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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023139781
(43)【公開日】2023-10-04
(54)【発明の名称】原子発振器
(51)【国際特許分類】
   H03L 7/26 20060101AFI20230927BHJP
   H03H 9/25 20060101ALI20230927BHJP
【FI】
H03L7/26
H03H9/25 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022045488
(22)【出願日】2022-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000237444
【氏名又は名称】リバーエレテック株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】519368965
【氏名又は名称】株式会社多摩川ホールディングス
(71)【出願人】
【識別番号】519445060
【氏名又は名称】株式会社SMACs
(74)【代理人】
【識別番号】100097043
【弁理士】
【氏名又は名称】浅川 哲
(74)【代理人】
【識別番号】100197996
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 武彦
(72)【発明者】
【氏名】古屋 泰文
(72)【発明者】
【氏名】西野 仁
(72)【発明者】
【氏名】今 大健
(72)【発明者】
【氏名】村松 貴久
【テーマコード(参考)】
5J097
5J106
【Fターム(参考)】
5J097AA13
5J097BB01
5J097GG02
5J106AA01
5J106CC07
5J106EE12
5J106GG02
5J106JJ01
5J106KK24
5J106KK25
5J106KK26
5J106LL10
(57)【要約】
【課題】 位相ノイズやジッタを抑制し、且つ、高周波で安定的に原子共鳴に同期させた発振出力信号を得ることが可能な原子発振器を提供する。
【解決手段】 原子共鳴器から出力される原子共鳴信号に同期した基準信号を出力すると共に、前記基準信号によって前記原子共鳴器を励起する共鳴VCXO121を備えた原子発振器100であって、前記共鳴VCXO121は、右手系のオイラー角(φ,θ,Ψ)で規定される回転角がφ=0±2°、θ=16.0°~20.0°、Ψ=0±2°の範囲でカットされ、板波の位相速度が3500~4000m/sの範囲の振動モードが選択され、水晶振動板の板厚をH、板波の波長をλとした場合に、規格化板厚H/λを1.5<H/λ<2.0の範囲に規定した弾性波素子11を備えた。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子共鳴器から出力される原子共鳴信号に同期した基準信号を出力すると共に、前記基準信号によって前記原子共鳴器を励起する電圧制御水晶発振器を備えた原子発振器であって、
前記電圧制御水晶発振器は、
X軸、Y軸及びZ軸からなる三次元の結晶方位を有する水晶体からY軸及びZ軸をX軸の周りに回転させて切り出され、
右手系のオイラー角(φ,θ,Ψ)で規定される回転角によってカットされた水晶振動板と、この水晶振動板に板波を励振させる少なくとも1つの櫛形励振電極とを有し、
前記右手系のオイラー角(φ,θ,Ψ)で規定される回転角がφ=0±2°、θ=16.0°~20.0°、Ψ=0±2°の範囲内であり、
前記板波は、位相速度が3500~4000m/sの範囲の振動モードが選択され、
前記水晶振動板の板厚をH、板波の波長をλとした場合に、規格化された板厚H/λが1.5<H/λ<2.0の範囲である弾性波素子を備えた原子発振器。
【請求項2】
金属原子が封入されたガスセル部及び該ガスセル部を励起するレーザ駆動部を有する原子共鳴器と、
前記原子共鳴器から出力される原子共鳴信号に同期した基準信号を出力すると共に、前記基準信号によって前記原子共鳴器を励起する電圧制御水晶発振器と、
第1の検波部を有し、前記原子共鳴器から出力される原子共鳴信号に同期した基準信号を、前記第1の検波部を介して前記レーザ駆動部にフィードバックするレーザ波長安定化ユニットと、
第2の検波部を有し、前記電圧制御水晶発振器から出力される周波数の前記基準信号を、前記第2の検波部を介して前記レーザ駆動部にフィードバックする周波数安定化ユニットと、を備えた原子発振器であって、
前記電圧制御水晶発振器は、
X軸、Y軸及びZ軸からなる三次元の結晶方位を有する水晶体からY軸及びZ軸をX軸の周りに回転させて切り出され、
右手系のオイラー角(φ,θ,Ψ)で規定される回転角によってカットされた水晶振動板と、この水晶振動板に板波を励振させる少なくとも1つの櫛形励振電極とを有し、
前記右手系のオイラー角(φ,θ,Ψ)で規定される回転角がφ=0±2°、θ=16.0°~20.0°、Ψ=0±2°の範囲内であり、
前記板波は、位相速度が3500~4000m/sの範囲の振動モードが選択され、
前記水晶振動板の板厚をH、板波の波長をλとした場合に、規格化された板厚H/λが1.5<H/λ<2.0の範囲である弾性波素子を備えた原子発振器。
【請求項3】
前記電圧制御水晶発振器と前記原子共鳴器との間に配置され、前記電圧制御水晶発振器から出力される基準信号の周波数を所定の逓倍率に変換する同期発振ユニットを備えた請求項1又は2に記載の原子発振器。
【請求項4】
前記電圧制御水晶発振器は、前記原子共鳴に同期した周波数の基準信号を外部に出力する外部出力部と、前記基準信号を内部にフィードバックする内部出力部と、を備え、
前記外部出力部と内部出力部の周波数が同じか又は異なる請求項1又は2に記載の原子発振器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、電圧制御水晶発振器を備えた原子発振器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、量子干渉効果のひとつであるCPT(Coherent Population Trapping)現象を用いた小型の原子発振器の利用が進んでいる。この種の原子発振器は、アルカリ金属原子に異なる2種類の波長を有するコヒーレント光を照射し、このコヒーレント光の吸収が停止する電磁誘起透過EIT(Electro magnetically Induced Transparency)現象を利用している。このような構造の原子発振器では、光源から出射される光の波長を高精度に制御する必要がある。
【0003】
従来の小型原子発振器は、アルカリ金属原子を有するガスセルを中心とした受動素子部と、自律的に振動して安定な周波数を出力する能動素子部とによって構成されている。能動素子部には、約10MHzの水晶振動子が用いられているため、小型原子発振器の出力周波数は10MHzが一般的であった。
【0004】
一方、近年の移動体通信環境においては、10MHzの100倍から1000倍、さらには、その10倍といった高周波信号を用いる用途が増えている。それに合わせて、発振器も高周波のものが増えている。このような高周波の発振器には、水晶等の単結晶、CVD(Chemical Vapor Deposition)あるいはスパッタで成膜される窒化アルミニウム(AlN)等の圧電共振子がある。
【0005】
非特許文献1には、小型原子時計を構成する能動素子として、AlN発振器を用いている場合が記載されている。これによって、3.4GHzのマイクロ波の出力が可能となっている。
【0006】
また、特許文献1には、能動素子に電圧制御水晶発振器を用い、この出力をPLL回路へ入力し、このPLL回路のVCOの出力とシンセサイザの出力とを混合することによって光マイクロ波共鳴器に必要な周波数信号を生成している場合が記載されている。前記電圧制御水晶発振器は、SAW(Surface Acoustic Wave)による共振子を用いている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】M. Hara, Y. Yano, M. Kajita, H. Nishino, Y. Ibata, M. Toda, S. Hara, A. Kasamatsu, H. Ito, T. Ono, and T. Ido, “Microwave oscillator using piezoelectric thin-film resonator aiming for ultraminiaturization of atomic clock,” Rev. Sci. Instrum. 89(10), 105002 (2018).
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5-110434号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
AlN等の圧電共振子は、ボトムアップ型の成膜によって形成されるため、薄膜化が容易である。このため、フィルタ等の用途で広く利用されている。しかしながら、短期安定度と温度特性に劣っており、一般に、基準クロックとしては利用されていない。
【0010】
非特許文献1では、AlNの発振器を用いることで、3.4GHzのマイクロ波出力を得ているが、AlN自体の短期安定度が低いため、原子共鳴器からのフィードバックがないと、ジッタが大きくなりクロックとしての精度が大きく劣化するといった問題があった。
【0011】
一方、特許文献1では、6.8GHzに逓倍した周波数信号を得る目的でSAW発振器が使用されている。このようなSAW発振器は、単体では温度ドリフトによる影響を受けやすい。このため、時間の経過と共に安定度が低下し、位相ノイズやジッタが大きくなり、精度の高い発振出力信号を得ることができないといった問題があった。
【0012】
上記原子発振器を利用したシステムとしては、通信基地局からの信号を受信する人工衛星等の小型原子時計を搭載する機器(マスタ側)と、前記人工衛星からの信号を受信することによって、小型原子時計に同期する移動体等のシステム(スレーブ側)とがある。このようなマスタ、スレーブ間においては、同期信号が切れた時や信号受信時間が長い場合、スレーブ内でのクロックの性能が時刻の性能に依存し、特に短期安定度が悪いと移動体に内蔵されている時計の性能が劣ることとなる。
【0013】
そこで、本願の目的は、位相ノイズやジッタを抑制し、且つ、高周波で安定的に原子共鳴に同期させた発振出力信号を得ることが可能な原子発振器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本願に開示の原子発振器は、原子共鳴器から出力される原子共鳴信号に同期した基準信号を出力すると共に、前記基準信号によって前記原子共鳴器を励起する電圧制御水晶発振器を備えた原子発振器であって、
前記電圧制御水晶発振器は、
X軸、Y軸及びZ軸からなる三次元の結晶方位を有する水晶体からY軸及びZ軸をX軸の周りに回転させて切り出され、
右手系のオイラー角(φ,θ,Ψ)で規定される回転角によってカットされた水晶振動板と、この水晶振動板に板波を励振させる少なくとも1つの櫛形励振電極とを有し、
前記右手系のオイラー角(φ,θ,Ψ)で規定される回転角がφ=0±2°、θ=16.0°~20.0°、Ψ=0±2°の範囲内であり、
前記板波は、位相速度が3500~4000m/sの範囲の振動モードが選択され、
前記水晶振動板の板厚をH、板波の波長をλとした場合に、規格化された板厚H/λが1.5<H/λ<2.0の範囲である弾性波素子を備えた。
【0015】
本願に開示の原子発振器は、金属原子が封入されたガスセル部及び該ガスセル部を励起するレーザ駆動部を有する原子共鳴器と、
前記原子共鳴器から出力される原子共鳴信号に同期した基準信号を出力すると共に、前記基準信号によって前記原子共鳴器を励起する電圧制御水晶発振器と、
第1の検波部を有し、前記原子共鳴器から出力される原子共鳴信号に同期した基準信号を、前記第1の検波部を介して前記レーザ駆動部にフィードバックするレーザ波長安定化ユニットと、
第2の検波部を有し、前記電圧制御水晶発振器から出力される周波数の前記基準信号を、前記第2の検波部を介して前記レーザ駆動部にフィードバックする周波数安定化ユニットと、を備えた原子発振器であって、
前記電圧制御水晶発振器は、
X軸、Y軸及びZ軸からなる三次元の結晶方位を有する水晶体からY軸及びZ軸をX軸の周りに回転させて切り出され、
右手系のオイラー角(φ,θ,Ψ)で規定される回転角によってカットされた水晶振動板と、この水晶振動板に板波を励振させる少なくとも1つの櫛形励振電極とを有し、
前記右手系のオイラー角(φ,θ,Ψ)で規定される回転角がφ=0±2°、θ=16.0°~20.0°、Ψ=0±2°の範囲内であり、
前記板波は、位相速度が3500~4000m/sの範囲の振動モードが選択され、
前記水晶振動板の板厚をH、板波の波長をλとした場合に、規格化された板厚H/λが1.5<H/λ<2.0の範囲である弾性波素子を備えた。
【発明の効果】
【0016】
本願に開示の原子発振器を構成する電圧制御水晶発振器は、カット角、位相速度及び水晶振動板の板厚を特定することによって、従来のSAW素子やATカット振動子よりも周波数温度特性が良好な弾性波素子を備えている。このような弾性波素子を備えたことによって、位相ノイズやジッタが抑制され、短期安定性に優れた原子発振器を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】第1実施形態の原子発振器のブロック図である。
図2A】第2実施形態の原子発振器のブロック図である。
図2B】第3実施形態の原子発振器のブロック図である。
図3】本願の一実施形態に係る弾性波素子の外観を示す斜視図である。
図4図3に示す弾性波素子のカット角を説明するための右手系のオイラー角座標図である。
図5図3に示す弾性波素子において発生する複数の板波の振動モードによる位相速度Vの分散を示すグラフである。
図6】位相速度VとアドミタンスYとの関係を示すグラフである。
図7】各振動モードにおける位相速度Vを計算値及び実験値によって示した表である。
図8】θ=18.5°~20.5°におけるH/λとαとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図9】θ=18.5°~20.5°におけるH/λとβとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図10】θ=18.5°~20.5°におけるH/λとγとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図11】θ=20.0°におけるH/λとαとの関係を所定のHs/λに対して計算値と実験値とによって比較したグラフである。
図12】θ=20.0°におけるH/λとβとの関係を所定のHs/λに対して計算値と実験値とによって比較したグラフである。
図13】θ=20.0°におけるH/λとγとの関係を所定のHs/λに対して計算値と実験値とによって比較したグラフである。
図14】θ=17.4°におけるH/λとαとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図15】θ=17.4°におけるH/λとβとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図16】θ=17.4°におけるH/λとγとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図17】θ=17.7°におけるH/λとαとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図18】θ=17.7°におけるH/λとβとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図19】θ=17.7°におけるH/λとγとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図20】θ=18.0°におけるH/λとαとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図21】θ=18.0°におけるH/λとβとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図22】θ=18.0°におけるH/λとγとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図23】θ=19.5°におけるH/λとαとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図24】θ=19.5°におけるH/λとβとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図25】θ=19.5°におけるH/λとγとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図26】θ=20.0°におけるH/λとαとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図27】θ=20.0°におけるH/λとβとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図28】θ=20.0°におけるH/λとγとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図29】θ=20.5°におけるH/λとαとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図30】θ=20.5°におけるH/λとβとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図31】θ=20.5°におけるH/λとγとの関係を計算値及び実験値で示したグラフである。
図32】θ=15.5°、16.5°、17.5°、Hs/λ=0.0017におけるH/λとαとの関係を示したグラフである。
図33】θ=15.5°、16.5°、17.5°、Hs/λ=0.0017におけるH/λとβとの関係を示したグラフである。
図34】θ=15.5°、16.5°、17.5°、Hs/λ=0.0017におけるH/λとγとの関係を示したグラフである。
図35】θ=15.5°、16.5°、17.5°、Hs/λ=0.0034におけるH/λとαとの関係を示したグラフである。
図36】θ=15.5°、16.5°、17.5°、Hs/λ=0.0034におけるH/λとβとの関係を示したグラフである。
図37】θ=15.5°、16.5°、17.5°、Hs/λ=0.0034におけるH/λとγとの関係を示したグラフである。
図38】θ=15.5°、16.5°、17.5°、Hs/λ=0.0068におけるH/λとαとの関係を示したグラフである。
図39】θ=15.5°、16.5°、17.5°、Hs/λ=0.0068におけるH/λとβとの関係を示したグラフである。
図40】θ=15.5°、16.5°、17.5°、Hs/λ=0.0068におけるH/λとγとの関係を示したグラフである。
図41】θ=15.5°、16.5°、17.5°、Hs/λ=0.0085におけるH/λとαとの関係を示したグラフである。
図42】θ=15.5°、16.5°、17.5°、Hs/λ=0.0085におけるH/λとβとの関係を示したグラフである。
図43】θ=15.5°、16.5°、17.5°、Hs/λ=0.0085におけるH/λとγとの関係を示したグラフである。
図44】α,β=0となる組み合わせの1例としての実測データを示すグラフである。
図45】別の実施形態における弾性波素子の外観を示す斜視図である。
図46】Hs/λ=0.0013における最大周波数偏差Δf/fの等高線図である。
図47】Hs/λ=0.0034における最大周波数偏差Δf/fの等高線図である。
図48】Hs/λ=0.0051における最大周波数偏差Δf/fの等高線図である。
図49】Hs/λ=0.0068における最大周波数偏差Δf/fの等高線図である。
図50】Hs/λ=0.0085における最大周波数偏差Δf/fの等高線図である。
図51】励振電極構造における耐熱試験結果を示す比較表である。
図52】裏面電極を設けた弾性波素子の外観を示す斜視図である。
図53】本願の弾性波素子を用いた発振器を640MHzで位相ロックさせた際のジッタの測定値である。
図54】本願の弾性波素子を用いた発振器を1GHzで位相ロックさせた際のジッタの測定値である。
図55】従来の原子発振器におけるジッタの測定値である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本願に開示の原子発振器の実施形態を添付図面に基づいて説明する。図1は第1実施形態の原子発振器100の構成例を示したものである。本実施形態の原子発振器100は、原子共鳴ユニット101と、この原子共鳴ユニット101を制御する制御ユニット102と、前記原子共鳴ユニット101を中心としたフィードバックループを形成するレーザ波長安定化ユニット103及び周波数安定化ユニット104とを備えている。
【0019】
原子共鳴ユニット101は、ルビジウム(Rb)やセシウム(Cs)等の金属原子を収容したガスセル部110と、このガスセル部110にレーザ光を照射するレーザ発光部111と、前記ガスセル部110を透過した透過光を検出する光検出部112と、前記レーザ発光部111を駆動するレーザ駆動部113とによって構成されている。制御ユニット102は、レーザ発光部111及びガスセル部110の温度をP(比例帯),I(積分時間),D(微分時間)によって制御する第1PID制御部114及び第2PID制御部115と、ガスセル部110に電流を供給するコイル電流源116によって構成されている。
【0020】
レーザ波長安定化ユニット103は、原子共鳴ユニット101から出力される原子共鳴信号(共鳴信号)RPを検波する第1検波部117と、この第1検波部117によって検波された信号を変調して原子共鳴ユニット101のレーザ駆動部113にフィードバックする変調部118と、前記第1検波部117及び変調部118を駆動させる第1低周波発振部119とを備えている。
【0021】
周波数安定化ユニット104は、直流電圧発生部120と、前記共鳴信号RPに位相同期させる電圧制御水晶発振器(共鳴同期VCXO)121とを備えている。前記直流電圧発生部120は、前記原子共鳴ユニット101から出力される共鳴信号RPを検波する第2検波部122と、この第2検波部122を駆動させる第2低周波発振部123とを備えている。前記共鳴同期VCXO121は、図3に示す弾性波素子11と、この弾性波素子11を電圧制御する可変容量キャパシタ(図示せず)等を備えており、前記第2検波部122によって検波された直流電圧RPvによって、高周波の基準信号BPとして前記原子共鳴ユニット101のレーザ駆動部113にフィードバックさせる。また、前記原子共鳴に同期した周波数の基準信号を外部出力信号OPとして出力する外部出力部OUT1と前記基準信号を前記原子共鳴ユニット101にフィードバックする内部出力部OUT2を備えており、外部出力部OUT1と内部出力部OUT2から出力される信号の周波数を同じか又は異なるように設定することができる。前記原子共鳴ユニット101を励起させる基準信号BP及び外部出力信号OPの周波数は、時計遷移周波数(6.8GHz)の1/2となる3.4GHzに設定される。一方、同期前の共鳴同期VCXO121の周波数偏差を抑えることができれば、3.4GHzの1/2となる1.7GHzあるいは1/3となる1.13GHz、さらには1/4となる850MHz、1/5となる680MHz等に設定しても同期をとることが可能となる。このように、周波数を下げることによって、原子発振器100全体の消費電力を下げる効果が得られる。
【0022】
上記レーザ波長及び共鳴信号は、原子共鳴ユニット101のガスセル部110に収容される金属原子の種類及び共鳴に利用する金属原子の同位体によって異なる。以下、金属原子として、ルビジウム(Rb)の同位体であるRb87及びRb85と、セシウム(Cs)の同位体であるCs133を用いた場合について説明する。
[Rb87の場合]
レーザ光の波長は、794.98nmを中心とした±1.0nmの範囲にあり、共鳴信号は、Rb87の時計遷移周波数の
6.834 682 610 904 290 GHz・・・(1)
を中心とすると、±50kHzの範囲にあり、(1)の1/2の場合や1/3等の場合があり得る。実際の周波数はガスセル部110内のバッファガスの圧力や温度等により、時計遷移周波数から±50kHz程度の範囲にある値で共鳴信号をとるが、便宜的に6.8GHzとされる。また、様々な条件により前記周波数範囲を超えた場合においても、本願の構成により同等の効果を得ることができる。
[Rb85の場合]
レーザ光の波長は、780.24nmを中心とした±1.0nmの範囲にあり、共鳴信号は、Rb85の時計遷移周波数の
3.035 732 439 0 GHz・・・(2)
を中心とすると、±50kHzの範囲にあり、(2)の1/2の場合や1/3等の場合があり得る。実際の周波数はガスセル部110内のバッファガスの圧力や温度等により、時計遷移周波数から±50kHz程度の範囲にある値で共鳴信号をとるが、便宜的に3.0GHzとされる。また、様々な条件により前記周波数範囲を超えた場合においても、本願の構成により同等の効果を得ることができる。
[Cs133の場合]
レーザ光の波長は、894.59nmを中心とした±1.0nmの範囲にあり、共鳴信号は、Cs133の時計遷移周波数の
9.192 631 770 GHz・・・(3)
を中心とすると、±50kHzの範囲にあり、(3)の1/2の場合や1/3等の場合があり得る。実際の周波数はガスセル部110内のバッファガスの圧力や温度等により、時計遷移周波数から±50kHz程度の範囲にある値で共鳴信号をとるが、便宜的に9.1GHzとされる。また、様々な条件により前記周波数範囲を超えた場合においても、本願の構成により同等の効果を得ることができる。
【0023】
本実施形態の原子発振器100は、PLL回路や逓倍回路等を用いることなく、共鳴同期VCXO121によって共鳴信号RPに同期した高周波(3.4GHz又は6.8GHz)の発振が可能となっている。これによって、小型で高性能の原子発振器100を実現することができる。
【0024】
図2Aは第2実施形態の原子発振器200の構成例を示したものである。本実施形態の原子発振器200は、上記第1実施形態の原子発振器100において、共鳴同期VCXO121の後段に共鳴同期VCXO121から出力される第1の基準信号BP1の周波数を高めて、前記共鳴信号RPの位相に同期させた第2の基準信号BP2を生成する位相同期発振ユニット201を追加したものである。
【0025】
また、前記共鳴同期VCXO121は、外部出力信号OPとして、前記第1の基準信号BP1とは異なる周波数を出力するように構成することができる。例えば、第1の基準信号BP1を100MHzとし、外部出力信号OPを500MHz乃至2GHz程度の周波数とすることができる。
【0026】
同期発振ユニット201は、共鳴同期VCXO121から出力される第1の基準信号BP1と内部の分周器202を介してフィードバックされた第2の基準信号BP2の位相を比較する位相比較器203と、この位相比較器203を通した信号を平滑化するループフィルタ204と、このループフィルタ204から出力された信号を所定の周波数となるように発振させる電圧制御発振器(VCO)205とを備えている。前記VCO205から出力される第2の基準信号BP2は、前記原子共鳴ユニット101のレーザ駆動部113を直接駆動すると共に、分周器202を介して1MHz~2GHzに分周され、共鳴同期VCXO121から順次出力される第1の基準信号BP1と位相比較が行われる。このように、同期発振ユニット201は、共鳴同期VCXO121から出力される第1の基準信号BP1を位相調整しながら所定の高周波信号に逓倍した状態で位相ロックさせることができる。例えば、第1の基準信号BP1を500MHz~2GHzとした場合、第2の基準信号BP2を3.4GHz乃至6.8GHzに逓倍させることができる。
【0027】
前記共鳴同期VCXO121の出力周波数は一例であり、500MHzから2GHzには限定されることはなく、同期発振ユニット201に備わる分周器202の分周比を調整することによって逓倍率を調整することができる。例えば、共鳴同期VCXO121の出力周波数680MHzを同期発振ユニット201によって5逓倍することで、3.4GHzの共鳴信号RPを得ることができる。また、共鳴同期VCXO121の出力周波数850MHzとした場合、同期発振ユニット201によって2逓倍することで1.7GHz、4逓倍することで3.4GHzの共鳴信号RPを得ることができる。このように、共鳴同期VCXO121の出力周波数と、同期発振ユニット201における逓倍率を組み合わせることで、周波数精度の向上及び低消費電力化を図ることが可能となる。
【0028】
前記共鳴同期VCXO121は、原子発振器100を起動させるための基準信号発生源となっており、電源投入時において出力した信号に基づいて原子共鳴ユニット101を励起させ、所定の共鳴信号RPを出力する。ここで得た共鳴信号RPは、上記レーザ波長安定化ユニット103によって位相ロックされると共に、周波数安定化ユニットによって前記共鳴信号RPと同期した高周波(3.4GHz)の基準信号BPを安定的に原子共鳴ユニット101に供給することができる。
【0029】
図2Bは第3実施形態の原子発振器300の構成例を示したものである。本実施形態の原子発振器300は、共鳴信号RPを入力とする低周波の電圧制御水晶発振器(低周波VCXO)301を中心として、内部にフィードバックする第1同期発振ユニット302及び外部に出力する第2同期発振ユニット303を備えた構造となっている。前記第1同期発振ユニット302は、図2Aに示した同期発振ユニット201と同一構成であるが、第2同期発振ユニット303は、本願の弾性波素子11を使用した高周波(1.0GHz)の共鳴同期VCXO121を使用している。例えば、前記低周波VCXO301の出力周波数を10MHzとした場合に、前記第1同期発振ユニット302を介して逓倍した3.4GHzの基準信号BP2を原子共鳴ユニット101にフィードバックし、前記第2同期発振ユニット303を介して前記共鳴信号RPに同期した1.0GHzの外部出力信号OP2を出力することができる。
【0030】
一般に、原子共鳴ユニットから出力される共鳴信号は温度特性の影響を受けることがないので、長期安定性に優れている。これに対して、基準信号を発生させる従来の電圧制御発振器は、温度特性による影響を受けやすく、信号周波数の不安定性を示す位相ノイズや時間領域での信号波形の変動を示すジッタ等によって、短期安定性に問題があった。本願では、以下に示す弾性波素子を用いた共鳴同期VCXO121によって、原子発振器の短期安定性を改善した。
【0031】
本願の共鳴同期VCXO121は、図3に示した弾性波素子11を備えている。弾性波素子11を構成する水晶振動板12は、X軸、Y軸及びZ軸からなる三次元の結晶方位を有する水晶体からY軸及びZ軸をX軸の周りに回転させて切り出されており、回転後のY軸をY’軸、回転後のZ軸をZ’軸とする。
【0032】
前記水晶振動板12は、右手系のオイラー角(φ=0±2°,θ=16.0°~20.0°,Ψ=0±2°)によって、所定の板厚にカット形成されている。また、水晶振動板の結晶の対称性から所定の回転角θに対して、φまたはΨ=0でのα、β、γのφおよびΨの微分値はゼロ値になるため、φ=0±2°、Ψ=0±2°であれば周波数温度特性の変化は極めて小さい。
【0033】
前記励振電極13は、櫛形励振電極15,16を対にして構成される。前記櫛形励振電極15,16は、水晶振動板12の長手方向に沿って、互いに平行に延びるベース電極部15a,16aと、このベース電極部15a,16aそれぞれの一側面から対向する長手方向に向かって延びる複数の電極指15b,16bと、を備えている。このように、励振電極13は、一方のベース電極部15aから延びる電極指15bと、他方のベース電極部16aから延びる電極指16bとが非接触状態となるように配置される。前記電極指15bと電極指16bとの間の距離(ピッチ)は、励振させる板波の波長λに合わせて設定される。また、前記ピッチは、前記波長λに対してλ/2程度である。この励振電極13は、櫛形励振電極15と16の極性が異なるように電圧を印加することによって、隣接する電極指との間に交番電界が発生し、板波が水晶振動板12内に励起される。
【0034】
前記水晶振動板12は、回転Yカットによって、板厚Hが励振させる板波の波長λと略同程度まで薄く形成されている。前記板厚Hは、励振電極13の厚みとの関係に基づいて主振動が所定の周波数温度特性を満たすように調整される。同時に主振動より低位相速度側の不要振動の電気機械結合係数Kが主振動よりも小さくなるように設定される。
【0035】
前記励振電極13は、図3に示されるように、水晶振動板12の表面12aの略中央部に形成される金(Au)あるいはアルミニウム(Al)を主成分とする金属膜であり、所定の厚みとなるように成膜して形成される。また、前記励振電極13を挟んだ長手方向の両側に反射器(図示せず)を設けることもできる。反射器を設けることで、前記励振電極13で励起させた板波を、両側に設けた反射器の間に閉じ込めて大きな共振を得ることができる。
【0036】
前記励振電極13とは反対側の水晶振動板12の裏面12bには、図52に示すような発振周波数調整用の裏面電極を設けることができる。詳細は後述する。
【0037】
図4は右手系のオイラー角の座標系(φ,θ,Ψ)を示したものである。ここで、φはZ軸周りの回転角、θはX'軸(X軸をZ軸周りにφ回転したもの)周りの回転角、ΨはZ''軸(Z軸をX'軸周りにθ回転したもの)周りの回転角を示す。また、オイラー角(φ=0°,θ=0°,Ψ=0°)で表される水晶振動板は、水晶のZ軸(光軸)に垂直な主面を有するZ板となる。以下、弾性波素子11の各種解析に関しては、この座標系を用いて説明する。図5はオイラー角(φ=0°,θ=20.0°,Ψ=0°)によってカットされた水晶振動板12内を伝搬する板波について、波長λと櫛形励振電極の厚みHsで表される規格化励振電極膜厚(Hs/λ)=0における分散曲線を示したものである。
【0038】
図5は、横軸を波数kと板厚Hとの積とし、縦波、速い横波、遅い横波、電磁波が結合した板波の分散曲線を示したものである。板波は前記それぞれの波が複雑に結合した波であり、位相速度Vが10000m/s以上の速い振動モードから3000m/s程度の遅い振動モードまでの多様な振動モードが無数に存在する。本願に開示の弾性波素子においては、前記複数の振動モードの中から、電気機械結合係数Kが大きく、所定の周波数温度特性を満たすような振動モードを選択して使用する。図5において本願で使用する振動モードを実線で、不要振動モードを破線で示してある。本願では、実線で示されるkhが5.0~7.5にて位相速度Vが3500~4500m/sの振動モードを選択している。この選択された振動モードは、板波振動のうち位相速度Vが低い方から数えて、電気機械結合係数Kが最も大きくなる振動モードであり、さらに板波振動のうち位相速度Vが低い方から数えてフィガーオブメリットが2以上となる最初の振動モードでもある。前記振動モードより位相速度Vが遅いすべての振動モードの電気機械結合係数Kは0.02%以下と非常に小さいため、主振動より位相速度Vの低い側に現れる振動モードのフィガーオブメリットが2以上になることはない。
【0039】
図6はオイラー角(0°,20.0°,0°)、H/λ=1.7、Hs/λ=0.0027、櫛形励振電極を300対(600本)にて弾性波素子を構成した場合におけるアドミタンスY特性を一例として示したものである。図7は前記弾性波素子について波形が観測される振動モードについて位相速度Vを計算値と比較したものである。これによれば、位相速度Vは略一致しており、十分な解析精度が得られていることがわかる。また図6及び図7から明らかなように主振動より低速度側の不要振動はすべて励振レベルが非常に小さくなっている。主振動以外で波形の大きいモードが位相速度V=5700m/s付近のところ(振動モードS9)にある。この振動モードは電気機械結合係数Kが主振動よりも小さく、等価直列抵抗R1が主振動より高く、さらに周波数が主振動より高いため、発振回路での発振に影響はない。
【0040】
図8乃至図10は、電極材料にAuを用い、Hs/λ=0.0027にて弾性波素子を構成し、θ=18.5°、19.5°、20.0°、20.5°の4条件において、H/λを変化させたときのα、β、γの関係を計算値と実験値について比較したものである。実験値と計算値は概ね良く一致しており、αについては、図8に示したように、4つのθにおけるH/λが1.4~1.7の範囲においてそれぞれ略ゼロ値となる。βについては、図9に示したように、θ=18.5°、19.5°、20.0°、20.5°が略重なった曲線となり、H/λが1.6~1.7の範囲において略ゼロ値となっている。実験値も同様の傾向を示す。γについては、図10に示したように、θ=18.5°、19.5°、20.0°、20.5°が略重なった曲線となり、H/λが1.3~2.0の範囲において略ゼロ値となっている。実験値は計算値よりも若干大きい値ではあるが約0.4×10-10程度であり、非常に小さな値となる。各θに対してβ、γについては変動が少なく、αのみ大きく補正することができる。このため、所定の周波数温度特性を満たすには、β=0となるH/λにてカット角を補正することでα=0とすればよい。したがって、図8乃至図10から示されるように、θ=18.5°、H/λ=1.67とすることで、所定の周波数温度特性を満たした弾性波素子が得られる。ただし、上記条件は電極材料にAuを用い、Hs/λ=0.0027とした場合であり、電極材料やHs/λに応じてα=β=0となるそれぞれ最適な組み合わせとする必要がある。なお、実験ではAu電極の下にコンタクトメタルとしてCrを使用しているが、Crの厚みは極めて薄いため、周波数温度特性の検証には影響を与えない。前記コンタクトメタルには、他にニッケル(Ni)、チタン(Ti)、またはこれらの合金なども使用することができる。
【0041】
図11乃至図13は、電極材料にAuを用い、Hs/λ=0.00266、0.00532にて、H/λを変化させたときのα、β、γの関係を計算値と実験値について比較したものである。図11乃至図13から、Hs/λに対してはαとβが変動し、γの変動は非常に小さい。したがって、前述したようにHs/λに応じてβ=0となるH/λにおいて、θをα=0となるように補正することで小さなγを維持したままα=β=0とすることができるため、所定の周波数温度特性を満たすことができる。
【0042】
以上説明したように、本願に開示の弾性波素子によれば、高周波の基本波が発振可能で、且つ、ATカットの水晶振動子と同等以上の周波数温度特性を有していることが確認された。また、本願開示で使用する主振動より低い位相速度Vのすべての不要振動の電気機械結合係数Kは0.02以下と非常に小さい。このため、図6で示されるように、不要振動の等価直列抵抗R1は非常に高く、フィガーオブメリットも2を超えることはない。したがって、一般的なラム波で問題となっている主振動より低周波側の不要振動による発振エラーを防止することができる。このため、発振回路に周波数特性調整回路(LCフィルタ回路等)を必要とせず、標準的なコルピッツ発振回路等の簡単な回路を使用することができる。図44に弾性波素子の周波数温度特性の最適結果の一例を示す。製造条件はオイラー角(0°,17.7°,0°)、H/λ=1.87、Hs/λ=0.005である。電極材料にはAuを用いている。製造された弾性波素子は、α=-0.30×10-6、β=-0.12×10-8、γ=0.52×10-10となる周波数温度特性が得られている。
【0043】
また、図3には反射器を省略しているが、反射器を設けることなく、波長λの板波が水晶振動板12の長手方向の両端面を境界として定在波を発生させるように水晶振動板12の寸法を設定して、大きな共振を得ることもできる。例えば、図45(a)に示したように、水晶振動板12のX軸方向の長さを波長λに対して整数N倍に設定したり、図45(b)に示したように、対向する一方の電極指の数を減らし、波長λに対して(N-0.5倍)に設定したりすることで、共振を大きくすることができる。前記水晶振動板12は水晶のZ軸(光軸)に垂直な主面を有するZ板に近いものであり、板波の伝搬方向がX軸に並行であることから、水晶振動板12の両端面を境界として定在波を発生させる場合に両端面は水晶結晶の+X面、-X面となる。この面はエッチング抜き打ち加工した時に最も垂直に安定した側面ができる面であるため、略垂直な反射面を形成することができ、安定した定在波を発生させることができる。
【0044】
本願に開示の板波の振動モードは、フィガーオブメリットが2を超える前記振動モードのうち、最も低い周波数モードであり、α、β、γが略ゼロ値になるようにオイラー角、H/λ、Hs/λを設定している。このため、標準的なコルピッツ発振回路で安定発振させることができる。また、前述したように、本願開示で使用する主振動より低い位相速度Vのすべての不要振動の電気機械結合係数Kは0.02以下と非常に小さいことから、広い温度範囲で位相ノイズやジッタが抑制された安定的な周波数特性が得られることとなる。一般的に、フィガーオブメリットが2以上であれば、インダクティブになるため、コルピッツ発振回路による発振が可能となるが、逆に2より小さくなると、リアクタンス成分が正、すなわちインダクティブとはならないため、コルピッツ発振回路を用いた発振ができなくなる。
【0045】
本願に開示の弾性波素子11を製造する工程において、主振動のフィガーオブメリットが2以上、且つ、不要振動のフィガーオブメリットが2未満となる条件を設定し、この条件の下で水晶振動板の板厚を決定することで、不要振動による発振が効果的に抑えられ、より安定した発振特性を得ることができる。
【0046】
また、前記板波は、横波と縦波とが結合した振動モードとなり、この横波と縦波の結合度合いによって、図5に示したような複数の振動モードが存在することとなる。このような板波による振動モードは、従来のレイリー波とは異なり、必要な主振動以外にも、位相速度が異なり、且つ、電気機械結合係数Kの大きな振動モード(不要振動)が存在する場合がある。この主振動と不要振動の反射係数の符号が等しくなるように、弾性波素子を構成した際に、不要振動の等価直列抵抗R1が主振動モードの等価直列抵抗R1よりも低くなる場合がある。これによって、発振回路にて発振させた際に異常発振の原因となっていた。
【0047】
しかしながら、図7に示したように、本願に開示の弾性波素子において選択された板波の振動モード(S3)は、複数の振動モードのうち、電気機械結合係数Kが最も大きく、且つ、選択された振動モードより位相速度Vの低い振動モードの電気機械結合係数
(X)に対して、K>K(X)の関係にある。このため、発振回路にて発振させた際の異常発振を抑えることができる。
【0048】
図14乃至図31は、電極材料にAuを用い、Hs/λ=0.0034又は0.0027で弾性波素子を構成し、θ=17.4°、17.7°、18.0°、19.5°、20.0°、20.5°の6条件において、H/λを変化させたときのα、β、γの関係を計算値と実験値について比較したものである。この結果から、概ね、計算値と実験値の傾向は一致していることがわかる。H/λの値が大きくなるとα、βはマイナス側に変化する傾向がある。また、α、βの変化は、Hs/λによって影響を受けるが、θにおける影響は少ないものとなっている。γ値の変化を示す図16,19,22,25,28,31によれば、H/λが1.5近辺と2.0近辺に若干の数値変動がみられる。これはH/λの変化により、隣接している振動モードの周波数が主振動に近接し、主振動と結合することで、温度特性に変動が生じているからである。このような振動モード間の結合は温度特性だけではなく、電気機械結合係数にも影響し周波数ジャンプの原因となる。このことから、H/λが1.5~2.0の範囲であることが好ましい。本願では、解析誤差等も考慮して、規格化された板厚H/λを1.5<H/λ<2.0と規定している。
【0049】
図32乃至図43は、電極材料にAuを用い、Hs/λ=0.0017、0.0034、0.0068、0.0085で弾性波素子を構成し、θ=15.5°、16.5°、17.5°の3条件において、H/λを変化させたときのα、β、γの関係を計算したものである。H/λの値が大きくなると、α、βはマイナス側に変化する傾向がある。また、α、βの変化は、Hs/λによって影響を受けるが、θにおける影響は少ないものとなっている。γ値の変化を示す図34,37,40,43によれば、H/λが1.9~2.1近辺に変化がみられる。これは隣接している振動モードが主振動に結合することで、温度特性に変動が生じているものと考えられる。このため、H/λが1.5~2.0以下の範囲であることが求められる。また、前記振動モードの結合によって電気機械結合係数も変動するため、温度特性だけではなくその他の特性にも影響する。
【0050】
図46乃至図50は、電極材料にAuを用い、Hs/λ=0.0013、0.0034、0.0051、0.0068、0.0085の各条件において弾性波素子を構成し、θを15.0°~22.0°、H/λを1.3~2.4の範囲で変化させたときの、-40℃~+85℃における最大周波数偏差Δf/fを計算によって求めた等高線図である。基準温度は25℃である。図46乃至図50中の白色で表した箇所は、温度特性が±50ppm以内となる範囲である。Hs/λが大きくなると、±50ppm以内となる範囲はH/λが大きい方向に移動していき、Hs/λ=0.0085では±50ppm以内となる範囲はH/λ=2.0付近にあり、その範囲は非常に狭くなる。これは前述したように、H/λ=2.0近辺で他の振動モードとの結合が生じるためである。したがって、Hs/λは、電極のAuの厚みが薄すぎると特性や信頼性が低下するため、Hs/λの下限値を0.0013とし、上限値については図50で示されるように、Hs/λ=0.0085が限界となる。これより、Hs/λが大きい場合は、±50ppm以内となる範囲が存在しなくなる。H/λとθとの関係については、図46乃至図50から示されるように、Hs/λの各条件において、1.5<H/λ<2.0及び16.0°<θ<20.0°の範囲内であれば、-40℃~+85℃の環境下において、±50ppm以内となる温度特性を得ることが可能となる。上記結果から、θについては16.0°<θ<20.0°の範囲、H/λについては1.5<H/λ<2.0の範囲、Hs/λについては0.0013<Hs/λ<0.0085の範囲内で設計することが好ましい。
【0051】
上記励振電極13(図3参照)については、クロム(Cr)膜、ルテニウム(Ru)膜、金(Au)膜からなる3層励振電極とすることによって、耐熱性を高めることができる。前記3層励振電極は、水晶振動板12の表面12aにCr膜を成膜し、その上にRu膜、Au膜の順にスパッタリング等を用いて成膜することによって形成することができる。前記Ru膜をCr膜とAu膜との間に挟むことによって、高真空状態で封止する際に水晶振動板12が高温度となった場合であっても、Cr膜がAu膜に拡散するのを防止することができる。これによって、良好な励振振動特性を得ることができる。
【0052】
図51は、弾性波素子の耐熱性に関して、Ru膜の有無やCr膜とRu膜の比率によって比較した結果である。これによれば、試験1のように、Ru膜がない2層の電極構造では、耐熱試験を行った後100時間又は200時間経過後の周波数変動率が20ppmと高くなっている。これに対して、Cr,Ru,Auの3層構造の場合は、全体的に周波数変動率が低く抑えられる。特にCr膜/Ru膜の比率が1以下である場合は、周波数変動率が1ケタとなり周波数変動を抑制した安定的な振動特性が得られる。
【0053】
図52は上記弾性波素子の他の実施形態を示したものである。本実施形態の弾性波素子は、励振電極13とは反対側の水晶振動板12の裏面12bに発振周波数の微調整用としての裏面電極14を設けている。前記裏面電極14は、水晶振動板12の裏面12bにAuなどの金属材料、あるいは、誘電材料を所定の厚みとなるように成膜して形成される。前記金属材料は、Au以外にAl、Ta、Cuなどが使用でき、誘電材料にはSiO、ZnO、Taなどが使用できる。このような材料で形成される裏面電極14は、厚みを変えることで発振周波数の微調整を行うと共に、前記板厚H及び前記励振電極13との厚みとの関係によって、主振動における3次温度特性を保持することができる。
【0054】
図53及び図54は、上記弾性波素子11を用いた共鳴同期VCXO121に対して位相ノイズ及びジッタについて測定したものである。図53は、640MHzで共鳴同期VCXO121を原子発振器にロックさせたときの結果であり、12kHz~20MHzにおけるジッタ(矢線で示す)は、8.7フェムト秒と測定された。図54は、1GHzで共鳴同期VCXO121を原子発振器にロックさせたときの結果であり、12kHz~20MHzにおけるジッタ(矢線で示す)は、17.7フェムト秒と測定された。図55は、比較のために従来の原子発振器の位相ノイズ及びジッタについて測定したものである。ここで測定されたジッタ(矢線で示す)は、316.2フェムト秒となっている。図53及び図54に示したように、本願の弾性波素子11を用いた共鳴同期VCXO121によれば、ジッタが従来よりも格段に低いことが確認された。このように、本願の弾性波素子11を用いた共鳴同期VCXOは低ジッタ性を有しているため、原子発振器を所定の発振周波数に短時間で安定させるための短期安定性を向上させることが可能となる。
【0055】
上記構成の弾性波素子を用いた共鳴同期VCXOは、高周波の基本波が発振可能で、且つ、ATカットの水晶振動子と同等以上の周波数温度特性を有していることから原子共鳴ユニットを高周波で、且つ、位相ノイズやジッタが抑制された基本信号で駆動することができる。また、原子共鳴ユニットによる共鳴信号に基づいて変換された直流電圧を入力として制御されるので、温度特性の影響を受けることなく、高周波且つ位相ノイズやジッタが抑制された発振出力信号を得ることができる。
【0056】
従来、GHz帯の高周波において、位相ノイズやジッタを抑制して安定した発振特性を得るためには、発振器の周波数を分周してMHz帯に落とした上で高安定な水晶発振器に位相ロックさせるのが一般的であった。しかしながら、このような構成にあっては、水晶発振器の他に分周回路等多数の構成要素が必要となり、原子発振器を構成する部品点数が増加し、それに伴って消費電力も増加するといった問題があった。これに対して、本願の原子発振器においては、GHz帯での高周波発振が可能で位相ノイズやジッタが抑制された弾性波素子11によって共鳴同期VCXO121を構成している。これによって、別途分周回路等を用いることなく直接的に原子共鳴の同期するCPT信号を生成することができ、原子発振器の短期安定性が向上すると共に、消費電力を抑えることが可能となる。
【符号の説明】
【0057】
BP 基準信号
BP1 第1の基準信号
BP2 第2の基準信号
RP 共鳴信号
OP 外部出力信号
OUT1 外部出力部
OUT2 内部出力部
α 1次温度係数
β 2次温度係数
γ 3次温度係数
λ 波長
V 位相速度
Y アドミタンス
H/λ 規格化板厚
Hs/λ 規格化励振電極膜厚
11 弾性波素子
12 水晶振動板
13 励振電極
14 裏面電極
15,16 櫛形励振電極
15a,16a ベース電極部
15b,16b 電極指
100 原子発振器
101 原子共鳴ユニット
102 制御ユニット
103 レーザ波長安定化ユニット
104 周波数安定化ユニット
110 ガスセル部
111 レーザ発光部
112 光検出部
113 レーザ駆動部
114 第1PID制御部
115 第2PID制御部
116 コイル電流源
117 第1検波部
118 変調部
119 第1低周波発振部
120 直流電圧発生部
121 共鳴同期VCXO(電圧制御水晶発振器)
122 第2検波部
123 第2低周波発振部
200 原子発振器
201 同期発振ユニット
202 分周器
203 位相比較器
204 ループフィルタ
205 VCO
300 原子発振器
301 低周波VCXO
302 第1同期発振ユニット
303 第2同期発振ユニット


図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30
図31
図32
図33
図34
図35
図36
図37
図38
図39
図40
図41
図42
図43
図44
図45
図46
図47
図48
図49
図50
図51
図52
図53
図54
図55