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特開2023-144718眼鏡レンズの設計方法、眼鏡レンズの製造方法、および視覚に関する数値の測定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023144718
(43)【公開日】2023-10-11
(54)【発明の名称】眼鏡レンズの設計方法、眼鏡レンズの製造方法、および視覚に関する数値の測定方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 3/04 20060101AFI20231003BHJP
   G02C 13/00 20060101ALI20231003BHJP
【FI】
A61B3/04
G02C13/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022051837
(22)【出願日】2022-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】509333807
【氏名又は名称】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 知洋
(74)【代理人】
【識別番号】100187632
【弁理士】
【氏名又は名称】橘高 英郎
(72)【発明者】
【氏名】山口 英一郎
(72)【発明者】
【氏名】曽根原 寿明
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 歩
【テーマコード(参考)】
2H006
4C316
【Fターム(参考)】
2H006DA01
4C316AA13
4C316FA01
4C316FC21
(57)【要約】
【課題】被験者に下方視をさせた複数の状態における、被験者の自覚的応答を、眼鏡レンズの設計に反映させることができる技術を提供する。
【解決手段】検眼用のレンズフレームをかけた被験者に下方視をさせた複数の状態を設定し、被験者に視標の見え方を比較させ、被験者の自覚的応答を得る工程と、自覚的応答に基づいて、被験者に適した眼鏡レンズを設計する工程と、を有する、眼鏡レンズの設計方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検眼用のレンズフレームをかけた被験者に下方視をさせた複数の状態を設定し、前記被験者に視標の見え方を比較させ、前記被験者の自覚的応答を得る工程と、
前記自覚的応答に基づいて、前記被験者に適した眼鏡レンズを設計する工程と、
を有する、眼鏡レンズの設計方法。
【請求項2】
前記自覚的応答を得る工程では、非球面設計を疑似的に再現するように選択された複数の検眼用レンズを用いて、前記複数の状態を設定する、請求項1に記載の眼鏡レンズの設計方法。
【請求項3】
前記自覚的応答を得る工程では、既知の加入度に対して球面度数が異なる複数の検眼用レンズを用いて、前記複数の状態を設定し、
前記眼鏡レンズを設計する工程では、近用側方部の度数を補正する、請求項1に記載の眼鏡レンズの設計方法。
【請求項4】
前記自覚的応答を得る工程では、プリズム量が異なる複数の検眼用レンズを用いて、前記複数の状態を設定する、請求項1に記載の眼鏡レンズの設計方法。
【請求項5】
前記自覚的応答を得る工程では、眼球回旋角度が異なる、前記複数の状態を設定し、
前記眼鏡レンズを設計する工程では、加入度曲線を補正する、請求項1に記載の眼鏡レンズの設計方法。
【請求項6】
前記自覚的応答を得る工程では、前記被験者に下方視をさせた際の視線と、検眼用レンズの光軸とが一致するように構成された、検眼用のレンズフレームを用いる、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の眼鏡レンズの設計方法。
【請求項7】
前記検眼用のレンズフレームは、眼球回旋角度を変化させた際、検眼用レンズの裏面の基準点から、前記被験者の角膜頂点までの距離が一定となるように構成されている、請求項6に記載の眼鏡レンズの設計方法。
【請求項8】
検眼用のレンズフレームをかけた被験者に下方視をさせた複数の状態で、前記被験者に視標の見え方を比較させ、前記被験者の自覚的応答を得る工程と、
前記自覚的応答に基づいて、前記被験者に適した眼鏡レンズを設計する工程と、
を有する、眼鏡レンズの製造方法。
【請求項9】
検眼用のレンズフレームをかけた被験者に下方視をさせた複数の状態で、前記被験者に視標の見え方を比較させ、前記被験者の自覚的応答を得る工程を有する、視覚に関する数値の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズの設計方法、眼鏡レンズの製造方法、および視覚に関する数値の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、眼鏡の作成に必要な処方せんを作成するために、被験者が検眼用のレンズフレームを装着した状態で自覚的に屈折度を検査する方法が用いられる。検眼用のレンズフレームはレンズ保持枠を有し、このレンズ保持枠に異なる特性の複数の検眼用レンズを順次装着して、被験者に適切な眼鏡の処方を決定する。
【0003】
このような検眼用のレンズフレームとして、例えば、特許文献1には、一対のレンズ保持装置と、各レンズ保持装置に取り付けられたテンプルとを備え、レンズ保持装置とテンプル端部の間に、テンプル端部の傾斜を調整するための回動手段が設けられたレンズフレームが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2017-104544号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の一実施形態は、被験者に下方視をさせた複数の状態における、被験者の自覚的応答を、眼鏡レンズの設計に反映させることができる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様は、
検眼用のレンズフレームをかけた被験者に下方視をさせた複数の状態を設定し、前記被験者に視標の見え方を比較させ、前記被験者の自覚的応答を得る工程と、
前記自覚的応答に基づいて、前記被験者に適した眼鏡レンズを設計する工程と、
を有する、眼鏡レンズの設計方法である。
【0007】
本発明の第2の態様は、
前記自覚的応答を得る工程では、非球面設計を疑似的に再現するように選択された複数の検眼用レンズを用いて、前記複数の状態を設定する、上記第1の態様に記載の眼鏡レンズの設計方法である。
【0008】
本発明の第3の態様は、
前記自覚的応答を得る工程では、既知の加入度に対して球面度数が異なる複数の検眼用レンズを用いて、前記複数の状態を設定し、
前記眼鏡レンズを設計する工程では、近用側方部の度数を補正する、上記第1の態様に記載の眼鏡レンズの設計方法である。
【0009】
本発明の第4の態様は、
前記自覚的応答を得る工程では、プリズム量が異なる複数の検眼用レンズを用いて、前記複数の状態を設定する、上記第1の態様に記載の眼鏡レンズの設計方法である。
【0010】
本発明の第5の態様は、
前記自覚的応答を得る工程では、眼球回旋角度が異なる、前記複数の状態を設定し、
前記眼鏡レンズを設計する工程では、加入度曲線を補正する、上記第1の態様に記載の眼鏡レンズの設計方法である。
【0011】
本発明の第6の態様は、
前記自覚的応答を得る工程では、前記被験者に下方視をさせた際の視線と、検眼用レンズの光軸とが一致するように構成された、検眼用のレンズフレームを用いる、上記第1から第5のいずれか1つの態様に記載の眼鏡レンズの設計方法である。
【0012】
本発明の第7の態様は、
前記検眼用のレンズフレームは、眼球回旋角度を変化させた際、検眼用レンズの裏面の基準点から、前記被験者の角膜頂点までの距離が一定となるように構成されている、上記第6の態様に記載の眼鏡レンズの設計方法である。
【0013】
本発明の第8の態様は、
検眼用のレンズフレームをかけた被験者に下方視をさせた複数の状態で、前記被験者に視標の見え方を比較させ、前記被験者の自覚的応答を得る工程と、
前記自覚的応答に基づいて、前記被験者に適した眼鏡レンズを設計する工程と、
を有する、眼鏡レンズの製造方法である。
【0014】
本発明の第9の態様は、
検眼用のレンズフレームをかけた被験者に下方視をさせた複数の状態で、前記被験者に視標の見え方を比較させ、前記被験者の自覚的応答を得る工程を有する、視覚に関する数値の測定方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の一実施形態によれば、被験者に下方視をさせた複数の状態における、被験者の自覚的応答を、眼鏡レンズの設計に反映させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、本発明の第1実施形態に係る、眼鏡レンズの設計方法の一例を示すフローチャートである。
図2図2は、本発明の第1実施形態に係る、下方視における視覚に関する数値の測定工程S100における、視覚に関する数値の測定を行う状態を示す図である。
図3図3は、本発明の第1実施形態に係る、検眼用のレンズフレームを示す斜視図である。
図4図4は、本発明の第1実施形態に係る、検眼用のレンズフレームを示す正面図である。
図5図5は、本発明の第1実施形態に係る、検眼用のレンズフレームを示す側面図である。
図6図6は、本発明の第1実施形態に係る、レンズフレームを被験者に装着させた状態を示す側面図である。
図7図7は、本発明の第1実施形態に係る、レンズフレームを、角度調整可能接続部の回動中心部が回旋中心点と一致するように調整する様子を示す図である。
図8図8は、本発明の第1実施形態に係る、前方テンプル部を角度調整可能接続部により、下方に向けて回動させる様子を示す図である。
図9図9(a)は、本発明の実施例1に係る、度数シミュレーションの結果を示すグラフであり、図9(b)は、本発明の実施例1に係る、平均度数誤差および非点収差を示すグラフである。
図10図10(a)は、本発明の実施例1に係る、平均度数誤差重視の非球面設計を示すグラフであり、図10(b)は、本発明の実施例1に係る、非点収差重視の非球面設計を示すグラフである。
図11図11(a)は、本発明の実施例3に係る、補正前の度数分布を示す図であり、図11(b)は、本発明の実施例3に係る、補正後の度数分布を示す図である。
図12図12は、本発明の実施例5に係る、加入度曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<発明者の得た知見>
まず、発明者が得た知見について説明する。被験者の眼鏡処方を決定する際、検眼用レンズを用いて視力測定を自覚的に測定することが一般的である。このとき、測定の多くは正面視の状態で行なわれる。一方で、レンズ装用時に正面視とは異なる方向に視線が向けられる例として、遠方から中間・近方といった異なる複数の距離を、眼球回旋を伴って見る累進屈折力レンズが挙げられるほか、単焦点レンズでも周辺部と中心部とで見え方が異なる可能性が充分に考えられる。なお、本明細書における検眼とは、視覚に関する数値の測定方法であって、被験者が目標を視認し、その自覚的応答によって屈折値やプリズム値などを求める一連の操作を指す。
【0018】
ヒトは意図するとしないとによらず、下方にある物体を見る際には頭の向きだけではなく、下方への眼球回旋を伴った下目遣いをある程度おこなって対象を見ているが、そのような状態を実現させながら自覚的応答を取得し、眼鏡レンズの設計に反映させているケースはほとんどない。
【0019】
本発明者は、上述のような問題に対して、鋭意検討を行った。その結果、被験者に下方視をさせた複数の状態を設定し、被験者の自覚的応答を得ることで、被験者により適した眼鏡レンズを設計できることを見出した。これにより、眼鏡レンズ作成に必要な度数を測定する際、光学的に発生する(軸外)収差やプリズム作用についても考慮に入れて眼鏡レンズを設計することができる。また、視線方向や下目遣いによって、正面視と下方視とで生理的に見え方が異なってくる可能性にも対応することができる。
【0020】
[本発明の実施形態の詳細]
次に、本発明の一実施形態を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0021】
本明細書で挙げる検眼用レンズ(以下、検眼レンズともいう)は、物体側の面と眼球側の面とを有する。「物体側の面」とは、検眼用レンズを備えた検眼用のレンズフレームが被験者に装用された際に物体側に位置する面であり、「表面」とも言う。「眼球側の面」とは、その反対、すなわち検眼用レンズを備えた検眼用のレンズフレームが被験者に装用された際に眼球側に位置する面であり、「裏面」とも言う。この関係は、眼鏡レンズ、および眼鏡レンズの基礎となるレンズ基材においても当てはまる。つまり、眼鏡レンズおよびレンズ基材も物体側の面と眼球側の面とを有する。
【0022】
本明細書において、下方視とは、例えば、正面視(第1眼位)以外の状態で、眼球が下方(右下および左下を含む)に回旋し、両眼単一視が実現している状態を意味する。以下の実施形態では、特に、下方視における眼球回旋角度(正面視の状態から鉛直下方向へ眼球が回旋した角度)が、10度以上40度以下である場合について説明する。
【0023】
<本発明の第1実施形態>
(1)眼鏡レンズの設計方法
まず、本実施形態の眼鏡レンズの設計方法について説明する。図1は、本実施形態の眼鏡レンズの設計方法の一例を示すフローチャートである。図1に示すように、本実施形態の眼鏡レンズの設計方法は、例えば、下方視における視覚に関する数値の測定工程S100と、設計工程S110と、を有している。下方視における視覚に関する数値の測定工程S100は、例えば、非球面補正検査S101と、近用側方度数補正検査S102と、プリズムシニング補正検査S103と、加入度曲線補正検査S104と、を含んでいる。
【0024】
(下方視における視覚に関する数値の測定工程S100)
下方視における視覚に関する数値の測定工程S100は、例えば、検眼用のレンズフレームをかけた被験者に下方視をさせた複数の状態を設定し、被験者に視標の見え方を比較させ、被験者の自覚的応答を得る工程である。図1に示すように、下方視における視覚に関する数値の測定工程S100は、複数の検査を含んでいるが、必ずしもすべての検査を行う必要はなく、必要に応じて少なくともいずれかの検査を行えばよい。
【0025】
下方視における視覚に関する数値の測定工程S100では、例えば、被験者に下方視をさせた際の視線と、検眼用レンズの光軸とが一致するように構成された、検眼用のレンズフレームを用いることが好ましい。図2は、下方視における視覚に関する数値の測定工程S100における、視覚に関する数値の測定を行う状態を示す図である。図2に示すように、下方視において視覚に関する数値の測定を行う際には、被験者は水平方向に対して所定の角度だけ下方に視線Sを向ける。この際、検眼レンズLを、回旋中心点Oを中心として、検眼レンズの裏面の基準点CLと回旋中心点Oとの距離rを保ちながら、眼球Eの回転角度と同じ角度だけ回動させる。この距離rは、検眼レンズの裏面の基準点CLから被験者の眼球Eの角膜Cの頂点までの距離VCの値と、角膜Cの頂点から眼球Eの回旋中心点Oまでの距離CRとの和として算出することができる。これにより、検眼レンズLの裏面の基準点CLから角膜Cの頂点までの距離は、水平視における距離VCと等しくなる。また、視線Sが検眼レンズLの光軸XLと一致する。これにより、収差によるぼやけやプリズムが生じることなく、精度の高い測定を行うことができる。
【0026】
さらに、下方視における視覚に関する数値の測定工程S100では、例えば、眼球回旋角度を変化させた際、検眼用レンズの裏面の基準点から、被験者の角膜頂点までの距離が一定となるように構成された、検眼用のレンズフレームを用いることが好ましい。これにより、眼球の回旋中心と、検眼用のレンズフレームの回動中心とを一致させることができるため、より精度の高い測定を行うことができる。
【0027】
上述のような検眼用のレンズフレームの具体的な構成については、(2)検眼用のレンズフレームの構成、において詳細を説明する。また、検眼用のレンズフレームの使用方法や視標の提示の仕方等については、(3)検眼用のレンズフレームの使用方法、において詳細を説明する。
【0028】
(設計工程S110)
設計工程S110は、例えば、下方視における視覚に関する数値の測定工程S100で得た被験者の自覚的応答に基づいて、被験者に適した眼鏡レンズを設計する工程である。設計工程S110において設計する眼鏡レンズの種類は、特に限定されず、単焦点レンズであってもよいし、累進屈折力レンズであってもよい。
【0029】
設計工程S110では、下方視における視覚に関する数値の測定工程S100において行った検査に応じて、眼鏡レンズの各種特性(例えば、非球面量やプリズムシニング量)を補正することが好ましい。これにより、下方視による見え方の違いを眼鏡レンズの設計に反映させ、より被験者に適した眼鏡レンズを設計することが可能となる。以下、下方視における視覚に関する数値の測定工程S100において行う各検査と、設計工程S110において行う各補正について説明する。
【0030】
(非球面補正検査S101)
一般に、マイナスレンズの球面レンズでは、円周方向の度数より経線方向の度数の方が強くなるため、下方視した状態では、両主経線屈折力の絶対値が180度方向より90度方向のほうが大きいレンズを通してみた状態と等価になる。こうしたレンズに非球面補正を行なう場合、度数誤差と非点収差のいずれか、またはそれらをバランスさせた指標が最小となるような方法が採られているが、ぼやけの感じ方には個人差があり、何を指標にするのかによってもその感じ方は異なる。本実施形態の眼鏡レンズの設計方法によれば、被験者に下方視をさせた際のぼやけの感じ方を、眼鏡レンズの非球面設計に反映させることができる。
【0031】
非球面補正検査S101では、複数の非球面設計を疑似的に再現するように選択された複数の検眼用レンズを用いて、被験者に下方視をさせた複数の状態を設定し、被験者に視標の見え方を比較させ、被験者の自覚的応答を得ることが好ましい。具体的には、例えば、被験者に下方視をさせた状態で、正面視で矯正された処方度数に対して、乱視軸90度と180度方向の乱視をそれぞれ付加して視標の見え方を比較させ、被験者の自覚的応答を得ればよい。これにより、被験者にとって適した非球面量を設計することができる。
【0032】
下方視における視覚に関する数値の測定工程S100において非球面補正検査S101を行った場合、設計工程S110では、例えば、眼鏡レンズの非球面量を補正することが好ましい。具体的には、例えば、乱視軸90度の乱視付加の方が好まれる場合には、非球面量を多く(つまり、非点収差が最小となるように)し、乱視軸180度の乱視付加の方が好まれる場合には、非球面量を少なく(つまり、度数誤差が最小となるように)することが好ましい。これにより、被験者にとってより快適な装用感が得られる眼鏡レンズを設計することができる。
【0033】
(近用側方度数補正検査S102)
一般に、累進屈折力レンズの加入度数は、正面視で矯正された遠方・近方それぞれの処方度数から決められる。しかしながら、累進屈折力レンズにおいて、下方視の状態では、眼瞼や眼筋の影響が正面視時とは異なることから、特に近方下方視で度数を測定した時、正面視と比べて遠視化もしくは近視化している場合が考えられる。本実施形態の眼鏡レンズの設計方法によれば、被験者に近方下方視をさせた際の見え方の違いを、累進屈折力レンズの近用側方度数に反映させることができる。
【0034】
近用側方度数補正検査S102では、既知の加入度に対して球面度数が異なる複数の検眼用レンズを用いて、被験者に下方視をさせた複数の状態を設定し、被験者に視標の見え方を比較させ、被験者の自覚的応答を得ることが好ましい。これにより、被験者にとって適した近用側方度数を設計することができる。
【0035】
下方視における視覚に関する数値の測定工程S100において近用側方度数補正検査S102を行った場合、設計工程S110では、例えば、既知の加入度を維持したまま、近用側方部の度数を補正することが好ましい。具体的には、例えば、既知の加入度よりも大きな球面度数が好まれる場合には、近用測定点から水平方向への度数変化を通常よりも緩やかにする(つまり、近用側方度数を大きくする)ことが好ましい。また、既知の加入度よりも小さな球面度数が好まれる場合には、近用測定点から水平方向への度数変化を通常よりも急峻にする(つまり、近用側方度数を小さくする)ことが好ましい。これにより、累進屈折力レンズの基本設計を維持しつつ、近方下方視の際の装用感を向上させることができる。
【0036】
(プリズムシニング補正検査S103)
多くの累進屈折力レンズでは、レンズの上下方向の厚さの不均等を解消・調整するために、プリズムシニング加工が適用されている。一般に、加入度等に応じて縁厚が最も均等になる最大のプリズムシニング量が設定されていることが多く、そのほとんどがベースダウン方向のプリズムであるため、光学的にはこのプリズムにより、地面が浮き上がったり、下方での距離感が変わったりといった効果が発生する。本実施形態の眼鏡レンズの設計方法によれば、被験者に下方視をさせた際の見え方の違いを、累進屈折力レンズのプリズムシニング量に反映させることができる。また、被験者に下方視をさせた際の視線と、検眼用レンズの光軸とが一致するように構成された、検眼用のレンズフレームを用いることで、軸外光線によるプリズム効果を考慮する必要がなく、より正確な測定を行うことができる。
【0037】
プリズムシニング補正検査S103では、プリズム量が異なる複数の検眼用レンズを用いて、被験者に下方視をさせた複数の状態を設定し、被験者に視標の見え方を比較させ、被験者の自覚的応答を得ることが好ましい。これにより、被験者にとって適したプリズムシニング量を設計することができる。
【0038】
下方視における視覚に関する数値の測定工程S100においてプリズムシニング補正検査S103を行った場合、設計工程S110では、例えば、累進屈折力レンズのプリズムシニング量を補正することが好ましい。これにより、累進屈折力レンズの装用感を向上させることができる。
【0039】
(加入度曲線補正検査S104)
例えば、累進帯長から推定される眼球の下方回旋量の角度(以下、推定に基づく眼球回旋角度ともいう)においてレンズの見え方を確認した際、レンズの軸外収差の影響を抑制できる構成の検眼用のレンズフレームを用いてもなお、像のぼやけや変形を感じる場合は、レンズに起因しない個人の生理学的な要因である可能性が高い。本実施形態の眼鏡レンズの設計方法によれば、被験者に下方視をさせた際の見え方の違いを、累進屈折力レンズの加入度曲線に反映させることができる。また、被験者に下方視をさせた際の視線と、検眼用レンズの光軸とが一致するように構成された、検眼用のレンズフレームを用いることで、検眼用レンズの軸外収差の影響を排除して、眼球回旋の影響による見え方の変化を被験者自身が感じることができる。
【0040】
加入度曲線補正検査S104では、眼球回旋角度が異なるように、被験者に下方視をさせた複数の状態を設定し、被験者に視標の見え方を比較させ、被験者の自覚的応答を得ることが好ましい。具体的には、例えば、推定に基づく眼球回旋角度と、それよりも浅い眼球回旋角度において、視標の見え方を比較させ、被験者の自覚的応答を得ればよい。これにより、被験者に適した加入度曲線を設計することができる。
【0041】
下方視における視覚に関する数値の測定工程S100において加入度曲線補正検査S104を行った場合、設計工程S110では、例えば、累進屈折力レンズの加入度曲線を補正することが好ましい。具体的には、例えば、加入度曲線に基づく眼球回旋角度よりも浅い眼球回旋角度の方が好まれる場合には、加入度曲線の増加率(傾き)をより上昇させ、眼球の距離移動が少ない段階で所望の加入度に到達させるように、加入度曲線を補正する(例えば、累進帯長を短くする)ことが好ましい。また、加入度曲線に基づく眼球回旋角度よりも深い眼球回旋角度の方が好まれる場合には、加入度曲線の増加率(傾き)をより低下させ、所望の加入度に到達するまでの眼球の距離移動が多くなるように、加入度曲線を補正する(例えば、累進帯長を長くする)ことが好ましい。これにより、累進屈折力レンズの装用感を向上させることができる。
【0042】
以上の工程により、被験者に下方視をさせた複数の状態における、被験者の自覚的応答を、眼鏡レンズの設計に反映させ、被験者に適した眼鏡レンズを設計することができる。なお、本発明は、視覚に関する数値の測定方法としても適用可能である。この場合、下方視における視覚に関する数値の測定工程S100を行い、設計工程S110は省略してもよい。また、本発明は、眼鏡レンズの製造方法としても適用可能である。この場合、上述の各工程を経て、眼鏡レンズの製造を行えばよい。本明細書において説明した工程以外については、公知技術を利用して実現すればよい。
【0043】
(2)検眼用のレンズフレームの構成
次に、本実施形態の検眼用のレンズフレーム(以下、単にレンズフレームともいう)の構成について、図面を参照しながら説明する。本実施形態のレンズフレームは、上述の下方視における視覚に関する数値の測定工程S100において好適に用いることができるレンズフレームである。
【0044】
図3図5は、本実施形態のレンズフレームを示し、図3は斜視図、図4は正面図、図5は側面図である。図3図5に示すように、本実施形態のレンズフレーム1は、フレーム本体10と、レンズ保持部材20と、を備える。
【0045】
フレーム本体10は、一対のテンプル部材30と、ノーズレスト枠40と、を有する。
テンプル部材30は、それぞれ、前方テンプル部32と、後方テンプル部34と、前方テンプル部32を後方テンプル部34に対して回転可能に接続する角度調整可能接続部36と、を含む。
【0046】
後方テンプル部34は、前部が前後方に向かって直線状に延び、後端部が下方に向かって湾曲する形状を有する。後方テンプル部34は、前方に位置する第1の後方テンプル材340と、後方に位置する第2の後方テンプル材342とを含む。
【0047】
第1の後方テンプル材340は、中空の矩形状断面を有し、直線状に延びている。第2の後方テンプル材342は、中空の矩形状断面を有し、後端部には下方に向かって湾曲する湾曲部342Aが形成されている。この第2の後方テンプル材342の湾曲部342Aは、被験者がレンズフレーム1を装着する際に耳あてとして機能する。
【0048】
第2の後方テンプル材342の断面の内面の幅及び高さは、第1の後方テンプル材340の断面の外面の幅及び高さと略等しくなっている。そして、第1の後方テンプル材340の後端部が、第2の後方テンプル材342の前端部内に入れ子状に収容されている。このような入れ子構造により、第1の後方テンプル材340に対して第2の後方テンプル材342を前後方向に移動させることができる。すなわち、この入れ子構造が後方テンプル部34の長さを調整するための長さ調整機構344として機能する。なお、後方テンプル部の長さ調整機構の構成は入れ子構造に限らず、例えば、第1の後方テンプル材340及び第2の後方テンプル材342の一方にスリットを形成しておき、第2の後方テンプル材342に突部を形成し、この突部がスリット内を摺動可能な構成など、長さを調整及び保持する適宜な構成を採用すればよい。なお、第1の後方テンプル材340及び第2の後方テンプル材342の断面形状については、矩形に限らず、円形等適宜な形状を採用することができる。
【0049】
前方テンプル部32は、前方に向かって直線状に延びる形状を有する。前方テンプル部32は、前方に位置する第1の前方テンプル材320と、後方に位置する第2の前方テンプル材322とを含む。
【0050】
第1の前方テンプル材320は、中空の矩形状断面を有し、直線状に延びている。
第2の前方テンプル材322は、中空の矩形状断面を有し、直線状に延びている。第2の前方テンプル材322の断面の内面の幅及び高さは、第2の前方テンプル材322の断面の外面の幅及び高さと略等しくなっている。そして、第1の前方テンプル材320の後端部が、第2の前方テンプル材322の前端部内に入れ子状に収容されている。このような入れ子構造により、第1の前方テンプル材320に対して第2の前方テンプル材322を前後方向に移動させることができる。すなわち、この入れ子構造が前方テンプル部32の長さを調整するための長さ調整機構324として機能する。なお、前方テンプル部32の長さ調整機構324の構成も、後方テンプル部34の長さ調整機構344の構成と同様に適宜な構成を作用することができる。なお、第1の前方テンプル材320及び第2の前方テンプル材322の断面形状についても、矩形に限らず、円形等適宜な形状を作用することができる。
【0051】
角度調整可能接続部36は、後方テンプル部34に対して、前方テンプル部32及びノーズレスト枠40を回動可能に接続する。すなわち、角度調整可能接続部36の中央に、後方テンプル部34に対して前方テンプル部32及びノーズレスト枠40が回動する回動中心部が位置する。角度調整可能接続部36は、後方テンプル部34に対して前方テンプル部32及びノーズレスト枠40が上下方向及び前後方向で規定される面内を回動可能であるとともに、後方テンプル部34に対する前方テンプル部32及びノーズレスト枠40の各々の角度を所望の角度に保持することができる。このような角度調整可能接続部36の機構としては、ラチェット機構などを採用することができる。なお、角度調整可能接続部36の機構としては、ラチェット機構のように段階的に角度を変更できる構成に限らず、連続的に角度を変更できる構成であってもよい。
【0052】
前方テンプル部32は、後方テンプル部34に対して平行な状態から、前方が上方及び下方に傾斜する方向にそれぞれ回動させることができる。前方テンプル部32の回動可能な角度範囲としては、上下方向にそれぞれ60度であることが好ましく、上下方向にそれぞれ30度であることがより好ましい。
【0053】
ノーズレスト枠40は、各角度調整可能接続部36から水平視において前方に向かって延びる一対の第1の枠材400と、それぞれの第1の枠材400の前方に接続された一対の第2の屈曲枠材402と、一対の第2の屈曲枠材の間にかけ渡された第3の横枠材404とを有する。
【0054】
第1の枠材400は、後端が角度調整可能接続部36に接続されている。第1の枠材400は中空の矩形状断面を有し、直線状に延びている。
第2の屈曲枠材402は、中空の矩形状断面を有し、基端部と先端部との間で垂直に屈曲している。第2の屈曲枠材402の断面の内面の幅及び高さは、第1の枠材400の断面の外面の幅及び高さと略等しくなっている。そして、第1の枠材400の前端部が、第2の屈曲枠材402の後端部内に入れ子状に収容されている。このような入れ子構造により、第1の枠材400に対して第2の屈曲枠材402を前後方向に移動させることができる。すなわち、この入れ子構造が、ノーズレスト枠40の前後方向の長さを調整及び保持するための長さ調整機構410として機能する。
【0055】
第3の横枠材404は、中空の矩形状断面を有し、横方向に直線状に延びている。第3の横枠材404の断面の外面の幅及び高さは、第2の屈曲枠材402の断面の内面の幅及び高さと略等しくなっている。そして、第3の横枠材404の両端が、第2の屈曲枠材402の先端内に入れ子状に収容されている。このような入れ子構造により、第3の横枠材404に対して、第2の屈曲枠材402をそれぞれ横方向に相対移動させることができ、すなわち、ノーズレスト枠40の横方向幅を自在に変更することができる。すなわち、この入れ子構造が、ノーズレスト枠40の横方向幅を調整するための幅調整機構420として機能する。
【0056】
ノーズレスト枠40の横方向中央には左右対称に一対のノーズレスト支持部430が取り付けられている。ノーズレスト支持部430はノーズレスト枠40の中央部から下方に向かって延びるように取り付けられており、先端にノーズレスト432が取り付けられている。レンズフレーム1を装着する際には、ノーズレスト支持部430のノーズレスト432を被験者の鼻の両側面に当接するように配置される。ノーズレスト支持部430はゴムなどの弾性材料により構成してもよいし、変形可能な樹脂により構成してもよい。
【0057】
レンズ保持部材20は、前方テンプル部32の間にかけ渡されたブリッジ部材と、ブリッジ部材200の両端をそれぞれ前方テンプル部32の前端部に接続する接続部230と、ブリッジ部材200に取り付けられた一対のレンズ枠220と、を備える。
【0058】
ブリッジ部材200は、一対の第1の屈曲部材202と、第1の屈曲部材202の間に設けられた第2の横部材204と、を有する。
第1の屈曲部材202は、上端が接続部230を介して前方テンプル部32の前端に接続されて延びる縦部202Aと、縦部202Aから垂直に屈曲して横方向内側に向かって延びる横部202Bとを有する。第1の屈曲部材202は、中空の矩形状断面を有する。
【0059】
第2の横部材204は、中空の矩形状断面を有し、横方向に直線状に延びている。第2の横部材204の断面の外面の幅及び高さは、第1の屈曲部材202の断面の内面の幅及び高さと略等しくなっている。そして、第2の横部材204の両端が、第1の屈曲部材202の先端内に入れ子状に収容されている。このような入れ子構造により、第2の横部材204に対して、第1の屈曲部材202をそれぞれ横方向に相対移動させることができ、すなわち、ブリッジ部材200の横方向幅を自在に変更することができる。すなわち、この入れ子構造が、ブリッジ部材200の横方向幅を調整保持するための幅調整機構210として機能する。
【0060】
接続部230は、前方テンプル部32の前端と、ブリッジ部材200の第1の屈曲部材202の縦部202Aの上端とを接続する。接続部230は、ブリッジ部材200の第1の屈曲部材202の縦部202Aの長さに応じて任意の高さに設定することができるが、本実施形態では、レンズ枠220に装着される検眼レンズ中心と同一の高さに位置している。これにより、後に述べるような前方テンプル部32の長さ調整機構324による所定の長さへの変更をより円滑に行うことができる。
【0061】
レンズ枠220はそれぞれ、レンズ枠本体222と、レンズ枠本体222を支持する柱部224とを備える。レンズ枠本体222は検眼レンズを保持できる剛性を持った円弧状の部材であり、上面には、トライアルレンズ、検眼レンズなど、最大3枚の検眼レンズを装着するための溝が形成されている。
【0062】
柱部224は円柱状であり、レンズ枠220の下端から下方に向かって延びている。
レンズ枠220は、ブリッジ部材200の第1の屈曲部材202の横部202Bの上面に取り付けられている。ブリッジ部材200には、レンズ枠220を横部202Bに沿って横方向に移動可能とするレンズ間隔調整機構212が組み込まれるとともに、レンズ枠220を柱部224の中心軸周りに回動可能とするそり角調整機構214が組み込まれている。
【0063】
レンズ間隔調整機構212及びそり角調整機構214としては、例えば、横部202Bにスリットを形成しておき、そのスリット内に柱部224の基部が回動可能な状態で挿入されているような構成などを採用することができ、ダイヤル部材212、214を回動させることにより、レンズ枠220の間隔(検眼レンズの間隔)及びレンズ枠220の角度(検眼レンズの角度)を変更することができる。
【0064】
なお、レンズ間隔調整機構212によるレンズ枠220の横方向移動は、一対のレンズ枠220が左右対称に移動するように構成するのが望ましい。このような構成としては、第1の屈曲部材202及び第2の横部材内に、左右対称に螺子溝が形成された螺子棒を配置しておき、柱部224の下端部にこの螺子棒に螺合するナットを取り付けておき、螺子棒を回転させる構成などを採用できる。
【0065】
(3)検眼用のレンズフレームの使用方法
次に、レンズフレーム1の使用方法について説明する。まず、被験者にレンズフレーム1を装着させる。図6は、本実施形態によるレンズフレームを被験者に装着させた状態を示す側面図である。図6に示すように、ノーズレスト支持部430のノーズレスト432を被験者Pの鼻Nの両側に当接させるとともに、一対の後方テンプル部34の湾曲部342Aをそれぞれ被験者Pの耳EAにかけることにより、レンズフレーム1を被験者Pに装着させることができる。また、この際、被験者Pの顔の幅に合わせて、一対のテンプル部材30の幅を変更する。一対のテンプル部材30の幅は、ブリッジ部材200の幅を幅調整機構210により調整するとともに、ノーズレスト枠40の幅を長さ調整機構410により調整することにより変更できる。また、被験者の瞳孔間距離PDに応じて、レンズ枠220の基準点が被験者の瞳孔中心と一致するように、レンズ間隔調整機構212により、レンズ枠220をそれぞれ横方向に移動させる。
【0066】
次に、図7に示すように、レンズフレーム1を、角度調整可能接続部36の回動中心部が回旋中心点Oと一致するように調整する。具体的には、後方テンプル部34の長さを長さ調整機構344により調整し、ノーズレスト枠40の長さを長さ調整機構410により調整し、後方テンプル部34に対するノーズレスト枠40の角度を調整する。これにより、レンズフレームの角度調整可能接続部36の位置を前後方向の垂直平面内で移動させることができる。そして、角度調整可能接続部36の回動中心軸を、回旋中心点Oと一致するように移動させることができる。
【0067】
なお、この調整作業は、レンズフレーム1を装着する前に、予め、後方テンプル部34の長さの調整、ノーズレスト枠40の長さの調整、及び、後方テンプル部34に対するノーズレスト枠40の角度の調整を行っておくことで、微調整のみとすることができる。
【0068】
このように、レンズフレーム1を装着させ、調整作業を行うことにより、レンズフレーム1の角度調整可能接続部36の回動中心が被験者Pの回旋中心点Oの側方に位置するように、レンズフレーム1を被験者Pの顔に装着することができる。
【0069】
次に、レンズ枠220に検眼レンズLを取り付ける。レンズ枠220には、最大3枚の検眼レンズLを取り付ける。検眼レンズとしては、球面度数用レンズ、円柱度数用レンズ、プリズム用レンズを適宜組み合わせて使用する。そして、水平線HLを検眼レンズLの検眼レンズの光軸XLと一致させ、検眼レンズLの裏面の基準点CLから角膜頂点までの距離がVCとなるように、検眼レンズLの位置を調整する。これにより、検眼レンズの裏面の基準点CLから回旋中心点Oまでの距離がr=VC+CRとなる。なお、検眼レンズLの位置の調整は、前方テンプル部32を角度調整可能接続部36周りに後方テンプル部34に対して回転させ、前方テンプル部32の長さを長さ調整機構324により調整することにより行うことができる。
【0070】
下方視における視覚に関する数値の測定工程S100を行う前または後に、水平視における検眼データを測定してもよい。具体的には、被験者が眼鏡レンズを必要とする視距離、例えば、2m程度前方に視標Tを提示し、被験者に検眼レンズを通して水平視で視標Tを見させる。そして、被験者の応答をもとに検眼レンズを入れ替えて、視力または装用感を確認しながら、水平視における検眼データを測定する。
【0071】
次に、図8に示すように、前方テンプル部32を角度調整可能接続部36により、指定の角度、例えば15度だけ下方に向けて回動させる。この時、レンズ枠220を、所定のそり角となるように回動させてもよい。そして、下方視における検眼データを測定する(下方視における視覚に関する数値の測定工程S100)。具体的には、被験者の2m程度前方であって、15度下方に位置する高さに視標Tを提示する。そして、被験者に、頭を動かさないようにした状態で、検眼レンズを通して視標Tを見させる。そして、被験者の応答をもとに検眼レンズを入れ替えて、視力または装用感を確認し、下方視における検眼データを測定する。
【0072】
この際、回旋中心点Oに一致した角度調整可能接続部36を中心として前方テンプル部32を所定の角度だけ下方に回転させることにより、検眼レンズLと被験者の瞳孔の相対位置が水平視の場合と変わらないようにすることができる。すなわち、被験者の視線Sが検眼レンズLの光軸XLと一致し、検眼レンズLの裏面の基準点CLから角膜頂点までの距離がVCとなる。
【0073】
なお、下方視や水平視における検眼データを測定する際には、被験者が頭を動かすことを許容しつつ、指定の角度にある視標を自然な姿勢で見るように指示し、その際の被験者の頭部の回転角度を画像データの処理などにより測定することにより、指定の角度と頭部の回転角度の差分の角度だけ前方テンプル部32を角度調整可能接続部36により下方に回転してもよい。このような場合であっても、被験者の視線Sが検眼レンズLの光軸XLと一致し、検眼レンズLの裏面の基準点CLから角膜頂点までの距離がVCとなる。なお、被験者の頭部の回転角度は被験者正面画像あるいは側方画像やジャイロセンサー等の測定装置を用いて求めることも可能である。
【0074】
本実施形態のレンズフレーム1は、水平視および下方視の両方の状態において、検眼データを測定することができる。したがって、例えば、下方視における視覚に関する数値の測定工程S100の前後において、水平視における検眼データを測定する場合でも、レンズフレームを取り換える必要がなく、測定をスムーズに行うことが可能である。
【0075】
<本発明の他の実施形態>
以上、本発明の実施形態について具体的に説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。
【0076】
例えば、上述の実施形態では、ノーズレスト枠40を、角度調整可能接続部36を中心として回動可能とし、かつ、長さ調整機構410により長さ調整可能としたが、必ずしもノーズレスト枠40は回動可能である必要はなく、長さ調整可能である必要もない。例えば、ノーズレスト支持部430を、レンズフレーム1を支持可能かつ変形可能な部材とすることによっても、前方テンプル部32の回動中心部を前後方向及び上下方向に自由に移動可能とすることができる。
【実施例0077】
次に、本発明に係る実施例を説明する。これらの実施例は本発明の一例であって、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【0078】
(実施例1)
実施例1では、処方がSPH(球面度数)-5.50Dの被験者に対し、非球面補正検査S101を行い、屈折率1.60、1ベースカーブの単焦点レンズを設計する場合について説明する。なお、以降の実施例において、例えば、下方視における眼球回旋角度が30度の状態を、煩雑性を避けるため、単に下方視30度ともいう。
【0079】
まず、球面設計とした場合の度数シミュレーションを行い、経線方向と円周方向の度数分布を算出した。その結果を図9(a)に示す。図9(a)に示したそれぞれの度数の平均および差から、平均度数誤差および非点収差を算出した。その結果を図9(b)に示す。図9(b)に示すように、例えば、下方視30度において、平均度数誤差は0.46D、非点収差は0.75Dであることがわかった。この誤差を低減するために非球面設計を行うが、理論的に非点収差と平均度数誤差を同時に0にすることはできない。そこで、非球面設計の最適化を図るため、非球面補正検査S101を行い、被験者に対して、下方視30度の位置で、(A):SPH-5.25D、CYL(円柱度数)-0.25D、AX(乱視軸)180度となるように組み合わせた検眼用レンズと、(B):SPH-5.25Dとした検眼用レンズとの装用感を比較させた。
【0080】
(A)が良いと応答した場合には、図10(a)に示す平均度数誤差重視の非球面設計を適用し、(B)が良いと応答した場合には、図10(b)に示す非点収差重視の非球面設計を適用すればよい。以上より、下方視における目の状態に最適化された状態のレンズを設計できることを確認した。
【0081】
なお、本実施例においては、それぞれ遠用視における非球面設計の最適化を例に説明したが、例えば、目的距離を変化させた状態で行った非球面設計のシミュレーションを基に、装用感を比較するレンズの度数を決定してもよい。また、球面設計に近い状態が好ましいと応答した場合、非球面設計を行わなくてもよい。例えば、(C):SPH-5.50D、CYL-0.75D、AX180度となるように組み合わせた検眼用レンズを装用させたときに最も良い装用感が得られた場合には、非球面を付加しない設計が最適と判断し、レンズ設計を行なってもよい。
【0082】
(実施例2)
実施例2では、実施例1と同様に、処方がSPH-5.50Dの被験者に対し、非球面補正検査S101を行い、屈折率1.60、1ベースカーブの単焦点レンズを設計する場合について、より簡易的な手法として、乱視量の変化に着目した方法を説明する。
【0083】
(A)に対して、マイナス表記とした円柱度数をAX90度方向に付加すると乱視成分が相殺されてより(B)に近い装用感になり、AX180度方向に付加すると逆に乱視量が大きくなり(C)に近い装用感になるといえる。この装用感の変化の方向は(A)を処方値としても保たれるが、付加するレンズによって等価球面度数が変わらないようにすることがより好ましい。そこで、非球面補正検査S101を行い、下方視30度の位置で、SPH-5.50Dの検眼用レンズを装用させた状態と、SPH+0.25D、CYL-0.50DのレンズをそれぞれAX90度方向、AX180度方向に加えた状態の3つを比較させた。
【0084】
この場合、AX90度あるいはAX180度の状態が最も良いと回答した被験者には、それぞれ非点収差重視の非球面設計と球面設計とを割り当て、何も加えない状態が最も良いと答えた被験者には、処方通りの度数となるように度数重視の非球面設計を行なえばよい。以上より、実施例1と同様に、下方視における目の状態に最適化された状態のレンズを設計できることを確認した。なお、球面設計と度数重視の非球面設計の間、度数重視の非球面設計から非点収差重視の非球面設計の間は連続的に変化しているので、複数回の試行で重みづけを変えて、より好適なバランスの設計にすることも可能である。
【0085】
(実施例3)
実施例3では、SPH0.00D、Add(加入度数)2.00Dの被験者に対し、近用側方度数補正検査S102を行い、累進屈折力レンズを設計する場合について説明する。
【0086】
被験者に近方(40cm程度)の視標を下方視させた状態で、SPH+2.00Dと、SPH+2.25Dの検眼用レンズを装用させ、見え方を比較させたところ、SPH+2.25Dの見え方がより好まれた。この場合、処方に基づいて通常設計されたAdd2.00Dのレンズの例としては、図11(a)に示すような度数分布を持つレンズが考えられるが、被験者が下方回旋時に、より球面度数が大きくなったときの見え方を好むことから、図11(b)に示すような近用測定点から水平方向への度数変化を通常よりも緩やかにした設計を採用すればよい。以上より、眼球回旋の影響を考慮した累進屈折力レンズの設計を行なうことができる。本実施例で採用した設計では、加入度を維持したまま、近方下方視の際に用いる近用側方部の度数を通常設計よりも強めに設定することができるため、レンズ装用時には検眼用のレンズフレームを用いた比較によって選択された見え方に近づくことになり、近方下方視の際の装用感を向上させることができる。
【0087】
なお、本実施例では、下方視における眼球回旋角度を1種類として、近用側方度数補正検査S102を行う場合について説明したが、下方視における眼球回旋角度を変化させ、眼球回旋角度ごとに被験者の自覚的応答を得てもよい。この場合、例えば、加入度を維持したまま、眼球回旋角度ごとに、近用側方部の度数を通常設計よりも強めまたは弱めに補正することが可能となる。
【0088】
(実施例4)
実施例4では、プリズムシニング補正検査S103を行い、プリズムシニング量を補正した累進屈折力レンズを設計する場合について説明する。
【0089】
処方が左右ともSPH-2.50D、Add2.50D、累進帯長11mmの累進屈折力レンズの場合、通常のプリズムシニング量は1.00プリズムDNである。そこで、上記処方の被験者に対して、プリズムシニング補正検査S103を行い、下方視22度の状態で、1.00プリズムDNの検眼用レンズと、0.50プリズムDNの検眼用レンズを装用させ、装用感を比較させたところ、0.50プリズムDNの方が良好との応答を得た。また、0.50プリズムDNとプリズムなしを比較させたところ、装用感に差はないとの応答を得た。この場合、0.50プリズムDNの設計を適用すればよい。以上より、薄さと見え方のバランスが最も良好となるレンズを設計できることを確認した。
【0090】
(実施例5)
実施例5では、処方がSPH0.00D、Add2.00Dの被験者に対し、加入度曲線補正検査S104を行い、累進屈折力レンズの加入度曲線を補正する場合について説明する。
【0091】
まず、レンズ度数が+2.00D、下方視28度の位置で装用感を確認させた。そのうえで、下方視22度と、下方視28度の状態を設定し、装用感を比較させた。下方視22度の方が好ましいという応答を得た場合、図12に示す加入度曲線Aを設計(つまり、累進帯長が短くなるように加入度曲線を補正)し、下方視28度の方が好ましいという応答を得た場合、図12に示す加入度曲線Bを設計(つまり、累進帯長が長くなるように加入度曲線を補正)すればよい。以上より、被験者の好む眼球回旋角度に応じた加入度曲線を設計できることを確認した。
【符号の説明】
【0092】
1 :レンズフレーム
10 :フレーム本体
20 :レンズ保持部材
30 :テンプル部材
32 :前方テンプル部
34 :後方テンプル部
36 :角度調整可能接続部
40 :ノーズレスト枠
200 :ブリッジ部材
202 :第1の屈曲部材
202A :縦部
202B :横部
204 :第2の横部材
210 :幅調整機構
212 :レンズ間隔調整機構(ダイヤル部材)
214 :そり角調整機構(ダイヤル部材)
220 :レンズ枠
222 :レンズ枠本体
224 :柱部
230 :接続部
320 :第1の前方テンプル材
322 :第2の前方テンプル材
324 :長さ調整機構
340 :第1の後方テンプル材
342 :第2の後方テンプル材
342A :湾曲部
344 :長さ調整機構
400 :第1の枠材
402 :第2の屈曲枠材
404 :第3の横枠材
410 :長さ調整機構
420 :幅調整機構
430 :ノーズレスト支持部
432 :ノーズレスト
500 :累進屈折力レンズ
510 :遠用部
520 :近用部
530 :中間部
S100 :下方視における視覚に関する数値の測定工程
S101 :非球面補正検査
S102 :近用側方度数補正検査
S103 :プリズムシニング補正検査
S104 :加入度曲線補正検査
S110 :設計工程
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12