(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023139446
(43)【公開日】2023-10-04
(54)【発明の名称】エンジンの空燃比制御装置
(51)【国際特許分類】
F02D 41/14 20060101AFI20230927BHJP
F02D 41/32 20060101ALI20230927BHJP
F02D 45/00 20060101ALI20230927BHJP
【FI】
F02D41/14
F02D41/32
F02D45/00 366
F02D45/00 360A
F02D45/00 368F
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022044984
(22)【出願日】2022-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】津田 豊史
【テーマコード(参考)】
3G301
3G384
【Fターム(参考)】
3G301JA03
3G301JA11
3G301JA37
3G301LB02
3G301MA01
3G301MA11
3G301NA08
3G301ND07
3G301NE13
3G301NE14
3G301NE15
3G301PA01Z
3G301PD04Z
3G301PE03Z
3G301PE08Z
3G301PF03Z
3G384BA04
3G384BA09
3G384DA10
3G384DA56
3G384EA01
3G384EB05
3G384EB06
3G384EB07
3G384EB08
3G384ED07
3G384FA01Z
3G384FA06Z
3G384FA28Z
3G384FA37Z
3G384FA58Z
(57)【要約】
【課題】空燃比振動制御の不要な実施を回避して、排気の浄化率と運転性との両立を図る。
【解決手段】エンジンの空燃比制御装置は、排気の空燃比に応じた信号を出力可能に構成された排気センサと、排気センサにより出力された信号を取得可能に構成されたコントローラと、を備える。コントローラは、排気センサにより出力された信号をもとに、排気浄化触媒に流入する排気の空燃比をストイキ相当値に制御する空燃比フィードバック制御と、排気浄化触媒に流入する排気の空燃比を、ストイキ相当値に対してリッチ側とリーン側とに振動させる空燃比振動制御と、を切り替えて実行可能である。エンジンの運転状態が触媒温度と排気流量とに応じて定まる第1領域にある場合は、空燃比振動制御を実行する一方、第1領域以外の第2領域にある場合は、空燃比フィードバック制御を実行する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
排気通路に排気浄化触媒を備えるエンジンの空燃比制御装置であって、
前記排気通路に設置され、前記排気通路を流れる排気の空燃比に応じた信号を出力可能に構成された排気センサと、
前記排気センサにより出力された信号を取得可能に構成されたコントローラと、を備え、
前記コントローラは、
前記排気センサにより出力された信号をもとに、前記排気浄化触媒に流入する排気の空燃比をストイキ相当値に制御する空燃比フィードバック制御を実行する空燃比フィードバック制御手段と、
前記排気浄化触媒に流入する排気の空燃比を、前記ストイキ相当値に対してリッチ側とリーン側とに振動させる空燃比振動制御を実行する空燃比振動制御手段と、
エンジンの運転状態が、前記排気浄化触媒の触媒温度と排気流量とに応じて定まる所定の第1領域にあるか、前記第1領域以外の第2領域にあるかを判定する運転領域判定手段と、
前記エンジンの運転状態が前記第1領域にある場合は、前記空燃比振動制御手段により前記空燃比振動制御を実行する一方、前記エンジンの運転状態が前記第2領域にある場合は、前記空燃比フィードバック制御手段により前記空燃比フィードバック制御を実行する空燃比制御選択実行手段と、を有する、エンジンの空燃比制御装置。
【請求項2】
前記排気浄化触媒の入口ガス温度またはこれに相関する状態変数を検出可能に構成された第1状態センサと、
排気流量またはこれに相関する状態変数を検出可能に構成された第2状態センサと、をさらに備え、
前記運転領域判定手段は、前記排気浄化触媒の入口ガス温度が所定の温度以上でありかつ排気流量が所定の流量以下である場合に、前記エンジンの運転状態が前記第2領域にあると判定し、それ以外の場合は、前記第1領域にあると判定する、請求項1に記載のエンジンの空燃比制御装置。
【請求項3】
前記排気センサは、前記排気通路において、前記排気浄化触媒よりも下流側に設置された第1排気センサを含み、
前記コントローラは、前記第1排気センサにより検出された空燃比をもとに、前記空燃比振動制御における前記排気の空燃比の最大値および最小値を検出する特定空燃比検出手段をさらに備え、
前記運転領域判定手段は、前記特定空燃比検出手段により検出された空燃比の最小値が所定の第1判定値以下でありかつ検出された空燃比の最大値が所定の第2判定値以下である場合に、前記エンジンの運転状態が前記第2領域にあると判定する、請求項1に記載のエンジンの空燃比制御装置。
【請求項4】
前記第1判定値は、0.96±0.01の範囲内の値であり、
前記第2判定値は、1.00±0.01の範囲内の値である、請求項3に記載のエンジンの空燃比制御装置。
【請求項5】
前記排気センサは、前記排気通路において、前記排気浄化触媒よりも下流側に設置された第1排気センサを含み、
前記コントローラは、前記第1排気センサにより検出された空燃比をもとに、前記空燃比振動制御における前記排気の空燃比の最小値または前記排気の空燃比の最大値と最小値との差分が空燃比振動の周波数の対数に対してなす変化の傾きが、所定の値に達するときの前記周波数を、制御周波数として特定する制御周波数特定手段をさらに有し、
前記空燃比振動制御手段は、前記制御周波数特定手段による前記制御周波数の特定後、前記排気の空燃比を前記制御周波数で振動させる、請求項1から4のいずれか一項に記載のエンジンの空燃比制御装置。
【請求項6】
前記制御周波数特定手段は、前記傾きの絶対値が0.015から0.025までの範囲で予め設定された値に達するときの前記周波数を、前記制御周波数として特定する、請求項5に記載のエンジンの空燃比制御装置。
【請求項7】
前記排気センサは、前記排気通路において、前記排気浄化触媒よりも上流側に設置された第2排気センサを含み、
前記空燃比フィードバック制御手段は、前記第2排気センサにより出力された信号をもとに、前記空燃比フィードバック制御を実行する、請求項1から6のいずれか一項に記載のエンジンの空燃比制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンの空燃比制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
排気通路に排気浄化触媒を備えるエンジンにおいて、混合気の空燃比を理論空燃比に対してリッチ側とリーン側とに所定の周波数で強制的に振動させることで、触媒による排気の浄化率が向上することが知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、排気浄化触媒により実際に得られる浄化率によらず、上記所定の周波数での空燃比振動をエンジンの運転領域全体に亘って常に実施することとした場合は、浄化率の観点からはその必要性が低い場合にあっても空燃比振動が継続されることとなる。よって、空燃比振動のための調整をエンジンに対する燃料供給量の増減により行う場合は、空燃比振動の継続により、エンジントルクの変動や振動騒音の増加等、運転性および乗り心地に与える弊害が寧ろ顕著となる。
【0005】
そこで、本発明は、排気浄化触媒の浄化率の向上を図りながら、空燃比振動制御の不要な実施を回避して、エンジントルクの変動や振動騒音の増加等、空燃比振動制御が運転性および乗り心地に与え得る弊害を抑制することのできるエンジンの空燃比制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記の課題を解決するため、本発明に係るエンジンの空燃比制御装置は、排気通路に排気浄化触媒を備えるエンジンの空燃比制御装置であって、排気通路に設置され、排気通路を流れる排気の空燃比に応じた信号を出力可能に構成された排気センサと、排気センサにより出力された信号を取得可能に構成されたコントローラと、を備える。コントローラは、排気センサにより出力された信号をもとに、排気浄化触媒に流入する排気の空燃比をストイキ相当値に制御する空燃比フィードバック制御を実行する空燃比フィードバック制御手段と、排気浄化触媒に流入する排気の空燃比を、ストイキ相当値に対してリッチ側とリーン側とに振動させる空燃比振動制御を実行する空燃比振動制御手段と、エンジンの運転状態が、排気浄化触媒の触媒温度と排気流量とに応じて定まる所定の第1領域にあるか、第1領域以外の第2領域にあるかを判定する運転領域判定手段と、エンジンの運転状態が第1領域にある場合は、空燃比振動制御手段により空燃比振動制御を実行する一方、エンジンの運転状態が第2領域にある場合は、空燃比フィードバック制御手段により空燃比フィードバック制御を実行する空燃比制御選択実行手段と、を有する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、排気浄化触媒の浄化率の向上を図りながら、空燃比振動制御の不要な実施を回避して、エンジントルクの変動や振動騒音の増加等、空燃比振動制御が運転性および乗り心地に与え得る弊害を抑制することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の一実施形態に係るエンジンの全体的な構成を示す概略図である。
【
図2】同上実施形態に係る空燃比制御の全体的な流れを示すフローチャートである。
【
図3】同上実施形態に係る空燃比制御における空燃比フィードバック制御と空燃比振動制御との実施領域を示す運転領域マップである。
【
図4】同上実施形態に係る空燃比振動制御の基本的な流れを示すフローチャートである。
【
図5】同上実施形態に係る空燃比フィードバック制御の基本的な流れを示すフローチャートである。
【
図6】空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqと排気浄化触媒の浄化率η、下流側空燃比の最小値λr_minとの関係を、触媒高活性・排気低流量時について示す実験データのグラフである。
【
図7】空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqと排気浄化触媒の浄化率η、下流側空燃比の最小値λr_minとの関係を、触媒高活性・排気高流量時について示す実験データのグラフである。
【
図8】空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqと排気浄化触媒の浄化率η、下流側空燃比の最小値λr_minとの関係を、触媒低活性・排気低流量時について示す実験データのグラフである。
【
図9】空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqと排気浄化触媒の浄化率η、下流側空燃比の最小値λr_minとの関係を、触媒低活性・排気高流量時について示す実験データのグラフである。
【
図10】空燃比振動制御における上流側排気センサおよび下流側排気センサの出力波形を、高周波数領域について示すグラフである。
【
図11】空燃比振動制御における上流側排気センサおよび下流側排気センサの出力波形を、低周波数領域について示すグラフである。
【
図12】排気浄化触媒の入口ガス温度Tcat_in(触媒入口ガス温度)と全炭化水素(THC)の浄化率ηthcとの関係を、空燃比振動の複数の周波数について示すグラフである。
【
図13】排気浄化触媒の入口ガス温度Tcat_in(触媒入口ガス温度)と窒素酸化物(NOx)の浄化率ηnoxとの関係を、空燃比振動の複数の周波数について示すグラフである。
【
図14】排気浄化触媒の入口ガス温度Tcat_in(触媒入口ガス温度)と下流側排気センサの最小出力値(下流側最小空燃比λr_min)との関係を、空燃比振動の複数の周波数について示すグラフである。
【
図15】排気浄化触媒の入口ガス温度Tcat_in(触媒入口ガス温度)と下流側排気センサの最大出力値(下流側最大空燃比λr_max)との関係を、空燃比振動の複数の周波数について示すグラフである。
【
図16】下流側排気センサの最小出力値λr_min、最大出力値λr_maxと全炭化水素の浄化率との関係を、空燃比フィードバック制御および空燃比振動制御のそれぞれについて示す分布図であり、空燃比フィードバック制御の実施領域を併せて示す。
【
図17】下流側排気センサの最小出力値λr_min、最大出力値λr_maxと窒素酸化物の浄化率との関係を、空燃比フィードバック制御および空燃比振動制御のそれぞれについて示す分布図であり、空燃比フィードバック制御の実施領域を併せて示す。
【
図18】下流側排気センサの最小出力値λr_min、最大出力値λr_maxと全炭化水素および窒素酸化物の平均浄化率との関係を、空燃比フィードバック制御および空燃比振動制御のそれぞれについて示す分布図であり、空燃比フィードバック制御の実施領域を併せて示す。
【
図19】下流側排気センサの最小出力値λr_min、最大出力値λr_maxと全炭化水素の浄化率との関係を、排気流量が異なる場合を重ね合わせて示す分布図である。
【
図20】下流側排気センサの最小出力値λr_min、最大出力値λr_maxと窒素酸化物の浄化率との関係を、排気流量が異なる場合を重ね合わせて示す分布図である。
【
図21】下流側排気センサの最小出力値λr_min、最大出力値λr_maxと全炭化水素および窒素酸化物の平均浄化率との関係を、排気流量が異なる場合を重ね合わせて示す分布図である。
【
図22】本発明の他の実施形態に係る空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqと排気浄化触媒の浄化率η、下流側空燃比の最小値λr_minとの関係を、異なる触媒温度(a)Tcat1、(b)Tcat2(>Tcat1)について示す実験データのグラフである。
【
図23】同上実施形態に係る空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqと排気浄化触媒の浄化率η、下流側空燃比の最小値λr_minとの関係を、異なる触媒温度(a)Tcat3(>Tcat2)、(b)Tcat4(>Tcat3)について示す実験データのグラフである。
【
図24】同上実施形態に係る空燃比フィードバック制御および空燃比振動制御のそれぞれについて、下流側排気センサの最小出力値λr_min、最大出力値λr_maxと全炭化水素および窒素酸化物の平均浄化率との関係を示す分布図であり、空燃比フィードバック制御の実施領域を併せて示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に図面を参照して、本発明の実施の形態について説明する。
【0010】
図1は、本発明の一実施形態に係る内燃エンジン(以下単に「エンジン」という)Eの全体的な構成を示す概略図である。
【0011】
以下の説明において、「上流」および「下流」との用語は、エンジンEから排出される通常の排気の流れの方向との関係で用いられる。例えば、排気浄化装置の上流側とは、排気の流れの方向に排気浄化装置の上流側をいい、排気浄化触媒の下流側とは、排気の流れの方向に排気浄化触媒の下流側をいう。
【0012】
本実施形態において、エンジンEは、車両に搭載され、その駆動源を構成する。エンジンEの適用対象となる車両として、シリーズハイブリッド式のハイブリッド車両を例示することができる。これに限らず、エンジンEは、定置式の発電装置において、発電機を駆動する動力源として適用することも可能である。
【0013】
エンジンEは、燃焼室を有するエンジン本体1に加え、吸気システム2および排気システム3を備える。本実施形態において、エンジンEは、直列式の4気筒エンジンであるが、エンジンEの形式、つまり、エンジンEにおける気筒の数および配列は、これに限定されるものではない。単気筒、2気筒、6気筒、V型および水平対向型等、各種のエンジンを対象とすることが可能である。
【0014】
エンジン本体1は、シリンダブロック、シリンダヘッドおよびクランクケースを備え、シリンダブロックにはピストンが挿入され、ピストンの冠面とシリンダヘッドの内面との間に形成された空間が燃焼室となる。
【0015】
吸気システム2は、吸気管21および吸気マニホールド22を備えるとともに、吸気管21の導入部に取り付けられたエアクリーナ23を備える。エアクリーナ23を介して塵埃等の異物が除去された空気が、吸気管21に導入される。吸気管21は、吸気マニホールド22の集合部に接続され、吸気マニホールド22は、集合部から分岐して、シリンダヘッドの側面部に接続されている。吸気管21から吸気マニホールド22に流入した空気は、吸気マニホールド22の分岐部を介してそれぞれの気筒に分配される。
【0016】
本実施形態では、ポート噴射式の燃料供給システムを採用する。エンジンEは、シリンダヘッドに埋設された複数の燃料インジェクタ41を備え、これら複数の燃料インジェクタ41のそれぞれから、対応する気筒に向けて燃料が噴射供給される。燃料の供給方式は、これに限定されるものではなく、ポート噴射式以外の供給方式として、例えば、直噴式を採用することが可能である。
【0017】
本実施形態において、燃料インジェクタ41により噴射された燃料は、吸気マニホールド22の分岐部を通過した空気と混合し、対応する気筒に導入される。各気筒の筒内では、燃料と空気との混合が進み、混合気が形成される。そして、この混合気に点火プラグ51により点火を実行することで、混合気が燃焼する。
【0018】
排気システム3は、排気マニホールド31および排気管32を備えるとともに、触媒コンバータ33を備える。燃焼後、筒内に残る排気は、排気マニホールド31の分岐部に排出される。排気は、排気マニホールド31において分岐部から集合部に集められ、排気管32に導入される。排気管32には触媒コンバータ33が設置され、排気管32を流れる排気は、触媒コンバータ33に導入され、触媒コンバータ33に収められた排気浄化触媒331により、全炭化水素(THC)および窒素酸化物(NOx)を含む排気有害成分が浄化された後、大気へ放出される。本実施形態において、触媒コンバータ33は、排気浄化触媒331として三元触媒を備える。
【0019】
以上に加え、エンジンEは、エンジンコントローラ101および各種のセンサ201~207を備える。
【0020】
エンジンコントローラ101は、電子制御ユニットとして、中央演算ユニット(CPU)、ROMおよびRAM等の記憶装置、入出力インターフェース等を備えたマイクロコンピュータとして構成される。
【0021】
エンジンEは、アクセルセンサ201およびエンジン回転速度センサ202を備えるとともに、エアフローメータ203、冷却水温度センサ204、触媒温度センサ205、上流側空燃比センサ206および下流側空燃比センサ207を備える。これらのセンサ201~207から出力される検出信号は、エンジンコントローラ101に入力される。
【0022】
アクセルセンサ201は、アクセル開度APOとして、運転者によるアクセルペダルの踏込量を検出する。アクセル開度APOは、エンジンEに求められる目標負荷の指標である。
【0023】
エンジン回転速度センサ202は、エンジンEの回転速度Neを検出する。エンジン回転速度センサ202として、クランク角センサを採用可能であり、クランク角センサにより検出される単位クランク角または基準クランク角当たりの経過時間を回転速度Neに換算する。
【0024】
エアフローメータ203は、吸入空気量Qaとして、エンジンEに導入される空気の流量を検出する。本実施形態において、吸入空気量Qaは、燃焼室から排出される排気の流量の指標として参照する。エアフローメータ203は、本実施形態に係る「第2状態センサ」を構成する。
【0025】
冷却水温度センサ204は、エンジン本体1のシリンダブロックに形成されている冷却水通路を流れる冷却水の温度Twを検出する。
【0026】
触媒温度センサ205は、触媒コンバータ33に備わる排気浄化触媒331の温度(以下「触媒温度」という)Tcatを検出する。本実施形態では、触媒温度Tcatとして、触媒コンバータ33の入口部における排気の温度(以下「触媒入口ガス温度」という)Tcat_inを検出する。触媒温度センサ205は、本実施形態に係る「第1状態センサ」を構成する。
【0027】
上流側空燃比センサ206は、触媒コンバータ33よりも上流側の排気管32を流れる排気、つまり、触媒コンバータ33に流入する前の排気の空燃比λfを検出する。上流側空燃比センサ206は、本実施形態に係る「第2排気センサ」を構成する。
【0028】
下流側空燃比センサ207は、触媒コンバータ33よりも下流側の排気管32を流れる排気、つまり、触媒コンバータ33を通過した後の排気の空燃比λrを検出する。下流側排気センサ207は、本実施形態に係る「第1排気センサ」を構成する。
【0029】
エンジンコントローラ101は、先に述べた各種のセンサ201~207から出力された検出信号をもとに、燃焼に用いられる混合気の空燃比を制御しながら、エンジンEの運転状態を制御する。エンジンコントローラ101は、本実施形態に係る「コントローラ」を構成する。
【0030】
エンジンコントローラ101は、空燃比の制御において、空燃比フィードバック制御と空燃比振動制御とを切り替えて実行する。空燃比フィードバック制御は、空燃比センサ、本実施形態では、上流側空燃比センサ206からの信号をもとに、混合気の空燃比を理論空燃比に調整する制御であり、空燃比振動制御は、触媒コンバータ33に流入する排気の空燃比をストイキ相当値に対してリッチ側とリーン側とに強制的に振動させる制御である。空燃比フィードバック制御の結果、触媒コンバータ33に流入する排気の空燃比がストイキ相当値に近付けられる。空燃比振動制御は、エンジンEに対する燃料供給量、具体的には、燃料インジェクタ51の燃料噴射量を強制的に増減させることによる。
【0031】
空燃比フィードバック制御と空燃比振動制御との切り替えは、エンジンEの運転状態が属する運転領域による。本実施形態では、エンジンEの運転領域が、触媒温度Tcatと排気流量Qexhとに応じて定まる複数の領域A、Bに区画され(
図3)、触媒温度Tcatが所定の温度Tcat1よりも低いかまたは排気流量Qexhが所定の流量Qexh1を超える第1領域Aにあるか、第1領域A以外、つまり、触媒温度Tcatが所定の温度Tcat1以上でありかつ排気流量Qexhが所定の流量Qexh1以下である第2領域Bにあるかを判定する。そして、エンジンEの運転状態が第1領域Aにある場合は、空燃比振動制御を実行し、第2領域Bにある場合は、空燃比フィードバック制御を実行する。
【0032】
ここで、触媒温度Tcatは、排気浄化触媒331の活性状態の指標であり、触媒温度Tcatが所定の温度Tcat1以上であることは、排気浄化触媒331の活性化が進み、排気浄化触媒331が高活性状態にあることを示す。他方で、排気流量Qexhは、排気浄化触媒331による浄化が必要な排気有害物質の量の指標であり、排気流量Qexhが所定の流量Qexh1以下であることは、浄化すべき排気有害物質が比較的少量であり、活性化が進んだ排気浄化触媒331による処理が容易な条件にあることを示す。つまり、運転領域Bで空燃比フィードバック制御を実行することは、換言すれば、排気浄化触媒331の活性化が進み、排気浄化触媒331による排気有害成分の処理が容易と判断される場合に、空燃比フィードバック制御を実行することである。
【0033】
図3は、空燃比フィードバック制御と空燃比振動制御との実施領域を示す運転領域マップである。
図3に示すように、触媒温度Tcatが所定の温度Tcat1以上であり、排気流量Qexhが所定の流量Qexh1以下である場合に、エンジンEの運転状態が第2領域Bに属し、排気浄化触媒331の活性化が進み、排気浄化触媒331による処理が容易な条件にあるとして、空燃比フィードバック制御を選択し、実行する。それ以外の場合は、第1領域Aにあるとして、空燃比振動制御を選択し、実行する。本実施形態では、触媒温度Tcatとして触媒入口ガス温度Tcat_inを採用するとともに、排気流量Qexhとして吸入空気量Qaを採用する。吸入空気量Qaは、排気流量Qexhに対する高い相関性を有する状態変数の一例である。
【0034】
図2は、本実施形態に係る空燃比制御の全体的な流れを示すフローチャートである。
【0035】
本実施形態において、
図2に示すルーチンによる空燃比制御は、エンジンコントローラ101により、エンジンEの始動後、所定の時間毎に実行される。空燃比制御の開始に当たり、エンジンコントローラ101は、空燃比振動制御を選択する。
【0036】
S101では、エンジンEの運転状態の指標として、エンジン回転速度Ne、吸入空気量Qa、上流側空燃比λfおよび下流側空燃比λr等を読み込む。
【0037】
S102では、吸入空気量Qaが所定の流量Qa1を超えているか否かを判定する。所定の流量Qa1を超えている場合は、S105へ進み、所定の流量Qa1以下である場合は、S103へ進む。先に述べたように、吸入空気量Qaは、排気流量Qexhに代わる状態変数の一例であり、吸入空気量Qaが所定の流量Qa1を超えている場合は、排気浄化触媒331による浄化が必要な排気有害物質が多量に存在し、排気浄化触媒331による処理が容易とはいえない条件にあるとして、S103およびS104の処理を経ずにS105の処理を実行する。
【0038】
S103では、下流側空燃比λrをもとに、所定の時間内における下流側空燃比λrの最大値(以下「下流側最大空燃比」という)λr_maxおよび最小値(以下「下流側最小空燃比」という)λr_minを取得する。ここで、所定の時間は、空燃比振動の一周期分の時間であってもよいし、これよりも長い時間であってもよい。本実施形態では、次の領域判定を安定して行うため、この所定の時間を、空燃比振動の一周期分よりも長い時間とする。S102の処理は、エンジンコントローラ101が本実施形態に係る「特定空燃比検出手段」として実行する処理に相当する。
【0039】
S104では、下流側最大空燃比λr_maxおよび下流側最小空燃比λr_minが夫々所定の判定値SL11、SL12以下であるか否かを判定する。下流側最大空燃比λr_maxが判定値SL11以下でありかつ下流側最小空燃比λr_minが判定値SL12以下である場合は、エンジンEの運転状態が
図3に示す第2領域Bにあるとして、S106へ進む。それ以外の場合は、エンジンEの運転状態が第1領域Aにあるとして、S105へ進む。S104の処理については、
図12から
図21を参照してより詳細に説明する。S102からS104の処理は、エンジンコントローラ101が本実施形態に係る「運転領域判定手段」として実行する処理に相当する。
【0040】
S105では、空燃比振動制御を実行する。空燃比振動制御は、
図4に示すフローチャートに従う。
図4のフローチャートに示す処理は、エンジンコントローラ101が本実施形態に係る「空燃比振動制御手段」として実行する処理に相当する。
【0041】
S106では、空燃比フィードバック制御を実行する。空燃比フィードバック制御は、
図5に示すフローチャートに従う。
図5のフローチャートに示す処理は、エンジンコントローラ101が本実施形態に係る「空燃比フィードバック制御手段」として実行する処理に相当する。
【0042】
さらに、S105およびS106の処理は、エンジンコントローラ101が本実施形態に係る「空燃比制御選択実行手段」として実行する処理に相当する。
【0043】
図4は、本実施形態に係る空燃比振動制御の基本的な流れを示すフローチャートである。
【0044】
S201では、制御周波数Fcnの設定が既に終了しているか否かを判定する。制御周波数Fcnは、空燃比振動制御を実行するに当たり排気浄化触媒331により最も高い浄化率(以下「極大浄化率」という)ηが得られる最適周波数であり、本実施形態では、制御周波数Fcnを、エンジンEの回転速度および負荷に応じて定まるエンジンEの運転領域毎に設定する。制御周波数Fcnの設定が既に終了している場合は、S202へ進み、未だ終了していない場合は、S203へ進む。
【0045】
S202では、制御周波数Fcnを読み込む。本実施形態では、エンジンEの回転速度および負荷に対応させて制御周波数Fcnを割付可能に設定された運転領域マップが設けられ、既に設定が終了している運転領域から、該当する制御周波数Fcnを読み込む。制御周波数Fcnの読込後、S210へ進む。
【0046】
S203では、フラグFRGの値が0であるか否かを判定する。フラグFRGの値が0である場合は、S204へ進み、0でない場合は、S206へ進む。
【0047】
S204では、空燃比振動の周波数Frqに基準周波数F0を設定する。基準周波数F0は、制御周波数Fcnの特定を開始するに当たり仮に設定される値であり、運転領域マップにおいて、周波数Frqの初期値として運転領域毎に予め設定される。これに限らず、簡易的には、エンジンEの運転領域全体に対して一律に1[Hz]に設定することも可能である。
【0048】
S205では、フラグFRGの値を1に設定する。
【0049】
S206では、空燃比振動の周波数Frqを所定の周波数ΔFだけ減少させる。具体的には、周波数Frqを、現在の周波数Frqから所定の周波数ΔFだけ減少させた周波数に更新し(Frq=Frq-ΔF)、更新後の新たな周波数Frqにより、空燃比振動制御を実行する。
【0050】
S207では、下流側最小空燃比λr_minをもとに、周波数FrqをΔFだけ減少させる間の下流側最小空燃比λr_minの変化量(以下「空燃比変化量」という)Δλr_minを算出する。
【0051】
S208では、空燃比変化量Δλr_minをΔFで除することにより、下流側最小空燃比λr_minの周波数Frqに対する変化の傾きglmbaを算出する。本実施形態において、傾きglmbaは、周波数Frqを基準周波数F0から所定の周波数ΔFずつ減少させた場合に得られる下流側最小空燃比λr_minの変化の傾きである。そして、傾きの絶対値(=|glmba|)が所定の値g01以上であるか否かを判定する。所定の値g01以上である場合、換言すれば、周波数Frqを減少させた場合の下流側最小空燃比λr_minの変化の傾きが増大して、所定の値g01に達した場合は、S209へ進み、所定の値g01未満である場合は、S209の処理を迂回して、S210へ進む。S206からS208の処理については、
図6から
図11を参照してより詳細に説明する。
【0052】
S209では、制御周波数Fcnを設定する。本実施形態では、下流側最小空燃比λr_minの変化の傾きが所定の値SL21に達したときの周波数Frqを、制御周波数Fcnに設定する。
【0053】
S207からS209の処理は、エンジンコントローラ101が本実施形態に係る「制御周波数特定手段」として実行する処理に相当する。
【0054】
S210では、燃料噴射量Qfを算出する。空燃比振動制御では、吸入空気量Qaに対して当量となる燃料の基本噴射量Qfbを算出するとともに、基本噴射量Qfbに空燃比振動のための補正係数αを乗算し、さらに、冷却水温度Tw等に応じた各種の増量補正量Hを加算することで、燃料噴射量Qfを算出する。ここで、補正係数αは、1よりも大きな値と1よりも小さな値とに、制御周波数Fcnの半周期に相当する時間(=1/(2Fcn))毎に切り替わるように設定され、補正係数αの乗算により、混合気の空燃比が、例えば、空気過剰率換算で0.95と1.05との間で変動または振動する。
【0055】
S211では、燃料噴射量Qfにより燃料インジェクタ41を駆動する。
【0056】
図5は、本実施形態に係る空燃比フィードバック制御の基本的な流れを示すフローチャートである。
【0057】
S301では、基本噴射量Qfbを算出する。基本噴射量Qfbは、吸入空気量Qaに対して当量となる燃料量に相当する噴射量である
【0058】
S302では、空燃比フィードバック補正量Hqfを算出する。本実施形態において、空燃比フィードバック補正量Hqfは、上流側空燃比センサ206により検出される上流側空燃比λfと、ストイキ相当値λst(つまり、1)との差分の関数として算出する。空燃比フィードバック補正量Hqfは、上流側空燃比λfとストイキ相当値λstとの差分が0よりも大きく、排気が空気過剰な状態にある場合は、燃料を増量させる増量補正量として、差分が0よりも小さく、排気が燃料過剰な状態にある場合は、燃料を減量させる減量補正量として算出される。
【0059】
S303では、燃料噴射量Qfを設定する。空燃比フィードバック制御では、基本噴射量Qfbに空燃比フィードバック補正量Hqfを加算するとともに、冷却水温度Tw等に応じた各種の増量補正量Hを加算することにより算出する。
【0060】
S304では、燃料噴射量Qfにより燃料インジェクタ41を駆動する。
【0061】
ここで、
図6から
図11を参照して、
図4のS206からS208の処理についてより詳細に説明する。
【0062】
図6から
図9は、空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqに対する排気浄化触媒331の浄化率ηおよび下流側最小空燃比λr_minの変化を、触媒温度Tcatおよび排気流量Qexhを変えて、複数の条件のもとで測定した実験データのグラフである。
図6は、触媒高活性かつ排気低流量時のデータであり、
図7は、触媒高活性かつ排気高流量時のデータであり、
図8は、触媒低活性かつ排気低流量時のデータであり、
図9は、触媒低活性かつ排気高流量時のデータである。
【0063】
図6から
図9のそれぞれにおいて、横軸は、周波数Frqの対数を示し、縦軸は、浄化率ηおよび下流側最小空燃比λr_minを示す。log(Frq)=0は、1[Hz]に相当する。空白抜きの四角は、全炭化水素THCの浄化率ηthcを示し、白抜きの丸は、窒素酸化物NOxの浄化率ηnoxを示す。三角は、下流側最小空燃比λr_minを示す。
【0064】
ここで、下流側最小空燃比λr_minのうち、浄化率ηが極大となる周波数よりも低周波側の領域で測定されたものを白抜きの三角により、高周波側の領域で測定されたものを黒塗りの三角により、夫々示す。太い点線は、下流側最小空燃比λr_minの近似直線である。
【0065】
図6から
図9のそれぞれにおいて、浄化率ηが極大となる周波数の近傍で、下流側最小空燃比λr_minが不連続に変化するとともに、周波数Frqに対する下流側最小空燃比λr_minの変化の傾きが変化する事象を確認することができる。横軸の周波数Frqを対数log(Frq)とすることで、この事象をより顕著に確認することが可能である。本実施形態では、下流側最小空燃比λr_minおよびその傾きが不連続な変化を示す周波数Frqに着目して、これを「最適周波数」と呼び、制御周波数Fcnに設定する。周波数Frqの対数をとる場合に、所定の値g01を0.015から0.025までの範囲の値とするのが好ましく、これにより、適切な制御周波数Fcnを設定することが可能である。
【0066】
図10および
図11は、空燃比振動制御における上流側空燃比センサ206および下流側空燃比センサ207の出力波形を示すグラフであり、
図10は、これらの出力波形を高周波数領域について示し、
図11は、低周波数領域について示す。
図10でいう「高周波数領域」とは、
図6から
図9でいう「浄化率ηが極大となる周波数よりも高周波側の領域」の一部であり、
図11でいう「低周波数領域」とは、同じく「浄化率ηが極大となる周波数よりも低周波側の領域」の一部である。
図10および
図11において、細い実線は、上流側空燃比λfを示し、太い実線は、下流側空燃比λrを示す。点線は、触媒入口ガス温度Tcat_inを示す。
【0067】
図10を参照すると、高周波数領域では、上流側空燃比λfに対し、下流側空燃比λrの振動が大きく減衰していることが分かる。これに対し、
図11を参照すると、低周波数領域では、下流側空燃比λrに減衰の事象を確認することはできず、寧ろ振動が増幅していることが分かる。これは、排気浄化触媒331の酸素貯蔵能力(OSC)に起因するものであると推察される。つまり、高周波数領域では、酸素貯蔵能力により空燃比振動に伴う燃料および空気の不均衡が補われ、触媒331通過後の排気の空燃比(下流側空燃比λr)がストイキ相当値の近傍に維持されるのに対し、低周波数領域では、酸素貯蔵能力では燃料および空気の不均衡を補い切れず、混合気における空燃比の変動がそのまま下流側空燃比λrの変化に現れるためである。これにより、酸素貯蔵能力が有効に作用する領域と酸素貯蔵能力が破綻する領域との境界で、下流側最小空燃比λr_minが不連続に変化するとともに、周波数Frqに対する変化の傾きに、閾値との比較により判定可能な程度の変化が生じる。
【0068】
以上の知見を踏まえ、最適周波数の抽出、つまり、制御周波数Fcnの特定の手順について、以下に説明する。
【0069】
空燃比振動制御を開始し、空燃比振動の周波数Frqを基準周波数F0から所定の周波数ΔF毎に減少させていく。下流側最小空燃比λr_minを検出し、周波数ΔFを減少させる前後で検出された下流側最小空燃比λr_minの変化の傾きを、空燃比変化量Δλr_minとして算出する。そして、空燃比変化量Δλr_minの絶対値(=|Δλr_min|)と判定用の閾値SL21とを比較し、空燃比変化量Δλr_minの絶対値が閾値SL21未満の状態から閾値SL21以上の状態に転じたときの周波数Frqを特定し、これを制御周波数Fcnに設定する。
【0070】
先に述べたように、空燃比変化量Δλr_min(つまり、傾き)と閾値SL21との対比による特定に代えて、周波数ΔFを減少させる前後で下流側最小空燃比λr_minに所定の閾値SL22を超える大きな変化(つまり、差分)が生じたときの周波数Frqを最適周波数として特定し、制御周波数Fcnに設定することとしてもよい。
【0071】
基準周波数F0は、空燃比振動を行うに当たり最初に設定される値であり、エンジンEの運転領域の全体に対して一律に設定してもよいし、運転領域毎に異なる値に設定してもよい。一律に設定する場合の基準周波数F0として、簡易的には、1[Hz](つまり、logF0=0)を採用することができる。さらに、制御周波数Fcnを運転領域毎に記憶可能に運転領域マップを設定し、特定された制御周波数Fcnを、運転領域毎に記憶または更新するようにしてもよい。
【0072】
以下に、
図12から
図21を参照して、
図2のS104の処理についてより詳細に説明する。
【0073】
図12から
図15は、空燃比振動の周波数Frqを異なる複数の周波数の間で切り替えて実施した場合に得られた実験データのグラフであり、排気浄化触媒331の触媒入口ガス温度Tcat_inに対する浄化率η、下流側最小空燃比λr_minおよび下流側最大空燃比λr_maxの変化を示す。
図12は、全炭化水素の浄化率ηthcの変化を、
図13は、窒素酸化物の浄化率ηnoxの変化を示す。
図14は、下流側最小空燃比λr_minの変化を、
図15は、下流側最大空燃比λr_maxの変化を示す。
【0074】
図12から
図15のそれぞれにおいて、白抜きの三角を二点鎖線で繋いだものは、周波数Frqが0.05[Hz]の場合を示し、白抜きの四角を長い点線で繋いだものは、周波数Frqが0.1[Hz]の場合を示す。さらに、白抜きの円を一点鎖線で繋いだものは、周波数Frqが0.2[Hz]の場合を示し、白抜きの三角を短い点線で繋いだものは、周波数Frqが0.5[Hz]の場合を示す。黒塗りの円を太い実線で繋いだものは、周波数Frqが1[Hz]の場合であるが、1[Hz]の周波数は、空燃比フィードバック制御による場合に得られる周波数に相当する。
【0075】
図12および
図13を参照すると、全体的な傾向として、触媒入口ガス温度Tcat_inの上昇、つまり、排気浄化触媒331の活性化が進むとともに、全炭化水素および窒素酸化物の浄化率ηthc、ηnoxが上昇していることが分かる。さらに、0.5[Hz]以下の周波数で空燃比振動制御を実施した場合に、空燃比フィードバック制御を実施した場合に相当する1[Hz]の周波数で振動を付与した場合と比較して、特に低温側の領域で高い浄化率ηthc、ηnoxが得られ、0.5[Hz]と0.2[Hz]とでは、温度領域の全体に亘って1[Hz]の場合よりも高い浄化率ηthc、ηnoxが得られることが分かる。
【0076】
図14を参照すると、触媒入口ガス温度Tcat_inの上昇とともに、下流側最小空燃比λr_minが低下していくことが分かる。これは、排気浄化触媒331の浄化率ηの上昇、つまり、触媒331の活性化の進行度合いと対応するものであり、空燃比がリッチ側に振れた際に排気浄化触媒331が水素を生成し、下流側空燃比センサ207がこの水素に反応するためである。このように、触媒入口ガス温度Tcat_inと下流側最小空燃比λr_minとには相関性があり、下流側最小空燃比λr_minから、触媒入口ガス温度Tcat_in、つまり、排気浄化触媒331の活性状態を間接的に把握することが可能である。本実施形態では、下流側最小空燃比λr_minを、空燃比制御における領域判定に使用する(
図2のS104)。
【0077】
ここで、周波数が0.05[Hz]の場合は、他の周波数の場合と同様に、触媒入口ガス温度Tcat_inの上昇とともに、下流側最小空燃比λr_minが低下していくものの(
図14)、他の周波数の場合と比較して、窒素酸化物の浄化率ηnoxが特に低い。これは、0.05[Hz]という周波数が排気浄化触媒331の酸素貯蔵能力に対して低すぎるためであり、空燃比振動による空燃比の変動を酸素貯蔵能力によっては最早吸収することができず、触媒331の反応場における空燃比が定常リッチと定常リーンとを繰り返すのに近い状態となるためである。
【0078】
このように、単に下流側最小空燃比λr_minが低下したことのみをもっては酸素貯蔵能力が破綻した場合を判別することまではできず、実際には充分な浄化率ηが得られないにも拘らず、排気浄化触媒331の活性化が進んだものとして、誤った判定を下す事態になりかねない。
【0079】
このような事態は、下流側最大空燃比λr_maxを参照することにより回避可能である。
図15に示すように、下流側最大空燃比λr_maxは、周波数が0.05[Hz]の場合に、触媒入口ガス温度Tcat_inが上昇した状況にあっても比較的高い値、例えば、1よりも高い値を維持する。本実施形態では、領域判定において、下流側最小空燃比λr_minに併せて下流側最大空燃比λr_maxを参照する(
図2のS104)。
【0080】
図16から
図18は、下流側最小空燃比λr_minおよび下流側最大空燃比λr_maxに対して排気浄化触媒331の浄化率ηを割り付けた分布図である。空燃比フィードバック制御による場合の浄化率ηを×印のプロットにより、空燃比振動制御による場合の浄化率ηを○印のプロットにより、夫々示す。×印および○印のプロットのそれぞれについて、濃度の高いものほど、浄化率ηが高いことを示す。
図16は、全炭化水素の浄化率ηthcを示し、
図17は、窒素酸化物の浄化率ηnoxを示し、
図18は、全炭化水素と窒素酸化物との平均の浄化率ηaveを示す。
【0081】
図16から
図18を参照すると、図の左下ほど、つまり、下流側最小空燃比λr_minが低くかつ下流側最大空燃比λr_maxも低いほど、浄化率ηが高い傾向にあることが分かる。このような傾向により、
図16から
図18において、下流側最小空燃比λr_minが閾値SL11以下であり、下流側最大空燃比λr_maxが閾値SL12以下である太い点線の枠内では、空燃比フィードバック制御および空燃比振動制御のいずれによっても高い浄化率ηが得られ、例えば、閾値SL11を0.965とし、閾値SL12を1.000とした場合に、全炭化水素、窒素酸化物およびそれらの平均のそれぞれについて、枠内の領域で80%以上の浄化率ηが得られることが確認されている。つまり、
図2のS104において、判定値SL11を、例えば、0.965とし、判定値SL12を、例えば、1.000とすることにより、空燃比フィードバック制御による高い浄化率ηを確保することが可能である。判定値SL11、SL12は、夫々0.960±0.01、1.000±0.01の範囲内で、適宜に設定することができる。
【0082】
このように、下流側最小空燃比λr_minが閾値SL11以下であり、下流側最大空燃比λr_maxが閾値SL12以下である領域では、空燃比振動制御に限らず、空燃比フィードバック制御によっても高い浄化率ηが得られることから、エンジントルクの変動や振動騒音の増大を伴う空燃比振動制御をあえて選択することはせず、空燃比フィードバック制御を選択し、実行することとする(
図2のS104およびS106)。
【0083】
図19から
図21は、
図16から
図18に示す浄化率ηに対し、異なる排気流量Qexhのもとで得られる浄化率ηを重ねて示す分布図である。例えば、
図16から
図18に示す浄化率ηを取得した際のSV値が26kであり、
図19から
図21は、SV値が26kの場合に得られる浄化率ηに加え、SV値が49kおよび98kの場合に得られる浄化率ηを重ねて示す。空燃比フィードバック制御による場合の浄化率ηを×印のプロットにより、空燃比振動制御による場合の浄化率ηを○印のプロットにより示すことは、
図16等と同様であり、×印および○印のプロットのそれぞれについて、濃度の高いものほど、浄化率ηが高いことを示すこともまた、同様である。
図19は、全炭化水素の浄化率ηthcを示し、
図20は、窒素酸化物の浄化率ηnoxを示し、
図21は、全炭化水素と窒素酸化物との平均の浄化率ηaveを示す。
【0084】
図19から
図21を参照すると、異なる排気流量のもとであっても図の左下ほど、つまり、下流側最小空燃比λr_minが低くかつ下流側最大空燃比λr_maxが低いほど、浄化率ηが高い傾向にあることが分かる。さらに、高い浄化率ηが得られる領域を
図16から
図18に示すSV値が26kの場合に採用したのと同じ閾値SL11、SL12により規定することが可能であり、下流側最大空燃比λr_minが閾値SL11(例えば、0.965)以下でありかつ下流側最大空燃比λr_maxが閾値SL12(例えば、1.000)以下である領域では、空燃比フィードバック制御および空燃比振動制御のいずれによっても高い浄化率ηが得られることが確認されている。
【0085】
このように、下流側最小空燃比λr_minおよび下流側最大空燃比λr_maxとそれぞれの閾値SL11、SL12との対比により、排気流量Qexhによらず、高い浄化率ηが得られる領域を判定可能であることから、排気流量Qexh自体、本実施形態では、吸入空気量Qaによる判定(
図2のS103)は、省略してもよい。ただし、吸入空気量Qaは、本実施形態に限らず、エンジン制御のために一般的に取得される状態変数であり、取得に際して部品の追加を伴うこともない一方、吸入空気量Qaを用いた簡単な手法により空燃比振動制御によるべき場合を判定することが可能である。よって、吸入空気量Qaによる判定は、制御の安定性を確保するうえで有効である。
【0086】
本実施形態に係るエンジンEの空燃比制御装置は、以上の構成を有する。本実施形態により得られる効果について、以下に説明する。
【0087】
第1に、空燃比振動制御により、排気浄化触媒331の浄化率ηの向上を図りながら、エンジンEの運転状態が第2領域Bにあり、空燃比振動制御によらずとも排気浄化触媒31による所要の浄化性能が期待できる場合は、空燃比フィードバック制御に切り替え、例えば、燃料インジェクタ41の制御等により燃焼室に形成される混合気の空燃比を理論空燃比に制御することで、エンジントルクの変動や振動騒音の増加等、空燃比振動制御が運転性および乗り心地に与え得る弊害を抑制することが可能である。
【0088】
第2に、触媒温度センサ205と排気流量センサ(本実施形態では、エアフローメータ203)とを設置し、エンジンEの運転状態を直接的に検出して、運転状態に関する領域判定を実行する構成としたことで、空燃比フィードバック制御と空燃比振動制御との切り替えをより適切に行い、排気浄化装置331の浄化率ηの向上とエンジントルクの変動等の抑制との、より好ましい状態での両立を図ることが可能となる。
【0089】
他方で、エンジンEの運転状態が第2領域Bにあるか否かの判定(領域判定)を、下流側空燃比センサ207により空燃比振動制御の実行中に検出される空燃比λrをもとに、推定的に行う構成としたことで、空燃比フィードバック制御と空燃比振動制御との切り替え、具体的には、空燃比振動制御から空燃比フィードバック制御への切り替えを適切に行うとともに、部品点数の増加を抑制するなど、より簡易な構成での実現を図ることが可能となる。
【0090】
第3に、空燃比振動制御を行う際の空燃比振動の周波数(制御周波数Fcn)として、より適切な周波数を特定し、より適切な制御周波数Fcnのもとで、空燃比振動制御を実行することが可能となり、排気浄化触媒331の浄化率ηの更なる向上を図ることができる。
【0091】
第4に、上流側空燃比センサ206の出力、つまり、排気浄化触媒331への流入前における排気の空燃比λfをもとに、より高い応答性をもって空燃比フィードバック制御を実行することが可能となる。
【0092】
以上の説明では、最適周波数の抽出ないし制御周波数Fcnの特定において、周波数Frqに対する下流側最小空燃比λr_minの変化の傾きまたは周波数ΔFの減少前後における下流側最小空燃比λr_minの差分に着目することとした。制御周波数Fcnの特定は、これに限定されるものではなく、下流側最大空燃比λr_maxと下流側最小空燃比λr_minとの差(以下「空燃比レンジ」という)の、周波数Frqに対する変化の傾きに着目して行うことも可能である。
【0093】
具体的には、
図4のS207の処理に代えて、空燃比レンジ(=λr_max-λr_min)の、周波数Frqまたはその対数log(Frq)に対する変化の傾きglmbbを算出し、さらに、S208の処理に代えて、この傾きの絶対値(=|glmbb|)が所定の値g02に達したときの周波数を最適周波数とし、制御周波数Fcnに設定するのである。周波数Frqの対数をとる場合に、所定の値g02を0.015から0.025までの範囲の値とするのが好ましく、これにより、適切な制御周波数Fcnを設定することが可能である。
【0094】
図22および
図23は、本実施形態に係る空燃比振動制御における空燃比振動の周波数Frqと排気浄化触媒331の浄化率η、下流側空燃比の最小値λr_minとの関係を、異なる触媒温度Tcatについて示す実験データのグラフである。
図22(a)は、比較的低い触媒温度Tcat1の場合を示し、
図22(b)は、Tcat1よりも高い触媒温度Tcat2の場合を示し、
図23(a)は、Tcat2よりも高い触媒温度Tcat3の場合を示し、
図23(b)は、Tcat3よりも高い触媒温度Tcat4の場合を示す。
【0095】
図22および
図23のそれぞれにおいて、白抜きの四角は、全炭化水素の浄化率ηthcを示し、白抜きの三角は、窒素酸化物の浄化率ηnoxを示す。黒丸は、空燃比レンジ(=λr_max-λr_min)を示し、太い直線は、浄化率ηが極大となる周波数よりも高周波側の領域で測定された空燃比レンジの近似曲線であり、太い点線は、低周波側の領域で測定された空燃比レンジの近似曲線である。
【0096】
図22および
図23に示すように、触媒温度Tcatの上昇とともに浄化率ηが全炭化水素と窒素酸化物とのいずれについても増大し、さらに、より高い周波数Frqに至るまで高い浄化率ηが維持される傾向にあることが分かる。ここで、周波数Frqを所定の周波数ΔFずつ減少させた場合に、浄化率ηが極大となる周波数の近傍で、空燃比レンジ(=λr_max-λr_min)の近似曲線が直線から点線に移行し、その周波数Frqに対する変化の傾きglmbbが減少する事象、換言すれば、傾きの絶対値(=|glmbb|)が増大する事象を確認することができる。
【0097】
本実施形態では、この事象が生じる周波数を所定の値g02との対比により特異点として抽出し、制御周波数Fcnに設定する。
【0098】
空燃比レンジ(=λr_max-λr_min)による制御周波数Fcnの設定は、
図1に示すように、複数の気筒のそれぞれを互いに並列に接続した配列のエンジンに限らず、複数の気筒を複数の気筒群に分け、異なる気筒群同士を並列に接続した配列のエンジンに適用することが可能である。例えば、4つの気筒を2つの気筒群に分け、異なる気筒群同士を並列に接続するとともに、気筒群を構成するそれぞれの気筒同士を並列に接続したエンジンである。
【0099】
空燃比レンジによる制御周波数Fcnの設定は、このようなエンジンにおいて、異なる気筒群の間で空燃比振動の位相を互いに逆に設定した場合に(以下「逆位相設定」という)、好適に適用可能である。
【0100】
図24は、
図21に対応するものであり、本実施形態に係る空燃比フィードバック制御および逆位相設定による空燃比振動制御のそれぞれについて、下流側排気センサの最小出力値λr_min、最大出力値λr_maxと全炭化水素および窒素酸化物の平均浄化率との関係を示す分布図である。
【0101】
先の実施形態と同様に、排気浄化触媒331の浄化率ηは、空燃比フィードバック制御および逆位相設定による空燃比振動制御のいずれによる場合であっても図の左下ほど、つまり、下流側最小空燃比λr_minが低くかつ下流側最大空燃比λr_maxが低いほど、増大する傾向にある。空燃比振動制御に限らず、空燃比フィードバック制御によっても高い浄化率ηが得られる領域にあるか否かは、下流側最小空燃比λr_minに関する閾値SL21および下流側最大空燃比λr_maxに関する閾値SL22により判定することが可能であり、採用可能な閾値SL21、SL22は、例えば、0.970、0.970である。
【0102】
さらに、以上の説明では、排気浄化触媒331の触媒温度Tcatとして、触媒入口ガス温度Tcat_inを採用したが、触媒温度Tcatは、これに限らず、排気浄化触媒331のベッド部に熱電対等の温度センサを設置することにより、直接的に取得することも可能である。この場合は、例えば、温度センサにより取得される触媒温度が所定の温度以上であり、吸入空気量Qaが所定の流量以下である場合に、空燃比フィードバック制御を選択し、実行すればよい。
【符号の説明】
【0103】
E…エンジン、1…エンジン本体、2…吸気システム、21…吸気管、22…吸気マニホールド、23…エアクリーナ、3…排気システム、31…排気マニホールド、32…排気管、33…触媒コンバータ、331…排気浄化触媒、41…燃料インジェクタ、51…点火プラグ、101…エンジンコントローラ、201…アクセルセンサ、202…エンジン回転速度センサ、203…エアフローメータ、204…冷却水温度センサ、205…触媒温度センサ、206…上流側空燃比センサ、207…下流側空燃比センサ。