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特開2023-139306マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管
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  • 特開-マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管 図1
  • 特開-マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023139306
(43)【公開日】2023-10-03
(54)【発明の名称】マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230926BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20230926BHJP
   C21D 8/10 20060101ALI20230926BHJP
   C21D 9/08 20060101ALI20230926BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D8/10 D
C21D9/08 H
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023126998
(22)【出願日】2023-08-03
(62)【分割の表示】P 2022514080の分割
【原出願日】2021-04-06
(31)【優先権主張番号】P 2020069112
(32)【優先日】2020-04-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020069137
(32)【優先日】2020-04-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】加藤 幸清
(72)【発明者】
【氏名】富尾 悠索
(57)【要約】
【課題】655MPa以上の降伏強度と、優れた耐食性とを有し、内面疵の形成が抑制されたマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管を提供する。
【解決手段】本開示によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、質量%で、C:0.001~0.050%、Si:0.05~1.00%、Mn:0.05~2.00%、P:0.030%以下、S:0.0100%以下、Al:0.005~0.100%、N:0.020%以下、Ni:1.00~9.00%、Cr:8.00~16.00%、Cu:3.50%以下、Mo:1.00~5.00%、W:0.01~0.30%、V:0.010~1.500%、及び、Co:0.001~0.500%を含有し、さらに、Ca、Mg、B、及び、希土類元素からなる群から選択される1種以上を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成と、655MPa以上の降伏強度とを有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管であって、
質量%で、
C:0.001~0.050%、
Si:0.05~1.00%、
Mn:0.05~2.00%、
P:0.030%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.005~0.100%、
N:0.020%以下、
Ni:1.00~9.00%、
Cr:8.00~14.50%、
Cu:0.50~3.50%、
Mo:1.00~5.00%、
W:0.01~0.20%、
V:0.010~1.500%、
Co:0.001~0.500%、
Ca:0~0.0250%、
Mg:0~0.0250%、
B:0~0.0200%、
希土類元素:0~0.200%、
Nb:0~0.100%、
Ta:0~0.100%、
Ti:0~0.100%、
Zr:0~0.100%、
Hf:0~0.100%、
Sn:0~0.100%、及び、
残部:Fe及び不純物からなり、
前記マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の元素の含有量の範囲内において、前記元素の含有量が式(1)及び(2)を満たし、
降伏強度が、655MPa以上である、
マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管。
10Ca+10Mg+2B+REM≧0.0010 (1)
0.200≦0.05Mo+W≦0.349 (2)
ここで、式(1)中のCa、Mg、及び、Bには、対応する元素の含有量が質量%で代入される。式(1)中のREMには、希土類元素の合計含有量が質量%で代入される。式(2)中のW及びMoには、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【請求項2】
請求項1に記載のマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管であって、
Nb:0.001~0.100%、
Ta:0.001~0.100%、
Ti:0.001~0.100%、
Zr:0.001~0.100%、
Hf:0.001~0.100%、及び、
Sn:0.001~0.100%からなる群から選択される1元素以上を含有する、
マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管であって、
前記マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、油井用継目無鋼管である、
マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は継目無鋼管に関し、さらに詳しくは、マルテンサイトを主体とするミクロ組織を有するマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管に関する。
【背景技術】
【0002】
油井やガス井(以下、油井及びガス井を総称して、単に「油井」という)は、腐食性ガスを含有した腐食環境となっている場合がある。ここで、腐食性ガスとは、炭酸ガス、及び/又は、硫化水素ガスを意味する。すなわち、油井で用いられる鋼材には、腐食環境における優れた耐食性が求められる。
【0003】
腐食環境における鋼材の耐食性を高めるには、クロム(Cr)が有効であることが知られている。そこで、腐食環境では、API L80 13Cr鋼材(通常の13Cr鋼材)や、C含有量を低減したスーパー13Cr鋼材等に代表される、13質量%程度のCrを含有するマルテンサイト系ステンレス鋼材が使用される。
【0004】
特開平10-1755号公報(特許文献1)、特表平10-503809号公報(特許文献2)、特開2000-192196号公報(特許文献3)、特開平8-246107号公報(特許文献4)、及び、特開2012-136742号公報(特許文献5)は、腐食環境における耐食性に優れるマルテンサイト系ステンレス鋼材を提案する。
【0005】
特許文献1に開示される鋼材は、マルテンサイト系ステンレス鋼であって、化学組成が、質量%で、C:0.005~0.05%、Si:0.05~0.5%、Mn:0.1~1.0%、P:0.025%以下、S:0.015%以下、Cr:10~15%、Ni:4.0~9.0%、Cu:0.5~3%、Mo:1.0~3%、Al:0.005~0.2%、N:0.005%~0.1%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、40C+34N+Ni+0.3Cu-1.1Cr-1.8Mo≧-10を満たす。この鋼材のミクロ組織は、焼戻しマルテンサイト、マルテンサイト、及び、残留オーステナイトからなり、焼戻しマルテンサイトとマルテンサイトとの合計の分率は60~80%であり、残部が残留オーステナイトである。この鋼材は、耐食性及び耐硫化物応力腐食割れ性に優れる、と特許文献1には開示されている。
【0006】
特許文献2に開示される鋼材は、マルテンサイト系ステンレス鋼であって、化学組成が、重量%で、C:0.005~0.05%、Si≦0.50%、Mn:0.1~1.0%、P≦0.03%、S≦0.005%、Mo:1.0~3.0%、Cu:1.0~4.0%、Ni:5~8%、Al≦0.06%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、Cr+1.6Mo≧13、及び、40C+34N+Ni+0.3Cu-1.1Cr-1.8Mo≧-10.5を満たす。この鋼材のミクロ組織は、焼戻しマルテンサイト組織である。この鋼材は、熱間加工性及び耐硫化物応力腐食割れ性に優れる、と特許文献2には開示されている。
【0007】
特許文献3に開示される鋼材は、マルテンサイト系ステンレス鋼であって、化学組成が、重量%で、C:0.001~0.05%、Si:0.05~1%、Mn:0.05~2%、P:0.025%以下、S:0.01%以下、Cr:9~14%、Mo:3.1~7%、Ni:1~8%、Co:0.5~7%、sol.Al:0.001~0.1%、N:0.05%以下、O(酸素):0.01%以下、Cu:0~5%、W:0~5%を含有し、残部がFe及び不純物からなる。この鋼材は、耐炭酸ガス腐食性、及び、耐硫化物応力腐食割れ性に優れる、と特許文献3には開示されている。
【0008】
特許文献4に開示される鋼材は、マルテンサイト系ステンレス鋼であって、化学組成が、重量%で、C:0.005%~0.05%、Si:0.05%~0.5%、Mn:0.1%~1.0%、P:0.025%以下、S:0.015%以下、Cr:12~15%、Ni:4.5%~9.0%、Cu:1%~3%、Mo:2%~3%、W:0.1%~3%、Al:0.005~0.2%、N:0.005%~0.1%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、40C+34N+Ni+0.3Cu+Co-1.1Cr-1.8Mo-0.9W≧-10を満たす。この鋼材は、耐炭酸ガス腐食性、及び、耐硫化物応力腐食割れ性に優れる、と特許文献4には開示されている。
【0009】
特許文献5に開示される鋼材は、マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管であって、化学組成が、質量%で、C:0.01%以下、Si:0.5%以下、Mn:0.1~2.0%、P:0.03%以下、S:0.005%以下、Cr:14.0~15.5%、Ni:5.5~7.0%、Mo:2.0~3.5%、Cu:0.3~3.5%、V:0.20%以下、Al:0.05%以下、N:0.06%以下を含み、残部がFe及び不純物からなり、655~862MPaの降伏強度と0.90以上の降伏比とを有する。この鋼材は、耐炭酸ガス腐食性、及び、耐硫化物応力腐食割れ性に優れる、と特許文献5には開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平10-1755号公報
【特許文献2】特表平10-503809号公報
【特許文献3】特開2000-192196号公報
【特許文献4】特開平8-246107号公報
【特許文献5】特開2012-136742号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
腐食環境において優れた耐食性を有するマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管にはさらに、655MPa以上(95ksi以上)の降伏強度が求められる場合がある。そのため、上記特許文献1~5に開示された技術以外の他の技術によって、655MPa以上の降伏強度を有し、耐食性に優れるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管が得られてもよい。
【0012】
マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管はさらに、製造時に穿孔圧延に代表される熱間圧延が実施される場合がある。穿孔圧延では、中実の素材から中空の素管を製造する。ここで、穿孔圧延によって製造された素管の内表面には、疵が形成されやすい。本明細書において、素管の内表面に形成される疵を「内面疵」ともいう。穿孔圧延によって素管に内面疵が形成されると、製造されたマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の内表面にも、内面疵が残存する。マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管に内面疵が深く形成されると、継目無鋼管は所望の機械的特性が得られない場合がある。そのため、継目無鋼管の内表面に深く形成された内面疵は、研磨等の機械加工によって、除去される。一方、継目無鋼管の内面疵を研磨等によって除去した場合、内面疵の深さによっては、継目無鋼管の肉厚が所望の肉厚よりも薄くなる場合がある。このように、マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管では、内面疵が抑制できた方が好ましい。
【0013】
このように、マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、655MPa以上の降伏強度と優れた耐食性とを有し、さらに、内面疵の形成が抑制できた方が好ましい。しかしながら、上記特許文献1~5では、穿孔圧延によって形成される内面疵について、検討されていない。
【0014】
本開示の目的は、655MPa以上の降伏強度と、優れた耐食性とを有し、内面疵の形成が抑制された、マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本開示によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、
質量%で、
C:0.001~0.050%、
Si:0.05~1.00%、
Mn:0.05~2.00%、
P:0.030%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.005~0.100%、
N:0.020%以下、
Ni:1.00~9.00%、
Cr:8.00~16.00%、
Cu:3.50%以下、
Mo:1.00~5.00%、
W:0.01~0.30%、
V:0.010~1.500%、
Co:0.001~0.500%、
Ca:0~0.0250%、
Mg:0~0.0250%、
B:0~0.0200%、
希土類元素:0~0.200%、
Nb:0~0.100%、
Ta:0~0.100%、
Ti:0~0.100%、
Zr:0~0.100%、
Hf:0~0.100%、
Sn:0~0.100%、及び、
残部:Fe及び不純物からなり、
前記マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の元素の含有量の範囲内において、前記元素の含有量が式(1)を満たし、
降伏強度が、655MPa以上である。
10Ca+10Mg+2B+REM≧0.0010 (1)
ここで、式(1)中のCa、Mg、及び、Bには、対応する元素の含有量が質量%で代入される。式(1)中のREMには、希土類元素の合計含有量が質量%で代入される。
【発明の効果】
【0016】
本開示によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、655MPa以上の降伏強度と、優れた耐食性とを有し、さらに、内面疵の形成が抑制されている。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本実施例におけるW含有量(質量%)と、内面疵の最大深さ(mm)との関係を示す図である。
図2図2は、本実施例におけるW含有量(質量%)と、穿孔圧延機にかかる負荷の指標である熱間引張強度(MPa)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、655MPa以上の降伏強度と、優れた耐食性とを有し、内面疵の形成が抑制されたマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管について、調査及び検討を行った。その結果、次の知見を得た。
【0019】
まず、本発明者らは、鋼材の耐食性を高める元素について詳細に検討した。その結果、Cr、Mo、Cu、Ni、及び、Coを鋼材に適切に含有させれば、鋼材の耐食性を高められることを知見した。すなわち、質量%で、C:0.001~0.050%、Si:0.05~1.00%、Mn:0.05~2.00%、P:0.030%以下、S:0.0100%以下、Al:0.005~0.100%、N:0.020%以下、Ni:1.00~9.00%、Cr:8.00~16.00%、Cu:3.50%以下、Mo:1.00~5.00%、V:0.010~1.500%、Co:0.001~0.500%、Nb:0~0.100%、Ta:0~0.100%、Ti:0~0.100%、Zr:0~0.100%、Hf:0~0.100%、及び、Sn:0~0.100%を含有する化学組成を有するマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管であれば、655MPa以上の降伏強度と、優れた耐食性とを両立できる可能性がある、と本発明者らは考えた。
【0020】
一方、上述の化学組成を有するマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管では、製造工程中の穿孔圧延時に内面疵が形成される場合がある。穿孔圧延によって素管に内面疵が発生した場合、内面疵を研磨等によって除去する作業が必要となる。この場合、継目無鋼管の生産性が低下する。さらに、穿孔圧延によって内面疵が深く形成されすぎると、内面疵を除去するために、素管の内表面を深くまで研磨する必要がある。その結果、製造された継目無鋼管の肉厚が薄くなる場合がある。
【0021】
そこで本発明者らは、上述の化学組成を有するマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の内面疵の発生を抑制する方法を検討した。その結果、上述の化学組成に加えて、熱間加工性を高める元素として、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、ホウ素(B)、及び、希土類元素(REM)に着目した。Ca、Mg、及び、REMは、鋼材中の硫黄(S)を硫化物として固定することで無害化し、鋼材の熱間加工性を高める。Bは、鋼材中の硫黄が粒界に偏析するのを抑制し、鋼材の熱間加工性を高める。すなわち、Ca、Mg、B、及び/又は、REMを含有させれば、内面疵の発生を抑制できるのではないかと本発明者らは考えた。
【0022】
ここで、F1=10Ca+10Mg+2B+REMと定義する。F1を高めれば、Sによる鋼材の熱間加工性の低下が抑制でき、鋼材の内面疵の形成を抑制することができる。そこで、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、上述の元素含有量に加えて、Caを0~0.0250%、Mgを0~0.0250%、Bを0~0.0200%、及び、REMを0~0.200%含有し、さらに、元素の含有量が式(1)を満たす。
10Ca+10Mg+2B+REM≧0.0010 (1)
ここで、式(1)中のCa、Mg、及び、Bには、対応する元素の含有量が質量%で代入される。式(1)中のREMには、希土類元素の合計含有量が質量%で代入される。
【0023】
一方、質量%で、C:0.001~0.050%、Si:0.05~1.00%、Mn:0.05~2.00%、P:0.030%以下、S:0.0100%以下、Al:0.005~0.100%、N:0.020%以下、Ni:1.00~9.00%、Cr:8.00~16.00%、Cu:3.50%以下、Mo:1.00~5.00%、V:0.010~1.500%、Co:0.001~0.500%、Ca:0~0.0250%、Mg:0~0.0250%、B:0~0.0200%、REM:0~0.200%、Nb:0~0.100%、Ta:0~0.100%、Ti:0~0.100%、Zr:0~0.100%、Hf:0~0.100%、及び、Sn:0~0.100%を含有し、さらに式(1)を満たすマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管であっても、内面疵が深く形成される場合があった。そこで本発明者らは、上述の元素含有量を有するマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の内面疵の形成をさらに抑制する方法を検討した。その結果、上述の元素含有量に加えて、さらに、タングステン(W)を含有すれば、継目無鋼管の内面疵の形成を抑制できることを見出した。この点について、具体的に図面を用いて説明する。
【0024】
図1は、本実施例におけるW含有量(質量%)と、内面疵の最大深さ(mm)との関係を示す図である。図1は、後述する実施例のうち、上述の元素含有量を有し、かつ、式(1)を満たし、優れた耐食性を示す鋼材について、W含有量(質量%)と、穿孔圧延によって生じた内面疵の最大深さ(mm)とを用いて作成した。なお、内面疵の最大深さ(mm)は、後述する方法で得られた。また、図1に用いた鋼材は、いずれも降伏強度が655MPa以上であった。
【0025】
図1を参照して、上述の元素含有量を有し、かつ、式(1)を満たし、優れた耐食性を示す鋼材では、Wが0.01%含有されていれば、内面疵の最大深さが0.3mm未満となる。すなわち、W含有量が0.01%以上であれば、内面疵の形成を抑制できることが、図1によって証明されている。
【0026】
Wを0.01%以上含有することで、内面疵の形成を抑制できる理由について、詳細は明らかになっていない。しかしながら、本発明者らは次のように推察している。上述の元素含有量を有し、かつ、式(1)を満たす鋼材に対して穿孔圧延を実施する場合、穿孔圧延前の加熱時、及び、穿孔圧延時に、鋼材の表面に酸化物が形成する。Wは、酸化物に固溶して、酸化物の融点を下げる可能性がある。この場合、穿孔圧延時に酸化物が溶融し、液状化する可能性がある。その結果、Wが固溶した酸化物が潤滑剤として機能して、穿孔圧延を実施しても、内面疵の形成を抑制できるものと推察される。
【0027】
なお、W含有量が0.01%以上であることによって、鋼材の内面疵の形成が抑制できる効果は、後述する実施例によって証明されている。すなわち、本発明者らが考える上記メカニズムとは異なるメカニズムによって、Wが鋼材の内面疵の形成を抑制していた場合であっても、Wが上述の化学組成を有するマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の内面疵の形成を抑制できることは、実施例によって証明されている。
【0028】
したがって、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、上述の元素含有量を有し、かつ、式(1)を満たすことに加えて、さらに、Wを0.01~0.30%含有する。その結果、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、655MPa以上の降伏強度と、優れた耐食性とを有するだけでなく、内面疵の形成が抑制される。
【0029】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の要旨は、次のとおりである。
【0030】
[1]
マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管であって、
質量%で、
C:0.001~0.050%、
Si:0.05~1.00%、
Mn:0.05~2.00%、
P:0.030%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.005~0.100%、
N:0.020%以下、
Ni:1.00~9.00%、
Cr:8.00~16.00%、
Cu:3.50%以下、
Mo:1.00~5.00%、
W:0.01~0.30%、
V:0.010~1.500%、
Co:0.001~0.500%、
Ca:0~0.0250%、
Mg:0~0.0250%、
B:0~0.0200%、
希土類元素:0~0.200%、
Nb:0~0.100%、
Ta:0~0.100%、
Ti:0~0.100%、
Zr:0~0.100%、
Hf:0~0.100%、
Sn:0~0.100%、及び、
残部:Fe及び不純物からなり、
前記マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の元素の含有量の範囲内において、前記元素の含有量が式(1)を満たし、
降伏強度が、655MPa以上である、
マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管。
10Ca+10Mg+2B+REM≧0.0010 (1)
ここで、式(1)中のCa、Mg、及び、Bには、対応する元素の含有量が質量%で代入される。式(1)中のREMには、希土類元素の合計含有量が質量%で代入される。
【0031】
[2]
[1]に記載のマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管であって、
Nb:0.001~0.100%、
Ta:0.001~0.100%、
Ti:0.001~0.100%、
Zr:0.001~0.100%、
Hf:0.001~0.100%、及び、
Sn:0.001~0.100%からなる群から選択される1元素以上を含有する、
マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管。
【0032】
[3]
[1]又は[2]に記載のマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管であって、
W:0.01~0.25%を含有する、
マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管。
【0033】
[4]
[1]~[3]のいずれか1項に記載のマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管であって、
前記マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の前記元素の含有量の範囲内において、前記元素の含有量が式(2)を満たす、
マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管。
0.05Mo+W≧α (2)
ここで、式(2)中のαは、前記マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の前記元素のうち、Cu含有量が0.50%未満の場合0.240であり、Cu含有量が0.50~3.50%の場合0.200である。式(2)中のW及びMoには、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【0034】
[5]
[1]~[4]のいずれか1項に記載のマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管であって、
前記マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、油井用継目無鋼管である、
マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管。
【0035】
本明細書において、「油井用継目無鋼管」とは、油井又はガス井の掘削、及び、原油又は天然ガスの採取等に用いられるケーシング、チュービング、ドリルパイプの総称を意味する。
【0036】
以下、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0037】
[化学組成]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の化学組成は、次の元素を含有する。
【0038】
C:0.001~0.050%
炭素(C)は鋼材の焼入れ性を高めて、鋼材の強度を高める。C含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、この効果が十分に得られない。一方、C含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の耐食性が低下する。したがって、C含有量は0.001~0.050%である。C含有量の好ましい下限は0.002%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。C含有量の好ましい上限は0.045%であり、さらに好ましくは0.040%である。
【0039】
Si:0.05~1.00%
ケイ素(Si)は鋼を脱酸する。Si含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、この効果が十分に得られない。一方、Si含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、この効果が飽和する。したがって、Si含有量は0.05~1.00%である。Si含有量の好ましい下限は0.07%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.15%である。Si含有量の好ましい上限は0.70%であり、さらに好ましくは0.65%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0040】
Mn:0.05~2.00%
マンガン(Mn)は鋼の焼入れ性を高めて、鋼材の強度を高める。Mn含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、この効果が十分に得られない。一方、MnはP及びS等の不純物元素と共に、粒界に偏析する場合がある。そのため、Mn含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の耐食性が低下する。したがって、Mn含有量は0.05~2.00%である。Mn含有量の好ましい下限は0.15%であり、さらに好ましくは0.18%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.50%である。Mn含有量の好ましい上限は1.90%であり、さらに好ましくは1.85%であり、さらに好ましくは1.80%である。
【0041】
P:0.030%以下
燐(P)は不可避に含有される不純物である。すなわち、P含有量の下限は0%超である。Pは結晶粒界に偏析し、鋼の耐食性を低下させる。したがって、P含有量は0.030%以下である。P含有量の好ましい上限は0.028%であり、さらに好ましくは0.025%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.005%である。
【0042】
S:0.0100%以下
硫黄(S)は不可避に含有される不純物である。すなわち、S含有量の下限は0%超である。Sは結晶粒界に偏析し、鋼材の靭性及び熱間加工性を低下させる。Sはさらに、Mnと結合して介在物であるMnSを形成し、鋼材の靭性及び熱間加工性を低下させる。したがって、S含有量は0.0100%以下である。S含有量の好ましい上限は0.0095%であり、さらに好ましくは0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0005%である。
【0043】
Al:0.005~0.100%
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。Al含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、この効果が十分に得られない。一方、Al含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、この効果が飽和する。したがって、Al含有量は0.005~0.100%である。Al含有量の好ましい下限は0.008%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.015%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.025%である。Al含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.070%である。なお、本明細書でいうAl含有量は、sol.Al(酸可溶Al)の含有量を意味する。
【0044】
N:0.020%以下
窒素(N)は不可避に含有される。すなわち、N含有量の下限は0%超である。NはTiと結合して、Ti窒化物を形成する。微細なTi窒化物は、ピンニング効果により結晶粒の粗大化を抑制する。一方、N含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な窒化物が形成し、鋼材の靭性が低下する。したがって、N含有量は0.020%以下である。N含有量の好ましい上限は0.018%であり、さらに好ましくは0.015%であり、さらに好ましくは0.012%である。N含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。上記効果をより有効に得るためのN含有量の好ましい下限は0.004%であり、さらに好ましくは0.005%である。
【0045】
Ni:1.00~9.00%
ニッケル(Ni)はオーステナイト形成元素であり、焼入れ後のミクロ組織をマルテンサイトにする。Niはさらに、鋼材の耐食性を高める。Ni含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、焼戻し後のミクロ組織中にフェライトが多く含まれる場合がある。この場合、鋼材は所望の機械的特性が得られない。Ni含有量が低すぎればさらに、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の耐食性が十分に得られない。一方、Ni含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Ac1変態点が低くなりすぎ、鋼材の調質が困難になる。その結果、鋼材は所望の機械的特性が得られない場合がある。したがって、Ni含有量は1.00~9.00%である。Ni含有量の好ましい下限は1.50%であり、さらに好ましくは2.00%であり、さらに好ましくは2.50%であり、さらに好ましくは3.00%であり、さらに好ましくは3.50%である。Ni含有量の好ましい上限は8.50%であり、さらに好ましくは8.00%であり、さらに好ましくは7.50%である。
【0046】
Cr:8.00~16.00%
クロム(Cr)は鋼材の表面に被膜を形成して、鋼材の耐食性を高める。Cr含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、この効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、金属間化合物及びCr酸化物が過剰に生成したり、粗大な金属間化合物及び/又は粗大なCr酸化物が生成したりして、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Cr含有量は8.00~16.00%である。Cr含有量の好ましい下限は8.50%であり、さらに好ましくは9.00%であり、さらに好ましくは10.00%であり、さらに好ましくは10.50%であり、さらに好ましくは10.65%であり、さらに好ましくは10.70%であり、さらに好ましくは10.80%、さらに好ましくは11.00%である。Cr含有量の好ましい上限は15.50%であり、さらに好ましくは15.00%であり、さらに好ましくは14.50%であり、さらに好ましくは14.20%である。
【0047】
Cu:3.50%以下
銅(Cu)は不可避に含有される。すなわち、Cu含有量の下限は0%超である。Cuは鋼材に固溶して、鋼材の耐食性を高める。一方、Cu含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、Cu含有量は3.50%以下である。Cu含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。ここで、Cu含有量が0.50%以上であれば、鋼材の耐食性がさらに高まる。Cu含有量が0.50%以上であればさらに、後述する式(2)の効果を補助する。具体的には、Cu含有量が0.50%以上であれば、F2として定義される0.05Mo+Wが少し低い場合であっても、内面疵をさらに抑制することができる。これらの効果を有効に得るためのCu含有量の好ましい下限は0.50%であり、さらに好ましくは0.60%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは1.00%である。Cu含有量の好ましい上限は3.30%であり、さらに好ましくは3.10%であり、さらに好ましくは2.90%である。一方、Cu含有量が0.50%未満であれば、製造コストを低減することができる。したがって、Cu含有量が0.50%未満の場合、Cu含有量の好ましい上限は0.48%であり、さらに好ましくは0.45%であり、さらに好ましくは0.43%である。
【0048】
Mo:1.00~5.00%
モリブデン(Mo)は鋼材の強度を高める。Moはさらに、鋼材の耐食性を高める。Moはさらに、鋼材の内面疵の形成を抑制するWを補助する。Mo含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、これらの効果が十分に得られない。一方、Moはフェライト形成元素である。そのため、Mo含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、オーステナイトが安定化しにくく、マルテンサイトを主体とするミクロ組織が安定的に得られにくい。その結果、鋼材は所望の機械的特性が得られない場合がある。したがって、Mo含有量は1.00~5.00%である。Mo含有量の好ましい下限は1.10%であり、さらに好ましくは1.20%であり、さらに好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは1.80%である。Mo含有量の好ましい上限は4.70%であり、さらに好ましくは4.50%であり、さらに好ましくは4.00%であり、さらに好ましくは3.80%である。
【0049】
W:0.01~0.30%
タングステン(W)は、内面疵の形成を抑制する。W含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、この効果が十分に得られない。したがって、W含有量は0.01~0.30%である。一方、W含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の強度が高くなりすぎる場合がある。この場合、穿孔圧延に必要な応力が高くなりすぎる。具体的に、この点について図を用いて説明する。
【0050】
図2は、本実施例におけるW含有量(質量%)と、熱間引張強度(MPa)との関係を示す図である。図2は、後述する実施例のうち、W以外の元素の含有量が、本実施形態に記載の範囲を満たす鋼材について、W含有量(質量%)と、熱間引張強度(MPa)とを用いて作成した。なお、穿孔圧延は、後述する好ましい製造方法を用いた。また、後述する条件で実施した熱間加工性試験(グリーブル試験)において、鋼材が破断するまでの最大応力を「熱間引張強度」と定義した。なお、図2中の「○」は穿孔圧延によって形成された内面疵の最大深さが0.3mm未満の鋼材を示す。一方、図2中の「●」は穿孔圧延によって形成された内面疵の最大深さが0.3mm以上の鋼材を示す。
【0051】
図2を参照して、本実施形態による化学組成を満たす鋼材では、W含有量が0.25%を超えると、熱間引張強度が130MPaを超える。この場合、穿孔圧延機にかかる負荷が大きくなる。したがって、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の化学組成において、W含有量は0.25%以下とするのが好ましい。さらに、上述のとおり、W含有量が0.01%未満であれば、内面疵の最大深さが0.3mm以上となる。したがって、本実施形態によるW含有量は、好ましくは0.01~0.25%である。この場合、継目無鋼管の内面疵の形成が抑制でき、さらに、穿孔圧延機にかかる負荷を低減することができる。
【0052】
W含有量の好ましい下限は0.02%であり、さらに好ましくは0.04%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.06%であり、さらに好ましくは0.07%である。W含有量のより好ましい上限は0.24%であり、さらに好ましくは0.24%未満であり、さらに好ましくは0.23%であり、さらに好ましくは0.22%である。
【0053】
V:0.010~1.500%
バナジウム(V)は鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。V含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、この効果が十分に得られない。一方、V含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の靭性が低下する。したがって、V含有量は0.010~1.500%である。V含有量の好ましい下限は0.020%であり、さらに好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.040%である。V含有量の好ましい上限は1.000%であり、さらに好ましくは0.700%であり、さらに好ましくは0.500%であり、さらに好ましくは0.300%である。
【0054】
Co:0.001~0.500%
コバルト(Co)は鋼材の耐食性を高める。Coはさらに、鋼材の焼入性を高め、鋼材強度を安定化させる。Co含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、これらの効果が十分に得られない。一方、Co含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の靱性が低下する。したがって、Co含有量は0.001~0.500%である。Co含有量の好ましい下限は0.005%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.050%であり、さらに好ましくは0.100%であり、さらに好ましくは0.120%であり、さらに好ましくは0.150%である。Co含有量の好ましい上限は0.450%であり、さらに好ましくは0.400%であり、さらに好ましくは0.350%である。
【0055】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、意図的に含有させるものではなく、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0056】
[任意元素]
[第1群任意元素]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の化学組成はさらに、Ca、Mg、B、及び、希土類元素(REM)からなる群から選択される1種以上を含有する。これらの元素はいずれも、鋼材の熱間加工性を高め、鋼材の内面疵の形成を抑制する。
【0057】
Ca:0~0.0250%
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Ca含有量は0%であってもよい。含有される場合、Caは鋼材中のSを硫化物として固定することで無害化する。その結果、鋼材の熱間加工性が高まる。Caが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。一方、Ca含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の介在物が粗大化して、鋼材の靱性が低下する。したがって、Ca含有量は0~0.0250%である。上記効果を有効に得るためのCa含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0200%であり、さらに好ましくは0.0150%であり、さらに好ましくは0.0100%である。
【0058】
Mg:0~0.0250%
マグネシウム(Mg)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Mg含有量は0%であってもよい。含有される場合、Mgは鋼材中のSを硫化物として固定することで無害化する。その結果、鋼材の熱間加工性が高まる。Mgが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。一方、Mg含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の介在物が粗大化して、鋼材の靱性が低下する。したがって、Mg含有量は0~0.0250%である。上記効果を有効に得るためのMg含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%である。Mg含有量の好ましい上限は0.0240%であり、さらに好ましくは0.0220%であり、さらに好ましくは0.0200%である。
【0059】
B:0~0.0200%
ホウ素(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、B含有量は0%であってもよい。含有される場合、Bは鋼材中のSの結晶粒界への偏析を抑制する。その結果、鋼材の熱間加工性が高まる。Bが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。一方、B含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、ボロン窒化物(BN)が生成して、鋼材の靭性が低下する。したがって、B含有量は0~0.0200%である。上記効果を有効に得るためのB含有量の好ましい下限は0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0012%であり、さらに好ましくは0.0014%である。B含有量の好ましい上限は0.0180%であり、さらに好ましくは0.0170%であり、さらに好ましくは0.0150%である。
【0060】
希土類元素:0~0.200%
希土類元素(REM)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、REM含有量は0%であってもよい。含有される場合、REMは鋼材中のSを硫化物として固定することで無害化する。その結果、鋼材の熱間加工性が高まる。REMが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。一方、REM含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の介在物が粗大化して、鋼材の靭性が低下する。したがって、REM含有量は0~0.200%である。上記効果を有効に得るためのREM含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.025%である。REM含有量の好ましい上限は0.190%であり、さらに好ましくは0.180%であり、さらに好ましくは0.170%である。
【0061】
なお、本明細書におけるREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)、原子番号39番のイットリウム(Y)、及び、ランタノイドである原子番号57番のランタン(La)~原子番号71番のルテチウム(Lu)からなる群から選択される1種以上の元素を意味する。また、本明細書におけるREM含有量とは、これらの元素の合計含有量を意味する。
【0062】
[第2群任意元素]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Nb、Ta、Ti、Zr、及び、Hfからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼材の強度を高める。
【0063】
Nb:0~0.100%
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Nb含有量は0%であってもよい。含有される場合、Nbは炭窒化物を形成し、鋼材の強度を高める。Nbが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。一方、Nb含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の強度が高くなりすぎ、鋼材の靭性が低下する。したがって、Nb含有量は0~0.100%である。Nb含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。Nb含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%である。
【0064】
Ta:0~0.100%
タンタル(Ta)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Ta含有量は0%であってもよい。含有される場合、Taは炭窒化物を形成し、鋼材の強度を高める。Taが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。一方、Ta含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の強度が高くなりすぎ、鋼材の靭性が低下する。したがって、Ta含有量は0~0.100%である。Ta含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。Ta含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%である。
【0065】
Ti:0~0.100%
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Ti含有量は0%であってもよい。含有される場合、Tiは炭窒化物を形成し、鋼材の強度を高める。Tiが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。一方、Ti含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の強度が高くなりすぎ、鋼材の靭性が低下する。したがって、Ti含有量は0~0.100%である。Ti含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。Ti含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%である。
【0066】
Zr:0~0.100%
ジルコニウム(Zr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Zr含有量は0%であってもよい。含有される場合、Zrは炭窒化物を形成し、鋼材の強度を高める。Zrが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。一方、Zr含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の強度が高くなりすぎ、鋼材の靭性が低下する。したがって、Zr含有量は0~0.100%である。Zr含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。Zr含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%である。
【0067】
Hf:0~0.100%
ハフニウム(Hf)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Hf含有量は0%であってもよい。含有される場合、Hfは炭窒化物を形成し、鋼材の強度を高める。Hfが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。一方、Hf含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の強度が高くなりすぎ、鋼材の靭性が低下する。したがって、Hf含有量は0~0.100%である。Hf含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。Hf含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%である。
【0068】
[第3群任意元素]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Snを含有してもよい。
【0069】
Sn:0~0.100%
スズ(Sn)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Sn含有量は0%であってもよい。含有される場合、Snは鋼材の耐食性を高める。Snが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。一方、Sn含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、熱間加工中において、粒界に液化脆化割れが生じる場合がある。したがって、Sn含有量は0~0.100%である。Sn含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。Sn含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%である。
【0070】
[式(1)について]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、上述の元素の含有量の範囲内において、元素の含有量が式(1)を満たす。
10Ca+10Mg+2B+REM≧0.0010 (1)
ここで、式(1)中のCa、Mg、及び、Bには、対応する元素の含有量が質量%で代入される。式(1)中のREMには、希土類元素の合計含有量が質量%で代入される。なお、Ca、Mg、又は、Bが含有されていない場合、対応する元素記号には「0」が代入される。希土類元素が含有されていない場合、REMには「0」が代入される。
【0071】
F1(=10Ca+10Mg+2B+REM)は、Sによる鋼材の熱間加工性の低下を抑制する程度を示す指標である。上述の元素の含有量の範囲内では、F1が0.0010以上であれば、Sによる鋼材の熱間加工性の低下を十分に抑制できる。その結果、上述の元素の含有量の範囲内であることを前提として、鋼材の内面疵の形成を抑制することができる。したがって、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、上述の元素の含有量の範囲内において、F1を0.0010以上とする。
【0072】
F1の好ましい下限は0.0030であり、さらに好ましくは0.0050であり、さらに好ましくは0.0100であり、さらに好ましくは0.0120である。F1の上限は特に限定されない。しかしながら、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の元素の含有量の範囲内であることから、F1の上限は実質的に0.7400である。F1の好ましい上限は0.7000であり、さらに好ましくは0.6000であり、さらに好ましくは0.5000である。
【0073】
要するに、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、上述の元素の含有量の範囲内において、
Ca:0.0001~0.0250%、
Mg:0.0001~0.0250%、
B:0.0005~0.0200%、及び、
希土類元素:0.001~0.200%からなる群から選択される1元素以上を含有する。
この場合、F1は0.0010以上となり、Sによる鋼材の熱間加工性の低下を十分に抑制することができる。
【0074】
[式(2)について]
好ましくは、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、上述の元素の含有量の範囲内において、元素の含有量が式(2)を満たす。
0.05Mo+W≧α (2)
ここで、式(2)中のαは、マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の元素のうち、Cu含有量が0.50%未満の場合0.240であり、Cu含有量が0.50~3.50%の場合0.200である。式(2)中のW及びMoには、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【0075】
F2=0.05Mo+Wと定義する。F2は熱間加工時に形成される酸化物の融点に関する指標である。上述の元素の含有量の範囲内では、F2が0.240以上であれば、熱間加工時に酸化物の融点がさらに低下する。この場合、鋼材の内面疵の最大深さがさらに浅くなる。すなわち、マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の内面疵を、さらに抑制することができる。したがって、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、上述の元素の含有量の範囲内において、F2を0.240以上とするのが好ましい。
【0076】
F2のさらに好ましい下限は0.250であり、さらに好ましくは0.255であり、さらに好ましくは0.260である。F2の上限は特に限定されない。しかしながら、上述の化学組成では、F2の上限は実質的に0.550である。なお、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管では、上述の化学組成を満たせば、F2が0.240未満であっても、内面疵の形成を抑制することはできるが、F2が0.240以上であれば、内面疵の形成がさらに抑制される。
【0077】
さらに、Cu含有量が0.50%以上の場合、F2が0.200以上であれば、内面疵の形成がさらに抑制される。なお、Cu含有量を0.50%以上に高めることによって、F2が低くても内面疵を抑制できる理由は、明らかになっていない。しかしながら、Cu含有量が0.50%以上であれば、F2が低くても内面疵を抑制できる点は、後述する実施例によって証明されている。
【0078】
したがって、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、上述の元素の含有量の範囲内であり、かつ、Cu含有量が0.50%以上の場合、F2を0.200以上とするのが好ましい。Cu含有量が0.50%以上の場合、F2のさらに好ましい下限は0.220であり、さらに好ましくは0.240である。
【0079】
[ミクロ組織]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管のミクロ組織は、マルテンサイトを主体とする。本明細書において、マルテンサイトとは、フレッシュマルテンサイトだけでなく、焼戻しマルテンサイトも含む。また、本明細書において、マルテンサイトが主体とは、ミクロ組織において、マルテンサイトの体積率が80.0%以上であることを意味する。ミクロ組織の残部は、残留オーステナイトである。つまり、本実施形態のマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管において、残留オーステナイトの体積率は0~20.0%である。残留オーステナイトの体積率はなるべく低い方が好ましい。本実施形態のマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管のミクロ組織中のマルテンサイトの体積率の好ましい下限は85.0%であり、さらに好ましくは90.0%である。さらに好ましくは、鋼材のミクロ組織は、マルテンサイト単相である。
【0080】
[マルテンサイトの体積率の測定方法]
本実施形態のマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管のミクロ組織におけるマルテンサイトの体積率(%)は、以下に示す方法で求めた残留オーステナイトの体積率(%)を、100.0%から差し引いて求めることができる。
【0081】
残留オーステナイトの体積率は、X線回折法により求めることができる。具体的には、マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の肉厚中央部から試験片を採取する。試験片の大きさは特に限定されないが、たとえば、15mm×15mm×厚さ2mmである。この場合、試験片の厚さ方向はマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の管径方向と平行とする。得られた試験片を用いて、α相(フェライト及びマルテンサイト)の(200)面、α相の(211)面、γ相(残留オーステナイト)の(200)面、γ相の(220)面、γ相の(311)面の各々のX線回折強度を測定し、各面の積分強度を算出する。X線回折強度の測定において、X線回折装置のターゲットをMoとし(MoKα線)、出力を50kV-40mAとする。算出後、α相の各面と、γ相の各面との組合せ(2×3=6組)ごとに式(I)を用いて残留オーステナイトの体積率Vγ(%)を算出する。そして、6組の残留オーステナイトの体積率Vγの平均値を、残留オーステナイトの体積率(%)と定義する。
Vγ=100/{1+(Iα×Rγ)/(Iγ×Rα)} (I)
ここで、Iαはα相の積分強度である。Rαはα相の結晶学的理論計算値である。Iγはγ相の積分強度である。Rγはγ相の結晶学的理論計算値である。なお、本明細書において、α相の(200)面でのRαを15.9、α相の(211)面でのRαを29.2、γ相の(200)面でのRγを35.5、γ相の(220)面でのRγを20.8、γ相の(311)面でのRγを21.8とする。なお、残留オーステナイトの体積率は、得られた数値の小数第二位を四捨五入する。
【0082】
上述のX線回折法で得られた残留オーステナイトの体積率(%)を用いて、マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管のミクロ組織のマルテンサイトの体積率(%)を次の式により求める。
マルテンサイトの体積率=100.0-残留オーステナイトの体積率(%)
【0083】
[降伏強度]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、655MPa以上(95ksi以上)の降伏強度を有する。本明細書において、降伏強度とは、ASTM E8/E8M(2013)に準拠した常温(24±3℃)での引張試験により得られた、0.2%オフセット耐力(MPa)を意味する。
【0084】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、上述の元素含有量を有し、式(1)を満たし、少なくとも655MPa以上であれば、優れた耐食性を有し、さらに、内面疵の形成が抑制されることが、後述する実施例によって証明されている。なお、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の降伏強度の上限は特に限定されない。降伏強度の上限は、たとえば、1034MPaであってもよく、1000MPaであってもよく、965MPaであってもよい。
【0085】
具体的に、本実施形態において、降伏強度は次の方法で求めることができる。マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の肉厚中央部から、丸棒試験片を採取する。丸棒試験片はたとえば、平行部直径6.0mm、平行部長さ40.0mmとする。なお、丸棒試験片の平行部の長手方向はマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の管軸方向と平行とする。丸棒試験片を用いて、ASTM E8/E8M(2013)に準拠して常温(24±3℃)にて引張試験を行い、0.2%オフセット耐力(MPa)を求める。得られた0.2%オフセット耐力を降伏強度(MPa)と定義する。
【0086】
[耐食性]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、優れた耐食性を有する。本実施形態において、優れた耐食性とは、以下のとおりに定義される。
【0087】
本実施形態では、4点曲げ試験によって耐食性を評価する。具体的には、まず、本実施形態による鋼材の肉厚中央部から、試験片を採取する。試験片の大きさは、たとえば、厚さ2mm、幅10mm、長さ75mmである。なお、試験片の長手方向はマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の管軸方向と平行とする。試験溶液は、pH4.5に調整した、25重量%塩化ナトリウム水溶液とする。
【0088】
ASTM G39-99(2011)に準拠して、試験片に対して4点曲げによって、実降伏応力の100%に相当する応力を負荷する。応力を負荷した試験片を試験治具ごとオートクレーブに封入する。オートクレーブに試験溶液を、気相部を残して注入し、試験浴とする。試験浴を脱気した後、オートクレーブに0.03barのH2Sガスと30barのCO2ガスとの混合ガスを加圧封入し、試験浴を撹拌して混合ガスを飽和させる。オートクレーブを封じた後、試験浴を180℃で720時間撹拌する。
【0089】
上記条件によって、720時間経過後の試験片に、割れが確認されない場合、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、「優れた耐食性を有する」と判断する。なお、本明細書において、「割れが確認されない」とは、試験後の試験片を肉眼によって観察した場合、割れが確認されないことを意味する。
【0090】
[継目無鋼管の内面疵]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、内面疵の形成が抑制されている。本実施形態において、「内面疵の形成が抑制されている」とは、以下のとおりに定義される。
【0091】
具体的に、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の製造を模した穿孔圧延を、特定の条件で実施して、得られた鋼材の内面疵の最大深さを測定する。より具体的には、上述の化学組成を有する素材(丸ビレット)を1230℃に加熱した後、断面減少率を65%とする穿孔圧延を実施する。その後、後述する熱処理を実施して、マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管を得る。得られた継目無鋼管の内面に形成された内面疵を目視で確認し、形成された疵の深さをノギスで測定する。求めた疵の深さの最大値を、内面疵の最大深さ(mm)と定義する。内面疵の最大深さが0.3mm未満の場合、マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、「内面疵の形成が抑制されている」と判断する。
【0092】
[穿孔圧延機の負荷]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、好ましくは、W含有量が0.01~0.25%である。この場合、マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管はさらに、穿孔圧延機にかかる負荷を低減できる。本実施形態において、「穿孔圧延機にかかる負荷が低減される」とは、以下のとおりに定義される。
【0093】
具体的に、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管に対して、熱間加工性試験(グリーブル試験)を実施する。本実施形態による鋼材から、グリーブル試験用の試験片を作製する。試験片は、継目無鋼管の肉厚中央部から作製する。試験片は、たとえば、平行部直径10mm、平行部長さ130mmの丸棒試験片である。なお、試験片の長手方向はマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の管軸方向と平行とする。
【0094】
1250℃に加熱された試験片に対して、100℃/分で冷却し、1100℃で引張応力を加えて破断させる。試験片が破断するまでの最大応力(MPa)を求め、「熱間引張強度」と定義する。得られた熱間引張強度(MPa)が130MPa以下の場合、マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、「穿孔圧延機にかかる負荷が低減されている」と判断する。
【0095】
[継目無鋼管の用途]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の用途は特に限定されない。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管は、油井用継目無鋼管に好適である。油井用継目無鋼管はたとえば、油井又はガス井の掘削、原油又は天然ガスの採取等に用いられるケーシング、チュービング、ドリルパイプ等である。
【0096】
[製造方法]
本実施形態のマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の製造方法の一例を説明する。なお、以下に説明する製造方法は一例であって、本実施形態のマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の製造方法はこれに限定されない。つまり、上述の構成を有する本実施形態のマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管が製造できれば、以下に説明する製造方法に限定されず、他の製造方法によって製造されてもよい。好ましくは、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の製造方法は、素材準備工程と、熱間加工工程と、熱処理工程とを含む。以下、製造方法が素材準備工程と、熱間加工工程と、熱処理工程とを含む場合について詳細に説明する。
【0097】
[素材準備工程]
素材準備工程では、上述の化学組成を有する溶鋼を周知の精錬方法により製造する。製造された溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片を製造する。ここで、鋳片とは、スラブ、ブルーム、又はビレットである。鋳片に代えて、上記溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造してもよい。必要に応じて、スラブ、ブルーム又はインゴットを熱間圧延して、ビレットを製造してもよい。以上の製造工程により、素材(スラブ、ブルーム、又は、ビレット)を製造する。
【0098】
[熱間加工工程]
熱間加工工程では、準備された素材を熱間加工する。まず、素材を加熱炉で加熱する。加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1100~1300℃である。加熱炉から抽出された素材に対して熱間加工を実施して、素管(継目無鋼管)を製造する。具体的に、本実施形態では、熱間加工として穿孔圧延を実施して、素管を製造する。穿孔圧延における、穿孔比は特に限定されないが、たとえば、1.0~4.0である。穿孔圧延後のビレットに対して、マンドレルミルを用いた延伸圧延を実施する。さらに、必要に応じて、延伸圧延後のビレットに対して、レデューサ又はサイジングミルを用いた定径圧延を実施する。以上の工程により、素管を製造する。熱間加工工程での累積の減面率は特に限定されないが、たとえば、20~70%である。
【0099】
[熱処理工程]
熱処理工程は、焼入れ工程及び焼戻し工程を含む。熱処理工程では、まず、熱間加工工程で製造された素管に対して、焼入れを実施する(焼入れ工程)。焼入れ後の素管に対して、焼戻しを実施する(焼戻し工程)。以下、焼入れ工程と焼戻し工程とについて、それぞれ説明する。
【0100】
[焼入れ工程]
焼入れ工程では、周知の方法で焼入れを実施する。本明細書において、「焼入れ」とは、A3点以上の素管を急冷することを意味する。焼入れは、熱間加工後、素管を常温まで冷却することなく、熱間加工直後に焼入れ(直接焼入れ)を実施してもよいし、熱間加工後の素管の温度が低下する前に熱処理炉又は補熱炉に装入して、素管を焼入れ温度にした後、焼入れを実施してもよい。
【0101】
焼入れ温度はAC3変態点以上であり、たとえば、900~1000℃である。ここで、焼入れ温度とは、熱処理炉又は補熱炉を用いる場合は炉温を意味し、直接焼入れの場合は素管の外表面の温度を意味する。熱処理炉又は補熱炉を用いる場合さらに、素管を焼入れ温度で保持する時間は特に限定されないが、たとえば、10~120分である。
【0102】
焼入れ方法は特に限定されないが、たとえば、水冷である。水冷による焼入れの方法として、具体的には、水槽又は油槽に素管を浸漬して、急冷してもよい。又は、シャワー冷却又はミスト冷却により、素管の外面及び/又は内面に対して冷却水を注いだり、噴射したりすることにより、素管を急冷してもよい。
【0103】
[焼戻し工程]
焼戻し工程では、焼入れされた素管に焼戻しを実施して、降伏強度を調整する。本明細書において、「焼戻し」とは、焼入れ後の素管をAc1点以下で再加熱して、保持することを意味する。本実施形態による焼戻し工程では、焼戻し温度を500℃~Ac1変態点とする。本実施形態による焼戻し工程では、焼戻し時間は特に限定されないが、たとえば、10~180分である。本明細書において、焼戻し温度とは、熱処理炉での炉温(℃)を意味する。本明細書において、焼戻し時間とは、焼戻し温度で素管を保持する時間を意味する。
【0104】
本実施形態による焼戻し工程では、素管の元素含有量と、得ようとする降伏強度とに応じて、焼戻し温度及び焼戻し時間を調整する。具体的に、たとえば、上述の元素含有量の素管の降伏強度を655~862MPa未満にしようとする場合、焼戻し温度を570~620℃、焼戻し時間を10~30分とするのが好ましい。たとえばさらに、Cu含有量が0.50%未満の素管の降伏強度を862MPa以上にしようとする場合、焼戻し温度を520~570℃、焼戻し時間を30~60分とするのが好ましい。たとえばさらに、Cu含有量が0.50%以上の素管の降伏強度を、862MPa以上にしようとする場合、焼戻し温度を510~570℃、焼戻し時間を60~100分とするのが好ましい。
【0105】
このように、素管の元素含有量に応じて、焼戻し温度及び焼戻し時間を適宜調整することにより、655MPa以上の降伏強度を有するマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管を得るのは、当業者であれば当然に実施可能である。
【0106】
以上の工程により、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管を製造することができる。なお、上述のとおり、上記製造方法以外の方法によって、マルテンサイト系ステンレス継目無鋼管が製造されてもよい。さらに、製造されたマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管に対して、必要に応じて、後処理を実施してもよい。後処理は、たとえば、鋼材の表面に形成された酸化スケールを除去するデスケーリングである。以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例0107】
実施例1では、Cu含有量が0.50%未満のマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管について、内面疵の最大深さと、耐食性と、穿孔圧延機の負荷とを調査した。具体的に、表1に示す化学組成を有する溶鋼を、50kgの真空溶解炉を用いて溶製し、造塊法により鋼塊(インゴット)を製造した。
【0108】
【表1】
【0109】
なお、表1中の「-」は、該当する元素の含有量が不純物レベルであったことを意味する。たとえば、鋼DのCa、Mg、及び、B含有量は、小数第五位を四捨五入して、0%であったことを意味する。たとえば、鋼AのREM、Nb、Ta、Ti、Zr、Hf、及び、Sn含有量は、小数第四位を四捨五入して、0%であったことを意味する。また、表1に記載の化学組成と、上述の定義から求めたF1を表1に示す。さらに、表1に記載の化学組成と、上述の定義から求めたF2を表1に示す。
【0110】
試験番号1~44のインゴットを1250℃で3時間加熱して、熱間鍛造を実施して、直径200mmの丸ビレットを製造した。熱間鍛造後の試験番号1~44の丸ビレットを、1230℃で120分保持して、試験穿孔機により穿孔圧延を実施した。穿孔圧延時の断面減少率は、65%であった。このようにして、外径が139.7mmであり、肉厚が12.09mmの素管を製造した。
【0111】
試験番号1~44の素管に対して、焼入れを実施した。焼入れは、素管を熱処理炉で再加熱して、水槽に浸漬することによって実施した。試験番号1~44の素管について、焼入れ温度(熱処理炉の炉温)は900℃であり、素管を焼入れ温度で保持する時間は60分であった。焼入れ後の試験番号1~44の素管に対して、焼戻しを実施した。焼戻しは、焼入れ後の素管を焼戻し炉で再加熱して、保持することによって実施した。試験番号1~44について、焼戻しにおける焼戻し温度、及び、焼戻し時間を表2に示す。以上の製造工程によって、試験番号1~44の継目無鋼管を製造した。
【0112】
【表2】
【0113】
[評価試験]
製造された試験番号1~44の継目無鋼管に対して、引張試験、内面疵の最大深さ測定試験、熱間引張強度測定試験、及び、耐食性試験を実施した。
【0114】
[引張試験]
試験番号1~44の継目無鋼管に対して、引張試験を実施した。具体的に、試験番号1~44の継目無鋼管の肉厚中央部から引張試験用の丸棒試験片を作製した。丸棒試験片は、平行部直径6.0mm、平行部長さ40.0mmとした。なお、丸棒試験片の長手方向は、継目無鋼管の管軸方向と平行とした。丸棒試験片を用いて、ASTM E8/E8M(2013)に準拠して、常温(24±3℃)で引張試験を行った。引張試験で得られた0.2%オフセット耐力を、降伏強度(MPa)とした。試験番号1~44について、得られた降伏強度(MPa)を表2に示す。
【0115】
[内面疵の最大深さ測定試験]
試験番号1~44の継目無鋼管に対して、内面疵の最大深さ測定試験を実施した。具体的に、試験番号1~44の継目無鋼管の内面を目視で確認し、内面疵を特定した。特定した内面疵の深さを、ノギスで測定した。求めた内面疵の深さの最大値を、内面疵の最大深さ(mm)と定義した。試験番号1~44について、得られた内面疵の最大深さ(mm)を表2に示す。
【0116】
[熱間引張強度測定試験]
試験番号1~44の継目無鋼管に対して、熱間引張強度測定試験を実施した。具体的に、試験番号1~44の継目無鋼管の肉厚中央部から、グリーブル試験用の試験片を作製した。試験片は、平行部直径10mm、平行部長さ130mmの丸棒試験片とした。なお、丸棒試験片の平行部の長手方向は継目無鋼管の管軸方向と平行とした。1250℃に加熱された丸棒試験片に対して、100℃/分で冷却し、1100℃で引張試験を実施して、丸棒試験片を破断させた。丸棒試験片が破断するまでの最大応力(MPa)を求め、「熱間引張強度」とした。試験番号1~44について、得られた熱間引張強度(MPa)を表2に示す。
【0117】
[耐食性試験]
試験番号1~44の継目無鋼管に対して、耐食性試験を実施した。具体的に、試験番号1~44の継目無鋼管の肉厚中央部から、4点曲げ試験用の試験片を作製した。試験片は、厚さ2mm、幅10mm、長さ75mmであった。なお、試験片の長手方向は継目無鋼管の管軸方向と平行とした。試験溶液は、pH4.5に調整した、25重量%塩化ナトリウム水溶液とした。ASTM G39-99(2011)に準拠して、試験片に対して4点曲げによって、実降伏応力の100%に相当する応力を負荷した。
【0118】
応力を負荷した試験片を試験治具ごとオートクレーブに封入した。オートクレーブに試験溶液を、気相部を残して注入し、試験浴とした。試験浴を脱気した後、オートクレーブに0.03barのH2Sガスと30barのCO2ガスとの混合ガスを加圧封入し、試験浴を撹拌して混合ガスを飽和させた。オートクレーブを封じた後、試験浴を180℃で720時間撹拌した。720時間保持後の試験番号1~44の試験片に対して、割れの発生の有無を観察した。具体的には、720時間保持後の試験片を肉眼で観察した。観察の結果、試験片に割れが確認されなかったものを、「E」(Excellent)と判断した。一方、試験片に割れが確認されたものを、「NA」(Not Acceptable)と判断した。試験番号1~44について、得られた評価結果を表2に示す。
【0119】
[試験結果]
表1及び表2を参照して、試験番号1~17、19、23~39、及び、41の継目無鋼管は、化学組成が適切であり、F1が0.0010以上であった。これらの継目無鋼管はさらに、降伏強度が655MPa以上であった。その結果、内面疵の最大深さが0.3mm未満となり、内面疵の形成が抑制されていた。さらに、耐食性試験の評価が「E」となり、優れた耐食性を示した。
【0120】
試験番号1~17及び23~39の継目無鋼管はさらに、W含有量が0.01~0.25%であった。その結果、熱間引張強度が130MPa以下となり、穿孔圧延機にかかる負荷が低減された。
【0121】
試験番号2~4、7~9、12~14、16、17、19、24~26、29~31、34~36、38、39、及び、41の継目無鋼管はさらに、F2が0.240以上であった。その結果、内面疵の最大深さが0.1mm以下となり、内面疵の形成がさらに抑制されていた。
【0122】
一方、試験番号18及び40の継目無鋼管は、W含有量が低すぎた。その結果、内面疵の最大深さが0.3mm以上となり、内面疵の形成が抑制されていなかった。
【0123】
試験番号20及び42の継目無鋼管は、Ca、Mg、B、及び、REMのいずれも含有されず、F1が0.0010未満であった。その結果、内面疵の最大深さが0.3mm以上となり、内面疵の形成が抑制されていなかった。
【0124】
試験番号21、22、43、及び、44の継目無鋼管は、Coを含有しなかった。その結果、耐食性試験の評価が「NA」となり、優れた耐食性を示さなかった。
【実施例0125】
実施例2では、Cu含有量が0.50~3.50%のマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管について、内面疵の最大深さと、耐食性と、穿孔圧延機の負荷とを調査した。具体的に、表3に示す化学組成を有する溶鋼を、50kgの真空溶解炉を用いて溶製し、造塊法により鋼塊(インゴット)を製造した。
【0126】
【表3】
【0127】
なお、表3中の「-」は、該当する元素の含有量が不純物レベルであったことを意味する。たとえば、鋼ZのCa、Mg、及び、B含有量は、小数第五位を四捨五入して、0%であったことを意味する。たとえば、鋼WのREM、Nb、Ta、Ti、Zr、Hf、及び、Sn含有量は、小数第四位を四捨五入して、0%であったことを意味する。また、表3に記載の化学組成と、上述の定義から求めたF1を表3に示す。さらに、表3に記載の化学組成と、上述の定義から求めたF2を表3に示す。
【0128】
試験番号45~88のインゴットを1250℃で3時間加熱して、熱間鍛造を実施して、直径200mmの丸ビレットを製造した。熱間鍛造後の試験番号45~88の丸ビレットを、1230℃で120分保持して、試験穿孔機により穿孔圧延を実施した。穿孔圧延時の断面減少率は、65%であった。このようにして、外径が139.7mmであり、肉厚が12.09mmの素管を製造した。
【0129】
試験番号45~88の素管に対して、焼入れを実施した。焼入れは、素管を熱処理炉で再加熱して、水槽に浸漬することによって実施した。試験番号45~88の素管について、焼入れ温度(熱処理炉の炉温)は900℃であり、素管を焼入れ温度で保持する時間は60分であった。焼入れ後の試験番号45~88の素管に対して、焼戻しを実施した。焼戻しは、焼入れ後の素管を焼戻し炉で再加熱して、保持することによって実施した。試験番号45~88について、焼戻しにおける焼戻し温度、及び、焼戻し時間を表4に示す。以上の製造工程によって、試験番号45~88の継目無鋼管を製造した。
【0130】
【表4】
【0131】
[評価試験]
製造された試験番号45~88の継目無鋼管に対して、引張試験、内面疵の最大深さ測定試験、熱間引張強度測定試験、及び、耐食性試験を実施した。
【0132】
[引張試験]
試験番号45~88の継目無鋼管に対して、実施例1と同様に引張試験を実施した。上述の方法で実施した引張試験で得られた0.2%オフセット耐力を、降伏強度(MPa)とした。試験番号45~88について、得られた降伏強度(MPa)を表4に示す。
【0133】
[内面疵の最大深さ測定試験]
試験番号45~88の継目無鋼管に対して、実施例1と同様に内面疵の最大深さ測定試験を実施した。上述の方法によって求めた内面疵の深さの最大値を、内面疵の最大深さ(mm)と定義した。試験番号45~88について、得られた内面疵の最大深さ(mm)を表4に示す。
【0134】
[熱間引張強度測定試験]
試験番号45~88の継目無鋼管に対して、実施例1と同様に熱間引張強度測定試験を実施した。上述の方法で求めた丸棒試験片が破断するまでの最大応力(MPa)を、「熱間引張強度」とした。試験番号45~88について、得られた熱間引張強度(MPa)を表4に示す。
【0135】
[耐食性試験]
試験番号45~88の継目無鋼管に対して、実施例1と同様に耐食性試験を実施した。上述の方法で4点曲げ試験を実施して、720時間保持後の試験片を肉眼で観察した。観察の結果、試験片に割れが確認されなかったものを、「E」(Excellent)と判断した。一方、試験片に割れが確認されたものを、「NA」(Not Acceptable)と判断した。試験番号45~88について、得られた評価結果を表4に示す。
【0136】
[試験結果]
表3及び表4を参照して、試験番号45~62、64、67~84、及び、86の継目無鋼管は、化学組成が適切であり、F1が0.0010以上であった。これらの継目無鋼管はさらに、降伏強度が655MPa以上であった。その結果、内面疵の最大深さが0.3mm未満となり、内面疵の形成が抑制されていた。さらに、耐食性試験の評価が「E」となり、優れた耐食性を示した。
【0137】
試験番号45~62及び67~84の継目無鋼管はさらに、W含有量が0.01~0.25%であった。その結果、熱間引張強度が130MPa以下となり、穿孔圧延機にかかる負荷が低減された。
【0138】
試験番号45、47~50、52~56、58~60、62、64、67、69~72、74~78、80~82、84、及び、86の継目無鋼管はさらに、F2が0.200以上であった。その結果、内面疵の最大深さが0.1mm以下となり、内面疵の形成がさらに抑制されていた。
【0139】
一方、試験番号63及び85の継目無鋼管は、W含有量が低すぎた。その結果、内面疵の最大深さが0.3mm以上となり、内面疵の形成が抑制されていなかった。
【0140】
試験番号65及び87の継目無鋼管は、Ca、Mg、B、及び、REMのいずれも含有されず、F1が0.0010未満であった。その結果、内面疵の最大深さが0.3mm以上となり、内面疵の形成が抑制されていなかった。
【0141】
試験番号66及び88の継目無鋼管は、Coを含有しなかった。その結果、耐食性試験の評価が「NA」となり、優れた耐食性を示さなかった。
【0142】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【産業上の利用可能性】
【0143】
本開示による継目無鋼管は、極地等過酷な環境に利用される鋼材に広く適用可能であり、好ましくは、油井環境に利用される鋼材として利用可能であり、さらに好ましくは、ケーシング、チュービング、ラインパイプ等の鋼材として利用可能である。
図1
図2