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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023142141
(43)【公開日】2023-10-05
(54)【発明の名称】切削工具及び切削工具の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20230928BHJP
   B23P 15/28 20060101ALI20230928BHJP
   B23K 26/356 20140101ALI20230928BHJP
   B23K 26/361 20140101ALI20230928BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23P15/28 A
B23K26/356
B23K26/361
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022048860
(22)【出願日】2022-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼部 涼太
(72)【発明者】
【氏名】久保 拓矢
【テーマコード(参考)】
3C046
4E168
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF07
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF25
4E168AC02
4E168AD03
4E168DA32
4E168DA46
4E168DA47
4E168JA01
4E168JA15
(57)【要約】
【課題】耐摩耗性、耐欠損性及び耐剥離性に優れた切削工具、並びに切削工具の製造方法を提供する。
【解決手段】焼結合金製の工具基体1と、工具基体1の稜線部に配置される切れ刃3と、切れ刃3と隣り合って配置されるすくい面5と、工具基体1の表面のうち少なくとも切れ刃3及びすくい面5にわたって配置される硬質被膜2と、を備える切削工具10であって、硬質被膜2は、工具基体1の表面に配置される下層21と、下層21の表面に配置される上層22と、を有し、下層21は、少なくとも切れ刃3上に位置し、その表面に上層22が配置されない露出部23と、すくい面5上に位置し、その表面に上層22が配置される被覆部24と、を有し、上層22は、露出部23と被覆部24との境界部分に配置され、切れ刃3から離れるに従い段階的に膜厚が大きくなるステップ部35を有する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼結合金製の工具基体と、前記工具基体の稜線部に配置される切れ刃と、前記切れ刃と隣り合って配置されるすくい面と、前記工具基体の表面のうち少なくとも前記切れ刃及び前記すくい面にわたって配置される硬質被膜と、を備える切削工具であって、
前記硬質被膜は、
前記工具基体の表面に配置される下層と、
前記下層の表面に配置される上層と、を有し、
前記下層は、
少なくとも前記切れ刃上に位置し、その表面に前記上層が配置されない露出部と、
前記すくい面上に位置し、その表面に前記上層が配置される被覆部と、を有し、
前記上層は、前記露出部と前記被覆部との境界部分に配置され、前記切れ刃から離れるに従い段階的に膜厚が大きくなるステップ部を有する、
切削工具。
【請求項2】
前記ステップ部は、段数が4段以上であり、
前記上層の膜厚方向に沿う前記ステップ部全体の高さ寸法が、1.5μm以上である、
請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記すくい面を正面に見たときの、前記切れ刃と直交する方向に沿う前記ステップ部全体の幅寸法が、前記上層の膜厚方向に沿う前記ステップ部全体の高さ寸法の2倍以上である、
請求項1または2に記載の切削工具。
【請求項4】
前記上層は、
複数のAl層と、
前記上層の膜厚方向において、前記複数のAl層間に配置される介在層と、を有する、
請求項1から3のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項5】
前記工具基体の表層のうち前記露出部の直下に位置する部分の圧縮残留応力が、1GPa以上である、
請求項1から4のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項6】
前記露出部は、前記切れ刃から前記すくい面側へ向けた少なくとも200μmの範囲に配置される、
請求項1から5のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項7】
前記ステップ部が有する段のうち少なくとも1つの表層が、Al層である、
請求項1から6のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載の切削工具を製造する方法であって、
前記工具基体の表面に前記下層を成膜する下層成膜工程と、
前記下層の表面に前記上層を成膜する上層成膜工程と、
前記上層の一部をレーザ加工により除去し、前記露出部及び前記ステップ部を形成するレーザ加工工程と、を備える、
切削工具の製造方法。
【請求項9】
前記レーザ加工工程では、パルス幅が100ps以下のパルスレーザを前記硬質被膜上から照射し、前記工具基体の表層及び前記下層の少なくとも1つに、圧縮残留応力を付与する、
請求項8に記載の切削工具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性、耐欠損性及び耐剥離性に優れた硬質被膜付き切削工具、並びにその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金製の工具基体上に硬質被膜を成膜した切削工具が知られている。化学蒸着法(CVD)で硬質被膜をコーティングした表面被覆切削工具では、耐摩耗性を向上させるため、硬質被膜の表層(上層)に酸化物層を用いることがある。この場合、酸化物層の膜厚を厚くすると耐摩耗性が向上するが、一方で刃先の耐欠損性は低下する傾向がある。
【0003】
硬質被膜の上層にAl等の酸化物層を有し、下層にTiCN等の酸化物以外の層を有する超硬工具において、硬質被膜のうち切れ刃稜線部近傍における上層を一部除去することで、工具の耐欠損性と耐摩耗性をバランスよく向上させる方法が知られている(特許文献1、2)。
【0004】
例えば、特許文献1では、バレル研磨、ダイヤブラシ、ショットブラスト、弾性砥石等により、切れ刃稜線部の上層の酸化物層を除去する方法が挙げられている。また特許文献2では、ナノ秒レーザにより、刃先の上層の酸化物層を除去する方法が挙げられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3006453号公報
【特許文献2】特許第5804354号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の方法では、酸化物層の除去を機械的に行っているため、除去処理の処理量の制御が行いづらい。このため、本願の図6に示すように、硬質被膜の下層101まで意図せず除去されてしまい、工具寿命が安定しなくなる問題があった。
【0007】
また、特許文献2の方法では、本願の図7に示すように、上層(酸化物層)102のレーザ除去部と非除去部とのすくい面側の境界で、角部102aが尖った状態で残存してしまう。このような角部102aが形成される理由は、酸化物などの脆性材料により構成される上層102は、レーザ加工によって膜の表面と垂直な方向(膜厚方向)に割れやすい性質があるためである。上層102に角部102aが形成されると、切削中にこの角部102aに切屑が接触することで、上層102が剥離したり、硬質被膜が膜厚方向の全体に剥離したりするため、耐摩耗性が低下する問題があった。
【0008】
本発明は、耐摩耗性、耐欠損性及び耐剥離性に優れた切削工具、並びに切削工具の製造方法を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一つの態様は、焼結合金製の工具基体と、前記工具基体の稜線部に配置される切れ刃と、前記切れ刃と隣り合って配置されるすくい面と、前記工具基体の表面のうち少なくとも前記切れ刃及び前記すくい面にわたって配置される硬質被膜と、を備える切削工具であって、前記硬質被膜は、前記工具基体の表面に配置される下層と、前記下層の表面に配置される上層と、を有し、前記下層は、少なくとも前記切れ刃上に位置し、その表面に前記上層が配置されない露出部と、前記すくい面上に位置し、その表面に前記上層が配置される被覆部と、を有し、前記上層は、前記露出部と前記被覆部との境界部分に配置され、前記切れ刃から離れるに従い段階的に膜厚が大きくなるステップ部を有する。
また、本発明の一つの態様は、前述の切削工具を製造する方法であって、前記工具基体の表面に前記下層を成膜する下層成膜工程と、前記下層の表面に前記上層を成膜する上層成膜工程と、前記上層の一部をレーザ加工により除去し、前記露出部及び前記ステップ部を形成するレーザ加工工程と、を備える。
【0010】
本発明の切削工具は、硬質被膜が下層及び上層を有する。上層に例えばアルミナ(Al)などの酸化物層等を用いることで、硬質被膜の耐摩耗性を高めることができる。また、下層は切れ刃の直上に露出部を有しており、露出部の表面には上層が配置されていない。硬質被膜のうち切れ刃の直上に位置する部分の膜厚が薄くされていることにより、切れ刃の耐欠損性が高められる。これは、切削加工時の切れ刃の僅かな変形などに、硬質被膜がより追従しやすくなるため等と考えられる。
【0011】
そして本発明では、上層がステップ部を有しており、ステップ部は、下層の露出部と被覆部との境界に位置している。ステップ部は、切れ刃からすくい面側に離れるに従い、その膜厚が段階的に大きくなる。このように、上層のうち露出部と被覆部との境界上に位置する部分がステップ状に形成されることで、上層に、切屑が引っ掛かるような大きな角部が形成されることが抑制される。これにより、すくい面上での切屑の流れが良くなり、すくい面において上層が剥離したり、硬質被膜が膜厚方向の全体に剥離したりするような不具合が抑えられる。また、耐摩耗性及び耐欠損性がいずれも良好に維持されて、これらの機能が安定して向上する。
【0012】
また、露出部及びステップ部は、上層の一部をレーザ加工によって除去することにより形成される。このため、露出部及びステップ部を形成する際に、下層が意図せず除去されるような不具合が抑制される。したがって、切削工具の工具寿命が安定する。また、レーザを使用することで、ステップ部の形状を精密に制御することができる。
【0013】
以上より、本発明の切削工具及びその製造方法によれば、耐摩耗性、耐欠損性及び耐剥離性をバランスよく向上させることができる。
【0014】
前記切削工具において、前記ステップ部は、段数が4段以上であり、前記上層の膜厚方向に沿う前記ステップ部全体の高さ寸法が、1.5μm以上であることが好ましい。
【0015】
上記構成のように、ステップ部の段数が4段以上とされ、ステップ部全体の高さ寸法が1.5μm以上とされると、耐欠損性や耐剥離性などがより顕著に高められる。なお、より好ましくは、ステップ部の段数は、7段以上15段以下であり、ステップ部全体の高さ寸法は、2μm以上5μm以下である。
【0016】
前記切削工具は、前記すくい面を正面に見たときの、前記切れ刃と直交する方向に沿う前記ステップ部全体の幅寸法が、前記上層の膜厚方向に沿う前記ステップ部全体の高さ寸法の2倍以上であることが好ましい。
【0017】
上記構成のように、ステップ部全体の幅寸法が、ステップ部全体の高さ寸法の2倍以上であると、ステップ部全体が緩やかに傾斜した段差状となるため、切屑との接触による膜剥離がより生じにくくなる。
【0018】
前記切削工具において、前記上層は、複数のAl層と、前記上層の膜厚方向において、前記複数のAl層間に配置される介在層と、を有することが好ましい。
【0019】
この場合、酸化物層であるAl層(アルミナ層)によって、すくい面のクレーター摩耗を防ぐことができる。また、上層の膜厚方向に隣り合うAl層同士の間に、介在層が介在する。介在層は、例えば、膜厚がナノメートル単位のTi化合物層(TiC)(x+y+z=1)等の薄層である。このような介在層が設けられることで、例えば、一のAl層に膜厚方向への割れや亀裂が生じた場合でも、介在層を介してこの一のAl層と隣り合う他のAl層にまで、割れや亀裂が伝播するようなことは抑制される。このため、耐摩耗性や耐剥離性などが安定して確保される。
また上記構成によれば、切削工具の製造時に、複数設けられるAl層の脆性を利用して、ステップ部のステップ形状を精度よく付与できる。
【0020】
前記切削工具は、前記工具基体の表層のうち前記露出部の直下に位置する部分の圧縮残留応力が、1GPa以上であることが好ましい。
【0021】
上記構成のように、工具基体の表層のうち露出部の直下に位置する部分の圧縮残留応力が1GPa以上であると、切削中に切れ刃近傍に発生する亀裂の進展が抑制されて、刃先の耐欠損性がより向上する。
【0022】
前記切削工具において、前記露出部は、前記切れ刃から前記すくい面側へ向けた少なくとも200μmの範囲に配置されることが好ましい。
【0023】
上記構成のように、露出部が、切れ刃からすくい面側へ向けた少なくとも200μmの範囲に位置していると、この露出部を、切削に寄与する範囲に安定して配置することができる。このため、例えばカタログ等に記載の切削工具の推奨送り量(すなわち、一般的な工具送り量)で工具が使用された場合に、切れ刃の刃先欠損等を安定して抑制できる。
【0024】
前記切削工具は、前記ステップ部が有する段のうち少なくとも1つの表層が、Al層であることが好ましい。
【0025】
この場合、ステップ部の少なくとも1つの段の表層(テラス部)が、耐摩耗性に優れるAl層であるので、ステップ部における耐摩耗性が安定して高められる。また、ステップ部の段の表層をAl層とすれば、切削工具の製造時に、Al層の脆性を利用して、テラス部がAl層であるステップ構造を容易に形成できる。
【0026】
前記切削工具の製造方法において、前記レーザ加工工程では、パルス幅が100ps以下のパルスレーザを前記硬質被膜上から照射し、前記工具基体の表層及び前記下層の少なくとも1つに、圧縮残留応力を付与することが好ましい。
【0027】
この場合、ワーク(切削工具)の硬質被膜の上から、従来よりもパルス幅が小さい、パルス幅100ps(ピコ秒)以下の短パルスレーザを照射する。これにより、熱影響を抑えつつレーザのピークパワー密度を高められるため、例えば大気中や不活性ガス中などの気体中においても、ワーク表面に大きな衝撃力を作用させることができ、大きな圧縮残留応力を付与できる。この処理はいわゆる超短パルスレーザピーニングであり、レーザ照射したワークの表面を若干加工することで発生するプラズマが爆発的に拡散する際の、力学的な反作用によりワークに衝撃波を発生させ、塑性変形や転位などの結晶欠陥を付与することで、ワーク表面に圧縮残留応力を付与する手法である。
【0028】
上記構成によれば、工具基体の表層及び硬質被膜の下層の少なくとも1つに、高い圧縮残留応力を付与することができ、これにより切れ刃の耐欠損性を向上できる。切削の加工精度が良好に維持され、かつ工具寿命が延長する。
また、パルス幅100ps以下の短パルスレーザを用いることで、熱的除去が起こりづらくなるため、よりステップ部の形状を精度よく制御できる。
【発明の効果】
【0029】
本発明の前記態様によれば、耐摩耗性、耐欠損性及び耐剥離性に優れた切削工具、並びに切削工具の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1図1は、本実施形態の切削工具を示す斜視図である。
図2図2は、本実施形態の切削工具の切れ刃近傍を拡大して示す断面図である。
図3図3は、硬質被膜の一部を模式的に示す斜視図である。
図4図4は、硬質被膜の一部を示す断面図である。
図5図5は、本実施形態の切削工具の製造方法を示すフローチャートである。
図6図6は、従来の切削工具の切れ刃近傍を拡大して示す断面図である。
図7図7は、従来の切削工具の切れ刃近傍を拡大して示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明の一実施形態の切削工具10及び切削工具10の製造方法について、図面を参照して説明する。
本実施形態の切削工具10は、切削インサートである。本実施形態の切削工具10は、特に図示しないが、例えば、金属製等の被削材に旋削加工(切削加工)を施す刃先交換式バイトに用いられる。
【0032】
図1に示すように、本実施形態の切削工具10は、板状である。具体的に、切削工具10は多角形板状であり、図示の例では四角形板状である。なお切削工具10は、四角形板状以外の多角形板状や円板状等であってもよい。
【0033】
本実施形態では、切削工具10の中心軸Cが延びる方向、つまり中心軸Cと平行な方向を、軸方向と呼ぶ。切削工具10の平面視において、中心軸Cは、切削工具10の中心に位置する。中心軸Cは、切削工具10の厚さ方向に沿って延びる。
中心軸Cと直交する方向を径方向と呼ぶ。径方向のうち、中心軸Cに近づく向きを径方向内側と呼び、中心軸Cから離れる向きを径方向外側と呼ぶ。
中心軸C回りに周回する方向を周方向と呼ぶ。
【0034】
図2に示すように、本実施形態の切削工具10は、焼結合金製の工具基体1と、工具基体1の稜線部に配置される切れ刃3と、切れ刃3と隣り合って配置されるすくい面5と、切れ刃3と隣り合って配置される逃げ面6と、工具基体1の表面のうち少なくとも切れ刃3及びすくい面5にわたって配置される硬質被膜2と、を備える。すなわち、本実施形態の切削工具10は、工具基体1上に硬質被膜2をコーティングした切削インサートである。
【0035】
図1に示すように、切削工具10は、一対の板面10a,10bと、外周面10cと、貫通孔10dと、を備える。
【0036】
一対の板面10a,10bは、多角形状であり、中心軸Cの軸方向を向く。本実施形態では、一対の板面10a,10bがそれぞれ四角形状である。一対の板面10a,10bは、一方の板面(上面)10aと、他方の板面(下面)10bと、を有する。一方の板面10aと他方の板面10bとは、軸方向に互いに離れて配置され、軸方向において互いに反対側を向く。
【0037】
本実施形態では、軸方向のうち、他方の板面10bから一方の板面10aへ向かう方向を軸方向一方側と呼び、一方の板面10aから他方の板面10bへ向かう方向を軸方向他方側と呼ぶ。なお軸方向は、上下方向と言い換えてもよい。この場合、軸方向一方側は上側に相当し、軸方向他方側は下側に相当する。
一対の板面10a,10bのうち、少なくとも一方の板面10aは、板面10aの一部(コーナ部等)が切削加工時に図示しない被削材と対向する。
【0038】
一対の板面10a,10bのうち、少なくとも一方の板面10aは、すくい面5を有する。すくい面5は、板面10aの少なくとも一部を構成する。本実施形態ではすくい面5が、板面10aの周縁部に位置する4つのコーナ部のうち、少なくとも2つのコーナ部にそれぞれ配置される。上記2つのコーナ部は、中心軸Cを中心として互いに180°回転対称となる位置に配置される。
【0039】
図2に示す例では、すくい面5が、中心軸Cと垂直な方向に広がる。ただしこれに限らず、すくい面5は、切れ刃3から径方向内側へ向かうに従い、軸方向一方側へ向けて傾斜していてもよい。この場合、切れ刃3のすくい角は、ネガティブ角(負角)とされる。あるいは、すくい面5は、切れ刃3から径方向内側へ向かうに従い、軸方向他方側へ向けて傾斜していてもよい。この場合、切れ刃3のすくい角は、ポジティブ角(正角)とされる。
【0040】
図1に示すように、外周面10cは、一対の板面10a,10bと接続され、径方向外側を向く。外周面10cは、軸方向の両端部が一対の板面10a,10bと接続される。具体的に、外周面10cのうち軸方向一方側の端部は、一方の板面10aと接続される。外周面10cのうち軸方向他方側の端部は、他方の板面10bと接続される。外周面10cは、切削工具10の周方向全域にわたって延びる。
【0041】
外周面10cは、逃げ面6を有する。逃げ面6は、外周面10cの少なくとも一部を構成する。逃げ面6は、外周面10cのうち各すくい面5と隣接する部分にそれぞれ配置される。逃げ面6は、切れ刃3を間に挟んで、すくい面5とは反対側に配置される。
【0042】
貫通孔10dは、切削工具10を軸方向に貫通する。貫通孔10dは、一対の板面10a,10bに開口し、軸方向に延びる。貫通孔10dの中心軸は、中心軸Cと同軸に配置される。図示の例では、貫通孔10dが円孔状である。貫通孔10dには、例えば、図示しないクランプ駒の突起やクランプネジ等が挿入される。
【0043】
切れ刃3は、すくい面5と逃げ面6とが接続される稜線部、つまりすくい面5と逃げ面6との交差稜線部に配置される。本実施形態では切れ刃3が、板面10aの周縁部に位置する4つのコーナ部のうち、少なくとも2つのコーナ部にそれぞれ配置される。図2に示すように、本実施形態では切れ刃3が、丸ホーニングを有する。なお切れ刃3は、チャンファホーニング等の他のホーニング形状を有していてもよい。また切れ刃3が、ホーニング形状を有していなくてもよい。
【0044】
図1に示すように、切れ刃3は、コーナ刃部3aと、一対の直線刃部3bと、を有する。コーナ刃部3aは、径方向外側に向けて突出する凸曲線状である。直線刃部3bは、直線状であり、コーナ刃部3aと接続される。本実施形態では、コーナ刃部3aの刃長方向の両端部に、一対の直線刃部3bが接続される。なお刃長方向とは、切れ刃3が延びる方向であり、具体的には切れ刃3の各刃部3a,3bが延びる方向である。コーナ刃部3a及び一対の直線刃部3bは、軸方向から見て、全体として略V字状をなす。
【0045】
図2に示すように、切れ刃3は、工具基体1の稜線部(交差稜線部)と、硬質被膜2のうち前記稜線部にコーティングされる部分(具体的には、後述する下層21)と、により構成される。
【0046】
工具基体1は、上述した切削工具10の形状と同じ形状を有する。工具基体1は、周期律表の第4,第5,第6族金属の炭化物、窒化物及びこれらの相互固溶体の中の少なくとも1種の硬質相と、Ni,CoまたはNi-Co合金を主成分とする重量比2~15%の結合相と、を有する焼結合金製である。本実施形態では工具基体1が、WC基の超硬合金製である。工具基体1は、WCとCoとを含む超硬基材である。なお工具基体1は、例えばTiC基またはTi(C,N)基等のサーメット製でもよい。
【0047】
硬質被膜2は、化学蒸着法(CVD法)または物理蒸着法(PVD法)により、工具基体1の表面(外面)上に成膜される。本実施形態では硬質被膜2が、工具基体1の表面のうち、切れ刃3、すくい面5及び逃げ面6にわたって配置される。なお硬質被膜2は、工具基体1の表面全体に成膜されていてもよい。
【0048】
硬質被膜2は、工具基体1の表面に配置される下層21と、下層21の表面に配置される上層22と、を有する。
【0049】
下層21は、例えば、酸化物、炭化物、窒化物、炭窒化物の単層により構成され、または、前記単層を少なくとも1層含む積層構造とされる。なお、下層21が酸化物の単層からなる場合、Al層(アルミナ層)以外の酸化物層とされる。
【0050】
下層21は、少なくとも切れ刃3上に位置し、その表面に上層22が配置されない露出部23と、すくい面5上に位置し、その表面に上層22が配置される被覆部24と、逃げ面6上に位置し、その表面に上層22が配置される逃げ面被覆部31と、を有する。なお、被覆部24は、すくい面被覆部24と言い換えてもよい。
【0051】
本実施形態では、露出部23が、切れ刃3上に位置する部分23aと、すくい面5上に位置する部分23bと、を有する。露出部23のうち切れ刃3上に位置する部分23aは、切れ刃3のホーニング形状に応じて、凸曲面状や面取り形状等に形成される。露出部23のうちすくい面5上に位置する部分23bは、すくい面5のうち、切れ刃3と隣接する部分に配置される。露出部23のうちすくい面5上に位置する部分23bは、すくい面5の形状に応じて、平面状等に形成される。
【0052】
図1に示すように、露出部23は、切れ刃3からすくい面5側へ向けた少なくとも200μmの範囲Aに配置される。範囲A(露出部23)は、切れ刃3が延びる方向(刃長方向)に沿って延びる。
【0053】
また、後述するレーザピーニング工程(レーザ加工工程)を経ることにより、図2に示す下層21の露出部23における圧縮残留応力は、下層21がTiCN層の場合、例えば、500MPa以上1.5GPa以下とされる。
【0054】
また、工具基体1の表層1aのうち露出部23の直下に位置する部分の圧縮残留応力は、例えば、1GPa以上とされる。なお本実施形態でいう「工具基体1の表層1a」とは、工具基体1のうち、工具基体1の表面(硬質被膜2との界面)から少なくとも深さ1μmの表層部分を指す。
【0055】
図4に示すように、上層22は、複数の酸化物層25と、上層22の膜厚方向において、複数の酸化物層25間に配置される介在層26と、を有する。すなわち、上層22は、酸化物層25を少なくとも2層以上有し、介在層26を少なくとも1層以上有する。上層22は、酸化物層25と介在層26とが膜厚方向に交互に積層された、多重積層構造を有する。
【0056】
本実施形態において、酸化物層25はAl層(アルミナ層。具体的には、α-Al層)である。また、介在層26は、Ti化合物層(TiC)(x+y+z=1)である。具体的に、本実施形態では介在層26が、例えばTiN層である。
【0057】
各酸化物層25の膜厚は、例えば1μm未満であり、好ましくは、0.6μm以下である。介在層26の膜厚は、酸化物層25の膜厚よりも小さい。介在層26の膜厚は、例えば0.5μm未満であり、好ましくは、0.2μm以下である。
【0058】
図2に示すように、上層22は、露出部23と被覆部24との境界部分に配置され、切れ刃3から離れるに従い段階的に膜厚が大きくなるステップ部35と、露出部23と逃げ面被覆部31との境界部分に配置され、切れ刃3から離れるに従い段階的に膜厚が大きくなる逃げ面ステップ部36と、を有する。なお、ステップ部35は、すくい面ステップ部35と言い換えてもよい。
【0059】
図2図4に示すように、ステップ部35は、切れ刃3からすくい面5側へ向かうに従い、その膜厚がステップ状に大きくなる。ステップ部35は、階段状に形成されており、その段数は、好ましくは4段以上である。
【0060】
図4に示すように、上層22の膜厚方向に沿うステップ部35全体の高さ寸法Hは、好ましくは、1.5μm以上である。また、すくい面5を正面に見たときの、切れ刃3と直交する方向に沿うステップ部35全体の幅寸法Wは、好ましくは、上層22の膜厚方向に沿うステップ部35全体の高さ寸法Hの2倍以上である。
【0061】
また、ステップ部35が有する段のうち少なくとも1つの表層は、酸化物層25であり、本実施形態ではAl層である。図4に示す例では、ステップ部35が有する複数の段のうち、最上段以外のすべての段の表層(テラス部)が、酸化物層25とされている。なお、図4に示す例では、ステップ部35の最上段の表層が、介在層26と同じTiN層とされているが、これに限らず、TiN層以外のTi化合物層(TiC)(x+y+z=1)や酸化物層25、またはそれ以外の層であってもよい。
【0062】
図2に示すように、逃げ面ステップ部36は、切れ刃3から逃げ面6側へ向かうに従い、その膜厚がステップ状に大きくなる。逃げ面ステップ部36は、階段状に形成されており、その段数は、好ましくは4段以上である。
【0063】
特に図示しないが、上層22の膜厚方向に沿う逃げ面ステップ部36全体の高さ寸法は、ステップ部35全体の高さ寸法Hと同じである。
【0064】
また、逃げ面ステップ部36が有する段のうち少なくとも1つの表層は、酸化物層25であり、本実施形態ではAl層である。本実施形態では、逃げ面ステップ部36が有する複数の段のうち、最上段以外のすべての段の表層(テラス部)が、酸化物層25とされている。なお本実施形態では、逃げ面ステップ部36の最上段の表層が、介在層26と同じTiN層とされているが、これに限らず、TiN層以外のTi化合物層(TiC)(x+y+z=1)や酸化物層25、またはそれ以外の層であってもよい。
【0065】
次に、切削工具10の製造方法について説明する。
図5に示すように、本実施形態の切削工具10の製造方法は、焼結工程S1と、下層成膜工程S2と、上層成膜工程S3と、レーザ加工工程S4と、を備える。
【0066】
焼結工程S1では、原料粉末をプレス成型することで工具基体1の形状とされた圧粉体を、焼結する。圧粉体は、工具基体1の製造過程において圧粉成形される中間成形体である。本実施形態では、圧粉体は板状であり、具体的には多角形板状である。工具基体1が超硬合金製の場合、上記原料粉末は、例えばWC及びCoを主成分とした混合粉末等である。
【0067】
下層成膜工程S2では、化学蒸着法(CVD法)または物理蒸着法(PVD法)により、工具基体1の表面に下層21を成膜する。図2に示すように、下層21は、少なくとも切れ刃3、すくい面5及び逃げ面6にわたって、工具基体1の表面に成膜される。下層21は、単層または複数層により構成される。下層21の材質については、前述した通りである。
【0068】
上層成膜工程S3では、CVD法またはPVD法により、下層21の表面に上層22を成膜する。上層22は、少なくとも切れ刃3、すくい面5及び逃げ面6にわたって、下層21の表面に成膜される。上層22は、酸化物層25と介在層26とを交互に積層した複数層により構成される。酸化物層25及び介在層26の各材質については、前述した通りである。
【0069】
レーザ加工工程S4では、上層22の一部をレーザ加工により除去し、露出部23、ステップ部35及び逃げ面ステップ部36を形成する。具体的に、レーザ加工工程S4では、上層22のうち切れ刃3上に位置する部分と、上層22のうち切れ刃3に隣接するすくい面5上の部分と、をレーザ加工により除去する。
【0070】
レーザ加工工程S4では、レーザのスポット径、照射スポット間隔、照射エネルギー等を適宜設定することにより、各ステップ部35,36のステップ形状を制御する。具体的に、レーザ加工工程S4では、パルス幅が100ps(ピコ秒)以下のパルスレーザを硬質被膜2上から照射する。
【0071】
より詳しくは、上層22のうち切れ刃3からすくい面5側へ向けた範囲(A+W)に、パルスレーザを照射する(図4を参照)。パルスレーザは、図示しないガルバノスキャナ・Fθレンズユニットを用いて、例えば切れ刃3に沿ってハッチング走査する。このときの処理雰囲気は、大気中または任意のガス中(つまり気体中)とする。なお任意のガスとは、例えば酸化を抑える不活性ガス等である。
【0072】
各ステップ部35,36のステップ形状については、パルスレーザのハッチング回数によって制御してもよいが、後述するレーザピーニング効果をより高める観点からは、1回または数回(例えば、3回以下)のハッチング走査によって、各ステップ形状を付与することがより好ましい。1回または数回のハッチング走査によってステップ形状を付与するには、例えば、パルスレーザのレーザビーム強度がスポット径(スポットの直径)の中央で強く、周辺で弱くなる性質を適宜利用することが好ましい。
【0073】
また、レーザ加工工程S4では、パルス幅が100ps以下のパルスレーザを硬質被膜2上から照射することにより、工具基体1の表層1a及び硬質被膜2の下層21の少なくとも1つに、圧縮残留応力を付与する。工具基体1の表層1a及び下層21の各圧縮残留応力値については、前述した通りである。
このように、レーザ加工工程S4では、パルスレーザの照射によってワーク(切削工具10)に圧縮残留応力を付与するため、レーザ加工工程S4は、レーザピーニング工程S4と言い換えてもよい。
【0074】
なお、気体中でのレーザピーニング処理は、水中でのレーザピーニング処理と比較して衝撃が小さいため、ワークに十分な圧縮残留応力を付与するためには、パルス幅が100ps以下のパルスレーザを用いる必要がある。
好ましくは、レーザ加工工程S4では、硬質被膜2上から、パルス幅が10ps以下のパルスレーザを照射する。より望ましくは、レーザ加工工程S4では、硬質被膜2上に、パルス幅が2ps以下のパルスレーザを照射する。
【0075】
また好ましくは、レーザ加工工程S4では、硬質被膜2に、パルス幅が10fs(フェムト秒)以上のパルスレーザを照射する。より望ましくは、レーザ加工工程S4では、硬質被膜2に、パルス幅が500fs以上のパルスレーザを照射する。
【0076】
特に図示しないが、パルスレーザのワーク表面におけるスポットの直径(スポット径)は、10μm以上200μm以下であることが好ましい。スポット径が10μm以上であれば、レーザアブレーションによるクレーター(凹み)の発生が抑制され、平滑な面を維持することができる。スポット径が200μm以下であれば、ワークに付与される圧縮残留応力値が低下するのを抑制できる。なお、パルスレーザのスポット径は、20μm以上100μm以下とすることがより望ましい。
【0077】
なお、レーザ加工工程S4では、ワークの圧縮残留応力に、切れ刃3に平行な方向と、切れ刃3と直交する方向とで異方性を付与してもよい。特に図示しないが、このような異方性を付与するには、レーザ加工工程S4において、例えば、切れ刃3と平行な方向のパルスレーザ照射点間隔と、切れ刃3と直交する方向のパルスレーザ照射点間隔とを、互いに異ならせればよい。ただしこれに限らず、例えば、切れ刃3と平行な方向のパルスレーザ照射点間隔と、切れ刃3と直交する方向のパルスレーザ照射点間隔とを互いに同じ値(一定)とし、ピークパワー密度を、切れ刃3と直交する方向において変化させたり、切れ刃3と平行な方向において変化させたりすることにより、圧縮残留応力に異方性を付与してもよい。
【0078】
以上説明した本実施形態の切削工具10及びその製造方法によれば、下記の作用効果が得られる。
切削工具10は、硬質被膜2が下層21及び上層22を有する。本実施形態のように、上層22に例えばアルミナ(Al)などの酸化物層25等を用いることで、硬質被膜2の耐摩耗性を高めることができる。また、下層21は切れ刃3の直上に露出部23を有しており、露出部23の表面には上層22が配置されていない。硬質被膜2のうち切れ刃3の直上に位置する部分の膜厚が薄くされていることにより、切れ刃3の耐欠損性が高められる。これは、切削加工時の切れ刃3の僅かな変形などに、硬質被膜2がより追従しやすくなるため等と考えられる。
【0079】
そして本実施形態では、上層22がステップ部35を有しており、ステップ部35は、下層21の露出部23と被覆部24との境界に位置している。ステップ部35は、切れ刃3からすくい面5側に離れるに従い、その膜厚が段階的に大きくなる。このように、上層22のうち露出部23と被覆部24との境界上に位置する部分がステップ状に形成されることで、上層22に、切屑が引っ掛かるような大きな角部が形成されることが抑制される。これにより、すくい面5上での切屑の流れが良くなり、すくい面5において上層22が剥離したり、硬質被膜2が膜厚方向の全体に剥離したりするような不具合が抑えられる。また、耐摩耗性及び耐欠損性がいずれも良好に維持されて、これらの機能が安定して向上する。
【0080】
また本実施形態では、上層22が逃げ面ステップ部36を有しており、逃げ面ステップ部36は、下層21の露出部23と逃げ面被覆部31との境界に位置している。逃げ面ステップ部36は、切れ刃3から逃げ面6側に離れるに従い、その膜厚が段階的に大きくなる。このように、上層22のうち露出部23と逃げ面被覆部31との境界上に位置する部分がステップ状に形成されることで、上層22に、被削材の加工面が引っ掛かるような大きな角部が形成されることが抑制される。これにより、加工面が逃げ面6に引っ掛かりにくくなるため、逃げ面6において上層22が剥離したり、硬質被膜2が膜厚方向の全体に剥離したりするような不具合が抑えられる。また、耐摩耗性及び耐欠損性がいずれも良好に維持されて、これらの機能が安定して向上する。
【0081】
また、露出部23、ステップ部35及び逃げ面ステップ部36は、上層22の一部をレーザ加工によって除去することにより形成される。このため、露出部23、ステップ部35及び逃げ面ステップ部36を形成する際に、下層21が意図せず除去されるような不具合が抑制される。したがって、切削工具10の工具寿命が安定する。また、レーザを使用することで、各ステップ部35,36の形状を精密に制御することができる。
【0082】
以上より、本実施形態の切削工具10及びその製造方法によれば、耐摩耗性、耐欠損性及び耐剥離性をバランスよく向上させることができる。
【0083】
また、本実施形態のように、ステップ部35の段数が4段以上とされ、ステップ部35全体の高さ寸法Hが1.5μm以上とされると、耐欠損性や耐剥離性などがより顕著に高められる。なお、より好ましくは、ステップ部35の段数は、7段以上15段以下であり、ステップ部35全体の高さ寸法Hは、2μm以上5μm以下である。
【0084】
また、本実施形態のように、ステップ部35全体の幅寸法Wが、ステップ部35全体の高さ寸法Hの2倍以上であると、ステップ部35全体が緩やかに傾斜した段差状となるため、切屑との接触による膜剥離がより生じにくくなる。
【0085】
また本実施形態では、上層22が、複数のAl層(酸化物層25)と、複数のAl層間に配置される介在層26と、を有する。
この場合、酸化物層25であるAl層によって、すくい面5のクレーター摩耗を防ぐことができる。また、上層22の膜厚方向に隣り合うAl層同士の間に、介在層26が介在する。介在層26は、例えば、膜厚がナノメートル単位のTi化合物層(TiC)(x+y+z=1)等の薄層である。このような介在層26が設けられることで、例えば、一のAl層に膜厚方向への割れや亀裂が生じた場合でも、介在層26を介してこの一のAl層と隣り合う他のAl層にまで、割れや亀裂が伝播するようなことは抑制される。このため、耐摩耗性や耐剥離性などが安定して確保される。
また上記構成によれば、切削工具10の製造時に、複数設けられるAl層の脆性を利用して、ステップ部35,36のステップ形状を精度よく付与できる。
【0086】
また、本実施形態のように、工具基体1の表層1aのうち露出部23の直下に位置する部分の圧縮残留応力が1GPa以上であると、切削中に切れ刃3近傍に発生する亀裂の進展が抑制されて、刃先の耐欠損性がより向上する。
【0087】
また、本実施形態のように、露出部23が、切れ刃3からすくい面5側へ向けた少なくとも200μmの範囲Aに位置していると、この露出部23を、切削に寄与する範囲に安定して配置することができる。このため、例えばカタログ等に記載の切削工具10の推奨送り量(すなわち、一般的な工具送り量)で工具が使用された場合に、切れ刃3の刃先欠損等を安定して抑制できる。
【0088】
また本実施形態では、ステップ部35,36が有する段のうち少なくとも1つの表層が、Al層である。
この場合、ステップ部35,36の少なくとも1つの段の表層(テラス部)が、耐摩耗性に優れるAl層であるので、ステップ部35,36における耐摩耗性が安定して高められる。また、ステップ部35,36の段の表層をAl層とすれば、切削工具10の製造時に、Al層の脆性を利用して、テラス部がAl層であるステップ構造を容易に形成できる。
【0089】
また、本実施形態の切削工具10の製造方法において、レーザ加工工程S4では、パルス幅が100ps以下のパルスレーザを硬質被膜2上から照射し、工具基体1の表層1a及び下層21の少なくとも1つに、圧縮残留応力を付与する。
この場合、ワーク(切削工具10)の硬質被膜2の上から、従来よりもパルス幅が小さい、パルス幅100ps(ピコ秒)以下の短パルスレーザを照射する。これにより、熱影響を抑えつつレーザのピークパワー密度を高められるため、例えば大気中や不活性ガス中などの気体中においても、ワーク表面に大きな衝撃力を作用させることができ、大きな圧縮残留応力を付与できる。この処理はいわゆる超短パルスレーザピーニングであり、レーザ照射したワークの表面を若干加工することで発生するプラズマが爆発的に拡散する際の、力学的な反作用によりワークに衝撃波を発生させ、塑性変形や転位などの結晶欠陥を付与することで、ワーク表面に圧縮残留応力を付与する手法である。
【0090】
上記構成によれば、工具基体1の表層1a及び硬質被膜2の下層21の少なくとも1つに、高い圧縮残留応力を付与することができ、これにより切れ刃3の耐欠損性を向上できる。切削の加工精度が良好に維持され、かつ工具寿命が延長する。
また、パルス幅100ps以下の短パルスレーザを用いることで、熱的除去が起こりづらくなるため、よりステップ部35,36の形状を精度よく制御できる。
【0091】
なお、本発明は前述の実施形態に限定されず、例えば下記に説明するように、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において構成の変更等が可能である。
【0092】
前述の実施形態では、上層22の酸化物層25がAl層である例を挙げたが、耐摩耗性が確保できる材質であればよいことから、Al層以外の酸化物層25等であってもよい。また同様に、介在層26は、膜厚方向に隣り合う酸化物層25同士を接続し、かつ、これらの酸化物層25間での割れや亀裂の伝播を抑制できる材質であればよいことから、前述の実施形態で例示した材質に限らない。
【0093】
前述の実施形態では、切削工具10が刃先交換式バイトに用いられる例を挙げたが、これに限らない。切削工具10は、例えば、被削材に転削加工(切削加工)を施す刃先交換式ドリルや刃先交換式エンドミル等に用いられてもよい。
また、切削工具10が切削インサートである例を挙げたが、これに限らない。切削工具10は、例えばソリッドタイプのバイト、ドリル、エンドミル、リーマ及びそれ以外の切削工具であってもよい。
【0094】
本発明は、本発明の趣旨から逸脱しない範囲において、前述の実施形態及び変形例等で説明した各構成を組み合わせてもよく、また、構成の付加、省略、置換、その他の変更が可能である。また本発明は、前述した実施形態等によって限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【実施例0095】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。ただし本発明はこの実施例に限定されない。
【0096】
本発明の実施例及び比較例の切削工具として、JIS規格のCNMG120408形状を有する切削インサートを用意した。また、工具基体1は、WC超硬合金製であり、工具基体1に含まれるCoは8.0質量%とした。
【0097】
硬質被膜2の下層21としては、工具基体1の表面上に、炭窒化チタン(TiCN)層を目標層厚4μmとして、CVD法により蒸着形成した。
【0098】
硬質被膜2の上層22としては、単層のAl層を目標膜厚2μmとしてCVD法により蒸着形成したもの(比較例1、2)と、Al層(酸化物層25)とTiN層(介在層26)をCVD法により交互に蒸着形成し積層したもの(Al層とTiN層の組を、2~16組積層したもの)と、を用意した。
【0099】
上層22の成膜の後、本発明の実施例ではレーザ加工工程S4を行い、上層22の一部をレーザ加工により除去して、露出部23及びステップ部35を形成した。
このレーザ加工は、レーザ波長1030nm、パルス幅1ps、繰り返し周波数10kHzの短パルスレーザを、切れ刃3からすくい面5側に向けた350μmの範囲Aについてハッチング走査した。またレーザ加工において、パルスエネルギー、ワーク表面でのスポット径(直径)、及びレーザのスポット中心間距離を適宜変更することで、ステップ部35全体の高さ寸法H(総ステップ高さH)、及び、ステップ部35全体の幅寸法W(総テラス幅W)を調整した。
また、レーザ加工工程S4の後に、露出部23の直下に位置する工具基体1の表層1aの圧縮残留応力値を測定した。
【0100】
また比較例では、上層22にレーザ加工工程S4を行わず、上層22をレーザ未処理のままとした。すなわち、比較例では、上層22に露出部23及びステップ部35が形成されていない。
【0101】
実施例及び比較例の各切削工具10を用いて、旋盤による湿式断続切削試験を行った。切削条件については、下記の通りとした。
<切削条件>
・被削材:SUS304 2溝スリット入り丸棒材
・切削速度:300m/min
・切込み:2.0mm
・送り:0.25mm/rev
そして、切削開始から0.5min毎に切れ刃3の刃先観察を行い、チッピング等の刃先欠損や硬質被膜2の膜剥離などが生じているか否かを確認し、工具寿命までの切削時間(min)を測定した。なお、切削中に異音が生じるなどの異常が発生した場合にも、その時点で工具寿命と判断した。
【0102】
試験の結果を、下記表1~表3に示す。
なお、各表中に示すステップ部35の「総ステップ高さH」及び「総テラス幅W」については、工具基体1の表面及び切れ刃3と垂直な互いに異なる5つの断面(縦断面)をSEM観察することで測定し、これらの平均値を算出した。
また、「WC残留応力」とは、工具基体1の表層1aの残留応力値を表しており、マイナスが圧縮側である。残留応力については、パルステック社製のX線残留応力測定装置を使用し、cosα法を用いて測定した。X線源にはCu管球を使用し、2θ=154°付近にあるWC(113)回折ピークを用いて、それぞれの残留応力を測定した。X線遮蔽板を用いて切れ刃3からすくい面5側に幅0.2mmのみを露出させ、レーザピーニング処理部のみの応力値になるように測定を行った。
【0103】
また、「レーザ未処理品との比較」とは、上層22にAl層とTiN層の組を同数有する実施例及び比較例の各グループの中で、レーザ未処理品である比較例の工具寿命を基準(1.00)とした場合に、実施例の工具寿命が基準に対して何倍であったかを表している。
【0104】
また、「評価」の基準については、下記の通りとした。
A:「レーザ未処理品との比較」が3倍以上であったもの。
B:「レーザ未処理品との比較」が2倍以上3倍未満であったもの。
C:「レーザ未処理品との比較」が1.5倍以上2倍未満であったもの。
D:「レーザ未処理品との比較」が1.5倍未満であったもの。
【0105】
【表1】
【0106】
【表2】
【0107】
【表3】
【0108】
表1に示すように、上層22がAl層の単層とされた比較例1、2のうち、レーザ未処理品の比較例1では、切れ刃3にチッピング(刃先欠損)が生じ、レーザ処理品の比較例2では、上層22の一部が除去されて形成された尖った角部に切屑が引っ掛かることで、膜剥離が生じた。
一方、表1~3に示すように、本発明の実施例1~26は、評価がすべてA,B,Cのいずれかであり、Al層とTiN層の組数が同じグループの中では、各グループの比較例と比べて、耐摩耗性、耐欠損性、耐剥離性が高められ、工具寿命が延びることが確認された。
【0109】
その中でも、ステップ部35の段数が4段以上であり、総ステップ高さHが1.5μm以上であり、総テラス幅Wが総ステップ高さHの2倍以上とされた実施例6~8、10~12、15~17、20~23、25及び26については、評価がすべてAまたはBとなり、工具寿命がより顕著に延びることが確認された。
【0110】
さらにその中でも、ステップ部35の段数が7段以上15段以下であり、総ステップ高さHが2μm以上5μm以下である実施例15~17及び20~23については、評価がすべてAとなり、工具寿命が格別顕著に延びることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明の切削工具及びその製造方法によれば、耐摩耗性、耐欠損性及び耐剥離性をバランスよく向上させることができ、工具寿命を延長できる。したがって、産業上の利用可能性を有する。
【符号の説明】
【0112】
1…工具基体、1a…表層、2…硬質被膜、3…切れ刃、5…すくい面、10…切削工具、21…下層、22…上層、23…露出部、24…被覆部、25…Al層(酸化物層)、26…介在層、35…ステップ部、A…範囲、H…ステップ部全体の高さ寸法、S2…下層成膜工程、S3…上層成膜工程、S4…レーザ加工工程、W…ステップ部全体の幅寸法
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7