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特開2023-142321シミュレーション装置、シミュレーション方法及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023142321
(43)【公開日】2023-10-05
(54)【発明の名称】シミュレーション装置、シミュレーション方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 3/00 20060101AFI20230928BHJP
   G16Z 99/00 20190101ALI20230928BHJP
   G06F 30/23 20200101ALN20230928BHJP
【FI】
G01N3/00 Z
G16Z99/00
G06F30/23
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022049174
(22)【出願日】2022-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】591280197
【氏名又は名称】株式会社構造計画研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100175064
【弁理士】
【氏名又は名称】相澤 聡
(72)【発明者】
【氏名】綿引 壮真
【テーマコード(参考)】
2G061
5B146
5L049
【Fターム(参考)】
2G061AA20
2G061AB10
2G061BA20
2G061CA20
2G061DA11
2G061DA12
2G061EA03
2G061EA04
2G061EC10
5B146DJ02
5B146DJ07
5L049DD02
(57)【要約】      (修正有)
【課題】反復型平滑化データ同化アルゴリズムによる構造シミュレーションのデータ同化を実施するシミュレーション装置、シミュレーション方法及びプログラムを提供する。
【解決手段】固体の構造シミュレーションを実行するシミュレーション装置100では、パラメータを記述した設定ファイルに基づき、固体のモデルに対する構造シミュレーションを実行するシミュレーション実行部101、固体の挙動を実際に観測して得られた観測データを取得する観測データ入力部103及び反復型平滑化データ同化アルゴリズムを使用して、パラメータを書き換えることによって観測データを設定ファイルに埋め込んだ後、構造シミュレーションを再実行させるデータ同化制御部105を有する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体の構造シミュレーションを実行するシミュレーション装置であって、
パラメータを記述した設定ファイルに基づき、前記固体のモデルに対する構造シミュレーションを実行するシミュレーション実行部と、
前記固体の挙動を実際に観測して得られた観測データを取得する観測データ入力部と、
反復型平滑化データ同化アルゴリズムを使用して、前記パラメータを書き換えることによって前記観測データを前記設定ファイルに埋め込んだ後、前記構造シミュレーションを再実行させるデータ同化制御部と、を有する
シミュレーション装置。
【請求項2】
前記反復型平滑化データ同化アルゴリズムは、Ensemble Smoother with Multiple Data Assimilation (ES-MDA)、Iterative Ensemble Smoother (IES)、又はこれらの発展形アルゴリズムである
請求項1記載のシミュレーション装置。
【請求項3】
固体の構造シミュレーションを実行するシミュレーション方法であって、
パラメータを記述した設定ファイルに基づき、前記固体のモデルに対する構造シミュレーションを実行するシミュレーション実行ステップと、
前記固体の挙動を実際に観測して得られた観測データを取得する観測データ入力ステップと、
反復型平滑化データ同化アルゴリズムを使用して、前記パラメータを書き換えることによって前記観測データを前記設定ファイルに埋め込んだ後、前記シミュレーション実行ステップを再実行させるデータ同化制御ステップと、を有する
シミュレーション方法。
【請求項4】
上記方法をコンピュータに実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はシミュレーション装置、シミュレーション方法及びプログラムに関し、特に反復型平滑化データ同化アルゴリズムによる構造シミュレーションのデータ同化技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、特に地球科学や気象科学分野においてデータ同化(data assimilation)という手法が利用されるようになっている。データ同化とは、物理法則に基づく数値シミュレーションに実際の観測データを埋め込み馴染ませることによって、より尤もらしい(すなわち精度の良い)初期条件、境界条件その他のパラメータを求めていく手法である。
【0003】
構造シミュレーション(構造物の挙動解析を行う数値シミュレーション)分野におけるデータ同化の試みとしては、例えば本願出願人の手による特許文献1がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-108574号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1をはじめとする構造シミュレーション分野では、データ同化アルゴリズムとしてアンサンブルカルマンフィルタや粒子フィルタ等を用いることが一般的である。これらのアルゴリズムは、観測データが得られる度に逐次的に数値シミュレーションモデルのパラメータを更新する。このようなアルゴリズムを以下、逐次型データ同化アルゴリズムと称する。
【0006】
一般に、固体の変形シミュレーションを行う際には汎用ソフトウェアが利用される。例えば、製造業や建築土木分野で利用される汎用ソフトウェアの代表例としてABAQUS、LS-DYNA、ANSYS、NASTRAN、MIDAS、ADINA、DIANA、FrontISTRなどが挙げられる。これらの汎用ソフトウェアで逐次型データ同化を実施しようとすると、以下のような実装上の問題が生じる場合が多い。
【0007】
逐次型データ同化を実施しようとすると、中間ファイルの書き換え、及び計算のリスタートが必要になる。しかしながら、汎用ソフトウェアによっては中間ファイルの書き換えをサポートしていないものがある。中間ファイルの書き換えが可能であるとしても、多くの労力が必要であり、計算コストも大きい。また、計算のリスタート制御は複雑であり、多くの労力が必要である。
【0008】
弾塑性解析の逐次型データ同化を実施しようとすると、計算要素の内部で計算される物理量、例えば積分点(ガウス点)上の塑性ひずみ等の書き換えが必要になることがある。構造物の変形を観測する際、実際に観測可能なデータの多くは物体表面の情報である。物体表面の情報と内部の情報と適切に結びつけることが、逐次型データ同化の実施に対してハードルの一つとなっている。そして、積分点情報の書き換えは、通常の構造シミュレーションでは実施しない作業であるため、汎用ソフトウェアによってはサポートしていないものがある。
【0009】
加えて、逐次型データ同化アルゴリズムは次のような本質的な問題を有している。
【0010】
逐次的なモデルの更新により、計算が不安定になったり、計算が継続できなくなったりすることがあった。また、更新によって物理的な連続性が失われるため、計算に不整合が生じ、不正確な結果が生じたり、計算が発散したりすることがあった。また、更新の前後で物理学的な保存則が満たされないため、結果の解釈も困難であった。
【0011】
逐次的なモデル更新を行うと、本来は定数であるはずのパラメータを推定する問題においても、推定値が安定しないことがあった。
【0012】
本発明はこれらの問題を解決するためになされたものであり、反復型平滑化データ同化アルゴリズムによる構造シミュレーションのデータ同化を実施するシミュレーション装置、シミュレーション方法及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
一実施の形態によれば、固体の構造シミュレーションを実行するシミュレーション装置は、パラメータを記述した設定ファイルに基づき、前記固体のモデルに対する構造シミュレーションを実行するシミュレーション実行部と、前記固体の挙動を実際に観測して得られた観測データを取得する観測データ入力部と、反復型平滑化データ同化アルゴリズムを使用して、前記パラメータを書き換えることによって前記観測データを前記設定ファイルに埋め込んだ後、前記構造シミュレーションを再実行させるデータ同化制御部と、を有する。
一実施の形態によれば、前記反復型平滑化データ同化アルゴリズムは、Ensemble Smoother with Multiple Data Assimilation (ES-MDA)、Iterative Ensemble Smoother (IES)、又はこれらの発展形アルゴリズムである。
一実施の形態によれば、固体の構造シミュレーションを実行するシミュレーション方法は、パラメータを記述した設定ファイルに基づき、前記固体のモデルに対する構造シミュレーションを実行するシミュレーション実行ステップと、前記固体の挙動を実際に観測して得られた観測データを取得する観測データ入力ステップと、反復型平滑化データ同化アルゴリズムを使用して、前記パラメータを書き換えることによって前記観測データを前記設定ファイルに埋め込んだ後、前記シミュレーション実行ステップを再実行させるデータ同化制御ステップと、を有する。
一実施の形態によれば、プログラムは、上記方法をコンピュータに実行させる。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、反復型平滑化データ同化アルゴリズムによる構造シミュレーションのデータ同化を実施するシミュレーション装置、シミュレーション方法及びプログラムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】シミュレーション装置100のハードウェア構成を示すブロック図である。
図2】シミュレーション装置100の機能構成を示すブロック図である。
図3】シミュレーション装置100の動作例を示すフローチャートである。
図4】実験で使用したモデルを示す図である。
図5】実験結果を示す図である。
図6】実験結果を示す図である。
図7】実験結果を示す図である。
図8】実験結果を示す図である。
図9】従来のシミュレーション装置900のハードウェア構成を示すブロック図である。
図10】従来のシミュレーション装置900の機能構成を示すブロック図である。
図11】従来のシミュレーション装置900の動作例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<従来のデータ同化処理>
はじめに、図9乃至図11を用いて、逐次型データ同化アルゴリズムによるデータ同化処理について説明する。これは、従来、構造シミュレーション分野において汎用ソフトウェアを利用する際に実施されてきた処理である。
【0017】
図9は、従来のシミュレーション装置900のハードウェア構成を示すブロック図である。シミュレーション装置900は、逐次型データ同化アルゴリズムによるデータ同化処理を実施するコンピュータシステムであって、典型的にはプロセッサ91、メモリ93、入力部95、出力部97を有する。
【0018】
プロセッサ91は、メモリ93に格納されたプログラム及びデータを読み出して所定の処理を実行することにより、後述の処理部を論理的に実現する。
【0019】
入力部95は、処理に必要なデータや指示を入力するための装置であって、典型的にはキーボード等の文字入力装置、マウス等の指示装置、外部記憶装置や通信回線から情報を受信する通信装置等が含まれる。
【0020】
出力部97は、処理結果や各種通知等を出力するための装置であって、典型的にはディスプレイ等の表示装置、外部記憶装置や通信回線に情報を送信する通信装置等が含まれる。
【0021】
図10は、従来のシミュレーション装置900の機能構成を示すブロック図である。シミュレーション装置900は、シミュレーション実行部901、観測データ入力部903、データ同化制御部905を有する。
【0022】
シミュレーション実行部901は、解析対象の構造物のモデル、設定ファイルを読み込み、所定の構造解析メソッドを実行して構造物の変形等を推定する。構造物のモデルは、典型的には構造物を微小な計算要素(格子)に分割した数値計算用のモデルである。設定ファイルは、初期条件、境界条件その他のパラメータの初期値を記述したファイルであって、典型的にはテキストファイルである。構造解析メソッドは、構造物のモデルの変形挙動を設定ファイルに記述された初期値のもとで推定するアルゴリズムであって、例えば有限要素法(finite element method)などがある。シミュレーション実行部901は、構造解析メソッドの実行中、途中経過などを中間ファイルに書き出す。中間ファイルは、典型的にはバイナリデータである。このようなシミュレーション実行部901の機能のほとんどは、従来の汎用ソフトウェアにより提供されている。
【0023】
観測データ入力部903は、構造物の挙動を実際に観測して得られた観測データの入力を受け付ける。観測データは、例えば構造物の変形、歪み、温度等を示すデータである。
【0024】
データ同化制御部905は、シミュレーション実行部901が書き出した中間ファイルの内容を書き換えて、観測データの埋め込みを行う(データ同化)。データ同化アルゴリズムとしては、アンサンブルカルマンフィルタや粒子フィルタ等の逐次型データ同化アルゴリズムを用いる。また、シミュレーション実行部901を制御して、実行中の構造解析メソッドをリスタートさせる。このように、データ同化制御部905は、データ同化を実施するため、1回の計算の途中でシミュレーション実行部901の動作を逐次制御し、観測データの埋め込みを行う。
【0025】
図11は、従来のシミュレーション装置900の動作を示すフローチャートである。
【0026】
S901:モデル、設定ファイルの読み込み
シミュレーション実行部901は、解析対象の構造物のモデル、設定ファイルを読み込む。
【0027】
S902:観測データの入力
観測データ入力部903は、構造物の挙動を実際に観測して得られた観測データの入力を受け付ける。ここで、観測データは時系列データであって、異なる時間に観測された複数の値からなる。
【0028】
S903:シミュレーション開始
シミュレーション実行部901は、設定ファイルに記述された初期値を使用して、所定の構造解析メソッドを実行し、構造物の挙動の計算を開始する。シミュレーション実行部901は、計算の途中経過を中間ファイルに出力する。
【0029】
S904:中間ファイルの書き換え
データ同化制御部905は、所定のタイミングでシミュレーション実行部901を制御して、計算を一時停止させる。この状態で、逐次型データ同化アルゴリズムによるデータ同化を行う。すなわち、データ同化制御部905は、観測データ入力部903から観測データのうち1つを取得する。そして中間ファイルの内容を書き換え、取得した1つの観測データを埋め込む。また、中間ファイルの内容を書き換え、積分点情報の更新を行う。
【0030】
S905:シミュレーションのリスタート
データ同化制御部905は、シミュレーション実行部901を制御して、計算をリスタートさせる。シミュレーション実行部901は、書き換えられた中間ファイルに基づいて、構造解析メソッドによる構造物の挙動の計算を継続する。シミュレーション実行部901は、継続した計算の途中経過を中間ファイルに出力する。
【0031】
S906:繰り返し
以下、シミュレーション実行部901による計算が終了するまで、S904ないしS905の処理を所定回数繰り返す。
【0032】
S907:計算結果の結果出力
シミュレーション実行部901は計算結果を出力する。
【0033】
このように、逐次型のデータ同化手法では、任意のタイムステップ毎に観測データを取得し、この観測データを用いて次のタイムステップでの計算で用いるデータの入力値を逐次的に修正(同化)することで、データ同化を実現する。この手法では、同化の度に計算を一度停止し、中間ファイルを書き換え、計算をリスタートさせる必要がある。この中間ファイルは、汎用ソフトウェアによっては形式が公開されておらず、実施が困難な場合がある。また、この手法では中間ファイルの生成、読み込み、書き換え、計算の一時停止、リスタート等の制御のための処理が発生するが、大規模な計算においてはこれらの制御のための処理時間が増大し、実装も複雑になる。
【0034】
<本発明の実施の形態によるデータ同化処理>
次に、図1乃至図3を用いて、本発明の実施の形態にかかるデータ同化処理について説明する。
【0035】
図1は、本発明の実施の形態にかかるシミュレーション装置100のハードウェア構成を示すブロック図である。シミュレーション装置100は、反復型平滑化データ同化アルゴリズムによるデータ同化処理を実施するコンピュータシステムであって、典型的にはプロセッサ11、メモリ13、入力部15、出力部17を有する。なお、プロセッサ11、メモリ13、入力部15、出力部17の機能は、上述のプロセッサ91、メモリ93、入力部95、出力部97と同様であるため説明を省略する。
【0036】
図2は、本発明の実施の形態にかかるシミュレーション装置100の機能構成を示すブロック図である。シミュレーション装置100は、シミュレーション実行部101、観測データ入力部103、データ同化制御部105を有する。
【0037】
シミュレーション実行部101、観測データ入力部103の機能は、上述のシミュレーション実行部901、観測データ入力部903と同様であるため説明を省略する。
【0038】
データ同化制御部105は、シミュレーション実行部901による計算が終了した時点で、設定ファイルの内容を書き換えて、観測データの埋め込みを行う(データ同化)。この際、データ同化制御部105は、従来の逐次型データ同化アルゴリズムに代えて、反復型平滑化データ同化アルゴリズムを用いる。反復型平滑化データ同化アルゴリズムは、平滑化データ同化アルゴリズムを反復させるアルゴリズムである。平滑化データアルゴリズムを使用することで、積分点の書き換えの回避及び逐次的な中間ファイルの書き換えの回避を実現できる。これにより、実装コストの抑制及び多くの汎用ソフトウェアへの適用が可能になる。また、平滑化データ同化アルゴリズムを反復させることで、非線形解析における高い性能を獲得することも可能になる。
【0039】
固体の変形シミュレーションに反復型平滑化データ同化アルゴリズムを適用することの利点について具体的に説明する。
【0040】
塑性変形は永久変形であり、部材が塑性すると元の状態には戻らず残留変形が生じる。このとき、塑性域における、部材の変形量と応力の関係は部材の塑性変形の量に応じて変化する。逐次型データ同化による材料パラメータの同定では、各時刻において観測データを用いて材料パラメータを逐次的に修正していく。このとき、外力に対する各部材の応答は、これまでに蓄積された塑性の永久変形量に応じて変化するヒステリシス性を持つ。そのため、塑性変形量を考慮せずに材料パラメータのみを修正する方法では観測を再現することが困難である。したがって、逐次型のデータ同化手法による塑性域の材料パラメータの同定においては、材料パラメータだけでなく部材の塑性に関する情報も同時に補正する必要がある。しかし、材料パラメータ修正前の状態との不整合・不連続性などの理由で、材料パラメータの書き換えによって構造解析計算の発散や計算が不安定になることが多い。
【0041】
また、塑性に関する情報は、多くの構造解析手法では積分点の中に格納されている。積分点は材料内部に存在するため、画像計測や接触式センサでは直接観測することができない。そのため、表面節点に外挿または平均化された値を用いて、間接的な観測値との比較が必要になる。しかし、表面節点と積分点の値の関係は非線形であり、塑性情報の修正方法には多くの課題がある。
【0042】
平滑化型のアルゴリズムでは、逐次的にパラメータを書き換えるのではなく、任意の時間範囲の観測データ・シミュレーション結果をまとめて利用(グローバルアップデート)し、全体との整合が良い初期の状態を推定する。このグローバルアップデートにより、逐次的な積分点の書き換えを回避することができる。すなわち、データ同化制御部105は、シミュレーション実行部901の計算を途中で妨げることはせず、計算が終了した後に観測データを一括して埋め込めば良いので、計算途中での逐次的な中間ファイルの書き換え処理を行う必要がない。
【0043】
さらに、この平滑化型のアルゴリズムに反復型のアルゴリズムを組み合わせる、すなわち平滑化データ同化アルゴリズムを反復実行させることで、材料の非線形パラメータを高い精度で推定することが可能になる。具体的には、データ同化制御部105は、シミュレーション実行部901による計算が終了した後に観測データを一括して埋め込み(平滑化)、シミュレーション実行部901に再度計算を実行させる制御を行う(反復)。
【0044】
反復型平滑化データ同化アルゴリズムには、例えばEnsemble Smoother with Multiple Data Assimilation(ES-MDA)、Iterative Ensemble Smoother(IES)などがある。これらを発展させたアルゴリズムも複数提案されている。反復型平滑化データ同化アルゴリズムは、逐次型データ同化アルゴリズムと異なり、ある期間の観測データが得られたあとに全期間で一括してモデルパラメータを更新する。このモデルパラメータの更新と、計算と、を繰り返し実施するのが反復型平滑化データ同化アルゴリズムの特徴である。
【0045】
本実施の形態においては、観測データの一括埋め込み(グローバルアップデート)は、設定ファイル内に記述されているパラメータを書き換えることによって実現される。設定ファイルは、構造シミュレーションに必要なパラメータをユーザが記述しておくためのファイルであり、典型的にはテキストファイルである。仕様や記法が既知であるため、中間ファイルとは異なり内容の読取りや更新が容易である。
【0046】
なお、地下水や石油・天然ガスなどの地下物質の輸送現象に関する貯留層シミュレーション等の分野においては、これらの反復型平滑化データ同化アルゴリズムの適用例が従来より知られている。これら従来の適用例では、反復型のデータ同化アルゴリズムは専用ソフトウェアによって実現されていた。
【0047】
一方、発明者の知る限りでは、応力解析や熱変形解析、振動解析といった固体の構造シミュレーションに反復型平滑化データ同化アルゴリズムが適用された事例はない。固体の構造シミュレーションにおいては、汎用ソフトウェアが多く利用されている。本発明の課題である、汎用ソフトウェアにおいて反復型のデータ同化アルゴリズムを実行する際の問題点は、このような背景のもとで発明者が初めて発見したものである。当然ながら、この課題を解決するための一連の処理も本発明が初めて提案するものである。
【0048】
図3は、本発明の実施の形態にかかるシミュレーション装置100の一動作例を示すフローチャートである。この例では、反復型平滑化データ同化アルゴリズムを使用する。
【0049】
S101:モデル、設定ファイルの読み込み
シミュレーション実行部101は、解析対象の構造物のモデル、設定ファイルを読み込む。
【0050】
S102:観測データの入力
観測データ入力部103は、構造物の挙動を実際に観測して得られた観測データの入力を受け付ける。ここで、観測データは時系列データであって、時間的順序を追って所定の間隔で得た一連の観測値である。
【0051】
S103:シミュレーション開始
シミュレーション実行部101は、設定ファイルに記述された初期値を使用して、所定の構造解析メソッドを実行し、構造物の挙動の計算を開始する。
【0052】
S104:設定ファイルの書き換え
データ同化制御部105は、シミュレーション実行部101による計算が終了したなら、観測データ入力部103から観測データのうち複数を取得する。そして設定ファイルの内容を書き換え、取得した観測データを埋め込む。
【0053】
S105:シミュレーションの反復
データ同化制御部105は、シミュレーション実行部101を制御して、再度、計算を開始させる(S103に遷移)。S103を再度実行する際は、シミュレーション実行部101は、書き換えられた設定ファイルに基づいて、構造解析メソッドによる構造物の挙動の計算を再度実行する。以下、所定の回数にわたって、S103ないしS104の処理を繰り返す。
【0054】
S106:計算結果の出力
シミュレーション実行部101は計算結果を出力する。
【0055】
このように、反復型のデータ同化手法では、逐次型と異なり、計算を一時停止及びリスタートさせることなく、計算終了のタイミングですべての観測データを用いて一度に全体を同化する(グローバルアップデート)。このグローバルアップデートでは、中間ファイルではなく、計算の初期条件等が記述された設定ファイルが修正される。このグローバルアップデートを反復的に複数回実行することで、精度の良いパラメータ推定を行うことができる。このように、反復型のアルゴリズムでは、逐次型で必要だった中間ファイルのハンドリングや、計算の一時停止及びリスタートの制御等を省略できる。また、積分点情報の書き換えを回避できる。そのため、処理が軽く、実装も非常に容易である。
【0056】
<画像計測への適用例>
本実施の形態を、画像計測に適用する例を以下に示す。
【0057】
シミュレーション実行部101は、荷重を与えた際の構造物の応力、変形及びひずみ等の力学性状をシミュレーションにより推定する。構造解析シミュレーションの代表的な手法として、有限要素解析(FEM)、粒子法等がある。本例ではFEMを用いてひずみを推定する。
【0058】
観測データ入力部103は、画像計測を実施する。観測データ入力部103は、荷重を加えた構造物を光学カメラをはじめとする撮影手段により連続的に撮影し、画像計測技術を用いて構造物の変形挙動を計測して、ひずみ等の時系列の観測データを取得する。
【0059】
画像計測技術は、典型的には三次元情報を含む画像データを解析することでひずみ等を非接触、三次元かつ面測定することが可能な技術である。観測された物理量は、構造物上に設定された計算格子の格子点に保持される。画像計測では連続体力学の変形勾配テンソルを直接計測するため、これらの観測データから導ける量は計算で求めることができる。なお、二次元画像情報を解析することで観測データを取得することも可能である。代表的な画像計測技術としては、デジタル画像相関法(DIC)、サンプリングモアレ、IRカメラ等がある。本例ではDICを用いてひずみを計測する。
【0060】
データ同化制御部105は、シミュレーション実行部101による構造解析シミュレーションが終了したなら、構造解析シミュレーションにおける計算格子と、観測データ入力部103による画像計測における計算格子と、の不一致を解消し、画像計測における観測値をデータ同化に使用できるよう変換する処理を行う。画像計測と構造解析シミュレーションとは別個に実施されるプロセスであるため、両者の計算格子は意識的に一致させない限り本来的に不一致である。そこで、データ同化制御部105は、両者の計算格子が不一致であることを前提とした変換処理を行う。例えば、構造解析シミュレーションにおける計算格子点と、画像計測における計算格子の重心座標と、を対応させた観測点を設定する。画像計測による観測データは画像計測における計算格子点に格納されており、この計算格子内を線形補間することで観測点における観測値を算出する。なお、補間方法は線形補間に限定されるものでなく、他の任意の補間方法を適宜採用して良い。
【0061】
データ同化制御部105は、この観測点における観測値を用いてデータ同化を実行し、構造解析シミュレーションのモデルパラメータを推定する。本例では、Ensemble Smoother with Multiple Data Assimilation(ES-MDA)、Iterative Ensemble Smoother(IES)などの反復型平滑化データ同化アルゴリズムを用いる。なお、これらのアルゴリズムを改変又は拡張した手法を含む、任意の反復型平滑化データ同化アルゴリズムを採用しても良い。モデルパラメータには、境界条件や材料パラメータ、計算格子の形状、計算格子の作成手法、サンプリング周期などの数値計算上のパラメータが含まれうる。境界条件には線形及び非線形の力学的境界条件、並びに線形及び非線形の幾何学的境界条件が含まれうる。
データ同化制御部105は、推定したモデルパラメータを設定ファイルに書き込む。また、その設定ファイルを使用して再度構造解析シミュレーションを実行するよう、シミュレーション実行部101を制御する。データ同化制御部105は、このモデルパラメータの推定と、構造解析シミュレーションの再実行を所定回数繰り返すことにより、高精度な推定結果を得る。
【0062】
<実証実験>
ところで、反復型平滑化データ同化アルゴリズムの性能は、解析対象とする現象の非線形性によって大きく影響を受けることが知られている。従来、貯留層シミュレーション等の分野においては、反復型平滑化データ同化アルゴリズムの適用が可能であることが知られている。しかしながら、固体の構造シミュレーションに反復型平滑化データ同化アルゴリズムを適用することの可能性は現在までに検証されていない。発明者は、このことを検証すべく次に示す実証実験を行なった。
【0063】
市販の構造解析シミュレーションソフトウェアを用いた数値実験の例を示す。図4に、この実験で使用した3次元の構造解析モデルを示す。
【0064】
ここでは例として弾塑性材料モデルのSwift則のパラメータε、K、nを推定した結果を示す。ここではSwift則の例を示すが、本手法の適用は特定の材料モデルに限定されるものではなく、他の材料モデルのパラメータも推定することができる。Swift則は以下の式で表される。
【数1】
【0065】
ここで、σは応力、ε、K、nは材料固有のパラメータ、εは塑性ひずみである。モデル下部を完全拘束し、上部についてモデルの長軸方向について段階的な強制変位を与えた。あるSwift則のパラメータにある値を設定して上記の解析を実施し、得られた各ステップにおけるモデル表面の一部の縦方向および横方向のひずみ値を真値としてサンプリングした。サンプリングしたひずみ値に対して計測誤差を想定した乱数を付与し、擬似的な計測データを作成した。この疑似計測データをデータ同化の入力とし、真値のモデルで設定されたパラメータに対して誤差を与えたパラメータから反復型平滑化データ同化アルゴリズムにより真値のモデルのパラメータを推定した。反復型平滑化データ同化アルゴリズムとして、ここではES-MDAを用いた。
【0066】
図5に、e、K、nパラメータの推定結果を反復ごとに示す。横軸が反復回数であり、ここでは4回反復させている。黒の実線は真値のモデルの設定パラメータ、灰色の実線はデータ同化の計算に用いるアンサンブルであり、これらの平均値が推定パラメータと解釈できる。図5より、2回目の反復時点で推定結果が真値に収束していることから、高い精度でパラメータが推定できていることがわかる。
【0067】
図6に、反復による誤差(RMSE)の推移を示す。横軸は反復回数、縦軸は応力の誤差を示している。図5と同様に、2回目の反復時点で誤差が非常に小さくなっていることから高い精度でパラメータが推定できていることがわかる。
【0068】
図7に、応力ひずみ線図の反復による推定結果の推移を示す。1番上の図は初期状態、その下から順番に反復ごとの推定結果を示している。一点鎖線は真値のモデルの応力ひずみ線図、黒の実線はアンサンブルメンバーの平均値でありこの反復時点における推定結果と解釈できる。一点鎖線と黒の実線が2回目の反復時点から一致していることから、高い精度でパラメータが推定できていることがわかる。
【0069】
図8に、y方向ひずみ分布の反復による推移を示す。各図は同じ変位入力時のひずみ分布を示している。左上が真値のモデルのひずみ分布であり、次から順番に反復によるひずみ分布の推定結果の推移を示している。図中のIterationは反復回数を示している。ひずみ分布の推定結果はアンサンブル平均値である。結果より、2回目の反復時点で真値と定量的に一致したひずみ分布が得られていることから、高い精度でパラメータが推定できていることがわかる。
【0070】
この実験によれば、固体の構造シミュレーション分野においても、反復型平滑化データ同化アルゴリズムを適用し、高い精度でパラメータ推定が可能である。そして本発明の実施の形態にかかるシミュレーション装置100を固体の構造シミュレーション分野に適用することにより、以下の効果を享受することも可能である。
【0071】
<効果>
反復型平滑化データ同化アルゴリズムでは逐次的なモデル更新が不要なため、実装上の課題であった中間ファイルの書き換えやリスタート制御等が不要になる。これにより、逐次型データ同化アルゴリズムの適用が不可能または困難であった多くの汎用ソフトウェアにおいてデータ同化を適用できるようになる。
実装が大きく簡素化されるため、開発の労力が削減される。
中間ファイルの書き換えが不要であるため、中間ファイルの書き換え時に生じていた計算コストが削減される。
逐次的なモデル更新が不要なため、逐次型と比較して安定した計算ができる。物理学的な連続性や保存則が満たされるため、結果の解釈も容易になる。
逐次的なモデル更新が不要なため、安定した定数のパラメータの推定が可能である。また、状態ベクトルに各同化タイミングのパラメータを含めて更新させることで、時間で変動するパラメータの推定も可能である。
【0072】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限られたものではなく、趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。本発明はその発明の範囲内において、実施の形態の任意の構成要素の変形、もしくは実施の形態の任意の構成要素の省略が可能である。
【0073】
例えば、上述の実施の形態で言及した汎用ソフトウェアには、例えばABAQUS、LS-DYNA、SOLIDWORKS、MIDAS、ADINA、DIANA、NASTRAN、FrontISTR等があるが、本発明の適用対象はこれらに限定されるものではない。また、これらの汎用ソフトウェアが解析対象とする現象には、例えば線形等方弾性解析、線形異方性弾性解析、弾塑性解析、熱伝導解析、熱応力解析、振動解析(固有値解析、周波数応答解析、時刻歴応答解析)等があるが、本発明の適用対象はこれらに限定されるものではない。本発明は、反復型平滑化データ同化アルゴリズムの適用可能性が実証された対象について、汎用ソフトウェアを使用して実施されるあらゆる解析について、原理的に適用可能である。
【0074】
また、上述の実施の形態では、観測データとして、特許文献1に開示されているような画像計測データを主に想定している。しかしながら、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、赤外線カメラによる温度計測データ、ひずみゲージや加速度センサ、ロードセルなどにより取得可能なセンサデータを用いることも可能である。
【0075】
また、本発明の情報処理はハードウェアにより実現されても良く、CPUがコンピュータプログラムを実行することにより実現されても良い。コンピュータプログラムは、様々なタイプの非一時的なコンピュータ可読媒体(non-transitory computer readable medium)又は一時的なコンピュータ可読媒体(transitory computer readable medium)によりコンピュータに供給され得る。
【符号の説明】
【0076】
100 シミュレーション装置
11 プロセッサ
13 メモリ
15 入力部
17 出力部
101 シミュレーション実行部
103 観測データ入力部
105 データ同化制御部
900 シミュレーション装置
91 プロセッサ
93 メモリ
95 入力部
97 出力部
901 シミュレーション実行部
903 観測データ入力部
905 データ同化制御部
図1
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