(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023143832
(43)【公開日】2023-10-06
(54)【発明の名称】超音波診断装置ファントム用生体擬似物質およびそれを用いて製作した超音波診断装置用ファントム
(51)【国際特許分類】
A61B 8/00 20060101AFI20230928BHJP
C08L 75/08 20060101ALI20230928BHJP
【FI】
A61B8/00
C08L75/08
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023044835
(22)【出願日】2023-03-21
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-09-25
(31)【優先権主張番号】P 2022047589
(32)【優先日】2022-03-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】399053416
【氏名又は名称】学校法人村崎学園 徳島文理大学
(71)【出願人】
【識別番号】507066552
【氏名又は名称】八十島プロシード株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100134669
【弁理士】
【氏名又は名称】永井 道彰
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 一石
(72)【発明者】
【氏名】吉田 知司
(72)【発明者】
【氏名】近藤 敏郎
(72)【発明者】
【氏名】濱地 晃平
(72)【発明者】
【氏名】久保 拓也
(72)【発明者】
【氏名】谷口 雅彦
【テーマコード(参考)】
4C601
4J002
【Fターム(参考)】
4C601EE10
4C601EE17
4C601EE24
4C601LL19
4J002CK041
4J002ED036
4J002EU027
4J002FD206
4J002FD207
4J002GB01
(57)【要約】
【課題】 経時変化せず、音速が1500(m/s)以上あり、低粘度で減衰係数(伝播損失)が小さい物性を備えた超音波診断装置ファントム用生体擬似物質を提供する。
【解決手段】 アルキレンオキサイドのセグメントを有するセグメント化ポリウレタンゲル中に低揮発性の有機系ゲル膨張媒が含有されており、有機系ゲル膨張媒が、グリム類とN-メチル-2-ピロリドンとの2液混合物とする。グリム類としては、ジエチレングリコールジメチルエーテルなど多様なものがあり得る。アルキレンオキサイドのセグメントを有するセグメント化ポリウレタンゲルは、エチレンオキサイドとプロピレンオキサイドの共重合体など多様なものがあり得る。減衰係数や音速の調整にPMMA等上記セグメント化ポリウレタンゲルと音響インピーダンスが異なる粉体を分散させても良い。この生体擬似物質を用いてファントムを製作する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルキレンオキサイドのセグメントを有するセグメント化ポリウレタンゲル中に低揮発性の有機系ゲル膨張媒が含有されており、
前記有機系ゲル膨張媒が、グリム類とN-メチル-2-ピロリドンとの2液混合物であることを特徴とする超音波診断装置ファントム用生体擬似物質。
【請求項2】
前記グリム類が、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジエチルエーテル、テトラエチレングリコールジメチルエーテル、テトラエチレングリコールジエチルエーテル、ポリエチレングリコールジメチルエーテル,ポリエチレングリコールジエチルエーテルから選択されたいずれか単独又はこれらの任意の組み合わせであることを特徴とする請求項1に記載の超音波診断装置ファントム用生体擬似物質。
【請求項3】
前記アルキレンオキサイドのセグメントを有する前記セグメント化ポリウレタンゲルが、エチレンオキサイド鎖、プロピレンオキサイド鎖、エチレンオキサイドとプロピレンオキサイドの共重合体 、ブチレンオキサイド鎖、ブチレンオキサイドとプロピレンオキサイドの共重合体のいずれかのセグメントを有するものであることを特徴とする請求項1または2に記載の超音波診断装置ファントム用生体擬似物質。
【請求項4】
前記有機系ゲル膨張媒が、前記セグメント化ポリウレタンゲル中に、20~80重量%含有されていることを特徴とする請求項1に記載の超音波診断装置ファントム用生体擬似物質。
【請求項5】
前記有機系ゲル膨張媒における、前記グリム類と、前記N-メチル-2-ピロリドンとの2液混合比率が重量比で5:95~30:70であることを特徴とする請求項1に記載の超音波診断装置ファントム用生体擬似物質。
【請求項6】
前記セグメント化ポリウレタンゲル中に超音波減衰係数を調整する減衰係数調整剤が含有されていることを特徴とする請求項1に記載の超音波診断装置ファントム用生体擬似物質。
【請求項7】
前記減衰係数調整剤が、ポリメチルメタクリレート、ポリスチレン、発泡ポリスチレンの架橋もしくは非架橋粒状粒子、又は、ポリエチレン、ポリプロピレン、グラファイト、ガラス、シリカ、シリコンカーバイド、固形状パラフィンワックスの粒状粒子から選択されたいずれか単独又はこれらの任意の組み合わせであって、1~100μmの平均粒径を有するものである請求項6に記載の超音波診断装置ファントム用生体擬似物質。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載の超音波診断装置ファントム用生体擬似物質を用いて製作された超音波診断装置用ファントム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波診断装置の性能評価、校正あるいは医師、臨床検査技師の技術訓練の使用目的に適した超音波診断装置ファントム用生体擬似物質に関する。
【背景技術】
【0002】
従来技術において、超音波診断装置ファントム用生体擬似物質は、寒天やゼラチンを母材とするゲル(特許文献1)、酸性水含有ポリビニルアルコールを母材とするゲル(特許文献2)、ウレタン系水膨潤材樹脂を母材とするゲル(特許文献3)、含水下吸水性樹脂を母材とするゲル(特許文献4)などのヒドロゲルが用いられてきた。これらは例えば、医療用超音波診断装置の性能評価、校正、医師および臨床検査技師の技術訓練等に使用されている。
【0003】
一般に、実用的な超音波診断装置ファントムには次のような性質が要求される。
まず、超音波伝播速度(音速)は、人体組織のそれに近似していると共に超音波の伝播減衰値(減衰係数)が人体のそれより小さいことである。従来は母材となるゲルに分散させた粉体で減衰係数を調整して人体の伝播減衰係数に近づけることを行っていた。なお、音速を含む超音波物性が長期の貯蔵時間に亘って変化することなく維持されていることも必要な要件となる。
【0004】
しかしながら、高比率に水を含む寒天、ゼラチンなどのゲル状物質からなる超音波診断装置ファントムや特許文献1のグルコマンナンのゲル状物質からなる超音波診断装置ファントムは、上記の良好な超音波特性を備えているもののヒドロゲル(含水ゲル)であるために、雑菌増殖、変質、腐敗等の問題があり、しかも機械的強度が弱いため壊れやすいという問題があった。
【0005】
また、特許文献2に記載の酸性水含有ポリビニルアルコールゲルからなる超音波診断装置ファントムや、特許文献3に記載のウレタン系含水膨潤ゲルからなる超音波診断装置ファントムや、特許文献4に記載の他の吸水性樹脂を母材とする超音波診断装置ファントムについても、いずれも水を高比率で含んでいるため、水が蒸発して含水率が経時的に変化することにより超音波特性が変動してしまうという問題があり、かつ、雑菌増殖など不可避の問題がある。
このように、水を含んだヒドロゲルを母材とする超音波診断装置ファントムには、超音波特性の経時変化という不可避の問題が必ず存在する。
【0006】
上記の問題を解決するため、従来技術において、常温で大半ないし全てが液状であるアルキレンオキサイドのセグメントを有するセグメント化ポリウレタンゲルを母材とし、その中にウレタン反応に関与しない低揮発性の有機系ゲル膨張媒が含有されている超音波診断装置ファントム用ゲルが考案されている。
このゲル母材に含有される有機系ゲル膨張媒としては、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、N-メチル-2-ピロリドン、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジエチルエーテル、テトラエチレングリコールジメチルエーテル、テトラエチレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールジプロピルエーテル、ジエチレングリコールジブチルエーテル、プロピレングリコールジメチルエーテル、プロピレングリコールジエチルエーテルが提案されている(特許文献5)。
【0007】
ファントムを用いて超音波診断装置の性能を評価する場合、性能評価の物差しになるファントムに用いる生体擬似物質の特性について統一された規格が必要になる。そこで、IEC国際規格(IEC61685「超音波流速測定システム-流速試験体-」)(非特許文献1)には、下記表1に示した生体擬似物質の物性値が定められている。
【0008】
【0009】
IEC国際規格には、生体擬似物質の音速は、1540±15(m/s)とすることが規定されている。特許文献5に記載された有機系ゲル膨張媒のうち、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、N-メチル-2-ピロリドン、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジエチルエーテル、テトラエチレングリコールジメチルエーテル、テトラエチレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールジプロピルエーテル、ジエチレングリコールジブチルエーテル、プロピレングリコールジメチルエーテル、プロピレングリコールジエチルエーテルの音速は、音速が1565(m/s)であるN-メチル-2-ピロリドンを除いて、いずれも1500(m/s)以下である。これら有機系ゲル膨張媒を用いたセグメント化ポリウレタンゲルの音速は、ほぼ有機系ゲル膨張媒の音速で決まるため、N-メチル-2-ピロリドンを除いて、特許文献5に記載された有機系ゲル膨張媒によるセグメント化ポリウレタンゲルでは、[表1]に規定された音速値を満たすことは出来ないが、N-メチル-2-ピロリドンと、例えば、蒸気圧と粘度が低い有機ゲル膨張媒であるプロピレンカーボネート(蒸気圧:0.13mmHg(20℃)、粘度:2.47mPa・s(25℃))を組み合わせることによって、規定された音速値を満たすことは可能である。。
【0010】
従来技術において、ゲルの音速を向上させる手法として、テトラエチレングリコールジメチルエーテルに、イオン液体である1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムチオシアネートを混合した混合溶液をセグメント化ポリウレタンゲルの膨張媒として用いれば、そのゲルの音速を1500(m/s)以上にする提案がなされている(非特許文献4)。
【0011】
【特許文献1】特開2002-360572号公報
【特許文献2】特開平11-155856号公報
【特許文献3】特開平11-262487号公報
【特許文献4】特開平11-295692号公報
【特許文献5】特開2007-143946号公報
【非特許文献1】IEC「国際規格IEC61685 超音波流速測定システム-」(International Standard IEC61685 ULTRASONICS Flow measurement system-Flow test object-)、2001年7月
【非特許文献2】C. R. Hill,J. C. Bamber,G. R. ter Haar 編集「医用超音波の物理原理 (Physical Principles of Medical Ultrasonics)」、J.C.Bamber著「減衰と吸収 (Attenuation and Absorption)」93-166頁、John Willy & Sons 2004年刊行
【非特許文献3】R.J. Urick and W.S.Ament編集「混合媒体中での音波の伝播 (The propagation of Sound in Composite Media)」、米国音響学会誌(The Journal of the Acoustic Society of America)」21巻、1949年、115-119頁
【非特許文献4】K. Sato, T. Yoshida, T. Kondo, M. Taniguchi and K. Yasukawa, A new tissue-mimicking material for phantoms, 2015 IEEE International Ultrasonics Symposium (IUS), (2015), pp. 1-3.
【非特許文献5】A. Garcia-Abuin, D. Gomez, M. D. La Rubia, and J. M. Navaza, Density, Speed of Sound, Viscosity, Refractive Index, and Excess Volume of N-Methyl-2-pyrrolidone + Ethanol (or water or Ethanolamine) from T=(293.15 to 323.15)K, J. Chem. Eng. Data (2011),56,3, pp646-651.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
イオン液体は、一般に蒸気圧がほとんど0であるため、常温で長期間放置しても蒸発により減量しない特長がある。そのため、イオン液体を適用したセグメント化ポリウレタンゲルは、有機系ゲル膨張媒が蒸発することによる特性の変化が起こりにくい特長を有するが、それらのうち、室温付近で液体であり、グリム類と相溶性があり、かつグリム類との混合溶液が低粘度である特徴を備えたイオン液体は非常に限られている。このため、IEC国際規格で定められている音速の他、音響インピーダンス、減衰係数を全て満たす生体擬似物質に使用可能な混合溶液の組成範囲として適切な範囲や組み合わせが知られていなかった。つまり、周波数に依存する生体擬似物質の減衰係数を幅広い周波数領域でIEC国際規格値範囲内に設定することができる生体擬似物質に使用可能な混合溶液の組成範囲について従来技術では知られていなかった。
【0013】
例えば、従来技術で知られている上記の1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムチオシアネートについて物性を考察してみる。
一般に、液体を伝播する音波の損失は、液体の粘度に比例することが知られている(非特許文献2)。上記の1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムチオシアネートの粘度は、58.1(mPa・s)で、テトラエチレングリコールジメチルエーテルの粘度3.6(mPa・s)に比べると非常に大きい。そのため、テトラエチレングリコールジメチルエーテルと1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムチオシアネートの混合溶液の粘度は大きくなってしまい、それを有機系ゲル膨張媒とするセグメント化ポリウレタンゲルの伝播損失(音波の吸収)は増大し、減衰が規定値を超えてしまうため適切な素材とはならない。
また、ファントムに用いる生体擬似物質が満たすべき[表1]の特性のIEC国際規格には減衰係数に関する基準も規定されているが、特許文献5に記載した生体擬似物質に対して単に非特許文献2に記載された技術を組み合わせても、混合溶液の減衰係数(伝播損失)が基準より大きくなってしまうという問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、N-メチル-2-ピロリドンがグリム類と高い相溶性を有し、これらの混合物を有機系ゲル膨張媒として使用することによって、揮発に伴う生体擬似物質中の有機系ゲル膨張媒の減量が抑制でき、かつ生体擬似物質の減衰係数の周波数依存性が小さくなることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明は、生体擬似物質にN-メチル-2-ピロリドンとグリム類の混合有機系ゲル膨張媒を使用することにより、常温で長期間放置しても蒸発による生体擬似物質の減量が抑制でき、音速が1500(m/s)以上あり、減衰係数の周波数依存性が小さい物性を兼ね備えた超音波診断装置ファントム用生体擬似物質を提供することを目的とする。
【0016】
本発明の超音波診断装置ファントム用生体擬似物質は、アルキレンオキサイドのセグメントを有するセグメント化ポリウレタンゲル中に低揮発性の有機系ゲル膨張媒を含有しており、この有機系ゲル膨張媒が、グリム類とN-メチル-2-ピロリドンとの2液混合物であることを第1の特徴とする。
N-メチル-2-ピロリドンとグリム類の混合有機系ゲル膨張媒を使用することによって,常温で長期間放置しても蒸発による減量が抑えられ、音速が1500(m/s)以上あり、減衰係数の周波数依存性が小さい物性を兼ね備えた超音波診断装置ファントム用生体擬似物質を提供することができる。
【0017】
ここで、前記グリム類が、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、 トリエチレングリコールジメチルエーテル、 トリエチレングリコールジエチルエーテル、テトラエチレングリコールジメチルエーテル、テトラエチレングリコールジエチルエーテル、ポリエチレングリコールジメチルエーテル、ポリエチレングリコール ジエチルエーテルから選択されたいずれか単独又はこれらの任意の組み合わせであることを第2の特徴とする。蒸発による重量減少を考慮すると、トリグリム類、テトラグリム類が好ましい。
【0018】
ここで、本発明にかかる有機系ゲル膨張媒であるグリム類とN-メチル-2-ピロリドンの物性を[表2]にまとめた。また、有力な比較対象として、音速が1500(m/s)以上でグリム類と相溶性を持つ1-エチル-3-メチルイミダゾリウムジシアナミドの物性も併せて[表2]に示した。なお、[表2]中の数値は文献調査と入手したサンプルの実験データから得られたものを記載した。
【表2】
【0019】
上記[表2]に示した物性値を検討すると、グリム類単体では音速が1500(m/s)より小さくグリム類単体のみではIEC国際規格を満たすための十分な音速の物性値は得られないが、それらグリム類に対して相溶性を持つ素材であるN-メチル-2-ピロリドンを混合して有機系ゲル膨張媒とすることを検討すると、生体擬似物質の音速を1540±15(m/s)付近に調製することが可能であることが分かる。
一方、比較対象である1-エチル-3-メチルイミダゾリウムジシアナミドもグリム類と混合して有機系ゲル膨張媒とすると生体擬似物質の音速を1540±15(m/s)付近に調製することも可能であり、有用な有機系ゲル膨張媒が得られるが、[表2]に示すように、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムジシアナミドを採用した場合は有機系ゲル膨張媒の粘度が高くなってしまう。その点、N-メチル-2-ピロリドンを採用した場合は、粘度は適度な範囲である。
また、後述する実施例3における周波数に対する減衰係数の検証結果において、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムジシアナミドを採用すると周波数に依存した減衰係数の変動幅が比較的大きいが、N-メチル-2-ピロリドンを採用した場合は、周波数に依存した減衰係数の変動幅を比較的小さく抑制でき、IEC国際規格を満たす周波数範囲が広くなることが分かった。
【0020】
このように、グリム類と混合して有機系ゲル膨張媒とする素材として、N-メチル-2-ピロリドン、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムジシアナミドともに、有用な素材であるが、粘度の点からN-メチル-2-ピロリドンは優れており、本発明の超音波診断装置ファントム用生体疑似物質にかかる有機系ゲル膨張媒は、グリム類とN-メチル-2-ピロリドンを混合した2液混合物を採用する。グリム類とN-メチル-2-ピロリドンの2液混合物を有機系ゲル膨張媒とすると、音速、減衰係数、低揮発性、粘度などの諸条件についてIEC国際規格を満たすように調整することは可能である。
以上より、本発明である超音波診断装置ファントム用生体擬似物質は、セグメント化ポリウレタンゲル中に、グリム類とN-メチル-2-ピロリドンとの2液混合物を有機系ゲル膨張媒として採用したものは生体擬似物質として優れた物性値を備えたものとすることができる。
【0021】
次に、本発明の超音波診断装置ファントム用生体擬似物質の組成において、前記アルキレンオキサイドのセグメントを有する前記セグメント化ポリウレタンゲルが、エチレンオキサイド鎖、プロピレンオキサイド鎖、エチレンオキサイドとプロピレンオキサイドの共重合体、ブチレンオキサイド鎖、ブチレンオキサイドとプロピレンオキサイドの共重合体のいずれかのセグメントを有するものであることを第3の特徴とする。
アルキレンオキサイドのセグメントを有するものは、常温で大半ないし全てが液状セグメントであることが必要である。具体的にはエチレンオキサイド(EO)鎖、プロピレンオキサイド(PO)鎖、エチレンオキサイドとプロピレンオキサイドの共重合体(EO-PO共重合体)、ブチレンオキサイド(BO)鎖、BO-PO共重合体のいずれかがある。この中でも、特にEO-PO共重合体が好ましい。AOセグメントがEO-PO共重合体であると、EOおよびPOは減衰係数が低いことから、種々の特性のファントムを作製する際に、組成検討の自由度が高まるという利点があるからである。
【0022】
さらに、本発明の超音波診断装置ファントム用生体擬似物質の組成において、前記有機系ゲル膨張媒が、前記セグメント化ポリウレタンゲル中に、20~80重量%含有されていることを第4特徴とする。
20重量%未満では,アルキレンオキサイド(AO)セグメントやポリマー鎖を十分に伸展させてAOセグメント間やポリマー鎖間を十分に拡張させた状態にすることが難しいため、良好な超音波特性を付与することが困難になる。一方、有機系ゲル膨張媒の含有率が80重量%を上回ると、セグメント化ポリウレタンゲルの強度が低下して脆くなり、簡単に破壊される恐れが生じる。
有機系ゲル膨張媒をセグメント化ポリウレタンゲルに含有させる場合は、セグメント化ポリウレタンゲルに後から有機系ゲル膨張媒を浸透、吸収させる方法を採用してもよいし、また、セグメント化ポリウレタンゲルを形成する際に原料成分に有機系ゲル膨張媒を混合して反応させる方法を採用してもよい。
なお、有機系ゲル膨張媒における、グリム類とN-メチル-2-ピロリドンとの2液混合比率であるが、例えば10:90~30:70で良い。なお、この混合比率以外の比、例えば、5:95~10:90や、30:70~50:50などであってもその有機系ゲル膨張媒を用いて生成した原料を用いて生成した超音波診断装置ファントム用生体擬似物質はIEC国際規格を満たし得るものである。
【0023】
さらに、本発明の超音波診断装置ファントム用生体擬似物質の組成において、前記セグメント化ポリウレタンゲル中に超音波減衰係数を調整する減衰係数調整剤が含有されていることを第5の特徴とする。
減衰係数調整剤は、有機系ゲル膨張媒とのぬれ性がよく、密度が有機系膨張媒に近い方が好ましい。
【0024】
さらに、本発明の超音波診断装置ファントム用生体擬似物質の組成において、前記減衰係数調整剤が、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリスチレン、発泡ポリスチレンの架橋もしくは非架橋粒状粒子、又は、ポリエチレン、ポリプロピレン、グラファイト、ガラス、シリカ,シリコンカーバイド、固形状パラフィンワックスの粒状粒子から選択されたいずれか単独又はこれらの任意の組み合わせであって、1~100μmの平均粒径を有するものであることを第6の特徴とする。
平均粒径が1μm未満では、生体擬似物質の減衰係数が小さくなること、そのことに伴い生体擬似物質内の減衰係数調整剤量が増加して、均一分散が困難になる。これが原因で、生体擬似物質内に強度斑が生じて、力学物性の経時安定性が損なわれると同時に減衰係数のコントロールがより困難になる。平均粒径が100μmを上回ると、生体擬似物質の減衰係数が大きくなると同時に均一分散させることが困難になる。これが原因で、平均粒径が1μm未満の場合と同様に、生体擬似物質内に強度斑が生じて、経時安定性が損なわれると同時に減衰係数のコントロールがより困難になる。さらに、減衰係数調整剤は、有機系ゲル膨張媒に侵食されることなく、有機系ゲル膨張媒およびセグメント化ポリウレタンゲルの原料の密度から大きく外れない方が、生体擬似物質作製の観点から好ましい。また、粒径をコントロールしやすく、粒径分布が狭い方が、減衰係数調整の観点から好ましい。これらの要求性能を満たすものであれば、有機材料、無機材料、金属材料単体あるいはそれらを任意に混合した材料を問わず、使用することができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明による物質は、セグメント化ポリウレタンゲル中に、N-メチル-2-ピロリドンとグリム類の混合有機系ゲル膨張媒を使用することによって、常温で長期間放置しても低揮発性を有し、蒸発による減量が抑えられる上、音速が1500(m/s)以上、特にIEC国際規格が求める1540±15(m/s)付近に調製することができ、さらに減衰係数の周波数依存性が小さい物性を兼ね備えた超音波診断装置ファントム用生体擬似物質を提供することができる。つまり、長期間に亘りその物性が変化せず、人体組織の音速に近い任意の数値にすることが可能となり、かつ減衰も規定の値にすることができた。
長期間に亘り安定し、かつ広い周波数範囲にわたりIEC国際規格値に準拠したファントムが初めて実現された。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】作製したサンプル1とサンプル2の減衰係数の周波数依存性を示す図である。
【
図2】サンプル2を改良したサンプル2(改)の減衰係数の周波数依存性を示す図である。
【
図3】PMMA粒子濃度が,それぞれ,8.0,9.0,8.8,9.0,9.0wt%であるG3 / NMP(10/90)、G3 / NMP(15/85)、G3 / NMP(20/80)、G3 / NMP(25/75)、G3 / NMP(比率30/70)の4~10MHzの測定周波数範囲における減衰係数をプロットした図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、図面を参照しつつ、本発明の実施例を説明する。
物性の測定に用いた機器は以下の通りである。
レーザー光散乱は、株式会社ロジクール製のグリーンレーザー(最大出力1mW、波長505nm)を使用して測定した。
音速測定は、超音波工業株式会社製のシングアラウンド式音速測定装置を使用して測定した。
減衰係数測定は、自作の装置を使用して測定した。
【実施例0028】
[相溶性の検証]
まず、本発明で用いる有機系ゲル膨張媒を試作してその液性を検証した。
有機系ゲル膨張媒1として、トリエチレングリコールジメチルエーテルとN-メチル-2-ピロリドンとの2液混合物とした。トリエチレングリコールジメチルエーテルは、東京化成工業(株)製の純度99.0%以上であるものを使用した。N-メチル-2-ピロリドンは、関東化学(株)製の純度99.5%以上であるものを使用した。
有機系ゲル膨張媒2として、テトラエチレングリコールジメチルエーテルとN-メチル-2-ピロリドンとの2液混合物とした。テトラエチレングリコールジメチルエーテルは、(株)東京化成工業製の純度98.0%以上であるものを使用した。N-メチル-2-ピロリドンは、有機系ゲル膨張媒1と同様の関東化学(株)製の純度99.5%以上であるものを使用した。
【0029】
有機系ゲル膨張媒1におけるトリエチレングリコールジメチルエーテルとN-メチル-2-ピロリドンの混合比率(重量比)、有機系ゲル膨張媒2におけるテトラエチレングリコールジメチルエーテルとN-メチル-2-ピロリドンの混合比率(重量比)を変化させ,目視およびグリーンレーザーによる混合有機系ゲル膨張媒の室温における液性を観察した結果を[表3][表4]に示す。
[表3][表4]より、有機系ゲル膨張媒1および有機系ゲル膨張媒2は、いずれの混合比率においても高い相溶性を有していることが分かった。
【表3】
【表4】