(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023135605
(43)【公開日】2023-09-28
(54)【発明の名称】生理活性ペプチドとしてのプレプロオレキシン、その断片、およびそれらの変異型
(51)【国際特許分類】
A61K 38/16 20060101AFI20230921BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20230921BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230921BHJP
A61P 3/04 20060101ALI20230921BHJP
C07K 14/47 20060101ALN20230921BHJP
C12N 5/079 20100101ALN20230921BHJP
【FI】
A61K38/16
A61P25/00
A61P43/00 107
A61P3/04
C07K14/47 ZNA
C12N5/079
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022202455
(22)【出願日】2022-12-19
(31)【優先権主張番号】P 2022040447
(32)【優先日】2022-03-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】305060567
【氏名又は名称】国立大学法人富山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】恒枝 宏史
(72)【発明者】
【氏名】笹岡 利安
【テーマコード(参考)】
4B065
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
4B065AA93X
4B065AC14
4B065BB12
4B065BB19
4B065BD16
4B065CA44
4C084AA01
4C084AA02
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA19
4C084BA44
4C084ZA01
4C084ZA70
4C084ZB22
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA18
4H045CA40
4H045EA20
(57)【要約】
【課題】新規な脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現の増強剤を提供すること。
【解決手段】下記の(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを有効成分として含有する、脳細胞における脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現を増大するための剤。
(I)プレプロオレキシンのC末端領域のアミノ酸配列を有するポリペプチド
(II)前記(I)のポリペプチドに対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有するポリペプチド
(III)前記(I)のポリペプチドの断片
(IV)前記(III)のポリペプチドの断片に対して1又は2つのアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入された前記(III)のポリペプチドの断片の変異型
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを有効成分として含有する、脳細胞における脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現を増大するための剤。
(I)プレプロオレキシンのC末端領域のアミノ酸配列を有するポリペプチド
(II)前記(I)のポリペプチドに対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有するポリペプチド
(III)前記(I)のポリペプチドの断片
(IV)前記(III)のポリペプチドの断片に対して1又は2つのアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入された前記(III)のポリペプチドの断片の変異型
【請求項2】
前記(I)のポリペプチドが、配列番号1~3のいずれかで表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである請求項1に記載の剤。
【請求項3】
前記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドが、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである請求項1に記載の剤。
【請求項4】
前記(III)のポリペプチドが、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである請求項1に記載の剤。
【請求項5】
脳細胞を培養している細胞培養液中に、下記の(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを添加することにより、脳細胞における脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現を増大する工程を含む、インビトロでの脳細胞における神経栄養因子の発現を増大する方法。
(I)プレプロオレキシンのC末端領域のアミノ酸配列を有するポリペプチド
(II)前記(I)のポリペプチドに対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有するポリペプチド
(III)前記(I)のポリペプチドの断片
(IV)前記(III)のポリペプチドの断片に対して1又は2つのアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入された前記(III)のポリペプチドの断片の変異型
【請求項6】
前記細胞培養液がグルタミン酸を含む請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドが、細胞内cAMP経路を介して、脳細胞における脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現を増大する請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
下記の(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを有効成分として含有する、細胞死の阻害剤。
(I)プレプロオレキシンのC末端領域のアミノ酸配列を有するポリペプチド
(II)前記(I)のポリペプチドに対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有するポリペプチド
(III)前記(I)のポリペプチドの断片
(IV)前記(III)のポリペプチドの断片に対して1又は2つのアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入された前記(III)のポリペプチドの断片の変異型
【請求項9】
酸化ストレスを受けた神経細胞の細胞死の阻害剤である請求項8に記載の阻害剤。
【請求項10】
請求項1記載の脳細胞における脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現を増大するための剤、または、請求項8記載の細胞死の阻害剤を含む医薬組成物。
【請求項11】
下記の(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを有効成分として含有する、摂食抑制剤。
(I)プレプロオレキシンのC末端領域のアミノ酸配列を有するポリペプチド
(II)前記(I)のポリペプチドに対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有するポリペプチド
(III)前記(I)のポリペプチドの断片
(IV)前記(III)のポリペプチドの断片に対して1又は2つのアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入された前記(III)のポリペプチドの断片の変異型
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレプロオレキシン、その断片、およびそれらの変異型に関する。
【背景技術】
【0002】
脳の視床下部神経が発現するプレプロオレキシンは、翻訳後修飾により断片化され、オレキシンA、オレキシンB、およびそのC末端領域の31アミノ酸配列からなるペプチド(オレキシン遺伝子関連ペプチド(OGRP、以後、本願明細書ではオレキシンCと称する)が生成される。オレキシン1受容体(OX1R)またはオレキシン2受容体(OX2R)を強制発現させたHEK293細胞やCHO細胞を用いた評価系においてオレキシンAとオレキシンBが生理活性物質として同定された(非特許文献1)。しかしオレキシンCの詳細な活性評価は実施されないまま、生理活性ペプチドではないと考察され(非特許文献1)、今日まで至っている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Cell 1998;92:573-585
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、新規な生理活性ペプチドとしての、プレプロオレキシンのC末端領域のアミノ酸配列からなるペプチド、その断片、ならびにそれらの変異型を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、以下に記載の実施形態を包含する。
項1.下記の(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを有効成分として含有する、脳細胞における脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現を増大するための剤。
(I)プレプロオレキシンのC末端領域のアミノ酸配列を有するポリペプチド
(II)前記(I)のポリペプチドに対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有するポリペプチド
(III)前記(I)のポリペプチドの断片
(IV)前記(III)のポリペプチドの断片に対して1又は2つのアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入された前記(III)のポリペプチドの断片の変異型
項2.前記(I)のポリペプチドが、配列番号1~3のいずれかで表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである項1に記載の剤。
項3.前記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドが、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである項1に記載の剤。
項4.前記(III)のポリペプチドが、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである項1に記載の剤。
項5.脳細胞を培養している細胞培養液中に、下記の(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを添加することにより、脳細胞における脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現を増大する工程を含む、インビトロでの脳細胞における神経栄養因子の発現を増大する方法。
(I)プレプロオレキシンのC末端領域のアミノ酸配列を有するポリペプチド
(II)前記(I)のポリペプチドに対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有するポリペプチド
(III)前記(I)のポリペプチドの断片
(IV)前記(III)のポリペプチドの断片に対して1又は2つのアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入された前記(III)のポリペプチドの断片の変異型
項6.前記細胞培養液がグルタミン酸を含む項5に記載の方法。
項7.前記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドが、細胞内cAMP経路を介して、脳細胞における脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現を増大する項5または6に記載の方法。
項8.下記の(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを有効成分として含有する、細胞死の阻害剤。
(I)プレプロオレキシンのC末端領域のアミノ酸配列を有するポリペプチド
(II)前記(I)のポリペプチドに対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有するポリペプチド
(III)前記(I)のポリペプチドの断片
(IV)前記(III)のポリペプチドの断片に対して1又は2つのアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入された前記(III)のポリペプチドの断片の変異型
項9.酸化ストレスを受けた神経細胞の細胞死の阻害剤である項8に記載の阻害剤。
項10.項1記載の脳細胞における脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現を増大するための剤、または、項8記載の細胞死の阻害剤を含む医薬組成物。
項11.下記の(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを有効成分として含有する、摂食抑制剤。
(I)プレプロオレキシンのC末端領域のアミノ酸配列を有するポリペプチド
(II)前記(I)のポリペプチドに対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有するポリペプチド
(III)前記(I)のポリペプチドの断片
(IV)前記(III)のポリペプチドの断片に対して1又は2つのアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入された前記(III)のポリペプチドの断片の変異型
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、プレプロオレキシンのC末端領域のアミノ酸配列からなるペプチド、その断片、ならびにそれらの変異型を、生理活性を有するポリペプチドとして使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図2】BDNF、Arc、及びDusp5とこれらの遺伝子発現に関与するシグナル伝達経路の関係を示す模式図。
【
図3】オレキシンC処理による時間依存的なBDNF mRNA発現を示すグラフ。(A)6時間処置、(B)24時間処置。*P<0.05 by Student's t-test.
【
図4】オレキシンC処理による時間依存的にArc mRNA発現を示すグラフ。(A)6時間処置、(B)24時間処置。
【
図5】オレキシンC処理による時間依存的にDusp5 mRNA発現を示すグラフ。(A)6時間処置、(B)24時間処置。
【
図6】マウスオレキシンCがBDNF mRNA発現に与える影響。*P<0.05 by Student's t-test.
【
図7】(A) cAMP経路における各種分子と、H89のPKAに対する関係を示す略図。(B)PKA阻害剤H89がオレキシンCの作用に与える影響を示す。*P<0.05 by one-way ANOVA with Dunnett's multiple comparison test.
【
図8】オレキシンCによるBDNF遺伝子発現の増加作用。(A)ラット大脳皮質細胞におけるrOXC (10 μM) とグルタミン酸(GLU, 1 mM)の6 h共処置によるBDNF mRNA発現の相乗的な増加効果。(B)ラット大脳皮質細胞におけるOXC (10 μM) とBDNF (10 ng/ml)の6 h共処置によるBDNF mRNA発現の相乗的な増加効果。各群 n=18-22. *P<0.05 by one-way ANOVA with Dunnett's multiple comparison test.
【
図10】オレキシンCフラグメントによるBDNF遺伝子発現の増加作用。ラット大脳皮質細胞における(A) rOXC
1-11 (10 μM)、(B) rOXC
9-17 (10 μM)、及び(C) rOXC
15-31 (10 μM)の6 h処置によるBDNF mRNA発現の増加効果。各群 n=10-12. *P<0.05 by Student's t-test. BDNF mRNA発現量は内部標準Gapdh mRNA量との相対比で示した。データは平均値± 標準誤差で示した。
【
図11】Ca
2+経路活性化状態におけるオレキシンCフラグメントによるBDNF遺伝子発現の増加作用。ラット大脳皮質細胞における(A) rOXC
1-11 (10 μM)、(B) rOXC
9-17 (10 μM)、及び(C) rOXC
15-31 (10 μM)の6 h処置によるBDNF mRNA発現の増加効果。各群 n=10-12. *P<0.05 by one-way ANOVA with Dunnett's multiple comparison test. BDNF mRNA発現量は内部標準Gapdh mRNA量との相対比で示した。データは平均値± 標準誤差で示した。
【
図12】CoCl
2毒性に対するオレキシンCペプチドの神経保護効果。*P<0.05 by one-way ANOVA with Dunnett's multiple comparison test.
【
図13】マウスにおけるオレキシンCの摂食抑制効果。16時間絶食したC57BL/6Jマウスの脳室内にマウスオレキシンC(mOXC)またはコントロールとしてphosphate-buffered saline (PBS)を投与した後の摂食量(n=5/group)。摂食量は30分毎に測定し、累積値として示した。*P<0.05, Student's t-test。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本明細書において、「プレプロオレキシンのC末端領域」とは、プレプロオレキシンのアミノ酸配列(ラット:Uniprot番号 O55232、マウス:Uniprot番号 O55241、ヒト:Uniprot番号 O43612)のうち、オレキシンA、GKR配列、オレキシンB、ならびにGKR配列またはGRR配列に続く次のアミノ酸から最後のアミノ酸までのアミノ酸配列からなる領域を指し、オレキシン遺伝子関連ペプチド(OGRP)又はオレキシンC(OXC)とも称される(
図1)。なお、ラットオレキシンCとマウスオレキシンCの配列同一性は80.6%である。
【0009】
従来の技術常識によると、オレキシンAとオレキシンBのみが生理活性物質であると考えられていたが、本発明者らは、プレプロオレキシンのC末端領域のアミノ酸配列からなるペプチド(オレキシンC)及びその断片ペプチドの生理作用を初めて発見し、検討した。
【0010】
プレプロオレキシンのC末端領域のアミノ酸配列からなるペプチド(オレキシンC)及びその断片ペプチドは、そのような生理作用を有する剤または組成物として利用することができる。
【0011】
本発明における生理作用を有するポリペプチドは、下記の(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドである。
(I)プレプロオレキシンのC末端領域のアミノ酸配列を有するポリペプチド
(II)前記(I)のポリペプチドに対して90%以上のアミノ酸配列同一性を有するポリペプチド
(III)前記(I)のポリペプチドの断片
(IV)前記(III)のポリペプチドの断片に対して1又は2つのアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入された前記(III)のポリペプチドの断片の変異型
上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドは、合成されたもの、発酵生産されたもの、天然物から得たもののいずれであってもよく、必要に応じて、単離されたもの、精製されたものであってもよい。上記(I)のポリペプチドは、哺乳動物のプレプロオレキシンのC末端領域のアミノ酸配列を有するポリペプチドであることが好ましい。
【0012】
本発明の一つの態様によれば、上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを有効成分として含有する、脳細胞における脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現を増大するための剤すなわちBDNF発現増強剤が提供される。
【0013】
アルツハイマー病やパーキンソン病などの中枢神経疾患の治療薬開発分野において、脳神経細胞の活動を維持する薬剤や、細胞死を防止する薬剤が求められている。脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor, BDNF)は脳内で作用し、記憶学習のための神経伝達や神経保護の促進に不可欠な内因性タンパクである。脳のBDNF発現の低下は、アルツハイマー病などの認知症、パーキンソン病、うつ病、統合失調症など、多くの中枢神経疾患において認められる。そのため、BDNFの発現や作用を強化する薬剤は中枢神経疾患の病態改善や治療に有効である可能性がある。
本発明の態様のBDNFの発現増強剤の投与対象は、ヒト、マウス、ラットを始めとする哺乳動物、鳥類等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0014】
本発明の態様の上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドは、脳細胞における脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現を増大させるのに有用である。
【0015】
BDNFの発現には、BDNFの遺伝子の発現、BDNFのタンパク質の発現、又はその両方が含まれる。また、発現の増大には発現量の増大が含まれる。
【0016】
脳細胞としては、海馬、大脳皮質、扁桃体、小脳、視床下部、脊髄が挙げられるがこれらに限定されない。
【0017】
いくつかの実施形態において、上記(I)のポリペプチドは、配列番号1~3のいずれかで表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである。
【0018】
配列番号1、2、および3で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドは、それぞれラット、マウス、およびヒトのオレキシンCのアミノ酸配列に相当し、いずれも31個のアミノ酸配列を有するポリペプチドである。
ラットオレキシンC (rOXC):AGAELEPYPCPGRRCPTATATALAPRGGSRV(配列番号1)
マウスオレキシンC (mOXC):AGAELEPHPCSGRGCPTVTTTALAPRGGSGV(配列番号2)
ヒトオレキシンC (hOXC):AGAEPAPRPCLGRRCSAPAAASVAPGGQSGI(配列番号3)
【0019】
いくつかの実施形態において、上記(I)のポリペプチドは、配列番号1~3のいずれかで表されるアミノ酸配列のみからなるポリペプチドである。
【0020】
いくつかの実施形態において、上記(II)のポリペプチドは、前記(I)のポリペプチドに対して95%以上のアミノ酸配列同一性を有するポリペプチドである。 いくつかの実施形態において、上記(II)のポリペプチドは、前記(I)のポリペプチドに対して1又は2つのアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたポリペプチドである。
【0021】
いくつかの実施形態において、上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドは、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである。
【0022】
配列番号4、5および6で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドは、それぞれラット、マウス、およびヒトのオレキシンCのアミノ酸配列のうちのN末端側の1番目から11番目までの11個のアミノ酸配列を有するポリペプチドである。
ラットオレキシンC1-11(rOXC1-11):AGAELEPYPCP(配列番号4)
マウスオレキシンC1-11(mOXC1-11):AGAELEPHPCS(配列番号5)
ヒトオレキシンC1-11(hOXC1-11):AGAEPAPRPCL(配列番号6)
【0023】
いくつかの実施形態において、上記(III)のポリペプチドは、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである。
【0024】
いくつかの実施形態において、上記(III)のポリペプチドは、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列のみからなるポリペプチドである。
【0025】
いくつかの実施形態において、上記(IV)のポリペプチドは、上記(III)のポリペプチドが、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである、(III)のポリペプチドの断片の変異型である。
【0026】
本発明の態様のBDNFの発現増強剤は、(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドのうちの1種類のポリペプチドを含有していてもよいし、2種類以上のポリペプチドを含有していてもよい。なお、本発明の態様のBDNFの発現増強剤が、(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドのうちの2種類以上を含有する場合は、(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドの量は、それらの合計量を指す。
【0027】
本発明の態様のBDNFの発現増強剤は、上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドのみからなるものであってもよいし、脳細胞におけるBDNFの発現誘導作用を有する、その他の物質をさらに含有してもよい。また、本発明の態様のBDNFの発現増強剤は、(I)~(IV)のいずれかのポリペプチド水、緩衝液等の適切な溶媒に溶解した溶液の形態であってもよいし、乾燥粉末化された形態であってもよい。
【0028】
上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドは、細胞内cAMP経路を介して、脳細胞におけるBDNFの発現を増大させると考えられる(
図2)。このため、本発明の態様のBDNFは細胞内cAMP経路を介してBDNFの発現を増大する剤であり得る。
【0029】
本発明の態様のBDNFの発現増強剤の投与により、脳細胞の活動が促進または細胞死が抑制され、アルツハイマー病などの認知症、パーキンソン病、うつ病、統合失調症などの中枢神経疾患の予防、治療、または改善に有効となり得る。また、脳の萎縮、脳の機能の低下、ニューロンの損傷などの症状の予防、治療、または改善に有効となり得る。
【0030】
また、BDNFは脳の視床下部に作用することで、摂食抑制や糖・エネルギー代謝の促進に寄与し、BDNF受容体ヘテロ欠損マウスではBDNF作用が低下し、著明な過食や肥満が認められている。したがって、本発明の態様のBDNFの発現増強剤は、肥満に伴う糖尿病などの代謝疾患に有効となり得る。
【0031】
本発明の態様のBDNFの発現増強剤は、医薬として利用することができ、本発明の態様のBDNFの発現増強剤を含む医薬組成物とすることができる。
【0032】
医薬組成物は医薬として許容される薬学的担体を含んでもよく、薬学的担体としては、製剤素材として慣用の各種有機或いは無機担体物質が用いられる。例えば、固形製剤における賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、コーティング剤、液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、pH調整剤・緩衝剤、無痛化剤等が挙げられる。また、必要に応じて防腐剤、酸化防止剤(抗酸化剤)、着色剤、矯味・矯臭剤、安定化剤、香料等の製剤添加物を含んでもよい。
【0033】
医薬組成物の剤形としては、通常医薬品製剤に使用できる剤形であればよいが、例えば、錠剤、顆粒剤、散剤、注射剤等であればよい。
【0034】
本発明の別の態様によれば、脳細胞を培養している細胞培養液中に、上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを添加することにより、脳細胞における脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現を増大する工程を含む、インビトロでの脳細胞における神経栄養因子の発現を増大する方法が提供される。
【0035】
BDNFの発現には、BDNFの遺伝子の発現、BDNFのタンパク質の発現、又はその両方が含まれる。また、発現の増大には発現量の増大が含まれる。
【0036】
いくつかの実施形態において、上記(I)のポリペプチドは、配列番号1~3のいずれかで表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである。
【0037】
いくつかの実施形態において、上記(I)のポリペプチドは、配列番号1~3のいずれかで表されるアミノ酸配列のみからなるポリペプチドである。
【0038】
いくつかの実施形態において、上記(II)のポリペプチドは、前記(I)のポリペプチドに対して95%以上のアミノ酸配列同一性を有するポリペプチドである。 いくつかの実施形態において、上記(II)のポリペプチドは、前記(I)のポリペプチドに対して1又は2つのアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたポリペプチドである。
【0039】
いくつかの実施形態において、上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドは、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである。
【0040】
いくつかの実施形態において、上記(III)のポリペプチドは、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである。
【0041】
いくつかの実施形態において、上記(III)のポリペプチドは、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列のみからなるポリペプチドである。
【0042】
いくつかの実施形態において、上記(IV)のポリペプチドは、上記(III)のポリペプチドが、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである、(III)のポリペプチドの断片の変異型である。
【0043】
細胞培養液中に添加される上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドは、1種類のポリペプチドでもよいし、2種類以上のポリペプチドでもよい。2種類以上の(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドが添加される場合、(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドの量は、それらの合計量を指す。
【0044】
上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを細胞培養液中に所定の濃度となるよう添加した後、所定の期間、脳細胞を培養すればよい。その際の処理濃度および処理時間は、上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドの脳細胞におけるBDNFの発現を増大させる作用が発揮されるような濃度および時間とすべく、調節することができる。細胞培養液中の濃度は、1 μM~100mM の範囲とすることができ、(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドが添加された細胞培養液中での脳細胞の培養期間は1~48時間、好ましくは6~24時間で調整することができる。
【0045】
細胞培養液は、脳細胞の種類により当業者には適宜選択することができる。細胞培養液は、グルタミン酸(GLU)のような細胞内シグナル伝達経路を活性化させる化合物を含んでもよい。
【0046】
上述したように、上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドは、細胞内cAMP経路を介して、脳細胞におけるBDNFの発現を増大させると考えられる(
図2)。細胞内のcyclic AMP (cAMP)は細胞内情報伝達のセカンドメッセンジャーの一つである。その他のセカンドメッセンジャーとしては細胞内Ca
2+やmitogen-activated protein kinase (MAPK)が挙げられる。細胞内のcAMPの増加は主にprotein kinase A (PKA)の活性化を介して多くの酵素活性を調節する。また、cAMP経路は、cAMP経路以外の細胞内シグナル伝達経路であるCa
2+経路やMAPK経路と相互作用し、中枢や末梢の細胞の機能を調整する。したがって、細胞内cAMP経路の賦活剤は、cAMP低下を基盤とする疾患の病態改善や治療に有効である。Ca
2+経路やMAPK経路を活性化させる化合物を細胞培養液に添加すれば、脳細胞におけるBDNFの発現をさらに増加させることができる。
【0047】
本発明の別の態様によれば、上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを有効成分として含有する、細胞死の阻害剤が提供される。
【0048】
本発明の別の態様の上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを有効成分として含有する、細胞死の阻害剤は、医薬として利用することができ、当該阻害剤を含む医薬組成物とすることができる。
【0049】
本発明の別の態様によれば、上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを有効成分として含有する、摂食抑制剤が提供される。本発明の別の態様によれば、上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドの有効量を、治療を必要とする対象に投与することを含む、摂食障害の予防、改善又は治療方法が提供される。摂食障害の予防、改善又は治療方法は摂食又は食欲抑制方法を含む。
【0050】
本発明の別の態様の上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを有効成分として含有する、摂食抑制剤は、医薬として利用することができ、当該阻害剤を含む医薬組成物とすることができる。
【0051】
医薬組成物は医薬として許容される薬学的担体を含んでもよく、薬学的担体としては、製剤素材として慣用の各種有機或いは無機担体物質が用いられる。例えば、固形製剤における賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、コーティング剤、液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、pH調整剤・緩衝剤、無痛化剤等が挙げられる。また、必要に応じて防腐剤、酸化防止剤(抗酸化剤)、着色剤、矯味・矯臭剤、安定化剤、香料等の製剤添加物を含んでもよい。
【0052】
医薬組成物の剤形としては、通常医薬品製剤に使用できる剤形であればよいが、例えば、錠剤、顆粒剤、散剤、注射剤等であればよい。
【0053】
細胞としては、脳細胞であってもよいし、末梢の細胞であってもよい。脳細胞としては、海馬、大脳皮質、扁桃体、小脳、視床下部、脊髄の細胞が挙げられる。かかる脳細胞又は末梢の細胞は、神経細胞であってもよい。
【0054】
上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドは、脳の神経活動を改善する作用や細胞の生存率を改善する作用を有する。このため、(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを含有する剤を、細胞の神経保護のために使用することができる。
【0055】
いくつかの実施形態では、神経細胞を培養している細胞培養液中に、上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを添加することにより、神経細胞の細胞死をインビトロにおいて抑制する方法が提供される。
【0056】
いくつかの実施形態では、神経細胞は、酸化ストレスを受けた神経細胞である。
上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドを細胞培養液中に所定の濃度となるよう添加した後、所定の期間、神経細胞を培養すればよい。その際の処理濃度および処理時間は、上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドの神経細胞における細胞死の抑制作用が発揮されるような濃度および時間とすべく、調節することができる。細胞培養液中の濃度は、1 μM~100mM の範囲とすることができ、(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドが添加された細胞培養液中での神経細胞の培養期間は1~48時間、好ましくは6~24時間で調整することができる。
細胞培養液は、神経細胞の種類により当業者には適宜選択することができる。
【0057】
いくつかの実施形態において、上記(I)のポリペプチドは、配列番号1~3のいずれかで表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである。
【0058】
いくつかの実施形態において、上記(I)のポリペプチドは、配列番号1~3のいずれかで表されるアミノ酸配列のみからなるポリペプチドである。
【0059】
いくつかの実施形態において、上記(II)のポリペプチドは、前記(I)のポリペプチドに対して95%以上のアミノ酸配列同一性を有するポリペプチドである。 いくつかの実施形態において、上記(II)のポリペプチドは、前記(I)のポリペプチドに対して1又は2つのアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたポリペプチドである。
【0060】
いくつかの実施形態において、上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドは、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである。
【0061】
いくつかの実施形態において、上記(III)のポリペプチドは、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである。
【0062】
いくつかの実施形態において、上記(III)のポリペプチドは、配列番号4で表されるアミノ酸配列のみからなるポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列のみからなるポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列のみからなるポリペプチドである。
【0063】
いくつかの実施形態において、上記(IV)のポリペプチドは、上記(III)のポリペプチドが、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである、(III)のポリペプチドの断片に対して1又は2つのアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入された前記(III)のポリペプチドの断片の変異型である。
【0064】
上記(I)~(IV)のいずれかのポリペプチドは、1種類のポリペプチドでもよいし、2種類以上のポリペプチドでもよい。
【0065】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【実施例0066】
実施例1 オレキシンCのBDNF発現に対する影響
視床下部オレキシン神経は、小脳を除く、脳全域に投射する。そこでオレキシン神経の投射先の一つである大脳皮質に焦点を当て、大脳皮質細胞においてオレキシンCが最初期遺伝子の発現に影響するか検証した。
(方法)
妊娠17-18日目のSprague-Dawleyラットから胎児を摘出し、大脳皮質を単離した後、10% fetal bovine serum (FBS)を含むDulbecco's Modified Eagle's Medium (DMEM)培地中で大脳皮質細胞を初代培養した。培養4日目にserum-free DMEMに培地交換し、培養6日目に薬効解析実験に使用した。
ラットオレキシンC (rOXC)(配列番号1)のポリペプチドを合成により準備した。大脳皮質細胞の静止状態における rOXC の作用の検討では、rOXC (1-10 μM)を1-24時間単独処置し、最初期遺伝子 (BDNF、Arc、Dusp) のmRNA発現をRT-PCR法で解析した。
(結果)
大脳皮質細胞の静止状態において、rOXCは処置時間および濃度依存的にBDNF mRNA発現を増大し、
図3(A),(B)に示すように、6時間及び24時間では大脳皮質細胞におけるBdnfmRNA を増強した。24時間処置でも6時間処置と同等の増加を認めた。Arc mRNAの発現量(
図4(A),(B))およびDusp5 mRNAの発現量(
図5(A),(B))は6時間及び24時間において増大しなかった。
【0067】
実施例2 マウスオレキシンCのBDNF発現に対する影響
マウスにおける大脳皮質細胞の静止時のオレキシンCが遺伝子発現に影響するかを検証した。
(方法)
マウスからの大脳皮質細胞の採取、大脳皮質細胞の初代培養は実施例1と同様とした。マウスオレキシンC (mOXC)(配列番号2)のポリペプチドを合成により準備した。
(結果)
図6に示すように、マウス大脳皮質細胞においても、6時間処置後にmOXCはBDNF mRNA発現を増強した。
【0068】
実施例3 オレキシンCのシグナル伝達経路との関連の検証
オレキシンCのシグナル伝達経路との関連を明らかにするために、cAMP経路のPKAの阻害剤であるH-89を用いて、OXCによるBDNF mRNA発現の増強作用を検討した(
図7(A))。
(方法)
実施例1に従って、大脳皮質細胞の初代培養細胞を調製した。またrOXCを準備した。初代培養4日目にserum-free Dulbecco's modified Eagle's medium (DMEM: 05915, Nissui)に培地交換し、培養6日目にOXCで刺激した。Phosphate-buffered salineで洗浄後、TRIsure (BIO-38032, 日本ジェネティクス) を用いてRNAを抽出した。そのRNA サンプル(0.25 μg)をReverTraAce qPCR RT Master Mix with gDNA Remover (FSQ-301, Toyobo) を用いて逆転写し(37℃, 15 min; 50℃, 5 min; 98℃, 5 min) 、cDNAサンプルを得た後、Brilliant III Ultra-Fast SYBR Green QPCR Master Mix (600882, Agilent Technologies) とMx3000PまたはMx3005P QPCR System (Stratagene, La Jolla, CA, USA)を用いてリアルタイムPCR法で定量した(初期変性反応後 (95℃, 170 s)、45サイクルのPCR [変性反応 (95℃, 10 s)、アニーリング (Bdnf, Dusp5, Arc: 62℃, 22 s, Gapdh: 62℃, 27 s)]、伸長反応 (72℃, 60 s))。Bdnf、Dusp5およびArc mRNA発現量はGlyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase (Gapdh) mRNA量との相対比として定量した。なお、使用したプライマーは以下の通りである。
Bdnf
Forward: 5'-TCGGCCACCAAAGACTCG-3' (配列番号9)
Reverse: 5'-GCCCATTCACGCTCTCCA-3' (配列番号10)
Dusp5
Forward: 5'-AGGATCCCATGGAAGCTGTTG-3' (配列番号11)
Reverse: 5'-CAGGGTAGGGAGGGAAACATT-3' (配列番号12)
Arc
Forward: 5'-CGCTGGAAGAAGTCCATCAA-3' (配列番号13)
Reverse: 5'-GGGCTAACAGTGTAGTCGTA-3' (配列番号14)
Gapdh
Forward: 5'-TCCATGACAACTTTGGCATCGTGG-3' (配列番号15)
Reverse: 5'-GTTGCTGTTGAAGTCACAGGAGAC-3' (配列番号16)
(結果)
図7(B)に示すように、H89不在下かつオレキシンC不在下(H89不在下かつオレキシンC不在下のmRNAの発現量を1とし、他を相対比で算出)と比較して、H89不在下かつオレキシンC存在下では、細胞におけるBDNF mRNAの発現が有意に増大したが、H89存在下かつオレキシンC不在下では、H89不在下かつオレキシンC存在下と比較して、BDNF mRNAの発現が有意に減少した。H89不在下かつオレキシンC存在下では、H89不在下かつオレキシンC存在下と、BDNF mRNAの発現は変わらなかった。このことから、オレキシンCはcAMP経路を介してBDNF mRNAの発現を増強していることが示された。
【0069】
実施例4 オレキシンCのシグナル伝達経路との関連の検証
シグナル伝達経路の活性化条件下における、大脳皮質細胞におけるオレキシンCによるBDNFの発現の影響を検証した。
(方法)
実施例1に従って、大脳皮質細胞の初代培養細胞を調製した。またrOXCを準備した。胞内Ca
2+経路及びMAPK経路の誘導剤(それぞれグルタミン酸(GLU)、BDNF)とrOXCを共処置し、 BDNFの発現変化を解析した。
(結果)
図8(A)に示されるように、グルタミンの存在下では、rOXCの単独添加に比べて、大脳皮質細胞におけるBDNF mRNAの発現が有意に増大した。
図8(B)に示されるように、グルタミン酸およびBDNFの単独処置により増加したBDNF mRNA発現は、rOXCとの共処置によりさらに増加した。このことから、cAMP経路を介するrOXCによるBDNF mRNAの発現の増大とは独立して、Ca
2+経路及びMAPK経路の誘導剤によってBDNF mRNAの発現がさらに増強されることが確認された。
【0070】
実施例5 オレキシンCの断片のBDNF発現に対する影響
さらにrOXCの作用の発現に必要なペプチド領域を特定するため、rOXC の断片を作成し、大脳皮質細胞におけるBDNF mRNAの発現を調べた。
(方法)
実施例1に従って、大脳皮質細胞の初代培養細胞を調製した。rOXCフラグメントは、rOXC の1-11番目のアミノ酸配列からなるポリペプチドであるrOXC1-11(配列番号4)を合成により準備した。
rOXC1-11: AGAELEPYPCP (配列番号4)
(結果)
図10にそれぞれ示すように、断片化したrOXC1-11フラグメントによるBDNF mRNA発現を検討した結果、rOXC1-11フラグメントは高い効力を示した。
【0071】
実施例6 オレキシンCの断片のBDNF発現に対する影響
断片化したrOXCフラグメントのグルタミン酸との共処置によるBDNF mRNA発現を検討した。
(方法)
実施例1に従って、大脳皮質細胞の初代培養細胞を調製した。rOXCフラグメントは、rOXC の1-11番目のアミノ酸配列からなるポリペプチドであるrOXC1-11(配列番号4)、rOXC の9-17番目のアミノ酸配列からなるポリペプチドであるrOXC9-17(配列番号7)、およびrOXC の15-31番目のアミノ酸配列からなるポリペプチドであるrOXC15-31(配列番号8)を合成により準備した(
図9)。
rOXC1-11: AGAELEPYPCP (配列番号4)
rOXC9-17: PCPGRRCPT (配列番号7)
rOXC15-31: CPTATATALAPRGGSRV (配列番号8)
(結果)
図11(A)-(C)にそれぞれ示すように、断片化したrOXCフラグメントのグルタミン酸との共処置によるBDNF mRNA発現を検討した結果、いずれの処置においても増強作用を示した。
【0072】
実施例7 酸化ストレス負荷に伴う細胞死に対するオレキシンCの神経保護効果
(方法)
妊娠17-18日目のSDラットより胎児を摘出し、10% FBSを含むDMEM培地中で大脳皮質細胞を初代培養した。培養6日目にserum-free DMEMに培地交換し、培養7日目にrOXC (1-10 μM)を30分前処置した後CoCl
2 (200 μM)を添加、またはrOXC (1-10 μM)とCoCl
2 (200 μM)を同時処置した。48時間のインキュベート後にMTT assay法により細胞生存率を測定した。
(結果)
図12に示すように、rOXC (10 μM)による処置は、30 min前処置の有無に関わらず、CoCl
2の酸化ストレス毒性による細胞死を部分的に抑制した。
【0073】
実施例8 マウスにおけるオレキシンCの摂食抑制効果
(方法)
C57BL/6Jマウス(雄性、7週齢)を三種混合麻酔薬(メデトミジン0.75 mg/kg、ミダゾラム4 mg/kg、ブトルファノール5 mg/kg;腹腔内注射)で麻酔し、脳室内投与用のガイドカニューレを装着した後、1週間回復させた。16時間絶食した状態で、マウスの側脳室(Bregmaより後方0.5 mm、側方0.9 mm、脳表面より2.2 mm)にマウスオレキシンC(配列番号2、mOXC、3 nmol)またはコントロールとしてphosphate-buffered saline (PBS)を脳室内投与し、通常食(PicoLab(登録商標) Rodent Diet 20)の摂食を開始させ、30分毎に摂食量を計測した。
(結果)
図13に示すように、mOXC投与群では、180分間の累積摂食量がPBS投与群よりも低下し、mOXCによる摂食抑制効果を認めた。