(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023135733
(43)【公開日】2023-09-29
(54)【発明の名称】ジルコニウム錯体およびその合成方法
(51)【国際特許分類】
C07F 7/00 20060101AFI20230922BHJP
A61K 51/04 20060101ALI20230922BHJP
C07D 413/14 20060101ALI20230922BHJP
【FI】
C07F7/00 A
A61K51/04 200
C07D413/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022040966
(22)【出願日】2022-03-16
(71)【出願人】
【識別番号】000004123
【氏名又は名称】JFEエンジニアリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井村 亮太
【テーマコード(参考)】
4C063
4C085
4H049
【Fターム(参考)】
4C063AA03
4C063BB03
4C063CC59
4C063DD12
4C063EE10
4C085HH03
4C085KA09
4C085KA29
4C085KB07
4C085KB56
4C085LL18
4H049VN06
4H049VP01
4H049VQ60
4H049VR40
4H049VR52
4H049VR54
4H049VU06
4H049VW02
(57)【要約】 (修正有)
【課題】核医学治療に用いられる放射性物質において、治療用と診断用とで別々のキレート剤を用いる煩雑さを回避できるジルコニウム錯体及びその合成方法を提供する。
【解決手段】例えば式(6)で表されるジルコニウム錯体である。ジルコニウム錯体の合成方法は、酸性溶液に溶解したジルコニウムと、対応するキレート剤が溶解したキレート剤溶液とを混合した混合溶液を、所定温度以上にすることによりジルコニウム錯体を合成する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)によって表される構造を含むキレート剤と、
前記キレート剤に捕捉されたジルコニウムと、を有する
ジルコニウム錯体。
【化1】
【化2】
【化3】
【化4】
(一般式(1)において、R
1,R
2,R
3,R
4,R
5,R
6,R
7,R
8,R
9,R
10,R
11,R
12,R
13,およびR
14は、第1群に含まれる化学式(11)~(20)から選ばれる構造を有する。R
15,R
16,R
17,R
18,およびR
19は、第2群に含まれる化学式(21),(22)から選ばれる構造を少なくとも2箇所含む。R
20,R
21,R
22,R
23,およびR
24は、第3群に含まれる化学式(31)~(36)から選ばれる構造を少なくとも2箇所含む。化学式(11)~(22),(31)~(36)において、Xは、タンパク質、ペプチド、クリックケミストリ試薬、またはその他の機能性物質を示す。一般式(1)によって表される構造とXとの間にリンカー構造を含んでいてもよい。)
【請求項2】
酸性溶液に溶解されたジルコニウムと、
請求項1に記載の一般式(1)によって表される構造を含むキレート剤が溶解されたキレート剤溶液と、
を混合した混合溶液を、所定温度以上にすることによりジルコニウム錯体を合成する
ジルコニウム錯体の合成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キレート剤と89Zrなどの放射性ジルコニウムとのジルコニウム錯体およびその合成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属放射性核種をペプチドなどの中分子化合物やタンパク質などの高分子化合物に標識する場合、適切なキレート剤を化合物に導入して、キレート剤と金属放射性核種とを錯形成させることによって達成する。1,4,7,10-テトラアザシクロドデカン-1,4,7,10-四酢酸(1,4,7,10-tetraazacyclododecane-1,4,7,10-tetraacetic acid:DOTA)や、1,4,7-トリアザシクロノナン-1,4,7-三酢酸(1,4,7-triazacyclononane-1,4,7-triacetic acid:NOTA)、またはそれらの類似化合物が金属放射性核種の標識のためのキレート剤として広く用いられている。DOTAやNOTAは、放射性銅(Cu)、ガリウム(Ga)、イットリウム(Y)、インジウム(In)、ルテチウム(Lu)、およびアクチニウム(Ac)などの多くの金属核種と錯形成する高い汎用性を有するキレート剤である。
【0003】
放射性インジウム標識薬剤やルテチウム標識薬剤の合成においてDOTAは、実用的に用いられている一方で、アクチノイドイオンに対して錯体を形成するためには、DOTAを高濃度にして反応させなければ錯体を形成する反応が進まず、かつ高い反応温度が求められるという問題がある(非特許文献1参照)。そこで、アクチノイドイオンに適したキレート剤として、N,N′-ビス[(6-カルボキシ-2-ピリジル)メチル]-4,13-ジアザ-18-クラウン6(N,N′-bis[(6-carboxy-2-pyridil)methyl]-4,13-diaza-18-crown6:Macropa)(以下、macropa:マクロパ)が提案されている(非特許文献1,2、特許文献1参照)。
【0004】
macropaは、アクチノイドイオンとの反応性が良好である。低濃度のmacropaを室温においてアクチノイドイオンと反応させることによって錯体を形成できる。アクチノイドはα線を放出するため、放射線内用治療に使用できる。具体的には、抗体やペプチドのような分子標的薬にアクチノイドを標識することによって、放射線内用治療薬を創出できる可能性がある。そのため、macropaを利用したアクチノイド元素の標識技術が盛んに研究されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】“Evaluation of polydentate picolinic acid chelating ligands and an α-melanocyte-stimulating hormone derivative for targeted alpha therapy using ISOL-produced 225Ac”, EJNMMI RADIOPHARMACY AND CHEMISTRY, 2019,4,21.
【非特許文献2】“Macrocyclic Receptor Exhibiting Unprecedented Selectivity for Light Lanthanides”, JACS, 2009, 131, 9, 3331-3341.
【非特許文献3】“Py-Macrodipa: A Janus Chelator Capable of Binding Medicinally Relevant Rare-Earth Radiometals of Disparate Sizes”, Aohan Hu et al., doi: 10.1021/jacs. 1c05339
【非特許文献4】“Polyazamacrocycle Ligands Facilitate 89Zr Radiochemistry and Yield 89Zr Complexes with Remarkable Stability”, Darpan N Pandya et al., doi.org/10.1021/Jacs. inorgchem.0c02722
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
核医学治療においては、治療薬の効果を評価するためのコンパニオン診断薬がさらに必要になる。コンパニオン診断では患者への被曝を最小限にするためにα線やβ線を放出することなく陽電子を放出する核種を使用して、陽電子断層撮影法(PET)による診断を行うことが望まれる。内用治療のために研究されている225Acなどのアクチノイド元素は、いずれもα線を放出する一方で陽電子を放出しないため、診断用のコンパニオン診断薬として、陽電子放出核種を別途用いる必要がある。
【0008】
上述したように、治療用核種としてアクチノイド元素を選択した場合、macropaを利用することによって効率的にペプチドや抗体などの薬剤に標識可能である。しかしながら、診断用の陽電子放出核種とmacropaとは必ずしも安定な錯体を形成しないという問題がある。そのため、これらの治療用と診断用とにおいて別々のキレート剤を用いる煩雑さを回避する技術が求められていた。
【0009】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、その目的は、核医学治療に用いられる放射性物質において、治療用と診断用とにおいて別々のキレート剤を用いる煩雑さを回避できるジルコニウム錯体およびその合成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明の一態様に係るジルコニウム錯体は、一般式(1)によって表される構造を含むキレート剤と、前記キレート剤に捕捉されたジルコニウムと、を有する。
【化1】
【化2】
【化3】
【化4】
(一般式(1)において、R
1,R
2,R
3,R
4,R
5,R
6,R
7,R
8,R
9,R
10,R
11,R
12,R
13,およびR
14は、第1群に含まれる化学式(11)~(20)から選ばれる構造を有する。R
15,R
16,R
17,R
18,およびR
19は、第2群に含まれる化学式(21),(22)から選ばれる構造を少なくとも2箇所含む。R
20,R
21,R
22,R
23,およびR
24は、第3群に含まれる化学式(31)~(36)から選ばれる構造を少なくとも2箇所含む。化学式(11)~(22),(31)~(36)において、Xは、タンパク質、ペプチド、クリックケミストリ試薬、またはその他の機能性物質を示す。一般式(1)によって表される構造とXとの間にリンカー構造を含んでいてもよい。)
【0011】
本発明の一態様に係るジルコニウム錯体の合成方法は、中性溶液から酸性溶液に溶解されたジルコニウムと、上記の発明による一般式(1)によって表される構造を含むキレート剤が溶解されたキレート剤溶液と、を混合した混合溶液を、所定温度以上にすることによりジルコニウム錯体を合成する。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るジルコニウム錯体およびその合成方法によれば、核医学治療に用いられる放射性物質において、治療用と診断用とにおいて別々のキレート剤を用いる煩雑さを回避することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、macropaと結合する金属イオンのイオン半径に対する安定度定数の関係を示すグラフである。
【
図2】
図2は、本発明の一実施形態による、ジルコニウムとmacropaとを反応させてジルコニウム錯体を合成する合成方法の例を説明するための図である。
【
図3】
図3は、本発明の一実施形態の変形例による、ジルコニウムとmacropaとを反応させてジルコニウム錯体を合成する合成方法の例を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態について図面を参照しつつ説明する。また、本発明は以下に説明する一実施形態によって限定されるものではない。まず、本発明の一実施形態を説明するにあたり、本発明の理解を容易にするために、本発明者が上記課題を解決するために行った実験および鋭意検討について説明する。
【0015】
まず、放射線内用治療として内用療法が検討されている。内容療法とは、抗体などの例えばがんに集積する薬剤に放射性物質を標識させた後、がん患者に投与して放射線の内部照射によってがんなどの治療を行う方法である。放射線内容治療には、特にアクチノイド元素などのいわゆるα線放出体の利用が注目されている。
【0016】
さて、放射性物質である放射性金属イオンの標識には、多種の金属の放射性同位元素(RI:Radio Isotope)と容易に結合できることから、以下の化学式(2)に示すような、1,4,7,10-テトラアザシクロドデカン-1,4,7,10-テトラ酢酸(1,4,7,10-Tetraazacyclododecane-1,4,7,10-Tetraacetic Acid:DOTA)が、汎用のキレート剤として広く使用されている。多くの薬剤において、DOTA誘導体の合成方法も確立されており、DOTAおよびその誘導体(例えばDOTAM、DOTP)の入手も容易である。最近では、ルタテラ(登録商標)(富士フイルム富山化学社製)なども挙げられる。
【0017】
【0018】
しかしながら、キレート剤としてのDOTAは、捕捉できる金属イオンがイオン半径の比較的小さいイオンであって、イオン半径が比較的に大きいアクチノイド元素との結合反応収率が低いという問題があった。そこで、近年、化学式(3)に示すような、N,N′-ビス[(6-カルボキシ-2-ピリジル)メチル]-4,13-ジアザ-18-クラウン6(N,N′-bis[(6-carboxy-2-pyridil)methyl]-4,13-diaza-18-crown6:Macropa)(以下、macropa:マクロパ)と称されるキレート剤が提案されている。macropaは、イオン半径が比較的大きいアクチノイド元素との反応性が良好であると考えられている。
【0019】
【0020】
ところが、化学式(3)に示すmacropaは、以下の化学式(61)に示すように、例えばアクチニウム225(225Ac)に代表されるアクチノイド系列などの、イオン半径が比較的大きいイオンとしか錯体を形成しないという問題がある。アクチノイド系列のアクチノイドイオンはいずれも治療用核種である。そのため、診断薬として、陽電子断層撮影法(PET)による撮像のための核種を別途用意する必要が生じるため、陽電子放出核種を用いた診断薬では別のキレート剤を用いる必要がある。
【0021】
【0022】
ここで、陽電子放出核種の中でも特に89Zrは、半減期が比較的長く、陽電子エネルギーが低く、高解像度なPET画像が得られる。そのため、特に抗体を使用する分子イメージングにおいて使用する核種としては、極めて好適な核種であると期待されている。89Zrの標識に用いるキレート剤としては例えば、以下の化学式(62)に示すデフェロキサミン(DFO:deferoxamine)が挙げられる。DFOは、Zr以外とは結合力が弱く、実質的に放射性ジルコニウム(放射性89Zr)に専用のキレート剤である。すなわち、例えば放射性89Zrを診断薬に用いる場合、化学式(62)に示すようにDFO導入抗体も用意する必要がある。
【0023】
【0024】
以上のように、治療薬としては、macropaを利用して放射性核種を標識した錯体を用い、診断薬としては、DFOを利用して89Zr4+を標識したペプチドや抗体などの薬剤を用いる必要がある。この場合、第1に、治療薬と診断薬とにおいてそれぞれ、異なる前駆体、すなわちmacropa結合薬剤とDFO結合薬剤とが必要になり、前駆体を2種類用意する必要から、合成や品質試験が高コスト化するという問題が生じる。第2に、治療薬と診断薬とにおいて、それぞれ異なるキレート剤を使用する必要があることから、それぞれの薬剤における体内での挙動が変化する可能性が生じる。
【0025】
そこで、本発明者は、抗体などの分子標的薬を用いた分子イメージングに適した陽電子放出核種である89Zrをmacropaによって捕獲して、macropa経由で薬剤に結合する方法を案出した。しかしながら、上述したように、macropaは、イオン半径が比較的大きいイオンとしか錯体を形成しないという問題があった。換言すると、macropaは、イオン半径が小さい金属とは安定な錯体を形成できないという問題があった(非特許文献3参照)。
【0026】
図1は、macropaと結合する金属イオンのイオン半径に対する安定度定数の関係を示すグラフである。安定度定数は、その値が大きくなるほどmacropaと金属イオンとの錯体における結合力が大きいことを意味し、金属イオン半径は、右側になるほど小さくなる。
【0027】
図1から、macropaは結合する金属イオンのイオン半径が85pm以下になると、安定度定数が極めて小さくなることが分かる。すなわち、イオン半径が例えばルテチウム(Lu)のイオン半径より小さい金属イオンの場合、macropaと安定した結合ができず錯体を安定して形成できないと考えられてきた。ジルコニウム(
89Zr)は、イオン半径が72pm程度であるため、macropaと
89Zrとの錯体の安定度定数は極めて低く、錯体を形成することは極めて困難であると考えられてきた。
【0028】
一方、ジルコニウムの標識に用いられる錯体としては、上述したDOTAやDFOなどを用いることができる。例えば以下の化学式(50)に示すようなDOTAは、12員環の環状化合物であって、89Zrとの結合力も強固であることから、ジルコニウム錯体を安定して形成できる(非特許文献4参照)。
【0029】
【0030】
さらに、以下の化学式(51)に示す、1,4,7,10-テトラアザシクロトリデカン-1,4,7,10-テトライル-四酢酸(1,4,7,10-tetraazacyclotridecane-1,4,7,10-tetrayl)tetraacetic acid:TRITA)は、13員環の環状化合物であって、89Zrと結合はするものの、錯体の安定度はDOTAに比して低い(非特許文献4参照)。
【0031】
【0032】
また、環員数を1つ増加させた14員環の環状化合物からなるキレート剤として、以下の化学式(52)に示す、1,4,8,11-テトラアザシクロンテトラデカン-1,4,8,11-テトライル-四酢酸(1,4,8,11-tetraazacyclotetradecane-1,4,8,11-tetrayl)tetraacetic acid:TETA)を用いた場合、89Zrとは反応せずに、錯体を形成することは極めて困難であった(非特許文献4参照)。
【0033】
【0034】
以上のように、12員環の環状化合物であるDOTA、13員環の環状化合物であるTRITA、および14員環の環状化合物であるTETAにおいて説明したように、環員数が増加するほど89Zrとの結合は困難になることが分かる。macropaは、15員環以上の18員環の環状化合物からなるキレート剤であることから、89Zrとは全く結合しないと考えられてきた。以上の検討から、従来、89Zrをmacropaに捕捉させて89Zrmacropa錯体を合成することは、ほぼ不可能であると考えられていた。
【0035】
その上で本発明者は、上述した従来の見解および知見に対して、例えば85pm以上のイオン半径の比較的大きいイオン半径を有する金属イオンを補足するmacropaと、イオン半径が85pm未満の比較的小さいイオン半径、具体的には72pm程度の小さいイオン半径の89Zrとを合成させる方法について種々検討を行った。
【0036】
なお、発明者が検討したmacropa(N,N′-ビス[(6-カルボキシ-2-ピリジル)メチル]-4,13-ジアザ-18-クラウン6:N,N′-bis[(6-carboxy-2-pyridil)methyl]-4,13-diaza-18-crown6:Macropa)は、一般式(1)によって表される構造を含む化合物として定義できる。
【0037】
【0038】
一般式(1)において、R1,R2,R3,R4,R5,R6,R7,R8,R9,R10,R11,R12,R13,およびR14は、第1群に含まれる化学式(11)~(20)から選ばれる構造を有する。
【0039】
【0040】
一般式(1)において、R15,R16,R17,R18,およびR19は、第2群に含まれる化学式(21),(22)から選ばれる構造を少なくとも2箇所含む。
【0041】
【0042】
一般式(1)において、R20,R21,R22,R23,およびR24は、第3群に含まれる化学式(31)~(36)から選ばれる構造を少なくとも2箇所含む。
【0043】
【0044】
また、化学式(11)~(22),(31)~(36)において、Xは、タンパク質、ペプチド、クリックケミストリ試薬、またはその他の機能性物質を示す。さらに、一般式(1)によって表される構造とXとの間に、ポリエチレングリコールなどのリンカー構造を含んでいてもよい。
【0045】
本発明者が種々実験および鋭意検討を行ったところ、ジルコニウムイオン(Zr4+)は金属イオンの中でもイオン半径が小さいイオンの1つであるにもかかわらず、macropaと錯体を形成することが明らかになった。錯体の構造としては種々の構造が考えられるが、密度汎関数法(DFT)による計算の結果、以下の化学式(5-1)や化学式(5-2)や化学式(6)に示すような構造となる可能性が考えられた。特に、化学式(5-2)は、macropaの空洞内にZrイオンのみならず水分子も入り込むことによって、錯体の構造が維持される可能性を示すものである。このような構造は、イオン半径が小さく、かつ強力に水和するZrイオンに特有のものと考えられる。以上により、本発明者は、以下の化学式(5-1),(5-2),(6)に示すように、ジルコニウムイオン(Zr4+)とmacropaとが錯体を形成する可能性を見出した。また、89Zrmacropa錯体は、結合強度も強く安定していることから、生体内においても十分に安定であると考えられる。
【0046】
【0047】
【0048】
(ジルコニウム錯体の合成方法)
次に、本発明の一実施形態によるジルコニウム錯体の合成方法について説明する。
図2は、本実施形態によるジルコニウム錯体の合成方法の具体的な方法を示す図である。
【0049】
図2に示すように、まず、マイクロチューブに、
89Zrを含有した酸性溶液(
89Zr含有酸性溶液)を導入する。ここで、
89Zr含有酸性溶液としては強酸の溶液が望ましいが、必ずしも限定されない。次に、所定濃度のmacropa溶液をマイクロチューブに導入する。ここで、キレート剤溶液としてのmacropa溶液の濃度は、一般的に、1nmol/mL以上100nmol/mL以下の範囲内で用いられる。また、標識される対象となるトレーサ分子がある場合、このトレーサ分子にキレート剤としてのmacropaを結合させた溶液を用いても良い。
【0050】
続いて、マイクロチューブ内の反応溶液に、中和のために、例えば炭酸ナトリウム水溶液(Na2CO3)や水酸化ナトリウム水溶液(NaOH)などのアルカリ性溶液を導入する場合もある。これによって、反応溶液において、89Zr含有酸性溶液のpHをおおまかに中和する。さらに緩衝液を適切な量だけ添加して標識反応に適するpHになるように調整を行う。このようにして得られたマイクロチューブ内の反応溶液を、所定温度において所定時間維持することによって、macropa溶液とジルコニウムとを反応させる。以上により、89Zrとmacropaとの標識反応が終了し、ジルコニウム錯体としての89Zrmacropa錯体が得られる。
【0051】
その後、マイクロチューブ内における89Zrmacropa錯体を含む反応溶液のpHを、所望のpHに調整する。具体的には、pH計を用いて、マイクロチューブ内における反応溶液のpHを確認しつつ、反応溶液に緩衝液を導入する。ここで、標識反応が終了した後の反応溶液における調整された後のpHとしては、2以上9以下が好ましく、4以上7以下がより好ましく、5以上6以下がさらに好ましい。
【0052】
(ジルコニウム錯体の合成方法の変形例)
次に、上述した一実施形態の変形例によるジルコニウムの合成方法について説明する。
図3は、変形例によるジルコニウム錯体の合成方法の具体的な方法を示す図である。
【0053】
図3に示すように、まず、マイクロチューブに、
89Zr含有酸性溶液を導入する。次に、マイクロチューブにアルカリ性溶液を導入することによって、マイクロチューブ内の酸性溶液を中和させる。続いて、マイクロチューブにあらかじめ所定濃度に調整された緩衝溶液を導入する。この際、マイクロチューブ内の溶液のpHを確認した結果、所定濃度からの誤差がある場合に、微量の塩酸などの酸性溶液や水酸化ナトリウムなどのアルカリ性溶液を加えて、pHを再調整してもよい。その後、macropa溶液をマイクロチューブに導入する。続いて、マイクロチューブに緩衝溶液を導入する。なお、標識される対象となるトレーサ分子がある場合、このトレーサ分子にキレート剤としてのmacropaを結合させた溶液を用いても良い。
【0054】
以上のようにして得られたマイクロチューブ内の反応溶液を、例えば室温などの所定温度において、例えば約30分程度の所定時間維持することによって、反応溶液中のmacropaとジルコニウムとを反応させる。これにより、89Zrmacropa錯体が得られる。
【0055】
ここで、上述した一実施形態における反応溶液の条件として、pHは、2以上9以下が好ましく、4以上7以下がより好ましく、5以上6以下が特に好ましい。
【0056】
また、トレーサ分子が存在し、このトレーサ分子がタンパク質である場合、タンパク質の凝集を抑制するために、タンパク質の濃度は、10mg/mL(=10g/L)程度が上限になる。タンパク質の分子量が約150kDa、タンパク質からなる抗体の1つ当たりに、キレート剤が平均3個結合しているとすると、キレート剤の濃度の上限としては、200μmol/L以下が好ましい。
【0057】
本発明者は、上述した一実施形態によるジルコニウム錯体の合成方法により、macropaとZrとを合成させた反応溶液の質量分析を行って錯体が形成されるか否かを検証した。反応に関しては、テトラキス(2,4-ペンタンジオナト)ジルコニウム(IV)(Tetrakis(2,4-pentanedionato)zirconium(IV))とmacropaとをメタノールに溶解して加熱還流させた後に溶媒を除去し、超純水によって再溶解したものを生成した。この生成したものに対して質量分析を行った結果、マススペクトル(MS)にmacropaとZrとの錯体に相当するm/z値が生じることが確認された。これにより、Zrとmacropaとが錯体を形成することが確認された。
【0058】
以上、本発明の一実施形態について具体的に説明したが、本発明は、上述の一実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想に基づく各種の変形が可能である。例えば、上述の一実施形態において挙げた数値や材料はあくまでも例に過ぎず、必要に応じてこれと異なる数値や材料を用いてもよく、本発明は、本実施形態による本発明の開示の一部をなす記述および図面により限定されることはない。例えば、上述の一実施形態においては、酸性溶液として塩酸(HCl)を用いているが、その他の酸性溶液を用いることも可能である。また、例えば、上述の一実施形態においては、アルカリ性溶液として炭酸ナトリウム(Na2CO3)や水酸化ナトリウム水溶液(NaOH)を用いているが、その他のアルカリ性溶液を用いることも可能である。また、緩衝液として、MES緩衝液、HEPES緩衝液、酢酸緩衝液、または酢酸アンモニウム水溶液なども使用可能である。
【0059】
本発明に係るジルコニウム錯体およびその合成方法は、がんに対する内用療法に用いられるコンパニオン診断薬の合成に好適に利用できる。