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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023140326
(43)【公開日】2023-10-04
(54)【発明の名称】木質成形体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08L 1/00 20060101AFI20230927BHJP
   C08K 5/053 20060101ALI20230927BHJP
   C08K 5/42 20060101ALI20230927BHJP
【FI】
C08L1/00
C08K5/053
C08K5/42
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023043702
(22)【出願日】2023-03-20
(31)【優先権主張番号】P 2022045192
(32)【優先日】2022-03-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】弁理士法人みのり特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】梅村 研二
【テーマコード(参考)】
4J002
【Fターム(参考)】
4J002AB011
4J002EC056
4J002EV237
4J002FD067
4J002FD206
(57)【要約】
【課題】
木粉等の木質エレメントを接着して成形体を製造することができ、さらに、成形材料及び成形体の酸性化や黒色化が生じにくい接着技術を提供する。
【解決手段】
(a)100質量部の粉末状、粒状又は繊維状の木質エレメントと、10質量部以上の多価アルコールとを含む成形用組成物を調製する工程、(b)任意で、前記成形用組成物を乾燥する工程、及び、(c)前記成形用組成物を、120℃以上の温度で熱圧することにより木質成形体を形成する工程を含み、ここで、前記多価アルコールが、単糖、オリゴ糖、及び多糖のいずれにも該当しない、分子量1000以下の低分子量の脂肪族化合物であり、前記多価アルコールの沸点が、工程(c)の熱圧温度より高く、及び、前記成形用組成物が、イソシアネート基含有化合物を実質的に含んでいない、木質成形体の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)100質量部の粉末状、粒状又は繊維状の木質エレメントと、10質量部以上の多価アルコールとを含む成形用組成物を調製する工程、
(b)任意で、前記成形用組成物を乾燥する工程、及び
(c)前記成形用組成物を、120℃以上の温度で熱圧することにより木質成形体を形成する工程
を含み、ここで、
前記多価アルコールが、単糖、オリゴ糖、及び多糖のいずれにも該当しない、分子量1000以下の低分子量の脂肪族化合物であり、
前記多価アルコールの沸点が、工程(c)の熱圧温度より高く、及び
前記成形用組成物が、イソシアネート基含有化合物を実質的に含んでいない、
木質成形体の製造方法。
【請求項2】
工程(c)の成形用組成物の95質量%以上が、前記多価アルコールと前記木質エレメントである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記成形用組成物が、カルボン酸又はその塩、リン酸又はその塩、単糖、オリゴ糖、多糖、及びホルムアルデヒドからなる群より選択される1種又は複数種の添加剤を、前記木質エレメントに添加することなく調製されたものである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記多価アルコールが糖アルコールである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
前記糖アルコールが、グリセロール、ソルビトール、エリトリトール、キシリトール、及びマンニトールからなる群より選択される、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記糖アルコールがグリセロールである、請求項4に記載の製造方法。
【請求項7】
工程(a)において、パラトルエンスルホン酸をさらに含む成形用組成物を調製する、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項8】
工程(c)で、前記成形用組成物を金型に入れ、その後120℃以上の温度で熱圧する、請求項1又は2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木質成形体を製造する方法に関する。より具体的には、本発明は、多価アルコールを用いて、木質エレメント(木本植物又は草本植物から得られるチップ、粉末、繊維等)を接着して、木質成形体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
工業的に行われる木材接着には、ホルムアルデヒド系樹脂に代表される合成樹脂接着剤が使用されている。しかし、合成樹脂接着剤は化石資源由来の化合物を使用しているので、環境への配慮から、化石資源への依存を抑えた接着技術の開発が望まれている。本発明者は、これまで多価カルボン酸(例えば、クエン酸)や糖類(例えば、スクロース)といったバイオ物質を用いて、熱圧により木質エレメントを接着する技術を開発してきた。クエン酸を用いた接着は、木材成分とのエステル結合による化学的接着であり、スクロースを用いた接着は、酸性触媒下での加熱によるフランポリマーの生成に起因する。
【0003】
これらの木材接着技術には、多価カルボン酸や酸性触媒といった酸性物質が必須であるため、木質材料の酸性化や製造装置の腐食等の問題が生じる。また、多価カルボン酸、単糖、又はオリゴ糖などを用いて、木質エレメントを熱圧接着して木質成形体を製造する場合、熱圧時に多価カルボン酸に起因する酸劣化又は糖類に起因するキャラメル化が進行するため、黒色化が生じ、木質エレメントに近い色合いの成形体ではなく黒色の成形体が得られるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】WO 2010/001988
【特許文献2】WO 2013/018707
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、本発明は、木質エレメントの新たな接着方法であって、木質エレメントを接着して成形体を製造することができ、さらに、成形材料及び成形体の酸劣化や黒色化が生じにくい、脱炭素化接着技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、前記課題を解決するために研究を続けた結果、木粉等の木質エレメントに多価アルコールを添加して熱圧するだけで、酸性化や黒色化をほぼ生じさせることなく成形体を製造できることを見出した。
【0007】
本発明は、木質成形体の製造方法であって、
(a)100質量部の粉末状、粒状又は繊維状の木質エレメントと、10質量部以上の多価アルコールとを含む成形用組成物を調製する工程、
(b)任意で、前記成形用組成物を乾燥する工程、及び
(c)前記成形用組成物を、120℃以上の温度で熱圧することにより木質成形体を形成する工程
を含み、ここで、
前記多価アルコールが、単糖、オリゴ糖、及び多糖のいずれにも該当しない、分子量1000以下の低分子量の脂肪族化合物であり、
前記多価アルコールの沸点が、工程(c)の熱圧温度より高く、及び
前記成形用組成物が、イソシアネート基含有化合物を実質的に含んでいない
ことを特徴とする。
【0008】
前記方法において、工程(c)の成形用組成物の95質量%以上が、前記多価アルコールと前記木質エレメントであることが好ましい。
【0009】
前記方法において、前記成形用組成物は、カルボン酸又はその塩、リン酸又はその塩、単糖、オリゴ糖、多糖、及びホルムアルデヒドからなる群より選択される1種又は複数種の添加剤を、前記木質エレメントに添加することなく調製されたものであることが好ましい。
【0010】
前記方法において、前記多価アルコールは、糖アルコールであることが好ましい。
【0011】
前記糖アルコールは、グリセロール、ソルビトール、エリトリトール、キシリトール、及びマンニトールからなる群より選択されることが好ましく、特にグリセロールであることが好ましい。
【0012】
工程(a)の成形用組成物は、パラトルエンスルホン酸をさらに含むことが好ましい。
【0013】
工程(c)で、前記成形用組成物を金型に入れ、その後120℃以上の温度で熱圧することにより、木質成型体を製造することも可能である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の製造方法によれば、グリセロール等の多価アルコールだけで、木質エレメントを接着して木質成形体を製造できる。そのため、環境に優しいだけでなく、成形材料及び成形体の酸性化が生じにくく、且つ、得られた成形体は、黒色ではなく、原料の木質エレメントに近い色合いを有する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】(A)はスギ木粉の写真であり、(B)はスギ木粉とグリセロールから製造された木質成形体の写真である(スギ木粉とグリセロールの質量比は8:2 熱圧条件:200℃、4MPa、4分)。
図2】(A)はスギ木粉のFT-IR分析の結果であり、(B)はスギ木粉とグリセロールから製造された木質成形体のFT-IR分析の結果である(スギ木粉とグリセロールの質量比は8:2 熱圧条件:200℃、4MPa、4分)。
図3図3は、図2(B)と同じ木質成形体を煮沸水中に浸漬し、乾燥した後のFT-IR測定の結果である。
図4】スギ木粉とグリセロールから製造された木質成形体(スギ木粉とグリセロールの質量比は8:2 熱圧条件:200℃、4MPa、10分)、及びスギ木粉のみから製造された木質成形体(熱圧条件:200℃、4MPa、10分)を4時間煮沸水中に浸漬した後、煮沸水を凍結乾燥して得られた固形物のFT-IR分析の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係る木質成形体は、イソシアネート系化合物やホルムアルデヒドを使用せず製造できる。ホルムアルデヒドを含む接着剤の例として、ホルムアルデヒドとアミノ基含有化合物の重縮合又はホルムアルデヒドとフェノール類の重縮合によって作られる接着剤(尿素樹脂、メラミン樹脂、フェノール樹脂等)が挙げられるが、本発明ではこれらを使用しなくても、木質エレメントを接着することができる。また、本発明に係る製造方法では、熱圧前に木材を液化して接着用組成物を調製する工程等は不要であり、粉末、粒状、又は繊維状の木質エレメントと多価アルコールとを均質に接触させて成形用組成物を得、必要に応じて成形用組成物を乾燥した後で、必要に応じて成形用組成物を金型に入れ、熱圧するだけで、成形体を製造することができる。
【0017】
前記木質エレメントは、リグニンを含む。リグニンは、前記木質エレメント中に、リグノセルロース(セルロース、ヘミセルロース、及びリグニンから構成される三次元構造体)の形で含まれていてもよく、前記木質エレメントは、いわゆるリグノセルロース系バイオマスであってもよい。前記木質エレメントは、木本植物に由来する物質(木粉、木材チップ、木質繊維等)であっても、草本植物に由来する物質(竹粉末、稲わら粉末等)であっても、これらの混合物であってもよい。前記木質エレメントは、例えば、木本植物や草本植物を粉砕等して得られるものであってもよく、廃棄木材等を粉砕等して得られるリサイクル材であってもよく、単離されたリグニンであってもよく、又はこれらの混合物であってもよい。前記木質エレメントは、リグニンを10質量%以上、15質量%以上、又は20質量%以上含むことが好ましく、木本植物に由来するエレメントであることが特に好ましい。前記木質エレメントは、粉末状(最大径1mm未満、例えば、500μm以下、300μm以下、又は200μm以下)、粒状(最大径1mm以上、例えば1mm~2mm)、又は繊維状(好ましくは、最大長さ10mm以下、例えば5mm以下)であってもよく、それらの混合物であってもよい。より好ましくは、粉末状の木質エレメントが使用される。木質エレメントの含水率は10質量%以下であることが好ましい。
【0018】
前記多価アルコールとしては、水酸基を2つ以上有し、1000以下の分子量を有する脂肪族化合物が使用される。前記多価アルコールは、熱圧時の揮発を防ぐため、工程(c)の熱圧温度より高い沸点(例えば10℃以上、より好ましくは20℃以上、さらに好ましくは30℃以上高い沸点)を有するものを使用する必要がある。例えば、熱圧温度が200℃である場合、多価アルコールの沸点は、210℃以上が好ましく、220℃以上がより好ましく、230℃以上がより好ましい。
【0019】
前記多価アルコールは、分子量1000以下の低分子量化合物であるため、ポリビニルアルコールのような合成樹脂(高分子量化合物)とは異なる。前記多価アルコールの分子量は、500以下が好ましく、300以下がより好ましく、200以下が特に好ましい。また、前記多価アルコールの炭素数は、3~12であることが好ましく、3~8であることがより好ましく、3~6であることが特に好ましい。
【0020】
前記多価アルコールは、水酸基以外は、炭素と水素のみからなる化合物(例えば、直鎖状又は分岐鎖状の炭化水素鎖の末端炭素又はそれ以外の炭素に水酸基が結合された化合物)であってもよく、あるいは、酸素及び/又は窒素を含む化合物(例えば、ポリエーテルポリオールなどのエーテル化合物、ポリエステルポリオールなどのエステル化合物、あるいは、ジエタノールアミン及びトリエタノールアミンなどのアミン化合物)であってもよい。炭化水素鎖に水酸基が結合された化合物がより好ましい。前記多価アルコールは、カルボニル基を含まないことが好ましい。
【0021】
炭化水素鎖に水酸基が結合された化合物として、エチレングリコール、プロピレングリコール、及びブタンジオール等の二価アルコール、及び、水酸基を3以上含む糖アルコールが挙げられる。糖アルコールの例には、グリセロール等のトリトール(C35(OH)3)、エリトリトール等のテトリトール(C46(OH)4)、キシリトール等のペンチトール(C57(OH)5)、マンニトール及びソルビトール等のヘキシトール(C68(OH)6)など、炭素数3以上の糖アルコールが含まれる。前記多価アルコールとしては、炭素数3~4の糖アルコールがより好ましく、グリセロール(グリセリンとも呼ばれる)が特に好ましい。
【0022】
前記多価アルコールは、常温(25℃)で液体であっても固体であってもよい。多価アルコールが固体の場合、木質エレメントとの均質な混合を達成するために、水及び/又は揮発性有機溶媒に溶解した後、木質エレメントに添加してもよい。揮発性有機溶媒としては、揮発性アルコール(例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等の炭素数1~4の一価アルコール)の他に、ベンゼン、ジクロロメタンなどが挙げられる。多価アルコールが液体の場合であっても、その量が少なければ水及び/又は揮発性有機溶媒を多価アルコールに加えて嵩増ししてから、木質エレメントに添加してもよい。このようにすることで、木質エレメントと多価アルコールとをより均質に混合することができる。水及び/又は揮発性有機溶媒の量は適宜調節すればよく、例えば、多価アルコール1質量部に対して、0.5~15質量部、1~10質量部、2~8質量部、又は3~6質量部の水及び/又は揮発性有機溶媒を使用することができる。
【0023】
前記多価アルコールは脂肪族化合物であるため、フェノールやレゾルシノールのように、石油に由来するベンゼン環を含まない。また、前記多価アルコールは、単糖(アルドースやケトース等。例えば、グルコース、フルクトース、マンノース、キシロース、アラビノース、ガラクトース、ラムノース、キシルロース、デオキシリボース、リボース等)、オリゴ糖(単糖がグリコシド結合してなる分子量3000未満の糖。例えば、スクロース、マルトース、ラクトース、トレハロース、ツラノース等の二糖類や、ラフィノース等の三糖類など)、及び多糖(単糖がグリコシド結合してなる分子量3000以上の糖。例えば、キトサン、グルコマンナン、デキストリン、デンプン等)のいずれにも該当しない。
【0024】
さらに、前記木質エレメントと多価アルコールに加えて、微量のパラトルエンスルホン酸を添加して成形用組成物を調製してもよい。本明細書において、パラトルエンスルホン酸は、無水物であっても、水和物(例えば、一水和物)であってもよい。パラトルエンスルホン酸を使用することにより、低い熱圧温度(例えば、120℃)でも、煮沸後に崩壊しない成形体を製造することができる。
【0025】
工程(a)では、前記木質エレメントと前記多価アルコールとを均一に接触させて、成形用組成物を調製する。例えば、前記多価アルコールを木質エレメントに噴霧し、必要に応じて混合することにより、成形用組成物を調製してもよく、又は前記多価アルコールと水あるいは揮発性アルコールとを混合し、この溶液を、木質エレメントに噴霧し、必要に応じて混合することにより、成形用組成物を調製してもよい。
パラトルエンスルホン酸を添加して成形用組成物を調製する場合、例えば、パラトルエンスルホン酸を、多価アルコールとともに、水あるいは揮発性アルコールと混合し、この溶液を、木質エレメントに噴霧し、必要に応じて混合することにより、パラトルエンスルホン酸と木質エレメント・多価アルコールとを均一に接触させてもよい。
【0026】
耐水性に優れた成形体を得るために、前記木質エレメント100質量部に対して、前記多価アルコールを10質量部以上添加することが好ましい。前記多価アルコールの量は、15~50質量部がより好ましく、20~40質量部がさらに好ましく、25~35質量部が特に好ましい。
【0027】
パラトルエンスルホン酸を添加する場合、前記木質エレメント100質量部に対して、前記パラトルエンスルホン酸(例えば、一水和物)を、0.3質量部以上添加することが好ましい。例えば、前記木質エレメント100質量部に対して、0.3~4質量部、0.5~3質量部、0.7~2.5質量部、又は1.0~1.5質量部のパラトルエンスルホン酸を添加することができる。
【0028】
多価アルコールとパラトルエンスルホン酸の質量比は、例えば、多価アルコール:パラトルエンスルホン酸(例えば、一水和物)=70~95:30~5、75~93:25~7、80~92:20~8、85~90:15~10とすることができる。特に、グリセロールとパラトルエンスルホン酸の組み合わせが好ましい。
【0029】
前記成形用組成物は、イソシアネート基含有化合物を実質的に含まず、前記木質成形体は、ウレタン結合を実質的に含まない。水性高分子-イソシアネート系接着剤に代表されるような、複数のイソシアネート基(-N=C=O)を有する化合物と、複数の水酸基を有する多価アルコールとの間に生じるウレタン結合を利用する接着技術が以前から知られているが、本発明は、ウレタン結合を利用する従来の接着技術とは異なる。
【0030】
本明細書において、「成形用組成物が、イソシアネート基含有化合物を実質的に含んでいない」とは、成形用組成物がイソシアネート基含有化合物を全く含んでいない場合だけでなく、成形用組成物がイソシアネート基含有化合物をわずかに含むものの、木質エレメントの接着に明らかに寄与するほど含んでいない場合をも包含する意味で用いられる。例えば、成形用組成物が、イソシアネート基含有化合物を含む場合であっても、その量は、多価アルコールの5質量%以下、より好ましくは3質量%以下、特に好ましくは1質量%以下である。同様に、本明細書において、「木質成形体が、ウレタン結合を実質的に含んでいない」とは、木質成形体がウレタン結合を全く含んでいない場合だけでなく、木質成形体がウレタン結合をわずかに含むものの、木質エレメントの接着に明らかに寄与するほど含んでいない場合をも包含する意味で用いられる。
【0031】
前記成形用組成物は、酸性化を抑制するという観点からは、カルボン酸(ギ酸、酢酸、クエン酸、イタコン酸、リンゴ酸等)ような有機酸又はその塩(アンモニウム塩等)、及び、リン酸のような無機酸又はその塩(リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム等)を含まないことが好ましい。
【0032】
工程(a)で得られた成形用組成物は、任意で乾燥されてもよい(工程(b))。特に、工程(a)において、多価アルコールに水を添加して得られた溶液を、木質エレメントに添加した場合は、乾燥工程(b)を行うことが好ましい。乾燥温度は100℃以上(例えば100~120℃、又は100~110℃)でもよいが、100℃以下がより好ましい(例えば、40℃~100℃、又は50℃~90℃の温度、あるいは、80℃以下、70℃以下、60℃以下の温度)。乾燥時間は、水分を飛ばすことができれば特に限定されず、例えば、6時間~48時間、12時間~36時間、又は20~30時間でもよい。
【0033】
工程(a)で、多価アルコールを木質エレメントに添加した場合、又は、多価アルコールと揮発性有機溶媒の混合物を木質エレメントに添加した場合、揮発性有機溶媒は工程(a)及び工程(c)で完全に(又はほぼ完全に)揮発するため、乾燥工程(b)を行わなくてもよいが、熱圧工程(c)の前に乾燥工程(b)を行うことがより好ましい(例えば、60℃~100℃、40℃~100℃、又は50℃~90℃の温度、あるいは、80℃以下、70℃以下、60℃以下の温度で、6時間~48時間、12時間~36時間、20~30時間、10分~2時間、又は20分~1時間、成形用組成物を乾燥することができる)。
【0034】
特に熱圧温度が低い場合(例えば、180℃以下、170℃以下、又は160℃以下)、乾燥温度を低くすることが好ましい。
【0035】
乾燥工程(b)の乾燥温度は、熱圧工程(c)の熱圧温度よりも、20℃以上、30℃以上、40℃以上、50℃以上、60℃以上、70℃以上、80℃以上、90℃以上、又は100℃以上低いことがより好ましい。
【0036】
工程(c)では、前記成形用組成物を、120℃以上の温度で熱圧する。この際、成形用組成物を金型に入れてから熱圧することにより、所望の形状を有する成型体を得ることもできる。金型を使用する場合、金型は予熱することが好ましい。本明細書において、成形体という用語は、金型を使用して製造される製品だけではなく、金型を使用せずに製造される製品も包含する意味で用いられる。本明細書において、金型を使用して製造された製品は、特に「成型体」と称される。熱圧時の圧力、時間、温度は、得られる成形体の厚みや、要求される強度等に応じて、適宜調節することができる。
【0037】
パラトルエンスルホン酸を添加しない場合、好ましい熱圧温度は、例えば150~250℃、180~240℃、190~220℃、又は195~210℃であり、圧力は0.5MPa(約5kgf/cm2)以上が好ましく、例えば1MPa~7Mpa、又は3MPa~5MPaの圧力で熱圧する。時間は1分以上又は3分以上が好ましく、例えば5~30分、7~20分、又は8~15分間熱圧する。
【0038】
パラトルエンスルホン酸を添加する場合、好ましい熱圧温度は、例えば、120~200℃、140~190℃、又は160~180℃であり、圧力は0.5MPa(約5kgf/cm2)以上が好ましく、例えば1MPa~7Mpa、又は3MPa~5MPaの圧力で熱圧する。時間は30秒以上が好ましく、例えば30秒~20分、1分~15分、又は1分30秒~12分間熱圧する。
【0039】
パラトルエンスルホン酸を添加する場合も添加しない場合も、多価アルコールの揮発を防ぐため、熱圧時の温度は、多価アルコールの沸点より低く(例えば10℃以上、好ましくは20℃以上低く)設定する必要がある。
【0040】
工程(c)で熱圧される前の成形用組成物における、前記木質エレメントと前記多価アルコールの合計量は、前記成形用組成物の95質量%以上であることが好ましく、例えば、96質量%以上、97質量%以上、98質量%以上、99質量%以上、又は100質量%であってもよい。
【0041】
パラトルエンスルホン酸を使用する場合、工程(c)で熱圧される前の成形用組成物における、前記木質エレメントと多価アルコールとパラトルエンスルホン酸の合計量は、前記成形用組成物の95質量%以上であることが好ましく、例えば、96質量%以上、97質量%以上、98質量%以上、99質量%以上、又は100質量%であってもよい。
【0042】
本発明によれば、木質エレメントに、多価アルコールを添加して熱圧するだけで、木質エレメントが接着され、成形体を得ることができる。また、煮沸水に1時間浸漬しても崩壊しない優れた耐水性を示す成形体を得ることも可能である。グリセロールやジエチレングリコールは、接着用組成物の一成分として使用されることはあっても、単独で木材を接着して耐水性の高い成形体を製造できることは知られておらず、グリセロール等の多価アルコールだけで、このような成形体を製造できることは、従来の技術や従来の理論からは予想できない結果であった。
【0043】
例えば、本発明者はこれまでにも、多価カルボン酸を使用して、又は、糖と酸を使用して木質エレメントを熱圧接着する技術を開発してきた。多価カルボン酸を使用する場合は、木質エレメントの成分と多価カルボン酸によるエステル結合が接着に寄与すると考えられ、糖と酸を使用する場合は、フランポリマーの生成が接着に寄与すると考えられるため、どちらも理論的な説明が可能である。それに対して、本発明による多価アルコール接着は、現時点で、何が接着に寄与しているのか不明である。木質エレメントとグリセロールのみから得られた成形体を、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)にて測定し、原料の木質エレメントのFT-IRスペクトルと比較すると、成形体のFT-IRスペクトルには、木質エレメントでは観察されなかった複数のピークが確認されたが、水中で1時間煮沸した後の成形体を再度FT-IR測定すると、これらのピークが消失しており、煮沸後の成形体のFT-IRスペクトルと原料の木質エレメントのFT-IRスペクトルとの間で、有意な差は無かった。このように、FT-IR測定結果からは、木質エレメントの多価アルコールによる接着が、化学結合に起因していることは確認できなかったため、木質エレメントに多価アルコールを添加して加熱するだけで、水中で煮沸しても崩壊しない成形体ができる理由は、現時点では明らかではない。
【0044】
上述の通り、本発明によれば、木質エレメントを多価アルコールのみで接着できるため、木質エレメントを傷めにくく、人体や環境への安全性が高い接着技術を提供することができる。グリセロール等の生物由来材料のみで木質エレメントを接着できることから、本発明により、木材接着技術の脱炭素化(非化石資源由来の化合物による接着技術)が期待できる。また、酸性物質を必須としないので、成形用組成物や成形体の酸性化や酸劣化を防ぐことができる。得られた成形体は、黒色ではなく、原料の木質エレメントに近い色合いを有する。さらに、煮沸水中でも崩壊しないような高い耐水接着性を示す成形体を得ることも可能である。特に、糖アルコールと木質エレメントのみから製造された成形体は、原料である木質エレメントと同程度のpHを示すため、アルカリ汚染や酸劣化の心配が無い。本発明の製造方法では、木質エレメントと多価アルコールとを含む成形用組成物に添加する添加剤として、イソシアネート基含有化合物、ホルムアルデヒド、シランやシリコーン等のケイ素(Si)含有化合物、塩化アルミニウム、エポキシ化合物、多価カルボン酸又はその塩、リン酸又はその塩、アミン化合物、縮合型タンニン、穀物粉末(小麦粉等)、液化剤、アンモニア及び水酸化アンモニウム、単糖、オリゴ糖、多糖等を使用する必要はなく、且つ、接着用組成物を合成する工程も不要であるため、木質成形体を、低コスト且つ簡易な工程で製造することができる。
【0045】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は、実施例に限定されるものではない。
【0046】
[実施例1]
[材料]
木質エレメントとして、100メッシュパスの乾燥スギ木粉(スギ木部の粉末)を使用し、多価アルコールとして、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール200、ポリエチレングリコール600、グリセロール、meso-エリトリトール、ソルビトール、マンニトールを使用した(いずれの多価アルコールも、純度99.5%以上の精製品)。
【0047】
[成形体の製造手順]
1.多価アルコールの水溶液(多価アルコール:水=2g:10g)を調製し、スギ木粉に添加し、混合して、成形用組成物を調製する。
2.前記成形用組成物を、105℃のオーブンで約24時間乾燥して、水分を飛ばす。
3.乾燥した成形用組成物を、予熱した円柱状の金型(直径70mm、高さ30mm)に投入し、10分、4MPaで熱圧する。熱圧温度は、基本的に200℃としたが、エチレングリコールの沸点(約197℃)は200℃未満であるため、エチレングリコールを用いる場合は180℃とした。
【0048】
[耐水性の評価方法]
(1)厚さ膨張率
1.成形体を煮沸水中に浸漬し、1時間煮沸する。
2.前記煮沸処理後の成形体の厚さの変化から、以下の式により、厚さ膨張率(%)を算出する。
(2)重量減少率
1.成形体を煮沸水中に浸漬し、1時間煮沸する。
2.前記煮沸処理後の成形体を、105℃のオーブンで15時間乾燥する。
3.煮沸前後の成形体の重量から、以下の式により、重量減少率(%)を算出する。
【0049】
[煮沸水放冷後のpH測定]
前記煮沸処理の後、成形体を煮沸水から取り出し、煮沸水を室温になるまで放冷した後、pH値をpHメーターで測定した。
【0050】
図1に、原料であるスギ木粉の写真と、スギ木粉とグリセロールのみから製造された成形体(厚さ約2mm)を示す。図1から分かるように、スギ木粉と多価アルコールのみから、原料粉末より少し色の濃い木質成形体を製造することができた。得られた成形体は、軽く丈夫であった。
【0051】
得られた成形品の、膨張率等の測定結果を表1に示す。
【表1】
【0052】
いずれの多価アルコールを使用した場合も、得られた成形体は、煮沸水に1時間浸漬した後も、崩壊せず、高い耐水接着性を示した。また、どの成形体も黒色ではなく、木粉に近い色合いを有していた。大まかな傾向として、厚さ膨張率が高いものほど、重量減少率が低い傾向が見られた。多価アルコールとして糖アルコールを使用すると、厚さ膨張率が低くなる傾向があり、且つ、炭素数が少ない糖アルコールほど厚さ膨張率が低くなる傾向があった。グリセロールを使用した場合、厚さ膨張率が最も低くかった。厚さ膨張率と重量減少率は、どちらも低いほうが望ましいが、厚さ膨張率が高く重量減少率が低い成形体と、厚さ膨張率が低く重量減少率が高い成形体とを比べると、前者のほうが、外観の変化が顕著であり、且つ脆くなるため、成形体としては後者のほうが望ましかった。煮沸水放冷後のpHは4~5であり、木材を使用して同条件で測定したpHと同程度であることから、成形体の酸性化は生じていないと考えられる。
【0053】
[実施例2-1]
原料であるスギ木粉、スギ木粉とグリセロールのみから製造した成形体、及び、煮沸処理し、乾燥した後のこの成形体について、FT-IR分析を行った。原料(スギ木粉)と成形体(煮沸前)の結果を図2の(A)及び(B)にそれぞれ示し、煮沸処理後の成形体の結果を図3に示す。図2(B)及び図3の成形体はいずれも、スギ木粉とグリセロールのみからなり、その組成及び熱圧条件は、表1の通りである。
【0054】
図2に示されるように、スギ木粉と成形体のFT-IR分析の結果を比較すると、成形体では、1110cm-1のピークが明瞭に認められ、925cm-1にも小さいピークが確認できた。これに対して、煮沸処理後の成形体のFT-IR分析結果では、図3に示されるように、これらのピークが消失し、図2(A)のスギ木粉のピークとほぼ同じとなった。このことから、グリセロールによるスギ木粉の化学的変化は確認できなかった。
【0055】
[実施例2-2]
スギ木粉とグリセロールから製造した成形体(組成及び熱圧条件は、表1の通りである)を、4時間煮沸水中に浸漬した後取り出し、煮沸水を濾紙でろ過した後、凍結乾燥し、FT-IR分析を行った。
対照試験として、木粉のみを熱圧して得られた成形体について同じ処理を行い(この成形体は、沸騰水中で直ちに崩壊した)、凍結乾燥物のFT-IR分析を行った。さらに、グリセロール試薬についてもFT-IR分析を行った。結果を図4に示す。
【0056】
図4に示されるように、木粉とグリセロールから製造した成形体の煮沸水凍結乾燥物から得られたスペクトルは、木粉のみから製造した成形体の煮沸水凍結乾燥物から得られたスペクトルとは大きく異なる一方、グリセロール試薬のスペクトルと類似していた。このことから、グリセロールは熱圧中に木粉成分と反応して若干変性するものの、水溶性には変わりなく、木粉とグリセロールから製造した成形体を水中で煮沸することにより、グリセロール由来物が溶出すると考えられる。
【0057】
[実施例3]
グリセロールの量を変化させて、実施例1と同様の試験を行った。グリセロールの量以外は、実施例1と同様の方法で成形用組成物を調製した。
【0058】
測定結果を表2に示す。
【表2】
【0059】
グリセロールの割合に関わらず、木粉は相互に接着され、成形体を製造することができた。どの成形体も木粉に近い色合いを有していた。表2から明らかなように、グリセロールの添加量が増えるにつれて、厚さ膨張率は小さくなり、重量減少率は大きくなる傾向が見られた。厚さ膨張率と重量減少率の兼ね合いから、成形用組成物中の木粉とグリセロールとの質量比は、8:2付近が好ましいと考えられる。
【0060】
[実施例4]
熱圧温度を変化させた以外は、実施例1と同様の方法で成形体を製造し、熱圧温度が成形体の物性に与える影響を調べた。結果を表3に示す。
【表3】
【0061】
いずれの温度でも、木粉は相互に接着され、成形体を製造することができた。どの成形体も木粉に近い色合いを有していた。表3から明らかなように、160℃以下の熱圧温度で製造した成形体は煮沸処理中に崩壊し、十分な耐水性を有さなかった。熱圧温度180℃以上で製造した成形体はより高い耐水性を示し、180℃より200℃のほうが、明らかに厚さ膨張率が低かった。重量減少率は、180℃と200℃で大きな差はなかった。このことから、試験した熱圧温度の中では、200℃が最も好ましいと考えられる。
【0062】
[実施例5]
熱圧時間を変化させた以外は、実施例1と同様の方法で成形体を製造し、熱圧時間が成形体の物性に与える影響を調べた。結果を表4に示す。
【表4】
【0063】
いずれの時間でも、木粉は相互に接着され、成形体を製造することができた。どの成形体も木粉に近い色合いを有していた。表4から明らかなように、厚さ膨張率は、熱圧時間が長くなるにつれて、小さくなる一方、重量減少率に大きな変動はなかった。試験した熱圧時間の中では、10分が最も好ましかった。
【0064】
[実施例6]
熱圧時の圧力を変化させた以外は、実施例1と同様の方法で成形体を製造し、熱圧時の圧力が成形体の物性に与える影響を調べた。結果を表5に示す。
【0065】
【表5】
【0066】
いずれの圧力でも、木粉は相互に接着され、成形体を製造することができた。どの成形体も木粉に近い色合いを有していた。表5から明らかなように、厚さ膨張率は、2MPaよりも、4MPa及び60MPaで小さくなったが、4MPaと60MPaとの間で、大きな差はなかった。重量減少率は、4MPaが最も高かったが、各圧力間でそれほど大きな差はなかった。このことから、厚さ2mm程度の成形体を製造する場合は、圧力は4MPa程度で十分と考えられる。
【0067】
[実施例7]
木質エレメント(被着材)の種類を変化させた以外は、実施例1と同様の方法で成形体を製造し、木質エレメントの種類が成形体の物性に与える影響を調べた。結果を表6に示す。
【0068】
【表6】
【0069】
いずれの木質エレメントも、グリセロールによって接着され、成形体を製造することができた。どの成形体も木質エレメントに近い色合いを有していた。表6から明らかなように、木質エレメントとしてリグニン粉末を用いた場合、厚さ膨張率と重量減少率が最も低く、優れた耐水性を有する成形体が得られた。他方、木質エレメントとしてセルロース粉末を用いて製造した成形体は、煮沸処理中に崩壊し、十分な耐水性を有さなかった。植物は主にセルロース、ヘミセルロース、及びリグニンの3成分からなるが、本発明の製造方法で使用される木質エレメントは、リグニンを含むことが好ましいと考えられる。アカシア樹脂は、他の植物に比べて、縮合型タンニンを多く含むことが知られている。そのため、アカシア樹皮粉末からなる成形体の厚さ膨張率が、スギ木粉からなる成形体と比べて低いのは、縮合型タンニンが寄与している可能性がある。竹粉末及び稲わら粉末は草本植物に由来するが、これらから得られた成形体は、木本植物に由来するスギ木粉及びアカシア樹皮粉末から得られた成形体と比べて、厚さ膨張率及び重量減少率が高かった。このことから、本発明の木質エレメントの原料は、草本植物よりも木本植物のほうが好ましいと考えられる。
【0070】
[実施例8]
多価アルコールの種類を変更したこと以外は、実施例1と同様の方法で成形体を製造し、多価アルコールの種類が成形体の物性に与える影響を調べた。いずれの多価アルコールも、純度99.5%以上の精製品を使用した。結果を表7に示す。
【0071】
【表7】
【0072】
表7から明らかなように、二糖であるスクロース又はマルトースを使用した場合、糖アルコールであるグリセロールを使用した場合と比べて、厚さ膨張率は高くなり、重量減少率は低くなり、pHは低くなった。糖を使用した場合、得られた成形体の色は黒色であったが、グリセロール又はトリエタノールアミンを使用した場合、得られた成形体の色は褐色であり、木粉の色合いが残っていた。糖を用いて製造した成形体の重量減少率がグリセロールと比べて明らかに低いのは、糖は熱変性するため、吸水性はあるものの熱水に不溶な物質が生成したか、あるいは、糖が木質エレメントと若干反応したため、煮沸水中でも成形体から流出しなかった可能性が考えられる。これらの結果から、糖アルコール(カルボニル基を含まない)が木質エレメントを接着するメカニズムと、糖(カルボニル基を含む)が木質エレメントを接着するメカニズムとは、異なっている可能性がある。アミン化合物であるトリエタノールアミンを使用した場合、pHはアルカリ性になり、グリセロールと比べて厚さ膨張率は高くなり、重量減少率は低くなったが、重量減少率の低下は糖ほどではなかった。高分子化合物であるポリビニルアルコールを使用した場合は、煮沸水に浸漬すると、成形体は直ちに崩壊し、耐水接着性を示さなかった。
【0073】
[実施例9]
グリセロールの量を減らし、添加剤を使用したこと以外は、実施例1と同様の方法で成形体を製造し、添加剤が成形体の物性に与える影響を調べた。結果を表8に示す。
【0074】
【表8】
【0075】
いずれの添加剤を使用しても、木粉は相互に接着され、成形体を製造することができた。どの成形体も木質エレメントに近い色合いを有していた。表8から明らかなように、どの添加剤を使用しても、添加剤なしの場合と比べて、厚さ膨張率は高くなり、重量減少率は低くなった。ホウ砂とホウ酸を添加した場合はpHが高くなり、デキストリンを添加した場合もpHが若干高くなったが、スクロースを添加した場合は、その量が増えるにつれてpHが低くなった。実施例9で試験した添加剤の中からは、スギ木粉とグリセロールのみからなる成形体に比べて、優れた成形体を製造できる添加剤は見つからなかった。
【0076】
[実施例10]
成形体をより低い熱圧温度で製造するために、パラトルエンスルホン酸の使用を検討した。
グリセロール、パラトルエンスルホン酸一水和物を、エタノール又は蒸留水に溶解させ、スギ木粉(100メッシュパスの乾燥スギ木粉)と混合して、成形用組成物を調製した。
その後、140℃以上で熱圧する場合は105℃にて約20~30時間、120℃で熱圧する場合は90℃にて約20~30時間、成形用組成物を乾燥し、その後、実施例1と同様にして、予熱した円柱状の金型に入れて熱圧した。
得られた成形体について、実施例1に記載の評価方法に従って、1時間煮沸後の厚さ膨張率、重量減少率、及び煮沸水放冷後のpHを測定した。結果を表9に示す。
【0077】
【表9】
【0078】
パラトルエンスルホン酸を添加することにより、いずれの熱圧温度でも、また、溶媒として蒸留水とエタノールのどちらを使用した場合でも、木粉は相互に接着され、成形体を製造することができた。どの成形体も若干濃い茶色になるが、黒色とはならなかった。
200℃・木粉9gの結果から明らかなように、パラトルエンスルホン酸を少量(0.1g)添加することにより、煮沸処理後の厚さ膨張率は著しく減少した。
熱圧温度200℃にて製造した、スギ木粉:グリセロール:パラトルエンスルホン酸=9:0.9:0.1からなる成形体の耐水性は、スギ木粉:グリセロール=8:2の成形体と比べても、耐水性に優れていた(厚さ膨張率が同程度であり、重量減少率は有意に低かった)。表2に示すように、グリセロールの添加量が少ないほど、煮沸処理後の重量減少率は低くなり、厚さ膨張率は高くなる傾向がある。パラトルエンスルホン酸を添加することにより、厚さ膨張率が著しく低下するため、グリセロールの添加量の減少と、パラトルエンスルホン酸の添加により、重量減少率と厚さ膨張率がともに低い成形体を製造することができると考えられる。
【0079】
本実施例から、パラトルエンスルホン酸を添加することにより、熱圧温度を120℃まで下げても、煮沸水中で崩壊しない成形体を製造できること、グリセロールの添加量を減らすことができること、及び、成形用組成物の調製時に、エタノール等の揮発性アルコールを使用できることが確認された。
【0080】
[実施例11]
実施例10の熱圧温度120℃の実験において、乾燥温度が低いほうが成形体の耐水性が良くなる傾向が観察されたため、成形体の特性に乾燥温度が与える影響を検討した。乾燥温度を変更した以外は、実施例10と同様にして成形体を製造し、特性を評価した。結果を表10に示す。
【0081】
【表10】
【0082】
いずれの場合も、木粉は相互に接着され、成形体を製造することができた。どの成形体も若干濃い茶色になるが、黒色とはならなかった。
表から明らかなように、熱圧温度160℃の場合は、乾燥温度を105℃から50℃に変更することにより、熱圧時間を10分から1.5分に短縮しても、より優れた特性を有する(重量減少率が同程度で、厚さ膨張率が有意に低い)成形体を製造することができた。同様に、熱圧温度120℃の場合も、乾燥温度を90℃から50℃に変更することにより、重量減少率が同程度で、厚さ膨張率が半分以下の成形体を製造することができた。
【0083】
本実施例から、乾燥温度を低くすることにより、低温又は短時間の熱圧でも、耐水性に優れた成形体を製造できることが示唆された。
【0084】
[実施例12]
続いて、パラトルエンスルホン酸を使用しない場合も、乾燥温度が成形体の特性に影響を与えるかどうか検討した。パラトルエンスルホン酸を使用しないこと、及び乾燥温度を変更した以外は、実施例10と同様にして成形体を製造し、特性を評価した。結果を表11に示す。
【0085】
【表11】
【0086】
いずれの場合も、木粉は相互に接着され、成形体を製造することができた。どの成形体も木質エレメントに近い色合いを有していた。
表から明らかなように、熱圧温度160℃の場合、乾燥温度105℃で製造した成形体は煮沸水中で崩壊したが、乾燥温度を50℃に変更することにより、煮沸水中でも崩壊しない成形体を製造することができた。
熱圧温度200℃の場合は、乾燥温度が異なっても、厚さ膨張率と重量減少率は同程度であった。
図1
図2
図3
図4