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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023144731
(43)【公開日】2023-10-11
(54)【発明の名称】堤防の補強構造
(51)【国際特許分類】
   E02B 3/10 20060101AFI20231003BHJP
【FI】
E02B3/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022051855
(22)【出願日】2022-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】森安 俊介
(72)【発明者】
【氏名】持田 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】籾山 嵩
(72)【発明者】
【氏名】山崎 弘芳
(72)【発明者】
【氏名】妙中 真治
(72)【発明者】
【氏名】亀山 彰久
(72)【発明者】
【氏名】西山 輝樹
(72)【発明者】
【氏名】中山 裕章
【テーマコード(参考)】
2D118
【Fターム(参考)】
2D118AA02
2D118AA05
2D118BA03
2D118BA05
2D118CA07
2D118FA01
2D118FB30
2D118GA07
2D118GA09
(57)【要約】
【課題】堤体に打設される壁体を用いた堤防の補強構造において、越流時における堤体地盤の洗掘に対して効果的に壁体の地盤抵抗を保持すること。
【解決手段】堤体に打設される壁体を備え、上記堤体の長さ方向について、第1の区間と、通水性を有する領域が形成される第2の区間とが交互に設けられ、上記第1の区間における上記壁体の上端の高さは、上記通水性を有する領域よりも高い、堤防の補強構造が提供される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
堤体に打設される壁体を備え、
前記堤体の長さ方向について、第1の区間と、通水性を有する領域が形成される第2の区間とが交互に設けられ、前記第1の区間における前記壁体の上端の高さは、前記通水性を有する領域よりも高い、堤防の補強構造。
【請求項2】
前記通水性を有する領域は、前記第1の区間における前記壁体の上端の高さが前記第2の区間における前記壁体の上端の高さよりも高いことによって形成される、請求項1に記載の堤防の補強構造。
【請求項3】
前記通水性を有する領域は、前記壁体の上端側の領域に形成される通水孔によって形成される、請求項1に記載の堤防の補強構造。
【請求項4】
前記壁体は、鋼矢板壁を含む、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の堤防の補強構造。
【請求項5】
前記通水性を有する領域は、前記第2の区間における前記鋼矢板壁の曲げ剛性が前記第1の区間における前記鋼矢板壁の曲げ剛性よりも低いことによって形成される、請求項4に記載の堤防の補強構造。
【請求項6】
前記第2の区間の前記鋼矢板壁は、前記第1の区間の前記鋼矢板壁に比べて水域とは反対側に張り出している、請求項4または請求項5に記載の堤防の補強構造。
【請求項7】
前記第1の区間に設けられる前記鋼矢板壁の補強部材をさらに備える、請求項4から請求項6のいずれか1項に記載の堤防の補強構造。
【請求項8】
前記第2の区間で、前記壁体に対して水域とは反対側の地盤に地盤改良が施されている、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の堤防の補強構造。
【請求項9】
前記壁体よりも水域側に並行して前記堤体に打設される追加の壁体と、
前記第1の区間において前記壁体と前記追加の壁体とを連結する連結部材と
をさらに備える、請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の堤防の補強構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、堤防の補強構造に関する。
【背景技術】
【0002】
河川などの堤防では、地震による堤体の亀裂や沈下、および増水時の越流に伴う堤体の浸食などによる破堤などが懸念される。この対策として、例えば特許文献1において、堤体の連続する方向に壁体を打設し、鋼管またはH型鋼からなる支柱によって当該壁体を補強する技術が開示されている。このような構成を採用することによって、堤体を補強する剛性を備え、堤体の崩壊を防止できる。
【0003】
また、特許文献2において、堤体の連続する方向に打設された壁体が堤体の地盤における支持層に根入れした長尺鋼矢板と堤体の下端近傍まで到達する短尺鋼矢板によって構成され、堤体地盤に位置する部位で壁体に補強部材を取付ける技術が開示されている。堤体は、洪水時における高水位の水圧に対して、根入れした壁体を介する地盤抵抗によって対抗することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012-132169号公報
【特許文献2】特開2020-153069号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記のような壁体を用いた堤防の補強構造は、剛性を高めることを前提として設計されていることが多い。しかし、近年、豪雨による河川の氾濫や破堤が増加しており、越流を前提とした堤防の補強が求められている。具体的には、越流によって河川の水域とは反対側の法面や堤体地盤の洗掘が生じた場合にも壁体の傾斜や倒壊を防止することが求められている。特許文献1および特許文献2のような補強構造の場合、洗掘が生じると壁体を支える地盤抵抗を喪失し、壁体全体の傾斜や倒壊が生じる懸念がある。このために、例えば、洗掘が発生した場合でも壁体の地盤抵抗を保持するために堤防の全長にわたって壁体をより深く打設したり、洗掘自体を抑制するために堤体の水域とは反対側に地盤改良を施すことが考えられるが、経済性の観点から必ずしも好ましいとはいえない。
【0006】
そこで、本発明は、堤体に打設される壁体を用いた堤防の補強構造において、越流時における堤体地盤の洗掘に対して効果的に壁体の地盤抵抗を保持することが可能な堤防の補強構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
[1]堤体に打設される壁体を備え、上記堤体の長さ方向について、第1の区間と、通水性を有する領域が形成される第2の区間とが交互に設けられ、上記第1の区間における上記壁体の上端の高さは、上記通水性を有する領域よりも高い、堤防の補強構造。
[2]上記通水性を有する領域は、上記第1の区間における上記壁体の上端の高さが上記第2の区間における上記壁体の上端の高さよりも高いことによって形成される、[1]に記載の堤防の補強構造。
[3]上記通水性を有する領域は、上記壁体の上端側の領域に形成される通水孔によって形成される、[1]に記載の堤防の補強構造。
[4]上記壁体は、鋼矢板壁を含む、[1]から[3]のいずれか1項に記載の堤防の補強構造。
[5]上記通水性を有する領域は、上記第2の区間における上記鋼矢板壁の曲げ剛性が上記第1の区間における上記鋼矢板壁の曲げ剛性よりも低いことによって形成される、[4]に記載の堤防の補強構造。
[6]上記第2の区間の上記鋼矢板壁は、上記第1の区間の上記鋼矢板壁に比べて水域とは反対側に張り出している、[4]または[5]に記載の堤防の補強構造。
[7]上記第1の区間に設けられる上記鋼矢板壁の補強部材をさらに備える、[4]から[6]のいずれか1項に記載の堤防の補強構造。
[8]上記第2の区間で、上記壁体に対して水域とは反対側の地盤に地盤改良が施されている、[1]から[7]のいずれか1項に記載の堤防の補強構造。
[9]上記壁体よりも水域側に並行して上記堤体に打設される追加の壁体と、上記第1の区間において上記壁体と上記追加の壁体とを連結する連結部材とをさらに備える、[1]から[8]のいずれか1項に記載の堤防の補強構造。
【発明の効果】
【0008】
上記の構成によれば、第1の区間における壁体の上端の高さは、第2の区間に形成される通水性を有する領域より高いので、第2の区間に越流水が誘導され選択的に地盤の洗掘が進行する。これによって、第2の区間では壁体に対する地盤抵抗が減少するものの、第1の区間での洗掘を抑制し、全体としては効果的に壁体の地盤抵抗を保持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の第1の実施形態に係る堤防の補強構造を示す斜視図である。
図2A図1に示された堤防の補強構造における増水時の状況を示すA-A線断面図である。
図2B図1に示された堤防の補強構造における増水時の状況を示すB-B線断面図である。
図3図1に示された堤防の補強構造における増水時の状況を示す模式的な平面図である。
図4】本発明の実施形態に係る構造を採用していない堤防の補強構造における増水時の状況を示す模式的な断面図である。
図5】本発明の第1の実施形態の変形例に係る堤防の補強構造における鋼矢板壁の正面図である。
図6】本発明の第1の実施形態の別の変形例に係る堤防の補強構造における鋼矢板壁の正面図である。
図7】本発明の第1の実施形態のさらに別の変形例に係る堤防の補強構造における鋼矢板壁の正面図である。
図8】本発明の第1の実施形態のさらに別の変形例に係る堤防の補強構造における鋼矢板壁の正面図である。
図9】本発明の第2の実施形態に係る堤防の補強構造を示す斜視図である。
図10】本発明の第3の実施形態に係る堤防の補強構造を示す斜視図である。
図11】本発明の第4の実施形態に係る堤防の補強構造を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0011】
(第1の実施形態)
図1は、本発明の第1の実施形態に係る堤防の補強構造を示す斜視図である。本実施形態において、堤防の補強構造10は、堤体1に打設される壁体である鋼矢板壁11と、鋼矢板壁11を補強する鋼管杭12とを含む。鋼矢板壁11は、堤体1の長さ方向(x方向)に配列されて互いに連結される鋼矢板によって構成される。図示された例では鋼矢板壁11がハット形鋼矢板で構成されているが、U形鋼矢板や直線鋼矢板などの各種の鋼矢板が利用可能である。また、壁体は鋼矢板壁には限定されず、コンクリート壁などであってもよい。なお、以下の説明では、堤防に面する水域である河川2側を川表側、河川2とは反対側を川裏側ともいう。
【0012】
ここで、鋼管杭12は、壁体全体としての剛性を増大させることによって鋼矢板壁11を補強する。また、鋼管杭12の根入れ深さを鋼矢板壁11よりも深くして、より大きな地盤抵抗が得られるようにしてもよい。図示された例では鋼管杭12が鋼矢板壁11を構成する鋼矢板の内腹部に接するように配置されているが、例えば同じ位置にH形鋼を配置することによって鋼矢板壁11を補強してもよい。あるいは、鋼矢板壁11の途中に鋼管矢板を連結して鋼矢板壁11を補強してもよい。なお、鋼矢板壁11のみで十分な地盤抵抗が得られる場合は、鋼管杭12やH形鋼、鋼管矢板のような補強部材は設けられなくてもよい。
【0013】
本実施形態では、堤防の補強構造10において、堤体1の長さ方向(x方向)の第1の区間X1と第2の区間X2とで、鋼矢板壁11の上端の高さが異なる。具体的には、第1の区間X1における鋼矢板壁11の上端の高さは、第2の区間X2における鋼矢板壁11の上端の高さよりも高い。相対的に高い第1の区間X1における鋼矢板壁11の上端の高さは、堤体1の天端高さにほぼ等しい。あるいは、第1の区間X1における鋼矢板壁11の上端の高さは、堤体1の天端高さよりも高くてもよい。この場合、第1の区間X1において鋼矢板壁11の上端は堤体1の天端から突出する。なお、図示された例において、鋼管杭12は、第1の区間X1に配置される。
【0014】
図2Aおよび図2Bは、それぞれ図1に示された堤防の補強構造における増水時の状況を示すA-A線断面図およびB-B線断面図である。ここで、図2Aは上記の第1の区間X1の断面図であり、図2Bは第2の区間X2の断面図である。図示された例では、増水によって河川2の水位が高さH1まで上昇している。この場合、図2Aに示される第1の区間X1では水位が鋼矢板壁11の上端の高さH1と同水準であるため越流がほとんど発生しないのに対して、図2Bに示される第2の区間X2では水位が鋼矢板壁11の上端の高さH2よりも高いため、川表側から川裏側への越流が発生し、越流水によって川裏側で堤体1の法面の浸食および地盤の洗掘が進行する。
【0015】
このように、本実施形態に係る堤防の補強構造10では、堤体1の長さ方向の第1の区間X1における鋼矢板壁11の上端の高さH1が第2の区間X2における鋼矢板壁11の上端の高さH2よりも高いことによって、図2Bに示したように増水時に越流水が流れる領域が形成される。本明細書では、このような領域を、通水性を有する領域という。このような通水性を有する領域が形成される第2の区間X2は、堤体1の長さ方向について第1の区間X1と交互に設けられる。
【0016】
図3は、図1に示された堤防の補強構造10における増水時の状況を示す模式的な平面図である。上記で図2Aおよび図2Bを用いて説明したとおり、増水によって河川2の水位が高さH1まで上昇した場合、第1の区間X1では越流がほとんど発生しないのに対して、第2の区間X2では越流が発生する。つまり、図3の矢印に示すように、越流水は第2の区間X2に誘導される。そのため、第2の区間X2における川裏側の領域で洗掘Dが発生する一方で、第1の区間X1では洗掘が発生せず、鋼矢板壁11に対する地盤抵抗Rを保持することができる。さらに、例えば洗掘が発生しない第1の区間X1に鋼矢板壁11の補強のための鋼管杭12を打設したり、先行して洗掘Dが発生することが予想される第2の区間X2で川裏側の地盤に地盤改良を施したりすることによって、洗掘の発生部位を限定した効果的な対策をすることも可能である。
【0017】
図4は、本発明の実施形態に係る構造を採用していない堤防の補強構造における増水時の状況を示す模式的な断面図である。図4の例では、堤防の補強構造として、堤体1に打設される鋼矢板壁91と、鋼矢板壁91を補強する鋼管杭92とが配置される。本発明の第1の実施形態とは異なり、堤体1の長さ方向について鋼矢板壁91の上端の高さはH1で一様であり、高さH1は堤体1の天端高さにほぼ等しい。この場合、増水によって河川2の水位が高さH1に到達するまでは越流は発生しないものの、水位が高さH1を少しでも超えた時点で堤体1の長さ方向について一様に越流が発生する。図4(a)に示すように、越流が発生した直後には鋼矢板壁91および鋼管杭92に対して十分な地盤抵抗Rが作用しているが、図4(b)に示すように越流水による堤体1の法面および地盤の洗掘が進行すると鋼矢板壁91および鋼管杭92にかかる地盤抵抗Rが減少する。図4(c)に示すように、地盤抵抗Rの減少によって鋼矢板壁91または鋼管杭92が変形して傾斜すると、堤体1の天端が沈下して越流水深δが大きくなることによって越流水の流量が増加し、洗掘が加速度的に進行する結果、堤体1の崩壊が早まってしまう。
【0018】
これに対して、本実施形態における堤防の補強構造10では、上述したとおり、堤体1の長さ方向の第2の区間X2において通水性を有する領域が形成され、第1の区間X1における鋼矢板壁11の上端の高さH1が通水性を有する領域よりも高いことによって越流水が誘導され、第2の区間X2で選択的に地盤の洗掘が進行する。これによって、第2の区間X2では鋼矢板壁11に対する地盤抵抗Rが減少するものの、洗掘が発生しない第1の区間X1では鋼矢板壁11および鋼管杭12に対する地盤抵抗Rを保持することができる。第1の区間X1には鋼矢板壁11に加えて鋼管杭12が配置されており剛性が高いため、壁体全体の傾斜や倒壊を防ぐことができる。
【0019】
図5は、本発明の第1の実施形態の変形例に係る堤防の補強構造における鋼矢板壁の正面図である(堤体1は図示されていない)。図示された例において、幅方向に連結されて鋼矢板壁11を構成する複数の鋼矢板は、上端が高さH1に位置する鋼矢板111Aと、上端が高さH2(H2<H1)に位置する鋼矢板111Bとを含む。なお、図示された例において、高さH1,H2は地表面Gを基準にしている。鋼矢板111Aと鋼矢板111Bとは、堤体1の長さ方向に3:1の割合で配列されている。図示された例では、鋼矢板壁11のうち、鋼矢板111Aが打設されている区間が第1の区間X1であり、鋼矢板111Bが打設されている区間が第2の区間X2である。第1の区間X1に配列された3枚の鋼矢板111Aの中央にあたる鋼矢板111Aが、鋼管杭12によって補強されている。
【0020】
上記の図5の例のように、上端の高さが異なる鋼矢板を配列して鋼矢板壁11を構成する場合の寸法の例について以下で説明する。上端の高さが相対的に高い鋼矢板と相対的に低い鋼矢板とが堤体の長さ方向に7:3の割合で配列され、鋼管杭による補強がない場合、それぞれの鋼矢板を幅900mm、断面高さ300mmのハット形鋼矢板とし、低い方の鋼矢板の上端を高い方の鋼矢板の上端よりも300mm低くしてもよい。
【0021】
図6は、本発明の第1の実施形態の別の変形例に係る堤防の補強構造における鋼矢板壁の正面図である(堤体1は図示されていない)。図示された例において、幅方向に連結されて鋼矢板壁11を構成する複数の鋼矢板は、上端の高さが異なる鋼矢板111A(高さH1)、鋼矢板111B(高さH2)および鋼矢板111C(高さH3)を含む。これらの鋼矢板の上端の高さは、H1>H2>H3の順で高くなっている。なお、図示された例において、高さH1,H2,H3は地表面Gを基準にしている。これらの鋼矢板が、鋼矢板111A、鋼矢板111B、鋼矢板111C、鋼矢板111Bおよび鋼矢板111Aの順で、上端が階段状になるように配置される。図示された例では、鋼矢板壁11のうち、鋼矢板111Aが打設されている区間が第1の区間X1であり、鋼矢板111B,111Cが打設されている区間が第2の区間X2である。上端が最も高い鋼矢板111Aが、鋼管杭12によって補強されている。
【0022】
図7および図8は、本発明の第1の実施形態のさらに別の変形例に係る堤防の補強構造における鋼矢板壁の正面図である(堤体1は図示されていない)。図7に示された例では、鋼矢板壁11を構成する、上端の高さが異なる鋼矢板111A,111Bの上端に笠コンクリート112A,112Bが施工される。この場合、鋼矢板壁11の上端は、笠コンクリート112A,112Bの上端とする。例えば図7の例のように笠コンクリート112A,112Bの厚さ(鋼矢板の高さ方向の寸法)が同程度であれば、鋼矢板壁11の上端は第2の区間X2よりも第1の区間X1で高くなり、第2の区間X2で形成される通水性を有する領域よりも第1の区間X1における鋼矢板壁11の上端の高さの方が高くなる。
【0023】
図8に示された例でも同様に鋼矢板111A,111Bの上端に笠コンクリート112が施工されるが、笠コンクリート112は第1の区間X1および第2の区間X2で上端の高さが揃えられる。この場合、第2の区間X2では鋼矢板111Bの上端と笠コンクリート112との間に隙間が開くことによって、また第2の区間X2では笠コンクリート112の下端が凹状に形成されることによって、通水孔113が形成される。第1の区間X1における鋼矢板壁11の上端の高さは、通水性を有する領域である通水孔113よりも高い。
【0024】
上記の図8の例の場合の寸法例として、上端の高さが相対的に高い鋼矢板と相対的に低い鋼矢板とが堤体の長さ方向に5:1の割合で配列され、鋼管杭による補強がない場合、それぞれの鋼矢板を幅900mm、断面高さ300mmのハット形鋼矢板とし、笠コンクリートの厚さを500mmとし、通水孔の高さを540mmとしてもよい。
【0025】
(第2の実施形態)
図9は、本発明の第2の実施形態に係る堤防の補強構造を示す斜視図である。本実施形態において、堤防の補強構造20は、堤体1に打設される壁体である鋼矢板壁21と、鋼矢板壁21を補強する鋼管杭12とを含む。第1の実施形態と同様に、鋼矢板壁21は、堤体1の長さ方向(x方向)に配列されて互いに連結される鋼矢板によって構成される。堤体1の長さ方向について、第1の区間X1と第2の区間X2とが交互に設けられ、第1の区間X1における鋼矢板壁21の上端の高さは第2の区間X2に形成される通水性を有する領域よりも高い点も第1の実施形態と同様である。第1の実施形態と同様に、鋼矢板壁21のみで十分な地盤抵抗が得られる場合は、鋼管杭12やH形鋼、鋼管矢板のような補強部材は設けられなくてもよい。ただし、第1の実施形態との相違として、第2の区間X2の鋼矢板壁21が、第2の区間X2の鋼矢板壁21に比べて河川2とは反対側に張り出している。
【0026】
本実施形態において、鋼矢板壁21の張り出し形状は、例えば鋼矢板壁21を構成する鋼矢板として異形鋼矢板を用いることで形成されてもよい。あるいは、鋼矢板壁21をハット形鋼矢板やU形鋼矢板、直線鋼矢板などの通常の鋼矢板で構成する場合も、鋼矢板の幅方向両端の継手の嵌合角度には余裕が設定されているため、継手をヒンジとして鋼矢板同士を水平面内で角度をもって配置し、上述したような鋼矢板壁21の張り出し形状を形成してもよい。
【0027】
上記のような第2の実施形態における堤防の補強構造20では、第2の区間X2の鋼矢板壁21が第1の区間X1の鋼矢板壁21に比べて河川2とは反対側に張り出しているため、第2の区間X2において発生する洗掘箇所を、第1の区間X1で鋼矢板壁21に対する地盤抵抗が発揮される部位からより遠ざけることができる。また、第2の区間X2では堤体1への浸透水による水圧に対して鋼矢板壁21を構成する鋼矢板同士の間に水平方向の張力が作用するため、水圧による鋼矢板壁21の水平方向の変形が生じにくい。
【0028】
(第3の実施形態)
図10は、本発明の第3の実施形態に係る堤防の補強構造を示す斜視図である。本実施形態において、堤防の補強構造30は、堤体1に打設される壁体である鋼矢板壁31と、鋼矢板壁31を補強する鋼管杭12とを含む。第1の実施形態と同様に、鋼矢板壁31は、堤体1の長さ方向(x方向)に配列されて互いに連結される鋼矢板によって構成される。第1の実施形態と同様に、鋼矢板壁31のみで十分な地盤抵抗が得られる場合は、鋼管杭12やH形鋼、鋼管矢板のような補強部材は設けられなくてもよい。本実施形態では、第1の区間X1および第2の区間X2において鋼矢板壁31の上端の高さが同じであり、第2の区間X2における鋼矢板壁31の曲げ剛性が第1の区間X1における鋼矢板壁31の曲げ剛性よりも低いことによって、通水性を有する領域が形成される。例えば、第2の区間X2で複数枚の鋼矢板を配列し、第2の区間X2における鋼矢板壁31の曲げ剛性が、第1の区間X1における鋼管杭12を含む鋼矢板壁31の曲げ剛性よりも低くなるようにする。例えば、第2の区間X2における鋼矢板壁31の曲げ剛性を第1の区間X1における鋼矢板壁31の曲げ剛性の12%以下にすると、図10に示されたように増水した水によって鋼矢板壁31に曲げモーメントが作用したときに、第1の区間X1における天端沈下量よりも第2の区間X2における天端沈下量が10%程度大きくなり、第2の区間X2において選択的に越流が発生する領域が形成される。
【0029】
(第4の実施形態)
図11は、本発明の第4の実施形態に係る堤防の補強構造を示す斜視図である。本実施形態において、堤防の補強構造40は、堤体1に打設される壁体である鋼矢板壁11と、追加の壁体である鋼矢板壁41と、鋼矢板壁11と鋼矢板壁41とを連結するタイロッドなどの連結部材43とを含む。鋼矢板壁41は、鋼矢板壁11よりも水域側に並行して堤体1に打設される。連結部材43は、鋼矢板壁11の第1の区間X1に配置される。鋼矢板壁11,41は二重鋼矢板壁を構成し、連結部材43を介して引張力や先端力が伝達されることによって、補強構造全体としての剛性が向上する。なお、連結部材43はタイロッドの他、それぞれの鋼矢板壁の頭部にまたがって設置される頂版コンクリートや、それぞれの鋼矢板壁に対して直角に設置される鋼材による壁体などであってもよい。
【0030】
上記のような第4の実施形態では、二重鋼矢板壁を含む堤防の補強構造において、越流発生時にも洗掘が発生しない第1の区間X1に鋼矢板壁11,41を連結する連結部材43が配置される。従って、越流発生時にも鋼矢板壁11の変形などによる連結部材43の破損が生じにくく、二重鋼矢板壁の構造を維持して壁体全体の傾斜や倒壊を防ぐことができる。上記の例では第1の実施形態と同様の鋼矢板壁11と追加の鋼矢板壁41とが連結部材43で連結されたが、第2の実施形態や第3の実施形態と同様の鋼矢板壁21,31と追加の鋼矢板壁41とを連結部材43で連結して二重鋼矢板壁を構成してもよい。
【0031】
(実験・解析結果)
以下では、上述したような実施形態の効果を検証するための実験および解析の結果について説明する。まず、堤防を1/15スケールにモデル化した模型実験装置において、水域側からの越流を発生させる実験を行い、越流発生時における堤体内の鋼矢板壁の挙動について検証した。地表面は砂で形成され、深さ1000mmである。地表面の上に堤体が砂で形成され、高さ400mm、天端幅400mm、堤体の延長方向長さ1000mm、法面勾配1:2である。堤体の川裏側の法肩部には鋼矢板壁が打設されている。鋼矢板壁を構成する鋼矢板の全長(深さ方向)は1400mm、板厚が6.0mmであり、実大換算ではハット形25H相当の剛性を有する。
【0032】
上記のような模型実験装置で越流水深20mmの越流を発生させたところ、越流水によって川裏側の法面部が浸食され、地表面の洗掘が発生した。最終的な洗掘深さは堤体の天端から500mm(堤体の高さ400mm+地表面からの洗掘深さ100mm)であった。鋼矢板壁は、水域とは反対側の方向に傾斜したが、完全な倒壊には至らなかった。鋼板の上端における水平変位は80mmであり、ここから推定される鋼矢板壁を含む堤体の天端沈下量は3.9mmであった。鋼矢板壁の変形は弾性の範囲内である。また、洗掘前の地盤抵抗が三角形分布の土圧として鋼矢板に作用していたと仮定し、洗掘による水平変位80mmから逆算すると、洗掘によって喪失された地盤抵抗は35562Nであった。
【0033】
次に、実験で得られた鋼矢板壁の挙動から、表1および表2に示すような実施例および比較例のそれぞれの場合において越流発生時における堤体内の鋼矢板壁の挙動を解析した。
【0034】
表1は、越流水深が浅い場合の解析結果を示す。実施例1では、鋼矢板壁の上端の高さが400mmの区間(第1の区間)と、380mmの区間(第2の区間)とを、堤体の長さ方向について7:3の割合で形成した。一方、比較例1では、鋼矢板壁の上端の高さを、堤体の長さ方向について一様に400mmとした。実施例1では水位を鋼矢板壁の上端高さとほぼ同じにし、鋼矢板壁の上端の高さが380mmの第2の区間のみで越流水深20mmの越流を発生させた。比較例1では、堤体の長さ方向の全区間で一様に、越流水深6mmの越流を発生させた。なお、模型実験装置における6mmの越流水深は、実大スケールにおいては90mmに相当する。越流による堤体の天端沈下量を考慮しない場合、実施例1と比較例1との越流面積(実施例1は20mm×30%、比較例1は6mm×100%)は同じである(表1では、堤体の長さ1mあたりの越流面積が示されている)。
【0035】
【表1】
【0036】
上述のように、実施例1において洗掘が第2の区間のみで発生するのに対して、比較例1では洗掘が全区間で発生する。越流水深が大きいため、地表面を基準にした洗掘深さは実施例1の第2の区間の方が大きく、100mmに達する。これに対して、比較例1の全区間での洗掘深さは30mmである。しかし、実施例1では洗掘が発生しているのが全体の30%にあたる第2の区間のみであるため、洗掘によって鋼矢板壁の全体で失われる地盤抵抗は比較例1の半分以下である。この結果、地盤抵抗の低下による堤体の天端沈下量も実施例1では比較例1の半分以下に抑えられる。従って、堤体の天端沈下後の越流面積は実施例1において比較例1よりも小さくなり、比としては0.86倍である。この結果は、実施例1では、上記で図4を参照して説明した天端の沈下による越流水の流量増加が、比較例1に比べて有効に抑制されていることを示している。
【0037】
表2は、越流水深が深い場合の解析結果を示す。実施例2では、鋼矢板壁の上端の高さが400mmの区間(第1の区間)と、370mmの区間(第2の区間)とを、堤体の長さ方向について7:3の割合で形成した。実施例3では、実施例2と同様の鋼矢板壁の第1の区間を20mm×20mmの鋼管柱で補強した例である。一方、比較例2では、鋼矢板壁を、堤体の長さ方向について一様な高さで形成した。これらの実施例2、実施例3および比較例2について、越流による堤体の天端沈下量を考慮しない場合の越流面積が同じになるように越流を発生させた(表2では、堤体の1mあたりの越流面積が示されている)。具体的には、実施例2および実施例3では第1の区間での越流水深が11mmの越流を発生させた。この場合、鋼矢板壁の上端の高さが370mmの第2の区間での越流水深は41mmになる。一方、比較例2では、堤体の長さ方向の全区間で一様に、越流水深20mmの越流を発生させた。なお、1/15スケールにおける20mmの越流水深は、実大スケールにおいては300mmに相当する。
【0038】
【表2】
【0039】
表2の例では、表1の例よりも水位が高いため、実施例2および実施例3でも比較例2でも洗掘が全区間で発生する。ただし、実施例2および実施例3では、第2の区間における洗掘深さが大きくなる分、第1の区間における洗掘深さが抑えられる。その結果として、洗掘によって鋼矢板壁の全体で失われる地盤抵抗は、実施例2および実施例3でも比較例2でも同程度である。鋼管による補強がない実施例2では、天端沈下量も比較例2と同等であり、堤体の天端沈下後の越流面積も比較例2と同等である。表1に示した結果のように越流水深が浅い場合には実施例2の方が有利であることを考慮すると、越流水深が深い場合であっても比較例2と同等の性能が発揮されるという点で、実施例2が実用的であることが示されたといえる。一方、洗掘が小さい第1の区間において鋼矢板壁が鋼管で補強される実施例3では、鋼管の補強によって天端の水平変位が抑えられる結果、天端沈下量も小さくなり、天端沈下後の越流面積を比較例2よりも小さくすることができた(0.90倍)。
【0040】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0041】
1…堤体、2…河川、10,20,30,40…補強構造、11,21,31,41…鋼矢板壁、111A,111B,111C…鋼矢板、112,112A,112B…笠コンクリート、113…通水孔、12…鋼管杭、43…連結部材、X1…第1の区間、X2…第2の区間。
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11