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特開2023-141528固着物剥離性改善表面処理方法及び固着物剥離性改善部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023141528
(43)【公開日】2023-10-05
(54)【発明の名称】固着物剥離性改善表面処理方法及び固着物剥離性改善部材
(51)【国際特許分類】
   B24C 1/06 20060101AFI20230928BHJP
【FI】
B24C1/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022047892
(22)【出願日】2022-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】519217434
【氏名又は名称】株式会社サーフテクノロジー
(74)【代理人】
【識別番号】100134212
【弁理士】
【氏名又は名称】提中 清彦
(72)【発明者】
【氏名】下平 英二
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 正夫
(72)【発明者】
【氏名】荻原 秀実
(72)【発明者】
【氏名】児玉 伴子
(72)【発明者】
【氏名】新井 正彦
(57)【要約】
【課題】 部材の表面に所定仕様の微小凹凸を無数にランダムに形成することで、部材の表面の固着物の剥離性を改善する(向上させる)ことができる部材の固着物剥離性改善表面処理方法及び固着物剥離性改善部材を提供する。
【解決手段】 本発明に係る部材の固着物剥離性改善表面処理方法は、水の接触角が65°より大きく、かつ、クルトシス値(Pku)が3より小さくなるように部材の表面に微小凹凸を無数にランダムに形成することで、部材の当該表面の固着物の剥離性を改善することを特徴とする。本発明において、前記微小凹凸の凹凸ピッチの最小値が5.0μm以上であり最大値が400μm以下であり、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さの最小値が0.2μm以上であり最大値が15μm以下であることを特徴とすることができる。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水の接触角が65°より大きく、かつ、クルトシス値(Pku)が3より小さくなるように部材の表面に微小凹凸を無数にランダムに形成することで、部材の当該表面の固着物の剥離性を改善することを特徴とする部材の固着物剥離性改善表面処理方法。
【請求項2】
前記微小凹凸の凹凸ピッチの最小値が5.0μm以上であり最大値が400μm以下であり、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さの最小値が0.2μm以上であり最大値が15μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の部材の固着物剥離性改善表面処理方法。
【請求項3】
前記微小凹凸の凹凸ピッチの最小値が100μm以上であり最大値が400μm以下であり、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さの最小値が2μm以上であり最大値が15μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の部材の固着物剥離性改善表面処理方法。
【請求項4】
クルトシス値(Pku)が3より小さく、RSmが8~300μmの範囲となるように部材の表面に微小凹凸を無数にランダムに形成することで、部材の当該表面の固着物の剥離性を改善することを特徴とする部材の固着物剥離性改善表面処理方法。
【請求項5】
クルトシス値(Pku)が3より小さく、RSmが100~300μmの範囲となるように部材の表面に微小凹凸を無数にランダムに形成することで、部材の当該表面の固着物の剥離性を改善することを特徴とする部材の固着物剥離性改善表面処理方法。
【請求項6】
前記微小凹凸を、ショット材を投射する投射処理に基づいて形成することを特徴とする請求項1~請求項5の何れか一つに記載の部材の固着物剥離性改善表面処理方法。
【請求項7】
前記固着物は、水分・油分・その他原材料を任意の割合で含む食品残渣、水分・油分・その他原材料を任意の割合で含む医薬品残渣、或いは水分・油分・その他原材料を任意の割合で含む化粧品残渣が所定に乾燥した状態の固形物であることを特徴とする請求項1~6の何れか1つに記載の部材の固着物剥離性改善表面処理方法。
【請求項8】
前記部材が、金属製或いは樹脂製メッシュ部材、金属製或いは樹脂製板状部材、または金属製或いは樹脂製の打ち抜き開口付き部材であることを特徴とする請求項1~7の何れか1つに記載の部材の固着物剥離性改善表面処理方法。
【請求項9】
微小凹凸が無数にランダムに形成された部材の表面の水の接触角が65°より大きく、かつ、クルトシス値(Pku)が3より小さいことを特徴とする固着物剥離性改善部材。
【請求項10】
前記微小凹凸の凹凸ピッチの最小値が5.0μm以上であり最大値が400μm以下であり、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さの最小値が0.2μm以上であり最大値が15μm以下であることを特徴とする請求項9に記載の固着物剥離性改善部材。
【請求項11】
前記微小凹凸の凹凸ピッチの最小値が100μm以上であり最大値が400μm以下であり、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さの最小値が2μm以上であり最大値が15μm以下であることを特徴とする請求項9に記載の固着物剥離性改善部材。
【請求項12】
微小凹凸が無数にランダムに形成された部材の表面のクルトシス値(Pku)が3より小さく、RSmが8~300μmの範囲にあることを特徴とする固着物剥離性改善部材。
【請求項13】
微小凹凸が無数にランダムに形成された部材の表面のクルトシス値(Pku)が3より小さく、RSmが100~300μmの範囲にあることを特徴とする固着物剥離性改善部材。
【請求項14】
前記微小凹凸は、ショット材を投射する投射処理に基づいて形成されたことを特徴とする請求項9~13の何れか1つに記載の固着物剥離性改善部材。
【請求項15】
前記固着物は、水分・油分・その他原材料を任意の割合で含む食品残渣、水分・油分・その他原材料を任意の割合で含む医薬品残渣、或いは水分・油分・その他原材料を任意の割合で含む化粧品残渣が所定に乾燥した状態の固形物であることを特徴とする請求項9~14の何れか1つに記載の固着物剥離性改善部材。
【請求項16】
金属製或いは樹脂製メッシュ部材、金属製或いは樹脂製板状部材、または金属製或いは樹脂製の打ち抜き開口付き部材であることを特徴とする請求項9~15の何れか1つに記載の固着物剥離性改善部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、部材表面に対して微小凹部を無数にランダムに形成することで部材表面に所定の特徴を与える技術に関し、特に固着物の剥離性を改善する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
本出願人等は、ディンプル状の微小凹凸を形成することによる表面改質技術の様々な分野への適用の可能性を探るべく、処理対象と接触する部材(処理対象接触部材)の表面に微小凹凸を無数に形成することによる作用効果を様々な分野で確認するといったアプローチを種々行ってきている。
【0003】
その一つとして、以下の技術がある。
例えば、従来、小麦粉、コーンスターチ、片栗粉、抹茶パウダー、ココアパウダー、粉糖、カレー粉などの食用粉体や医薬品粉体(粉末薬)などの粉体は、フルイによる分別(或いは分級)の対象とされたり、ホッパーなどの収容容器やシューターやコンベアーなどの搬送部品を用いて取り扱われる。
【0004】
これら粉体はふるいや収容容器や搬送部品などの部材表面へ付着して成長し、比較的大きな塊等となって排出不良(ホッパー)を招いたり、目詰り(フルイ)を招くといったトラブルが発生し、生産効率の低下や不良品増加の一因となっている。
【0005】
このようなことから、本発明者等は、種々の研究・実験を繰り返し、その結果に基づいて、本願出願人等は、特許文献1において、ショット材を投射するショット材投射処理の一つである微粒子投射処理(例えば、微粒子ピーニング処理など)を施すことにより、粉状、粒状或いはペースト状の物質と接触する部材(以下、接触部材とも称する)の表面に微小凹部(微小ディンプル)を複数形成することで、粉状、粒状或いはペースト状の物質の付着を抑制することができる技術を提案した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第6416151号公報
【特許文献2】特開2022-034170号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
また、本発明者等は、種々の研究実験を繰り返すうちに、新たな知見を見い出し、これを特許文献2にて述べた。
【0008】
特許文献2にて述べた知見は、部材の表面に、所定仕様(凹凸ピッチや凹部深さなど)の微小凹凸(微小凹部)を無数に(複数)ランダムに形成すると、洗浄性を改善(向上)させることができるというものであり、当該技術はこれまで知られていなかった新たな知見である。
【0009】
より具体的には、ディンプル状の微小凹部を表面に無数に形成した部材(試験片)の当該表面に小麦粉ペーストを付着させ、その状態から試験片をやや斜めにして試験片の上方から水道水をかけて洗い流す試験(実験)を行ってみたところ、幾つかの異なる仕様の微小凹部を表面に無数に形成した部材(試料或いは試験片)の中には、洗浄性を改善できる仕様が存在するという知見を得た。
【0010】
なお、これまでに、ディンプル状の微小凹部を複数(無数)に形成することによる効果として知られていた効果は、粉体や粘着物の付着抑制、摺動部に微小凹凸を無数に形成することでオイル溜まりとして機能させて摺動抵抗の低減・摩耗抑制などの効果であり、この洗浄性改善効果はこれらからは予測不能な全く別異の効果である。
【0011】
ところで、特許文献2に係る微小凹凸形成処理によれば、食品残渣などであれば水を掛け流すだけで洗い落とすことができるが、例えば、食器や食品生産ライン等における容器などの表面にペースト状の食材の残渣を付着したままにしておくと乾燥して表面に固着してしまう場合がある。
【0012】
このように乾燥して表面に固着してしまった場合には、水を掛け流すだけでは洗い流すことができなくなる、といった現象がある。例えば、カレーなどのルーを生産したり家庭でカレーを煮込む際に、鍋その他の容器の内壁にカレーが付着しこれが乾燥すると固着してしまい、不要な固着物として食品の残渣(食品ロスの増大)となってしまうと共に、洗い落とすには時間と労力が必要であるといった問題などがある。
【0013】
また、食器洗浄機などにおいても、ペースト状の食品残渣が乾燥して表面に固着してしまうと、その後食器洗浄機で洗浄してもその固着物を綺麗に洗浄できずに汚れが表面に残ってしまうといった問題もある。
【0014】
このように乾燥させて表面に固着させてしまうと、そのまま水や温水を掛けて洗浄しようとしても固着物が貼り付いたままとなり、綺麗に洗い落とすことができなくなり、洗浄前に比較的長い時間をかけて漬け置きなどを行う必要があり、大変に効率が悪く、作業性が悪いと共に、食品残渣の問題にもなってしまうといった実情がある。
【0015】
このような点に鑑み、本発明者等は、種々の研究・実験を繰り返し、その結果、ペースト状の物質などが乾燥して固着物が付着することを抑制可能(固着物の剥離性を改善した)表面処理方法及び部材を見い出した。
【0016】
本発明は、上述したような実情に鑑みなされたもので、部材の表面に所定仕様の微小凹凸を無数にランダムに形成することで、部材の表面の固着物の剥離性を改善する(向上させる)ことができる部材の固着物剥離性改善表面処理方法、及び固着物剥離性改善部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
このため、本発明に係る部材の固着物剥離性改善表面処理方法は、
水の接触角が65°より大きく、かつ、クルトシス値(Pku)が3より小さくなるように部材の表面に微小凹凸を無数にランダムに形成することで、部材の当該表面の固着物の剥離性を改善することを特徴とする。
【0018】
本発明において、前記微小凹凸の凹凸ピッチの最小値が5.0μm以上であり最大値が400μm以下であり、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さの最小値が0.2μm以上であり最大値が15μm以下であることを特徴とすることができる。
【0019】
本発明において、前記微小凹凸の凹凸ピッチの最小値が100μm以上であり最大値が400μm以下であり、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さの最小値が2μm以上であり最大値が15μm以下であることを特徴とすることができる。
【0020】
また、本発明に係る部材の固着物剥離性改善表面処理方法は、クルトシス値(Pku)が3より小さく、RSmが8~300μmの範囲となるように部材の表面に微小凹凸を無数にランダムに形成することで、部材の当該表面の固着物の剥離性を改善することを特徴とする。
【0021】
また、本発明に係る部材の固着物剥離性改善表面処理方法は、クルトシス値(Pku)が3より小さく、RSmが100~300μmの範囲となるように部材の表面に微小凹凸を無数にランダムに形成することで、部材の当該表面の固着物の剥離性を改善することを特徴とする。
【0022】
本発明において、前記微小凹凸を、ショット材を投射する投射処理に基づいて形成することを特徴とすることができる。
【0023】
本発明において、前記固着物は、水分・油分・その他原材料を任意の割合で含む食品残渣、水分・油分・その他原材料を任意の割合で含む医薬品残渣、或いは水分・油分・その他原材料を任意の割合で含む化粧品残渣が所定に乾燥した状態の固形物であることを特徴とすることができる。
【0024】
本発明において、前記部材が、金属製或いは樹脂製メッシュ部材、金属製或いは樹脂製板状部材、または金属製或いは樹脂製の打ち抜き開口付き部材であることを特徴とすることができる。
【0025】
本発明に係る固着物剥離性改善部材は、微小凹凸が無数にランダムに形成された部材の表面の水の接触角が65°より大きく、かつ、クルトシス値(Pku)が3より小さいことを特徴とする。
【0026】
本発明において、前記微小凹凸の凹凸ピッチの最小値が5.0μm以上であり最大値が400μm以下であり、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さの最小値が0.2μm以上であり最大値が15μm以下であることを特徴とすることができる。
【0027】
本発明において、前記微小凹凸の凹凸ピッチの最小値が100μm以上であり最大値が400μm以下であり、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さの最小値が2μm以上であり最大値が15μm以下であることを特徴とすることができる。
【0028】
また、本発明に係る固着物剥離性改善部材は、微小凹凸が無数にランダムに形成された部材の表面のクルトシス値(Pku)が3より小さく、RSmが8~300μmの範囲にあることを特徴とする。
【0029】
また、本発明に係る固着物剥離性改善部材は、微小凹凸が無数にランダムに形成された部材の表面のクルトシス値(Pku)が3より小さく、RSmが100~300μmの範囲にあることを特徴とする。
【0030】
本発明において、前記微小凹凸は、ショット材を投射する投射処理に基づいて形成されたことを特徴とすることができる。
【0031】
本発明において、前記固着物は、水分・油分・その他原材料を任意の割合で含む食品残渣、水分・油分・その他原材料を任意の割合で含む医薬品残渣、或いは水分・油分・その他原材料を任意の割合で含む化粧品残渣が所定に乾燥した状態の固形物であることを特徴とすることができる。
【0032】
本発明において、金属製或いは樹脂製メッシュ部材、金属製或いは樹脂製板状部材、または金属製或いは樹脂製の打ち抜き開口付き部材であることを特徴とすることができる。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、部材の表面に所定仕様の微小凹凸を無数にランダムに形成することで、部材の表面の固着物の剥離性を改善する(向上させる)ことができる部材の固着物剥離性改善表面処理方法、及び固着物剥離性改善部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】(A)は本発明の一実施の形態に係る固着物剥離性試験の試験前の画像(水溶き小麦粉を各試験片に載せて水平に置いた状態)を示す図であり、(B)は水溶き小麦粉を塗布した後14時間乾燥させた状態(水平に置いた状態)を示す図である。
図2】(A)は乾燥した水溶き小麦粉が自然剥離を起こした試験片(MDS)の表面の状態を示す図であり、(B)は図1(B)の状態において振動させた後(加振後)のMDS以外の試験片の表面の状態を示す図である。
図3】(A)は図2(A)の状態から試験片(MDS)の表面を温水シャワーで流した後の状態を示す図であり、(B)は図2(B)の状態からMDS以外の各試験片の表面を温水シャワーで流した後の状態を示す図であり、(C)は同状態における比較対照(Reference基材(SUS304 ♯700))の表面の状態を示す図である。
図4】水溶き小麦粉を塗布した後14時間乾燥させた状態において小麦粉が固着せずに自然に剥離を起こしている試験片(MDS)の表面を拡大して示す図である。。
図5】試験片(MDS)の表面に無数にランダムに形成された微小凹凸(微小凹部)の形状データ、凹凸ピッチ及び凹凸深さの測定結果の一例を示す図である。
図6】各試験片の表面の微小凹凸の凹凸ピッチ、凹凸深さ、Ra、Rz、RSmの測定結果及び固着物の剥離性改善効果をまとめた表である。
図7】各試験片の表面の水の接触角、クルトシス値(Pku)の測定結果をまとめた表である。
図8】クルトシス値、水の接触角、固着物剥離性改善効果に関し、横軸にクルトシス値(Pku)をとり、縦軸に水の接触角(°)をとって整理した図である。
図9】クルトシス値、RSm(μm)、固着物剥離性改善効果に関し、横軸にクルトシス値(Pku)をとり、縦軸にRSm(μm)をとって整理した図である。
図10】(A)は固着物剥離性改善効果がない表面の微小凹凸の特徴を説明するための模式図であり、(B)は固着物剥離性改善効果がある表面の微小凹凸の特徴を説明するための模式図である。
図11】(A)は表面の水の接触角について説明する図であり、(B)はクルトシス値(Pku)について説明する図である。
図12】平均粗さ(RSm)について説明する図である。
図13】同上固着物剥離性試験に供した比較対照(Reference基材(SUS304 ♯700))の表面の3D画像及び表面粗さを示す図である。
図14】微粒子ピーニング処理に用いるメディアをワンショットすることにより実験的に形成した単一の微小凹部の断面SEM像である。
図15】レーザ加工による凹部断面SEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明に係る一実施の形態を、添付の図面を参照しつつ説明する。なお、以下で説明する実施の形態により、本発明が限定されるものではない。
【0036】
上述したように、本出願人等は、ディンプル(くぼみ、略凹球面)状の微小凹部を形成することによる表面改質技術の様々な分野への適用の可能性を探るべく、部材の表面に微小凹部を無数に形成することによる作用効果を様々な分野で確認するといったアプローチを種々行っているが、そのようなアプローチの過程において、本発明者等は、従来知られていなかった新たな知見を得た。
【0037】
具体的には、本発明者等は、ディンプル状の微小凹部を表面に無数に形成した部材(試験片)の当該表面に水で溶いた小麦粉(小麦粉ペースト)を塗布し、その状態で所定時間(例えば14時間)放置して乾燥させて、その乾燥させた小麦粉ペーストの当該表面への付着状態(当該表面からの剥離状態)を確認する試験(実験)を行った。
また、その後、試験片を加振して剥離具合を確認する試験(実験)を行った。
更には、その試験片に対して、30°C程度の温水シャワーをかけ流す試験(実験)を行った。
その結果、幾つかの異なる仕様の微小凹部を表面に無数に形成した部材(試料或いは試験片)の中には、乾燥させた小麦粉ペーストの剥離性を改善(付着性を抑制)できる仕様が存在するという知見を得た。
かかる知見は、微小凹凸(微小凹部)を無数にランダムに表面に形成した部材に関して、従来知られていない作用効果であり、これまでの知見からは予測不能な作用効果である。
【0038】
より詳しく説明すると、小麦粉40gに対して水80cc(80g)の割合で混ぜた水溶き小麦粉(小麦粉ペースト)を各試験片の上に載せ、各試験片を水平に置いた状態で所定時間(14時間)放置して乾燥させた。
【0039】
図1(A)は水溶き小麦粉を各試験片に載せた状態を示し、図1(B)は各試験片を14時間放置して水溶き小麦粉を乾燥させた状態を示している。図1(B)から微小凹凸形成処理の内容の相違(試験片の相違)により、乾燥した水溶き小麦粉の固着状態が異なる様相を呈することが確認できる。特に、図1(B)、図4に示すように、試験片(MDS)は、乾燥した水溶き小麦粉が表面に固着せずに自然に剥離を起こしていることが確認された。
なお、MD102、MD101、MD5、MD4,MDW,MDS、MD200は、試験片(SUS304)の表面に施した微小凹凸形成処理の処理内容を表す呼称(記号)であり、図中のこれらの符号は、当該処理を施した試験片を示している。
【0040】
次に、図1(B)の状態から、乾燥した水溶き小麦粉の剥離状況を確認した。
図2(A)は、乾燥した水溶き小麦粉が自然剥離を起こした試験片(MDS)の状態を示しており、図2(B)は図1(B)の状態において振動させた後(加振後)の状態のMDS(処理記号)以外の試験片の状態を示している。なお、ここでは、加振は、作業者が精密ドライバーの柄で試験片(基材)の縁を軽く叩くことで行った。
【0041】
図2(A)、図2(B)から、MDSが非常に固着物に対する剥離性が高いことが確認され、MD5、MD4,MDW,MD200なども固着物に対する剥離性を改善できることが確認された。
【0042】
次に、図2(A)、図2(B)の状態から各試験片の表面を温水シャワーで流す試験を行った。図3(A)~(C)に、その温水シャワー後の状態を示す。
図3(A)から、MDSは温水シャワーにより綺麗に固着物が洗い流されていることが確認できる。
また、図3(B)から、MD5、MD4、MDW、MD200も、温水シャワーにより綺麗に固着物が洗い流されていることが確認できた。MD101、MD102については、Reference基材と同等程度の剥離性しかないことが確認できた。
図3(C)に、比較対照として、Reference基材(SUS304 ♯700)の表面に水溶き小麦粉を乾燥させて固着させた後、加振し、その後温水シャワーで流した後の状態(図3(A)、(B)と同じ状態)の例を示しておく。小麦粉が固着物として表面に固着していることが確認できる。
【0043】
ここで、比較対照としてのReference基材(SUS304 ♯700)の試験片は、SUS304からなるステンレス製の板材の表面をP700番バフにより研磨仕上げしたもの(微粒子投射処理は未処理)で、その表面は、鏡面に近い光沢がある板材(部材)である。その代表的な表面3D画像の一例を、図13に示しておく。
【0044】
本実施の形態に係る各種微小凹凸形成処理の処理内容は、SUS304からなるステンレス製の板材の表面に、粒径数μm~数百μmのSiC(炭化ケイ素),セラミックス,金属,ガラスなどのいずれからなる投射材を1/数(例えば0.1~0.5)Mpa程度の圧縮空気と共に噴射ノズルから噴射し、被加工面に投射処理(投射加工)を行った。このような微粒子投射処理(加工)によって表面に微小凹凸を無数にランダムに形成した試験片を実験に供した。
【0045】
図5に、MDSの試験片の表面に無数にランダムに形成された微小凹凸(微小凹部)の形状データの一例を示す。なお、MDSの試験片の表面は、図4に示されるように、無数にランダムに微小凹凸(微小凹部)が形成され、外観的には梨地状の様相を呈している。
【0046】
図5に示したように、MDSの試験片の表面に無数にランダムに形成された微小凹凸(微小凹部)の凹凸ピッチ(凹部入口径、凸部の間隔或いは凹部の間隔)の最小値と最大値の範囲が104.9~348.8μm程度の範囲で(言い換えると、凹凸ピッチの最小値が104.9μm以上で、最大値が348.8μm以下で)、これらのピッチに関連する凹部深さの最小値と最大値の範囲が3.716~13.75μmの範囲(言い換えると、凹凸深さの最小値が3.716μm以上で、最大値が13.75μm以下)であった。製品ばらつきや測定誤差などを考慮すると、前記凹凸ピッチの最小値と最大値の範囲は100~400μm程度の範囲で、これらのピッチに関連する凹部深さは3~15μm程度の範囲とすることもできる(図6参照)。
【0047】
なお、凹凸ピッチ(凸部の間隔、凹部の入り口幅、開口部開口幅、開口径)、凹部深さのサイズに関して範囲を示す場合には、凹凸ピッチ、凹部深さの最小値と最大値の範囲を示すものとする。
【0048】
また、後述するものを含めて、本実施の形態における表面形状データ、表面の3D画像は、KEYENCE社製の形状測定レーザーマイクロスコープVK-X100を用いて取得した。
【0049】
ここで、各試験片の表面について、MDSと同様の測定を行った結果及び固着物の剥離性改善効果に関する結果を図6に示す。
なお、図中、RaはJISで定められる算術平均粗さであり、RzはJISで定められる十点平均粗さであり、RSmはJISで定められる輪郭曲線要素の平均長さである。RSmの詳細を図12に示す。
【0050】
固着物の剥離性の改善効果については、図6にまとめたように、最も効果が大きかったのはMDSであり、次に効果が大きかったのはMDWであり、その次に効果が大きく一定の効果が確認されたのはMD5,MD4,MD200であった。MD102,MD101については固着物の剥離性の改善効果は確認できなかった。
【0051】
MD102の試験片の表面に無数にランダムに形成された微小凹凸(微小凹部)の凹凸ピッチ(凹部入口径、凸部の間隔或いは凹部の間隔)の最小値と最大値の範囲は5~20μmの範囲で(言い換えると、凹凸ピッチの最小値が5μm以上で、最大値が20μm以下で)、当該凹凸ピッチに関連する凹部深さの最小値と最大値の範囲が0.1~0.3μmの範囲(言い換えると、凹凸深さの最小値が0.1μm以上で、最大値が0.3μm以下)であった。
【0052】
MD101の試験片の表面に無数にランダムに形成された微小凹凸(微小凹部)の凹凸ピッチ(凹部入口径、凸部の間隔或いは凹部の間隔)の最小値と最大値の範囲は5~30μmの範囲で(言い換えると、凹凸ピッチの最小値が5μm以上で、最大値が30μm以下で)、当該凹凸ピッチに関連する凹部深さの最小値と最大値の範囲が0.1~0.6μmの範囲(言い換えると、凹凸深さの最小値が0.1μm以上で、最大値が0.6μm以下)であった。
【0053】
MD5の試験片の表面に無数にランダムに形成された微小凹凸(微小凹部)の凹凸ピッチ(凹部入口径、凸部の間隔或いは凹部の間隔)の最小値と最大値の範囲は15~60μmの範囲で(言い換えると、凹凸ピッチの最小値が15μm以上で、最大値が60μm以下で)、当該凹凸ピッチに関連する凹部深さの最小値と最大値の範囲が0.5~3.0μmの範囲(言い換えると、凹凸深さの最小値が0.5μm以上で、最大値が3.0μm以下)であった。
【0054】
MD4の試験片の表面に無数にランダムに形成された微小凹凸(微小凹部)の凹凸ピッチ(凹部入口径、凸部の間隔或いは凹部の間隔)の最小値と最大値の範囲は25~60μmの範囲で(言い換えると、凹凸ピッチの最小値が25μm以上で、最大値が60μm以下で)、当該凹凸ピッチに関連する凹部深さの最小値と最大値の範囲が0.5~3.0μmの範囲(言い換えると、凹凸深さの最小値が0.5μm以上で、最大値が3.0μm以下)であった。
【0055】
MDWの試験片の表面に無数にランダムに形成された微小凹凸(微小凹部)の凹凸ピッチ(凹部入口径、凸部の間隔或いは凹部の間隔)の最小値と最大値の範囲は100~300μmの範囲で(言い換えると、凹凸ピッチの最小値が100μm以上で、最大値が300μm以下で)、当該凹凸ピッチに関連する凹部深さの最小値と最大値の範囲が2~10μmの範囲(言い換えると、凹凸深さの最小値が2μm以上で、最大値が10μm以下)であった。
MDSの試験片については上述している。
【0056】
MD200の試験片の表面に無数にランダムに形成された微小凹凸(微小凹部)の凹凸ピッチ(凹部入口径、凸部の間隔或いは凹部の間隔)の最小値と最大値の範囲は5~30μmの範囲で(言い換えると、凹凸ピッチの最小値が5μm以上で、最大値が30μm以下で)、当該凹凸ピッチに関連する凹部深さの最小値と最大値の範囲が0.2~1.5μmの範囲(言い換えると、凹凸深さの最小値が0.2μm以上で、最大値が1.5μm以下)であった。
【0057】
ここで、図6から、試験片の表面に無数にランダムに形成した微小凹凸(微小凹部)の凹凸ピッチや凹部深さが同じ範囲にあっても、固着物の剥離性改善効果に差があることがわかる。
【0058】
これまで、本発明者等は、試験片の表面に無数にランダムに形成した微小凹凸(微小凹部)の凹凸ピッチや凹部深さを変えて、粉体付着の抑制効果を確認してきたが、粉体付着の場合には、微小凹凸(微小凹部)の凹凸ピッチや凹部深さが同じ範囲にあれば、得られる粉体の抑制効果も同じレベルにあった。
【0059】
しかし、今回の試験(実験)から得られた知見では、固着物の剥離性の改善効果については、微小凹凸(微小凹部)の凹凸ピッチや凹部深さだけでは整理できないことが解った。すなわち、例えば、図6に示したように、MD102、MD101と、MD5、MD200などは、凹凸ピッチ・深さには重複する領域があるが、固着物の剥離性の改善効果には良し悪しがある。
【0060】
そこで、本発明者等は、微小凹凸を形成した表面の水の接触角(ぬれ性)、クルトシス値(凹凸の尖り具合を示す値)についても調べてみた。
ここでは、協和界面科学株式会社のポータブル接触角計PCA-11を用いて、部材の表面の水の接触角を取得(測定)した。クルトシス値については、前述したKEYENCE社製のVK-X100を用いて取得(測定)した。
【0061】
その結果を、図7に示す。
「MD102」の試験片の表面の接触角は47.1°であり、クルトシス値(Pku)は3.45であった。
「MD101」の試験片の表面の接触角は50.7°であり、クルトシス値(Pku)は3.36であった。
「MD5」の試験片の表面の接触角は74.8°であり、クルトシス値(Pku)は2.88であった。
「MD4」の試験片の表面の接触角は70.0°であり、クルトシス値(Pku)は2.38であった。
「MDW」の試験片の表面の接触角は94.7°であり、クルトシス値(Pku)は2.40であった。
「MDS」の試験片の表面の接触角は93.9°であり、クルトシス値(Pku)は2.09であった。
「MD200」の試験片の表面の接触角は79.3°であり、クルトシス値(Pku)は2.82であった。
【0062】
なお、水の接触角は、「ぬれ性」、「親水性」を表す指標の一つである(図11(A)参照)。
クルトシス値(Pku)は、高さ分布の鋭さ、とがり度を示す指標の一つである(図11(B)参照)。
Pku=3:高さ分布が正規分布である
Pku>3:表面に鋭い山や谷が多い
Pku<3:表面に鋭い山や谷が少ない
ことを示す。
クルトシス値(Pku)が3より小さいと撥水性、3より大きいと親水性表面となる。
なお、比較対照(SUS304 ♯700)(鏡面)はその性質上、尖り度、クルトシス値(Pku)を表すのは困難であるので、比較対照(SUS304 ♯700)の試験片表面のクルトシス値は正規分布であるPku=3としている。
【0063】
図8に、固着物剥離性改善効果に関し、横軸にクルトシス値(Pku)をとり、縦軸に水の接触角(°)をとって整理した図を示す。
図8において破線で囲った領域内(クルトシス値(Pku)が3より小さく、接触角が65°より大きい領域内)が固着物の剥離性が改善された領域(表面)である。
【0064】
ここで、今回の結果から、固着物の剥離性改善効果について考察した。
固着物の剥離性改善効果のない表面(MD102,MD101)は、接触角が65°以下で、クルトシス値(Pku)が3以上であり、親水表面である。
このため、図10(A)の上段側に示すように、水分を含んだ汚れなどは表面の微小凹凸の凹部に入り込みやすい。また、この状態から水分が蒸発しても、図10(A)の下段側に示すように、前記凹部に入り込んだ汚れなどの成分が当該凹部に堆積したままになり、強固に固着した状態となって、固着物は表面から剥離し難くなって表面に付着したままになると考えられる。
すなわち、乾燥による汚れ成分の収縮や変形の過程で、汚れ成分が微小凹凸に引っ掛かることで、表面に対する固着物の剥離性が悪いものと考えられる。
【0065】
この一方、固着物の剥離性改善効果のある表面(MDS、MDW、MD200、MD4、MD5など)は、接触角が65°より大きく、クルトシス値(Pku)が3より小さく、撥水表面である。
このため、図10(B)の上段側に示すように、水分を含んだ汚れなどは表面の微小凹凸の凹部に入り込みにくくなる。また、この状態から水分が蒸発すると、図10(B)の下段側に示すように、汚れなどの成分が前記凹部に入り込んでいない状態なので汚れなどの成分が前記微小凹凸の凸部の上に乗っている状態、或いは表面から浮いた状態になっているものと考えられる。
そして、乾燥による汚れ成分の収縮や変形が、表面に対する固着物の自然剥離を促進し固着物の剥離性が改善されたものと考えられる。
【0066】
また、本発明者等は、固着物剥離性改善効果と、微小凹凸を形成した表面のクルトシス値(Pku)及びRSmの関係についても考察した。
図9に、固着物剥離性改善効果に関し、横軸にクルトシス値(Pku)をとり、縦軸にRSmをとって整理した図を示す。
【0067】
図9において、クルトシス値(Pku)が3より小さく、RSmが100~300μmの範囲にある表面が、固着物の剥離性が大きく改善された表面であった。
ただし、それ以下のRSm(MD5の25μm程度、MD200の8μm程度など)であっても、クルトシス値(Pku)が3より小さい表面には、一定の固着物の剥離性改善効果が認められている。
【0068】
以上を踏まえると、固着物の剥離性の改善効果が得られる表面は、無数にランダムに形成される微小凹凸を有する表面の水の接触角が65°より大きく、かつ、クルトシス値(Pku)が3より小さい表面となる。
【0069】
また、微小凹凸の形状を考慮すると、その凹凸ピッチが100~400μmの範囲で、当該凹凸ピッチに関連する凹部深さが2~15μmであり、かつ、当該表面の水の接触角が65°より大きく、かつ、クルトシス値が3より小さい表面となる。
【0070】
また、固着物の剥離性の改善効果が得られる表面としては、無数にランダムに形成される微小凹凸を有する表面のRSmが100~300μmの範囲で、かつ、クルトシス値(Pku)が3より小さい表面がその効果が大きい。但し、RSmが8~300μmの範囲で、かつ、クルトシス値(Pku)が3より小さい表面にも、ある程度の効果が期待できる。
【0071】
以上のように、本実施の形態によれば、部材の表面に所定仕様の微小凹凸を無数にランダムに形成することで、部材の表面の固着物の剥離性を改善する(向上させる)ことができる部材の固着物剥離性改善表面処理方法、及び固着物剥離性改善部材を提供することができる。
【0072】
このため、本実施の形態に係る微小凹凸形成処理を施した表面によれば、従来であれば、例えば、食器や食品生産ライン等における容器などの表面にペースト状の食材などの残渣が乾燥して表面に固着してしまうような場合であっても、固着させることなく剥離させることができるので、不要な固着物として食品等の残渣となってしまうおそれなどを抑制することができる。
【0073】
また、ペースト状の食材などの残渣が乾燥して表面に固着してしまうと、そのまま水や温水を掛けて洗浄しようとしても固着物が貼り付いたままとなり、綺麗に洗い落とすことができなくなり、洗浄前に比較的長い時間をかけて水などの中に漬け置きなどを行う必要が生じ、大変に効率が悪く、作業性が悪いといった問題などを解決することに、本発明は貢献可能である。
【0074】
また、本実施の形態に係る固着物剥離性改善表面処理の適用事例の一例としては、包装袋内への内容物の充填用のトラフ(細長い凹部)内或いは円筒状要素内に付着してその表面に固着して従来取れ難くなっていた煮豆などの食材のカスが剥離し易くりなり(洗浄し易く)なり、食材ロスの低減及び衛生面などで有益となった。
また、パンチングスクリーン(パンチングメタルを利用した仕切り板など)に付着してその表面に固着して従来取れ難くなっていた食材のカスが剥離し易くなり(洗浄し易く)なり、食材ロスの低減及び衛生面などで有益となった。
【0075】
なお、本実施の形態では、水溶き小麦粉を乾燥させた場合の固着物の剥離性の試験を行ったが、混合調味料(粉状、粒状の調味料、油分を含むカレー粉なども含まれる)、液状或いはペースト状の調味料(醤油、ソース、ケチャップ、マヨネーズなど)、春巻きの皮やうどんなどの粘着性のある物質などを乾燥させて場合にいても、上記と同様の結果を得ることができる。
【0076】
このように、微小凹凸(微小凹部)を部材の表面にランダムに無数に形成すると、その表面の固着物の剥離性が改善されるという知見を得ることができたが、かかる知見は、微小凹凸(微小凹部)を無数に表面に形成した部材に関して、従来知られていない作用効果に関するものであり、上述したように、これまでの知見からは予測不能なものである。
【0077】
なお、このような新たな知見に基づいて、本発明は、部材の表面に微小凹凸(微小凹部)をランダムに無数に形成した部材を、固着物の剥離性改善部材という用途に用いるものである。
【0078】
すなわち、本発明によれば、部材の表面に所定仕様の微小凹凸を無数にランダムに形成することで、部材の表面の固着物の剥離性を改善する(向上させる)ことができる部材の固着物剥離性改善表面処理方法、及び固着物剥離性改善部材を提供することができる。
【0079】
なお、本発明において、固着物としては、特に限定されるものではなく、例えば、小麦粉などの各種ペースト、醤油、油、ソース、ケチャップ、マヨネーズなどの液体或いはペースト状の流動物、ハンバーグや餃子の素や挽肉(生肉)の塊などの練り物、うどん、パスタなどの麺類、餃子等の皮などの粘着性物質などのあらゆる食品の残渣等が所定に乾燥して固形物となった物質などが想定される。
すなわち、本発明は、水分・油分・その他原材料を任意の割合で含む食品残渣等が所定に乾燥した固着物に対する剥離性の改善効果を有する。
【0080】
また、本発明において、部材は、食品加工用部品、食材取扱いに用いる部品もしくは部材などを含む各種の処理の対象となるものに接触する部材に限定されるものではなく、食品用、調理用、工業用、医薬用、手術用、医療用などに供される部材など、良好な固着物剥離性が求められるあらゆる部材に適用可能である。
すなわち、本発明は、水分・油分・その他原材料を任意の割合で含む医薬品残渣、化粧品残渣などの固着物に対する剥離性の改善効果を有する。
【0081】
ところで、本実施の形態では、ディンプル状の微小凹部をショット材投射処理により、無数にランダムに形成することとして説明したが、例えば、部材の表面に化学研磨(化学エッチング)或いはプラズマ処理(例えばアルゴンボンバード処理)などを施して微小凹凸を無数にランダムに形成することもできる。但し、本発明はこれに限定されるものではなく、本発明に係る微小凹部は、化学エッチング、プラズマ処理、ショット材投射処理などの少なくとも一つ或いはこれらを適宜に組み合わせることによって形成することも可能である。
なお、化学研磨(化学エッチング)としては、例えば、塩酸・硝酸・硫酸・リン酸などの酸性薬剤や塩化鉄(III)などを任意の割合で水溶液に調製し使用することが想定される。
【0082】
また、部材の表面に微小凹凸(微小凹部)を形成することには、化学エッチング、プラズマ処理、ショット材投射処理などに基づいて(利用して)形成した微小凹凸(微小凹部)をその表面に有する型を用いて、例えば転写等により、部材の表面に複合凹凸形状(複合ディンプル)を形成する場合なども含まれるものである。
【0083】
また、本実施の形態に係る微小凹凸形成処理による固着物の剥離性改善効果は、例えばステンレス材であれば、処理前のベース材の♯400、♯700、2B等、表面の仕上げ仕様には拘らず、特に非磁性のオーステナイト系のステンレス(SUS303、304、316など)、どれでも同等の効果が得られると考えられる。また、ステンレス材以外の金属材料(例えば、鉄の場合には、例えばスチール(SS400など)、アルミニウム、チタン等の金属製或いは合金製など)であっても本発明は適用可能である。
【0084】
また、本発明に係る固着物剥離性改善部材は、樹脂製部材とすることも可能であり、その材料は特に限定されるものではない。例えばセラミックスやガラスなどとすることも可能であり、金属製部材の場合は、鉄、アルミニウム、チタン等の金属製(合金製)とすることができる。
【0085】
また、本発明に係る固着物剥離性改善部材は、ブロック状、プレート状、シート状などあらゆる形が想定され、その形状・サイズなどは特に限定されるものではなく、例えば、金属製や樹脂製のメッシュ部材(網状部材)や板状部材、開口を複数備えたパンチングメタル状部材(打ち抜き開口付き部材)(樹脂製も含む)などとすることもできる。
【0086】
なお、本実施の形態に係る微小凹凸形成処理(ショット材投射処理、マイクロディンプル処理)は、既知の噴射装置により、上述したような仕様(材質やサイズや形状など)の異なるメディア(ショット材、研磨材粒子)を、条件を調整しつつ噴射して表面処理加工の対象である部材の表面に衝突させることで、異なる表面形状(表面テクスチャ)を有する所望の処理品(MD102、MD102、MD5、MD4、MDW、MDS、MD200など)を得ることができる。
【0087】
例えば、噴射装置としては、ブラスト装置を用いることができ、ブラスト装置の一例としては、例えば、株式会社不二製作所製の「PNEUMA BLASTER」(型式:SCシリーズ、SGシリーズなど)などを用いることができる。また、例えば、特開2019-25584号公報などに記載されているものを用いることができる。
【0088】
より具体的には、噴射粒体を部材の表面に向けて噴射する噴射装置としては、圧縮気体(空気、アルゴン、窒素等)と共に研磨材(微粒子)の噴射を行う既知のブラスト加工装置(ブラスト処理装置)を使用することができる。
【0089】
そして、ブラスト加工装置(ブラスト処理装置)としては、圧縮気体の噴射により生じた負圧を利用して研磨材を噴射するサクション式のブラスト加工装置,研磨材タンクから落下した研磨材を圧縮気体に乗せて噴射する重力式のブラスト加工装置,研磨材が投入されたタンク内に圧縮気体を導入し、別途与えられた圧縮気体供給源からの圧縮気体流に研磨材タンクからの研磨材流を合流させて噴射する直圧式のブラスト加工装置、及び、上記直圧式の圧縮気体流を、ブロワーユニットで発生させた気体流に乗せて噴射するブロワー式ブラスト加工装置等が市販されているが,これらはいずれも前述した噴射粒体の噴射に使用可能である。
また、水などの液体と共にショットを高圧で噴射するウォータージェットも使用することができる。
【0090】
ここで、本発明では、微小凹凸形成処理、マイクロディンプル処理、微粒子投射処理などのショット材投射処理により(或いは基づいて)形成された凹凸表面を形状或いは構造面から特定するために、レーザ加工等で予め設計された図面に従って形成される幾何学的かつ規則的な凹凸形状とは全く異なり、ディンプル状の微小凹凸(微小凹部と凹部周辺に稜線状の凸部が、それぞれの形状、ピッチ、深さ)が無数にランダムに形成されているという特定方法を用いている。
すなわち、「ショット材投射処理により(或いは基づいて)、その表面に微小凹部を形成した」という表現を用いる代わりに、「部材の表面に、微小凹凸(或いは微小凹部)を無数にランダムに形成した」などの特定方法(表現)を用いている。
しかしながら、先行技術などとの対比において、上記特定方法(表現)では、ショット材投射処理により形成された凹凸表面を、他と区別した特徴的な特定方法(表現)として採用することが難しくなる場合も想定される。
【0091】
このため、「ショット材投射処理により(或いは基づいて)表面に微小凹凸を形成する」という特定方法(表現)により、ショット材投射処理により(或いは基づいて)形成された凹凸表面を特定せざるを得ない状況が想定される。
従って、ショット材投射処理により形成された微小凹凸を形状、構造、特性等により特定することには、本願出願時において不可能・非現実的事情が存在しており、「ショット材投射処理により(或いは基づいて(転写などの場合を考慮))表面に微小凹凸を形成することで」という表現を用いざるを得ない場合があることについて、以下に説明しておく。
【0092】
ショット材投射処理は、投射粒(メディア)を、圧縮空気を介し秒速数十から百m以上の速度で加工対象表面に衝突させ、有意な寸法変化を伴わずに、その縁に凸部を有する略球面状のミクロンサイズの微小凹部を不規則に加工面の略全面に形成するものであり、ショット材投射処理においてメディアが衝突して微小凹部が形成される際には、クレーター状に、その周囲が隆起して凸部が形成され(図14参照)、この隆起した凸部は、他のメディアが衝突することで、凹まされるため凸部の高さは不規則となる。
【0093】
これに対して、レーザ加工や切削加工等の機械的加工は規則正しい凹部が形成されると共に、除去加工であるため凸部は形成されない(凹部の形成に伴って凸部が隆起されることはない)。このため、レーザ加工や切削加工等の機械的加工における微小凹部の周囲の凸部の高さは被加工材(レーザ加工されている部材)の表面(元々の素材表面)の高さに一致している(図15参照)。
【0094】
また、ショット材投射処理により形成される微小凹凸は無数に不規則に(ランダムに)形成されるため、当該ショット材投射処理により形成される表面テクスチャ(形状)は、研磨や研削処理などの表面を削って傷(すじ状などの溝)を付与する処理により形成される表面形状(テクスチャ)とは異なるが、表面粗さ計などにより測定すると、両者は数値的には似た値となってしまうため、表面粗さなどにより両者を区別することはできない。
【0095】
しかし、ショット材投射処理により形成される表面テクスチャ(形状)によって得られる効果(粉体付着抑制効果や固着物剥離性改善効果など)は、研磨や研削処理などの表面を削って傷を付与する処理により形成される表面形状(テクスチャ)からは予想できない格別なものである。
また、数ミリオーダーのメディアを衝突させて残留応力を付与して疲労限を改善するショットピーニング処理からは、ショット材投射処理を施した表面が固着物剥離性効果などを有するといったことは到底予測できないものである。
【0096】
このように、ショット材投射処理により形成される微小凹凸は無数に不規則に(ランダムに)形成され、微小凹部及びその周囲の凸部の形状は不規則であり、その不規則性が本発明により奏される作用効果の源になっていることに鑑みれば、ショット材投射処理により形成された表面テクスチャ(形状)を特定するための用語として、「ショット材投射処理により(或いは基づいて)形成された」という表現を用いる以外には、ショット材投射処理により形成された表面を特定することはできない。
以上のように、ショット材投射処理により形成された微小凹凸を形状、構造、特性等により特定することには、本願出願時において不可能・非現実的事情が存在している。
【0097】
ところで、本発明は、上述した発明の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々変更を加え得ることは可能である。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明は、部材の表面にディンプル状の微小凹部を無数形成することで、部材の表面に固着物剥離性の改善効果を持たせることができ、食品(食材)ロスや衛生等を問題とする産業界において有益であり利用可能である。
図1
図2
図3
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図7
図8
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