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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023137462
(43)【公開日】2023-09-29
(54)【発明の名称】過敏性腸症候群抑制用組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/741 20150101AFI20230922BHJP
   A61P 1/00 20060101ALI20230922BHJP
   A61P 1/04 20060101ALI20230922BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20230922BHJP
   A61P 13/12 20060101ALI20230922BHJP
   A61P 3/04 20060101ALI20230922BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230922BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20230922BHJP
   A61P 1/16 20060101ALI20230922BHJP
   A61P 3/06 20060101ALI20230922BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20230922BHJP
【FI】
A61K35/741
A61P1/00
A61P1/04
A61P3/10
A61P13/12
A61P3/04
A61P35/00
A61P9/00
A61P1/16
A61P3/06
G01N33/48 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022043688
(22)【出願日】2022-03-18
(71)【出願人】
【識別番号】000253503
【氏名又は名称】キリンホールディングス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】505314022
【氏名又は名称】国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
(71)【出願人】
【識別番号】599045903
【氏名又は名称】学校法人 久留米大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金山 雅也
(72)【発明者】
【氏名】加藤 悠希子
(72)【発明者】
【氏名】國澤 純
(72)【発明者】
【氏名】細見 晃司
(72)【発明者】
【氏名】水口 賢司
(72)【発明者】
【氏名】朴 鐘旭
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 慎一郎
(72)【発明者】
【氏名】光山 慶一
【テーマコード(参考)】
2G045
4C087
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CB04
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC54
4C087NA14
4C087ZA36
4C087ZA66
4C087ZA70
4C087ZA75
4C087ZA81
4C087ZB26
4C087ZC33
4C087ZC35
(57)【要約】
【課題】腸管透過性の改善、すなわち腸管透過性を抑制することで、IBSをはじめとする種々の疾患や状態を治療、症状を軽減、発症を予防することができる薬剤、食品の提供。
【解決手段】ディアリスター(Dialister)属細菌の菌体またはその培養産物を有効成分とする、腸管透過性を抑制するための組成物を提供する。本発明の組成物は、腸管透過性亢進に起因する疾患または状態の抑制、および腹部の不快な症状の抑制のために用いることができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ディアリスター(Dialister)属細菌の菌体またはその培養産物を有効成分とする、腸管透過性を抑制するための組成物。
【請求項2】
ディアリスター属細菌の菌体またはその培養産物を有効成分とする、腸管透過性亢進に起因する疾患または状態を抑制するための組成物。
【請求項3】
ディアリスター属細菌の菌体またはその培養産物を有効成分とする、腹部の不快な症状を抑制するための組成物。
【請求項4】
ディアリスター属細菌の菌体またはその培養産物を有効成分とする、過敏性腸症候群(IBS)、炎症性腸疾患、糖尿病、慢性腎不全、肥満、がん、心血管疾患、または非アルコール性脂肪性肝疾患を抑制するための組成物。
【請求項5】
ディアリスター属に属する細菌がディアリスター・インビサス(Dialister invisus)、ディアリスター・サクシナティフィラス(Dialister succinatiphilus)、ディアリスター・ホミニス(Dialister hominis)および/またはディアリスター・プロピオニシファシエンス(Dialister propionicifaciens)である、請求項1~4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
培養産物がディアリスター・インビサス(Dialister invisus)および/またはディアリスター・サクシナティフィラス(Dialister succinatiphilus)の培養産物である、請求項1~5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
培養産物が1000kDa未満の分子量画分である、請求項1~6のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
被験者から取得された便サンプルにおける下記(1)~(20)の細菌の1種以上、5種以上、10種以上、15種以上、または20種全ての存在量を腸内細菌中の割合としてそれぞれ算出し、予め作成した基準データと比較することを含む、被験者における過敏性腸症候群罹患可能性のデータの取得方法:
(1)パラバクテロイデス(Parabacteroides)属細菌、
(2)バクテロイデス(Bacteroides)属細菌、
(3)エシェリキア・シゲラ(Escherichia.Shigella)属細菌、
(4)オドリバクター(Odoribacter)属細菌、
(5)ロゼブリア(Roseburia)属細菌、
(6)ラクノスピラ科(Lachnospiraceae)細菌UCG.004、
(7)アナエロツルンカス(Anaerotruncus)属細菌、
(8)ディアリスター(Dialister)属細菌、
(9)ルミノコッカス科(Ruminococcaceae)細菌UCG.009、
(10)パラステレラ(Parasutterella)属細菌、
(11)ラクトバシラス(Lactobacillus)属細菌、
(12)ユーバクテリウム(Eubacterium)属細菌エリゲンス(eligens)、
(13)ペプトクロストリジウム(Peptoclostridium)属細菌、
(14)ホルデマニア(Holdemania)属細菌、
(15)クロストリジウム目ファミリーXIII(Clostridiales.Family.XIII)UCG.001、
(16)ホルデマネラ(Holdemanella)属細菌、
(17)バシラス(Bacillus)属細菌、
(18)ペプトストレプトコッカス(Peptostreptococcus)属細菌、
(19)クレブシエラ(Klebsiella)属細菌、および
(20)ミツオケラ(Mitsuokella)属細菌。
【請求項9】
上記(1)~(20)の細菌からランダムに選択された細菌についてのデータを基準データと比較することを反復して実施する、請求項8に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸管透過性を抑制し、過敏性腸症候群等の腸管透過性亢進に起因する疾患または状態を改善するための組成物に関する。本発明はまた、過敏性腸症候群を診断するために有効な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトや動物の腸内には多種多様な細菌が約100兆個も存在していることが知られている。これらの細菌群は、腸内細菌、腸内(細)菌叢、あるいは腸内フローラ等とも呼ばれている。腸内細菌は、経口的に摂取された細菌が腸内環境において増殖したものであり、従って宿主が能動的に摂取する飲食品に由来する他、感染によって消化管内に侵入した細菌等が増殖したものも含まれる。腸内細菌の一部は排泄によって体外に排出されるが、健康な宿主体内にも恒常的に存在しており、その構成比は、宿主の食餌内容や環境によって左右され得る。
【0003】
近年、腸内細菌の種類や構成比が宿主となるヒトや動物の体調や疾患と関連していることが知られつつある。例えば、感染性腸炎後に過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome、以下IBSと記載する場合がある)を発症した場合に健常者と異なる腸内細菌組成が見られること、ストレスは腸内細菌組成を変化させ得ること、腸内細菌組成は抑うつ等の精神疾患とも関連し得ること等が報告されている(非特許文献1及び2)。また、非特許文献3では、IBS患者の便を移植した無菌マウスがIBS症状を呈したことが報告されている。
【0004】
従って、宿主の心身の健康を保つために、腸内細菌の状態を整えることが重要と考えられており、乳酸菌やビフィズス菌等のプロバイオティクス(菌)を飲食品として摂取する他に、サプリメントとして摂取することも提案されている。
一方、特許文献1では、ディアリスター属等を含む15種の細菌の腸内細菌叢プロファイルを用いるIBSの検査方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2020/213732
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】腸内細菌学雑誌、2018年、32巻1号、1-6頁
【非特許文献2】Liu et al. BMC Microbiology (2020) 20:168
【非特許文献3】De Palma et al., Sci. Transl. Med. 9, eaaf6397 (2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
過敏性腸症候群(IBS)等の消化器障害を有する患者では腸管透過性が亢進しているとの報告があり(Therap Adv Gastroenterol. 2021; 14: 1756284821993586)、また、ストレスにより腸管透過性が亢進するとの報告もある(Exp Neurol, November 2021, 345, 113841)。更に、腸管から組織内に侵入した腸内細菌やその代謝産物が癌、動脈硬化、高血圧、肝臓障害、老化等の疾患を引き起こす可能性についても報告されている(腸内細菌学雑誌、2018年、32巻1号、1-6頁)。便秘型IBSの治療薬であるルビプロストンが腸管透過性を改善し、非アルコール性脂肪性肝疾患を改善するとの報告(Gastroenterology & Hepatology, Vol. 5, Issue 11, p996-1007, November 2020)から、腸管透過性と非アルコール性脂肪性肝疾患との関連も報告されている。
【0008】
従って、腸管透過性の改善、すなわち腸管透過性を抑制することで、IBSをはじめとする種々の疾患や状態を治療、症状を軽減、発症を予防することができると考えられ、そのために用いることのできる薬剤や食品に対する需要がある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は上記課題に鑑み、種々検討した結果、腸内細菌の1種であるディアリスター(Dialister)属細菌が腸管透過性を低下させること、IBS患者では健常者と比較してディアリスター属細菌数が顕著に少ないことを見出し、これらの知見に基づいて本発明を完成させるに至った。また、本発明者等は、ディアリスター(Dialister)属細菌を含む特定の細菌の組合せにより、被験者におけるIBS罹患可能性を高精度で検出できることも見出した。
【0010】
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
1. ディアリスター(Dialister)属細菌の菌体またはその培養産物を有効成分とする、腸管透過性を抑制するための組成物。
2. ディアリスター属細菌の菌体またはその培養産物を有効成分とする、腸管透過性亢進に起因する疾患または状態を抑制するための組成物。
3. ディアリスター属細菌の菌体またはその培養産物を有効成分とする、腹部の不快な症状を抑制するための組成物。
4. ディアリスター属細菌の菌体またはその培養産物を有効成分とする、過敏性腸症候群(IBS)、炎症性腸疾患、糖尿病、慢性腎不全、肥満、がん、心血管疾患、または非アルコール性脂肪性肝疾患を抑制するための組成物。
5. ディアリスター属に属する細菌がディアリスター・インビサス(Dialister invisus)、ディアリスター・サクシナティフィラス(Dialister succinatiphilus)、ディアリスター・ホミニス(Dialister hominis)および/またはディアリスター・プロピオニシファシエンス(Dialister propionicifaciens)である、上記1~4のいずれかに記載の組成物。
6. 培養産物がディアリスター・インビサス(Dialister invisus)および/またはディアリスター・サクシナティフィラス(Dialister succinatiphilus)の培養産物である、上記1~5のいずれかに記載の組成物。
7. 培養産物が1000kDa未満の分子量画分である、上記1~6のいずれかに記載の組成物。
8. 被験者から取得された便サンプルにおける下記(1)~(20)の細菌の1種以上、5種以上、10種以上、15種以上、または20種全ての存在量を腸内細菌中の割合としてそれぞれ算出し、予め作成した基準データと比較することを含む、被験者における過敏性腸症候群罹患可能性のデータの取得方法:
(1)パラバクテロイデス(Parabacteroides)属細菌、
(2)バクテロイデス(Bacteroides)属細菌、
(3)エシェリキア・シゲラ(Escherichia.Shigella)属細菌、
(4)オドリバクター(Odoribacter)属細菌、
(5)ロゼブリア(Roseburia)属細菌、
(6)ラクノスピラ科(Lachnospiraceae)細菌UCG.004、
(7)アナエロツルンカス(Anaerotruncus)属細菌、
(8)ディアリスター(Dialister)属細菌、
(9)ルミノコッカス科(Ruminococcaceae)細菌UCG.009、
(10)パラステレラ(Parasutterella)属細菌、
(11)ラクトバシラス(Lactobacillus)属細菌、
(12)ユーバクテリウム(Eubacterium)属細菌エリゲンス(eligens)、
(13)ペプトクロストリジウム(Peptoclostridium)属細菌、
(14)ホルデマニア(Holdemania)属細菌、
(15)クロストリジウム目ファミリーXIII(Clostridiales.Family.XIII)UCG.001、
(16)ホルデマネラ(Holdemanella)属細菌、
(17)バシラス(Bacillus)属細菌、
(18)ペプトストレプトコッカス(Peptostreptococcus)属細菌、
(19)クレブシエラ(Klebsiella)属細菌、および
(20)ミツオケラ(Mitsuokella)属細菌。
9. 上記(1)~(20)の細菌からランダムに選択された細菌についてのデータを基準データと比較することを反復して実施する、上記8に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、腸管透過性を抑制し、それによって腸管透過性亢進に起因する疾患または状態を抑制することができる。また、本発明により、IBSの罹患可能性をより高精度に検出して、発症予防や早期の治療につなげることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】刺激前の値を100%としたときの、便上清(10%または25%)刺激後5時間時点のTEERの変化を示す。IBS:IBS患者群、Ctrl:対照群。*:p<0.05。
図2】IBS患者群と対照群の便における菌叢解析において検出されたディアリスター属細菌のリード数(10,000リード中に検出されたリード数)を示す。IBS:IBS患者群、Ctrl:対照群。
図3】刺激前の値を100%としたときの、菌体刺激後3時間時点のTEERの変化を示す。菌(-):刺激なし、B.dorei:バクテロイデス・ドレイ、D.invisus:ディアリスター・インビサス、D.succinatiphilus:ディアリスター・サクシナティフィラス、D.hominis:ディアリスター・ホミニス、D.propionicifaciens:ディアリスター・プロピオニシファシエンス。
図4】刺激前の値を100%としたときの、培養上清刺激後24時間時点のTEERの変化を示す。GAM+コハク酸:培地刺激、B.dorei:バクテロイデス・ドレイ、D.invisus:ディアリスター・インビサス、D.succinatiphilus:ディアリスター・サクシナティフィラス、D.hominis:ディアリスター・ホミニス、D.propionicifaciens:ディアリスター・プロピオニシファシエンス。
図5】刺激前の値を100%としたときの、ディアリスター・インビサス培養上清分画サンプル刺激後24時間時点のTEERの変化を示す。原液:未分画培養上清、>50k:50kDa以上、<50k:50kDa未満、<30k:30 kDa未満、<10k:10 kDa未満、<3k:3 kDa未満。
図6】刺激前の値を100%としたときの、ディアリスター・サクシナティフィラス培養上清分画サンプル刺激後24時間時点のTEERの変化を示す。原液:未分画培養上清、>50k:50kDa以上、<50k:50kDa未満、<30k:30 kDa未満、<10k:10 kDa未満、<3k:3 kDa未満。
図7】ランダムフォレストを用いて作成したIBS判定モデルにおけるROC曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、ディアリスター(Dialister)属細菌の菌体またはその培養産物を有効成分とする、腸管透過性を抑制するための組成物を提供する。
【0014】
ディアリスター属細菌は、分類上、ファーミキューテス(Firmicutes)門、ネガティウィクテス(Negativicutes)綱、セレノモナス(Selenomonadales)目、ベイロネラ(Veillonellaceae)科に属する嫌気性グラム陰性細菌である。
【0015】
本発明において好適に使用できるディアリスター属細菌としては、ディアリスター属に属する菌種であればいずれの菌種でもよいが、例えばディアリスター・インビサス(Dialister invisus)、ディアリスター・サクシナティフィラス(Dialister succinatiphilus)、ディアリスター・ホミニス(Dialister hominis)、ディアリスター・プロピオニシファシエンス(Dialister propionicifaciens)、ディアリスター・ミクラエロフィラス(Dialister micraerophilus)、ディアリスター・ニューモシンテス(Dialister pneumosintes)、およびディアリスター・マシリエンシス(Dialister massiliensis)を好適に使用することができ、これらのディアリスター属細菌を単独で、または組み合わせて使用することができる。より好ましくは、ディアリスター・インビサス、ディアリスター・サクシナティフィラス、ディアリスター・ホミニスまたはディアリスター・プロピオニシファシエンスを単独で、または組み合わせて使用することができる。
【0016】
これらの細菌は、いずれも哺乳類の便から、あるいは国立研究開発法人理化学研究所バイオリソース研究センター微生物材料開発室(RIKEN BRC-JCM)やアメリカンタイプカルチャーコレクション(ATCC)等の分譲機関、寄託機関から取得することができ、それぞれ公知の方法で増殖させることができ、取得方法は限定されない。例えば、ディアリスター・インビサスはJCM17566またはATCC-51894として、ディアリスター・サクシナティフィラスはJCM15077として、ディアリスター・ホミニスはJCM33369として、ディアリスター・プロピオニシファシエンスはJCM17568としてそれぞれ細菌株を入手することができる。
【0017】
本発明の組成物の一態様は、上記で得られるディアリスター属細菌をそのまま、または培養して増殖させた菌体を有効成分として含むものである。尚、組成物を調製する際には、必要に応じて適宜不純物の除去等の操作を含み得る。
【0018】
本発明の好適な一実施形態は、ディアリスター・インビサス、ディアリスター・サクシナティフィラス、ディアリスター・ホミニスおよび/またはディアリスター・プロピオニシファシエンスの菌体を有効成分として含む、腸管透過性を抑制するための組成物である。
【0019】
本発明の組成物の別の態様は、ディアリスター属細菌の培養産物を有効成分として含むものである。培養産物の取得方法は特に限定されないが、例えば下記の実施例に記載の方法で取得することができる。また、培養産物であればいずれでもよいが、培養産物のうち、例えば、腸管透過性改善効果を有することが確認された画分、すなわち分子量画分として1000kDa未満、好ましくは500kDa未満、より好ましくは50kDa未満の分子量画分を好適に使用することができる。
【0020】
本発明の好適な一実施形態は、培養産物がディアリスター・インビサスおよび/またはディアリスター・サクシナティフィラスの培養産物を有効成分として含む、腸管透過性を抑制するための組成物である。
【0021】
本発明の組成物は、腸管透過性を抑制する効果を有しており、従って、腸管透過性亢進に起因する疾患または状態を抑制するために用いることができる。本明細書において、「腸管透過性亢進に起因する疾患または状態」としては、限定するものではないが、例えば過敏性腸症候群(IBS);リーキーガット症候群、炎症性腸疾患、セリアック病などの腸管の炎症性疾患;糖尿病、慢性腎不全、肥満、がん、心血管疾患、非アルコール性脂肪性肝疾患等の全身性疾患等が挙げられる。過敏性腸症候群(IBS)には、便秘型、下痢型、混合型、分類不能型があることが知られているが、いずれの型のIBSも、本発明の組成物によって治療または症状の軽減効果がもたらされる。
【0022】
本発明の組成物はまた、腹部の不快な症状を抑制するために用いることができる。「腹部の不快な症状」としては、限定するものではないが、例えば腹痛、便秘、下痢、膨満感等が挙げられる。
【0023】
本発明の組成物は、医薬組成物であり得る。医薬組成物として用いる場合、投与方法は、経口投与、経腸投与等の消化管内投与を用いることができる。また、本発明の組成物は、食品、健康食品、機能性食品、サプリメント等であり得る。この場合、投与(摂取)は経口的であり得る。
【0024】
菌体または培養産物を有効成分として含有する本発明の組成物は、液状の組成物として調製することができる。あるいは、本発明の組成物は、固形状の組成物として調製することもできる。その場合、菌体または培養産物は、例えば凍結乾燥等の当分野で通常用いられる手段により乾燥状態とさせることができる。
【0025】
組成物は、液状または固形状に調製することができる。投与形態に応じて、組成物には適宜賦形剤、結合剤、ゲル化剤、崩壊剤、滑沢剤、甘味料、矯味剤、香料等を適宜添加することができる。
【0026】
本発明の組成物の投与対象は、哺乳動物、例えばヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、モルモット、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、カバ、ゾウ、トラ、ライオン等であり得る。投与対象は、ヒト、愛玩動物、家畜、動物園で飼育されている哺乳動物であり得る。投与対象はまた、ヒトにおける効果を予測・評価するための非ヒト実験動物であり得る。
【0027】
本発明の組成物は、腸管透過性亢進に起因する疾患に罹患している対象、または腸管透過性亢進に起因する状態にある対象に投与する(摂取させる)ことができる。具体的には、例えば過敏性腸症候群(IBS);リーキーガット症候群、炎症性腸疾患、セリアック病などの腸管の炎症性疾患;糖尿病、慢性腎不全、肥満、がん、心血管疾患、非アルコール性脂肪性肝疾患等の全身性疾患に罹患している患者に対して本発明の組成物を投与することができる。本発明の組成物はまた、対象における腹部の不快な症状を抑制するために投与する(摂取させる)ことができる。
【0028】
対象における上記の疾患または状態は、慢性的なものであっても一過的なものであっても良い。本発明の組成物はまた、上記の疾患または状態となる可能性のある対象に、予防的に投与する(摂取させる)ことができる。例えば、本発明の組成物は、過敏性腸症候群と診断されていない未受診の対象者に予防的に投与したり、健常者の一過的な腸管透過性亢進状態等の改善のために投与することができる。
【0029】
本発明の組成物の投与量(摂取量)は、対象となるヒトまたは動物の状態によって変動し得るため、限定するものではないが、例えば菌体の投与量として1日あたり105~1015個、107~1013個、109~1011個の範囲とすることができる。培養産物の投与量としては、上記菌体量から換算して適宜決定することができる。投与頻度(摂取頻度)についても、投与対象となる対象の状態によって変動し得るため、限定するものではないが、例えば1日3回、1日2回、1日1回、2日に1回、3日に1回、週に1回等とすることができる。投与は、腸管透過性亢進に起因する疾患の症状または状態が継続している間、腹部の不快な症状が軽減または消失するまで、長期間にわたって行っても良い。
本発明の効果は、投与対象における症状の軽減・消失によって確認することができる。
【0030】
あるいはまた、本発明の効果は、in vitroでも確認することができる。例えば、ヒト結腸癌由来細胞Caco-2は、腸管上皮様に単層に分化できるため、腸管透過性などの腸管バリア機能の評価に広く使用されており、Caco-2の経上皮電気抵抗値(TEER)を測定することで腸管透過性を評価することができる。IBS患者では腸管透過性が亢進していることが知られていることから(Therap Adv Gastroenterol. 2021; 14: 1756284821993586)、Caco-2を用いて本発明の組成物を添加した場合のTEER値の変動を、添加しない場合と比較して、腸管透過性の改善の有無を評価することができる。
【0031】
本発明者等はまた、ヒト腸内細菌叢データ、具体的には群間比較で絞り込んだ29属の腸内細菌、より詳細にはIBS特徴量として抽出された20属の腸内細菌がIBSのバイオマーカーとして有用であることを示すとともに、これらの腸内細菌がIBSの発症や症状と関連していることを示唆している。
【0032】
従って、本発明はまた、被験者から取得されたサンプルにおける下記(1)~(20)の細菌のいずれかの存在量を指標とする、被験者における過敏性腸症候群罹患可能性の診断のためのデータの取得方法を提供する。
(1)パラバクテロイデス(Parabacteroides)属細菌、
(2)バクテロイデス(Bacteroides)属細菌、
(3)エシェリキア・シゲラ(Escherichia.Shigella)属細菌、
(4)オドリバクター(Odoribacter)属細菌、
(5)ロゼブリア(Roseburia)属細菌、
(6)ラクノスピラ科(Lachnospiraceae)細菌UCG.004、
(7)アナエロツルンカス(Anaerotruncus)属細菌、
(8)ディアリスター(Dialister)属細菌、
(9)ルミノコッカス科(Ruminococcaceae)細菌UCG.009、
(10)パラステレラ(Parasutterella)属細菌、
(11)ラクトバシラス(Lactobacillus)属細菌、
(12)ユーバクテリウム(Eubacterium)属細菌エリゲンス(eligens)、
(13)ペプトクロストリジウム(Peptoclostridium)属細菌、
(14)ホルデマニア(Holdemania)属細菌、
(15)クロストリジウム目ファミリーXIII(Clostridiales.Family.XIII)UCG.001、
(16)ホルデマネラ(Holdemanella)属細菌、
(17)バシラス(Bacillus)属細菌、
(18)ペプトストレプトコッカス(Peptostreptococcus)属細菌、
(19)クレブシエラ(Klebsiella)属細菌、
(20)ミツオケラ(Mitsuokella)属細菌。
【0033】
本発明の方法は、被験者個人又は被験者集団から得られた試料が過敏性腸症候群(IBS)と関連するか否かの情報を提供することができる。上記の方法において、被験者は、IBS罹患可能性についての情報を必要とするヒト被験者であり、IBS患者であり得る。また、被験者はIBS以外の疾患に罹患している患者、あるいは健常者であり得る。
【0034】
本発明者等は、下記実施例に記載した通り、先ず、IBS患者及び健常者からそれぞれ便サンプルを取得して、サンプル中に存在するDNAから属レベルの腸内細菌叢データを取得、統計的に解析することでIBS患者と健常者とで存在量が異なる下記の29種の細菌を選定した。
1 パラバクテロイデス(Parabacteroides)属細菌、
2 ペプトストレプトコッカス(Peptostreptococcus)属細菌、
3 パラステレラ(Parasutterella)属細菌、
4 バクテロイデス(Bacteroides)属細菌、
5 ルミノコッカス科(Ruminococcaceae)細菌UCG.009、
6 ロゼブリア(Roseburia)属細菌、
7 ホルデマネラ(Holdemanella)属細菌、
8 シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、
9 エシェリキア・シゲラ(Escherichia.Shigella)属細菌、
10 クレブシエラ(Klebsiella)属細菌、
11 バシラス(Bacillus)属細菌、
12 カンピロバクター(Campylobacter)属細菌、
13 グラニュリカテラ(Granulicatella)属細菌、
14 パピリバクター(Papillibacter)属細菌、
15 コプロコッカス(Coprococcus)属細菌2、
16 ミツオケラ(Mitsuokella)属細菌、
17 アトポビウム(Atopobium)属細菌、
18 ラクノスピラ科(Lachnospiraceae)細菌FE2018グループ、
19 フラボバクテリウム科(Flavobacteriaceae)細菌、
20 ユーバクテリウム(Eubacterium)属細菌エリゲンス(eligens)、
21 ディアリスター(Dialister)属細菌、
22 オドリバクター(Odoribacter)属細菌、
23 ラクトバシラス(Lactobacillus)属細菌、
24 ラクノスピラ科(Lachnospiraceae)細菌UCG.004、
25 クロストリジウム目ファミリーXIII(Clostridiales.Family.XIII)UCG.001、
26 ペプトクロストリジウム(Peptoclostridium)属細菌、
27 ホルデマニア(Holdemania)属細菌、
28 クロアチバチルス(Cloacibacillus)属細菌、
29 アナエロツルンカス(Anaerotruncus)属細菌。
【0035】
上記1~29の細菌には、健常者群と比較してIBS患者群でより多量に存在する細菌と、より少量で存在する細菌とが含まれるが、上記1~29はIBS患者群と健常者群とで比較してp値が小さい順に列挙している。
【0036】
従って、上記の細菌から選択される1種以上の細菌に着目して、被験者のサンプル中の細菌叢データを評価することで、被験者がIBSに罹患している可能性についての予測データを提供することができる。ここで、「細菌叢データ」とは、限定するものではないが、例えばサンプル中の全ての細菌数(DNAコピー数)に対する意図される細菌数の割合であり得る。
【0037】
評価は、予め作成したIBS患者における標準データセット、健常者における標準データセットを用い、これらと比較することで予測データをもたらすことができる。データは、上記の細菌から選択される1種または複数種の細菌についてのものを用いることができる。
【0038】
実施例に記載する通り、本発明者等は更に、上記で選定した腸内細菌叢データから、機械学習(ランダムフォレスト)の手法を用い、IBS判定予測モデルを作成して評価するステップを繰り返したところ、特に以下の20種の細菌がIBS罹患可能性の判定においてより重要であることを見出した。
(1)パラバクテロイデス(Parabacteroides)属細菌、
(2)バクテロイデス(Bacteroides)属細菌、
(3)エシェリキア・シゲラ(Escherichia.Shigella)属細菌、
(4)オドリバクター(Odoribacter)属細菌、
(5)ロゼブリア(Roseburia)属細菌、
(6)ラクノスピラ科(Lachnospiraceae)細菌UCG.004、
(7)アナエロツルンカス(Anaerotruncus)属細菌、
(8)ディアリスター(Dialister)属細菌、
(9)ルミノコッカス科(Ruminococcaceae)細菌UCG.009、
(10)パラステレラ(Parasutterella)属細菌、
(11)ラクトバシラス(Lactobacillus)属細菌、
(12)ユーバクテリウム(Eubacterium)属細菌エリゲンス(eligens)、
(13)ペプトクロストリジウム(Peptoclostridium)属細菌、
(14)ホルデマニア(Holdemania)属細菌、
(15)クロストリジウム目ファミリーXIII(Clostridiales.Family.XIII)UCG.001、
(16)ホルデマネラ(Holdemanella)属細菌、
(17)バシラス(Bacillus)属細菌、
(18)ペプトストレプトコッカス(Peptostreptococcus)属細菌、
(19)クレブシエラ(Klebsiella)属細菌、
(20)ミツオケラ(Mitsuokella)属細菌。
上記(1)~(20)の細菌は、IBS判定予測モデルを複数作成して評価した結果、予測精度への寄与度が高かった順に列挙している。
【0039】
従って、被験者から採取した便サンプルを用いて、腸内細菌の割合を測定し、その存在割合を上述のIBS判定予測モデルに当てはめ、各菌属の割合を比較することで、IBS患者由来の便か否かを判定することができる。
【0040】
評価に用いる細菌は、上記(1)~(20)の細菌の1種以上、2種以上、3種以上、4種以上、5種以上、10種以上、15種以上、または20種全てとすることができる。個々の細菌の存在量を腸内細菌中の割合としてそれぞれ算出し、予め作成した当該細菌の基準データと比較することによって、IBS罹患可能性を評価することができる。また、上記細菌からランダムに選択された1種または複数の細菌についてのデータを基準データと比較することを反復して実施することもできる。反復回数は特に限定するものではないが、例えば2回、3回、5回、または10回反復して評価することができる。基準データは、上記したようなIBS患者における標準データセット、または健常者における標準データセットであり得る。
【0041】
本発明の方法は、被験者の便サンプルを取得した後は、DNAの抽出、シーケンシング、腸内細菌叢データの作成、IBS判定予測モデルとの比較、等のステップを自動的に行うことができ、従って、評価する細菌数が多くても迅速に作業を進めることができる。
【0042】
例えば本発明の方法は、具体的には、
被験者の腸内細菌データを入力するステップ、および
上記の29種の属、または20種の属全てについて、それぞれの存在比をIBS判定予測モデルと比較するステップ、
を含み、モデル例と一致度が高い程、被験者がIBSに罹患している可能性が高いとの結果を出力するように、コンピュータ上でプログラミングすることもできる。
【実施例0043】
以下、実施例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0044】
[実施例1 腸内細菌叢の腸管透過性への影響検証]
<方法>
ヒト結腸癌由来細胞Caco-2を用いてIBS患者便の腸管透過性への影響を検証した。
IBS患者(便秘型または混合型)5名と健常者(Ctrl)5名からそれぞれ便を採取し、採取当日中に凍結保存した。凍結した便を、100mg/mLとなるようPBSで懸濁し遠心分離により不溶性成分を除去した後、回収した上清を0.22μmのフィルターを通し、便上清サンプルを調製した。
【0045】
ヒト結腸癌由来細胞Caco-2(ATCCより入手)を1.0×104個/mLとなるよう20%FBS、ペニシリン・ストレプトマイシンを含有するEMEM培地(Wako社製#055-08975、L-グルタミン、フェノールレッド、ピルビン酸ナトリウム、非必須アミノ酸、1,500mg/L 炭酸水素ナトリウム含有)に懸濁した。得られた細胞懸濁液200μLをインサートウェル(Falcon(登録商標)カルチャー インサート24ウェル用、ポアサイズ1.0μm)のapical側に播種し、basal側には700μLのEMEM培地を添加しCO2インキュベータ内で37℃、5%CO2にて培養し、2日または3日に1回培地交換を行った。
【0046】
播種から17日以上経過したCaco-2細胞を含むインサートウェルのapical側に1μg/mLのLPS(INVIVOGEN社製#tlrl-eblps)、basal側に20ng/mLのIFN-γ(Pepro Tech社製#AF-300-02)、20ng/mLのTNF-α(R&D SYSTEMS社製#210-TA-005)及び10ng/mLのIL-1β(Pepro Tech社製# AF-200-01B)を添加して刺激し、24時間後に上記で調製した便上清サンプルをapical側に10%または25%濃度となるように添加して刺激し、便上清刺激前及び刺激から5時間後における細胞のTEERを測定した。統計的手法として、t検定を用いた。
【0047】
<結果>
図1に、便上清刺激前の値を100%としたときの、便上清刺激後5時間時点のTEERの変化の結果を示す。IBS患者群、Ctrl群とも便上清刺激によりTEERが低下していたが、便上清10%刺激ではIBS患者便上清刺激によってCtrl便上清刺激と比べてより低下することが示された。また、便上清25%刺激では、IBS患者便上清刺激によってCtrl便上清刺激と比べて有意にTEERが低下することが示され、IBS患者と健常者の腸内細菌の違いがCaco-2細胞のTEERの違いに関係すること、すなわち腸管透過性に影響していることが示された。
【0048】
[実施例2 IBS関連菌候補の同定]
<方法>
IBS患者(便秘型または混合型)5名と健常者(Ctrl)5名からそれぞれ便を採取し、ただちに不活化し保存した。菌叢解析は、多くの種類の微生物が含まれる集団において微生物種等の分類を行う上で広く利用されている16S rRNA遺伝子配列のシーケンス情報(SILVA rRNA database)を活用して、各便に存在する微生物の同定や存在比率を測定した。具体的には、保存した便サンプルから腸内細菌由来DNAを抽出し、抽出したDNAを鋳型に16S rRNA遺伝子のV3-V4領域の増幅を行った。その後、増幅した配列についてMiSeqを用いてシーケンスを行い、シーケンスした配列のうち、各サンプルから10,000リードの配列を用いて菌叢解析を行った。得られた配列から菌の同定及び存在比率の計算を行うために、解析ツールとしてQIIMEを用いた。統計的手法として、マン・ホイットニーのU検定を用いた。
【0049】
<結果>
菌叢解析により、IBS群とCtrl群で差のある菌属を抽出した。抽出した菌属のうち、特にディアリスター属細菌は、Ctrl群と比較してIBS患者群で顕著に少ないことが確認された。図2に、IBS群とCtrl群でのディアリスター属細菌のリード数(10,000リード中に検出されたリード数)を示す。ディアリスター属細菌は、Ctrl群で比較的多く(平均値:約25リード、中央値:10リード)存在しており、IBS群では少ない(最高値10リード未満)傾向であることが示された。
【0050】
[実施例3 ディアリスター属細菌の腸管透過性への影響検証]
<方法>
ディアリスター属に属する菌株として、ディアリスター・インビサス(JCM17566)、ディアリスター・サクシナティフィラス(JCM15077)、ディアリスター・ホミニス(JCM33369)またはディアリスター・プロピオニシファシエンス(JCM17568)を、嫌気条件下で1%コハク酸を含有する変法GAM培地(日水製薬)で培養した。また、比較対照として腸内最優占菌の1つであるバクテロイデス・ドレイ(Bacteroides dorei、JCM13471)を嫌気条件下で同様に培養した。菌株はすべて理研リソースセンターから入手し、菌の増殖はOD600を測定することで確認した。
菌培養液から遠心分離(1,500×g、10分)を行い、上清の培地成分を除去した後PBSで再懸濁を行うことで、菌体サンプルを調製した。
【0051】
ヒト結腸癌由来細胞Caco-2を1.0×104個/mLとなるよう20%FBS、ペニシリン・ストレプトマイシンを含有するEMEM培地(Wako社製#055-08975、L-グルタミン、フェノールレッド、ピルビン酸ナトリウム、非必須アミノ酸、1,500mg/L 炭酸水素ナトリウム含有)に懸濁した。得られた細胞懸濁液200μLをインサートウェル(Falcon(登録商標)カルチャー インサート24ウェル用、ポアサイズ1.0μm)のapical側に播種し、basal側には700μLのEMEM培地を添加しCO2インキュベータ内で37℃、5%CO2にて培養し、2日または3日に1回培地交換を行った。
【0052】
播種から17日以上経過したCaco-2細胞を含むインサートウェルのapical側に1μg/mLのLPS、basal側に20ng/mLのIFN-γ、20ng/mLのTNF-α及び10ng/mLのIL-1βを刺激した。
【0053】
刺激から48時間後に細胞を嫌気条件下に移動し、OD600=1となるように調製した菌体サンプルをapical側に添加して刺激し、菌体刺激前及び刺激から3時間後のTEER(経上皮電気抵抗値)を測定した。統計的手法として、Dunnett検定を用いた。
【0054】
<結果>
図3に、刺激前の値を100%としたときの、菌体刺激後3時間時点のTEERの変化を示す。菌刺激無し(-)と比較して、ディアリスター・インビサス、ディアリスター・サクシナティフィラス、ディアリスター・ホミニスおよびディアリスター・プロピオニシファシエンスを添加して刺激した場合、いずれも刺激前からのTEERの低下を有意に抑制した。一方、バクテロイデス・ドレイの刺激では菌刺激無しと比較して有意な変化は見られなかった。以上より、ディアリスター属細菌の菌体が存在することで、TEERの低下を抑制する、すなわち腸管透過性の亢進を抑制することが示された。
【0055】
[実施例4 ディアリスター属細菌培養上清の腸管透過性への影響検証]
<方法>
実施例3と同様にして、ディアリスター・インビサス(JCM17566)、ディアリスター・サクシナティフィラス(JCM15077)、ディアリスター・ホミニス(JCM33369)またはディアリスター・プロピオニシファシエンス(JCM17568)を嫌気条件下で1%コハク酸を含有するGAM培地で培養した。また、比較対照としてバクテロイデス・ドレイ(JCM13471)を嫌気条件下で1%コハク酸を含有するGAM培地で培養した。
【0056】
培養液を回収してOD600を測定し、全ての培養液についてOD600=0.17となるよう1%コハク酸を含有するGAM培地で希釈した。希釈した培養液を遠心分離(1,500×g、10分)して上清を回収し、0.22μmのフィルターを通して菌体成分を除去し、培養上清サンプルを調製した。
【0057】
ヒト結腸癌由来細胞Caco-2を1.0×104個/mLとなるよう20%FBS、ペニシリン・ストレプトマイシンを含有するEMEM培地(Wako社製#055-08975、L-グルタミン、フェノールレッド、ピルビン酸ナトリウム、非必須アミノ酸、1,500mg/L 炭酸水素ナトリウム含有)に懸濁した。得られた細胞懸濁液200μLをインサートウェル(Falcon(登録商標)カルチャー インサート24ウェル用、ポアサイズ1.0μm)のapical側に播種し、basal側には700μLのEMEM培地を添加しCO2インキュベータ内で37℃、5%CO2にて培養し、2日または3日に1回培地交換を行った。
【0058】
播種から17日以上経過したCaco-2細胞を含むインサートウェルのapical側に1μg/mLのLPS、basal側に20ng/mLのIFN-γ、20ng/mLのTNF-α及び10ng/mLのIL-1βを添加して刺激した。刺激から24時間後に、上記で調製した培養上清サンプルをapical側に10%濃度となるよう添加して刺激した。培養上清刺激前及び刺激から24時間後のTEER(経上皮電気抵抗値)を測定した。統計的手法として、Dunnett検定を用いた。
【0059】
<結果>
図4に、刺激前の値を100%としたときの、培養上清刺激後24時間時点のTEERの変化を示す。培地刺激(1%コハク酸を含有するGAM培地)と比較して、ディアリスター・インビサス、ディアリスター・サクシナティフィラス、ディアリスター・ホミニス及びディアリスター・プロピオニシファシエンス培養上清刺激において高値のTEERを示し、特にディアリスター・インビサス、ディアリスター・サクシナティフィラス培養上清刺激では有意に高いTEERを示した。一方、バクテロイデス・ドレイ培養上清刺激では培地刺激と比較して有意な変化は見られなかった。以上より、ディアリスター属細菌の培養上清がTEERを上昇させることが示唆された。
【0060】
[実施例5 ディアリスター属培養上清分画サンプルの腸管透過性への影響検証]
<方法>
実施例3と同様にして、ディアリスター・インビサス(JCM17566)及びディアリスター・サクシナティフィラス(JCM15077)をそれぞれ嫌気条件下で1%コハク酸を含有するGAM培地で培養した。
【0061】
培養液を回収してOD600を測定し、全ての培養液についてOD600=0.17となるよう1%コハク酸を含有するGAM培地で希釈した。希釈した培養液を遠心分離(1,500×g、10分)して上清を回収し、回収した上清は0.22μmのフィルターを通して菌体成分を除去し、培養上清サンプルを調製した。
【0062】
得られた培養上清サンプルを、遠心式フィルター(Amicon Ultra、メルク社製)を用いて50 kDa未満、30 kDa未満、10 kDa未満、3 kDa未満の画分に分画し、培養上清分画サンプルを調製した。
【0063】
ヒト結腸癌由来細胞Caco-2を1.0×104個/mLとなるよう20%FBS、ペニシリン・ストレプトマイシンを含有するEMEM培地(Wako社製#055-08975、L-グルタミン、フェノールレッド、ピルビン酸ナトリウム、非必須アミノ酸、1,500mg/L 炭酸水素ナトリウム含有)に懸濁した。得られた細胞懸濁液200μLをインサートウェル(Falcon(登録商標)カルチャー インサート24ウェル用、ポアサイズ1.0μm)のapical側に播種し、basal側には700μLのEMEM培地を添加しCO2インキュベータ内で37℃、5%CO2にて培養し、2日または3日に1回培地交換を行った。
【0064】
播種から17日以上経過したCaco-2細胞を含むインサートウェルのapical側に1μg/mLのLPS、basal側に20ng/mLのIFN-γ、20ng/mLのTNF-α及び10ng/mLのIL-1βを添加して刺激した。刺激から24時間後に、上記で調製した培養上清分画サンプルをapical側に10%濃度となるよう添加して刺激した。培養上清刺激前及び刺激から24時間後のTEER(経上皮電気抵抗値)を測定した。統計的手法として、Dunnett検定を用いた。
【0065】
<結果>
図5及び図6に、刺激前の値を100%としたときの、培養上清分画サンプル刺激後24時間時点のTEERの変化を示す。ディアリスター・インビサス刺激では、培地刺激(1%コハク酸を含有するGAM培地)と比較して、50 kDa未満画分、30 kDa未満画分、10 kDa未満画分、3 kDa未満画分全てにおいて有意に高いTEERを示した(図5)。ディアリスター・サクシナティフィラス刺激でも同様に、培地刺激(1%コハク酸を含有するGAM培地)と比較して、50 kDa未満画分、30 kDa未満画分、10 kDa未満画分、3 kDa未満画分全てにおいて有意に高いTEERを示した(図6)。
【0066】
[実施例6 腸内細菌叢データと過敏性腸症候群(IBS)との関連性]
<方法>
腸内細菌叢データは既報に従って取得した(Hosomi et al Sci Rep 7(1):4339, 2017;Mohsen et al BMC Bioinformatics 20(1):581, 2019)。具体的には、ヒト被験者の便から核酸自動抽出器(PI-80X、クラボウ)を使用してDNAを抽出し、イルミナ社のMiseqでシーケンスを行い、SILVAデータベースを参照し、Qiime1 pipelineで解析して腸内細菌叢データを得た。
【0067】
次いで、IBS判定モデルの構築に供する腸内細菌叢データの絞り込みを行った。スチューデントT検定(両側検定、非等分散の2標本)を用いて、IBSのROME IV診断基準にて診断されたIBS患者24名とIBS患者ではない対照者43名の群で腸内細菌叢データを比較し、p値が0.15未満となる腸内細菌(属)を選定した。
【0068】
次に、上記で選定した腸内細菌を用いてIBS判定モデルを構築した。予測アルゴリズムはランダムフォレストを用い、訓練データとしてIBS患者24名とIBS患者ではない対照者43名からランダムにIBS患者20名と対照者35名を選定して判定モデルを作成し、残りのIBS患者4名と対照者8名をテストデータとして判定モデルの精度を評価した。
【0069】
評価方法は、予測モデルの感度 (sensitivity)および特異度 (specificity)を用いてROC(Receiver Operating Characteristic)曲線を作成し、AUC(Area Under the Curve)を基準とした。訓練データ、テストデータをランダムに作成する過程から判定モデルを評価するまでの過程を10回繰り返して検討した。また、本判定モデルにおけるIBS特徴量を抽出した。
【0070】
<結果>
上記群間比較の結果、以下の29属の腸内細菌が選定された。下記の番号は選定された細菌をp値が小さい順に付与したものである。
1 パラバクテロイデス(Parabacteroides)属細菌、
2 ペプトストレプトコッカス(Peptostreptococcus)属細菌、
3 パラステレラ(Parasutterella)属細菌、
4 バクテロイデス(Bacteroides)属細菌、
5 ルミノコッカス科(Ruminococcaceae)細菌UCG.009、
6 ロゼブリア(Roseburia)属細菌、
7 ホルデマネラ(Holdemanella)属細菌、
8 シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、
9 エシェリキア・シゲラ(Escherichia.Shigella)属細菌、
10 クレブシエラ(Klebsiella)属細菌、
11 バシラス(Bacillus)属細菌、
12 カンピロバクター(Campylobacter)属細菌、
13 グラニュリカテラ(Granulicatella)属細菌、
14 パピリバクター(Papillibacter)属細菌、
15 コプロコッカス(Coprococcus)属細菌2、
16 ミツオケラ(Mitsuokella)属細菌、
17 アトポビウム(Atopobium)属細菌、
18 ラクノスピラ科(Lachnospiraceae)細菌FE2018グループ、
19 フラボバクテリウム科(Flavobacteriaceae)細菌、
20 ユーバクテリウム(Eubacterium)属細菌エリゲンス(eligens)、
21 ディアリスター(Dialister)属細菌、
22 オドリバクター(Odoribacter)属細菌、
23 ラクトバシラス(Lactobacillus)属細菌、
24 ラクノスピラ科(Lachnospiraceae)細菌UCG.004、
25 クロストリジウム目ファミリーXIII(Clostridiales.Family.XIII)UCG.001、
26 ペプトクロストリジウム(Peptoclostridium)属細菌、
27 ホルデマニア(Holdemania)属細菌、
28 クロアチバチルス(Cloacibacillus)属細菌、
29 アナエロツルンカス(Anaerotruncus)属細菌。
表1及び表2に、上記細菌の詳細な帰属と群間比較の統計解析結果を示す。
【0071】
【表1】
【0072】
【表2】
【0073】
ランダムフォレストを用いた判定モデルでの10回のテストデータの AUCは、0.875、0.750、0.728、0.812、0.688、0.812、0.750、0.750、0.750、0.812であり、平均値0.773、標準偏差0.054、標準誤差0.017であった。この中で、AUCが最も高かったモデルとして、テストデータのAUCが0.875、感度100%、特異度75%となるIBS判定モデルを構築できた(図7)。
【0074】
更に、IBS特徴量として、IBS判定モデルの予測精度への寄与度が高かった腸内細菌として以下の20属が抽出された。下記の番号は抽出された細菌を重要度(Importance)が高い順に付与したものである。
(1)パラバクテロイデス(Parabacteroides)属細菌、
(2)バクテロイデス(Bacteroides)属細菌、
(3)エシェリキア・シゲラ(Escherichia.Shigella)属細菌、
(4)オドリバクター(Odoribacter)属細菌、
(5)ロゼブリア(Roseburia)属細菌、
(6)ラクノスピラ科(Lachnospiraceae)細菌UCG.004、
(7)アナエロツルンカス(Anaerotruncus)属細菌、
(8)ディアリスター(Dialister)属細菌、
(9)ルミノコッカス科(Ruminococcaceae)細菌UCG.009、
(10)パラステレラ(Parasutterella)属細菌、
(11)ラクトバシラス(Lactobacillus)属細菌、
(12)ユーバクテリウム(Eubacterium)属細菌eligens、
(13)ペプトクロストリジウム(Peptoclostridium)属細菌、
(14)ホルデマニア(Holdemania)属細菌、
(15)クロストリジウム目ファミリーXIII(Clostridiales.Family.XIII)UCG.001、
(16)ホルデマネラ(Holdemanella)属細菌、
(17)バシラス(Bacillus)属細菌、
(18)ペプトストレプトコッカス(Peptostreptococcus)属細菌、
(19)クレブシエラ(Klebsiella)属細菌、
(20)ミツオケラ(Mitsuokella)属細菌。
表3に、上記細菌の詳細な帰属を示す。
【0075】
【表3】
【0076】
本実施例により、ヒト腸内細菌叢データ、具体的には群間比較で絞り込んだ29属の腸内細菌、より好適にはIBS特徴量として抽出された20属の腸内細菌がIBSのバイオマーカーとして有用であることが示され、更にこれらの腸内細菌がIBSの発症や症状と関連していることが示唆される。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明により、腸管透過性を抑制し、それによって腸管透過性亢進に起因する疾患または状態を抑制することができる。また、本発明により、IBSの罹患可能性をより高精度に予測して、発症予防や早期の治療につなげることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7