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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023137816
(43)【公開日】2023-09-29
(54)【発明の名称】生体モデル
(51)【国際特許分類】
   B32B 9/02 20060101AFI20230922BHJP
   C08L 89/00 20060101ALI20230922BHJP
   C08L 91/00 20060101ALI20230922BHJP
   C08L 63/00 20060101ALI20230922BHJP
【FI】
B32B9/02
C08L89/00
C08L91/00
C08L63/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022044199
(22)【出願日】2022-03-18
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
(71)【出願人】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】土屋 和彦
(72)【発明者】
【氏名】永川 栄泰
(72)【発明者】
【氏名】柚木 俊二
【テーマコード(参考)】
4F100
4J002
【Fターム(参考)】
4F100AJ09A
4F100AJ09B
4F100AJ09C
4F100BA02
4F100BA03
4F100BA10A
4F100BA10B
4F100BA14
4F100EJ05A
4F100EJ05B
4F100EJ05C
4F100GB71
4F100JA07
4F100JB06
4F100JD14
4F100YY00A
4F100YY00B
4F100YY00C
4J002AD03W
4J002AE05X
4J002CD01Y
4J002FD14Y
4J002GT00
(57)【要約】
【課題】ヒト爪甲の性質の再現性に優れる生体モデルの提供。
【解決手段】ケラチン及び脂質を含み、かつ脂質の含有率が異なる複数の層が積層した構造を有し、前記ケラチンの一部が架橋分子によって架橋されている、生体モデル。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケラチン及び脂質を含み、かつ脂質の含有率が異なる複数の層が積層した構造を有し、
前記ケラチンの一部が架橋分子によって架橋されている、生体モデル。
【請求項2】
前記複数の層の脂質の含有率がそれぞれ0.1質量%~30質量%から選択される、請求項1に記載の生体モデル。
【請求項3】
前記脂質がコレステリック液晶化合物を含む、請求項1又は請求項2に記載の生体モデル。
【請求項4】
前記架橋分子がオキシエチレン構造を含む、請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の生体モデル。
【請求項5】
前記架橋分子がオキシエチレン構造と炭化水素構造とを含む、請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の生体モデル。
【請求項6】
前記複数の層が積層した構造は層A、層B及び層Cをこの順に含み、層Bの脂質の含有率が層A及び層Cの脂質の含有率よりも低い、請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の生体モデル。
【請求項7】
層Bの脂質の含有率と、層A又は層Cの脂質の含有率のうち低い方の値との差が2質量%以上である、請求項6に記載の生体モデル。
【請求項8】
全体の厚みが2mm以下である、請求項1~請求項7のいずれか1項に記載の生体モデル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、生体モデルに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、マニキュアや爪塗料等の爪用化粧品の市場が拡大している(例えば、非特許文献1参照。)爪用化粧品の開発現場では、ヒト爪甲及び遊離爪が古くから用いられている。しかしながら、特にヒト爪甲は、入手が困難であることに加え倫理的問題及び量産性の点から代替品が検討され、ヒト爪甲の代替品として牛蹄が評価素材として用いられている(例えば、非特許文献2参照。)。
近年、動物愛護の点から、化粧品開発において、動物を用いたin vivo及びin vitro評価を行うのが困難な傾向にあり、動物由来の評価材料の代わりとして、生体疑似モデル(いわゆる、生体モデル)を用いた評価が注目されている。
【0003】
例えば、ポリアクリルアミド化合物と重合剤からなるヒト爪の形状した爪モデル(特許文献1参照。)、樹脂で足の模型を作製しその一部に爪の形状物を有したもの(例えば、許文献2参照。)、ヒト爪の3次元データを取得し3Dプリンタにより爪モデルを作製する技術(例えば、特許文献3参照)、及びネイルの施術練習用の爪モデル(例えば、特許文献4参照。)等が挙げられる
【0004】
ヒト爪に化学的組成を近似させることにより、ヒト爪甲モデルのみならず毛髪をも含んだモデルが提唱されている(例えば、特許文献5及び6、並びに、非特許文献3~7参照。)。具体的には、ヒト爪甲と同様の分子構造を有するケラチンを、分子構造を変性させることなくヒト毛髪や羊毛等から抽出し、様々な工程を経てフィルムを形成させ、工程としては、グリセロールを可塑剤として添加し110℃の乾燥処理をしてシステイン結合を再生しフィルムを作製する方法(例えば、非特許文献3~5参照。)、各種塩類を添加した展開液にケラチン抽出液を混合し、形成された析出物を洗浄・乾燥してフィルムを得る方法(例えば、非特許文献6参照。)、プレキャスト法及びポストキャスト法によりフィルムを作製する方法(例えば、非特許文献7及び特許文献5参照)、等が挙げられる。
【0005】
また、例えば、羊毛等からケラチンを抽出しポリエチレングリコールを混合した後にフィルム形成させる方法(例えば、特許文献7参照。)、羊毛を100%チオグリコール酸に溶解後に成膜・乾燥し、チオグリコール酸を揮散させた後、フィルムを非加熱下に水で洗浄してフィルム中の残存チオグリコール酸を除去しケラチンのみからなるフィルムを得る方法(例えば、特許文献8参照。)、水酸化ナトリウム水溶液により毛髪からケラチン抽出物を得て、そこに物性改善剤(カルボキシメチルセルロースナトリウム塩、アルギン酸ナトリウム塩、ポリビニルアルコール等)を諸々添加してフィルム及び任意の成形体を作製する方法(例えば、特許文献9参照。)等が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2020-152793号公報
【特許文献2】特開2019-133103号公報
【特許文献3】特開2017-113176号公報
【特許文献4】実用新案登録第3168569号公報
【特許文献5】特開2017-72397号公報
【特許文献6】特開2002-332357号公報
【特許文献7】特開2011-207858号公報
【特許文献8】特開平4-91138号公報
【特許文献9】特開2016-121271号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Update on nail cosmetics, Dermatologic Therapy, 25, 481-490 (2012)
【非特許文献2】Nail swelling as a pre-formulation screen for the selection and optimisation of ungual penetration enhancers, Pharm. Res. 24 (2007) 2207-2212.
【非特許文献3】Keratin film made of human hair as a nail plate model for studying drug permeation, Euro. J. Pharma. Biopharma., 78, 432-440 (2011)
【非特許文献4】Physicochemical investigations of native nails and synthetic models for a better understanding of surface adhesion of nail lacquers, Euro. J. Pharma. Sci., 131 208-217 (2019)
【非特許文献5】Infected nail plate model made of human hair keratin for evaluating the efficacy of different topical antifungal formulations against Trichophyton rubrum in vitro, Euro. J. Pharma. Biopharma., 84, 599-605 (2013)
【非特許文献6】Preparation of Translucent and Flexible Human Hair Protein Films and Their Properties, Biol. Pharm. Bull., 27(9) 1433-1436 (2004)
【非特許文献7】Convenient Procedures for Human Hair Protein Films and Properties of Alkaline Phosphatase Incorporated in the Film, Biol. Pharm. Bull., 27(1), 89-93 (2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ヒト爪甲を模した生体モデルは、ヒト爪甲の持つ性質の再現性に優れていることが重要である。例えば、ヒト爪甲は親水性物質及び親油性物質の両方に対する透過性、吸収した水分を保持する性質(保水性)等を備えている。さらに、ヒト爪甲は特有の力学的特性(剛性など)を備えている。
これまで提案されてきた生体モデルは、ヒト爪甲の性質の再現性に依然として改善の余地がある。
そこで本開示は、ヒト爪甲の性質の再現性に優れる生体モデルを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための具体的手段には、以下の態様が含まれる。
<1>ケラチン及び脂質を含み、かつ脂質の含有率が異なる複数の層が積層した構造を有し、前記ケラチンの一部が架橋分子によって架橋されている、生体モデル。
<2>前記複数の層の脂質の含有率がそれぞれ0.1質量%~30質量%から選択される、<1>に記載の生体モデル。
<3>前記脂質がコレステリック液晶化合物を含む、<1>又は<2>に記載の生体モデル。
<4>前記架橋分子がオキシエチレン構造を含む、<1>~<3>のいずれか1項に記載の生体モデル。
<5>前記架橋分子がオキシエチレン構造と炭化水素構造とを含む、<1>~<4>のいずれか1項に記載の生体モデル。
<6>前記複数の層が積層した構造は層A、層B及び層Cをこの順に含み、層Bの脂質の含有率が層A及び層Cの脂質の含有率よりも低い、<1>~<5>のいずれか1項に記載の生体モデル。
<7>層Bの脂質の含有率と、層A又は層Cの脂質の含有率のうち低い方の値との差が2質量%以上である、<6>に記載の生体モデル。
<8>全体の厚みが2mm以下である、<1>~<7>のいずれか1項に記載の生体モデル。
【発明の効果】
【0010】
本開示に係る一実施形態によれば、ヒト爪甲の性質の再現性に優れる生体モデルが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例で実施した赤外分光分析結果を示すグラフである。
図2】実施例で実施した曲げ応力の測定結果を示すグラフである。
図3】実施例で実施した曲げひずみの測定結果を示すグラフである。
図4】実施例で実施した浸透性試験に使用する冶具の概略構成図である。
図5】実施例で実施した親水性物質の浸透性試験の結果を示す写真である。
図6】実施例で実施した親油性物質の浸透性試験の結果を示す写真である。
図7】実施例で実施した接触角の測定結果を示すグラフである。
図8】実施例で実施した曲げ応力の測定結果を示すグラフである。
図9】実施例で実施した曲げ応力の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下において、本開示に係る内容について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、本開示に係る代表的な実施態様に基づいてなされることがあるが、本開示はそのような実施態様に限定されるものではない。
本開示において、「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を意味する。本開示に段階的に記載されている数値範囲において、ある数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。また、本開示に記載されている数値範囲において、ある数値範囲で記載された上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本開示において、2以上の好ましい態様の組み合わせは、より好ましい態様である。
【0013】
本開示において、組成物中の各成分の量は、組成物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合は、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。
【0014】
本開示に係る生体モデルは
ケラチン及び脂質を含み、かつ脂質の含有率が異なる複数の層が積層した構造を有し、前記ケラチンの一部が架橋分子によって架橋されている、生体モデルである。
上記構成の生体モデルは、ヒト爪甲の性質の再現性に優れている。その理由は、例えば、下記のように考えられる。
【0015】
生体モデルに含まれるケラチンは親水性の高分子化合物であるため、ケラチンを基材とした生体モデルは親水性物質に対して良好な透過性を示すが、親油性物質に対する透過性をほとんど示さない。本開示の生体モデルはケラチンとともに脂質を含む。このため、本開示の生体モデルは親水性物質及び親油性物質の両方に対する透過性を備えている。
さらに、ヒト爪甲は吸収した水分を保持する性質(保水性)を備えている。この性質は、内部よりも表面付近の親油性が高いために水分の蒸発が抑制されるというヒト爪甲の構造に由来しているものと考えられる。本開示の生体モデルは、脂質の含有率が異なる複数の層を有する。このため、脂質の含有率が相対的に低い層に吸収された水分の蒸散が脂質の含有率が相対的に高い層によって抑制され、ヒト爪甲のもつ保水性を良好に再現することができる。
さらに、ヒト爪甲の力学的特性は一定ではなく、周辺環境の湿度、化粧品の塗布等の影響を受けて変化する。本開示の生体モデルは、脂質の含有率が異なる複数の層を有し、かつ、ケラチンの一部が架橋分子によって架橋されている。このため、ヒト爪甲の力学的特性及びその変化の再現性に優れている。
【0016】
生体モデルは、ケラチン及び脂質を含み、脂質の含有率が異なる複数の層が積層した構造(以下、積層構造ともいう)を有する。
積層構造に含まれる層の数は、2以上であれば特に制限されない。
ヒト爪甲の性質の再現性の観点からは、積層構造に含まれる層の数は3であることが好ましく、積層構造が層A、層B及び層Cをこの順に含み、層Bの脂質の含有率が、層A及び層Cの脂質の含有率よりも低いことがより好ましい。この場合、層Aの脂質の含有率と層Cの脂質の含有率とは同じであっても異なっていてもよい。
層Bの脂質の含有率と、層A又は層Cの脂質の含有率のうち低い方の値との差は特に制限されないが、2質量%以上であることが好ましい。
【0017】
積層構造に含まれる各層の脂質の含有率は、例えば、各層全体の0.1質量%~30質量%の範囲からそれぞれ選択できる。
積層構造が層A、層B及び層Cをこの順に含む場合、層A及び層Cの脂質の含有率は、例えば、3質量%~30質量%の範囲から選択でき、層Bの脂質の含有率は、例えば、0.1質量%~10質量%の範囲から選択できる。
【0018】
積層構造に含まれる各層の厚みは、特に制限されない。
ヒト爪甲の性質の再現性の観点からは、積層構造が層A、層B及び層Cをこの順に含み、層A及び層Cの厚みが層Bの厚みよりも小さいことがより好ましい。この場合、層Aの厚みと層Cの厚みとは同じであっても異なっていてもよい。
【0019】
生体モデルの全体の厚みは、特に制限されない。例えば、2mm以下であってもよく、1mm以下であってもよい。生体モデルの全体の厚みは0.5mm以上であってもよい。
【0020】
本開示の生体モデルでは、ケラチンの一部が架橋分子によって架橋されている。
ケラチンの一部が架橋分子によって架橋されていることで、ヒト爪甲により近い力学的特性の再現が可能になる。
さらに、架橋分子の密度、架橋分子の分子構造等を選択することで、生体モデルの各種物性を調節することができる。
【0021】
生体モデルの親水性を高める観点からは、架橋分子は親水性の分子構造を含んでもよい。親水性の分子構造としては、オキシエチレン構造が挙げられる。
本開示においてオキシエチレン構造とは、-[O-C-で表される分子構造である。nは1であっても2以上の数(すなわち、ポリオキシエチレン構造)であってもよい。
【0022】
生体モデルの親水化に伴う力学的特性の変化を抑制する観点からは、架橋分子は親油性の分子構造を含んでいてもよい。親油性の分子構造としては、アルキレン基のような炭化水素構造が挙げられる。
生体モデルは、親水性の分子構造を含む架橋分子と親油性の分子構造を持つ架橋分子の両方を含んでいてもよい。
【0023】
生体モデルに含まれる架橋分子の含有率は特に制限されず、生体モデルの所望の物性に応じて選択できる。
例えば、架橋分子の含有率は生体モデル全体の1質量%~30質量%の範囲内から選択してもよい。
生体モデルを構成する複数の層にそれぞれ含まれる架橋分子の含有率は、同じであっても異なっていてもよい。
【0024】
ケラチンの一部が架橋分子によって架橋された構造は、例えば、ケラチンと架橋剤とを反応させて形成することができる。
架橋剤としては、ケラチンとの反応部位を2個以上もつ化合物を特に制限なく用いることができる。
ケラチンとの反応部位としては、エポキシ基、ホルミル基、NHSエステル基、スルホNHSエステル基、マレイミド基等の、ケラチンの持つ官能基と反応する官能基が挙げられる。
【0025】
架橋剤として具体的には、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、グルタルアルデヒド、ビス(NHS)ポリエチレングリコール等が挙げられる。
架橋剤は1種のみを用いても2種以上を併用してもよい。例えば、エチレングリコールジグリシジルエーテルのような親水性の分子構造を含む架橋剤とグルタルアルデヒドのような親油性の分子構造を持つ架橋剤とを併用してもよい。
【0026】
生体モデルは、積層構造を構成するすべての層においてケラチンの一部が架橋分子によって架橋されていても、一部の層においてケラチンの一部が架橋分子によって架橋されていてもよい。
【0027】
<ケラチン>
本開示に係る生体モデルは、ケラチンを含む。
ケラチンの原料としては、特に制限はなく、毛、皮膚、ひずめ、角、鱗、爪等が挙げられる。これらの中でも、ケラチンの原料としては、毛が好ましい。
毛としては、人毛及び獣毛が挙げられ、獣毛としては、羊、鳥等の毛が挙げられる。
【0028】
生体モデルの内部における透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、ケラチンとしては、人毛由来のケラチン又は羊毛由来のケラチンであることが好ましく、羊毛由来のケラチンであることがより好ましい。
【0029】
透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、ケラチンとしては、水溶性ケラチンであることが好ましい。
本明細書において、水溶性とは、25℃における水に対して、ケラチンが1質量%以上溶解することを意味する。
水溶性ケラチンを得る方法としては、ケラチンを水溶化する公知の方法を用いることができ、具体的には、ケラチン分子間及び分子内に存在する水素結合(>NH…0=C<)及びS-S結合を切断する方法であれば特に限定されない。
上記結合の切断は、例えば、酸化剤、還元剤、酵素等により結合を切断してもよい。
生体中に存在時の構造を保持したケラチンがより得られやすいという観点から、水溶性ケラチンを得る方法は、酸化又は還元処理を含むことが好ましく、還元処理を含むことがより好ましい。
さらに、安価で、簡便な抽出方法で水溶性ケラチンが得られやすいという観点から、酸化又は還元処理が好ましく、ケラチンの特長であるS-S結合の再生可能という観点から、還元処理を含むことがより好ましい。
【0030】
酸化処理に用いられる酸化剤としては、例えば、過酢酸、過ギ酸等が挙げられる。
還元処理に用いられる還元剤としては、ジスルフィド結合(S-S結合)用還元剤が好適に用いることができ、具体的には、例えば、ジチオトレイトール、グルタチオン、チオグリコール酸、ホスフィン化合物等が挙げられる。還元剤の中でも、ハンドリングが容易な点から、ホスフィン化合物が好ましく、トリアルキホスフィンがより好ましい。
【0031】
また、水溶性ケラチンを得る方法において、水素結合の切断をより促進する観点から、上記還元剤と合わせて、カオトロピック剤(変性剤)を用いることが好ましい。
カオトロピック剤としては、尿素、ホルムアミド、グアニジン塩等が挙げられる。これらの中でも尿素及びチオ尿素が好ましい。
上記の酸化又は還元処理において、尿素等のカオトロピック剤を併用することで、ケラチン分子間の水素結合が切断されやすくなりケラチンの水溶性を促進することができる。
【0032】
水溶性ケラチンを得る方法において、熱処理を更に行ってもよい。熱処理の温度としては、ケラチンが変性しない温度であれば、適宜設定することができる。
【0033】
水溶性ケラチンを得る方法におけるpHとしては、適宜設定することができ、例えば、pH8~pH10であることが好ましい。
【0034】
水溶性ケラチンを得る方法において、上記酸化処理又は還元処理の前に、ケラチンを前処理することを含んでいてもよい。
ケラチンの前処理としては、中性洗剤を用いた洗浄、水洗、及び風乾を行うことが好ましい。また、必要により、ケラチンを裁断又は粉砕してもよい。
【0035】
ケラチンの分子量は、特に制限されない。
ケラチンの分子量は、上述した水溶性ケラチンの作製条件等によって調節してもよい。例えば、還元処理により得られた水溶性ケラチンの分子量としては、20kDa~100kDaであることが好ましく、40kDa~60kDaであることがより好ましい。
ケラチンの分子量は、SDS-PAGE(SDS-ポリアミドゲル電気泳動)により求められる。
【0036】
生体モデルに含まれるケラチンの含有率は、特に制限されない。
ヒト爪甲の性質の再現性の観点からは、ケラチンの含有率は生体モデル全体の60質量%以上であることが好ましく、70質量%以上であることがより好ましく、80質量%以上であることがさらに好ましい。
脂質等の他の成分とのバランスの観点からは、ケラチンの含有率は生体モデル全体の99質量%以下であることが好ましく、95質量%以下であることがより好ましい。
生体モデル用に含まれるケラチンは、1種のみでも2種以上であってもよい。
【0037】
<脂質>
本開示に係る生体モデルは、脂質を含む。脂質としては、例えば、脂肪酸及びそのエステル化合物、リン脂質及び糖脂質などが挙げられる。
脂肪酸及びそのエステル化合物としては、例えば、飽和脂肪酸、及び不飽和脂肪酸並びにこれらのエステル化合物が挙げられる。
リン脂質としては、例えば、ホスファチジン酸、ビスホファチジン酸、レシチン(ホスファチジルコリン)、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルメチルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセリン、ジホスファチジルグリセリン(カルジオリピン)等のグリセロリン脂質などが挙げられる。
糖脂質としては、例えば、グルコシルセラミド、ガラクトシルセラミド等のスフィンゴ糖脂質などが挙げられる。
【0038】
生体モデルは脂質として脂肪酸エステル化合物を含むことが好ましい。親水性物質及び親油性物質の透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点からは、生体モデルは脂質として液晶化合物を含むことがより好ましく、液晶化合物であることが更に好ましい。
【0039】
液晶化合物とは、液晶構造を有する化合物を意味する。液晶とは、結晶状態と液体状態との中間の状態であり、分子配向は何らかの秩序を保っているものの、結晶状態と比べて、3次元的な位置の秩序を失った状態を示す。
液晶(すなわち、液晶構造)の確認には、X線回折を用いることができる。液晶はその構造の配列からネマティック相、コレステリック相、スメクティック相等に分けられ、それぞれの構造に特有のX線回折パターンを得られる。従って、得られたX線回折パターンから液晶構造の確認が可能である。
【0040】
脂質が液晶化合物である場合、親水性物質及び親油性物質の透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点からは、室温(25℃)付近で液晶構造を有する化合物であることが好ましい。
脂質が室温付近で液晶構造を有することにより、後述するケラチンとの相溶性が向上し、親水性物質及び親油性物質の透過チャネルの形成を更に促進させることができる。
本明細書において「室温付近」とは、本開示の技術が属する技術分野で一般的に許容される誤差であり、かつ、本開示の技術の趣旨を逸脱しない範囲内の誤差(℃)±30℃の範囲の温度を示し、好ましくは、25±25℃の範囲のいずれかの温度である。
【0041】
液晶化合物としては、ネマティック構造、スメティック構造、コレステリック構造及びディスコティック構造等を形成する液晶化合物が挙げられる。
親水性物質及び親油性物質の透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点からは、コレステリック構造を形成可能な液晶化合物(コレステリック液晶化合物)であることがより好ましく、下記一般式(1)で表される化合物であることが更に好ましい。
【0042】
本明細書において、コレステリック構造とは、棒状液晶分子又は円盤状液晶分子が螺旋状に配列された構造(相状態)のことを意味する。
コレステリック液晶化合物の形状は、特に制限はなく、棒状コレステリック液晶化合物、円盤状コレステリック液晶化合物等が挙げられる。
【0043】
【化2】
【0044】
一般式(1)中、Lは、単結合、-O(C=O)-、又は、-O(C=O)O-を表し、Rは1価の置換基又は水素原子を表す。
【0045】
1価の置換基としては、ハロゲン原子、又は、脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基若しくはこれらの組み合わせにより表される基が挙げられる。脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基又はこれらの組み合わせにより表される基は、置換基を有していてもよい。置換基としては、ハロゲン原子、カルボキシ基、及び、アルコキシ基が挙げられる。
ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、及びヨウ素原子等が挙げられる。これらの中でも、ハロゲン原子としては、塩素原子又は臭素原子であることが好ましい。
【0046】
脂肪族炭化水素基は、飽和脂肪族炭化水素基であってもよいし、不飽和脂肪族炭化水素基であってもよい。また、脂肪族炭化水素基は、直鎖又は分岐鎖の脂肪族炭化水素基であってもよい。
上記不飽和脂肪族炭化水素基が含む不飽和結合の数は、1つであってもよいし、2以上であってもよい。不飽和結合の数が2以上である場合、二重結合のみであってもよいし、三重結合のみであってもよいし、これらの結合が混在していてもよい。透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、不飽和脂肪族炭化水素基としては、不飽和二重結合を有する不飽和脂肪族炭化水素基であることが好ましい。また、不飽和二重結合の数としては、1~3であることが好ましく、1又は2であることがより好ましく、1であることが更に好ましい。
【0047】
芳香族炭化水素基としては、例えば、置換又は非置換のフェニル基及び置換又は非置換のアラルキル基が挙げられる。
アラルキル基としては、例えば、置換又は非置換のフェニルアルキル基(ただし、ベンジル基を除く。)及び置換又は非置換のベンジル基が挙げられ、置換又は非置換のベンジル基が好ましい。
【0048】
透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、脂肪族炭化水素基としては、置換若しくは無置換の炭素数1~20の脂肪族炭化水素基又は置換若しくは無置換の炭素数6~20の芳香族炭化水素基であることが好ましく、無置換の炭素数1~20の飽和脂肪族炭化水素基又は無置換の炭素数10~20の不飽和脂肪族炭化水素基であることがより好ましく、無置換の炭素数12~18の不飽和炭化水素基であることが更に好ましく、不飽和二重結合の数が1~3(好ましくは1又は2、更に好ましくは1)である無置換の炭素数12~18の不飽和炭化水素基であることが特に好ましい。
【0049】
透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、一般式(1)で表される化合物は、一般式(1A)で表される化合物であることがより好ましい。
【0050】
【化3】

【0051】
一般式(1A)中、Rは脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基又はこれらの組み合わせにより表される基を表す。
で表される脂肪族炭化水素基及び芳香族炭化水素基としては、上述の脂肪族炭化水素基及び芳香族炭化水素基と同義であり、好ましい態様も同様である。
透過性及び浸透の均一性に優れる観点から、Rとしては、脂肪族炭化水素基であることが好ましく、無置換の炭素数1~20の脂肪族炭化水素基であることがより好ましく、無置換の炭素数1~20の飽和脂肪族炭化水素基又は炭素数10~20の不飽和脂肪族炭化水素基であることが更に好ましく、不飽和二重結合の数が1~3(好ましくは1又は2、更に好ましくは1)である無置換の炭素数12~18の不飽和炭化水素基であることが特に好ましい。
【0052】
以下、一般式(1)で表される化合物の具体例を以下に示すが、本開示はこれらの具体例に限られるものではない。
【0053】
【化4】

【0054】
【化5】

【0055】
【化6】

【0056】
【化7】

【0057】
【化8】

【0058】
【化9】

【0059】
生体モデル用に含まれる脂質は、1種のみでも2種以上であってもよい。
【0060】
生体モデルに含まれる脂質は、液晶化合物と液晶構造を有さない化合物(非液晶化合物)とを含んでいてもよい。透過チャネルの形成を促進させ、又、浸透の均一性に優れる観点から、非液晶化合物の含有率としては、脂質全体の10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましく、0質量%又は1質量%以下であることが更に好ましい。
【0061】
<その他の成分>
生体モデルは、ケラチン、脂質及び架橋分子以外の成分(その他の成分)を更に含んでいてもよい。
その他の成分としては、無機物質、賦形剤、安定化剤等が挙げられる。
生体モデルがその他の成分を含む場合、その含有率は、生体モデルの全質量に対して10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましく、0質量%又は1質量%以下であることが更に好ましい。
【0062】
<生体モデルの製造方法>
生体モデルは、例えば、脂質の含有率が異なる複数の層をそれぞれ作製し、貼り合わせることで作製することができる。複数の層の貼り合わせは、熱及び圧力を加えることで行ってもよい。
ケラチン及び脂質を含み、かつ脂質の含有率が異なる複数の層からなる積層構造は、例えば、ケラチン及び脂質を含み、脂質の含有率が異なる複数の組成物をそれぞれ成形し、これらを貼り合わせて製造できる。
【0063】
ケラチンの一部が架橋分子で架橋された構造は、例えば、ケラチンを含む溶液に架橋剤を添加して形成することができる。あるいは、ケラチンを含む成形物に架橋剤を浸透させて形成することができる。
【0064】
生体モデルの形状は特に制限されず、用途に応じて選択できる。
生体モデルは、例えば、板状又はフィルム状であってもよい。生体モデルが板状又はフィルム状である場合の厚みは特に制限されず、例えば、0.5mm~2mmの範囲内から選択できる。
【実施例0065】
以下、実施例により本開示を詳細に説明するが、本開示はその主旨を越えない限り、本開示はこれらに制限されるものではない。なお、特に断りのない限り、「部」、「%」は質量基準である。
【0066】
<実施例1>
5質量%の脂質と10質量%の架橋分子を含むケラチンフィルムA、1質量%の脂質と10質量%の架橋分子を含むケラチンフィルムB、及び10質量%の脂質と10質量%の架橋分子を含むケラチンフィルムCがこの順に積層した構造を持つケラチンフィルム積層体を下記の手順で作製した。
【0067】
(1)ケラチンフィルム形成用組成物の調製
尿素600質量部、チオ尿素396質量部、トリス(3-ヒドロキシプロピル)ホスフィン36.5質量%~38.4質量%水溶液(商品名;ヒシコーリンP540、日本化学工業(株))280質量部、及びトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン塩酸塩6.16質量部にイオン交換水600mLを添加し溶解させた。その後、全量を2Lにメスアップした。さらに、1N(mol/L、以下同じ。)塩酸水溶液を用いてpHを8.5に調整することにより抽出溶液を得た。
100%ウール(商品名;カナディアン3S、ハマナカ(株))28質量部を、抽出溶液530mLに添加した。その後、50℃、4日間で加熱攪拌し、還元ケラチンの抽出処理を行った。抽出終了後、得られた粗抽出液から遠心分離(17,000rpm(revolutions per minute、以下同じ)、30分、25℃)により残渣を除去した。さらに、透析チューブ(製品名:Spectra Por7、MWCO 8kDa、REPLIGEN社製))を用いて、2Lのイオン交換水、次いで10Lのイオン交換水で3日間透析した。その後、析出した不溶物を遠心分離(17,000rpm、30分、25℃)により除去し、溶液濃度25.8mg/mLの還元ケラチン抽出液(水溶性ケラチン)658mLを得た。
得られた抽出液中のケラチン分子量をSDS-PAGEで測定した結果、40kDa~60kDaであった。得られた還元ケラチン抽出液のケラチン濃度は、1mLの還元ケラチン抽出液から溶剤を乾燥除去した後の残渣量をもとに算出した。
【0068】
(2)ケラチンフィルムBの作製
(1)で得られた還元ケラチン抽出液407mL(ケラチン濃度28.9mg/mL)に、架橋剤としてエチレングリコールジグリシジルエーテル(EGDE)1.17gを加え、20~25℃で8時間攪拌して混合物を得た。得られた混合物から120mLを採取し、脂質成分として、濃度10mg/mLのコレステロールオレイルカルボナート(一般式(1)中、Lが-O(C=O)-であり、Rが、飽和二重結合の数が1である無置換の炭素数18の不飽和炭化水素基であるコレステロールエステル)のエタノール溶液4.46mLを添加した。その後、30分間、60℃の湯浴中で攪拌してケラチンフィルム形成用組成物を得た。
得られた組成物40mLを4等分し、直径5.5cmのポリスチレン製シャーレに注ぎ、乾燥する工程を4回行った。次いで、25℃、相対湿度50%で乾固まで乾燥して、ケラチンフィルムを作製した。得られたケラチンフィルムの中心部分の膜厚は620μmであった。
【0069】
(3)ケラチンフィルムAの作製
混合物に添加するコレステロールオレイルカルボナートのエタノール溶液の量を変更したこと以外は上記と同様にして組成物を調製し、得られた組成物20mLを直径5.5cmのポリスチレン製シャーレに注ぎ、25℃、相対湿度50%で乾固まで乾燥して、ケラチンフィルムを作製した。得られたケラチンフィルムの中心部分の膜厚は260μmであった。
【0070】
(4)ケラチンフィルムCの作製
混合物に添加するコレステロールオレイルカルボナートのエタノール溶液の量を変更したこと以外は上記と同様にして組成物を調製し、得られた組成物15mLを直径5.5cmのポリスチレン製シャーレに注ぎ、25℃、相対湿度50%で乾固まで乾燥して、ケラチンフィルムを作製した。得られたケラチンフィルムの中心部分の膜厚は350μmであった。
【0071】
(5)ケラチンフィルム積層体の作製
ケラチンフィルムA、ケラチンフィルムB及びケラチンフィルムCをこの順に重ね、両側を厚さ0.3mmのテフロンシートで挟み、アズワン社製小型熱プレス器(AH-1T)を用いて、110℃、6MPaで30分、次いで14~18MPaで2時間プレスし、ケラチンフィルムを圧着して、ケラチンフィルム積層体を作製した。得られたケラチンフィルム積層体の中心部分の膜厚は630μmであった。
【0072】
<実施例2>
5質量%の脂質と20質量%の架橋分子を含むケラチンフィルムA、1質量%の脂質と20質量%の架橋分子を含むケラチンフィルムB、及び20質量%の脂質と10質量%の架橋分子を含むケラチンフィルムCがこの順に積層した構造を持つケラチンフィルム積層体を下記の手順で作製した。
【0073】
(1)ケラチンフィルム形成用組成物の調製
実施例1と同様にして得た還元ケラチン抽出液300mL(ケラチン濃度31mg/mL)に、架橋剤としてEGDE1.86gを加え、20~25℃で21時間攪拌して混合物を得た。得られた混合物から160mLを採取し、脂質成分として、濃度5mg/mLのコレステロールオレイルカルボナートのエタノール溶液9.9mLを添加した。その後、1時間、60℃の湯浴中で振とうしてケラチンフィルム形成用組成物を得た。
【0074】
(2)ケラチンフィルムBの作製
得られた組成物35mLを4等分し、直径5.5cmのポリスチレン製シャーレに注ぎ、乾燥する工程を4回行った。次いで、25℃、相対湿度50%で乾固まで乾燥して、ケラチンフィルムを作製した。得られたケラチンフィルムの中心部分の膜厚は365μmであった。
【0075】
(3)ケラチンフィルムAの作製
混合物に添加するコレステロールオレイルカルボナートのエタノール溶液の量を変更したこと以外は上記と同様にして組成物を調製し、得られた組成物20mLを直径5.5cmのポリスチレン製シャーレに注ぎ、25℃、相対湿度50%で乾固まで乾燥して、ケラチンフィルムを作製した。得られたケラチンフィルムの中心部分の膜厚は275μmであった。
【0076】
(4)ケラチンフィルムCの作製
混合物に添加するコレステロールオレイルカルボナートのエタノール溶液の量を変更したこと以外は上記と同様にして組成物を調製し、得られた組成物15mLを直径5.5cmのポリスチレン製シャーレに注ぎ、25℃、相対湿度50%で乾固まで乾燥して、ケラチンフィルムを作製した。得られたケラチンフィルムの中心部分の膜厚は130μmであった。
【0077】
(5)ケラチンフィルム積層体の作製
ケラチンフィルムA、ケラチンフィルムB及びケラチンフィルムCをこの順に重ね、両側を厚さ0.3mmのテフロンシートで挟み、アズワン社製小型熱プレス器(AH-1T)を用いて、110℃、6MPaで30分、次いで12MPaで2時間プレスし、ケラチンフィルムを圧着して、ケラチンフィルム積層体を作製した。得られたケラチンフィルム積層体の中心部分の膜厚は540μmであった。
【0078】
<実施例3>
5質量%の脂質と5質量%の架橋分子を含むケラチンフィルムA、1質量%の脂質と5質量%の架橋分子を含むケラチンフィルムB、及び20質量%の脂質と5質量%の架橋分子を含むケラチンフィルムCがこの順に積層した構造を持つケラチンフィルム積層体を下記の手順で作製した。
【0079】
(1)ケラチンフィルム形成用組成物の調製
実施例1と同様にして得た還元ケラチン抽出液120mL(ケラチン濃度29mg/m)に、架橋剤としてEGDE0.104gを加え、20~25℃で1.5時間攪拌して混合物を得た。得られた混合物に、脂質成分として、濃度5mg/mLのコレステロールオレイルカルボナートのエタノール溶液6.9mLを添加した。その後、20分間、60℃の湯浴中で振とうしてケラチンフィルム形成用組成物を得た。
【0080】
(2)ケラチンフィルムBの作製
得られた組成物40mLを4等分し、直径5.5cmのポリスチレン製シャーレに注ぎ、乾燥する工程を4回行った。次いで、25℃、相対湿度50%で乾固まで乾燥して、ケラチンフィルムを作製した。得られたケラチンフィルムの中心部分の膜厚は700μmであった。
【0081】
(3)ケラチンフィルムAの作製
混合物に添加するコレステロールオレイルカルボナートのエタノール溶液の量を変更したこと以外は上記と同様にして組成物を調製し、得られた組成物20mLを直径5.5cmのポリスチレン製シャーレに注ぎ、25℃、相対湿度50%で乾固まで乾燥して、ケラチンフィルムを作製した。得られたケラチンフィルムの中心部分の膜厚は295μmであった。
【0082】
(4)ケラチンフィルムCの作製
混合物に添加するコレステロールオレイルカルボナートのエタノール溶液の量を変更したこと以外は上記と同様にして組成物を調製し、得られた組成物20mLを直径5.5cmのポリスチレン製シャーレに注ぎ、25℃、相対湿度50%で乾固まで乾燥して、ケラチンフィルムを作製した。得られたケラチンフィルムの中心部分の膜厚は200μmであった。
【0083】
(5)ケラチンフィルム積層体の作製
ケラチンフィルムB、ケラチンフィルムA及びケラチンフィルムCをこの順に重ね、両側を厚さ0.3mmのテフロンシートで挟み、アズワン社製小型熱プレス器(AH-1T)を用いて、110℃、8MPaで15分、次いで22MPaで2時間プレスし、ケラチンフィルムを圧着して、ケラチンフィルム積層体を作製した。得られたケラチンフィルム積層体の中心部分の膜厚は600μmであった。
【0084】
<実施例4>
実施例1で作製したケラチンフィルム積層体を、2.5%グルタルアルデヒド水溶液(40mL、20~25℃)に3~4時間浸漬した。その後、ケラチンフィルム積層体をイオン交換水で30~60秒間すすぎ、ペーパータオルで吸水した。その後、エスペック社製の恒温・恒湿器(LHU-144)内でケラチンフィルム積層体を乾燥した。
以上の工程を経て、ケラチンの一部が架橋分子(グルタルアルデヒド由来のアルキレン基)で架橋した構造をケラチンフィルム積層体の内部に形成した。
【0085】
<比較例1>
実施例1で使用した還元ケラチン抽出液を直径5.5cmのポリスチレン製シャーレに注ぎ、25℃、相対湿度50%で乾固まで乾燥して、ケラチンフィルムを作製した。得られたケラチンフィルムの中心部分の膜厚は290μmであった。
得られたケラチンフィルムの脂質の含有率は0質量%であり、架橋分子の含有率は0質量%であった。
【0086】
<比較例2>
比較例2として、ヒト爪モデルの市販品を使用した。
【0087】
<赤外分光分析>
実施例1で得られたケラチンフィルム積層体と、比較例1で作製したケラチンフィルムと、ヒトから採取した爪(ヒト爪遊離縁)の赤外分光分析を行い、IR吸収スペクトルを測定した。測定装置としてATR-IR、型番:FT/IR-6100、日本分光社製を使用した。結果を図1に示す。
【0088】
図1に示すように、実施例1で得られたケラチンフィルム積層体は、脂質に由来する3,000cm-1付近(C-H伸縮)の吸収がヒト爪遊離縁に近似した吸収の大きさであった。さらに、EGDEに由来する1,057cm-1付近(C-O伸縮)の吸収が大きく、脂質及び架橋分子の存在が確認された。一方、比較例1で得られたケラチンフィルムは、ヒト爪遊離縁に比べて、脂質に由来する3,000cm-1付近(C-H伸縮)の吸収が小さく、脂質の存在を確認できなかった。
【0089】
<ケラチンフィルム積層体の物性評価>
本開示の生体モデルがヒト爪甲に近似した力学的特性を再現できるかを調べるため、下記の3点曲げ試験を実施した。
3点曲げ試験は英弘精機社製のテキスチャーアナライザー(TA.TX Plus)を用いて行い、サンプルサイズは長さ10~15mm×幅2mmとし、支点間距離は2mmとし、圧縮時の速度は0.2mm/secとした。
3点曲げ試験により、各サンプルの最大曲げ荷重の値、及び最大曲げ荷重の測定時におけるたわみの値を測定し、下記に示した式1及び式2を用いて曲げ応力σ(MPa)及び曲げ歪みε(%)を算出した。
式1:σ=3PL/2bh
式2:ε=6hw/L
P:曲げ荷重、L:支点間距離、b:試験片幅、H:試験片厚さ、w:たわみ
【0090】
ヒト爪遊離縁、比較例1で得られたケラチンフィルム、比較例2のヒト爪モデル市販品及び実施例4で得られたケラチンフィルム積層体をサンプルとし、恒温・恒湿槽で20℃、50%RHで一晩以上保管した後、上述した方法で曲げ応力と曲げ歪みを測定した(n=3)。結果を図2及び図3に示す。
【0091】
図2及び図3に示すように、ヒト爪遊離縁の曲げ応力値及び曲げ歪み値は、それぞれ98.7±25.68MPa及び31.6±9.2%であったのに対し、実施例4で得られたケラチンフィルム積層体は、曲げ応力値が109.7±7.3MPa、曲げ歪みが30.6±1.8MPaであった。
一方、比較例1で得られたケラチンフィルムの曲げ応力値が80.9±6.6MPa、曲げ歪み値は9.3±1.5%であり、比較例2のヒト爪モデル市販品の曲げ応力値は141.4±11.2MPaであり、曲げ歪み値は59.1±7.5%であった。
以上の結果から、実施例1で得られたケラチンフィルム積層体は、曲げ応力値及び曲げ特性値のいずれにおいてもヒト爪遊離縁に近似した値を示し、かつ、データのばらつきが小さいなど良好な再現性を示す結果であった。
一方、比較例1で得られたケラチンフィルムは曲げ歪み値がヒト爪遊離縁の3分の1程度と脆く、比較例2のヒト爪モデル市販品はヒト爪遊離縁に比べておよそ1.5倍の曲げ応力値、及びおよそ2倍の曲げ歪み値を示すなど、実施例1に比べてヒト爪遊離縁とは乖離した結果であった。
【0092】
<浸透性の評価>
ヒト爪甲遊離縁、実施例1で得られたケラチンフィルム積層体、及び比較例1で得られたケラチンフィルム、及び比較例2のヒト爪モデル市販品をサンプルとして親水性物質及び親油性物質の浸透性試験を行い、透過チャネルの有無を評価した。
浸透性試験は、図4に示す冶具を使用して行った。図4の(A)は冶具の上面図であり、(B)は断面図である。
図4に示す冶具はクランプ1、フランツ拡散セル用ドナー・チャンバー2、シリコンゴムシート3、プラスチック板5を備え、サンプル4をシリコンゴムシート3の間に設置して試験を実施する。
【0093】
(親水性物質の浸透性試験)
図4に示す冶具に、親水性物質として1~2mLのローダミンB水溶液(250μg/mL)を注加し、各サンプルを所定の時間浸漬した。浸漬終了後、キムワイプを用いてサンプルに付着したローダミンB水溶液を拭き取り、凍結包埋剤としての4%CMC(カルボキシメチルセルロースナトリウム)又はSaKura Finetek Japan Co.,Ltd社製のO.C.Tを用いて包埋した。その後、凍結ミクロトームで厚さ10μmの切片を作製し、スライドガラス上で正立顕微鏡を用いて断面観察を行った。サンプルの表面からのローダミンBの浸透の深さをスケールバーをもとに計測した。結果を図5に示す。
【0094】
図5の(a)に示すように、比較例2のヒト爪モデル市販品の浸漬時間を10分間としたときの浸透深さは25μmであった。
図5の(b)に示すように、ヒト爪遊離縁の浸漬時間を1週間としたときの浸透深さは50μmであった。
図5の(c)に示すように、実施例1で得られたケラチンフィルム積層体の浸漬時間を1時間としたときの浸透深さは50μmであった。
図5の(d)に示すように、比較例1で得られたケラチンフィルムの浸漬時間を10分間としたときの浸透深さは30μmであった。
以上の結果から、浸透時間に差があるものの、全てのサンプルが親水性物質であるローダミンBに対する浸透性を有することがわかった。
【0095】
(親油性物質の浸透性試験)
図4に示す冶具に、親油性物質として1.0mLのオイルレッド/イソプロパノール水溶液(濃度30mg/10mLのオイルレッドイソプロパノール溶液:イオン交換水=容積比3:2)を注加し、各サンプルを所定の時間浸漬した。浸漬終了後、キムワイプを用いて付着したオイルレッド/イソプロパノール水溶液を拭き取り、凍結包埋剤としての4%CMC(カルボキシメチルセルロースナトリウム)で包埋した。その後、凍結ミクロトームを用いて厚さ10μmの切片を作製し、スライドガラス上で正立顕微鏡を用いて断面観察を行った。サンプルの表面からのオイルレッドの浸透の深さをスケールバーをもとに計測した。結果を図6に示す。
上記試験において、サンプルがヒト爪甲遊離縁である場合は図4に示す冶具のシリコンゴムシートをPERME GEAR社製のNA-03-NF Nail Adapterに変更した。
【0096】
図6の(a)に示すように、比較例2のヒト爪モデル市販品は浸漬時間を72時間としたときに親油性物質がほとんど浸透しなかった。
図5の(b)に示すように、ヒト爪遊離縁の浸漬時間を50時間としたときの浸透深さは浸透箇所によりバラツキがあり、おおよそ10~40μmであった。
図5の(c)に示すように、実施例1で得られたケラチンフィルム積層体の浸漬時間を50時間としたときの浸透深さは100μmであった。
図5の(d)に示すように、比較例1で得られたケラチンフィルムの浸漬時間を50時間としたときに親油性物質がほとんど浸透しなかった。
以上の結果から、本開示の生体モデルは親水性物質及び親油性物質の両方に対して浸透性を示し、かつ、比較例1及び比較例2に比べてヒト爪甲に近い浸透性を有することがわかった。
【0097】
<撥水特性の評価>
実施例1で作製したケラチンフィルム積層体とヒト爪遊離縁の撥水特性を比較するために表面接触角を測定した。測定は、協和界面科学社製の自動接触角計(Drop Master DMo-602)を用いて、イオン交換水0.5μLの液適量で行った。
接触角は、処理を行っていない状態(未処理)、除光液の主成分であるアセトンを用いて表面を拭きとった後、20℃、50%RHで1~2時間放置した状態(アセトン処理)、アセトン処理及び乾燥後に日本ゼトック社製のクリーム状爪用化粧品を塗布し、20℃、50%RHで1~2時間放置した状態(化粧品1)、アセトン処理及び乾燥後に興和社製のオイル状爪用化粧品を塗布し、20℃、50%RHで1~2時間放置した状態(化粧品2)でそれぞれ測定した(n=3)。結果を図7に示す。
【0098】
実施例1で得られたケラチンフィルムの表面接触角(未処理)は94±7.1°であり、ヒト爪遊離縁の表面接触角値(未処理)の95.8±9.9°であった。
実施例1で得られたケラチンフィルム積層体の表面接触角(アセトン処理)は85.4±6.9°であり、ヒト爪遊離縁の表面接触角(アセトン処理)では93.1±6.3°であった。
実施例1で得られたケラチンフィルム積層体の表面接触角(化粧品1)は53.5±8°であり、ヒト爪遊離縁の表面接触角(化粧品1)は50.2±6.6°であった。
実施例1で得られたケラチンフィルム積層体の表面接触角(化粧品2)は60.0±8.0°であり、及びヒト爪遊離縁の表面接触角(化粧品2)は68.1±4.7°であった。
【0099】
図7に示すように、実施例1で得られたケラチンフィルム積層体はヒト爪甲に近似した撥水特性を示すことがわかった。また、実施例1で得られたケラチンフィルム積層体は化粧品を塗布した後でもヒト爪甲に近似した撥水特性を示した。
以上の結果から、本開示の生体モデルは様々な爪用化粧品の特性比較に有用であることが分かった。
【0100】
<湿度変化による力学的特性の変化の評価>
ヒト爪甲は、湿度の影響を受けて力学的特性が変化する。例えば、高湿環境下ではヒト爪甲が大気中の水分を吸収する量が増大して曲げ応力値が低下すると考えられる。
そこで、本開示の生体モデルが湿度の変化によるヒト爪甲の力学的特性の変化を再現できるかを検証した。
【0101】
実施例4で得られたケラチンフィルム積層体とヒト爪遊離縁の曲げ特性を、周囲の湿度を変化させた条件下でそれぞれ評価した。
具体的には、実施例4で得られたケラチンフィルム積層体とヒト爪遊離縁の曲げ応力値(MPa)を、20℃で相対湿度が50%、60%、70%又は80%である状態で、上述した3点曲げ試験の測定結果から算出した(n=3)。結果を図8に示す。
【0102】
実施例4で得られたケラチンフィルム積層体の各湿度に対する曲げ応力値(以下に、曲げ応力値/相対湿度で記載)は、99.1±9.0MPa/50%RH、94.1±9.6MPa/60%RH、83.1±7.5MPa/70%RH、及び64.3±8.1MPa/80%RHであった。
ヒト爪遊離縁の各湿度に対する曲げ応力値は、86.9±2.0MPa/50%RH、73.8±8.9MPa/60%RH、56.4±10.49MPa/70%RH、及び44.7±6.8MPa/80%RHであった。
【0103】
図8に示すように、実施例4で得られたケラチンフィルム積層体は相対湿度が50%、60%、70%又は80%のいずれである場合にもヒト爪遊離縁に近似した曲げ応力の値を示した。さらに、実施例4で得られたケラチンフィルム積層体はヒト爪遊離縁と同じように相対湿度が増大すると曲げ応力が低下する傾向を示した。
以上の結果から、本開示の生体モデルはヒト爪甲の力学的特性の挙動の再現性に優れていることが分かった。
【0104】
<化粧品塗布による力学的特性の変化の評価>
ヒト爪甲に保湿効果のある化粧品を塗布すると、化粧品に含まれる水や保護・保湿成分が浸透して、ヒト爪甲に水分が補給されるとともに水分の蒸散が抑制され、曲げ応力値が低下する(柔軟性が高まる)。
そこで、本開示の生体モデルが化粧品の塗布によるヒト爪甲の力学的特性の変化を再現できるかを検証した。
【0105】
実施例4で得られたケラチンフィルム積層体とヒト爪遊離縁の曲げ特性を、化粧品を塗布する前後でそれぞれ評価した。
具体的には、実施例4で得られたケラチンフィルム積層体とヒト爪遊離縁の曲げ応力ρ(MPa)の値を、化粧品を塗布していない状態(未処理)、日本ゼトック社製のクリーム状爪用化粧品を塗布した後、20℃、60%RHで2時間放置した状態(化粧品1)、興和社製のオイル状爪用化粧品を塗布した後、20℃、60%RHで2時間放置した状態(化粧品2)で、上述した3点曲げ試験の測定結果から算出した(n=3)。結果を図9に示す。
【0106】
実施例4で得られたケラチンフィルム積層体の曲げ応力値(未処理)は93.3±4.2MPaであり、ヒト爪遊離縁の曲げ応力値(未処理)は86.7±9.1MPaであった。
実施例4で得られたケラチンフィルム積層体の曲げ応力値(化粧品1)は74.7±8.6MPaであり、ヒト爪遊離縁の曲げ応力値(化粧品1)は74.7±8.6MPaであった。
実施例4で得られたケラチンフィルム積層体の曲げ応力値(化粧品2)は77.3±5.8MPaであり、ヒト爪遊離縁の曲げ応力値(化粧品2)は84.1±14.7MPaであった。
【0107】
図9に示すように、実施例4で得られたケラチンフィルム積層体はいずれの条件下でもヒト爪遊離縁に近似した曲げ応力の値を示した。さらに、実施例4で得られたケラチンフィルム積層体はヒト爪遊離縁と同じように化粧品の塗布によって曲げ応力が低下する傾向を示した。
以上の結果から、本開示の生体モデルは爪用化粧品の保湿効果の評価に有用であることがわかった。
【0108】
<イメージング質量顕微鏡を用いた化粧品成分の浸透分布の可視化>
本開示の生体モデルの用途として、爪用化粧品の有効成分の浸透分布の評価が挙げられる。
そこで、本開示の生体モデルが爪用化粧品の有効成分の浸透分布の評価に用いることができるかを下記方法により検証した。
【0109】
実施例1でケラチンフィルム積層体の作製に使用した5質量%の脂質と10質量%の架橋分子を含むケラチンフィルムAをサンプルとし、爪用化粧品としてBCL社製のネイルドロップリペアセラム爪美容液を塗布し、22℃で5時間インキュベートした。その後、サンプルを蒸留水に30秒間浸漬して表面に付着した爪用化粧品を洗い流した。次いで、-20℃のミクロトームを用いて5μm厚さでサンプルの断面切片を切り出し、20Ωの導電性スライドガラスに貼り付けた。島津製作所製のイメージング質量顕微鏡(iMScopeQT)を用いて、浸透成分の分子量によるサンプル内での分布状態を測定し、画像として可視化した。測定条件はイオン促進剤としてα-シアノ-4-ヒドロキシけい皮酸0.7μmを用い、ポジティブモード、測定ピッチ:5μm、質量走査範囲:m/z100~800、検出電圧:2.2kV、及びレーザー照射繰り返し周波数:1000Hzとした。
【0110】
測定の結果、m/z325とm/z370に相当する成分の浸透分布をそれぞれ可視化することができた。m/z325に相当する成分はサンプル表面に局在し、m/z370に相当する成分はサンプル全体に浸透していた。
ケラチンは親水性のヒドロゲルであることから、サンプルの表面付近に局在したm/z325の成分はより脂溶性の高い成分であることが推測できる。
以上の結果から、本開示の生体モデルは、イメージング質量顕微鏡を用いた爪用化粧品の有効成分の浸透分布を可視化する評価においてヒト爪甲の代替モデルになりえることがわかった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9