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特開2023-139814耐水素部材用銅合金素材及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023139814
(43)【公開日】2023-10-04
(54)【発明の名称】耐水素部材用銅合金素材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/06 20060101AFI20230927BHJP
   C22F 1/08 20060101ALI20230927BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20230927BHJP
【FI】
C22C9/06
C22F1/08 P
C22F1/00 604
C22F1/00 612
C22F1/00 623
C22F1/00 624
C22F1/00 630A
C22F1/00 630G
C22F1/00 630K
C22F1/00 640E
C22F1/00 683
C22F1/00 684C
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 694A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022045534
(22)【出願日】2022-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】391005802
【氏名又は名称】三芳合金工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】弁理士法人むつきパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】江口 逸夫
(72)【発明者】
【氏名】新井 真人
(72)【発明者】
【氏名】新井 勇多
(72)【発明者】
【氏名】石島 睦己
(72)【発明者】
【氏名】松永 久生
(72)【発明者】
【氏名】高桑 脩
(72)【発明者】
【氏名】岡▲崎▼ 三郎
(57)【要約】      (修正有)
【課題】水素環境中でもオーステナイト系ステンレス鋼並みの機械強度に優れるCu-Ni-Si系銅合金からなる耐水素部材用銅合金素材及びその製造方法の提供。
【解決手段】耐水素部材用銅合金素材は、質量%で、Ni:6.0%~9.0%、Si:1.5%~2.5%、Cr:0.3%~1.3%、残部Cuとした成分組成を有し、軸線に沿った引き抜き加工組織を有し、95MPaの室温水素環境下でひずみ速度を5.0×10-5-1としたSSRTにおいて軸線の方向への引っ張り強度を800MPa以上、伸びを8%以上としたことを特徴とする。製造方法は、かかる銅合金の熱間鍛造材について、溶体化熱処理後に冷間引抜加工を施す加工セットを与えた後に、軸線に沿った引き抜き加工組織中にNiSi粒子を分散させるよう400℃~500℃の温度範囲で時効処理を施し、上記したSSRTでの引っ張り強度及び伸びを与えることを特徴とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu-Ni-Si系合金からなる耐水素部材用銅合金素材であって、
質量%で、Ni:6.0%~9.0%、Si:1.5%~2.5%、Cr:0.3%~1.3%、残部Cuとした成分組成を有し、
軸線に沿った引き抜き加工組織を有し、95MPaの室温水素環境下でひずみ速度を5.0×10-5-1としたSSRTにおいて前記軸線の方向への引っ張り強度を800MPa以上、且つ、伸びを8%以上としたことを特徴とする耐水素部材用銅合金素材。
【請求項2】
室温大気環境下でひずみ速度を5.0×10-5-1としたSSRTにおいて前記軸線の方向への引っ張り強度を800MPa以上、且つ、伸びを8%以上とし、室温水素環境下での引っ張り強度の低下率が5%以内であることを特徴とする請求項1記載の耐水素部材用銅合金素材。
【請求項3】
前記軸線に対する垂直断面における最大結晶粒径を50μm以下とすることを特徴とする請求項1又は2に記載の耐水素部材用銅合金素材。
【請求項4】
Cu-Ni-Si系合金からなる耐水素部材用銅合金素材の製造方法であって、
質量%で、Ni:6.0%~9.0%、Si:1.5%~2.5%、Cr:0.3%~1.3%、残部Cuとした成分組成を有する銅合金の熱間鍛造材について、溶体化熱処理後に冷間引抜加工を施す加工セットを与えた後に、前記冷間引抜加工による軸線に沿った引き抜き加工組織中にNiSi粒子を分散させるよう400℃~500℃の温度範囲で時効処理を施し、
95MPaの室温水素環境下でひずみ速度を5.0×10-5-1としたSSRTにおいて前記軸線の方向への引っ張り強度を800MPa以上、且つ、伸びを8%以上とすることを特徴とする耐水素部材用銅合金素材の製造方法。
【請求項5】
前記加工セットを少なくとも2回以上繰り返すことを特徴とする請求項4記載の耐水素部材用銅合金素材の製造方法。
【請求項6】
前記時効処理直前の前記加工セットにおける前記冷間引抜加工の減面積率を50%以上とすることを特徴とする請求項4又は5に記載の耐水素部材用銅合金素材の製造方法。
【請求項7】
860℃~950℃の温度範囲で前記加工セットの溶体化熱処理を行うことを特徴とする請求項6記載の耐水素部材用銅合金素材の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素環境中でも機械強度に優れる耐水素部材用銅合金素材及びその製造方法に関する。特に、Cu-Ni-Si系銅合金からなる耐水素部材用銅合金素材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は燃焼時に二酸化炭素を排出せず、脱炭素化のもとで多くの分野における利用が期待されている。一方、水素環境下においては、多くの金属材料が強度や延性の低下を示すことから、このような傾向の小さいアルミ合金や一部のオーステナイト系ステンレス鋼が水素関連装置の部材として用いられる。また、近年、耐水素部材に銅合金の利用も提案されているが、一般的に、銅は酸素を含みやすく、かかる酸素が水素と結びついて水素脆化を示すことが報告され、特に、導電部材として広く用いられているタフピッチ銅では、高温環境下において水素脆化による割れや亀裂などの発生が多く報告されている。そのため、無酸素銅や、酸素と結びつきやすいリンを微量に含むリン脱酸銅が用い得るが、いずれも十分な強度が得られず、強度を高めるように合金化させた耐水素部材用銅合金が求められている。
【0003】
例えば、特許文献1では、水素を収容する収容部材、水素を流通し熱交換する熱交換部材、水素を流通する配管部材、水素を流通する配管部材に接続される弁部材、水素を流通する配管部材に接続されるシール部材であって、特に、燃料電池自動車(FCV:Fuel Cell Vehicle)へ水素を供給するための水素ステーションにおける水素と接触する状態で用いられる部材について、典型的には70MPa以上の高圧環境での耐水素脆化特性に優れたベリリウム銅合金を用いた銅合金部材を開示している。かかるベリリウム銅合金は、Beの含有量を0.20~2.70質量%、CoとNiとFeとの合計の含有量を0.20~2.50質量%、CuとBeとCoとNiとFeとの合計の含有量を99質量%以上とした成分組成を有し、水素拡散係数と水素固溶度を小さくできるものであるとしている。そして、時効硬化処理後において、水素環境中での引張強度を1000MPa以上、破断伸びも5%程度以上得られるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2017-145472号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここまで、機械強度と導電性に優れるベリリウム銅合金の代替合金として、Beを含まない、Cu-Ni-Si系銅合金、いわゆるコルソン合金の利用が提案されている。水素環境下においても、オーステナイト系ステンレス鋼の代替としてベリリウム銅合金、更に、コルソン合金の利用が考慮できる。
【0006】
本発明は、以上のような状況に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、水素環境中でもオーステナイト系ステンレス鋼並みの機械強度に優れるCu-Ni-Si系銅合金からなる耐水素部材用銅合金素材及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、水素環境中で用いられるオーステナイト系ステンレス鋼の代替としてCu-Ni-Si系銅合金を考慮する中で、酸素と結合しやすいSiを含む点に着目し、Siを質量%で1.5%~2.5%と、比較的多く含むCu-Ni-Si系銅合金の利用を考慮したものである。
【0008】
すなわち、本発明による耐水素部材用銅合金素材は、Cu-Ni-Si系合金からなる耐水素部材用銅合金素材であって、質量%で、Ni:6.0%~9.0%、Si:1.5%~2.5%、Cr:0.3%~1.3%、残部Cuとした成分組成を有し、軸線に沿った引き抜き加工組織を有し、95MPaの室温水素環境下でひずみ速度を5.0×10-5-1としたSSRTにおいて前記軸線の方向への引っ張り強度を800MPa以上、且つ、伸びを8%以上としたことを特徴とする。
【0009】
また、本発明による耐水素部材用銅合金素材の製造方法は、Cu-Ni-Si系合金からなる耐水素部材用銅合金素材の製造方法であって、質量%で、Ni:6.0%~9.0%、Si:1.5%~2.5%、Cr:0.3%~1.3%、残部Cuとした成分組成を有する銅合金の熱間鍛造材について、溶体化熱処理後に冷間引抜加工を施す加工セットを与えた後に、前記冷間引抜加工による軸線に沿った引き抜き加工組織中にNiSi粒子を分散させるよう400℃~500℃の温度範囲で時効処理を施し、95MPaの室温水素環境下でひずみ速度を5.0×10-5-1としたSSRTにおいて前記軸線の方向への引っ張り強度を800MPa以上、且つ、伸びを8%以上とすることを特徴とする。
【0010】
かかる特徴によれば、酸素と結合しやすいSiを比較的多く含み、Siとともに析出硬化を与えるNiSiを生成するNi量を調整した合金成分であって、冷間引抜加工による加工硬化とNiSiの析出強化とにより、水素環境下における高い引っ張り強度と伸びとを両立させることができるものである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明による1つの実施例における耐水素部材用銅合金素材の製造方法を示すフロー図である。
図2】製造試験に用いた耐水素部材用銅合金の成分組成を示す表である。
図3】製造試験で得た耐水素部材用銅合金素材の断面組織のIPFマップである。
図4】SSRTに用いた引張試験片の形状を示す側面図である。
図5】SSRTの応力-ひずみ線図である。
図6】SSRTにおける引っ張り強度(σ)、伸び(δ)、絞り(φ)とそれぞれの大気雰囲気中の値に対する水素雰囲気中の値の比の一覧表である。
図7】水素雰囲気中でのSSRTによって生じた破面の(a)上面写真、(b)側面写真、(c)他の側面写真である。
図8図7(a)に示す位置A~Dのそれぞれの拡大写真である。
図9】大気雰囲気中でのSSRTによって生じた破面の(a)上面写真、(b)側面写真、(c)他の側面写真である。
図10図9(a)に示す位置A~Dのそれぞれの拡大写真である。
図11】疲労試験に用いた疲労試験片の形状を示す(a)側面図及び(b)正面図である。
図12】疲労試験における(a)S-N線図及び(b)応力振幅を引っ張り強度で除した値と繰り返し数との関係を示すグラフである。
図13】水素脆化試験後の試験片外周近傍の断面組織写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明による耐水素部材用銅合金素材及びその製造方法の1つの実施例について、図1に沿って説明する。
【0013】
図1に示すように、まず、所定の成分組成のCu-Ni-Si系合金を溶解・鋳造して、合金塊を得る(S1)。ここで、耐水素部材用合金素材の成分組成としては、質量%で、Ni:6.0%~9.0%、Si:1.5%~2.5%、Cr:0.3%~1.3%を含み、残部をCuとしたものである。コルソン合金の中でも、Ni及びSiを比較的多く含有し、さらにCrを含有する。特に酸素と結合しやすいSiの含有量を多くすることで、合金中の酸素ガスとSiを結合させて、合金中に残存する酸素を減じ、使用中の水素と合金中の酸素との結合を抑制し、水素脆化を抑制しようとする意図がある。
【0014】
次に、得られた合金塊を熱間鍛造する(S2)。ここでは、合金塊を後述する熱間押出加工(S3)に適した形状に成形した熱間鍛造材として、例えば、丸棒形状の合金塊を得る。
【0015】
さらに、合金塊を熱間押出加工によって成形する(S3)。ここでは、後述する冷間引抜加工(S5)に適した形状にする。例えば、ダイス間を通すように合金塊を押し出して直径20mmの丸棒形状の棒材とすることができる。
【0016】
次いで、溶体化熱処理を行う(S4)。ここでは、化合物を分解し素地に固溶させ、後述する冷間引抜加工(S5)において十分な加工性を付与するように、材料を軟化させる。特にNiSiを十分に分解し固溶させることが好ましく、例えば、固溶温度を860℃~950℃の範囲内とする。
【0017】
そして、溶体化熱処理後に冷間引抜加工を施して、さらに直径を小さくするよう加工する(S5)。例えば、丸棒の軸線に沿った方向にダイス間を引き抜くように合金塊を通して直径を絞るように加工する。
【0018】
ここで、溶体化熱処理(S4)とその後の冷間引抜加工(S5)との一連を1つの加工セット(Set1)とする。そして、最終的に得ようとする耐水素部材用銅合金素材の寸法によって、この加工セットを2回以上繰り返してもよい。ここでは、溶体化熱処理(S6)及び冷間引抜(S7)との加工セット(Set2)をさらに加え、溶体化熱処理と冷間引抜との加工セットを計2回とした。例えば、1回目の加工セット(Set1)で直径20mmから直径16.5mmの丸棒に加工し、2回目の加工セット(Set2)で直径12mmの丸棒に加工する。加工セットを複数回とすることで、後述する引き抜き加工組織をより確実に得るようにすることが好ましい。
【0019】
特に、最終的に得られる耐水素部材用銅合金素材の金属組織に関し、軸線に沿った方向に伸びた引き抜き加工組織を呈するようにする。そのため、後述する時効処理の直前の加工セット、すなわち最後の加工セットにおいて、冷間引抜加工での減面積率を50%以上とすることも好ましい。これによって確実に引き抜き加工組織を与え後述する時効処理後にもかかる組織を維持することができる。上記した例によれば、1回目の加工セット(Set1)において、直径20mmの面積約314mmから直径16.5mmの面積約214mmに加工することで、減面積率は約68%となり、2回目の加工セット(Set2)において、面積約214mmから直径12mmの面積約113mmに加工することで、減面積率は約53%となる。
【0020】
最後に、時効処理を施して耐水素部材用銅合金素材を得る(S8)。時効処理(S8)では、保持温度を400℃~500℃の温度範囲に設定し、上記した引き抜き加工組織中にNiSi粒子を分散させるように析出させて、所定の機械的性質を得られるようにする。ここで所定の機械的性質としては、95MPaの室温水素環境下でひずみ速度を5.0×10-5-1としたSSRT(低歪速度型の引張強度試験)において、丸棒の軸線の方向への引っ張り強度を800MPa以上、且つ、伸びを8%以上とするものである。
【0021】
つまり、耐水素部材用銅合金素材を、水素雰囲気下における使用において水素脆化の影響の小さいものとするのである。ここで、上記したように、合金の成分組成としてSiを比較的多く含有させたことで、水素脆化を抑制し、十分な引っ張り強度を得ることができるものと考えられる。
【0022】
また、室温大気環境下でひずみ速度を5.0×10-5-1としたSSRTにおいて軸線の方向への引っ張り強度を800MPa以上、且つ、伸びを8%以上とし、これに対する室温水素環境下での引っ張り強度の低下率が5%以内であることが好ましい。つまり、水素脆化の生じづらいものとするのである。
【0023】
なお、上記では、冷間引抜加工による丸棒において引き抜き加工組織を得るものとしたが、同様の組織を得られる一方向性の塑性加工による素材であってもよい。例えば、冷間圧延(ロール鍛造)加工による板材によって、同様の耐水素部材用銅合金素材を得ることもできる。なお、このような引き抜き加工組織としては、加工方向に沿った軸線に対する垂直断面において最大結晶粒径を50μm以下とすることが好ましい。
[製造試験]
【0024】
上記した製造方法によって耐水素部材用銅合金素材を得て行った試験とその結果について、図2乃至図12を用いて説明する。
【0025】
図2に示すように、上記した製造方法によって得られた耐水素部材用銅合金素材を化学分析した結果、質量%で、Ni:6.9%、Si:1.8%、Cr:0.6%、残部Cuという合金組成であった。
【0026】
また、図3に示すように、得られた耐水素部材用銅合金素材の断面組織について電子線後方散乱回折により結晶方位を算出してIPF(逆極点図方位)マップを得た。丸棒の軸線に垂直な「C断面」では「111」方向の結晶方向が支配的であり、軸線に平行な「L断面」において「101」方向の結晶方位が支配的であることが判る。つまり、軸線に沿った引き抜き加工組織を有することが判る。なお、「C断面」における最大結晶粒径は50μm程度であった。
【0027】
図4に示すように、上記した丸棒から、軸線方向に沿って平行部の直径を4mmとする引張試験片10を切り出した。引張試験片10を用いて、試験温度を室温とし、大気雰囲気中(室温大気環境下)及び95MPa水素雰囲気中(室温水素環境下)の両条件において、ひずみ速度を5.0×10-5-1として、それぞれSSRTを実施した。
【0028】
図5に示すように、SSRTの結果は、大気雰囲気中及び水素雰囲気中の両者においてほぼ同等であり、水素雰囲気中においても引っ張り強度(引張強さ)や延性の低下は認められなかった。
【0029】
詳細には、図6に示すように、大気雰囲気中及び水素雰囲気中のいずれにおいても800MPaを超える引っ張り強度(σ)と、8%を超える伸び(δ)とを得られた。また、大気雰囲気中と水素雰囲気中の試験結果を比べると、引っ張り強度(σ)において、大気雰囲気中に対する水素雰囲気中の引っ張り強度の比(RTS)は、1.02であった。また、伸び(δ)において、大気雰囲気中に対する水素雰囲気中の伸びの比(REL)は、1.00であった。さらに、絞り(φ)において、大気雰囲気中に対する水素雰囲気中の絞りの比(RRA)は、1.15であった。つまり、いずれにおいてもほぼ同等であった。また、大気雰囲気中での結果に対する水素雰囲気中での結果の低下率は、引っ張り強度、伸びともに5%以下であった。
【0030】
また、図7及び図8に示すように、水素雰囲気におけるSSRTでの引張試験片10では、軸線に対して略45度の傾きを持った剪断型破壊の特徴を有する破面(特に図7(c)参照)が観察された。図7(a)に示す位置A~Dの4か所の拡大写真(図8(a)~(d))では、全体として、引き裂き型のディンプルが多く観察され、比較的大きな塑性変形を伴って破壊に至ったことが推察された。これらはいずれも延性破壊の特徴とされており、上記したような水素雰囲気中においても延性破壊であったと考えられた。
【0031】
図9及び図10に示すように、大気雰囲気におけるSSRTでの引張試験片10においても、同様に、軸線に対して略45度の傾きを持った剪断型破壊の特徴を有する破面(特に図9(c)参照)が観察された。図9(a)に示す位置A~Dの4か所の拡大写真(図10(a)~(d))においても、全体として、引き裂き型のディンプルが多く観察され、比較的大きな塑性変形を伴って破壊に至ったことが推察された。これらはいずれも上記した水素雰囲気中での結果と同様であり大気雰囲気中においても水素雰囲気中と同様の延性破壊であったと考えられた。
【0032】
以上のことから、少なくとも上記した試験条件でのSSRTにおいて、大気雰囲気中と水素雰囲気中とでは引張試験結果に有意差は見られなかったと言える。また、引っ張り強度において、800MPaを超えており、水素環境中でもオーステナイト系ステンレス鋼並みの機械強度に優れるCu-Ni-Si系銅合金からなる耐水素部材用銅合金素材を得られたと言える。
【0033】
上記に加え、本製造試験ではさらに疲労試験も実施した。
【0034】
図11に示すように、上記した製造試験で得られた耐水素部材用銅合金素材から、軸線方向に沿って平行部の直径を7mmとする疲労試験片11を切り出した。疲労試験片11を用いて、試験温度を室温とし、大気雰囲気中において、試験周波数を1Hzとして疲労試験を行った。なお、繰り返し数が2×10回となった以降においては、試験周波数を10Hzとした。
【0035】
図12(a)に示すように、応力振幅を240MPa、280MPa、320MPa、360MPa、400MPaの5水準として、それぞれについて破断までの繰り返し数を得た。なお、応力振幅を240MPaとした場合においては、繰り返し数が10回となっても破断しなかったため、ここで試験を中止した。つまり、疲労限度σは240MPaであった。
【0036】
図12(b)に示すように、応力振幅を引っ張り強度(σ=933MPa)で除した値を算出し、繰り返し数との関係で示した。上記した疲労限度σを引っ張り強度で除した値は約0.25となり、析出強化材における一般的な傾向と一致した。つまり、本試験で得た耐水素部材用銅合金素材も析出強化材であることが判った。
【0037】
図13に示すように、得られた耐水素部材用銅合金素材について水素脆化試験を行った。詳細には、得られた耐水素部材用銅合金素材からφ20×23mmの試験片を切り出し、水素雰囲気とした加熱炉中で850℃に加熱し30分間の保持を行った後、水素気流によって常温まで冷却した。冷却後の試験片を長さ方向の半分の位置において中心軸に垂直な面で切断した後、切断面のうちの外周近傍において光学顕微鏡にて組織観察を行った。その結果、水素脆化に特有の多数の気泡や粒界分離を示す組織は認められなかった。つまり、上記した耐水素部材用銅合金素材は、少なくとも水素脆化しやすいものではないことが確認された。
【0038】
以上、本発明による代表的な実施例を説明したが、本発明は必ずしもこれに限定されるものではなく、当業者であれば、本発明の主旨又は添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、様々な代替実施例及び改変例を見出すことができるであろう。
【符号の説明】
【0039】
10 引張試験片
11 疲労試験片
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13