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特開2023-141114ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023141114
(43)【公開日】2023-10-05
(54)【発明の名称】ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20230928BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20230928BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20230928BHJP
【FI】
B23K35/30 320A
C22C38/00 301T
C22C38/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022047255
(22)【出願日】2022-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 康信
(72)【発明者】
【氏名】松葉 正寛
(72)【発明者】
【氏名】岩上 友勝
(72)【発明者】
【氏名】浅野 宏弥
(57)【要約】
【課題】亜鉛系めっきを施された鋼材をガスシールドアーク溶接しても気孔を抑制し、かつ高強度鋼材の溶接金属としての機械的特性を確保し、さらに溶接ビードの電着塗装性に優れたガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ、及びそれを用いた溶接継手の製造方法を提供すること。
【解決手段】C:0.15~0.25%、Si:0.30~1.50%、Mn:0.50~2.50%、P:0.015%以下、S: 0.0060%以下、Ti:0.120~0.300%、及び必要に応じてその他任意元素を含有し、残部がFe及び不純物からなり、下記式(1)及び下記式(2)を満たすガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。
式(1) 0.27≦C+Mn/10.1≦0.43
式(2) 0.05≦Si/Mn≦1.20
式(1)及び式(2)中、元素記号は、該当する元素の含有量(質量%)を示す。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.15~0.25%、
Si:0.30~1.20%、
Mn:0.50~2.50%、
P :0.010%以下、
S :0.0060%以下、
Ti:0.120~0.300%、
V :0~0.100%、
Al:0~0.010%、
Cu:0~0.50%、
Se:0~0.004%、
Bi:0~0.004%、
O :0~0.010%、
N :0~0.0030%、
Ni:0~0.010%、
Cr:0~0.010%、
Mo:0~0.010%、
Nb:0~0.010%、
B :0~0.0060%、並びに、
残部:Fe及び不純物からなり、
下記式(1)及び下記式(2)を満たす化学組成を有するガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。
式(1) 0.27≦C+Mn/10.1≦0.45
式(2) 0.10≦Si/Mn≦1.20
式(1)及び式(2)中、元素記号は、該当する元素の含有量(質量%)を示す。
【請求項2】
質量%で、
V :0.001~0.070%
Al:0.001~0.005%、
Cu:0.01~0.50%、及び
の1種又は2種以上を含む請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【請求項3】
前記Cの含有量が、0.16~0.20%である請求項1又は請求項2に記載のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【請求項4】
前記Siの含有量が、0.50~0.70%である請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【請求項5】
前記Mnの含有量が、1.50~2.20%である請求項1~請求項4のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【請求項6】
前記Sの含有量が、0.0040%以下である請求項1~請求項5のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤに関する。
【0002】
ガスシールドアーク溶接は、様々な分野で広く用いられており、例えば、自動車分野では自動車車体、自動車部品(例えば足廻り部材)などの溶接に用いられている。そして、自動車分野でのガスシールドアーク溶接には、ソリッドワイヤが用いられている。
【0003】
例えば、特許文献1には、「シールドガスを用いるガスシールドアーク溶接用であるとともに、亜鉛めっき鋼板溶接用のソリッドワイヤであって、当該ソリッドワイヤ全質量に対し、C、Si、Mn、P、S、O、Cr、を所定量含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、1.0≦(Si質量%+Mn質量%)/{100(S質量%+O質量%)}≦4.0、0.50≦Mn質量%/Si質量%≦2.00を満足し、前記シールドガスは、25~40%のCOガスを含むArガスであるソリッドワイヤ」が開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、「亜鉛めっき鋼板のガスシールドアーク溶接で用いられる溶接ワイヤであって、C:0.02~0.05質量%,Si:0.20~0.70質量%,Mn:1.0~2.0質量%,Cr:0.10~0.60質量%,P:0.008~0.020 質量%,S:0.008質量%以下,K:0.0001~0.0030質量%,Ca:0.0010質量%以下を含有するとともに、Si含有量,Mn含有量,Cr含有量が1.5≦[Si]+[Mn]≦2.5,0.6≦[Si]+3[Cr]≦2.0および2.0≦[Mn]/[Si]を満足する溶接ワイヤ」が開示されている。
【0005】
また、特許文献3には、「亜鉛めっき鋼板をパルスマグアーク溶接するに際し、C:0.02~0.10重量%、Si:0.3~0.7重量%及びMn:1.5~3.0重量%を基本合金成分として含有する亜鉛めっき鋼板溶接用ソリッドワイヤ」が開示されている。
【0006】
また、特許文献4には、「化学成分が、質量%で、C:0.03~0.15%、Si:0%超0.29%以下、Mn:0.5~2.8%、Ti:0.10~0.30%、Al:0.003~0.30%、Sn:0.02~0.40%、P:0%超0.015%以下、S:0%超0.030%以下、B:0~0.0100%、Cr:0~1.5%、Ni:0~3.0%、Mo:0~1.0%、Nb:0~0.3%、V:0~0.3%、Cu:0~0.50%、であり、残部が鉄および不純物からなり、Si、Mn、Ti、及びAlの含有量がSi×Mn≦0.30及び(Si+Mn/5)/(Ti+Al)≦3.0を満たすソリッドワイヤ」が開示されている。
【0007】
また、特許文献5には、「複数枚の薄鋼板をガスシールドアーク溶接により接合するためのガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤであって、ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.05~0.20%、Si:0.01~0.18%、Mn:1.0~3.0%、Ti:0.06~0.25%、Al:0.003~0.10%、B:0~0.0100%、P:0超~0.015%、S:0超~0.015%、及び任意元素を含み、残部が鉄および不純物からなり、Si×Mn≦0.30及び(Si+Mn/5)/(Ti+Al)≦3.0を満たし、さらにCeqが0.40~0.90%であるガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ」が開示されている。
【0008】
また、特許文献6には、「めっきを含めたワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.03~0.15%、Si:0.2~0.5%、Mn:0.3~0.8%、P:0.02%以下、S:0.02%以下、Al:0.1~0.3%、Ti:0.001~0.2%、Cu:0~0.5%、Cr:0~2.5%、Nb:0~1.0%、V:0~1.0%を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、下記Xの値が、質量%で1.5~3.5%の範囲内にあるガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤである。また溶接金属として、下記式のXの値が、1.0~4.0%の範囲内にある溶接金属である。また、これらソリッドワイヤ又は溶接金属を利用した溶接継手、溶接部材、溶接方法、溶接継手の製造方法である。X=2×〔Si〕+〔Mn〕+3×〔Ti〕+5×〔Al〕」が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2013-184216号公報
【特許文献2】特開2004-136342号公報
【特許文献3】特開平8-309533号公報
【特許文献4】特開2021-3717号公報
【特許文献5】特開2021-3732号公報
【特許文献6】国際公開2020/196869号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
自動車車体用の鋼板として、590MPa級、780MPa級の高強度鋼板に加え、980MPa級、1180MPa級、1470MPa級、又はこれらを超える強度の超高強度鋼板までも実用化されてきている。また耐食性を確保するために、自動車車体用の鋼板は亜鉛系のめっきが施される。さらに自動車車体には、電着塗装を施される。
【0011】
既存のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ(以下、「ソリッドワイヤ」とも称する)には、980MPa級の高強度鋼板を溶接の対象とした製品がある。こうしたソリッドワイヤは、多層溶接を前提として設計されたものであり、Mo、Niなどの合金元素が多量に含まれることが多い。
【0012】
こうした高強度鋼板用のソリッドワイヤを自動車用の高強度鋼板の溶接に用いると溶接金属が過度に硬化し、遅れ破壊を引き起こすことがある。またMo、Niなどの合金元素を含有しているとソリッドワイヤの原線コストが上がる。さらに原線からソリッドワイヤまで線引きしていく工程において、熱処理回数が増加し、製造性が劣化してしまう。
【0013】
一方、自動車車体のガスシールドアーク溶接では、多くの場合重ね隅肉溶接が採用される。合金化溶融亜鉛めっきに代表される亜鉛系めっき鋼板を重ね隅肉アーク溶接すると、気孔が発生する。溶接ビードのルート部に隣接した表面にある亜鉛は、溶接中に鋼の融点近くまで加熱される。亜鉛の沸点は鋼の融点より低いことから、溶接のルート部に隣接した亜鉛など低沸点のめっき成分は瞬時に蒸発する。このとき2枚の鋼板が密着して重ねられていると、蒸発した亜鉛など金属蒸気は鋼板間を溶融池から遠ざかる方向に逃げることができず、溶融池内に気泡として入り込む。そして、その後も亜鉛などの蒸気の供給が続くことから溶融池内で気泡が成長し、凝固完了後に粗大な気孔を残すことになる。高強度鋼板の溶接継手では、軟鋼板の溶接継手に比べ、こうした気孔が溶接継手の機械的特性を著しく低下させてしまう。
【0014】
さらに、鋼板間に隙間がある場合においても、鋼板間に流れ込んだ溶鋼がめっき表面に覆いかぶさると、溶鋼と鋼板に挟まれた低沸点のめっき成分は瞬時に蒸発し、溶融池内に気泡を形成する。したがって、鋼板間に隙間を設けるという手法も、その効果が十分ではない。高強度鋼板の溶接継手で十分な機械的特性を得るためには、こうした金属蒸気による気孔を抑制することが必要である。
【0015】
こうした亜鉛めっきで生じる気孔を抑制できるソリッドワイヤが、特許文献1~3に開示されている。しかしながらこれらソリッドワイヤは、軟鋼板を溶接対象として設計されており、高強度鋼板の溶接に用いると、溶接金属が母材より軟質となってしまい、高強度鋼板の継手として、十分な強度を発揮することができない。すなわちアンダーマッチ継手となり、引張試験において溶接ビードで破断してしまう。
【0016】
ところで、ガスシールドアーク溶接では、溶接ビードの表面上及び止端部にスラグが生成する。スラグは、Si、Mn等の、ソリッドワイヤ又は溶融池に含まれる脱酸成分が、シールドガス中の酸素分(CO、Oなどの酸素分)と反応して生成した酸化物である。
スラグのうち、Si-Mn系酸化物のスラグは、導電性に劣り、電着塗装され難くい。このため、溶接金属において、Si-Mn系酸化物のスラグが生成された部分は、発錆の起点となり、耐食性を低下させてしまう。
【0017】
この課題に対応するために、特許文献4及び5にソリッドワイヤが開示されている。
しかしながら、特許文献4に開示されたソリッドワイヤは、比較的低強度の鋼板を対象としており、高強度鋼板に用いると強いアンダーマッチ継手となってしまう。
特許文献5は、Si量を抑えたシャーシ用の熱延鋼板を主な対象として、Si量が少なく、Tiを含有するソリッドワイヤを開示しており、導電性の劣るSi-Mn系酸化物のスラグの生成を抑制し、電着塗装を可能にするソリッドワイヤである。
また、特許文献5に開示されたソリッドワイヤは、高強度鋼板にも対応できるように設計されてはいるが、亜鉛めっき鋼板への適用性が、特許文献4に開示されたソリッドワイヤとともに不十分である。
【0018】
さらに特許文献6には自動車部品として有すべき溶接金属の組成を開示しているものの、亜鉛めっき鋼板への適用性が不十分であり、またその溶接金属を実現できるソリッドワイヤについては何ら明らかにされていない。
【0019】
そこで、本開示の課題は、亜鉛系めっきを施された鋼材をガスシールドアーク溶接しても気孔を抑制し、かつ高強度鋼材の溶接金属としての機械的特性を確保し、さらに溶接ビードの電着塗装性に優れたガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
課題を解決するための手段は、次の態様を含む。
<1>
質量%で、
C :0.15~0.25%、
Si:0.30~1.20%、
Mn:0.50~2.50%、
P :0.010%以下、
S :0.0060%以下、
Ti:0.120~0.300%、
V :0~0.100%、
Al:0~0.010%、
Cu:0~0.50%、
Se:0~0.004%、
Bi:0~0.004%、
O :0~0.010%、
N :0~0.0030%、
Ni:0~0.010%、
Cr:0~0.010%、
Mo:0~0.010%、
Nb:0~0.010%、
B :0~0.0060%、並びに、
残部:Fe及び不純物からなり、
下記式(1)及び下記式(2)を満たす化学組成を有するガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。
式(1) 0.27≦C+Mn/10.1≦0.45
式(2) 0.10≦Si/Mn≦1.20
式(1)及び式(2)中、元素記号は、該当する元素の含有量(質量%)を示す。
<2>
質量%で、
V :0.001~0.070%
Al:0.001~0.005%、
Cu:0.01~0.50%、及び
の1種又は2種以上を含む<1>に記載のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。
<3>
前記Cの含有量が、0.16~0.20%である<1>又は<2>に記載のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。
<4>
前記Siの含有量が、0.50~0.70%である<1>~<3>のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。
<5>
前記Mnの含有量が、1.50~2.20%である<1>~<4>のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。
<6>
前記Sの含有量が、0.0040%以下である<1>~<5>のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【発明の効果】
【0021】
本開示によれば、亜鉛系めっきを施された鋼材をガスシールドアーク溶接しても気孔を抑制し、かつ高強度鋼材の溶接金属としての機械的特性を確保し、さらに溶接ビードの電着塗装性に優れたガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤを提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本開示の一例である実施形態について説明する。
なお、本明細書中において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値に「超」及び「未満」が付されていない場合は、これらの数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。また、「~」の前後に記載される数値に「超」又は「未満」が付されている場合の数値範囲は、これらの数値を下限値又は上限値として含まない範囲を意味する。
本明細書中に段階的に記載されている数値範囲において、ある段階的な数値範囲の上限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値に置き換えてもよく、また、実施例に示されている値に置き換えてもよい。また、ある段階的な数値範囲の下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の下限値に置き換えてもよく、また、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
また、含有量について、「%」は「質量%」を意味する。
含有量(%)として「0~」は、その成分は任意成分であり、含有しなくてもよいことを意味する。
【0023】
<ソリッドワイヤ>
本開示に係るガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ(以下、単に「ソリッドワイヤ」とも称する)は、後述する所定の化学組成を有する。
本開示に係るソリッドワイヤは、亜鉛系めっきを施された鋼材をガスシールドアーク溶接しても気孔を抑制し、かつ高強度鋼材の溶接金属としての機械的特性を確保し、さらに溶接ビードの電着塗装性に優れる。本開示に係るソリッドワイヤは、次の知見により見出された。
【0024】
本発明者らは、種々の市販および試作のソリッドワイヤを用いて溶接試験を行い、鋭意検討を行った。
【0025】
具体的には、まず、本発明者らは、溶接により形成される溶接金属の機械的強度について検討した。その結果、次の知見を得た。
例えば、自動車車体に使われる高強度鋼板では、C、Mnなど焼き入れ性を高くする元素が多く使われている。このため、軟鋼用のソリッドワイヤを高強度鋼板の溶接に用いると、溶接金属のマルテンサイト比率が低くなり、溶接金属の機械的強度を確保できない。
そこで、発明者らは、従来、実用化例の少ないC及びMnの含有量を高めたソリッドワイヤを用いることによって溶接金属のマルテンサイト比率を適正化し、溶接継手を構成する溶接金属の機械的強度を確保することを考えた。
【0026】
C、Mnなどの強化元素は、溶接金属の組織強化にとって有効であるが、再加熱されると焼き戻されて強度を失う。しかし、例えば、1パス溶接を前提とする薄鋼板の重ね隅肉溶接では、溶接金属の冷却速度が速く十分に焼き入れられる。また、多層溶接で発生する後続パスによる再加熱がないため焼き戻されない。
そのため、C量及びMn量と共に、炭素当量(「C+Mn/10.1」値)を適切な範囲とすることで、Mo、Ni、Cr、B等といった合金元素を含有させなくても、また含有させても少量で、十分な焼入れ性を確保し、溶接金属のマルテンサイト比率の適正化が図られる。それにより、ベイナイト混じりのマルテンサイト主体の組織の溶接金属が形成でき、溶接金属の機械的特性を確保できる。
【0027】
次に、発明者らは、溶接金属の電着塗装性の劣化の原因となる、導電性に劣るスラグの生成について検討した。その結果、従来知見と合わせ、次の知見を得た。
溶接に適したSi及びMnの含有量は、導電性に劣るスラグとして生成するFe-Si-Mn系酸化物が、液相で凝集しながら溶融池から浮上し、溶鋼を十分に脱酸することができる成分範囲である。
この範囲をSi/Mnの値で示すとSi/Mn<0.40であり、Mnが1.00以上では、0.05<Si/Mnである。
市販されている多くのソリッドワイヤの成分範囲(概ねSi:0.40~1.00%、Mn:1.20~1.80である)において、「Si/Mn」値は概ね0.14≦Si/Mn≦0.60であり、Si-Mn系酸化物を主体とする凝集性に劣るスラグが凝集しやすい成分範囲で作られている。
また、Mnは、協調脱酸剤としてSiの酸化反応を助け、「Si/Mn」値が小さいほど、導電性に劣るSi-Mn系酸化物のスラグが凝集しやすく、溶接ビード表面に大きなスラグとして付着し、電着塗装の不良を招く。一方、「Si/Mn」値が適正範囲を超えて大きくなると、導電性に劣るスラグとして固相のSi主体の酸化物が生成し、溶接ビード表面に導電性の低い小さなスラグが形成され、電着塗装の不良を招く。また、溶鋼にSi酸化物が取り残されやすくなり、溶接金属の機械的特性に好ましくないとされる。
【0028】
ところで、自動車車体用の高強度鋼板では、「Si/Mn」値を指標として示すと、0.01≦Si/Mn≦0.30の範囲に入るものが多い。溶接金属の化学成分は、脱酸消耗分はあるが、自動車の製造において多用される1パスの溶接では、ソリッドワイヤの化学成分と鋼板成分の平均値に近いものになる。従来のソリッドワイヤを用いると、「Si/Mn」値は、スラグが凝集浮上しやすい範囲にとどまる。ところで、自動車車体用の高強度鋼板の溶接は、電流が比較的低い1パスの溶接であり、溶融池が浅い。このため、「Si/Mn」が多少0.6を上回っても、Si酸化物が溶接金属に多量に含まれ難い。それよりも、大きく凝集した導電性が劣位なスラグを形成しない方が好ましい。そこで、従来のソリッドワイヤに比べ、「Si/Mn」値が大きくなりすぎない範囲で、Siを含有させることを許容し、導電性が劣位なスラグが凝集しすぎないようにする。
また、Si及びMnの成分範囲を制限すると共に、ソリッドワイヤへTiを含有させて、導電性の良好なスラグの生成を促進し、導電性の劣位なスラグの生成を抑える。
それにより、導電性が劣位なスラグの生成抑制と共に、導電性が高いスラグを生成し、溶接金属の電着塗装性を良化できる。
【0029】
次に、本発明者らは、亜鉛系めっき鋼材をガスシールドアーク溶接したときの気孔の発生機構について検討した。その結果、次の知見を得た。
亜鉛の沸点は鉄の融点より低い。このため亜鉛蒸気は溶鋼の中で気泡として存在し、重力に逆らって鉛直上方に浮上しようとする。この時、気泡の寸法は主に亜鉛蒸気による内圧と溶鋼の表面張力が釣り合って決まる。溶鋼の表面張力はその温度が低いほど高く、凝固直前で最大となる。ところがSが溶鋼に溶けると、その表面張力は低下し、気泡を押しつぶす圧力が低下する結果、亜鉛蒸気の気泡が大きく成長することになる。逆に言えば溶鋼のSを下げれば、気泡は成長しにくくなる。
【0030】
溶鋼の表面張力の制御による気孔抑制には2つの考え方がある。一つは表面張力をできるだけ下げて気泡を成長させ、溶融池から離脱しやすくするという考え方と、他の一つは表面張力をできるだけ上げて溶融池内での気泡の発生と成長を抑え、気孔を抑制するというものである。
溶鋼の表面張力を高く保つためには、溶鋼中のO及びSなどの表面活性元素の量を下げればよい。溶鋼中に溶け込んだO量を下げるには、十分な脱酸元素があればよい。これはSiやMn、Tiといった脱酸元素が不足しなければ十分達成される。一方、S量低減による亜鉛蒸気起因の気孔抑制については、実際に自動車車体用の鋼板に適用しても限定した効果しか得られなかった。それは、低強度の鋼板では、S量が多く、ソリッドワイヤのS量のみを低くしても、溶接金属のS量が有意に低下することはなく、重ね隅肉溶接における気孔の抑制効果も限定的となるためである。
【0031】
しかし、自動車車体軽量化の要請により、自動車車体用の鋼板として、590MPa級、780MPa級の高強度鋼板に加え、980MPa級、1180MPa級、1470MPa級、又はこれらを超える強度の超高強度鋼板までも実用化されてきている。こうした高強度鋼板では、高強度になるほどS量は低減される。
そのため、引張強さが980MPa級を超え、延性に優れた超高強度鋼板では、ソリッドワイヤのS量を低減すれば、溶接金属のS量も気孔の抑制が可能な程度に十分下がり、溶鋼の表面張力が高く保たれ、気泡が発生し難くかつ成長し難くできることを知見した。
【0032】
以上の知見により、本開示に係るソリッドワイヤは、亜鉛系めっきを施された鋼材をガスシールドアーク溶接しても気孔を抑制し、かつ高強度鋼材の溶接金属としての機械的特性を確保し、さらに溶接ビードの電着塗装性に優れるソリッドワイヤとなることが見出された。
【0033】
(ソリッドワイヤの化学成分)
以下、ソリッドワイヤの化学成分について詳細に説明する。
なお、ソリッドワイヤの化学成分において、「%」は、特に説明がない限り、「ソリッドワイヤの化学成分の全質量に対する質量%」を意味する。
【0034】
(C :0.15~0.25%)
Cは、焼き入れ性を高め、かつ溶接金属に強度を付与する強化元素である。
C量が少なすぎると、十分な焼き入れ性が得られず、また溶接金属の機械的特性が得られない。C量が多すぎると、溶接金属がフルマルテンサイト組織となるとともに過度に硬化する。さらにマルテンサイト変態温度(Ms点)が低下してオートテンパーが進まなくなり、靭性の低い溶接金属となる。
よって、C量は、0.15~0.25とする。
C量の下限は、0.16%以上が好ましい。
C量の上限は、0.22%以下、又は0.20%以下が好ましい。
【0035】
(Si:0.30~1.20%)
Siは、脱酸元素であり、電着塗装不良部となるSi酸化物(つまり導電性が劣位なスラグ)を生成する元素である。ただし、Si量を低減しても、Mnなど他の脱酸元素が含まれているため単純には電着塗装不良部は低減しない。溶接ビードの表面に形成される導電性が劣位なスラグは、Si量が増えると凝集しにくくなることから減少する傾向を示し、溶接ビード止端部に形成される導電性が劣位なスラグは、Si量が増えると逆に増加する傾向を示す。つまり、Si量が少な過ぎると、溶接ビード表面に導電性が劣位なスラグが増加し、Si量が多過ぎると、溶接ビード止端部に導電性が劣位なスラグが増加する。
加えて、Siは、ソリッドワイヤ先端に形成される溶滴中でのCO反応を抑制し、スパッタ増加を防ぐ強脱酸元素である。C量が0.15%以上と多いと、スパッタが増加する傾向があることから、スパッタ抑制のために、Siは適量含む必要がある。
よって、Si量は、0.30~1.20%とする。
Si量の下限は、0.40%以上、又は0.50%以上が好ましい。
Si量の上限は、1.00%以下、又は0.70%以下が好ましい。
【0036】
(Mn:0.50~2.50%)
Mnは、焼き入れ性を高め、溶接金属に強度を付与する強化元素である。また、Mnは、脱酸元素であり、電着塗装不良部となるMn酸化物(つまり、導電性があまり良くないスラグ)を生成する元素である。
Mn量が少なすぎると、十分な焼き入れ性が得られず、必要な溶接金属の機械的特性が得られない。Mn量が多すぎると、溶接金属がフルマルテンサイト組織となるとともに、Ms点が低下してオートテンパーが進まなくなり、靭性の低い溶接金属となる。また、溶接ビード表面に導電性が劣位なスラグが増加する。
よって、Mn量は、0.50~2.50%とする。
Mn量の下限は、1.00%以上、又は1.50%以上が好ましい。
Mn量の上限は、2.30%以下、又は2.20%以下が好ましい。
【0037】
(P :0.010%以下)
Pは、溶接金属の高温割れを起こす不純物であり、極力低減すべき元素である。
よって、P量は、0.010%以下とする。
P量の上限は、0.008%以下、又は0.006%以下が好ましい。
ただし、P量は、理想的には0%が好ましいが、脱Pのコスト及び生産性の観点から、0%超、又は0.001%以上であってもよい。
【0038】
(S :0.0060%以下)
Sは、溶鋼の表面張力を下げる作用をする表面活性元素である。
超高強度鋼板では、強脱酸剤であるSi及びMnが多く含まれると共に、S量が低く抑えられているため、溶鋼の表面張力を下げる作用をする表面活性元素であるOは溶融池内で、低く抑えられる傾向がある。さらに、ソリッドワイヤのS量を低減すると、溶融池内のS量も効果的に低減され、溶鋼の表面張力が高く保たれる。それにより、溶融池内で、気泡が発生し難くかつ成長がし難くなる。
よって、S量は、0.0060%以下とする。
S量の上限は、0.0040%以下、又は0.0030%以下が好ましい。
ただし、S量は、理想的には0%が好ましいが、脱Sのコスト及び生産性の観点から、0%超、又は0.0005%以上であってもよい。
【0039】
(Ti:0.120~0.300%)
Tiは、脱酸元素であり、Ti酸化物のスラグを生成する元素である。ただし、Ti酸化物はある程度導電性を有する。このためTiを含まないSi-Mn系酸化物(つまり導電性が劣位なスラグ)とは異なり、Tiを含むスラグは導電性が比較的高いスラグを生成する。
このため、Tiをソリッドワイヤに含ませ、溶融池表面にTi含有酸化物を生成させると、Tiを含まないSi-Mn酸化物の生成量が減少し、導電性を有するスラグが増加することで溶接ビードの電着塗装性を改善することができる。一方、Ti量が多すぎると、溶接金属の機械的特性が低下する。
よって、Ti量は、0.120~0.300%とする。
Ti量の下限は、0.130%以上が好ましい。
Ti量の上限は、0.280%以下が好ましい。
【0040】
(V :0~0.100%)
Vは、ソリッドワイヤに含ませてもよい任意元素である。つまり、Vの含有量は0%であってもよい。
Vは、脱酸元素であり、V酸化物を生成する元素である。ただし、V酸化物は、導電性の劣位なSi-Mn系酸化物とは異なり、導電性が高い酸化物を形成する。また、Vは、Ti酸化物のうち、比較的導電性が低い例えばTiと複合酸化物を形成することで、Ti酸化物の導電性を向上させる。
そのため、Tiと共にVをソリッドワイヤに含ませると、Vは、導電性の高いV複合酸化物を形成し、電着塗装性を改善することができる。一方、V量が多すぎると、溶接金属の機械的特性が低下する。
よって、V量は、0~0.100%とする。
V量の下限は、0.010%以上が好ましい。
V量の上限は、0.070%以下、又は0.050%以下が好ましい。
【0041】
(Al:0~0.010%)
Alは、ソリッドワイヤに含ませてもよい任意元素である。つまりAlの含有量は0%であってもよい。
Alは、脱酸元素であり、Al酸化物のスラグを生成する元素である。
そして、Alをソリッドワイヤに含ませ、Al酸化物を生成させると、溶鋼中のOを減少させ、導電性の劣位なSi-Mn系酸化物の生成量を減少させる。Al酸化物も導電性に劣るが、凝集しないため溶接ビードの電着塗装性を改善することができる。ただし、Al量が多すぎると、溶接ビードの電着塗装性を低下させるように作用する。また、溶接ビード表面に浮上しなかったAl酸化物が溶接金属内に残留し、その機械的特性を低下させる。
よって、Al量は、0~0.010%とする。
Al量の下限は、0.001%以上が好ましい。
Al量の上限は、0.005%以下、又は0.004%以下が好ましい。
【0042】
(Cu:0~0.50%)
Cuは、ソリッドワイヤに含ませてもよい任意元素である。つまり、Cuの含有量は0%であてもよい。
ソリッドワイヤには、送給性および給電性を安定化させるために銅めっきが施されることが多い。そのため、銅めっきを施した場合、ソリッドワイヤにはCuが含有される。一方、Cu量が多すぎると、溶接割れが発生しやすくなる。
よって、Cu量は、0~0.50%とする。
Cu量の下限は、0.01%以上、又は0.02%以上が好ましい。
Cu量の上限は、0.40%以下、又は0.30%以下が好ましい。
【0043】
(Se:0~0.004%、Bi:0~0.004、O :0~0.010%)
Se、Bi及びOは、ソリッドワイヤに含ませてもよい任意元素である。つまり、Se、Bi及びOの含有量は各々0%であってもよい。
Se、Bi及びOは、Sと同様に、溶鋼の表面張力を下げる作用をする表面活性元素である。
そのため、ソリッドワイヤにSe、Bi及びOの1種及び2種以上を含有させる場合でも、Se量、Bi量及びO量を上記範囲に低減すると、溶鋼の表面張力が高く保たれる。それにより、溶鋼中で、気泡が発生し難くかつ成長し難くなる。
よって、Se量、及びBi量は、各々、0~0.004%とし、O量は0~0.010%とする。
Se量、及びBi量の上限は、各々、0.001%以下が好ましく、O量の上限は、0.008%以下が好ましい。
【0044】
(N :0~0.0030%)
Nは、ソリッドワイヤに含ませてもよい任意元素である。つまり、Nの含有量は0%であってもよい。
Nは、脱ガスのコストおよび生産上の観点から少量含まれることが多く、少量であれば無害な元素である。
ただし、N量が多いと、溶接金属を脆化させてしまう。
よって、N量は、0~0.0030%とする。
N量の下限は、0.0010%以上が好ましい。
N量の上限は、0.0025%以下が好ましい。
【0045】
(Ni:0~0.010%、Cr:0~0.010%、Mo:0~0.010%、Nb:0~0.001、B:0~0.0060%)
Ni、Cr、Mo、Nb及びBは、ソリッドワイヤに含ませてもよい任意元素である。つまり、Ni、Cr、Mo、Nb及びBの含有量は各々0%であってもよい。
Ni、Cr、Mo、Nb及びBは、焼き入れ性を高め、溶接金属に強度を付与する強化元素である。
ただし、本開示に係るソリッドワイヤは、C量及びMn量が多く、焼入れ性が高いため、溶接金属の機械的特性向上を狙って、Ni、Cr、Mo、Nb及びBを積極的に含有させる必要はない。Ni、Cr、Mo、Nb及びBを各々含有させる場合でも、Ni量、Cr量、Mo量、Nb及びB量は各々少量であることがよい。一方、Ni量、Cr量、Mo量、Nb及びB量が多すぎると、溶接金属がフルマルテンサイト組織となり、またマルテンサイト変態温度が下がり靭性の低い溶接金属となる。
よって、Ni量、Cr量、Mo量及びNb量は、各々、0~0.010%とし、B量は、0~0.0060%とする。
Ni量、Cr量、Mo量及びNb量の上限は、各々、0.005%以下が好ましく、B量の上限は、0.0020%以下が好ましい。
【0046】
(残部:Fe及び不純物)
本開示に係るソリッドワイヤの化学成分における残部は、Fe及び不純物である。
残部の不純物とは、ソリッドワイヤを工業的に製造する際に、原料に由来して、又は製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、ソリッドワイヤに悪影響を与えない範囲で許容される成分を意味する。
【0047】
(式(1))
本開示に係るソリッドワイヤは、下記式(1)を満たす。
式(1) 0.27≦C+Mn/10.1≦0.45
式(1)中、元素記号は、該当する元素の含有量(質量%)を示す。
【0048】
式(1)において、「C+Mn/10.1」値は、主な対象とする超高強度鋼板の、1パス溶接を前提とした溶接金属の硬さ、つまり引張強さを与える炭素当量である。C量及びMn量を各々単独で制限しても、例えば、溶接対象とする、980MPa級以上の超高強度鋼板を溶接した場合、必ずしも適切な機械的特性を有する溶接金属を形成できない。
そこで、溶接金属の硬さ、つまり強度を示す指標として、炭素当量「C+Mn/10.1」値を適正な範囲に制限することで、適切な機械的特性を有する溶接金属を形成できることを担保する。
一般に超高強度鋼板では溶接すると熱影響部(HAZ)に軟化が生じる。しかし「C+Mn/10.1」値が小さすぎると、HAZ軟化部より柔らかい、アンダーマッチの大きな溶接金属となり、継手効率を十分に確保できない。一方、「C+Mn/10.1」値が大きすぎると、溶接金属が硬くなりすぎて、遅れ破壊が懸念されるようになる。
よって、「C+Mn/10.1」値は、0.27~0.45とする。つまり、C及びMnは、式(1)を満たすようにソリッドワイヤに含有させる。
「C+Mn/10.1」値の下限は、0.30%以上、又は0.33%以上が好ましい。
「C+Mn/10.1」値の上限は、0.40%以下、又は0.37%以下が好ましい。
【0049】
(式(2))
本開示に係るソリッドワイヤは、下記式(2)を満たす。
式(2) 0.10≦Si/Mn≦1.20
式(2)中、元素記号は、該当する元素の含有量(質量%)を示す。
【0050】
式(2)において、「Si/Mn」値は、Si及びMnの酸化反応の激しさを示す指標である。
Mnは、協調脱酸材としてSiの酸化反応を助ける作用をする。「Si/Mn」値が小さいと、導電性が劣位なスラグが凝集する。一方、「Si/Mn」値が大きいと、スラグの凝集は抑制される。ただし固相のSi酸化物が生成し、溶接ビード表面に導電性の低い小さなスラグが形成されたり、溶接金属中に取り残されやすくなる。
よって、「Si/Mn」値は、0.10~1.20とする。つまり、Si及びMnは、式(2)を満たすようにソリッドワイヤに含有させる。
「Si/Mn」値の下限は、0.15以上が好ましい。
「Si/Mn」値の上限は、0.60以下が好ましい。
【0051】
[溶接継手の製造方法]
本開示に係るガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤを用いれば、亜鉛系めっきを施された鋼材をガスシールドアーク溶接しても気孔を抑制し、かつ高強度鋼材の溶接金属としての機械的特性を確保し、さらに溶接ビードの電着塗装性に優れた溶接ビードが得られる。
特に、鋼板の強度に応じて、溶接金属のC量とMn量が適切な範囲に収まるため、アンダーマッチになることなく、またオーバーマッチ過ぎることのない溶接金属を有する溶接継手が得られる。
【0052】
スラグを減少させる方法として、シールドガス中の酸素源を減らすことが有効であることはよく知られている。本開示に係るソリッドワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行う際にも、スラグを減少させ、電着塗装性をより高めるために例えば、シールドガスとして、5~20体積%COまたは1~5体積%Oのうちから1種または2種を混合したArガスとすることが好ましい。Ar混合比率の高いシールドガスを用いて、ガスシールドアーク溶接をすると、導電性が劣位なスラグの生成がより抑制される。その結果、溶接ビードの電着塗装性をより向上させることができる。また、アークが広がり溶接ビードが扁平となり、応力集中の低減が図られる。
【0053】
本開示に係るソリッドワイヤの主な用途として、自動車車体のアーク溶接が例示される。つまり、溶接継手は、1パス溶接で製造される隅肉継手、突合せ継手等が例示される。溶接する鋼板の数は、1つであっても、複数であってもよい。
【0054】
溶接対象の鋼材は、1パス溶接での溶接継手の製造が可能な、板厚0.8mm~3.6mm程度の比較的薄手の鋼板(薄鋼板)が好ましい。
【0055】
特に、鋼材は、C、Mnなど焼き入れ性を高くする元素量が多く、S量が少ない亜鉛系めっき高強度鋼板(例えば、JIS Z2241:2011に準拠した引張強さで、980MPa級、1180MPa級、1470MPa級、又はこれらを超える強度の超高強度鋼板)が好ましい。鋼板として高強度鋼板を適用すると、機械的特性が優秀な溶接継手を得ることができる。もちろんより低強度の鋼板や非めっき鋼板への適用も除外されるものではない。
【0056】
具体的には、鋼材として好適に適用される亜鉛系めっき高強度鋼板は、次の化学組成を有する鋼板が好適に例示される。
質量%で、
C :0.13~0.30%、
Si:0.30~2.00%、
Mn:1.50~2.80%、
P :0.004~0.015%、
S :0.0007~0.0040%、
N :0.0010~0.0070%、
O :0.001~0.008%、
Al:0~1.00%、
Ti:0~0.050%、
B :0~0.0050%、
Cr:0~1.00%、
Mo:0~0.50%、
Cu:0~0.50%、
Ni:0~0.50%、
Co:0~0.50%、
W :0~0.50%、
Sn:0~0.50%、
Sb:0~0.50%、
Nb:0~0.050%、
V :0~0.50%、
Ca:0~0.010%、
Mg:0~0.010%、
Ce:0~0.010%、
Zr:0~0.010%、
La:0~0.010%、
Hf:0~0.010%、
Bi:0~0.010%、
REM:0~0.010%、及び
残部:Fe及び不純物からなる化学組成を有する鋼板。
【0057】
自動車に使われる主な亜鉛系めっき高強度鋼板としては、亜鉛系めっき層を有する鋼板、具体的には、溶融亜鉛めっき鋼板(つまり、亜鉛を主成分とするめっき層を有する鋼板、いわゆるGI鋼板)、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(つまり、亜鉛を主成分とする亜鉛めっき層を形成後、加熱により鋼板の鉄とめっき層が合金化されためっき層を有する鋼板、いわゆるGA鋼板)が挙げられる。
【0058】
さらに、亜鉛-アルミニウム-マグネシウムめっき、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム-シリコンめっき、亜鉛-アルミニウムめっき、亜鉛-アルミニウム-シリコンめっき等が施された溶融亜鉛めっき鋼板や、亜鉛を主成分とするめっき層を有する電気亜鉛めっき鋼板が挙げられる。
【0059】
本開示に係るソリッドワイヤを用いた溶接対象として、亜鉛系めっき鋼板に限られず、亜鉛系めっき鋼板以外のめっき鋼板(例えばアルミめっき鋼板、プレNiめっき鋼板)、非めっき鋼板等であってもよい。代表的な鋼種としては、複合組織鋼やTRIP鋼があげられ、代表的な引張強さは980MPaから1470MPaがあげられる。
また本開示に係るソリッドワイヤを用いた溶接対象として、マルテンサイト鋼であってもよい。
マルテンサイト鋼やホットスタンプ鋼板では、アーク溶接すると溶接熱影響部に軟化が強く生じるため、溶接金属の強度として母材と同等以上である必要はなく、軟化部の強度より高ければよい。
自動車に使われる高強度鋼板では、溶接熱影響部に軟化を生じるため、溶接条件の選定により、溶接金属での破断を避けることができる場合や、そもそも高い継手強度が必要とされない場合もあり、鋼板の引張強さも1470MPa以下に限定されるものではない。
【0060】
本開示に係るソリッドワイヤでは、亜鉛系めっき鋼板以外のめっき鋼板、非めっき鋼板を溶接しても、溶接金属の機械的特性を確保しつつ、かつ溶接金属の電着塗装性に優れた溶接金属を有する溶接継手が得られる。
なお、溶接対象は鋼板に限定されず、他の鋼材でも良い。当該鋼材は、鋼管、土木建築材(柵渠、コルゲートパイプ、排水溝蓋、飛砂防止板、ボルト、金網、ガードレール、止水壁等)、家電部材(エアコンの室外機の筐体等)、自動車部品(足回り部材等)など、鋼板が成形加工されてなる鋼材であってもよい。なお、成形加工としては、例えば、プレス加工、ロールフォーミング、曲げ加工、ホットスタンピングなどの種々の塑性加工手法が挙げられる。
【実施例0061】
次に、実施例及び比較例により、本開示の実施可能性及び効果についてさらに詳細に説明するが、下記実施例は本開示を限定するものではなく、前・後記の趣旨に徹して設計変更することはいずれも本開示の技術的範囲に含まれるものである。
【0062】
原料を真空溶解し、鍛造、圧延、伸線、焼鈍し、直径1.2mmの製品径まで伸線してソリッドワイヤを形成した後、一部のソリッドワイヤ表面に銅めっきし、20kg巻きスプールとしたものを試作品とした。試作したソリッドワイヤの化学成分と計算値を表1に示す。なお、本開示の範囲外の数値には下線を付した。また、含有しない(分析できない程度に少ない)成分は、表において空白とした。
【0063】
【表1-1】

【表1-2】

【表1-3】

【表1-4】
【0064】
次に、表2に示す化学組成を有する合金化溶融亜鉛めっき鋼板を準備した。板厚は1.6mmであり、複合組織鋼あるいはTRIP鋼である。
【0065】
【表2】
【0066】
そして、表3に示す条件で、試作したソリッドワイヤを用いて、2枚の鋼板の端部同士を重ね、ガスシールドアーク溶接により重ね隅肉継手を含む溶接試験片を作製した。ここで溶接には直流電源を用い、シールドガス流量20L/min、溶接電流値160Amp、電圧17.4V、溶接速度60cm/minで溶接を行った。作製した溶接試験片に対し、次の試験を実施した。
【0067】
(溶接継手の引張強さ)
上記溶接試験片より、JIS Z2241:2011に準拠した引張試験片を切り出し、引張試験を行った。溶接ビードは引張試験片平行部の中央に、引張方向とビードの長手が直交するように配置した。また、自動車で実際に使われる状態を考え、溶接ビードの余盛は研削しなかった。引張試験では最大荷重を計測し、継手効率(継手の引張強度/母材の引張強度(%))を求めるとともに、破断位置を記録した。破断位置が母材または熱影響部であるものを良、破断位置が溶接ビードのものを不可と分類した。
【0068】
(溶接金属の硬さ上限)
溶接金属が硬くなりすぎると継手の構造によって溶接ビードの拘束が強くなり、溶接中に溶接ビードに溶解した水素により、遅れ破壊の可能性が生じる。このため溶接試験片より断面観察用の小片を切り出し、樹脂埋め込みの上研磨を施し、溶接金属のマイクロビッカース硬さ試験を実施した。遅れ破壊は、溶接ビードの拘束が強いほど、溶解した水素量が多いほど発生しやすい。このため溶接金属の硬さが一定の値を超えると必ず発生するわけではない。そこで経験上、溶接金属の硬さが470HV0.5を超える場合、遅れ破壊の可能性があるものとして、上限超えと分類した。またより遅れ破壊の起こりにくい430HV0.5を基準値とし、溶接金属の硬さが470HV0.5以下、430HV0.5超のものを上限内、430HV0.5以下のものを基準値内と分類した。
【0069】
(電着塗装性)
溶接試験片を脱脂、化成処理した後に、溶接ビード全体に計算上は膜厚が20μmとなるように電着塗装を施し、塗装焼き付けを実施した。そして、溶接ビードを写真撮影し、その画像から溶接ビード面積に対する電着塗装不良部の面積の比率を測定した。尚、溶接試験片のビード長さは120mmで、溶接開始部と終端部の15mmを除いた90mm長さの溶接ビードから電着塗装の不良率を求めた。電着塗装には灰色の塗料を用いることで、赤茶色や黒色のスラグが露出する電着塗装不良部を識別した。電着塗装の不良率が面積率で5%を超える場合は電着塗装性が不良であるとし、5%以下、3%を超える場合に良好(良)であると判断した。さらに電着塗装の不良率が面積で3%以下のものを優秀(優)であると判断した。
【0070】
(耐気孔性)
溶接継手をX線透過撮影し、撮影された気孔の内、溶接開始部と終端部の15mmを除いた90mm長さの溶接ビードに含まれるものを計測対象とした。気孔は溶接ビードの長手方向長さが0.5mm以下のもの、0.5mm超1.5mm以下のもの、1.5mm長のものに分類し、数をカウントした。その後、それぞれの代表長さを0.3mm、1mm、1.5mmとし、溶接ビード長さに対する気孔の長さ率(%)を求めた。長さ率が10%を超えるものを不良、10%以下、7.5%超のものを可、7.5%以下、5%超のものを良、5%以下のものを優とした。
【0071】
【表3-1】

【表3-2】
【0072】
上記結果から、本実施例のソリッドワイヤは、比較例のソリッドワイヤに比べ、亜鉛系めっきを施された鋼材をガスシールドアーク溶接しても気孔を抑制し、かつ高強度鋼材の溶接金属としての機械的特性を確保し、さらに溶接ビードの電着塗装性に優れることがわかる。