(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023141158
(43)【公開日】2023-10-05
(54)【発明の名称】工作機械の精度安定化装置及び精度安定化方法
(51)【国際特許分類】
B23Q 15/18 20060101AFI20230928BHJP
G05B 19/404 20060101ALI20230928BHJP
G05B 19/18 20060101ALI20230928BHJP
B23Q 17/00 20060101ALI20230928BHJP
【FI】
B23Q15/18
G05B19/404 K
G05B19/18 W
B23Q17/00 Z
B23Q17/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022047330
(22)【出願日】2022-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000149066
【氏名又は名称】オークマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078721
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 喜樹
(74)【代理人】
【識別番号】100121142
【弁理士】
【氏名又は名称】上田 恭一
(72)【発明者】
【氏名】河内 大地
【テーマコード(参考)】
3C001
3C029
3C269
【Fターム(参考)】
3C001KA05
3C001KB01
3C001KB07
3C001KB09
3C001TA02
3C001TB02
3C001TB03
3C001TC02
3C001TD02
3C029EE00
3C029EE02
3C269AB02
3C269AB07
3C269AB31
3C269BB03
3C269BB05
3C269CC02
3C269MN07
3C269MN28
(57)【要約】
【課題】加工精度を維持しつつ、必要性の低い測定による加工能率の低下を抑える。
【解決手段】精度安定化装置20は、所定の部位の温度を温度センサ11~17により測定する温度測定部21と、温度測定部21で測定される温度に基づいて推定熱変位量を算出する推定熱変位量演算部22と、温度測定部21で測定された複数の部位の温度に基づいて熱変位によるマシニングセンタの精度に対する影響の度合いである精度影響度を算出する精度影響度算出部23と、精度影響度と予め設定された測定判断基準とに応じてマシニングセンタの実測熱変位量の測定の必要性を判断する測定判断部25と、測定判断部25によって実測熱変位量の測定が必要と判断された際に実測熱変位量を測定する実測熱変位量測定部26と、推定熱変位量と実測熱変位量との誤差量に応じて測定判断部25における測定判断基準を変更する判断基準変更部27と、を備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
工作機械の所定の部位の温度を測定する温度測定手段と、
前記温度測定手段で測定される温度に基づいて推定熱変位量を算出する推定熱変位量演算手段と、を有し、前記推定熱変位量演算手段で算出された前記推定熱変位量を打ち消すように前記工作機械の送り軸の位置指令を行うことで熱変位を補正して前記工作機械の加工精度を安定化させる精度安定化装置であって、
前記温度測定手段で測定された複数の前記部位の温度に基づいて、熱変位による前記工作機械の精度に対する影響の度合いである精度影響度を算出する精度影響度算出手段と、
前記精度影響度と予め設定された測定判断基準とに基づいて前記工作機械の実測熱変位量の測定の必要性を判断する測定判断手段と、
前記測定判断手段によって前記実測熱変位量の測定が必要と判断された際に前記実測熱変位量を測定する実測熱変位量測定手段と、
前記推定熱変位量と前記実測熱変位量との誤差量に応じて前記測定判断手段における前記測定判断基準を変更する判断基準変更手段と、
を備えることを特徴とする工作機械の精度安定化装置。
【請求項2】
前記精度影響度算出手段は、各前記部位の温度変化速度に基づいて前記精度影響度を算出することを特徴とする請求項1に記載の工作機械の精度安定化装置。
【請求項3】
前記精度影響度は、前記工作機械に装着した工具の送り軸方向での刃先の位置精度及び/又は傾きに影響を及ぼす、熱変位による各前記部位の膨張・収縮、真直度変化、前記送り軸の幾何誤差に対する影響の度合いを示すものであり、前記精度影響度算出手段は、少なくとも1つの前記精度影響度を算出することを特徴とする請求項2に記載の工作機械の精度安定化装置。
【請求項4】
前記測定判断基準は、各前記精度影響度にそれぞれ設定された基準値である精度影響度基準値であり、前記測定判断手段は、複数の前記精度影響度のうち、少なくとも1つが前記精度影響度基準値を上回る場合に測定の必要性ありと判断することを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の工作機械の精度安定化装置。
【請求項5】
前記判断基準変更手段は、前記実測熱変位量測定手段による少なくとも1回の測定における前記誤差量に応じて、前記測定判断基準を変更することを特徴とする請求項1乃至4の何れかに記載の工作機械の精度安定化装置。
【請求項6】
前記推定熱変位量と前記実測熱変位量との誤差量に応じて加工原点を修正する加工原点修正手段をさらに備えることを特徴とする請求項1乃至5の何れかに記載の工作機械の精度安定化装置。
【請求項7】
工作機械の所定の部位の温度から推定される推定熱変位量を算出し、前記推定熱変位量を打ち消すように前記工作機械の送り軸の位置指令を行うことで熱変位を補正して前記工作機械の加工精度を安定化させる精度安定化方法であって、
複数の前記部位の温度を測定する温度測定ステップと、
前記温度測定ステップで測定された各前記部位の温度に基づいて前記推定熱変位量を算出する推定熱変位量演算ステップと、
前記温度測定ステップで測定された温度に基づいて、熱変位による前記工作機械の精度に対する影響の度合いである精度影響度を算出する精度影響度算出ステップと、
前記精度影響度と予め設定された測定判断基準とに基づいて前記工作機械の実測熱変位量の測定の必要性を判断する測定判断ステップと、
前記測定判断ステップで前記実測熱変位量の測定が必要と判断された際に前記実測熱変位量を測定する実測熱変位量測定ステップと、
前記推定熱変位量と前記実測熱変位量との誤差量に応じて前記測定判断ステップにおける前記測定判断基準を変更する判断基準変更ステップと、
を実行することを特徴とする工作機械の精度安定化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、工作機械の熱変位補正誤差が大きくなる状況を予測し、このような状況下で測定を行うことで精度を安定化させる工作機械の精度安定化装置及び精度安定化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械を用いて加工を行う際、室温変化などによる機械の熱変位、主軸の発熱などによる熱変位や経時変化などにより、工具やワークの形状や位置関係が変化することによってワークの加工精度の悪化が生じる。そのため工作機械の熱変位を抑制する方法としては工作機械の構造体各部に温度センサを取り付け、測定した温度から予め設定された熱変位モデルに基づいて変位量を計算し、それに応じて軸移動量を変化させる熱変位補正が広く用いられている。しかしながら、熱変位補正の精度には限界があり、温度変化が大きい場合には誤差が生じる。特に、空調の立ち上げ時等で急激に室温が変化した場合には、熱変位補正の誤差が大きくなってしまうことがある。
そこで、熱変位補正の誤差が大きくなるタイミングを検知することが望ましい。その上で加工精度の悪化を防ぐため、例えば実際の熱変位量の測定を行うことで変位量の分だけ原点設定を行う工作機械のキャリブレーションを行うことができる。
特許文献1には、熱変位補正量を調整するための調整値を、熱変位補正量と実際の熱変位量とを用いて算出すると共に、調整値の変化状況に基づいて測定の必要性を判断する発明が開示されている。
特許文献2には、環境温度変化による工作機械の精度への影響をリアルタイムで予測し、熱変位が大きくなる状況を適切に診断する発明が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第6285396号公報
【特許文献2】特開2019-136846号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1の発明は、決まったパターンで加工・測定を行い、加工ごとの調整値の変化パターンを取得し、その変化パターンから測定タイミングを判定するフィードバック方式である。よって、多品種少量生産においては決まったパターンの加工、加工環境を繰り返すとは限らず、測定の必要性の判断が困難となるという課題がある。
また、特許文献2の発明は、工作機械の所定部位の温度差や温度変化に応じて熱変位により加工精度不良となるリスクの予測を行う。しかし、実際には熱変位が予め設定された熱変位モデルに基づいて正確に予測できる場合には、加工精度不良となるリスクを伴わない場合もある。このような場合にユーザーが加工精度不良となるリスクがあると判断し、加工を中断、もしくは機械のキャリブレーションを行った場合には、生産性が低下するという課題がある。
【0005】
そこで、本開示は、実測熱変位量の測定を適切なタイミングで実施でき、加工精度を維持しつつ、必要性の低い測定による加工能率の低下を抑えることができる工作機械の精度安定化装置及び精度安定化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本開示の第1の構成は、工作機械の所定の部位の温度を測定する温度測定手段と、
前記温度測定手段で測定される温度に基づいて推定熱変位量を算出する推定熱変位量演算手段と、を有し、前記推定熱変位量演算手段で算出された前記推定熱変位量を打ち消すように前記工作機械の送り軸の位置指令を行うことで熱変位を補正して前記工作機械の加工精度を安定化させる精度安定化装置である。
そして、精度安定化装置は、前記温度測定手段で測定された複数の前記部位の温度に基づいて、熱変位による前記工作機械の精度に対する影響の度合いである精度影響度を算出する精度影響度算出手段と、
前記精度影響度と予め設定された測定判断基準とに基づいて前記工作機械の実測熱変位量の測定の必要性を判断する測定判断手段と、
前記測定判断手段によって前記実測熱変位量の測定が必要と判断された際に前記実測熱変位量を測定する実測熱変位量測定手段と、
前記推定熱変位量と前記実測熱変位量との誤差量に応じて前記測定判断手段における前記測定判断基準を変更する判断基準変更手段と、を備えることを特徴とする。
第1の構成の別の態様は、上記構成において、前記精度影響度算出手段は、各前記部位の温度変化速度に基づいて前記精度影響度を算出することを特徴とする。
第1の構成の別の態様は、上記構成において、前記精度影響度は、前記工作機械に装着した工具の送り軸方向での刃先の位置精度及び/又は傾きに影響を及ぼす、熱変位による各前記部位の膨張・収縮、真直度変化、前記送り軸の幾何誤差に対する影響の度合いを示すものであり、前記精度影響度算出手段は、少なくとも1つの前記精度影響度を算出することを特徴とする。
第1の構成の別の態様は、上記構成において、前記測定判断基準は、各前記精度影響度にそれぞれ設定された基準値である精度影響度基準値であり、前記測定判断手段は、複数の前記精度影響度のうち、少なくとも1つが前記精度影響度基準値を上回る場合に測定の必要性ありと判断することを特徴とする。
第1の構成の別の態様は、上記構成において、前記判断基準変更手段は、前記実測熱変位量測定手段による少なくとも1回の測定における前記誤差量に応じて、前記測定判断基準を変更することを特徴とする。
第1の構成の別の態様は、上記構成において、前記推定熱変位量と前記実測熱変位量との誤差量に応じて加工原点を修正する加工原点修正手段をさらに備えることを特徴とする。
上記目的を達成するために、本開示の第2の構成は、工作機械の所定の部位の温度から推定される推定熱変位量を算出し、前記推定熱変位量を打ち消すように前記工作機械の送り軸の位置指令を行うことで熱変位を補正して前記工作機械の加工精度を安定化させる精度安定化方法である。
そして、精度安定化方法は、複数の前記部位の温度を測定する温度測定ステップと、
前記温度測定ステップで測定された各前記部位の温度に基づいて前記推定熱変位量を算出する推定熱変位量演算ステップと、
前記温度測定ステップで測定された温度に基づいて、熱変位による前記工作機械の精度に対する影響の度合いである精度影響度を算出する精度影響度算出ステップと、
前記精度影響度と予め設定された測定判断基準とに基づいて前記工作機械の実測熱変位量の測定の必要性を判断する測定判断ステップと、
前記測定判断ステップで前記実測熱変位量の測定が必要と判断された際に前記実測熱変位量を測定する実測熱変位量測定ステップと、
前記推定熱変位量と前記実測熱変位量との誤差量に応じて前記測定判断ステップにおける前記測定判断基準を変更する判断基準変更ステップと、を実行することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、温度測定を行う間、リアルタイムに熱変位に影響を与える箇所の監視を行い、推定熱変位量と実測熱変位量とのずれが大きくなるような環境について診断を行うことができるようになる。これにより、熱変位補正によって精度が安定していると想定される場合は実測熱変位量の測定の判断基準を緩和して測定頻度を下げ、熱変位の予測が外れ熱変位補正によっても精度が不安定な場合は実測熱変位量の測定の判断基準を強化して測定頻度を上げることで、熱変位が予想しやすい状況において、必要性の低い熱変位測定を省くことができる。よって、加工の中断によるロスタイムを減らすことができる。また、実測熱変位量が把握できるため、加工原点の再設定といった工作機械のキャリブレーションを行うことができ、加工精度を安定させることが可能となる。すなわち、実測熱変位量の測定を適切なタイミングで実施でき、加工精度を維持しつつ、必要性の低い測定による加工能率の低下を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】マシニングセンタの構成及び温度センサ設置個所の一例を示す説明である。
【
図4】判断基準変更部における判断基準の変更処理の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本開示の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、工作機械の一例であり、3つの互いに直交する並進軸を有するマシニングセンタMの模式図である。マシニングセンタMにおいて、主軸頭2は、コラム4の前面のサドル5を介して支持され、並進軸であり互いに直交するX軸、Z軸によってベッド1に対して並進2自由度の運動が可能である。テーブル3は、並進軸でありX軸およびZ軸に直交するY軸によりベッド1に対して並進1自由度の運動が可能である。したがって、主軸頭2は、テーブル3に対して並進3自由度の運動が可能である。XYZ軸の動作は、図に示していない数値制御装置により制御されるサーボモータ駆動により実行され、ワークをテーブル3に固定し、主軸頭2の主軸に工具を装着して回転させ、ワークと工具との相対位置および相対姿勢を制御することで、工作物の加工を行う。
なお、本開示に係る工作機械としては、軸数は3軸に限らず、4軸、5軸でもよい。さらにまた、回転軸によりテーブル3や主軸頭2が回転1自由度以上を持つ機構でもよい。また、工作機械は、マシニングセンタに限らず、旋盤や研削盤でもよい。
【0010】
マシニングセンタMには、温度センサ11~17が取り付けられている。温度センサ11~17により、機械内部または周囲の環境温度を測定し、温度の変化によるマシニングセンタMの変形に関する影響を予測することができる。温度センサ11は主軸頭2の温度、温度センサ12はサドル5の温度、温度センサ13と温度センサ14とはコラム4の前後の温度、温度センサ15はテーブル3の温度、温度センサ16はベッド1の温度、温度センサ17はベッド1周囲の環境温度を測定する。なお、温度センサの設置個所や個数、温度測定箇所の組み合わせはこの例に限らない。
【0011】
図2は、マシニングセンタMの精度安定化装置20の一例を示す構成図である。
精度安定化装置20は、数値制御装置に組み込まれて、温度測定部21と、推定熱変位量演算部22と、精度影響度算出部23と、判断基準記憶部24と、測定判断部25と、実測熱変位量測定部26と、判断基準変更部27と、加工原点修正部28とを備えている。
温度測定部21は、各部に設置される温度センサ11~17により構成される。温度測定部21は、本開示の温度測定手段の一例である。
推定熱変位量演算部22は、マシニングセンタMの温度測定部21における温度センサ11~16の測定結果から、予め設定された熱変位モデル式に基づき、工具の刃先位置とワークとの相対位置関係の推定熱変位量を算出する。この熱変位モデル式は、環境に応じて適宜変更してもよい。また、推定熱変位量の算出に用いる温度センサの構成はこの例に限らずともよい。推定熱変位量演算部22は、本開示の推定熱変位量演算手段の一例である。
【0012】
精度影響度算出部23は、温度測定部21における温度センサ13~17の測定結果を用いて、加工精度に影響を与えるマシニングセンタMの各要素の変形による精度影響度を算出する。精度影響度は、マシニングセンタMの主軸に装着した工具の刃先の各軸方向の位置精度及び/又は傾きに影響を及ぼす、熱変位による各部位の膨張・収縮、真直度変化、XYZ軸の幾何誤差に対する影響の度合いを示すものである。
例えば
図2では、温度センサ13及び14から、コラム4の傾きによる精度影響度Aを算出する。温度センサ15及び17からは、周囲環境温度とテーブル3との温度差によるテーブル3の直接温度測定をしていない部分の温度速度変化に基づく精度影響度Bを算出する。温度センサ16及び17からは、周囲環境温度とベッド1との温度差によるベッド1の直接温度測定をしていない部分の温度速度変化に基づく精度影響度Cを算出する。この精度影響度の個数や構成はこの例に限らずともよい。精度影響度算出部23は、本開示の精度影響度算出手段の一例である。
【0013】
判断基準記憶部24には、精度影響度A、精度影響度B、精度影響度Cそれぞれに対する基準値である精度影響度基準値A~C(測定判断基準の一例)がそれぞれ設定されている。
測定判断部25は、少なくとも1つ以上の精度影響度が精度影響度基準値を上回った場合に実測熱変位量の測定を行う必要性を判断する。測定判断部25は、本開示の測定判断手段の一例である。
実測熱変位量測定部26は、主軸に装着したタッチプローブで基準位置を測定する、基準工具をタッチセンサで測定した際の主軸位置座標を測定する、などの方法で実測熱変位量を測定する。実測熱変位量測定部26は、本開示の実測熱変位量測定手段の一例である。
判断基準変更部27は、推定熱変位量演算部22で算出された推定熱変位量と、実測熱変位量測定部26で測定された実測熱変位量との差分をとり、これを誤差量としてこの誤差量の値に応じて精度影響度の基準値を変更する。判断基準変更部27は、本開示の判断基準変更手段の一例である。
加工原点修正部28は、推定熱変位量と実測熱変位量との誤差量の分だけワーク加工のの基準位置となるワーク原点を変更する。こうして変更したワーク原点を新たな基準とすることで、工具刃先位置とワークとの相対位置関係の推定熱変位量による補正後の誤差をキャンセルすることができる。加工原点修正部28は、本開示の加工原点修正手段の一例である。
【0014】
図3は、精度安定化装置20により実行される精度安定化方法のフローチャートである。この処理は、予め記憶されたプログラムによって実行される。
まず、ステップ(以下「S」と表記する)A0で、所定の時間経過が確認されると、SA1で、工作機械各部の温度測定を行う(温度測定ステップ)。すなわち、温度測定部21にて温度センサ11~17の少なくとも1つ以上の温度センサを用いて行う。
SA2では、精度影響度算出部23において、それぞれの温度や温度変化速度、温度差に基づいて、精度影響度の算出を行う(精度影響度算出ステップ)。
SA3では、推定熱変位量演算部22において、温度センサ11~17の少なくとも1つ以上の温度センサを用い、設定された熱変位モデル式に基づいて推定熱変位量の算出を行う(推定熱変位量演算ステップ)。
SA4では、測定判断部25において、算出された精度影響度と判断基準記憶部24に記憶された精度影響度基準値とに基づいて実測熱変位量の測定必要性の判断を行う(測定判断ステップ)。ここで全ての精度影響度が精度影響度基準値より小さい場合は、加工精度への影響が小さいとして、実測熱変位量の測定が不要と判断し、所定の時間が経過するまで従前の機械動作を継続する。一方、少なくとも1つの精度影響度が精度影響度基準値より大きい場合は、加工精度への影響が大きいとして、実測熱変位量の測定が必要と判断し、SA5へ進む。
【0015】
SA5では、実測熱変位量測定部26において、実測熱変位量の測定を行う(実測熱変位量測定ステップ)。
SA6では、SA3で算出した推定熱変位量と、SA5で測定した実測熱変位量との差分を誤差量として算出する。
SA7では、SA6で算出した誤差量が、予め設定された基準範囲に収まるかどうかを判定する。ここで誤差量の絶対値が基準範囲に収まらない場合、SA8で、判断基準変更部27において、判断基準記憶部24に記憶されている測定判断基準である精度影響度基準値を下げるように変更する。これにより、誤差量が予め設定された基準範囲に収まるまで、SA4において測定を必要と判断する頻度が高まる。測定判断基準の変更例については後述する。
SA7において、誤差量の絶対値が基準範囲に収まる場合、SA9で、判断基準変更部27において、判断基準記憶部24に記憶されている測定判断基準である精度影響度基準値を上げるように変更する。これにより、SA4において測定を必要と判断する頻度が低くなる。測定判断基準の変更例については後述する(SA6~SA9:判断基準変更ステップ)。
【0016】
一方、SA6の処理の後、SA10では、SA6で算出した誤差量に基づいて、加工原点修正部28において、ワーク原点を変更する。これにより、マシニングセンタMの変形量分の誤差をキャンセルすることができる。以降の推定熱変位量演算部22による推定熱変位量の演算は、実測時の温度や位置に基づいて演算される。
こうして精度安定化装置20は、マシニングセンタMによる加工の際には、推定熱変位量演算部22で算出された推定熱変位量を打ち消すように数値制御装置へ送り軸の位置指令を行う。よって、マシニングセンタMでは、熱変位を補正して加工精度を安定化させることができる。
このとき、熱変位補正によって精度が安定していると想定される場合は、実測熱変位量の測定判断基準が緩和されるため、測定頻度は下がる。一方、熱変位の予測が外れ熱変位補正によっても精度が不安定な場合は、実測熱変位量の測定判断基準が強化されて測定頻度は上がる。よって、必要性の低い熱変位測定を省くことができ、加工の中断によるロスタイムを減らすことができる。
【0017】
図4は、
図3のSA7~SA9における測定判断基準である精度影響度基準値を変更する処理の一例を示す。以下、各ステップに従って説明する。
SB1では、推定熱変位量演算部22で算出された推定熱変位量と、実測熱変位量測定部26で測定された実測熱変位量との差分である誤差量を|E| (絶対値)、誤差量の基準値(許容できる誤差量の最大値)を|E
ref|(絶対値)とし、誤差量|E|が誤差基準値|E
ref|を上回るか否かを判定する。
ここで誤差量|E|が誤差基準値|E
ref|を上回る場合、SB2で、精度影響度Aの値I
Aが精度影響度基準値Aの値I
Arefを上回っているか否かを判定する。なお、精度影響度の値は正の値をとり、温度の基準からの変化量や温度変化速度、温度差が大きいほど大きい値をとるものとする。
ここでI
AがI
Arefを上回る場合、SB3では、新たな精度影響度Aに対する精度影響度基準値(I
Aref)
newを、以下の式に基づいて設定する。αは、精度影響度Aが熱変位量に及ぼすおおよその係数であり、予め設定する。精度影響度基準値を更新する際の変更量の設定に関する詳細については後述する。
【0018】
【0019】
SB3で精度影響度基準値(IAref)newを設定した後、或いは、SB2において精度影響度Aの値IAが精度影響度基準値Aの値IArefを上回っていない場合、SB4で、精度影響度Bの値IBが精度影響度基準値Bの値IBrefを上回っているか否かを判定する。
ここでIBがIBrefを上回る場合、SB5では、新たな精度影響度Bに対する精度影響度基準値(IBref)newを、以下の式に基づいて設定する。βは、精度影響度Bが熱変位量に及ぼすおおよその係数であり、予め設定する。
【0020】
【0021】
SB5で精度影響度基準値(IBref)newを設定した後、或いは、SB4において、精度影響度Bの値IBが精度影響度基準値Bの値IBrefを上回っていない場合、SB6で、精度影響度Cの値ICが精度影響度基準値Cの値ICrefを上回っているか否かを判定する。
ここでICがICrefを上回る場合、SB7では、新たな精度影響度Cに対する精度影響度基準値(ICref)newを、以下の式に基づいて設定する。γは、精度影響度Cが誤差量に及ぼすおおよその係数であり、予め設定する。
【0022】
【0023】
一方、SB1で誤差量|E|が誤差基準値|Eref|を上回っていない場合、SB8では、精度影響度Aの値IAが精度影響度基準値Aの値IArefを上回っているか否かを判定する。
ここでIAがIArefを上回る場合、SB9では、精度影響度Aに対する精度影響度基準値(IAref)newをIArefからIAに変更する。
SB9で精度影響度基準値IAを変更した後、或いは、SB8において、精度影響度Aの値IAが精度影響度基準値Aの値IArefを上回っていない場合、SB10で、精度影響度Bの値IBが精度影響度基準値Bの値IBrefを上回っているか否かを判定する。
ここでIBがIBrefを上回る場合、SB11では、精度影響度Bに対する精度影響度基準値(IBref)newをIBrefからIBに変更する。
SB11で精度影響度基準値IBを変更した後、或いは、SB10において、精度影響度Bの値IBが精度影響度基準値Bの値IBrefを上回っていない場合、SB12で、精度影響度Cの値ICが精度影響度基準値Cの値ICrefを上回っているか否かを判定する。
ここでICがICrefを上回る場合、SB13では、精度影響度Cに対する精度影響度基準値(ICref)newをICrefからICに変更する。
【0024】
以下に精度影響度基準値を変更する処理の一例について説明する。
精度影響度が精度影響度の基準値を超えた際に誤差量が誤差量の基準値を超えるとすると、次の式(1)でモデルを表すことができる。
【0025】
【0026】
例えば、機械ごとに熱変位モデルを作る際の過去の熱変位測定データから以下に示す式(2)において、予め影響度と誤差量との測定データから重回帰分析を行ってα,β,γを決めてもよい。
【0027】
【0028】
また、精度影響度の基準値の初期値は、以下の式(3)を満たすように決めてもよい。
【0029】
【0030】
精度影響度Aのみが精度影響度基準値Aを上回っている場合、式(1)は次の式(4)のようになる。
【0031】
【0032】
式(4)において、精度影響度によって正確に誤差量と誤差基準値とのずれを推定できているわけではないため、調整項としてΔi1を置いている。
精度影響度基準値Aを変更することにより調整するとし、その精度影響度基準値変化量をΔIArefとして調整項Δi1を以下の式(5)のように置き換える。
【0033】
【0034】
式(5)において、ΔIArefについて整理すると、以下の式(6)となる。
【0035】
【0036】
精度影響度Aを算出した要素の変形の影響により
図2の推定熱変位量演算部22における熱変位モデル式では推定できない熱変位が生じていることが分かるため、精度影響度基準値Aを下げることで精度影響度Aを算出した要素の変形が起こった際の熱変位測定頻度を増やすことが望ましい。ΔI
A>0であり、精度影響度Aが誤差量に及ぼす係数αは正確なものではないため、必ず精度影響度基準値Aが下がるように安全側に精度影響度基準値を設定する場合、式(6)から精度影響度基準値Aの変更量は次の式(7)のようになる。I
Bref、I
Crefについての変更量も式(7)と同様である。
【0037】
【0038】
精度影響度Aのみが精度影響度基準値Aを上回っている場合、式(1)は次の式(8)のようになる。
【0039】
【0040】
式(8)において、精度影響度Aが精度影響度基準値Aを上回っているにも関わらず、誤差量は誤差基準値を下回るため、調整項としてΔi2を置いている。
精度影響度基準値Aを変更することにより調整するとし、調整項Δi2を次の式(9)のように精度影響度基準値変化量ΔIArefで置き換える。
【0041】
【0042】
式(9)において、ΔIArefについて整理すると、以下の式(10)となる。
【0043】
【0044】
精度影響度Aが精度影響度基準値Aを上回っているが誤差量は誤差基準値を下回る場合、このときの精度影響度Aを新たな精度影響度基準値Aとすることができる。
精度影響度基準値B、精度影響度基準値Cについても式(10)と同様に精度影響度基準値を変更することができる。
【0045】
このように、上記形態のマシニングセンタMの精度安定化装置20は、所定の部位の温度を温度センサ11~17により測定する温度測定部21と、温度測定部21で測定される温度に基づいて推定熱変位量を算出する推定熱変位量演算部22と、を有し、推定熱変位量演算部22で算出された推定熱変位量を打ち消すようにマシニングセンタMの送り軸の位置指令を行うことで熱変位を補正して加工精度を安定化させる。
そして、温度測定部21で測定された複数の部位の温度に基づいて熱変位によるマシニングセンタMの精度に対する影響の度合いである精度影響度を算出する精度影響度算出部23と、精度影響度と予め設定された測定判断基準とに応じてマシニングセンタMの実測熱変位量の測定の必要性を判断する測定判断部25と、測定判断部25によって実測熱変位量の測定が必要と判断された際に実測熱変位量を測定する実測熱変位量測定部26と、推定熱変位量と実測熱変位量との誤差量に応じて測定判断部25における測定判断基準を変更する判断基準変更部27と、を備える。
【0046】
この構成によれば、温度測定を行う間、リアルタイムに熱変位に影響を与える箇所の監視を行い、推定熱変位量と実測熱変位量とのずれが大きくなるような環境について診断を行うことができるようになる。これにより、熱変位補正によって精度が安定していると想定される場合は実測熱変位量の測定の判断基準を緩和して測定頻度を下げ、熱変位の予測が外れ熱変位補正によっても精度が不安定な場合は実測熱変位量の測定の判断基準を強化して測定頻度を上げることで、熱変位が予想しやすい状況において、必要性の低い熱変位測定を省くことができる。よって、加工の中断によるロスタイムを減らすことができる。
また、実測熱変位量が把握できるため、加工原点の再設定といった工作機械のキャリブレーションを行うことができ、加工精度を安定させることが可能となる。
これにより、実測熱変位量の測定を適切なタイミングで実施でき、加工精度を維持しつつ、必要性の低い測定による加工能率の低下を抑えることができる。
【0047】
なお、上記形態では、推定熱変位量と実測熱変位量との誤差量に基づいて加工原点の修正を行っているが、加工原点の修正に代えて、実測熱変位量の測定頻度が多い場合(例えば所定時間内に設定回数に達したような場合)には、推定熱変位量演算部において熱変位モデル式を変更してもよい。これ以外の他のキャリブレーションを行ってもよい。
精度安定化装置は、上記形態のように数値制御装置に組み込まれる場合に限らず、数値制御装置と別体で設置されていてもよい。複数の工作機械から温度を取得してそれぞれ個別に実測熱変位量の測定のタイミングを設定してもよい。
【符号の説明】
【0048】
1・・ベッド、2・・主軸頭、3・・テーブル、4・・コラム、5・・サドル、11~17・・温度センサ、20・・精度安定化装置、21・・温度測定部、22・・推定熱変位量演算部、23・・精度影響度算出部、24・・判断基準記憶部、25・・測定判断部、26・・実測熱変位量測定部、27・・判断基準変更部、28・・加工原点修正部。