(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023144574
(43)【公開日】2023-10-11
(54)【発明の名称】フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板とその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231003BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20231003BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20231003BHJP
【FI】
C22C38/00 302H
C22C38/60
C21D8/02 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022051624
(22)【出願日】2022-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】川 真知
(72)【発明者】
【氏名】柘植 信二
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA08
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA15
4K032AA16
4K032AA17
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA24
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA32
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA40
4K032BA01
4K032CB01
4K032CC04
4K032CD02
(57)【要約】
【課題】硬度と靭性に優れたフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】所定の化学組成を有する鋼を、温度Tc(℃)以下でされる圧延の圧下比が1.2以上であり、圧延最終パス温度を(Tc-100)℃以上とする条件で熱間圧延し、前記熱間圧延後に20秒以上空冷してから800℃から600℃の温度区間を冷却速度1℃/s以上で冷却することにより、PREN_Mn値が35.0以下であり、-20℃におけるシャルピー衝撃値vE-20℃が100J/cm2以上であり、鋼板表層のブリネル硬さHBW3000が230以上であるフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を得ることができる。
PREN_Mn値=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N-Mn
Tc(℃)=930+50Mo (℃)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0~0.050%、
Si:0~2.00%、
Mn:0.50~6.00%、
P:0.050%以下、
S:0.0500%以下、
N:0.08~0.30%、
Cr:17.0~30.0%、
Ni:0.10~8.00%、
Mo:0.10~3.50%、
Cu:0~3.00%
Nb:0~0.10%、
Sn:0~1.00%、
W:0~1.00%、
V:0~1.00%、
Ti:0~0.05%、
B:0~0.0050%、
Ca:0~0.0050%、
Mg:0~0.0050%、
Al:0~0.05%、
REM:0~0.50%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記式1で計算されるPREN_Mn値が35.0以下であり、
-20℃におけるシャルピー衝撃値vE-20℃が100J/cm2以上であり、
鋼板表面から厚さ方向に0.1~0.2mmの位置でのブリネル硬さHBW10/3000が230以上であることを特徴とするフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
PREN_Mn値=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N-Mn ・・・式1
但し、上記式中の元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有率(質量%)であり、含有しない場合は0を代入する。
【請求項2】
さらに質量%で、
Cu:0.10~3.00%、
Nb:0.01~0.10%、
Sn:0.030~1.00%、
W:0.01~1.00%、および、
V:0.01~1.00%、
Ti:0.005~0.05%、および、
B:0.0003~0.0050%、
Ca:0.0001~0.0050%、
Mg:0.0001~0.0050%、
Al:0.0030~0.05%、および、
REM:0.005~0.50%、
から選択される1種以上を含有する、
請求項1に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の化学組成を有する鋼を、下記式2で計算される温度Tc(℃)以下でされる圧延の圧下比が1.2以上であり、圧延最終パス温度を(Tc-100)℃以上とする条件で熱間圧延し、前記熱間圧延後に20秒以上空冷してから800℃から600℃の温度区間を冷却速度1℃/s以上で冷却することを特徴とする請求項1または2に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の製造方法。
Tc(℃)=930+50Mo(℃) ・・・式2
但し、上記式中の元素記号Moは、鋼中に含まれるMoの含有率(質量%)であり、含有しない場合は0を代入する。
【請求項4】
固溶化熱処理をしない、請求項3に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二相ステンレス鋼は、鋼の組織にオーステナイト相とフェライト相の両相を有するステンレス鋼である。二相ステンレス鋼は、一般に同等の耐食性を有するオーステナイト系ステンレス鋼に対して、低Niの成分系で合金コストが低くかつ高強度であることから、強度と耐食性を低コストで両立可能な材料として注目を浴びている。
【0003】
河川、ダム施設等の構造物では、雨水および河川水との接触部分に普通鋼を使用した場合、その部分に腐食が生じることから、塗装やめっき施工を行うか、もしくはステンレス鋼が使用される。なかでもゲート等に含まれる摺動部ではゲート開閉等設備稼動に伴い生じる摩擦が生じ、またライニング材などでは石や砂利などの接触が生じるため塗膜やめっきの劣化が著しく加速される。このため、摩擦の影響が小さいステンレス鋼が広く用いられる。
【0004】
摺動部では耐摩耗性の観点から、SUS304にN(窒素)を含有し硬度を高めたSUS304N2が広く使用されている。しかしながら、ゲートを有する河川施設、例えば河口部の水門では海水が混入するため河川水の塩化物イオン濃度が著しく高まることにより、過酷な腐食環境となる。このような場所では、Cr量の少ないSUS304N2では所望の耐食性を確保できない場合がある。そのため、高強度かつ高耐食の二相ステンレス鋼による代替が望まれている。
【0005】
SUS304N2の固溶化熱処理材の表面硬度はおよそHBW(ブリネル硬度)200程度である。さらに耐摩耗性の改善が求められる場合には、通常よりも低温で熱間圧延してさらに圧延後の焼鈍を省略することで加工ひずみを残留することで強度を上昇させた上で適用される。二相ステンレス鋼による代替の際にも、求められる耐摩耗性によっては同様の製造方法が必要になる場合がある。
【0006】
特許文献1および2では、PREW、Mnが24.0以上34.0以下である二相ステンレス鋼について、仕上げ圧延温度を1000℃~800℃、かつ800℃~600℃区間の冷却速度を1℃/s以上とする熱間圧延によって表面硬さがHBW230以上の耐摩耗性と溶接部耐食性に優れる二相ステンレス鋼を製造する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2020-100872号公報
【特許文献2】特開2021-075771号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
構造部材として二相ステンレス鋼板を用いる上で、破壊特性に関わる靭性が良好であることは重要である。靭性は鋼中の析出物によって低下することが知られている。二相ステンレス鋼板の通常の製造では圧延後に900℃~1100℃の固溶化熱処理を実施して圧延時に析出したクロム窒化物を固溶化し靭性低下を抑制する。しかしながら、固溶化熱処理を実施すると、同時に残留していた加工ひずみが回復によって減少してしまい所望の強度が得られない。
【0009】
このため、固溶化熱処理を省略して十分な加工ひずみを残留させて高強度化した上でクロム窒化物の析出を抑制し、二相ステンレス鋼の高強度と靭性を両立させる製造方法が望まれている。
【0010】
特許文献1および2には低温仕上げによって表面硬度と溶接部耐食性の良好な二相ステンレス鋼を製造する方法が記載されている。しかしながら、これらの文献にはクロム窒化物の析出に関わる低温圧延の圧下量についての記載がなく、さらに得られた製品にクロム窒化物の析出がなく良好な靭性を有しているかについての記載もない。
【0011】
本発明は、クロム窒化物の析出がなく固溶化熱処理を実施した二相ステンレス鋼(固溶化材)と同等の靭性を有し、かつ、良好な表面硬度を有する省合金フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、種々の成分を有する鋼について圧延条件を変化させて鋼板を製造し、製品の靭性および表面硬度に影響する因子を評価した。特に、フェライト相とオーステナイト相の硬度に着目し、靭性および表面硬度を良好にする因子を調査した結果、以下の知見を得た。
(a)固溶化材と比較してフェライト相の硬度上昇が小さいほど靭性が良好になる。
(b)固溶化材と比較してオーステナイト相の硬度上昇が大きいほど表面硬度が高くなる。
(c)鋼板に添加されるMo量に応じて圧延温度と圧下率を制御することで、フェライト相を回復させてCr窒化物の析出を抑制することで、硬度上昇が抑えられ、靭性を改善でき、一方オーステナイト相の回復を抑制して硬度上昇を大きくし表面硬度を高くすることができる。
本発明は、上記の知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0013】
[1]
化学組成が、質量%で、
C :0~0.050%、
Si:0~2.00%、
Mn:0.50~6.00%、
P :0.050%以下、
S :0.0500%以下、
N :0.08~0.30%、
Cr:17.0~30.0%、
Ni:0.10~8.00%、
Mo:0.10~3.50%、
Cu:0~3.00%
Nb:0~0.10%、
Sn:0~1.00%、
W :0~1.00%、
V :0~1.00%、
Ti:0~0.05%、
B :0~0.0050%、
Ca:0~0.0050%、
Mg:0~0.0050%、
Al:0~0.05%、
REM:0~0.50%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記式1で計算されるPREN_Mn値が35.0以下であり、
-20℃におけるシャルピー衝撃値vE-20℃が100J/cm2以上であり、
鋼板表面から厚さ方向に0.1~0.2mmの位置でのブリネル硬さHBW10/3000が230以上である
ことを特徴とするフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
PREN_Mn値=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N-Mn ・・・(式1)
但し、上記式中の元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有率(質量%)であり、含有しない場合は0を代入する。
[2]
前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.10~3.00%、
Nb:0.01~0.10%、
Sn:0.030~1.00%、
W:0.01~1.00%、および、
V:0.01~1.00%、
から選択される1種以上を含有する、
上記[1]に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
[3]
前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.005~0.05%、および、
B:0.0003~0.0050%、
から選択される1種以上を含有する、
上記[1]または[2]に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
[4]
前記化学組成が、質量%で、
Ca:0.0001~0.0050%、
Mg:0.0001~0.0050%、
Al:0.0030~0.05%、および、
REM:0.005~0.50%、
から選択される1種以上を含有する、
上記[1]から[3]までのいずれか一項に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
[5]
上記[1]から[4]までのいずれか一項に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を製造する方法であって、
上記[1]から[4]までのいずれかに記載の化学組成を有する鋼を、下記式2で計算される温度Tc(℃)以下でされる圧延の圧下比が1.2以上であり、圧延最終パス温度が(Tc-100)℃以上とする条件で熱間圧延し、前記熱間圧延後に20秒以上空冷してから800℃から600℃の温度区間を冷却速度1℃/s以上で冷却することを特徴とするフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の製造方法。
Tc(℃)=930+50Mo(℃) ・・・(式2)
但し、上記式中の元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有率(質量%)であり、含有しない場合は0を代入する。
Tc(℃)以下での圧下比はTc℃以下で初めて圧延する圧延パス前の板厚を圧延後の鋼板板厚で除して計算される値である。
[6]
固溶化熱処理をしない、[5]に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、省合金二相ステンレス鋼板において、クロム窒化物の析出なく靭性と表面硬度に優れたフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を得ることが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0016】
1.鋼板の化学組成
本発明鋼の化学組成における各元素について説明する。なお、以下の説明において、特に断りのない限り、各元素の含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0017】
C:0~0.050%
Cは、オーステナイト相に固溶して強度を高める元素である。しかし、C含有量が多量に含有すると、鋼板の強度が高くなり加工性が劣化する。また、CはCr炭化物の析出を促進するために粒界腐食の発生をもたらす。したがって、C含有量は0.050%以下とする。C含有量は、好ましくは、0.045%以下、0.040%以下、0.035%以下、0.030%以下、0.025%以下、0.020%以下、0.015%以下、または0.010%以下であるとよい。また、耐食性の点からCは低くする方が好ましく、C含有量の下限は特に限定しない。しかし、現存の製鋼設備ではC含有量を低下させるには大きなコスト増加を招くため、C含有量は0.002%以上であることが好ましい。
【0018】
Si:0~2.00%
Siは、脱酸元素として使われたり、耐酸化性向上のために添加されたりする場合がある。しかし、Si含有量が多量に含有すると、鋼板の硬質化をもたらし、靭性および加工性が劣化する。したがって、Si含有量は2.00%以下とする。Si含有量は、好ましくは1.80%以下、1,60%以下、1.50%以下、1.40%以下、1.30%以下、1,20%以下、1.10%以下、または1.00%以下であるとよい。また、Si含有量の下限は特に限定しない。しかしSi含有量を極少量まで低減するためには、鋼の精錬時のコスト増加を招くため、Si含有量は0.03%以上であることが好ましい。
【0019】
Mn:0.50~6.00%
Mnは、オーステナイト相を増加させ、また窒素の固溶度を上げ製造時の気泡欠陥などを抑制する効果を有する。そのため、Mn含有量は0.50%以上にするとよい。Mn含有量は、好ましくは、0.70%以上、1.00%以上、1.50%以上、2.00%以上、または2.50%以上であるとよい。一方、Mnを多量に含有すると、耐食性および熱間加工性を低下させる。したがって、Mn含有量は6.00%以下にするとよい。Mn含有量は、好ましくは、5.50%以下、5.00%以下、4.75%以下、4.50%以下、4.30%以下、4.10%以下、または4.00%以下であるよい。
【0020】
P:0.050%以下
Pは、鋼中に不可避的に混入する元素であり、またCrなどの原料にも含有されているが、Pを多量に含有すると成形性を低下させる。そのため、P含有量は少ないほど好ましく、0.050%以下、0.040%以下、0.030%以下、0.020%以下、または0.010%以下であるとよい。
【0021】
S:0.0500%以下
Sは、鋼中に不可避的に混入する元素であり、Mnと結合して介在物を作り、発銹の基点となる場合がある。また、S含有量は少ないほど耐食性が向上するため、0.050%以下、0.0400%以下、0.0300%以下、0.0200%以下、0.0100%以下、0.0080%以下、0.0060%以下、0.0050%以下、0.0040%以下、または0.00300%以下であるとよい。
【0022】
N:0.08~0.30%
Nは、オーステナイト相に固溶して強度および耐食性を高めて省合金化に寄与する元素であり、0.08%以上を含有することが望ましい。N含有量は、より好ましくは0.10%以上、0.12%以上、または0.15%以上であるとよい。一方で、Nはクロム窒化物の析出に大きく影響する元素でもあり、多量に含有すると、クロム窒化物の析出量が多くなり、製品と固溶化熱処理試料との耐食性差が大きくなるためこれを上限とする。より好ましくは0.23%以下である。
【0023】
Cr:17.0~30.0%
Crは、耐食性を確保するために必要な元素である。そのためCr含有量は17.0%にするとよく、好ましくは、18.0%以上、19.0%以上、20.0%以上、または21.0%以上であるとよい。一方、Crを多量に含有すると、クロム窒化物の析出量が多くなり、また熱間加工割れの危険性も高まる。したがって、Cr含有量は30.0%以下にするとよく、好ましくは、29.5%以下、29.0%以下、28.5%以下、28.0%以下、27.5%以下、または27.0%以下であるとよい。
【0024】
Ni:0.10~8.00%
Niは、オーステナイト安定化元素であり、耐食性を向上させる効果を有する。そのためNi含有量は0.10%にするとよく、好ましくは、0.30%以上、0.50%以上、0.70%以上、または1.00%以上であるとよい。一方、Niを多量に含有すると、原料コストの増加をもたらす。したがって、Ni含有量は6.00%以下であるとよく、好ましくは、5.00%以下、4.00%以下、または3.00%以下であるとよい。
【0025】
Mo:0.10~3.50%
Moは、フェライト相およびオーステナイト相の回復を抑制する元素である。しかし、両相の回復への影響度合いの差(即ち、降温時において回復がし難くなり始める温度の差)を利用することにより、フェライト相を回復しつつ、オーステナイト相の回復を抑制することができる。Moはオーステナイト相よりフェライト相に存在する方が安定なため、フェライト相中に濃化する。そのため、Moを多量に含有すると、フェライト相とオーステナイト相の回復し難くなり始める温度が近づくため所望の靭性と表面硬度を両立させる圧延制御が難しくなる。したがって、Mo含有量は3.50%以下とするとよい。Mo含有量は、好ましくは、3.00%以下、2.50%以下、2.00%以下、または1.50%以下とするとよい。一方、Moは耐食性を向上させる効果がある。このため、Mo含有量は0.10%以上とするとよい。Mo含有量は、好ましくは、0.20%以上、0.30%以上、0.40%以上、0.50%以上、0.60%以上、0.70%以上、0.80%以上、0.90%以上、または1.00%以上にするとよい。
【0026】
上記元素の他、耐食性を向上させる観点から、必要に応じて、Cu、Nb、Sn、WおよびVから選択される1種以上を含有させてもよい。これらの元素は含有しなくてもよいが、含有することによりさらなる効果を得ることができる。以下、これら元素について説明する。
【0027】
Cu:0~3.00%
Cuは、耐硫酸性の向上に非常に有効な元素であるため、必要に応じて含有させても良い。しかし、Cuを多量に含有すると原料コストの増加をもたらし、また熱間加工性を悪化させる。そのため、Cu含有量は3.00%以下が好ましく、1.5%以下がより好ましい。Cu含有量の下限は特に限定しないが、上記の効果を得るためにはCu含有量は0.10%以上、または0.5%以上であるのがより好ましい。
【0028】
Nb:0~0.10%
Nbは、Nと化合物を作ることでクロム窒化物の析出を抑制する効果があるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Nbを多量に含有すると、鋼板の加工性を低下させる。したがって、Nb含有量は0.10%以下とするとよい。Nb含有量の下限は特に限定しないが、上記の効果を得るためには、Nb含有量は0.01%以上、または0.04%以上であるのがより好ましい。
【0029】
Sn:0~1.00%
Snは、耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Snを多量に含有すると、熱間加工性を悪化させる。したがって、Sn含有量は1.00%以下とするとよい。Sn含有量の下限は特に限定しないが、上記の効果を得るためには、Sn含有量は0.030%以上であるのが好ましい。
【0030】
W:0~1.00%
Wは、耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Wを多量に含有すると、圧延時の負荷を増大させて製造疵を生成させやすくなる。したがって、W含有量は1.00%以下とするとよく、好ましくは、0.80%以下、または0.50%以下にするとよい。W含有量の下限は特に限定しないが、上記の効果を得るためには、W含有量は0.01%以上であるのが好ましい。
【0031】
V:0~1.00%
Vは、耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Vを多量に含有すると、圧延時の負荷を増大させて製造疵を生成させやすくなる。したがって、V含有量は1.00%以下とするとよく、好ましくは、0.80%以下、または0.50%以下にするとよい。V含有量の下限は特に限定しないが、上記の効果を得るためには、V含有量は0.01%以上であるのが好ましい。
【0032】
さらに上記元素の他に、熱間加工性および成形性を向上させる観点から、必要に応じて、TiおよびBから選択される1種以上を含有させてもよい。これらの元素は含有しなくてもよいが、含有することによりさらなる効果を得ることができる。以下、これら元素について説明する。
【0033】
Ti:0~0.05%
Tiは、Nbと同様に、溶接熱影響部の粗大化を防止し、さらには凝固組織を微細等軸晶化する効果を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Tiを多量に含有すると、均一伸びおよび局部伸びを低下させる。したがって、Ti含有量は0.05%以下とするとよい。Ti含有量の下限は特に限定しないが、上記の効果を得るためには、Ti含有量は0.005%以上であるのが好ましい。
【0034】
B:0~0.0050%
Bは、熱間加工性を向上させる効果を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Bを多量に含有すると、耐食性が著しく劣化する。したがって、B含有量は0.0050%以下とするとよく、好ましくは、0.040%以下、または0.030%以下にするとよい。B含有量の下限は特に限定しないが、上記の効果を得るためには、B含有量は0.0003%以上であるのが好ましい。
【0035】
さらに上記元素の他に、精錬時の脱酸および脱硫の観点から、必要に応じて、Ca、Mg、AlおよびREMから選択される1種以上を含有させてもよい。これらの元素は含有しなくてもよいが、含有することによりさらなる効果を得ることができる。以下、これら元素について説明する。
【0036】
Ca:0~0.0050%
Caは、脱硫、脱酸のために必要に応じて含有させてもよい。しかし、Caを多量に含有すると、熱間加工割れが生じやすくなり、また耐食性が低下する。したがって、Ca含有量は0.0050%以下とするとよい。Ca含有量の下限は特に限定しないが、上記の効果を得るためには、Ca含有量は0.0001%以上であるのが好ましい。
【0037】
Mg:0~0.0050%
Mgは、脱酸だけでなく、凝固組織を微細化する効果を有するため、必要に応じて含有させてもよいとよい。しかし、Mgを多量に含有すると、製鋼工程でのコスト増加をもたらす。したがって、Mg含有量は0.0050%以下とする。Mg含有量の下限は特に限定しないが、上記の効果を得るためには、Mg含有量は0.0001%以上であるのが好ましい。
【0038】
Al:0~0.05%
Alは、脱硫、脱酸のために必要に応じて含有させてもよい。しかし、Alを多量に含有すると、製造疵の増加ならびに原料コストの増加を招く。したがって、Al含有量は0.05%以下とするとよい。Al含有量の下限は特に限定しないが、上記の効果を得るためには、Al含有量は0.0030%以上であるのが好ましい。
【0039】
REM:0~0.50%
REM(希土類元素)は、熱間加工性を向上させる効果を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、REMを多量に含有すると、製造性を損なうとともにコスト増加をもたらす。したがって、REM含有量は0.50%以下、0.40%以下、030%以下、または0.20%以下とするとよい。REM含有量の下限は特に限定しないが、上記の効果を得るためには、REM含有量は0.005%以上、0.010%以上、0.015%以上、または0.020%以上であるのが好ましい。
【0040】
なお、REMは、Sc、YおよびLa~Luまでの15元素(ランタノイド)の計17元素の総称であり、REMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。なお、ランタノイドは、工業的には、ミッシュメタルの形で添加される。
【0041】
本発明の鋼板の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0042】
本発明の実施形態に係る鋼板は、下記に示す式によって算出されるPREN_Mn値が所定の範囲内である必要がある。
【0043】
PREN_Mn値:35.0以下
PREN_Mn値は、ステンレス鋼板の耐孔食性を示す一般的な指標であり、鋼板の化学組成から、下記式1で計算される。
PREN_Mn値=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N-Mn ・・・(式1)
但し、上記式中の元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有率(質量%)であり、含有しない場合は0を代入する。
【0044】
PREN_Mn値は、Mnの悪影響とWの効果を考慮した二相ステンレス鋼の孔食指数(PRE)を示す指標であり、数値が大きいほど耐食性がよくなることを示す。一方で、CrおよびMoの含有量の増加によってPREN_Mn値も増加するが、シグマ相(σ相)が析出する。シグマ相はFeにCr、Mo等が濃化した金属間化合物で数%程度でも析出すると、熱間延性が低下することに加え、材料の靭性、耐食性が極端に低下する。すなわち、CrやMoの増加させることで、靭性低下の主たる要因がクロム窒化物の析出からσ相の析出に変化し、フェライト相の回復によるクロム窒化物析出の抑制の効果が小さくなる。またCrやMoの増加は合金コストの増大やN含有量の増加およびMn含有量の低減による窒素気泡の発生などの問題も生じる。したがって、PREN_Mn値は35.0以下とするとよい。PREN_Mn値は、好ましくは、33.0以下、30.0以下、または27.0以下であるとよい。PREN_Mn値の下限は特に規定する必要はないが、SUS304相当の耐食性を得るためには、18.0以上であるとよく、好ましくは、20.0以上であるとよい。
【0045】
2.鋼板表層の特性
シャルピー衝撃値vE-20℃が100J/cm2以上
シャルピー衝撃試験は鋼板の靭性を評価する一般的な指標であり、鋼板の板厚1/4部(鋼板表面から板厚の1/4の深さ位置)より試料を採取しJIS Z 2242に準拠して-20℃で評価する。-20℃におけるシャルピー衝撃値vE-20℃が100J/cm2以上であれば、通常の使用環境において十分な靭性を有しており構造部材として使用できる。好ましくは、vE-20℃が150J/cm2以上であるとよい。鋼材の靭性は高いほど望ましいため上限は特に限定しない。
【0046】
鋼板表層のブリネル硬さHBW10/3000が230以上
ブリネル硬さHBW10/3000は鋼板の硬さを評価する一般的な指標であり、JIS Z 2243に準拠して評価する。試験片の大きさや形状によってHBW10/3000試験が難しい場合は、その他の評価法で測定した値を適切な換算式で換算した値を用いても良い。ブリネル硬さHBW10/3000が230以上であれば、例えばSUS
304N2と同等であり、一般的な耐摩耗用途に用いることができる。望ましくはHBW10/3000が250以上であるとよい。耐摩耗性からは硬度が高いほど望ましいため上限は特に限定しない。
【0047】
上記のブリネル硬さは使用中に環境にさらされる鋼板表層で評価する。ここで鋼板表層とは鋼板表面から板厚方向に0.1~0.2mm研削した面を指す。これは鋼板表面の凹凸や汚れ、圧延時に生成したスケールの残りなどが硬さの評価に影響することを避けるためである。
【0048】
3.鋼板の製造方法
一般的なステンレス鋼の熱間圧延鋼は、熱間圧延後に行われる固溶化熱処理で圧延時に導入されたひずみが回復し軟化する。本発明鋼は、摺動部材に適した表面硬さと良好な靭性を両立させるために圧延において鋼板温度および圧下比を制御し、固溶化熱処理を省略する。具体的には、降温時においてオーステナイト相が回復し難くなり始める温度Tc(℃)以下での圧下比を1.2以上2.0以下とし、圧延最終パス温度を(Tc-100)℃以上とする熱間圧延を実施し、圧延後に20秒以上空冷してから800℃から600℃の温度区間を冷却速度1℃/s以上で冷却し、固溶化熱処理を省略して鋼板とする。
【0049】
Tc(℃)以下での圧下比が1.2以上2.0以下
表面硬度を確保し良好な耐摩耗性を実現するためにはオーステナイト相中に十分なひずみを導入する必要がある。圧下比が大きいほどオーステナイト相中に導入されるひずみ量が増えて表面硬度が増加するため、Tc(℃)以下での圧下比を1.2以上とするとよい。望ましくは1.4以上であるとよい。また、クロム窒化物の析出を抑制し良好な靭性を実現するためにはフェライト相のひずみを回復させる必要がある。圧下比が高過ぎるとフェライト相中に導入されるひずみ量が多くなりクロム窒化物の析出が進み靭性低下の原因となる。そのため、Tc(℃)以下での圧下比を2.0以下とするとよい。望ましくは1.8以下である。ここでTc(℃)以下での圧下比とは、Tc℃以下で初めて圧延する圧延パス前の板厚を熱間圧延後(最終圧延パス後)の鋼板板厚で除して計算される値である。
Tc(℃)以下での圧下比={Tc℃以下で初めて圧延する圧延パス入口での鋼板板厚}/{熱間圧延の最終圧延パス出口での鋼板板厚}
【0050】
圧延最終パスの温度が(Tc-100)℃以上
一方、フェライト相を回復させ靭性低下の原因となるクロム窒化物の析出を抑制するためには、降温時においてフェライト相が回復し難くなり始める温度(Tc-100℃)以上で圧延を終了する必要があるため、圧延の最終パスの温度はTc-100℃以上とするとよい。望ましくはTc-50℃以上であるとよい。
【0051】
ここで、Tcは降温時においてオーステナイト相が回復し難くなる温度であって下記式2で計算される温度である。Moはフェライト相およびオーステナイト相の回復を顕著に遅らせる元素であるため、TcはMo添加量によって変化する。
Tc(℃)=930+50Mo(℃) ・・・(式2)
但し、上記式中の元素記号Moは、鋼中に含まれるMoの含有率(質量%)であり、含有しない場合は0を代入する。
【0052】
圧延後に20秒以上空冷
フェライト相を回復させ靭性低下の原因となるクロム窒化物の析出を抑制するためには、降温時にフェライト相の回復し難くなり始める温度以上の温度で鋼板が保持される時間を確保する必要があるため、圧延後に20秒以上の空冷を実施するとよい。好ましくは、圧延後の空冷時間は30秒以上、45秒以上、または60秒以上であるとよい。
【0053】
800℃から600℃の温度区間を冷却速度1℃/s以上
クロム窒化物の析出ノーズは、温度と時間チャート上で800℃から600℃に存在する。クロム窒化物の析出速度が大きくなる温度領域に保持される時間を短くするため、この800℃から600℃の温度領域を1℃/s以上の冷却速度で冷却するとよく、好ましくは3℃/s以上、さらに好ましくは5℃/s以上であるとよい。冷却速度が速いほど析出が少なくなるため上限は特に限定されない。
【0054】
上記製造方法により、表面硬度および靭性の良好な二相ステンレス鋼板を得ることができる。すなわち、フェライト相を回復させてCr窒化物の析出を抑制し靭性を改善でき、オーステナイト相は回復を抑制して硬度上昇を大きくし表面硬度を高めた鋼板を得ることができる。そのため、本発明に係る二相ステンレス鋼は、溶体化熱処理は実施しなくてよいし、する必要もない。
【0055】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0056】
表1に示す化学組成を有する鋼を溶製して鋼片とし、表2に示す条件で板厚10mm~50mmに熱間圧延した。得られた鋼板の定常部から試験片を採取し鋼板の表面から板厚方向に0.1~0.2mm研削した面について、ブリネル硬さHBW10/3000の評価を実施し、板厚20mm以上の試料では板厚方向1/4部から10mm厚フルサイズ試験片を、板厚20mm未満の試料では板厚方向1/4部から5mm厚のサブサイズ試験片を採取し、ノッチ角度45°、ノッチ深さ2mm、ノッチ底半径0.25mmとするVノッチを加工し、-20℃でのシャルピー衝撃試験を実施し、その結果を表2に示す。
【0057】
表2の各項目を以下に説明する。圧下比はTc℃以下で初めて圧延する圧延パス前の板厚を最終圧延パス後の鋼板板厚で除して計算された値である。最終パス温度(℃)は圧延の最終パスの入側の表面温度であり圧延機前の放射温度計で測定される値である。空冷時間(秒)は圧延終了後から水冷を開始するまでの空冷となっていた時間である。冷却速度(℃/s)は800℃~600℃温度区間における平均冷却速度である。衝撃値(J/cm2)は-20℃でのシャルピー衝撃値である。HBWは製品表層のHBW10/3000の値である。
【0058】
各成分番号の試料番号の子番が1および2(例えば1-1や1-2)は本発明の実施例であり、好ましい製造条件を満足し、-20℃でのシャルピー衝撃値が100J/cm2以上かつHBWが230以上である。各成分番号の試料番号の子番が3(例えば1-3)は比較例であり、圧下比が1.2未満であるものはHBWの値が230未満であり、圧下比が2.0超または最終パスがTc-100℃未満または空冷時間が20秒未満または冷却速度が1℃/s未満である試料は、-20℃でのシャルピー衝撃値が100J/cm2未満である。圧下比が1.2未満である場合はオーステナイト相に十分なひずみが導入されないために硬度を満足できない。圧下比が2.0超または最終パスがTc-100℃未満または空冷時間が20秒未満である場合はフェライト相が十分に回復しておらず、クロム窒化物の析出が促進され靭性を満足できない。冷却速度が1℃/s未満である場合は製造条件によらずクロム窒化物の析出が多いため靭性を満足できない。
【0059】
以上のように、本発明の実施例では良好な表層硬度と靭性を両立した二相ステンレス鋼板が得られた。一方、比較例では好ましい製造条件を満足せず、表層硬度または靭性が本発明の規定から外れた。
【0060】
【0061】
本発明によれば、硬度と靭性に優れたフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板が得られ、産業上極めて有用である。本発明の二相ステンレス鋼板は、構造物の摺動部や摩擦が生じる部位等に利用可能である。例えば、水門などのゲート、ダムや河川のライニング材などに利用することもできる。