(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023144501
(43)【公開日】2023-10-11
(54)【発明の名称】転写用鋳型、転写用鋳型の製造方法及び医療基材の製造方法
(51)【国際特許分類】
B29C 59/02 20060101AFI20231003BHJP
B29C 33/58 20060101ALI20231003BHJP
B33Y 80/00 20150101ALI20231003BHJP
【FI】
B29C59/02 B
B29C33/58
B33Y80/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022051501
(22)【出願日】2022-03-28
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、橋渡し研究戦略的推進プログラム事業(新規医療技術の持続的創出を実現するオープンアクセス型拠点形成)、「口腔粘膜再建用マイクロパターン化魚うろこコラーゲン膜の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(71)【出願人】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】泉 健次
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 絢子
(72)【発明者】
【氏名】岸本 一真
(72)【発明者】
【氏名】水野 潤
【テーマコード(参考)】
4F202
4F209
【Fターム(参考)】
4F202AA33
4F202AF01
4F202AG05
4F202AH63
4F202AJ05
4F202CA19
4F202CB01
4F202CM82
4F209AA33
4F209AF01
4F209AG05
4F209AH63
4F209AJ05
4F209PA02
4F209PB01
4F209PN06
4F209PQ11
(57)【要約】
【課題】樹脂製であっても転写不良を起こすことなく種々の表面構造を被転写物に効率的に転写可能である転写用鋳型、転写金型の製造方法及び医療基材の製造方法を提供する。
【解決手段】被転写物へ表面構造を転写するための転写用鋳型であって、表面に複数の表面構造領域が形成された樹脂基板と、前記樹脂基板上に形成された離型膜とを備え、前記複数の表面構造領域は、互いに異なる表面構造を有し、かつ互いに離間して形成されている、転写用鋳型。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被転写物へ表面構造を転写するための転写用鋳型であって、
表面に複数の表面構造領域が形成された樹脂基板と、
前記樹脂基板上に形成された離型膜と
を備え、
前記複数の表面構造領域は、互いに異なる表面構造を有し、かつ互いに離間して形成されている、転写用鋳型。
【請求項2】
前記表面構造が凸部及び凹部のうちの少なくとも一種である、請求項1に記載の転写用鋳型。
【請求項3】
前記複数の表面構造領域間で前記凸部の高さ、前記凹部の深さ、前記凸部又は凹部の配置ピッチ及び前記凸部又は凹部の配置パターンのうちの少なくとも一つが異なる、請求項2に記載の転写用鋳型。
【請求項4】
前記凸部又は凹部の配置パターンが三角格子状である、請求項2又は3に記載の転写用鋳型。
【請求項5】
前記樹脂基板が、三次元造形物である、請求項1~3のいずれか1項に記載の転写用鋳型。
【請求項6】
前記離型膜は、オゾン雰囲気下にて紫外線を照射された前記樹脂基板の表面に形成されている、請求項1~3のいずれか1項に記載の転写用鋳型。
【請求項7】
前記被転写物がポリシロキサンを含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の転写用鋳型。
【請求項8】
前記被転写物が、医療基材へ相補表面構造を転写するための二次鋳型である、請求項1~3のいずれか1項に記載の転写用鋳型。
【請求項9】
前記医療基材が生体由来材料である、請求項8に記載の転写用鋳型。
【請求項10】
互いに異なる表面構造を有し、かつ互いに離間する複数の表面構造領域を表面に有する樹脂基板を形成する工程、及び
前記樹脂基板の表面に離型剤を塗布して離型膜を形成する工程
を含む、被転写物へ表面構造を転写するための転写用鋳型の製造方法。
【請求項11】
前記複数の表面構造領域を三次元造形法により形成する、請求項10に記載の転写用鋳型の製造方法。
【請求項12】
オゾン雰囲気下、前記表面構造領域を形成した樹脂基板の表面に紫外線を照射した後、前記離型膜を形成する、前記請求項10又は11に記載の転写用鋳型の製造方法。
【請求項13】
請求項1に記載の転写用鋳型の表面構造を二次鋳型に転写する工程、
前記二次鋳型に転写された相補表面構造を三次鋳型に転写する工程、及び
前記三次鋳型に転写された相補表面構造を医療基材に転写する工程
を含む、表面が構造化された医療基材の製造方法。
【請求項14】
前記二次鋳型及び三次鋳型がポリシロキサンを含む、請求項13に記載の表面が構造化された医療基材の製造方法。
【請求項15】
前記医療基材は生物由来材料により形成されている、請求項13又は14に記載の医療基材の製造方法。
【請求項16】
前記生物由来材料はコラーゲンゲルである、請求項15に記載の表面が構造化された医療基材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転写用鋳型及び転写用鋳型の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体適合材料を用いて、細胞培養基材、再生医療用の足場材料(例えば、軟骨・骨・脊椎・髄核・靭帯・角膜実質・皮膚・口腔粘膜・歯肉・歯根膜・血管・神経・肝臓組織の再生材料)、移植用材料、創傷被覆用材料、骨補填剤、止血用材料、癒着防止用材料、薬物送達担体等の医療機器や材料(以下、これらを総称して「医療基材」ともいう。)が種々開発されている。
【0003】
医療基材と細胞や組織との間の相互作用を誘起又は増強させるために、医療基材の表面に凹凸やホール、マイクロパターン等の微細構造を形成することがある。表面構造は、医療基材に付与しようとしている構造と相補的な構造を有するモールドと医療基材の表面とを接触させ、モールドの相補構造を医療基材の表面に転写することで形成される。モールドの相補構造の形成に、例えば、金属基板とレジスト層とを有する積層体へリソグラフィープロセスを応用する技術が検討されている(例えば、特開2019-215522号公報参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
モールドとしては、強度面で優れており、被転写物への転写を繰り返し行うことができる金属製モールドが多用されている。しかしながら、金属製モールドは高強度であるがゆえに、目的の表面構造を得るための加工条件の割り出しや作製自体に長時間を要する。細胞は、体の部位や個人差によって好ましい培養環境が異なるが、それぞれの細胞の増殖や細胞層同士の機械的強度の増加(以下、これらの細胞(群)が示す挙動又は特性を「細胞応答」ともいう。)に直接繋がるような一意の医療基材の表面形状は解明されていない。そのため個々の細胞種に対して、細胞応答を最適化又は最大化するより好ましい凹凸形状等の表面構造を効率的に模索するためには、様々な表面構造を短期間で形成することが求められる。金属製モールドではそのような要求に対応することが困難なことが多い。
【0006】
これに対し、樹脂製モールドであれば加工性は良好であるものの、本発明者らが検討を進めたところ、樹脂製モールドから表面構造を転写した後の被転写物の表面が所期の表面構造を有していない転写不良が生じる場合があることが新たに判明した。
【0007】
本発明は、樹脂製であっても転写不良を起こすことなく種々の表面構造を被転写物に効率的に転写可能である転写用鋳型、転写金型の製造方法及び医療基材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討したところ、下記構成を採用することにより上記目的を達成し得ることを見出し、本発明を完成するにいたった。
【0009】
本発明は、一実施形態において、
被転写物へ表面構造を転写するための転写用鋳型であって、
表面に複数の表面構造領域が形成された樹脂基板と、
前記樹脂基板上に形成された離型膜と
を備え、
前記複数の表面構造領域は、互いに異なる表面構造を有し、かつ互いに離間して形成されている、転写用鋳型に関する。
【0010】
当該転写用鋳型は、母材として加工性に優れた樹脂製基板を備えているので、複数の表面構造領域を容易に形成することができる。これらの複数の表面構造領域は、互いに異なる表面構造を有し、かつ互いに離間して形成されていることから、例えば細胞応答の最適化条件を割り出すための複数パターンの表面構造を区画された複数の表面構造領域のそれぞれに付与することができる。これにより、一つの転写用鋳型で複数パターンの表面構造の転写を試行することができ、細胞応答を最適化する医療基材の表面構造の割り出しを効率的に推進することができる。
【0011】
他方、本発明者らは、樹脂製モールドでの転写不良についてさらに検討を重ねた結果、基板を樹脂製としたことによって被転写物との密着性が高まり、表面構造の転写後の剥離をスムーズに行うことができないことや、樹脂製モールド上での被転写物の表面構造の形成時に樹脂製モールドの成分に接した被転写物の表面構造部分の硬化反応が十分に進行せず、表面構造が崩壊しやすい状態となっていること等が複合的に影響している可能性があるとの知見を得た。当該転写用鋳型は、樹脂基板上に形成された離型膜を備えているので、表面構造の転写後の被転写物の樹脂基板からの剥離をスムーズに行うことができるとともに、被転写物の表面構造部分と樹脂基板成分との接触を防止して被転写物の表面構造部分の硬化反応を十分に進行させることができる。その結果、所期の形状の表面構造を有する被転写物を形成することができる。
【0012】
本発明は、別の実施形態において、
互いに異なる表面構造を有し、かつ互いに離間する複数の表面構造領域を表面に有する樹脂基板を形成する工程、及び
前記樹脂基板の表面に離型剤を塗布して離型膜を形成する工程
を含む、被転写物へ表面構造を転写するための転写用鋳型の製造方法に関する。
【0013】
当該転写用鋳型の製造方法では、樹脂基板を採用しており加工性や形成性が良好であるので、所定の表面構造を有する転写用鋳型を歩留まり良く製造することができる。
【0014】
本発明は、さらに別の実施形態において、
前記転写用鋳型の表面構造を二次鋳型に転写する工程、
前記二次鋳型に転写された相補表面構造を三次鋳型に転写する工程、及び
前記三次鋳型に転写された相補表面構造を医療基材に転写する工程
を含む、表面が構造化された医療基材の製造方法に関する。
【0015】
当該医療基材の製造方法によれば、特定の転写用鋳型とともに二次鋳型及び三次鋳型を用いているので、所望の形状に表面が構造化された医療基材を効率的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の一実施形態に係る転写用鋳型を模式的に示す斜視図である。
【
図3A】
図1の樹脂基板のX-X線一部断面図である。
【
図3B】別の実施形態に係る表面構造領域が有する表面構造の一例を模式的に示す一部断面図である。
【
図3C】さらに別の実施形態に係る表面構造領域が有する表面構造の一例を模式的に示す一部断面図である。
【
図3D】なおさらに別の実施形態に係る表面構造領域が有する表面構造の一例を模式的に示す平面図である。
【
図3E】別の実施形態に係る表面構造領域が有する表面構造の一例を模式的に示す平面図である。
【
図4】実施例の4つの表面構造領域が形成されている樹脂基板の表面状態写真である。
【
図5】実施例の二次鋳型転写工程後の転写用鋳型の表面状態写真である。
【
図6】実施例の二次鋳型転写工程後の二次鋳型の表面状態写真である。
【
図7】比較例の二次鋳型転写工程後の転写用鋳型の表面状態写真である。
【
図8】比較例の二次鋳型転写工程後の二次鋳型の表面状態写真であり。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の一実施形態に係る転写用鋳型、転写用鋳型の製造方法及び医療基材の製造方法について、図面を参照しつつ以下に説明する。本発明はこれらの実施形態に限定されない。図の一部又は全部において、説明に不要な部分は省略し、また説明を容易にするために拡大又は縮小等して図示した部分がある。図面を参照しながら言及される上下等の位置関係を示す用語は、単に説明を容易にするために用いられており、本発明の構成を限定する意図は一切ない。
【0018】
《転写用鋳型》
図1は、本発明の一実施形態に係る転写用鋳型を模式的に示す斜視図である。
図2は、
図1のX-X線一部断面図である。
図3Aは、
図1の樹脂基板のX-X線一部断面図である。
図3Bは、別の実施形態に係る表面構造領域が有する表面構造の一例を模式的に示す一部断面図であり、
図3Cは、さらに別の実施形態に係る表面構造領域が有する表面構造の一例を模式的に示す一部断面図であり、
図3Dは、なおさらに別の実施形態に係る表面構造領域が有する表面構造の一例を模式的に示す平面図であり、
図3Eは、別の実施形態に係る表面構造領域が有する表面構造の一例を模式的に示す平面図である。
【0019】
転写用鋳型10は、被転写物へ表面構造を転写するための転写用鋳型である。転写方法については後述する。
図1、
図2及び
図3Aに示すように、転写用鋳型10は、表面に複数の表面構造領域2A~2Dが形成された樹脂基板2と、樹脂基板2上に形成された離型膜3とを備える。
図1において、樹脂基板2上に形成された表面構造領域2A~2Dについては括弧内の符号で示し、表面構造領域2A~2Dのそれぞれに対応する離型膜3上の表面構造領域を符号3A~3Dで示している。
図1に示す樹脂基板2上には4つの表面構造領域2A~2Dが形成されている。表面構造領域の数は複数形成されていれば特に限定されず、2、3、4、5、6、7、8、9、10又は11以上であってもよい。表面構造領域の平面視形状も特に限定されず、
図1に示すように矩形(四角形)であってもよく、三角形、五角形等の多角形、円形、楕円形又はこれらの組み合わせのいずれであってもよい。
【0020】
複数の表面構造領域(本実施形態では4つの表面構造領域2A~2D)は、互いに異なる表面構造を有し、かつ互いに離間して形成されている。1つの表面構造領域を独立した1つの転写区画単位として扱うことで、各表面構造領域に対応する医療基材の表面構造による細胞応答を評価及び比較することができ、細胞応答を最適化する医療基材の表面構造条件の割り出しを効率的に行うことができる。
【0021】
隣接する表面構造領域間の離間距離は、表面構造領域の転写区画単位としての独立性を考慮して、1mm~10mmの範囲から適宜設定することができる。
【0022】
表面構造領域2A~2Dにおける表面構造は凸部及び凹部のうちの少なくとも一種であることが好ましい。表面構造領域の各々が、独立して、表面構造として凸部のみ有していてもよく、凹部のみ有していてもよく、凸部及び凹部の両方を有していてもよい。例えば、
図3Aに示すように、表面構造領域2Aは表面構造として凸部21aを有し、表面構造領域2Bは表面構造として凸部21bを有する。これに対し、
図3Bに示すように、表面構造領域2Cは表面構造として凹部22cを有し、表面構造領域2Dは表面構造として凹部22dを有する。これらに限定されず、各表面構造領域は、表面構造として凸部、凹部又はこれらの組み合わせを任意に独立して有し得る。
【0023】
凸部の形状は樹脂基板2の表面から突起している限り特に限定されず、多角柱状、円柱状、多角錐状、円錐状、球状、楕円体状等の任意の形状であり得る。凹部の形状としても樹脂基板2の表面から陥没している限り特に限定されない。凹部形状として、樹脂基板2の表面を対称面として凸部形状と同形状となるように樹脂基板2の表面を内部方向に陥没させた形状が挙げられる。
【0024】
表面構造領域2A~2Dが互いに異なる表面構造を有する態様として、凸部及び凹部の別のほか、表面構造領域2A~2D間で凸部の高さ、凹部の深さ、凸部又は凹部の配置ピッチ及び凸部又は凹部の配置パターンのうちの少なくとも一つが異なることが好ましい。凸部の高さについて、
図3A中、表面構造領域2Bの凸部21bの高さは表面構造領域2Aの凸部21aの高さより高くなっている。凹部の深さについて、
図3B中、表面構造領域2Dの凹部22dの深さは表面構造領域2Cの凹部22cの深さより深くなっている。配置ピッチについて、
図3C中、表面構造領域2Cは凸部21cを有し、表面構造領域2Dは凸部21dを有する。凸部21c及び凸部21dの高さはそれぞれ表面構造領域2A、2Bの凸部21a及び凸部21bの高さと同じであるものの、凸部21c及び凸部21dの各配置ピッチは凸部21a及び凸部21bの各配置ピッチより狭くなっている。配置パターンについて、樹脂基板2を平面視した際、
図3Dにおける表面構造領域2Aの凸部21aは四角格子状に配置されているのに対し、
図3Eにおける表面構造領域2Bの凸部21bは三角格子状に配置されている。このように、1つの表面構造領域(例えば、
図1の表面構造領域2A)の表面構造を基準として、他の表面構造領域において凸部及び凹部の別、凸部の高さ、凹部の深さ、配置ピッチ及び配置パターンを変更していくことで、いずれの因子が細胞応答にどのように影響するのかを効率良く評価することができる。
【0025】
凸部又は凹部の配置パターンは、上述のように三角格子状又は四角格子状であることが好ましく、三角格子状であることがより好ましい。四角格子状としては正方格子状が好ましい。
【0026】
凸部の高さ及び凹部の深さの下限は、それぞれ独立して、80μmが好ましく、100μmがより好ましく、110μmがさらに好ましく、120μmが特に好ましい。凸部の高さ及び凹部の深さの上限は、それぞれ独立して、250μmが好ましく、200μmがより好ましく、180μmがさらに好ましく、160μmが特に好ましい。
【0027】
凸部及び凹部の配置ピッチ(前記配置パターンで示した三角格子点間又は四角格子点間の距離)の下限は、それぞれ独立して、280μmが好ましく、300μmがより好ましく、320μmがさらに好ましく、340μmが特に好ましい。凸部及び凹部の配置ピッチの上限は、それぞれ独立して、450μmが好ましく、420μmがより好ましく、400μmがさらに好ましく、380μmが特に好ましい。
【0028】
凸部及び凹部の直径の下限は、それぞれ独立して、60μmが好ましく、70μmがより好ましく、80μmがさらに好ましく、90μmが特に好ましい。凸部及び凹部の直径の上限は、それぞれ独立して、200μmが好ましく、150μmがより好ましく、1300μmがさらに好ましく、110μmが特に好ましい。前記直径は樹脂基板2を平面視した際に凸部又は凹部の平面視形状が円形である場合、その円の直径をいう。凸部又は凹部の平面視形状が多角形等の非円形である場合、その非円形の外接円の直径をいう。
【0029】
樹脂基板2の厚さは、母材としての強度やハンドリング性を考慮して適宜設定することができる。樹脂基板2の厚さの下限は、0.5mmが好ましく、1mmがより好ましく、2mmがさらに好ましく、3mmが特に好ましい。前記厚さの上限は、10mmが好ましく、8mmがより好ましく、6mmがさらに好ましく、5mmが特に好ましい。
【0030】
樹脂基板2の材料は樹脂材料である限り特に限定されず、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、光硬化性樹脂等のいずれの樹脂であってもよい。樹脂基板2は、後述する三次元造形法(いわゆる3Dプリンティング法)による三次元造形物であることが好ましいことから、樹脂基板2の材料は光硬化性樹脂組成物により得られる光硬化性樹脂であることが好ましい。
【0031】
光硬化性樹脂組成物は、好ましくは、(A)単官能(メタ)アクリルモノマー、(B)多官能(メタ)アクリル酸エステルおよび多官能ウレタン(メタ)アクリレートからなる群から選択される少なくとも一種の多官能モノマー、及び(C)光重合開始剤を含む。
【0032】
本明細書において、「(メタ)アクリルモノマー」は、アクリルモノマーまたはメタクリルモノマーを表す。「(メタ)アクリル酸」は、アクリル酸またはメタクリル酸を表す。「(メタ)アクリレート」は、アクリレートまたはメタクリレートを表す。
【0033】
前記光硬化性樹脂組成物において、(A)成分と(B)成分が(C)成分の光重合開始剤により光硬化する樹脂成分である。
【0034】
[(A)成分]
(A)成分である単官能(メタ)アクリルモノマーは、1分子中に1つの(メタ)アクリロイル基を有するモノマーである。ここで、(メタ)アクリロイル基は、アクリロイル基またはメタクリロイル基を表す。
【0035】
(A)単官能(メタ)アクリルモノマーとしては、例えば単官能(メタ)アクリル酸エステル、単官能N-置換(メタ)アクリルアミドなどが挙げられ、これらをいずれか1種用いても2種以上併用してもよい。ここで、(メタ)アクリルアミドは、アクリルアミドまたはメタクリルアミドを表す。
【0036】
単官能(メタ)アクリル酸エステルの具体例としては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、n-ブチル(メタ)アクリレート、tert-ブチル(メタ)アクリレート、イソブチル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、イソデシル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、ジシクロペンタニル(メタ)アクリレート、ジシクロペンテニル(メタ)アクリレート、イソボルニル(メタ)アクリレート、アダマンチル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、テトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレート、(2-メチル-2-エチル-1,3-ジオキソラン-4-イル)メチル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、フェニル(メタ)アクリレート、フェニルベンジル(メタ)アクリレート、フェノキシエチル(メタ)アクリレート、フェノキシジエチレングリコール(メタ)アクリレート、フェノキシテトラエチレングリコール(メタ)アクリレート、ノニルフェノキシエチル(メタ)アクリレート、フェノキシベンジル(メタ)アクリレートなどが挙げられる。これらはいずれか1種用いても2種以上併用してもよい。
【0037】
単官能N-置換(メタ)アクリルアミドの具体例としては、(メタ)アクリロイルモルフォリン、N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジエチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド、N-メチル(メタ)アクリルアミド、N-エチル(メタ)アクリルアミド、N-イソプロピル(メタ)アクリルアミド等が挙げられる。これらはいずれか1種用いても2種以上併用してもよい。
【0038】
[(B)成分]
(B)成分は、多官能(メタ)アクリル酸エステルおよび多官能ウレタン(メタ)アクリレートからなる群から選択される少なくとも一種の多官能モノマーであり、1分子中に複数の(メタ)アクリロイルオキシ基を有する。(B)多官能モノマーは、通常、1分子中に2個または3個の(メタ)アクリロイルオキシ基を有する。ここで、(メタ)アクリロイルオキシ基は、アクリロイルオキシ基またはメタクリロイルオキシ基を表す。
【0039】
多官能(メタ)アクリル酸エステルの具体例としては、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、グリセリンジ(メタ)アクリレート、1,6-ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,9-ノナンジオールジ(メタ)アクリレート、アルキレンオキサイド変性ビスフェノールAジ(メタ)アクリレート、ジメチロール-トリシクロデカンジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシ-3-アクリロイロキシプロピル(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリス(アクリロイルオキシエチル)イソシアヌレート、トリメチロールプロパントリアクリレート、アルキレンオキサイド変性トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、アルキレンオキサイド変性ペンタエリスリトールペンタ(メタ)アクリレート、アルキレンオキサイド変性ジペンタエリスリトールヘキサ(メタ)アクリレートなどが挙げられる。これらはいずれか1種用いても2種以上併用してもよい。
【0040】
多官能ウレタン(メタ)アクリレートは、1分子中に複数の(メタ)アクリロイルオキシ基を有するウレタン化合物である。多官能ウレタン(メタ)アクリレートとしては、例えば、ポリイソシアネート化合物とポリオール化合物とを反応させて得られる末端ヒドロキシ基含有ウレタンプレポリマーに(メタ)アクリル酸を反応させて得られたものや、ポリイソシアネート化合物とポリオール化合物とを反応させて得られる末端イソシアネート基含有ウレタンプレポリマーにヒドロキシ基含有(メタ)アクリレートを反応させて得られたものや、ポリイソシアネート化合物にヒドロキシ基含有(メタ)アクリレートを反応させて得られたものなどが挙げられる。
【0041】
ポリイソシアネート化合物としては、芳香族ポリイソシアネート、脂肪族ポリイソシアネート、脂環式ポリイソシアネートなどが挙げられる。ポリオール化合物としては、ポリエーテル系ポリオール、ポリエステル系ポリオール、ポリカーボネート系ポリオール、ポリオレフィン系ポリオールなどが挙げられる。ヒドロキシ基含有(メタ)アクリレートとしては、例えば、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、エチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールモノ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールトリ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパンジ(メタ)アクリレート、ジペンタエリスリトールペンタ(メタ)アクリレートなどが挙げられる。
【0042】
[(C)成分]
(C)成分である光重合開始剤としては、(A)成分および(B)成分の光ラジカル重合を開始できるものであれば、特に限定されない。(C)光重合開始剤としては、例えば、アルキルフェノン化合物、アシルホスフィンオキサイド化合物、オキシムエステル化合物、チオキサントン化合物、アントラキノン化合物などが挙げられる。これらはいずれか1種または2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0043】
アルキルフェノン化合物としては、例えば、2,2’-ジメトキシ-1,2-ジフェニルエタン-1-オンなどのベンジルメチルケタール化合物、2-ヒドロキシ-2-メチル-1-フェニルプロパン-1-オン、1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、1-[4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル]-2-ヒドロキシ-2-メチル-1-プロパン-1-オン、2-ヒドロキシ-1-{4-[4-(2-ヒドロキシ-2-メチルプロピオニル)ベンジル]フェニル}-2-メチルプロパン-1-オンなどのα-ヒドロキシアルキルフェノン化合物、2-メチル-1-(4-メチルチオフェニル)-2-モルフォリノプロパン-1-オン、2-ベンジルメチル-2-ジメチルアミノ-1-(4-モルフォリノフェニル)-1-ブタノンなどのアミノアルキルフェノン化合物などが挙げられる。アシルホスフィンオキサイド化合物としては、例えば、フェニルビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィンオキサイド、2,4,6-トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイドなどが挙げられる。これらはいずれか1種または2種以上組み合わせて用いることができる。
【0044】
光硬化性樹脂組成物の各成分の含有量は、(A)~(C)成分の合計含有量を100質量%として、(A)成分と(B)成分の合計含有量が90~99質量%であり、(C)成分の含有量1~10質量%であることが好ましい。
【0045】
光硬化性樹脂組成物は、(A)~(C)成分以外の任意成分として、樹脂粒子、有機染料、可塑剤、界面活性剤等を含んでいてもよい。
【0046】
離型膜3は、表面構造の転写後の被転写物の樹脂基板2からの離脱を容易にするとともに、被転写物の形成時に被転写物が樹脂基板2の成分に接したことにより被転写物の硬化反応が阻害されることを防止する。
【0047】
離型膜3の材料としては、公知のフッ素樹脂を用いることができる。フッ素樹脂として市販品を用いてもよい。フッ素樹脂の具体例としては、例えば、フッ素が添加されたポリイミド、テフロン(登録商標)、サイトップ(Cytop)(登録商標)、アルゴフロン(登録商標)、AD(ソルベイ社製)、フルオロポリアリールエーテル、フッ素が添加されたパリレン、ペルフルオロシクロブタン、及びベンゾシクロブテンなどのフッ素樹脂を用いることができる。中でも、非晶質フッ素樹脂であるサイトップ(Cytop)が好ましい。
【0048】
離型膜3の厚さの下限としては、0.1μmが好ましく、0.3μmが好ましく、0.5μmが好ましく、0.8μmが特に好ましい。前記厚さの上限としては、2μmが好ましく、1.5μmが好ましく、1.2μmが好ましく、1μmが特に好ましい。
図2に示すように、離型膜3の厚さは、樹脂基板2の厚さ及び表面構造領域2A~2Dの表面構造(例えば、
図2及び
図3Aのような凸部21a、21b)の高さ又は深さと比較して十分に薄い。従って、離型膜3は樹脂基板2上の表面構造に倣うように形成されることになり、樹脂基板2の表面構造は離型膜3上でも実質的に同一の形状で反映されることになる。
【0049】
離型膜3は、オゾン雰囲気下にて紫外線を照射された樹脂基板2の表面に形成されていることが好ましい。これにより、離型膜3と樹脂基板2との密着性を向上させることができる。この理由は定かではないものの、前記特定の処理により樹脂基板2の表面にヒドロキシ基等が導入されて親水化され、このヒドロキシ基と離型膜材料中の官能基(例えばカルボキシ基等)との反応により離型膜3が化学的に固定化されることにより密着性が向上すると推察される。
【0050】
離型膜3の水に対する接触角は、90°以上が好ましく、95°以上が好ましく、100°以上が好ましい。接触角の測定方法は実施例の記載による。
【0051】
転写用鋳型の使用方法は、後述の医療基材の製造方法において説明する。
【0052】
《転写用鋳型の製造方法》
当該転写用鋳型の製造方法は、互いに異なる表面構造を有し、かつ互いに離間する複数の表面構造領域を表面に有する樹脂基板を形成する工程(以下、「樹脂基板形成工程」ともいう。)、及び前記樹脂基板の表面に離型剤を塗布して離型膜を形成する工程(以下、「離型膜形成工程」ともいう。)を含む。当該製造方法では、前記樹脂基板形成工程後、オゾン雰囲気下、前記表面構造領域を形成した樹脂基板の表面に紫外線を照射(以下、「前処理工程」ともいう。)した後、前記離型膜を形成することが好ましい。以下、任意工程である前処理を含む場合の転写用鋳型の製造方法について説明する。
【0053】
樹脂基板形成工程において、樹脂基板2の表面構造領域2A~2Dの形成方法としては、表面構造を有する樹脂基板2を形成材料から一体的に形成する一体形成法や、表面が平坦な樹脂板(図示せず)を作製しておき、樹脂板に対して表面加工を行って樹脂基板2を形成する逐次形成法のいずれも好適に採用することができる。一体形成法としては、例えば、三次元造形法、インプリント技術等が挙げられる。逐次形成法としては、例えば、インクジェット技術、リソグラフィー技術、MEMS技術、レーザ加工技術、エッチング技術等が挙げられる。目的とする複数の表面構造領域を短時間で精度良く形成可能である点で三次元造形法(3Dプリンティング法)により形成することが好ましい。
【0054】
三次元造形法による形成は、公知の光造形方式三次元造形装置(3Dプリンタ)を用いて行うことができる。まず、目的とする表面構造を有する複数の表面構造領域を含めた樹脂基板2全体の構成を予め設計する。三次元造形装置に前記光硬化性樹脂組成物を投入し、設計に従った形状が得られるように波長200nm~420nmの光を選択的に照射して1層ずつ積層させることで、樹脂基板2を形成することができる。
【0055】
次に、前記樹脂基板形成工程後、オゾン雰囲気下、前面構造領域2A~2Dを形成した樹脂基板2の表面に紫外線を照射する前処理工程を行う。前処理工程の条件は後工程で形成される離型膜3と樹脂基板2との密着性等を考慮して適宜設定することができる。前処理条件としては、オゾン雰囲気下、150nm~250nmの紫外線を1mW/cm2~20mW/cm2の光強度で照射すればよい。
【0056】
離型膜形成工程における離型剤としては、上述のフッ素樹脂を好適に採用することができる。離型剤の塗布方法は特に限定されず、ロールコート、キスロールコート、グラビアコート、リバースコート、ロールブラッシュ、スプレーコート、ディップロールコート、バーコート、ナイフコート、エアーナイフコート、カーテンコート、リップコート、ダイコーター等による押出しコート法等の方法が挙げられる。
【0057】
離型剤の塗布後、必要に応じて加熱や乾燥を行ってもよい。これにより、離型膜3を形成することができる。
【0058】
《医療基材の製造方法》
当該医療基材の製造方法は、前記転写用鋳型の表面構造を二次鋳型に転写する工程(以下、「二次鋳型転写工程」ともいう。)、前記二次鋳型に転写された相補表面構造を三次鋳型に転写する工程(以下、「三次鋳型転写工程」ともいう。)、及び前記三次鋳型に転写された相補表面構造を医療基材に転写する工程(以下、「医療基材転写工程」ともいう。)を含む。
【0059】
二次鋳型転写工程において、転写用鋳型を用いる二次鋳型への表面構造の転写方法は、少なくとも、転写用鋳型の表面構造と二次鋳型とを接触させる工程を含む。これにより、転写用鋳型の表面構造と相補的な表面構造が二次鋳型に転写される。接触の態様は、二次鋳型の材料や性状に応じて適宜選択することができる。二次鋳型が固形状である場合、転写用鋳型と二次鋳型とを好ましくは押圧下で接触させることで転写することができる。必要に応じて、二次鋳型の軟化点を超える温度まで加熱した状態で接触又は押圧してもよい。二次鋳型の材料が固形化(ゲル化を含む。)可能な液状又は半固形状である場合、転写用鋳型と二次鋳型材料とを接触させた状態で固形化処理(例えば、自然硬化、加熱、放射線照射等)を行うことで二次鋳型の形成とともに表面構造の転写を行うことができる。二次鋳型の材料が液状又は半固形状である場合、減圧雰囲気下で転写用鋳型と二次鋳型材料とを接触させることが好ましい。これにより、転写用鋳型の表面構造と二次鋳型材料との間のエアの噛み込みを低減ないし抑制することができる。三次鋳型転写工程及び医療基材転写工程も二次鋳型転写工程と同様の手順により行うことができる。
【0060】
二次鋳型及び三次鋳型の材料としては、ガス噛み込み防止のためのガス透過性に加え、疎水性、柔軟性、機械的強度の点で、ポリシロキサン、ポリスチレン、ポリカーボネート等が好ましい。中でも、酸素透過係数点で、ポリシロキサンが好ましく、ポリジメチルシロキサン(PDMS)がより好ましい。ポリジメチルシロキサンの酸素透過係数は、一般に約600barrerである。
【0061】
前記医療基材は、コラーゲン、ゼラチン、ヒアルロン酸、フィブリン、フィブリノーゲン、アルギン酸、アガロース、キトサン、キチン、セルロース、ペクチン、デンプン、ラミニン、グルテン、カゼイン、アルブミン、ビトロネクチン、テネイシン、エンタクチン(ナイトジェン)、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(パールカン)、ポリ(アクリル酸)及びその誘導体、ポリ(エチレンオキシド)及びその共重合体、ポリ(ビニルアルコール)、ポリホスファゼン、並びにマトリゲルからなる群より選択される1種又は2種以上を含む足場材料であることが好ましい。
【0062】
中でも、前記医療基材は生物由来材料により形成されていることが好ましく、前記生物由来材料はコラーゲンゲルであることがより好ましい。体性幹細胞が局在する微細環境(ニッチ)は三次元的に構成され、力学的な勾配(凹凸)がある環境が生理学的にヒト組織/臓器に類似しているとされる。例えば、ヒトの上皮/結合組織界面にある凹凸(乳頭様)マイクロパターンを足場材料上に再現することができれば、より生体に類似する生理学的な細胞応答が得られ、再生医療への応用、発展や、医学生物学的基礎研究やヒトへの生体移植材としての応用が期待される。上述の転写用鋳型によれば、生体模倣的で複雑な形状の転写用の表面構造を効率的に形成することができることから、被転写物としての足場材料に上述のようなヒト組織に類似する微細構造を再現することができ、再生医療等への応用に寄与し得る。
【0063】
医療基材としてコラーゲンゲルを用いる場合の表面構造の転写方法を説明する。当該方法の好適な一形態は、ゲル形成用コラーゲン水溶液と三次鋳型とを接触させ、必要に応じて残存間隙の空気を脱気した後、所定時間接触状態を保持することによって、表面に所定の表面構造を有する線維化コラーゲンゲルを作製する方法である。
【0064】
線維化コラーゲンゲルの原料となるコラーゲンの種類は特に限定されないが、生体内での存在量が多いI型コラーゲンが好ましく、抗原決定基であるテロペプタイドが除去されたアテロコラーゲンがより好ましい。また、通常、哺乳類、魚介類、鳥類、爬虫類等の生物原料由来のコラーゲンが使用されうるが、ヒトと共通のウイルスを有しない魚介類由来のコラーゲンが好適に用いられる。特に、魚類由来のコラーゲンが好適であり、採取部位としては鱗、皮等が挙げられる。鱗は、魚臭の原因となる脂質など不純物が少なく、純度が高いコラーゲンが得られることが利点である。
【0065】
なお、本願明細書において、「コラーゲン」とは、3重螺旋構造を有するコラーゲン分子及びこのコラーゲン分子からなる会合体や集合体を意味し、3重螺旋構造が解けた熱変性コラーゲン(ゼラチン)及びコラーゲンペプチドは含まれない。
【0066】
生体組織に含まれるコラーゲンを可溶化して可溶化コラーゲン水溶液を得る方法として、酵素で可溶化処理する方法、希酸で抽出処理する方法、アルカリで可溶化処理する方法等が知られている。本願明細書において、特に断らない限り、「可溶化コラーゲン水溶液」とは、任意の処理方法によって可溶化されたコラーゲン水溶液のことを指すものとする。
【0067】
可溶化コラーゲン水溶液に緩衝液等の線維化剤を添加して、可溶化コラーゲン水溶液を適度なイオン強度及びpHとすると、コラーゲン分子が配向して、生体内のコラーゲン線維に類似した構造をとることにより、一定の形状を有するコラーゲンゲルが得られる。このコラーゲンゲルは「線維化コラーゲンゲル」と称される。また、本願明細書では、線維化コラーゲンゲルの形成に適したイオン強度とpHとを具備させた可溶化コラーゲン水溶液を「ゲル形成用コラーゲン水溶液」と称する。
【0068】
ゲル形成用コラーゲン水溶液は、可溶化コラーゲン水溶液に、線維化コラーゲンゲルの形成に適したイオン強度とpHとを具備させることによって得られるものである。具体的には、可溶化コラーゲン水溶液に線維化剤を添加することにより、イオン強度とpHとを調整する。線維化剤の好例は、生理食塩水、緩衝液、緩衝生理食塩水、酸性塩水溶液、中性塩水溶液、アルカリ性塩水溶液等である。当該水溶液のpHについては、例えばpH3~10の範囲内でコラーゲンの種類(酸可溶化コラーゲン、酵素可溶化コラーゲン、アルカリ可溶化コラーゲン等)に応じて適宜設定することが好ましい。一例として、酵素可溶化コラーゲンについては、pH6~8の範囲の緩衝液、緩衝生理食塩水、中性塩水溶液等を用いることが好ましい。緩衝液と緩衝生理食塩水の具体例として、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、HEPES緩衝液、酢酸緩衝液、炭酸緩衝液、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(D-PBS)、トリス緩衝生理食塩水、HEPES緩衝生理食塩水等を挙げることができる。
【0069】
ゲル形成用コラーゲン水溶液と三次鋳型とを接触させる方法として、例えば、次の2つの方法が挙げられる。
(接触方法1):三次鋳型を、その転写用表面構造を有する領域が上向きとなるように設置し、そこにゲル形成用コラーゲン水溶液を注入する方法。
(接触方法2):所定の容器内に収容したゲル形成用コラーゲン水溶液の上に、三次鋳型を、その転写用表面構造を有する領域が下向きとなるようにして載置する方法。
なお、上記の接触方法1において、三次鋳型だけではゲル形成用コラーゲン水溶液を保持できないときは、三次鋳型を取り囲む所定の枠や容器を用いることが好ましい。
【0070】
ゲル形成用コラーゲン水溶液と三次鋳型との接触において、意図しない残存間隙ができたときは、脱気によって残存間隙に存在する空気を除去することが好ましい。三次鋳型の窪み部にゲル形成用コラーゲン水溶液がその粘性により入り込み難い場合や、三次鋳型の窪み部にゲル形成用コラーゲン水溶液を均一に注入することが困難な場合などに、脱気は有効な手段である。脱気の方法は、特に限定されることはなく、アスピレーター、真空ポンプ、真空乾燥機等を用いる公知の方法を使用することができる。脱気においては、三次鋳型を固定したり、ゲル形成用コラーゲン水溶液に対して圧迫したりする等の適当な措置を施すことが望ましい。
【0071】
残存間隙に存在する空気の除去程度は、目的とする表面構造が線維化コラーゲンゲルに付与されるように適宜設定すればよく、必ずしも当該空気を完全に除去することを要しない。すなわち、三次鋳型の転写用表面構造と相補的な表面構造が線維化コラーゲンゲルに完全に転写される必要はない。
【0072】
可溶化コラーゲン水溶液に、線維化コラーゲンゲルの形成に適したイオン強度とpHとを具備させてから線維化コラーゲンゲルを形成させるまでの間は、例えば15~30℃の温度(ただし、コラーゲンの変性温度未満)で一定時間保持することが好ましい。保持時間としては、例えば、6~24時間である。
【0073】
ゲル化反応と並行して又はゲル化反応後、必要に応じて、γ線照射、電子線照射、U
V照射又はプラズマ照射等の放射線照射又は電離線照射による架橋を行ってもよい。あるいは、カルボジイミド架橋剤(例えば、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩)等を用いる化学的架橋を行ってもよい。
【0074】
線維化コラーゲンゲルにおいて、例えば、倍率10,000倍の走査電子顕微鏡で観察したときに、無数のファイバー状構造体が存在していれば、線維化コラーゲンが存在していることを確認できる。また、線維化コラーゲンがD周期を有することの確認は一般に走査電子顕微鏡では容易とは言えないが、線維化コラーゲンの一部分にでもD周期が確認されれば、線維化コラーゲン全体がD周期を有すると判断しても概ね差し支えない。
【0075】
(他の実施形態)
前記医療基材の製造方法において、医療基材に所望の表面構造が転写される限り、三次鋳型転写工程を省略して、二次鋳型から医療基材に表面構造を転写してもよい。
【0076】
本発明は、一実施形態において、複数の表面構造領域が形成された樹脂基板の該表面の少なくとも一部に離型剤を塗布して離型膜を形成する工程、及び
前記樹脂基板の表面構造をポリシロキサンに転写する工程
を含む、ポリシロキサンの硬化促進方法に関する。
【実施例0077】
以下、本発明に関して実施例を用いて詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0078】
《転写用鋳型の製造》
<実施例1>
表面構造について、直径16.3mmの平滑な表面において、
図1及び下記表1に示す各パターンを有する表面構造領域(6mm×6mm)が4箇所形成(表面構造領域間の離間距離4mm)されるように設計した。
【0079】
【0080】
光硬化性樹脂組成物として、ウレタンジメタクリレート(重量%:55-75%)、メタクリレートモノマー(重量%:15-25%)、ジフェニル(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィンオキシド(重量%:<0.9%)の混合物を準備した。三次元造形装置として、Formlabs社製「Formlabs Form 3」を用い、光硬化性樹脂組成物を三次元造形装置のタンクに投入し、405nmの紫外線を照射することで上述の表面構造領域が表面に形成された樹脂基板を作製した。
図4に、実施例の4つの表面構造領域が形成されている樹脂基板の表面状態写真を示す。
図4中の丸数字が前記の表1のパターンと対応する。
【0081】
次に、前記パターン3を有する表面構造領域が1箇所形成された樹脂基板を前記手順と同様にして別途作製し、その表面に、オゾン雰囲気下での紫外線照射による前処理を行った。紫外線の波長は172nmであり、照射エネルギーは10mW/cm2であった。なお、オゾン雰囲気下にて紫外線を照射した石英ガラス基板の表面の接触角は5°未満(サンプル数は4)であり、樹脂基板でも同様に表面が親水化されると推測される。
【0082】
前処理を行った表面構造領域を有する樹脂基板上に、離型剤(AGC社製、「CYTOP CTX-109AE」)をディップコート方式で塗布し、離型膜を形成した。これにより転写用鋳型を作製した。なお、樹脂基板に代えて、シリコン基板上に同様の手順で形成した離型膜の厚さはおよそ5μm以下であった。樹脂基板状に離型膜を形成した場合であっても同程度の厚さになると推測される。
【0083】
離型膜の接触角は104°であった(サンプル数は5)。全ての接触角は、自動接触角計(協和界面科学社製のDMo-501)を用いて、平らな試験片上に2mLの純水を滴下することにより、温度25℃にて測定される静的接触角として求めた。
【0084】
転写用鋳型の表面構造領域上にポリジメチルシロキサンを流し込み、室温で48時間静置し硬化反応を進行させることで二次鋳型を作製した。その後、二次鋳型を転写用鋳型から脱離させた。
【0085】
図5に実施例の二次鋳型転写工程後の転写用鋳型の表面状態写真を示し、
図6に実施例の二次鋳型転写工程後の二次鋳型の表面状態写真を示す。
図5及び
図6から明らかなように、転写不良を起こすことなく転写用鋳型の表面構造が二次鋳型であるポリジメチルシロキサンに転写されていた。なお、同様の結果は表面構造領域が4箇所形成された樹脂基板でも得られると推測される。
【0086】
<比較例1>
前処理及び離型膜の形成を行わなかったこと以外は、実施例1と同様に転写用鋳型を作製し、二次鋳型への転写を行った。転写用鋳型の接触角は74°であった。
図7に比較例の二次鋳型転写工程後の転写用鋳型の表面状態写真を示し、
図8に比較例の二次鋳型転写工程後の二次鋳型の表面状態写真を示す。
図7及び
図8から明らかなように、比較例では転写不良が生じていた。これは、二次鋳型であるポリジメチルシロキサンの硬化反応が十分に進行しなかったことが原因であると考えられる。