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特開2023-13715制御システム、制御方法およびプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023013715
(43)【公開日】2023-01-26
(54)【発明の名称】制御システム、制御方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   G06N 3/08 20230101AFI20230119BHJP
   E21D 9/093 20060101ALI20230119BHJP
   G06N 3/04 20230101ALI20230119BHJP
【FI】
G06N3/08
E21D9/093 C
G06N3/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021118089
(22)【出願日】2021-07-16
(71)【出願人】
【識別番号】000195971
【氏名又は名称】西松建設株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】391015236
【氏名又は名称】大裕株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000420
【氏名又は名称】弁理士法人MIP
(72)【発明者】
【氏名】平野 享
(72)【発明者】
【氏名】田口 毅
(72)【発明者】
【氏名】片山 雄介
(72)【発明者】
【氏名】辻 宗克
【テーマコード(参考)】
2D054
【Fターム(参考)】
2D054AA02
2D054AC01
2D054GA04
2D054GA25
2D054GA62
(57)【要約】
【課題】 シールド制御の入力に連結して、安全かつ適切にシールドの計画線に対する偏差の修正を行うことが可能なシステム、方法およびプログラムを提供すること。
【解決手段】 制御システムは、シールドの掘削状況を示すデータを入力とし、第1の学習済みモデルを用いて一定時間後の各データを予測する第1のニューラルネットワーク30と、シールドの制御目標値と、入力された制御予測値とに基づき、シールドの掘削方向を制御する操作量を算出する最適化制御部31と、算出された操作量と、各データの予測値と、偏差とを入力とし、第2の学習済みモデルを用いて制御予測値として入力する制御量を予測する第2のニューラルネットワーク32とを含む。最適化制御部31は、一定時間内に、入力された制御予測値を用いて操作量を算出し、第2のニューラルネットワーク32へ算出した操作量を出力することを繰り返し、操作量を最適化する。
【選択図】 図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
掘削機械の掘削方向を制御するシステムであって、
前記掘削機械の掘削状況を示す1以上のデータを入力とし、第1の学習済みモデルを用いて一定時間後または前記掘削機械の一定距離移動後の各データを予測する第1の予測手段と、
前記掘削機械の制御目標値と、入力された制御予測値とに基づき、前記掘削機械の掘削方向を制御するための操作量を算出する制御手段と、
算出された前記操作量と、前記各データの予測値と、掘削計画線に対する掘削方向の偏差とを入力とし、第2の学習済みモデルを用いて前記制御手段へ前記制御予測値として入力するための制御量を予測する第2の予測手段と
を含み、
前記制御手段は、前記一定時間内または前記一定距離移動する間に、前記第2の予測手段から入力された前記制御予測値を用いて前記操作量を算出し、前記第2の予測手段へ算出した前記操作量を出力することを繰り返し、前記操作量を最適化する、制御システム。
【請求項2】
前記制御手段は、設定された制約条件に従って前記操作量を最適化する、請求項1に記載の制御システム。
【請求項3】
前記第1の予測手段は、第1のニューラルネットワークとして実装され、前記第2の予測手段は、第2のニューラルネットワークとして実装され、前記第1および前記第2のニューラルネットワークは、回帰型ニューラルネットワークである、請求項1または2に記載の制御システム。
【請求項4】
前記第1および前記第2のニューラルネットワークは、前記第2の学習済みモデルとして、長・短期記憶(LSTM)アルゴリズムを実装する、請求項3に記載の制御システム。
【請求項5】
前記掘削機械は、前胴と後胴を中折れ機構により接続されたシールドマシンであり、前記データは、前記中折れ機構を中心とし、前記前胴と前記後胴のなす角を示す中折れ角度を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の制御システム。
【請求項6】
掘削機械の掘削方向を制御する方法であって、
前記掘削機械の掘削状況を示す1以上のデータを入力とし、第1の学習済みモデルを用いて一定時間後または前記掘削機械の一定距離移動後の各データを予測するステップと、
前記掘削機械の制御目標値と、入力された制御予測値とに基づき、前記掘削機械の掘削方向を制御するための操作量を算出するステップと、
算出された前記操作量と、前記各データの予測値と、掘削計画線に対する掘削方向の偏差とを入力とし、第2の学習済みモデルを用いて前記制御予測値として入力するための制御量を予測するステップと
を含み、
前記操作量を算出するステップと、前記制御量を予測するステップとは、前記一定時間内または前記一定距離移動する間に繰り返し実行され、前記操作量が最適化される、方法。
【請求項7】
請求項6に記載の方法に含まれる各ステップをコンピュータに実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、掘削機械の掘削方向を制御するシステム、方法およびその制御をコンピュータに実行させるためのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
シールド工法を用いてトンネルを掘削する掘削機械(シールド)において、掘削計画線からのずれ(偏差)を、熟練オペレータの手運転によらないで自律的に修正する自動運転システムの要求がある。このため、従来においては、操作量をジャッキ圧とし、制御量を偏差としたフィードバック制御を導入し、偏差を最小化する操作最適化コントローラの開発が各種行われてきた。
【0003】
このようなコントローラの実装では、操作量へのシールド応答を定式化することが必要で、例えば動力学理論や経験則を参考にして構築している。また、定式化で記述しきれない未対応な要素が残る場合は、現物合わせで求める補正係数を介在させることにより対応している。このような手法により、掘削計画線が直線もしくは緩やかな曲線であれば、ほぼ自律的な運転が可能となっている。
【0004】
近年の錯綜した都市地下空間の開発では、三次元的な急曲線を掘削することが要求される。しかしながら、上記のコントローラでは、急曲線における偏差の修正が十分に機能せず、運転オペレータの常時補正が必要となり、自動化に逆行する状況するものとなっている。
【0005】
ところで、定式化が困難な問題に対し、どんな非線形関係も記述可能なアルゴリズムを活用することで解決することを可能にするニューラルネットワークを用いた技術が知られている。そこで、熟練オペレータの操作記録とその掘削実績を教師データとし、深層学習によりニューラルネットワークを学習させ、学習させたニューラルネットワークを用いて掘削状況に対応する熟練オペレータの操作を実現する技術が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2021-17758号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の従来の技術は、操作を行う頻度がある程度高い特徴量なら学習できて、熟練オペレータの望ましい操作の頻度や操作量を出力し、経験の少ない運転オペレータに対するガイダンスとして使用することができるが、不適切な操作となった場合の安全策が示されていない。これでは、実際にコントローラに実装し、シールド制御の入力に連結して、安全かつ適切にシールドの計画線に対する偏差の修正を行うことができないという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、掘削機械の掘削方向を制御するシステムであって、
掘削機械の掘削状況を示す1以上のデータを入力とし、第1の学習済みモデルを用いて一定時間後または前記掘削機械の一定距離移動後の各データを予測する第1の予測手段と、
掘削機械の制御目標値と、入力された制御予測値とに基づき、掘削機械の掘削方向を制御するための操作量を算出する制御手段と、
算出された操作量と、各データの予測値と、掘削計画線に対する掘削方向の偏差とを入力とし、第2の学習済みモデルを用いて制御手段へ制御予測値として入力するための制御量を予測する第2の予測手段と
を含み、
制御手段は、一定時間内または一定距離移動する間に、第2の予測手段から入力された制御予測値を用いて操作量を算出し、該第2の予測手段へ算出した操作量を出力することを繰り返し、操作量を最適化する、制御システムが提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、シールド制御の入力に連結して、安全かつ適切にシールドの計画線に対する偏差の修正を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】シールドの構成例を示した図。
図2】シールドのジャッキ圧による偏差修正の操作例を示した図。
図3】中折れ機構を有するシールドのジャッキ圧以外の外乱要因について説明する図。
図4】中折れ機構を有するシールドの掘削計画線に対する掘削方向を示す掘削線の偏差について説明する図。
図5】モデル予測制御を実行するシステムの構成例を示したブロック図。
図6】シールドの掘削状況を示すパラメータの例を示した図。
図7】シールドの掘削方向を制御するシステムとしてのコントローラの構成例を示した図。
図8】シールドを用いた掘削工事の実施手順の流れを示したフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の制御システムは、シールド工法を用いてトンネルを掘削する掘削機械(シールド)において、掘削計画線に対するシールドの掘削方向を示す掘削線の偏差を自律的に修正するシステムである。シールド工法は、鋼製の円筒であるシールドをジャッキで推し進めながら掘進し、シールドの後部で鉄製もしくはコンクリート製のブロックに分割されたトンネル覆工であるセグメントを組み立ててトンネルを構築する工法である。
【0012】
図1を参照して、シールドについて簡単に説明する。シールド10は、先端に、地山等を切削するための複数のビットを備えるカッターヘッド11を備える。カッターヘッド11は、一定の方向に回転し、先端に設けられた複数のビットにより地山等を切削する。カッターヘッド11は、トンネルの曲線部を施工する際に使用されるビットであるコピーカッターを備える。コピーカッターは、コピーとも呼ばれ、トンネルの直線部を施工する場合はカッターヘッド11の側面に収納され、余掘り(オーバーブレーク)が必要となる曲線部を施工する際に当該側面から突出し、余掘りを行う。
【0013】
シールド10は、カッターヘッド11のすぐ後部に、シールド10の掘削方向の掘削面(切羽)の崩壊を防ぐために、土砂等を充填する空間であるチャンバー12を備える。掘削土へは、泥水や気泡等の添加剤が注入され、掘削土の流動性と止水性を向上させ、チャンバー12内での掘削土の付着を防止して、切羽の安定を保持しつつスムーズな掘進を可能にする。チャンバー12内に充填された土砂等は、スクリューコンベアー13により取り出され、ベルトコンベアー14により坑外まで送られ、排出土として処分される。
【0014】
シールド10は、セグメント15を組み立てるためのエレクター16を備える。エレクター16は、ブロックに分割状態のセグメント15を把持し、所定の位置にセグメント15をリング状に組み付ける。シールド10は、複数のシールドジャッキ17を備える。複数のシールドジャッキ17は、組み立ててきたセグメントリングを押し、シールド10を前進させる。シールドジャッキ17は、油圧式等とされ、例えばジャッキ圧によりシールドジャッキの伸縮長さ(ジャッキストローク)を変えることができる。シールドジャッキ17は、セグメントリングを組み立てた際に縮めた状態で設置し、ジャッキを伸ばすことによりシールド10を前進させる。
【0015】
シールド10は、シールド10の外殻で、土圧や水圧に抵抗する部分となるスキンプレート18と、セグメント15の背部(セグメント15と掘削したトンネル壁面との間)に注入材を注入する裏込め注入装置19とを備える。
【0016】
次に、図2を参照して、シールド10の運転の基本として、ジャッキ圧による偏差修正の操作例について説明する。シールドジャッキ17は、略円形の掘削断面内で略円周方向に沿って複数配列されており、これら複数のシールドジャッキ17のジャッキ圧を不等分布に設定することで、シールド10の先端にあるカッターヘッド11の複数のビットを備える面板の向き(面向き)を変えるモーメントをシールド10に与えることができる。
【0017】
図2に示す例では、掘削計画線20上をシールド10が掘進しながら、後方でセグメントリング21を組み立てており、ジャッキ圧を不等分布にして掘削計画線20の左右でジャッキストロークを変えることにより面向きが変わっている。掘削計画線20は、トンネルを掘削する設計上のルートを示す線であり、面向きは、掘削方向を示す。この例では、掘削方向が掘削計画線20からずれ(偏差)を生じており、偏差の修正が必要になっている。
【0018】
例えば、掘削計画線20に対し、左側方向へ偏差が生じている場合、面向きをその反対方向の右側方向へ角度を変えることで、面向きを掘削計画線20に沿った向きに修正することができる。このため、シールド10の左側のシールドジャッキ17のジャッキ圧を大きく、右側のシールドジャッキ17のジャッキ圧を小さくなるように制御することで、シールド10の面向きを左側から中央の掘削計画線20に沿った向きに変えるモーメントを生じさせることができる。
【0019】
ところで、近年の錯綜した都市地下空間の開発では、既に複数のトンネルが形成され、複数の地下構造物も埋設されていることから、これらを回避するようにトンネルを形成する必要がある。このような地下空間にトンネルを形成する場合、三次元的な急曲線を掘削しなければならない。図2に示した構造のシールド10では、ジャッキ圧を不等分布に設定して面向きを変えるにしても、その角度が小さく、急曲線を掘削することができない。
【0020】
急曲線に一致する面向きを得るためには、図3に示すように、シールド10の胴体を前後に2つに分割し、前胴22、後胴23をヒンジで連結した中間折れ曲がりを可能とする中折れ機構を備えた中折れシールドが使用される。中折れシールドは、複数のシールドジャッキ17だけではなく、中折れ機構も含めて急曲線に対応して面向きを変えることになる。
【0021】
急曲線をカーブするときは、例えばトラックやバス等の場合、内輪差や回転中心からのオーバーハングを許容する車幅以上の空間が必要である。シールド10も、カーブするためには直線部の掘削径から拡大した同様の空間が必要となるが、その空間を自ら掘削して生み出さない限り、カーブすることができないという制約がある。
【0022】
そこで、シールド10がカーブするのに必要な姿勢を取り、カーブすることを可能にする空間を確保するため、コピー24により余掘りが行われる。カーブにシールド10が進行したときには、既にコピー24が必要な余掘りをそこに完了しており、シールド10は、生み出された余裕空間内で、シールドジャッキ17のジャッキストロークを操作して必要な姿勢を取ることができる。
【0023】
上記の余掘りの結果、図3に示すように、急曲線をカーブするシールド10と地山壁面との隙間は場所により直線部に比べて大きなものとなる。この隙間は、地山壁面の崩壊を防ぎ、シールド10に地山反力や摩擦力を適切に与えるよう、シールド10による掘削と撹拌で塑性流動化した掘削土砂、あるいは塑性流動性をもつ改良剤で満たされる。例えば、急曲線では、曲線の外側にくる側にシールド側面を意図的に当てるように制御すると、良好なカーブが得られやすいことが経験的に知られている。
【0024】
図4を参照して、シールド10の地山との相互作用について説明する。シールド10の掘削方向の制御によれば、シールド10の面向きや中折れ角等から幾何学的に決まる切羽面の方向に進むと考えられる。
【0025】
ここで、シールド10の進行方向を直線Lとし、直線L上を掘進しているときのシールド10の後胴23の面向きを角度0とすると、カーブするときの後胴23の面向きは角度θとなる。また、後胴23の面向きに対して垂直な線(後胴23の移動方向)Lと前胴22の面向きに対して垂直な線(前胴22の移動方向)Lのなす角は、中折れ角θとなる。すると、直線Lと線Lのなす角が、掘進方位θとなる。したがって、理論上では、掘進方位θは、後胴23の面向きθと中折れ角θを加算したものに等しくなる。
【0026】
しかしながら、現実には、掘削対象の地山は、土質が均一ではなく、硬い岩盤等も存在し、地山反力と摩擦力を複雑に受けるので、「逃げ・そり効果」と呼ばれる進行方向に対するずれが生じる。この進行方向のずれは、直線Lに平行な方向に対する角度Δθで表される。このようなずれが生じることから、掘進方位θは、後胴23の面向きθと中折れ角θに、さらにΔθを加算したものとなる。
【0027】
すると、中折れシールドを使用し、急曲線を掘削する場合、シールドジャッキ17のジャッキ圧だけでなく、中折れ機構、逃げ・そり効果等についても考慮に入れなければならない。したがって、ジャッキ圧だけの制御では、適切に偏差を修正することができない。
【0028】
図2に示したシールド10で偏差を修正するコントローラは、操作量をジャッキ圧とし、制御量を偏差としたフィードバック制御を行うことにより、偏差を最小化する。その際、操作量へのシールド応答を定式化することが必要で、例えば動力学理論や経験則を参考に構築している。
【0029】
しかしながら、図3に示した中折れシールドにおいてコントローラを実装し、偏差を修正しようとすると、ジャッキ圧だけではなく、中折れ機構、逃げ・そり効果等の力学的な相互作用による影響も考慮する必要があるため、動力学的挙動が複雑になり、定式化が難しい。
【0030】
そこで、コントローラの実装に必要とされるシールドの操作量に対する偏差応答の定式化を、動力学理論や経験則に寄らず、深層学習により機械学習させたニューラルネットワークを用いて実現する。ニューラルネットワークは、脳の神経回路を構成する神経細胞(ニューロン)を数理モデル化したものを組み合わせたものである。ここでは、ニューラルネットワークとしては、時間的に変化する偏差を扱うため、回帰型ニューラルネットワーク(RNN)を使用することができる。
【0031】
RNNは、入力層、中間層、出力層の3種類の層を有し、入力層は、時刻ごとにデータを受け取り、出力層は、時刻ごとの結果を出力する。RNNの中間層は、任意の時刻tの中間層からの出力を次の時刻t+1の入力とするためのパスを有する。すなわち、中間層は、時刻t+1において、入力層からの入力と、パスを介した1つ前の時刻tの出力とを入力として受け取る。このために、RNNでは、1つ前の時刻の中間層の出力を保持することが必要で、そのためのアルゴリズム(モデル)として、長・短期記憶(LSTM)を用いる。LSTMを用いることで、時系列に進む現象の前後関係を踏まえた推論が可能となる。
【0032】
RNNについて簡単に説明すると、中間層では、時刻t+1の入力データと、1つ前の時刻tの中間層の出力データとをそれぞれの重みで線形和したものを入力とし、シグモイド関数やReLU(ランプ関数)等の活性化関数により変換した値を、中間層の出力データとして出力する。深層学習では、教師データと呼ばれる学習用データを用い、中間層で使用される各重みを調整する。
【0033】
ニューラルネットワークは、定式化が困難な問題に対し、どんな非線形関係も記述することができ、そのような問題を解決することができる。しかしながら、ニューラルネットワークは、推論が、学習経験を踏まえた内挿から外れて未知の外挿となっていても、エラー無く出力できてしまい、予想外の出力によるトラブル、例えば人であれば暗黙に行わない無茶な操作をする場合がある。これでは、安全性を担保することができない。
【0034】
制御出力の最適化を高速に実現する手法として、モデル予測制御(MPC)が知られている。MPC(Model Predictive Control)は、複雑系において高性能な制御ができるとされ、広く使用されている手法であり、安全等の制約を守りながら制御することが可能である。MPCは、予測と最適化を鍵とする技術であり、シールドの制御モデルにおいて、モデルの状況を示すデータx(nは時間ステップ)と制御入力uに応じたモデルの次の時間ステップにおける状況を示すデータxn+1とその制御入力yを、図5に示す形で記述することができれば、MPCを利用することができる。
【0035】
シールドの掘削方向の制御を行う場合、制御目標は、偏差(掘削計画線と掘削線との差)=0とし、制御入力は、シールドの面向きとすることができる。モデルの状況を示すデータの項目としては、図6に示すものを代表的な項目として挙げることができる。これらの項目のデータは、シールドの置かれた状況を示すデータで、各種センサや計算機等により計測および計算し、時系列に取得することができる。
【0036】
図6に示す掘進偏差は、掘削線の掘削設計線とのずれ(偏差)であり、掘進変位は、任意の時点を基準とするシールド10の相対移動量であり、掘進方位は、シールド10の向いている方角を示す。ピッチングおよびローリングは、シールド10の姿勢角を示す。中折れ角度は、中折れ機構を有するシールド10の前胴22の中心線と、後胴23の中心線とによりなす角を示す。ジャッキストロークは、ジャッキが何mm伸びているかを示し、同差(ジャッキストロークの差)は、例えば左右のジャッキの伸びの差を示す。
【0037】
ジャッキ圧は、ジャッキを押す力を示し、ジャッキスピードは、1秒当たりにジャッキを押す速度(ジャッキを伸ばしていくスピード)を示す。コピーカッタストロークは、カッターヘッド11の側方から突出するコピーの突出量を示す。カッタトルクは、カッターヘッド11の回転によりカッターヘッドにかかるトルク量を示す。水平・垂直モーメントは、シールド10をカーブさせるためのジャッキ圧を不等分布とすることで、水平、垂直方向に加えられたモーメントを示す。総推力は、シールド10全体としてどれだけ押しているかを示す。カッタ回転方向は、カッターヘッド11の回転する方向を示す。なお、これらの項目は一例であり、その他の項目を含んでいてもよい。その他の項目としては、掘削対象の土の種類、地表からの深さ、添加剤の種類等を挙げることができる。
【0038】
これらの項目のデータは、一定時間毎または一定距離移動する毎に取得することができ、例えばセグメントリングを組み立てる毎に一度掘削を停止するまでを1サイクルとし、1サイクル毎に取得することができる。なお、面向きは、中折れ角度によっても変わるが、中折れ角度は掘削中に操作しないので操作量としない。このため、中折れ角度は、シールド10の置かれた状況を示すデータの項目に含められる。
【0039】
図7は、制御システムとしてのコントローラの構成例を示した図である。コントローラは、一般的なPC(Personal Computer)と同様のハードウェア構成とされ、CPU等を含み、CPUによりプログラムを実行することで、種々の機能を実現する。コントローラは、機能手段として、第1の予測手段と、制御手段と、第2の予測手段とを含む。
【0040】
第1の予測手段は、シールド10の掘削状況を示す1以上のデータuを入力とし、第1の学習済みモデルを用いて、次の時間ステップにおける各データを予測する第1のニューラルネットワーク30として実装される。データuは、図6に示したシールド10の置かれた状況を示す現場データである。
【0041】
制御手段は、MPCを利用するため、図5に示す最適化器に相当する最適化制御部31として実装され、シールド10の制御目標値y(偏差=0)と、入力された制御予測値yとに基づき、シールド10の掘削方向を制御するための操作量u’を算出する。操作量u’は、例えば後退ホライズン法を使用して最適化される。
【0042】
後退ホライズン法は、各時刻において次の時間ステップまでの区間の最適化問題を解きながら制御入力を決定していく手法である。最適化問題は、与えられた制約条件の下で、偏差を最小にする問題であり、この手法では、偏差を最小にする制御入力、すなわち最適化された操作量を決定する。
【0043】
制約条件は、操作量を制約する条件である。操作量は、面向きであり、例えばシールドジャッキ17のジャッキストローク等により決まるが、ジャッキストロークの定格を超えて操作することはできない。このため、ジャッキストロークの定格値が制約条件となる。なお、これは一例であるので、制約条件はジャッキストロークの定格値に限定されるものではない。
【0044】
このようにして決定された最適操作量uは、シールド10への入力と、さらに次の時間ステップまでの区間での最適化を行うための操作量として、シールド10と第2のニューラルネットワーク32へそれぞれ出力される。
【0045】
第2の予測手段は、MPCを利用するため、図5に示すモデルに相当する第2のニューラルネットワーク32として実装される。第2のニューラルネットワーク32は、最適化制御部31により算出された操作量u’と、第1のニューラルネットワーク30から出力された各データの予測値u’と、掘削計画線に対するシールド10の掘削方向を示す掘削線の偏差yとを入力とし、第2の学習済みモデルを用いて、最適化制御部31へ入力するための制御値を予測し、制御予測値yとして出力する。
【0046】
このように、最適化制御部31と第2のニューラルネットワーク32によりMPCを実現することで、予想外の操作量をシールド10へ入力することを防止することができ、安全性を担保することが可能となる。また、予測を、ニューラルネットワークを用いて行うことで、ジャッキ圧以外の数多くの外乱要因も考慮した制御が可能となる。
【0047】
操作量の学習済みモデルは、予測モデルとして、第1のニューラルネットワーク30と、第2のニューラルネットワーク32の2つに分けて実装される。第1のニューラルネットワーク30は、未来予測をする時間ステップ毎に、現在のシールド10の置かれた状況を示す各データを入力とし、次の時間ステップにおける各データを予測するように動作する。第1のニューラルネットワーク30は、時間ステップ毎に行われるMPCの最適操作量の探索ループ内では同一でよいネットワークであるため、当該探索ループの外に置かれる。第2のニューラルネットワーク32は、第1のニューラルネットワーク30が予測したデータの下での操作量をパラメータとした制御量の応答を予測する。第2のニューラルネットワーク32は、MPCの最適操作量の探索ループ内に置かれる必要がある。第1、第2のニューラルネットワーク30、32のいずれも、時系列データの変化履歴を考慮可能なネットワークとしたいため、長・短期記憶(LSTM)をもつRNNで構築する。
【0048】
第1のニューラルネットワーク30を第2のニューラルネットワーク32に吸収し、第1のニューラルネットワーク30を省略する構成がある。この構成では、第2のニューラルネットワーク32単独で、次の時間ステップにおける各データ、並びに、操作量をパラメータとした制御量の応答の、両方を予測することになる。時間ステップ毎に行われるMPCの最適操作量の探索ループは、延べ実行回数が多く、高速なレスポンスが要求される。一般的なPC(Personal Computer)と同様のハードウェア構成とする条件では、MPCの実行パフォーマンスが低く、この構成は望ましくない。
【0049】
そこで、図7に示すように、各MPCの最適操作量の探索ループにおいて1回入力し、予測できれば十分な第1のニューラルネットワーク30と、MPCの最適操作量の個々の探索毎に予測が必要な第2のニューラルネットワーク32の2つに分けて実装することで、MPCの実行パフォーマンスを向上させることができる。
【0050】
図8を参照して、シールドを用いた掘削工事の実施手順について説明する。ステップ100から開始し、ステップ101では、LSTMアルゴリズムを準備する。LSTMアルゴリズムは、予測モデルに組み込むアルゴリズムである。ステップ102では、既往工事で採取したデータからデータを再構築し、ステップ103では、シールドの試験掘削(手操作)を行い、ステップ104で、学習用データを採取する。学習用データは、実際に手操作等で施工し、実際のジャッキ圧等の操作量および掘削状況を示すパラメータ、掘削計画線との偏差として取得される。ステップ101~ステップ103は、並行して実施してもよいし、順序を変えて実施してもよい。
【0051】
ステップ105では、採取された学習用データの中から所定のデータを抽出し、シールドの急曲線を施工するデータとして準備する。ステップ106では、準備したデータを学習用とテスト用の2つにデータを分割する。データの分割は、準備したデータの中からランダムに取り出し、2つのグループに分けることができる。学習用は、LSTMの学習用データで、テスト用は、学習したLSTMをテストし、学習の効果を確かめるためのデータである。
【0052】
ステップ107では、学習用データを用いてLSTMを学習し、テスト用データを用いて学習したLSTMのテストを実行する。LSTMの学習では、最適な重みに調整する。ステップ108では、テスト結果の予測精度を評価する。テスト結果がどの程度が正しく予測できているかを、閾値を設け、閾値以上であるか否かにより評価する。閾値は、例えば80%であり、入力したデータに対し、計測もしくは計算された結果を80%以上再現できていれば、正しく予測できていると評価することができる。なお、閾値は、80%に限定されるものではない。予測精度が閾値に達していない場合、ステップ105へ戻り、再度データを準備し、LSTMの学習およびテストを実施する。
【0053】
ステップ109では、予測モデルにLSTMとともに組み込まれるMPCアルゴリズムを準備する。ステップ110では、LSTMとMPCアルゴリズムを予測モデルに組み込む。ステップ111では、制約条件と制御目標値を設定し、コントローラへの実装を完了する。これにより、掘削工事におけるMPC制御を実行することが可能となる。
【0054】
ステップ112では、実際に掘削工事を開始し、MPCを開始する。ステップ113では、MPCにおいて予測、最適化処理を実行し、ステップ114で、最適化された操作量を出力する。ステップ115では、出力された操作量に基づき、シールド10を制御し、シールド10の偏差を修正する。シールド10は、偏差を制御量として取得し、ステップ116で、現在の掘削状況を示すパラメータ、制御量、操作量の入力を受け取り、ステップ113へ戻り、再び予測、最適化処理を実行する。
【0055】
ステップ117では、シールド10において追加の学習用データを採取し、ステップ118で、掘削を終了するかを判定し、掘削を終了しない場合、ステップ105へ戻る。これにより、追加の学習用データにより再び学習およびテストを実行し、予測精度を向上させる。ステップ118で掘削を終了する場合、ステップ119へ進み、MPCを終了し、掘削を終了する。
【0056】
以上に説明してきたように、本発明によれば、ジャッキ圧に加え、中折れ機構、逃げ・そり効果等の力学的な相互作用による影響も踏まえて、急曲線における偏差の修正が可能なシステム、方法およびプログラムの提供が可能となる。
【0057】
これまで本発明の制御システム、制御方法およびプログラムについて図面に示した実施形態を参照しながら詳細に説明してきたが、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、他の実施形態や、追加、変更、削除など、当業者が想到することができる範囲内で変更することができ、いずれの態様においても本発明の作用・効果を奏する限り、本発明の範囲に含まれるものである。
【符号の説明】
【0058】
10…シールド
11…カッターヘッド
12…チャンバー
13…スクリューコンベアー
14…ベルトコンベアー
15…セグメント
16…エレクター
17…シールドジャッキ
18…スキンプレート
19…裏込め注入装置
20…掘削計画線
21…セグメントリング
22…前胴
23…後胴
24…コピー
30…第1のニューラルネットワーク
31…最適化制御部
32…第2のニューラルネットワーク
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8