(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023142441
(43)【公開日】2023-10-05
(54)【発明の名称】光波距離計
(51)【国際特許分類】
G01S 17/36 20060101AFI20230928BHJP
G01C 3/06 20060101ALI20230928BHJP
【FI】
G01S17/36
G01C3/06 120Q
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022049359
(22)【出願日】2022-03-25
(71)【出願人】
【識別番号】000220343
【氏名又は名称】株式会社トプコン
(74)【代理人】
【識別番号】100187182
【弁理士】
【氏名又は名称】川野 由希
(72)【発明者】
【氏名】青木 康俊
【テーマコード(参考)】
2F112
5J084
【Fターム(参考)】
2F112AD01
2F112BA01
2F112CA12
2F112DA02
2F112DA04
2F112DA19
2F112DA21
2F112DA25
2F112DA28
2F112EA03
2F112FA07
2F112FA25
2F112FA33
5J084AA05
5J084AD02
5J084AD08
5J084BA04
5J084BA05
5J084BA20
5J084BA36
5J084BA51
5J084BB20
5J084CA08
5J084CA27
5J084CA42
5J084CA49
5J084EA12
(57)【要約】
【課題】 参照光路と測距光路を切り替えるシャッタを用いない位相差式の光波距離計において、温度位相ドリフトを低減しつつ従来よりも簡単な構成とする。
【解決手段】 光波距離計100は、主変調周波数F2,F3で変調された測距光を測距光路21に送出する第1の発光素子20と、主変調周波数F2,F3に近接する傍変調周波数F2+b・F2,F3+b・F3で変調された参照光を参照光路31に送出する第2の発光素子30と、測距光および参照光を受光する受光素子40と、測距光および参照光に基づく受光信号とローカル周波数2+a・F2,F3+a・F3の信号とを入力して、測距光に基づく測距中間周波信号および参照光に基づく参照中間周波信号を発生させる周波数変換器44,49とを備え、測距中間周波信号から参照中間周波信号を減算して目標反射物22までの距離を算出し、主変調周波数F2,F3は、10MHz以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の主変調周波数で変調された光を測距光として、目標反射物までを往復する測距光路に送出する第1の発光素子と、
前記主変調周波数の各々に近接する傍変調周波数で変調された光を参照光として、参照光路に送出する第2の発光素子と、
前記第1のおよび前記第2の発光素子から送出された光を受光する受光素子と、
前記受光素子に接続され、前記測距光および前記参照光の夫々に基づく受光信号を中間周波信号に変換する周波数変換器群と、
前記中間周波信号に基いて前記目標反射物までの距離を算出する演算処理部と、を備え、
前記周波数変換器群は、前記主変調周波数と同数の周波数変換器から構成され、各周波数変換器には各主変調周波数に対応するローカル周波数の信号がそれぞれ入力され、
各ローカル周波数は、対応する前記主変調周波数および前記主変調周波数に近接した傍変調周波数の両方に近接した周波数とされ、
各周波数変換器は、前記測距光に基づく測距中間周波信号と、前記参照光に基づく参照中間周波信号とを発生させ、
前記演算処理部は、前記測距中間周波信号から前記参照中間周波信号を減算して前記目標反射物までの距離を算出し、
前記複数の主変調周波数は、10MHz以下であることを特徴とする光波距離計。
【請求項2】
各主変調周波数と、各主変調周波数に対応するローカル周波数とのずれは、
各傍変調周波数と、各傍変調周波数に近接する前記主変調周波数とのずれの10倍以上大きいことを特徴とする請求項1に記載の光波距離計。
【請求項3】
前記受光信号を増幅して前記周波数変換器群に入力する増幅器と、
前記受光素子で検出される受光光量レベルを調節する受光光量調節手段を備え、
前記増幅器の増幅度は、前記測距中間周波信号のレベルが前記測距光の到達限界飛距離を満たす最小の大きさとなる適正値よりも低く設定されており、
前記受光光量調節手段は、前記増幅度が前記適正値よりも低く設定された状態で、前記測距中間周波信号のレベルが、前記到達限界飛距離を満たす最小の大きさとなるように設定されていることを特徴とする請求項1または2に記載の光波距離計。
【請求項4】
前記第1のおよび前記第2の発光素子は、レーザダイオードであり、
前記第1の発光素子は、前記複数の主変調周波数に加えて、前記複数の主変調周波数よりも高周波の高周波主変調周波数で変調された光を前記測距光路に送出し、
前記第2の発光素子は、前記複数の主変調周波数に近接する前記傍変調周波数に加えて、前記高周波主変調周波数に近接する高周波傍変調周波数で変調された光を前記参照光路に送出し、
前記高周波主変調周波数で変調された前記測距光に基づく測距信号および前記高周波傍変調周波数で変調された前記参照光に基づく測距信号は、前記周波数変換器群に入力されないように構成されていることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の光波距離計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光波距離計に係り、より詳細には位相差式の光波距離計に関する。
【背景技術】
【0002】
このような位相差式の光波距離計では、測距光のみで距離を測定した場合には、送光駆動回路や受光回路の温度位相ドリフトや、電気回路による遅延が測定誤差となって現れるので、測距光と参照光との位相差から正確な距離測定を行うのが一般的である。これは距離に応じて位相差が変化することを利用したもので、位相差をΔφ、測定距離をD、変調周波数をf、光速をCとすれば、位相差Δφは、
Δφ=4πfD/C (式1)
で表され、距離Dは位相差Δφを測定することにより求めることができる。実際には、2以上の大きさの異なる周波数の搬送波信号で変調された変調光が測定に使用され、それぞれの分解能に応じて距離値の各桁が決定される。
【0003】
このため、位相差式の光波距離計には、測距光路と参照光路とを切り替えるためのシャッタを設けられている。しかし、この方法では、シャッタの切替のために観測時間が長くなるとともに、測距光と参照光の測定を同時に行えないため、送光部と受光部の受発光素子および電気部品による温度位相ドリフトに差が生じ誤差の原因になるという問題があった。このため、シャッタを用いない光波距離計の提案がなされてきた。
【0004】
シャッタを用いない光波距離計として、例えば特許文献1の光波距離計が提案されている。特許文献1の光波距離計は、発光素子、受光素子をそれぞれ2つずつ備える。第1の発光素子から出射された光は、ビームスプリッタにより分割され、一方は、測距光路を経て第1の受光素子に入射し、他方は第1の参照光路を経て第2の受光素子に入射する。第2の発光素子から出射された光は、ビームスプリッタにより分割され、一方は第2の参照光路を経て第2の受光素子に入射し、他方は第3の参照光路を経て第1の受光素子に入射するように構成されている。
【0005】
そして、主変調周波数および主変調周波数に近接する傍変調周波数の2種類の信号で変調された光を、第1のおよび第2の発光素子から測距光路および第1~第3の参照光路へと同時に送出し、第1のおよび第2の受光素子で同時に受光して、測距光路と第1~第3の参照光路を同時に測距して、各光路における温度位相ドリフトを演算処理部にて計算で打ち消し、測定誤差を低減する工夫がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1の光波距離計では、発光素子と受光素子をそれぞれ2つずつ使用し、3つの参照光路(光ファイバ)を備えるため構成が複雑であった。このため、シャッタを用いない光波距離計において、温度位相ドリフトを低減しながら、より単純な構成とすることが求められていた。
【0008】
本発明は、係る事情を鑑みてなされたものであり、参照光路と測距光路を切り替えるシャッタを用いない位相差式の光波距離計において、温度位相ドリフトを低減しつつ従来よりも簡単な構成とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の1つの態様に係る光波距離計は、複数の主変調周波数で変調された光を測距光として、目標反射物までを往復する測距光路に送出する第1の発光素子と、前記主変調周波数の各々に近接する傍変調周波数で変調された光を参照光として、参照光路に送出する第2の発光素子と、前記第1のおよび前記第2の発光素子から送出された光を受光する受光素子と、前記受光素子に接続され、前記測距光および前記参照光の夫々に基づく受光信号を中間周波信号に変換する周波数変換器群と、前記中間周波信号に基いて前記目標反射物までの距離を算出する演算処理部と、を備え、前記周波数変換器群は、前記主変調周波数と同数の周波数変換器から構成され、各周波数変換器には各主変調周波数に対応するローカル周波数の信号がそれぞれ入力され、各ローカル周波数は、対応する前記主変調周波数および前記主変調周波数に近接した傍変調周波数の両方に近接した周波数とされ、各周波数変換器は、前記測距光に基づく測距中間周波信号と、前記参照光に基づく参照中間周波信号とを発生させ、前記演算処理部は、前記測距中間周波信号から前記参照中間周波信号を減算して前記目標反射物までの距離を算出し、前記複数の主変調周波数は、10MHz以下である。
【0010】
上記態様において、各主変調周波数と、各主変調周波数に対応するローカル周波数とのずれは、各傍変調周波数と、各傍変調周波数に近接する前記主変調周波数とのずれの10倍以上大きいことも好ましい。
【0011】
また、上記態様において、前記受光信号を増幅して前記周波数変換器群に入力する増幅器と、前記受光素子で検出される受光光量レベルを調節する受光光量調節手段を備え、前記増幅器の増幅度は、前記測距中間周波信号のレベルが前記測距光の到達限界飛距離を満たす最小の大きさとなる適正値よりも低く設定されており、前記受光光量調節手段は、前記増幅度が前記適正値よりも低く設定された状態で、前記測距中間周波信号のレベルが、前記到達限界飛距離を満たす最小の大きさとなるように設定されていることも好ましい。
【0012】
また、上記態様においいて、前記第1のおよび前記第2の発光素子は、レーザダイオードであり、前記第1の発光素子は、前記複数の主変調周波数に加えて、前記複数の主変調周波数よりも高周波の高周波主変調周波数で変調された光を前記測距光路に送出し、前記第2の発光素子は、前記複数の主変調周波数に近接する前記傍変調周波数に加えて、前記高周波主変調周波数に近接する高周波傍変調周波数で変調された光を前記参照光路に送出し、前記高周波主変調周波数で変調された前記測距光に基づく測距信号および前記高周波傍変調周波数で変調された前記参照光に基づく測距信号は、前記周波数変換器群に入力されないように構成されていることも好ましい。
【発明の効果】
【0013】
上記の態様に係る光波距離計によれば、シャッタを用いない位相差式の光波距離計において、温度位相ドリフトを低減しつつ従来より簡単な構成とすることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の第1の実施の形態に係る光波距離計のブロック図である。
【
図2】同光波距離計の測距光の受光光量調節手段である可変濃度フィルタを示す図である。
【
図3】(A)~(C)は、同光波距離計の受光信号スペクトラムを示す図であり、増幅器および受光光量調節手段の設定によるS/N(信号対ノイズ)比の向上を説明する図である。
【
図4】同光波距離計の主変調周波数、傍変調周波数、ローカル周波数および中間周波数の例を示す表である。
【
図5】本形態の1つの変形例にかかる光波距離計のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施の形態について、図面を参照して説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。また、各実施の形態において、同一の機械構成を有する要素には、同一の符号を付し、重複する説明は適宜省略する。
【0016】
(第1の実施形態)
図1は、第1の実施の形態に係る光波距離計100のブロック図である。光波距離計100は、測距光と参照光との位相差から目標反射物22までの距離を算出する位相差式の光波距離計である。光波距離計100は、主として、2つの発光素子(すなわち第1の発光素子20および第2の発光素子30)と、受光素子40と、演算処理部60と、記憶部70とを備える。
【0017】
第1の発光素子20および第2の発光素子30は、例えば、レーザダイオードであり、可視または赤外のレーザ光を送出する。第1の発光素子20は、複数の主変調周波数F1,F2,F3で変調された光を送出する。第2の発光素子30は、各主変調周波数F1,F2,F3それぞれに近接した傍変調周波数F1+b・F1,F2+b・F2,F3+b・F3で変調された光を送出する。ここで、係数bは、0<bであり、|b|は1に対して十分に小さい値(|b|<<1)である。
【0018】
主変調周波数F1,F2,F3は周波数が高い順(F1>F2>F3)であり、例えば、周波数F1は10MHzよりも大きく、周波数F2は10MHz~1MHz、周波数F3は1MHz以下である。また、各主変調周波数F1,F2,F3と各主変調周波数F1,F2,F3にそれぞれ近接する傍変調周波数F1+b・F1,F2+b・F2,F3+b・F3とのずれ|b|・F1,|b|・F2,|b|・F3は、数十kHz~数kHzであると好ましい。
【0019】
受光素子40は、例えば、アバランシェフォトダイオードであり、受光した測距光および参照光を、それぞれ電気信号(測距信号および参照信号)として出力する。
【0020】
演算処理部60は、例えば、少なくとも1つプロセッサ(例えばCPU(Central・Processing・Unit))とメモリ(SRAM(Static・Random・Access・Memory)DRAM(Dinamic・RAM)等)を備える、制御演算ユニットである。演算処理部60は、プロセッサが、その機能を実行するためのプログラムを、メモリに読み出して実行することによりその機能を実現する。
【0021】
あるいは、演算処理部60の少なくとも一部を、CPLD(Complex・Programmable・Logic・Device)、FPGA(Field・Programmable・Gate・Array)等でハードウェア的に構成してもよい。また、これらのCPLDやFPGAを用いた場合、それらの素子上に構成された回路などがその機能を実現する。
【0022】
演算処理部60は、第1の発光素子20および第2の発光素子30の発光を制御し、受光素子40の受光信号に基づいて、目標反射物までの距離を算出する。詳細は後述する。
【0023】
記憶部70は、フラッシュメモリやハードディスクドライブ等のコンピュータ読取可能な記憶媒体である。記憶部70は、下記に説明する、演算処理部60による、測定、受光光量の調節、距離値の算出等を実行するためのプログラムや、初期設定データ、測定データ等を格納する。
【0024】
以下、光波距離計100の構成および距離の測定の詳細を説明する。
まず、演算処理部60からの指示により、発振器1で主変調周波数F1の信号を発生させる。この主変調周波数F1の信号は、分周部2に入力されるとともに、PLL(Phase・Locked・Loop)9,10を介して、発振器5およびローカル信号発振器11に入力される。PLL9、10は、発振器5およびローカル信号発振器11を主変調周波数F1と正確に同期して発振させるために使用する。
【0025】
分周部2は、主変調周波数F1の信号を分周して、主変調周波数F2およびF3の信号を発生する。この主変調周波数F2およびF3の信号と主変調周波数F1の信号は、周波数重畳回路3を経て駆動回路4へ入力される。第1の発光素子20は、駆動回路4によって駆動され、主変調周波数F1、F2及びF3で変調された光を出射する。
【0026】
発振器5は、傍変調周波数F1+b・F1の信号を発生する。この傍変調周波数F1+b・F1の信号は、さらに分周部6で周波数を分周されて、傍変調周波数F2+b・F2およびF3+b・F3の信号となる。これらの傍変調周波数F1+b・F1、F2+b・F2およびF3+b・F3の信号は、周波数重畳回路7を経て駆動回路8へ入力される。第2の発光素子30は、駆動回路8によって駆動され、傍変調周波数F1+b・F1、F2+b・F2およびF3+b・F3で変調された光を送出する。
【0027】
ローカル信号発振器11は、ローカル周波数F1+a・F1の信号を発生する。ここで、係数aは、0<aであり、|a|は1に対して十分に小さい値(|a|<<1)である。このローカル周波数F1+a・F1の信号は、周波数生成回路12で分周されて、ローカル周波数F2+a・F2の信号およびローカル周波数F3+a・F3の信号が生成される。これらのローカル周波数F2+a・F2信号およびローカル周波数F3+a・F3の信号は、後述するように、それぞれ第1の周波数変換器44および第2の周波数変換器49へ入力される。各主変調周波数F1,F2,F3と、各主変調周波数に対応するローカル周波数F1+a・F1,F2+a・F2,F3+a・F3とのずれ|a|・F1,|a|・F2,|a|・F3は、数百kHz~数十kHzである。したがって、ローカル周波数F1+a・F1,F2+a・F2,F3+a・F3は、対応する主変調周波数F1,F2,F3および傍変調周波数F1+b・F1,F2+b・F2,F3+b・F3の両方に近接した周波数となっている。
【0028】
特に、各主変調周波数F1,F2,F3と、各主変調周波数F1,F2,F3に対応するローカル周波数F1+a・F1,F2+a・F2,F3+a・F3の主変調周波数とのずれ|a|・F1,|a|・F2,|a|・F3が、各主変調周波数F1,F2,F3と、各主変調周波数F1,F2,F3と対応する傍変調周波数F1+b・F1,F2+b・F2,F3+b・F3とのずれ|b|・F1,|b|・F2,|b|・F3の10倍以上大きい、すなわち|a|≧10|b|であると好ましい。理由については後述する。
【0029】
第1の発光素子20から送出された光は、測距光路21を経て目標反射物22で反射され、測距光路23を経て受光素子40に到達する。
【0030】
測距光路23には、受光素子40の前に、受光光量調節手段である可変濃度フィルタ24および受光光学系25が配置されている。可変濃度フィルタ24は、例えば、
図2に示すような、薄い円盤状の中性濃度フィルタである。
【0031】
可変濃度フィルタ24は、開口部24
1を有し、開口部24
1から周方向の他端部24
2に向かって
図2に矢印Xで示す円周方向に、光量減衰率が0~100%となるように連続的にフィルタ濃度が濃くなるように構成されている。可変濃度フィルタ24は、中心部24
3でフィルタ駆動モータ24aの回転軸に接続されている。可変濃度フィルタ24は、フィルタ駆動モータ24aが演算処理部60の指示に従って回転駆動されて、透過する光の減衰率を調節することによって、測距光の受光光量レベルを調節する。
【0032】
一方、第2の発光素子30から送出された光は、参照光路31を経て、受光素子40に到達する。
【0033】
参照光路31には、受光素子40の前に、受光光量調節手段である濃度フィルタ32が配置されている。濃度フィルタ32は、例えば、可変濃度フィルタ24と同じ構成の中性濃度フィルタを固定して用いる。あるいは、濃度固定の中性濃度フィルタを用いてもよい。濃度フィルタ32は、予め設定された減衰率で、参照光を減衰することにより、参照光の受光光量レベルを調節する。
【0034】
受光素子40は、増幅器41に接続され、増幅器41は、帯域フィルタ42を介して周波数変換器群43に接続されている。周波数変換器群43は、第1の周波数変換器44および第2の周波数変換器49の2つの周波数変換器で構成されている。
【0035】
受光素子40で受光された光は、6つの周波数F1,F1+b・F1,F2,F2+b・F2,F3,F3+b・F3をもつ信号に変換される。これらの信号は、増幅器41で、信号振幅を増幅される。これらの信号のうち、高周波の主変調周波数(以下、高周波主変調周波数ともいう。)F1および傍変調周波数(以下、高周波傍変調周波数ともいう。)F1+b・F1の信号は距離値の計算に使用しない。そこで、増幅された信号のうち、周波数F1,F1+b・F1の信号が帯域フィルタ42で除去され、第1の周波数変換器44と、第2の周波数変換器49にそれぞれ入力される。
【0036】
第1の周波数変換器44では、ローカル周波数F2+a・F2のローカル信号が入力されて、周波数乗算が行われる。乗算後の信号は、帯域フィルタ45および帯域フィルタ47に出力される。帯域フィルタ45により高周波領域が除去され、周波数a・F2の中間周波信号(測距中間周波信号)がA/D変換器46に入力される。帯域フィルタ47により高周波領域が除去され、周波数(a-b)・F2の中間周波信号(参照中間周波信号)がA/D変換器48に入力される。
【0037】
第2の周波数変換器49では、ローカル周波数F3+a・F3のローカル信号が入力されて、周波数乗算が行われる。乗算後の信号は、帯域フィルタ50および帯域フィルタ52に出力される。帯域フィルタ50により高周波領域が除去され、周波数a・F3の中間周波信号(測距中間周波信号)がA/D変換器51に入力される。帯域フィルタ52により高周波領域が除去され、周波数(a-b)・F3の中間周波信号(参照中間周波信号)がA/D変換器53に入力される。
【0038】
このように、周波数変換器群43は、距離値の計算に使用される主変調周波数の数に対応する数の周波数変換器を備える。
【0039】
A/D変換器46,48,51,53では、アナログ信号を多値デジタル信号に変換し、信号の波形を正弦波とすることで、演算処理部60にて信号振幅情報、位相情報を取得できるようにする。信号振幅情報はおよび位相情報は距離値の算出に用いられる。また、信号振幅情報は、受光光量調節のために用いられる。
【0040】
A/D変換器46,48,51,53はそれぞれ演算処理部60に接続されており、演算処理部60は、周波数a・F2,a・F3の中間周波信号の信号振幅および位相情報を解析して、変調周波数F2,F3の測距光による測距光路測定値を算出する。また、演算処理部60は、周波数(a-b)・F2,(a-b)・F3の中間周波信号の信号振幅及び位相情報を解析して、変調周波数F2+b・F2,F3+b・F3の参照光による参照光路測定値を算出する。そして、演算処理部60は、測距光路測定値から参照光路測定値を減算することにより、周波数F2、F3の測距光それぞれによる、目標反射物までの距離値を算出する。
【0041】
ここで、演算処理部60における目標反射物22までの距離値の算出において温度位相ドリフトの影響を低減できる理由ついて説明する。温度位相ドリフトは周波数F2,F3のいずれの場合も同様に起きるが、影響を低減できる理由は同じであるので、代表して、主変調周波数F2の信号について説明する。
【0042】
第1の発光素子20に印加される電気信号の周波数をF2=(1+0)f2,第2の発光素子30に印加される電気信号の周波数をF2+b・F2=(1+b)f2、第1の周波数変換器44に印加されるローカル信号の周波数をF2+a・F2=(1+a)f2とおき、ここで、a>0かつb>0であり、絶対値|a|は|b|に対して、10倍以上大きい(|a|≧10|b|)であることが好ましい。
【0043】
受光素子40の波形の式は、以下の式2のようになる。
【数1】
ただし、y
APD,LD1は、第1の発光素子20、受光素子40間の信号の振幅、
y
APD,LD2は、第2の発光素子30,受光素子40間の信号の振幅、
φ
LD1は、第1の発光素子20の温度位相ドリフト、
φ
LD2は、第2の発光素子30の温度位相ドリフト、
φ
APDは、受光素子40の温度位相ドリフト、
2D
0は、光波距離計から目標反射物22までの往復距離、
D
1は、参照光路31の光路長、
cは光速、である。
【0044】
次に、周波数変換後の波形の式について考える。第1の周波数変換器44にてy1と乗算されるローカル周波数(1+a)・F2のローカル信号の波形をy2とすると、y2は式3のように表せる。
【0045】
y2=yLOCOS{2π(1+a)f2t+φ} (式3)
ただし、yLOはローカル信号の振幅であり、φは、局部発振信号の位相である。
【0046】
次に、第1の周波数変換器44において、y
1をy
2とで周波数変換(乗算)した後に、帯域フィルタ45を通過した測距光に基づく周波数a・F2の中間周波信号の波形y
3は、式4のように表せる。
【数2】
ただし、φ
AMP1は、帯域フィルタ45の温度位相ドリフトである。
【0047】
また、第1の周波数変換器44においてy
1をy
2とで周波数変換(乗算)した後に、帯域フィルタ47を通過した、参照光に基づく周波数(a-b)・F2の中間周波信号の波形y
4は、式5のように表せる。
【数3】
ただし、φ
AMP2は、帯域フィルタ47の温度位相ドリフトである。
【0048】
次に距離値を求める。測距値dは次の一般式(式6)で変換できる。
【数4】
(ここで、θは測定により得られる初期位相、fは変調周波数、cは光速である。)
【0049】
測距光に基づく周波数Δf2の中間周波信号の波形y
3の位相成分の測距光路測定値をd
0、参照光に基づく周波数2Δf2の中間周波信号の波形y
4の位相成分の参照光路測定値をd
1とすると、d
0,d
1は、それぞれ、以下の式7,式8で表すことができる。
【数5】
【0050】
ここで、|b|は1に対して十分小さいので1+b≒1と近似できる。また、φLD1(f2)は、周波数F2の信号による第1の発光素子20の温度位相ドリフトであり、φLD2((1+b)f2)は、周波数F2-Δf2の信号による第2の発光素子30の温度位相ドリフトであり、φAPD(f2)は、周波数F2の信号による受光素子40の温度位相ドリフトであり、φAPD((1+b)f2)は、周波数F2-Δf2の信号による受光素子40の温度位相ドリフトであるが、変調周波数が、10MHz未満である場合、発光素子および受光素子の温度位相ドリフトは無視できる程度に小さいことが知られている。したがって、φLD1(f2),φLD2((1+b)f2),φAPD(f2),φAPD((1+b)f2)は、無視できることから、式7,式8は、それぞれ、式9,式10のように表せる。
【0051】
【数6】
この2式を減算すると、式11の通りとなる。
【数7】
【0052】
式11から、光波距離計100から目標反射物22までの距離値を求めることができるが、式11からは第1の発光素子20、第2の発光素子30、および受光素子40に由来する温度位相ドリフトφLD1(f2),φLD2((1+b)f2),φAPD(f2),φAPD((1+b)f2)が除かれており、温度位相ドリフトが低減されていることがわかる。
【0053】
式11により求められる光波距離計100から目標反射物22までの距離値には、受光側の電子部品(帯域フィルタ45,47)に由来する温度位相ドリフトφAMP1,φAMP2が含まれている。一般に、電子部品や発光素子や受光素子等の素子に生じる温度位相ドリフトは、印加される信号が高周波数であればあるほど大きいことが知られている。帯域フィルタ45,47に生じる温度位相ドリフトは、周波数変換後の低周波数(中間周波数)の信号による温度位相ドリフトであり、高周波の変調周波数F1を用いる従来の光波距離計における、変調周波数F1の信号に基づいて、発光素子や受光素子に生じる温度位相ドリフトに比べれば影響は小さい。したがって、光波距離計100では、温度位相ドリフトの小さい10MHz以下の変調周波数を用いることにより温度位相ドリフトの影響を低減することが可能である。
【0054】
ここで、|a|≧10|b|の場合には、式11から、以下のように、受光側の電子部品(帯域フィルタ45,47)に由来する温度位相ドリフトφAMP1,φAMP2を消すことができるので特に有利である。
【0055】
|a|≧10|b|の場合,|b|は|a|に対して十分に小さいため、式12のように近似することが可能となる。
【数8】
【0056】
このように近似すると、式11は式13のように変形できる。
【数9】
この結果、受光側の電子部品(帯域フィルタ45,47)に由来する温度位相ドリフトφ
AMP1,φ
AMP2の影響を取り除いて、目標反射物までの距離を算出することが可能となる。
【0057】
この受光側の電子部品(帯域フィルタ45,47)に由来する温度位相ドリフトφ
AMP1,φ
AMP2の影響の低減効果を奏するためには、a>0かつb>0の他に、a<0かつb>0,a>0かつb<0,a<0かつb<0の条件でもよい。このような条件である場合の、主変調周波数、傍変調周波数、ローカル周波数および中間周波数を、α=|a|,β=|b|を用いて
図4に示す。上記条件では、|a|≧10|b|であれば、|b|は|a|に対して十分に小さいため、
α・F2≒(α-β)・F2 (式14)
または、
α・F2≒(α+β)・F2 (式15)
と近似することが可能である。
【0058】
このように、本実施の形態では、2つの発光素子を同時に発光させ、変調周波数が10MHz未満(F2、F3)の信号により変調させた光を使用することにより、発光素子、受光素子に生じる温度位相ドリフト、特に2つの発光素子間の温度位相ドリフト差により生じる誤差の影響を無視して測距値を算出することが可能となる。
【0059】
この結果、2つの発光素子と2つの受光素子とを備える従来のシャッタを用いない光波距離計から、受光素子と、第1の発光素子から第2の受光素子、第2の発光素子から第1の受光素子の間の参照光路を構成する光ファイバを省略することが可能となり、全体構成を簡単なものとすることができる。また、構成を簡単なものとできるので、コストダウンが可能となる。
【0060】
また、本実施の形態に係る光波距離計100よれば、測距光と参照光とを切換えるのにシャッタを使うことなく、測距光路と参照光路に係る各中間周波信号の初期位相を同時に求めるため、従来のシャッタ式光波距離計よりも高速に距離測定を行うことができる。また、シャッタを用いないことによるコストダウンが可能になる。さらに、従来は、測定の時間差による温度位相ドリフト差を少なくするため、連続測距中の発光素子の電源をONに保っていた。しかし、光波距離計100によれば、測距光路と参照光路の同時測距が可能になるため、時間差による温度位相ドリフトの影響を受けず、測距毎に発光素子の電源をON/OFFでき、節電を図ることができるという、特許文献1に記載の光波距離計と同等の効果を奏することが可能となる。
【0061】
光波距離計100では、発振器1で周波数F1の信号を生成し、周波数F1,F2,F3で駆動回路4を駆動するが、周波数F1に基づく受光信号は帯域フィルタ42で取り除かれ、測距値の計算には用いられない。下記の変形例において説明するように、10MHzよりも大きい高周波周波数F1で発振器1を発振することは必ずしも必須ではない。しかし、本実施の形態のように第1の発光素子20および第2の発光素子30がレーザダイオードである場合には、変調周波数F2,F3よりも高い変調周波数F1で発振器1を発振させ、主変調周波数F1で第1の発光素子20を、傍変調周波数F1+b・F1で第2の発光素子30を駆動するように構成すると、信号の位相が安定するため有利である。
【0062】
ところで、一般的には、高い変調周波数の信号を用いる方が測距値の精度が高いことが知られている。このため、高周波変調周波数F1を使用しない本実施の形態に係る光波距離計100では、測距値の精度が低くなる場合がある、そこで、光波距離計100では、必要に応じて増幅器41の増幅度と受光光量を以下のように設定することで、主変調周波数F1の信号を用いた場合と同等の精度を確保することが可能となる。
【0063】
従来の光波距離計(例えば、特許文献1,
図4参照)でも、光波距離計100と同様に、受光信号を増幅器で増幅して距離値の算出に用いている。従来の光波距離計では、増幅器の増幅度は、光波距離計の仕様に応じて、測距光の到達限界飛距離を満たす最小の受光光量(具体的には、A/D変換器のカウントが1となる信号レベル)になる値が、適正値として設定される。また、光波距離計100では、増幅器41の増幅度が、限界到達距離を満たす最小の受光光量となる適正値よりも低く設定されている。また、光波距離計100では、受光光量調節手段の減衰率が、同条件で設定される受光光量調節手段の減衰率よりも低く設定されている。
【0064】
このようにすることで、精度が改善する理由について説明する。
図3(A)を、増幅器41の増幅度を適正値に設定した場合の、光波距離計100における測距光に基づく中間周波信号(例えば、
図1における周波数Δf2の中間周波信号)の信号スペクトラムを模式的に示す図である。増幅された中間周波信号には、信号とノイズが含まれるが、増幅度を適正値よりも低く設定すると、
図3(B)に示すように、信号とノイズが同じ比率で低減する。
【0065】
この状態で、A/N変換器へ入力する受光信号レベルが同等の適正光量となるように、可変濃度フィルタ24の減衰率を、透過する光量が増大するように設定する。つまり、増幅器41の増幅度を、適正値の1/N(Nは自然数)に低下させた場合、可変濃度フィルタ24の透過率がN倍となるように、減衰率を設定する。例えば、従来の光波距離計では、増幅度の適正値が10倍であるときに可変濃度フィルタの透過率を9%(すなわち減衰率91%)で適正光量となる場合、増幅度を1倍(1/10)として同程度の受光信号レベルとするために、可変濃度フィルタ24の透過率を10倍の90パーセント(減衰率を10/91倍の10%)と設定する。このようにすれば、受光信号レベルは増大するが、発光素子側で生じるノイズのレベルは変化しない。また、受光信号レベルの増大に伴って、受光素子側で生じるノイズのレベルは多少増大するが、信号に比して微々たるものである。この結果、
図3(C)に示すようにノイズレベルを増大することなく信号レベルを増大することができ、信号対ノイズ比(S/N比)が向上する。この結果、精度を改善することが可能となる。
【0066】
ところで、演算処理部60は、測定に際して、検出される受光光量(A/D変換器46,51から出力される中間周波信号の信号レベル(信号振幅の大きさ))に応じて、フィルタ駆動モータ24aを駆動して、受光光量がA/D変換器46,51の入力範囲内の最大値となるように構成されている。A/D変換器46,51では、測定可能な信号レベルの入力範囲を超える飽和領域では信号振幅が測定されない。したがって、演算処理部60は、受光光量がA/D変換器46,51の入力範囲より大きい場合は、入力範囲内の最大値となるように、A/D変換器46,51の入力範囲にある場合は、受光光量が入力範囲内の最大値となるようにフィルタ駆動モータ24aを駆動する。また、A/D変換器46,51の入力範囲よりも小さい場合は、受光光量が入力範囲内の最大値となるようにフィルタ駆動モータ24aを駆動する。この場合における、光の減衰率は、増幅度が適正値である場合に、同じ可変濃度フィルタを用いた場合に比べて、低くなるように設定されている。
【0067】
また、増幅器41の増幅度を低下させることにより、参照光に基づく中間周波信号の信号振幅も小さくなるため、受光光量調節手段である濃度フィルタ32の減衰率も同様に、増幅度が適正値である場合に同じ濃度フィルタを用いた場合に比べて、低くなるように設定されている。
【0068】
なお、増幅器41の増幅度を適正値よりも低く設定すると、A/D変換器で振幅が適切に分解されず、信号変換の際に1カウント以下の信号振幅を検出できず、誤って0にデジタル化して信号の検出が出来なくなり、測距光の限界到達飛距離が短くなる。しかし、この問題は、使用するA/D変換器の分解能を高くする、すなわち、高い分解能のA/D変換器を使用して、増幅度が低く設定された状態での検出限界を増幅度が適正値で設定された状態での検出限界と同程度とすることでこのような問題を解消することができる。
【0069】
(変形例)
図5は、本実施の形態の変形例に係る光波距離計100Aのブロック図である。光波距離計100Aは、概略として光波距離計100と同じ構成を有するが、第1の発光素子20Aおよび第2の発光素子30Aが、レーザダイオードではなく、LED(Light-Emitting・Diode)である点で異なる。そして、発振器1は、10MHzよりも大きい周波数F1ではなく、10MHz~1MHzの周波数F2で発振する。分周期2は、周波数F2の信号を分周して1MHz以下の周波数F3の信号を出力する。発振器5は、傍変調周波数F2+b・F2の信号を発生する。この傍変調周波数F2+b・F2の信号は、分周部6で分周されて、傍変調周波数F3+b・F3の信号となる。ローカル信号発振器11は、ローカル周波数F2+a・F2の信号を発生する。このローカル周波数F2+a・F2の信号は、周波数生成回路12で分周されて、ローカル周波数F3+a・F3の信号が生成される。
【0070】
したがって、駆動回路4は周波数F2,F3の信号、駆動回路8は周波数F2+b・F2,F3+b・F3の信号のみで駆動される。受光素子40による受光信号には周波数F1の信号に由来する信号はないため、帯域フィルタ42も必要はない。このように、第1の発光素子20A、および第2の発光素子30AがLEDである場合には、高周波変調周波数F1で変調された光を送出しなくとも、信号位相の安定には影響しないため、光波距離計100と同等の効果を奏することが可能である。
【0071】
以上、本発明の好ましい実施の形態について述べたが、上記の実施の形態は本発明の一例であり、これらを当業者の知識に基づいて組み合わせることが可能であり、そのような形態も本発明の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0072】
20,20A:第1の発光素子
21 :測距光路
22 :目標反射物
23 :測距光路
24 :可変濃度フィルタ(受光光量調節手段)
30,30A:第2の発光素子
31 :参照光路
32 :濃度フィルタ(受光光量調節手段)
40 :受光素子
41 :増幅器
43 :周波数変換器群
44 :第1の周波数変換器(周波数変換器)
49 :第2の周波数変換器(周波数変換器)
60 :演算処理部
100,100A:光波距離計