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特開2023-138143ジアルキルアルミニウムハロゲン化物の錯体及びその製造方法と利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023138143
(43)【公開日】2023-09-29
(54)【発明の名称】ジアルキルアルミニウムハロゲン化物の錯体及びその製造方法と利用
(51)【国際特許分類】
   C07F 5/06 20060101AFI20230922BHJP
   C07D 213/18 20060101ALI20230922BHJP
   C07D 215/04 20060101ALI20230922BHJP
   C07D 217/02 20060101ALI20230922BHJP
   C07D 233/58 20060101ALI20230922BHJP
   C07D 213/22 20060101ALI20230922BHJP
【FI】
C07F5/06 C CSP
C07D213/18
C07D215/04
C07D217/02
C07D233/58
C07D213/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022044686
(22)【出願日】2022-03-18
(71)【出願人】
【識別番号】301005614
【氏名又は名称】東ソー・ファインケム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(72)【発明者】
【氏名】橋元 祐一郎
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 翔太
(72)【発明者】
【氏名】宮内 紗久良
(72)【発明者】
【氏名】松添 哲
【テーマコード(参考)】
4C055
4H048
【Fターム(参考)】
4C055AA01
4C055BA01
4C055BA02
4C055BA03
4C055BA06
4C055BA25
4C055CA01
4C055DA01
4C055DA06
4C055EA01
4C055GA02
4H048AA01
4H048AA02
4H048AB84
4H048AC90
4H048AD16
4H048BB11
4H048VA12
4H048VA32
4H048VA80
4H048VB10
4H048VB70
(57)【要約】
【課題】ジアルキルアルミニウムハロゲン化物と含窒素有機化合物から形成される新規の錯体並びにその製造方法及び利用を提供する。
の提供。
【解決手段】本発明は、ジアルキルアルミニウムハロゲン化物と含窒素有機化合物から形成される錯体であって、含窒素有機化合物の窒素原子と当該窒素原子に対して最短距離に位置するジアルキルアルミニウムハロゲン化物のアルミニウム原子との結合距離が3.4Å未満である錯体を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジアルキルアルミニウムハロゲン化物と含窒素有機化合物から形成される錯体であって、含窒素有機化合物の窒素原子と当該窒素原子に対して最短距離に位置するジアルキルアルミニウムハロゲン化物のアルミニウム原子との結合距離が3.4Å未満である錯体。
【請求項2】
前記錯体の窒素原子とアルミニウム原子の結合距離が、2.0 ~2.2 Åの範囲内であることを特徴とする請求項1に記載の錯体。
【請求項3】
前記含窒素有機化合物が、窒素原子を少なくとも1個含み、かつ5員環及び/または6員環骨格を有する共役複素環化合物である、請求項1~2に記載の錯体。
【請求項4】
前記共役複素環化合物が、ピリジン、2,6-ジメチルピリジン、2,4,6-トリメチルピリジン、2,6-ジエチルピリジン、2,6-ジイソプロピルピリジン、2-メチルピリジン、4-メチルピリジン、キノリン、イソキノリン、o-ビピリジン、1-メチルイミダゾールから成る群から選ばれる、請求項1~3のいずれか1項に記載の錯体。
【請求項5】
前記ジアルキルアルミニウムハロゲン化物の一方または両方のアルキル基がメチル基である、請求項1~4のいずれか1項に記載の錯体。
【請求項6】
前記ジアルキルアルミニウムハロゲン化物のハロゲンがクロリドである、請求項1~5のいずれか1項に記載の錯体。
【請求項7】
ジアルキルアルミニウムハロゲン化物と含窒素有機化合物を有機溶媒中で混合し、ジアルキルアルミニウムハロゲン化物と含窒素有機化合物とから形成される錯体を形成する方法。
【請求項8】
前記錯体が、前記有機溶媒中に不溶な画分として単離される、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記含窒素有機化合物が窒素原子を少なくとも1個含み5員環及び/又は6員環骨格を有する共役複素環化合物である請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
前記共役複素環化合物が、ピリジン、2,6-ジメチルピリジン、2,4,6-トリメチルピリジン、2,6-ジエチルピリジン、2,6-ジイソプロピルピリジン、2-メチルピリジン、4-メチルピリジン、キノリン、イソキノリン、o-ビピリジン、1-メチルイミダゾールから成る群から選ばれる、請求項7~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記ジアルキルアルミニウムハロゲン化物の一方または両方のアルキル基がメチル基である、請求項7~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記ジアルキルアルミニウムハロゲン化物のハロゲンがクロリドである、請求項7~11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記有機溶媒が炭化水素溶媒である、請求項7~12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記炭化水素溶媒が炭素数4~18の飽和炭化水素溶媒及び炭素数6~12の芳香族炭化水素溶媒から成る群から選ばれる少なくとも1種である、請求項7~13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
前記炭化水素溶媒がn―ドデカンである請求項7~14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
請求項1~6のいずれか1項に記載の錯体を含有する、トリアルキルアルミニウムの製造に使用するための調製物。
【請求項17】
請求項1~6のいずれか1項に記載の錯体を用い、トリアルキルアルミニウムを製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジアルキルアルミニウムハロゲン化物と含窒素有機化合物から形成される新規の錯体並びにその製造方法及び利用を提供する。
【背景技術】
【0002】
ハロゲン化アルミニウム(AlX3, X=F, Cl, Br, I)はルイス酸であり、ルイス塩基化合物と反応することで、電荷分離した複合体を形成する。この複合体は有機反応の触媒、電解質、イオン液体などの用途としての産業価値を有する。ハロゲン化アルミニウムとルイス塩基化合物との反応は一般的に等モル反応であり、速やかに反応が進行する。しかし、ルイス酸またはルイス塩基化合物の量論比、配位能の強さ、分子構造等の要因で複合体の組成、化学的性質が大きく異なることが知れている。例えば、AlCl3とピリジン(Py)及びピリジン誘導体から成る複合体は、AlCl3の両論比により、固体(P. Pullmann, et.al, Z. Naturforsch. 1982, 37B, 1312-1315) または液体(Y. Fang, et.al, Electrochim. Acta, 2015, 160, 82-88) になることが報告されている。
【0003】
一方、AlCl3のXを一部アルキル基に置換したアルキルアルミニウムハロゲン化物(RnAlX(3-n), R=Me, X=Cl, Br, n=1又は 2)もルイス酸であり、上記反応と同様な反応性を示す。先行例として、Me2AlBrと立体的に嵩高いルイス塩基(トリエチルアミン、 Et3N)を反応させると等モルの複合体([Me2AlBr・NEt]を形成するのに対して、立体的嵩高さが低い第一級アミン(イソブチルアミン、 iBu-NH2)を反応させると、アミンが2つ付加した[Me2Al(H2N-iBu)2]Brが得られることが分かっている(Atwood, D. A. et.al, Inorg. Chem. 1997, 36, 2034-2039)。これらの報告より、複合体の組成及び化学的性質はアルミニウム周りの配位空間の影響を強く受けるものと理解される。
【0004】
アルキルアルミニウムハロゲン化物(RnAlX(3-n), X=Cl, Br, n=1又は 2)を含むアルキルアルミニウムとルイス塩基の複合体について報告例が少なく、学術的にも未踏領域である。その要因として、(1)自然発火性である、(2)空気中の水分と速やかに反応する、などがあり、解析に困難を極めるためである。特に、アルキルアルミニウムハロゲン化物とルイス塩基から成る複合体は付加体としての報告がほとんどであり、状態(固体、液体)の区別もなされておらず、組成についても不明確である。また、その複合体の化学的利用価値(触媒または重要中間生成物等)も見出されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】P. Pullmann, et.al, Z. Naturforsch. 1982, 37B, 1312-1315
【非特許文献2】Y. Fang, et.al, Electrochim. Acta, 2015, 160, 82-88
【非特許文献3】Atwood, D. A. et.al, Inorg. Chem. 1997, 36, 2034-2039
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従前には知られていない、ジアルキルアルミニウムハロゲン化物と含窒素有機化合物から形成される全く新規の錯体並びにその製造方法及びその利用を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、炭化水素溶媒にジアルキルアルミニウムクロリドを溶解させ、そこに所定の含窒素有機化合物を添加すると、当該溶媒に不溶な、単離可能な複合体が沈降分離することを見出した。1H-NMRで組成比を確認すると、その複合体は、当該ジアルキルアルミニウムクロリドと含窒素有機化合物とより、モル比にて2:1の比率で形成される錯体であることが確認できた。驚くべきことに、この錯体にアルミニウム・マグネシウム合金などの金属触媒を添加することで、重合助触媒や有機半導体材料の製造に用いられる重要な物質であるトリアルキルアルミニウムを極めて効率よく生成できることが見出された。
【0008】
従って、本願は以下の発明を包含する。
(1)ジアルキルアルミニウムハロゲン化物と含窒素有機化合物から形成される錯体であって、含窒素有機化合物の窒素原子と当該窒素原子に対して最短距離に位置するジアルキルアルミニウムハロゲン化物のアルミニウム原子との結合距離が3.4Å未満である錯体。
(2)前記錯体の窒素原子とアルミニウム原子の結合距離が、2.0~ 2.2 Åの範囲内であることを特徴とする(1)に記載の錯体。
(3)前記含窒素有機化合物が、窒素原子を少なくとも1個含み、かつ5員環及び/または6員環骨格を有する共役複素環化合物である、(1)又は(2)に記載の錯体。
(4)前記共役複素環化合物が、ピリジン、2,6-ジメチルピリジン、2,4,6-トリメチルピリジン、2,6-ジエチルピリジン、2,6-ジイソプロピルピリジン、2-メチルピリジン、4-メチルピリジン、キノリン、イソキノリン、o-ビピリジン、1-メチルイミダゾールから成る群から選ばれる、(1)~(3)のいずれかに記載の錯体。
(5)前記ジアルキルアルミニウムハロゲン化物の一方または両方のアルキル基がメチル基である、(1)~(4)のいずれかに記載の錯体。
(6)前記ジアルキルアルミニウムハロゲン化物のハロゲンがクロリドである、(1)~(5)のいずれかに記載の錯体。
(7)ジアルキルアルミニウムハロゲン化物と含窒素有機化合物を有機溶媒中で混合し、ジアルキルアルミニウムハロゲン化物と含窒素有機化合物とから形成される錯体を形成する方法。
(8)前記錯体が、前記有機溶媒中に不溶な画分として単離される、(7)に記載の方法。
(9)前記含窒素有機化合物が窒素原子を少なくとも1個含み、かつ5員環及び/又は6員環骨格を有する共役複素環化合物である(7)又は(8)に記載の方法。
(10)前記共役複素環化合物が、ピリジン、2,6-ジメチルピリジン、2,4,6-トリメチルピリジン、2,6-ジエチルピリジン、2,6-ジイソプロピルピリジン、2-メチルピリジン、4-メチルピリジン、キノリン、イソキノリン、o-ビピリジン、1-メチルイミダゾールから成る群から選ばれる、(7)~(9)のいずれかに記載の方法。
(11)前記ジアルキルアルミニウムハロゲン化物の一方または両方のアルキル基がメチル基である、(7)~(10)のいずれかに記載の方法。
(12)前記ジアルキルアルミニウムハロゲン化物のハロゲンがクロリドである、(7)~(11)のいずれかに記載の方法。
(13)前記有機溶媒が炭化水素溶媒である、(7)~(12)のいずれかに記載の方法。
(14)前記炭化水素溶媒が炭素数4~18の飽和炭化水素溶媒及び炭素数6~12の芳香族炭化水素溶媒から成る群から選ばれる少なくとも1種である、(7)~(13)のいずれか1項に記載の方法。
(15)前記炭化水素溶媒がn―ドデカンである(7)~(14)のいずれか1項に記載の方法。
(16)(1)~(6)のいずれかに記載の錯体を含有する、トリアルキルアルミニウムの製造に使用するための調製物。
(17)(1)~(6)のいずれかに記載の錯体を用い、トリアルキルアルミニウムを製造する方法。
【発明の効果】
【0009】
従前のトリアルキルアルミニウムの製造方法は、安全面だけでなく、コストや工程数の面でも解決すべき課題を抱えていた。本発明による新規錯体の提供により、例えば従前知られている方法に比べより安全かつ効率的にトリアルキルアルミニウムを製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】DMAC・ピリジン複合体によるTMALへの変換。
図2】DMAC・2,6-tert-ブチルピリジン複合体によるTMALへの変換。
図3】各種含窒素有機化合物/DMAC錯体(1:1)の密度汎関数法(DFT)による構造最適化とN-Al結合距離。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、ジアルキルアルミニウムハロゲン化物と含窒素有機化合物から形成される錯体を提供する。
【0012】
本発明のジアルキルアルミニウムハロゲン化物としては、ジメチルアルミニウムクロリド、ジエチルアルミニウムクロリド、ジプロピルアルミニウムクロリド、ジイソプロピルアルミニウムクロリド、ジブチルアルミニウムクロリド、ジイソブチルアルミニウムクロリド、メチルエチルアルミニウムクロリド、ジメチルアルミニウムフロリド、ジエチルアルミニウムフロリド、ジプロピルアルミニウムフロリド、ジイソプロピルアルミニウムフロリド、ジブチルアルミニウムフロリド、ジイソブチルアルミニウムフロリド、メチルエチルアルミニウムフロリド、ジメチルアルミニウムブロミド、ジエチルアルミニウムブロミド、ジプロピルアルミニウムブロミド、ジイソプロピルアルミニウムブロミド、ジブチルアルミニウムブロミド、ジイソブチルアルミニウムブロミド、メチルエチルアルミニウムブロミド、ジメチルアルミニウムヨージド、ジエチルアルミニウムヨージド、ジプロピルアルミニウムヨージド、ジイソプロピルアルミニウムヨージド、ジブチルアルミニウムヨージド、ジイソブチルアルミニウムヨージド、メチルエチルアルミニウムヨージド等が挙げられるがそれらに限定されるものではない。本発明で特に好ましいのはジメチルアルミニウムクロリドである。
【0013】
本発明において有用な含窒素有機化合物は、ジアルキルアルミニウムハロゲン化物と錯体を形成することができ、その際に当該含窒素有機化合物の窒素原子と当該窒素原子に対して最短距離に位置するジアルキルアルミニウムハロゲン化物のアルミニウム原子との結合距離(N-Al距離)が3.4Å未満となる条件を満たすものである。本願実施例において特に確認されたとおり、特に好ましくはこのN-Al距離は最大で2.2Åであり、さらに好ましくはその範囲は2.0~2.2Åである。理論上、当該結合距離が3.4Å未満であれば、含窒素有機化合物はジアルキルアルミニウムハロゲン化物と錯体を形成することが可能であり、その結果、形成された錯体は、DMACのTMALへの効率的な変換に有効活用できうる。
【0014】
上記N-Al距離は、例えば密度汎関数法(DFT)による量子化学計算を実施し、N原子(ルイス塩基性)とDMACのAl原子(ルイス酸性)間の結合距離として算出することができる。
【0015】
DFT計算は例えば以下の当業界において周知の手段及び設定条件を用いることで実施できる:
・計算ソフトウェア
Gaussian R 03 W (version 6.1)
・分子モデリングソフトウェア (結合距離の算出と構造描写)
GaussView 4.1
DFT計算で使用する関数
・相関交換汎関数: B3LYP
・基底関数: 6-31G (double-zeta基底)
・分極基底関数: d, p
【0016】
含窒素有機化合物には、ピロリジン、ピペリジン、ピペラジン、モルホリン、キヌクリジン、1,4-ジアザビシクロ[2.2.2.]オクタンのような飽和複素環式化合物、及びピラゾール、イミダゾール、ピリジン、ピリダジン、ピリミジン、ピラジン、オキサゾール、チアゾール、4-ジメチルアミノピリジン、インドール、キノリン、イソキノリン、プリン、1-メチルイミダゾール、1-エチルイミダゾール、1-ブチルイミダゾールのような不飽和複素環式化合物が挙げられる。
【0017】
本発明において特に好ましい含窒素有機化合物は、窒素原子を少なくとも1個含み、かつ5員環及び/または6員環骨格を有する共役複素環化合物である。特に好ましい共役複素環化合物は、ピリジン、2,6-ジメチルピリジン、2,4,6-トリメチルピリジン、2,6-ジエチルピリジン、2,6-ジイソプロピルピリジン、2-メチルピリジン、4-メチルピリジン、キノリン、イソキノリン、o-ビピリジン、1-メチルイミダゾール等であるが、それらに限定されるものではない。
【0018】
本発明のジアルキルアルミニウムハロゲン化物と含窒素有機化合物から形成される錯体は、含窒素有機化合物1モルに対し、ジアルキルアルミニウムハロゲン化物2モルで形成される。例えば、ジメチルアルミニウムクロリドをピリジンとで形成される錯体は、以下のような構造を有し得る。
【化1】
【0019】
本発明の錯体の形成方法は特に限定されるものではないが、例えば有機溶媒中にジアルキルアルミニウムを溶解させておき、その溶液に本発明の含窒素有機化合物を添加することで行うことができる。形成された錯体を含む画分は当有機溶媒には不要な画分として沈降分離し、単離することができる。含窒素有機化合物の添加は連続式でもバッチ式でもよいが、好ましくは連続式に滴下する。
【0020】
使用する有機溶媒の種類に関して特に制限はないが、例えば、炭化水素溶媒を用いることができる。炭化水素溶媒は、疎水性かつ反応性の乏しい炭化水素溶媒であることが好ましく、そのような有機溶媒としては、例えば炭素数4~18の飽和炭化水素溶媒や炭素数6~12の芳香族炭化水素溶媒が使用できる。例えば、飽和炭化水素溶媒及び芳香族炭化水素溶媒から成る群から選ばれる少なくとも1種を挙げることができる。
【0021】
炭素数4~18の飽和炭化水素溶媒の具体例としては、n-ブタン、n-ペンタン、n-ヘキサン、n-ヘプタン、n-オクタン、n-ノナン、n-デカン、n-ウンデカン、n-ドデカン、n-トリデカンn-デトラデカン、シクロペンタン、シクロヘキサン、シクロヘプタン、シクロオクタン、シクロデカン、o-メンタン、m-メンタン、p-メンタン、デカヒドロナフタレン、パラフィン類Cn2n+2、イソパラフィン類Cn2n+2などが例示できる。特にn-ドデカンが好ましい。
【0022】
炭素数6~12の芳香族炭化水素溶媒の具体例としては、ベンゼン、トルエン、キシレン、ナフタレン等が例示できる。芳香族炭化水素は、無置換であるか、または炭素数1から8のアルキル基、炭素数3から8のシクロアルキル基及び炭素数2から8のアルキレン基からなる群から選ばれる置換基を有してよい。芳香族炭化水素の置換基である炭素数1から8のアルキル基としては、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、sec-ブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、tert-ペンチル、n-ヘキシル、イソヘキシル、ネオヘキシル、tert-ヘキシル、n-ヘプチル、イソヘプチル、ネオヘプチル、tert-ヘプチル、n-オクチル、イソオクチル、ネオオクチル、tert‐オクチル基が挙げられる。芳香族炭化水素の置換基である炭素数3から8のシクロアルキル基としては、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロオクチル基が挙げられる。芳香族炭化水素の置換基である炭素数2から8のアルキレン基としては、エチレン、プロピレン、ブチレン基が挙げられる。
【0023】
上記芳香族炭化水素の具体例としては、クメン、o-クメン、m-クメン、p-クメン、プロピルベンゼン、n-ブチルベンゼン、sec-ブチルベンゼン、tert-ブチルベンゼン、1-フェニルペンタン、1-フェニルヘプタン、1-フェニルオクタン、1,2-ジエチルベンゼン、1,4-ジエチルベンゼン、メシチレン、1,3-ジ-tert-ブチルベンゼン、1,4-ジ-tert-ブチルベンゼン、ジ-n-ペンチルベンゼン、トリ-tert-ブチルベンゼン、シクロヘキシルベンゼン、インダン、テトラリンがある。
【0024】
本発明の錯体の形成において溶媒の使用は必須ではないが、使用した方が好ましい。溶媒を使用する場合、その使用量は特に限定されないが、1molのジアルキルアルミニウムクロリドに対して、例えば、0.1mol以上、100mol以下の範囲とすることができ、0.5mol以上、10mol以下の範囲であることが好ましい。
【0025】
<トリアルキルアルミニウムの製造>
冒頭で述べたとおり、本発明の錯体は、従前知られている方法に比べより安全かつ効率的にトリアルキルアルミニウム、特にトリメチルアルミニウム(TMAL)を効率よく製造することを可能にする。トリアルキルアルミニウムは重合助触媒や有機半導体材料の製造に用いられる重要な物質である。
トリアルキルアルミニウムには、例えばトリメチルアルミニウム、トリエチルアルミニウム、トリイソブチルアルミニウム等が含まれ、工業的に特に有用なのはトリメチルアルミニウムである。
【0026】
従前のトリアルキルアルミニウムの製造方法は、安全面だけでなく、コストや工程数の面でも解決すべき課題を抱えていた。
たとえば、トリアルキルアルミニウムの製造において、金属Naを使用してDMACを還元反応する場合、収率は85%程度である。その収率を改善する目的として、フッ化物(NaF,KF, CaF2)を添加する例があるが(特開平4-273884号公報)、その場合にはフッ化物を使用することによる廃棄物処理や未反応金属Naの処理などが問題となる。また、マグネシウム粉末でDMACを還元する場合、最大径75μm以下の粉末を使用し、固体反応装置という専用装置で、かつ反応温度140~180℃といった高温条件で3~6時間以上反応させる必要がある(米国特許5380898号)。同様にAl-Mg合金粉末で還元するには、さらに細かい微粒(平均粒径 D50=5~20 μm)を用い、かつ反応温度が130℃で24時間以上といった長時間を要する(特開2018-135300号公報)。
【0027】
驚くべきことに、本発明の錯体を使用すれば、従前のような金属触媒の微砕化処理、廃棄物処理や危険物の処理に煩わされることなく、しかも特殊な設備も使用することなく、比較的温和な条件で短時間にて、効率よくDMACのTMALへの変換が達成される。具体的には例えばピリジンとDMACで形成された錯体を使用すると、実施例に示す通り、95%以上の変換率が130℃程度の温度にて数時間で達成された。
【0028】
ジアルキルアルミニウムハロゲン化物と含窒素有機化合物から形成される本発明の錯体からトリアルキルアルミニウムを製造するには、例えば本発明の錯体を、上述の錯体形成に使用したまたは使用できる有機溶媒に分散させ、金属触媒、例えばアルミニウム-マグネシウム合金やマグネシウム粉末を添加し、加熱攪拌することで効率良く、錯体を構成するジアルキルアルミニウムハロゲンのトリアルキルアルミニウムへの変換が達成される。
【0029】
トリアルキルアルミニウムの製造において溶媒の使用は必須ではないが、使用した方が好ましい。溶媒を使用する場合、その使用量は特に限定されないが、錯体1molに対して、例えば、0.1mol以上、100mol以下の範囲とすることができ、0.5mol以上、10mol以下の範囲であることが好ましい。
【0030】
添加する金属触媒、例えばアルミニウム-マグネシウム合金やマグネシウム粉末の量は、特に制限されないが、錯体1molに対して、例えば、1.0mol以上、100mol以下の範囲とすることができ、1.0mol以上、10mol以下の範囲であることが好ましい。
【0031】
反応の温度は、反応が進行する温度であれば何度でも構わない。20℃~200℃が好ましく、50℃~170℃がさらに好ましい。反応の時間は、特に制限はないが、1~12時間が好ましく、3~8時間がさらに好ましい。
【0032】
反応方法は、回分式、半回分式、連続式のいずれでもよく、特に制限なく実施することができる。反応装置としては、縦型または横型の耐圧反応容器を用いることができる。例えば、耐圧性の撹拌器付オートクレーブを用いることができる。用いる撹拌翼としては、一般に知られているどのようなものでも良いが、例えばプロペラ、タービン、パドル、傾斜パドル、タービン翼、大型翼等が挙げられる。さらに、ホモジナイザーなども使用できる。
【0033】
本発明はさらに、本発明に係る錯体、即ち、ジアルキルアルミニウムハロゲン化物と含窒素有機化合物から形成される錯体であって、含窒素有機化合物の窒素原子と当該窒素原子に対して最短距離に位置するジアルキルアルミニウムハロゲン化物のアルミニウム原子との結合距離が3.4Å未満である錯体を含む調製物を提供する。かかる調製物は、当該錯体を、例えばトリアルキルアルミニウムを製造するために有効である。かかる組成物は当該を例えば上述の錯体形成に使用したまたは使用できる有機溶媒に分散された状態で含んでよい。
【0034】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0035】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例0036】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0037】
<実施例1>
DMAC・ピリジン複合体
窒素置換を行った300 mlのガラス容器にn-ドデカン68.2 gを加えて、その後、ジメチルアルミニウムクロリド(DMAC)22.0g、 0.24 molを混ぜて混合溶液とした。200 ml の分液漏斗にその混合液全量を加え、ピリジン(Py) 2.0g、0.025molを滴下した。滴下を始めてから直ちに2層に分離し、下層成分のみを抽出した。収量は7.3 gであった。1H-NMRで組成解析をした結果、DMAC : Py =2:1の組成であることが判明し、DMACとピリジンによる錯体の形成が確認された。1H-NMR (500 MHz, THF-d8, 293K): 8.72(d, 2H), 8.14(t, 1H), 7.70(t, 2H), -0.76(s, 12H)
【0038】
<実施例2>
DMAC・2,6-ジメチルピリジン複合体
実施例1とほぼ同等の方法で実施。窒素置換を行った300mlのガラス容器にn-ドデカン57.1gを加え、その後、ジメチルアルミニウムクロリド(DMAC)33.0g、0.24molを混ぜて混合溶液とした。200ml の分液漏斗にその混合液全量を加え、2,6-ジメチルピリジン(Lu) 2.0g、0.019molを滴下した。滴下を始めてから直ちに2層に分離し、下層成分のみを抽出した。収量は7.9gであった。1H-NMRで組成解析をした結果、DMAC : Lu=2:1の組成であることが判明し、DMACと2,6-ジメチルピリジンによる錯体の形成が確認された。1H-NMR(500 MHz, THF-d8, 293K): 7.43(t, 1H), 7.01(t, 2H), 2.45(s, 6H), -0.79(s, 12H)
【0039】
<実施例3>
実施例1と実質的に同じ条件で、その他の含窒素有機化合物、具体的には2-メチルピリジン、4-メチルピリジン、2,4,6-トリメチルピリジン、2,6-ジエチルピリジン、2,6-ジイソプロピルピリジン、キノリン、イソキノリン、1-メチルイミダゾール、2,2-ビピリジンについてもDMACと混合したところ、同様に2層に分離し、DMACとの各含窒素有機化合物による錯体の形成が確認された。
【0040】
<比較例1>
DMAC・2,6-ジ-tert-ブチルピリジン混合物
実施例1とほぼ同等の方法で実施。窒素置換を行った300mlのガラス容器にn-ドデカン57.1gを加え、その後、ジメチルアルミニウムクロリド(DMAC)33.0 g、 0.2 molを混ぜて混合溶液とした。200mlの分液漏斗にその混合液全量を加え、2,6-ジ-tert-ブチルピリジン2.0g、 0.010 molを滴下したが、層分離の現象は認められず、錯体形成は確認できなかった。
【0041】
<複合体→トリメチルアルミニウム(TMAL)の変換反応について>
<実施例4>
DMAC・ピリジン複合体とアルミニウム-マグネシウム合金の反応
窒素置換を行った100mlのガラス製シュレンク管にn-ドデカン15.7 g、アルミニウム-マグネシウム合金(3.59g、 Al:Mg=42.5:57.5 (wt%))を加えて懸濁液とした。 次いで、DMAC・ピリジン複合体2.8 gを滴下し、130℃で5時間加熱攪拌を行った。反応温度を室温まで下げて、1H-NMR測定を実施すると、複合体のシグナルは消費され、新たにTMALのシグナルのみを観測した。その結果を図1に示す。TMALの反応収率は95%であり、従前の方法に比べ、極めて高い効率でTMALへの変換が達成された。
【0042】
<実施例5>
DMAC・2,6-ジメチルピリジンとアルミニウム-マグネシウム合金の反応
実施例2で調製したDMAC・2,6-ジメチルピリジン複合体について、実施例3と同様にして、TMALの変換反応について検討した。TMALの反応収率は96%であり、従前の方法に比べ、極めて高い効率でTMALへの変換が達成された。
【0043】
<比較例2>
DMAC・2,6-ジ-tert-ブチルピリジン混合物とアルミニウム-マグネシウム合金の反応
窒素置換を行った100mlのガラス製シュレンク管にn-ドデカン15.7 g、アルミニウム-マグネシウム合金(3.59g、 Al:Mg=42.5:57.5 (wt%))を加えて懸濁液とした。 次いで、DMAC・2,6-ジ-tert-ブチルピリジン混合物6.2gを滴下し、130℃で5時間加熱攪拌を行ったが、DMACからTMALへの変換は認められなかった。その結果を図2に示す。
【0044】
実施例3~4及び比較例2の結果から、DMACと錯体形成可能な含窒素有機化合物は、DMACからTMALへの変換に有効活用できることがわかった。
【0045】
<考察>
以上のとおり、ピリジン、2,6-ジメチルピリジン、2-メチルピリジン、4-メチルピリジン、2、4、6-トリメチルピリジン、2,6-ジエチルピリジン、2,6-ジイソプロピルピリジン、キノリン、イソキノリン、1-メチルイミダゾール、2,2-ビピリジンといった含窒素有機化合物についてはDMACとの混合で錯体を形成でき、DMACからTMALへの効率的な変換に有効活用できるのに対し、2,6-ジ-tert-ブチルピリジンはDMACと錯体形成できず、DMACからTMALへの変換には有効活用できない。
そこで、上記錯体形成に有効な含窒素有機化合物の共通的な物理化学的性質を検討した。ピリジン等の含窒素有機化合物はDMACと錯体形成するのに対して、含窒素有機化合物でありながらも2,6-ジ-tert-ブチルピリジンは錯体を形成しなかった。含窒素有機化合物がDMACと錯体形成するにはその窒素原子周りの配位環境が重要であると推察される。詳しくは、錯体形成が可能か否かは、錯体が形成された場合において理論的に想定される含窒素有機化合物のN原子(ルイス塩基性)とDMACのAl原子(ルイス酸性)の結合距離により決定されるものと推測する。そこで、汎用の密度汎関数法(DFT)による量子化学計算を実施し、錯体形成可能な含窒素有機化合物について、N原子(ルイス塩基性)とDMACのAl原子(ルイス酸性)間の結合距離を算出した。
【0046】
DFT計算は以下の手段を用いた。
・計算ソフトウェア
Gaussian R 03 W (version 6.1)
・分子モデリングソフトウェア (結合距離の算出と構造描写)
GaussView 4.1
DFT計算で使用した関数
・相関交換汎関数: B3LYP
・基底関数: 6-31G (double-zeta基底)
・分極基底関数: d, p
【0047】
なお、DFT計算に要する時間を短縮(計算負荷を低減)するため、結合距離の算出は形成錯体がDMAC: 含窒素有機化合物の1:1の錯体と仮定して実施した。
【化2】
【0048】
その結果を図3に示す。錯体形成可能な含窒素有機化合物により形成された錯体における算出されたN-Al間の結合距離は2.0~2.2Åの範囲であった。一方、錯体形成のできない含窒素有機化合物、ジ-tert-ブチルピリジンの場合、DFTによる計算が収束せず、結合距離の算定はできなかった。したがって、N原子、Al原子のファンデルワールス半径の和から算定すると、仮にジ-tert-ブチルピリジンとDMACが錯体形成したならば、その結合距離は3.4Å程度と推測される。
よって、錯体形成可能な含窒素有機化合物により形成された錯体における算出されたN-Al間の結合距離が3.4Å未満であれば、錯体形成が達成され、その結果DMACからTMALへの変換に有効活用できるものと期待できる。
図1
図2
図3