(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023141149
(43)【公開日】2023-10-05
(54)【発明の名称】材料特性データの生成方法および相変態解析方法
(51)【国際特許分類】
G16C 60/00 20190101AFI20230928BHJP
G01N 33/204 20190101ALI20230928BHJP
【FI】
G16C60/00
G01N33/204
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022047315
(22)【出願日】2022-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100111039
【弁理士】
【氏名又は名称】前堀 義之
(74)【代理人】
【識別番号】100218132
【弁理士】
【氏名又は名称】近田 暢朗
(72)【発明者】
【氏名】貝ヶ石 康平
(72)【発明者】
【氏名】西本 圭佑
(72)【発明者】
【氏名】黒澤 瑛介
【テーマコード(参考)】
2G055
【Fターム(参考)】
2G055AA03
2G055BA05
2G055CA09
2G055CA22
2G055CA26
2G055CA27
2G055CA29
2G055EA08
(57)【要約】
【課題】材料特性データの生成方法において、異なるデータ数を有する異なる成分濃度の2つの材料特性データセットから所望の成分濃度の材料特性データを生成するとともに、相変態解析方法において当該材料特性データを用いて高精度の解析を実現する。
【解決手段】材料特性データの生成方法は、異なるデータ数を有する異なる成分濃度の有する2つの材料特性データセットを準備し、前記異なるデータ数が同じデータ数となるようにデータ数に関する線形補間を前記2つの材料特性データセットに対して実行し、同じデータ数とされた2つの材料特性データセットに対して成分濃度に関する線形補間を実行することによって所望の成分濃度の材料特性データを生成することを含む。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
異なるデータ数を有する異なる成分濃度の2つの材料特性データセットを準備し、
前記異なるデータ数が同じデータ数となるようにデータ数に関する線形補間を前記2つの材料特性データセットに対して実行し、
同じデータ数とされた前記2つの材料特性データセットに対して前記成分濃度に関する線形補間を実行することによって所望の成分濃度の材料特性データを生成する
ことを含む、材料特性データの生成方法。
【請求項2】
前記データ数に関する線形補間を実行する前に前記2つの材料特性データセットのデータ構造を揃える、請求項1に記載の材料特性データの生成方法。
【請求項3】
前記2つの材料特性データセットは、TTT線図を構成するデータセットであり、各種結晶組織の析出割合に関する温度および時間を含み、
前記データ数に関する線形補間では、前記析出割合ごとに同じデータ数となるように線形補間を実行し、
前記成分濃度に関する線形補間では、前記析出割合ごとに所望の成分濃度の材料特性データを生成するように線形補間を実行する、請求項1または請求項2に記載の材料特性データの生成方法。
【請求項4】
前記析出割合ごとに生成された前記所望の成分濃度の材料特性データのうち、最大温度を変態開始温度と推定し、最小温度を変態終了温度と推定することを含む、請求項3に記載の材料特性データの生成方法。
【請求項5】
前記2つの材料特性データセットは、鉄鋼材料に関するものであり、
前記成分濃度は、炭素、リン、ケイ素、硫黄、およびマンガンの少なくとも1つの含有率を含む、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の材料特性データの生成方法。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の材料特性データの生成方法により生成した前記所望の成分濃度の材料特性データを用いるとともに成分不均一を考慮して相変態を解析する、相変態解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、材料特性データの生成方法および相変態解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
既知の材料特性データに対して数理処理を施し、未知の材料特性データを予測する手法が知られている。例えば、特許文献1~3には、そのような予測手法が開示されている。当該予測手法では、材料特性データに対して数理処理を施すために、データテーブルに空白ができないように十分なデータ数を用意する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009-70235号公報
【特許文献2】特開2011-220708号公報
【特許文献3】特開2020-115258号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
要素試験または数値シミュレーションから材料特性データを取得する場合、データテーブルに空白ができないほどに十分なデータ数を用意できるとは限らない。また、例えば、TTT(Time Temperature Transformation)線図を例に挙げると、材料特性データは、成分濃度に応じた各種結晶組織の析出割合に関する温度および時間を含むが、成分濃度が変わるとデータが存在する温度範囲も変わる。即ち、成分濃度が変わると、データの規定範囲およびデータ数が異なるのが通常である。このように成分濃度に応じてデータ構造が異なる場合、異なる成分濃度のデータセットを比較し、比較結果から所望の成分濃度の材料特性データを予測しようとしても、対応するデータセットが存在しない(データセットに空白が存在する)ことがあり、比較および数理処理を施すことができない場合がある。従って、異なる成分濃度の2つの材料特性データセットから所望の成分濃度の材料特性データを生成することは困難である。
【0005】
本発明は、材料特性データの生成方法において、異なるデータ数を有する異なる成分濃度の2つの材料特性データセットから所望の成分濃度の材料特性データを生成するとともに、相変態解析方法において当該材料特性データを用いて高精度の解析を実現することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様は、
2つの材料特性データセットを準備し、
前記異なるデータ数が同じデータ数となるようにデータ数に関する線形補間を前記2つの材料特性データセットに対して実行し、
同じデータ数とされた前記2つの材料特性データセットに対して前記成分濃度に関する線形補間を実行することによって所望の成分濃度の材料特性データを生成する
ことを含む、材料特性データの生成方法を提供する。
【0007】
この方法によれば、異なるデータ数を有する2つの材料特性データセットを同じデータ数となるようにデータ数に関して線形補間しているため、データ構造を揃えて比較数理処理を実行できる。さらに、当該比較数理処理として、同じデータ数とされた2つの材料特性データセットに対して成分濃度に関する線形補間を実行するため、所望の成分濃度の材料特性データを生成できる。
【0008】
前記データ数に関する線形補間を実行する前に前記2つの材料特性データセットのデータ構造を揃えてもよい。
【0009】
この方法によれば、2つの材料特性データセットのデータ構造を一致させることによりデータ数に関する線形補間を容易に実行できる。ここで、データ構造を揃えるとは、例えば、同じ単位系を使用する、温度をパラメータに含む場合に温度を降順に並べる、温度および時間をパラメータに含む場合に温度に紐づけて時間を定義することなどをいう。
【0010】
前記2つの材料特性データセットは、TTT線図を構成するデータセットであり、各種結晶組織の析出割合に関する温度および時間を含んでもよく、
前記データ数に関する線形補間では、前記析出割合ごとに同じデータ数となるように線形補間を実行してもよく、
前記成分濃度に関する線形補間では、前記析出割合ごとに所望の成分濃度の材料特性データを生成するように線形補間を実行してもよい。
【0011】
この方法によれば、TTT線図を構成するデータセット2つの材料特性データセットから、析出割合ごとに所望の成分濃度の材料特性データを生成できる。例えば、炭素含有率0.3%,0.4%の鋼材の2つの材料特性データセットから炭素含有率0.35%の鋼材の材料特性データを生成できる。より詳細には、炭素含有率0.35%の鋼材の材料特性データとして、フェライト、ベイナイト、パーライトなどの析出割合が1%,10%,50%,90%などとなる場合の温度および時間を生成できる。
【0012】
前記材料特性データの生成方法は、前記析出割合ごとに生成された前記所望の成分濃度の材料特性データのうち、最大温度を変態開始温度と推定し、最小温度を変態終了温度と推定することを含んでいてもよい。
【0013】
この方法によれば、変態開始温度および変態終了温度は、相変態解析に与える影響が大きく、これらを推定できることは有効である。例えば、上記炭素含有率0.35%の鋼材の材料特性データの例では、フェライトまたはパーライトなどの析出割合が1%,10%,50%などとなる場合の変態開始温度および変態終了温度を推定できる。
【0014】
前記2つの材料特性データセットは、鉄鋼材料に関するものであってもよく、
前記成分濃度は、炭素、リン、ケイ素、硫黄、およびマンガンの少なくとも1つの含有率を含んでいてもよい。
【0015】
この方法によれば、炭素、リン、ケイ素、硫黄、およびマンガンの少なくとも1つの含有率に関して所望の成分濃度の材料特性データを生成できる。炭素、リン、ケイ素、硫黄、およびマンガンは、鉄鋼材料の相変態解析に与える影響が大きく、当該材料特性データを生成できることは当該材料特性データを使用して相変態解析を行う上で有効である。
【0016】
本発明の第2の態様は、前記材料特性データの生成方法により生成した前記所望の成分濃度の材料特性データを用いるとともに成分不均一を考慮して相変態を解析する、相変態解析方法を提供する。
【0017】
この方法によれば、既知の材料特性データから未知の材料特性データを生成して、それらを利用して成分不均一を考慮した上で高精度に相変態を解析できる。例えば、有限要素法を使用して、炭素含有率が部分的に異なる偏析帯を有するような成分不均一な鋼材の相変態解析を行う場合、各要素に対して異なる炭素含有率の材料特性データを設定する必要がある。本来、全ての必要な材料特性データを実験等によって事前に用意する必要があるが、上記方法では、代表的な材料特性データのみを事前に準備し、その他の必要な材料特性データについては上記材料特性データの生成方法によって生成できるため、データを用意する手間を軽減できる。また、本願発明者らは、上記材料特性データの生成方法によって生成されたデータは、数値実験的によく一致することを確認しており、高精度の相変態解析を実現できる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、材料特性データの生成方法において、異なるデータ数を有する異なる成分濃度の2つの材料特性データセットから所望の材料特性データを生成できるとともに、相変態解析方法において当該材料特性データを用いて高精度に解析できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】炭素含有率0.4%のTTT線図を示すグラフ。
【
図2】炭素含有率0.4%のTTT線図の一部を示すグラフ。
【
図3】炭素含有率0.3%のTTT線図の一部を示すグラフ。
【
図4】炭素含有率0.35%のTTT線図の一部を示すグラフ。
【
図5】本発明の実施形態に係る材料特性データの生成方法を示すフローチャート。
【
図8】
図7のモデルの要素別の炭素含有率を示す2次元図。
【
図9】
図7のモデルの要素別の炭素含有率を示す3次元図。
【
図10】偏析帯無しの場合のベイナイト分率を上方から見たコンター図。
【
図11】偏析帯無しの場合のベイナイト分率を下方から見たコンター図。
【
図12】偏析帯有りの場合のベイナイト分率を上方から見たコンター図。
【
図13】偏析帯有りの場合のベイナイト分率を下方から見たコンター図。
【
図14】偏析帯無しの場合のマルテンサイト分率を上方から見たコンター図。
【
図15】偏析帯無しの場合のマルテンサイト分率を下方から見たコンター図。
【
図16】偏析帯有りの場合のマルテンサイト分率を上方から見たコンター図。
【
図17】偏析帯有りの場合のマルテンサイト分率を下方から見たコンター図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、添付図面を参照して本発明の実施形態を説明する。
【0021】
本実施形態では、炭素含有率0.4%の鋼材のTTT線図と、炭素含有率0.3%の鋼材のTTT線図とに基づいて、炭素含有率0.35%の鋼材のTTT線図を生成する材料特性データの生成方法について説明する。
【0022】
図1は、炭素含有率0.4%のTTT線図を示すグラフである。
【0023】
グラフの横軸は時間(秒)を対数で示し、グラフの縦軸は温度(℃)を示している。データ曲線F1,F10はフェライトの析出割合が1%,10%のものをそれぞれ示している。データ曲線P1,P10,P50はパーライトの析出割合が1%,10%,50%のものをそれぞれ示している。データ曲線B1,B10,B50,B90はベイナイトの析出割合が1%,10%,50%,90%のものをそれぞれ示している。なお、グラフは、焼入れ温度が860℃、粒度がASTM6.0のデータである。これらは、以降のTTT線図においても同様である。
【0024】
図2は、
図1のフェライトとパーライトに関する部分を抜き出したグラフである。同様に、
図3は、炭素含有率0.3%の鋼材のTTT線図(図示せず)からフェライトとパーライトに関する部分を抜き出したグラフである。
【0025】
図4は、後述する本実施形態の材料特性データの生成方法によって生成された炭素含有率0.35%の鋼材のTTT線図のフェライトとパーライトに関する部分を抜き出したグラフである。実線のデータ曲線F1,F10,P1,P10,P50は実際のデータを示し、破線のデータ曲線f1,f10,p1,p10,p50は本実施形態によって生成された推定データである。実線のデータ曲線F1,F10,P1,P10,P50と、破線のデータ曲線f1,f10,p1,p10,p50とをそれぞれ比較すると、よく一致していることがわかる。
【0026】
図5は、本発明の実施形態に係る材料特性データの生成方法を示すフローチャートである。
【0027】
本実施形態の材料特性データの生成方法を開始すると、まず、異なるデータ数を有する異なる成分濃度の2つの材料特性データセットを準備する(ステップS1)。ここでは、異なる成分濃度として炭素含有率が0.3%と0.4%の鋼材に関する2つの材料特性データセット(以下の表1および表2参照)を準備する。
【0028】
以下の表1および表2は、炭素含有率0.3%と0.4%の鋼材の2つの材料特性データセットを例示している。表1および表2において、フェライトが1%析出する時間(F1)、フェライトが10%析出する時間(F10)、フェライトが50%析出する時間(F50)、パーライトが1%析出する時間(P1)、パーライトが10%析出する時間(P10)、およびパーライトが50%析出する時間(P50)が、10℃刻みの温度に対応して示されている。表1および表2において、空白欄はデータが取得されていないか、または、表示範囲を超える大きな値であることを示す。従って、以降の処理において、必要に応じて、空白欄には、例えば1000000などの大きな値を入れてもよい。
【0029】
表1および表2では、析出割合ごとに、最大温度が変態開始温度となっており、最小温度が変態終了温度となっている。例えば、表1(炭素含有率0.3%)を参照して、フェライト1%の変態開始温度は750℃となっており、変態終了温度は550℃となっている。同様に、表2(炭素含有率0.4%)を参照して、フェライト1%の変態開始温度は730℃となっており、変態終了温度は540℃となっている。同様に、フェライト10%の変態開始温度は740℃となっており、変態終了温度は550℃となっている。同様に、表2(炭素含有率0.4%)を参照して、フェライト10%の変態開始温度は720℃となっており、変態終了温度は540℃となっている。同様に、フェライト50%、パーライト1%、パーライト10%、およびパーライト50%の変態開始温度および変態終了温度も確認できる。
【0030】
【0031】
【0032】
表1および表2を比較すると、フェライトが1%析出する時間(F1)、フェライトが10%析出する時間(F10)、フェライトが50%析出する時間(F50)、パーライトが1%析出する時間(P1)、パーライトが10%析出する時間(P10)、およびパーライトが50%析出する時間(P50)について、それぞれデータ数が異なっている場合がある。例えば、表1および表2それぞれの第2列に示されているフェライトが1%析出する時間(F1)を参照すると、表1では31個のデータが示されている一方、表2では30個のデータが示されている。即ち、2つの材料特性データセットは、各種結晶組織の析出割合ごとに異なるデータ数を有している場合がある。なお、2つの材料特性データセットは、各種結晶組織の析出割合によっては同じデータ数を有している場合もある。
【0033】
次に、2つの材料特性データセット(表1および表2)に対して、各種結晶組織の析出割合ごとに同じデータ数となるようにデータ数に関する線形補間を実行する(ステップS2)。ここでは、2つの材料特性データセットにおいて、結晶組織のフェライトの析出割合が1%,10%のデータ曲線F1,F10のデータ数に関して線形補間を実行する。同様に、結晶組織のパーライトの析出割合が1%,10%,50%のデータ曲線P1,P10,P50のデータ数に関して線形補間を実行する。当該線形補間の方法は、公知の任意の方法を採用し得る。なお、2つの材料特性データセットのデータ構造が揃っていない場合、データ数に関する線形補間を実行する前に2つの材料特性データセットのデータ構造を揃えてもよい。2つの材料特性データセットのデータ構造を一致させることによりデータ数に関する線形補間を容易に実行できる。ここで、データ構造を揃えるとは、例えば、同じ単位系を使用する、温度をパラメータに含む場合に温度を降順に並べる、温度および時間をパラメータに含む場合に温度に紐づけて時間を定義することなどをいう。
【0034】
図6は、上記データ数に関する線形補間の一例を示す模式図である。縦軸および横軸は、単なる数値軸である。
【0035】
図示の例では、図中左に示される7点で示されるグラフ(n=7)が、図中右に示される51点で示されるグラフ(m=51)に線形補間されている。この例では、グラフ(n=7)の各点の間を線形的に均等に埋めて点数を増加させるように線形補間している。また、図中左に示される7点で示されるグラフ(n=7)が、図中右に示される5点で示されるグラフ(m=5)に線形補間されている。この例では、グラフ(n=7)を近似して点数を減少させるように線形補間している。線形補間の方法については、このように様々に存在するが、いずれの方法を採用してもよい。
【0036】
上記データ数に関する線形補間により、表1および表2は以下の表3および表4のようにデータ数が一致するようにそれぞれ変換される。
【0037】
【0038】
【0039】
表3および表4では、フェライトが1%析出する時間(F1)、フェライトが10%析出する時間(F10)、フェライトが50%析出する時間(F50)、パーライトが1%析出する時間(P1)、パーライトが10%析出する時間(P10)、およびパーライトが50%析出する時間(P50)が、それぞれ対応する温度とともに示されている。表3および表4では、全ての列のデータ数が30個に揃えられている。
【0040】
次に、上記のようにして同じデータ数とされた2つの材料特性データセット(表3,4)から成分濃度に関する線形補間を実行することによって所望の成分濃度の材料特性データを生成する(ステップS3)。ここでは、炭素含有率0.4%の鋼材のTTT線図と、炭素含有率0.3%の鋼材のTTT線図とに基づいて、炭素含有率0.35%の鋼材のTTT線図を生成する。
【0041】
炭素含有率0.3%と0.4%の中間値が0.35%となるため、上記表3,4の2つの材料特性データセットを使用した線形補間によって、炭素含有率0.35%の鋼材のTTT線図を生成しようとすると、単純にデータの平均を算出することになる。算出結果を以下の表5に示す。この表5をグラフにプロットしたものが、
図4の破線のデータ曲線f1,f10,p1,p10,p50である。
【0042】
また、本実施形態では、表5において、生成された炭素含有率0.35%の材料特性データのうち、析出割合ごとに最大温度を変態開始温度と推定し、最小温度を変態終了温度と推定する。例えば、フェライト1%の変態開始温度を740℃と推定し、変態終了温度を540℃と推定する。同様に、フェライト10%の変態開始温度を730℃と推定し、変態終了温度を550℃と推定する。同様に、パーライト1%の変態開始温度を700℃と推定し、変態終了温度を550℃と推定する。同様に、パーライト10%の変態開始温度を690℃と推定し、変態終了温度を550℃と推定する。同様に、パーライト50%の変態開始温度を690℃と推定し、変態終了温度を550℃と推定する。
【0043】
【0044】
なお、炭素含有率0.35%の実際のデータを以下の表6に示す。この表6をグラフにプロットしたものが、
図4の実線のデータ曲線F1,F10,P1,P10,P50である。
【0045】
【0046】
表5,6および
図4を参照して、実際のデータと本実施形態によって生成された推定結果がよく一致しており、高精度の推定が実現されていることが確認できる。
【0047】
上記例では、炭素含有率0.35%の鋼材のTTT線図を生成しているが、成分濃度の線形補間によって任意の成分濃度の材料特性データを生成できる。例えば、炭素含有率0.32%,0.34%,0.38%のように、0.3~0.4%の間の任意の成分濃度の複数の材料特性データを生成してもよい。また、0.25%,0.45%のように、0.3~0.4%外の任意の成分濃度の複数の材料特性データを生成してもよい。そして、生成した材料特性データのうち所望の成分濃度(例えば炭素含有率0.35%)の材料特性データを取得し(ステップS4)、本実施形態の材料特性データの生成方法を終了する。
【0048】
本実施形態の材料特性データの生成方法によれば、異なるデータ数を有する2つの材料特性データセットを同じデータ数となるようにデータ数に関して線形補間しているため、データ構造を揃えて比較数理処理を実行できる。さらに、当該比較数理処理として、同じデータ数とされた2つの材料特性データセットに対して成分濃度に関する線形補間を実行するため、所望の成分濃度の材料特性データを生成できる。
【0049】
また、TTT線図を構成するデータセット2つの材料特性データセットから、析出割合ごとに所望の成分濃度の材料特性データを生成できる。例えば、炭素含有率0.3%,0.4%の鋼材の2つの材料特性データセットから炭素含有率0.35%の鋼材の材料特性データを生成できる。より詳細には、炭素含有率0.35%の鋼材の材料特性データとして、フェライト、ベイナイト、パーライトなどの析出割合が1%,10%,50%,90%などとなる場合の温度および時間を生成できる。
【0050】
また、変態開始温度および変態終了温度は、相変態解析に与える影響が大きく、これらを推定できることは有効である。例えば、上記炭素含有率0.35%の鋼材の材料特性データの例では、フェライトまたはパーライトなどの析出割合が1%,10%,50%などとなる場合の変態開始温度および変態終了温度を推定できる。
【0051】
次に、相変態解析方法について説明する。当該相変態解析方法は前述の材料特性データの生成方法により生成した所望の成分濃度の材料特性データを用いるとともに成分不均一を考慮して相変態を解析するものである。
【0052】
図7は、相変態の解析モデル100を示す斜視図である。解析モデル100は、X-Y方向が水平方向を示し、Z方向が高さ方向を示す。
【0053】
相変態解析方法には、様々な解析方法があるが、ここでは一例として有限要素法を使用する。
図7に示すように、解析モデル100の形状は直方体である。解析モデル100の外寸は、80×80×30mmに設定されている。
【0054】
解析モデル100はヘキサメッシュ(一辺2mmの正六面体)の要素に分割され、要素ごとに計算を実行するように設定されている。解析モデル100では、底面の各頂点C1,C2,C3の拘束条件は、完全拘束、yおよびz方向拘束、z方向拘束にそれぞれ設定されている。
【0055】
計算条件として、熱伝導解析において、全節点の初期温度を820℃に設定し、解析モデル100の表面から冷却し、冷却過程で相変態するものと設定した。底面101の熱伝達率は1000[W/(m2・K)]に設定し、上面102および側面103の熱伝達率は300[W/(m2・K)]に設定した。
【0056】
解析モデル100の各要素には炭素濃度を設定し、炭素濃度に対応した変態特性での相変態解析を実施した。なお、初期の組織はすべてオーステナイトとし、冷却過程でベイナイトとマルテンサイトに変態するものとした。即ち、フェライトまたはパーライトには変態せず、残留オーステナイトも存在しないものとした。
【0057】
また、上記相変態解析では、全ての要素の炭素濃度が0.3%で一定の解析モデル100と、
図8,9に示すように偏析帯Sを有する解析モデル100とを用意した。なお、
図8は、
図7のモデルの要素別の炭素含有率を示す2次元図である。
図9は、
図7のモデルの要素別の炭素含有率を示す3次元図である。
図8,9では、色が濃いほど高い炭素濃度であることを示す。また、
図9では、色の濃さに合わせて隆起量を可視化している。即ち、高く隆起するほど高い炭素濃度であることを示している。
図8,9では、上面102のみ示されているが、解析モデル100は高さ方向に一様な炭素含有率を有している。
【0058】
偏析帯Sは、炭素濃度が0.32%の要素領域S1と、炭素濃度が0.34%の要素領域S2と、炭素濃度が0.36%の要素領域S3と、炭素濃度が0.38%の要素領域S4と、炭素濃度が0.4%の要素領域S5とを含んでいる。
【0059】
図10は、偏析帯無しの場合のベイナイト分率を上方から見たコンター図である。
図11は、偏析帯無しの場合のベイナイト分率を下方から見たコンター図である。
図12は、偏析帯有りの場合のベイナイト分率を上方から見たコンター図である。
図13は、偏析帯有りの場合のベイナイト分率を下方から見たコンター図である。
【0060】
図10~13を参照して、炭素含有率が高いほど、偏析帯Sの部分においてベイナイト分率が少ないことが確認できる。これは、実際の現象とよく一致する。
【0061】
図14は、偏析帯無しの場合のマルテンサイト分率を上方から見たコンター図である。
図15は、偏析帯無しの場合のマルテンサイト分率を下方から見たコンター図である。
図16は、偏析帯有りの場合のマルテンサイト分率を上方から見たコンター図である。
図17は、偏析帯有りの場合のマルテンサイト分率を下方から見たコンター図である。
【0062】
図14~17を参照して、炭素含有率が高いほど、焼き入れ性が良くなり、偏析帯Sの部分においてマルテンサイト分率が多くなっていることが確認できる。これは、実際の現象とよく一致する。
【0063】
このように、成分不均一を考慮して炭素含有率を細かく設定した解析モデルを使用することは相変態解析において有効であることが確認されたが、十分量の実際のデータを用意するのは容易ではない。そこで、前述の材料特性データの生成方法により生成した所望の成分濃度の材料特性データを使用することで、当該解析にかかる手間を削減できる。例えば、基準となる炭素含有率0.3%,0.4%の材料特性データのみを事前に用意し、本実施形態の材料特性データの生成方法によって、その他の偏析帯を構成する炭素含有率0.32%,0.34%,0.38%の材料特性データを生成してもよい。
【0064】
上記相変態解析方法によれば、前述のようにして既知の材料特性データから未知の材料特性データを生成して、それらを利用して成分不均一を考慮した上で高精度に相変態を解析できる。例えば、有限要素法を使用して、炭素含有率が部分的に異なる偏析帯を有するような成分不均一な鋼材の相変態解析を行う場合、各要素に対して異なる炭素含有率の材料特性データを設定する必要がある。本来、全ての必要な材料特性データを実験等によって事前に用意する必要があるが、上記方法では、代表的な材料特性データのみを事前に準備し、その他の必要な材料特性データについては上記材料特性データの生成方法によって生成できるため、データを用意する手間を軽減できる。また、本願発明者らは、上記材料特性データの生成方法によって生成されたデータは、数値実験的によく一致することを確認しており、高精度の相変態解析を実現できる。
【0065】
上記では、成分濃度として炭素含有率に応じた鋼材のTTT線図を例に挙げて説明したが、適用対象はこれに限定されない。例えば、成分濃度は、鉄鋼材料における炭素、リン、ケイ素、硫黄、およびマンガンの少なくとも1つの含有率を含んでいてもよい。また、対象とする金属は、鋼材以外であってもよい。
【0066】
炭素、リン、ケイ素、硫黄、およびマンガンの少なくとも1つの含有率に関して所望の成分濃度の材料特性データを生成できることは有効である。具体的には、炭素、リン、ケイ素、硫黄、およびマンガンは、鉄鋼材料の相変態解析に与える影響が大きく、当該材料特性データを生成できることは当該材料特性データを使用して相変態解析を行う上で有効である。
【0067】
また、上記材料特性データの生成方法では、TTT線図を構成する材料特性データ(各種結晶組織の析出割合に関する温度および時間)に限らず、各種成分濃度に応じて変化する材料特性データを同様に生成できる。例えば、伝熱計算の材料特性データとして、熱伝導率、比熱、または密度を対象としてもよい。また、熱応力計算の材料特性データとして、ヤング率、ポアソン比、線膨張係数、初期降伏点、またはSSカーブ(相当塑性ひずみと降伏応力の曲線)を対象としてもよい。
【0068】
以上より、本発明の具体的な実施形態およびその変形例について説明したが、本発明は上記形態に限定されるものではなく、この発明の範囲内で種々変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0069】
100 解析モデル
101 底面
102 上面
103 側面