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特開2023-140984胚の融解用器具およびこれを用いた胚の融解移植手法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023140984
(43)【公開日】2023-10-05
(54)【発明の名称】胚の融解用器具およびこれを用いた胚の融解移植手法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20230928BHJP
   C12N 5/073 20100101ALI20230928BHJP
   C12N 1/04 20060101ALN20230928BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12N5/073
C12N1/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022047082
(22)【出願日】2022-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000005980
【氏名又は名称】三菱製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】永野 昌志
(72)【発明者】
【氏名】桃沢 健二
(72)【発明者】
【氏名】吉田 晋太郎
(72)【発明者】
【氏名】松澤 篤史
(72)【発明者】
【氏名】吉田 翔
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA27
4B029BB11
4B029DF10
4B029DG10
4B029GA02
4B029GB01
4B029GB10
4B029HA10
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BD50
4B065CA43
(57)【要約】
【課題】ガラス化凍結保存された胚を融解するにあたり、優れた生存率と操作性を実現可能な、胚の融解用器具および胚の融解移植手法を提供する。
【解決手段】凍結保存された胚を融解液にて融解するための融解部、該融解部に胚を挿入するための挿入部、および融解された胚を融解部から排出するための排出部を有し、該融解部の最大内径又は融解部内面の最大対角線長さは該挿入部の内径よりも大きく、該排出部の内径は該挿入部の内径と同じかそれよりも小さい胚の融解用器具、およびこれを用いた胚の融解移植手法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
凍結保存された胚を融解液にて融解するための融解部、該融解部に胚を挿入するための挿入部、および融解された胚を該融解部から排出するための排出部を有し、該融解部の最大内径又は該融解部内面の最大対角線長さは該挿入部の内径よりも大きく、該排出部の内径は該挿入部の内径と同じかそれよりも小さいことを特徴とする、胚の融解用器具。
【請求項2】
請求項1に記載の胚の融解用器具が有する融解部に融解液を充填する充填工程、該融解用器具が有する挿入部より該融解部に凍結保存された胚を挿入する挿入工程、該融解液中で胚を融解する融解工程、および該挿入部から気体又は液体を該融解部内へ送り込み融解された胚を排出部より排出し、母体内(ヒトを除く)へ移植する移植工程を少なくとも具備する、胚の融解移植手法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス化凍結保存された胚を融解するにあたり、優れた生存率と操作性を実現可能な胚の融解用器具、および該融解用器具を用いた胚の融解移植手法に関する。
【背景技術】
【0002】
動物の胚の凍結保存は、特定の系統や品種の遺伝資源の保存を可能にし、絶滅の危機に瀕している動物種の維持に必要とされている。また畜産分野においては、哺乳動物種の増産や改良を目的として、凍結保存された胚を哺乳動物の生殖器内へ移植する技術(胚移植)が広く普及している。従来、農家の庭先において行われる胚移植においては、胚を凍結保存液と共にプラスチック製のストロー内に封入して凍結したものを液体窒素中で保存しておき、移植の際にストロー内の胚を融解し、凍結保存液と共に移植器に装填することで、子宮へ直接胚を移植する直接移植法(ダイレクト法)が行われている。
【0003】
胚の凍結保存方法として、例えば緩慢凍結法が知られている。この方法では、胚を比較的低濃度の耐凍剤を含有する凍結保存液に浸漬し、-30℃~-35℃まで-0.3~-0.5℃/分の比較的遅い速度で長時間の冷却をすることで凍結保存液中に氷晶を形成させる。この過程で氷晶が形成されていない胚内と凍結保存液との間に浸透圧差が生じ、胚が徐々に脱水される。これによって胚内、および胚周辺の凍結保存液が十分に濃縮され、液体窒素温度(-196℃)まで冷却されても胚内および胚周辺の凍結保存液には氷晶が形成されないガラス化状態となる。このようにしてガラス化された胚を液体窒素中で保存することで、実質的に分子の運動がなくなるため、半永久的に保存可能であると考えられる。
【0004】
緩慢凍結法によって凍結保存された胚を、ダイレクト法によって子宮内に移植する際には、ストロー内で胚を凍結保存する1段階ストロー法が知られている(非特許文献1)。1段階ストロー法による移植の際には、人工授精と同様に、畜産農家の庭先など野外でその保存胚をストロー内で融解し、該ストローを直接移植器に装填して、胚の移植が行われる。この方法は移植現場に特別な施設を必要とせず、人工授精並みの簡便さでの実施を可能とする手法であるため最も広く普及しているが、現在この方法によって保存された胚の生存率は80%~90%であり受胎率に至っては50%に届いていない。そのため、高い生存率および受胎率を実現可能であり、かつ簡便な手法が求められてきた。
【0005】
また胚の凍結保存方法として、ガラス化凍結法も知られている(非特許文献2)。この方法は、高濃度の凍結保護物質(耐凍剤)を含有するガラス化液により、試料細胞内に凍結保護物質を浸透させると共に、細胞内を十分に脱水した後、液体窒素への投入による急速な冷却によって試料細胞内外溶液をガラス化する方法であり、氷晶形成をほとんど生じさせずに凍結する事が可能となる。このためガラス化凍結法を用いて凍結保存された胚は、緩慢凍結法を用いた胚に比べて高い妊娠率と健康な産子が得られることが知られている。
【0006】
一方で、上記したガラス化液が含有する高濃度の耐凍剤は胚に対して毒性が強いことから、凍結された胚はストロー内で融解された後、一度取り出して希釈液に浸漬させる必要がある。このため従来のガラス化凍結法では、希釈液への浸漬によって胚に浸透した耐凍剤を除去した後、再度、胚をストロー内へ戻してから移植器に装填する必要があった。しかしこの操作は顕微鏡下にて行われる操作であり、また衛生的な観点からも、畜産農家における庭先での実施は困難であった。
【0007】
そこで、ガラス化凍結法によって凍結された胚内の耐凍剤をストローの内部で希釈して直接移植する方法の開発が進められてきた。このような方法として、ストロー内にガラス化液と希釈液を、空気層を挟んで配置し、融解時にストローを振ることによって2層を混ぜ合わせ、胚から耐凍剤を希釈する「振とう法」(特許文献1)が挙げられる。しかし、高濃度の耐凍剤を含むガラス化液は粘性が高いため、希釈液との混和が安定しないこと、またストローを用いる方法では凍結や融解に伴う各種障害(氷晶形成障害やフラクチャー障害等)を完全に防ぐことが出来ないといった課題が残され、普及には至っていない。
【0008】
近年、ごく微量のガラス化液と一緒に胚を載せたフィルム(特許文献2~4)や、特殊なループ(特許文献5、胚載置部位)等を直接液体窒素に触れさせて、より急速に胚を凍結する、超急速ガラス化法が開発されている。かかる超急速ガラス化法では、凍結や融解の過程で氷晶が形成されやすい温度域をごく短時間で通過させることが可能で、耐凍剤の濃度を抑えることもでき、氷晶形成障害やフラクチャー障害が発生しないことから、非常に高い生存率が得られている。近年ではヒトの生殖補助医療分野において臨床応用が進んでいるところであり、家畜においても活用が期待されている。
【0009】
しかし、これらの超急速ガラス化法は、ごく微量のガラス化液と胚を取り扱うための特殊な凍結保存用治具を用いることから、胚を移植するためには、凍結した胚をシャーレ等にて融解して耐凍剤を希釈した後に移植用ストローに収納し、移植器に装填する必要があった。またこれらの作業は顕微鏡を用いて、かつ衛生的に行う必要があり、その作業は非常に煩雑であることから、畜産農家における庭先での実施は困難であった。そこで超急速ガラス化法によって凍結保存した胚においてもストローや独自の器具内で融解して耐凍剤を希釈し、そのまま移植器に装填して直接移植するための技術開発が進められてきており、実際に直接移植を可能にする手法および該手法に適した器具が提案されている。以下に3つの例を示し、それぞれについて説明する。
【0010】
前述した特許文献5には、ガラス化した哺乳動物胚を容器内で凍結保存し、加温により融解、希釈して移植するための移植用ストローとその使用方法が示されている。該ストローには、胚載置部を有するガラス化器具が取り付けられ、該胚載置部上の胚を超急速ガラス化法によりガラス化保存することが可能となっている。一方の融解操作は、移植用ストローを湯に浸漬した際の空気層の膨張によって、希釈液層が胚載置部側へ移動することで、凍結された胚が希釈液層に浸漬され、融解がなされるという手法である。しかし該手法においてはストローごと微温湯に投入するという融解方法であるため、直接融解液に浸漬させる方法と比較して融解速度が緩やかになるため、生存率が低くなる恐れがある。
【0011】
特許文献6には、哺乳動物胚保存用器具及び哺乳動物胚移植用ストローとその使用方法が示されている。該保存用器具は胚載置部を有しており、該胚載置部上に微量のガラス化液と共に胚を載置する事によって超急速ガラス化法による凍結保存を可能にしている。融解操作は、該保存器具を取り付けた状態で保存した該ストローを温湯中に浸漬するものであることから、特許文献5で示される手法と同様に生存率の観点から懸念が残るものである。
【0012】
特許文献7には、ガラス化保存された生殖細胞の融解用器具および融解方法が示されている。該融解方法における融解手技においても、細胞を載置した載置器具が挿入された融解用器具を温湯へ投入するという融解操作が示されており、特許文献5および特許文献6で示される手法と同様に成績面に懸念が残るものである。
【0013】
上記した特許文献5~7に記載される凍結胚の融解手法は、ストローを温湯に浸漬することで融解させるという手法であり、十分な融解速度が得られない。またこれら融解手法に用いる凍結保存用治具では、ストロー内の融解液あるいは希釈液に凍結された胚や細胞を浸漬するため、これに合わせた形状を有する凍結保存用器具が必要となり、超急速ガラス化法に好適な凍結保存用治具として一般に市販される凍結保存用治具を用いることができない。ゆえに超急速ガラス化法によって保存された胚の融解移植手法において、高い生存率に加え、優れた操作性を有する融解移植手法およびこれを可能にする融解用器具が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開平10-277067号公報
【特許文献2】特開2002-315573号公報
【特許文献3】特開2006-271395号公報
【特許文献4】国際公開第2015/064380号パンフレット
【特許文献5】特開2019-170962号公報
【特許文献6】特開2014-184056号公報
【特許文献7】特開2018-7662号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】鈴木達行他著 「ウシ凍結受精卵の1段階ストロー法による移植」 家畜繁殖学雑誌 第29巻(1983) 3号 P.162~163 日本繁殖生物学会発行
【非特許文献2】桑山正成著 「家畜,特に牛の卵子および胚の凍結保存」 低温生物工学会誌 第46巻(2000)1号 P.26~29 低温生物工学会発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、ガラス化凍結保存、好適には超急速ガラス化法によって凍結保存された胚を融解するにあたり、優れた生存率と操作性を実現可能な、胚の融解用器具を提供することを課題とする。また本発明は、優れた生存率と操作性を実現可能な、胚の融解移植手法を提供することを課題とする。
【0017】
本発明者は、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、以下の胚の融解用器具および胚の融解移植手法によって、上記課題を解決できることを見出した。
【課題を解決するための手段】
【0018】
(1)凍結保存された胚を融解液にて融解するための融解部、該融解部に胚を挿入するための挿入部、および融解された胚を融解部から排出するための排出部を有し、該融解部の最大内径又は該融解部内面の最大対角線長さは該挿入部の内径よりも大きく、該排出部の内径は該挿入部の内径と同じかそれよりも小さいことを特徴とする、胚の融解用器具。
(2)上記(1)に記載の胚の融解用器具が有する融解部に融解液を充填する充填工程、該融解用器具が有する挿入部より該融解部に凍結保存された胚を挿入する挿入工程、該融解液中で胚を融解する融解工程、および該挿入部から気体又は液体を該融解部内へ送り込み、融解された胚を排出部より排出し、母体内(ヒトを除く)へ移植する移植工程を少なくとも具備する、胚の融解移植手法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、ガラス化凍結保存、好適には超急速ガラス化法によって凍結保存された胚を融解するにあたり、優れた生存率と操作性を実現可能な、胚の融解用器具を提供することができる。また本発明によれば、優れた生存率と操作性を実現可能な、胚の融解移植手法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の融解用器具の一例を示す概略断面図である。
図2】本発明の融解用器具の別の一例を示す概略断面図である。
図3】本発明の融解用器具のまた別の一例を示す概略断面図である。
図4】移植器接続器具の形状例を示す斜視図である。
図5】本発明の融解用器具の排出部の形状例を示す斜視図である。
図6図4に示す移植器接続器具と図5に示す排出部の嵌合時の概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に本発明について、詳細に説明する。
【0022】
本発明の胚の融解用器具(以下、本発明の融解用器具とも記載)、および該融解用器具を用いた胚の融解移植手法(以下、本発明の融解移植手法とも記載)は、ガラス化凍結保存された哺乳動物種の胚の融解移植操作に好適に用いられる。
【0023】
本発明の融解用器具、および本発明の融解移植手法により、融解・移植される胚は、緩慢凍結法、ガラス化凍結法、超急速ガラス化法などの公知の方法によって凍結保存されたものであれば特に制限されないが、胚の生存率および受胎率の観点から、超急速ガラス化法によって凍結保存された胚である事が好ましい。
【0024】
本発明の融解用器具は、凍結保存された胚を融解液にて融解するための融解部、融解部に胚を挿入するための挿入部、融解された胚を該融解部から排出するための排出部を有する。前記した挿入部、および排出部の各部は、作業性の観点から、それぞれ中が空洞になった円筒形であるものが好ましく、各部において該空洞の内径は一定であってもよく、また一定でなくてもよいが、挿入部および排出部の空洞の内径は一定であることが好ましい。融解部が円筒形である場合の断面形状(図1における一点鎖線部の断面形状、詳細には融解液の送液方向(図1におけるx方向)に対して垂直な方向の内部断面形状)は円であり、その他に該断面形状としては四角形や六角形等の多角形が例示できるが、加工性の観点から、好ましい断面形状は円である。
【0025】
上記した挿入部、融解部、および排出部等の各部は、内部に融解液が充填あるいは通過するため、融解液が浸透、漏出せずに保持できる材質であれば特に制限されないが、例えばABS樹脂、アクリル樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリエチレン樹脂などの各種樹脂、鉄、アルミなどの各種金属、さらにガラス、ゴム素材も好適に用いることができる。特に樹脂は、優れた耐衝撃性、耐水性を有することに加えて、自重が小さく、また高い透明性を有するものを選択することで、融解液を充填する際や、凍結した胚を挿入部から融解部に挿入する作業を、良好な視認性にて行うことが可能になり好ましい。本発明の融解用器具が有する各部は、一種類の素材から構成されても良く、複数の素材から構成されても良い。
【0026】
本発明の融解用器具が有する挿入部は、融解液の充填や、胚を凍結保存している凍結保存用治具の挿入および融解を行う際の作業性、また後述する排出用器具を嵌合させるため、適切な内径および長さを設けることで、高い操作性を実現できる。該挿入部の外径は5.0~9.0mmであることが好ましく、内径は3.0~7.0mmであることが好ましい。これにより前述した、ごく微量のガラス化液と一緒に胚を載せたフィルムやループ(該フィルムやループの幅は、胚を載置する際の作業性および胚と共に載置されるガラス化液量を制限する観点から0.5~2.5mmであることが好ましい)を良好な作業性にて融解部に挿入することが出来ると共に、後述する胚を子宮内へ移植する際に利用される送液手段(例えば押し出し用シリンジなど)を良好な作業性にて装着することができる。また該挿入部の長さ(送液方向長さ)は、凍結保存用治具の挿入や送液手段の接続および排出操作を妨げない範囲であれば特に制限は無いが、3.0~7.0mmであることが好ましい。
【0027】
本発明の融解用器具が有する融解部の外径、あるいは融解液の送液方向に対して垂直な方向における融解部外面の最大対角線長さ(以下、融解部外面の最大対角線長さ)は8.0~15.0mmであることが好ましくい。また、融解部の最大内径、あるいは融解液の送液方向に対して垂直な方向における融解部内面の最大対角線長さ(以下、融解部内面の最大対角線長さ)は6.0~9.0mmであることが好ましい。これにより凍結された細胞または組織を、融解部内の融解液中に、良好な作業性にて浸漬することが可能となる。また該融解部の長さ(送液方向の内部長さ)は、15~35mmであることが好ましい。本発明では後述するように、細胞または組織を融解用器具から排出するにあたり、好ましくは0.3~2.0mlの融解液が利用されるが、その際、融解部の最大内径あるいは融解部内面の最大対角線長さが6.0~9.0mmであると、十分な速度によって、細胞または組織を移植器内へ移動させる事ができるため、好ましい。
【0028】
本発明の融解用器具の有する排出部の内径は、挿入部の内径と同じか、それよりも小さければ特に制限されないが、0.25~3mmであることが好ましい。そして本発明の融解用器具では融解部の最大内径又は融解部内面の最大対角線長さは該挿入部の内径よりも大きく、該排出部の内径は該挿入部の内径と同じかそれよりも小さくする。これにより、凍結された胚を融解部へ挿入し、融解部に充填された融解液に浸漬させる際の操作性と、融解した胚を、排出部に接続される移植器内へ押し出す際の確実性が良好となる事から、とりわけ優れた生存率と操作性を実現する事が可能となる。
【0029】
本発明の融解用器具は、該融解用器具が有する排出部の内径が挿入部の内径と同じか、それよりも小さいことを特徴とするが、同時に下記の式(1)を満たすことが好ましい。これにより、前記した操作性と確実性にとりわけ優れた融解用器具を得ることができる。式(1)においてD1は挿入部の内径を表し、D2は排出部の内径を表す。
1.0mm<(D1-D2)≦3.0mm (1)
【0030】
本発明の融解用器具が有する挿入部と融解部、および後述する排出部を合わせた該融解用器具全体の長さ(送液方向の長さ)は、30~60mmであることが操作性の観点から好ましい。
【0031】
本発明の融解用器具が有する排出部の外径は、移植器との接続が可能であれば特に制限されないが、1~5mmであることが好ましい。また該排出部の長さ(送液方向長さ)は3~20mmであることが好ましい。該排出部は胚の排出に用いられるため、その外径、内径、および長さ等を適宜調整することで、移植器との接続、あるいは後述する移植器接続器具との接続を確実なものとし、これにより操作性や安定性の向上や、胚の排出率向上が見込まれる。
【0032】
本発明の融解用器具が有する挿入部の入口および排出部の出口には、その形状に合うフタまたはキャップを設けることができる。
【0033】
以下に、本発明の胚の融解用器具について、図面を用いて詳細に説明する。図1は本発明の融解用器具の一例を示す概略断面図である。
図1に示す融解用器具1は、挿入部2、融解部3及び排出部4を備える。本発明の融解用器具の有する融解部の形状は、図1に示される融解用器具1のように挿入部2の内径D1が排出部4の内径D2より大きい形状が操作性の観点で好ましいが、図2に示される融解用器具1のように挿入部2の内径D1と排出部4の内径D2が等しい形状であってもよい。
【0034】
本発明の融解用器具が有する融解部の形状は、その最大内径あるいは融解部内面の最大対角線長さが挿入部の内径よりも大きければ特に制限されず、図1に示される融解用器具1のような円筒形(融解部全体で内径が不変)であっても良く、その他の図3に示される融解用器具1のような筒様形状(融解部全体で内径が変化する)であっても良い。
【0035】
図3は本発明の融解用器具のまた別の一例を示す断面図である。図3における融解部の筒様形状は、挿入部側では、挿入部2の出口から排出部に向かって融解部3の内径が連続的に広がった形状を有し、排出部側では、排出部4に向かって融解部3の内径が連続的に縮小した形状を有する。図3に示したような筒様形状を有することは、融解した胚の排出に優れた融解用器具が得られるため好ましい。
【0036】
図3の融解用器具1における角度α(挿入部側における融解部の広がり角度)および角度β(排出部側における融解部の挟まり角度)は、その値が小さくなるほど各部(角度αは挿入部2と融解部3、角度βは融解部3と排出部4)を滑らかに接続する。例えば、角度αおよびβがそれぞれ90°である場合が、図1および図2に示す本発明の融解用器具となる。本発明の融解用器具を用いた移植操作においては、融解された胚が滞りなく排出部から排出されることが最も重要であるため、角度βは比較的小さいことが好ましい。具体的には、下記の式(2)を満たす角度であることが、融解された胚の排出における確実性の観点から好ましい。また角度αは、下記の式(3)を満たす角度であることが好ましい。
5°≦β≦10° (2)
30°≦α≦90° (3)
【0037】
本発明の融解用器具の有する排出部は、使用する移植器との接続をより強固なものとし、より確実な胚の移植を確実にするため、形状を円筒形から変化させても良い。例えば、ミサワ医科工業株式会社の移植器である動物用受精卵移植用カテーテル モ4号(以下、モ4号)は、融解用器具を接続する移植器接続部5が図4に示すような、径の異なる2種の円柱でくりぬいたような内部形状になっている。このような形状の移植用カテーテルに本発明の融解用器具を接続する場合、排出部の形状を図5に示す形状(具体的には、内径が等しく、外径が異なる2つの円筒が、内空を連続させるように接続された形状)にすることで、図6に示すように、該モ4号接続部5と該融解用器具の変形した排出部6が、隙間無く嵌合するため、接続の安定性と移植の確実性の向上が見込まれる。
【0038】
本発明の融解用器具が有する融解部の内容積は、凍結保存された胚の融解速度および胚と共に動物の体内へ送液される融解液量を過剰としない観点から、0.3~2.0mlであることが好ましく、0.35~1.5mlであることがより好ましい。融解部の内容積が少なすぎる場合、凍結保存された胚の融解速度が遅くなり、胚にダメージを与えてしまう原因になる可能性がある。また融解部の内容積が多い場合は、胚を動物の体内へ移動させる際により多くの融解液が必要になる事から、移植対象となる動物の子宮内環境に影響を与える可能性がある。
【0039】
本発明の融解用器具は、凍結保存された胚の融解用器具、凍結保存された胚の融解器具、凍結保存された胚の融解用具、凍結保存された胚の融解用治具、凍結保存された胚の融解治具、凍結保存された胚の融解具等と言い換えることができる。
【0040】
本発明の融解用器具を用いて胚を融解する融解液については、通常胚、卵子等の細胞の融解のために使用されるものを使用できる。例えば、リン酸緩衝生理食塩水等の生理的溶液に、浸透圧調整のために1Mのスクロースを含有する融解液を例示することができる。
【0041】
胚と共に融解液を充填した融解用器具は39±2℃になるように操作されることが好ましいが、より好ましい温度範囲は39±1℃である。
【0042】
融解した胚を排出するために用いられる排出用器具(挿入部2に接続される排出用器具)は、胚の移植器に接続可能な排出用器具であることが、移植の際に複数の排出用器具を準備する必要が無く簡便であり、融解用器具および移植器内の胚を押し出し、移植器先端から排出することが可能であれば特に限定されないが、融解用器具および移植器内に胚を残さず排出するため、内容量が1.0~2.0ml程度のシリンジであることが好ましい。
【0043】
排出用器具として用いられるシリンジ内には、0.3~1.0mlの融解液を充填しておくことが好ましい。これにより移植操作の際にシリンジ内の融解液を送り込むことで、融解用器具および移植器内の胚を排出し、滞りなく移植を実施することができる。
【0044】
また、本発明の融解用器具を用いた移植手法においては、次に例示する操作を実施することもできる。排出部出口をフタまたはキャップで封止し、融解部に融解液が充填された該融解器具を用いて、凍結された胚を融解し、挿入部入口をフタまたはキャップで封止した後、排出部出口の封止を解き、移植器(例えば融解用器具を接続する接続部と、移植対象動物の膣から子宮まで届く管を具備したもの)の接続部に該融解用器具の排出部を接続する。移植器に接続した該融解用器具の挿入部入口の封止を解き、該融解用器具内の胚を含む融解液を排出可能な量の、気体または液体を充填した排出用器具を、該融解用器具の挿入部入口に装着し、該排出用器具を用いることで、該融解用器具内の胚を含む融解液を、移植器に移送する。前記の融解液移送が完了した後、該移植器から該融解用器具を外し、該移植器内の胚を含む融解液を移植器外へ排出可能な量の、気体または液体を充填した排出用器具を、該移植器の接続部へ装着、該移植器を母体にセットした後、該排出用器具を用いて、胚を含む融解液を該移植器外へ排出する。この手法は、移植器を母体にセットする前に胚を移植器内に移送するため、操作性に優れる点、母体に大きなストレスを与えずに実施可能である点から好ましい。
【0045】
本発明の胚の融解移植手法は、ガラス化凍結保存された胚の融解移植手法、ガラス化凍結保存された胚の融解移植方法、ガラス化凍結保存された胚の融解移植プロトコル、ガラス化凍結保存された胚の融解移植プロトコール、ガラス化凍結保存された胚の融解移植術、ガラス化凍結保存された胚の融解移植法と言い換えることができる。
【実施例0046】
以下に本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0047】
(実施例)
ポリカーボネートを用いた樹脂切削加工により、図3に示す、筒様形状の融解部を有する実施例の融解用器具を作製した。係る融解用器具の内空構造について、挿入部2および排出部4の内径は一定であり、融解部3においては角度αが34°であり、該挿入部との境界から緩やかに内径が大きくなる構造をとっている。該融解部3の内径が最大内径に達すると、内径は該排出部4へ向けて緩やかに小さくなり(角度βは8°である)、該排出部4に滑らかに接続される。該融解用器具1の大きさは最大外径(融解部3の外径)10mm、長さ52mmである。該挿入部2の長さは5mm、外径は6mm、内径(D1)は4mmである。該融解部3の長さは32mm、内径は8mmであり、該排出部4の長さは15mm、外径は4mm、内径(D2)は2mmである。またD1-D2は2mmである。
【0048】
(実験条件)
1.使用培地および組成
1)基本液:20mM HEPES緩衝修正TCM199+20%牛胎子血清
2)平衡液:基本液+0.25Mスクロース+7.5%エチレングリコール+7.5%DMSO
3)ガラス化液:基本液+0.5Mスクロース+15%エチレングリコール+15%DMSO
4)融解液:基本液+0.3Mスクロース
5)融解胚培養液:25mM HEPES緩衝TCM199+5%牛胎子血清
2.平衡処理およびガラス化処理時の温度:室温(20~25℃)
3.融解および耐凍剤希釈処理時の温度:39℃
4.融解胚培養における温度および気相:39℃および5%CO, 5%O, 90%N
5.使用したガラス化保存デバイス:Diamour-op(三菱製紙株式会社製)
【0049】
(実験方法)
1.胚のガラス化凍結保存
1)牛胚(発育ステージ:胚盤胞期)1個または2個を平衡液に浸漬し10分間保持した。
2)次いで、牛胚をガラス化液中に移し替えてピペッティング操作を繰り返しながら30秒間保持した。
3)その後、直ちに牛胚をガラス化保存デバイスDiamour-op(以下、デバイスと記載)の吸収体上に載置し、胚周囲の余分なガラス化液が吸収されたことを確認し、デバイスを液体窒素に投入してガラス化した。
4)デバイス本体を外筒に収め、液体窒素内で約1か月保存した。
2.ガラス化胚融解のための融解用器具の事前準備
1)予め、前記のようにして得た融解用器具内部に融解液0.35mlを充填した。
2)融解液を充填した融解用器具(挿入部入口と排出部出口はキャップで封止)を支持台(試験管立て)に縦方向(挿入部が上方)に立てたまま39℃下で数10分間保持した。
3.ガラス化胚の融解
1)液体窒素内でデバイスの本体と外筒を分離し、融解操作に備えた。
2)前記した融解用器具の挿入部のキャップを外した後、液体窒素からすばやく取り出したデバイス先端部分を融解用器具の挿入部より差し込み、牛胚を融解液に浸漬した。約10秒間そのまま保持し、次いで、約5秒間デバイスを上下に穏やかに動かした後にデバイスを融解用器具から外した。
3)次いで、予め約0.4ml(融解用器具内の牛胚を含む0.35mlの融解液を確実に融解用器具外へ排出するため)の空気層を作成した1ml容量シリンジを挿入部に装着し、融解用器具を支持台に立てたまま10分間(デバイス先端を融解液に浸漬した時間を0分として)保持して、ガラス化胚の融解および該融解液による耐凍剤希釈処理を行った。
4)耐凍剤希釈処理終了後、融解用器具下部の排出口のキャップを開け、シリンジ内筒を押し出し、空気圧をかけて胚を融解液とともにディッシュ内に排出し、胚を回収した。
5)回収した胚を、融解胚培養液で数回洗浄した後に同培養液0.030ml微小滴に移し替えて72時間培養した。
【0050】
(実験結果)
4個の本発明の融解用器具を用いて、上記した胚のガラス化凍結保存~ガラス化胚融解実験を4回繰り返した。ガラス化胚融解実験に供試したデバイス本数は4本、供試したガラス化胚数は6個である。すなわち、デバイス1本に載せた胚数は1個が2本、2個が2本の合計6個である。融解後の胚回収成績および融解胚の培養成績については次のとおりとなった。
(1)胚回収成績
融解後に供試胚6個すべてが回収され、回収率は100%であった。
(2)融解胚培養成績
培養24時間後の生存(胞胚腔の拡張)率は100%(6/6)、培養72時間後の孵化途上率は83.3%(5/6)であった。この成績は後述する比較例成績の生存率100%(51/51)、孵化途上率82.2%(42/51)と同等の成績であった。
【0051】
(比較例)
実験条件および実験方法の「1.胚のガラス化凍結保存」までは全く同様に実施しているが、ガラス化胚の融解についてのみ異なり、比較例における融解操作は次の通りである。
1)液体窒素内でデバイスの本体と外筒を分離、顕微鏡下に1.0mlの融解液を満たしたディッシュをセットし、融解操作に備えた。
2)液体窒素からすばやく取り出したデバイス先端部分を、融解液へ浸漬することで牛胚を融解し、顕微鏡によってデバイスから牛胚の剥離を確認すると同時に、耐凍剤希釈処理を実施した。
3)耐凍剤希釈処理終了後、胚を回収した。回収した胚を、融解胚培養液で数回洗浄した後に同培養液0.030ml微小滴に移し替えて72時間培養した。
【0052】
本比較例は、超急速ガラス化法を用いた牛胚のガラス化凍結胚の融解移植手法として一般に行われている手法を模したものである。該比較例の手法では、融解操作に顕微鏡を用いた操作が必要になり、畜産農家の庭先で実施することは困難であるが、凍結手法として超急速ガラス化法を用いているため、成績は良好である。本発明の融解用器具および融解移植手法を用いた実施例の実験において、該比較例と同等の成績であることが示されたため、本発明の融解用器具および融解移植手法は、畜産農家における庭先での凍結胚の融解移植実施と、良好な成績の両立を実現するものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、主に庭先における、超急速ガラス化法を用いたウシ等の家畜や動物の胚移植や人工授精の融解移植操作に用いることができる。
【符号の説明】
【0054】
1 融解用器具
2 挿入部
3 融解部
4 排出部
5 移植器接続部
6 変形した排出部
図1
図2
図3
図4
図5
図6