の波形が変化したとしても、常にオフセット成分やそのドリフトを抑制し、磁界の計測が好適に行われるようにすることができる。
【0052】
ここで、ピックアップ信号にアンバランスが生じている場合における磁界検出信号、つまり、出力信号の変化の一例について説明する。
図4は、ピックアップ信号にアンバランスが生じている場合における出力信号の変化の一例を示す図である。
図4には、ピックアップ信号と参照信号との位相関係(以下、「検波位相」という)を10[deg]刻みで変えた場合における出力信号の電圧値[V]の一例を示している。
図4の(a)には、ピックアップ信号の基本波成分にアンバランスが生じている場合における検波位相と出力信号との関係を示し、
図4の(b)には、ピックアップ信号の基本波成分に加えて二次高調波成分および三次高調波成分にもアンバランスが生じている場合における検波位相と出力信号との関係を示している。
【0053】
上述したように、ピックアップ信号の基本波成分のみにアンバランスが生じている場合には、フラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2とのいずれにおいても、検波位相を変えた場合における出力信号の変化が、
図4の(a)に示したように正弦波状になる。このため、フラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2とのいずれにおいても、移相器12によって励磁電流の位相を調節することによって、磁界の計測が好適に行われるようにすることができる。例えば、出力信号がゼロになる検波位相に調節することによって、フラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2とのいずれにおいても、磁界の計測が好適に行われるようにすることができる。
【0054】
一方、上述したように、ピックアップ信号の基本波成分に加えて二次高調波成分および三次高調波成分にもアンバランスが生じている場合、フラックスゲート磁界センサ2では、検波位相を変えた場合における出力信号の変化が、
図4の(a)に示したように正弦波状にならずに、
図4の(b)に示したように歪んでしまう。このため、フラックスゲート磁界センサ2では、ある状態で移相器12によって出力信号がゼロになる検波位相に調節したとしても、温度などの影響によってピックアップ波形が変化していくと、ピックアップ波形の二次高調波成分や三次高調波成分のアンバランスの影響を受け、
図4の(b)に示したように、歪み方も刻々と変化することになる。すると、
図4の(b)においては、出力信号がゼロとクロスする位相が歪みによってずれることになり、調節した位相で出力信号をゼロに保つことができない。つまり、高調波成分に起因するオフセット成分やそのドリフトが残留してしまう。これにより、フラックスゲート磁界センサ2では、計測結果に誤差が含まれてしまうことになる。これは、フラックスゲート磁界センサ2では、ピックアップ信号における高調波成分にアンバランスが生じうることの着想がなく、さらには、これらの影響によってピックアップ信号との位相関係に応じた磁界検出信号の変化の歪み方が変わることの知見がないままに同期検波器60で同期検波を行っているためである。検波結果に残留した高調波成分に起因するオフセット成分やそのドリフトは、高精度な磁界の計測を行うほど、その影響が大きくなる。
【0055】
これに対して、フラックスゲート磁界センサ1では、同期検波器60によってピックアップ信号を同期検波する前に、LPF50が、ピックアップ信号に含まれる高調波成分を減衰させるため、検波位相を変えた場合における出力信号の変化が、
図4の(a)に示したように正弦波状になる。つまり、フラックスゲート磁界センサ1では、ピックアップ信号の基本波成分のみにアンバランスが生じている場合と同様に、例えば、出力信号がゼロになる検波位相に調節することによって、磁界の計測が好適に行われるようにすることができる。
【0056】
ところで、
図4の(b)に示したような検波位相に対する出力信号の変化の歪みは、主に、三次高調波成分に起因するものである。これは、例えば、上式(4)において二次高調波成分や三次高調波成分に対して任意に与える位相と振幅とをそれぞれ個別に変更するシミュレーションを行うことによって確認することができる。このため、LPF50は、上述したように、ピックアップ信号に含まれる少なくとも三次高調波成分を減衰させる構成であってもよい。
【0057】
[フラックスゲート磁界センサにおける出力信号の変化傾向の確認の構成]
次に、
図4に示したような出力信号の変化傾向を確認し、検波位相を調節する方法について説明する。
図5は、フラックスゲート磁界センサ(フラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2とのいずれであってもよい)の検査環境の一例を示す図である。
図5に示した検査環境は、外部磁界の影響を無視することができる環境(例えば、零磁場空間など)、あるいは一定の外部磁界がセンサヘッド部SHに印加される環境である。
図5には、出力信号の変化傾向の確認と検波位相の調節を、検査装置100が行う場合の一例を示している。
図5には、検査対象のフラックスゲート磁界センサ1あるいはフラックスゲート磁界センサ2において、出力信号の変化傾向の確認と検波位相の調節とを行う際に関連する移相器12およびOUT端子を併せて示している。
【0058】
検査装置100は、例えば、パーソナルコンピュータなどのコンピュータ装置である。検査装置100では、フラックスゲート磁界センサを検査するためのアプリケーションなどが実行されている。アプリケーションは、フラックスゲート磁界センサを検査する際に、検査環境の温度の変更を行うため、不図示の環境温度設定装置なども制御する。アプリケーションは、検査装置100が備える、あるいは検査装置100に接続された表示装置に、検査の状況や検査結果を表す画像を表示させてもよい。
【0059】
検査装置100の構成は、パーソナルコンピュータなどのコンピュータ装置に限定されない。例えば、検査装置100は、専用のハードウェアで構成されてもよい。専用のハードウェアは、例えば、ハードウェアプロセッサがプログラム(ソフトウェア)を実行することによりそれぞれの機能を実現するものである。ハードウェアプロセッサとは、例えば、CPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)、大規模集積回路(Large Scale Integration:LSI)、特定用途向け集積回路(Application Specific Integrated Circuit:ASIC)、プログラマブル論理デバイス(例えば、単純プログラマブル論理デバイス(Simple Programmable Logic Device:SPLD)または複合プログラマブル論理デバイス(Complex Programmable Logic Device:CPLD)、フィールドプログラマブルゲートアレイ(Field Programmable Gate Array:FPGA))などのハードウェア(回路部;circuitryを含む)を意味する。専用のハードウェアが実現するそれぞれの機能の構成要素のうち一部または全部は、専用のLSIによって実現されてもよい。プログラムは、予め専用のハードウェアが備える、ROM(Read Only Memory)や、RAM(Random Access Memory)、フラッシュメモリなどの半導体メモリ素子、ハードディスクドライブ(Hard Disk Drive:HDD)などの記憶装置(非一過性の記憶媒体を備える記憶装置)に格納(インストール)されていてもよいし、ハードウェアプロセッサの回路内に直接組み込まれてもよい。プログラムは、コンピュータ装置などから無線通信によって送信(伝送)されて(ダウンロードされて)記憶装置にインストールされてもよい。ハードウェアプロセッサは、格納されたプログラムを読み出して実行することにより各機能を実現する。
【0060】
[フラックスゲート磁界センサにおける出力信号の変化傾向の確認処理]
次に、検査装置100が、フラックスゲート磁界センサの出力信号の変化傾向を確認し、検波位相を調節する処理の全体の流れの一例について説明する。以下の説明においては、検査装置100が、フラックスゲート磁界センサ1の出力信号の変化傾向を確認し、検波位相を調節するものとする。
【0061】
図6は、フラックスゲート磁界センサ1を検査する処理の流れの一例を示すフローチャートである。
図6には、フラックスゲート磁界センサ1が設置される環境温度の範囲で検査を行う場合の一例を示している。
【0062】
検査装置100が処理を開始すると、フラックスゲート磁界センサ1を検査する環境温度を変更する(ステップS100)。このとき、検査装置100は、環境温度設定装置に対して、フラックスゲート磁界センサ1が設置される高温側の最大温度(例えば、+70[℃])から低温側の最低温度(例えば、-60[℃])までの範囲のうち、いずれかの環境温度への設定を指示する。例えば、検査装置100は、環境温度設定装置に対して、最初に検査を行う環境温度(例えば、+70[℃])への設定を指示する。
【0063】
環境温度が最初に検査を行う環境温度になった後、検査装置100は、フラックスゲート磁界センサ1が備える移相器12に対して、検波位相を設定する(ステップS102)。例えば、検波位相を10[deg]刻みで変えて検査を行う場合、検査装置100は、移相器12に、最初に検査を行う検波位相(例えば、0[deg])を設定する。
【0064】
検査装置100は、設定した検波位相でフラックスゲート磁界センサ1に磁界を計測させ、フラックスゲート磁界センサ1により出力された出力信号(計測結果)を取得する(ステップS104)。検査装置100は、取得した出力信号を、例えば、検査装置100が備える記憶装置に記憶させる。
【0065】
検査装置100は、所定の検波位相の範囲での出力信号の取得を完了したか否かを確認する(ステップS106)。例えば、検波位相を10[deg]刻みで変えて0~360[deg]まで検査する場合、36個の出力信号の取得と記憶装置への記憶が完了したか否かを確認する。ステップS106において、所定の検波位相の範囲での出力信号の取得を完了していないことを確認した場合、検査装置100は、処理をステップS102に戻し、移相器12に、次に検査を行う検波位相(例えば、10[deg])を設定する。そして、検査装置100は、ステップS102~ステップS106までの処理を繰り返す。
【0066】
一方、ステップS106において、所定の検波位相の範囲での出力信号の取得を完了したことを確認した場合、検査装置100は、所定の温度範囲での出力信号の取得を完了したか否かを確認する(ステップS108)。ステップS108において、所定の温度範囲での出力信号の取得を完了していないことを確認した場合、検査装置100は、処理をステップS100に戻し、環境温度設定装置に対して、フラックスゲート磁界センサ1が設置される環境温度の範囲のうち、次に検査を行う環境温度(例えば、+50[℃])への設定を指示する。そして、検査装置100は、ステップS100~ステップS108までの処理を繰り返す。例えば、検査装置100は、引き続き、環境温度設定装置に対して環境温度を、+40[℃]、常温:+25[℃]、+10[℃]、-10[℃]、-50[℃]、-60[℃]に設定する指示をして、それぞれの環境温度においてステップS100~ステップS108までの処理を繰り返す。
【0067】
一方、ステップS108において、所定の温度範囲での出力信号の取得を完了したことを確認した場合、検査装置100は、フラックスゲート磁界センサ1から取得して記憶装置に記憶したそれぞれの出力信号に基づいて、フラックスゲート磁界センサ1における磁界の計測が好適に行われる検波位相を決定する(ステップS110)。典型的には、各温度における出力信号の差(温度係数)が実質的に最小となる検波位相を、好適な検波位相に決定する。
【0068】
検査装置100は、決定した検波位相を移相器12に設定する(ステップS112)。
【0069】
このような処理によって検査装置100は、フラックスゲート磁界センサ1が設置される環境温度の範囲において磁界の計測が好適に行われる検波位相を決定して移相器12に設定する。
【0070】
図7は、フラックスゲート磁界センサ1を検査する別の処理の流れの一例を示すフローチャートである。
図7には、保管しているフラックスゲート磁界センサ1を動作させた後の経時変化の検査を行う場合の一例を示している。この検査を行う前、フラックスゲート磁界センサ1は、動作していない状態で地磁気中に一定期間(例えば、数日間)保管されている。この保管している期間中に、フラックスゲート磁界センサ1では、センサヘッド部SHが備える磁性コアWCにおける磁化状態が、地磁気によって変化する。このため、フラックスゲート磁界センサ1では、センサヘッド部SHにより出力されたピックアップ信号の波形が保管前とは異なり、動作開始からの経過時間に応じて出力信号に経時的なドリフトの傾向が確認されることになる。
【0071】
検査装置100が処理を開始すると、フラックスゲート磁界センサ1の動作を開始させる(ステップS200)。
【0072】
検査装置100は、フラックスゲート磁界センサ1の動作を開始させてから所定の経過時間が経過したか否かを確認する(ステップS202)。例えば、フラックスゲート磁界センサ1の動作を開始させてから2分経過したとき、30分経過したとき、1時間経過したとき、2時間経過したとき、5時間経過したとき、20時間経過したときのそれぞれの経過時間において検査を行う場合、検査装置100は、最初の経過時間(例えば、2分)が経過したか否かを確認する。ステップS202において、所定の経過時間が経過していないことを確認した場合、検査装置100は、処理をステップS202の処理を繰り返して、最初の経過時間(2分)が経過するのを待つ。
【0073】
一方、ステップS202において、所定の経過時間が経過したことを確認した場合、検査装置100は、フラックスゲート磁界センサ1が備える移相器12に対して、検波位相を設定する(ステップS204)。例えば、検波位相を10[deg]刻みで変えて検査を行う場合、検査装置100は、移相器12に、最初に検査を行う検波位相(例えば、0[deg])を設定する。
【0074】
検査装置100は、設定した検波位相でフラックスゲート磁界センサ1に磁界を計測させ、フラックスゲート磁界センサ1により出力された出力信号(計測結果)を取得する(ステップS206)。検査装置100は、取得した出力信号を、例えば、検査装置100が備える記憶装置に記憶させる。
【0075】
検査装置100は、所定の検波位相の範囲での出力信号の取得を完了したか否かを確認する(ステップS208)。例えば、検波位相を10[deg]刻みで変えて0~360[deg]まで検査する場合、36個の出力信号の取得と記憶装置への記憶が完了したか否かを確認する。ステップS208において、所定の検波位相の範囲での出力信号の取得を完了していないことを確認した場合、検査装置100は、処理をステップS204に戻し、移相器12に、次に検査を行う検波位相(例えば、10[deg])を設定する。そして、検査装置100は、ステップS204~ステップS208までの処理を繰り返す。
【0076】
一方、ステップS208において、所定の検波位相の範囲での出力信号の取得を完了したことを確認した場合、検査装置100は、所定の経過時間での出力信号の取得を完了したか否かを確認する(ステップS210)。ステップS210において、所定の経過時間での出力信号の取得を完了していないことを確認した場合、検査装置100は、処理をステップS202に戻し、次の経過時間(例えば、30分)が経過したか否かを確認する。そして、検査装置100は、次の経過時間(例えば、30分)が経過するのを待つ。そして、検査装置100は、それぞれの経過時間において、ステップS202~ステップS210までの処理を繰り返す。
【0077】
一方、ステップS210において、所定の経過時間での出力信号の取得を完了したことを確認した場合、検査装置100は、フラックスゲート磁界センサ1から取得して記憶装置に記憶したそれぞれの出力信号に基づいて、フラックスゲート磁界センサ1における磁界の計測が好適に行われる検波位相を決定する(ステップS212)。典型的には、時間経過における出力信号の差(経時変化)が実質的に最小となる検波位相を、好適な検波位相に決定する。
【0078】
検査装置100は、決定した検波位相を移相器12に設定する(ステップS214)。
【0079】
このような処理によって検査装置100は、フラックスゲート磁界センサ1の動作を開始させてからのそれぞれの経過時間において磁界の計測が好適に行われる検波位相を決定して移相器12に設定する。
【0080】
このようにして、検査装置100は、フラックスゲート磁界センサ1による磁界の計測が好適に行われるようなピックアップ信号と参照信号との位相関係(検波位相)を容易に決定することができる。より具体的には、検査装置100は、検波位相を決定するために、所定の温度変化や所定の時間経過を伴う試行を複数回実施しながら、都度、フラックスゲート磁界センサ1が備えるそれぞれの構成要素における入出力を確認して位相を調節するというような長時間の工程を踏むことなく、温度変化や時間経過を伴う一度のみの試行を実施する中で、フラックスゲート磁界センサ1の計測結果(出力信号)を所定の刻みで検波位相を繰り返し変えながら取得することによって、好適な検波位相を容易に決定することができる。
【0081】
次に、環境温度や経時変化の条件を同じにした場合において、検査装置100がフラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2とのそれぞれを検査した場合の一例について説明する。
図8~
図10は、フラックスゲート磁界センサの検査結果の一例を示す図である。
図8~
図10に示した検査結果の一例は、フラックスゲート磁界センサ1におけるLPF50の効果を明確にするため、フラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2とにおいて、同一のセンサヘッド部SHを使用し検査を実施した場合の一例である。
図8には、環境温度が常温~低温側で検査した場合におけるフラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2との検査結果の違いの一例を示し、
図9には、環境温度が常温~高温側で検査した場合におけるフラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2との検査結果の違いの一例を示している。
図10には、同じ経時期間で検査した場合におけるフラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2との検査結果の違いの一例を示している。
図8~
図10のそれぞれにおいて、(a)には、フラックスゲート磁界センサ2の検査結果の一例を示し、(b)には、フラックスゲート磁界センサ1の検査結果の一例を示している。
図8~
図10のそれぞれでは、検波位相を10[deg]刻みで0~360[deg]まで変えている。
【0082】
まず、
図8を参照して、環境温度が低温側であるときの検査結果の違いについて説明する。
図8には、環境温度を、+25[℃](常温)、+10[℃]、-10[℃]、-50[℃]、-60[℃]にした場合における検波位相に対する出力信号の電圧値[V]の変化をまとめて示している。
図8の(a)を見てわかるように、フラックスゲート磁界センサ2では、それぞれの環境温度において、検波位相に対する出力信号の変化が正弦波状にならずに歪んでいる。これは
図4の(b)を示して説明したとおりである。特に、
図8の(a)に示した一例では、環境温度が低くなるほど、出力信号の変化の歪みは大きくなっている。これは、フラックスゲート磁界センサ2では、環境温度が下がることによってセンサヘッド部SHの温度が下がると、磁性コアWCの磁性特性が変化し、ピックアップ信号が変化することで、ピックアップ信号に含まれる高調波成分のアンバランスも変化し、バイアススイッチング方式の処理における平均化の結果、残留するオフセット成分が変化するためである。この結果として、フラックスゲート磁界センサ2では、それぞれの環境温度において出力信号のばらつきが大きく、一点で重なる位相を確認することができない。
図8の(a)に示した一例は、フラックスゲート磁界センサ2が備えるセンサヘッド部SHにおける環境温度に対する各検波位相における出力信号のオフセット成分のドリフトの傾向を一目していることに相当する。
図8の(a)に示した一例から、フラックスゲート磁界センサ2では、検波位相の調節を行ったとしても、出力信号のオフセット成分のドリフトを十分に抑制することができない特性を持つ磁界センサであることを理解することができる。
【0083】
一方、
図8の(b)を見てわかるように、フラックスゲート磁界センサ1では、それぞれの環境温度において、検波位相に対する出力信号の変化が正弦波状になっている。特に、
図8の(b)に示した一例では、検波位相が150~170[deg]の広い範囲で、それぞれの環境温度の出力信号がほぼ一点の値となっている。このことから、
図4を示して説明したように、フラックスゲート磁界センサ1では、LPF50が、ピックアップ信号に含まれる高調波成分を減衰させるため、ピックアップ信号に含まれる高調波成分にアンバランスが生じている場合であっても、センサヘッド部SHにおける環境温度に対する出力信号のドリフトの傾向を良好に小さくすることができていることがわかる。
【0084】
続いて、
図9を参照して、環境温度が高温側であるときの検査結果の違いについて説明する。
図9には、環境温度を、+25[℃](常温)、+40[℃]、+50[℃]、+70[℃]にした場合における検波位相に対する出力信号の電圧値[V]の変化をまとめて示している。
図9の(a)を見てわかるように、フラックスゲート磁界センサ2では、それぞれの環境温度において、検波位相に対する出力信号の変化が正弦波状にならずに歪んでいる。また、そのひずみ具合も、低温側とは異なっている(
図8の(a)参照)。そして、
図9の(a)に示した一例では、環境温度が高くなるほど、出力信号の変化の歪みは大きくなっている。これは、フラックスゲート磁界センサ2では、環境温度に応じてセンサヘッド部SHの温度が上がった場合においても、磁性コアWCの磁性特性が変化し、ピックアップ信号に含まれる高調波成分のアンバランスが変化してしまったことによるものである。そして、高調波成分のアンバランスの変化によって、バイアススイッチング方式の処理における平均化の結果、残留するオフセット成分が変化するためである。
【0085】
一方、
図9の(b)を見てわかるように、フラックスゲート磁界センサ1では、環境温度が低温側であるときと同様に、それぞれの環境温度において、検波位相に対する出力信号の変化が正弦波状になっている。そして、
図9の(b)に示した一例でも、環境温度が低温側であるときと同様に、検波位相が150~170[deg]の広い範囲で、それぞれの環境温度の出力信号がほぼ一点の値となっている。このことから、フラックスゲート磁界センサ1では、環境温度が低温側であるか高温側であるかに関わらず、LPF50がピックアップ信号に含まれる高調波成分を減衰させることによる効果が同様に得られていることがわかる。
【0086】
続いて、
図10を参照して、経時期間に応じた検査結果の違いについて説明する。
図10には、フラックスゲート磁界センサの動作を開始させてからの経過時間が、2分のとき、30分のとき、2時間のとき、5時間のとき、20時間のときにおける検波位相に対する出力信号の電圧値[V]の変化をまとめて示している。
図10の(a-1)を見てわかるように、フラックスゲート磁界センサ2では、それぞれの経過時間において、検波位相に対する出力信号の変化が正弦波状にならずに歪んでいる。特に、
図10の(a-1)に示した一例では、経過時間が短いほど、出力信号の変化の歪みは大きくなっている。このことから、フラックスゲート磁界センサ2では、動作を開始させた直後では、ピックアップ信号に含まれる高調波成分に起因するアンバランスの影響が相当に大きいことがわかる。さらに、
図10の(a-1)に示した一例では、経過時間が長くなるにつれて、検波位相に対する出力信号の変化の歪み方が変化し、高調波成分に起因するアンバランスは、環境温度だけでなく、経過時間が磁性コアWCの磁化状態に及ぼす変化に対しても変化することがわかる。このように、
図10の(a-1)に示した一例でも、フラックスゲート磁界センサ2が備えるセンサヘッド部SHにおける動作開始からの経過時間に対する各検波位相における出力信号のドリフトの傾向を一目することができる。
【0087】
ここで、フラックスゲート磁界センサ2において磁界の計測が好適に行われるようなピックアップ信号と参照信号との位相関係(検波位相)を、
図8の(a)、
図9の(a)、および
図10の(a-1)に示した一例から決定しようとする場合、それぞれの一例において共通する一点を選択することになる。
図10の(a-2)には、
図10の(a-1)に示した一例において検波位相が0~60[deg]の範囲に着目し、この範囲の出力信号の電圧値[V]の変化を拡大して示している。
図10の(a-2)では、同じ経過時間の出力信号の測定点同士の結びつきを表す補助線を引いている。
図10の(a-2)に示した一例では、30[deg]の近傍において時間経過に対する出力信号の測定結果の差が最小となる、すなわち、オフセットの経時ドリフトが最小となることから、30[deg]が、検波位相として決定することができる実用的な値である。しかしながら、
図8の(a)に示した一例を見ると、30[deg]の近傍において低温側の温度変化に対する出力信号の測定結果はばらついているため、低温側の温度変化に対して30[deg]は、検波位相として実用的な値とはならない。
図8の(a)に示した一例において低温側の温度変化に対する出力信号の測定結果の差が小さくなるのは、むしろ40[deg]の近傍である。さらに、
図9の(a)に示した一例を見ると、30[deg]と40[deg]とのいずれにおいても、高温側の温度変化に対する出力信号の測定結果のばらつきが大きく、検波位相として実用的な値ではない。
図9の(a)に示した一例において低温側の温度変化に対する出力信号の測定結果の差が小さくなるのは、むしろ50[deg]の近傍である。このため、フラックスゲート磁界センサ2では、環境温度と経時変化とのそれぞれの条件を満たす検波位相の一点を決定することの困難性が高い。
【0088】
一方、
図10の(b)を見てわかるように、フラックスゲート磁界センサ1では、それぞれの経過時間において、検波位相に対する出力信号の変化が正弦波状になっている。そして、
図10の(b)に示した一例では、検波位相が120~160[deg]の広い範囲で、それぞれの経過時間の出力信号がほぼ一点の値となり、オフセットのドリフトが極めて小さく抑制されている。このことから、フラックスゲート磁界センサ1では、環境温度(低温側であるか高温側であるか)や、動作開始からの経過時間に関わらず、LPF50がピックアップ信号に含まれる高調波成分を減衰させることによる効果が同様に得られていることがわかる。このことから、フラックスゲート磁界センサ1では、環境温度と経時変化とのそれぞれの条件を満たす検波位相の一点の値を、磁界の計測が好適に行われるようなピックアップ信号と参照信号との位相関係(検波位相)として容易に決定することができる。
【0089】
次に、フラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2とにおける雑音性能について説明する。
図11は、フラックスゲート磁界センサにおける雑音性能の一例を示す図である。
図11には、フラックスゲート磁界センサ1とフラックスゲート磁界センサ2とのそれぞれにおいて測定した周波数ごとの雑音特性(ノイズ密度)を示している。
図11を見てわかるように、フラックスゲート磁界センサ1の雑音性能とフラックスゲート磁界センサ2の雑音性能とは類似しているが、1[Hz]以上の高周波数側では、フラックスゲート磁界センサ1の方が、フラックスゲート磁界センサ2よりも雑音が少ない結果が得られる。この要因としては、例えば、フラックスゲート磁界センサ1では、LPF50がピックアップ信号に含まれる高調波成分を減衰させるため、この高調波成分が有する揺らぎや(いわゆる、ジッタ)も併せて減衰されて、ピックアップ信号におけるノイズが低減されたことなどが考えられる。
【0090】
上述したように、実施形態のフラックスゲート磁界センサ1では、増幅器40と同期検波器60との間に、センサヘッド部SHにより出力されたピックアップ信号に含まれる基本波成分を抽出する(高調波成分を減衰させる)LPF50を備え、基本波ピックアップ信号を同期検波器60に出力する。そして、実施形態のフラックスゲート磁界センサ1では、同期検波器60が、矩形波の参照信号を参照して、基本波ピックアップ信号に対する同期検波を行う。これにより、実施形態のフラックスゲート磁界センサ1では、バイアススイッチング方式において出力に残留するオフセット成分やそのドリフトの原因となるピックアップ信号に含まれる高調波成分(特に、奇数次の高調波成分)の影響を軽減させた状態、より具体的には、バイアススイッチング方式の各励磁極性におけるピックアップ信号に含まれる高調波成分のアンバランスの影響を軽減させた状態で、計測対象の外部磁界を計測することができる。このことにより、実施形態のフラックスゲート磁界センサ1では、より高精度な外部磁界の計測を行うことができる。しかも、実施形態のフラックスゲート磁界センサ1では、比較的小規模で構成することができるLPF50を備えるのみであるため、小型のフラックスゲート磁界センサを実現することができる。
【0091】
さらに、実施形態のフラックスゲート磁界センサ1における出力の変化傾向の確認方法では、フラックスゲート磁界センサ1の計測結果(出力信号)を、温度や経時変化を伴う一度の試行のみにおいて取得することによって、検波位相を容易に決定することができる。しかも、実施形態のフラックスゲート磁界センサ1における出力の変化傾向の確認方法は、内部の構成要素の信号を確認するのではなく、計測結果(出力信号)を取得することによって行うことができる。このため、実施形態のフラックスゲート磁界センサ1における出力の変化傾向の確認方法では、特別な構成を必要とせずに、出力の変化傾向を確認することができる。
【0092】
実施形態のフラックスゲート磁界センサ1では、上述したように、ピックアップ信号に含まれる三次高調波成分までを適度に減衰させるために、LPF50の次数を三次とした場合の構成の動作や処理について説明した。しかし、ピックアップ信号には、四次や五次など、さらに次数の高い高調波成分も含まれるほか、これらの高調波の影響をより大きく受けてしまうセンサヘッド部SHが存在することも考えられる。このため、フラックスゲート磁界センサ1を、ピックアップ信号に含まれる高調波成分のアンバランスからの影響をより受けない構成とするためには、LPF50の次数を上げればよい。
【0093】
実施形態のフラックスゲート磁界センサ1では、上述したように、ピックアップ信号に含まれる高調波成分を減衰させる構成要素として、ローパスフィルタを備える構成の動作や処理について説明した。しかし、ピックアップ信号に含まれる高調波成分を減衰させる構成要素は、ローパスフィルタに限定されない。例えば、ローパスフィルタに代えて、バンドパスフィルタを備えてもよい。この場合のフラックスゲート磁界センサにおける動作や処理は、実施形態のフラックスゲート磁界センサ1における動作や処理と等価なものになるようにすればよい。
【0094】
実施形態では、同期検波器60が、基本波ピックアップ信号に対する同期検波を行う構成のフラックスゲート磁界センサ1について説明した。しかし、フラックスゲート磁界センサにおける検波は、同期検波に限定されない。例えば、ダイオードなどを用いたピーク検波や、サンプルアンドホールド回路を用いてピックアップ信号における所定のタイミングの値を取り出す検波を行う構成であってもよい。これらの場合においても、ピックアップ信号に対する検波は、実質的にデューティ比が極めて小さい矩形波状の切り返しパルス信号を参照信号として乗算を行っているのと等価であると考えられる。この場合においても、高調波成分を減衰した基本波ピックアップ信号に対して検波を行うことによって、実施形態のフラックスゲート磁界センサ1と同様の効果を得ることができる。この場合における動作や処理も、実施形態のフラックスゲート磁界センサ1における動作や処理と等価なものになるようにすればよいため、動作や処理に関する詳細な説明は省略する。
【0095】
上記に述べたとおり、実施形態のフラックスゲート磁界センサ1によれば、基本波型直交フラックスゲート磁界センサにおいて、LPF50が、センサヘッド部SHにより出力されたピックアップ信号を同期検波する前に、このピックアップ信号に含まれる高調波成分を減衰させることによって基本波成分を抽出する。そして、実施形態のフラックスゲート磁界センサ1では、同期検波器60が、基本波成分を抽出した基本波ピックアップ信号に対して同期検波を行う。これにより、実施形態のフラックスゲート磁界センサ1では、計測対象の外部磁界の計測結果に、バイアススイッチング方式の各励磁極性におけるピックアップ信号に含まれる可能性のある高調波成分のアンバランスの影響が及んでしまう、つまり、出力に残留するオフセット成分およびそのドリフトとして計測結果の精度を低下させてしまう要因を排除(削減)することができる。このことにより、実施形態のフラックスゲート磁界センサ1では、高精度な磁界の計測を行うことができる。
【0096】
以上、本発明を実施するための形態について実施形態を用いて説明したが、本発明はこうした実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々の変形および置換を加えることができる。
【符号の説明】
【0097】
1・・・フラックスゲート磁界センサ
10・・・直流重畳交流励磁部
12・・・移相器
20・・・励磁極性スイッチング部
22・・・スイッチング部
30・・・ボルテージフォロア
40・・・増幅器
50・・・LPF
52・・・パッシブLPF
54・・・アクティブLPF
60・・・同期検波器
70・・・LPF
80・・・積分器
90・・・フィードバック抵抗
100・・・検査装置
SH・・・センサヘッド部
WC・・・磁性コア
PC・・・ピックアップコイル