(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023144231
(43)【公開日】2023-10-11
(54)【発明の名称】生体組織染色試薬、生体組織染色キット及び生体組織染色方法
(51)【国際特許分類】
C07K 7/00 20060101AFI20231003BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20231003BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20231003BHJP
C12N 15/13 20060101ALI20231003BHJP
C07K 16/00 20060101ALI20231003BHJP
C12P 21/08 20060101ALI20231003BHJP
【FI】
C07K7/00 ZNA
G01N33/53 Y
G01N33/48 P
C12N15/13
C07K16/00
C12P21/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022051118
(22)【出願日】2022-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】519248656
【氏名又は名称】株式会社CUBICStars
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【弁理士】
【氏名又は名称】末富 孝典
(72)【発明者】
【氏名】上田 泰己
(72)【発明者】
【氏名】松本 桂彦
(72)【発明者】
【氏名】吉田 将太
【テーマコード(参考)】
2G045
4B064
4H045
【Fターム(参考)】
2G045BB25
2G045CB01
4B064AG27
4B064CA01
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA13
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045BA16
4H045BA17
4H045EA50
4H045FA30
4H045FA33
(57)【要約】
【課題】抗体を組織に十分に浸透させることができる生体組織染色試薬、生体組織染色キット及び生体組織染色方法を提供する。
【解決手段】生体組織染色試薬は、抗体による免疫染色の対象である生体組織中の抗原におけるエピトープの第1のアミノ酸配列と少なくとも4個のアミノ酸が一致する第2のアミノ酸配列を有するペプチドを含む。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗体による免疫染色の対象である生体組織中の抗原におけるエピトープの第1のアミノ酸配列と少なくとも4個のアミノ酸が一致する第2のアミノ酸配列を有するペプチドを含む、
生体組織染色試薬。
【請求項2】
前記第2のアミノ酸配列は、
前記第1のアミノ酸配列と5個以上のアミノ酸が一致する、
請求項1に記載の生体組織染色試薬。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の生体組織染色試薬と、
前記抗体と、
を備える、生体組織染色キット。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の生体組織染色試薬及び前記抗体に、前記生体組織を暴露する暴露ステップを含む、
生体組織染色方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体組織染色試薬、生体組織染色キット及び生体組織染色方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗体は、抗原に対する高い特異性と結合能を有するため、基礎研究において免疫染色法、ELISA法及びウェスタンブロット法等に利用される。抗体を利用する免疫染色法は、ヒト及び非ヒト動物の含む幅広い標本に適用でき、複数の標的を比較的容易に標識できるため、適用範囲が広い。組織の透明化及び3次元(3D)画像化の方法の開発によって、免疫染色法は、組織全体及び個体全体等を対象とする体系的な3D観察及び解析にも使用される。
【0003】
厚みのある標本内部への抗体の浸透を向上させるための方法がいくつかある。例えば、固定した組織の細孔を拡げる透過処理が、脱脂処理、脱水処理、緩い固定処理及びプロテアーゼによる部分的な分解等で試みられている。また、電気泳動及び圧力等の物理的な方法がアクリルアミドに包埋された試料に適用されている。
【0004】
抗体の抗原への親和性が高すぎると、標本表面付近の抗原への抗体の結合の偏りによって、標本内部へ抗体が浸透しにくい。特に、厚みのある標本の組織を免疫染色する場合、染色対象の複雑な物理化学的環境のために、抗体が組織内部にあまり浸透しないことがある。これに対し、抗体の抗原への親和性を低下させるために、高い温度で結合反応を行う場合がある。しかし、抗体の熱安定性の面から、温度で制御できる範囲は限定される。
【0005】
また、抗体の結合性を阻害する変性剤、例えば尿素、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)及びクアドロール等を添加することがある。例えば、特許文献1には、所定の濃度の尿素と免疫染色用抗体とを含む抗体組成物を、生物材料に接触させる免疫染色法が開示されている。
【0006】
また、非特許文献1及び2には、免疫染色法として、メタノール処理又はジメチルスルホキシド(DMSO)処理した試料を、グリシン及びDMSO等を含む透過溶液でインキュベートし、ブロッキング処理を施してから、ヘパリン、DMSO及びロバ血清等を含む溶液中で一次抗体と反応させ、続いて二次抗体と反応させるiDISCO法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Nicolas Renier、外5名、「iDISCO:a simple,rapid method to immunolabel large tissue samples for volume imaging.」、Cell、2014年、159、896-910
【非特許文献2】Nicolas Renier、外15名、「Mapping of brain activity by automated volume analysis of immediate early genes.」、Cell、2016年、165、1789-1802
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記特許文献1に開示された抗体組成物のような変性剤は、抗体によっては効果がなく、濃度依存性の違い等があり、条件の検討が煩雑である。上記非特許文献1及び2に開示されたiDISCO法等の抗体の浸透を改善するための方法でも、十分な浸透効率は未だに達成されていない。抗体を使用する際、抗体の抗原認識能力を最大限に発揮するためには、抗原における抗体結合部位(エピトープ)のアミノ酸配列を把握したうえで、科学的根拠に基づき最適な反応条件を決定することが重要である。
【0010】
400万個以上の市販の抗体が現存する中、ほとんどの抗体についてはエピトープの詳細な情報が判明していない。研究に適した抗体を選択するには、いくつもの抗体を試す必要があり、さらにその抗体の使用条件の検討に時間を要する。科学的根拠に基づく抗原抗体反応の条件が統一化されていないため、同じ抗原に抗体を結合させても、研究室によって染色結果が異なるという問題が生じている。
【0011】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、抗体を組織に十分に浸透させることができる生体組織染色試薬、生体組織染色キット及び生体組織染色方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の第1の観点に係る生体組織染色試薬は、
抗体による免疫染色の対象である生体組織中の抗原におけるエピトープの第1のアミノ酸配列と少なくとも4個のアミノ酸が一致する第2のアミノ酸配列を有するペプチドを含む。
【0013】
前記第2のアミノ酸配列は、
前記第1のアミノ酸配列と5個以上のアミノ酸が一致する、
こととしてもよい。
【0014】
本発明の第2の観点に係る生体組織染色キットは、
上記本発明の第1の観点に係る生体組織染色試薬と、
前記抗体と、
を備える。
【0015】
本発明の第3の観点に係る生体組織染色方法は、
上記本発明の第1の観点に係る生体組織染色試薬及び前記抗体に、前記生体組織を暴露する暴露ステップを含む。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、抗体を組織に十分に浸透させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】試験例1に係る抗NeuN抗体に対するエピトープペプチドによる競合阻害を示す図である。
【
図2】試験例2に係る抗NeuN抗体に対する置換ペプチドによる競合阻害を示す図である。
【
図3】試験例3に係る抗TH抗体に対するエピトープペプチドによる競合阻害を示す図である。
【
図4】試験例4に係る抗TH抗体に対する置換ペプチドによる競合阻害を示す図である。
【
図5】実施例1に係る免疫染色した脳の画像を示す図である。
【
図6】NeuNのエピトープのアミノ酸配列からなるペプチド存在下で免疫染色した脳の画像の一部の領域(
図5に示すA-Bの領域)の輝度値を示す図である。
【
図7】NeuNのエピトープのアミノ酸配列における2アミノ酸をアラニンに置換したアミノ酸配列からなるペプチド存在下で免疫染色した脳の画像の一部の領域(
図5に示すA-Bの領域)の輝度値を示す図である。
【
図8】実施例2に係る免疫染色した脳の画像を示す図である。
【
図9】チロシンヒドロキシラーゼ(TH)のエピトープのアミノ酸配列からなるペプチド存在下で免疫染色した脳の画像の一部の領域(
図8に示すA-Bの領域)の輝度値を示す図である。
【
図10】THのエピトープのアミノ酸配列からなるペプチド存在下で免疫染色した脳の画像の一部の領域(
図8に示すC-Dの領域)の輝度値を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係る実施の形態について説明する。なお、本発明は下記の実施の形態によって限定されるものではない。なお、本明細書において特に示さない限り、“%”は質量%を意味する。
【0019】
本実施の形態に係る生体組織染色試薬は、抗体による免疫染色の対象である生体組織中の抗原におけるエピトープのアミノ酸配列(第1のアミノ酸配列、以下、単に“エピトープ配列”ともいう)と少なくとも4個のアミノ酸が一致するアミノ酸配列(第2のアミノ酸配列)を有するペプチドを含む。
【0020】
生体組織染色試薬による免疫染色の対象となる生体組織は、例えば、動物由来のサンプル又は植物由来のサンプルである。当該動物としては、魚類、両生類、爬虫類、鳥類及び哺乳類等の動物が挙げられる。生体組織としては哺乳類の生体組織が好ましい。哺乳類は特に限定されず、例えばマウス、ラット、ウサギ、モルモット、マーモセット、イヌ、ネコ、フェレット、ブタ、ウシ、ウマ、サル、チンパンジー及びヒト等が挙げられる。
【0021】
生体組織は、生きているヒトを除く個体そのものであってもよいし、多細胞生物の個体から得られる器官、組織、細胞塊又は細胞であってもよい。好ましくは、生体組織は、例えば、脳全体又は大脳半球等の脳の一部である。
【0022】
生体組織は、特に顕微鏡観察のために固定化処理されたサンプルであってもよい。好ましくは、生体組織は、ホルムアルデヒド(FA)又はパラホルムアルデヒド(PFA)等を用いて公知の方法で固定化される。固定化処理後に、例えばリン酸緩衝食塩水(PBS)に浸漬する処理を行うことが好ましい。
【0023】
生体組織は、例えば、蛍光性化学物質を注入した生体組織、蛍光性化学物質で染色を行った生体組織、蛍光タンパク質を発現した細胞を移植した生体組織及び蛍光タンパク質を発現した遺伝子改変動物の生体組織等であってもよい。
【0024】
抗原は、生体組織中に発現し、かつ抗体の結合対象となるタンパク質である。抗原のエピトープ配列はX線結晶構造解析、水素重水素交換質量分析及びペプチドアレイを利用したエピトープマッピング解析等で同定することができる。好適には、エピトープ配列は、ペプチドセレクション法で同定される。ペプチドセレクション法とは、ランダム配列を有するDNAライブラリを転写及び翻訳することで構築されたペプチドライブラリから、標的に結合するペプチドだけを獲得し、そのペプチドをコードする塩基配列を同定するシステムである。このシステムの重要な特徴として、獲得するペプチドの遺伝子情報が、細胞、ファージ、リボソーム又はピューロマイシンを介して保存されるという点がある。保存された遺伝情報の転写、翻訳及び標的への結合と回収という一連の流れが繰り返されることにより、標的に強く結合するペプチドの遺伝情報のみに収束する。
【0025】
ペプチドセレクション法として、例えば、細胞表面提示法、ファージディスプレイ法、リボソームディスプレイ法及びmRNAディスプレイ法が挙げられる。細胞表面提示法は、細胞を介して産生されたペプチドを細胞の表面に提示させることで細胞内部に遺伝情報を保存する。ファージディスプレイ法は、微生物を宿主とするファージの表面にペプチドを提示させてファージDNAに遺伝情報を保存する。無細胞タンパク質合成系を利用したリボソームディスプレイ法及びmRNAディスプレイ法では、それぞれリボソーム及びピューロマイシンを介して遺伝情報が保存される。
【0026】
特に好ましいペプチドセレクション法は、mRNAディスプレイ法である。mRNAディスプレイ法の中でも、DECODE法(国際公開第2018/168999号)が特に好ましい。DECODE法では、(i)DNAから転写反応によって、RNA分子を取得する。当該DNAは、プロモーター領域及びプロモーター領域の下流にペプチドをコードする領域を含み、かつアンチセンス鎖の5’末端側に少なくとも1個の2’-修飾ヌクレオシド誘導体を含む。続いて、(ii)RNAの3’末端に、スプリントポリヌクレオチドを用いて、ピューロマイシン等のペプチド受容分子を結合する。そして、(iii)ペプチド受容分子が結合しているRNAを翻訳することによって、RNAとRNAにコードされているペプチドとがペプチド受容分子を介して連結しているRNAとペプチドとの複合体を合成する。さらに、(iv)RNAとペプチドとの複合体から複合体を選抜する。
【0027】
工程(iv)では、ペプチドを介して抗体に結合する複合体が選抜される。工程(i)~(iv)を繰り返すことで、抗体に結合するペプチドをコードする遺伝子情報、すなわちDNAをDNAライブラリから濃縮できる。
【0028】
ペプチドセレクション法で得られたDNAの塩基配列がコードするアミノ酸配列が抗体に結合するエピトープ配列である。次世代シーケンサー等によって、ペプチドセレクションで得られたDNAに関して、1万~数十億リード数、数百万~数億リード数、数十万~数千万リード数又は数十万~数百万リード数で塩基配列を決定することで、当該塩基配列がコードするアミノ酸配列が収集される。
【0029】
本実施の形態に係る生体組織染色試薬に含まれるペプチドは、例えば、4~25個、5~22個、6~17個、7~16個、8~15個又は10~22個のアミノ酸からなる。当該ペプチドは、エピトープ配列と完全一致のアミノ酸配列を含む。より好ましくは、ペプチドのアミノ酸配列は、エピトープ配列と完全一致のアミノ酸配列からなる。
【0030】
抗体による抗原認識は、約5個のアミノ酸に依存すると言われており、直鎖のアミノ酸配列の場合では10個のアミノ酸程度に収まることが多い。そこで、本実施の形態に係る生体組織染色試薬に含まれるペプチドのアミノ酸配列は、ペプチドが抗体に結合する限り、エピトープ配列と完全一致でなくてもよい。例えば、ペプチドのアミノ酸配列は、エピトープ配列と少なくとも4個のアミノ酸が一致するアミノ酸配列を含んでもよい。また、当該ペプチドは、エピトープ配列と少なくとも4個のアミノ酸が一致するアミノ酸配列からなってもよい。ここで、“アミノ酸が一致する”とは、ペプチドのアミノ酸配列とエピトープ配列とを公知の方法でアライメントした場合に、アミノ酸の位置と種類とが一致することをいう。4個のアミノ酸は、アミノ酸配列において連続する4個のアミノ酸であってもよいし、連続しない4個のアミノ酸配列であってもよい。
【0031】
好適には、ペプチドのアミノ酸配列は、エピトープ配列と5個以上のアミノ酸が一致する。5個以上のアミノ酸は、アミノ酸配列において連続する5個以上のアミノ酸であってもよいし、連続しない5個以上のアミノ酸配列であってもよい。例えば、ペプチドのアミノ酸配列は、5個、6個、7個、8個、9個又は10個のアミノ酸がエピトープ配列のアミノ酸配列と一致する。
【0032】
本実施の形態に係るペプチドは、そのアミノ酸配列に基づいて公知のペプチド合成法によって製造できる。ペプチド合成法としては、固相合成法及び液相合成法のいずれであってもよい。固相合成法及び液相合成法では、反応性カルボキシル基を有する原料と、反応性アミノ基を有する原料とをHBTU等の活性エステルを用いた方法、あるいはカルボジイミド等のカップリング剤を用いた方法等のペプチド合成において通常の方法により縮合させればよい。生成する縮合物が保護基を有する場合、当該保護基を除去することによってペプチドが得られる。
【0033】
本実施の形態に係るペプチドは、修飾されてもよい。ペプチドのアミノ末端(N末端)はアミノ基(NH2-)であっても、アセチル基(CH3CO-)等の修飾を有してもよい。ペプチドのカルボキシ末端(C末端)はカルボキシル基(-COOH)であっても、アミド基等の修飾を有してもよい。ペプチドのアミノ酸残基が、リン酸基及び糖鎖等の修飾を有してもよい。
【0034】
本実施の形態に係るペプチドは、塩(酸付加塩又は塩基塩)であってもよい。酸付加塩としては、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸、臭化水素酸及び過塩素酸等の無機塩、クエン酸、コハク酸、マレイン酸、フマル酸、リンゴ酸、酒石酸、p-トルエンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、メタンスルホン酸及びトリフルオロ酢酸等の有機酸の塩が挙げられる。塩基塩としては、ナトリウム、カリウム及びリチウム等のアルカリ金属塩、カルシウム及びマグネシウム等のアルカリ土類金属塩等が挙げられる。
【0035】
本実施の形態に係るペプチドは、溶媒和物であってもよい。溶媒和物としては、水、メタノール、エタノール、イソプロパノール、酢酸、テトラヒドロフラン、アセトン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミド、アセトアミド、エチレングリコール、プロピレングリコール及びジメトキシエタン等の溶媒和物が挙げられる。なお、本実施の形態における“ペプチド”は、上記の修飾されたペプチド、ペプチドの塩及びペプチドの溶媒和物を包含する。すなわち、本実施の形態に係る生体組織染色試薬は、上述の修飾されたペプチド、ペプチドの塩又はペプチドの溶媒和物を含んでもよい。
【0036】
ペプチドが抗体に結合するか否かは、ELISA(競合法)等の公知の方法で確認できる。競合法では、例えば、抗原に対して、当該抗原に結合する抗体とペプチドとを反応させて、未反応の抗体及びペプチドを除去し、抗体に結合する標識された二次抗体を反応させることで、抗原に結合した抗体を定量することができる。ペプチド非存在下で抗原に結合した抗体量と、ペプチド存在下で抗原に結合した抗体量とを比較することで、抗原に競合して抗体に結合したペプチドを定量することができる。
【0037】
続いて、本実施の形態に係る生体組織染色試薬の使用方法として、生体組織染色試薬を使用する生体組織染色方法について説明する。当該生体組織染色方法は、本実施の形態に係る生体組織染色試薬及び上記抗体に、生体組織を暴露する暴露ステップを含む。暴露ステップは、上記生体組織染色試薬の存在下で組織を抗体に暴露する点を除いて、抗体を用いた従来の組織免疫染色において組織を抗体に暴露する際の条件と同様に行えばよい。
【0038】
抗体は、例えば、免疫染色用抗体、又はハイブリドーマ培養上清、脾内免疫を行なった動物の腹水、抗血清、抗血漿若しくは鳥類の卵の漿液に由来する免疫グロブリンである。当該生体組織染色試薬は、蛍光色素等の色素で標識した一次抗体、又は一次抗体と色素で標識したFab断片抗体との複合体を使用する1ステップでの免疫染色に使用されるのが好ましい。抗体としては、例えば、下記実施例で使用された抗NeuN抗体及び抗TH抗体が挙げられる。抗体を標識する色素としては、Alexa Fluor(商標)色素、FITC(Fluorescein Isothiocyanate)及びCy色素等の色素が挙げられる。
【0039】
より具体的には、暴露ステップでは、固定した組織に所定の前処理を施し、抗体及び上記ペプチドを含む免疫染色バッファー中でインキュベートすればよい。インキュベートの温度は、特に限定されず23~40℃又は28~38℃である。抗体及びペプチドに組織を暴露する時間は組織内部まで抗体が浸透する時間であれば特に限定されず、1日~8週間、2日~7週間、3日~6週間、4日~5週間又は1~4週間である。
【0040】
免疫染色バッファーにおける抗体及びペプチドの濃度は、抗原に対する抗体の親和性及び染色対象等に応じて適宜設定される。免疫染色バッファーにおけるペプチドの濃度は、例えば、1nM~10μM、10nM~10μM又は100nM~5μMである。
【0041】
本実施の形態に係る生体組織染色試薬によれば、ペプチドが抗原に競合して抗体に結合するため、抗体の抗原に対する親和性を制御することができる。抗体の抗原に対する親和性を抑えることで、組織の外側付近における抗原への抗体の結合を抑制して、抗体が組織内部に十分に浸透させることができる。
【0042】
別の実施の形態では、上記生体組織染色試薬と、上記抗体と、を備える生体組織染色キットが提供される。当該生体組織染色キットは、抗体の非特異的結合を防止するために使用されるスキムミルク、ウシ血清アルブミン(BSA)、フィッシュゼラチン、ウマ血清、ウシ胎仔血清(FBS)及びカゼイン等のブロッキング試薬を備えてもよい。また、当該生体組織染色キットは、抗体の生体組織への浸透を促進させる添加剤をさらに含んでもよい。例えば、添加剤は抗体の生体組織への浸透を促進させる化合物である。添加剤としては、例えば、尿素、尿素誘導体、芳香族アミン、脂肪族アミド類、ニコチンアミド類、スルファミド類、スルホン酸塩、アミノアルコール、アルコール、スルフィン酸類、チオ尿素類及びカルボン酸類等の化合物が挙げられる。
【0043】
本実施の形態に係る生体組織染色試薬は、下記実施例に示すように、既存の3D透明化染色方法に組み込みが可能である。なお、本実施の形態に係る生体組織染色試薬及び生体組織染色方法は、3D染色はもちろんのこと、組織切片を染色する、いわゆる2D染色にも適用できる。
【0044】
なお、上記生体組織染色キットは、取扱説明書又は指示書をさらに備えてもよい。取扱説明書又は指示書には、例えば、生体組織染色試薬の組成、上述の生体組織染色方法に係るプロトコルが記載される。また、上記の生体組織染色試薬は、上記の成分以外にpH調整剤、浸透圧調整剤、防腐剤及び組織の乾燥抑制剤等のその他の添加物を含んでもよい。当該添加物は、生体組織染色試薬とは別に生体組織染色キットに含まれていてもよい。
【0045】
なお、生体組織染色キットは、成分等の特定の材料を内包する容器を備えた包装である。生体組織染色キットは、その複数の構成要素を同一の容器に混合して備えていても別々の容器に備えていてもよい。取扱説明書又は指示書は、紙又は磁気テープ、コンピュータで読み取り可能なディスク、テープ若しくはCD-ROM等の電子媒体等の記録媒体に記録されてもよい。生体組織染色キットは、希釈剤、溶媒、洗浄液又はその他の試薬を内包した容器を備えていてもよい。さらに、生体組織染色キットは、キットの用途を実現するための手順を実行するために必要な器具及び試薬を備えていてもよい。
【実施例0046】
以下の実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は当該実施例によって限定されるものではない。
【0047】
試験例1:抗NeuN抗体に対するエピトープペプチドによる競合阻害
抗NeuN抗体(クローン名A60)のエピトープを決定するために次のようにDECODE法を実施した。抗体の抗原認識は、約5アミノ酸と言われており、直鎖のアミノ酸配列の場合、10アミノ酸程度に収まることが多いため、12アミノ酸がランダム化されるように、テンプレートDNAライブラリを作成した。なお、コドンをNNK(G/T)とランダム化し、DNAテンプレートではランダムシーケンス中に終止コドンがUAG(Amber)のみとなるよう設計した。セレクションの1ラウンド目におけるライブラリサイズが1.5×1013となるよう、500μLスケールのPCR mixture中に、0.05μMのテンプレートDNAライブラリが含まれるよう調製した。テンプレートDNAの塩基配列は、CCTAATACGACTCACTATAGGGTTAACTTTAAGAAGGAGATATACATATG(NNK)nTGCGGCAGCGGCAGCGGCAGCTACTTTGATCCGCCGACCで、n=12とした。なお、NはA、T、G及びCのいずれかであって、KはT又はGである。n=1でKがTの場合のテンプレートDNAの塩基配列を配列番号1に示す。
【0048】
(テンプレートDNAの増幅)
表1に示す500μLスケールのPCR mixtureを調製し、テンプレートDNAライブラリを増幅させた。調製したPCR mixtureをサーマルサイクラーにて95℃で3分間インキュベートした後、95℃(10秒間)、58℃(10秒間)、75℃(30秒間)の温度変化を4サイクル繰り返すことでテンプレートDNAを増幅した。なお、フォワードプライマー(P1)の塩基配列は、CCTAATACGACTCACTATAGGGTTAACTTTAAGAAGGAGATATACATATG(配列番号2)である。リバースプライマー(P2(抗原)OMe)の塩基配列は、ggTCGGCGGATCAAAGTAG(配列番号3)である。
【0049】
【0050】
(テンプレートDNAライブラリの転写及びPu-DNAの連結)
500μLのTranscription mixture用バッファーと500μLのテンプレートDNAとを混合し、1000μLスケールのTranscription mixtureを調製し、増幅したDNAライブラリを50mU/uL T7 RNAポリメラーゼ(5μL)で転写した。Transcription mixture用バッファー(TC mix)の組成は、終濃度40mM HEPES-KOH(pH7.6)、20mM MgCl2、2mM Spermidine、5mM DTT、2.5mM NTPsである。Transcription mixtureを37℃で40分間、転写反応させた後、72℃で5分間放置し、T7 RNAポリメラーゼを失活させた。得られた転写産物を7M 尿素を含む10%アクリルアミドゲルで電気泳動(180V、40分間)し、mRNAライブラリが産生されたことを確認した。
【0051】
続いて、終濃度50mM Tris-HCl(pH7.5)、10mM MgCl2、10mM DTT及び1mM ATPのバッファー条件下で、Transcription productを5μM Pu-DNA(5’-[PHO]CTCCCGCCCCCCGTCC[SpC18]5CC[Puromycin]、5’末端からスペーサーまでの塩基配列を配列番号4に示す)、5μM スプリントDNA(5’-GGGCGGGAGGGTCGGCGGATCAA(配列番号5))と混合し、500μLスケールのLigation mixtureとした。Ligation mixtureを95℃で1分間温めた後、75℃で30秒間放置し、一定勾配1℃/15秒間で25℃まで温度を下げてmRNA、Pu-DNA 、Splint DNAの三者をアニーリングした。そこへ、35UのT4 DNA ligaseを加え、37℃で1時間、連結反応を促進させた後、4℃で放置した。得られた転写産物を7M 尿素を含む10%アクリルアミドゲルで電気泳動(180V、40分間)し、mRNAライブラリがPu-DNAと連結したことを確認した。得られたPu-DNA連結mRNAライブラリを、RNA精製試薬キットAgencourt AMPure(商標) XPで精製し、濃度を決定した。
【0052】
(カスタムPURE systemによる無細胞翻訳)
Pu-DNA連結mRNAライブラリを無細胞翻訳系(PURE system)により翻訳し、ペプチドライブラリを獲得した。2.4μLの0.6μM ligated sample、0.5μLのSolution B、6μLのSolution A及び3μLのStock bufferを加えて11.9μLのPURE mixtureを調製した。PURE mixtureを37℃で1時間反応させた。
【0053】
Solution Bの組成を表2に示す。なお、Stock bufferの組成は、50mM HEPES-KOH(pH7.6)、100mM KCl、10mM MgCl及び30%グリセロールである。
【0054】
【0055】
factor mixの組成を表3に示す。
【0056】
【0057】
Solution Aの組成を表4に示す。
【0058】
【0059】
NTP cratine phosphate mixtureの組成を表5に示す。
【0060】
【0061】
PURE bufferの組成を表6に示す。
【0062】
【0063】
(抗体固定化ビーズの調製)
抗体はprotein G磁気ビーズに固定化させた。ビーズは使用前に500μLのwash buffer(50mM Tris-HCl、pH8.0、500mM NaCl、1% Triton及び0.01% Tween20(商標))で洗浄した。ビーズ 2.5μLに対して、抗体を1μL加え、30分間振とうしてビーズと抗体とを結合させた。
【0064】
(抗体固定化ビーズへのペプチドライブラリの結合反応)
抗体固定化ビーズに対して、翻訳後産物11.9μLとbinding buffer(50mM Tris-HCl、pH8.0及び10mM EDTA)25μLを加え、30分間振とうして、ペプチドライブラリを抗体固定化ビーズに結合させた(ポジティブセレクション)。上清を除いてビーズを回収し、wash bufferで10回洗って抗体に特異的に結合するペプチドライブラリを得た。
【0065】
(逆転写)
protein G磁気ビーズ上に存在するmRNAをProto ScriptII RTaseにより逆転写しcDNAとした。最終的に44.5μLスケールの逆転写反応となるように、ビーズに対し、40μLのRT mix、4.25μLのRT(-)(50mM tris-HCl(pH8.0)及び75mM KCl)及び0.25μLのProtoScript IIを混合し、37℃で40分間、逆転写反応をさせた。RT mixは、0.2mM dNTPs、10mM DTT及び0.2μM RT-Primer(P2_ver2、GGTCGGCGGATCAAAGTAGCTGCCGCTGCCGCTGCCGCA(配列番号6))を含むProtoScript bufferである。
【0066】
(溶出)
リン酸バッファー10μLにて、抗体を固定化した磁気ビーズを95℃で3分間保持し、ペプチドライブラリを抽出した。溶出後上清を回収し、20μLのultrapure waterでビーズを洗って、その上清をさらに回収した。
【0067】
(qPCRによる回収されたcDNA量の定量)
回収されたペプチドに連結したcDNAを、qPCRで定量し、次のラウンドにおけるPCR増幅の最適なサイクルを決定した。表7に示すqPCR mixtureを384ウェルの各ウェルに7μL分注し、0.5μLのcDNAを各ウェルに添加した。プレートを95℃で3分間インキュベートした後、95℃で1分間の後、95℃(10秒間)及び60℃(30秒間)の2ステップを40サイクル繰り返して反応させ、cDNAを増幅した。リバースプライマー(P2(抗原))の塩基配列はGGTCGGCGGATCAAAGTAGCTGCCGCTGCCGCTGCCGCA(配列番号7)である。
【0068】
【0069】
(回収されたDNAのPCRによる増幅)
表8に示すPCR mixtureに増幅したテンプレートDNA20μLを添加し、Phusion DNA polymeraseによりcDNAライブラリを増幅させた。調整したPCR mixtureをサーマルサイクラーにおいて95℃で3分間インキュベートした後、95℃、58℃、75℃の温度変化をqPCRで決定したサイクル繰り返すことでテンプレートDNAを増幅した。1%アガロースゲルで泳動して増幅を確認することで、最適サイクル数(N)を決定した。決定したPCR条件で増幅したテンプレートDNAライブラリを1%アガロースゲルで泳動して確認した。十分な増幅を確認後、Agencourt AMPure(商標) XPで精製した。
【0070】
【0071】
(2ラウンド目の転写)
10μLスケールのTranscription mixtureを調製し、増幅したDNAライブラリ0.1μMを50mU/uL T7 RNA polymeraseで転写した。Transcription mixtureには5mM NTPs、5μM DTT、20μM MgCl2を加えた。Transcription mixtureを37℃で1時間、転写反応させた後、75℃で5分間放置し、T7 RNA polymeraseを失活させた。
【0072】
(2ラウンド目のmRNAとPu-DNA連結)
Transcription産物5μMに1mM ATPs、10μM Pu-DNA、10μM スプリントDNAを混合し、1×ligation buffer で8μLスケールのLigation mixtureを調製した。Ligation mixtureを95℃で1分間温めた後、一定勾配で15分間かけて25℃まで温度を下げ、mRNA、Pu-DNA及びSplit DNAをアニーリングした。T4 ligaseを加え、37℃で1時間反応させた。
【0073】
抗NeuN抗体(クローン名A60)を上記のビーズに固定化して、DECODE法を実行した。DECODE法でスクリーニングしたペプチドのcDNAについて、次世代シーケンサーであるHiSeq3000(Illumina社製)で1抗体につき100万リードほど塩基配列を決定した。得られた塩基配列をアミノ酸に変換して、マウス及びヒトの全タンパク質データベース(UniProtから取得)と照合して特異的なアミノ酸配列についてクラスタリングを行い、モチーフを作成した。置換スコア関数にはBLOSUM62マトリクスを用いた。ただし、本研究では進化的なアミノ酸置換の生じにくさを考慮しないため、負の値は0とした行列を使った。
【0074】
抗NeuN抗体について得られたモチーフは、NeuNの一部に一致していた。抗NeuN抗体が結合するエピトープのアミノ酸配列をQPYPPAQYPPP(配列番号8)に決定した。
【0075】
抗NeuN抗体に対するDECODE法で決定したエピトープペプチドの競合阻害を検討した。C57BL/6JJclマウス(12週齢、オス)の脳破砕液を固定した後ブロッキングしたELISAプレートに、抗NeuN抗体(5nM)とペプチドとを混合した液を入れた。当該ペプチドは、DECODE法で決定した配列番号8にアミノ酸配列が示されるペプチド(以下“NeuN抗原ペプチド”とする)又は抗原ペプチドの連続する2アミノ酸をアラニンに置換した配列番号9に示すアミノ酸配列(QPYAAAQYPPP)からなるペプチド(以下“NeuN変異ペプチド”とする)である。NeuN抗原ペプチド及びNeuN変異ペプチドは、1024nMから1/2倍ずつ段階希釈してサンプルを調製した。
【0076】
ELISAプレートの各ウェルを、0.1%Tween20(商標)を含むPBSで4回洗浄した後、HRPが結合した2次抗体を加えた。0.1%Tween20(商標)を含むPBSで12回洗浄した後、各ウェルに基質を加えて発色させ、1M硫酸で反応を止め、吸光度(450nm)を測定した。
【0077】
(結果)
NeuN抗原ペプチド又はNeuN変異ペプチド存在下での吸光度を
図1に示す。NeuN抗原ペプチドは濃度依存的に抗NeuN抗体に結合して、抗NeuN抗体の抗原への結合を阻害することが示された。
【0078】
試験例2:抗NeuN抗体に対する置換ペプチドによる競合阻害
エピトープペプチドによる阻害に影響するアミノ酸配列上の位置を検討した。C57BL/6JJclマウス(12週齢、オス)の脳破砕液を固定した後ブロッキングしたELISAプレートに、抗NeuN抗体(6.7nM)と500nMから1/5倍ずつ段階希釈したNeuN_WTペプチド又はアラニン置換ペプチドとを混合した液を入れた。NeuN_WTペプチドは、抗NeuN抗体が結合するエピトープのアミノ酸配列を含むNeuNのアミノ酸配列の一部である。NeuN_WTペプチドのアミノ酸配列を配列番号10に示す。NeuNに係るアラニン置換ペプチドとは、NeuN_WTペプチドのアミノ酸配列のいずれか1アミノ酸がアラニン又はグリシンに置換された、配列番号11~24にアミノ酸配列が示されるペプチドである。なお、NeuN_WTペプチド及びNeuNに係るアラニン置換ペプチドのN末端はいずれもビオチンで修飾されている。
【0079】
ELISAプレートの各ウェルを、0.1%Tween20(商標)を含むPBSで4回洗浄した後、HRPが結合した2次抗体を加えた。0.1%Tween20(商標)を含むPBSで12回洗浄した後、各ウェルに基質を加えて発色させ、1M硫酸で反応を止め、吸光度(450nm)を測定した。
【0080】
(結果)
NeuN_WTペプチド又はアラニン置換ペプチド存在下での吸光度を
図2に示す。1個のアミノ酸置換を有するアラニン置換ペプチドでも濃度依存的に抗NeuN抗体に結合して、抗NeuN抗体の抗原への結合を阻害することが示された。
【0081】
試験例3:抗TH抗体に対するエピトープペプチドによる競合阻害
抗NeuN抗体に代えて抗TH抗体(クローン名EP1532Y)を上記のビーズに固定化して、上述のDECODE法を実行した。
【0082】
抗TH抗体について得られたモチーフは、THの一部に一致していた。抗TH抗体が結合するエピトープのアミノ酸配列をSPHTIRRSLEGVQDEL(配列番号25)に決定した。
【0083】
抗TH抗体に対するDECODE法で決定したエピトープペプチドの競合阻害を検討した。GSTタグが付加されたTHを発現させた大腸菌の破砕液を固定した後ブロッキングしたELISAプレートに、抗TH抗体(5nM)とペプチド2種とを混合した液を入れた。ペプチド2種とは、DECODE法で決定した配列番号25にアミノ酸配列を示すペプチド(以下“TH抗原ペプチド”とする)と、抗原ペプチドの連続する2アミノ酸をアラニンに置換した配列番号26に示すアミノ酸配列(SPHTIRRSLAAVQDEL)からなるペプチド(以下“TH変異ペプチド”とする)である。TH抗原ペプチド及びTH変異ペプチドは、1024nMから1/2倍ずつ段階希釈してサンプルを調製した。以降は、試験例1と同様に2次抗体及び基質を各ウェルに加え、吸光度(450nm)を測定した。
【0084】
(結果)
TH抗原ペプチド又はTH変異ペプチド存在下での吸光度を
図3に示す。TH抗原ペプチドは濃度依存的に抗TH抗体に結合して、抗TH抗体の抗原への結合を阻害することが示された。
【0085】
試験例4:抗TH抗体に対する変異ペプチドによる競合阻害
エピトープペプチドによる阻害に影響するアミノ酸配列上の位置を検討した。GSTタグが付加されたTHを発現させた大腸菌の破砕液を固定した後ブロッキングしたELISAプレートに、抗TH抗体(5nM)と625nMから1/5倍ずつ段階希釈したTH_WTペプチド又はアラニン置換ペプチドとを混合した液を入れた。TH_WTペプチドは、抗TH抗体が結合するエピトープのアミノ酸配列を含むTHのアミノ酸配列の一部である。TH_WTペプチドのアミノ酸配列を配列番号27に示す。THに係るアラニン置換ペプチドとは、TH_WTペプチドのアミノ酸配列のいずれか1アミノ酸がアラニンに置換された、配列番号28~41にアミノ酸配列が示されるペプチドである。なお、TH_WTペプチド及びTHに係るアラニン置換ペプチドのN末端はいずれもビオチンで修飾されている。以降は、試験例2と同様に2次抗体及び基質を各ウェルに加え、吸光度(450nm)を測定した。
【0086】
(結果)
TH_WTペプチド又はアラニン置換ペプチド存在下での吸光度を
図4に示す。1個のアミノ酸置換を有するアラニン置換ペプチドでも濃度依存的に抗TH抗体に結合して、抗TH抗体の抗原への結合を阻害することが示された。特定の位置のアミノ酸の置換によって、アラニン置換ペプチドの抗TH抗体への結合親和性が低下した。
【0087】
以下の実施例で使用する脱脂処理、染色剤染色用緩衝液及び免疫染色用緩衝液の組成を以下に示す。
CUBIC-L:
10質量% N-ブチルジエタノールアミン(東京化成工業社製 #B0725)
10質量% Triton X-100(ナカライテスク社製 #12967-45)
超純水
免疫染色バッファー:
10mM HEPES(ナカライテスク社製 #17514-15)
0.5M NaCl(ナカライテスク社製 #31319-45)
10質量% Triton X-100(ナカライテスク社製 #12967-45)
0.5% NaN3(和光純薬社製 #197-11091)
CUBIC-R:
45質量% アンチピリン(東京化成工業社製 #B1876)
30質量% ニコチンアミド(東京化成工業社製 #N0078)
1質量% N-ブチルジエタノールアミン(東京化成工業社製 #B0725)
超純水
【0088】
実施例1:抗NeuN抗体の浸透への効果の検討
B6Nマウス(8週齢、オス)を還流固定して脳を取り出し4%パラホルムアルデヒド(PFA) 10mLに24時間入れ保存した。その後、50% CUBIC-L 10mLに置換し、37℃で24時間、20rpmで前後に揺らした。100% CUBIC-L 10mLに置換し、37℃で48時間、20rpmで前後に揺らす操作を2回繰り返した。PBS 10mLに置換し、37℃で2時間、20rpmで前後に揺らす操作を3回繰り返した。免疫染色バッファー 15mLに置換し、37℃で1.5時間、20rpmで前後に揺らした。2×免疫染色バッファー 30μL、抗NeuN抗体(クローン名A60) 7.5ng(50pmol)、Alexa 594 conjugated anti-mouse IgG1 Fab 7.5ng及び試験例1に係るNeuN抗原ペプチド又はNeuN変異ペプチド 50pmol、250pmol若しくは500pmolを混合し水を加えて60μLにメスアップした後、37℃で1時間インキュベートした。その後、混合液に220μLの2×免疫染色バッファーと220μLの水とを加え混合し、免疫染色バッファーで液置換した脳を入れて37℃で5日間インキュベートした。10%tritonを含む0.1MPB 10mLに置換し、37℃で30分間、20rpmで前後に揺らす操作を2回繰り返した。さらに0.1MPB 10mLに置換し、37℃で1時間、20rpmで前後に揺らす操作した。その後、1%ホルムアルデヒドを含む0.1MPB 10mLに置換し、25℃で24時間、20rpmで前後に揺らした。さらに、0.1MPB 10mLに置換し、25℃で2時間、20rpmで前後に揺らした。50% CUBIC-R 10mLに置換し、37℃で24時間、20rpmで前後に揺らした。さらに、100% CUBIC-R 10mLに置換し、37℃で48時間、20rpmで前後に揺らし、2%アガロースを含むCUBIC-Rで作成したゲルに包埋し、ライトシート顕微鏡で観察した。
【0089】
(結果)
ライトシート顕微鏡で撮像した脳の画像を
図5に示す。左端の図に示すA-Bの領域を各画像で選択し、輝度値をAからの距離に対してプロットしたところ、
図6に示すように、NeuN抗原ペプチド非存在下では抗NeuN抗体が脳、特に小脳の外側付近に集積しているのに対し、NeuN抗原ペプチド存在下ではNeuN抗原ペプチドの濃度依存的に外側付近での集積が緩和され、脳の内側に抗NeuN抗体が浸透していた。一方、
図7に示すように、NeuN変異ペプチドの場合は、NeuN変異ペプチド存在下でも、脳の外側付近における抗NeuN抗体の集積が緩和されなかった。
【0090】
実施例2:抗TH抗体の浸透への効果の検討
抗体として抗TH抗体(クローン名EP1532Y) 5ng(33pmol)を使用し、Alexa 594 conjugated anti-mouse IgG1 Fabの使用量を5ngとし、NeuN抗原ペプチドを試験例3に係るTH抗原ペプチドとした点を除いて実施例1と同様の操作を行った。なお、TH抗原ペプチドの使用量は、33pmol、330pmol又は3300pmolとした。
【0091】
(結果)
ライトシート顕微鏡で撮像した脳の画像を
図8に示す。左端の図に示すA-B及びC-Dの領域を各画像で選択し、輝度値をA又はCからの距離に対してプロットした図をそれぞれ
図9及び
図10に示す。
図9及び
図10に示されたように、TH抗原ペプチド存在下では、抗TH抗体の脳の外側付近への集積がTH抗原ペプチドの濃度依存的に緩和され、脳の内側に抗TH抗体が浸透していた。
【0092】
本発明は、本発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、本発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等な発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、本発明の範囲内とみなされる。