(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023143862
(43)【公開日】2023-10-06
(54)【発明の名称】食品の食味改善方法
(51)【国際特許分類】
A23L 27/20 20160101AFI20230928BHJP
A23L 27/00 20160101ALI20230928BHJP
A23L 19/00 20160101ALI20230928BHJP
A23L 5/00 20160101ALI20230928BHJP
【FI】
A23L27/20
A23L27/00 Z
A23L19/00 A
A23L5/00 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023046631
(22)【出願日】2023-03-23
(31)【優先権主張番号】P 2022047766
(32)【優先日】2022-03-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】501292762
【氏名又は名称】カカシ食研株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100167416
【弁理士】
【氏名又は名称】下田 佳男
(72)【発明者】
【氏名】川上 剛史
(72)【発明者】
【氏名】阪本 俊治
【テーマコード(参考)】
4B016
4B035
4B047
【Fターム(参考)】
4B016LC01
4B016LC02
4B016LG05
4B016LG08
4B016LK10
4B016LK18
4B016LP13
4B035LC01
4B035LC02
4B035LE20
4B035LG14
4B035LG32
4B035LG51
4B035LK01
4B035LK19
4B035LP25
4B035LP41
4B047LB09
4B047LF01
4B047LG15
4B047LG38
4B047LG56
4B047LG57
(57)【要約】
【課題】本発明は、シンプルな工程による、大根やタマネギの辛味や苦み、臭いを除去する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係る食品の食味改善方法は、食品の調味漬け工程において、酵素製剤を添加して酵素を失活させることを特徴とする。大根の場合、調味漬け工程において、酵素製剤を添加して酵素ミロシナーゼを、タマネギの場合、調味漬け工程において、酵素製剤を添加して酵素アリイナーゼを、失活させることを特徴とする。酵素製剤は、麹由来、パイナップル由来又はパパイン由来のプロテアーゼ、タマネギの場合はさらにシステインを含む物質を併用して用いると好適である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
食品の調味漬け工程において、酵素製剤を添加して食品に含まれる分解酵素を失活させ、前記酵素製剤はプロテアーゼであることを特徴とする食品の食味改善方法。
【請求項2】
大根の調味漬け工程において、プロテアーゼを添加して、該大根に含まれる分解酵素のミロシナーゼを失活させることを特徴とする大根の食味改善方法。
【請求項3】
前記プロテアーゼは麹由来、パイナップル由来又はパパイン由来のいずれかであることを特徴とする請求項2に記載の大根の食味改善方法。
【請求項4】
タマネギの調味漬け工程において、プロテアーゼを添加して、該タマネギに含まれる酵素アリイナーゼを失活させることを特徴とするタマネギの食味改善方法。
【請求項5】
前記プロテアーゼはパイナップル由来又はパパイン由来であることを特徴とする請求項4に記載のタマネギの食味改善方法。
【請求項6】
タマネギの調味漬け工程において、前記プロテアーゼに加えてシステインを添加して、該タマネギに含まれる酵素アリイナーゼを失活させることを特徴とする請求項4に記載のタマネギの食味改善方法。
【請求項7】
タマネギの調味漬け工程において、システインを添加して、該タマネギに含まれる酵素アリイナーゼを失活させることを特徴とするタマネギの食味改善方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品の食味改善方法、特に大根やタマネギの辛みを抜く方法に関する。
【背景技術】
【0002】
漬物における塩漬下漬工程の本来の目的は、多量の食塩を使うことによる保蔵目的に加え、長期間塩漬する間に酵素の働きを封じたり食塩の浸透圧作用により野菜細胞を死滅させ、生野菜の生臭さをとり、調味液が野菜細胞中に浸透し易くしたりするために行うものである。特に、調味浅漬の場合は調味液で味付けをするので調味液が野菜に浸透することは重要である。しかし、大根の場合、他の野菜と異なり半漬りであると辛味が残るため生漬かり感が強く、調味浅漬にした場合には味への悪影響が大きく、商品価値が下がるという問題があった。
【0003】
大根、ワサビ、カラシなどのアブラナ科野菜に見出される辛味成分であるイソチオシアネートは、辛味成分前駆体からミロシナーゼの作用によって生成することが知られている。したがって前駆体を含む野菜を漬物などに加工する際、ミロシナーゼ活性の変化によって辛味成分の生成量が変わり、その結果、食品の辛さが規定されると考えられる。
なお、大根には、イソチオシアネートの元になるグルコシノレート(辛子油配糖体)という成分が含まれているが、この成分自体に辛味はない。前述のミロシナーゼという酵素が、グルコシノレートをイソチオシアネートへ変化させ、大根を辛くするのである。つまり、もともと、グルコシノレートとミロシナーゼは、大根の中で分離局在しているため、両者は出会わない限り、両者が反応することはない。しかし、例えば、大根がすりおろされる等すると、両者は互いに接触して酵素反応が起き、イソチオシアネートが発生し大根を辛くするのである。また、イソチオシシアネートの香気成分は、不快臭とされている。
【0004】
一方、タマネギ、ネギ、ニンニク、ニラなどのユリ科野菜に見出される辛味成分であるアリシンは硫化アリルの一種で、辛味成分前駆体からアリイナーゼの作用によって生成することが知られている。したがって前駆体を含む野菜を漬物などに加工する際、アリイナーゼ活性の変化によって辛味成分の生成量が変わり、その結果、食品の辛さが規定されると考えられる。
生のタマネギには「アリイン」という硫化アリルが含まれているが、タマネギを切ったりすりおろしたりして細胞が破壊されると、同じくタマネギに含まれているアリイナーゼという酵素が働くが、この酵素の働きによって、アリインからアリシンが生成されるのである。
【0005】
大根等のアブラナ科野菜についての上記の問題点を解決する方法としては、一般的には、大根料理のレシピ等において、大根を調理する前に米のとぎ汁などを使って下茹でしてアクを取ることで、米と大根の成分が反応して大根の甘みが引き立ち、苦みが抑えられる方法が紹介されている。
特許文献1に、大根の辛味を削減又は除去する方法として、「酢酸、乳酸、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、フマル酸、コハク酸、酒石酸、アジピン酸、フィチン酸、リン酸、及び醸造酢からなる群から選ばれる少なくとも一種以上の可食性酸を含有する下漬液に、大根を浸漬する下漬工程、及び下漬した大根を調味液に浸漬する調味漬工程」が提案されている。また、特許文献2には、粉砕した本わさびおよび/または西洋わさびからなるアブラナ科植物を-3℃~50℃の温度で、酵素反応を起こすに充分な時間保持することにより、辛味成分であるアリルイソチオシアネートを含むイソチオシアネート類を生成し、次いで、このイソチオシ アネート類を乾燥、蒸留、抽出またはこれらの複数種の組み合わせ工程により、前記イソチオシアネート類から アリルイソチオシアネートを除去して辛味成分を含まないイソチオシアネート類を得ることから構成され、さらに、粉砕したクレソンからなるアブラナ科植物を-3℃ ~50℃の温度で、酵素反応を起こすに充分な時間保持することにより、辛味成分を含まない充分量のイソチオ シアネート類を得る製造方法を提案している。
【0006】
タマネギ等のユリ科野菜についての上記の問題点を解決する方法としては、一般的には、加熱することや水に晒すことにより辛みが抑えられる方法が紹介されている。
特許文献3には、タマネギの辛味を削減又は除去する方法として、辛味成分を含有或いは生成する野菜類を、5%~飽和の食塩水中に45℃から65℃を超えない温度範囲で3分間~48時間保持し、次いで65℃を超えて100℃までの温度範囲で10秒間~30分間保持した後、調味漬けを行う、浅漬の製造方法を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004-173612号公報
【特許文献2】特開2001-273112号公報
【特許文献3】特開2001-218556号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1の製造方法では、酸を用いるため、大根の食味が酸っぱくなり大根本来の風味が失われる。また、特許文献2や3の製造方法は、工程が複雑すぎると思われる。
【0009】
たくわん等の古漬では、長期間漬け込まれているうちに辛味成分は分解されてしまうので味への影響がない。浅漬の場合は低塩でかつ下漬も短期間であるので、野菜がまだ生っぽくサラダ風に漬け上がるのを特徴にしている。しかしながら、漬け上がりが十分でないぶん大根の辛味成分も分解されず残り、これが味へ悪影響を与え商品価値を下げることになる。
また、タマネギを水に晒すと栄養成分が溶け出しやすく、加熱すると水分量が減少する問題がある。
数多くの調味漬惣菜がある中、大根やタマネギに特有の辛味や苦み、においを苦手とする消費者も少なくないことから、苦みや辛味がなく、いやな臭いもない漬物や惣菜の製造が望まれる。
そこで、本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、シンプルな工程による、食品の食味改善方法、特に大根とタマネギの辛味や苦み、臭いを除去する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る食品の食味改善方法は、調味漬け工程において、酵素製剤を添加して食品に含まれる分解酵素を失活させることを特徴とする。
本発明に係る大根の食味改善方法は、大根の調味漬け工程において、酵素製剤を添加して酵素ミロシナーゼを失活させることを特徴とする。酵素製剤は、麹由来、パイナップル由来又はパパイン由来のプロテアーゼであると好適である。
また、タマネギの食味改善方法は、タマネギの調味漬け工程において、酵素製剤を添加して酵素アリイナーゼを失活させることを特徴とする。この酵素製剤はプロテアーゼ、特にパイナップル由来又はパパイン由来であると好適である。
さらに、タマネギの食味改善方法は、タマネギの調味漬け工程において、プロテアーゼに加えてシステインを添加して、該タマネギに含まれる酵素アリイナーゼを失活させるようにしたり、システインのみを添加して、該タマネギに含まれる酵素アリイナーゼを失活させるようにしてもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る食品の食味改善方法は、シンプルな工程により、大根やタマネギ等の辛味や苦み、臭いを除去する効果がある。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。なお、本発明は下記に示される実施の形態に限定されるものではない。
本発明に係る発明者らは、本件課題について、大根を液体塩こうじに浸漬すると、大根が食べやすくなるのを感じ、鋭意研究を重ねたところ、大根の調味漬け工程の際、酵素製剤を添加すると、同様に大根の辛味が軽減することを突き止めた。すなわち、前述の大根に含まれるミロシナーゼがグルコシノレートに作用する前に、調味液に添加された当該酵素製剤の酵素が、糖分解酵素であるミロシナーゼを分解して、ミロシナーゼの酵素活性を失活させ、結果として大根の辛味を軽減させることにつながる結論に至ったものである。
また、本発明に係る発明者らは、タマネギについても大根と同様に、タマネギの調味漬け工程の際、酵素製剤を添加すると、同様にタマネギの辛味が軽減することを突き止めた。すなわち、前述のタマネギに含まれるアリイナーゼが作用する前に、調味液に添加された当該酵素製剤の酵素が、分解酵素であるアリイナーゼを分解して、アリイナーゼの酵素活性を失活させ、結果としてタマネギの辛味を軽減させることにつながる結論に至ったものである。
以下、詳細に説明する。
【実施例0013】
本発明に係る大根の食味改善方法は、大根の調味漬け工程において、酵素製剤を添加して酵素ミロシナーゼを失活させることを特徴とする。酵素製剤は、麹由来、パイナップル由来又はパパイン由来のプロテアーゼであると好適である。
また、本発明に係るタマネギの食味改善方法は、タマネギの調味漬け工程において、酵素製剤を添加して酵素アリイナーゼを失活させることを特徴とする。酵素製剤は、パイナップル由来又はパパイン由来のプロテアーゼであると好適である。
【0014】
なお、使用する酵素製剤は、上記の酵素プロテアーゼに加えて、有機酸や酸化防止剤(ビタミンCなど)を加えたものであってもよいし、調味料のグルタミン酸ナトリウム、グリシンなどを配合した製剤であってもよい。また、酵素製剤のpH域は2~10、使用する際の温度は75℃以下が好適である。温度がある程度高ければ、辛味はなくなる。
本発明に係る大根の食味改善方法の一例を説明する。ここで、使用する大根は根の部分を皮つきで5等分にして、1cm幅のいちょうスライスにし、下記に示す条件で袋調味して4℃で一日保管し、翌日試食することとした。なお、ここで使用する調味液は、大根の重量を100として、調味液(荒漬液)が50となるように調製している。これをパネラーに試食させ、大根の辛味の濃淡を調べた。
上記パネラー試食の結果は下記の表のとおりである。なお、令和3年12月21日、カカシ食研株式会社R&Dセンター内(兵庫県三田市)において行われた。試食の条件は下記のとおりである。以下、試食の結果を説明する。ここで、試食には、下記試験区に示す5種類の大根、すなわち、8%塩水のみに漬けた大根イ、8%塩水に液体塩こうじ(塩分約5%、ハナマルキ株式会社製)を加えて漬けた大根ロ、8%塩水にプロメラインF(プロテアーゼ)(天野エンザイム株式会社製)を加えて漬けた大根ハ、8%塩水にパパインW-40(プロテアーゼ)(天野エンザイム株式会社製)を加えて漬けた大根ニ、8%塩水に生のカットパイン(スーパーで市販されているもの)果汁を加えて漬けた大根を使用した。上記五者は、令和3年12月20日に調味し漬けた大根を同量それぞれ袋に入れ、カカシ食研株式会社R&Dセンター内の家庭用冷蔵庫において同日冷蔵したものを、それぞれを辛味について比較した。
(試験区)
イ 8%塩水のみに漬けた大根(以下、「大根イ」という。)
ロ 8%塩水96に対し液体塩こうじ(塩分約5%、ハナマルキ株式会社製)4を加えて漬けた大根(以下、「大根ロ」という。)
ハ 8%塩水100にプロメラインF(プロテアーゼ)(天野エンザイム株式会社製)0.01を加えて漬けた大根(以下、「大根ハ」という。)
ニ 8%塩水100にパパインW―40(プロテアーゼ)(天野エンザイム株式会社製)0.01を加えて漬けた大根(以下、「大根ニ」という。)
ホ 8%塩水100に生のカットパイン(スーパーで市販されているもの)の搾汁5を加えて漬けた大根(以下、「大根ホ」という。)
試食日:令和3年12月21日
試食場所:カカシ食研株式会社R&Dセンター内(兵庫県三田市相生町1-44)
パネラー:40代男性2名(A、B)、20代男性1名(C)、40代女性1名(D) 計4名
評価の基準について説明する。各パネラーは、試験区のイ、ロ、ハ、ニ、ホの大根を、辛味について数字の0~5の6段階で評価する。表1は評価基準を示している。
評価基準は次のとおりである。
【表1】
試験区の大根イ、ロ、ハ、ニ、ホのそれぞれの状態をパネラーそれぞれが評価した。各評価について、表2にそれぞれ示している。
大根イについては、パネラー全員が、5の評価をしている。すなわち、大根イは、食べることが難しいくらいの辛味があると評価した。
大根ロについては、パネラーのうち1人が1、他3人が2の評価をしている。すなわち、大根ロは、大きく辛味の減少を感じる。多少の辛味は残るが調味可能レベルと評価した。
大根ハについては、パネラー全員が、1の評価をしている。すなわち、大根ハは、辛味はわずかに感じる程度で調味に問題なく使用できると評価した。
大根ニについては、パネラーのうち1人が3、他3人が2の評価をしている。すなわち、大根ニは、大きく辛味の減少を感じる人が多いものの、まだ辛味が残っていると感じる人が1人いた。多少の辛味は残るが調味可能レベルと評価するか微妙である。
大根ホについては、パネラーは、3、4の評価に分かれた。すなわち、大根ホは、辛味の減少を感じるもののまだ辛い。食べたくない辛さが残っていると評価した。
【表2】
なお、大根ロに使用した液体塩こうじは、低温、pH3.5くらいになっても白く白濁しない。また、60℃~75℃以上で酵素失活するようである。塩分は12.5%程度である。塩こうじは、米麹、塩および水を混ぜて発酵熟成させた調味料である。その味わいは、うま味と甘味と塩味とがバランス良く混ざった複雑な味わいであり、万能調味料とも言われている。また、塩こうじには酵素が含まれており、塩こうじで野菜や肉・魚などの食材をつけ込むと、食材の旨味が引き出されるといわれている。
プロテアーゼは、タンパク質をより小さなポリペプチドや単一のアミノ酸への分解を触媒する (速度を上げる) 加水分解酵素の総称である。ペプチダーゼ やプロテイナーゼとも呼ばれる。それらは、水が反応して結合を壊す加水分解によってタンパク質内のペプチド結合を切断する。
プロメラインはもともとパイナップルから得られるものなので、0.01でも大根ホに使用した生カットパインよりも酵素量が多かった可能性があると思われる。大根をそもそもカットしているので、その際に辛味成分が発生すると、当該酵素は辛味成分発生後にその生成の反応を止めるので、多少の辛味は残るものと考えられる。したがって、荒漬けなどさらに細胞にダメージがかかる時の当該酵素の使用が効果的であると思われる。