(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023141397
(43)【公開日】2023-10-05
(54)【発明の名称】電圧型インバータの制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 27/08 20060101AFI20230928BHJP
H02P 21/22 20160101ALI20230928BHJP
H02P 21/14 20160101ALI20230928BHJP
H02M 7/48 20070101ALI20230928BHJP
【FI】
H02P27/08
H02P21/22
H02P21/14
H02M7/48 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022047706
(22)【出願日】2022-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(74)【代理人】
【識別番号】100086232
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 博通
(74)【代理人】
【識別番号】100092613
【弁理士】
【氏名又は名称】富岡 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100104938
【弁理士】
【氏名又は名称】鵜澤 英久
(74)【代理人】
【識別番号】100210240
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 友幸
(72)【発明者】
【氏名】山本 康弘
(72)【発明者】
【氏名】滝口 昌司
【テーマコード(参考)】
5H505
5H770
【Fターム(参考)】
5H505BB04
5H505BB09
5H505CC01
5H505EE41
5H505EE49
5H505GG04
5H505GG08
5H505HB02
5H505JJ04
5H505JJ22
5H505JJ24
5H505JJ25
5H505JJ28
5H505LL22
5H505LL41
5H770AA05
5H770BA01
5H770DA03
5H770DA41
5H770EA01
5H770EA04
5H770EA21
5H770GA17
5H770HA02Y
5H770HA07Z
(57)【要約】
【課題】電流制御系に対して6次高調波の過変調方式を適用した電圧型インバータの制御装置において、過変調領域でも安定性や応答性の低下を抑制する。
【解決手段】6次高調波重畳推定部60は、d軸q軸電圧指令値の振幅V1と位相φvに基づいて6次補正成分の振幅値ΔVx,ΔVyを求め、補正電圧成分ΔVx6c,ΔVy6sを求め、補正後電圧指令Vx,Vyを求める。また、6次高調波重畳推定部60は、高調波電流推定値ΔIHdqを生成する。減算補正部72は、d軸q軸電流検出値Idqから高調波電流推定値ΔIHdqを減算して補正d軸q軸電流検出値Idq_compを出力する。トルク・電流制御部は、d軸q軸電流指令値Idq*と補正d軸q軸電流検出値Idq_compとの偏差に基づいてd軸q軸電圧指令値V1dqを出力する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
三相フルブリッジ接続されたスイッチング素子を有し、直流電圧を三相交流電圧に変換する電圧型インバータの制御装置であって、
d軸q軸電流指令値と補正d軸q軸電流検出値との偏差に基づいてd軸q軸電圧指令値を出力するトルク・電流制御部と、
前記d軸q軸電圧指令値の振幅に基づいて制限後振幅V1Limを求め、
(12)式、(13)式に基づいて6次補正成分の振幅値を求め、
前記d軸q軸電圧指令値の位相φvに基づいて位相角θvを求め、
(14)式、(15)式により補正電圧成分を求め、
(27)式、(28)式により補正後電圧指令を求め、
(20)式~(24)式により高調波電流推定値を生成する6次高調波重畳推定部と、
d軸q軸電流検出値から前記高調波電流推定値を減算して前記補正d軸q軸電流検出値を出力する減算補正部と、
を備え、
前記補正後電圧指令に基づいて、前記スイッチング素子のゲート信号を生成することを特徴とする電圧型インバータの制御装置。
【数12】
【数13】
【数14】
【数15】
【数20】
【数21】
【数22】
【数23】
【数24】
【数27】
【数28】
ΔVx6,ΔVy6:6次補正成分の振幅値
V1Lim:制限後振幅
VDB:DB電圧
VB:飽和電圧
ΔVx6c,ΔVy6s:補正電圧成分
θv:固定座標から見た電圧の位相角
Δλx6:X軸高調波磁束
Δλy6:Y軸高調波磁束
ωr:速度検出値
t:時間
Δλ6d:d軸高調波磁束
Δλ6q:q軸高調波磁束
φv:回転座標から見た電圧の位相
ΔIHd:d軸高調波電流推定値
ΔIHq:q軸高調波電流推定値
Ld:d軸インダクタンス
Lq:q軸インダクタンス
Vx,Vy:補正後電圧指令
max:正方向に大きな値を選択する関数
min:負方向に大きな値を選択する関数
【請求項2】
前記トルク・電流制御部は積分制御を行う積分演算器を有し、
前記d軸q軸電圧指令値の振幅が上限値を超過した場合に、超過電圧に基づいて前記積分演算器をフィードバック補償することを特徴とする請求項1記載の電圧型インバータの制御装置。
【請求項3】
前記d軸q軸電圧指令値の振幅が限界電圧を超過した場合、q軸電流指令値と補正q軸電流検出値との偏差に基づいてd軸電流指令値を補正することを特徴とする請求項2記載の電圧型インバータの制御装置。
【請求項4】
(5)式、(6)式によってd軸補正電流を生成し、
補正前d軸電流指令値から前記d軸補正電流を減算して前記d軸電流指令値を出力する減算器と、
前記補正前d軸電流指令値と前記d軸電流指令値に基づいて補正係数を生成するIq補正部と、
前記d軸電流指令値に基づいてq軸電流制限値を出力するI1制限部と、
補正前q軸電流指令値に前記補正係数を乗算する乗算器と、
前記乗算器の出力を前記q軸電流制限値に制限してq軸電流指令値として出力する電流制限部と、
を備えたことを特徴とする請求項3記載の電圧型インバータの制御装置。
【数5】
【数6】
ΔIFBd:d軸補正電流
τi:積分時定数
τLP:減衰時定数
s:ラプラス演算子
Iq*:q軸電流指令値
Iq_comp:補正q軸電流検出値
Sov:d軸q軸電圧指令値の振幅が限界電圧を超過した場合にon、それ以外はoffとなる飽和信号
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インバータ装置などを対象としており、可変電圧・可変周波数の交流電圧を発生するためのPWM(Pulse Width Modulation)方式を利用した電流制御に関する。
【背景技術】
【0002】
PWM方式では、直流電源のP・N電位をパルス状に交互に出力し、このパルス幅を変化させて交流電圧を出力している。しかし、電圧指令が大きくなるとパルスON/OFFの時間比率が拡大して狭いパルスが生じるようになり、パルス幅が零に達するとPWM変調限界(電圧飽和)となる。交流波形の場合には、電圧飽和以上の電圧を発生させるため高次高調波を許容して、台形波や方形波(1パルス波形)などを適用して基本波成分を拡大することも行われており、これは「過変調(方式)」と呼ばれている。
【0003】
従来の過変調方式として、非同期PWM領域では台形変調などが、同期PWM領域では1パルス制御などが適用されている。ところが、この過変調方式を電流制御系に適用すると電流の高調波成分が外乱要因となる問題が生じ、これを対策するためには高調波電流の予測など複雑な制御系が必要になる。また、同期PWMである1パルス制御なら高調波を簡単に推定できるが、周波数が低く非同期PWMが必要な領域には適用できない。
【0004】
本願発明では従来の台形波変調を適用していた非同期PWM領域の特性を改善する。具体的には、高調波の周波数成分を限定できる「6次高調波重畳による過変調方式」を電流制御と組み合わせることにより、従来の電流制御系を流用できる簡単な構成の制御方式を説明する。
【0005】
(モータ・インバータ・制御の全体構成)
先行技術を応用した一例として、交流モータ可変速駆動システムを
図13に示す。これは、制御対象であるモータ1を直流電源3およびインバータ2により駆動している。
【0006】
制御演算部11は、トルク・電流制御部4、PWM指令・零相変調部5を有する。トルク・電流制御部4は、トルク指令値Trq_cmd、速度検出値ωr、三相電流検出値Iu,Iv,Iwに基づいて入力電圧指令Va,Vbを出力する。PWM指令・零相変調部5は、入力電圧指令Va,Vb、直流電源電圧Vdcに基づいて零相変調後のPWM指令Kzu,Kzv,Kzwを出力する。PWM生成部12ではキャリア発生部6とPWM生成部7などによりスイッチング素子を制御するゲート信号Gu,Gx,Gv,Gy,Gw,Gzを出力する。
【0007】
検出装置としては、電流検出部8と、回転子位置検出部9と、速度検出部10などを使用する。速度検出部10では位置検出位相θrの微分演算によって速度検出値ωrを算出する。
【0008】
図14は、インバータ2の主回路構成を示している。インバータ2は6個のスイッチング素子SWu,SWx,SWv,SWy,SWw,SWzを三相フルブリッジ接続した一般的な電圧型三相インバータである。このインバータ2の直流電源電圧をVdc、直流電圧の正側を「P電位」、負側を「N電位」とし、三相出力端子をU,V,Wと定義する。電源電圧は交流電圧を整流したものなどである。
【0009】
[零相変調とモータ・インバータ・制御の全体構成]
図13のPWM指令・零相変調部5の詳細構成例を
図15に示す。入力電圧指令Va,Vbは固定座標の直交二軸成分として与える。これを二相/三相変換部40で(1)式により三相電圧指令値Vu,Vv,Vwに変換する。
【0010】
【0011】
さらに、除算器41、42、43で三相電圧指令値Vu,Vv,Vwを直流電源電圧の1/2成分(Vdc/2)を基準として正規化(除算)した係数Ku,Kv,Kwに変換して零相変調前のPWM指令としている。
【0012】
一般的には、モータ巻線の中性点が開放されているので、零相電圧成分(三相同一の電圧成分)を加えても零相電流成分は発生しないことを利用して、出力電圧を約15%拡大できるように零相電圧を加算補正部45,46,47で補正する零相変調が適用されている。
【0013】
この零相変調は零相変調部44にて生成しており、「3次高調波成分を重畳する方法」や「三相電圧の最大振幅相と最小振幅相の振幅を等しくさせる方法(min-max法)」などがある。
【0014】
代表的なものは
図16(a)の(Kzu3,Kzv3,Kzw3)で示される(min-max法)であり、以降はこれを「三相変調」と呼ぶ。この零相変調により、零相変調前のPWM指令Kuに比べて零相変調後のPWM指令Kzu3は最大振幅が約15%だけ小さくなっており、言い換えると出力可能な電圧指令を約15%拡大することができる。
【0015】
これ以外にも、
図16(b)の(Kzu2,Kzv2,Kzw2)の波形例のように、位相の60°区間ごとに、交互に最大振幅相の電位を直流電源のP電位に、最小振幅相の電位を直流電源のN電位に一致させる零相変調方法も用いられており、これを以降では「二相変調」と呼ぶことにする。
【0016】
これも出力可能な電圧を約15%増加できるが、さらにPWMのスイッチング回数を約2/3に削減できる特徴がある。しかし、スイッチング回数の低減には一長一短があり、インバータのスイッチング損失は低減できるが、電流リプルが増加するので負荷機の銅損や鉄損が増加する課題もある。
【0017】
二相変調には60°区間のセクタ切替の制約があるので応答性を要求しない動力システムに利用されており、三相変調はこの制約が無いので高速応答が要求されるサーボシステムなどに適用されている。三相変調と二相変調のどちらを適用しても理論的な出力電圧の上限は等しく、線間電圧の実効値で表すと「Vdc/√2」が限界となる。
【0018】
比較器48u,48v,48wで零相変調後のPWM指令Kzu,Kzv,Kzwと三角波キャリア信号Cryとを比較してPWMパルス信号Su,Sv,Swを生成する。実際の半導体スイッチング素子には動作遅延があるので、短絡防止期間生成部49u,49v,49wで上下アームの対となるゲート信号には短絡防止期間(デッドタイム)が挿入される。そのためPWMパルス幅についてもこのデッドタイム相当の最小幅を確保するか、もしくは完全なパルス休止状態にしないと正確なPWM出力つまり電圧制御ができなくなる。このパルスの下限幅を「PWMの最小パルス幅」と呼ぶことにする。この制限を実現するためには、
図16に示すように、三角波キャリア信号Cryと比較する三相PWM指令の波形に対して禁止帯域ΔKdbを設定する必要がある。
【0019】
図16(a)の三相変調では、最大振幅が(Vdc/2-ΔKdb:片振幅)を超過しないように制限しており、これにより出力可能な最大電圧が低減してしまう。
【0020】
図16(a)と同じ電圧指令を二相変調したものが
図16(b)であり、三相PWM指令のどれか一相は常にP電位またはN電位に張り付けてあるため、禁止帯域ΔKdbよりも広い幅でスキップできている。つまり、二相変調の方が出力可能な最大電圧を高くしたい場合には有利である。
【0021】
図16(a)の三相変調の波形を固定座標の直交二軸電圧ベクトルに逆変換してみると、
図17のような電圧空間ベクトルの出力可能領域として表現できる。
図17において、VBは理想的なPWMで出力可能な飽和電圧であり、VDBはPWMの最小パルス幅を確保できる実用的な出力電圧である。
【0022】
図16(a)の禁止帯域ΔKdbに対応するものは
図17では電圧余裕幅ΔVdbに相当する。これは、出力可能な六角形の電圧空間において、外周部に禁止帯域が存在しており、高調波(波形歪)の無い正弦波として出力可能な電圧振幅は、禁止帯域に内接する円の半径であるVDBが限界となる。以降ではVDBをDB電圧と呼ぶ。
【0023】
図16(b)の二相変調の波形でも同様に禁止帯域が存在するが、
図17の電圧余裕幅ΔVdbは三相変調に比べて1/2の幅になるので、出力可能な電圧振幅が増加する。
【0024】
[電流制御系の構成例(従来例1)]
図13の全体構成で示した「トルク・電流制御部4」の一般的な構成例を
図18に示す。これは、回転子の位置検出位相θrと同期した回転座標系にて直交二軸成分(d軸、q軸)として取り扱うものであり、このdq座標系であれば、定常の交流電圧や交流電流を直流量として取り扱うことができる。
【0025】
電流指令値生成部21では、トルク指令値Trq_cmdと速度検出値ωrを入力として、事前試験などによって作成したテーブル読み出しなどにより(補正前)d軸,q軸電流指令値IdT,IqT(ベクトルIdqT)をd軸q軸電流指令値Id*,Iq*として出力する。
【0026】
以降では、直交二軸成分をベクトルに簡略して表現する場合には、太線として表現する。縦長の四角形が二軸要素とベクトルの変換部であり、ベクトルの乗算や加算および積分は各要素に対して演算を適用するものである。このベクトル成分には、添え字「dq(d,q)、xy(x,y),ab(a,b))」を付記して明示する。三相成分(u,v,w)も同様に太線と添え字「uvw」により簡略化して表現する。
【0027】
図18の三相電流検出値Iuvw(Iu,Iv,Iw)は、三相/二相変換部26において、直交二軸成分への変換と位置検出位相θrによる回転座標変換を組み合わせた(2)式により回転座標系の直交二軸成分のd軸q軸電流検出値Idq(Id,Iq)に変換する。
【0028】
【0029】
トルク・電流制御部は、例えば、減算器22と、比例演算器23と、積分演算器24と、加算器25と、を備え、PI制御を行う。減算器22でd軸q軸電流指令値Idq*とd軸q軸電流検出値Idqとの電流偏差ΔIdqを算出する。比例演算器23は、電流偏差ΔIdqに対して、比例ゲインKPcを乗算して比例成分VPdqを出力する。積分演算器24は、比例成分VPdqを時定数TIcで積分演算して積分成分VIdqを出力する。加算器25は、比例成分VPdqに積分成分VIdqを加算してPI制御出力VPIdqを出力する。
【0030】
さらに、非干渉制御部27ではd軸q軸電流検出値Idqと速度検出値ωrより、モータモデルを使用して起電力相当電圧VFFdqを計算する。加算器28は、起電力相当電圧VFFdqにPI制御出力VPIdqを加算補正してd軸q軸電圧指令値V1dqを出力することにより電流制御の応答性と安定性を改善している。
【0031】
dq座標から出力するd軸q軸電圧指令値V1dqは「(2)式の逆変換」である逆回転座標変換と二相/三相変換により固定座標の二軸成分(入力電圧指令Va,Vb)に変換することができる。ここでは、後述する電圧飽和処理を適用しやすいように、まず極座標変換部29で(3)式によりd軸q軸電圧指令値V1dqをR(振幅V1)とφ(位相φv)に変換する。
【0032】
【0033】
位相φvは、回転座標から見た電圧位相となる。
【0034】
加算器30は、位置検出位相θrに位相φvを加算して位相角θvとして出力する。θvは固定座標からみた電圧ベクトルの位相角である。逆極座標変換部31は、位相角(θv=θr+φv)により(4)式にて固定座標の二軸成分(入力電圧指令)Va,Vbに逆変換する。以降では、極座標変換部29の出力は、振幅V1と同相をX軸、直交軸をY軸とするXY座標として取り扱うことにする。
【0035】
【0036】
[電流制御系に電圧飽和機能を追加した構成例(従来例2)]
図19は、
図18の電流制御系に対して、上限値VMAXを上限とする飽和電圧処理を追加した場合の構成例である。最小パルス幅を確保するためには、
図17に示したDB電圧VDBを上限値VMAXとして設定すればよい。
【0037】
飽和電圧時の電流制御系への補償処理には多種多様な方式があるが、ここでは比較的に簡単な2種類のループを追加した構成例を示している。
【0038】
一つ目の補償ループは、極座標変換部29の振幅V1を飽和関数部32で上限値VMAXに制限する。減算器33は飽和関数部32の入出力の偏差である超過電圧ΔV1を求める。
【0039】
逆極座標変換部34にて超過電圧ΔV1を位相φvでdq軸超過電圧ΔVdqに変換する。積分演算器24はdq軸超過電圧ΔVdqを用いて値を補正する構成を追加したものである。
【0040】
この超過電圧をフィードバックする構成は「自動整合形PI制御(非特許文献2)」と呼ばれており、「電圧飽和時の異常積分の抑制」や「電圧飽和解除後のアンチワインドアップ対策」として利用されている。異常積分対策には積分を停止させる方法もあるが、直流電圧が低下して飽和が発生する場合にはこの自動整合形PI制御の方が適している。これ以外に特許文献1のような改良した方法もあるが、dq軸超過電圧ΔVdqに相当する成分をフィードバックする原理は共通である。
【0041】
もう一つの補償ループは、電圧飽和検出部35により飽和信号Sovを出力する。飽和信号Sovはd軸q軸電圧指令値の振幅V1が上限値VMAXを超過した場合にon、それ以外はoffとなる。電圧飽和時には飽和制限部36において、電流偏差ΔIdqを入力として「d軸電流指令値を補正するd軸補正電流ΔIFBd」を生成する。
【0042】
飽和制限部36の代表的な簡単な構成例を(5)式と(6)式にラプラス式(演算子:s)を使って示す。電圧飽和時は(5)式にて電流偏差(Iq*-Iq_comp)を時間積分してd軸補正電流ΔIFBdを算出する。電圧飽和ではない場合には(6)式にて、一次遅れ関数で零値に減衰させてd軸補正電流ΔIFBdを算出する。減算補正部37で(7)式のように補正前d軸電流指令値IdTからd軸補正電流ΔIFBdを減算してd軸電流指令値Id*を出力する。ここで、τiは積分時定数、τLPは減衰時定数であり、これらは調整値である。
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
(7)式によりd軸電流指令値Id*が変化すると発生トルクが変動し、d軸とq軸を合成した電流振幅が電流制限値IMAXを超過する可能性もある。
【0047】
そこで、「Iq補正部13」にて(8)式によりq軸電流の補正係数KIqを計算する。ゲイン補正部38は補正前q軸電流指令値IqTに補正係数KIqを乗算してトルク変動を抑制する。ここで、λd0は永久磁石による鎖交磁束成分(設定値)であり、誘導機の場合には二次鎖交磁束に相当する成分である。また、Ldはd軸インダクタンス、Lqはq軸インダクタンスである。
【0048】
【0049】
また、インバータの電流指令の電流制限値IMAXの制限を考慮し、「I1制限部14」は(9)式にてq軸電流制限値IMAXqを計算する。電流制限部39は、(10)式のようにq軸電流指令値をq軸電流制限値±IMAXq以内に制限してq軸電流指令値Iq*としている。
【0050】
【0051】
【0052】
ここで、「min(x1,x2)」は要素(x1とx2)のうち負方向に大きな値を選択する関数であり、「max(x1,x2)」は要素(x1とx2)のうち正方向に大きな値を選択する関数である。
【0053】
上記の電圧飽和時のd軸補正電流は「指令を修正して電流偏差を縮小する効果」と「トルクや有効電力の減少量を抑制する効果」を兼ねており、d軸電流を負方向に増加させればモータの起電力が低減するので、電圧制限時でもq軸電圧余裕が得られる原理を利用している。
【0054】
非特許文献4ではこの原理を「誘導機のベクトル制御」に適用しており、この場合は二次磁束指令を補正している。
図13では「永久磁石同期電動機のベクトル制御」を想定しているので、d軸電流を負方向に増加させる「弱め界磁制御」として動作させているが、モータ側の起電力を低減させる原理は共通である。
【0055】
以上の
図18と
図19が、基礎となる電流制御の構成例である。ここではモータ駆動の例を示したが、電力系統制御用の機器でも「系統同期検出による周波数や位相」を利用すれば同様に構成できる。
【0056】
[6次高調波による過変調方式(従来例3)]
以降の実施例では、
図18や
図19の電流制御系に対して、下記のような「6次高調波重畳による過変調方式」を組み合わせる。これは、
図16(b)の二相変調方式の波形を、
図24のように、禁止帯域ΔKdbの余裕幅を維持しながら、2段目のレベルに沿って台形波状に電圧を増加させる方式であり、この波形はdq軸の電圧指令に6次高調波成分を加算するだけで実現できる。
【0057】
この過変調方式は
図13のトルク・電流制御部4に適用するものであり、
図18や
図19の逆極座標変換部31の部分を
図20の6次高調波補正部50の部分に置き換えただけである。
【0058】
図20の構成は、極座標変換部29でd軸q軸電圧指令値V1dqを極座標変換して振幅V1と位相φvに変換したものに、6次高調波の補正電圧成分ΔVx6c,ΔVy6sの直交二軸成分を加算するものである。
【0059】
まず、振幅V1を飽和関数部32により制限したものを制限後振幅V1Limとする。6次高調波の補正電圧成分は制限後振幅V1Lim(V1)と同相成分である補正電圧成分ΔVx6c(X軸)とそれに直交した補正電圧成分ΔVy6s(Y軸)として生成する。X軸成分は制限後振幅V1Limに対して補正電圧成分ΔVx6cを加算補正して補正後電圧指令Vxとする。また、Y軸成分は補正電圧成分ΔVy6sを補正後電圧指令Vyとする。逆回転座標変換部58で(11)式により、補正後電圧指令Vx,Vyを位相角(θr+φv=θv)で逆回転座標変換し、固定座標の入力電圧指令Va,Vbに変換している。
【0060】
【0061】
補正電圧成分ΔVx6c,ΔVy6sは、6次補正部51,乗算器52,53,54,55,56のブロックで生成されているが、この部分の説明は数式で表現する。
【0062】
以降の式で使用する電圧成分は、「定格の直流電圧Vdc0による電圧限界(飽和電圧)VB=Vdc0/√2」で正規化したものとする。
図17に示した「DB電圧VDB」を過変調の開始レベルとした場合、6次補正部51は、(12)式と(13)式により6次補正成分の振幅値ΔVx6,ΔVy6を計算する。
【0063】
【0064】
【0065】
ここで、(12)式の「max(x1,x2)」は要素(x1とx2)の正方向に大きな値を選択する関数であり、制限後振幅V1LimがDB電圧VDBに対して超過した場合のみ6次補正成分の振幅値ΔVx6を計算している。この振幅値ΔVx6に連動して振幅値ΔVy6も(13)式により計算する。「min(x1,x2)」は要素(x1とx2)の負方向に大きな値を選択する関数であり、ここでは正方向の上限を零に設定している。
【0066】
次に、(14)式および(15)式のように乗算器52で位相角θvに6を乗算して6次位相(6×θv)を算出し、乗算器53,54の内部で余弦波cos(6×θv)や正弦波sin(6×θv)を計算する。乗算器55,56で振幅値ΔVx6、ΔVy6に余弦波cos(6×θv)、正弦波sin(6×θv)を乗算して、
図20の補正電圧成分ΔVx6c,ΔVy6sに相当する成分を計算する。
【0067】
【0068】
【0069】
(12)式と(13)式の特性をグラフとして示したものが
図21であり、
図21(a)は電圧超過量(振幅値)ΔVx6の発生を、
図21(b)は6次高調波の各振幅値ΔVx6,ΔVy6の特性を示している。
【0070】
振幅値ΔVx6については未飽和領域では零であり、DB電圧VDBに対する超過電圧に比例している。振幅値ΔVy6については(13)式の切片までは零であり、これ以上では傾き(-3.04)で負方向に増加している。VCは過変調を適用できる限界電圧であり、6次高調波のみ加算する方法では拡大限界は約1.06倍であるので「VC≒1.06×VDB」になる。
図20の飽和関数部32の上限値VMAXにはこの限界電圧VCを設定している。
【0071】
上記のような6次高調波を重畳すれば、制限後振幅V1LimがDB電圧VDBを超過しても限界電圧VCまでは、指令に応じた基本波電圧成分を出力可能になる。また、詳細説明は省略するが
図24のように禁止帯域ΔKdbの余裕幅つまり最小パルス幅の制限も維持できているので、狭小パルスのパルス欠けに起因する異常な電流リプルも発生しない。
【0072】
厳密には振幅値ΔVx6と振幅値ΔVy6が等しくない場合には±6次の高調波成分になり、これを固定座標系の三相成分に変換すると+7次と-5次の高調波成分になる。それでも2種類の周波数成分だけであり、台形変調と比較すると11次や13次のような高い周波数成分が発生しないという特徴がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0073】
【特許文献1】特許第3752804号
【特許文献2】特許第6221815号
【非特許文献】
【0074】
【非特許文献1】S.Lerdudomsak,道木慎二,大熊繁,「インバータの過変調領域で動作可能なPMSMの電流制御系」,電気学会論文誌D,Vol.130,No.5,pp.579-589,(2010)
【非特許文献2】須田信英,「PID制御則について」,システム制御/情報,Vol.42,No.1,pp.2-6,1998
【非特許文献3】高橋健治,大石潔,上町俊幸,「d軸電圧を優先した埋込型永久磁石同期モータの一駆動法」,電気学会論文誌D,Vol.131,No.9,pp.1103-1111,(2011)
【非特許文献4】中沢洋介,戸田伸一,安岡育雄,「電圧固定モードでの誘導電動機ベクトル制御」,電気学会論文誌D,Vol.118,No.9,pp.1071-1080,(1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0075】
[最小パルス幅の問題点]
図24の「6次高調波重畳による波形」と
図16の「従来の三相変調や二相変調の波形」とを、比較しやすいように一括表示したものが
図23である。振幅は(V1=Vdc/√2>VDB)として最小パルス幅の制限を超過させてあり、各相(120°位相差)に異なる変調方法の波形を表示してある。
(1)Kzu:
図24の6次高調波重畳による波形であり、全域で禁止帯域ΔKdbをスキップできている。
(2)Kzv3:三相変調を適用したものであり、2個の山状の頂点部分(点線部)は禁止帯域ΔKdbを通過している。
(3)Kzw2:二相変調を適用したものであり、台形状の上底両端に禁止帯域ΔKdbを通過する部分(点線部)がある。
【0076】
この比較結果は、従来の零相変調方式のままでは、電圧指令がDB電圧VDBを超過すると「最小パルス幅」を維持することができないという問題を示している。
【0077】
[過変調方式の問題点]
先行技術の過変調方式として、
図22に台形変調の波形例を示す。これは、三相正弦波形(Ku)の振幅を過剰に拡大してKu*とする。そして、このKu*を出力可能電圧(±Vdc/2、PWMパルスの振幅)で制限(飽和処理)することにより台形状の波形Ku**,Kv**,Kw**に整形するものである。この波形には3つの課題ある。
【0078】
まず、5次・7次以外にも11次や13次およびそれ以上の多数の高次高調波を含むので、高調波電流などにより負荷機の損失が増加してしまう。
【0079】
次に、前述のように平坦部の両端には最小パルス幅を満足できない領域が存在するので、異常な電流リプルが発生することがある。
【0080】
最後に、「過剰な振幅拡大と飽和制限の構成」では電圧指令と実際のPWM出力とでは基本波成分が一致しない危険性がある。この基本波成分の誤差は電流制御系の外乱要因となり、制御品質を低下させる。
【0081】
最小パルス幅を満足させる方法として、基本波周期とキャリア周期を整数倍に連動させた「同期PWM」を適用する方法もある。予め狭小パルスが発生しないパルスパターンを設計してテーブル化しておけばよい。
【0082】
しかし、周波数が高くパルス数が少ない場合には問題ないが、周波数が低くなりパルス数が多くなってくるとテーブル数の限界などにより同期PWMは適用できなくなる。低い周波数域でも過変調を適用したい場合には、「非同期PWM」に適用できる過変調方式が必要になる。
【0083】
[電流制御系への外乱成分としての問題点]
図22の台形変調では最大相と最小相の両方が飽和している期間があり、この時には
図17の六角形(内接円半径VB相当)の外周辺上を電圧ベクトルが移動する。交流の三相電圧指令値Vu、Vv、Vwにて電圧飽和が生じるが、これをdq座標に逆変換すると6次で脈動することになる。
【0084】
そのため、電流制御の積分項に前述の「自動整合形のPI制御」を適用しようとしても、フィードバック成分自体に脈動が含まれていることが問題になる。この問題に対して非特許文献3では、固定座標のベクトル空間で特殊な電圧飽和処理を適用しているが、かなり複雑な構成になっている。
【0085】
さらに、非特許文献1に示されているように、電流波形に含まれる高調波成分も問題になる。電流検出値に含まれている高次電流成分が、電流制御(PI制御)により増幅されると不安定要因となる。
【0086】
この対策として、6次以上の高調波を高域遮断フィルタなどにより抑制する方法があるが、フィルタ部で生じる遅延時間により電流制御の応答が制約される。そのため、非特許文献1ではインバータモデルやモータモデルを使用して、過変調時の高調波電流を推定し、電流検出値から高調波成分を除去する補正方法を提案している。
【0087】
しかし、この予測には高速かつ複雑な演算が必要であり、汎用的な実用性は高くない。もし、同期PWMを適用できれば、60°区間の電圧波形が予測できるので、比較的簡単に高調波電流を推定することもできるが、非同期PWMにてかつ台形変調などを適用する場合には正確な推定が困難になる。
【0088】
以上示したようなことから、電流制御系に対して6次高調波の過変調方式を適用した電圧型インバータの制御装置において、過変調領域でも安定性や応答性の低下を抑制することが課題となる。
【課題を解決するための手段】
【0089】
本発明は、前記従来の問題に鑑み、案出されたもので、その一態様は、三相フルブリッジ接続されたスイッチング素子を有し、直流電圧を三相交流電圧に変換する電圧型インバータの制御装置であって、d軸q軸電流指令値と補正d軸q軸電流検出値との偏差に基づいてd軸q軸電圧指令値を出力するトルク・電流制御部と、前記d軸q軸電圧指令値の振幅に基づいて制限後振幅V1Limを求め、
(12)式、(13)式に基づいて6次補正成分の振幅値を求め、前記d軸q軸電圧指令値の位相φvに基づいて位相角θvを求め、(14)式、(15)式により補正電圧成分を求め、(27)式、(28)式により補正後電圧指令を求め、(20)式~(24)式により高調波電流推定値を生成する6次高調波重畳推定部と、d軸q軸電流検出値から前記高調波電流推定値を減算して前記補正d軸q軸電流検出値を出力する減算補正部と、を備え、前記補正後電圧指令に基づいて、前記スイッチング素子のゲート信号を生成することを特徴とする。
【0090】
【0091】
【0092】
【0093】
【0094】
【0095】
【0096】
【0097】
【0098】
【0099】
【0100】
【0101】
ΔVx6,ΔVy6:6次補正成分の振幅値
V1Lim:制限後振幅
VDB:DB電圧
VB:飽和電圧
ΔVx6c,ΔVy6s:補正電圧成分
θv:固定座標から見た電圧の位相角
Δλx6:X軸高調波磁束
Δλy6:Y軸高調波磁束
ωr:速度検出値
t:時間
Δλ6d:d軸高調波磁束
Δλ6q:q軸高調波磁束
φv:回転座標から見た電圧の位相
ΔIHd:d軸高調波電流推定値
ΔIHq:q軸高調波電流推定値
Ld:d軸インダクタンス
Lq:q軸インダクタンス
Vx,Vy:補正後電圧指令
max:正方向に大きな値を選択する関数
min:負方向に大きな値を選択する関数。
【0102】
また、その一態様として、前記トルク・電流制御部は積分制御を行う積分演算器を有し、前記d軸q軸電圧指令値の振幅が上限値を超過した場合に、超過電圧に基づいて前記積分演算器をフィードバック補償することを特徴とする。
【0103】
また、その一態様として、前記d軸q軸電圧指令値の振幅が限界電圧を超過した場合、q軸電流指令値と補正q軸電流検出値との偏差に基づいてd軸電流指令値を補正することを特徴とする。
【0104】
また、その一態様として、(5)式、(6)式によってd軸補正電流を生成し、補正前d軸電流指令値から前記d軸補正電流を減算して前記d軸電流指令値を出力する減算器と、前記補正前d軸電流指令値と前記d軸電流指令値に基づいて補正係数を生成するIq補正部と、前記d軸電流指令値に基づいてq軸電流制限値を出力するI1制限部と、補正前q軸電流指令値に前記補正係数を乗算する乗算器と、前記乗算器の出力を前記q軸電流制限値に制限してq軸電流指令値として出力する電流制限部と、を備えたことを特徴とする。
【0105】
【0106】
【0107】
ΔIFBd:d軸補正電流
τi:積分時定数
τLP:減衰時定数
s:ラプラス演算子
Iq*:q軸電流指令値
Iq_comp:補正q軸電流検出値
Sov:d軸q軸電圧指令値の振幅が限界電圧を超過した場合にon、それ以外はoffとなる飽和信号。
【発明の効果】
【0108】
本発明によれば、電流制御系に対して6次高調波の過変調方式を適用した電圧型インバータの制御装置において、過変調領域でも安定性や応答性の低下を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0109】
【
図1】実施形態1におけるトルク・電流制御部を示す図。
【
図3】実施形態2,3におけるトルク・電流制御部を示す図。
【
図4】実施形態1~3を適用したシステムの加速特性図。
【
図5】実施形態1~3を適用したシステムの加速特性図(拡大図)。
【
図6】実施形態1~3を適用したシステムの三相電圧・電流特性図(拡大図)。
【
図7】実施形態1~3を適用したシステムの高調波電流の推定特性図(拡大図)。
【
図8】実施形態1~3を適用したシステムの高調波電流の補償特性図(拡大図)。
【
図9】実施形態1のみを適用したシステムの加速特性図(Vdc=100%時)。
【
図10】実施形態1,2を適用したシステムの加速特性図(Vdc=100%時)。
【
図11】実施形態1,2を適用したシステムの加速特性図(Vdc=90%低下時)。
【
図12】実施形態1~3を適用したシステムの加速特性図(Vdc=90%低下時)。
【
図13】電圧型インバータの制御装置の全体構成の一例を示す図。
【
図15】PWM指令・零相変調部およびPWM生成部の構成例を示す図。
【
図16】零相変調方式(三相変調・二相変調)と狭小パルスを防止するための禁止帯域を示す図。
【
図17】電圧空間ベクトルの狭小パルスを防止するための電圧指令の禁止帯域を示す図。
【
図18】トルク・電流制御部の基本構成を示す図(従来例1)。
【
図19】トルク・電流制御部の基本構成を示す図(従来例2)。
【
図21】電圧飽和領域での過変調に適用する6次補正成分の振幅値を示す図。
【
図22】振幅拡大と飽和処理による疑似台形波の過変調方式を示す図。
【
図23】6次高調波重畳による過変調および他の変調方式の波形の比較図。
【
図24】6次高調波重畳による過変調に二相変調を適用した場合の三相波形例を示す図(従来例3)。
【発明を実施するための形態】
【0110】
以下、本願発明における電圧型インバータの制御装置の実施形態1~3を
図1~
図12に基づいて詳述する。
【0111】
[実施形態1]
実施形態1~3は、
図14に示す三相フルブリッジ接続されたスイッチング素子を有し、直流電圧を三相交流電圧に変換する電圧型インバータを制御対象としている。
図14に示すように、直流電源DCの正極Pと負極Nの間にはスイッチング素子SWu,SWxが直列接続される。また、直流電源DCの正極Pと負極Nの間にはスイッチング素子SWv,SWyが直列接続される。また、直流電源DCの正極Pと負極Nの間にはスイッチング素子SWw,SWzが直列接続される。スイッチング素子SWu,SWxの接続点、スイッチング素子SWv,SWyの接続点、スイッチング素子SWw,SWzの接続点はU相、V相、W相として負荷装置に接続される。ここで、直流電圧をVdcとする。制御装置では、スイッチング素子SWu,SWy,SWw,SWx,SWy,SWzのゲート信号Gu,Gv,Gw,Gx,Gy,Gzを生成して電圧型インバータを制御する。
【0112】
制御装置の全体構成は
図13と同様である。また、PWM指令・零相変調部5およびPWM生成部7は、
図15と同様である。本実施形態1は、トルク・電流制御部4を
図18から
図1に変更したものである。
図18と同様の箇所については同じ符号を付してその説明を省略する。
【0113】
図1に示した本実施形態1のトルク・電流制御部4の基本構成は、「
図18の従来例1の電流制御系」と「
図20の6次高調波重畳による過変調方式」を組み合わせたものであり、これに対して「電流検出値に含まれている過変調に起因する高調波成分を除去する機能」を追加する。
【0114】
本実施形態1で追加した構成の主要部分は、6次高調波重畳推定部60の内部に組み込んだ「高調波電流推定値ΔIHdqの推定演算」と、「d軸,q軸電流検出値Idqから高調波電流推定値ΔIHdqを減算する減算補正部72」である。これにより、6次高調波成分を抑制した補正d軸q軸電流検出値Idq_compが得られる。
【0115】
さらに、サンプル値系で実装するなどPWM発生部に遅延時間が生じる場合には、推定演算結果に遅延補償部71を挿入して時間を整合させたのち減算補正部72に入力してもよい。これにより6次高調波除去機能の精度が改善する。例えば、PWM発生部の遅延時間を補償するために電圧指令の位相を進み補償部70で進み補正する場合には、位相進み相当の遅延時間を遅延補償部71に設定して高調波位相を整合させるものである。
【0116】
6次高調波重畳推定部60の構成を
図2に示す。なお、
図2は、
図20の6次高調波補正部50の部分を拡張したものに相当する。
【0117】
6次高調波重畳推定部60の内部に追加した高調波電流の推定演算は、
図2の下部のような構成例とする。上部は
図20と同様であるため説明を省略する。「電圧指令や速度検出値ωrの変化が少ない」ものと仮定して、「過変調のために重畳する6次高調波電圧成分が定常状態」と近似すると、高調波電流を「交流理論を用いた近似式」で推定することができる。これは、本来なら「電圧の積分演算」を適用する部分を、インピーダンスによる演算式で代用して簡素化するものである。
【0118】
まず、定常状態と近似したので、(14)式と(15)式の「位相角θv」を「速度検出値ωrと時間tの積」に置換すれば(16)式と(17)式になる。もし、非突極性のモータでありd軸インダクタンスLdとq軸インダクタンスLqが等しい場合(Ld=Lq=L)には、(16)式と(17)式の時間積分は90°位相が遅れた(18)式と(19)式のような正弦波と負の余弦波として表すことができる。
【0119】
【0120】
【0121】
【0122】
【0123】
しかし、突極性のモータ(Ld≠Lq)の場合には、d軸インダクタンスLdとq軸インダクタンスLqを除算する前にXY座標からdq座標に変換しておく必要がある。そこでまず、高調波電圧の積分演算部を、X軸高調波磁束Δλx6(t)については(20)式の定常式で近似し、同様にY軸高調波磁束Δλy6(t)も(21)式により近似する。
【0124】
【0125】
【0126】
図2では、乗算器61で6次高調波成分の振幅値ΔVx6にsin(6・ωr・t)を乗算し、除算器62で6・ωrで除算した値がX軸高調波磁束Δλx6(t)となる。また、乗算器63で6次高調波成分の振幅値ΔVy6に-cos(6・ωr・t)を乗算し、除算器64で6・ωrで除算した値がY軸高調波磁束Δλy6(t)となる。
【0127】
そして、XY軸の高調波磁束を座標変換部65で(22)式にてdq座標軸に逆回転座標変換する。次に、除算器66,67において各軸のd軸,q軸インダクタンスLd,Lqで除算すれば高調波電流推定値となり、(23)式によりd軸高調波電流推定値ΔIHd(t)が、(24)式によりq軸高調波電流推定値ΔIHq(t)が得られる。これらをベクトル表現したものが、
図1で使用する高調波電流推定値ΔIHdqに相当する。
【0128】
【0129】
【0130】
【0131】
図1では、減算補正部72でd軸q軸電流検出値Idqからこの高調波電流推定値ΔIHdqを減算補正することにより、高調波成分を除去した補正d軸q軸電流検出値Idq_compを得るものであり、これを電流制御のPI制御を構成する比例演算器23,積分演算器24や非干渉制御部27に使用している。
【0132】
電流制御を三角波キャリア信号Cryの半周期に同期させたサンプル値系(サンプル周期Ts)として実装する場合には、電圧成分をPWM波形に変換して出力し、その影響が電流検出値としてサンプルされるまでに「約1.5・Ts」の遅延が生じる。
【0133】
進み補償部70で(25)式のようにこの遅延分「1.5・Ts」を補正した場合には、遅延補償部71で高調波電流の推定にも「1.5・Ts」相当を挿入して時間の整合を取り、遅延補償後の高調波電流推定値ΔIHdq_dlyとして出力する。この遅延補正「1.5・Ts」の構成例としては、(26)式のように1回遅延と2回遅延の平均などで近似すればよい。ここで、「z^(-1)」は1回遅延、「z^(-2)」は2回遅延を表現する遅延演算子である。
【0134】
【0135】
【0136】
図2の上段では
図20と同様に、6次補正部51は、飽和関数部32の出力である制限後振幅V1LimとDB電圧VDBに基づいて(12)式、(13)式により6次補正成分の振幅値ΔVx6,ΔVy6を計算する。そして、乗算器55、56において(14)式、(15)式により補正電圧成分ΔVx6c(θv)、ΔVy6s(θv)が演算される。この補正電圧成分ΔVx6c(θv),ΔVy6s(θv)に基づいて、以下の(27)式、(28)式により補正後電圧指令Vx,Vyを演算する。これを位相角θv(=θr+φv)による逆回転座標変換によって固定座標系(ab軸)の入力電圧指令Va,Vbに変換する。
【0137】
【0138】
【0139】
さらに、
図15に示すように、二相三相変換により三相交流の電圧指令(Vu,Vv,Vw)に変換する。これ以降は、従来のPWM生成方法を適用するものであり、「直流電源電圧による正規化」や「零相変調として二相変調」を適用したのち、最後にキャリア信号と大小比較してスイッチング素子SWu,SWx、SWv、SWy、SWw、SWzのゲート信号Gu,Gx,Gv,Gy,Gw,Gzを生成する。以上が本実施形態1の構成例である。
【0140】
[作用・動作の説明]
図3には実施形態1と後述する実施形態2および実施形態3の全機能が組み込まれており、この数値シミュレーションにより調べた動作例が
図4である。本実施形態1については、この動作例の一部を利用して作用を説明する。
【0141】
図4は永久磁石同期電動機(PMモータ)をベクトル制御した場合の特性を調べたものであり、トルク指令値Trq_cmdとして「台形状パターン(0.1~0.6s期間)」を与えたときの加速動作の波形である。
【0142】
ここでキャリア周波数は固定させ、非同期PWMとして動作させた。トルクや電流はモータの基底速度の定格値を基準に正規化しており、電圧だけは定格の直流電源電圧Vdc0と整合させたいので、電圧の正規化基準を飽和電圧VB=Vdc0/√2に設定してある。
【0143】
また、
図3の電流指令値生成部21内に組み込む電流指令テーブルには、電圧が飽和電圧VBより低ければ「最大トルク制御(電流振幅が最小となる条件)」に設定し、それ以外では電圧を飽和電圧VBにするようにd軸電流を負方向に移動させq軸電流を低減させた条件に設定している。この電流指令であれば理想上は飽和電圧VBを超えないはずであるが、実際には最小パルス幅の制限や過渡時のオーバーシュートが存在するし、直流電源電圧Vdcが低下した場合にも電圧飽和が発生する。
【0144】
最小パルス幅を確保するための電圧余裕幅ΔVdbは5%(二相変調時)に設定したので、過変調開始電圧は「VDB=0.95p.u.」となり、過変調にて拡大した最大出力電圧は「VC(VMAX)≒1.06×0.95=1.007p.u.」となる。
【0145】
図4の最上段にて、Trq_cmdはトルク指令値、Trq_mはモータ発生トルクであり、ωrはモータの速度検出値である。適切な電流テーブルが設定されているので電圧飽和は少なく、電圧飽和時にトルクの追従誤差が生じているもののほぼ全域でモータ発生トルクTrq_mがトルク指令値Trq_cmdに追従できている。
【0146】
2段目は、電流制御出力のd軸q軸電圧指令値V1d,V1qおよび振幅V1を波線で示し、電圧飽和を適用した制限後振幅V1Limおよび制御には利用していないが制限後振幅V1Limをdq座標に変換した制限後d軸振幅VdLim,制限後q軸振幅VqLimを実線で示している。0.32s付近から過変調状態(V1>VDB)に移行しており、高調波の増加に従ってモータ発生トルクTrq_mのリプル幅も増加している。そして、0.33s以降の制限後振幅V1Limと振幅V1が一致していない期間が電圧飽和状態(V1>VMAX)に相当しており、飽和直後の各電圧成分に超過成分が現れている。
【0147】
3段目はモータ電流であり、dq軸座標成分Id_m,Iq_mと参考用の回転ベクトルの振幅成分I1_mとが描いてある。この電流波形はサンプル前の実電流なので、PWMリプルや±6次の高調波成分を含んでおり、この図では分解能が不足しているので幅の広い波形になっている。さらに参考として実施形態3のd軸補正電流ΔIFBdも追記してある。
【0148】
4段目には三相交流電圧の代わりに、キャリア比較器の入力成分である零相変調後のPWM指令Kzu,Kzv,Kzwを示した。この零相変調後のPWM指令Kzu,Kzv,Kzwの波形は、電圧指令が低いうちは三相変調として動作しているが、電圧指令が上昇すると最小パルス幅を確保できなくなるため二相変調に切り替わっている。
【0149】
本実施形態1の電流検出値から高調波成分を除去する機能は、この過変調期間の全域で作用している。この動作説明は、
図4の「拡大
図1」の部分に着目して説明する。この部分の時間軸を拡大したものが
図5であり、同じ拡大期間の過変調動作を
図6に、電流の高調波除去動作を
図7に示す。
【0150】
図5の4段目は
図4の4段目と同じ零相変調後のPWM指令Kzu,Kzv,Kzwであり、電圧余裕が確保できなくなる0.313s付近で三相変調から二相変調に切り替わっている。二相変調になると60degのセクタ期間にて交互にP・N電位に張り付くようになり、さらに電圧が上昇すると、過変調が作用するようになり最小パルス幅相当の禁止帯域ΔKdbだけ低いレベル付近の波形が台形状に膨らむことにより基本波成分を増加させている。
【0151】
この二相変調では、特許文献2で示されているように、セクタ切り替え時に発生する電流リプルを抑制するために「半キャリア周期だけ特殊な切替パターンを挿入」してある。特許文献2では切替パターンに「三相変調」を採用していたが、電圧飽和しないように「一相変調(最大相と最小相を両方ともPN電位に固定)」に変更した。
【0152】
しかし、「三相変調」とは異なり「一相変調」は誤差成分を含むので、その次の半キャリア周期にて電圧余裕のある相を利用して誤差電圧分を補償した。これにより
図5のPWM指令にはPN電位直後にパルス状の波形が生じているが、これは最小パルス幅を確保して、かつ、異常な電流外乱(オフセット発生)を回避するために必要な処理である。これについては本実施形態1の動作原理と直接には関係しないので詳細な説明は省略する。
【0153】
図5の3段目に示した電流波形は、最初は60deg周期で包絡線が変化するPWMリプル波形だけが重畳している。しかし、過変調が動作すると6次高調波電圧が重畳されるので、電流はPWMリプルに6次で脈動する成分が重畳された波形になる。
【0154】
そして、過変調の上限である電圧飽和(V1≧VMAX)に達すると、6次の脈動幅は一定になる。以降は、速度が上昇するので低減トルク指令に移行し、電流指令テーブルの出力である補正前d軸電流指令値IdT(
図5ではd軸電流指令値Id*)が負方向に増加を、補正前q軸電流指令値IqT(
図5ではq軸電流指令値Iq*)が零方向に減少を始めている。この電流波形より、過変調のために6次高調波電圧を重畳すると、電流にも6次高調波が生じることを確認できる。本実施形態1では電流検出値からこの高調波成分を除去するものであり、その機能を説明する。
【0155】
まず、過変調時の電圧や電流の三相成分の挙動を示したものが
図6であり、
図5と同じ「拡大
図1」の期間の動作である。
【0156】
1段目の成分は参考として
図4や
図5と共通なものを示した。
【0157】
2段目は電圧の高調波成分を含んだ零相変調前のPWM指令Ku,Kv,Kwである。また、(14)式と(15)式の補正電圧成分ΔVx6c,ΔVy6sに相当する三相交流成分も示したいので、三相交流への変換とVdc0/2の正規化を適用し、その代表としてU相の6次高調波成分ΔKu6を描いてある。
【0158】
これから、制限後振幅V1Limの増加に応じて三相交流の高次成分も増加することが確認できる。回転座標系では±6次高調波成分を重畳したが、これを三相交流に変換すると(+7次/-5次)成分になるため、6次高調波成分ΔKu6は「-5次と+7次の歪が加わった波形」になっている。2段目以降では三相成分が交差するため紛らわしいので、u相波形のみ太線で示している。
【0159】
3段目は
図5の4段目と同じ零相変調(二相変調)後のPWM指令Kzu,Kzv,Kzwである。
【0160】
4段目が三相の電流波形Iu_m,Iv_m,Iw_mであり、高調波電圧により(+7次/-5次)成分の歪が重畳されている。これをdq座標に変換したものが
図5のId_m,Iq_mに相当する。これより、電流波形には(+7次/-5次)成分の周波数成分しか含んでいないので、波形歪も少ないことが確認できる。
【0161】
以上が、実施形態1で使用する「6次高調波重畳形の過変調方式」とそれにより生じる「電流の高調波歪」についての説明であり、以降にて本実施形態1で実現する「電流検出値から高調波成分を除去する機能」の動作や作用について説明する。
【0162】
本実施形態1で説明する6次高調波重畳推定部60は
図2に記載されており、これに対応する動作波形例が
図7である。ここでも1段目は
図5と共通とした。
【0163】
2段目は6次高調波電圧成分であり、(12)式と(13)式の振幅値ΔVx6,ΔVy6は包絡線(点線)に相当し、(14)式および(15)式にて正弦波や余弦波の6次高調波に変調したものが補正電圧成分ΔVx6c,ΔVy6sである。
【0164】
3段目は、補正電圧成分Vx6cの時間積分を(20)式で近似したX軸高調波磁束Δλx6と、同様に補正電圧成分ΔVy6sの時間積分を(21)式で近似したY軸高調波磁束Δλy6である。積分作用があるので、電圧波形より90degだけ位相が遅れた正弦波になっている。
【0165】
4段目が(22)式にてXY軸の高調波磁束をdq座標軸に逆回転座標変換したd軸高調波磁束Δλd6とq軸高調波磁束Δλq6であり、これを(23)式と(24)式のようにd軸インダクタンスLdとq軸インダクタンスLqで除算すると、5段目のような推定したいd軸高調波電流推定値ΔIHdとq軸高調波電流推定値ΔIHqになる。
【0166】
このd軸高調波電流推定値ΔIHd,q軸高調波電流推定値ΔIHqを利用して、電流検出値から高調波成分を除去する動作を示したものが
図8である。1段目は
図5の1段目と共通、2段目は
図5の3段目の電流波形と共通である。
【0167】
図8の3段目は、d軸成分の電流のみをまとめたものであり、d軸電流指令値Id*、d軸電流検出値Id、および高調波成分を減算補正した(
図3の減算補正部72の出力)補正d軸電流検出値Id_compを描いている。これにより、d軸電流検出値Idと補正d軸電流検出値Id_compを比較すると、過変調に起因する高調波成分が大幅に抑制できていることが確認できる。
【0168】
4段目も同様に、q軸成分の電流のみをまとめたものであり、q軸電流指令値Iq*、q軸電流検出値Iq、および高調波成分を減算補正した(
図3の減算補正部72の出力)補正q軸電流検出値Iq_compであり、同様に高調波成分が大幅に抑制できている。
【0169】
実際には、「連続系とサンプル値系の誤差やキャリア比較時に生じる微小な誤差電圧」による歪や、「二相変調のセクタ切り替え時に挿入した一相変調」による微小リプルが残存しているが、それでも高調波成分の大半を除去できている。また高調波を除去した波形にはムダ時間も生じていないので、電流制御への影響も少ないことが想定できる。
【0170】
以上が、本実施形態1の動作・作用であり、電流検出値から過変調成分を除去できれば、電流制御により増幅されることが無くなるし、非干渉電圧の外乱要因にもならない。さらに、ムダ時間も増加しないので電流制御ゲインを高く設定でき、後述する実施形態2や実施形態3にて実装する電圧飽和時の動作にも干渉しなくなる。
【0171】
[効果]
PWM波形の最小パルス幅を制限するために、PWMの出力可能な飽和電圧VBに対して電圧余裕幅ΔVdbを持たせたDB電圧VDBを設定し、電圧指令をこのDB電圧VDBに制限することが行われている。これに対して、「6次高調波重畳による過変調方式」を適用すれば、最小パルス幅の制限条件を維持しながら、出力電圧を(約1.06×VDB)に拡大できる。
【0172】
最小パルス幅が維持できれば、狭小パルスが欠ける際に生じる異常な電流リプルが生じ無くなり、負荷装置の異常な電磁音などの抑制効果が得られる。この過変調方式であれば、±6次成分(固定座標系では+7次,-5次)のみ重畳するだけなので、「台形波による過変調方式」よりも高調波の実効値が低減でき、負荷装置の銅損や鉄損なども少なくなる。
【0173】
これ以外に、電流制御系に台形方式などの過変調方式を適用する場合には、過変調のために重畳した高調波電圧による電流の高調波成分が問題になり、電流検出値に含まる高調波を電流制御が増幅すると発振などの異常が発生する。発振防止のために6次成分を除去する高域遮断フィルタを適用した場合には、今度は遅延時間が発生するため電流制御の応答を高く設定することができない。
【0174】
本実施形態1を適用すれば、過変調にて重畳した高調波電圧成分により生じる高調波電流成分を推定し、これを電流検出値から減算補正することにより、電流検出値から基本波成分のみを抽出することができる。
【0175】
そこで、「6次高調波重畳による過変調方式を組み込んだ電流制御系」に本実施形態1を組み合わせれば、高調波成分の発振を防止でき、またフィルタの遅延時間も生じ無いので電流制御ゲインを低減する必要もなくなる。この電流検出値から抽出した基本波成分は、非干渉制御(
図1の非干渉制御部27)の入力信号としても適用することができ、これにより電流制御系全体を安定化させることができる。
【0176】
さらに、電流高調波成分の推定が「簡単に実現できる」ことも特徴である。この過変調方式では、電圧高調波が±6次の2成分のみでありその振幅はほぼ一定である。そのため、電圧指令などが急変しないと仮定できれば、電圧積分などの複雑な演算を使用しなくてもよく、簡単な交流理論の式で推定することができる。
【0177】
もし、同期PWMを利用した過変調方式であれば、PWMパルスのパターンが固定なので高調波電流の推定も比較的に容易であるが、これは非同期PWMの場合には適用できない。特に、周波数が低い領域ではテーブル長などの制限により同期PWMを適用できないことが多い。これに対して、本実施形態1の方式なら非同期PWMでも動作できることも長所である。
【0178】
制御性能以外にも、従来の電流制御に対して簡単に追加改造できる利点もある。この過変調方式は、既存の電流制御に対して、電流制御とPWM変調との中間に「6次高調波成分を重畳する過変調機能」を追加するだけで構成できる。
【0179】
さらにこの追加機能の内部に本実施形態1の「高調波電流成分の推定機能」を組み込むことができ、電流検出値からその推定値を減算するだけで高調波除去機能も得られる。このように既存の電流制御系(PI演算や非干渉制御)とは分離した構成として実装でき、電流制御系を改造する必要もないので、「本実施形態1を適用するための開発期間も短くてよい」という効果も得られる。
【0180】
[実施形態2]
実施形態1では、電流制御系(例えば
図18)の電流検出値に、過変調に起因する高調波成分の補償機能を追加した。しかし実用的な電流制御には、
図19のように「超過電圧の検出33」や、「PI制御の異常積分対策である自動整合形フィードバック部(逆極座標変換部)34」や、「d軸やq軸の飽和制限部36」などの電圧飽和時の対策が追加されている。
【0181】
「この
図19の構成に対して実施形態1の過変調機能を
図3に示すように組み合わせること」を、本実施形態2と実施形態3にて説明する。過変調による高調波の影響を受けないように、本実施形態2では「PI制御の異常積分対策(自動整合形PI制御)」を追加し、実施形態3では「d軸とq軸の電流指令の補正」を追加する方法を説明する。
【0182】
本実施形態2にて付加する過変調機能は
図3のように、飽和関数部32出力の制限後振幅V1Limに対して実施形態1と同様に6次高調波重畳推定部60を追加して実装する。制限後振幅V1LimがDB電圧VDBを超えて過変調になると6次高調波重畳推定部60の内部にて6次高調波が重畳されるが、それでも制限後振幅V1Limに相当する基本波電圧が出力できているので電流制御は継続して正常に動作し続ける。
【0183】
図21に示した過変調の限界電圧VCを飽和関数部32の上限値VMAXに設定しておく。減算器33は振幅V1から制限後振幅V1Limを減算して超過電圧ΔV1を出力する。すなわち、振幅V1が上限値VMAXを超過すると超過電圧ΔV1が生じる。
【0184】
これを逆極座標変換部34において位相φvで逆回転座標変換したdq軸超過電圧ΔVdqに変換したのち積分演算器24にフィードバック補償することにより異常積分を抑制する。積分補正の簡単な構成としては、dq軸超過電圧ΔVdqに補正速度に相当するゲインを乗算してから、この乗算値を積分演算器24の比例成分VPdqから減算補正するなどとすればよい。
【0185】
過変調機能を実装する6次高調波重畳推定部60に入力される制限後振幅V1Limにはまだ高調波成分は含まれていないので、自動整合機能をこの構成にすると、[発明が解決しようとする課題]にて台形波変調の課題として示した「電圧飽和時には、dq軸に逆変換した出力電圧成分に6次脈動が発生する」という問題が生じない。
【0186】
また、6次高調波を重畳したことにより生じる高調波電流についても、実施形態1を適用して「電流検出値から6次高調波を除去した基本波成分」として取り扱ってある。これらにより、電流制御の入力と出力の信号をともに6次高調波を含まない構成にできる。
【0187】
[作用・動作の説明]
本実施形態2と後述する実施形態3の必要性を示すために、実施形態1のみ適用し本実施形態2と実施形態3を適用していない場合の動作を
図9に示す。動作条件は
図4と同じ設定にしてある。
【0188】
ここで、電流についてはPI演算の動作を分かりやすくするため、3段目の電流波形は高調波を除去した補正d軸電流検出値Id_comp、補正q軸電流検出値Iq_compに変更している。そのため、PWMリプルや過変調による6次高調波成分が含まれていない波形として示されている。
【0189】
これに対して、実施形態1だけでなく本実施形態2も適用したものが
図10であり、本実施形態2による作用を示している。
【0190】
図9では本実施形態2、つまり「電流制御の積分項に対する自動整合形のフィードバック」を適用していないので、電圧飽和(V1>VMAX)が発生している期間(0.33~0.52s付近)において電流制御(PI演算)の積分演算器24(
図3)が異常積分してしまう問題が生じている。そのため、波線で示したd軸電圧指令値V1dとq軸電圧指令値V1qおよび振幅V1が異常な値になっている。
【0191】
電流指令テーブルは上限電圧を考慮して適切に設定しており、制限後振幅V1Lim(VdLimとVqLim)はほぼ飽和電圧に制限されているので、電流指令と実電流との偏差は少ないが、飽和終了後(0.52s付近)には電流波形に歪が生じている。さらに異常積分した電圧成分が積分時定数で減衰するまでに時間を要しており、
図4に比べて飽和終了時刻が大幅に遅れている。そのため、この期間に電流指令が急変しても直ぐに追従することはできない。
【0192】
本実施形態2ではこの対策として
図3の積分演算器24に対する自動整合型のフィードバック補正を構成している。飽和関数部32の入出力に基づいて減算器33により超過電圧ΔV1を計算し、それを逆極座標変換部34によるdq軸超過電圧ΔVdqに変換する。この超過電圧ΔV1が減衰するよう積分成分VIdqに対して補正する。
【0193】
本実施形態2を適用した動作例が
図10であり、電圧飽和期間(0.33~0.41s付近)において振幅V1を上限値VMAX付近まで減衰させることができており、d軸電圧指令値V1dと制限後d軸振幅VdLimの偏差およびq軸電圧指令値V1qと制限後q軸振幅VqLimの偏差(異常積分)も小さくなっている。
【0194】
また、
図9の飽和終了後(0.52s付近)に生じていた電流波形の歪(ワインドアップ現象)も、
図10では発生していない。
【0195】
この図は電流制御の入出力信号に着目しているので、過変調のために重畳した6次高調波成分は描かれていないが、実際のモータに作用するPWM指令や電流検出値には
図4のような高調波成分が含まれている。
【0196】
逆にいえば、実施形態1で示した「過変調方式」と「高調波電流の除去機能」を適用したので、
図10のようにあたかも過変調による高調波が存在していないように取り扱えるようになった。この電流制御と高調波補償とを分離した構成にできたことにより、PI制御の積分に対する自動整合フィードバックにも高調波成分が含まれず安定に動作できるようになる。
【0197】
本実施形態2にもまだ課題が残っており、直流電源電圧Vdcが低下した場合にはトルク低下が大きく、また過電流が発生する可能性もある。その例が
図11であり、
図10に対して直流電源電圧Vdcを定格値Vdc0の90%に低減した場合の特性である。
【0198】
電流制御系では直流電圧(0.9×Vdc0)を検出しており、上限値VMAXもこれに応じて修正する。これにより、
図11での2段目の制限後振幅V1Limが直流電源電圧Vdc0時の上限値VMAXの0.9倍に制限され、電圧不足により電流偏差も大きくなる。
【0199】
その結果、モータ発生トルクTrq_mの低下量が大きくなるし、電流指令テーブルが想定した上限電圧まで電圧が出力できないため制御不能になっているので電流の異常な振動が発生してしまい0.62sあたりで過電流レベルに達している。
【0200】
また、電源電圧の低下により電流偏差が大きくなると、「自動整合形フィードバックの対策」を適用しても、PI演算の比例項が残るため、3段目の電流波形に示すように電流偏差を零付近まで抑制することはできない。そのため、
図11では電圧飽和期間は(0.32~0.72s付近)と大幅に長くなっており、直ぐに電圧飽和から抜け出すことができなくなっている。
【0201】
次の、実施形態3では、この
図11の課題についての対策方法を適用する。
【0202】
[効果]
実用的な電流制御には、「電圧飽和時の異常積分対策」が実装されている。
【0203】
本実施形態2では、この「電圧飽和時の異常積分対策」の機能を有する制御系に対して、実施形態1の過変調方式と高調波電流の除去機能を適用した。
【0204】
「台形波による過変調方式」を適用する場合には、電圧飽和が三相成分に対して適用されるため、電圧超過量つまり電流指令の出力と飽和処理後の偏差電圧をdq座標上に変換すると、6次の整数倍の高調波電圧成分が現れる。そのため、これをdq座標系で構成した「自動整合形のPI制御」に適用すると、PI制御の出力にも6次の整数倍の高調波成分が発生する課題があった。
【0205】
これに対して、実施形態1を適用すれば電流制御は基本波成分だけで取り扱える。したがって、電流制御出力部(過変調部の前段)に電圧飽和検出を適用すれば、飽和超過量は基本波成分のみになる。
【0206】
これを利用して、本実施形態2では「自動整合形のPI制御」を構成するので、PI制御出力に6次脈動が生じることはなく、安定な「電圧飽和時の異常積分対策」を実現できる。
【0207】
[実施形態3]
振幅V1が上限値VMAXを超過して電圧飽和状態になると実電流が電流指令に追従できなくなるため、指令が想定していたトルクや有効電力を発生できなくなる。この対策として、本実施形態3では、d軸とq軸の電流指令を補正して、無効電流による負荷起電力の降下成分を利用して、電流偏差の抑制とトルクの低減量を少なくする改善方法を説明する。
【0208】
本実施形態3の構成例は「実施形態1と実施形態2を組み合わせた基本構成(
図3)」の一部分として既に
図3に示されている。対象部分は、電圧飽和検出部35、飽和制限部36、d軸電流指令値の減算補正部37、Iq補正部13、I1制限部14、q軸電流指令値のゲイン補正部38、電流制限部39の部分であり、これらは[背景技術]で説明した
図19と同じ動作をする。
【0209】
もし、モータが鉄心の磁気飽和などによる非線形性が強いときには、
図3のゲイン補正部38と電流制限部39の部分の代りに、トルク指令値Trq_cmdと速度検出値ωrにd軸電流指令値Id*も入力として追加し、q軸電流指令値Iq*を出力とする三次元テーブルを作成して対処することもできる。
【0210】
電圧飽和検出部35出力の飽和信号Sovや電流偏差ΔIdqにより飽和制限部36でd軸補正電流ΔIFBdを計算する。減算補正部37で補正前d軸電流指令値IdTからd軸補正電流ΔIFBdを減算補正してd軸電流指令値Id*を得る。また、トルク精度を維持するためのゲイン補正部38と、過電流制限のための電流制限部39の動作は、すでに[背景技術]で説明しているのでここでは省略する。
【0211】
過変調を適用すると、電圧飽和検出部35の出力である飽和信号Sovに高調波による異常検出が生じる危険性があったが、電流制御と過変調の6次高調波重畳推定部60を分離した構成であれば、基本波成分である振幅V1を使用することにより高調波の影響を排除できる。
【0212】
電流偏差ΔIdqについても高調波成分が重畳する危険性があったが、実施形態1を利用して電流検出値から高調波電流を除去した補正d軸q軸電流検出値Idq_compを生成でき、d軸q軸電流指令値Idq*とこの補正d軸q軸電流検出値Idq_compとの偏差を飽和制限部36に使用すれば過変調に起因する高調波の影響をなくすことができる。
【0213】
[作用・動作の説明]
実施形態2の
図11で示した課題を対策するために本実施形態3を追加すると、
図12のように直流電源電圧Vdcの低下時の特性が改善できる。本実施形態3は「実施形態1の出力PWM電圧の過変調と検出電流の高調波除去」や「実施形態2の電圧飽和処理」などと組み合わせて構成するものであり、電圧飽和時のトルクは低下するものの低下量も安定性も大幅に改善できている。また、電圧飽和期間が(0.31~0.35s付近)と短くなっている。
【0214】
図11と同様に
図12も電圧飽和レベルを直流電源電圧Vdc0の上限値VMAXから0.9倍に下げた条件であるので、2段目の制限後振幅V1Limが低めに制限されている。そのため、電圧飽和開始時には、3段目のd軸とq軸の電流偏差が拡大(Id*-Id_comp,Iq*-Iq_comp)し、1段目のモータ発生トルクTrq_mもトルク指令値Trq_cmdに対して低下を始める。しかし、本実施形態3を適用すれば、この電流偏差が小さくなるように電流指令の方を修正するので、それ以降の挙動に改善効果が表れている。
【0215】
まず、
図3の減算器22の出力である電流偏差ΔIdqのうち、q軸成分ΔIq=(Iq*-Iq_comp)を用いて飽和制限部36にて(5)式の積分が実行され、3段目に示すようなd軸補正電流ΔIFBdが生成される。
【0216】
減算補正部37でd軸補正電流ΔIFBdによりd軸電流指令値Id*を負方向に増加させる。これにより弱め界磁電流を増加させて、モータのq軸起電力が減少することによりq軸電流を操作する電圧余裕を確保する作用が得られる。
【0217】
突極性のモータ(Ld≠Lq)の場合には、d軸電流指令値Id*が変化すると出力トルクも変動するので、トルク指令値Trq_cmdと一致させるようにゲイン補正部38で(8)式の補正係数KIqによりq軸電流指令値Iq*も補正する。これにより電圧制限状態では、電流振幅が増加するが、それでもトルクは指令まで復帰できるようになる。
図12にて、(0.33~0.35s付近)の電流偏差が減少しトルク低下が回復している期間がこの作用に相当している。
【0218】
電圧飽和から脱すると、d軸補正電流ΔIFBdは不要になるので零に戻したい。そこで、(6)式のように非飽和時は零に向かって一次遅れで減衰させる。
【0219】
しかし、速度上昇が継続しているので、電流指令テーブルの補正前d軸電流指令値IdTが負方向に増加を続けると、今度は3段目のI1_compが電流制限値IMAXに達するので、電流不足によりトルクの追従は不可能になる。
【0220】
この場合には、過電流が発生しないように、トルクよりも電圧を優先して制御したいのでd軸電流指令値Id*にはd軸補正電流ΔIFBdの成分を継続して補償させておき、q軸電流指令値Iq*の方に新たな制限を加える。この制限機能は電流制限値IMAXを維持するためのものであり、I1制限部14でd軸電流指令値Id*から(9)式によりq軸電流制限値IMAXqを計算する。電流制限部39で(10)式にてq軸電流指令値Iq*をq軸電流制限値IMAXqで制限することにより実現している。
【0221】
図12において、この電流制限はI1_compがIMAX(1p.u.)に達している期間で作用しており、直流電源電圧Vdc0の上限値VMAXの0.9倍は維持されているが、モータ発生トルクTrq_mはトルク指令値Trq_cmdに対して減少した状態になる。
【0222】
それでも、d軸電流指令値Id*とq軸電流指令値Iq*を適切に補正しているので、電流制限値IMAXの範囲内でよりトルク指令に近づくように補正できているし、電流やトルクに大きな振動も現れない。また、電流指令を修正していることにより、早期に電圧飽和状態から脱することができ、またその後の電流波形の歪も発生していない。
【0223】
トルク指令が不連続に変化する(0.55s付近)でも電流やトルクに歪が生じているが、これは、電流指令の急変によりまた電圧飽和が発生したからであり、ここでも直ぐに電流指令を補正して安定化できている。
【0224】
以上が、実施形態1と実施形態2および実施形態3のすべてを組み合わせた場合の動作と作用である。
【0225】
[効果]
実用的な電流制御には、「電圧飽和時の異常積分対策」だけでなく、「電圧飽和時には電流指定を修正して電圧制限を維持しながらトルク(有効電力)を補正する機能」なども実装されている。これは電圧飽和時に、電流制御内のq軸電流偏差を情報源として、d軸とq軸の電流指令を補正するが、電圧飽和の入力信号に高調波が含まれると「電圧飽和状態の検出信号」はON/OFFが頻繁に切り替わるようになり、また電流検出値に高調波成分が存在するとq軸電流偏差を経由して、d軸やq軸の電流指令にも高次成分が現れてくる。
【0226】
「6次高調波成分を重畳する過変調機能」と実施形態1を適用すれば、電流制御の出力電圧には高調波は含まれないので「電圧飽和状態」が正確かつ安定に検出できる。また、電流検出値から高調波脈動成分を除去できているので、「q軸電流偏差によるd軸とq軸電流指令の補正」も脈動のない基本波相当の直流成分で動作する。
【0227】
これにより、高調波外乱を含まない安定な「電圧制限とトルク(有効電力)の調整機能、電流偏差の抑制機能」が実現でき、補正後の電流指令値もあたかも過変調が適用されていないような挙動を継続することができる。
【0228】
以上本発明において、記載された具体例に対してのみ詳細に説明したが、本発明の技術思想の範囲で多彩な変形および修正が可能であることは、当業者にとって明白なことであり、このような変形および修正が特許請求の範囲に属することは当然のことである。
【符号の説明】
【0229】
21…電流指令値生成部
22…減算器
23…比例演算器
24…積分演算器
25…加算器
60…6次高調波重畳推定部
70…進み補償部
71…遅延補償部
72…減算補正部