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特開2023-142921細胞牽引エネルギー測定システム、細胞牽引エネルギー測定方法、及び液-液界面観察用容器
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023142921
(43)【公開日】2023-10-06
(54)【発明の名称】細胞牽引エネルギー測定システム、細胞牽引エネルギー測定方法、及び液-液界面観察用容器
(51)【国際特許分類】
   G01N 13/02 20060101AFI20230928BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20230928BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20230928BHJP
   C07K 4/00 20060101ALN20230928BHJP
【FI】
G01N13/02
C12Q1/02
C12M1/34 A
C07K4/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022050055
(22)【出願日】2022-03-25
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】中西 淳
(72)【発明者】
【氏名】陸 洲
(72)【発明者】
【氏名】天神林 瑞樹
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
4H045
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029AA08
4B029BB11
4B029FA15
4B063QA05
4B063QQ08
4B063QR77
4H045AA30
4H045AA40
4H045EA50
(57)【要約】      (修正有)
【課題】細胞が周辺環境に及ぼす力学的作用を仕事(細胞牽引エネルギー)として、簡易な方法により、精度よく測定可能な細胞牽引エネルギー測定システムを提供する。
【解決手段】細胞牽引エネルギー測定システム100であって、容器10と、前記容器内に存在する培養液20と、前記容器内において、前記培養液と接触して界面IFを形成している疎水性液体30と、前記界面に形成されている両親媒性化合物を含む膜40と、細胞が接着したことにより引き起こされる前記界面の変形量を検出するように構成されている検出器50と、を備える。
【選択図】図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞牽引エネルギー測定システムであって、
容器と、
前記容器内に存在する培養液と、
前記容器内において、前記培養液と接触して界面を形成している疎水性液体と、
前記界面に形成されている両親媒性化合物を含む膜と、
細胞が接着したことにより引き起こされる前記界面の変形量を検出するように構成されている検出器と、を備える細胞牽引エネルギー測定システム。
【請求項2】
前記膜の厚さが1nm~1000nmである、請求項1に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
【請求項3】
前記膜が前記両親媒性化合物の単分子層である、請求項1又は2に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
【請求項4】
前記両親媒性化合物がリン脂質である、請求項1~3のいずれか一項に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
【請求項5】
前記膜が、ゲル相である請求項4に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
【請求項6】
前記リン脂質は、30~50℃においてゲル相である請求項4又は5に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
【請求項7】
前記膜が、蛍光性両親媒性化合物を含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
【請求項8】
前記検出器が、蛍光顕微鏡を含む請求項7に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
【請求項9】
前記膜が、細胞接着性ペプチドを有する両親媒性化合物を含む請求項1~8のいずれか一項に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
【請求項10】
前記疎水性液体の比重が、前記培養液の比重より大きい、請求項1~9のいずれか一項に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
【請求項11】
前記疎水性液体が、フルオロカーボンである、請求項1~10のいずれか一項に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
【請求項12】
前記両親媒性化合物の膜は、前記界面の変形に対応して変形するように構成されており、
前記検出器は、前記両親媒性化合物の膜の変形量を検出するように構成されている、請求項1~11のいずれか一項に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
【請求項13】
前記容器の内面の少なくとも一部が疎水性面である請求項1~12のいずれか一項に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
【請求項14】
細胞牽引エネルギー測定方法であって、
請求項1~13のいずれか一項に記載の前記細胞牽引エネルギー測定システムを用意することと、
前記両親媒性化合物を含む膜が形成されている前記界面の液-液界面張力を測定又は計算することと、
前記両親媒性化合物の膜に細胞を播種することと、
前記細胞が接着したことによる前記界面の変形量を検出することと、
前記液-液界面張力、及び前記界面の変形量に基づいて、細胞牽引エネルギーを算出することを含む細胞牽引エネルギー測定方法。
【請求項15】
それの中に形成された液-液界面を観察するための液-液界面観察用容器であって、前記容器の内面の少なくとも一部が疎水性面である、液-液界面観察用容器。
【請求項16】
前記容器が、
容器本体と、
前記容器本体の内面の少なくとも一部において前記疎水性面を形成する疎水性層と、を有する請求項15に記載の容器。
【請求項17】
前記疎水性層が、フルオロカーボン層である、請求項16に記載の容器。
【請求項18】
前記容器は、前記容器内に前記液―液界面が形成されたとき、前記液―液界面と対向する底面を有する底部材を有し、
前記底部材がガラスで形成されている、請求項15~17のいずれか一項に記載の容器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞牽引エネルギー測定システム、細胞牽引エネルギー測定方法、及び液-液界面観察用容器に関する。
【背景技術】
【0002】
生命現象における物理的な「力」の役割を調べる学問分野をメカノバイオロジーと呼ぶ。例えば、細胞は近接する基質や細胞に対して物理的な力を印加し、基質の力学的特徴及び反作用を感知して自身の機能や運命決定に還元させている。
【0003】
細胞が基質に印加する力・応力を計測する方法としては、(1)牽引力顕微鏡を用いる方法(TFM:Traction force microscopy)(非特許文献1)、(2)マイクロピラー法(非特許文献2)、(3)DNA張力プローブを用いる方法(非特許文献3)、等が挙げられる。
【0004】
(1)TFMでは、まず、蛍光ビーズを包埋したハイドロゲル(弾性体)の上に細胞を付着させ、細胞が基質に印加する牽引力によるハイドロゲルの変形を蛍光ビーズの変位から求め、そして、ゲルのヤング率を基に有限要素解析から応力を換算する。
(2)マイクロピラー法では、シリコーン製(PDMS:Poly-dimethylsiloxane)のミクロンスケールの剣山状の構造体(マイクロピラー、マイクロポスト)の上に細胞を付着させ、ピラーの撓みとその幾何学形状・弾性率より定まるばね定数を基に、細胞が各ピラーに印加する力を求める。
(3)DNA張力プローブは、基板上に固定化したStem-loop構造のDNAの末端に細胞接着性リガンドを修飾し、DNA配列中には蛍光基と消光基がラベル化された構造を有する。そして、細胞の牽引に伴うDNAのループ構造の崩壊によって蛍光基と消光基との間の距離が離れ、当初は消光していた蛍光が回復するため、DNA1分子にかかる力を検出できる。この方法はデジタルな計測方法で、ある閾値を超えてループ構造が崩壊するか否かを判定する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Soft Matter 2014,10(23),4047-4055.
【非特許文献2】Methods Cell Biol. 2015,125,289-308.
【非特許文献3】Acc. Chem. Res. 2017,50(12),2915-2924.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、従来の細胞が基質印加する力・応力を計測する方法では、様々な要素(例えば、out-of-plane応力、ゲルの応力緩和、力の不均質な作用等)が除外・無視されているために、算出される値が不正確であった。更に、(1)TFMでは、有限要素解析などの計算負荷の大きい演算が必要であった。また、一連の観察後に細胞を剥離して蛍光ビーズのゼロ点を求める必要があるが、一般的なゲルは時間とともに膨潤率が変化するため、その精度に疑問が残った。また、(2)マイクロピラー法では、細胞の基質への接着がピラー部のみに限定されるというデメリットがあった。
【0007】
本発明は上記課題を解決するものであり、細胞が周辺環境に及ぼす力学的作用を仕事(細胞牽引エネルギー)として、簡易な方法により、精度よく測定可能な測定システムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、以下の構成により上記課題を達成することができることを見出した。
【0009】
[1] 細胞牽引エネルギー測定システムであって、
容器と、
前記容器内に存在する培養液と、
前記容器内において、前記培養液と接触して界面を形成している疎水性液体と、
前記界面に形成されている両親媒性化合物を含む膜と、
細胞が接着したことにより引き起こされる前記界面の変形量を検出するように構成されている検出器と、を備える細胞牽引エネルギー測定システム。
[2] 前記膜の厚さが1nm~1000nmである、[1]に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
[3] 前記膜が前記両親媒性化合物の単分子層である、[1]又は[2]に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
[4] 前記両親媒性化合物がリン脂質である、[1]~[3]のいずれかに記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
[5] 前記膜が、ゲル相である[4]に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
[6] 前記リン脂質は、30~50℃においてゲル相である[4]又は[5]に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
[7] 前記膜が、蛍光性両親媒性化合物を含む、[1]~[6]のいずれかに記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
[8] 前記検出器が、蛍光顕微鏡を含む[7]に記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
[9] 前記膜が、細胞接着性ペプチドを有する両親媒性化合物を含む[1]~[8]のいずれかに記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
[10] 前記疎水性液体の比重が、前記培養液の比重より大きい、[1]~[9]のいずれかに記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
[11] 前記疎水性液体が、フルオロカーボンである、[1]~[10]のいずれかに記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
[12] 前記両親媒性化合物の膜は、前記界面の変形に対応して変形するように構成されており、
前記検出器は、前記両親媒性化合物の膜の変形量を検出するように構成されている、[1]~[11]のいずれかに記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
[13] 前記容器の内面の少なくとも一部が疎水性面である[1]~[12]のいずれかに記載の細胞牽引エネルギー測定システム。
[14] 細胞牽引エネルギー測定方法であって、
[1]~[13]のいずれかに記載の前記細胞牽引エネルギー測定システムを用意することと、
前記両親媒性化合物を含む膜が形成されている前記界面の液-液界面張力を測定又は計算することと、
前記両親媒性化合物の膜に細胞を播種することと、
前記細胞が接着したことによる前記界面の変形量を検出することと、
前記液-液界面張力、及び前記界面の変形量に基づいて、細胞牽引エネルギーを算出することを含む細胞牽引エネルギー測定方法。
[15] それの中に形成された液-液界面を観察するための液-液界面観察用容器であって、前記容器の内面の少なくとも一部が疎水性面である、液-液界面観察用容器。
[16] 前記容器が、
容器本体と、
前記容器本体の内面の少なくとも一部において前記疎水性面を形成する疎水性層と、を有する[15]に記載の容器。
[17] 前記疎水性層が、フルオロカーボン層である、[16]に記載の容器。
[18] 前記容器は、前記容器内に前記液―液界面が形成されたとき、前記液―液界面と対向する底面を有する底部材を有し、
前記底部材がガラスで形成されている、[15]~[17]のいずれかに記載の容器。
【発明の効果】
【0010】
細胞が周辺環境に及ぼす力学的作用を仕事(細胞牽引エネルギー)として、簡易な方法により、精度よく測定可能な測定システムを提供する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1A】第1実施形態の細胞牽引エネルギー測定システムの模式図である。
図1B】第1実施形態における、両親媒性化合物が形成する膜の模式図である。
図2A】実施例1で用いた容器の写真である。
図2B】液-液界面形成ユニットの疎水処理していない底面付近の写真である。
図2C】液-液界面形成ユニットの疎水処理している底面付近の写真である。
図3】第1実施形態における、細胞牽引エネルギー測定方法を説明するフローチャートである。
図4】両親媒性化合物の膜の形成過程を示す模式図である。
図5】実施例における、ペンダントドロップ法を用いた動的界面張力モニターによる、液-液界面張力の測定結果を示す図である。
図6】共焦点顕微鏡を用いて界面への細胞の接着挙動の観測をする方法を説明する図である。
図7】実施例1~3で用いた3種類のリン脂質の化学構造式を示す図である。
図8】実施例1における、液-液界面上への細胞接着挙動の共焦点観察結果を示す図である(上段:鳥観図、中段:断面図、下段:概念図)。
図9】実施例3における、液-液界面上への細胞接着挙動の共焦点観察結果を示す図である(上段:鳥観図、中段:断面図、下段:概念図)。
図10】実施例1~3で測定した細胞牽引エネルギーを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。
なお、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0013】
本明細書における基(原子群)の表記において、置換及び無置換を記していない表記は、本発明の効果を損ねない範囲で、置換基を有さないものと共に置換基を有するものをも包含するものである。例えば、「アルキル基」とは、置換基を有さないアルキル基(無置換アルキル基)のみならず、置換基を有するアルキル基(置換アルキル基)をも包含するものである。このことは、各化合物についても同義である。
【0014】
[第1の実施形態]
第1の実施形態として、細胞牽引エネルギー測定システム及び、それを用いた細胞牽引エネルギー測定方法について説明する。
【0015】
[細胞牽引エネルギー測定システム]
図1Aに示す細胞牽引エネルギー測定システム100について説明する(以下、単に「システム100」と記載する場合もある)。「細胞牽引エネルギー」とは、細胞が周辺環境に及ぼす仕事である。上述したように、従来技術として、細胞が周辺環境に及ぼす力・応力の測定は報告されている(例えば、非引用文献1~3)。一方で、細胞が周辺環境に及ぼす仕事(細胞牽引エネルギー)を直接的に測定した報告は、本願発明者らが認識する範囲において皆無である。細胞が周辺環境に及ぼす力を測定し、それから仕事(エネルギー)を算出することは原理的には可能である。しかし、上述のように従来の技術は、計算負荷が大きい、近似や仮定が多く含まれるため精度が低い等様々な課題を有していた。
以下に説明する細胞牽引エネルギー測定システム100では、従来技術(細胞が周辺環境に及ぼす力の測定方法)を利用せずに、細胞牽引エネルギーを直接的に、簡易な方法によって精度よく測定できる。
【0016】
本実施形態の細胞牽引エネルギー測定システム100は、容器10と、容器10内に存在する培養液20と、容器10内において、培養液20と接触して界面(液-液界面)IFを形成している疎水性液体30と、界面IFに形成されている両親媒性化合物41の膜40と、細胞が接着したことにより引き起こされる界面IFの変形量を検出するように構成されている検出器50と、を主に備える。容器10と、培養液20と、疎水性液体30と、界面IFに形成されている膜40とは、液-液界面形成ユニット101を構成している。
【0017】
<容器>
容器10は、容器本体11を有する。容器本体11は、主に、中空の柱状体を形成する側壁12と、側壁12と接続して容器本体11の底を形成する底部材(底板)13とにより構成される。
【0018】
側壁12の形状は特に限定されず、中空の円柱状でもよいし、中空の多角柱状でもよい。界面IFの変形に影響を与え難いという観点からは、側壁12の形状は中空の円柱状が好ましい。側壁12の材料は、特に限定されず、例えば、ガラス、プラスチック、金属、陶磁器等を用いることができる。
【0019】
底部材13は、中空の柱状体(側壁12)の一方端を塞いで底を形成できれば、特に形状は限定されない。本実施形態の細胞牽引エネルギー測定システム100では、容器10の下側から底部材13を介して界面IFの変形量を検出器50により検出する。このため、底部材13に用いられる材料は、界面IFの変形が検出し易い材料が好ましい。例えば、界面IFの変形量を光学的(例えば、蛍光、干渉、等)に検出する場合、底部材13は可視光域における透過率が高いガラスが好ましい。
【0020】
容器本体11において、側壁12と、底部材13とは異なる材料で形成されていてもよいし、同じ材料で形成されていてもよい。また、側壁12と底部材13とは、一体に形成されていてもよいし、別々の部材を接着剤等により接着されていてもよい。側壁12と底部材13とが別部材である場合、接着強度を強める観点からは、側壁12と底部材13とは、同一の材料、例えば、共にガラスであることが好ましい。
【0021】
容器10の大きさは、特に限定されず、細胞牽引エネルギー測定という目的を考慮した上で、適宜設計可能である。例えば、容器10の内面11aの一部を形成している底面13aの面積は、広過ぎると容器10内に形成される2液の層構造(相構造)が不安定になり、狭過ぎると界面IFを観察しづらくなる。このような観点から、底面13aの面積は、10~1000mm、又は100~800mmとしてよい。底面13aは、界面IFと対向する面であり、底部材13の上面により形成されている。また、容器10の高さは、特に限定されないが、例えば、1mm~30mm、又は5mm~20mmとしてよい。また、検出器50から界面IFまでの距離は短い方が正確な検出が可能となるため、底部材13は薄い方が好ましい。容器本体11内に試料を保持可能な強度を有し、且つ高い検出感度を得る観点から、底部材13の厚さは、一般的なカバーガラスの厚みである、0.12mm~0.18mm、又は0.50~1.5mmとしてよい。
【0022】
容器10の内面の少なくとも一部は、疎水性面であることが好ましい。疎水性面とは、例えば、室温における水の接触角が30°以上、60°以上、又は90°以上の表面である。疎水性面の疎水性の程度(接触角の大きさ)は、使用する疎水性液体30の種類により適宜調整してもよい。本実施形態では、容器本体11の内面11aに疎水性層14が形成されており、疎水性層14が疎水性面を形成している。本実施形態の細胞牽引エネルギー測定システム100では、検出器50によって、容器10の下側から疎水性液体30の層(疎水性液体相31)を介して界面IFの変形量を検出する。検出器50から界面IFまでの距離は短い方が検出感度が向上するため、疎水性液体相31は薄く均一である方が好ましい。底面13a上に疎水性層14が形成されることにより、底面13aは疎水性液体30に濡れ易くなる。これにより、底面13a上に疎水性液体相31を薄く均一に形成し易くなり、結果として検出感度が向上する。
【0023】
疎水性層14は特に限定されず、使用する疎水性液体30の種類により適宜選択してよい。疎水性層14は、例えば、フルオロカーボン層であってもよい。フルオロカーボン層は、例えば、フルオロカーボン基を有するシランカップリング剤により内面11aをシランカップリング処理することにより形成されるシランカップリング層であってもよい。また、疎水性層14は、アルキル基を有するシランカップリング剤により形成される炭化水素層(シランカップリング層)であってもよい。その他の疎水性層14としては、DOPA(アミノ酸3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン)含有疎水性高分子等が挙げられ、汎用の方法(疎水化処理)により形成可能である。疎水性層14の厚さも特に限定されず、疎水性液体30に対する濡れ性を高め、且つ界面IFの変形の検出感度を損なわない厚さに設計してよい。疎水性層14の厚さは、例えば、1nm~1000nm、又は100nm~500nmとしてよい。
【0024】
疎水性層14は、底面13a上のみに形成してもよいし、更に底面13a以外の内面11aにも形成してもよい。また、容器本体11はサイズが小さいため、底面13aのみを選択的に疎水化するよりも、内面11a全面を疎水化した方が効率的である。したがって、製造効率の観点からは、疎水性層14は、内面11a全面に形成されていることが好ましい。
【0025】
以上説明した容器10は、例えば、図2Aに示すように、所定のサイズ切断したガラス管(側壁12)の一方端をカバーガラス(底部材13)で塞いで構成された容器本体11と、シランカップリング処理により、容器本体11の内面11a全面に形成されたフルオロカーボン層(疎水性層14)とから構成されてもよい。この構成の容器10を後述する実施例で用いた。
【0026】
<培養液>
培養液20は、主成分として水を含む水系液体(親水性液体)である。培養液20としては、細胞培養地として用いられる液体であれば、特に限定されない。例えば、DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)、RPMI 1640培地、MEM(最小必須培地)、F-10及びF-12ハム培地、199培地(M199)等が挙げられる。培養液20は、1種類の培養液のみから構成されてもよいし、2種類以上の培養液の混合物であってもよい。また、培養液20は、容器10内において培養液20の層(親水性液体相21)を形成するが、親水性液体相21は培養液20のみから構成されてもよいし、本発明の効果を奏する範囲において培養液20以外の成分を含んでもよい。親水性液体相21中における、培養液20以外の成分の含有量は、例えば、10質量%以下、5質量%以下、又は0質量%である。
【0027】
容器10内において親水性液体相21の高さ(界面IFから親水性液体相21の表面(上面)までの距離)は、特に限定されないが、例えば1mm~20mm、又は5mm~10mmとしてよい。親水性液体相21の高さが上記範囲内であれば、親水性液体相21が分割(Split)して疎水性液体相31が露出することを防ぐことができる。
【0028】
<疎水性液体>
疎水性液体30は、培養液20よりも疎水性が高く、培養液20と分離して界面IFを形成するものであれば特に限定されない。疎水性液体30は、細胞毒性を示さないものが好ましい。また、疎水性液体30の比重は培養液20の比重より大きい方が好ましい。これにより、疎水性液体相31が親水性液体相21の下側に配置され、また培養液20と分離し易くなり安定な界面IFを形成できる。
【0029】
疎水性液体30としては、例えば、フルオロカーボン、シリコーンオイル、疎水性イオン液体等を用いることができる。疎水性液体30は、一種類の化合物であってもよいし、複数の化合物の混合物であってもよい。また、疎水性液体相31は疎水性液体30のみから構成されてもよいし、本発明の効果を奏する範囲において疎水性液体30以外の成分を含んでもよい。疎水性液体相31中における、疎水性液体30以外の成分の含有量は、例えば、10質量%以下、5質量%以下、又は0質量%である。
【0030】
フルオロカーボンとしては、例えば、パーフルオロトリブチルアミン、パーフルオロジブチルメチルアミン、パーフルオロトリペンチルアミン、又はこれらの混合物を用いることができ、また、市販品を用いてもよい。フルオロカーボンの市販品としては、例えば、スリーエムジャパン株式会社製のフロリナート(登録商標)FC-40(パーフルオロトリブチルアミンと、パーフルオロジブチルメチルアミンとの混合物)、フロリナート(登録商標)FC-70(パーフルオロトリペンチルアミン)、等が挙げられる。
【0031】
疎水性液体相31の高さ(容器10の底面13aから界面IFまでの距離)は、特に限定されないが、例えば、0.1mm~5mm、又は0.5mm~3mmが好ましい。疎水性液体相31の高さが上記範囲の下限値以上であれば、疎水性液体相31の分割(Split)を防ぎ、界面IFを安定に形成することができ、上記範囲の上限値以下であれば、界面IFの変形の検出感度を高められる。
【0032】
<両親媒性化合物を含む膜>
図1Bに示すように、膜40を形成する両親媒性化合物41は、分子内に親水部41aと疎水部41bとを有しする。培養液20と疎水性液体30との界面IFにおいて、両親媒性化合物41は、親水部41aを培養液20側(上側)、疎水部41bを疎水性液体30側(下側)に向けて配列する。
【0033】
本実施形態の細胞牽引エネルギー測定システム100では、細胞が接着したことによって引き起こされる界面IFの変形を、膜40の変形を介して検出する。このため、膜40は、界面IFの変形に追随して変形し易い方が好ましい。この観点からは、膜40の厚さは薄い方が好ましく、例えば、1nm~1000nm、又は10nm~100nmとしてよい。また、図1Bには、膜40として両親媒性化合物41の単分子層を示すが、本実施形態はこれに限定されない。膜40は、例えば、上記厚さを満たす範囲において、単分子層であってもよいし、数分子層膜(例えば、2分子層~10分子層)であってもよい。
【0034】
両親媒性化合物41は、界面IFの可変形性を大きく損なうものでなければ特に限定されず、カチオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、ノニオン性両性界面活性剤、両性界面活性剤等を用いることができる。両親媒性化合物41は、低分子化合物でもよいし、例えば、両親媒性ブロック共重合体、ゆるく架橋した(架橋度の低い)界面活性剤等の高分子化合物でもよい。両親媒性化合物41は、細胞との親和性が高いという観点からはリン脂質が好ましい。
【0035】
界面IFに膜40が存在しない場合、培養液中20に含まれるタンパク質が固体状の非常に硬いナノ薄膜を界面IFに形成する(Small,2019,15:1804640)。この状態の界面IFは本来の非常に軟らかい性質を失ってしまい、界面に細胞が接着しても細胞の印加する牽引力に対して鋭敏に変形できない。本発明者らは、界面IFに両親媒性化合物41の膜40を形成することで、界面IFへのタンパク質の吸着を防ぎ、界面IFは本来の非常に軟らかい性質を維持でいることを見出した。この効果は、両親媒性化合物41としてリン脂質を用いた場合に特に顕著である。
【0036】
両親媒性化合物41がリン脂質である場合、本実施形態のシステム100を使用する温度(測定温度、例えば、37℃付近)において、膜40はゲル相であることが好ましい。液晶相であるよりもゲル相である方が界面IFの変形に追随して変形し易く、これにより検出感度が向上する。したがって、両親媒性化合物41は、例えば、30~50℃、20℃~100℃、又は20℃以上においてゲル相であることが好ましい。また、両親媒性化合物41のゲル-液晶相転移温度は、例えば20℃以上、又は20℃~100℃であることが好ましい。ゲル-液晶相転移温度がこの範囲であれば、システム100を使用する温度(測定温度)において、両親媒性化合物(リン脂質)41をゲル相に調整しやすい
【0037】
リン脂質の種類は特に限定されないが、例えば、ホスファチジルコリン等のグリセロリン脂質が好ましい。グリセロリン脂質は、グリセリンの3つのヒドロキシル基のうち1つにリン酸基が結合し、残り2つに炭化水素鎖がエステル結合またはエーテル結合している。2つ炭化水素鎖は、それぞれ、炭素数12~24の飽和又は不飽和の炭化水素鎖であってよく、同一であっても異なっていてもよいが、測定温度(例えば、37℃付近)においてゲル相とする観点からは、上記2つ炭化水素鎖は飽和炭化水素鎖であることが好ましい。リン脂質(グリセロリン脂質)は、2つ炭化水素鎖に不飽和結合を含むもの(不飽和リン脂質)と、不飽和結合を含まないもの(飽和リン脂質)との混合物であってもよいが、測定温度においてゲル相とする観点からは、飽和リン脂質が主成分であることが好ましい。混合物中における飽和リン脂質の含有量は、例えば、70mol%以上、95mol%以上、又は100mol%であってよい。
【0038】
両親媒性化合物41は、膜40に細胞が接着し易いように、その分子内に細胞接着性ペプチドを有していてもよい。細胞接着性ペプチドとしては、例えば、RGD、環状RGD、YIGSR、GFOGER、HAVDI等が挙げられる。例えば、両親媒性化合物41がリン脂質である場合、両親媒性化合物41の親水基(リン酸基)に細胞接着性のペプチドが結合されていてもよい。以下、細胞接着性ペプチドを有する両親媒性化合物を「両親媒性化合物41A」と記載する。両親媒性化合物41は両親媒性化合物41Aを含まなくてもよいし、反対に両親媒性化合物41の全てが両親媒性化合物41Aであってもよいし、又は両親媒性化合物41の一部のみが両親媒性化合物41Aであってもよい。十分な量の細胞を効率的に膜40に吸着させる観点から、両親媒性化合物41全量中における、両親媒性化合物41Aの割合は、例えば、0.2mol%~4.0mol%、又は0.5mol%~2.5mol%としてもよい。
【0039】
また、両親媒性化合物41は、蛍光性両親媒性化合物であってもよい。両親媒性化合物41が蛍光性両親媒性化合物である場合、膜40の変形量を蛍光顕微鏡により検出することができる。例えば、両親媒性化合物41がリン脂質である場合、両親媒性化合物41の親水基(リン酸基)が蛍光性官能基により修飾されていてもよい。蛍光性官能基としては、Rhodamine類、Fluorescein、AlexaFluor類、BODIPY類、NBD、Pyrene、Dansyl、Cy5などCyanine類、TopFluor類が挙げられる。以下、蛍光性両親媒性化合物を「蛍光性両親媒性化合物41B」と記載する。両親媒性化合物41は蛍光性両親媒性化合物41Bを含まなくてもよいし、反対に両親媒性化合物41の全てが蛍光性両親媒性化合物41Bであってもよいし、又は両親媒性化合物41の一部のみが蛍光性両親媒性化合物41Bであってもよい。界面IFの変形検出を効率的に行う観点から、両親媒性化合物41全量中における、蛍光性両親媒性化合物41Bの割合は、例えば、0.2mol%~4.0mol%、0.5mol%~2.5mol%としてもよい。
【0040】
両親媒性化合物41は、一種類の化合物であってもよいし、複数種類の化合物の混合物であってもよい。例えば、両親媒性化合物41は、上述の両親媒性化合物41A及び蛍光性両親媒性化合物41Bの両方を含有してもよい。また、膜40は、両親媒性化合物41のみから構成されてもよいし、本発明の効果を奏する範囲において、両親媒性化合物41以外の化合物を含んでもよい。膜40における両親媒性化合物41の含有量は、例えば、100質量%としてもよく、80質量%以上、又は90質量%以上としてよく、また、98質量%以下、又は95質量%以下としてもよい。
【0041】
<液-液界面形成ユニットの作製方法>
容器10と、培養液20と、疎水性液体30と、膜40とから構成される液-液界面形成ユニット101の作製方法は特に限定されないが、例えば、以下に説明する方法により作製してもよい。
【0042】
まず、両親媒性化合物41の分散液(両親媒性化合物分散液)を調製する。分散液の溶媒は、水、生化学用の汎用の緩衝液(リン酸緩衝液(PBS)、等)等の親水性溶媒であることが好ましい。また、両親媒性化合物41がリン脂質である場合、分散液中にリン脂質は1枚膜リポソーム43(ユニラメラベシクル)として分散していることが好ましい(図4参照)。1枚膜リポソーム43の調製方法は特に限定されないが、例えば、まず、多層のリポソーム(マルチラメラベシクル)を含む分散液を調製し、それをゲル-液晶相転移温度以上の温度で超音波処理することにより、1枚膜リポソーム43を調製してよい。さらに,その後にエクストルーダーによる濾過処理をして粒径を制御しても良い。
【0043】
容器10を用意し、疎水性液体30を注いで疎水性液体相31を形成し、その上に、ゲル-液晶相転移温度以上の両親媒性化合物分散液を注ぐ。これにより、分散液中の1枚膜リポソーム43を構成する両親媒性化合物(リン脂質)41は、疎水性液体相31と分散液を含む水相44との界面IF1に、例えば、単分子層として配列して膜40を形成する(図4参照)。
【0044】
膜40の形成後、水相44をPBS等の親水性溶媒で複数回置換後、最後に培養液20を注ぐ。これにより、疎水性液体相30と培養液20との界面IFが形成され、液-液界面形成ユニット101が得られる。
【0045】
<検出器>
検出器50は、細胞が接着したことにより引き起こされる界面IFの変形量を検出できるものであれば特に限定されない。検出器50は、例えば、検出器界面IFの変形量を光学的に検出する共焦点レーザー顕微鏡、反射干渉顕微鏡等であってもよい。検出器50に蛍光顕微鏡等を用いる場合、膜50は、蛍光性両親媒性化合物41B、及び/又は両親媒性化合物以外蛍光性化合物を含有することが好ましい。
【0046】
図6は、検出器50として共焦点観察が可能な蛍光顕微鏡(共焦点蛍光顕微鏡)を用いた場合における、界面IF上への細胞Cの接着挙動の観測を説明する模式図である。図6に示すように、細胞Cの接着に伴う界面IFのz軸スキャニング画像をコンピュータプログラムを用いて三次元画像に再構成し、そこから界面IFの変形量、例えば、面積の増加量(ΔA)を求めることできる。
【0047】
[細胞牽引エネルギー測定方法]
図3のフローチャートに従って、細胞牽引エネルギー測定方法について説明する。まず、図1Aに示す細胞牽引エネルギー測定システム100を用意する(図3のステップS1)。
【0048】
別途、膜40が形成されている界面IFの液-液界面張力(γ)を求める(図3のステップS2)。界面IFの液-液界面張力は、両親媒性化合物41が界面活性剤として働くため、両親媒性化合物41が存在しない場合と比較して低下する。界面IFの液-液界面張力は、培養液20の特性、疎水性液体30の特性、及び両親媒性化合物41の特性の3つに基づいて決定される。したがって、液-液界面張力の値は、これらの化合物を適宜選択することにより調整できる。界面IFの液-液界面張力は、例えば、汎用の界面張力計等により測定してもよいし、又は、シミュレーション(計算)で求めてもよい。図5に、ペンダントドロップ法を用いた動的界面張力モニターによる、液-液界面張力の測定結果を示す。図5に示すように、液-液界面張力は時間共に低下して平衡に達するので、平衡値を液-液界面張力として用いることが好ましい。
【0049】
用意したシステム100の膜40に細胞を播種し(図3のステップS3)、細胞が接着したことによる界面IFの変形量を検出する(図3のステップS4)。そして、先に求めた液-液界面張力、及び検出した界面の変形量に基づいて、播種された細胞の細胞牽引エネルギーを算出する(図3のステップS5)。
【0050】
細胞は特に限定されず、例えば、多細胞生物(動植物)の細胞や,細菌・原生生物等の単細胞も含む。
【0051】
本システムでは、界面IFの変形に追随して膜40が変形し、膜40の変形量を検出することで界面IFの変形量を検出する。膜の変形量(変位量)は、検出器50を用いて光学的に検出してもよい(例えば、蛍光、干渉、等)。また、所定時間に亘って界面IFの変形をモニターし、その結果に基づいて、細胞の時間依存的な仕事の追跡(モニタリング)を行ってもよい。
【0052】
界面IFの変形量は、例えば、界面IFの面積の増加量(ΔA)として検出してもよい。液体はそれ自身が界面エネルギー(液-液界面張力γ)を最小化する性質がある。それ故、下記式(I)に示すように、細胞が基質(この場合、界面IF)に与える仕事(エネルギー)(W)を容易に算出できる。

W=ΔA×γ ・・・ (I)

W:細胞牽引エネルギー
ΔA:細胞が接着したことにより引き起こされる界面IFの面積の増加量
γ:膜50が形成されている界面IFの液-液界面張力
【0053】
以上説明した本実施形態の細胞牽引エネルギー測定システム100及びこれを用いた細胞牽引エネルギー測定方法は以下の利点を有する。細胞牽引エネルギー測定システム100は、単純な構成の液-液界面形成ユニット101と、一般的な共焦点蛍光顕微鏡等の検出器50との組み合わせで構成できる。液-液界面形成ユニット101の培養液20、疎水性液体30、膜40も、簡単に入手可能な材料で構成できる。したがって、本実施形態の細胞牽引エネルギー測定システム100は、低コストで作製が容易であり、また壊れ難く、特に特殊なメンテナンスも不要である。そして、細胞牽引エネルギー測定システム100を用いることで、界面IFの面積の増加量(ΔA)と液-液界面張力(γ)の値に基づく簡易な方法により、精度よく細胞牽引エネルギー(仕事)を算出できる。
本実施形態の細胞牽引エネルギー測定システム100は、細胞が周辺環境に及ぼす仕事(細胞牽引エネルギー)を直接的に測定する初めてのシステムである。細胞牽引エネルギー測定システム100により、今まで考慮されてこなかった細胞の力学作用(エネルギー動態)の観察及び測定が初めて可能となった。
【0054】
[第2の実施形態]
第2の実施形態として、液-液界面観察用容器を説明する。本実施形態の液-液界面観察用容器は、第1の実施形態で説明した容器10と同様の構成を有する。以下、図1Aの参照番号を用いて本実施形態の容器について説明する。
【0055】
本実施形態の液-液界面観察用容器10は、それの中に形成された液-液界面IFを観察するための容器である。液-液界面観察用容器10の内面の少なくとも一部は疎水性面である。液-液界面観察用容器10は、疎水性液体30(下相)と親水性液体20(上相)とにより形成される界面IFを観察することに適している。容器10の下側から観察する場合、底面13a上に疎水性液体相31を薄く均一に形成できるため、検出器50から界面IFまでの距離を短くでき、観察感度を高められる。
【0056】
本実施形態の液-液界面観察用容器10の用途は、第1の実施形態で説明した細胞牽引エネルギー測定に限定されない。例えば、界面IF上に付着した細胞の形態観察や動的挙動の観察,界面IF自体の各種刺激に対する変化の解析等に用いることができる。
【実施例0057】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例により制限されない。
【0058】
[実施例1]
1.細胞牽引エネルギー測定システムの作製
(1)容器の作製
図2Aに示すように、約1.5cmの長さに切断したガラス管の一方の端を、カバーガラス(No.1、厚さ:0.13~0.16mm)をポリジメチルシロキサン(PDMS)溶液で接着して塞ぎ、容器本体11を作製した。容器本体11内に、フルオロカーボン基を有するシランカップリング剤(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチルトリエトキシシラン)のエタノール溶液(濃度0.5質量%)を100μL添加して乾燥し、その後、120℃のオーブン中で30分静置した。その後、エタノールで洗浄して容器10を得た。容器本体11の全内面は疎水化(パーフルオロ化)され、疎水性層(フルオロカーボン層)14で覆われた。
【0059】
図2Bに示すように、パーフルオロカーボン層(疎水性層14)を形成していない底面13a(ガラス)は、疎水性液体30(PFCL:パーフルオロカーボン液)に十分に濡れず、薄く均一な疎水性液体相31が形成できなかった。一方、疎水化処理(フッ素化)した本実施例の容器10では、図2Cに示すように、底面13aが疎水性液体30に十分に濡れた。
【0060】
(2)液-液界面形成ユニットの作製
まず、両親媒性化合物の分散液(両親媒性化合物分散液)を調製した。両親媒性化合物として、図7に示す3種類のリン脂質(i)~(iii)の混合物を用いた。リン脂質(ii)は、蛍光性両親媒性化合物であり、親水基が蛍光性官能基で修飾されている。リン脂質(iii)は、細胞接着性ペプチドを有する両親媒性化合物であり、親水基が細胞接着性ペプチドで修飾されている。
【0061】
バイヤル瓶中で3種類のリン脂質をモル比(i):(ii):(iii)=97.5:2.0:0.5で混合し、クロロホルムに溶解した。次に、室温でクロロホルムを蒸発させ、更に3時間真空下に静置することでクロロホルムを完全に除去して、バイヤル瓶にリン脂質の薄膜を形成した。リン脂質膜が形成されたバイヤル瓶内に、全リン脂質濃度が0.2mMとなるようにリン酸緩衝液(PBS、pH7.4)を添加した。次に、リン脂質(i)のゲル-液晶相転移温度以上の70℃で超音波処理を行い、両親媒性化合物分散液を得た。超音波処理前の分散液中のリン脂質は、多層リポソーム(マルチラメラベシクル)であったが、ゲル-液晶相転移温度以上で超音波処理を行ったことにより、1枚膜リポソーム43(ユニラメラベシクル)となった(図4参照)。
【0062】
容器10にアルミホイルでフタをし、120℃のオーブンで滅菌処理を行った。滅菌処理した容器10に、パーフルオロカーボン(スリーエムジャパン株式会社、フロリナート(登録商標)FC-40)、リン酸緩衝液(PBS)をこの順で添加して、液-液界面IF1を形成た(図4参照)。容器10に更に、先に調製した70℃の両親媒性化合物分散液(リン脂質のユニラメラベシクル分散液)を添加し、液-液界面IF1をリン脂質単分子層(膜)40で被覆した。
【0063】
1時間~1時間半経過後、70℃に温めたPBSで上相(水相44)を数回置換し、最後に培養液20で置換した。培養液20としては、以下の培地を用いた。ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、10% Fetal bovine serum(FBS), 100 U/mL penicillin, 100 μg/mL streptomycin, 1% MEM non-essential amino acids, 1% sodium pyruvate, 1% L-glutamateを含む(v/v)。
【0064】
以上説明した方法により、容器10と、培養液20と、疎水性液体30と、膜40により構成される液-液界面形成ユニット101を得た。
【0065】
液-液界面形成ユニット101の下側、即ち、容器10の底部材(カバーガラス)13側に、検出器50としてディスク型共焦点ユニット(横河電機株式会社製、CSU-10)を装着した蛍光顕微鏡(オリンパス株式会社製、IX-81)を設置し、細胞牽引エネルギー測定システム100を完成させた。
【0066】
2.細胞牽引エネルギーの測定
まず、膜50が形成されている界面IFの液-液界面張力(γ)を界面張力計により測定した。図5に、ペンダントドロップ法を用いた動的界面張力モニターによる、液-液界面張力の測定結果を示す。図5に示すように、時間と共に液-液界面張力は低下して平衡に達し、平衡値を液-液界面張力として用いた。
【0067】
次に、細胞牽引エネルギー測定システム100の膜40に、lifeact-GFPを恒常発現させたイヌ腎臓尿細管由来のMadin-Darby Canine Kidney (MDCK)細胞を播種した。所定時間の間、検出器50(蛍光顕微鏡)を用いて共焦点観察を行った。具体的には、膜50の赤色の蛍光を検出することで膜50の変形をモニタリングし、図6に示すように、細胞Cの接着に伴う界面IFのz軸スキャニング画像をImageJ(Rasband,W.S.,ImageJ,U.S.National Institutes of Health,Bethesda,Maryland,USA,https://imagej.nih.gov/ij/i997-2021.、Schneider,C.A.Rasband,W.S.,Eliceiri,K.W.“NIH Imge to ImageJ:25 Years of image analysis”Nature Methods 9,671-675,2012参照)を用いて三次元画像に再構成した。三次元画像に再構築した結果を図8に示す。図8は、時間を追って、細胞Cが膜40に着地(touch down)、接着(adhesion)、浸潤(invention)及び適合(compliance)する様子を示す。三次元画像に再構築した結果から、界面IFの面積の増加量(ΔA)を求めた。そして、面積の増加量(ΔA)と、別途求めていた液-液界面張力(γ)とから、式(I)により細胞牽引エネルギー(W)を求めた。結果を図10に示す。
【0068】
[実施例2]
本実施例では、10ng/mLのトランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)を含む培地中で細胞を24時間培養する、細胞の前処理を行った(TGF-β処理)。前処理を行った細胞を用いた以外は、実施例1と同様の方法により、細胞牽引エネルギー(W)を求めた。結果を図10に示す。
【0069】
[実施例3]
本実施例では、実施例2と同様の方法により細胞の前処理(TGF-β処理)を行った。また、疎水性液体30として、パーフルオロカーボン(スリーエムジャパン株式会社、フロリナート(登録商標)FC-70)を用いた。それ以外は、実施例1と同様の方法により、細胞牽引エネルギー(W)を求めた。結果を図10に示す。また、検出器50(蛍光顕微鏡)を用いて共焦点観察した結果(3次元画像に再構成した結果)を図9に示す。
【0070】
液-液界面IFへの細胞接着挙動の共焦点観察の結果、細胞Cが膜40に着地(touch down)、接着(adhesion)、浸潤(invention)及び適合(compliance)と、時間と共に細胞の接着形態、及び界面IFの形状が劇的に変化することが確認できた(図8及び図9参照)。そして、図10に示すように、実施例1~3において、細胞牽引エネルギー測定システム100を用いて細胞が基質(界面IF)に印加する仕事を測定することができた。細胞の播種から4~8時間後に観測される浸潤(invention)段階において、条件の異なる実施例1~3の間で細胞牽引エネルギーに大きな差が出ることが確認できた。細胞は,TGF―β処理による自身の牽引力の増大に加えて、外部の力学的性質(界面張力)に応じても、外部に印加する牽引エネルギーを変化させているものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の細胞牽引エネルギー測定システムは、細胞が周辺環境に及ぼす仕事(細胞牽引エネルギー)を精度よく、且つ簡易な方法で測定できる。エネルギーは生命活動の本質であるため、そこに脚光を浴びせる本発明は、メカノバイオロジーの新評価軸となる可能性を秘める。細胞の仕事を指標にした薬剤試験や、それを基にした幹細胞エンジニアリングなどの再生医療的展開など、仕事(エネルギー)を標的とした新しい創薬・医療技術の創出が期待され、経済的なインパクトも望める。
図1A
図1B
図2A
図2B
図2C
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10