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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023144497
(43)【公開日】2023-10-11
(54)【発明の名称】モータ制御装置およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   B60L 15/20 20060101AFI20231003BHJP
   H02P 29/20 20160101ALI20231003BHJP
【FI】
B60L15/20 J
H02P29/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022051495
(22)【出願日】2022-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(71)【出願人】
【識別番号】519314766
【氏名又は名称】株式会社BluE Nexus
(74)【代理人】
【識別番号】110003214
【氏名又は名称】弁理士法人服部国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小俣 隆士
(72)【発明者】
【氏名】奥村 和也
(72)【発明者】
【氏名】窪谷 英樹
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 淳一
(72)【発明者】
【氏名】粥川 篤史
(72)【発明者】
【氏名】田中 昭吾
【テーマコード(参考)】
5H125
5H501
【Fターム(参考)】
5H125AA01
5H125AB01
5H125AC12
5H125BA01
5H125CA01
5H125CA15
5H125DD16
5H125EE02
5H125EE08
5H125EE09
5H501AA20
5H501CC04
5H501EE08
5H501GG03
5H501GG05
5H501GG08
5H501HB07
5H501HB18
5H501JJ03
5H501JJ23
5H501JJ24
5H501JJ25
5H501LL01
5H501LL22
5H501LL35
5H501LL51
(57)【要約】
【課題】ブレーキ装置に代わって、スリップ抑制制御の開始及び終了を判定するモータ制御装置を提供する。
【解決手段】モータ駆動制御部50は、トルク指令に基づき、モータ80に通電される電流又はモータ80のトルクを制御する。回転数フィードバック制御部40は、回転数指令ω*と実回転数ωとの偏差Δωに基づく回転数フィードバック制御により、トルク指令の補正量Trq#を演算し、補正前のトルク指令Trq*に補正量Trq#を加えた補正後のトルク指令Trq**を出力する。スリップ抑制制御実行判定部60は、駆動輪91のスリップを抑制するように、回転数フィードバック制御部40が出力した補正後のトルク指令Trq**をモータ駆動制御部50に入力するスリップ抑制制御の実行要否を判定する。スリップ抑制制御実行判定部60は、当該モータ制御装置400が取得可能な情報に基づき、スリップ抑制制御の開始判定及び終了判定を行う。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動車両(100)において駆動輪(91)の動力源であるモータ(80)の駆動を制御するモータ制御装置であって、
前記モータのトルクに対するトルク指令に基づき、前記モータに通電される電流又は前記モータのトルクを制御するモータ駆動制御部(50)と、
前記モータの回転数に対する回転数指令(ω*)と、前記モータの実際の回転数である実回転数(ω)との偏差(Δω)に基づく回転数フィードバック制御により、トルク指令の補正量(Trq#)を演算し、補正前のトルク指令(Trq*)に前記補正量を加えた補正後のトルク指令(Trq**)を出力する回転数フィードバック制御部(40)と、
前記駆動輪のスリップを抑制するように、前記回転数フィードバック制御部が出力した前記補正後のトルク指令を前記モータ駆動制御部に入力するスリップ抑制制御の実行要否を判定するスリップ抑制制御実行判定部(60)と、
を備え、
前記スリップ抑制制御実行判定部は、当該モータ制御装置が取得可能な情報に基づき、前記スリップ抑制制御の開始判定を行う開始判定部(63)、及び、前記スリップ抑制制御の終了判定を行う終了判定部(64)を有するモータ制御装置。
【請求項2】
前記開始判定部は、
前記実回転数、
前記実回転数と前記回転数指令との組み合わせ、
前記実回転数と前記補正前のトルク指令との組み合わせ、
のうち少なくとも一つに基づき、前記開始判定を行う請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記開始判定部は、
前記回転数指令に対する前記実回転数の差(Δω)が回転数差開始閾値以上のとき、前記スリップ抑制制御を開始すると判定する請求項2に記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記開始判定部は、
前記実回転数の変化に基づく角加速度(α)が角加速度開始セット閾値以上であり、且つ、前記補正前のトルク指令がトルク開始セット閾値以上であるとき、前記スリップ抑制制御を開始すると判定する請求項2に記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記開始判定部は、
前記実回転数の変化に基づく角加速度(α)が角加速度開始閾値以上のとき、前記スリップ抑制制御を開始すると判定する請求項2に記載のモータ制御装置。
【請求項6】
前記開始判定部は、
前記回転数指令の変化に基づく角加速度(α*)に対する、前記実回転数の変化に基づく角加速度(α)の差(Δα)が角加速度差開始閾値以上のとき、前記スリップ抑制制御を開始すると判定する請求項2に記載のモータ制御装置。
【請求項7】
前記終了判定部は、
前記実回転数、
前記実回転数と前記回転数指令との組み合わせ、
前記補正前のトルク指令と前記補正後のトルク指令との組み合わせ、
のうち少なくとも一つに基づき、前記終了判定を行う請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項8】
前記終了判定部は、
前記補正前のトルク指令と、前記回転数フィードバック制御部が出力した前記補正後のトルク指令とが等しいとき、前記スリップ抑制制御を終了すると判定する請求項7に記載のモータ制御装置。
【請求項9】
前記終了判定部は、
前記回転数指令に対する前記実回転数の差(Δω)が回転数差終了閾値以下のとき、前記スリップ抑制制御を終了すると判定する請求項7に記載のモータ制御装置。
【請求項10】
前記終了判定部は、
前記実回転数の変化に基づく角加速度(α)が角加速度終了閾値以下のとき、前記スリップ抑制制御を終了すると判定する請求項7に記載のモータ制御装置。
【請求項11】
前記終了判定部は、
前記回転数指令の変化に基づく角加速度(α*)に対する、前記実回転数の変化に基づく角加速度(α)の差(Δα)が角加速度差終了閾値以下のとき、前記スリップ抑制制御を終了すると判定する請求項7に記載のモータ制御装置。
【請求項12】
電動車両(100)において駆動輪(91)の動力源であるモータ(80)の駆動を制御するモータ制御装置のプログラムであって、
前記モータ制御装置は、
前記モータのトルクに対するトルク指令に基づき、前記モータに通電される電流又は前記モータのトルクを制御するモータ駆動制御部(50)と、
前記モータの回転数に対する回転数指令(ω*)と、前記モータの実際の回転数である実回転数(ω)との偏差(Δω)に基づく回転数フィードバック制御により、トルク指令の補正量(Trq#)を演算し、補正前のトルク指令(Trq*)に前記補正量を加えた補正後のトルク指令(Trq**)を出力する回転数フィードバック制御部(40)と、
前記駆動輪のスリップを抑制するように、前記回転数フィードバック制御部が出力した前記補正後のトルク指令を前記モータ駆動制御部に入力するスリップ抑制制御の実行要否を判定するスリップ抑制制御実行判定部(60)と、
を備え、
当該モータ制御装置が取得可能な情報に基づき、前記スリップ抑制制御の開始判定及び終了判定を行うように前記スリップ抑制制御実行判定部を動作させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電動車両において駆動輪の動力源であるモータの駆動を制御するモータ制御装置が知られている。
【0003】
ところで、路面状況等により駆動輪がスリップする場合がある。一般に車両のスリップに関して、例えば特許文献1に開示された車両のブレーキ装置は、車輪速と車体速との差に基づいてスリップを検出したとき、スリップを抑制するようにブレーキキャリパの押圧力を制御する。この車両のブレーキ装置は、加速スリップを抑制する場合、トラクション制御を実行する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2017-100506号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
電動車両において特許文献1の技術を適用し、ブレーキ装置がスリップを検出したとき、駆動輪の動力源であるモータのトルクを調整してスリップを抑制する制御を想定する。ブレーキ装置がスリップ抑制制御の実行を判定し、モータ制御装置に実行判定信号を通信する場合、通信遅れや制御周期等の遅れが生じる。すると、スリップ発生からスリップ抑制制御の開始までにスリップが増加するおそれがある。また、スリップ収束からスリップ抑制制御の終了まで、意図しない制御が継続するという問題がある。
【0006】
本発明は上述の点に鑑みて創作されたものであり、その目的は、ブレーキ装置に代わって、スリップ抑制制御の開始及び終了を判定するモータ制御装置およびプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、電動車両(100)において駆動輪(91)の動力源であるモータ(80)の駆動を制御するモータ制御装置である。このモータ制御装置は、モータ駆動制御部(50)と、回転数フィードバック制御部(40)と、スリップ抑制制御実行判定部(60)と、を備える。モータ駆動制御部は、モータのトルクに対するトルク指令に基づき、モータに通電される電流又はモータのトルクを制御する。
【0008】
回転数フィードバック制御部は、モータの回転数に対する回転数指令(ω*)と、モータの実際の回転数である実回転数(ω)との偏差(Δω)に基づく回転数フィードバック制御により、トルク指令の補正量(Trq#)を演算し、補正前のトルク指令(Trq*)に補正量を加えた補正後のトルク指令(Trq**)を出力する。
【0009】
スリップ抑制制御実行判定部は、駆動輪のスリップを抑制するように、回転数フィードバック制御部が出力した補正後のトルク指令をモータ駆動制御部に入力するスリップ抑制制御の実行要否を判定する。
【0010】
スリップ抑制制御実行判定部は、当該モータ制御装置が取得可能な情報に基づき、スリップ抑制制御の開始判定を行う開始判定部(63)、及び、スリップ抑制制御の終了判定を行う終了判定部(64)を有する。
【0011】
開始判定部は、例えば(a)実回転数、(b)実回転数と回転数指令との組み合わせ、(c)実回転数と補正前のトルク指令との組み合わせ、の少なくとも一つに基づき、開始判定を行う。終了判定部は、例えば(d)実回転数、(e)実回転数と回転数指令との組み合わせ、(f)補正前のトルク指令と補正後のトルク指令との組み合わせ、の少なくとも一つに基づき、終了判定を行う。
【0012】
本発明では、モータ制御装置が取得可能な情報に基づき、装置の内部でスリップ抑制制御の開始及び終了を判定するため、外部から実行判定信号が通信される構成に比べ、通信遅れや制御周期等の遅れが解消される。スリップ発生時にはスリップ抑制制御を迅速に開始することで、スリップの増加を抑えることができる。また、スリップ収束時にはスリップ抑制制御を適時に終了することで、意図しない制御の継続を回避することができる。
【0013】
また、本発明は、モータ制御装置においてスリップ抑制制御実行判定部を動作させるプログラムとしても提供される。これにより、モータ制御装置と同様の作用効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本実施形態のモータ制御装置が適用される電動車両の概略構成図。
図2】本実施形態によるスリップ抑制制御システムの構成図。
図3】スリップ抑制制御実行判定部のブロック図。
図4】開始判定のフローチャート。
図5】終了判定のフローチャート。
図6】開始判定及び終了判定の例を示すタイムチャート。
図7】開始判定の例を示すタイムチャート。
図8】比較例のスリップ制御抑制システムの構成図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態によるモータ制御装置を図面に基づいて説明する。本実施形態のモータ制御装置は、ハイブリッド自動車又は電気自動車の電動車両において、駆動輪の動力源であるモータの駆動を制御する。本実施形態では、電動車両のモータジェネレータ(以下「MG」)が「モータ」に相当する。また、「MG-ECU」及び「MG駆動部」が「モータ制御装置」及び「モータ駆動制御部」に相当する。
【0016】
図1に、MG-ECU400が適用される電動車両100の概略構成を示す。この電動車両100では、左右の前輪は駆動軸95に連結された駆動輪91であり、左右の後輪は非駆動軸96に連結された従動輪92である。電動車両100は、ブレーキECU20、車両ECU30、MG-ECU400、MG80等が搭載されている。例えばMG80は、永久磁石式三相交流モータで構成されている。
【0017】
各ECU20、30、400は、マイコンやプリドライバ等で構成され、図示しないCPU、ROM、RAM、I/O、及び、これらの構成を接続するバスライン等を備えている。各ECU20、30、400は、ROM等の実体的なメモリ装置(すなわち、読み出し可能非一時的有形記録媒体)に予め記憶されたプログラムをCPUで実行することによるソフトウェア処理や、専用の電子回路によるハードウェア処理による制御を実行する。
【0018】
ブレーキECU20は、破線矢印で示すように、各車輪に設けられた車輪速センサから車輪速の検出信号が入力される。ブレーキECU20は、取得した車輪速や、車輪速から推定された車体速に基づいて、電動車両100の制動を制御する。車両ECU30は、電動車両100の走行に関する挙動全般を制御するものであり、MG-ECU400の上位ECUに相当する。
【0019】
本実施形態では、MG-ECU400にインバータを含むものとして説明する。MG-ECU400は、車両ECU30からの指令に基づき、図示しない高圧バッテリの直流電力をインバータにより三相交流電力に変換してMG80に供給することで、MG80の駆動を制御する。
【0020】
MG80は、力行動作時、インバータから供給された三相交流電力により回転しトルクを出力する。MG80が出力したトルクは、デファレンシャルギヤ94及び駆動軸95を介して駆動輪91に伝達される。またMG80は、回生動作時、駆動軸95から入力された回生トルクを電力に変換して高圧バッテリに回生する。
【0021】
レゾルバ等の回転角センサ85はMG80の回転角を検出する。回転角検出値を微分した値を、MG80の実際の回転数である「実回転数ω」と記す。一般に「ω」は角速度の記号であるが、回転数[rpm]に所定の比例定数を乗じることで角速度[rad/s]に変換されるため、回転数を角速度と同義に扱い、回転数の記号として「ω」を用いる。また、単位時間当たりの回転数の変化量、すなわち微分値を「角加速度α」と表す。
【0022】
次に、駆動輪91のスリップを抑制するスリップ抑制制御システムとして、図2に示す本実施形態の構成と、図8に示す比較例の構成とを対比しつつ説明する。比較例と本実施形態とでは、ブレーキECU20及び車両ECU30の構成は基本的に同じである。比較例のMG-ECU409と本実施形態のMG-ECU400とは、回転数フィードバック制御部(図中及び以下「回転数FB制御部」)40及びMG駆動制御部50を備える点で同じである。しかし、本実施形態の回転数FB制御部400はスリップ抑制制御実行判定部60を備える点で比較例と異なる。
【0023】
ブレーキECU20は、スリップ判定部21と回転数指令生成部22とを含む。スリップ判定部21は、車輪速と車体速との差に基づきスリップの発生を判定する。スリップが発生したと判定されると、回転数指令生成部22は、MG80の回転数に対して目標スリップ率を実現する回転数指令ω*を生成し、車両ECU30に送信する。
【0024】
車両ECU30は、走行制御部31を含む。走行制御部31は、ブレーキECU20の回転数指令生成部22から受信した回転数指令ω*をMG-ECU400に送信する。また走行制御部31は、MG80のトルクに対するトルク指令Trq*をMG-ECU400に送信する。トルク指令Trq*は、ドライバのアクセル操作やブレーキ操作、自動運転による加減速指示等に基づく要求トルクとしての意味を持つ。
【0025】
さらに比較例では、走行制御部31は、ブレーキECU20のスリップ判定部21から受信したスリップ抑制制御の実行判定信号をMG-ECU400に送信する。つまり比較例では、ブレーキECU20がスリップ抑制制御の実行要否を判定し、その判定結果が車両ECU30を介してMG-ECU400に通信される。
【0026】
比較例及び本実施形態のMG-ECU409、400において、回転数FB制御部40は、駆動輪91のスリップを抑制するように、MG80の実際の回転数である実回転数ωを回転数指令ω*に対してフィードバック制御する。回転数FB制御部40は、偏差算出器41、PID制御器42及びトルク加算器43を含む。
【0027】
偏差算出器41は、回転数指令ω*と実回転数ωとの偏差Δωを算出する。本実施形態ではスリップ時の実回転数ωが回転数指令ω*を上回る状況を想定する。そこで「Δω=ω-ω*」と定義し、フィードバックされる実回転数ωを「+」で表し、回転数指令ω*を「-」で表す。ただし実際の制御設計では、適宜、符号等を設定してよい。
【0028】
PID制御器42は、回転数偏差Δωを0に近づけるように、PID演算によりトルク指令の補正量Trq#を演算する。スリップにより回転数偏差Δωが正の値であるとき、負のトルク補正量Trq#が出力される。トルク加算器43は、車両ECU30が出力した補正前のトルク指令Trq*に補正量Trq#を加えた補正後のトルク指令Trq**を出力する。
【0029】
MG駆動制御部50は、MG80のトルクに対するトルク指令に基づき、MG80に通電される電流又はMG80のトルクを制御する。一般的なMG制御の技術である電流フィードバック制御やトルクフィードバック制御についての説明を省略する。
【0030】
切替器49は、スリップ抑制制御の実行判定信号に基づき、MG駆動制御部50に入力されるトルク指令として、補正前のトルク指令Trq*、又は、回転数FB制御部40が出力した補正後のトルク指令Trq**を切り替える。スリップ抑制制御の停止中は補正前のトルク指令Trq*が選択される。スリップ抑制制御の実行中は補正後のトルク指令Trq**が選択される。スリップ抑制制御により回転数FB制御部40が出力した補正後のトルク指令Trq**がMG駆動制御部50に入力されることで、駆動輪91のスリップを抑制するように、MG80の出力トルクが調整される。
【0031】
比較例では、ブレーキECU20からの実行判定信号が車両ECU30を介してMG-ECU409に通信され、切替器49に入力される。この構成では、通信遅れや制御周期等の遅れが生じる。すると、スリップ発生からスリップ抑制制御の開始までにスリップが増加するおそれがある。また、スリップ収束からスリップ抑制制御の終了まで、意図しない制御が継続するという問題がある。
【0032】
それに対し、本実施形態のMG-ECU400は、スリップ抑制制御の実行要否を判定するスリップ抑制制御実行判定部60をMG-ECU400の内部に有する。スリップ抑制制御実行判定部60は、当該MG-ECU400が取得可能な情報に基づき、スリップ抑制制御の開始判定及び終了判定を行う。
【0033】
具体的にスリップ抑制制御実行判定部60は、回転角センサ85からMG80の実回転数ωを取得し、車両ECU30から回転数指令ω*及び補正前のトルク指令Trq*を取得し、回転数FB制御部40から補正後のトルク指令Trq**を取得する。スリップ抑制制御実行判定部60は、これらの情報に基づき、スリップ抑制制御の開始判定及び終了判定を行う。
【0034】
これにより本実施形態では、外部のブレーキECU20から実行判定信号が通信される比較例の構成に比べ、通信遅れや制御周期等の遅れが解消される。スリップ発生時にはスリップ抑制制御を迅速に開始することで、スリップの増加を抑えることができる。また、スリップ収束時にはスリップ抑制制御を適時に終了することで、意図しない制御の継続を回避することができる。
【0035】
なお、実行判定信号に基づきスリップ抑制制御の実行または停止を切り替える制御構成は、回転数FB制御部40の出力結果に対して切替器49を用いる構成に限らない。例えば、実行/停止フラグを用いて、回転数FB制御部40のPID制御器42の動作自体をON/OFFしてもよい。
【0036】
続いて図3を参照し、スリップ抑制制御実行判定部60の詳細構成について説明する。スリップ抑制制御実行判定部60は、角加速度計算部61、62、開始判定部63、終了判定部64、及び、制御状態決定部65を有する。
【0037】
角加速度計算部61は、実回転数ωを時間微分することで、実回転数ωの変化に基づく角加速度αを計算する。角加速度計算部62は、回転数指令ω*を時間微分することで、回転数指令ω*の変化に基づく角加速度α*を計算する。
【0038】
開始判定部63には、実回転数ω及びその角加速度α、回転数指令ω*及びその角加速度α*、補正前のトルク指令Trq*が入力される。開始判定部63は、(a)実回転数ω、(b)実回転数ωと回転数指令ω*との組み合わせ、(c)実回転数ωと補正前のトルク指令Trq*との組み合わせ、のうち少なくとも一つに基づき、スリップ抑制制御の開始判定を行う。
【0039】
終了判定部64には、実回転数ω及びその角加速度α、回転数指令ω*及びその角加速度α*、補正前のトルク指令Trq*、補正後のトルク指令Trq**が入力される。終了判定部64は、(d)実回転数ω、(e)実回転数ωと回転数指令ω*との組み合わせ、(f)補正前のトルク指令Trq*と補正後のトルク指令Trq**との組み合わせ、のうち少なくとも一つに基づき、スリップ抑制制御の終了判定を行う
【0040】
制御状態決定部65は、開始判定及び終了判定に基づき、スリップ抑制制御の制御状態(すなわち実行又は停止)を決定する。制御状態決定部65の出力は、実行判定信号として切替器49に出力される。また、制御状態が終了判定部64に入力されることで、終了判定部64は、スリップ抑制制御が開始されて実行中であることを認知した上で終了判定を行う。
【0041】
次に図4図5のフローチャート、及び、図6図7のタイムチャートを参照し、開始判定部63が実行する開始判定、及び、終了判定部64が実行する終了判定の具体例について説明する。フローチャートの説明で、記号「S」はステップを意味する。開始判定、終了判定について各4通りの判定ステップS11~S14、S21~S24を示す。このフローチャートは、MG-ECU400において所定のステップを実行するようにスリップ抑制制御実行判定部60を動作させるプログラムを示すものでもある。
【0042】
図4の開始判定ステップS11~S14において、「YES」は、スリップが発生し、スリップ抑制制御が必要であると判断されるため、「スリップ抑制制御を開始する」と判定することを意味する。図5の終了判定ステップS21~S24において、「YES」は、スリップが収束し、スリップ抑制制御が不要になったと判断されるため、「スリップ抑制制御を終了する」と判定することを意味する。
【0043】
開始、終了それぞれについての最終判定は、一つ以上の判定ステップによる判定結果のAND条件又はOR条件で決定される。いずれか一つの判定ステップでYESと判断されればスリップ抑制制御を開始又は終了すると最終判定する場合、判定の確実性は低いが、処理が簡素化できる。一方、複数の判定ステップでYESと判断されたときにのみスリップ抑制制御を開始又は終了すると判定する場合、処理が複雑になるが、判定の確実性は向上する。このような簡素化と確実性とのトレードオフを考慮しつつ、開始、終了それぞれについて一つ以上の判定ステップが適宜採用される。
【0044】
図4図5に一例として、4通りの判定ステップ(S11~S14、S21~S24)を順に実行し、いずれか一つの判定ステップでYESと判断された段階で、他の判定ステップを実行せずに総括ステップ(S15、S25)に進む「OR条件」のフローチャートを示す。この場合、各判定ステップの実行順序は順不同である。また、少なくとも一部の判定ステップに対しAND条件を併用する場合、破線矢印で示すように、ある判定ステップでYESと判断された後、さらに次の判定ステップに移行する。各判定ステップにおける閾値の記号について、開始判定と終了判定とで同じ入力変数の閾値を用いる場合、開始判定の閾値には「1」、終了判定の閾値には「2」を「th」の後に付す。
【0045】
図4に示す開始判定ステップS11~S14について順に説明する。S11で開始判定部63は、回転数指令ω*に対する実回転数ωの差Δω(=ω-ω*)が回転数差開始閾値Δωth1以上のとき、YESと判断する。S11の開始判定では、車体速を基に目標スリップ率となるよう反映された回転数指令ω*の情報を用いるため、スリップ状態を考慮した判定が可能となる。
【0046】
S12では、二つの条件が同時に成立したときにYESと判断するセット判定が実行される。開始判定部63は、実回転数ωの変化に基づく角加速度αが角加速度開始セット閾値αth_set以上であり、且つ、補正前のトルク指令Trq*がトルク開始セット閾値Trqth_set以上であるとき、YESと判断する。S12の開始判定では、急加速によりスリップが発生しやすい状況であることを先行判断し、スリップ抑制制御の実行要求が有ると判定する。
【0047】
S13で開始判定部63は、実回転数ωの変化に基づく角加速度αが角加速度開始閾値αth1以上のとき、YESと判断する。S13の開始判定では、実回転数ωの情報のみを用いた簡易な演算で、スリップが発生しやすい状況を先行判断し、スリップ抑制制御の実行要求が有ると判定する。
【0048】
S14で開始判定部63は、「回転数指令ω*の変化に基づく角加速度α*」に対する「実回転数ωの変化に基づく角加速度α」の差Δα(=α-α*)が角加速度差開始閾値Δαth1以上のとき、YESと判断する。S14の開始判定では、スリップの程度が時間に連れて増加している場合、スリップ抑制制御の実行要求が有ると判定する。
【0049】
総括ステップS15では、各開始判定ステップの判定結果に対し、設定したAND条件又はOR条件が成立するか判断される。S15でYESの場合、S16で開始判定部63は、スリップ抑制制御を開始する。S11~S14で全てNOの場合、又は、S15でNOの場合、開始判定ルーチンの最初に戻る。
【0050】
図5に示す終了判定ステップS21~S24について順に説明する。S21で終了判定部64は、補正前のトルク指令Trq*と、回転数FB制御部40が出力した補正後のトルク指令Trq**とが等しいとき、YESと判断する。具体的には、補正前後のトルク指令の差の絶対値(|Trq**-Trq*|)が0に近いトルク差閾値ΔTrqth以下のとき、技術常識範囲の誤差を考慮して、補正前のトルク指令Trq*と補正後のトルク指令Trq**とがほぼ「等しい」と判断される。
【0051】
このとき、回転数FB制御部40の制御出力であるトルク指令の補正量Trq#が略0であり、実質的にスリップ抑制制御が実行されていない状態となっている。つまりS21の終了判定では、スリップ抑制制御が実行されていないという実際の状態に基づいて、スリップ抑制制御が不要であると判定される。
【0052】
S22で終了判定部64は、回転数指令ω*に対する実回転数ωの差Δω(=ω-ω*)が回転数差終了閾値Δωth2以下のとき、YESと判断する。回転数差終了閾値Δωth2は回転数差開始閾値Δωth1よりも小さい値に設定される。S11の開始判定と同様にS22の終了判定では、車体速を基に目標スリップ率となるよう反映された回転数指令ω*の情報を用いるため、スリップ状態を考慮した判定が可能となる。
【0053】
S23で終了判定部64は、実回転数ωの変化に基づく角加速度αが角加速度終了閾値αth2以下のとき、YESと判断する。角加速度終了閾値αth2は角加速度開始閾値αth1よりも小さい値に設定される。S13の開始判定と同様にS23の終了判定では、実回転数ωの情報のみを用い、簡易な演算で判定可能である。
【0054】
S24で終了判定部64は、「回転数指令ω*の変化に基づく角加速度α*」に対する「実回転数ωの変化に基づく角加速度α」の差Δα(=α-α*)が角加速度差終了閾値Δαth2以下のとき、YESと判断する。角加速度差終了閾値Δαth2は角加速度差開始閾値Δαth1よりも小さい値に設定される。S24の終了判定では、スリップの程度が維持しているか減少している場合、スリップ抑制制御は不要であると判定する。
【0055】
総括ステップS25では、各終了判定ステップの判定結果に対し、設定したAND条件又はOR条件が成立するか判断される。S25でYESの場合、S26で終了判定部64は、スリップ抑制制御を終了判定する。S21~S24で全てNOの場合、又は、S25でNOの場合、終了判定ルーチンの最初に戻る。
【0056】
次に図6図7のタイムチャートを参照し、時間軸の視点から開始判定及び終了判定について説明する。開始判定では、スリップの増加を早急に抑えるため、条件が成立したら瞬時にスリップ抑制制御を開始すると判定することが好ましい。終了判定では、意図しないスリップ抑制制御の継続を最小にすることを優先し、条件が成立したら瞬時にスリップ抑制制御を終了判定すると判定してもよい。或いは、終了判定では、スリップが確実に収束したことを確認するため、条件が成立した状態が所定期間継続した場合にスリップ抑制制御を終了判定すると判定してもよい。
【0057】
図6に、同じ入力変数により開始及び終了判定するS11とS22、S13とS23、S14とS24の各組における経時変化パターンをまとめて示す。S11とS22では、回転数指令ω*に対する実回転数ωの差Δω(=ω-ω*)が入力変数である。S13とS23では、実回転数ωの変化に基づく角加速度αが入力変数である。S14とS24では、「回転数指令ω*の変化に基づく角加速度α*」に対する「実回転数ωの変化に基づく角加速度α」の差Δα(=α-α*)が入力変数である。実際には各入力変数の閾値のスケールや増減の程度は異なるが、図6には値の大小関係のみを模式的に表す。
【0058】
各入力変数が増加して開始閾値Δωth1、αth1、Δαth1以上となったとき、開始判定部63は、スリップ抑制制御を開始すると判定する。スリップ抑制制御が実行されている状態から各入力変数が減少して終了閾値Δωth2、αth2、Δαth2以下となったとき、終了判定部64は、即時にスリップ抑制制御を終了すると判定するか、又は、継続時間Tcontのカウントを開始する。継続時間Tcont(>0)が設定されている場合、終了判定部64は、継続時間Tcontの経過後にスリップ抑制制御を終了すると判定する。
【0059】
なお、S21の終了判定についてタイムチャートを省略するが、補正前後のトルク指令Trq*、Trq**が等しい条件が成立した場合、終了判定部64は、即時又は継続時間Tcontの経過後に、上記と同様に、スリップ抑制制御を終了すると判定する。
【0060】
ここで、各終了閾値Δωth2、αth2、Δαth2は、対応する開始閾値Δωth1、αth1、Δαth1より小さい値に設定されているため、スリップ抑制制御の開始判定及び終了判定はヒステリシスを有するように行われる。したがって、入力変数が増減を繰り返す場合、制御の切替のハンチングが防止される。
【0061】
図7に、セット判定により開始判定するS12における経時変化パターンの例を示す。実回転数ωの変化に基づく角加速度α、及び、補正前のトルク指令Trq*がそれぞれ閾値を跨いで変化する状況を想定する。期間Xaにはトルク指令Trq*が閾値Trqth_set以上であるが、角加速度αが閾値αth_set未満であるため開始条件が成立しない。期間Xbには、角加速度αが閾値αth_set以上であるが、トルク指令Trq*が閾値Trqth_set未満であるため開始条件が成立しない。角加速度αが角加速度開始セット閾値αth_set以上であり、且つ、トルク指令Trq*がトルク開始セット閾値Trqth_set以上になったとき、開始判定部63は、スリップ抑制制御を開始すると判定する。
【0062】
以上のように本実施形態では、MG-ECU400の内部で、スリップ抑制制御実行判定部60が適切なタイミングでスリップ抑制制御の開始判定及び終了判定を行うことが可能である。したがって、スリップ発生時にスリップの増加を抑え、また、スリップ収束時に意図しない制御の継続を回避することができる。
【0063】
(その他の実施形態)
(a)本発明のモータ制御装置は、図1に示す前輪駆動の電動車両の他、前輪及び後輪が共に駆動輪である四輪駆動の電動車両に適用されてもよい。その場合、前輪駆動用MG-ECU及び後輪駆動用MG-ECUがそれぞれスリップ抑制制御を行う。或いは、前輪及び後輪に留まらず、駆動輪にMGが用いられる複数駆動輪ユニットで構成される電動車両、例えば4輪インホイールモータ搭載電動車両に適用されてもよく、適用する電動車両の構成を限定しない。
【0064】
(b)上述の開始判定や終了判定における各閾値は固定値に限らず、路面状況、道路勾配、天候等の要因に応じて可変に設定されてもよい。例えば路面摩擦係数が小さい路面や下り坂を走行しているとき、スリップ抑制制御が実行されやすいように開始閾値が通常値よりも小さく変更されてもよい。
【0065】
(c)MG-ECU400のスリップ抑制制御実行判定部60による実行判定に加え、比較例と同様のブレーキECU20による実行判定がバックアップとして併行して実施されてもよい。例えば開始判定部63がS12で先行判断により開始判定した後、車輪速と車体速との差に基づくブレーキECU20の判定結果を受信し、先行判断の結果と実際のスリップ状態とを対比することで、先行判断の精度を高めるように学習してもよい。
【0066】
以上、本発明はこのような実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において、種々の形態で実施することができる。
【0067】
本開示に記載のモータ制御装置及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載のモータ制御装置及びその手法は、一つ以上の専用ハードウェア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載のモータ制御装置及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウェア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【符号の説明】
【0068】
400・・・MG-ECU(モータ制御装置)、
40 ・・・回転数フィードバック制御部、
50 ・・・MG(モータ)駆動制御部、
60 ・・・スリップ抑制制御実行判定部、
63 ・・・開始判定部、
64 ・・・終了判定部、
80 ・・・MG(モータジェネレータ、モータ)、
91 ・・・駆動輪、 100・・・電動車両。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8