(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023143121
(43)【公開日】2023-10-06
(54)【発明の名称】プロジェクション溶接部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 11/14 20060101AFI20230928BHJP
B23K 11/16 20060101ALI20230928BHJP
B23K 11/24 20060101ALI20230928BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20230928BHJP
C22C 38/04 20060101ALI20230928BHJP
C22C 21/02 20060101ALN20230928BHJP
【FI】
B23K11/14
B23K11/16
B23K11/24 315
B23K11/16 311
C22C38/00 301A
C22C38/04
C22C21/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022050333
(22)【出願日】2022-03-25
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】村山 元
(72)【発明者】
【氏名】泰山 正則
(72)【発明者】
【氏名】▲徳▼永 仁寿
(57)【要約】 (修正有)
【課題】低温割れを抑制可能なプロジェクション溶接部材の製造方法を提供する。
【解決手段】引張強さが1.60GPa超であり板厚が1.8mm以上2.3mm未満であるAl系めっきホットスタンプ鋼板と、突起部を有する部材とを接合するものであって、本通電工程における通電時間を120msec以上とし、保持工程における保持時間を280msec以下とする。本発明の別の態様に係るプロジェクション溶接部材の製造方法は、引張強さが1.60GPa超であり板厚が2.3mm以上3.3mm未満であるAl系めっきホットスタンプ鋼板と、突起部を有する部材とを接合するものであって、本通電工程における通電時間を120msec以上とし、第二通電工程における通電時間を80msec以上とし、保持工程における保持時間を400msec以下とし、本通電工程と、第二通電工程との間の無通電時間を160msec以下とする。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張強さが1.60GPa超であり、板厚が1.8mm以上2.3mm未満であり、かつ、Al系めっきホットスタンプ鋼板である鋼板と、突起部を有する部材とをプロジェクション溶接によって接合する、プロジェクション溶接部材の製造方法であって、
前記部材の前記突起部と前記鋼板とを接触させた状態で、前記部材及び前記鋼板を加圧しながら通電して、前記突起部と前記鋼板とを溶接する本通電工程と、
前記本通電工程の後、前記部材及び前記鋼板に対する通電を停止した状態で、前記鋼板及び前記部材の前記加圧を保持する保持工程と、を備え、
前記本通電工程における通電時間を120msec以上とし、
前記保持工程における保持時間を280msec以下とする
プロジェクション溶接部材の製造方法。
【請求項2】
前記鋼板の、単位GPaでの前記引張強さの値と、単位mmでの前記板厚の値とを足した値をパラメータXとしたとき、
前記本通電工程における前記通電時間を、単位msecで26×X以上とし、
前記保持工程における前記保持時間を、単位msecで1520/X以下とする
ことを特徴とする請求項1に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法。
【請求項3】
前記本通電工程の後、かつ、前記保持工程の前に、前記鋼板及び前記部材の前記加圧を保持しながら、前記本通電工程よりも小さい入熱で、前記部材及び前記鋼板に通電する第二通電工程をさらに有し、
前記本通電工程と、前記第二通電工程との間の無通電時間を160msec以下とし、
前記第二通電工程における通電時間を80msec以上とし、
前記保持工程における前記保持時間の上限値を、280msecに代えて400msecとする
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法。
【請求項4】
前記第二通電工程と、前記保持工程との間に、前記鋼板及び前記部材の前記加圧を保持しながら、前記第二通電工程よりも小さい入熱で、前記部材及び前記鋼板に通電する第三通電工程を有し、
前記第二通電工程と、前記第三通電工程との間の無通電時間を160msec以下とし、
前記第三通電工程における通電時間を80msec以上とし、
前記保持工程における前記保持時間の前記上限値を、400msecに代えて600msecとする
ことを特徴とする請求項3に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法。
【請求項5】
引張強さが1.60GPa超であり板厚が2.3mm以上3.3mm未満であり、かつAl系めっきホットスタンプ鋼板である鋼板と、突起部を有する部材とをプロジェクション溶接によって接合する、プロジェクション溶接部材の製造方法であって、
前記部材の前記突起部と前記鋼板とを接触させた状態で、前記部材及び前記鋼板を加圧しながら通電して、前記突起部と前記鋼板とを溶接する本通電工程と、
前記本通電工程の後、前記鋼板及び前記部材の前記加圧を保持しながら、前記本通電工程よりも小さい入熱で、前記部材及び前記鋼板に通電する第二通電工程と、
前記第二通電工程の後、前記部材及び前記鋼板に対する通電を停止した状態で、前記鋼板及び前記部材の前記加圧を保持する保持工程と、を備え、
前記本通電工程における通電時間を120msec以上とし、
前記第二通電工程における通電時間を80msec以上とし、
前記保持工程における保持時間を400msec以下とし、
前記本通電工程と、前記第二通電工程との間の無通電時間を160msec以下とする
プロジェクション溶接部材の製造方法。
【請求項6】
前記第二通電工程と、前記保持工程との間に、前記鋼板及び前記部材の前記加圧を保持しながら、前記第二通電工程よりも小さい入熱で、前記部材及び前記鋼板に通電する第三通電工程を有し、
前記第二通電工程と、前記第三通電工程との間の無通電時間を160msec以下とし、
前記第三通電工程における通電時間を80msec以上とし、
前記保持工程における前記保持時間の上限値を、400msecに代えて600msecとする
ことを特徴とする請求項5に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法。
【請求項7】
前記鋼板の、単位GPaでの引張強さの値と、単位mmでの板厚の値とを足した値をパラメータXとしたとき、
前記本通電工程における前記通電時間を、単位msecで26×X以上とする
ことを特徴とする請求項5又は6に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法。
【請求項8】
前記鋼板は、質量%で、C:0.05~0.70%、Si:2.00%以下、Mn:0.05~5.00%、P:0.100%以下、S:0.0100%以下を含有し、
下記(A)式で表される前記鋼板の炭素当量Ceqが0.20質量%~0.55質量%である
ことを特徴とする請求項1~7のいずれか一項に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法。
Ceq=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+2[P]+4[S]…(A)
ここで、前記(A)式に含まれる元素記号は、これらに係る元素の単位質量%での含有量である。
【請求項9】
前記本通電工程における、単位kAでの溶接電流値と単位msecでの前記通電時間との積を3300msec・kA以下とすることを特徴とする請求項1~8のいずれか一項に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法。
【請求項10】
前記本通電工程における電流値I1、及び前記第二通電工程における電流値I2が、下記(B)式で表される関係を満たすことを特徴とする請求項3~7、並びに、請求項3~7のいずれか一項に従属する請求項8及び9のいずれか一項に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法。
0.2≦I2/I1≦0.8…(B)
【請求項11】
前記本通電工程における電流値I1、及び前記第三通電工程における電流値I3が、下記(C)式で表される関係を満たすことを特徴とする請求項4及び6、並びに、請求項4又は6に従属する請求項7~10のいずれか一項に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法。
0.2≦I3/I1≦0.8…(C)
【請求項12】
前記保持工程における保持時間を100msec以下とすることを特徴とする、請求項1~11のいずれか一項に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロジェクション溶接部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の技術分野で、ホットスタンプ材を使用する事例が増えている。例えば、自動車の車体の骨格部材として、高強度鋼板を熱間プレスしたホットスタンプ材を使用する事例が見られる。たとえば、フロントサイドメンバーやセンターピラー、ヒンジリンフォース等の自動車用構造部材においては、ホットスタンプ材からなる部品にナットやボルトが溶接された鋼部材が用いられている。また、ホットスタンプ材が表面にアルミ系めっきを有する場合がある。
【0003】
ナット及びボルトなどの部材を鋼板に溶接する際には、例えば、プロジェクション溶接が用いられる。高強度鋼板、例えば引張強さ1.60GPa以上の鋼板のプロジェクション溶接においては、低温割れが生じやすいという問題がある。低温割れとは、溶接後、溶接部の温度が常温付近に低下してから発生する割れの総称である。低温割れが発生する主な要因としては、溶接部に導入された水素、並びに溶接部の拘束応力及び残留応力などが挙げられる。高強度鋼板は水素感受性が高く、また、これを溶接した際には大きな残留応力が発生する。近年、自動車用鋼材の強度向上に伴って、プロジェクション溶接における低温割れの抑制の必要性が一層高まっている。
【0004】
プロジェクション溶接方法の例として、特許文献1には、溶接前の引張強さが1100MPa以上の高強度鋼板にピアス孔を設け、該ピアス孔の中心と溶接ナットまたは溶接ボルトのねじ部の中心とが概略一致した状態で加圧しながら通電加熱を行うプロジェクション溶接により、前記高強度鋼板と前記溶接ナットまたは溶接ボルトとが接合されることで得られる自動車用構造部材であって、前記溶接ナットまたは溶接ボルトは、下面側が前記高強度鋼板との接合面とされたフランジ部を有するとともに、前記接合面に略半球状のプロジェクション部が設けられており、さらに、前記フランジ部の縦断面において、前記プロジェクション部の略半球状の円弧と前記接合面とが交差してなす半円の弦上の中心をCとするとともに、前記プロジェクション部の半径をR(mm)としたとき、前記中心Cから3Rの距離の範囲内に凹部を有しており、前記凹部は、前記フランジ部の前記接合面と反対側の上面において、前記プロジェクション部に対応する位置で概略一致するように局所的に設けられており、且つ、前記凹部の合計体積が前記プロジェクション部の合計体積の0.7~1.3倍の範囲であることを特徴とする、溶接部の遅れ破壊特性並びに静的強度特性に優れた自動車用構造部材が開示されている。
【0005】
特許文献2には、溶接前の引張強さが1100MPa以上の高強度鋼板にピアス孔を設け、該ピアス孔の中心と溶接ナットのねじ孔の中心とが概略一致した状態で、前記高強度鋼板と前記溶接ナットとを加圧しながら通電加熱を行うプロジェクション溶接によって各々が接合されることで得られる、溶接ナット部を有する自動車用構造部材であって、前記溶接ナットは、前記高強度鋼板との接合面に略半球状のプロジェクション部が設けられており、且つ、前記高強度鋼板におけるメタルフロー腐食液を用いて出現させた溶接熱影響部の板厚方向の深さH1と、高強度鋼板の板厚H2との関係が、次式{H1/H2=0.05~0.5}を満たすことを特徴とする、溶接ナット部を有する自動車用構造部材が開示されている。
【0006】
特許文献3には、所定の成分組成を有するナットと、引張強さ:750~1600MPa、板厚:0.8~3.0mm、炭素当量Ceq:0.22~0.50%の範囲である高強度鋼板とをプロジェクション溶接する際、電極の加圧力EFおよび通電時間Wtで本通電を行った直後に、後通電電流POC1および後通電時間POt1で後通電を実施し、その後、電極保持時間Htで保持することで、ナットと高強度鋼板との接合部の面積SJと、ナットの呼び径部分の面積SRとの比が次式{0.7≦SJ/SR≦1.5}で表される関係を満たし、かつ、接合部および熱影響部のビッカース硬さの最大値が550Hv以下となるように制御する方法が開示されている。
【0007】
特許文献4には、所定の成分組成を有するナット(またはボルト)と、引張強さ:750~1600MPa、板厚:0.8~3.0mm、次式{[C]+[Si]/30+[Mn]/20+2[P]+4[S]}で表される炭素当量Ceqが0.22~0.50%の範囲である高強度鋼板とがプロジェクション溶接されてなり、ナット(またはボルト)と高強度鋼板との接合部の面積SJと、ナット(またはボルト)の呼び径部分の面積SRとの比が次式{0.7≦SJ/SR≦1.5}で表される関係を満たし、かつ、接合部および熱影響部のビッカース硬さの最大値が550Hv以下とされているプロジェクション溶接継手が開示されている。
【0008】
特許文献5には、以下の要件を満たすプロジェクション溶接方法が開示されている。鋼系の第1のワークと、多数の突起をもつ鋼系の第2のワークとを準備する。第2のワーク2の突起を第1のワークの板状部に押しつけるように、第1のワーク及び第2のワークのうちの少なくとも一方を加圧する。加圧操作を行いつつ、所定の溶接電流、及び通電時間の条件で通電する第1通電操作を実施し、その後、所定の溶接電流、及び通電時間の条件で通電する第2通電操作を実施する。第1通電操作の溶接電流は第2通電操作の溶接電流よりも小さく、第1通電操作の通電時間は第2通電操作の通電時間よりも小さく設定されている。
【0009】
しかしながら、いずれの技術においても、引張強さ1.60GPa超の高強度鋼板における低温割れを抑制することは検討されておらず、また、そのための具体的手段も提供されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第5626025号公報
【特許文献2】特許第5613521号公報
【特許文献3】特開2013-078784号公報
【特許文献4】特開2012-157900号公報
【特許文献5】特開2004-050280号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
鋼部材と、例えば引張強さ1.60GPa超の高強度鋼板とのプロジェクション溶接では、溶接直後に生じる溶接部の急激な収縮により、溶接部の鋼板側に存在する硬質部において低温割れが生じる。入熱量が大きい場合、又は鋼板の板厚が大きい場合には、溶接部に生じる歪が大きくなるので、特に低温割れが生じやすい。
そして、アルミ系めっき鋼板においては、他のめっき種に比べて水素が鋼板内に侵入しやすく、鋼板中の水素濃度が高くなる傾向がある。これにより接合強度のばらつきや低下、遅れ破壊が生じるおそれがある。
【0012】
本発明は、引張強さが1.60GPa超のAl系めっきホットスタンプ鋼板と、例えばボルト及びナット等の部材とから構成されるプロジェクション溶接部材の製造にあたり、低温割れを抑制可能な製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0014】
(1)本発明の一態様に係るプロジェクション溶接部材の製造方法は、引張強さが1.60GPa超であり板厚が1.8mm以上2.3mm未満であり、かつAl系めっきホットスタンプ鋼板である鋼板と、突起部を有する部材とをプロジェクション溶接によって接合する、プロジェクション溶接部材の製造方法であって、前記部材の前記突起部と前記鋼板とを接触させた状態で、前記部材及び前記鋼板を加圧しながら通電して、前記突起部と前記鋼板とを溶接する本通電工程と、前記本通電工程の後、前記部材及び前記鋼板に対する通電を停止した状態で、前記鋼板及び前記部材の前記加圧を保持する保持工程と、を備え、前記本通電工程における通電時間を120msec以上とし、前記保持工程における保持時間を280msec以下とする。
(2)上記(1)に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法では、前記鋼板の、単位GPaでの前記引張強さと、単位mmでの前記板厚とを足した値をパラメータXとしたとき、前記本通電工程における前記通電時間を、単位msecで26×X以上とし、前記保持工程における前記保持時間を、単位msecで1520/X以下としてもよい。
(3)上記(1)又は(2)に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法は、前記本通電工程の後、および前記保持工程の前に、前記鋼板及び前記部材の前記加圧を保持しながら、前記本通電工程よりも小さい入熱で、前記部材及び前記鋼板に通電する第二通電工程を有し、前記本通電工程と、前記第二通電工程との間の無通電時間を160msec以下とし、前記第二通電工程における通電時間を80msec以上とし、前記保持工程における前記保持時間の上限値を、280msecに代えて400msecとしてもよい。
(4)上記(3)に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法は、前記第二通電工程と、前記保持工程との間に、前記鋼板及び前記部材の前記加圧を保持しながら、前記第二通電工程よりも小さい入熱で、前記部材及び前記鋼板に通電する第三通電工程を有し、前記第二通電工程と、前記第三通電工程との間の無通電時間を160msec以下とし、前記第三通電工程における通電時間を80msec以上とし、前記保持工程における前記保持時間の前記上限値を、400msecに代えて600msecとしてもよい。
【0015】
(5)本発明の別の態様に係るプロジェクション溶接部材の製造方法は、引張強さが1.60GPa超であり板厚が2.3mm以上3.3mm未満であり、かつAl系めっきホットスタンプ鋼板である鋼板と、突起部を有する部材とをプロジェクション溶接によって接合する、プロジェクション溶接部材の製造方法であって、前記部材の前記突起部と前記鋼板とを接触させた状態で、前記部材及び前記鋼板を加圧しながら通電して、前記突起部と前記鋼板とを溶接する本通電工程と、前記本通電工程の後、前記鋼板及び前記部材の前記加圧を保持しながら、前記本通電工程よりも小さい入熱で、前記部材及び前記鋼板に通電する第二通電工程と、前記第二通電工程の後、前記部材及び前記鋼板に対する通電を停止した状態で、前記鋼板及び前記部材の前記加圧を保持する保持工程と、を備え、前記本通電工程における通電時間を120msec以上とし、前記第二通電工程における通電時間を80msec以上とし、前記保持工程における保持時間を400msec以下とし、前記本通電工程と、前記第二通電工程との間の無通電時間を160msec以下とする。
(6)上記(5)に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法は、前記第二通電工程と、前記保持工程との間に、前記鋼板及び前記部材の前記加圧を保持しながら、前記第二通電工程よりも小さい入熱で、前記部材及び前記鋼板に通電する第三通電工程を有し、前記第二通電工程と、前記第三通電工程との間の無通電時間を160msec以下とし、前記第三通電工程における通電時間を80msec以上とし、前記保持工程における前記保持時間の上限値を、400msecに代えて600msecとしてもよい。
(7)上記(5)又は(6)に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法では、前記鋼板の、単位GPaでの引張強さと、単位mmでの板厚とを足した値をパラメータXとしたとき、前記本通電工程における前記通電時間を、単位msecで26×X以上としてもよい。
【0016】
(8)上記(1)~(7)のいずれか一項に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法では、前記鋼板は、質量%で、C:0.05~0.70%、Si:2.00%以下、Mn:0.05~5.00%、P:0.100%以下、S:0.0100%以下を含有し、下記(A)式で表される前記鋼板の炭素当量Ceqが0.20質量%~0.55質量%であってもよい。
Ceq=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+2[P]+4[S]…(A)
ここで、前記(A)式に含まれる元素記号は、これらに係る元素の単位質量%での含有量である。
(9)上記(1)~(8)のいずれか一項に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法では、前記本通電工程における、単位kAでの溶接電流値と単位msecでの前記通電時間との積を3300msec・kA以下としてもよい。
(10)上記(3)~(7)、並びに、上記(3)~(7)のいずれか一項に従属する上記(8)及び(9)のいずれか一項に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法では、前記本通電工程における電流値I1、及び前記第二通電工程における電流値I2が、下記(B)式で表される関係を満たしてもよい。
0.2≦I2/I1≦0.8…(B)
(11)上記(4)及び(6)、並びに、上記(4)又は(6)に従属する上記(7)~(10)のいずれか一項に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法では、前記本通電工程における電流値I1、及び前記第三通電工程における電流値I3が、下記(C)式で表される関係を満たしてもよい。
0.2≦I3/I1≦0.8…(C)
(12)上記(1)~(11)のいずれか一項に記載のプロジェクション溶接部材の製造方法では、前記保持工程における保持時間を100msec以下としてもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、引張強さが1.60GPa超のAl系めっきホットスタンプ鋼板と、例えばボルト及びナット等の部材とから構成されるプロジェクション溶接部材の製造にあたり、低温割れを抑制可能な製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図2】本通電工程及び保持工程を有する製造方法における、電流プロファイル及び加圧力プロファイルの一例である。
【
図3】本通電工程、第二通電工程、及び保持工程を有する製造方法における、電流プロファイル及び加圧力プロファイルの一例である。
【
図4】本通電工程、第二通電工程、第三通電工程、及び保持工程を有する製造方法における、電流プロファイル及び加圧力プロファイルの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、プロジェクション溶接における溶接通電時間、及び保持時間を最適化することにより、低温割れを抑制可能であることを見出した。以下、本発明に係るプロジェクション溶接部材の製造方法の例について、詳細に説明する。
【0020】
本発明の第一の態様に係るプロジェクション溶接部材1の製造方法では、
図1に例示されるように、引張強さが1.60GPa超であり板厚が1.8mm以上2.3mm未満であり、かつAl系めっきホットスタンプ鋼板である鋼板11と、突起部121を有する部材12とをプロジェクション溶接によって接合する。プロジェクション溶接とは、母材の溶接箇所に形作られた突起部を接触させて電流を通し、抵抗熱の発生を比較的小さい特定の部分に限定するようにして行う抵抗溶接である。プロジェクション溶接は、
図2に例示されるように、部材12の突起部121と鋼板11とを接触させた状態で、部材12及び鋼板11を加圧しながら通電して、突起部121と鋼板11とを溶接する本通電工程S1-1と、本通電工程S1-1の後、部材12及び鋼板11に対する通電を停止した状態で、鋼板11及び部材12の加圧を保持する保持工程S2と、を有する。
本明細書において、保持工程S2で加圧を保持するとは、保持工程S2での加圧力P2を、本通電工程S1-1終了時の加圧力P1-1のまま維持する場合のみに限られず、例えば、保持工程S2中で加圧力P2が変動しても良い。また例えば、保持工程S2の加圧力P2は、本通電工程S1-1終了時の加圧力P1-1の0.8~1.2倍とすることができる。
【0021】
鋼板11の引張強さは1.60GPa(1600MPa)超である。これにより、本実施形態に係るプロジェクション溶接部材1の製造方法を、高強度が求められる機械部品に適用することができる。なお、1.60GPa超の鋼板11のプロジェクション溶接においては低温割れが問題となるが、本実施形態に係る製造方法では、後述する溶接条件の最適化によって低温割れを回避することができる。
【0022】
鋼板11の板厚は、1.8mm以上2.3mm未満とされる。板厚を1.8mm以上とすることにより、鋼板11の強度を高め、本実施形態に係るプロジェクション溶接部材1の製造方法を、高強度が求められる機械部品に適用することができる。また、溶接後の冷却収縮時における接合部への負荷は、板厚が薄ければそれほど大きくないが、板厚が1.8mm以上の場合において顕著になることから、本発明が有用である。
一方、鋼板11の板厚が大きいほど、溶接部から鋼板11への抜熱が大きくなり、溶接部に生じる歪が大きくなり、ひいては溶接部の残留応力が増大する。従って、第一実施形態に係るプロジェクション溶接部材1の製造方法では、鋼板11の板厚を2.3mm未満と規定する。板厚2.3mm以上の鋼板11のプロジェクション溶接方法は後述する。
【0023】
鋼板11は、Al系めっきホットスタンプ鋼板である。Al系めっきとは、例えばAl-10%Siめっきである。
【0024】
鋼板11とプロジェクション溶接される部材12は、プロジェクション溶接用の突起部121を有する。これにより、溶接電流が生じさせる抵抗熱を突起部121及びその周辺に限定し、抵抗溶接を効率的に行うことができる。部材12は、例えばボルト及びナット等である。
【0025】
プロジェクション溶接に適した形状を有する限り、部材12の構成は、特に限定されない。本発明者らの検討結果によれば、割れCは、
図1に模式的に示されるように、溶接部における鋼板11側の領域において生じた。部材12の強度及び形状が、低温割れに及ぼす影響は小さいと判断された。従って、プロジェクション溶接部材1の用途に応じた種々の構成を、部材12に採用することができる。
【0026】
第一実施形態に係るプロジェクション溶接部材の製造方法は、
図2に例示されるように、本通電工程S1-1と保持工程S2とを有する。本通電工程S1-1とは、鋼板及び部材を互いに押し付けて加圧しながら溶接電流を通電する工程である。溶接電流とは、溶接部を形成するために流される電流のことである。溶接部に熱処理をするための後熱電流は、溶接電流の概念には含まれない。保持工程S2とは、鋼板及び部材に流れる電流値を実質的に0とした状態で、鋼板及び部材への加圧力を維持する工程である。なお、プロジェクション溶接装置の電源の能力に起因して、電流値を0に低下させる制御をしても、実際に鋼板及び部材に通じる電流値が0まで低下するのに数サイクルの時間を要する場合がある。本実施形態に係るプロジェクション溶接部材の製造方法では、電流値が0に近い値まで低下した状態は、電流値を実質的に0とした状態とみなされる。
【0027】
本通電工程S1-1における通電時間は、120msec以上(溶接装置の電源周波数が50Hzである場合、6サイクル以上)とする。通電時間とは、溶接電流が部材及び鋼板に通じる時間の長さである。通電時間を120msec以上とすることにより、鋼板の2つの表面のうち部材と接する方の面(以下、「第1面」と称する)と、第1面の反対側の面(以下、「第2面」と称する)との間の温度差を小さくすることができる。鋼板の第1面と第2面との間の温度差を小さくすることにより、溶接完了後の溶接部の冷却収縮を抑制し、溶接部の残留応力を低下させることができる。本通電工程S1-1における通電時間は、好ましくは130msec以上、140msec以上、又は150msecである。この要件が満たされる限り、本通電工程S1-1における通電条件は、被溶接材である鋼板及び部材の形状、材質等に応じて、適宜選択することができる。本通電工程S1-1における通電時間は、例えば140~280msecである。
【0028】
保持工程S2における保持時間は、280msec以下(溶接装置の電源周波数が50Hzである場合、14サイクル以下)とする。保持時間とは、本通電工程S1-1の溶接電流を流し終わってから、電極を開放し始めるまでの期間の長さのことである。保持時間を280msec超とすると、溶接部が過冷却されて、溶接完了後の溶接部の冷却収縮が著しくなる。一方、保持時間を280msec以下とすることにより、溶接部が緩やかに冷却され、溶接部の残留応力を低下させることができる。保持工程S2における保持時間は、好ましくは260msec以下、240msec以下、又は200msec以下である。
保持工程S2における保持時間は、より好ましくは、100msec以下、又は40msec以下である。アルミ系めっき鋼板においては、他のめっき種に比べて水素が鋼板内に侵入しやすく、鋼板中の水素濃度が高くなる傾向がある。これにより接合強度のばらつきや低下、遅れ破壊のおそれが生じるおそれがあるため、溶接部の冷却速度をより一層緩やかにすることが好ましいためである。
【0029】
なお、低温割れを回避する観点からは、保持時間は短いほど好ましく、0msecであってもよい。即ち、溶接電流の通電の終了と同時に、加圧力を0としてもよい。保持時間が0msecであるプロジェクション溶接部材の製造方法も、本実施形態に係るプロジェクション溶接部材の製造方法とみなされる。一方、プロジェクション溶接装置の能力を考慮すると、保持時間が長いほど加圧制御が容易となるので好ましい。従って、保持時間を10msec以上、20msec以上、又は40msec以上としてもよい。
【0030】
本通電工程S1-1における通電時間、及び、保持工程S2における保持時間を、鋼板の引張強さ及び板厚に応じて、さらに限定してもよい。例えば、単位GPaでの引張強さの値と、単位mmでの板厚の値とを足した値をパラメータXとしたとき、通電時間を、単位msecで26×X以上とし、保持時間を、単位msecで1520/X以下としてもよい。
【0031】
上述のように、鋼板の引張強さが大きいほど、溶接部の残留応力が大きくなり、鋼板の板厚が大きいほど、溶接部の残留応力が大きくなる。そこで本発明者らは、鋼板の引張強さ及び板厚を足した値であるパラメータXを、溶接部の残留応力の簡易的な指標とした。上述の数式に従う場合、パラメータXが大きいほど通電時間の下限値が大きくなり、保持時間の上限値が小さくなる。従って、上述の数式に従う場合、溶接部の残留応力が一層緩和される。通電時間は、一層好ましくは、単位msecで28×X以上、又は42×X以上である。保持時間は、一層好ましくは、単位msecで1440/X以下である。
【0032】
第1実施形態に係るプロジェクション溶接部材の製造方法は、
図3に例示されるように、本通電工程S1-1の後、および保持工程S2の前に、鋼板及び部材の加圧を保持しながら本通電工程S1-1よりも小さい入熱で、部材及び鋼板に通電する、第二通電工程S1-2を有してもよい。第二通電工程S1-2を設けることにより、溶接部の冷却速度を緩やかにして、低温割れを一層抑制することができる。また、後述するように、第二通電工程S1-2を設けることにより、保持時間の上限値をのばすことができる。
ここで、第二通電工程S1-2で加圧を保持するとは、第二通電工程S1-2での加圧力P1-2を、本通電工程S1-1終了時の加圧力P1-1のまま維持する場合に限られず、例えば、第二通電工程S1-2中で加圧力P1-2が変動しても良い。また例えば、第二通電工程S1-2の加圧力P1-2は、本通電工程S1-1終了時の加圧力P1-1の0.8~1.2倍とすることができる。
また、本明細書において入熱とは、電流の時間積分値をいい、電流が一定の条件下では「入熱=電流×時間」をいう。第二通電工程S1-2において、本通電工程S1-1よりも小さい入熱で通電するとは、電流が一定の条件下では、「I1×t1>I2×t2」であることをいう。ここで、I1,t1は本通電工程S1-1の電流値と通電時間である、I2,t2は第二通電工程S1-2の電流値と通電時間である。
アップスロープ通電またはダウンスロープ通電により電流値が通電中に変化する場合、入熱は、横軸が時間で縦軸が電流値を表す電流プロファイルにおける、三角形の面積(または三角形と四角形の面積の和)で表される。電流値が階段状に変化する場合、入熱は、横軸が時間で縦軸が電流値を表す電流プロファイルにおける、複数の四角形の面積の和で表される。
【0033】
プロジェクション溶接部材の製造方法が第二通電工程S1-2を有する場合、本通電工程S1-1と、第二通電工程S1-2との間の無通電時間(いわゆるクール時間)を160msec以下とすることが好ましい。無通電時間とは、電流値が実質的に0とされている期間の長さである。無通電時間を160msec以下とすることにより、溶接部が緩やかに冷却され、溶接部の残留応力を一層低下させることができる。無通電時間は短いほど好ましい。従って、無通電時間の下限値は0msecである。
【0034】
また、プロジェクション溶接部材の製造方法が第二通電工程S1-2を有する場合、第二通電工程S1-2における通電時間を80msec以上とすることが好ましい。第二通電工程S1-2における通電時間が長いほど、溶接部の冷却収縮を抑制し、溶接部の残留応力を一層低下させることができる。
【0035】
プロジェクション溶接部材の製造方法が、上述の無通電時間及び通電時間の規定に従った第二通電工程S1-2を有する場合、保持時間は400msec以下であってもよい。上述の通り、第二通電工程がない場合、280msecを超える保持時間は、過冷却による低温割れを発生させうる。しかし、所定条件に従う第二通電工程を実施すると、保持工程が開始された時点で溶接部の温度が低下しており、過冷却による低温割れのリスクが低下する。従って、所定条件に従う第二通電工程を実施する場合、保持時間の上限値を、上述の280msecに代えて、400msecまで延長することができる。
【0036】
第1実施形態に係るプロジェクション溶接部材の製造方法は、
図4に例示されるように、第二通電工程S1-2と保持工程S2との間に、鋼板及び部材の加圧を保持しながら、第二通電工程よりも小さい入熱で、部材及び鋼板に通電する第三通電工程S1-3を有してもよい。第二通電工程S1-2に加えて、第三通電工程S1-3を設けることにより、溶接部の冷却速度を一層緩やかにして、低温割れを一層抑制することができる。また、後述するように、第三通電工程S1-3を設けることにより、保持時間の上限値を一層のばすことができる。
ここで、第三通電工程S1-3で加圧を保持するとは、第三通電工程S1-3での加圧力P1-3を、第二通電工程S1-2終了時の加圧力P1-2のまま維持する場合に限られず、例えば、第三通電工程S1-3中で加圧力P1-3が変動しても良い。また例えば、第三通電工程S1-3の加圧力P1-3は、第二通電工程S1-2終了時の加圧力P1-2の0.8~1.2倍とすることができる。
また、第三通電工程S1-3において、第二通電工程S1-2よりも小さい入熱で通電するとは、電流が一定の条件下では、「I2×t2>I3×t3」であることをいう。ここで、I2,t2は第二通電工程S1-2の電流値と通電時間である、I3,t3は第三通電工程S1-3の電流値と通電時間である。なお入熱量の定義と通電中に電流値が変化する場合の扱いは、上述した通りである。
【0037】
プロジェクション溶接部材の製造方法が第三通電工程S1-3を有する場合、第二通電工程S1-2と第三通電工程S1-3との間の無通電時間を160msec以下とすることが好ましい。無通電時間とは、電流値が実質的に0とされている期間の長さである。無通電時間を160msec以下とすることにより、溶接部が緩やかに冷却され、溶接部の残留応力を一層低下させることができる。無通電時間は短いほど好ましい。従って、無通電時間の下限値は0msecである。
【0038】
また、プロジェクション溶接部材の製造方法が第三通電工程S1-3を有する場合、第三通電工程S1-3における通電時間を80msec以上とすることが好ましい。第三通電工程S1-3における通電時間が長いほど、溶接部の冷却収縮を抑制し、溶接部の残留応力を一層低下させることができる。
【0039】
プロジェクション溶接部材の製造方法が、上述の規定に従った第三通電工程S1-3を有する場合、保持時間は600msec以下であってもよい。所定条件に従う第三通電工程S1-3を実施すると、保持工程が開始された時点で溶接部の温度が一層低下しており、過冷却による低温割れのリスクが一層低下する。従って、所定条件に従う第三通電工程S1-3を実施する場合、保持時間の上限値を、上述の400msecに代えて、600msecまで延長することができる。
【0040】
次に、本発明の第二の態様に係るプロジェクション溶接部材の製造方法について説明する。第二実施形態に係るプロジェクション溶接部材の製造方法は、第一実施形態よりも厚い鋼板を溶接対象としている。具体的には、第二実施形態に係るプロジェクション溶接部材の製造方法は、引張強さが1.60GPa超であり板厚が2.3mm以上3.3mm未満であり、かつAl系めっきホットスタンプ鋼板である鋼板と、突起部を有する部材とをプロジェクション溶接によって接合する。このプロジェクション溶接は、
図3に示されるように、部材の突起部と鋼板とを接触させた状態で、部材及び鋼板を加圧しながら通電して、突起部と鋼板とを溶接する本通電工程と、鋼板及び部材の加圧を保持しながら、本通電工程よりも小さい入熱で、部材及び鋼板に通電する第二通電工程と、第二通電工程の後、部材及び鋼板に対する通電を停止した状態で、鋼板及び部材の加圧を保持する保持工程と、を有する。
【0041】
鋼板の引張強さは、第一実施形態と同様に、1.60GPa超とされる。一方、鋼板の板厚は、2.3mm以上3.3mm未満とされる。板厚を2.3mm以上とすることにより、鋼板の強度を一層高めることができる。また、溶接後の冷却収縮時における接合部への負荷は、板厚が2.3mm以上の場合において特に顕著になることから、本発明が有用である。
一方、溶接部の残留応力を抑制するために、鋼板の板厚を3.3mm未満と規定する。引張強さ、及び厚さが上述の範囲内であり、かつAl系めっきホットスタンプ鋼板である限り、鋼板のその他の構成は特に限定されない。第一実施形態において例示された種々の構成を、第二実施形態における鋼板に適用することもできる。鋼板とプロジェクション溶接される部材も、第一実施形態と同様のものとすることができる。
【0042】
第二実施形態に係るプロジェクション溶接部材の製造方法は、
図3に例示されるように、本通電工程S1-1と、第二通電工程S1-2と、保持工程S2とを有する。本通電工程S1-1とは、部材の突起部と鋼板とを接触させた状態で、部材及び鋼板を加圧しながら通電して、突起部と鋼板とを溶接する工程である。第二通電工程S1-2とは、本通電工程S1-1の後、鋼板及び部材の加圧を保持しながら、本通電工程よりも小さい入熱で、部材及び鋼板に通電する工程である。保持工程S2とは、第二通電工程S1-2の後、部材及び鋼板に対する通電を停止した状態で、鋼板及び部材の加圧を保持する工程である。なお、プロジェクション溶接装置の電源の能力に起因して、電流値を0に低下させる制御をしても、実際に鋼板及び部材に通じる電流値が0まで低下するのに数サイクルの時間を要する場合がある。本実施形態に係るプロジェクション溶接部材の製造方法では、電流値が0に近い値まで低下した状態は、電流値を実質的に0とした状態とみなされる。
【0043】
第二実施形態における本通電工程S1-1は、第一実施形態と同様のものとする。即ち、本通電工程S1-1における通電時間は、120msec以上とする。本通電工程S1-1における通電時間は、好ましくは130msec以上、140msec以上、又は150msecである。本通電工程S1-1における電流値は特に限定されず、プロジェクション溶接部材の形状及び用途に応じた値を適宜選択することができる。一方、本通電工程S1-1における、単位kAでの溶接電流値と、単位msecでの通電時間との積を3300msec・kA以下と規定してもよい。
【0044】
第二通電工程S1-2における通電時間は、80msec以上とする。第二通電工程S1-2における通電時間が長いほど、溶接部の冷却収縮を抑制し、溶接部の残留応力を一層低下させることができる。
【0045】
本通電工程S1-1と第二通電工程S1-2との間の無通電時間は、160msec以下とする。無通電時間とは、電流値が実質的に0とされている期間の長さである。無通電時間を160msec以下とすることにより、溶接部が緩やかに冷却され、溶接部の残留応力を一層低下させることができる。
【0046】
保持工程S2における保持時間は、400msec以下とする。保持時間とは、鋼板及び部材に流れる電流値が実質的に0であり、且つ、鋼板及び部材への加圧力が0超である期間の長さのことである。保持時間を400msec超とすると、溶接部が過冷却されて、溶接完了後の溶接部の冷却収縮が著しくなる。一方、保持時間を400msec以下とすることにより、溶接部が緩やかに冷却され、溶接部の残留応力を低下させることができる。保持工程S2における保持時間は、好ましくは360msec以下、300msec以下、又は200msec以下である。
【0047】
第二実施形態に係るプロジェクション溶接部材の製造方法は、
図4に例示されるように、第二通電工程S1-2と保持工程S2との間に、鋼板及び部材の加圧を保持しながら、第二通電工程S1-2よりも小さい入熱で部材及び鋼板に通電する第三通電工程S1-3を有してもよい。第三通電工程S1-3を設けることにより、溶接部の冷却速度を一層緩やかにして、低温割れを一層抑制することができる。また、後述するように、第三通電工程S1-3を設けることにより、保持時間の上限値をのばすことができる。
【0048】
プロジェクション溶接部材の製造方法が第三通電工程S1-3を有する場合、第二通電工程S1-2と第三通電工程S1-3との間の無通電時間を160msec以下とすることが好ましい。無通電時間を160msec以下とすることにより、溶接部が緩やかに冷却され、溶接部の残留応力を一層低下させることができる。
【0049】
また、プロジェクション溶接部材の製造方法が第三通電工程S1-3を有する場合、第三通電工程S1-3における通電時間を80msec以上とすることが好ましい。第三通電工程S1-3における通電時間が長いほど、溶接部の冷却収縮を抑制し、溶接部の残留応力を一層低下させることができる。
【0050】
プロジェクション溶接部材の製造方法が、上述の無通電時間及び通電時間の規定に従った第三通電工程S1-3を有する場合、保持時間は600msec以下であってもよい。所定条件に従う第三通電工程S1-3を実施すると、保持工程が開始された時点で溶接部の温度が一層低下しており、過冷却による低温割れのリスクが一層低下する。従って、所定条件に従う第三通電工程S1-3を実施する場合、保持時間の上限値を、上述の400msecに代えて、600msecまで延長することができる。
【0051】
本通電工程S1-1における通電時間及び保持時間を、鋼板の引張強さ及び板厚に応じて、さらに限定してもよい。例えば、単位GPaでの引張強さと、単位mmでの板厚とを足した値をパラメータXとしたとき、通電時間を、単位msecで26×X以上としてもよい。
【0052】
上述のように、鋼板の引張強さが大きいほど、溶接部の残留応力が大きくなり、鋼板の板厚が大きいほど、溶接部の残留応力が大きくなる。そこで本発明者らは、鋼板の引張強さ及び板厚を足した値であるパラメータXを、溶接部の残留応力の簡易的な指標とした。上述の数式に従う場合、パラメータXが大きいほど通電時間の下限値が大きくなり、保持時間の上限値が小さくなる。従って、上述の数式に従う場合、溶接部の残留応力が一層緩和される。
【0053】
板厚が1.8mm以上2.3mm未満のAl系めっきホットスタンプ鋼板に関する第一の実施形態、及び板厚が2.3mm以上3.3mm未満のAl系めっきホットスタンプ鋼板に関する第二の実施形態それぞれについて、以上の通り説明した。以下、これら両方の実施形態に適用可能な好適な構成について、さらに説明する。
【0054】
好適な鋼板の化学成分を例示すると、質量%で、C:0.05~0.70%、Si:200%以下、Mn:0.05~5.00%、P:0.100%以下、S:0.0100%以下を含有し、下記(A)式で表される前記鋼板の炭素当量Ceqが0.20質量%~0.55質量%である。この場合において、化学成分の残部は、Fe及び不純物を含む。
Ceq=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+2[P]+4[S]…(A)
ここで、(A)式に含まれる元素記号は、これらに係る元素の単位質量%での含有量である。
一般的にCや合金元素含有量を増やすことで母材を高強度化出来るが、同時にCeqが増加し、溶接部の靱性が低下し低温割れの原因の1つとなりやすい。このような成分を有する鋼板は、例えば自動車部品のような高強度が要求される機械部品の材料として用いられ、本発明が特に有用である。また、本実施形態に係るプロジェクション溶接部材の製造方法によれば、このような成分を有する鋼板から得られる部材における低温割れを抑制することができる。
【0055】
上述したように、本通電工程S1-1、第二通電工程S1-2、及び第三通電工程S1-3における通電条件は、通電時間を除き特に限定されず、プロジェクション溶接部材の形状及び用途に応じた値を適宜選択することができる。一方、各工程における電流値を、以下に説明するように定めてもよい。
【0056】
本通電工程S1-1における、単位kAでの溶接電流値と、単位msecでの通電時間との積を3300msec・kA以下と規定してもよい。溶接電流値と通電時間との積は、本通電工程S1-1における入熱量の指標となる。本通電工程S1-1における入熱量が小さいほど、鋼板の第1面と第2面との間の温度差を小さくすることができる。これにより、溶接完了後の溶接部の冷却収縮を一層抑制し、溶接部の残留応力を一層低下させることができる。
【0057】
第二通電工程S1-2、及び第三通電工程S1-3における電流値は、本通電工程S1-1の電流値に応じた値としてもよい。具体的には、本通電工程S1-1における電流値I1、及び第二通電工程S1-2における電流値I2が、下記(B)式で表される関係を満たしてもよい。また、本通電工程S1-1における電流値I1、及び第三通電工程S1-3における電流値I3が、下記(C)式で表される関係を満たしてもよい。
0.2≦I2/I1≦0.8…(B)
0.2≦I3/I1≦0.8…(C)
【0058】
I2/I1を0.2以上0.8以下とした場合、又はI3/I1を0.2以上0.8以下とした場合、第二通電工程S1-2、又は第三通電工程S1-3が、溶接部の冷却速度を緩やかにする作用を確実に発揮することができる。
【0059】
プロジェクション溶接における加圧力は特に限定されない。本発明者らの実験結果からは、加圧力が低温割れの発生率に及ぼす影響は確認されなかった。低温割れの主な要因は、溶接部の冷却時に導入される歪であるが、加圧力はこれに影響しないからであると考えられる。従って、通常のプロジェクション溶接における加圧力(例えば3~6kN)を適宜選択すればよい。
【0060】
保持工程S2における保持時間は100msec以下であることが好ましく、40msec以下であることがより好ましい。アルミ系めっき鋼板においては、他のめっき種に比べて水素が鋼板内に侵入しやすく、鋼板中の水素濃度が高くなる傾向がある。これにより接合強度のばらつきや低下、遅れ破壊のおそれが生じるおそれがあるため、溶接部の冷却速度をより一層緩やかにすることが好ましいためである。
【実施例0061】
実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明する。ただし、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例に過ぎない。本発明は、この一条件例に限定されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0062】
(実施例1)
以下に説明する条件で、種々のプロジェクション溶接部材の製造を行った。
・鋼板の引張強さ、板厚、及びCeq:表1の「TS」列、「板厚」列、及び「Ceq」列に記載
・部材の形状:3つのプロジェクション溶接用の突起部を有するナット
・本通電工程における通電時間:表1の「通電時間」列に記載
・本通電工程における電流値I1:表1の「電流値」列に記載
・本通電工程における加圧力:5.0kN
・保持工程における保持時間:表1の「保持時間」列に記載
・第二通電工程及び第三通電工程の有無:表1の「後通電一段」列及び「後通電二段」列に記載(「後通電一段」列に記号「〇」が付された例では第二通電工程のみを実施し、「後通電二段」列に記号「〇」が付された例では第二通電工程及び第三通電工程を実施)
・本通電工程と、第二通電工程との間の無通電時間:80msec
・第二通電工程における通電時間:120msec
・第二通電工程における電流値I2:6kA
・第二通電工程と第三通電工程との間の無通電時間:80msec
・第三通電工程における通電時間:120msec
・第三通電工程における電流値I3:6kA
【0063】
また、プロジェクション溶接部材の割れ数も調査した。表1に示す条件それぞれに関して、プロジェクション溶接を行って3体の試験片を作製した。1つの試験片には3つの溶接部があるため、合計9個の溶接部が形成される。これら溶接部において割れが発生しているか否かを確認した。そして、割れ数を表1の「溶接まま」列に記載した。また、溶接完了の直後のプロジェクション溶接継手を、同一pHの塩酸に所定時間だけ浸漬した。塩酸中では、水素が接合部等に侵入するので、遅れ破壊が促進される。浸漬後のプロジェクション溶接継手の3つの接合部を切断し、研磨した後、倍率200倍で観察し、割れがあるか否かを確認した。そして、割れ数を表1の「塩酸浸漬」列に記載した。
【表1】
【0064】
比較例1及び比較例4は、鋼板の板厚が2.3mm以上であり、第二通電工程及び第三通電工程を行わなかったので、割れを抑制できなかった。
比較例2は、鋼板の引張強さが1.60GPa超ではなかったので、高強度鋼板に特有の低温割れの課題が無く、本発明の範囲外である。比較例2では割れが発生しなかったが、鋼板の引張強さが十分ではなかったので、これを1.60GPa超の引張強さが必要とされる機械部品として用いることができない。
比較例3は、鋼板の板厚が2.3mm未満であり、保持時間が長すぎたので、塩酸浸漬後の割れを抑制できなかった。
【0065】
発明例1は、鋼板の板厚が2.3mm未満であり、通電時間及び保持時間が適切であったので、割れを抑制することができた。
発明例2は、鋼板の板厚が2.3mm未満であり、発明例1よりも保持時間が適切であったので、割れ数が発明例1よりも減少した。
発明例3は、鋼板の板厚が2.3mm未満であり、発明例2よりも保持時間が適切であったので、割れ数が発明例2よりも減少した。
発明例4は、発明例1よりも板厚が小さく、通電時間及び保持時間が適切であったので、割れを抑制することができた。
発明例5は、鋼板の板厚が2.3mm以上であり、第二通電工程を適用したので、割れを抑制することができた。
発明例6は、鋼板の板厚が2.3mm以上であり、第三通電工程を適用したので、割れ数が発明例5よりも減少した。
発明例7は、鋼板の板厚が2.3mm以上であり、第二通電工程を適用したので、割れを抑制することができた。
発明例8は、鋼板の板厚が2.3mm以上であり、第三通電工程を適用したので、割れを抑制することができた。
発明例9は、鋼板の板厚が2.3mm未満であり、第二通電工程を適用したので、割れを抑制することができた。
発明例10は、鋼板の板厚が2.3mm未満であり、第三通電工程を適用したので、割れを抑制することができた。