(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023137153
(43)【公開日】2023-09-29
(54)【発明の名称】空調装置制御用の学習データ収集方法、空調システム
(51)【国際特許分類】
F24F 11/49 20180101AFI20230922BHJP
F24F 11/64 20180101ALI20230922BHJP
F24F 110/12 20180101ALN20230922BHJP
F24F 110/22 20180101ALN20230922BHJP
【FI】
F24F11/49
F24F11/64
F24F110:12
F24F110:22
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022043204
(22)【出願日】2022-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】000110343
【氏名又は名称】トリニティ工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】521422813
【氏名又は名称】株式会社Proxima Technology
(74)【代理人】
【識別番号】100114605
【弁理士】
【氏名又は名称】渥美 久彦
(72)【発明者】
【氏名】村松 哲
(72)【発明者】
【氏名】深津 卓弥
(72)【発明者】
【氏名】菱沼 徹
【テーマコード(参考)】
3L260
【Fターム(参考)】
3L260AA05
3L260BA37
3L260BA75
3L260CA32
3L260CA33
3L260CB63
3L260CB64
3L260CB70
3L260DA15
3L260EA03
3L260EA07
3L260EA19
3L260EA22
3L260EA24
3L260EA28
3L260FA04
3L260FA06
(57)【要約】
【課題】制御対象領域における予測モデルの学習データを、装置に負担をかけずに短時間で確実に収集できる空調装置制御用の学習データ収集方法を提供する。
【解決手段】この学習データ収集方法は、領域設定、学習開始点設定、状態点移動及びデータ収集の各ステップを含む。領域設定ステップでは、湿り空気線図上にて予測モデルを作成する領域R1を設定する。学習開始点設定ステップでは、領域R1内に、ランダム加振時の起点となる複数の学習開始点S1~S9を設定する。状態点移動ステップでは、外気状態点G1と同位置の空調空気状態点K1を、最初の学習開始点S1まで移動させる。その際、空調用機器22~25を操作して温湿度制御を行う。データ収集ステップでは、空調空気状態点K1を学習開始点間で移動させながら、空調用機器22~25のランダム加振を行い、学習データを収集する。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
取り込んだ外気の温湿度を複数種の空調用機器を用いて調整する空調装置のモデル予測制御に使用される予測モデルの学習データを収集する方法であって、
湿り空気線図上にて前記予測モデルを作成する領域を設定する領域設定ステップと、
設定された前記領域内に、前記空調用機器のランダム加振を行うときの起点となる複数の学習開始点を設定する学習開始点設定ステップと、
前記湿り空気線図上の外気状態点と同じ位置にある空調空気状態点を、前記空調用機器を操作して温湿度制御を行うことで、複数の前記学習開始点のうちのいずれかまで移動させる状態点移動ステップと、
前記空調空気状態点を複数の前記学習開始点間で移動させながら、前記空調用機器のランダム加振を行うことにより、前記学習データを収集するデータ収集ステップと
を含むことを特徴とする空調装置制御用の学習データ収集方法。
【請求項2】
前記データ収集ステップでは、前記ランダム加振によって前記学習開始点から変位した前記空調空気状態点をPID制御により当該学習開始点まで戻す制御を行うことを特徴とする請求項1に記載の空調装置制御用の学習データ収集方法。
【請求項3】
前記状態点移動ステップでは、前記外気状態点が前記領域内にない場合における当該外気状態点と同じ位置にある前記空調空気状態点を、PID制御によって前記空調用機器の温湿度制御を行うことで、複数の前記学習開始点のうちのいずれかまで移動させることを特徴とする請求項1または2に記載の空調装置制御用の学習データ収集方法。
【請求項4】
前記データ収集ステップでは、PID制御によって前記空調用機器の温湿度制御を行うことで、前記空調空気状態点を現在の前記学習開始点から次の前記学習開始点まで移動させることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の空調装置制御用の学習データ収集方法。
【請求項5】
前記データ収集ステップでは、前記ランダム加振を行うときの前記空調用機器の操作量の上限値及び下限値を設定することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の空調装置制御用の学習データ収集方法。
【請求項6】
前記空調装置は、前記空調用機器として、予熱装置、加湿装置、冷却装置及び再熱装置を含んで構成された塗装ブース用空調機であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の空調装置制御用の学習データ収集方法。
【請求項7】
取り込んだ外気の温湿度を複数種の空調用機器を用いて調整する空調装置と、前記空調用機器の操作量を制御する空調制御装置とを備えた空調システムであって、
前記空調制御装置は、前記空調装置のモデル予測制御に使用される予測モデルの学習データを収集する学習データ収集装置を備えるとともに、前記学習データ収集装置は、
湿り空気線図上にて前記予測モデルを作成する領域を設定する領域設定部と、
設定された前記領域内に、前記空調用機器のランダム加振を行うときの起点となる複数の学習開始点を設定する学習開始点設定部と、
前記湿り空気線図上の外気状態点と同じ位置にある空調空気状態点を、前記空調用機器を操作して温湿度制御を行うことで、複数の前記学習開始点のうちのいずれかまで移動させる状態点移動部と、
前記空調空気状態点を複数の前記学習開始点間で移動させながら、前記空調用機器のランダム加振を行うことにより、前記学習データを収集するデータ収集部と
を含んで構成されていることを特徴とする空調システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空調装置制御用の学習データ収集方法、空調システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般的に塗装設備は、自動車ボディ等の被塗物に塗料を塗布する塗装ブースや、塗装ブースを通過した被塗物上の塗料を乾燥させる乾燥炉などの装置を備えている。このような塗装設備では、塗装ブース用空調機によって温湿度を調整した空気を塗装ブース内に送気し、塗装を行っている。また、塗装ブース用空調機は、加熱装置、冷却装置、加湿装置(ワッシャ)、送風ファンなどの機器で構成されており、これらの機器を組み合わせて動作させることで、空調空気が目標とする温湿度となるように制御を行っている(例えば、特許文献1、2を参照)。また、この場合の制御としては、PID制御が従来用いられている。
【0003】
ところで、自動車の塗装ブースにおけるブース用空調機は、製品の塗装品質を維持するため、シビアな温湿度制御を必要とする。そして近年では、シビアな温湿度制御を実現するための新たな手段として、未来の反応を予測しながら制御を行うモデル予測制御(MPC制御)を採用したものが提案されている。ここで、モデル予測制御は、空調装置のダイナミクスを適切に捉え、モデル化した予測モデルを使用するといった制御方法である。そして、空調制御用モデル予測制御に使用する予測モデルでは、その同定に機械学習を使用している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許3993358号公報
【特許文献2】特開2010-119901号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、一般的に学習用の同定データは、数時間にわたって空調用の各機器の操作量をランダムに変化させ(即ちランダム加振を行い)、測定及び記録を繰り返すことにより得られるものである。
【0006】
しかしながら、このようなランダム加振を行った場合、空調用の各機器に負担がかかり故障の原因となる。また、操作量をランダムに変化させる結果、意図せず装置の異常検出装置が働き、その度に測定及び記録が中断してしまうことがある。さらに、その時の外気を起点としてランダム加振が行われるので、温湿度制御の対象としたい領域のデータを短時間で確実に収集することができないという欠点がある。
【0007】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、制御対象領域における予測モデルの学習データを、装置に負担をかけずに短時間で確実に収集することができる空調装置制御用の学習データ収集方法、空調システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、手段1に記載の発明は、取り込んだ外気の温湿度を複数種の空調用機器を用いて調整する空調装置のモデル予測制御に使用される予測モデルの学習データを収集する方法であって、湿り空気線図上にて前記予測モデルを作成する領域を設定する領域設定ステップと、設定された前記領域内に、前記空調用機器のランダム加振を行うときの起点となる複数の学習開始点を設定する学習開始点設定ステップと、前記湿り空気線図上の外気状態点と同じ位置にある空調空気状態点を、前記空調用機器を操作して温湿度制御を行うことで、複数の前記学習開始点のうちのいずれかまで移動させる状態点移動ステップと、前記空調空気状態点を複数の前記学習開始点間で移動させながら、前記空調用機器のランダム加振を行うことにより、前記学習データを収集するデータ収集ステップとを含むことを特徴とする空調装置制御用の学習データ収集方法をその要旨とする。
【0009】
従って、手段1に記載の発明によると、設定された領域内に外気状態点がない場合でも、領域内におけるいずれかの学習開始点まで空調空気状態点を移動させた後に、学習データの収集が開始される。つまり、データ収集の起点がそのときの外気状態点ではなく、領域内の状態点を起点としたものとなる。よって、温湿度制御の対象としたい領域のデータを確実に収集することができる。また、空調空気状態点を領域内における複数の学習開始点間で移動させながら、空調用機器のランダム加振が行われることから、当該領域内の学習データを確実に収集することができる。
【0010】
手段2に記載の発明は、手段1において、前記データ収集ステップでは、前記ランダム加振によって前記学習開始点から変位した前記空調空気状態点をPID制御により当該学習開始点まで戻す制御を行うことをその要旨とする。
【0011】
従って、手段2に記載の発明によると、ランダム加振を行ってもPID制御による修正が働くため、空調用の各機器に負担をかけずにデータ収集を行うことができる。
【0012】
手段3に記載の発明は、手段1または2において、前記状態点移動ステップでは、前記外気状態点が前記領域内にない場合における当該外気状態点と同じ位置にある前記空調空気状態点を、PID制御によって前記空調用機器の温湿度制御を行うことで、複数の前記学習開始点のうちのいずれかまで移動させることをその要旨とする。
【0013】
従って、手段3に記載の発明によると、領域内にない空調空気状態点をいずれかの学習開始点まで速やかに効率よく移動させることができるともに、その際の空調用の各機器にかかる負担を軽減することができる。
【0014】
手段4に記載の発明は、手段1乃至3のいずれか1項において、前記データ収集ステップでは、PID制御によって前記空調用機器の温湿度制御を行うことで、前記空調空気状態点を現在の前記学習開始点から次の前記学習開始点まで移動させることをその要旨とする。
【0015】
従って、手段4に記載の発明によると、空調空気状態点についての学習開始点間での移動を速やかに効率よく行うことができる。
【0016】
手段5に記載の発明は、手段1乃至4のいずれか1項において、前記データ収集ステップでは、前記ランダム加振を行うときの前記空調用機器の操作量の上限値及び下限値を設定することをその要旨とする。
【0017】
従って、手段5に記載の発明によると、操作量の上限値及び下限値を設定したことにより、ランダム加振の際に空調用機器が過大な操作量で操作されることが防止される。その結果、過大操作に起因した空調用機器の異常発生が回避され、学習データを中断することなく効率よく収集することができる。
【0018】
手段6に記載の発明は、手段1乃至5のいずれか1項において、前記空調装置は、前記空調用機器として、予熱装置、加湿装置、冷却装置及び再熱装置を含んで構成された塗装ブース用空調機であることをその要旨とする。
【0019】
手段7に記載の発明は、取り込んだ外気の温湿度を複数種の空調用機器を用いて調整する空調装置と、前記空調用機器の操作量を制御する空調制御装置とを備えた空調システムであって、前記空調制御装置は、前記空調装置のモデル予測制御に使用される予測モデルの学習データを収集する学習データ収集装置を備えるとともに、前記学習データ収集装置は、湿り空気線図上にて前記予測モデルを作成する領域を設定する領域設定部と、設定された前記領域内に、前記空調用機器のランダム加振を行うときの起点となる複数の学習開始点を設定する学習開始点設定部と、前記湿り空気線図上の外気状態点と同じ位置にある空調空気状態点を、前記空調用機器を操作して温湿度制御を行うことで、複数の前記学習開始点のうちのいずれかまで移動させる状態点移動部と、前記空調空気状態点を複数の前記学習開始点間で移動させながら、前記空調用機器のランダム加振を行うことにより、前記学習データを収集するデータ収集部とを含んで構成されていることを特徴とする空調システムをその要旨とする。
【0020】
従って、手段7に記載の発明によると、設定された領域内に外気状態点がない場合でも、状態点移動部が領域内におけるいずれかの学習開始点まで空調空気状態点を移動させ、その後にデータ収集部が学習データの収集を開始する。つまり、データ収集の起点がそのときの外気状態点ではなく、領域内のいずれかの学習開始点を起点としたものとなる。よって、温湿度制御の対象としたい領域のデータを確実に収集することができる。また、データ収集部は、空調空気状態点を領域内における複数の学習開始点間で移動させながら、空調用機器のランダム加振を行う。それゆえ、当該領域内の学習データを確実に収集することができる。
【発明の効果】
【0021】
以上詳述したように、請求項1~3に記載の発明によると、制御対象領域における予測モデルの学習データを、装置に負担をかけずに短時間で確実に収集することができる空調装置制御用の学習データ収集方法、空調システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明を具体化した実施形態の塗装設備用空調システムを説明するためのブロック図。
【
図2】上記塗装設備用空調システムにおける学習データ収集方法を説明するためのフローチャート。
【
図3】上記塗装設備用空調システムにおける学習データ収集方法を説明するための湿り空気線図。
【
図4】上記塗装設備用空調システムにおける学習データ収集方法を説明するための湿り空気線図。
【
図5】上記塗装設備用空調システムにおける学習データ収集方法を説明するための湿り空気線図。
【
図6】上記塗装設備用空調システムにおける学習データ収集方法を説明するための湿り空気線図。
【
図7】(a)は実施形態の学習データ収集方法におけるランダム加振を説明するためのグラフ、(b)は比較例の学習データ収集方法におけるランダム加振を説明するためのグラフ。
【
図8】本発明を具体化した別の実施形態の塗装設備用空調システムを説明するためのブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を具体化した一実施形態の塗装設備用空調システム11を
図1~
図7に基づき詳細に説明する。
【0024】
図1に示される本実施形態の空調システムは、上記のとおり塗装設備用空調システム11であって、取り込んだ外気の温湿度を複数種の空調用機器を用いて調整する空調装置21と、空調用機器の操作量を制御する空調制御装置31とを含んで構成される。本実施形態における空調装置21は、空調用機器として、予熱装置、加湿装置、冷却装置及び再熱装置を含んで構成された塗装ブース用空調機21である。
【0025】
塗装設備用空調システム11によって生成される空調空気の供給対象である塗装ブースは、一般的に、被塗物搬送ラインにおいて被塗物に塗料を塗布するためエリアに設置されている。塗装ブースは、塗装室と、塗装室の上側に設けられ塗装室にダウンフロー(上方から下方に向かう一定方向)の空気を供給するための給気室と、塗装室の下側に設けられその塗装室内の空気を排気するための排気室とを備えている。本実施形態の塗装ブースでは、塗装ブース用空調機21から排出される空調空気が給気室からダウンフローで塗装室内に供給される。
【0026】
塗装ブースの塗装室では、図示しない塗装機から塗料ミストを噴射することで被塗物の塗装が行われる。このとき、塗装機からオーバースプレーされて飛散した塗料ミストは、塗装室内に作用するダウンフローの空調空気によって塗装室から排気室に排出される。排気室では、ブース循環水を使用して空気中に含まれる塗料ミストが捕捉され塗料が回収される。また、排気室から排出される空気は、送風ファンによって大気に放出される。
【0027】
図1に示されるように、本実施形態における塗装ブース用空調機21(空調装置)は、複数種の空調用機器を含んで構成されている。この塗装ブース用空調機21は、装置外部から取り入れた空気を所定温度(例えば23℃前後)及び所定湿度(例えば70%RH前後)に調節して塗装ブースへ送気するための装置である。具体的に説明すると、この塗装ブース用空調機21は、プレヒータ22(予熱装置)、ワッシャ23(加湿装置)、クーリングコイル24(冷却装置)、レヒータ(再熱装置)25及び送風ファン26を備えている。
【0028】
プレヒータ22は、取り込んだ空気の温度を調整する調温手段の一種であって、空気を加熱してあらかじめ温度を上げるための装置である。ワッシャ23は、取り込んだ空気の湿度を調整する調湿手段の一種であって、プレヒータ22を経た空気に対する水の噴射により空気の湿度を上げるための装置である。クーリングコイル24は、取り込んだ空気の温度を調整する調温手段の一種であって、ワッシャ23を経た空気を冷却して温度を下げるための冷却装置である。レヒータ25は、取り込んだ空気の温度を調整する調温手段の一種であって、クーリングコイル24を経た空気を再び加熱して温度を上げる再熱装置である。送風ファン26は、調温及び調湿された空気(即ち空調空気)を塗装ブースに圧送するための空気圧送装置である。
【0029】
塗装ブース用空調機21における複数の箇所には、センシング手段が設けられている。具体的にいうと、この塗装ブース用空調機21は、温湿度測定用の第1のセンサ27a、温湿度測定用の第2のセンサ27b、温度測定用の第3のセンサ27cを備えている。第1のセンサ27aは、空調前の外気の温湿度を測定するためのものであって、塗装ブース用空調機21における外気の取り込み口付近に配置されている。第2のセンサ27bは、空調後の外気の温湿度を測定するためのものであって、空調空気が送り出される送風ファン26の出口側に配置されている。第3のセンサ27cは、プレヒータ22を経た外気の温度を測定するためのものであって、ワッシャ23の上流側に配置されている。
【0030】
本実施形態における塗装設備用の空調制御装置31は、空調用機器の操作量を制御するための装置であって、CPUや記憶手段(ROM、RAM)等からなる周知のコンピュータ1台あるいは複数台により構成されている。
図1のブロック図に示されるように、この空調制御装置31は、送気目標入力部32、送気設定演算部33、機器制御部34を備えている。機器制御部34は、PID制御によって空調用機器の操作量を制御するPIDコントローラ35を含んでいる。なお、空調制御装置31における記憶手段内には、温湿度制御のためのプログラムが格納されており、空調制御装置31内のCPUは当該プログラムを記憶手段から読み出して順次実行するようになっている。記憶手段内には、このプログラムのほかに、空気の状態値を座標に表した湿り空気線図に関するデータ(湿り空気線図テーブル)が格納されている。ちなみに、エンタルピーは湿り空気線図の右上に行くほど高くなり、逆に左下にいくほど低くなる。
【0031】
PID制御(Proportional-Integral-Differential Controll)とは、フィードバック制御の一種であって、入力値の制御を出力値と目標値との偏差、その積分及び微分の3要素によって行う制御のことを指す。本実施形態のPIDコントローラ35は、制御対象の数と同数(具体的には4つ)のPIDループを有している。PIDコントローラ35と、各空調用機器(即ち、プレヒータ22、ワッシャ23、クーリングコイル24、レヒータ25)とは、図示しないドライバ回路を介してそれぞれ電気的に接続されている。また、PIDコントローラ35と上記各センサ27a~27cとは、電気的に接続されている。従って、PIDコントローラ35から各制御対象に対して駆動制御信号が出力され、これによって各空調用機器の操作量がPID制御される。その結果、外気温湿度が目標温湿度に到達するように調整されるようになっている。また、その際には上記各センサ27a~27cから温湿度の測定結果が入力される。そのため、PIDコントローラ35は、その測定結果に基づいてフィードバック制御を行うことができるようになっている。
【0032】
送気目標入力部32は、送気設定演算部33を介して機器制御部34に電気的に接続されている。送気目標入力部32は、塗装ブースに送気するための空調空気の温湿度の目標値を入力するためのものであって、キーボードやタッチパネル等のような手段を含んで構成されている。送気目標入力部32の出力信号は、送気設定演算部33に入力される。
【0033】
送気設定演算部33と上記各センサ27a~27cとは電気的に接続されている。従って、送気設定演算部33には、各センサ27a~27cから出力される温度や湿度の測定値が入力される。送気設定演算部33は、入力した温湿度の目標値と測定値とに基づいて演算を行い、目標温湿度に到達させるのに最小となるエンタルピーを算出する。そして送気設定演算部33は、その算出結果に基づいて各空調用機器の操作量の目標値を設定し、その目標値をPIDコントローラ35に出力する。
【0034】
さらにこの空調制御装置31は、塗装ブース用空調機21のモデル予測制御(MPC)に使用される予測モデルの学習データを収集する学習データ収集装置41を備えている。以下、空調制御装置31の学習データ収集装置41が行う学習データ収集動作について説明する。なお、学習データ収集のためのプログラムは、空調制御装置31における記憶手段内に格納されている。空調制御装置31内のCPUは、必要に応じて当該プログラムを記憶手段から読み出し、順次実行するようになっている。
【0035】
図1に示されるように、この空調制御装置31における学習データ収集装置41は、領域設定部42、学習開始点設定部43、状態点移動部44、データ収集部45等を含んで構成されている。
【0036】
図3等に示されるように、領域設定部42は、湿り空気線図上にて予測モデルを作成する領域R1、即ち温湿度制御の対象としたい領域(制御対象領域R1)の設定を行う。本実施形態では、例えば空調制御装置31内のCPUが、領域設定部42として機能する。当該制御対象領域R1は、高精度な温湿度制御を実現するために高品質の予測モデルが欲しい領域、と言い換えることもできる。例えば
図3においては、制御対象領域R1が4本の線分で囲まれた領域として示されている。
【0037】
また、学習開始点設定部43は、設定された制御対象領域R1内に、空調用機器のランダム加振を行うときの起点となる複数の学習開始点S1~S9の設定を行う。この場合、具体的には学習開始点S1~S9の数や位置、それらの移動順序についても設定する(
図3参照)。本実施形態では、例えば空調制御装置31内のCPUが、学習開始点設定部43として機能する。学習開始点S1~S9の数は複数にする必要があるが、その数は限定されず任意に設定され、例えば5点以上がよく、本実施形態では9点としている。なお、学習開始点S1~S9の数は、好ましくは10点以上がよい。学習開始点S1~S9の位置も限定されず任意に設定され、例えば湿り空気線図上にて互いに離間した位置に設定される。この場合、複数の学習開始点S1は、制御対象領域R1を規定する線分に沿って配置されてもよい。さらに、学習開始点設定部43は、複数設定した学習開始点S1~S9の中から、任意の1つを最初にランダム加振を行うときの起点となる「最初の学習開始点S1」として設定してもよい。
【0038】
状態点移動部44は、湿り空気線図上の外気状態点G1と同じ位置にある空調空気状態点K1を、空調用機器を操作して温湿度制御を行うことで、複数の学習開始点S1~S9のうちのいずれかまで移動させる。本実施形態では、例えば空調制御装置31内のCPUが、状態点移動部44として機能する。本実施形態の状態点移動部44は、PID制御によって空調用機器の温湿度制御を行うことで、空調空気状態点K1を複数の学習開始点S1~S9のうちのいずれかまで移動させるようになっている。
【0039】
データ収集部45は、空調空気状態点K1を制御対象領域R1内における複数の学習開始点S1~S9間で移動させながら、空調用機器のランダム加振を行うことにより、学習データを収集する。本実施形態のデータ収集部45は、ランダム加振によって学習開始点S1~S9から変位した空調空気状態点K1をPID制御により当該学習開始点S1~S9まで戻す制御を行うようになっている。また、空調空気状態点K1を現在の学習開始点から次の学習開始点まで移動させる際にも、PID制御を行うようになっている。さらに、データ収集部45では、あらかじめ設定された各空調用機器の操作量の上限値及び下限値に基づき、それらを超えない範囲でランダム加振を行うようになっている。この上限値及び下限値は、機器に大きな負担がかからない操作量となるように空調用機器ごとに設定される。なお、
図7(a)は本実施形態の学習データ収集方法におけるランダム加振を説明するためのグラフ、
図7(b)は比較例の学習データ収集方法におけるランダム加振を説明するためのグラフである。両グラフにおいて、階段状に増減する曲線L1、L2、L3、L4は、それぞれプレヒータ22、ワッシャ23、クーリングコイル24、レヒータ25の操作量を示している。各々の曲線L1~L4を挟む2本の破線は、上限値及び下限値を示している。ただし、比較例では上限値及び下限値は設定されていないが、説明の便宜上、
図7(b)ではこれらを描いている。
図7(a)に示す本実施形態では、設定された上限値及び下限値を超えて操作量が設定されないことがわかる。一方、
図7(b)に示す比較例では、上限値及び下限値が特に設定されていないため、それらを超えて操作量が設定されることがある(同図においてT1で示した箇所を参照)。
【0040】
次に、
図2のフローチャートに基づき、
図3~
図6の湿り空気線図を参照しながら、本実施形態の学習データ収集方法について説明する。
【0041】
まず、領域設定部42が作動して、湿り空気線図上にて予測モデルを作成する制御対象領域R1を設定する(領域設定ステップ:S110)。ここで、制御対象領域R1の設定は、操作者自らが複数の線分を規定することで行ってもよいが、あらかじめ装置内にて設定、記憶されている領域データを読み出して用いてもよい。
【0042】
次に、学習開始点設定部43が作動して、設定された制御対象領域R1内に、空調用機器のランダム加振を行うときの起点となる複数の学習開始点S1~S9を所定の位置に設定する(学習開始点設定ステップ:ステップS120)。また、併せて空調空気状態点K1を移動させる際の順序や経路についても設定する。
【0043】
次に、状態点移動部44が作動して、外気状態点G1の位置を確認する(ステップS130)。次いで、湿り空気線図上の外気状態点G1と同じ位置にある空調空気状態点K1を、PID制御によって空調用機器を操作して温湿度制御を行う。これにより、複数の学習開始点S1~S9のうちのいずれかまで移動させる(ステップS140:状態点移動ステップ)。具体的にいうと、例えば
図3の湿り空気線図では、外気状態点G1が制御対象領域R1内になく、制御対象領域R1から離れた位置にある。そこで、PID制御を行って、空調空気状態点K1を外気状態点G1から最初の学習開始点S1まで移動させる(
図4参照)。なお、
図3においては、複数の学習開始点S1~S9のうち、最初の学習開始点S1が最も近くにある。
【0044】
次に、データ収集部45が作動して、ランダム加振によって最初の学習開始点S1から変位した空調空気状態点K1をPID制御により当該学習開始点S1まで戻す制御を繰り返し行い、データを収集する(ステップS150:データ収集ステップ、
図5参照)。
【0045】
データ収集部45は、1つの学習開始点S1について所定数のデータを収集した後に、次のステップS160に移行する。ステップS160では、全ての学習開始点S1~S9にてデータ収集が完了したか否かを判定する。ここでの判定結果がNOの場合、データ収集部45は、PID制御によって空調用機器の温湿度制御を行うことで、空調空気状態点K1を現在の学習開始点S1から次の学習開始点S2まで移動させる(ステップS170、
図6参照)。そして、ステップS170の実行後に再びステップS150に戻り、ランダム加振によって2番目の学習開始点S2から変位した空調空気状態点K1をPID制御により当該学習開始点S2まで戻す制御を繰り返し行い、データを収集する。なお、全ての学習開始点S1~S9についてのデータ収集が完了するまでこのような処理が実行される。そして、ステップS160での判定結果がYESの場合、即ち全ての学習開始点S1~S9についてのデータ収集が完了した場合には、データ収集部45は一連の処理を終了させる。この後、空調制御装置31における学習データ収集装置41は、上記のようにして収集した同定データに基づき機械学習を行い、空調制御用モデル予測制御に使用するための予測モデルを作成し、これを記憶手段に格納する。
【0046】
従って、本実施の形態によれば以下の効果を得ることができる。
【0047】
(1)本実施形態の空調システム11は空調制御装置31を備えており、その空調制御装置31は塗装ブース用空調機21のモデル予測制御に使用される予測モデルの学習データを収集する学習データ収集装置41を備えている。そして、この学習データ収集装置41は、上述したように領域設定部42、学習開始点設定部43、状態点移動部44、データ収集部45を含んで構成されている。このため、例えば設定された制御対象領域R1内に外気状態点G1がない場合でも、状態点移動部44が制御対象領域R1内におけるいずれかの学習開始点S1~S9まで空調空気状態点K1を移動させる。そして移動後にデータ収集部45が学習データの収集を開始する。つまり、データ収集の起点がそのときの外気状態点G1ではなく、制御対象領域R1内のいずれかの学習開始点S1~S9を起点としたものとなる。よって、温湿度制御の対象としたい制御対象領域R1のデータを確実に収集することができる。また、データ収集部45は、空調空気状態点K1を制御対象領域R1内における複数の学習開始点S1~S9間で移動させながら、空調用機器のランダム加振を行う。それゆえ、当該制御対象領域R1内の学習データを確実に収集することができる。
【0048】
(2)本実施形態では、データ収集部45が行うデータ収集ステップにおいて、ランダム加振によって学習開始点S1~S9から変位した空調空気状態点K1をPID制御により当該学習開始点S1~S9まで戻す制御を行っている。このため、ランダム加振を行ってもPID制御による修正が働くため、空調用の各機器に負担をかけずにデータ収集を行うことができる。
【0049】
(3)本実施形態では、状態点移動部44が行う状態点移動ステップにおいて、外気状態点G1が制御対象領域R1内にない場合における当該外気状態点G1と同じ位置にある空調空気状態点K1を、複数の学習開始点S1~S9のうちのいずれかまで移動させる。そしてその場合の移動は、PID制御による空調用機器の温湿度制御により行われる。このため、制御対象領域R1内にない空調空気状態点K1をいずれかの学習開始点S1~S9まで速やかに効率よく移動させることができるともに、その際の空調用の各機器にかかる負担を軽減することができる。
【0050】
(4)本実施形態では、データ収集部45が行うデータ収集ステップにおいて、PID制御によって空調用機器の温湿度制御を行うことで、空調空気状態点K1を現在の学習開始点S1から次の学習開始点S2まで移動させている。つまり、本実施形態では、学習開始点をS1から始まって、S2、S3、S4・・・S9、というように順に移動させている。このため、空調空気状態点K1についての学習開始点間での移動を速やかに効率よく行うことができる。
【0051】
(5)本実施形態では、データ収集部45が行うデータ収集ステップにおいて、ランダム加振を行うときの空調用機器の操作量の上限値及び下限値をあらかじめ設定している。このため、ランダム加振の際に空調用機器が過大な操作量で操作されることが防止される。その結果、過大操作に起因した空調用機器の異常発生が回避され、学習データを中断することなく効率よく収集することができる。
【0052】
なお、本発明の各実施の形態は以下のように変更してもよい。
【0053】
・上記実施形態では、湿り空気線図上にて予測モデルを作成する制御対象領域R1を設定するにあたり、4本の線分を規定することとしたが、この方法に限定されない。例えば3本あるいは5本以上の線分で規定された範囲を制御対象領域R1として設定してもよい。または、複数の点を規定してそれらを含む範囲を制御対象領域R1として設定してもよい。
【0054】
・上記実施形態では、最初の学習開始点S1を制御対象領域R1の外周部付近に設定するとともに、その最初の学習開始点S1を起点として、外周部付近に位置する複数の学習開始点S2~S7に移った後、制御対象領域R1の中央部に位置する複数の学習開始点S8、S9に移るような移動経路を設定したが、これに限定されない。例えばこれとは逆に、最初の学習開始点を制御対象領域R1の中央部付近に設定するとともに、その最初の学習開始点を起点として、中央部付近に位置する複数の学習開始点に移った後、制御対象領域R1の外周部に位置する複数の学習開始点に移るような移動経路を設定してもよい。
【0055】
・上記実施形態では、塗装ブース用空調機21のモデル予測制御に使用される予測モデルの学習データを収集し、それに基づいて別の装置で利用するための予測モデルを作成するものを例示したが、これに限定されない。例えば、PIDコントローラ35に加えてモデル予測制御部(MPCコントローラ)を含む機器制御部34を構成し、収集した学習データに基づいて予測モデルを作成し、それを同じ装置内で利用しても勿論よい。
【0056】
・上記実施形態では、プレヒータ22(予熱装置)、ワッシャ23(加湿装置)、クーリングコイル24(冷却装置)、レヒータ(再熱装置)25及び送風ファン26を備えた塗装ブース用空調機21を用いたが、これに限定されず、異なる装置構成を採用してもよい。例えばクーリングコイル24を1段ではなく2段にしてもよいほか、不要であれば省略してもよい。レヒータ25も不要であれば省略してもよい。つまり、空調装置は取り入れた外気を加温、加湿及び冷却する機能を有するものに限らず、加温及び加湿機能を有しかつ冷却機能を有しないもの、冷却及び加湿機能を有しかつ加温機能を有しないものであってもよい。
【0057】
・上記実施形態では、本発明の空調システム11を塗装ブース用空調機21を備える塗装設備用空調システムに具体化したが、これ以外の用途の空調機を備えるものに具体化しても勿論よい。
【0058】
・上記実施形態では、状態点移動ステップにおいて、領域R1内にない外気状態点G1を最初の学習開始点S1まで移動させたが、これに限定されない。例えば、最も近い位置にある(最も小さいエンタルピーで移動できる学習開始点を算出し、それを最初の学習開始点S1として再定義し、その再定義された最初の学習開始点S1まで移動させるようにしてもよい。
【0059】
・上記実施形態では、塗装ブース用空調機21に設けられた3つのセンシング手段(第1、第2、第3のセンサ27a、27b、27c)からの温湿度の測定結果に基づいて、送気設定演算部33が最小エンタルピーを算出する演算を行い、かつ、PIDコントローラ35がフィードバック制御を行っていたが、これに限定されない。例えば、塗装ブース用空調機21以外の機器に設けられたセンシング手段からの測定結果を利用してもよい。
図8に示す別の実施形態の空調システム11では、塗装ブース用空調機21に対してヒートポンプ(HP)から熱源及び冷水が供給されるような構成となっている。塗装ブース用空調機21とヒートポンプとの間は、熱源を供給する第1経路61と、冷水を供給する第2経路62とによりそれぞれ流路的に接続されている。プレヒータ22に熱源を供給する第1経路61上には、第4のセンサ27dが設けられている。レヒータ25に熱源を供給する第1経路61上には、第5のセンサ27eが設けられている。クーリングコイル24に冷水を供給する第2経路62上には、第6のセンサ27fが設けられている。第4のセンサ27d及び第5のセンサ27eとしては、例えば、ガス流量センサ、蒸気流量センサ、温水温度流量センサなどを挙げることができる。第6のセンサ27fとしては、例えば、冷水流量センサ、冷水温度センサなどを挙げることができる。そして、センサ27a~27cからのセンシング情報に加え、センサ27d~27fからのセンシング情報に基づいて、送気設定演算部33が最小エンタルピーを算出する演算を行い、かつ、PIDコントローラ35がフィードバック制御を行うようにしてもよい。このように、エネルギー関連のセンサからのセンシング情報を利用すると、送気設定演算部33による最小エンタルピー算出演算の結果がいっそう的確になり、ひいては空調に要するエネルギー消費量をより確実に低減することが可能となる。なお、ヒートポンプの運転電力をセンシングし、そのセンシング情報を上記の最小エンタルピー算出演算に利用しても勿論よい。
【0060】
次に、特許請求の範囲に記載された技術的思想のほかに、前述した実施形態によって把握される技術的思想を以下に列挙する。
【0061】
(1)上記手段2~6のいずれかにおいて、前記PID制御は、前記空調装置に設けた温湿度センサからのセンシング情報に基づいて行われること。
【0062】
(2)上記手段2~6のいずれかにおいて、前記PID制御は、前記空調装置と前記空調装置に熱源及び冷水を供給するヒートポンプとの間を流路的に接続する経路上に設けたエネルギー関連のセンサからのセンシング情報に基づいて行われること。
【符号の説明】
【0063】
11:空調システム
21:空調装置としての塗装ブース用空調機
22:空調用機器としてのプレヒータ
23:空調用機器としてのワッシャ
24:空調用機器としてのクーラ
25:空調用機器としてのレヒータ
31:空調制御装置
41:学習データ収集装置
42:領域設定部
43:学習開始点設定部
44:状態点移動部
45:データ収集部
R1:領域としての制御対象領域
K1:空調空気状態点
G1:外気状態点
S1~S9:学習開始点