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特開2023-14223白色組織剥離の可能性評価方法およびその評価方法に用いる測定装置
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  • 特開-白色組織剥離の可能性評価方法およびその評価方法に用いる測定装置 図1A
  • 特開-白色組織剥離の可能性評価方法およびその評価方法に用いる測定装置 図1B
  • 特開-白色組織剥離の可能性評価方法およびその評価方法に用いる測定装置 図2
  • 特開-白色組織剥離の可能性評価方法およびその評価方法に用いる測定装置 図3
  • 特開-白色組織剥離の可能性評価方法およびその評価方法に用いる測定装置 図4
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023014223
(43)【公開日】2023-01-26
(54)【発明の名称】白色組織剥離の可能性評価方法およびその評価方法に用いる測定装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 17/00 20060101AFI20230119BHJP
   G01M 13/04 20190101ALI20230119BHJP
   G01N 3/56 20060101ALI20230119BHJP
【FI】
G01N17/00
G01M13/04
G01N3/56 K
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022191527
(22)【出願日】2022-11-30
(62)【分割の表示】P 2022559916の分割
【原出願日】2022-05-31
(31)【優先権主張番号】P 2021104685
(32)【優先日】2021-06-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】江波 翔
(72)【発明者】
【氏名】山田 紘樹
(72)【発明者】
【氏名】宇山 英幸
(57)【要約】
【課題】白色組織剥離に影響を与えるとされる水素の量を簡便に短時間で検知し、検知した水素量から白色組織剥離の可能性を評価する評価方法を提供する。
【解決手段】産業機器で使用される転動装置の使用条件を模擬した条件下において発生し雰囲気に存在する水素ガスの量を測定することで転動装置の白色組織剥離の可能性を評価する白色組織剥離の可能性評価方法。
【選択図】図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
産業機器で使用される転動装置の使用条件を模擬した条件下において発生し雰囲気に存在する水素ガスの量を測定することで前記転動装置の白色組織剥離の可能性を評価することを特徴とする白色組織剥離の可能性評価方法。
【請求項2】
少なくともどちらか一方が中心軸周りに変速回転可能であって、互いに摺動可能に接触する摺動部材と、その接触面に供給される潤滑剤とが、密閉容器内に収容され、前記密閉容器内の水素ガスの量を測定する工程と、
測定した前記水素ガスの量に基づいて前記摺動部材に白色組織剥離が形成される場合の水素ガス量閾値を決定する工程と、
前記転動装置の使用条件を模擬した条件における前記密閉容器内の水素ガスの量を測定する工程を有し、
前記水素ガス量閾値と使用条件を模擬した前記条件における水素ガス量を比較することにより、前記転動装置の白色組織剥離の可能性を評価し、
前記水素ガスの量は、前記接触面の摺動によって前記潤滑剤から発生する水素ガスを含む量であることを特徴とする請求項1に記載の白色組織剥離の可能性評価方法。
【請求項3】
前記密閉容器は、内部に空気を有していることを特徴とする請求項2に記載の白色組織剥離の可能性評価方法。
【請求項4】
少なくともどちらか一方が中心軸周りに変速回転可能であって、互いに摺動可能に接触する摺動部材と、
前記摺動部材が内部に収容される密閉容器と、
前記密閉容器内に収容されて前記摺動部材が接触する接触面に供給される潤滑剤と、
前記密閉容器内の水素ガスの量を測定する水素測定手段と、を備え、
前記密閉容器内の水素ガスの量を測定する測定装置。
【請求項5】
前記密閉容器は、内部に空気を有していることを特徴とする請求項4に記載の測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転動装置の白色組織剥離の可能性評価方法およびその評価方法に用いる測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
白色組織剥離は、軸受鋼に侵入した水素に起因した軸受の剥離形態の一つであり、計算寿命よりも早く剥離が生じることから問題になっている。水素の起源は、軸受を潤滑するために使用されている潤滑剤であると考えられている。軸受使用中に潤滑剤が分解し水素が発生するとされている。使用条件と潤滑剤からの水素発生量を定量評価できれば、その使用条件での白色組織剥離の可能性を予測できるようになると考えられる。しかし、どのような使用条件だとどれくらいの水素が潤滑剤から発生するかは明らかになっていない。水素は拡散しやすいことから、実機において水素発生量を精度よく測定することは困難である。そのため、要素試験機を用いた水素発生量の評価がなされている。
【0003】
白色組織剥離が起きる可能性を予測する技術として、特許文献1がある。特許文献1は、軸受などの転動装置を構成する材料に侵入する拡散性水素を評価することができる評価装置である。評価装置は、円板状の試験片に回転する円板状の摺動部材を押し付けて摺動させる試験機を用い、試験片の下部に設け真空引きされた拡散性水素検出室内に放出された試験片からの拡散性水素を四重極質量分析器などの水素検出手段を用いて検出し、純すべり条件下での評価を対象としている。
【0004】
また、特許文献2は、転がり接触する鋼製の転動部材を有する転動装置を、ある試験条件で転動寿命運転を行い、運転後の鋼製の転動部材における非拡散性水素量を測定し、転動寿命試験の試験時間からその増加速度を求め、その値と白色組織が形成される臨界非拡散性水素量増加速度とを比較し、白色組織剥離が起きる可能性を予測する技術である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2013-234883
【特許文献1】特許第6683301号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の技術は、摺動により発生した水素のうち、試験片に侵入して拡散性水素となったものを真空引きされた拡散性水素検出室に放出させ、その拡散性水素を検出している。そのため、試験片に侵入した拡散性水素を拡散性水素検出室に放出させるために、拡散性水素検出室を真空引きするための装置が必要であるため、装置が大掛かりになるという問題がある。また、水素検出の評価は純すべり条件下で行われている.真空環境下、純すべり条件下での評価は、産業機器で使われている転動装置の使用条件を完全には模擬できていないおそれがある。さらに、発生した拡散性水素量の相対評価は可能であるが、水素起因である白色組織剥離の可能性まで予測することはできない。
【0007】
特許文献2に記載の技術においては、試験後の非拡散性水素量を測定していることから、鋼製の転動部材中に侵入した水素が非拡散性水素としてトラップされるには、時間を要してしまうという問題がある。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑み、真空引きするための装置を必要とせず、白色組織剥離に影響を与えるとされる水素の量を簡便に短時間で検知し、検知した水素量から白色組織剥離の可能性を評価する評価方法およびその評価方法に用いる測定装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様は、産業機器で使用される転動装置の使用条件を模擬した条件下において発生し雰囲気に存在する水素ガスの量を測定することで転動装置の白色組織剥離の可能性を評価する白色組織剥離の可能性評価方法である。
【0010】
また、本発明の他の態様は、少なくともどちらか一方が中心軸周りに変速回転可能であって、互いに摺動可能に接触する摺動部材と、摺動部材が内部に収容される密閉容器と、密閉容器内に収容されて摺動部材が接触する接触面に供給される潤滑剤と、密閉容器内の水素ガスの量を測定する水素測定手段と、を備え、密閉容器内の水素ガスの量を測定する測定装置である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、真空引きするための装置を必要とせず、白色組織剥離に影響を与えるとされる水素ガスの量を、産業機器で使用される転動装置の使用条件を模擬した条件で簡便に短時間で測定し、測定した水素ガスの量から転動装置の白色組織剥離の可能性を評価する白色組織剥離の可能性評価方法およびその評価方法に用いる測定装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1A】実施形態の測定装置の概要を正面方向から示す構成図である。
図1B】実施形態の測定装置の概要を上面方向から示す構成図である。
図2】発生水素ガス濃度と試験回数の関係を表すグラフである。
図3】発生水素ガス濃度とすべり速度の関係を表すグラフである。
図4】発生水素ガス濃度とすべり速度の関係と、白色組織形成の有無を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の実施形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、以下に示す本発明の実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想は、構成部品の構成、配置等を下記のものに特定するものではない。本発明の技術的思想は、特許請求の範囲に記載された請求項が規定する技術的範囲内において、種々の変更を加えることができる。
【実施例0014】
(測定装置)
図1Aは、本発明の実施形態を示す測定装置の概要を正面方向から見た構成図であって、本発明の測定装置は、転がり軸受や滑り軸受などの転動装置の白色組織剥離の可能性評価を行う評価方法に用いる測定装置である。また、図1Bは、本発明の実施形態を示す測定装置の概要を上面方向から見た構成図である。
【0015】
本発明の実施形態を示す測定装置1は、二円筒試験装置9と密閉容器2を有している。二円筒試験装置9は、円筒状で鋼製の摺動部材20と円筒状の鋼製の摺動部材21とを有している。円筒状で鋼製の摺動部材20、21は、転がり軸受や滑り軸受などの転動装置に用いられる材料と同等である。一方の摺動部材20は、中心軸周りに回転可能な軸10aの一端に固定され、他方の摺動部材21は、中心軸周りに回転可能な軸10bの一端に固定されている。密閉容器2の内部に摺動部材20と摺動部材21が収容されている。
【0016】
軸10aはオイルシール15aを介して密閉容器2に支持され、軸10aの他端はモータ13aのモータ軸12aにカップリング11aを介して接続している。また、軸10aのオイルシール15aに支持される部位とモータ軸12aに接続する部位の中間は中間支持用軸受14aの内輪によって支持されている。尚、中間支持用軸受14aの外輪は図示されないブロックによって支持されている。同様に、軸10bはオイルシール15bを介して密閉容器2に支持され、軸10bの他端はモータ13bのモータ軸12bにカップリング11bを介して接続している。また、軸10bのオイルシール15bに支持される部位とモータ軸12bに接続する部位の中間は中間支持用軸受14bの内輪によって支持されている。尚、中間支持用軸受14bの外輪は図示されないブロックによって支持されている。
【0017】
軸10aは、図示されないリニアガイド上に固定されて、水平方向に並進運動によって移動できる。水平方向へ移動する軸10aに荷重を負荷することで、軸10aと軸10bの二軸間の距離が変更可能であり、軸10aに固定された摺動部材20の周面22と、軸10bに固定された摺動部材21の周面23とを接触させることができる。本実施形態では、軸10aが図示されないリニアガイド上に固定されて水平方向に並進運動できるが、軸10aではなく、軸10bが図示されないリニアガイド上に固定されて水平方向に並進運動によって移動できる態様でも構わず、軸10aまたは軸10bのうち、少なくともどちらか一方が水平方向に並進運動によって移動できればよい。
【0018】
本実施形態の測定装置1は、水平方向へ移動する軸10aに荷重を負荷し、他方を固定することで、摺動部材20の周面22と摺動部材21の周面23とが接触する接触面24に面圧をかけることができる。オイルシール15a、15bは、軸10a、10bが水平方向に移動した場合でも、その移動を吸収できるように変形することができるオイルシールである。従って、軸10aまたは軸10bのうち、少なくともどちらか一方が水平方向に並進運動によって移動した場合であっても、密閉容器2内の密閉性を保つことが可能である。
【0019】
軸10aは、接続されたモータ13aによって軸中心に回転可能であり、軸10bも、接続されたモータ13bによって軸中心に回転可能である。モータ13a、13bは回転速度が可変できるモータであるため、モータ13aの回転速度を変更することによって摺動部材20の周面22の周速を変更することができ、モータ13bの回転速度を変更することによって摺動部材21の周面23の周速を変更することができる。従って、摺動部材20の周面22の周速と摺動部材21の周面23の周速とを同じにすれば、摺動部材20と摺動部材21とは、すべりの生じない純転がり状態で接触することができ、摺動部材20の周面22の周速と摺動部材21の周面23の周速とが異なる速度となれば、摺動部材20と摺動部材21とは転がりすべり接触状態で接触することができ、摺動部材20または摺動部材21のどちらか一方の回転を止めて、他方を回転させれば、摺動部材20と摺動部材21とは純すべり接触状態で接触することができる。
【0020】
摺動部材20と摺動部材21との接触面24を潤滑するための潤滑剤として、潤滑油8が密閉容器2の内部に収容されており、潤滑油8は、摺動部材20の周面22と摺動部材21の周面23が接触する接触面24が潤滑油8に十分に浸るまでの高さであって、上部には空間(ヘッドスペース)25が確保されるような量だけ収容されている。従って、密閉容器2の内部は、接触面24を含めた下部側には潤滑油8が満たされ、上部側は潤滑油がないヘッドスペース25が確保されており、ヘッドスペース25には空気が収容されている。本実施形態では密閉容器2には空気が収容されているが、密閉容器2内の気体は任意に制御することができる。
【0021】
密閉容器2の内部には、潤滑油8を過熱するためのヒータ3が下部側に配置され、ヘッドスペース25には、ヘッドスペース25に溜まった水素ガスを含む気体を吸引するためのガスポート6とヘッドスペース25の圧力を検知する圧力計4が配置されている。また、接触面24付近の潤滑油8の温度を検知する温度検知手段5が配置されている。ガスポート6はチューブを介して、本発明の水素測定手段であるガスクロマトグラフ7に接続されている。密閉容器2の内部を真空にして評価をしたい場合は、水素測定手段として四重極形質量分析計を用いればよいし、水素測定手段として四重極形質量分析計を用いて評価したい場合は、密閉容器2の内部を真空にすればよい。また、温度検知手段5は熱電対を用いている。
【0022】
本実施形態の測定装置1は、軸10a、10bの中間支持用軸受14a、14bとカップリング11a、11bを絶縁仕様にし、外部電源を軸10a、10bに接続することで、摺動部材20と摺動部材21との接触面24に電気を流した試験を行うことができる。この場合は、電気の影響で潤滑剤から発生する水素ガスを評価できる。ただし、中間支持用軸受14a、14bとカップリング11a、11bは、必ずしも絶縁仕様である必要ない。
【0023】
(評価方法)
以下に、本実施形態の白色組織剥離の可能性を評価するための評価方法について説明する。
【0024】
まず、測定装置1を用いて、潤滑油8から発生する水素ガスの量を同一条件で繰り返し測定する。摺動部材20の周面22と摺動部材21の周面23とが接触する接触面24における面圧、すべり速度、潤滑油8の温度、潤滑油8の引込み速度を制御し試験を行う。既定の試験時間経過後に、ガスクロマトグラフ7で密閉容器2内部の水素ガス発生量を測定する。ここで、すべり速度とは、摺動部材20の周面における周速と摺動部材21の周面における周速との差である。引き込み速度とは、摺動部材20の周面22における周速と摺動部材21の周面23における周速との平均である。例えば、摺動部材20の周面22における周速が1.5m/sであり、摺動部材21の周面23における周速が0.5m/sの場合は、すべり速度は、(1.5-0.5)=1m/sであり、引き込み速度は、(1.5+0.5)/2=1m/sである。様々な試験条件で評価を行い、試験条件と水素ガス発生量の関係を定量評価する。次に、二円筒耐久試験を行い、その試験条件での白色組織形成の有無と、同一条件での水素ガス発生量と比較し、白色組織が形成される際の閾値となる水素ガス発生量を決定する。次に、白色組織剥離の可能性を評価すべき転動装置の使用条件を模擬した条件で測定装置1を用いて既定の試験時間経過後の水素ガス発生量を測定する。使用条件としては、潤滑剤の種類、潤滑剤の温度、潤滑剤の引込み速度、すべり速度、膜厚比、接触表面の表面粗さ、接触面圧、雰囲気気体の種類などが挙げられる。白色組織剥離の可能性を評価すべき転動装置の使用条件を模擬した条件での水素ガス発生量と、白色組織が形成される水素ガス発生量閾値とを比較することで、白色組織剥離の可能性を定量的に評価することができる。
【0025】
以下に本測定装置1を用いた実施例を示す。
(実施例1:繰り返し試験)
同一条件で繰り返し試験を実施した。試験条件を次に示す。潤滑油8はVG32の油を用いた。潤滑油8の温度は90℃とした。接触面24における面圧は2.3GPaとした。潤滑油8の引込み速度は1.6m/sとし、すべり速度を0.31m/sとした。試験時間は20hとした。この試験条件で10回繰り返し評価を行った。ガスクロマトグラフ7で密閉容器2内部の水素ガス発生量を測定した後、密閉容器2内の水素ガスを取り除く目的で密閉容器2内を空気でパージした。密閉容器2内に発生した水素ガスが残っていないことを確認してから次の試験を行った。
【0026】
実施例1の結果を図2に示す。本測定装置1を用いて試験を行うことで水素ガスが検出され、潤滑油8からの水素ガス発生を評価可能であることが分かる。
1回目の試験で水素ガス発生量が最も多く、試験回数を重ねると水素ガス発生量が低下し最終的には安定した値をとった。本試験条件での試験結果としては、繰り返し試験を行った後の水素ガス量が安定した値を用いる方がより好ましい。
1回目の試験で水素ガス発生が多い理由として、潤滑油8に含まれる溶存水分や摺動部材20、21のなじみなどの影響が挙げられる。水分子は水素と酸素から構成されており、水も水素の起源になる。潤滑油8中の溶存水分の量は湿度や気温などの環境因子に影響される。したがって、潤滑油8から発生する水素ガスを評価する際の精度を上げるには、外乱となり得る溶存水分の影響を除外することが好ましい。
そのため、予め、潤滑剤に含まれる水分を除去する工程を行ってから、試験を行い評価することで、潤滑油8から発生する水素ガスの量を評価する際の精度を上げることができる。
【0027】
(実施例2:すべり速度と水素ガス発生量の関係評価)
測定装置1を用いて、摺動部材20の周面22における周速と摺動部材21の周面23における周速との差であるすべり速度と、潤滑油8から発生する水素ガスの量との相関を調べた。試験条件を次に示す。潤滑油8はVG32の油を用いた。潤滑油8の温度は70℃および90℃とした。接触面24における面圧は2.3GPaとした。潤滑油8の引込み速度は1.6m/sとし、すべり速度を0m/sから1.3m/sの間で変化させた。試験開始から20h経過後に、密閉容器2内部の水素ガスの量をガスクロマトグラフ7で測定した。さらに、摺動部材20の周面22と摺動部材21の周面23とを接触させない状態で、摺動部材20の周面22の周速と摺動部材21の周面23の周速とを同じにして潤滑油8を70℃及び90℃に加熱し、発生する水素ガス量を測定した。各試験条件における測定結果には、繰り返し試験を行い水素ガス量が安定したときの値を用いた。
【0028】
実施例2の試験結果を表1と図3に示す。実施例2の試験結果は、予め、潤滑油8から水分の影響を除外した、水素ガス量が安定したときの水素ガス発生量測定結果である。各条件で水素ガス量が安定してから二回試験を行った。□印は潤滑油8の温度を90℃にした場合の結果であり、〇印は潤滑油8の温度を70℃にした場合の結果である。すべり速度が大きくなると水素ガスの発生量が多くなった。また、潤滑油8の温度が高い方が水素ガスの発生量が多かった。さらに、摺動部材20の周面22と摺動部材21の周面23とを接触させない状態で潤滑油8を加熱した際に発生する水素ガス量を図3中の破線で示す。破線より多い量が転がりすべり接触により発生した水素ガス量だと考えられる.本試験結果では潤滑油8の温度を90℃で、すべり速度が1.3m/sの条件が最も水素ガス発生が多く、白色組織剥離の可能性が最も高い結果となった。
潤滑剤からの水素ガスの発生に関し、金属表面の新生面の触媒作用により、潤滑剤が分解し水素ガスが発生すると考えられている。すべり速度を大きくすることや潤滑油の温度を高くし油膜厚さを薄くすることで、接触面での直接接触の頻度が大きくなる。これより直接接触に起因した新生面の露出が多くなり、金属新生面での触媒作用による潤滑剤の分解が促進され、水素ガス発生量が多くなったと考えられる。潤滑油8の温度を高くしたことで、潤滑油の反応性が向上したことも水素ガス発生量増加の原因と考えられる。
【0029】
【表1】
【0030】
(実施例3:水素ガス発生量と白色組織の関係評価)
実施例3は、実施例2で行ったすべり速度と潤滑油8から発生する水素ガスの量との関係と、耐久試験による摺動部材20および摺動部材21における白色組織形成の有無との関係を、評価した。実施例2と同じ試験条件で耐久試験を行い、耐久試験後の摺動部材20および摺動部材21の断面を観察して、白色組織形成の有無を確認した。耐久試験の時間は、すべり速度0.03m/sのとき755時間、すべり速度0.66m/sおよび1.3m/sのとき750時間である。
【0031】
実施例3の試験結果を表2と図4に示す。図4において、〇印は白色組織の形成が無かった場合を示し、×印は白色組織の形成があった場合を示す。水素ガス発生量が多いと白色組織が形成された。この関係から、水素ガス量を測定することで白色組織剥離の可能性を予測することができる。同様の試験を様々な条件で行えば、白色組織が形成される水素ガス発生量の閾値を決定することができる。白色組織剥離の可能性を評価すべき転動装置の使用条件を模擬した試験条件で測定装置1を用いて水素ガス量を測定し、白色組織が形成される水素ガス発生量閾値と比較することで、転動装置の白色組織剥離の可能性を定量的に判断することができる。
【0032】
【表2】
【0033】
本実施形態では、測定装置1に、摺動部材20と摺動部材21は円筒状であって、摺動部材20及び摺動部材21をそれぞれ固定して中心軸周りに変速回転可能な軸10a、10bを備え、軸10a、10bの軸間距離が変更可能であり、軸間距離の変更により摺動部材20及び摺動部材21が摺動可能に接触する二円筒試験装置9を用いている。従って、純すべり条件だけではなく、産業機器で使用される転動装置と同じ転がりすべり接触条件や、純転がり条件を再現して評価を行うことができるため、汎用性の高い測定装置を提供できる。
【0034】
また、本実施形態の測定装置1では、密閉容器2を用いて摺動部材20及び摺動部材21を収容し、密閉容器2のヘッドスペース25内部は空気が収容されている。従って、試験雰囲気が真空に限定されてしまうことなく、大気環境下で試験を行うことができるため、白色組織剥離が問題になっている風車用軸受やオルタネータ用軸受のような、実際に軸受が使用される環境下と同じ条件で評価することができるため、汎用性の高い測定装置を提供できる。
【0035】
また、本実施形態の測定装置1では、摺動部材20及び摺動部材21は互いに中心軸周りに変速回転可能であり、摺動部材20の回転による周速と摺動部材21の回転による周速を任意に制御でき、純すべり条件だけではなく、転がりすべり接触条件や、純転がり条件を再現して評価を行うことができる。また、潤滑油8の種類や温度、接触面24における面圧、密閉容器2の雰囲気も任意に制御できる。従って、白色組織剥離が問題になっている風車用軸受やオルタネータ用軸受が使用される条件を模擬した試験条件で評価を行うことができ、汎用性の高い測定装置を提供できる。
【0036】
尚、本実施形態における測定装置1では、潤滑剤として潤滑油8を使用したが、潤滑油ではなく、グリースや固体潤滑剤を使用しても構わない。グリースや固体潤滑剤を使用する場合は、摺動部材20の周面22と摺動部材21の周面23が接触する接触面24をグリースや固体潤滑剤で浸すために、例えば、グリースガンなどを用いて接触面24にグリースや固体潤滑剤を供給すればよい。
【0037】
また、本実施形態では、測定装置1に二円筒試験装置9を用いたが、二円筒試験装置9を用いなくても構わない。例えば、鋼製であって回転する円板状の摺動部材と、円板状の該摺動部材の端面に押し付けられる第二の摺動部材とを有した摺動機構であって、円板状の該摺動部材と第二の該摺動部材を密閉容器2内に収容して、純すべり条件で評価試験を行っても構わない。その場合、第二の該摺動部材が回転できる機構を用いれば、転がりすべり条件や、純転がり条件での評価試験も行える。
【0038】
本実施形態では、測定装置1を用いて白色組織剥離の可能性を評価したが、本実施形態の測定装置1を用いることによって、白色組織剥離の可能性を評価するだけではなく、例えば、潤滑油の相違による水素ガスの発生量を測定することによって、潤滑油の評価を容易に行うことができる。
【0039】
本実施形態では、測定装置1を用いて白色組織剥離の可能性を評価したが、本実施形態の測定装置1を用いることによって、白色組織剥離の可能性を評価するだけではなく、例えば、摺動部材20と摺動部材21の材料の組成を変えることによって、あるいは摺動部材20と摺動部材21に被膜処理を行うことによって、潤滑油からの水素ガス発生に対する材料組成の評価や被膜の評価を容易に行うことができる。
【0040】
本実施形態では、測定装置1に二円筒試験装置9を用いたが、二円筒試験装置9を用いなくても構わない。例えば、製品としての軸受を稼働できる試験装置であっても構わない。
【0041】
以上、限られた数の実施形態を参照しながら説明したが、権利範囲はそれらに限定されるものではなく、上記の開示に基づく実施形態の改変は、当業者にとって自明のことである。
【符号の説明】
【0042】
1…測定装置、2…密閉容器、3…ヒータ、4…圧力計、5…温度検知手段、6…ガスポート、7…ガスクロマトグラフ(水素測定手段)、8…潤滑油、9…二円筒試験装置、10a…軸、10b…軸、11a…カップリング、11b…カップリング、12a…モータ軸、12b…モータ軸、13a…モータ、13b…モータ、14a…中間支持用軸受、14b…中間支持用軸受、15a…オイルシール、15b…オイルシール、20…摺動部材、21…摺動部材、22…周面、23…周面、24…接触面、25…ヘッドスペース
図1A
図1B
図2
図3
図4