IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ JFEスチール株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023140295
(43)【公開日】2023-10-04
(54)【発明の名称】抗微生物腐食低合金鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230927BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20230927BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230927BHJP
   C21D 8/02 20060101ALN20230927BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C22C38/38
C22C38/60
C21D8/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023025272
(22)【出願日】2023-02-21
(31)【優先権主張番号】P 2022044970
(32)【優先日】2022-03-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001542
【氏名又は名称】弁理士法人銀座マロニエ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】寒澤 至
(72)【発明者】
【氏名】嶋村 純二
(72)【発明者】
【氏名】村上 善明
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA11
4K032AA12
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA17
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA24
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA39
4K032AA40
4K032BA01
4K032CA02
4K032CA03
4K032CC02
4K032CC03
4K032CC04
4K032CD01
4K032CD02
4K032CD03
4K032CD05
4K032CD06
(57)【要約】
【課題】抗微生物腐食低合金鋼材を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.01~0.50%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.10~3.00%、P:0.030%以下、S:0.0100%以下、N:0.0100%以下、Al:0.001~0.30%、Ag:0.003~0.20%およびCr:4.00%以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することを特徴とする、抗微生物腐食低合金鋼材を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.01~0.50%、
Si:0.01~1.00%、
Mn:0.10~3.00%、
P:0.030%以下、
S:0.0100%以下、
N:0.0100%以下、
Al:0.001~0.30%、
Ag:0.003~0.20%および
Cr:4.00%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することを特徴とする抗微生物腐食低合金鋼材。
【請求項2】
前記成分組成は、さらに、質量%で、
Ni:0.010~3.00%を含有することを特徴とする請求項1に記載の抗微生物腐食低合金鋼材。
【請求項3】
前記成分組成は、さらに、質量%で、下記A~D群から選ばれる1群以上を選択して含有することを特徴とする請求項1または2に記載の抗微生物腐食低合金鋼材。
[A群]
Sb:0.01~0.20%、
Sn:0.01~0.20%、
Cu:0.01~1.00%、
Mo:0.01~1.00%および
W:0.01~1.00%
から選ばれる1種以上
[B群]
Ca:0.0001~0.0100%、
Mg:0.0001~0.0200%および
REM:0.001~0.200%
から選ばれる1種以上
[C群]
Ti:0.005~0.100%、
Zr:0.005~0.100%、
Nb:0.005~0.100%および
V:0.005~0.100%
から選ばれる1種以上
[D群]
B:0.0001~0.0300%

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用部材、発電設備部材、化学プラント部材、建築用部材、機械部材、船舶部材、油田付帯設備用部材などの構造用部材に好適な、抗微生物腐食低合金鋼材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従前、大腸菌、サルモネラ菌に代表される病原性細菌、および硫酸塩還元菌、硫黄酸化細菌に代表される腐食性細菌などのような、我々の社会生活の中で、衛生的および工業的側面から、その増殖を忌避すべき細菌が知られている。特に近年では、分析および生物学分野の著しい進歩に伴い、細菌による社会生活への負の影響が広く認知されてきている。その一つが微生物腐食現象である。微生物腐食は非常に局部腐食性が高い腐食現象であり、構造物に生じた微生物腐食部が貫通孔となり、深刻な事故を招く危険性がある。微生物腐食に対する対策は、殺菌剤による環境中に存在する微生物の低減、材料に付着した微生物の物理的な除去(ブラシ等による清掃)が一般的である。しかしながら、これら手段による微生物腐食の低減には限界があり、材料側の微生物腐食耐性を高めるアプローチにも関心が高まっている。このような流れから、鋼材分野においても、微生物腐食に対する抵抗性を付与する試みが行われている。
【0003】
たとえば、特許文献1では、鉄鋼材料とエポキシ樹脂塗膜の間に亜鉛を含む層を設け、前記亜鉛を含む層が、亜鉛のみからなる層、若しくは、亜鉛を85質量%以上含み、他の構成元素としてニッケル、アルミニウム、マグネシウム、鉄のいずれかを含む合金からなる層であることを特徴とする鉄鋼材料の腐食および塗膜剥離の防止方法が報告されている。
【0004】
また、特許文献2では、表面に、Cr(III)-Fe(III)系の水酸化物からなる外層とCr(III)系の酸化物および/または水酸化物を主体とする皮膜の内層の2層の皮膜を有することを特徴とする耐微生物腐食性に優れたステンレス鋼が報告されている。
【0005】
さらに、特許文献3では、質量%で、Cu:0.010%以上2.000%未満、Ni:0.010%以上2.000%以下、Mo:0.010%以上1.000%以下、W:0.010%以上1.000%以下およびSn:0.010%以上0.500%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有させることで抗菌性と耐微生物腐食特性を高めた鋼材が提案されている。
【0006】
一方、微生物腐食の主な原因菌として知られている硫酸塩還元菌(SRB:Sulfate-reducing bacteria)に関して、その鋼材腐食促進メカニズムについても、近年新たな知見が得られている。
【0007】
たとえば、非特許文献1において、SRBによる腐食促進がSRBによる鋼材からの電子の直接的に引き抜き作用に基づくことが報告されている。すなわち、SRBの代謝活動において、鋼材表面に存在するSRBがFe直接酸化することで、鋼材の溶解が促進される。この代謝活動の結果として生成されるS2-イオンは、鋼材腐食の結果生じるFe2+イオンと結びつき、難溶性FeS被膜が鋼材表面に形成される。このFeS被膜は腐食抵抗被膜として作用するためで、一般的に鋼材腐食の低減に寄与するとされている。然しながら、SRBによる微生物腐食現象においては、FeSが比較的高い導電性を有しているために、FeS表面に付着した硫酸塩還元菌は、FeSを介しても母材(鋼材)の電子引き抜き(直接酸化)が可能となる。言い換えると、FeS表面がSRBによる鉄酸化反応経路となるために、SRBによる局部腐食はFeSが形成されるに従って、助長されることとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010-222606号公報
【特許文献2】特開平7-26395号公報
【特許文献3】特開2017-190522号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】X. Deng et al, Angew. Chem. 132, (2020), p6051
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に記載された鋼材の防食方法は、抗菌性は十分に有していると考えられるものの、塗装および合金被膜形成が必要である。これは非常に高価な処理となるため特別に高い耐食性が要求されるような過酷な用途以外では過剰性能となる。すなわち、本来低合金鋼材が適用されているような部材に対しては、コスト上、使用が現実的ではない。また、衝撃や切創等により、ひとたび表面に傷がついてしまった場合には、傷がついた部分の耐性は期待できず、長期的な効果を得ることは難しい。
【0011】
また、特許文献2に記載の技術についても、ステンレス鋼材の微生物腐食抵抗性の向上策として有効と考えられるものの、安価な低合金鋼材の適用が想定されている部材に対しては、コスト上適用が困難である。また、特許文献1と同様にひとたび表面に傷がつき、耐微生物腐食に有効な被膜構造が失われた箇所に対しては、微生物腐食に対する抵抗が担保できない。
【0012】
さらに、特許文献3に記載の鋼材については、腐食性細菌である硫酸塩還元菌を含む実海水環境での局部腐食に基づき、微生物腐食耐性を評価している。実環境での微生物腐食は局所的に腐食性細菌が活性となり菌濃度が高い場所において顕在化するが、この微生物腐食の実態が反映された環境を想定していない。すなわち、特許文献3に記載の技術は、単に海水腐食環境中での局部腐食性を評価した結果に過ぎず、微生物腐食低減技術として不確実である。
【0013】
このように、低合金鋼材分野において、安価に且つ、長期的な耐微生物腐食特性を担保する観点から、好適な技術は確立されておらず、材料そのものの耐微生物腐食性を向上させる技術が望まれるものの、技術的に確立されていない。
【0014】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、製造上実用的な、抗微生物腐食低合金鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋭意検討を重ねた。まず、微生物腐食の代表的な原因菌である硫酸塩還元菌(SRB)の材料表面での低減の観点から、鋼材へのSRBに対する抗菌特性向上が、微生物腐食低減に有効であることを知見し、特にAgの添加により、その特性が著しく向上することがわかった。また、非特許文献1に記載のSRBによる腐食メカニズムに基づき、さらなる検討を加えた結果、Niの含有により、腐食生成物FeSの性状が変容し、微生物腐食に対する抵抗性が一層向上することを知見した。
本発明は、上記の新規な知見に基づき、さらに検討を重ねた末に完成されたもので、その要旨構成は、以下の通りである。
【0016】
1.質量%で、
C:0.01~0.50%、
Si:0.01~1.00%、
Mn:0.10~3.00%、
P:0.030%以下、
S:0.0100%以下、
N:0.0100%以下、
Al:0.001~0.30%、
Ag:0.003~0.20%および
Cr:4.00%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することを特徴とする抗微生物腐食低合金鋼材。
【0017】
2.前記成分組成は、さらに、質量%で、
Ni:0.010~3.00%を含有することを特徴とする上記1に記載の抗微生物腐食低合金鋼材。
【0018】
3.前記成分組成は、さらに、質量%で、下記A~D群から選ばれる1群以上を選択して含有することを特徴とする上記1または2に記載の抗微生物腐食低合金鋼材。
[A群]
Sb:0.01~0.20%、
Sn:0.01~0.20%、
Cu:0.01~1.00%、
Mo:0.01~1.00%および
W:0.01~1.00%
から選ばれる1種以上
[B群]
Ca:0.0001~0.0100%、
Mg:0.0001~0.0200%および
REM:0.001~0.200%
から選ばれる1種以上
[C群]
Ti:0.005~0.100%、
Zr:0.005~0.100%、
Nb:0.005~0.100%および
V:0.005~0.100%
から選ばれる1種以上
[D群]
B:0.0001~0.0300%
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、自動車用部材、発電設備部材、化学プラント部材、建築用部材、機械部材、船舶部材、油田付帯設備用部材などの構造用部材に使用した場合に、従来と比較してより安価な抗微生物腐食低合金鋼材を得ることが可能であり、産業上極めて有用である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の一実施形態にかかる低合金鋼材について説明する。まず、鋼材の成分組成の限定理由について述べる。なお、本明細書において、各成分元素の含有量を表す「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0021】
C:0.01~0.50%
Cは、鋼の強度確保に必要な元素であり、0.01%以上を含有させ、好ましくは0.02%以上である。一方で、0.50%を超える含有は加工性、溶接性が著しく劣化するため、C含有量は0.50%以下に制限する。好ましくは0.40%以下であり、より好ましくは0.30%以下である。
【0022】
Si:0.01~1.00%
Siは、脱酸のため添加する。十分な脱酸効果を得るためSi含有量は0.01%以上とし、0.03%以上であることが好ましい。Si含有量が、1.00%を超えると靭性や溶接性を劣化させるため、Si含有量は1.00%以下とする。好ましくは0.80%以下であり、さらに好ましくは0.70%以下である。
【0023】
Mn:0.10~3.00%
Mnは、強度、靭性を改善するために添加する。Mn含有量が、0.10%未満ではその効果が十分でないため、Mn含有量は0.10%以上とし、0.20%以上であることが好ましい。一方、Mn含有量が、3.00%を超えると溶接性が劣化するため、Mn含有量は3.00%以下とし、好ましくは2.50%以下である。さらに好ましくは2.00%以下である。
【0024】
P:0.030%以下
Pは、含有量が多くなると、靭性および溶接性を劣化させるため、P含有量は0.030%以下に抑制するものとした。好ましくは0.025%以下である。P含有量を0.002%未満とするのは工業的規模の製造では難しいため、0.002%以上の含有は許容される。
【0025】
S:0.0100%以下
Sは、鋼の靭性および溶接性を劣化させる有害元素であるので、極力低減することが望ましい。特に、S含有量が0.0100%を超えると、母材靭性および溶接部靭性の劣化が大きくなる。よって、S含有量は0.0100%以下とする。好ましくは0.0080%以下、さらに好ましくは0.0070%以下である。S含有量を0.0002%未満とするのは工業的規模の製造では難しいため、0.0002%以上の含有は許容される。
【0026】
N:0.0100%以下
Nは、多量に含有すると、粗大な窒化物を形成し、鋼の靱性および溶接性を低下させる。このため、N含有量は0.0100%以下に限定した。好ましくは0.0070%以下である。N含有量を0.0005%未満とするのは工業的規模の製造では難しいため、0.0005%以上の含有は許容される。
【0027】
Al:0.001~0.30%
Alは、脱酸剤として添加される元素であり、Al含有量は0.001%以上とする。しかし、Al含有量が0.30%を超えると、鋼の靭性が低下する。このため、Al含有量は0.30%以下とし、好ましくは0.20%以下である。
【0028】
Ag:0.003~0.20%
Agは、本実施形態の低合金鋼材において、抗微生物腐食性を得るために必須の元素である。湿潤環境において、鋼材表面から極微量にAgイオンとして遊離する。この遊離Agイオンが鋼材表面の微生物に取り込まれ、微生物の酵素系に存在する-SH基を有するアミノ酸、タンパク質と強く結合し、代謝活動を阻害する。この結果、鋼材表面でSRBに代表される腐食性微生物の代謝が鋼材表面で困難となり、微生物腐食が抑制される。この効果は、0.003%以上含有することにより得ることができるので、Ag含有量は0.003%以上とし、好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.008%以上である。しかし、Agは高価な金属であるため、過剰な含有はコスト上好ましくない。そのため、Ag含有量は0.20%以下とし、好ましくは0.15%以下であり、より好ましくは0.10%以下である。
【0029】
Cr:4.00%以下
Crは、本実施形態の低合金鋼材において、Agの抗微生物腐食性の発現に大きく影響し、その含有量を適切に制限する必要のある元素である。Crは微生物が存在する湿潤環境において、鋼材表面に酸化被膜を形成する。この酸化被膜が強固に形成された場合、鋼材の湿潤腐食に対する耐性が過剰に高まることで、鋼材表面からのAgイオンの遊離が阻害される。その結果、Ag含有による抗微生物機構が発現せず、抗微生物腐食作用が得られなくなる。このAgに対する阻害効果は、Cr含有量が4.00%を超える場合に顕在化する。そのため、Cr含有量は4.00%以下とする。合金コスト低減の観点も含め、好ましくは3.00%以下である。また、下限については、制限される必要はないが、Crによる湿潤腐食に対する耐性を向上させる観点に基づき、Crを意図的に含有させる場合は、0.05%以上とすることが好ましい。より好ましくは、0.10%以上であり、さらに好ましくは0.15%以上である。ただし、Crを少量含有する場合は、湿潤腐食に対する耐性を中途半端に向上させるため、湿潤腐食における孔食発生のリスクとなり得る。従って、さらに好ましくは0.50%超である。
【0030】
以上、本実施形態の基本成分について説明した。上記成分以外の残部はFeおよび不可避的不純物であるが、その他にも必要に応じて、以下の元素を適宜含有させることができる。不可避的不純物としては、たとえば、Oを0.0060%以下含有することがある。
【0031】
Ni:0.010~3.00%
Niは、本実施形態の低合金鋼材において、Agの抗微生物腐食向上効果を補完するうえで有効な元素である。上述のように、微生物腐食のメカニズムの一つにおいて、鋼材表面の腐食生成物FeSを介した鋼材の直接酸化作用がある。Agにより鋼材表面の腐食性微生物は代謝活動が阻害され、腐食に寄与できなくなる一方、一度腐食生成物FeSが表面に形成された場合、鋼材表面と直接接していないFeS表面上で活動する腐食性微生物に対しては、Agイオンの取り込みが不十分となり、代謝活動を完全に阻害することは困難である。このような鋼材表面遠方(FeS腐食生成物上)の腐食性微生物の代謝活動(鉄の直接酸化)による微生物腐食は、鋼材表面にいる腐食性微生物によりもたらされる腐食に対して多くはないが、このFeSを介した微生物腐食(鉄の直接酸化)を抑制することで一層の抗微生物腐食性が得られる。Niの含有により、微生物腐食によるFeS以外にNiSが生じる。このNiSが腐食生成物として、FeSと共存することで、腐食生成物FeS被膜の均一性が失われ、腐食生成物被膜の導電性が低下する。その結果、腐食生成物を介した微生物腐食反応(鉄の直接酸化)が十分に進行しなくなる。この効果を得るためには、Niは少なくとも0.010%以上の含有が必要であるので、Ni含有量を0.010%以上とすることが好ましい。一方、Niを過剰に含有させると、溶接性や鋼材製造性が劣化し、コストの観点から不利になる。このため、Niを含有させる場合、Ni含有量は3.00%以下とする。好ましくは2.50%以下であり、より好ましくは2.00%以下である。
【0032】
[A群]
Sb:0.01~0.20%、Sn:0.01~0.20%、Cu:0.01~1.00%、Mo:0.01~1.00%およびW:0.01~1.00%のうちから選ばれる1種以上
Sb、Sn、Cu、MoおよびWは微生物腐食が生じる湿潤環境のうち、特に海水環境における耐食性を高める元素である。従って、微生物腐食とは別に、海水耐食性を向上させる目的に1種以上を含有させることができる。しかしながら、添加量が多すぎる場合には、溶接部の靱性劣化やコスト増加を招くため、これらの元素の1種以上を含有させる場合、その含有量は、それぞれ、Sb:0.01~0.20%、Sn:0.01~0.20%、Cu:0.01~1.00%、Mo:0.01~1.00%およびW:0.01~1.00%の範囲とする。
【0033】
[B群]
Ca:0.0001~0.0100%、Mg:0.0001~0.0200%およびREM:0.001~0.200%のうちから選ばれる1種以上
Ca、MgおよびREMは、溶接部の靱性を確保する目的で、1種以上を含有させることができる。しかしながら、添加量が多すぎる場合には、溶接部の靱性劣化やコスト増加を招くため、これらの元素の1種以上を含有させる場合、その含有量は、それぞれ、Ca:0.0001~0.0100%、Mg:0.0001~0.0200%およびREM:0.001~0.200%の範囲とする。
【0034】
[C群]
Ti:0.005~0.100%、Zr:0.005~0.100%、Nb:0.005~0.100%およびV:0.005~0.100%のうちから選ばれる1種以上
Ti、Zr、NbおよびVは、目的とする強度を確保するために、1種以上を含有させることができる。しかしながら、いずれも含有量が多すぎる場合には、靱性と溶接性を劣化させることから、これらの元素の1種以上を含有させる場合、その含有量は、それぞれ、0.005~0.100%の添加量の範囲とした。好ましくはそれぞれ0.005~0.050%の範囲である。
【0035】
[D群]
B:0.0001~0.0300%
Bは鋼材の焼入性を向上させる元素である。また、鋼材の強度を確保する目的でBを含有させることができる。強度の向上効果は、B含有量が0.0001%未満では乏しいため、含有させる場合には0.0001%以上とする。しかしながら、過剰に含有させた場合、靱性の大幅な劣化を招くため、Bの含有量は0.0300%以下とした。
【0036】
なお、本発明の効果を損なわない範囲内であれば、上記以外の成分の含有を拒むものではない。
【0037】
次に、本実施形態に係る低合金鋼材の製造条件について説明する。
上記した成分組成を有する溶鋼を、転炉や電気炉等の公知の炉で溶製し、連続鋳造法や造塊法等の公知の方法でスラブやビレット等の鋼素材とする。なお、溶製に際して、真空脱ガス精錬等を実施しても良い。溶鋼の成分調整方法は、公知の鋼精錬方法に従えばよい。
【0038】
次に、上記の鋼素材を所望の寸法形状に熱間圧延する際には、1000℃~1350℃の温度に加熱することが好ましい。加熱温度が1000℃未満では変形抵抗が大きく、熱間圧延が難しくなるので加熱温度は1000℃以上であることが好ましく、より好ましくは1030℃以上である。一方、1350℃を超える加熱は、表面痕の発生原因となったり、スケールロスや燃料原単位が増加したりするので、加熱温度は1350℃以下であることが好ましく、より好ましくは、1300℃以下である。なお、鋼素材の温度が、もともと1000~1350℃の範囲にある場合には、加熱せずに、そのまま熱間圧延に供してもよい。なお、熱間圧延後、再加熱処理、酸洗、冷間圧延を施し、所定板厚の冷延板としてもよい。
【0039】
熱間圧延では、仕上圧延終了温度を600℃以上とすることが好ましい。仕上圧延終了温度が600℃未満では、変形抵抗の増大により圧延荷重が増加し、圧延の実施が困難となる。熱間仕上圧延の終了後の冷却は、空冷または冷却速度:150℃/s以下の加速冷却とすることが好ましいが、後工程において熱処理を施す場合はこの限りではない。
その他の製造条件は、低合金鋼材の一般的な製造方法に従えばよい。
【実施例0040】
次に、本発明の実施例について説明する。なお、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
表1-1および1-2に示す成分組成の溶鋼を、通常公知の手法により溶製し、連続鋳造してスラブ(鋼素材)とした。ついで、スラブを1200℃に加熱後、熱間圧延により板厚20mmの熱延板とした。表1-1および1-2の成分組成の欄で「-」は添加していないことを表す。
【0041】
上記熱延板から、25mm×25mm×3mmt(tは厚さを意味する)に切り出し、全面を番手600の研磨面で試験片に仕上げた。硫酸塩還元菌培養液への試験片浸漬試験により、抗微生物腐食特性を評価した。評価手順と方法を以下に示す。
【0042】
まず、高濃度SRB培養液を調整した。微生物株にはDesulfovibrio vulgaris subsp. vulgaris NBRC 104121(=ATCC 29579)を用いた。培養用培地にはATCC Medium 1249 Modified Baar’s(MB)Medium For Sulfate Reducersを用いた。MB培地において継代培養しているD. vulgaris NBRC104121を5mLのMB培地を添加したねじ口試験管に添加し、37℃で4日間培養した。その後、嫌気グローブボックス内で培養液約2.5mLを新鮮なMB培地(1L)入りの滅菌遠沈管に添加した。滅菌遠沈管をガスパック100嫌気システムにセットして、嫌気状態とし、21℃で3日間培養した。培養後、嫌気下で、10倍段階希釈液0.1mLを計数用培地に塗布し、37℃で4日間培養した。培養後、30~300個程度の黒色コロニーが認められた希釈段階について計数を行い(n=3)、SRB濃度が2.4~2.9×10(細菌数/mL)であることを確認した。
【0043】
ついで、上記の高濃度SRB培養液を用いた試験片浸漬試験の手順を以下に示す。まず、試験片を吊り下げるためのテフロン(登録商標)管、ナイロンは事前にオートクレーブにより高温蒸気滅菌処理を行った。さらに70%のエタノールに浸漬後、滅菌ウェスによるふき取り・風乾(UV照射下)を行った。試験片は約70%のエタノールの吹き付けを行い、滅菌ウェスで拭き取りを行った。試験片をナイロン糸で固定し、テフロン(登録商標)管に吊り下げた。その後、試験片をビーカーにセットすることで、試験片を2Lの培養液に浸漬させた。試験片を浸漬させた培養液を嫌気状態、21℃で28日間培養した。なお、14日時点で、浸漬培養液の3/4(1.5L)を新鮮な培養液と交換した。28日間浸漬を行った後に、試験材を取り出し、表面に付着した腐食生成物をスポンジ等で洗い流したのち、インヒビターを添加した酸中で完全に除去した。ついで、純水で洗浄したのち、エタノール中で洗浄し、風乾した。その後、試験片表面の25mm×25mmの領域2箇所を対象として、試験材の表面の孔食深さを3次元レーザー顕微鏡(レーザー波長658nm、測定ピッチ0.5μm)により測定し、最大孔食深さを評価した。
【0044】
耐微生物腐食特性はこの最大孔食深さ値より、以下の基準にて評価した。なお、○もしくは◎であれば、十分な抗微生物腐食特性を有していると判定される。得られた結果を表1-1および1-2に併記する。
◎:10μm未満
○:10μm以上30μm未満
×:30μm以上
【0045】
【表1-1】
【0046】
【表1-2】
【0047】
表1-1および1-2に示したとおり、発明例は全て十分な抗微生物腐食性を有している。これに対して、比較例はいずれも抗微生物腐食性が不十分であり、抗微生物腐食性低合金鋼材として不適である。
【0048】
本明細書中で容積の単位「L」は10-3を表す。