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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023136627
(43)【公開日】2023-09-29
(54)【発明の名称】移植器
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/26 20060101AFI20230922BHJP
【FI】
C12M1/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022042406
(22)【出願日】2022-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】凸版印刷株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(71)【出願人】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】武井 優芽
(72)【発明者】
【氏名】今井 慶一
(72)【発明者】
【氏名】福田 淳二
(72)【発明者】
【氏名】景山 達斗
(72)【発明者】
【氏名】奥嶋 彩衣里
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA09
4B029BB11
4B029CC02
4B029HA10
(57)【要約】
【課題】細胞の活性の低下および組織形成の阻害を抑えることができる移植器を提供する。
【解決手段】移植器10は、生体を刺すことが可能な形状を有する針状部20であって、細胞群を含む移植物50を内部に収容した針状部20と、針状部20の内部において移植物50の周囲を囲む油性部30とを備える。針状部20の材料はプルランを含み、油性部30の材料は、0.2以下の酸価に対応する遊離脂肪酸の含有量を有する油である低酸価油を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体を刺すことが可能な形状を有する針状部であって、細胞群を含む移植物を内部に収容した前記針状部と、
前記針状部の内部において前記移植物の周囲を囲む油性部と、を備え、
前記針状部の材料はプルランを含み、
前記油性部の材料は、0.2以下の酸価に対応する遊離脂肪酸の含有量を有する油である低酸価油を含む
移植器。
【請求項2】
前記低酸価油は、鉱油、植物油脂、および、ハードファットのいずれかである
請求項1に記載の移植器。
【請求項3】
前記針状部は、前記針状部の基端から前記針状部の内部に向けて窪む内部孔を有し、
前記油性部は、前記内部孔の内側面を覆い、
前記内部孔の内側にて前記油性部によって区画される領域である収容部に、前記移植物が収容されている
請求項1または2に記載の移植器。
【請求項4】
前記収容部は前記針状部の基端に開口し、
前記移植器は、前記収容部の開口を塞ぐ蓋板部を備える
請求項3に記載の移植器。
【請求項5】
前記移植物は前記細胞群である毛包原基を含む
請求項1~4のいずれか一項に記載の移植器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内への細胞群の移植に用いられる移植器に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞群を生体内へ移植する技術の活用が進んでいる。例えば、毛を作り出す毛包器官の形成に寄与する細胞群を培養し、この細胞群を皮膚に移植することによって、毛髪を再生させることが試みられている。毛髪の良好な再生のためには、移植された細胞群から、正常な組織構造を有して良好な毛髪の形成能力を有する毛包器官が生じることが望ましい。そこで、こうした毛包器官を形成可能な細胞群の製造方法について、様々な研究開発が行われている(例えば、特許文献1~3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2017/073625号
【特許文献2】国際公開第2012/108069号
【特許文献3】特開2008-29331号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、細胞群の移植によって組織の再生等の所望の結果を得るためには、生体内に配置された細胞の活性が良好であること、および、細胞群に基づく組織形成が良好に進行することが重要である。細胞の活性が良好であることで、生着や分化が好適に進み、組織形成が良好に進行することで、適切な位置や形状に生体の構造が形作られる。
【0005】
生体内における細胞群の周囲の環境は、細胞の活性や組織形成に影響を与える因子の1つである。そして、細胞群の周囲の環境は、細胞群の配置に用いられた器具から物理的あるいは化学的な影響を受ける場合がある。それゆえ、細胞の活性の低下および組織形成の阻害を抑えて細胞群を移植することのできる移植器が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための移植器は、生体を刺すことが可能な形状を有する針状部であって、細胞群を含む移植物を内部に収容した前記針状部と、前記針状部の内部において前記移植物の周囲を囲む油性部と、を備え、前記針状部の材料はプルランを含み、前記油性部の材料は、0.2以下の酸価に対応する遊離脂肪酸の含有量を有する油である低酸価油を含む。
【0007】
上記構成によれば、移植物が、針状部に収容された状態で生体内に挿入され、針状部の溶解によって生体内に配置される。それゆえ、移植に際して生体内へのピンセット等の器具の挿入や引抜が生じる場合と比較して、生体内における移植物の配置の深さを所望の深さに制御しやすくなる。したがって、組織形成が的確に進みやすくなる。また、針状部の内部において移植物が油性部に囲まれていることから、水分を含む移植物が針状部に接触することが抑えられる。それゆえ、針状部を生体に刺す前に針状部が内側から溶解することを抑えることができる。
【0008】
そして、油性部の材料が低酸価油を含むことから、油性部における遊離脂肪酸の含有量が小さく抑えられる。それゆえ、移植に用いられるデバイスの一部として油性部が生体内に入り込んでも、生体内で移植物の周囲が酸性に近づくことが抑えられるため、細胞の活性の低下および組織形成の阻害を抑えることができる。
【0009】
上記構成において、前記低酸価油は、鉱油、植物油脂、および、ハードファットのいずれかであってもよい。
上記構成によれば、低酸価油を含有する油性部が好適に実現される。
【0010】
上記構成において、前記針状部は、前記針状部の基端から前記針状部の内部に向けて窪む内部孔を有し、前記油性部は、前記内部孔の内側面を覆い、前記内部孔の内側にて前記油性部によって区画される領域である収容部に、前記移植物が収容されていることが好ましい。
【0011】
上記構成によれば、針状部の内部に区画された空間に移植物が収容されるため、移植物の収容が容易である。また、油性部によって内部孔の内側面を覆うことで、収容部の収容物と針状部との接触が的確に抑えられる。
【0012】
上記構成において、前記収容部は前記針状部の基端に開口し、前記移植器は、前記収容部の開口を塞ぐ蓋板部を備えてもよい。
上記構成によれば、生体までの移植器の移動に際して収容物が収容部から流出することが抑えられる。
【0013】
上記構成において、前記移植物は前記細胞群である毛包原基を含んでもよい。
上記構成によれば、油性部の材料として低酸価油を用いることで細胞の活性の低下および組織形成の阻害が抑えられる結果、毛の発生率および発生本数が高く得られる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、細胞の活性の低下および組織形成の阻害を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】一実施形態における移植器の断面構造を示す図。
図2】一実施形態における移植器の断面構造の他の例を示す図。
図3】一実施形態における複数の針状部を備える移植器の断面構造を示す図。
図4】一実施形態の移植器を用いた移植物の配置の手順を示す図。
図5】一実施形態の移植器を用いた移植物の配置の手順を示す図。
図6】一実施形態の移植器を用いた移植物の配置の手順を示す図。
図7】一実施形態の移植器に収容される前の移植物を示す図。
図8】一実施形態の移植器の製造工程を示す図。
図9】一実施形態の移植器の製造工程を示す図。
図10】変形例の移植器の断面構造を示す図。
図11】変形例の移植器の断面構造を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
図面を参照して、移植器の一実施形態を説明する。本実施形態の移植器は、細胞群を含む移植物を生体内に配置するために用いられる。移植物が配置される領域は、生体の組織内であり、例えば、皮内および皮下の少なくとも一方、あるいは、臓器等である。本実施形態において「生体」には、生物の身体や組織だけでなく、生物の身体や組織を模した人工的な製造物である生体モデルが含まれる。すなわち、本実施形態の移植器は、生物に対する移植物の配置に限らず、生体モデルに対する移植物の配置にも用いられ得る。
【0017】
[移植器の構造]
図1が示すように、移植器10は、生体を刺すことが可能な形状に延びる針状部20を備えている。針状部20は、針状部20の基端から内部に向けて窪む孔である内部孔25を有している。移植器10は、内部孔25の内側面を覆う油性部30を備えており、油性部30によって、移植物50が収容される領域である収容部26が、内部孔25の内側に区画されている。
【0018】
収容部26は、針状部20の基端に開口している。言い換えれば、針状部20の基端にて、収容部26は開口部27を区画している。移植器10は、開口部27を塞ぐ蓋板部40を備えていることが好ましい。蓋板部40はシート状に広がる部材であって、針状部20の基端に位置する面である基端面20Rに沿って広がっている。すなわち、針状部20は、その基端を蓋板部40に支持されている。
【0019】
針状部20の形状は、移植物50の配置される組織を刺すことの可能な形状であればよい。生体に対する針状部20の刺さりやすさを高める観点では、針状部20は1つの方向に沿って延びる形状を有し、針状部20の先端部は尖っていることが好ましい。針状部20の延びる方向は、蓋板部40の表面に直交する方向であってもよいし、蓋板部40の表面に対して傾斜する方向であってもよい。例えば、針状部20は、円錐状や角錐状のように、基端から先端に向けて断面積が小さくなる形状を有していてもよい。また例えば、針状部20は、円柱をその延びる方向に対して斜めに切断した形状や、円柱の上面から円錐が延びる形状のように、基端から一定の断面積を有するように延びた後、先端に向けて断面積が小さくなる形状を有していてもよい。あるいは、針状部20は、先端部に刃状の構造を有していてもよい。
【0020】
ただし、針状部20が移植物50の配置される組織を刺すことが可能であれば、針状部20の先端部は曲率を有する形状であってもよいし、針状部20は、円柱状や角柱状のように、先端部が尖っていない形状を有していてもよい。
【0021】
油性部30は、内部孔25の内側面に沿った膜状を有する。油性部30は、内部孔25の内側面に加えて、基端面20Rの少なくとも一部を覆っていてもよい。油性部30のなかで基端面20Rを覆う部分は、基端面20Rと蓋板部40との間に挟まれる。油性部30によって区画される収容部26は、内部孔25と略相似形状を有している。
【0022】
収容部26の形状や大きさは、移植物50を収容可能であれば特に限定されない。図1に示す例では、内部孔25および収容部26は、針状部20の基端に位置する開口から一定の内径で延びた後、内部孔25および収容部26の底部に向けて縮径する。針状部20の延びる方向と直交する方向に沿った内部孔25および収容部26の断面形状は円形であり、内部孔25および収容部26の底部は曲面である。すなわち、内部孔25および収容部26は、円筒の底部が曲面状になった形状を有するとも言える。
【0023】
内部孔25および収容部26の深さは、移植物50を配置する目標の深さに応じて設定されればよい。針状部20の長さは、内部孔25よりも長ければ、特に限定されない。針状部20の長さは、例えば、200μm以上2mm以下であり、収容部26の深さは、例えば、150μm以上1.95mm以下である。また、針状部20の外径の最大値は、例えば、100μm以上1mm以下であり、収容部26の内径の最大値は、例えば、50μm以上900μm以下である。
【0024】
移植器10は、収容部26に移植物50を収容することによって、針状部20の内部に移植物50を保持している。収容部26には、移植物50と共に補助液51も収容されており、移植物50を補助液51が取り囲んでいる。補助液51は、収容部26内での細胞の活性の維持や、生体内に配置された後の細胞の生着を補助する流体である。移植物50および補助液51が移植器10の収容物であり、収容物を油性部30が囲んでいる。
【0025】
図2は、移植器10の他の形態を示す。図2が示すように、移植器10は、針状部20の基端を支持する支持部21を備えていてもよい。支持部21は、針状部20の基端から蓋板部40の広がる方向と一致した方向に広がる。針状部20と支持部21とは、同一の材料から一体に形成されていてもよいし、別々に形成されて接合されていてもよい。
【0026】
詳細には、支持部21は、第1面21Fと、第1面21Fとは反対側の面である第2面21Rとを有し、第1面21Fから針状部20が延びている。内部孔25および収容部26は第2面21Rに開口している。蓋板部40は、支持部21の第2面21Rに沿って広がり、収容部26が区画する開口部27を塞いでいる。第2面21R上の全体に蓋板部40が配置されていてもよいし、第2面21R上の一部に蓋板部40が配置されていてもよい。
【0027】
油性部30は、内部孔25の内側面を覆っている。油性部30は、内部孔25の内側面に加えて、第2面21Rの少なくとも一部を覆っていてもよい。図2は、油性部30が第2面21Rの一部を覆う形態を例示している。油性部30は、内部孔25の内側面上から第2面21R上へ連続して広がっている。油性部30のなかで第2面21Rを覆う部分の少なくとも一部は、第2面21Rと蓋板部40との間に挟まれる。
【0028】
図3が示すように、移植器10は、複数の針状部20を備えていてもよい。各針状部20に移植物50が収容される。例えば、図3に例示するように、互いに隣り合う針状部20において蓋板部40が繋がっていることにより、複数の針状部20の集合体が形成されている。すなわち、複数の針状部20に対し、共通する1つの蓋板部40が配置されている。あるいは、先の図2に示したように、移植器10が支持部21を備えている場合には、互いに隣り合う針状部20の支持部21が繋がっていることにより、複数の針状部20の集合体が形成されていてもよい。
【0029】
移植器10が複数の針状部20を備えている場合、複数の針状部20は規則的に配列されていてもよいし、不規則に配置されていてもよい。例えば、複数の針状部20は、1列に並んでいてもよいし、正方格子や三角格子の各格子点に針状部20が位置するように複数の列に並んでいてもよい。また、複数の針状部20の並びにおいて、互いに隣り合う針状部20の間隔は、一定であってもよいし、一定でなくてもよい。
移植器10が複数の針状部20を備えていることにより、複数の移植物50をまとめて生体内に配置することができる。
【0030】
[移植物の構成]
移植物50は、細胞群を含む。細胞群は、複数の細胞を含む。細胞群は、凝集された複数の細胞の集合体であってもよいし、細胞間結合により結合した複数の細胞の集合体であってもよい。あるいは、細胞群は、分散した複数の細胞から構成されてもよい。また、細胞群を構成する細胞は、未分化の細胞であってもよいし、分化が完了した細胞であってもよいし、細胞群は、未分化の細胞と分化した細胞とを含んでいてもよい。細胞群は、例えば、スフェロイドである細胞塊、原基、組織、器官、オルガノイド、ミニサイズの臓器等である。
【0031】
細胞群は、生体内に配置されることによって、生体における組織形成に作用する能力を有する。こうした細胞群の一例は、幹細胞性を有する細胞を含んだ細胞凝集体である。細胞群は、例えば、皮内または皮下に配置されることにより、発毛または育毛に寄与する。具体的には、細胞群は、毛包器官として機能する能力、毛包器官へ分化する能力、毛包器官の形成を誘導もしくは促進する能力、あるいは、毛包器官における毛の形成を誘導もしくは促進する能力等を有する。また、細胞群は、色素細胞もしくは色素細胞に分化する幹細胞等のように、毛色の制御に寄与する細胞を含んでいてもよい。また、細胞群は、血管系細胞を含んでいてもよい。
【0032】
細胞群の具体例は、器官原基である。器官原基は、間葉系細胞と上皮系細胞とを含む。器官原基の例は、毛包器官に分化する毛包原基、肝臓の原基、腎臓の原基、膵臓の原基、神経系の原基細胞や血管系の原基細胞等の細胞群である。
【0033】
例えば、毛包原基は、毛乳頭等の間葉組織に由来する間葉系細胞と、バルジ領域や毛球基部等に位置する上皮組織に由来する上皮系細胞とを、所定の条件で培養することによって形成される。ただし、毛包原基の製造方法は上述の例に限定されない。また、毛包原基の製造に用いられる間葉系細胞と上皮系細胞との由来も限定されず、これらの細胞は、毛包器官由来の細胞であってもよいし、毛包器官とは異なる器官由来の細胞であってもよいし、多能性幹細胞から誘導された細胞であってもよい。
なお、移植物50は、細胞群に加えて、細胞群の移植や生着を補助する部材や、細胞群を保護するゲル状体を含んでいてもよい。
【0034】
補助液51は、細胞の生存を阻害し難い成分であればよく、また、生体に注入された場合に生体に与える影響の小さい成分であることが好ましい。補助液51は、移植物50を取り囲んで移植物50と収容部26の内側面との接触や摩擦を抑えることで、移植物50の活性の維持を補助する。あるいは、移植物50は、生体の体液に近しい成分を含有して移植物50を包むことや移植物50に対して栄養を提供することで移植物50の活性の維持や生着を補助してもよい。
【0035】
補助液51は、例えば、生理食塩水、ワセリンや化粧水等の皮膚を保護する物質、あるいは、これらの混合物である。また、補助液51は、栄養成分や、細胞の生存に必要な酸素等の成分を含んでいてもよい。また、補助液51は、細胞の培養のための培地であってもよい。補助液51は、低粘度の流体、あるいは、高粘度の流体であり得る。補助液51は、ゾル状体、あるいは、ゲル状体であってもよい。
【0036】
なお、補助液51は、移植物50の全周を取り囲んでいなくてもよい。例えば、移植物50は収容部26の底部に配置され、移植物50上から開口部27までの領域において補助液51が移植物50を覆っていてもよい。また、収容部26には少なくとも移植物50が収容されていればよく、収容部26の収容物に補助液51は含まれなくてもよい。
【0037】
[移植器の材料]
移植器10の各部の材料について詳細に説明する。
針状部20の材料は水溶性材料を含み、針状部20は水に溶解する。水溶性材料の一例は水溶性高分子である。針状部20の材料は生体適合性を有していることが好ましい。針状部20を構成する材料において最も質量割合の大きい成分、すなわち針状部20の主成分は、プルランである。針状部20の主成分がプルランであることにより、針状部20を所望の形状に成形することが容易となり、また、針状部20の透明性が高くなる。
【0038】
針状部20は、主成分に加えて、針状部20の成形、あるいは、細胞の活性の維持や生着に寄与する成分を含んでいてもよい。
主成分以外に針状部20が含有し得る材料は、例えば、デキストラン、デキストリン、でんぷん、セルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、キトサン、ペクチン酸、ガラクタン、コラーゲン、ペクチン、アテロコラーゲン、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、コンドロイチン硫酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウムである。
【0039】
なお、支持部21の材料は、針状部20と同一であってもよいし、針状部20とは異なっていてもよい。支持部21は水に溶解することが好ましい。支持部21の材料には、例えば、針状部20の材料として例示した上述の材料が用いられればよい。
【0040】
油性部30は油性材料を含み、油性部30は、生体内で、融解、溶解、あるいは、分解する。油性部30を構成する材料において最も質量割合の大きい成分、すなわち油性部30の主成分は、0.2以下の酸価に対応する遊離脂肪酸の含有量を有する油である。以下、この油を低酸価油と称する。油には、植物油脂、動物油脂、鉱油、および、これらを原料として合成された油脂が含まれる。
【0041】
酸価とは、1グラムの油中に存在する遊離脂肪酸を中和することに必要な水酸化カリウムの重量(mg)である。低酸価油の一例は、脂肪酸とグリセリンとのエステルを主成分とする油脂であって、遊離脂肪酸の含有量が少ないことから、酸価が0.2以下となる油脂である。低酸価油の他の例は、炭化水素のように分子の構成要素に脂肪酸を含まない成分を主成分とする油であって、遊離脂肪酸を含まない、あるいは、遊離脂肪酸の含有量が微量であることから、酸価が0.2以下となる油である。
【0042】
針状部20を生体に刺す前において、油性部30は、固体状であってもよいし、クリーム状のように半固形状であってもよい。油性部30が含む低酸価油の融点は、例えば、30℃以上40℃以下であることが好ましい。低酸価油の融点が上記範囲であれば、油性部30が生体内の温度に起因して生体内で融解しやすくなる。
【0043】
低酸価油が植物油脂または動物油脂である場合、低酸価油におけるステアリン酸の含有量は5%以下であることが好ましい。ステアリン酸の含有量が5%以下であれば、低酸価油の融点が高くなることや低酸価油の結晶性が高くなることが抑えられるため、生体内において油性部30が崩れやすくなり、移植物50の周囲に塊状の油性部30が残存して組織形成を阻害することが抑えられる。
【0044】
また、油性部30の透明性が高いほど、移植器10に移植物50を収容するときや移植器10を生体まで移動させるときに、外部から収容部26内の移植物50の状態を確認しやすいため好ましい。
【0045】
低酸価油は、具体的には、ワセリン、パーム油、および、ハードファットのいずれかであることが好ましい。ワセリンは鉱油であり、パーム油は植物油脂であり、ハードファットは合成油脂である。これらの低酸価油を用いることで、プルランを主成分とする針状部20に対して使用した場合に油性部30を好適に形成することができる。なかでも、上述した油性部30の透明性の観点からは、低酸価油はワセリンまたはパーム油であることが好ましい。一方、ワセリンおよびパーム油が室温で半固体状であることに対し、ハードファットは室温で固体状であることから、低酸価油としてハードファットを用いれば、針状部20を生体に刺す前に、油性部30に変形や剥がれが生じることを抑えやすい。
【0046】
蓋板部40は、水に対する溶解性を有していてもよいし、有していなくてもよい。蓋板部40の材料としては、例えば、針状部20の材料として例示した上述の材料を用いてもよいし、樹脂シートや油性の封止材を用いてもよい。
【0047】
[移植物の配置方法]
図4図6を参照して、移植器10を用いた生体内への移植物50の配置方法、すなわち移植物50の移植方法を説明する。移植物50の配置方法は、言い換えれば、移植器10の使用方法である。
【0048】
図4が示すように、まず、移植器10の針状部20を、移植物50の配置の対象組織Skに押し付けることによって、針状部20を対象組織Skに刺す。対象組織Skは例えば皮膚である。このとき、針状部20にかかる力や針状部20の向きを調整することで対象組織Skへの針状部20への進入を補助するアプリケーターが用いられてもよい。なお、針状部20が対象組織Skに刺さっている状態において、蓋板部40は対象組織Skの内部に入り込まず、対象組織Skの表面上に配置される。また、移植器10が支持部21を備える場合、支持部21も対象組織Skの表面上に配置される。
【0049】
図5が示すように、針状部20が対象組織Skの内部に入ると、針状部20と組織内の水分とが接触することによって針状部20は溶解する。また、油性部30も対象組織Skの内部に配置されることによって崩れていく。例えば、油性部30が体温付近の温度で融解する場合、針状部20が対象組織Skの内部に入ることで油性部30が体温付近の温度にまで温められるため、油性部30が融解する。なお、針状部20の変形と油性部30の変形とは、いずれが先に生じてもよい。針状部20が崩れる速さと、油性部30が崩れる速さとは、針状部20および油性部30の材料によって調整できる。
【0050】
蓋板部40が水に対する溶解性を有している場合、蓋板部40と対象組織Skの表面の水分とが接触することによって、蓋板部40も溶解する。蓋板部40が水に対する溶解性を有していない場合、蓋板部40は対象組織Skの表面から剥離される。蓋板部40の剥離は、針状部20の溶解が完了する前に行われてもよいし、針状部20の溶解が完了した後に行われてもよい。針状部20の溶解が完了した後に蓋板部40が剥離される形態であれば、針状部20の溶解の進行中には、対象組織Skにおいて針状部20が刺さっている領域の表面が蓋板部40によって覆われる。それゆえ、外部からの衝撃を受けた場合であっても、針状部20や移植物50が対象組織Skから抜け出ることが抑えられる。
【0051】
また、移植器10が支持部21を備える場合、支持部21が水に対する溶解性を有していれば、支持部21と対象組織Skの表面の水分とが接触することによって、支持部21は溶解する。支持部21が水に対する溶解性を有していない場合、支持部21は対象組織Skの表面から剥離される。
蓋板部40や支持部21が溶解する形態であれば、これらの剥離が不要となるため、移植器10の使用に要する手間が軽減される。
【0052】
図6が示すように、針状部20および油性部30の変形が進行すると、これらが崩れて消失し、収容されていた移植物50が対象組織Sk内に留め置かれる。また、移植物50と共に収容されていた補助液51も移植物50の周囲の組織に浸透する。針状部20および油性部30の成分は生体内に拡散や吸収される。これにより、生体内への移植物50の配置が完了する。
【0053】
以上のように、本実施形態の移植物50の配置方法によれば、移植物50は、針状部20に収容された状態で生体内に挿入され、針状部20の溶解によって生体内に配置される。したがって、生体内への移植物50の配置に際して生体内からのピンセット等の器具の引き抜きが発生しないため、器具の引き抜きに伴って移植物50が動くことが抑えられる。それゆえ、生体の組織内における移植物50の配置の深さを所望の深さに制御しやすくなる。また、移植物50が針状部20に収容された状態で生体内に挿入されるため、挿入時の衝撃から移植物50を保護することが可能であり、さらに、移植物50のみが生体内に挿入される場合と比較して、外部から見て移植物50の移植箇所も把握しやすくなる。
【0054】
ここで、移植物50が細胞群を含むことから、移植物50は水分を含んでいる。それゆえ、移植物50が内部孔25の内側面に接触すると、針状部20を生体に刺す前に針状部20が内側から溶解してしまうことが起こり得る。これに対し、本実施形態では、油性部30が設けられていることにより、移植物50が、内部孔25の内側面に接触することが抑えられる。それゆえ、針状部20を生体に刺す前に針状部20が内側から溶解することを抑えることができる。また、針状部20を生体に刺した後に針状部20が急速に溶解する場合であっても、移植物50の周囲に油性部30が存在することで、移植物50が溶解した針状部20から圧力を受けることが抑えられる。
【0055】
また、油性部30が設けられていることにより、補助液51が内部孔25の内側面に接触することも抑えられるため、補助液51が水分を含む場合であっても、針状部20が内側から溶解することを抑えることができる。したがって、収容可能な補助液51の成分についての自由度が高められ、移植物50が含む細胞の活性の維持や生着の補助に適した補助液51を移植物50と共に針状部20内に格納することができる。
【0056】
さらに、本実施形態では、油性部30が低酸価油から構成されている。遊離脂肪酸は、液体の水素イオン指数(pH)を低下させる一因となる。それゆえ、油性部30に含まれる遊離脂肪酸の量が多いほど、油性部30が移植物50と共に生体内に入り込むことに起因して、生体内に配置された移植物50の周囲が酸性に近づき、細胞の生存や増殖が阻害されやすくなる。これに対し、本実施形態では、油性部30が低酸価油から構成されており、すなわち油性部30における遊離脂肪酸の含有量が低く抑えられていることから、油性部30が移植物50と共に生体内に入り込んでも、細胞の活性の低下および組織形成の阻害を抑えることができる。
【0057】
[移植器の製造方法]
図7図9を参照して、移植器10の製造方法を説明する。移植器10の製造工程は、針状部20と油性部30との形成により収容部26を形成することと、収容部26に移植物50を収容することと、蓋板部40を配置して収容部26を閉じることとを含む。
【0058】
図7は、収容部26への収容前の移植物50を示す。移植物50は、トレイ60に保持されている。例えば、移植物50は、トレイ60が有する凹部61に補助液51と共に入れられている。トレイ60は、例えば培養容器である。移植物50がトレイ60にて培養される場合、補助液51は、細胞の培養のための培地であってもよいし、培地から交換された液体であってもよい。
【0059】
移植物50は、移植器10の収容部26に収容可能な大きさを有していればよい。例えば、移植物50の外径の最大値doは、収容部26の内径および深さよりも小さいことが好ましい。最大値doが収容部26の内径および深さよりも小さければ、移植物50と収容部26の内側面との接触や摩擦が抑えられるため、移植物50の活性の低下が抑えられる。なお、移植物50の形状は略球体状であってもよいし、略楕円体状やその他の歪な形状であってもよい。
トレイ60内の移植物50および補助液51は、マイクロピペット等の器具70によって吸い上げられて、収容部26まで運ばれる。
【0060】
図8が示すように、針状部20は、所望の針状部20の形状に対応する凹部81を有する凹版80に、針状部20の材料を含む溶液を充填し、充填物を乾燥により固化させることによって形成される。針状部20となる充填物の中央部に気泡が集まるように溶液の充填および乾燥を制御することで、針状部20の内部に空隙が形成される。これによって当該空隙である内部孔25を形成することができる。あるいは、内部孔25に対応する形状のピン状の構造体が充填物の中央部に挿入された状態で充填物が固化された後、当該構造体が取り除かれてもよい。これにより、ピン状の構造体が位置していた部分に内部孔25である空隙を形成することができる。
【0061】
なお、移植器10が支持部21を備える場合には、支持部21に対応する凹部が凹版80に設けられ、当該凹部に対する支持部21の材料の充填と固化によって、支持部21が形成される。
【0062】
油性部30は、油性部30の材料を内部孔25内に塗布することによって形成される。塗布に際して油性部30の材料を加熱することによって材料の粘度を調整してもよい。油性部30の材料の塗布量は、例えば、30μg以上200μg以下である。油性部30の形成により、収容部26が形成される。油性部30の形成時に、所望の収容部26の形状に対応するピン状の構造体を内部孔25に挿入することで、収容部26の形状を整えてもよい。
【0063】
器具70内に吸引されている移植物50および補助液51が、収容部26内に吐出されることにより、移植物50および補助液51が収容部26に収容される。
油性部30が、内部孔25の内側面に加えて、針状部20の基端の基端面20Rや支持部21の第2面21Rを覆う形態であれば、開口部27の付近が油性部30に覆われるため、移植物50および補助液51である収容物を開口部27から収容部26に入れる際に、収容物が針状部20や支持部21に付着することが抑えられる。したがって、収容物の収容に際して針状部20や支持部21が溶解することを抑えることができる。
【0064】
なお、補助液51は、移植物50と共に器具70から収容部26内に入れられることに限らず、移植物50が収容部26に入れられる前または後に、移植物50とは別に収容部26に入れられてもよい。
【0065】
図9が示すように、移植物50および補助液51の収容後に、収容部26の開口部27を塞ぐように、蓋板部40が配置される。蓋板部40は、例えば、2つの板状部材の間に蓋板部40の材料が挟まれ、当該材料が固化されることによって形成される。
【0066】
蓋板部40は、接着剤によって接合されてもよいし、熱溶着や超音波振動を利用した溶着によって接合されてもよい。また、蓋板部40の接合に際して針状部20や支持部21が熱等により軟化されてもよい。
【0067】
針状部20を凹版80から離型することで、移植器10が得られる。針状部20の離型は、油性部30の形成前や、移植物50の収容前に行われてもよい。
なお、針状部20の内部に移植物50を収容した移植器10が形成可能であれば、移植器10の製造方法は、上述の製造方法とは異なっていてもよい。
【0068】
[収容部の変形例]
図10が示すように、内部孔25の形状と、収容部26の形状とは、相似形状でなくてもよい。図10に示す例では、内部孔25の底部が曲面であることに対し、収容部26の底部は平面である。内部孔25は、例えば、円筒の底部が曲面状になった形状を有しており、収容部26は、例えば、平面の底面を有する円筒形状を有している。
【0069】
移植器10の製造方法にて述べたように、所望の収容部26の形状に対応するピン状の構造体を内部孔25に挿入して油性部30を形成する製造方法であれば、内部孔25の形状と収容部26の形状とを異ならせることが可能である。
【0070】
また、内部孔25の内側面と収容部26の内側面との少なくとも一方は、傾斜面であってもよい。言い換えれば、内部孔25の内径と収容部26の内径との少なくとも一方は、徐々に変化してもよい。例えば、図11が示すように、内部孔25の内径は、針状部20の基端に向けて広がっていてもよい。こうした構成であれば、内部孔25の内側面に油性部30を塗布形成することが容易である。一方、収容部26の内径が開口部27に向けて広がっていれば、移植物50の収容が容易である。
【0071】
また、油性部30の厚さは一定でなくてもよい。例えば、図10に示す例では、内部孔25の側面上の油性部30の厚さよりも、内部孔25の底部上の油性部30の厚さの方が大きい。また、図11に示す例では、内部孔25の底部上および開口部27付近で油性部30の厚さが大きくなっている。
【0072】
[実施例]
上述した移植器について、具体的な実施例および比較例を用いて説明する。
(実施例1)
四角錐形状の凹部を有する凹版を用意し、針状部の形成のための溶液として、プルラン水溶液を凹部に充填した。凹部の開口面は1辺が800μmの正方形形状を有し、凹部の深さは1.8mmである。そして、このプルラン水溶液の充填された凹版を、温度25℃、湿度30%の環境で、72時間、通風しつつ乾燥した。乾燥が進むにつれて、凹版の濡れ性とプルラン水溶液の表面張力とのバランスに起因して、凹部の充填物の内部に空洞が成長する。これにより、上記空洞である内部孔を有する針状部が得られた。
【0073】
次に、内部孔の内側面に、低酸価油であるワセリンを加温して液体状にした状態で塗布することによって、油性部を形成した。この際、内部孔に円柱状の金属棒を挿入し、金属棒の周囲にワセリンを筆で塗り広げた。ワセリンを塗布した後に、ワセリンの流動性が低下するまで凹版を約25℃の室温環境にて静置し、その後、金属棒をピンセットで抜去した。これにより、油性部によって区画された収容部が形成された。ワセリンの塗布量は約150μgである。
【0074】
続いて、マイクロピペットを用い、収容部内に、移植物として毛包原基を入れるとともに、補助液としてリン酸緩衝生理食塩水を入れた。そして、凹版から針状部を離型することによって、実施例1の移植器を得た。
針状部の基端に位置する面は1辺が800μmの正方形形状を有し、針状部の長さは1.8mmである。また、収容部における開口部の径は500μmである。1つの収容部に1つの毛包原基が収容されており、毛包原基の細胞数は、8×10cellsである。
【0075】
なお、毛包原基の培養については、以下の方法にて実施した。胎齢18日のC57BL/6マウス胎児より背部の皮膚組織を採取し、中尾らが報告した方法(Koh-ei Toyoshima et al. Nature Communications, 3, 784, 2012)を一部改変して、ディスパーゼ処理を4℃で1時間、30rpm震盪条件で行い、当該皮膚組織の上皮層と間葉層とを分離した。その後、上皮層に100U/mLのコラゲナーゼ処理を1時間20分施し、さらにトリプシン処理を10分施すことで、上皮系細胞を単離した。また、間葉層に100U/mLのコラゲナーゼ処理を1時間20分施すことで間葉系細胞を単離した。培養液として、商業的に入手可能なDMEM培養培地(Sigma社製)とHuMedia-KG2(クラボウ社製)とを体積比1:1で混合した混合培地を調製した。次いで、この培養液に、それぞれの細胞密度が4×10cells/mLとなる量(総細胞密度が8×10cells/mLとなる量)の上皮系細胞および間葉系細胞を懸濁し、37℃、CO濃度5%雰囲気下で3日間培養を行った。
【0076】
(実施例2)
油性部の材料として低酸価油であるハードファットを用いたこと以外は、実施例1と同様の材料および工程によって、実施例2の移植器を得た。
【0077】
(実施例3)
油性部の材料として低酸価油であるパーム油を用いたこと以外は、実施例1と同様の材料および工程によって、実施例3の移植器を得た。
【0078】
(比較例1)
油性部の材料としてカカオ脂を用いたこと以外は、実施例1と同様の材料および工程によって、比較例1の移植器を得た。カカオ脂の酸価は1.2~3.0程度である。
【0079】
(比較例2)
油性部の材料として脱水ラノリンを用いたこと以外は、実施例1と同様の材料および工程によって、比較例2の移植器を得た。脱水ラノリンの酸価は0.2よりも大きく1.0以下である。
【0080】
(評価方法)
<外観観察>
各実施例および各比較例の移植器について、針状部の外側から、針状部のなかで移植物が収容されている部分を目視によって観察し、油性部の透明性および色を確認した。
【0081】
<発毛観察>
各実施例および各比較例の移植器の針状部を、ヌードマウスの皮内に配置した。詳細には、ヌードマウスにイソフルラン吸引麻酔を施し、その背部をイソジンで消毒した。次いで、Vランスマイクロメス(日本アルコン社製)を用いて、ヌードマウスの背部に皮膚の表皮層から真皮層下部に至る移植創を形成した。そして、1つの移植創に対して針状部を1つ挿入した。この操作を、各実施例および各比較例について、ヌードマウス1匹あたり10箇所に行い、かつ、3匹のヌードマウスに対して実施した。すなわち、各実施例および各比較例について、30個ずつ毛包原基を移植した。
【0082】
針状部を挿入したヌードマウスを、25℃の環境にて4週間飼育した後、針状部を挿入した位置、すなわち毛包原基の移植位置の各々について、発毛および埋没毛の有無と、発毛している箇所での発毛の本数とを確認した。なお、発毛とは、形成された毛の先端が皮膚の外に出ている状態を指し、埋没毛とは、形成された毛の先端が皮膚内部に留まり、毛全体が皮膚内に埋没している状態を指す。
【0083】
そして、各実施例および各比較例について、毛発生率と平均発毛本数とを算出した。毛発生率は、移植した毛包原基の個数に対する、発毛および埋没毛が確認された箇所の数の割合である。なお、発毛した場合には、1つの毛包原基が配置された箇所に1つの毛穴が形成される。平均発毛本数は、発毛が確認された毛穴について、1つあたりの毛穴から生えた毛の本数の平均値である。
【0084】
(評価結果)
表1に、各実施例および各比較例について、油性部の材料、毛発生率、平均発毛本数、外観の観察結果、および、総合評価を示す。
【0085】
【表1】
【0086】
表1が示すように、油性部の材料として低酸価油を用いた実施例1~3では、40%以上の毛発生率が得られたことに対し、油性部の材料として酸価の大きい油を用いた比較例1,2における毛発生率は40%未満であった。ミノキシジルを用いた発毛剤による発毛期待率が20%~30%程度であることを考慮すると、実施例1~3では、高い毛発生率が得られていると言える。毛発生率が高いことは、移植物に基づく組織形成が良好に進行していることを意味することから、油性部の材料として低酸価油を用いることで、組織形成の阻害が抑えられることが確認された。
【0087】
また、実施例1~3の平均発毛本数は2.0本以上であり、実施例1~3では、比較例1,2と比べて、平均発毛本数も多くなっている。平均発毛本数が多いことは、生体内に配置された移植物において細胞の活性が良好であることを示す。細胞の活性が良好であることから、細胞の生着や分化が好適に進行し、発生する毛の本数が増える。したがって、油性部の材料として低酸価油を用いることで、細胞の活性の低下も抑えられることが確認された。
【0088】
また、油性部の材料としてワセリンを用いた実施例1と、パーム油を用いた実施例3では、油性部の透明性が高いことから、外部から移植物の収容状態を確認できた。これに対し、油性部の材料としてハードファットを用いた実施例2、および、油性部の材料としてカカオ脂を用いた比較例1は、油性部が白く濁っており、移植物の確認が困難であった。また、油性部の材料として脱水ラノリンを用いた比較例2では、油性部が黄褐色であり、移植物の確認が困難であった。したがって、油性部の透明性の観点からは、油性部の材料はワセリンまたはパーム油であることが好ましいと言える。
【0089】
以上のように、毛発生率、平均発毛本数、および、油性部の透明性のいずれもが良好である実施例1,3の総合評価は「○」であり、毛発生率および平均発毛本数が良好である一方、油性部の透明性が不十分である実施例2の総合評価は「△」である。そして、毛発生率、平均発毛本数、および、油性部の透明性のいずれもが不十分である比較例1,2の総合評価は「×」である。
【0090】
なお、酸性が強い環境において細胞の活性の低下や組織形成の阻害が生じることは、毛包原基に限らず生体の細胞において共通する。また、実施例1~3の上記発毛観察では、単に毛穴から毛が出ているだけでなく、皮膚内部において毛が形成されていることが確認されており、これは、移植物の含む細胞が生着して、移植物由来の細胞と移植先の組織の細胞とが連続性を有するように組織形成が進んでいることを意味する。したがって、低酸価油からなる油性部を用いることで、毛という特定の器官の形成の阻害が抑えられることに留まらず、細胞の生着の阻害が抑えられていることが示唆される。
【0091】
それゆえ、低酸価油からなる油性部を用いることによる、細胞の活性の低下および組織形成の阻害を抑える効果は、毛包原基の移植に限らず生体の細胞の移植において共通して得られると考えられる。
【0092】
以上、実施形態および実施例で説明したように、移植器10によれば、以下に列挙する効果を得ることができる。
(1)移植物50が、針状部20に収容された状態で生体内に挿入され、針状部20の溶解によって生体内に配置される。それゆえ、生体の組織内における移植物50の配置の深さを所望の深さに制御しやすくなる。これにより、組織形成が的確に進みやすくなる。
【0093】
(2)針状部20の内部において移植物50および補助液51が油性部30に囲まれていることから、水分を含む収容物が内部孔25の内側面に接触することが抑えられる。それゆえ、針状部20を生体に刺す前に針状部20が内側から溶解することを抑えることができる。
【0094】
(3)油性部30の主成分が低酸価油であることから、油性部30における遊離脂肪酸の含有量が小さく抑えられる。それゆえ、生体内への移植物50の配置に用いられるデバイスの一部として油性部30が生体内に入り込んでも、生体内で移植物50の周囲が酸性に近づくことが抑えられるため、細胞の活性の低下および組織形成の阻害を抑えることができる。
【0095】
(4)油性部30の主成分の低酸価油が、ワセリン、パーム油、および、ハードファットのいずれかであれば、細胞の活性の低下および組織形成の阻害を抑える効果が好適に得られるとともに、プルランを主成分とする針状部20に対して油性部30を好適に形成することができる。
【0096】
(5)針状部20の主成分がプルランであることにより、針状部20を所望の形状に成形することが容易であり、また、針状部20の透明性が高く得られる。
(6)油性部30は、針状部20が有する内部孔25の内側面を覆い、油性部30によって区画された収容部26に、移植物50が収容されている。こうした構成によれば、針状部20の内部に区画された空間に移植物50が収容されるため、移植物50の収容が容易である。また、油性部30によって内部孔25の内側面を覆うことで、収容物と針状部20との接触が的確に抑えられる。
【0097】
(7)移植物50が毛包原基を含むことにより、油性部30の材料として低酸価油を用いることで細胞の活性の低下および組織形成の阻害が抑えられる結果、毛の発生率および発生本数が高く得られる。
【符号の説明】
【0098】
10…移植器
20…針状部
20R…基端面
21…支持部
21F…第1面
21R…第2面
25…内部孔
26…収容部
27…開口部
30…油性部
40…蓋板部
50…移植物
51…補助液
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11