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特開2023-144239ドアインパクトビーム用鋼管およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023144239
(43)【公開日】2023-10-11
(54)【発明の名称】ドアインパクトビーム用鋼管およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231003BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20231003BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20231003BHJP
   C21D 1/18 20060101ALI20231003BHJP
   C21D 9/08 20060101ALI20231003BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/14
C22C38/58
C21D1/18 M
C21D9/08 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022051132
(22)【出願日】2022-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001977
【氏名又は名称】弁理士法人クスノキ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福士 孝聡
(72)【発明者】
【氏名】和田 学
(72)【発明者】
【氏名】小川 敬久
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA06
4K042BA01
4K042BA02
4K042BA14
4K042CA01
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042CA14
4K042DA01
4K042DA06
4K042DB01
4K042DB07
4K042DC02
4K042DC03
(57)【要約】
【課題】衝突時の破断を防ぎ吸収エネルギーを向上させるために、耐淵割れ性に優れた高強度DIB用鋼管及びその製造方法を提供する。
【解決手段】所定の成分による鋼を用いた鋼管の表面から肉厚方向に50μmの位置におけるマルテンサイト面積分率が95%以上、かつ鋼管の肉厚中心位置におけるマルテンサイト面積分率95%以上であり、下記式(1)で求められる脱炭比が0.05~0.30であり、引張強度が1500MPa以上であることを特徴とするドアインパクトビーム用電縫鋼管およびその製造方法。
脱炭比=脱炭後の表面から深さ200μmまでの測定C量(脱炭後)/脱炭前の表面から深さ200μmまでの測定C量(脱炭前) (1)
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼管の成分が質量%で、
C:0.20~0.35%、
Si:0.03~1.40%、
Mn:1.00~3.00%、
P:0.000~0.030%、
S:0.000~0.010%、
Ti:0.010~0.200%、
Al:0.005~0.500%、
Nb:0.010~0.040%、
N:0.0005~0.0060%、
B:0.0005~0.0050%、
を含有し、残Feおよび不可避的不純物であり、鋼管表面から肉厚方向に50μmの位置におけるマルテンサイト面積分率が95%以上、かつ鋼管の肉厚中心位置におけるマルテンサイト面積分率95%以上であり、下記式(1)で求められる脱炭比が0.05~0.30であり、引張強度が1500MPa以上であることを特徴とするドアインパクトビーム用鋼管。
脱炭比=脱炭後の表面から深さ200μmまでの測定C量(脱炭後)/脱炭前の表面から深さ200μmまでの測定C量(脱炭前) (1)
【請求項2】
さらに質量%で、
Cu:0.00%超1.00%以下、
Ni:0.00%超1.00%以下、
Cr:0.00%超1.00%以下、
Mo:0.00%超0.50%以下、
V:0.00%超0.20%以下、
W:0.00%超0.10%以下、
Ca:0.0000%超0.0200%以下、
Mg:0.0000%超0.0200%以下、
Zr:0.0000%超0.0200%以下、
REM:0.0000%超0.0200%以下、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のドアインパクトビーム用鋼管。
【請求項3】
成分が質量%で、
C:0.20~0.35%、
Si:0.03~1.40%、
Mn:1.00~3.00%、
P:0.000~0.030%、
S:0.000~0.010%、
Ti:0.010~0.200%、
Al:0.005~0.500%、
Nb:0.010~0.040%、
N:0.0005~0.0060%、
B:0.0005~0.0050%、
を含有し、残Feおよび不可避的不純物である鋼を熱間圧延工程にて所定の厚さの熱間圧延した後に造管し、その後熱処理炉にて700~1100℃、熱処理時間が1~60分の熱処理を施した後に300℃以下まで冷却し、その後850~1000℃、保持時間が1~30秒加熱した後に200℃以下まで焼き入れ冷却することを特徴とするドアインパクトビーム用鋼管の製造方法。
【請求項4】
さらに質量%で、
Cu:0.00%超1.00%以下、
Ni:0.00%超1.00%以下、
Cr:0.00%超1.00%以下、
Mo:0.00%超0.50%以下、
V:0.00%超0.20%以下、
W:0.00%超0.10%以下、
Ca:0.0000%超0.0200%以下、
Mg:0.0000%超0.0200%以下、
Zr:0.0000%超0.0200%以下、
REM:0.0000%超0.0200%以下、
の1種または2種以上を含有する鋼であることを特徴とする請求項3に記載のドアインパクトビーム用鋼管の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の衝突部材であるドアインパクトビームおよびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の衝突部材であるドアインパクトビーム(以下、DIBと称する)には、衝突特性を上げるために1500MPa超級の引張強度を持つ高強度鋼管または高強度鋼板が使われる。しかしながら強度を高くすると、部材の曲げ性が低下するために衝突時に淵割れが顕著となり、ひどい場合は破断して、十分な吸収エネルギーが得られないだけでなく、泣き別れしたDIBが乗員に刺さって負傷するリスクもある。
【0003】
ここで淵割れとは、衝突時に部材にき裂が入る現象で、高強度材程顕著となる。衝突した際、DIBは衝突部で長手方向に折れ曲がるため、一般的にこの折れ曲がった箇所で周方向のき裂が生じる。これを淵割れと称している。この淵割れは、発生した場合、通常複数個生じるケースが多く、その中で最大長さの「最大淵割れ長さ」を指標とする。10mm以下の小さな淵割れが何個生じても吸収エネルギー特性にほとんど影響ないが、最大淵割れ長さが10mm超の場合は、き裂が長いために開口してDIBの変形モードが変化し、さらにき裂が長く生じる場合は、そのき裂を起点として変形時に部材が破断(これを泣き別れと称している)する。
【0004】
こうした背景から高強度であるが、耐淵割れ性にも優れるDIB用鋼管が望まれていた。過去文献では、前記した淵割れの課題に対する発明例は見当たらない。別目的では、例えば焼き割れの課題に対しては、特許文献1で表層のみをフェライト脱炭層とし軟質化して、割れを軽減するような発明はある。しかしながら、DIBの淵割れは衝突時に表層のみでなく板厚方向にもひずみが生じるため、表層のみをフェライトとする対策では不十分であり、板厚方向の特性も考慮した材質制御が求められる。
【0005】
また特許文献2では、フェライトとマルテンサイトの2相組織を有する、延性に優れた高強度鋼の発明がある。しかしながら淵割れ抑制の課題に対しては、硬質相と軟質相の境界に割れが生じてしまうため、割れ抑制の観点では有効な対策とはならない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第6747623号公報
【特許文献2】特許第4734812号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、衝突時の破断を防ぎ吸収エネルギーを向上させるために、耐淵割れ性に優れた高強度DIB用鋼管及びその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは課題を解決するために、淵割れの発生メカニズムを明らかにし、板厚方向の特性も考慮した上で表層を軟質なマルテンサイト組織とすることで、耐淵割れ性が大幅に向上することを明らかにした。即ち、
(1)鋼管の成分が質量%で、
C:0.20~0.35%、
Si:0.03~1.40%、
Mn:1.00~3.00%、
P:0.000~0.030%、
S:0.000~0.010%、
Ti:0.010~0.200%、
Al:0.005~0.500%、
Nb:0.010~0.040%、
N:0.0005~0.0060%、
B:0.0005~0.0050%、
を含有し、残Feおよび不可避的不純物であり、鋼管表面から肉厚方向に50μmの位置におけるマルテンサイト面積分率が95%以上、かつ鋼管の肉厚中心位置におけるマルテンサイト面積分率95%以上であり、下記式(1)で求められる脱炭比が0.05~0.30であり、引張強度が1500MPa以上であることを特徴とするドアインパクトビーム用鋼管である。
脱炭比=脱炭後の表面から深さ200μmまでの測定C量(脱炭後)/脱炭前の表面から深さ200μmまでの測定C量(脱炭前) (1)
【0009】
また、
(2)さらに質量%で、
Cu:0.00%超1.00%以下、
Ni:0.00%超1.00%以下、
Cr:0.00%超1.00%以下、
Mo:0.00%超0.50%以下、
V:0.00%超0.20%以下、
W:0.00%超0.10%以下、
Ca:0.0000%超0.0200%以下、
Mg:0.0000%超0.0200%以下、
Zr:0.0000%超0.0200%以下、
REM:0.0000%超0.0200%以下、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする(1)に記載のドアインパクトビーム用鋼管も好ましい。
【0010】
また、
(3)成分が質量%で、
C:0.20~0.35%、
Si:0.03~1.40%、
Mn:1.00~3.00%、
P:0.000~0.030%、
S:0.000~0.010%、
Ti:0.010~0.200%、
Al:0.005~0.500%、
Nb:0.010~0.040%、
N:0.0005~0.0060%、
B:0.0005~0.0050%、
を含有し、残Feおよび不可避的不純物である鋼を、熱間圧延工程にて所定の厚さの熱間圧延した後に造管し、その後熱処理炉にて700~1100℃、熱処理時間が1~60分の熱処理を施した後に300℃以下まで冷却し、その後850~1000℃、保持時間が1~30秒加熱した後に200℃以下まで焼き入れ冷却することを特徴とするドアインパクトビーム用鋼管の製造方法である。
【0011】
また、
(4)さらに質量%で、
Cu:0.00%超1.00%以下、
Ni:0.00%超1.00%以下、
Cr:0.00%超1.00%以下、
Mo:0.00%超0.50%以下、
V:0.00%超0.20%以下、
W:0.00%超0.10%以下、
Ca:0.0000%超0.0200%以下、
Mg:0.0000%超0.0200%以下、
Zr:0.0000%超0.0200%以下、
REM:0.0000%超0.0200%以下、
の1種または2種以上を含有する鋼であることを特徴とする(3)に記載のドアインパクトビーム用鋼管の製造方法も好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明により耐淵割れ性が大幅に改善されるため、より高強度なDIB用鋼管を提供することが可能となり、衝突時の吸収エネルギーの向上が見込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】は、DIBの脱炭比と最大淵割れ長さの関係を示すグラフである。
図2】は、DIBの滓表面硬さ/板厚中心硬さと最大淵割れ長さの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係るDIBは引張強度を1500MPa以上とする。引張強度が1500MPa未満では、DIBとして必要な吸収エネルギーが得られない。一方で2500MPa超では強度が高すぎるために、焼き入れ時の焼き割れや、その後の遅れ破壊、衝突時の部材破断が生じやすくなり、部材としての機能を発揮することが出来なくなるため、2500MPa以下であることが好ましい。
【0015】
そこでまず1500MPa以上の引張強度を確保するために、少なくとも肉厚中心位置のマルテンサイトの面積分率を95%以上とする必要がある。焼き入れが不十分でマルテンサイト面積分率が95%未満だと強度が不十分であり、DIBとして必要な吸収エネルギーが得られない。
【0016】
また、淵割れを抑制するために表層(表面から50μm位置)のマルテンサイト面積分率も95%以上とする必要がある。マルテンサイト面積分率が95%未満だと、生成した軟質な相がマルテンサイト組織との境界にひずみが集中し、そこが淵割れの起点となるため耐淵割れ性が劣化する。
【0017】
尚、引張強度の測定方法は、本発明のDIB用電縫鋼管における母材180°位置から、JIS 12号引張試験片を採取、採取したJIS 12号引張試験片について、JIS Z 2241に準拠して管軸方向の引張試験を行い、管軸方向の引張強さを測定する。得られた結果を、本開示の電縫鋼管の管軸方向の引張強さとする。
【0018】
またマルテンサイトの面積分率測定方法は、母材部のL断面における表層位置(表面から50μm位置)および板厚中心位置の組織を観察する。即ち、本発明の電縫鋼管における母材180°位置(即ち、電縫溶接部から鋼管周方向に180°ずれた位置。以下同じ。)のL断面(観察面)を研磨し、次いでナイタール腐食液によってエッチングする。エッチングされたL断面における表層位置および板厚中心位置の金属組織の写真(以下、「金属組織写真」ともいう)を撮影する。ここで、金属組織写真は、光学電子顕微鏡を用い、倍率1000倍にて10視野かつ10視野の合計面積で0.12mm分、撮影する。撮影した金属組織写真を画像処理(例えば(株)ニレコ製の小型汎用画像解析装置LUZEX AP)し、画像処理した結果に基づき、マルテンサイトの面積率の測定及び残部の特定を行う。面積率の測定及び残部の特定は、 JIS G 0551に準拠する。
【0019】
その上で、発明者らは、DIBにおける淵割れのメカニズムを詳細に調査し、耐淵割れ性が素材表層の延性と深く関係があると推察した。その上で、表層のみ延性を回復させることで改善する手段を鋭意検討した。
その結果、表層部(表面から深さ200μmまで)はC量の低いマルテンサイト組織とすることで、全体の強度低下が無く、かつ耐淵割れ性を向上できることを知見した。
【0020】
従来は特許文献1の様に、表層を軟化させるためにフェライト主体組織とした発明があるが、DIBの衝突の場合、単純な曲げの応力だけではなく、せん断や引張等の応力も加わるため、表層を極端に柔らかい組織にすると、硬質相と軟質相の境界にひずみが集中し淵割れが発生することから、表層をフェライトとするよりもマルテンサイトとした方が淵割れを抑制できると考えられる。
【0021】
具体的には、表層部について、表面から板厚方向に、EPMA(電子線マイクロアナライザー(Electron Probe Micro Analyzer、例えば島津製作所製EPMA-1720H)にて線分析を行い、深さ200μm位置までのC量を測定する。測定したC量の結果から、下記の式(1)にて脱炭比を算出する。
脱炭比=脱炭後の表面から深さ200μmまでの測定C総量(脱炭後)/脱炭前の表面から深さ200μmまでの添加C総量(脱炭前) (1)
【0022】
尚、最大淵割れ長さは、10mm以下が好ましい。最大淵割れ長さが10mm以下であれば、部材としての断面を確保できるため十分な吸収エネルギーが得られるが、10mm超となると部材の断面が変形し、吸収エネルギーも急激に低下する。また、場合によっては部材が破断し、乗員に危害を加える懸念もある。
【0023】
脱炭比と最大淵割れ長さの関係を調査した結果を図1に示す。淵割れについて許容できる最大淵割れ長さを10mm以下とするには、前述の式(1)の脱炭比が0.05以上必要なことがわかる。脱炭比が0.05未満では表層部を軟質化する効果が十分でなく、耐淵割れ性改善効果は得られないことがわかる。一方で、脱炭比が0.30超では過度に脱炭しているため母材の強度が不十分となり、DIBとして必要な吸収エネルギーが得られない。このため、前述の式(1)の脱炭比の範囲は0.05以上0.30以下となる。
【0024】
また表層部の脱炭比および表層のマルテンサイト面積分率が所定に範囲を満足すると、図2に示される様に、最大淵割れ長さが10mm以下の範囲は、最表層硬さ/板厚中心硬さが0.90以下の範囲となる。
【0025】
また最表層硬さ/板厚中心硬さが0.50未満では表面が柔らかく強度が低いため、DIBとして必要な吸収エネルギーが得られなくなるので、最大淵割れ長さを10mm以下としつつ強度を確保するには最表層硬さ/板厚中心硬さが0.50以上、0.90以下とすることが好ましい。尚、最表層硬さ/板厚中心硬さが0.90超では表面が硬すぎるため、淵割れを抑制するのに十分な効果が得られない。
【0026】
<硬さ測定方法>
ここで最表層硬さおよび板厚中心硬さの測定は、マイクロビッカース硬度計にて、前記した組織観察を行ったのと同じ位置で行った。すなわち最表層硬さの測定は母材部のL断面における表層50μm位置でおこない、板厚中心硬さの測定は母材部のL断面における板厚中心位置でおこなった。荷重は50kgfで鋼管周方向に0.3mmピッチで10点測定し、その平均値を硬さの値とする。
【0027】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0028】
<母材部の化学組成>
以下、本開示の電縫鋼管における母材部の化学組成(以下、「本開示における化学組成」ともいう。)について説明する。本発明では、母材部の化学組成によらない。例えば使用する鋼としては、一般的な高強度焼き入れ用鋼で良く、質量%でC:0.27%,Si:0.2%、Mn:1.2%、Ti:0.03%、B:20ppm程度といった成分が一例となる。しかしながら安定的に1500MPa以上の強度を得るために以下の質量%の成分範囲が好ましい。
【0029】
C:0.20~0.35%、
DIBとして必要な強度を持たせるために、C量は0.20%以上が望ましい。一方で0.35%超となると強度が高くなり過ぎて、焼き入れ時の焼き割れや、その後の遅れ破壊、衝突時の部材破断が生じやすくなり、部材としての機能を発揮することが出来なくなる。
【0030】
Si:0.03~1.40%、
Siは、脱酸のために用いられる元素である。Si含有量が0.03%未満では、脱酸が不十分となり粗大な酸化物が生成する場合がある。従って、Si含有量は0.03%以上が好ましい。一方、Si含有量が1.40%を超えるとSiOなどの介在物の生成を招き、曲げ成形時に微小ボイドが発生しやすくなる場合がある。従って、Si含有量は1.40%以下が好ましい。
【0031】
Mn:1.00~3.00%、
Mnは焼き入れ性を向上させる元素であり、本発明の高強度鋼を造り込むには、Mn量は1.00%以上が好ましい。一方で、3.00%を超えると粗大なMnSが生成し衝突特性が劣化する懸念があるため、3.00%以下が好ましい。
【0032】
P:0.000~0.030%、
Pは、鋼中に不純物として含まれ得る元素である。P含有量が0.030%を超えると、結晶粒界に濃化しやすくなり、衝突特性が劣化する場合がある。従って、P含有量は0.030%以下が好ましい。一方、P含有量は、本発明の場合、実質的に不純物であるので0.000%であってもよい。
【0033】
S:0.000~0.010%、
Sは、鋼中に不純物として含まれ得る元素である。S含有量が0.010%を超えると、粗大なMnSが生成し、衝突特性が劣化する場合がある。従って、S含有量は0.010%以下が好ましい。一方、S含有量は、本発明の場合、実質的に不純物であるので0.000%であってもよい。
【0034】
Ti:0.010~0.200%、
TiはNを固定しBNが生成するのを防ぐことで、B添加による焼き入れ性向上効果を確保するために必要な元素である。この効果を得るためには、0.010%以上が好ましい。一方で、過剰に添加すると、粗大なTiNが生成し、衝突特性を劣化させる懸念があるため、0.200%以下が好ましい。
【0035】
Al:0.005~0.500%、
Alは、AlNを生成し、ピンニング効果によりオーステナイト粒の微細化に寄与し、その結果として、強度寄与する元素である。Al含有量が0.005%未満では、強度への寄与は期待できない。従って、Al含有量は0.005%以上が好ましい。一方、Al含有量が0.500%を超えると粗大なAlNが析出し、衝突特性が劣化する場合がある。従って、Al含有量は0.500%以下が好ましい。
【0036】
Nb:0.010~0.040%、
Nbは、NbCを生成し、ピンニング効果によりオーステナイト粒の微細化に寄与し、その結果として強度に寄与する元素である。Nb含有量が0.010%未満では、強度への寄与は期待できない。よってNb含有量は0.010%以上が好ましい。一方、Nb含有量が0.040%を超えると粗大なNbCが析出し、衝突特性が劣化する場合がある。従って、Nb含有量は0.040%以下が好ましい。
【0037】
N:0.0005~0.0060%、
Nは、AlNを生成し、ピンニング効果によりオーステナイト粒の微細化に寄与し、その結果として、強度に寄与する元素である。N含有量が0.0005%未満では、強度への寄与は期待できない。従って、N含有量は0.0005%以上が好ましい。一方、N含有量が0.0060%を超えると粗大なAlNが析出し、衝突特性が劣化する場合がある。従って、N含有量は0.0060%以下が好ましい。
【0038】
B:0.0005~0.0050%、
Bは焼き入れ性を大きく向上させ、本発明の高強度鋼を造り込むのに必要な元素である。その効果を得るには、B含有量は0.0005%以上が好ましい。一方で、0.0050%を超過するとBの析出物が生じ固溶Bが確保できずに焼き入れ性が低下してしまうため、0.0050%以下が好ましい。
【0039】
また選択元素として、強度に影響を及ぼす以下の元素を1種または2種以上含有してもよい。
【0040】
Cu:0.00%超1.00%以下、
Cuは、任意の元素であり、含有されなくてもよい。即ち、Cu含有量は0.00%であってもよい。含有する場合は0.00%超である。Cuは、鋼の強度に影響を及ぼす元素である。一方、Cuを過剰に含有させると、効果が飽和してコストの上昇を招く場合がある。従って、1.00%以下が好ましい。
【0041】
Ni:0.00%超1.00%以下、
Niは、任意の元素であり、含有されなくてもよい。即ち、Ni含有量は0.00%であってもよい。含有する場合は0.00%超である。Niは、鋼の強度に影響を及ぼす元素である。一方、Niを過剰に含有させると、効果が飽和してコストの上昇を招く場合がある。従って、1.00%以下が好ましい。
【0042】
Cr:0.00%超1.00%以下、
Crは、任意の元素であり、含有されなくてもよい。即ち、Cr含有量は0.00%であってもよい。含有する場合は0.00%超である。Crは、鋼の高強度化に寄与する元素である。一方、Crを過剰に含有させると、効果が飽和してコストの上昇を招く場合がある。従って、1.00%以下が好ましい。
【0043】
Mo:0.00%超0.50%以下、
Moは、任意の元素であり、含有されなくてもよい。即ち、Mo含有量は0.00%であってもよい。含有する場合は0.00%超である。Moは、鋼の高強度化に寄与する元素である。一方、Moを過剰に含有させると、効果が飽和してコストの上昇を招く場合がある。従って、0.50%以下が好ましい。
【0044】
V:0.00%超0.20%以下、
Vは、任意の元素であり、含有されなくてもよい。即ち、V含有量は0.00%であってもよい。含有する場合は0.00%超である。Vは、鋼の高強度化に寄与する元素である。一方、Vを過剰に含有させると、効果が飽和してコストの上昇を招く場合がある。従って、0.20%以下が好ましい。
【0045】
W:0.00%超0.10%以下、
Wは、任意の元素であり、含有されなくてもよい。即ち、W含有量は0.00%であってもよい。含有する場合は0.00%超である。Wは、鋼の高強度化に寄与する元素である。一方、Wを過剰に含有させると、効果が飽和してコストの上昇を招く場合がある。従って、0.10%以下が好ましい。
【0046】
Ca:0.0000%超0.0200%以下、
Caは、任意の元素であり、含有されなくてもよい。即ち、Ca含有量は0.0000%であってもよい。含有する場合は0.0000%超である。Caは、介在物を制御し、衝突特性をさらに向上させたり強度に影響を及ぼす効果を有する。一方、Caを過剰に含有させると、粗大な介在物が生じ、衝突特性が劣化する場合がある。従って0.0200%以下が好ましい。
【0047】
Mg:0.0000%超0.0200%以下、
Mgは、任意の元素であり、含有されなくてもよい。即ち、Mg含有量は0.0000%であってもよい。含有する場合は0.0000%超である。Mgは、介在物を制御し、衝突特性をさらに向上させたり強度に影響を及ぼす効果を有する。一方、Mgを過剰に含有させると、粗大な介在物が生じ、衝突特性が劣化する場合がある。従って0.0200%以下が好ましい。
【0048】
Zr:0.0000%超0.0200%以下、
Zrは、任意の元素であり、含有されなくてもよい。即ち、Zr含有量は0.0000%であってもよい。含有する場合は0.0000%超である。Zrは、介在物を制御し、衝突特性をさらに向上させたり強度に影響を及ぼす効果を有する。一方、Zrを過剰に含有させると、粗大な介在物が生じ、衝突特性が劣化する場合がある。従って0.0200%以下が好ましい。
【0049】
REM:0.0000%超0.0200%以下、
REMは、任意の元素であり、含有されなくてもよい。即ち、REM含有量は0.0000%であってもよい。含有する場合は0.0000%超である。ここで、「REM」は希土類元素、即ち、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、及びLuからなる群から選択される少なくとも1種の元素を指す。REMは、介在物を制御し、衝突特性をさらに抑制させたり強度に影響を及ぼす効果を有する。一方、REMを過剰に含有させると、粗大な介在物が生じ、衝突特性が劣化する場合がある。従って0.0200%以下が好ましい。
【0050】
製法は、製鋼⇒熱延⇒造管⇒熱処理⇒冷却⇒高周波焼き入れの工程の順である。熱処理工程で表層の脱炭を行い、一旦冷却した後に高周波焼き入れ工程で組織の作りこみを行う。故に、造管工程までの製法は最終製品の特性に影響せず、一般的な熱延条件、一般的な造管条件で良い。
【0051】
十分な耐淵割れ性を得るための熱処理の条件は、熱処理炉にて炉温が700~1100℃、熱処理時間が1~60分である。熱処理の温度が700℃未満であるとCの拡散が不十分であり、表層の脱炭が十分におこらない。一方で1100℃超であると、脱炭が進み過ぎて部材の強度が低下し、DIBとして必要な吸収エネルギーが得られない。熱処理の時間が1分未満であるとCの拡散が不十分であり、表層の脱炭が十分におこらない。一方で時間が60分超であると、脱炭が進み過ぎて部材の強度が低下し、DIBとして必要な吸収エネルギーが得られない。尚、ここで熱処理炉とは雰囲気制御を行わない通常の空気を雰囲気ガスとする大気炉が例示できるが、大気炉限定でなく、酸素をパージした雰囲気ガス等用いた炉も含む。
【0052】
熱処理と高周波焼き入れの間には冷却を必要とし、少なくとも300℃以下に下げる必要があり、好ましくは常温(100℃以下)とする。300℃以上だと粗大なγ相が存在したまま高周波焼き入れが行われるため、粗大な結晶粒のDIB用鋼管となってしまい、十分な吸収エネルギーが得られない。100℃以下まで冷却すれば、完全に変態が完了しており粗大粒がなくなるとともに、部材内の温度分布が均一となるため材質のばらつきが生じ難い。
【0053】
次に高周波焼き入れ時の条件は、加熱温度が850~1000℃、保持時間が1~30秒である。高周波焼き入れ温度が850℃未満であると二相域となるため、マルテンサイト分率が面積%で95%以上が得られない。一方で1000℃を超えると、結晶粒が粗大化して靭性が劣化するため、衝突時に部材が破断する可能性があり、DIBとして必要な吸収エネルギーが得られない。また、高周波焼き入れの保持時間が1秒未満ではγ相に逆変態する時間が十分では無いため、マルテンサイト分率95%以上が得られず、30秒を超えても特性上は問題無いものの、高周波焼き入れラインの速度を大幅に落とさなければいけないため、生産性が著しく低下する。
【0054】
また焼き入れ終了温度は200℃以下である。200℃超であるとマルテンサイト変態が完了していないため、十分なマルテンサイト分率が得られない。
【実施例0055】
表1に示す成分の鋼を、製鋼⇒熱延⇒造管⇒熱処理⇒冷却⇒高周波焼き入れの工程でφ35.0×t2.0mmの高強度DIB用鋼管を表2に示す条件で製造した。このとき、造管までは一般的な条件で製造し、熱処理および高周波焼き入れの工程で条件を変化させた。また、熱処理後は室温まで下がった後に高周波焼き入れを行った(比較例8を除く)。製造した鋼管を1m長さに切断し、曲げスパン600mm、負荷子半径=150mm、負荷子速度=100mm/minの条件で150mm変位まで3点曲げ試験を行った際の、最大淵割れ長さ(mm)および吸収エネルギー(J)を測定した。
【0056】
【表1】
【0057】
【表2】
【0058】
表2の実施例では、長さ10mm未満の軽微な淵割れは生じるものの、吸収エネルギーに影響をおよぼすような10mm超の淵割れは生じなかった。
【0059】
一方で比較例1では、熱処理工程の炉温が低すぎるために脱炭の効果が十分でなく、硬度比および脱炭比がNGとなり、顕著な淵割れを生じ、その影響で吸収エネルギーも大幅に低下して、高強度DIBに必要な吸収エネルギーとなる1800J以上を確保出来なかった。
【0060】
また比較例2では、炉温が高すぎるために脱炭が進み過ぎ、高強度DIBに必要な強度を確保できず、吸収エネルギーも大幅に低下した。比較例3では、熱処理工程の時間が短すぎるために、脱炭の効果が十分でなく硬度比および脱炭比が所定範囲を外れており、顕著な淵割れを生じて、吸収エネルギーも大幅に低下した。
【0061】
比較例4では、熱処理工程の時間が長すぎるために脱炭が進み過ぎ硬度比が所定範囲を外れており、また高強度DIBに必要な強度を確保できず、吸収エネルギーも大幅に低下した。比較例5では、高周波焼き入れ時の加熱温度が低すぎるために、二相域となってしまい十分なマルテンサイト分率を確保できず、淵割れが顕著となって吸収エネルギーも低下した。
【0062】
比較例6では加熱温度が高すぎるために、粒径が粗大化して靭性が大幅に低下し、淵割れが顕著となるだけでなく吸収エネルギーも大幅に低下した。比較例7では、高周波焼き入れ時の保持時間が短すぎるために、γに逆変態する十分な時間がなく、マルテンサイト分率が低下した。このため引張強度が低下しただけでなく、淵割れも顕著に生じて吸収エネルギーも大幅に低下した。比較例8では熱処理工程の後、320℃に冷却した後に高周波焼き入れを行ったため、粗大なγ粒に起因して結晶粒が粗大化し、淵割れが生じて吸収エネルギーが低下、1800Jに及ばなかった。
【0063】
このように実施例では淵割れを抑制し十分な吸収エネルギーが得られるが、比較例では吸収エネルギーが低下するだけでなく、淵割れが顕著な場合は自動車での衝突時に破断の懸念もあるために、安全面も課題となる。
図1
図2