(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023136095
(43)【公開日】2023-09-29
(54)【発明の名称】移動体姿勢計測装置及び移動体姿勢計測プログラム
(51)【国際特許分類】
G01C 19/00 20130101AFI20230922BHJP
G01S 19/54 20100101ALI20230922BHJP
G01C 21/20 20060101ALN20230922BHJP
【FI】
G01C19/00 Z
G01S19/54
G01C21/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022041528
(22)【出願日】2022-03-16
(71)【出願人】
【識別番号】000004330
【氏名又は名称】日本無線株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100119677
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 賢治
(74)【代理人】
【識別番号】100160495
【弁理士】
【氏名又は名称】畑 雅明
(74)【代理人】
【識別番号】100173716
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100115794
【弁理士】
【氏名又は名称】今下 勝博
(72)【発明者】
【氏名】小田 真嗣
【テーマコード(参考)】
2F105
2F129
5J062
【Fターム(参考)】
2F105AA01
2F105BB03
2F105BB08
2F105BB17
2F129AA14
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2F129BB04
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5J062AA09
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5J062CC07
5J062DD24
5J062FF01
5J062FF04
(57)【要約】 (修正有)
【課題】本開示は、ジャイロセンサの角速度情報及び衛星航法システムの観測情報に基づいて、移動体の姿勢情報を状態空間モデルの状態ベクトルとして計測するにあたり、衛星信号の受信環境が劣化しているときでも、移動体の姿勢が動揺しているときでも、移動体の姿勢情報を高精度に計測することを目的とする。
【解決手段】本開示は、ジャイロセンサGの角速度情報に基づいて、状態空間モデルの状態方程式を用いて、移動体の姿勢情報の予測値を計算する姿勢予測部と、衛星航法システムの観測情報に基づいて、状態空間モデルの観測方程式を用いて、移動体の姿勢情報の補正値を計算する姿勢補正部と、ジャイロセンサGの角速度情報に基づいて、状態空間モデルを用いずに、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散を推定する角速度誤差分散推定部2と、を備えることを特徴とする移動体姿勢計測装置Dである。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジャイロセンサの角速度情報及び衛星航法システムの観測情報に基づいて、移動体の姿勢情報を状態空間モデルの状態ベクトルとして計測する移動体姿勢計測装置であって、
前記ジャイロセンサの角速度情報に基づいて、前記状態空間モデルの状態方程式を用いて、前記移動体の姿勢情報の予測値を計算する姿勢予測部と、
前記衛星航法システムの観測情報に基づいて、前記状態空間モデルの観測方程式を用いて、前記移動体の姿勢情報の補正値を計算する姿勢補正部と、
前記ジャイロセンサの角速度情報に基づいて、前記状態空間モデルを用いずに、前記ジャイロセンサの角速度情報の誤差分散を推定する角速度誤差分散推定部と、を備え、
前記姿勢予測部は、前記ジャイロセンサの角速度情報の誤差分散が大きい又は小さいほど、前記姿勢予測部のプロセス雑音をそれぞれ大きく又は小さく推定する
ことを特徴とする移動体姿勢計測装置。
【請求項2】
前記角速度誤差分散推定部は、前記ジャイロセンサの角速度情報を、異なる通過特性を有する複数のフィルタに入力し、前記複数のフィルタの出力の差分が大きい又は小さいほど、前記ジャイロセンサの角速度情報の誤差分散をそれぞれ大きく又は小さく推定する
ことを特徴とする、請求項1に記載の移動体姿勢計測装置。
【請求項3】
前記移動体の姿勢情報の予測値と、前記移動体の姿勢情報の補正値と、に基づいて、前記移動体の姿勢情報の誤差分散を推定する姿勢誤差分散推定部、をさらに備え、
前記姿勢予測部は、前記移動体の姿勢情報の誤差分散が大きい又は小さいほど、前記姿勢予測部のプロセス雑音をそれぞれ小さく又は大きく推定する
ことを特徴とする、請求項1又は2に記載の移動体姿勢計測装置。
【請求項4】
前記姿勢予測部は、前記移動体の姿勢情報の誤差分散の逆数と、前記ジャイロセンサの角速度情報の誤差分散と、の和を、前記姿勢予測部のプロセス雑音として推定する
ことを特徴とする、請求項3に記載の移動体姿勢計測装置。
【請求項5】
前記衛星航法システムの観測情報が、取得不能になったときに、前記姿勢補正部が、前記移動体の姿勢情報の補正ゲインを0に維持したうえで、前記姿勢予測部は、前記移動体の姿勢情報の予測値の誤差分散に、前記姿勢予測部のプロセス雑音を加算し続け、
前記衛星航法システムの観測情報が、取得可能になったときに、前記姿勢補正部は、前記移動体の姿勢情報の予測値の誤差分散に基づいて、前記移動体の姿勢情報の補正ゲインを計算し始めたうえで、前記移動体の姿勢情報の補正値を計算し始める
ことを特徴とする、請求項1から4のいずれかに記載の移動体姿勢計測装置。
【請求項6】
前記ジャイロセンサの角速度情報は、より高いレートで更新されており、前記衛星航法システムの観測情報は、より低いレートで更新されており、前記姿勢予測部は、前記ジャイロセンサの角速度情報のより短い更新間隔で処理を実行し、前記姿勢補正部は、前記衛星航法システムの観測情報のより長い更新間隔でのみ処理を実行する
ことを特徴とする、請求項1から5のいずれかに記載の移動体姿勢計測装置。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載の移動体姿勢計測装置が備える、各処理部が行なう各処理ステップを、コンピュータに実行させるための移動体姿勢計測プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ジャイロセンサの角速度情報及び衛星航法システムの観測情報に基づいて、移動体の姿勢情報を状態空間モデルの状態ベクトルとして計測する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
衛星航法システムの観測情報に基づいて、移動体の姿勢情報を複数アンテナ間の基線ベクトルとして計測する技術が、特許文献1に開示されている。特許文献1では、衛星信号の観測値のみを使用するため、衛星信号の受信環境が劣化しているときには、移動体の姿勢情報を計測することができない。
【0003】
ジャイロセンサの角速度情報及び衛星航法システムの観測情報に基づいて、移動体の姿勢情報を状態空間モデルの状態ベクトルとして計測する技術が、特許文献2に開示されている。特許文献2では、衛星信号の受信環境が劣化しているときでも、ジャイロセンサの角速度情報を用いて、移動体の姿勢情報を計測することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3502007号公報
【特許文献2】米国特許第7292185号明細書
【特許文献3】特許第5052845号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献2では、ジャイロセンサの角速度情報のバイアス誤差を低減するために、衛星航法システムの観測情報に基づく状態空間モデルを用いて、移動体の姿勢情報を推定するとともに、ジャイロセンサの角速度情報のバイアス誤差を推定している。しかし、衛星信号の受信環境が劣化しているときには、ジャイロセンサの角速度情報のバイアス誤差を高精度に推定することができず、ジャイロセンサのバイアス誤差除去後の角速度情報を高精度に出力することができず、移動体の姿勢情報を高精度に計測することができない。
【0006】
そこで、前記課題を解決するために、本開示は、ジャイロセンサの角速度情報及び衛星航法システムの観測情報に基づいて、移動体の姿勢情報を状態空間モデルの状態ベクトルとして計測するにあたり、衛星信号の受信環境が劣化しているときでも、移動体の姿勢が動揺しているときでも、移動体の姿勢情報を高精度に計測することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するために、衛星航法システムの観測情報に基づく状態空間モデルを用いずに、現実に得られたジャイロセンサの角速度情報に基づいて、ジャイロセンサの角速度情報の誤差分散を現実に即して推定する。そして、ジャイロセンサの角速度情報に基づいて、状態空間モデルの状態方程式を用いて、移動体の姿勢情報の予測値を計算する。さらに、衛星航法システムの観測情報に基づいて、状態空間モデルの観測方程式を用いて、移動体の姿勢情報の補正値を計算する。ここで、状態空間モデルの状態方程式において、現実に即したジャイロセンサの角速度情報の誤差分散が大きい又は小さいほど、状態空間モデルの状態方程式のプロセス雑音を現実に即してそれぞれ大きく又は小さく推定する。
【0008】
具体的には、本開示は、ジャイロセンサの角速度情報及び衛星航法システムの観測情報に基づいて、移動体の姿勢情報を状態空間モデルの状態ベクトルとして計測する移動体姿勢計測装置であって、前記ジャイロセンサの角速度情報に基づいて、前記状態空間モデルの状態方程式を用いて、前記移動体の姿勢情報の予測値を計算する姿勢予測部と、前記衛星航法システムの観測情報に基づいて、前記状態空間モデルの観測方程式を用いて、前記移動体の姿勢情報の補正値を計算する姿勢補正部と、前記ジャイロセンサの角速度情報に基づいて、前記状態空間モデルを用いずに、前記ジャイロセンサの角速度情報の誤差分散を推定する角速度誤差分散推定部と、を備え、前記姿勢予測部は、前記ジャイロセンサの角速度情報の誤差分散が大きい又は小さいほど、前記姿勢予測部のプロセス雑音をそれぞれ大きく又は小さく推定することを特徴とする移動体姿勢計測装置である。
【0009】
この構成によれば、移動体の姿勢が動揺しているときには、衛星信号の受信環境の劣化時でも、ジャイロセンサの角速度情報の誤差分散を大きく推定したうえで、状態空間モデルの状態方程式のプロセス雑音を大きく推定する。一方で、移動体の姿勢が静止しているときには、衛星信号の受信環境の劣化時でも、ジャイロセンサの角速度情報の誤差分散を小さく推定したうえで、状態空間モデルの状態方程式のプロセス雑音を小さく推定する。
【0010】
そして、移動体の姿勢が動揺しているときには、状態空間モデルの観測方程式の姿勢補正ゲインを大きく計算したうえで、ジャイロセンサの角速度情報と比べて衛星航法システムの観測情報を重視して、移動体の姿勢情報を高精度に計測することができる。一方で、移動体の姿勢が静止しているときには、状態空間モデルの観測方程式の姿勢補正ゲインを小さく計算したうえで、衛星航法システムの観測情報と比べてジャイロセンサの角速度情報を重視して、移動体の姿勢情報を高精度に計測することができる。
【0011】
つまり、移動体の姿勢情報の補正値は、推定したプロセス雑音及び衛星航法システムの観測情報の観測雑音に基づいた姿勢補正ゲインによって、ジャイロセンサの角速度情報及び衛星航法システムの観測情報が最適に重み付け合成されるようなかたちで計算される。このように、ジャイロセンサの角速度情報及び衛星航法システムの観測情報に基づいて、移動体の姿勢情報を状態空間モデルの状態ベクトルとして計測するにあたり、衛星信号の受信環境が劣化しているときでも、移動体の姿勢が動揺しているときでも、ジャイロセンサの角速度情報及び衛星航法システムの観測情報の重視バランスが状況変化に応じて適切に調整されるため、移動体の姿勢情報を高精度に計測することができる。
【0012】
また、本開示は、前記角速度誤差分散推定部は、前記ジャイロセンサの角速度情報を、異なる通過特性を有する複数のフィルタに入力し、前記複数のフィルタの出力の差分が大きい又は小さいほど、前記ジャイロセンサの角速度情報の誤差分散をそれぞれ大きく又は小さく推定することを特徴とする移動体姿勢計測装置である。
【0013】
この構成によれば、移動体の姿勢が動揺しているときには、ジャイロセンサの角速度情報の誤差分散を大きく推定することができる。一方で、移動体の姿勢が静止しているときには、ジャイロセンサの角速度情報の誤差分散を小さく推定することができる。
【0014】
また、本開示は、前記移動体の姿勢情報の予測値と、前記移動体の姿勢情報の補正値と、に基づいて、前記移動体の姿勢情報の誤差分散を推定する姿勢誤差分散推定部、をさらに備え、前記姿勢予測部は、前記移動体の姿勢情報の誤差分散が大きい又は小さいほど、前記姿勢予測部のプロセス雑音をそれぞれ小さく又は大きく推定することを特徴とする移動体姿勢計測装置である。
【0015】
この構成によれば、衛星信号の受信環境が劣化しているときには、移動体の姿勢情報の誤差分散を大きく推定したうえで、トレードオフパラメータとして、状態空間モデルの状態方程式のプロセス雑音を小さく推定する。一方で、衛星航法システムの受信環境が良好であるときには、移動体の姿勢情報の誤差分散を小さく推定したうえで、トレードオフパラメータとして、状態空間モデルの状態方程式のプロセス雑音を大きく推定する。
【0016】
そして、衛星信号の受信環境が劣化しているときには、状態空間モデルの観測方程式の姿勢補正ゲインを小さく計算したうえで、衛星航法システムの観測情報と比べてジャイロセンサの角速度情報を重視して、移動体の姿勢情報を高精度に計測することができる。一方で、衛星航法システムの受信環境が良好であるときには、状態空間モデルの観測方程式の姿勢補正ゲインを大きく計算したうえで、ジャイロセンサの角速度情報と比べて衛星航法システムの観測情報を重視して、移動体の姿勢情報を高精度に計測することができる。
【0017】
また、本開示は、前記姿勢予測部は、前記移動体の姿勢情報の誤差分散の逆数と、前記ジャイロセンサの角速度情報の誤差分散と、の和を、前記姿勢予測部のプロセス雑音として推定することを特徴とする移動体姿勢計測装置である。
【0018】
この構成によれば、衛星信号の受信環境が劣化している、又は、移動体の姿勢が静止しているときには、状態空間モデルの状態方程式のプロセス雑音を小さく推定することができる。一方で、衛星信号の受信環境が良好である、又は、移動体の姿勢が動揺しているときには、状態空間モデルの状態方程式のプロセス雑音を大きく推定することができる。
【0019】
また、本開示は、前記衛星航法システムの観測情報が、取得不能になったときに、前記姿勢補正部が、前記移動体の姿勢情報の補正ゲインを0に維持したうえで、前記姿勢予測部は、前記移動体の姿勢情報の予測値の誤差分散に、前記姿勢予測部のプロセス雑音を加算し続け、前記衛星航法システムの観測情報が、取得可能になったときに、前記姿勢補正部は、前記移動体の姿勢情報の予測値の誤差分散に基づいて、前記移動体の姿勢情報の補正ゲインを計算し始めたうえで、前記移動体の姿勢情報の補正値を計算し始めることを特徴とする移動体姿勢計測装置である。
【0020】
この構成によれば、衛星信号の受信環境が中断した後には、衛星信号の中断時間及び移動体の動揺状態に応じて、移動体の姿勢情報の予測値の誤差分散を大きく推定することができる。そして、衛星信号の受信環境が回復した直後には、衛星信号の中断時間及び移動体の動揺状態に応じて、状態空間モデルの観測方程式の姿勢補正ゲインを大きく計算することができる。つまり、衛星信号の受信環境が回復した直後には、姿勢補正ゲインが大きくなることで、衛星信号の中断時間及び移動体の動揺状態に応じて蓄積する移動体の姿勢情報の予測値の誤差を是正し、移動体の姿勢情報の予測値の誤差が是正された後には、移動体の姿勢情報の補正値の誤差分散を早めに収束させることで、衛星信号の受信環境が回復した後に素早く移動体の姿勢情報を高精度に計測することができる。
【0021】
また、本開示は、前記ジャイロセンサの角速度情報は、より高いレートで更新されており、前記衛星航法システムの観測情報は、より低いレートで更新されており、前記姿勢予測部は、前記ジャイロセンサの角速度情報のより短い更新間隔で処理を実行し、前記姿勢補正部は、前記衛星航法システムの観測情報のより長い更新間隔でのみ処理を実行することを特徴とする移動体姿勢計測装置である。
【0022】
この構成によれば、ジャイロセンサの角速度情報が衛星航法システムの観測情報と比べて高いレートで更新されたとしても、逆行列計算を含まず処理負荷の軽い姿勢予測のみを実行し、逆行列計算を含み処理負荷の重い姿勢補正を実行しない。よって、組み込み用の非力なCPUを用いるとしても、処理負荷オーバの問題に対処したうえで、最新の移動体の姿勢情報の予測値及び最適な移動体の姿勢情報の補正値を提供することができる。
【0023】
また、本開示は、以上に記載の移動体姿勢計測装置が備える、各処理部が行なう各処理ステップを、コンピュータに実行させるための移動体姿勢計測プログラムである。
【0024】
この構成によれば、以上に記載の効果を有するプログラムを提供することができる。
【発明の効果】
【0025】
このように、本開示は、ジャイロセンサの角速度情報及び衛星航法システムの観測情報に基づいて、移動体の姿勢情報を状態空間モデルの状態ベクトルとして計測するにあたり、衛星信号の受信環境が劣化しているときでも、移動体の姿勢が動揺しているときでも、移動体の姿勢情報を高精度に計測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本開示の移動体姿勢計測装置の搭載を示す図である。
【
図2】本開示の移動体姿勢計測装置の構成を示す図である。
【
図5】本開示の角速度誤差分散推定部の構成を示す図である。
【
図6】本開示の角速度誤差分散推定部の処理を示す図である。
【
図8】本開示の受信環境に応じた姿勢補正ゲインの調整を示す図である。
【
図9】本開示の動揺状態に応じた姿勢補正ゲインの調整を示す図である。
【
図10】本開示のGNSS情報の取得可否に応じた処理を示す図である。
【
図11】本開示のGNSS情報の取得可否に応じた処理を示す図である。
【
図12】本開示の各々の情報の更新間隔に応じた処理を示す図である。
【
図13】本開示の各々の情報の更新間隔に応じた処理を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
添付の図面を参照して本開示の実施形態を説明する。以下に説明する実施形態は本開示の実施の例であり、本開示は以下の実施形態に制限されるものではない。
【0028】
(本開示の移動体姿勢計測装置の構成)
本開示の移動体姿勢計測装置の搭載を
図1に示す。移動体姿勢計測装置Dは、船舶S等の移動体に搭載され、ジャイロセンサG及び受信アンテナA1、A2、A3を備える。受信アンテナA1は、基準アンテナであり、基線ベクトルB1は、受信アンテナA1、A2間ベクトルであり、基線ベクトルB2は、受信アンテナA1、A3間ベクトルである。
【0029】
本開示の移動体姿勢計測装置の構成を
図2に示す。移動体姿勢計測装置Dは、GNSS受信機R1、R2、R3、角速度バイアス除去部1、角速度誤差分散推定部2、姿勢計算部3、搬送波位相差計算部4及びアンビギュイティ推定部5をさらに備える。本開示の姿勢計算部の構成を
図3に示す。姿勢計算部3は、姿勢予測部31、姿勢補正部32及び姿勢誤差分散推定部33を備える。角速度バイアス除去部1、角速度誤差分散推定部2、姿勢計算部3、搬送波位相差計算部4及びアンビギュイティ推定部5は、
図4、7、10、12に示すプログラムをコンピュータにインストールし実現することができる。
【0030】
移動体姿勢計測装置Dは、ジャイロセンサGの角速度情報及び衛星航法システムの観測情報に基づいて、船舶S等の移動体の姿勢情報を状態空間モデルの状態ベクトルとして計測する。ここで、衛星航法システムは、GPS、Galileo、GLONASS、BeiDou又はQZSS等を用いればよい。本開示では、非力なCPUが組み込まれることを考慮して、状態空間モデルは線形性を仮定したカルマンフィルタで解いている。変形例では、高性能なCPUが組み込まれることを考慮して、状態空間モデルは非線形性を許容したunscentedカルマンフィルタ又はパーティクルフィルタ等で解いてもよい。
【0031】
姿勢予測部31は、ジャイロセンサGの角速度情報に基づいて、状態空間モデルの状態方程式を用いて、船舶S等の移動体の姿勢情報の予測値を計算する。姿勢補正部32は、衛星航法システムの観測情報に基づいて、状態空間モデルの観測方程式を用いて、船舶S等の移動体の姿勢情報の補正値を計算する。つまり、姿勢計算部3は、受信アンテナA1、A2、A3の幾何学配置を拘束したうえで、ジャイロセンサGの角速度情報及び衛星航法システムの観測情報をカルマンフィルタにおいてタイトカップリングしている。
【0032】
以下に示す実施形態では、最初に、姿勢予測部31の処理について説明する。次に、姿勢補正部32の処理について説明する。次に、GNSS情報の取得可否に応じた処理について説明する。最後に、各々の情報の更新間隔に応じた処理について説明する。
【0033】
(本開示の姿勢予測部の処理)
本開示の姿勢予測部の処理を
図4に示す。姿勢予測部31は、ジャイロセンサGの角速度情報に基づいて、状態空間モデルの状態方程式を用いて、船舶S等の移動体の姿勢情報の予測値を計算する。カルマンフィルタの処理は、数式1、2のように表される。
【数1】
【数2】
【0034】
xn
-はタイミングnでの移動体の姿勢情報の予測値であり、xn-1はタイミングn-1での移動体の姿勢情報の補正値であり、Fは時間遷移行列である。Pn
-はタイミングnでの移動体の姿勢情報の予測値の誤差共分散行列であり、Pn-1はタイミングn-1での移動体の姿勢情報の補正値の誤差共分散行列であり、Qnはプロセス雑音である。
【0035】
ジャイロセンサGは、移動体の姿勢変化に応じて、3軸(ジャイロセンサGの座標系のx軸、y軸及びz軸)の角速度情報を出力する。角速度バイアス除去部1及び角速度誤差分散推定部2は、ジャイロセンサGの角速度情報を取得する(ステップS1)。
【0036】
角速度バイアス除去部1は、衛星航法システムの観測情報に基づく状態空間モデルを用いずに、現実に得られたジャイロセンサGの角速度情報に基づいて、ジャイロセンサGの角速度情報のバイアス誤差を現実に即して除去する(ステップS2)。
【0037】
ジャイロセンサGの角速度情報のバイアス誤差は、ジャイロセンサGの角速度情報に重畳するオフセット誤差である。角速度バイアス除去部1は、ジャイロセンサGの角速度情報の静的なバイアス誤差を除去するために、移動体の静止中でのジャイロセンサGの角速度情報のオフセット誤差を測定してもよい。角速度バイアス除去部1は、ジャイロセンサGの角速度情報の動的なバイアス誤差を除去するために、ジャイロセンサGの角速度情報の低周波成分を相補フィルタ又はハイパスフィルタ等により除去してもよい。
【0038】
角速度誤差分散推定部2は、衛星航法システムの観測情報に基づく状態空間モデルを用いずに、現実に得られたジャイロセンサGのバイアス誤差除去後の角速度情報に基づいて、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散を現実に即して推定する(ステップS3)。
【0039】
本開示の角速度誤差分散推定部の構成を
図5に示す。角速度誤差分散推定部2は、フィルタ部21A、21B及び角速度誤差分散計算部22を備える。
【0040】
フィルタ部21A、21Bは、ジャイロセンサGのバイアス誤差除去後の角速度情報を入力する。フィルタ部21A、21Bは、異なる通過特性を有するような、ローパスフィルタ又はメディアンフィルタ等である。フィルタ部21Aの時定数は、移動体の動揺周期と比べて長く、フィルタ部21Bの時定数は、移動体の動揺周期と比べて短い。
【0041】
角速度誤差分散計算部22は、フィルタ部21A、21Bの出力を入力する。角速度誤差分散計算部22は、フィルタ部21A、21Bの出力の差分が大きい又は小さいほど、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散をそれぞれ大きく又は小さく推定する。
【0042】
本開示の角速度誤差分散推定部の処理を
図6に示す。移動体の姿勢が静止しているときには、フィルタ部21A、21Bの出力の差分が小さいため、角速度誤差分散計算部22は、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散を小さく推定する。移動体の姿勢が動揺しているときには、フィルタ部21A、21Bの出力の差分が大きいため、角速度誤差分散計算部22は、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散を大きく推定する。
【0043】
移動体の姿勢が動揺しているときには、移動体の姿勢が静止しているときと比べて、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散が大きい理由として、以下の理由が挙げられる。第1の理由として、ジャイロセンサGの角速度情報のバイアス誤差は、ゆっくりした変動であるので、ジャイロセンサGの角速度情報の周波数領域における低周波成分に相当する。ここで、ジャイロセンサGの角速度情報の周波数領域における低周波成分は、移動体の動揺によって生じる低周波成分も重畳する。よって、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散は、移動体が動揺しているときは、バイアス誤差除去後(低周波成分除去後)であっても、大きくなるのである。第2の理由として、ジャイロセンサGの角速度情報は、ジャイロセンサGのスケールファクタ誤差が重畳するため、ジャイロセンサGの角速度情報が大きいほど、ジャイロセンサGのスケールファクタ誤差が大きいためである。
【0044】
角速度誤差分散計算部22は、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散を数式3~6により計算する。σ
g_x
2、σ
g_y
2、σ
g_z
2は、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散のx軸成分、y軸成分、z軸成分であり、σ
g_x0
2、σ
g_y0
2、σ
g_z0
2は、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散のx軸成分、y軸成分、z軸成分の初期設定値である。
【数3】
【0045】
α
g_x、α
g_y、α
g_zは、数式4により計算される。b
x_a、b
y_a、b
z_aは、フィルタ部21Aの出力のx軸成分、y軸成分、z軸成分であり、b
x_b、b
y_b、b
z_bは、フィルタ部21Bの出力のx軸成分、y軸成分、z軸成分であり、TH
g_x、TH
g_y、TH
g_zは、所定閾値のx軸成分、y軸成分、z軸成分である。フィルタ部21A、21Bの出力の差分が所定閾値と比べて大きいときには、α
g_x、α
g_y、α
g_zが1より大きく計算され、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散が大きく計算される。フィルタ部21A、21Bの出力の差分が所定閾値と比べて小さいときには、α
g_x、α
g_y、α
g_zが1に等しく計算され、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散が小さく計算される。
【数4】
【0046】
α
g_x、α
g_y、α
g_zは、数式5によっても計算される。b
x_a、b
y_a、b
z_aは、フィルタ部21Aの出力のx軸成分、y軸成分、z軸成分であり、b
x_b、b
y_b、b
z_bは、フィルタ部21Bの出力のx軸成分、y軸成分、z軸成分である。フィルタ部21A、21Bの出力の差分に等しく、α
g_x、α
g_y、α
g_zが計算され、フィルタ部21A、21Bの出力の差分に比例して、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散が計算される。
【数5】
【0047】
α
g_x、α
g_y、α
g_zは、数式6によっても計算される。b
x、b
y、b
zは、角速度バイアス除去部1の出力のx軸成分、y軸成分、z軸成分であり、SFは、ジャイロセンサGのスケールファクタである。角速度バイアス除去部1の出力にジャイロセンサGのスケールファクタが乗算され、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散が計算される。
【数6】
【0048】
姿勢誤差分散推定部33は、移動体の姿勢情報の予測値と、移動体の姿勢情報の補正値と、に基づいて、移動体の姿勢情報の誤差分散を推定する(ステップS4)。
【0049】
姿勢誤差分散推定部33は、移動体の姿勢情報の誤差分散を数式7、8により計算する。σ
e
2は、移動体の姿勢情報の誤差分散であり、x
n
-は、タイミングnでの移動体の姿勢情報の予測値であり、x
nは、タイミングnでの移動体の姿勢情報の補正値であり、P
nは、タイミングnでの移動体の姿勢情報の補正値の誤差共分散行列である。
【数7】
【0050】
移動体の姿勢情報の誤差分散は、数式8をさらに用いて計算される。数式7の移動体の姿勢情報の誤差分散が所定閾値TH
eと比べて大きいときには、数式8の移動体の姿勢情報の誤差分散が存在すると計算される。数式7の移動体の姿勢情報の誤差分散が所定閾値TH
eと比べて小さいときには、数式8の移動体の姿勢情報の誤差分散が存在しないと計算される。このように、移動体の姿勢情報の予測値と補正値との差分が大きい又は小さいほど、移動体の姿勢情報の誤差分散がそれぞれ大きく又は小さく計算される。
【数8】
【0051】
姿勢誤差分散推定部33は、移動体の姿勢情報の誤差分散を、数式7、8のみならず、数式9~11によっても、計算することができる。σ
e
2は、移動体の姿勢情報の誤差分散であり、σ
e0
2は、移動体の姿勢情報の誤差分散の初期設定値である。
【数9】
【0052】
α
eは、数式10により計算される。x
n
-は、タイミングnでの移動体の姿勢情報の予測値であり、x
nは、タイミングnでの移動体の姿勢情報の補正値であり、TH
eは、所定閾値である。移動体の姿勢情報の予測値と補正値との差分が所定閾値と比べて大きいときには、α
eが1より大きく計算され、移動体の姿勢情報の誤差分散が大きく計算される。移動体の姿勢情報の予測値と補正値との差分が所定閾値と比べて小さいときには、α
eが1に等しく計算され、移動体の姿勢情報の誤差分散が小さく計算される。
【数10】
【0053】
α
eは、数式11によっても計算される。x
n
-は、タイミングnでの移動体の姿勢情報の予測値であり、x
nは、タイミングnでの移動体の姿勢情報の補正値である。移動体の姿勢情報の予測値と補正値との差分に等しく、α
eが計算され、移動体の姿勢情報の予測値と補正値との差分に比例して、移動体の姿勢情報の誤差分散が計算される。
【数11】
【0054】
姿勢予測部31は、移動体の姿勢情報の予測値を数式1により計算する(ステップS5)。ここで、時間遷移行列Fは、数式12~16により計算される。
【数12】
【数13】
【数14】
【数15】
【数16】
【0055】
ψn-1、θn-1、φn-1は、タイミングn-1での移動体の姿勢情報の補正値のヨー軸成分、ピッチ軸成分、ロール軸成分である。Sωx、Sωy、Sωzは、ジャイロセンサGのバイアス誤差除去後の角速度情報のx軸成分、y軸成分、z軸成分である。SG(x)は、ジャイロセンサGの座標系での角速度情報を、Earth座標系での角速度情報にオイラー変換する行列である。Δtは、隣接タイミング間の経過時間である。
【0056】
数式12の右辺は非線形関数であるところ、数式12の右辺をテイラー展開したうえで、数式12の右辺を線形関数に近似すれば、時間遷移行列Fは数式16により計算される。I3×3は、3行3列の単位行列であり、О3×1は、3行1列の零行列である。
【0057】
姿勢予測部31は、移動体の姿勢情報の予測値の誤差共分散行列を数式2により計算する(ステップS6)。ここで、プロセス雑音Q
nは、数式17、18により計算される。
【数17】
【数18】
【0058】
σg_x
2、σg_y
2、σg_z
2は、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散のx軸成分、y軸成分、z軸成分である。σe
2は、移動体の姿勢情報の誤差分散である。αeは、SG(xn-1)・SQg・SGT(xn-1)に対して、I3×3/σe
2を加算する強さを示す定数である。
【0059】
つまり、姿勢予測部31は、移動体の姿勢情報の誤差分散の逆数と、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散と、の和を、プロセス雑音Q
nとして推定する。よって、姿勢予測部31は、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散が大きい又は小さいほど、プロセス雑音Q
nをそれぞれ大きく又は小さく推定する。一方で、姿勢予測部31は、移動体の姿勢情報の誤差分散が大きい又は小さいほど、プロセス雑音Q
nをそれぞれ小さく又は大きく推定する。このようなプロセス雑音Q
nの効果については、
図8、9で説明する。
【0060】
(本開示の姿勢補正部の処理)
本開示の姿勢補正部の処理を
図7に示す。姿勢補正部32は、衛星航法システムの観測情報に基づいて、状態空間モデルの観測方程式を用いて、船舶S等の移動体の姿勢情報の補正値を計算する。カルマンフィルタの処理は、数式19~21のように表される。
【数19】
【数20】
【数21】
【0061】
Knはタイミングnでの姿勢補正ゲイン(カルマンゲイン)であり、Pn
-はタイミングnでの移動体の姿勢情報の予測値の誤差共分散行列であり、Hは空間写像行列であり、Rnは観測雑音の誤差共分散行列である。xnはタイミングnでの移動体の姿勢情報の補正値であり、xn
-はタイミングnでの移動体の姿勢情報の予測値であり、znはタイミングnでの観測ベクトルである。Pnはタイミングnでの移動体の姿勢情報の補正値の誤差共分散行列である。
【0062】
GNSS受信機R1、R2、R3は、衛星航法システムの観測情報(例えば、搬送波情報(キャリア信号)、衛星情報(仰角、方位角及び信号強度等)、信号品質情報(PLL又はFLL等の信号制御状態、サイクルスリップ状態、ハーフサイクル状態及び追尾継続時間等)、並びに、受信情報(アンテナ位置及び現在時刻等)等)を出力する。搬送波位相差計算部4は、衛星航法システムの観測情報を取得する(ステップS11)。
【0063】
搬送波位相差計算部4は、GNSS受信機R1、R2、R3における搬送波位相差を計算し、これらの搬送波位相差に対する衛星情報を出力する(ステップS12)。
【0064】
搬送波位相差計算部4は、GNSS受信機R1、R2、R3における搬送波位相の一重位相差を数式22により計算する。Φ
j
rbは、基準アンテナbとサブアンテナrとの間の衛星jの搬送波位相の一重位相差であり、Φ
j
bは、基準アンテナbで観測した衛星jの搬送波位相であり、Φ
j
rは、サブアンテナrで観測した衛星jの搬送波位相である。
【数22】
【0065】
搬送波位相差計算部4は、GNSS受信機R1、R2、R3における搬送波位相の二重位相差を数式23により計算する。Φ
jk
rbは、基準アンテナbとサブアンテナrとの間及び衛星jと衛星kとの間の搬送波位相の二重位相差であり、Φ
k
rbは、基準アンテナbとサブアンテナrとの間の衛星kの搬送波位相の一重位相差である。
【数23】
【0066】
ここで、GNSS受信機R1、R2、R3における搬送波位相の一重位相差は、受信機時計誤差が重畳するため、受信機時計誤差を推定しなければ使用できないが、数式22にて要素となる搬送波位相の数は2個であるため、位相差結果に重畳しているガウス白色雑音量は、数式23による搬送波位相の二重位相差より小さい。
【0067】
一方で、GNSS受信機R1、R2、R3における搬送波位相の二重位相差は、受信機時計誤差を相殺するため、受信機時計誤差を推定しなくても使用できるが、数式23にて要素となる搬送波位相の数は4個であるため、位相差結果に重畳しているガウス白色雑音量は、数式22による搬送波位相の一重位相差より大きい。
【0068】
そこで、搬送波位相差計算部4は、移動体の姿勢情報の予測値又は補正値が未知である状態では、GNSS受信機R1、R2、R3における搬送波位相の二重位相差を計算することが望ましく、移動体の姿勢情報の予測値又は補正値が確定した状態では、移動体の姿勢情報に基づいて受信機時計誤差を推定できるので、GNSS受信機R1、R2、R3における搬送波位相の一重位相差を計算することが望ましい。
【0069】
アンビギュイティ推定部5は、GNSS受信機R1、R2、R3における搬送波位相差に含まれる、アンビギュイティ(波長数の倍数)を推定する(ステップS13)。
【0070】
アンビギュイティ推定部5は、LAMBDA法等の古典手法又は特許文献3の開示方法等を用いて、移動体の姿勢情報の予測値又は補正値の正確な計算を可能にする。
【0071】
姿勢補正部32は、姿勢補正ゲインを数式19により計算し(ステップS14)、移動体の姿勢情報の補正値を数式20により計算し(ステップS15)、移動体の姿勢情報の補正値の誤差共分散行列を数式21により計算する(ステップS16)。
【0072】
以下に、数式19~21において、空間写像行列H、観測ベクトルzn及び観測雑音の誤差共分散行列Rnを計算する方法を示す。ここで、アンテナ数は3台であり、基線ベクトル数は2本であり、搬送波位相の二重位相差が計算され、搬送波周波数帯は単一種類である。なお、搬送波位相の一重位相差が計算されるときには、受信機時計誤差が加味される。また、搬送波周波数帯が複数種類であるときには、搬送波波長が区別される。また、異なる衛星航法システムが利用されるときには、衛星航法システム間の時計誤差が加味される。
【0073】
任意の基線ベクトルbについて、基準アンテナbとサブアンテナrとの間及び衛星1と衛星mとの間の搬送波位相の二重位相差は、数式23で計算され、数式24の左辺で使用される。数式24の中辺において、ρ
1m
rbは、基準アンテナbとサブアンテナrとの間及び衛星1と衛星mとの間の幾何学距離の二重距離差であり、λは、搬送波波長であり、N
1m
rbは、基準アンテナbとサブアンテナrとの間及び衛星1と衛星mとの間の搬送波位相のアンビギュイティの二重位相差である。
【数24】
【0074】
任意の基線ベクトルbについて、基準アンテナbとサブアンテナrとの間及び衛星1と衛星mとの間の搬送波位相の二重位相差は、数式24の右辺により書き換えられる。ρm
rb(ρ1
rb)は、基準アンテナbとサブアンテナrとの間の衛星m(衛星1)の幾何学距離の一重距離差であり、Nm
rb(N1
rb)は、基準アンテナbとサブアンテナrとの間の衛星m(衛星1)の搬送波位相のアンビギュイティの一重位相差である。
【0075】
任意の基線ベクトルbについて、基準アンテナbとサブアンテナrとの間の衛星mの幾何学距離の一重距離差は、移動体の姿勢情報の概略値(=移動体の姿勢情報の予測値)の周りでテイラー展開されたときに、数式25~30により計算される。
【数25】
【数26】
【数27】
【数28】
【数29】
【数30】
【0076】
ρm
rb、0は、移動体の姿勢情報の概略値(右下添え字0)における、基準アンテナbとサブアンテナrとの間の衛星mの幾何学距離の一重距離差である。em
rは、サブアンテナrから衛星mへの視線方向ベクトル(方向余弦ベクトル)である。Am
r及びEm
rは、サブアンテナrから衛星mへの方位角及び仰角である。SR0は、センサ座標系(左上添え字S)における移動体の姿勢情報の概略値(右下添え字0)をEarth座標系に変換する回転行列である。ψ0、θ0、φ0は、移動体の姿勢情報の概略値(右下添え字0)である。ψn、θn、φnは、移動体の姿勢情報の補正値である。Srrbは、センサ座標系(左上添え字S)における基線ベクトルであり、移動体に固定され既知の情報である。
【0077】
基線ベクトルb1、b2により構成される観測方程式は、数式24~30に基づいて数式31~35により計算される。空間写像行列Hは、数式33により計算される。観測ベクトルz
nは、数式32により計算される。観測雑音の誤差共分散行列R
nは、衛星情報(仰角、方位角及び信号強度等)等に基づいて、観測誤差モデルにより計算される。
【数31】
【数32】
【数33】
【数34】
【数35】
【0078】
ybiは、任意の基線ベクトルbiについて、(1)と(2)との間の差を示すゼロ残差ベクトルである:(1)基準アンテナbとサブアンテナriとの間及び衛星1と衛星mとの間の搬送波位相の二重位相差Φ1m
rib、(2)移動体の姿勢情報の概略値における、基準アンテナbとサブアンテナriとの間及び衛星1と衛星mとの間の幾何学距離の二重距離差ρ1m
rib、0と、アンビギュイティ推定部5が推定した、アンビギュイティN1m
ribと、の和。
【0079】
本開示の受信環境に応じた姿勢補正ゲインの調整を
図8に示す。
図8の左欄では、衛星航法システムの受信環境が良好であるときの姿勢補正ゲインの調整を示し、
図8の右欄では、衛星信号の受信環境が劣化しているときの姿勢補正ゲインの調整を示す。
【0080】
衛星航法システムの受信環境が良好であるときには、姿勢誤差分散推定部33は、移動体の姿勢情報の誤差分散を小さく推定する。すると、姿勢予測部31は、トレードオフパラメータとして、プロセス雑音Qn(=角速度誤差分散+1/姿勢誤差分散、数式17を参照)を大きく推定する。そして、姿勢補正部32は、姿勢補正ゲインKnを大きく計算したうえで、ジャイロセンサGの角速度情報と比べて衛星航法システムの観測情報を重視して、移動体の姿勢情報の補正値を高精度に計測することができる。
【0081】
衛星航法システムの受信環境が劣化しているときには、姿勢誤差分散推定部33は、移動体の姿勢情報の誤差分散を大きく推定する。すると、姿勢予測部31は、トレードオフパラメータとして、プロセス雑音Qn(=角速度誤差分散+1/姿勢誤差分散、数式17を参照)を小さく推定する。そして、姿勢補正部32は、姿勢補正ゲインKnを小さく計算したうえで、衛星航法システムの観測情報と比べてジャイロセンサGの角速度情報を重視して、移動体の姿勢情報の補正値を高精度に計測することができる。
【0082】
本開示の動揺状態に応じた姿勢補正ゲインの調整を
図9に示す。
図9の左欄では、船舶S等の移動体の姿勢が静止しているときの姿勢補正ゲインの調整を示し、
図9の右欄では、船舶S等の移動体の姿勢が動揺しているときの姿勢補正ゲインの調整を示す。
【0083】
船舶S等の移動体の姿勢が静止しているときには、衛星信号の受信環境の劣化時でも、角速度誤差分散推定部2は、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散を小さく推定する。すると、姿勢予測部31は、プロセス雑音Qn(=角速度誤差分散+1/姿勢誤差分散、数式17を参照)を小さく推定する。そして、姿勢補正部32は、姿勢補正ゲインKnを小さく計算したうえで、衛星航法システムの観測情報と比べてジャイロセンサGの角速度情報を重視して、移動体の姿勢情報の補正値を高精度に計測することができる。
【0084】
船舶S等の移動体の姿勢が動揺しているときには、衛星信号の受信環境の劣化時でも、角速度誤差分散推定部2は、ジャイロセンサGの角速度情報の誤差分散を大きく推定する。すると、姿勢予測部31は、プロセス雑音Qn(=角速度誤差分散+1/姿勢誤差分散、数式17を参照)を大きく推定する。そして、姿勢補正部32は、姿勢補正ゲインKnを大きく計算したうえで、ジャイロセンサGの角速度情報と比べて衛星航法システムの観測情報を重視して、移動体の姿勢情報の補正値を高精度に計測することができる。
【0085】
つまり、移動体の姿勢情報の補正値は、推定したプロセス雑音(角速度誤差分散及び姿勢誤差分散を構成要素とする。)及び衛星航法システムの観測情報の観測雑音に基づいた姿勢補正ゲインによって、ジャイロセンサGの角速度情報及び衛星航法システムの観測情報が最適に重み付け合成されるようなかたちで計算される。このように、ジャイロセンサGの角速度情報及び衛星航法システムの観測情報に基づいて、移動体の姿勢情報を状態空間モデルの状態ベクトルとして計測するにあたり、衛星信号の受信環境が劣化しているときでも、移動体の姿勢が動揺しているときでも、ジャイロセンサGの角速度情報及び衛星航法システムの観測情報の重視バランスが状況変化に応じて適切に調整されるため、移動体の姿勢情報を高精度に計測することができる。そして、ジャイロセンサGの角速度情報のバイアス誤差は、状態空間モデルを用いずに角速度バイアス除去部1を用いて推定されるため、状態空間モデルの状態ベクトルの要素数が必要最低限になり、状態空間モデルの観測方程式の冗長性が増し、移動体の姿勢情報を高精度に計測することができる。
【0086】
(本開示のGNSS情報の取得可否に応じた処理)
本開示のGNSS情報の取得可否に応じた処理を
図10、11に示す。
図11の左欄では、衛星航法システムの観測情報が受信されているときを示し、
図11の中欄では、衛星航法システムの観測情報が一時受信されなくなったときを示し、
図11の右欄では、衛星航法システムの観測情報が再度受信されるようになったときを示す。
【0087】
まず、衛星航法システムの観測情報が、取得不能になったときについて説明する(ステップS21、NO)。姿勢補正部32は、ステップS14において移動体の姿勢情報の補正ゲインKnを0に維持する(ステップS22)。そして、姿勢補正部32は、ステップS15、S16を実行するにあたり、移動体の姿勢情報の補正値xnを移動体の姿勢情報の予測値xn
-に等しく設定し、移動体の姿勢情報の補正値の誤差共分散行列Pnを移動体の姿勢情報の予測値の誤差共分散行列Pn
-に等しく設定する(ステップS23)。
【0088】
姿勢予測部31は、ステップS1~S6を実行するにあたり、移動体の姿勢情報の予測値の誤差共分散行列Pn
-に、プロセス雑音Qnを加算し続ける(ステップS24)。このように、衛星信号の受信環境が中断した後には、衛星信号の中断時間及び移動体の動揺状態に応じて、移動体の姿勢情報の予測値の誤差分散を大きく推定することができる。
【0089】
次に、衛星航法システムの観測情報が、取得可能になったときについて説明する(ステップS21、YES)。姿勢補正部32は、ステップS11~S13を実行する(ステップS25)。そして、姿勢補正部32は、ステップS14~S16を実行するにあたり、ステップS24における移動体の姿勢情報の予測値の誤差共分散行列Pn
-に基づいて、移動体の姿勢情報の補正ゲインKn及び補正値xnを計算し始める(ステップS26)。
【0090】
姿勢予測部31は、ステップS1~S6を実行する(ステップS27)。このように、衛星信号の受信環境が回復した直後には、衛星信号の中断時間及び移動体の動揺状態に応じて、状態空間モデルの観測方程式の姿勢補正ゲインを大きく計算することができる。つまり、衛星信号の受信環境が回復した直後には、姿勢補正ゲインが大きくなることで、衛星信号の中断時間及び移動体の動揺状態に応じて蓄積する移動体の姿勢情報の予測値の誤差を是正し、移動体の姿勢情報の予測値の誤差が是正された後には、移動体の姿勢情報の補正値の誤差分散を早めに収束させることで、衛星信号の受信環境が回復した後に素早く移動体の姿勢情報を高精度に計測することができる。
【0091】
(本開示の各々の情報の更新間隔に応じた処理)
本開示の各々の情報の更新間隔に応じた処理を
図12、13に示す。
図13の上段では、ジャイロセンサGの角速度情報は、より高いレートで更新されることが一般的である(時刻t
1、t
2、t
3、t
4、t
5、・・・)。
図13の下段では、衛星航法システムの観測情報は、より低いレートで更新されることが一般的である(時刻t
1、t
3、t
5、・・・)。
【0092】
姿勢予測部31は、ジャイロセンサGの角速度情報のより短い更新間隔で処理を実行する(ステップS31、S32)。つまり、姿勢予測部31は、ジャイロセンサGの角速度情報が更新されたときのみ(ステップS31、YES)、ステップS1~S6を実行する(ステップS32)。ただし、姿勢予測部31は、移動体の姿勢情報の前回予測値xn
-及び前回補正値xnの情報があるときのみ、ステップS4を実行する(ステップS32)。
【0093】
つまり、姿勢予測部31は、ジャイロセンサGの角速度情報が衛星航法システムの観測情報と比べて高いレートで更新されたとしても、逆行列計算(数式19を参照)を含まず処理負荷の軽い姿勢予測のみを実行する。そして、姿勢予測部31は、ジャイロセンサGの角速度情報のより短い更新間隔内に、1回分の姿勢予測を完了させればよい。
【0094】
姿勢補正部32は、衛星航法システムの観測情報のより長い更新間隔でのみ処理を実行する(ステップS33、S34)。つまり、姿勢補正部32は、衛星航法システムの観測情報が更新されたときのみ(ステップS33、YES)、ステップS11~S16を実行する(ステップS34)。ここで、姿勢補正部32がステップS11~S16を実行しないときには、姿勢予測部31のみがステップS1~S6を実行したうえで、移動体の姿勢情報の補正値xnの情報に代えて、移動体の姿勢情報の予測値xn
-の情報を出力する。
【0095】
つまり、姿勢補正部32は、ジャイロセンサGの角速度情報が衛星航法システムの観測情報と比べて高いレートで更新されたとしても、逆行列計算を含み(数式19を参照)処理負荷の重い姿勢補正を実行しない。そして、姿勢補正部32は、衛星航法システムの観測情報のより長い更新間隔内に、1回分の姿勢補正を完了させればよい。
【0096】
このように、組み込み用の非力なCPUを用いるとしても、逆行列計算処理(数式19を参照)による処理負荷オーバの問題に対処したうえで、最新の移動体の姿勢情報の予測値及び最適な移動体の姿勢情報の補正値を提供することができる。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本開示の移動体姿勢計測装置及び移動体姿勢計測プログラムは、国際海事機関(IMO)が定義した船首方位伝達装置(THD)の性能要件に準拠したGNSSコンパス等に適用することができるが、船舶以外の移動体にも適用することができる。
【符号の説明】
【0098】
S:船舶
D:移動体姿勢計測装置
G:ジャイロセンサ
A1、A2、A3:受信アンテナ
B1、B2:基線ベクトル
R1、R2、R3:GNSS受信機
1:角速度バイアス除去部
2:角速度誤差分散推定部
3:姿勢計算部
4:搬送波位相差計算部
5:アンビギュイティ推定部
21A、21B:フィルタ部
22:角速度誤差分散計算部
31:姿勢予測部
32:姿勢補正部
33:姿勢誤差分散推定部