(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023144254
(43)【公開日】2023-10-11
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼形鋼およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231003BHJP
C21D 6/00 20060101ALI20231003BHJP
C22C 38/58 20060101ALN20231003BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C21D6/00 102A
C22C38/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022051152
(22)【出願日】2022-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】奥井 利行
(72)【発明者】
【氏名】松本 実菜美
(72)【発明者】
【氏名】長▲崎▼ 健一
(57)【要約】
【課題】高い表面光沢度を有し、表面光沢の異方性が少ないオーステナイト系ステンレス鋼形鋼を提供する。
【解決手段】長手方向に延び、前記長手方向に平行な平面を有するオーステナイト系ステンレス鋼形鋼であって、Gs(60°)での鏡面光沢度を測定する場合に、長手方向の鏡面光沢度L1および長手方向に垂直な方向の鏡面光沢度L2が10以上であり、L1とL2との関係が、[|L1-L2|≦5]を満足し、表面におけるビッカース硬さHSと、表面に垂直な断面の厚さ中央位置におけるビッカース硬さHCとの関係が、[30≦HS-HC≦150]を満足する、オーステナイト系ステンレス鋼形鋼。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
長手方向に延び、前記長手方向に平行な平面を有するオーステナイト系ステンレス鋼形鋼であって、
前記平面においてJIS Z 8741:1997で規定されるGs(60°)での鏡面光沢度を測定する場合に、前記長手方向の鏡面光沢度L1、および前記長手方向に垂直な方向の鏡面光沢度L2が10以上であり、L1とL2との関係が、下記(i)式を満足し、
前記平面の表面におけるビッカース硬さHSと、前記表面に垂直な断面の厚さ中央位置におけるビッカース硬さHCとの関係が、下記(ii)式を満足する、オーステナイト系ステンレス鋼形鋼。
|L1-L2|≦5 ・・・(i)
30≦HS-HC≦150 ・・・(ii)
但し、上記(ii)式中のHSおよびHCは、試験力を1kgfとした場合の硬さ(HV1)である。
【請求項2】
35℃で、5wt%のNaCl溶液を2h噴霧した後に、60℃、相対湿度30%の乾燥雰囲気中で4h保持し、50℃、相対湿度95%の湿潤雰囲気中で2h保持するサイクルを1サイクルとする、乾湿繰り返し試験を9サイクル行い、9サイクル経過後の表面において、JIS Z 2371:2015で規定されるレイティングナンバーが8以上である、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼。
【請求項3】
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼の製造方法であって、
熱間加工工程と、焼鈍工程と、脱スケール工程とを備え、
前記脱スケール工程において、金属および/またはセラミックからなり、平均粒径が50~300μmの投射材を1.5~6.0vol.%の割合で水と混合したスラリーを、インペラーまたは空気圧で投射するブラスト処理を行なう、オーステナイト系ステンレス鋼形鋼の製造方法。
【請求項4】
請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼の製造方法であって、
前記焼鈍工程において、ガスバーナー炉を用い、燃焼ガスの空燃比が1.0超、水蒸気量が12vol.%以上である炉内雰囲気で、鋼の表面温度が1100~1300℃となるように5~30分間保持する、請求項3に記載のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼形鋼およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は、優れた耐食性を有する。このため、ステンレス鋼形鋼は、水処理施設といった社会インフラ設備用の構造用材料として、使用されている。
【0003】
ステンレス鋼形鋼では、通常、非特許文献1に記載されるようなNo.1仕上げと呼ばれる表面処理が施される。No.1仕上げは、熱処理および酸洗等の表面処理を行うことをいい、No.1仕上げを行うことで、銀白色の美観を有するステンレス鋼形鋼が得られる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】ステンレス協会「ステンレスの初歩」改訂委員会,“ステンレスの初歩 2015”,平成27年,P20
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、本発明者らの検討の結果、No.1仕上げによりオーステナイト系ステンレス鋼形鋼を製造する場合、表面光沢が低下し、意匠性が悪くなる場合があることが分かった。一方、表面光沢を高めるために、表面を機械研磨することも考えられるが、形鋼の形状に合わせた研磨が必要になる。この場合、一方向の研磨となり、研磨方向とそれ以外の方向とで表面光沢度の差が大きくなってしまう。このため、表面光沢の異方性が大きくなり、却って意匠性が低下するという課題がある。
【0006】
本発明は、上記の課題を解決し、高い表面光沢度を有し、表面光沢の異方性が少ないオーステナイト系ステンレス鋼形鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼およびその製造方法を要旨とする。
【0008】
(1)長手方向に延び、前記長手方向に平行な平面を有するオーステナイト系ステンレス鋼形鋼であって、
前記平面においてJIS Z 8741:1997で規定されるGs(60°)での鏡面光沢度を測定する場合に、前記長手方向の鏡面光沢度L1、および前記長手方向に垂直な方向の鏡面光沢度L2が10以上であり、L1とL2との関係が、下記(i)式を満足し、
前記平面の表面におけるビッカース硬さHSと、前記表面に垂直な断面の厚さ中央位置におけるビッカース硬さHCとの関係が、下記(ii)式を満足する、オーステナイト系ステンレス鋼形鋼。
|L1-L2|≦5 ・・・(i)
30≦HS-HC≦150 ・・・(ii)
但し、上記(ii)式中のHSおよびHCは、試験力を1kgfとした場合の硬さ(HV1)である。
【0009】
(2)35℃で、5wt%のNaCl溶液を2h噴霧した後に、60℃、相対湿度30%の乾燥雰囲気中で4h保持し、50℃、相対湿度95%の湿潤雰囲気中で2h保持するサイクルを1サイクルとする、乾湿繰り返し試験を9サイクル行い、9サイクル経過後の表面において、JIS Z 2371:2015で規定されるレイティングナンバーが8以上である、上記(1)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼。
【0010】
(3)上記(1)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼の製造方法であって、
熱間加工工程と、焼鈍工程と、脱スケール工程とを備え、
前記脱スケール工程において、金属および/またはセラミックからなり、平均粒径が50~300μmの投射材を1.5~6.0vol.%の割合で水と混合したスラリーを、インペラーまたは空気圧で投射するブラスト処理を行なう、オーステナイト系ステンレス鋼形鋼の製造方法。
【0011】
(4)上記(2)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼の製造方法であって、
前記焼鈍工程において、ガスバーナー炉を用い、燃焼ガスの空燃比が1.0超、水蒸気量が12vol.%以上である炉内雰囲気で、鋼の表面温度が1100~1300℃となるように5~30分間保持する、上記(3)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、高い表面光沢度を有し、表面光沢の異方性が少ないオーステナイト系ステンレス鋼形鋼を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼形鋼の表面光沢およびその他の特性について検討を行い、以下の(a)~(e)の知見を得た。
【0014】
(a)オーステナイト系ステンレス鋼形鋼の製造では、金属組織を制御するため、焼鈍工程が行われる。焼鈍工程は、大気雰囲気中で、材料温度として1000~1100℃の熱処理を行う工程である。この焼鈍工程では、鋼の表面に強固な酸化スケールが形成することから、脱スケールを行うために、例えば、鋼粒子を投射材としたショットブラストを行った上で、弗化水素酸を含む酸を用い、酸洗処理を行う。この、焼鈍工程から酸洗処理を行う一連の工程が、No.1仕上げと呼ばれる処理である。
【0015】
そして、上述したNo.1仕上げでオーステナイト系ステンレス鋼形鋼を製造した場合、十分な表面光沢が失われる。本発明者らは、この原因がCr欠乏層であることを明らかにした。
【0016】
(b)オーステナイト系ステンレス鋼を焼鈍すると、鋼中のCrが優先的に酸化され、Cr酸化物が多く含まれる酸化スケール、いわゆるクロミアスケールが形成する。その一方、クロミアスケールの直下の鋼板母材では、Cr含有量が低下したCr欠乏層が形成する。このCr欠乏層は、スケールが除去された後、表面に露出する。そして、続く酸洗工程で、Cr欠乏層が優先的に溶解することで、表面に凹凸を形成させ、表面光沢を低下させる。
【0017】
(c)そこで、本発明者らは、酸洗をせずに、脱スケールを行うことを検討した。そして、酸洗をせずに脱スケールを行うために、所定の平均粒径の投射材と水との混合物であるスラリーを投射するブラスト処理が有効であることを明らかにした。これにより、酸洗を行わずに、十分脱スケールを行うことができるため、Cr欠乏層の優先的な溶解を抑制できる。
【0018】
(d)また、スラリーを投射するブラスト処理では、表面硬さを適度に高くすることができる。これにより、耐傷つき性を向上させ、長期使用時での外観の劣化を抑制できる。さらに、表面に残留圧縮応力を付与することができ、耐SCC性を良好にすることができる。一方、鋼粒子を用いたショットブラストを実施した場合に比べて、過度に表面硬さが上昇することがないため、加工性の過度な低下を防止できる。
【0019】
(e)さらに、脱スケール後にも、Cr欠乏層が残存している場合、耐食性の観点からも望ましくない。このため、本発明者らは、焼鈍雰囲気を制御することで、FeとCrとの混合酸化物を含むスケールを形成させるのが望ましいことも明らかにした。
【0020】
本発明の一実施形態は上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼の各要件について詳しく説明する。
【0021】
1.オーステナイト系ステンレス鋼形鋼の形状
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼は、長手方向に延び、長手方向に平行な平面を有するオーステナイト系ステンレス鋼形鋼であればよい。なお、形鋼としては、通常、山形鋼(アングル)、溝形鋼(チャンネル)、H形鋼などの異形断面の長尺材が一般的である。
【0022】
2.オーステナイト系ステンレス鋼形鋼の種類
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼の鋼種は、JIS G 4317:2013または、ASTM A276で定められている種類であれば、特に限定されない。例えば、JISでは、SUS304、SUS304L、ASTM304L、SUS316、SUS316Lといった種類のオーステナイト系ステンレス鋼であるのが望ましい。また、ASTMでは、Type304、Type304L、Type316、Type3016Lといった種類のオーステナイト系ステンレス鋼であるのが望ましい。なお、以下で、鋼中に含まれる各元素の含有量の好ましい範囲を説明する。以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0023】
C:0.01~0.15%
C(炭素)は、ステンレス鋼の強度を高めるとともに、金属組織としてのオーステナイトの安定度を調整するために有効である。目的とする強度と金属組織に応じて含有量を調整するが、過剰にC含有量を低減すると、精錬コストが嵩む。このため、C含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。しかしながら、Cを過剰に含有させると、金属組織中に炭化物が晶出して耐食性を損なう恐れがある。このため、C含有量は、0.15%以下とするのが好ましく、0.08%以下とするのがより好ましい。
【0024】
Si:0.2~1.5%
Si(珪素)は、主に、ステンレス鋼の強度を調整するために使用される元素である。このため、Si含有量は、0.2%以上とするのが好ましい。しかしながら、Siを過剰に含有させると、鋼が過度に硬化して材料の靭性を損なうおそれがある。このため、Si含有量は、1.5%以下とするのが好ましく、1.0%以下とするのがより好ましい。
【0025】
Mn:0.5~2.5%
Mn(マンガン)は、ステンレス鋼を固溶強化させるとともに、金属組織としてのオーステナイト安定度を調整するために使用される元素である。このため、Mn含有量は、0.5%以上とするのが好ましい。しかしながら、Mnを過剰に含有させると、配合コストの上昇を招く他、不純物元素であるSと粗大な化合物を形成する恐れがある。このため、Mn含有量は、2.5%以下とするのが好ましく、2.0%以下とするのがより好ましい。
【0026】
P:0.045%以下
P(リン)は、鋼中に含まれる不純物元素である。そして、P含有量が過剰になると、粒界に偏析して熱間での粒界強度を損なう恐れがあるが、P含有量を過剰に低減すると、精錬コストが嵩むため、P含有量は、0.045%以下とするのが好ましい。
【0027】
S:0.03%以下
S(硫黄)は、鋼中に含まれる不純物元素である。そして、S含有量が過剰になると、Mn等と化合物を形成して粗大な介在物を形成する恐れがあるが、S含有量を過剰に低減すると、精錬コストが嵩むため、S含有量は、0.03%以下とするのが好ましい。
【0028】
Ni:8~22%
Ni(ニッケル)は、ステンレス鋼を固溶強化するとともに、金属組織としてのオーステナイト相を安定化する目的で使用される。このため、Ni含有量は、8%以上とするのが好ましい。しかしながら、Niを過剰に含有させると、配合コストの上昇を招く。このため、Ni含有量は、22%以下とするのが好ましく、15%以下とするのがより好ましい。
【0029】
Cr:16~26%
Cr(クロム)は、ステンレス鋼を固溶強化するとともに、耐食性を高める効果を有する。このため、Cr含有量は、16%以上とするのが好ましい。しかしながら、Crを過剰に含有させると、配合コストの上昇を招く。このため、Cr含有量は、26%以下とするのが好ましく、20%以下とするのがより好ましい。
【0030】
Mo:0~3.0%
Mo(モリブデン)は、ステンレス鋼を固溶強化するとともに、塩水環境に晒されたオーステナイト系ステンレス鋼に発生する孔食の発生を抑制する効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Moを過剰に含有させると、配合コストの上昇を招く。このため、Mo含有量は、3.0%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Mo含有量は、2.0%以上とするのが好ましい。
【0031】
その他、Cu、N、Alが含有される場合がある。Cuは、スクラップを原料に使用した場合に含有される場合があり、Cu含有量は、0.75%以下とするのが好ましい。また、Nは、強度調整を目的として、含有される場合があり、N含有量は、0.10%以下とするのが好ましい。Alは、脱酸剤として使用されるため、含有される場合があり、Al含有量は、0.03%以下とするのが好ましい。
【0032】
上述した元素を含み、残部は、Feおよび不純物であるのが好ましい。ここで「不純物」とは、オーステナイト系ステンレス鋼形鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本実施形態に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。総量で0.5%以下であれば問題の無いレベルである。
【0033】
3.鏡面光沢度
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼においては、下記記載の鏡面光沢度のL1およびL2を以下の範囲に制御する。
【0034】
長手方向に平行な平面において、長手方向の鏡面光沢度L1は10以上とする。長手方向の鏡面光沢度L1が10未満であると、意匠性の観点から望ましくない。また、表面性状が不良になり、腐食が生じやすくなる。このため、長手方向の鏡面光沢度L1は10以上とする。長手方向の鏡面光沢度L1は、12以上とするのが好ましい。長手方向の鏡面光沢度L1の上限は特に限定されないが、防眩性の観点から、50以下とするのが好ましく、30以下とするのがより好ましい。
【0035】
同様に、長手方向に平行な平面において、長手方向に垂直な方向の鏡面光沢度L2は10以上とする。長手方向に垂直な方向の鏡面光沢度L2が10未満であると、意匠性の観点から望ましくない。また、表面性状が不良になり、腐食が生じやすくなる。このため、長手方向に垂直な方向の鏡面光沢度L2は10以上とする。長手方向に垂直な方向の鏡面光沢度L2は、12以上とするのが好ましい。長手方向に垂直な方向の鏡面光沢度L2の上限は特に限定されないが、防眩性の観点から、50以下とするのが好ましく、30以下とするのがより好ましい。
【0036】
さらに、長手方向に平行な平面において、上述したL1とL2との関係が、下記(i)式を満足する。
|L1-L2|≦5 ・・・(i)
【0037】
L1とL2との差の絶対値である、(i)式左辺値が5を超えると、方向の違いによる表面光沢の差が大きくなる。すなわち、光沢の異方性が生じ、方向によって、光沢の違いが出てしまう結果、意匠性が低下する。このため、(i)式左辺値は、5以下とする。(i)式左辺値は、3以下とするのが好ましい。
【0038】
なお、鏡面光沢度は、JIS Z 8741:1997で規定されており、上述した鏡面光沢度L1およびL2は、光沢計で測定する。光沢計は、例えば、スガ試験機株式会社製のグロスメータ―GM-1を使用すればよい。本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼では、入射角を60°とした60°鏡面光沢度であるGs(60°)を、鏡面光沢度の指標とする。
【0039】
4.ビッカース硬さ
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼は、以下の位置におけるビッカース硬さを制御する。具体的には、長手方向に平行な平面の表面におけるビッカース硬さHSと、上記表面に垂直な断面の厚さ中央位置におけるビッカース硬さHCとの関係が、下記(ii)式を満足する。
【0040】
30≦HS-HC≦150 ・・・(ii)
但し、上記(ii)式中のHSおよびHCは、試験力を1kgfとした場合の硬さ(HV1)である。
【0041】
長手方向に平行な平面の表面におけるビッカース硬さである、HSと、当該表面に垂直な断面の厚さ中央位置におけるビッカース硬さである、HCとの差(以下、「(ii)式中辺値」とも記載する。)が、30HV1未満であると、耐傷つき性が低下し、外観が劣化する。このため、(ii)式中辺値は、30HV1以上とする。(ii)式中辺値は、60HV1以上とするのが好ましい。
【0042】
一方、(ii)式中辺値が150HV1を超えると、ボルト孔等を明けにくくなり、打ち抜き加工等がしにくくなり、加工性が低下する。このため、(ii)式中辺値は、150HV1以下とする。
【0043】
なお、上述したHSおよびHCは、JIS Z 2244:2009に従ってビッカース硬さ試験機を用い、試験力を1kgfとして、測定すればいい。長手方向に平行な平面の表面において、5点硬さを測定し、その平均値をHSとする。同様に、上記表面に垂直な断面の厚さ中央位置で、5点硬さを測定し、その平均値をHCとする。その際、各測定点は、互いの測定の影響を受けないように、圧痕の対角線長さの3倍以上の間隔を空けて測定する。
【0044】
5.残留圧縮応力
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼では、後述するように、ショットブラストではなく投射材と水との混合物であるスラリーを投射するブラスト処理を行う。このため、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼では、残留圧縮応力が0(N/mm2)超となるのが好ましい。残留圧縮応力を0(N/mm2)超とすることによって、耐SCC性を向上させることが可能になる。
【0045】
6.耐食性
上述したように、オーステナイト系ステンレス鋼形鋼の焼鈍によりCr欠乏層が形成する。Crは、ステンレス鋼の耐食性を主に担う元素であることから、Cr欠乏層が形成していると耐食性が低下しやすくなる。このため、Cr欠乏層の形成自体も抑制するのが好ましい。特に、オーステナイト系ステンレス鋼形鋼では、表面光沢を向上させようとすると、耐食性が低下する場合があることから、後述するように焼鈍条件を制御することで、Cr欠乏層の形成を抑制し、耐食性を向上させるのが好ましい。
【0046】
従って、35℃で、5wt%のNaCl溶液を2h噴霧した後に、60℃、相対湿度30%の乾燥雰囲気中で4h保持し、50℃、相対湿度95%の湿潤雰囲気中で2h保持するサイクルを1サイクルとする、乾湿繰り返し試験を9サイクル行い、9サイクル経過後の表面において、レイティングナンバーが8以上とするのが好ましい。なお、上記乾湿繰り返し試験後のレイティングナンバーは、9以上とするのが好ましい。
【0047】
つまり、下記の(a)~(c)を1サイクルとし、このような(a)~(c)の乾湿繰り返し試験を9サイクル行った後(72時間後)のレイティングナンバーを評価する。
(a)噴霧室内の温度を35℃とし、5wt%のNaCl溶液を2h噴霧
(b)60℃、相対湿度30%の乾燥雰囲気中で4h保持
(c)50℃、相対湿度95%の湿潤雰囲気中で2h保持
【0048】
なお、このレイティングナンバーとは、耐食性を示す指標であり、JIS Z 2371:2015で規定される。また、上記塩水噴霧試験および乾湿繰り返し試験に供する試験片の大きさは、山形鋼の場合、例えば40(mm)×120(mm)とし、山形鋼の一辺を成す幅50mmの平面から幅端部5mmづつを切除して採取すれば良い。この際、試験片の四周ならびに山形鋼の内面に相当する面はビニル製粘着フィルム等で被覆して保護し、山形鋼の外面に相当する面のみについて耐食性を評価すればよい。
【0049】
7.製造方法
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼の好ましい製造方法について説明する。本実施形態にオーステナイト系ステンレス鋼形鋼は、以下の製造方法を用いることで安定して製造することができる。
【0050】
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼の製造方法は、熱間加工工程、焼鈍工程、および脱スケール工程を備える。以下、各工程について、具体的に説明する。
【0051】
7-1.熱間加工工程
上述した化学組成のオーステナイト系ステンレス鋼を、溶解鋳造ままで、あるいは熱間鍛造・熱間分塊して、ビレットまたはブルーム形状の中間素材とする。得られた中間素材を、熱間加工温度に加熱し、熱間加工する。熱間加工は、通常、孔型ロールに中間素材を複数パス通過させる熱間圧延である。この熱間加工で、所望の断面形状とする。熱間加工の条件は、特に限定されない。常法に従えばよい。なお、熱間加工後において、上記中間素材の金属組織は、熱間加工組織である。また、素材表面には、熱間加工時に形成した酸化スケールが付着した状態である。
【0052】
7-2.焼鈍工程
続いて、熱間加工された上記中間素材を、焼鈍する。焼鈍することで、上述した熱間加工組織が回復、再結晶し、再結晶組織となるからである。金属組織をこのような再結晶組織とすることで、強度、延性といった特性を調整することができる。
【0053】
焼鈍工程は、通常、ガスバーナー炉または大気中の電気炉を用い、材料温度として1000~1100℃で3~15分保持する熱処理の工程である。この際、熱間加工時に形成した酸化スケールと素地(母材)の金属部分との界面には、新たな酸化スケールが形成する。通常のオーステナイト系ステンレス鋼の場合、含有されるCrが優先的に酸化され、Crを多く含み、緻密で均一なクロミアスケールが形成する。
【0054】
一方、スケールにCrが拡散し、クロミアスケールが形成すると、スケールの下で、Cr濃度が低下したCr欠乏層が形成する。Crの大部分は、大きな粒界に沿って、拡散することから、粒界付近で顕著にCr欠乏層が形成する。このCr欠乏層は、通常行われる酸洗で優先的に溶解してしまうため、表面に凹凸を形成させる。この結果、銀色の金属光沢が得られず、白色の表面となり、表面光沢が低下する。また、酸洗後もCr欠乏層の一部が残存し、耐食性を低下させる。このため、Cr欠乏層の形成を抑制するのが好ましい。
【0055】
そこで、本実施形態オーステナイト系ステンレス鋼形鋼では、Cr欠乏層の形成の一因であるクロミアスケールを破壊し、異なる酸化スケールを形成させるのが好ましい。クロミアスケールは、Crが酸化されることで、Cr2O3、いわゆるクロミアが緻密で均一に形成し、スケールをなすものである。そして、クロミアスケールの酸化をさらに促進するとともに、本来は酸化されにくいFeの酸化をも促すことによって、(Fe,Cr)3O4の構造を持つFeとCrとの混合酸化物からなるスケール(以下、「Fe-Cr系スケール」と記載する。)を形成させるのが好ましい。
【0056】
このFe-Cr系スケールを形成させるためには、焼鈍工程において、ガスバーナー炉を用い、燃焼ガスの空燃比が1.0超、水蒸気量が12vol.%以上である炉内雰囲気とするのが好ましい。水蒸気量は16vol.%以上とするのがより好ましい。炉内の雰囲気が上記範囲にない場合、Feが十分酸化されずに、Fe-Cr系スケールが形成しにくいからである。
【0057】
加えて、上記雰囲気で鋼の表面温度が1100~1300℃となるように5~30分間保持するのが好ましい。鋼の表面温度が1100℃未満であると、Fe-Cr系スケールが十分に形成しない。保持時間が5分未満である場合も同様である。一方、鋼の表面温度が1300℃である場合、結晶粒の粗大化が生じ、所望する特性を得られない。保持時間が30分超である場合にはスケール形成の効果が飽和するうえに工業生産としての生産性を阻害する他、結晶粒の粗大化が生じ、所望する特性を得られない恐れがある。
【0058】
上述したように、Fe-Cr系スケールが形成することで、Cr欠乏層の形成が抑制された結果、表面光沢の低下、および耐食性の低下を抑制することができる。また、Cr欠乏層が形成を抑制したことで、スケールを除去した後、素地部分をさらに、溶削または切削する必要がなくなる。
【0059】
7-3.脱スケール工程
熱間加工され、焼鈍された中間素材を、脱スケールする。本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼の製造では、Fe-Cr系スケールを除去するために、金属および/またはセラミックからなり、平均粒径が50~300μmの投射材を1.5~6.0vol.%の割合で水と混合したスラリーを、インペラーまたは空気圧で投射するブラスト処理を行なう。
【0060】
通常、No.1仕上げでオーステナイト系ステンレス鋼形鋼を製造する場合、ショットブラストをした後、酸洗する。ショットブラストとは、鋳鉄またはステンレスなどの金属からなる平均粒径が300~1200μmの投射材を、インペラーを用いて投射することをいう。ショットブラストを行うことで、投射材が酸化スケールに衝突し、酸化スケールにクラックを生じさせる。このクラックにより、後の酸洗において酸化スケールの内部にまで酸液を浸透させ、スケールを除去することができる。
【0061】
そして、ショットブラストでは、投射の際のエネルギーを大きくするため、大きな平均粒径の投射材が使用される。しかしながら、平均粒径が大きく、衝突の際の接触面積が大きくなるため、ショットブラストのみでスケール完全に除去することはできない。ショットブラストは、クラックを生じさせて、後の酸洗でスケールを完全に除去するための補助的な工程である。
【0062】
一方、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼形鋼では、平均粒径が50~300μmと小さい投射材を選択し、この投射材を水と混合したスラリーをスケールに投射する。平均粒径が小さな投射材を用いると、スケールに衝突するまでに受ける空気抵抗により投射の際のエネルギーが減少してしまう。そこで、投射材に水を混合することで、投射の際のエネルギーを維持したまま、スケールにスラリーを投射することができ、このブラスト処理のみでスケールを除去できる。
【0063】
具体的には、平均粒径が50~300μmの投射材を1.5~6.0vol.%の割合で水と混合したスラリーを使用するのが好ましい。また、このようなスラリーを利用する場合、平均粒径が大きいと却って、スケールを金属表面に押し込んでしまい、スケールを除去しにくくなる場合がある。このため、投射材の平均粒径は、100~200μmの範囲とするのがより好ましい。
【0064】
また、スラリー中に占める投射材の体積割合が大きくなると、水流から投射材が運動エネルギーを得にくくなり、スケール除去効果を得にくくなる。このため、投射材を1.5~6.0vol.%の割合で水と混合し、スラリーとするのが好ましい。投射材を、2.0~5.5vol.%の割合で水と混合し、スラリーとするのがより好ましい。
【0065】
このように、上述したスラリーを利用したブラスト処理により、酸洗を行う必要がなくなる。この結果、Cr欠乏層に起因した表面光沢の低下を抑制することができる。すなわち、上述したL1およびL2を本実施形態の要件の範囲とすることができる。また、弗化水素酸と硝酸との混酸である酸液を使用しないため、環境負荷を低減できる。
【0066】
なお、酸洗を行わずに、脱スケールを行う方法として、切削加工等があるが、生産性および歩留が低下する。また、このように脱スケールを行った形鋼をベルト研磨等で、研磨し、表面光沢を向上させることもできるが、このような場合、一方向の研磨となるため、方向の違いによる光沢度の差が生じやすく、意匠性の観点から望ましくない。従って、生産性、意匠性等の側面から、上記ブラスト処理による脱スケールが優れていることが分かる。
【0067】
さらに、上記ブラスト処理に加え、焼鈍条件を制御し、Fe-Cr系スケールを形成させた場合は、Cr欠乏層自体が形成しないため、耐食性も向上させることができる。すなわち、35℃で、5wt%のNaCl溶液を2h噴霧した後に、60℃、相対湿度30%の乾燥雰囲気中で4h保持し、50℃、相対湿度95%の湿潤雰囲気中で2h保持するサイクルを1サイクルとする、乾湿繰り返し試験を9サイクル行い、9サイクル経過後の表面において、JIS Z 2371:2015で規定されるレイティングナンバーが8以上とすることができる。
【0068】
以下、実施例によって本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼形鋼をより具体的に説明するが、本実施形態はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0069】
表1に記載の化学組成を有するオーステナイト系のステンレス鋼であって、一辺が140mmの正方形断面を持つ角柱型の鋳片ビレットを準備した。このビレットを1150℃に加熱した後、6スタンドの孔型圧延機で合計16パスの熱間圧延を行ない、厚さが5mmで、一辺が50mm、長さ4000mmの等辺山形鋼の形状の中間素材に仕上げた。
【0070】
【0071】
得られた中間素材を焼鈍した。この際、ガスバーナー炉または大気中の電気炉を用いた。また、焼鈍の際、ガスバーナー炉を用いた場合には天然ガスの流量と導入大気の流量から空燃比を算出した。また炉内雰囲気からガスを採取し、水分計を用いて常温での水蒸気量をvol.%で計測した。熱処理温度は材料に取り付けた熱電対で測定し、到達温度での保持時間を記録した。
【0072】
焼鈍後、冷却を行い、オーステナイト系ステンレス鋼とし、さらに、表2に記載するように種々の方法の組み合わせで脱スケールを行い、オーステナイト系ステンレス鋼形鋼を得た。なお、以下に、各方法での条件を記載する。
【0073】
ショットブラスト:
鋳鉄製で平均粒径が500μmである球形の投射材を、インペラーを用いて投射した。この際の投射速度は64m/sとした。
【0074】
酸洗:
6.5mass.%の弗化水素酸と11.5mass.%の硝酸との混酸を用い、40℃に調整した酸液をノズル噴射して酸洗した。
【0075】
ベルト研磨:
粒度番号#80のアルミナ砥粒を含む帯状のエメリー紙を回転工具に取り付け、一方向に研磨することで仕上げた。
【0076】
投射材スラリーでのブラスト処理:
ステンレス製で平均粒径が140~350μmである角型の投射材(SUSグリット投射材)、ジルコニアビース製で平均粒径が100μmである球形の投射材(球形ジルコニア投射材)の一方または両方を用い、各々投射材を2.5~7vol.%の割合で水と混合したスラリーを、噴射圧力0.4MPaの圧力空気でノズル噴出させた。
【0077】
各処理を行い得られたオーステナイト系ステンレス鋼形鋼について、以下の手順で鏡面光沢度、ビッカース硬さを測定した。また、耐食性を評価する試験も行った。
【0078】
(鏡面光沢度)
鏡面光沢度L1およびL2は、スガ試験機株式会社製のグロスメータ―GM-1を使用して測定した。なお、測定した鏡面光沢度は、入射角を60°とした60°鏡面光沢度であるGs(60°)である。
【0079】
(ビッカース硬さ)
HSおよびHCは、JIS Z 2244:2009に従ってビッカース硬さ試験機を用い、試験力を1kgfとして、測定した。長手方向に平行な平面の表面において、5点硬さを測定し、その平均値をHSとした。同様に、上記表面に垂直な断面の厚さ中央位置で、5点硬さを測定し、その平均値をHCとした。その際、各測定点は、互いの測定の影響を受けないように、圧痕の対角線長さの3倍以上の間隔を空けて測定した。
【0080】
(耐食性評価試験)
35℃で、5wt%のNaCl溶液を2h噴霧する塩水噴霧試験後に、60℃、相対湿度30%の乾燥雰囲気中で4h保持し、50℃、相対湿度95%の湿潤雰囲気中で2h保持するサイクルを1サイクルとする、乾湿繰り返し試験を9サイクル行った。そして、9サイクル経過後の各試験片の表面において、レイティングナンバーを調べた。なお、上記試験に供する試験片の大きさは、40(mm)×120(mm)とし、山形鋼の一辺を成す幅50mmの平面から幅端部5mmづつを切除して採取した。得られた試験片の四周ならびに山形鋼の内面に相当する面はビニル製粘着フィルム等で被覆して保護し、山形鋼の外面に相当する面のみについて耐食性を評価した。以下、結果を纏めて、表2に示す。
【0081】
【0082】
本発明例であるNo.1~16は、良好な表面光沢を有し、光沢の異方性も小さかった。また、硬さの要件も満足し、耐傷つき性も良好であった。特に、No.1~7は、脱スケールの条件が好ましい条件でありだけでなく焼鈍条件も好ましい条件であったため、耐食性も良好であった。一方、No.8~16は、好ましい焼鈍条件ではなかったため、Cr欠乏層が形成し、耐食性は劣る結果となった。
【0083】
比較例であるNo.17~22は、表面光沢が不良、または光沢の異方性が大きかった。また、硬さの要件も満足しなかった。No.17は、従来の代表的な製造方法に順じ、焼鈍には1080℃で熱処理を行ない、脱スケールとしてはショットブラスト後に酸洗したものである。この場合、Cr欠乏層形成している状態で酸洗を行ったため、鏡面光沢度が低くなった。また、ショットブラストによる影響からHSとHCとの差が大きくなり、製品表面が過度に硬化して、穴あけ加工等の加工性が低下した。同様に、No.18および19も、脱スケールとしてはショットブラスト後に酸洗したものであるが、鏡面光沢度が低くなるとともに、HSとHCとの差が大きくなり、加工性が低下した。
【0084】
No.20および21は、投射材の平均粒径または投射材の体積割合が本実施形態の好ましい条件を満足しなかったため、鏡面光沢度が低下し、硬さの要件も満足しなかった。また、ムラ状にスケール残りが発生し、十分にスケールを除去することができなかったため、レイティングナンバーを測定することが出来なかった。
【0085】
No.22は、焼鈍を行った後、脱スケール方法としてショットブラスト後に酸洗を用いず、ベルト研磨で仕上げした例である。この場合、鏡面光沢度が高すぎて、防眩性の観点から望ましくない。また、鏡面光沢度の差が大きく、光沢の異方性が大きくなった。さらに、乾湿繰り返し試験によるレイティングナンバーが5と低くなっており、これはベルト研磨仕上げでは、脱スケールが十分でなかったためと考えられる。