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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023140603
(43)【公開日】2023-10-05
(54)【発明の名称】通信用電線
(51)【国際特許分類】
   H01B 11/00 20060101AFI20230928BHJP
   H01B 7/18 20060101ALI20230928BHJP
   H01B 7/29 20060101ALI20230928BHJP
【FI】
H01B11/00 B
H01B7/18 H
H01B7/18 D
H01B11/00 J
H01B7/29
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022046519
(22)【出願日】2022-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安好 悠太
【テーマコード(参考)】
5G313
5G315
5G319
【Fターム(参考)】
5G313AA10
5G313AB05
5G313AB09
5G313AB10
5G313AC07
5G313AD06
5G313AE01
5G313AE08
5G315CA02
5G315CB06
5G315CD05
5G315CD14
5G319AA03
(57)【要約】
【課題】耐熱寿命と信号の低損失性の両方に優れた通信用電線を提供する。
【解決手段】導体2と、前記導体2の外周を被覆する、有機ポリマーを含んだ絶縁層3と、前記絶縁層3の外周を被覆するシース7と、を有し、前記シース7は、ハロゲン原子を含有する有機ポリマーと、酸化防止剤と、アルカリ土類金属水酸化物と、可塑剤と、を含有し、有機ポリマーに対する酸化防止剤の含有量が、前記絶縁層3において、前記シース7よりも少なくなっている、通信用電線1とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、
前記導体の外周を被覆する、有機ポリマーを含んだ絶縁層と、
前記絶縁層の外周を被覆するシースと、を有し、
前記シースは、
ハロゲン原子を含有する有機ポリマーと、
酸化防止剤と、
アルカリ土類金属水酸化物と、
可塑剤と、を含有し、
有機ポリマーに対する酸化防止剤の含有量が、前記絶縁層において、前記シースよりも少なくなっている、通信用電線。
【請求項2】
前記アルカリ土類金属水酸化物は、水酸化マグネシウムを含む、請求項1に記載の通信用電線。
【請求項3】
前記シースは、前記有機ポリマーとして、ポリ塩化ビニルを含む、請求項1または請求項2に記載の通信用電線。
【請求項4】
前記絶縁層は、前記有機ポリマーとして、ポリオレフィンを含む、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項5】
前記可塑剤は、エステル系可塑剤を含む、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項6】
前記絶縁層と、前記シースとの間には、金属材料を含んだシールド層が配置されている、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の通信用電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、通信用電線に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の分野において、高速通信の需要が増している。高速通信に使用される、同軸線をはじめとする通信用電線においては、信号の伝送を担うコア線の外周に、適宜、金属箔や金属編組等のシールド層を設けたうえで、外周部にシースが設けられる場合が多い。コア線は、導体の外周に絶縁層を設けた絶縁電線より構成されるが、高速通信における信号の損失を低減する観点から、コア線を構成する絶縁層の誘電正接を、低く抑えることが好ましい。
【0003】
コア線を構成する絶縁層の誘電正接を低く抑えるための手段の1つとして、絶縁層の構成材料において、ポリオレフィン等、分極の小さい有機ポリマーを主成分として採用したうえで、酸化防止剤等、誘電正接を上昇させる添加剤の含有量を極力少なく抑えるという方法が用いられている。あるいは別の手段として、絶縁層を発泡させる方法もある。発泡化によって絶縁層に空気を内包させることで、誘電正接が低くなる。発泡電線は、例えば特許文献1に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平6-267353号公報
【特許文献2】特開2012-252869号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、通信用電線を構成するコア線の絶縁層において、酸化防止剤等の添加剤の添加量を少なくすれば、絶縁層の誘電正接を低く抑え、信号損失の低減を図ることができるが、酸化防止剤による耐熱寿命の向上等、添加剤によってもたらされる効果を、絶縁層において十分に利用できなくなる。一方、絶縁層を発泡化すると、添加剤の添加量を確保しながら、誘電正接の低減を図ることができるが、絶縁層において、発泡セル(気泡)が体積の一部を占めることになるため、絶縁層全体としての添加剤の濃度は低くなってしまい、酸化防止剤による耐熱寿命の向上等、添加剤の添加による効果を、絶縁層全体の特性として、効果的に利用することが難しくなる。このように、単純な添加剤の添加量の削減や発泡化では、コア線の絶縁層において、耐熱寿命の向上と低誘電正接化による信号損失の低減とを両立することは難しい。
【0006】
以上に鑑み、耐熱寿命と信号の低損失性の両方に優れた通信用電線を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の通信用電線は、導体と、前記導体の外周を被覆する、有機ポリマーを含んだ絶縁層と、前記絶縁層の外周を被覆するシースと、を有し、前記シースは、ハロゲン原子を含有する有機ポリマーと、酸化防止剤と、アルカリ土類金属水酸化物と、可塑剤と、を含有し、有機ポリマーに対する酸化防止剤の含有量が、前記絶縁層において、前記シースよりも少なくなっている。
【発明の効果】
【0008】
本開示にかかる通信用電線は、耐熱寿命と信号の低損失性の両方に優れた通信用電線となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、本開示の一実施形態にかかる通信用電線の構成を模式的に示す断面図である。
図2図2A,2Bは、シースに含有される各種物質について、高温環境における挙動を説明する図である。図2Aはシースに水酸化マグネシウムが含有される場合を示し、図2Bはシースに水酸化マグネシウムが含有されない場合を示している。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[本開示の実施形態の説明]
最初に、本開示の実施態様を説明する。
本開示の通信用電線は、導体と、前記導体の外周を被覆する、有機ポリマーを含んだ絶縁層と、前記絶縁層の外周を被覆するシースと、を有し、前記シースは、ハロゲン原子を含有する有機ポリマーと、酸化防止剤と、アルカリ土類金属水酸化物と、可塑剤と、を含有し、有機ポリマーに対する酸化防止剤の含有量が、前記絶縁層において、前記シースよりも少なくなっている。
【0011】
上記通信用電線においては、絶縁層の外周に設けられたシースが、酸化防止剤と可塑剤を含有している。通信用電線が高温環境下に置かれると、シース中の可塑剤が、酸化防止剤を含有した状態で、絶縁層に向かって拡散する。この酸化防止剤を含有した可塑剤が絶縁層に付着すると、その酸化防止剤が、絶縁層に酸化防止作用を付与する。そのため、絶縁層に含有される酸化防止剤の量が少なくても、シース層からの拡散によって補填される酸化防止剤の効果によって、絶縁層において、高い耐熱寿命向上効果が得られる。絶縁層における酸化防止剤の含有量を少なく抑えておくことで、絶縁層の誘電正接を低く抑え、信号の損失を低減することができる。
【0012】
また、通信用電線が高温環境に置かれた際に、シースを構成する有機ポリマーから含ハロゲンガスが発生する可能性がある。しかし、シースにアルカリ土類金属水酸化物が含有されることで、発生した含ハロゲンガスが分解・捕捉される。これにより、含ハロゲンガスがシースから絶縁層に拡散し、絶縁層の老化を引き起こす事態が抑制される。このことも、絶縁層の耐熱寿命を向上させるものとなる。
【0013】
このように、シースの含有成分を利用することで、絶縁層に添加する酸化防止剤の量を少なく抑えても、絶縁層の耐熱寿命の向上を達成することができる。そのため、絶縁層の誘電正接を低く抑えて、信号損失を低減しながら、通信用電線全体として、耐熱寿命向上の効果を得ることができる。絶縁層の耐熱寿命が向上することで、有機酸化物等、絶縁層の熱劣化を経て生じる成分による誘電正接の上昇、およびそれに伴う信号損失の上昇を抑制することができる。つまり、初期状態において信号損失の小さい状態をとることに加え、高温環境を経ても、信号損失の上昇が小さく抑えられる。
【0014】
ここで、前記アルカリ土類金属水酸化物は、水酸化マグネシウムを含むとよい。水酸化マグネシウムは、高温環境下でシースの有機ポリマーから発生した含ハロゲンガスを分解・捕捉する効果に優れる。同時に、水酸化マグネシウムは、シースに難燃性を付与する難燃剤としても作用する。
【0015】
前記シースは、前記有機ポリマーとして、ポリ塩化ビニルを含むとよい。ポリ塩化ビニルは、安価であり、通信用電線のシースの構成材料としても汎用されるが、高温環境において塩素ガスや塩化水素ガスを発生しやすい。しかし、本開示にかかる通信用電線においては、シースがアルカリ土類金属水酸化物を含有するため、高温環境下で塩素ガスや塩化水素ガスが発生しても、シース内で分解・捕捉され、内側の絶縁層に影響を及ぼしにくくなっている。また、ポリ塩化ビニルは、混合された可塑剤を、高温環境において放出しやすいため、シースにおいて可塑剤の含有量を少なく抑えておいても、酸化防止剤を含有した可塑剤が拡散して絶縁層に付着し、絶縁層の耐熱寿命の向上に寄与する効果を、十分に得ることができる。
【0016】
前記絶縁層は、前記有機ポリマーとして、ポリオレフィンを含むとよい。ポリオレフィンは誘電正接の低い有機ポリマーであり、絶縁層の構成材料として用いることで、通信用電線における信号損失の低減に、高い効果が得られる。また、ポリオレフィンは、比較的硬質の有機ポリマーであり、可塑剤が内部まで侵入しにくい。そのため、高温環境下において、酸化防止剤を含有した可塑剤がシースから絶縁層に向かって拡散した際に、その可塑剤が絶縁層の表面近傍に留まりやすい。すると、酸化防止剤を含有した可塑剤が絶縁層の内部に侵入することによる誘電正接の上昇を抑制しながら、絶縁層の酸化劣化を効果的に抑制することができる。
【0017】
前記可塑剤は、エステル系可塑剤を含むとよい。エステル系可塑剤は、酸化防止剤を溶解させやすく、また加熱により拡散を起こしやすい。そのため、通信用電線が高温環境に置かれた際に、酸化防止剤を含有した状態で絶縁層まで拡散し、絶縁層の耐熱寿命を向上させる効果を、高く発揮するものとなる。
【0018】
前記絶縁層と、前記シースとの間には、金属材料を含んだシールド層が配置されているとよい。すると、シースとして、可塑剤やアルカリ土類金属水酸化物等、誘電率や誘電正接を上昇させる成分を多く含んだ材料を用いても、それらの成分が通信特性に与える影響を低減することができる。
【0019】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、図面を用いて、本開示の一実施形態にかかる通信用電線について、詳細に説明する。以下、各種特性については、特記しないかぎり、室温、大気中にて測定される値とする。有機ポリマーには、オリゴマー等、比較的低重合度の重合体も含むものとする。
【0020】
<通信用電線の概略>
図1に、本開示の一実施形態にかかる通信用電線1について、軸線方向に直交する断面の構造を、模式的に示す。通信用電線1は、コア線4と、シース7とを有している。コア線4は、導体2と、導体2の外周を被覆する絶縁層3と、を有している。シース7は、コア線4の外周、つまり絶縁層3の外周を被覆する層として構成されている。さらに、通信用電線1は、任意ではあるが、コア線4とシース7の間に、金属材料を含んだシールド層として、金属箔5と金属編組層6を有しており、同軸線の構造をとっている。このような同軸状の通信用電線は、周波数1~10GHzのような高速通信において、好適に用いることができる。
【0021】
(コア線)
コア線4は、通信用電線1において、通信信号を伝送するものであり、導体2と、絶縁層3とを有している。コア線4を構成する導体2は、種々の金属材料より構成することができるが、高い導電性を有する等の点から、銅または銅合金を用いることが好ましい。導体2は、単線として構成されてもよいが、屈曲時の柔軟性を高める等の観点から、複数の素線(例えば7本)が撚り合わせられた撚線として構成されることが好ましい。この場合に、素線を撚り合わせた後に、圧縮成形を行い、圧縮撚線としてもよい。導体2が撚線として構成される場合に、全て同じ素線よりなっても、2種以上の素線を含んでいてもよい。
【0022】
コア線4を構成する絶縁層3は、有機ポリマーを含む絶縁性の被覆層として構成されている。絶縁層3は、有機ポリマーに加えて、酸化防止剤等の添加剤を含有していてもよい。しかし、絶縁層3においては、有機ポリマーに対する酸化防止剤の含有量(有機ポリマーを100質量部とした際の酸化防止剤の質量部数)が、シース7よりも少なく抑えられている。絶縁層3の構成材料については、後に詳細に説明する。
【0023】
(シース)
シース7は、通信用電線1の外周部を構成し、コア線4を保護する役割を果たす。シース7は、絶縁性の被覆層として構成されている。シース7の構成成分については、後に詳しく説明するが、ハロゲン原子を含有する有機ポリマーと、酸化防止剤と、アルカリ土類金属水酸化物と、可塑剤と、を含有している。シース7は、1層のみよりなっても、異なる成分組成の層が複数積層された構造を有していてもよい。シース7が複数の層を有する場合には、少なくとも最も内側の層が、上記のように、ハロゲン原子を含有する有機ポリマー、酸化防止剤、アルカリ土類金属水酸化物、可塑剤を含有するものであればよい。
【0024】
シース7がコア線4の絶縁層3の外周を被覆していれば、シース7とコア線4の間に、次に説明するシールド層5,6等、他の部材が適宜設けられてもよい。ただし、コア線4の外周を隙間なく被覆するポリマー材料の層など、後に説明するシース7からコア線4への可塑剤の拡散を阻止する部材は、シース7とコア線4の間に設けられないことが好ましい。
【0025】
(シールド層)
シールド層は、コア線4の外周を被覆する金属材料を含む層として、コア線4とシース7との間に設けられている。シールド層としては、金属箔5と金属編組層6の少なくとも一方を用いる形態を例示することができ、好ましくは、金属箔5と金属編組層6とが積層された2層構造を有するとよい。
【0026】
金属箔5は、金属材料の薄膜として構成されている。金属箔5を構成する金属の種類は、特に限定されるものではなく、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金等を例示することができる。金属箔5は、単一の金属種より構成されても、2種以上の金属種の層が積層されてもよい。また、金属箔5は、独立した金属薄膜よりなる形態のほか、高分子フィルム等の基材に、蒸着、めっき、接着等によって金属層が結合されたものであってもよい。ノイズ遮蔽性を高める観点から、金属箔5は、コア線4に対して、縦添え状に配置することが好ましい。なお、図では金属箔5を簡略化して円筒状に表示しているが、実際には、縦添え状に金属箔5を配置する場合には、コア線4を包囲した金属箔5の両端部の一部の領域が、相互に重畳されることになる。
【0027】
金属編組層6は、複数の金属素線が相互に編み込まれて、中空筒状に成形された編組体として構成されている。金属編組層6を構成する金属素線としては、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金等の金属材料、あるいはそれら金属材料の表面に、スズ等によってめっきを施したものを例示することができる。
【0028】
シールド層5,6は、同軸電線構造において、外部導体を構成するものであり、コア線4に対して侵入するノイズ、またコア線4から放出されるノイズを遮蔽する役割を果たす。シールド層として、金属箔5と金属編組層6を併用することで、ノイズ遮蔽効果を高めることができる。また、本実施形態にかかる通信用電線1においては、コア線4の絶縁層3については、酸化防止剤等の添加剤の含有量を少なく抑えて、誘電正接を低く抑えるようにしている一方で、シース7は、酸化防止剤や金属水酸化物等、極性の成分を多く含み、誘電正接や誘電率が高くなりやすいが、シールド層5,6をコア線4とシース7の間に介在させることで、シース7に含有されるそれらの極性成分が、信号損失や特性インピーダンス値等、コア線4の信号伝送に関わる特性に影響を与えにくくなる。シールド層において、金属箔5と金属編組層6の積層順は特に限定されるものではないが、信号の損失を少なくする等の理由で、金属箔5を内側、金属編組層6を外側に配置することが好ましい。
【0029】
(他の通信用電線の構造)
コア線4の外周に、シールド層5,6が設けられ、さらにその外周にシース7が形成された同軸電線として構成された上記の通信用電線1は、1GHz以上の高周波域の信号を伝送するのに、好適に用いることができる。しかし、本開示にかかる通信用電線1は、コア線4の絶縁層3の外周を被覆してシース7が設けられるものであれば、上記の同軸構造を有するものに限られず、通信周波数や用途に応じた構成を採用すればよい。上記の同軸型の形態では、コア線4として、導体2と絶縁層3を備えた絶縁電線を単独で用いているが、例えば、複数の絶縁電線を用いてもよい。
【0030】
コア線4が複数の絶縁電線を含む具体例として、1対の絶縁電線を、相互に撚り合わせるか、並走させるかして、差動信号を伝送するように、コア線4を構成することができる。それら、複数の絶縁電線よりなるコア線4の外周にシース7を設ける場合に、ノイズの影響を低減する観点から、上記の同軸構造の場合と同様に、コア線4とシース7の間にシールド層5,6を設けることが好ましいが、ノイズの影響がそれほど大きくない場合や、通信周波数が、例えば1MHz以下のように比較的低い場合等には、シールド層5,6を省略してもよい。シールド層5,6を設けない場合には、シース7がコア線4の絶縁層3に直接接触することになり、次に説明する、シース7の成分による絶縁層3の耐熱寿命向上の効果が、より顕著に得られることになる。
【0031】
<シースの成分による絶縁層の耐熱寿命向上>
上記のように、本実施形態にかかる通信用電線1において、シース7は、ハロゲン原子を含有する有機ポリマー、酸化防止剤、アルカリ土類金属水酸化物、可塑剤を含有している。シース7が酸化防止剤を含有することで、シース7自体が、耐熱劣化を起こしにくく、耐熱寿命に優れたものとなる。加えて、シース7が上記の成分を含有することで、シース7の内側に配置されたコア線4の絶縁層3に対しても、耐熱寿命を向上させる効果を発揮する。以下、その機構について説明する。
【0032】
図2Aに、本実施形態にかかる通信用電線1について、シース7の近傍を拡大した模式図を示す。シース7において、可塑剤は、酸化防止剤を含有した状態をとりやすい。図2Aにおいて、酸化防止剤を含有した可塑剤を、丸印にて表示している。ここで、可塑剤が酸化防止剤を含有した状態とは、可塑剤と酸化防止剤が一体となった状態を指し、典型的には、酸化防止剤に可塑剤が溶解した状態をとるが、他に、酸化防止剤が可塑剤中に分散した状態や、混和した状態等を挙げることができる。
【0033】
通信用電線1が高温環境に置かれると、図2Aに矢印aで示すように、酸化防止剤を含有した可塑剤の少なくとも一部が、シース7の内部を拡散(飛散)し、シース7の内側に配置されたコア線4にまで達する。コア線4に達した可塑剤は、絶縁層3に付着する。図2Aでは、シールド層5,6を挟んだ可塑剤の拡散を、シールド層5,6を貫通する矢印で簡略表示しているが、実際には、可塑剤が、シールド層を構成する金属編組層6の編目を通過し、さらにコア線4の外周に巻き付けられた金属箔5が端部で重畳された箇所の隙間を通って起こる。
【0034】
このようにして、高温環境において、酸化防止剤を含有した可塑剤がコア線4の絶縁層3に付着すると、その付着した酸化防止剤が、コア線4において、酸化防止作用を発揮する。つまり、付着した酸化防止剤が、絶縁層3の酸化劣化を抑制し、絶縁層3の耐熱寿命を向上させるものとなる。絶縁層3にはシース7よりも少量の酸化防止剤しか含有されていないが、シース7から絶縁層3へと、可塑剤とともに酸化防止剤が補填されることで、絶縁層3においても、その酸化防止剤により、高い酸化防止作用が得られるようになる。絶縁層3において、酸化劣化が起こる際には、空気と接する外表面側の部位から進行するため、シース7から到来した酸化防止剤は、絶縁層3の表面に付着し、あるいは表面近傍の浅い領域に分布するのみでも、絶縁層3において、高い酸化防止効果を発揮するものとなる。シース7が、酸化防止剤以外にも、銅害防止剤等、溶解等により可塑剤に含有されうる添加剤を含む場合には、それらの添加剤も、酸化防止剤と同様に、高温環境において、可塑剤に含有された状態で、拡散によってコア線4の絶縁層3に付着し、絶縁層3に対して、それぞれの機能を付与するものとなる。
【0035】
さらに、本実施形態にかかる通信用電線1においては、シース7に含有されるアルカリ土類金属水酸化物も、絶縁層3の耐熱寿命の向上に寄与する。アルカリ土類金属水酸化物が水酸化マグネシウムである形態を例として、その機構について説明する。図2Bに、シース7が酸化マグネシウムおよび他のアルカリ土類金属水酸化物を含有しない通信用電線9について、シース7の近傍を拡大した模式図を示す。通信用電線9が高温環境に置かれると、上記で説明した酸化防止剤を含有した可塑剤の拡散が起こるのに加えて(矢印a)、シース7を構成するハロゲン原子を含んだ有機ポリマーから、含ハロゲンガスが発生しうる。ここでは、シース7を構成する有機ポリマーがポリ塩化ビニル(PVC)である場合を扱うことにするが、その場合に、高温環境下に通信用電線9が置かれると、シース7の内部で塩素ガス(Cl)および/または塩化水素ガス(HCl)が発生する。図では、それらのガスを三角印で表示している。発生したそれらのガスは、矢印cで示すように、シース7の内部を拡散(飛散)し、少なくとも一部は、矢印で表示するように、コア線4の絶縁層3に達する。塩素ガスや塩化水素ガス等の含ハロゲンガスが絶縁層3に接触すると、絶縁層3を構成する有機ポリマーの分解を促進し、絶縁層3の変質を引き起こす可能性がある。
【0036】
一方、図2Aに示す本開示の実施形態にかかる通信用電線1においては、シース7に、ダイヤ印で表示する水酸化マグネシウムが含有されている。この場合にも、通信用電線1が高温環境に置かれると、シース7の内部で塩素ガスや塩化水素ガス等の含ハロゲンガスが発生する。しかし、水酸化マグネシウム等のアルカリ土類金属水酸化物は、含ハロゲンガスを分解し、ハロゲン化アルカリ土類金属を形成することができる。そのため、図中に矢印bで示すように、アルカリ土類金属水酸化物がシース7の内部で発生した含ハロゲンガスを分解し、ハロゲン原子を捕捉することができる。例えば、水酸化マグネシウムは、塩素ガスまたは塩化水素ガスと接触すると、塩化マグネシウム(MgCl)を形成し、塩素原子をシース7の内部に捕捉することができる。すると、含ハロゲンガスがコア線4に向かって拡散する現象が抑制され、拡散した含ハロゲンガスによる絶縁層3の変質が起こりにくくなる。
【0037】
このように、通信用電線1において、シース7を構成する有機ポリマーがハロゲン原子を含有している場合に、シース7に、酸化防止剤および可塑剤、さらにアルカリ土類金属水酸化物を含有させておくことで、通信用電線1が高温環境に置かれた際に、酸化防止剤を含有した可塑剤の拡散とコア線4への付着、およびアルカリ土類金属水酸化物による含ハロゲンガスの分解・捕捉の両方の効果により、コア線4の絶縁層3の熱劣化を抑制することができる。その結果、当初から酸化防止剤を含有しているシース7のみならず、酸化防止剤を含有しない、あるいはシース7より少量しか含有しない絶縁層3を含めて、通信用電線1全体として、高い耐熱寿命向上効果を得ることができる。絶縁層3が多量の酸化防止剤を含有しないことで、絶縁層3は低い誘電正接を有するものとなり、それによって、通信用電線1における信号損失を低減することができる。さらに、絶縁層3の耐熱寿命が向上されることで、絶縁層3の加熱に劣化に伴う有機酸化物の形成等によって絶縁層3の誘電正接が上昇し、信号損失が上昇する事態が起こりにくい。つまり、信号損失が、初期の小さい状態から、加熱環境を経ても大きくは上昇しにくい。
【0038】
以上のように、本実施形態にかかる通信用電線1は、シース7の含有成分を絶縁層3の耐熱寿命の向上に利用できることにより、耐熱寿命の向上と信号損失の低減の両方に優れたものとなる。そのため、本実施形態にかかる通信用電線1は、自動車内等、高温になる環境で高速通信を行う用途に、好適に用いることができる。
【0039】
<シースの成分構成の詳細>
上記のように、本実施形態にかかる通信用電線1のシース7は、ハロゲン原子を含有する有機ポリマー、酸化防止剤、可塑剤、アルカリ土類金属水酸化物を含有している。通信用電線1を構成する有機ポリマーは、ハロゲン原子を含有するものであれば、特に限定されるものではないが、ポリ塩化ビニル、塩素化ポリエチレン、エチレン・塩化ビニル共重合体、エチレン酢酸ビニル・塩化ビニル共重合体等、塩素原子を含有するものを好適に用いることができる。中でも、ポリ塩化ビニル(PVC)を用いることが好適である。PVCは、安価であることや耐薬品性に優れること等から、一般に通信用電線のシース材として汎用されており、本実施形態にかかる通信用電線1のシース7においても、好適に用いることができる。さらに、可塑剤を添加したPVCは、高温環境に置かれると、可塑剤を放出しやすい。よって、シース7に可塑剤を多量に添加しなくても、高温環境において、酸化防止剤を含有した可塑剤が拡散してコア線4に付着し、絶縁層3の耐熱寿命を向上させる効果を、十分に得ることができる。シース7を構成する有機ポリマーとしては、ハロゲン原子を含有するもののみを用いても、ハロゲン原子を含有しない有機ポリマーを併用してもよいが、好ましくは、シース7を構成する有機ポリマーの50質量%以上、90質量%以上、さらには全量を、ハロゲン原子を含有するポリマー、特にPVCより構成するとよい。
【0040】
シース7に含有される酸化防止剤は、その種類を特に限定されるものではなく、ヒンダードフェノール系酸化防止剤や硫黄系酸化防止剤を好適に用いることができる。好ましくは、誘電正接を抑えながら高い酸化防止効果を得る観点から、ヒンダードフェノール系酸化防止剤を用いるとよい。シース7における酸化防止剤の含有量は、有機ポリマーに対する含有比率が絶縁層3よりも大きくなっていれば、特に限定されるものではないが、可塑剤とともに絶縁層3に付着して、絶縁層3の耐熱寿命を向上させる効果を十分に発揮する観点、また絶縁層3への拡散を経てもシース7に十分な量の酸化防止剤を残留させる観点から、有機ポリマー100質量部に対して、2質量部以上、さらには4質量部以上の酸化防止剤がシース7に含有されるとよい。一方、過剰量の酸化防止剤が絶縁層3に移行して、絶縁層3の誘電特性に大きな影響を与えるのを避ける観点から、その含有量は、10質量部以下に抑えておくとよい。
【0041】
シース7に含有される可塑剤の種類も、特に限定されるものではないが、溶解等によって酸化防止剤を高濃度で含有することができ、かつ高温環境においてコア線4に向かって拡散を起こしやすいように、非重合型の可塑剤、特に、100℃程度の温度で昇華性または揮発性を示す可塑剤であることが好ましい。具体的には、エステル系の可塑剤、つまりエステル結合を含む非重合型の可塑剤を用いることが特に好ましい。好適なエステル系可塑剤として、トリメリット酸エステル系可塑剤、安息香酸エステル系可塑剤、フタル酸エステル系可塑剤、アジピン酸エステル系可塑剤、セバシン酸エステル系可塑剤を挙げることができる。それらの中でも、トリメリット酸エステル系可塑剤を用いることが好適である。シース7における可塑剤の含有量は、特に限定されるものではないが、十分な量の酸化防止剤を可塑剤とともにコア線4に付着させる観点から、有機ポリマー100質量部に対して、30質量部以上、さらには40質量部以上の可塑剤がシース7に含有されるとよい。一方、酸化防止剤を含有した可塑剤が過剰に絶縁層3に移行して、絶縁層3の誘電特性に大きな影響を与えるのを避ける観点から、その含有量は、80質量部以下に抑えておくとよい。
【0042】
アルカリ土類金属水酸化物としては、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム等を用いることができる。中でも、水酸化マグネシウムを用いることが好ましい。水酸化マグネシウムは、塩素ガスや塩化水素ガス等の含ハロゲンガスに対して高い反応性を示すとともに、含ハロゲンガスを分解・捕捉する捕捉剤としての機能に加え、シース7に難燃性を付与する難燃剤としても好適に機能するからである。アルカリ土類金属水酸化物の粒径は、凝集を避ける等の観点から、0.5μm以上であることが好ましく、また、有機ポリマーに対する分散性や含ハロゲンガスに対する反応性を高める観点から、5μm以下であることが好ましい。アルカリ土類金属水酸化物の粒子は、有機分子によって表面処理されていてもよい。シース7におけるアルカリ土類金属水酸化物の含有量は、含ハロゲンガスに対する捕捉効果を高く得る観点から、有機ポリマー100質量部に対して、10質量部以上、さらには15質量部以上であるとよい。一方、過剰量のアルカリ土類金属水酸化物の含有によるシース7の機械的特性への影響を避ける観点から、その含有量は、120質量部以下に抑えておくとよい。
【0043】
なお、水酸化アルミニウム等、アルカリ土類金属以外の金属の水酸化物にも、含ハロゲンガスと反応し、含ハロゲンガスの捕捉剤として利用しうるものがあるが、塩素ガスや塩化水素ガス等の含ハロゲンガスに対する反応性は、アルカリ土類金属水酸化物よりも低いことが多い。よって、シース7において、水酸化アルミニウムをはじめとして、アルカリ土類金属以外の金属の水酸化物を、アルカリ土類金属水酸化物と併用してもよいが、シース7に含有させる金属水酸化物の全量を、アルカリ土類金属水酸化物、特に水酸化マグネシウムとすることが好ましい。
【0044】
シース7は、酸化防止剤以外の添加剤も、適宜含有してもよい。酸化防止剤以外の添加剤が含有される場合には、各添加剤によって発揮される特性が、シース7に付与される。また、それらの添加剤のうち、溶解等によって可塑剤に含有可能なものについては、高温環境において、可塑剤に含有された状態で拡散してコア線4に付着し、シース7のみならず、コア線4の絶縁層3に対しても、それぞれの添加剤によって発揮される特性を付与することができる。そのようにシース7からの拡散によって添加剤が絶縁層3に付着することで、添加剤の機能が絶縁層3においても発揮されうるため、その機能を絶縁層3で得ることを目的として、絶縁層3にその添加剤を多量に含有させる必要がなくなる。添加剤の多くは、樹脂材料の誘電正接を上昇させるものとなるが、絶縁層3における添加剤の含有量を少なく抑えることで、絶縁層3の誘電正接を低く抑えながら、その添加剤による効果を享受することが可能となる。
【0045】
シース7に添加可能な酸化防止剤以外の添加剤を、作用および好ましい添加量とともに、下に列記する。下に列記する添加剤のうち、銅害防止剤は、可塑剤に含有されて拡散可能なものである。シース7において、酸化防止剤も合わせた全添加剤(可塑剤およびアルカリ土類金属水酸化物は除く)の合計含有量は、過剰量の添加剤が絶縁層3に付着して絶縁層3の誘電特性に大きな影響を与えるのを避ける等の観点から、有機ポリマー100質量部に対して50質量部以下、さらには30質量部以下に抑えておくことが好ましい。また、酸化防止剤も合わせて、可塑剤に含有されて拡散可能な添加剤の合計含有量を、有機ポリマー100質量部に対して30質量部以下、好ましくは20質量部以下に抑えておくことが好ましい。
【0046】
・衝撃改質剤:低温環境での樹脂材料の耐衝撃性を向上させる効果を有し、低温環境での通信用電線1の使用が想定される場合には、添加するとよい。衝撃改質剤としては、アクリルゴム系のものを好適に使用することができる。シース7において、有機ポリマー100質量部に対する衝撃改質剤の添加量は、添加による効果を十分に得る観点から、2質量部以上であることが好ましい。一方、過剰な衝撃改質剤の添加によるシース7の押出加工性の低下を避ける観点から、その添加量は、5質量部以下に抑えておくことが好ましい。
【0047】
・安定剤:樹脂材料の劣化を抑制する添加剤であり、高温環境を経ても高い機械的強度を維持するのに効果を有する。安定剤としては、非鉛系安定剤を好適に用いることができる。添加による効果を十分に得る観点から、シース7における安定剤の添加量は、有機ポリマー100質量部に対して、3質量部以上とするとよい。
【0048】
・銅害防止剤(金属不活性剤):樹脂材料が、隣接する銅等の金属材料の影響で劣化を起こすのを抑制する添加剤であり、高温環境を経ても樹脂材料の物性を維持させるのに効果を有する。添加による効果を十分に得る観点から、シース7における銅害防止剤の添加量は、有機ポリマー100質量部に対して、2質量部以上とするとよい。
【0049】
・増量剤:樹脂材料の増量のために、重質炭酸カルシウム等の増量剤を添加してもよい。ただし、機械的強度や耐熱性等、有機ポリマーが有する特性を十分に確保する観点から、シース7における増量剤の添加量は、有機ポリマー100質量部に対して、20質量部未満に抑えておくことが好ましい。
【0050】
以上のように、シース7には各種添加剤を添加して、機能を付与することが可能である。しかし、シース7に含有させない方が好ましい成分として、以下のようなものを挙げることができる。
・アルカリ土類金属水酸化物以外の金属水酸化物:上記のとおりである。
・アルカリ土類金属水酸化物として水酸化マグネシウムを用いる場合に、水酸化マグネシウム以外の難燃剤および難燃助剤:水酸化マグネシウムのみで、含ハロゲンガス捕捉剤としての機能とともに、難燃剤としての機能を十分に果たすことができる。
・金属石鹸等、アルカリ土類金属を含む、水酸化物以外の化合物:それらの化合物は、含ハロゲンガスに対して、水酸化物のように高い捕捉能を示さず、難燃性も示さないことが多い。
【0051】
<絶縁層の成分構成の詳細>
上記のように、コア線4の絶縁層3は、有機ポリマーを含む絶縁性の被覆層として構成されており、有機ポリマーに対する酸化防止剤の含有量がシース7よりも少なくなっている。絶縁層3を構成する有機ポリマーの種類は、特に限定されるものではないが、誘電正接が低い有機ポリマーを用いることが好ましい。中でも、ポリオレフィンを用いることが好ましく、ポリオレフィンが絶縁層3を構成する有機ポリマーの50質量%以上、さらには90質量%以上を占めていることが好ましい。ポリオレフィンとしては、ホモポリプロピレン(PP)等のホモポリオレフィンを用いても、ブロックPP等のブロックポリオレフィンを用いてもよい。好ましくは、それらをともに含んでいるとよい。
【0052】
ポリオレフィンは、低い誘電正接を示すとともに、比較的硬い樹脂であり、可塑剤が内部まで浸透しにくい。よって、酸化防止剤等の添加剤を含有してシース7から拡散した可塑剤が、絶縁層3の表面およびその近傍に留まりやすく、絶縁層3の内部深くにまで浸透して絶縁層3の誘電特性に影響を与える事態が生じにくい。絶縁層3において、高温環境下での劣化は、有機ポリマーからの酸化物の形成によって起こるが、酸化物の形成は、大気に接する表面およびその近傍の領域で進行しやすい。よって、シース7からの酸化防止剤の補填が、絶縁層3の表面近傍において起こるのみでも、絶縁層3の耐熱寿命向上に、十分な効果が得られる。絶縁層3の誘電正接を低く保つ観点、また内部への可塑剤の侵入を抑制する観点から、絶縁層3には、ポリ塩化ビニル等、ハロゲン原子を含む有機ポリマーは含有されない方がよい。
【0053】
絶縁層3は、酸化防止剤を含有しなくてもよいが、シース7よりも低濃度に抑えられているかぎりにおいて、酸化防止剤を含有していてもよい。絶縁層3に酸化防止剤を少量含有させておくことで、シース7からの酸化防止剤の補填が起こらない条件でも、絶縁層3において、最低限の酸化防止作用を確保することができる。絶縁層3における酸化防止剤の含有量は、有機ポリマー100質量部に対し、0.2質量部以上であるとよい。一方、絶縁層3の誘電正接を低く抑える等の観点から、絶縁層3における酸化防止剤の含有量は、有機ポリマーに対する含有量で、シース7の半分以下に抑えられているとよい。また、有機ポリマー100質量部に対して、5質量部以下、さらには3質量部以下であるとよい。
【0054】
絶縁層3に含有される酸化防止剤の種類も、特に限定されるものではなく、シース7に含有される酸化防止剤と同種のものであっても、異なるものであってもよい。好適な酸化防止剤として、ヒンダードフェノール系酸化防止剤および硫黄系酸化防止剤の少なくとも一方、または両方を用いる形態を挙げることができる。2種以上の酸化防止剤を用いる場合には、それらの合計量が、上記の好適な含有量範囲を満たすとよい。
【0055】
絶縁層3には、酸化防止剤以外の添加剤も含有されていてもよい。酸化防止剤以外の添加剤として、銅害防止剤、酸化亜鉛等の金属酸化物、滑剤、金属水酸化物を除く誘電正接の低い難燃剤等を例示することができる。ただし、絶縁層3の誘電正接を低く抑える観点から、絶縁層3における添加剤の含有量は、少ない方が好ましく、酸化防止剤およびそれ以外の添加剤を含めた全添加剤(可塑剤およびアルカリ土類金属水酸化物は除く)の合計量が、有機ポリマーに対する含有量で、絶縁層3において、シース7よりも少なく抑えられていることが好ましい。さらには、有機ポリマーに対するそれら全添加剤の含有量の合計が、絶縁層3において、シース7の半分以下、さらには3分の1以下に抑えられているとよい。また、絶縁層3における全添加剤の含有量の合計が、有機ポリマー100質量部に対して、5質量部以下に抑えられていることが好ましい。なお、絶縁層3には、可塑剤や、水酸化マグネシウム等のアルカリ土類金属水酸化物に代表される誘電正接の高い難燃剤や増量剤は、添加剤として含有されない方がよい。
【0056】
絶縁層3は、1層のみよりなっても、複数層が積層されていてもよい。複数層が積層されている場合には、それら全ての層が、上記で説明した成分構成を有していることが好ましい。
【実施例0057】
以下に実施例を示す。ここでは、同軸構造を有する通信用電線について、シースの成分組成と信号損失の関係について検証した。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。本実施例において、特性の評価は、特記しないかぎり、室温、大気中において行っている。
【0058】
[試料の作製]
軟銅の撚線として構成された導体の外周に、押出成形によって絶縁層を形成して、コア線とした。絶縁層の構成材料としては、下の表1に「材料1」として表示した各成分を混合したものを用いた。導体断面積は0.18mm、絶縁層の厚さは0.54mmとした。
【0059】
コア線の外周に、金属箔として、銅箔を縦添え状に配置した。さらに、銅箔の外周に、金属編組層を形成した。金属編組層は、スズめっき軟銅線(TA線)よりなる一重編組として構成した。
【0060】
金属編組層の外周に、押出成形によって、シースを形成した。シースの構成材料としては、表1に表示した各成分を混合した「材料2~4」を用い、試料A,B,Cでシースの構成材料を異ならせた。表2に示すとおり、試料A,Bについては、それぞれ材料2,3よりなる内層の外周に、材料4よりなる外層を形成し、2層構成のシースとした。試料Cについては、材料4よりなる単層構成のシースを形成した。2層構成のシースについては、内層の厚さを0.2mm、外層の厚さを0.2mmとし、単層構成のシースについては、その厚さを0.4mmとした。なお、試料A,Bについて、2層構成を採用しているのは、試料A~Cで通信用電線の最外周部の構成材料を材料4に揃え、外部環境に由来する影響に試料間で差が生じないようにするためである。
【0061】
材料1~4の調製に用いた成分は以下のとおりである。
(有機ポリマー)
・ブロックPP:日本ポリプロ社製 「ノバテック EC9GD」
・ホモPP:日本ポリプロ社製 「ノバテック EA9FTD」
・PVC:信越化学工業社製 「TK-1300」
・TPO1:ライオンデル・バセル社製 TPO 「Adflex Q200F」
・TPO2:エクソン・モービル社製 TPO 「サントプレーン 203-40」
・酸変性SEBS:旭化成社製 「タフテック M1913」
【0062】
(添加剤)
・銅害防止剤1:ADEKA社製 「アデカスタブ CDA-1」
・銅害防止剤2:ADEKA社製 「アデカスタブ CDA-10」
・酸化防止剤1:BASF社製 ヒンダードフェノール系酸化防止剤 「Irganox 1010」
・酸化防止剤2:川口化学社製 硫黄系酸化防止剤 「アンテージMB」(2-メルカプトベンゾイミダゾール)
・酸化亜鉛:ハクスイテック社製 「亜鉛華2種」
・衝撃改質剤:三菱ケミカル社製 アクリルゴム系衝撃改質剤 「メタブレン C-223A」
・安定剤:ADEKA社製 非鉛系安定剤 「アデカスタブ RUP-110」
・増量剤:丸尾カルシウム社製 重質炭酸カルシウム 「SUPER 1700」
・可塑剤:花王社製 トリメリット酸エステル系可塑剤 「トリメックス N-08」
・水酸化マグネシウム:協和化学工業社製 「キスマ5」
【0063】
[評価方法]
試料A~Cのそれぞれの通信用電線について、透過損失の測定を行った。測定は、ネットワークアナライザを用いて、300kHz~4GHzの周波数で行い、4GHzでの測定値を試料間で比較した。まず、初期状態の通信用電線に対して、透過損失の測定を行った。その後、105℃の恒温槽に通信用電線を3000時間放置する高温放置を行った。高温放置後、室温に放冷した通信用電線に対して、再度同様に透過損失の測定を行った。
【0064】
[評価結果]
表1に、絶縁層およびシースの形成に用いた材料1~4の成分組成を示す。表1では、各成分の含有量を、質量部を単位として表示している。いずれの材料においても、有機ポリマーの合計量を100質量部としている。材料2と材料3は、水酸化マグネシウムの含有の有無においてのみ相違している。
【0065】
【表1】
【0066】
表2に、試料A~Cについて、シースの構成材料と、初期状態および高温放置後の透過損失の測定結果を示す。
【0067】
【表2】
【0068】
試料A~Cのいずれについても、絶縁層がPPを主成分とする低誘電正接の材料より構成されていることにより、初期状態では、透過損失が1.43dB/mと小さな値に抑えられている。しかし、高温放置を経た後の透過損失は、各試料で異なっている。いずれの試料でも、高温放置によって透過損失が上昇している。しかし、試料Aでは、その上昇量が15%程度に抑えられているのに対し、試料Bでは48%に達し、試料Cでも28%となっている。
【0069】
試料Bでは、シースの内層を構成する材料3が、PVCを主成分とし、水酸化マグネシウムを含んでいない。そのため、高温放置時に、PVCから塩素ガスや塩化水素ガスが発生して、シース内で捕捉されずにコア線に拡散し、絶縁層の老化を引き起こす。その結果、絶縁層の誘電正接が上昇し、透過損失が著しく上昇したものと解釈される。
【0070】
これに対し、試料Aでは、シースの内層を構成する材料2が、PVCを主成分としているが、水酸化マグネシウムを含んでいる。そのため、高温放置時に、PVCから塩素ガスや塩化水素ガスが発生しても、それらのガスが水酸化マグネシウムによって、分解・捕捉され、コア線への拡散が抑制される。その結果、塩素ガスや塩化水素ガスによる絶縁層の老化、およびそれに伴う絶縁層の誘電正接の上昇が起こりにくく、透過損失が小さく抑えられたものと解釈される。それら含塩素ガスの影響の低減に加え、酸化防止剤を含有した可塑剤がシースからコア線に拡散し、絶縁層に酸化防止剤が補填されることも、絶縁層の老化の抑制に寄与しているものと考えられる。
【0071】
最後に、試料Cでは、シースを構成する材料4が、有機ポリマーとしてTPO(オレフィン系熱可塑性エラストマー)を主成分としており、PVC等、ハロゲン原子を含有する有機ポリマーは含まれていない。シースが含ハロゲンポリマーを含まないことで、高温放置を経ても、含ハロゲンガスの拡散による絶縁層の老化は起こらない。しかし、高温放置によって、絶縁層を構成するPPが酸化を受け、生じた酸化物によって誘電正接が上昇し、透過損失が上昇しているものと考えられる。絶縁層も酸化防止剤を含有しているが、少量であり、加熱時に減少してしまうと考えられ、高温放置による絶縁層の酸化を十分には抑制しきれない。シースを構成する材料4は、酸化防止剤を含有しているが、可塑剤を含有しておらず、シースから絶縁層に酸化防止剤を拡散させて補填する作用も働かない。このため、絶縁層がシースからの含塩素ガスによる老化を受ける試料Bほどではないもの、試料Cでも、高温放置によって、老化に伴う透過損失の上昇が起こっていると解釈される。
【0072】
以上、試料A~Cの比較より、試料Aのように、シースが、ハロゲン元素を含有する有機ポリマーを含んでいても、水酸化マグネシウムが同時に含有されることで、高温放置を経ても、含ハロゲンガスの拡散による絶縁層の老化を軽減できることが分かる。さらに、可塑剤と合わせて、絶縁層よりも高濃度の酸化防止剤がシースに含有されることで、高温放置時に酸化防止剤が可塑剤とともに絶縁層に拡散し、絶縁層に当初より含まれていた酸化防止剤の減少を補うことも、絶縁層の老化を抑制するのに寄与する。それらの現象の結果として、高温放置を経ても、絶縁層の老化による誘電正接の上昇が起こりにくく、通信用電線の透過損失が低く保たれる。
【0073】
以上、本開示の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【符号の説明】
【0074】
1,9 通信用電線
2 導体
3 絶縁層
4 コア線
5 金属箔
6 金属編組層
7 シース
a 酸化防止剤を含有した可塑剤の拡散
b 含ハロゲンガスの分解・捕捉
c 含ハロゲンガスの拡散
図1
図2