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  • 特開-バセドウ病の診断を補助する方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023014502
(43)【公開日】2023-01-31
(54)【発明の名称】バセドウ病の診断を補助する方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20230124BHJP
【FI】
G01N33/53 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021118478
(22)【出願日】2021-07-19
(71)【出願人】
【識別番号】306008724
【氏名又は名称】富士レビオ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】北村 由之
(72)【発明者】
【氏名】成田 翔
(57)【要約】
【課題】生体から分離された検体を用いて、バセドウ病と無痛性甲状腺炎とを鑑別してバセドウ病を診断することを補助する方法を提供すること。
【解決手段】バセドウ病の診断を補助する方法は、生体から分離された検体中のサイログロブリン濃度を測定することを含む。この濃度が、所定のカットオフ値以上であることが、無痛性甲状腺炎ではなくバセドウ病である可能性が高いことを示す。検体としては血液検体が好ましい。カットオフ値は、例えば、20ng/mL~190ng/mLの範囲内である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体から分離された検体中のサイログロブリン濃度を測定することを含み、該濃度が、所定のカットオフ値以上であることが、無痛性甲状腺炎ではなくバセドウ病である可能性が高いことを示す、バセドウ病の診断を補助する方法。
【請求項2】
前記検体が、血液検体である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記カットオフ値が、20ng/mL~190ng/mLの範囲内である、請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記カットオフ値が、30ng/mL~150ng/mLの範囲内である、請求項3記載の方法。
【請求項5】
測定をイムノアッセイ、又は質量分析で行うことを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バセドウ病の診断を補助する方法に関し、特に、無痛性甲状腺炎と鑑別してバセドウ病を診断することを補助する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バセドウ病は甲状腺機能亢進症の代表的な疾患であり、甲状腺を刺激するTSH受容体抗体(TRAb)が原因で血中の遊離T4や遊離T3が増加する。臨床所見として、頻脈、手の震え、発汗増加、体重減少などの甲状腺中毒症が認められる。同様の甲状腺中毒症は、甲状腺の破壊による甲状腺ホルモンの血中への放出によっても認められる。このような破壊性甲状腺中毒症の代表的な疾患は、無痛性甲状腺炎である。
【0003】
バセドウ病と無痛性甲状腺炎は、いずれも甲状腺中毒症状を示すが、原因も治療法も異なるため、両者を鑑別することが重要である。しかしながら、無痛性甲状腺炎は、橋本病(慢性甲状腺炎)患者への過剰なヨード摂取・ストレス(精神的・手術・出産など)等が引き金になって発症する事が多く、また、バセドウ病の寛解期(活動性が収まっている時期)にも発症し、バセドウ病の再発と間違えられる場合がある。
【0004】
一般に、甲状腺機能亢進症であるバセドウ病では、血中のTSH受容体抗体(TRAb)が増加しているのに対し、無痛性甲状腺炎では、血中TRAb値が低いことから、TRAb値を用いて両者を鑑別している(非特許文献1)。しかしながら、バセドウ病の一部の患者では、TRAb値が低く、さらに無痛性甲状腺炎の一部の患者でもTRAb値が高くなることがあり、TRAbだけでは両者を鑑別することができない事例があった。
【0005】
両者の鑑別診断のため、超音波検査やシンチグラフィー等の画像検査が行われているが、血液マーカーのみでより精度よく、簡便に両者を鑑別できる方法が求められていた。
【0006】
血中サイログロブリンの測定方法として、抗サイログロブリン抗体の干渉の影響を受けることなく、単独検査でより正確なサイログロブリン量を測定可能な方法が報告されている(特許文献1)。血中サイログロブリンは、甲状腺分化癌の手術評価、および術後再発や転移の有無を知るマーカーとして使用される。その他、バセドウ病での治療の効果、寛解の指標等に用いられているが、バセドウ病の診断、特に、無痛性甲状腺炎との鑑別に用いることについては、知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開WO 2018/047792号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】日本内科学会雑誌 第97巻 第3号 平成20年3月10日 558~563頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、生体から分離された検体を用いて、バセドウ病と無痛性甲状腺炎とを鑑別してバセドウ病を診断することを補助する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、検体中のサイログロブリン濃度が、所定のカットオフ値以上であれば、無痛性甲状腺炎ではなくバセドウ病である可能性が高いことを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、以下のものを提供する。
【0012】
(1) 生体から分離された検体中のサイログロブリン濃度を測定することを含み、該濃度が、所定のカットオフ値以上であることが、無痛性甲状腺炎ではなくバセドウ病である可能性が高いことを示す、バセドウ病の診断を補助する方法。
(2) 前記検体が、血液検体である、(1)記載の方法。
(3) 前記カットオフ値が、20ng/mL~190ng/mLの範囲内である、(2)記載の方法。
(4) 前記カットオフ値が、30ng/mL~150ng/mLの範囲内である、(3)記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法によれば、生体から分離された検体を用いて、バセドウ病と無痛性甲状腺炎とを鑑別してバセドウ病を診断することを補助することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】下記実施例において測定した、バセドウ病患者及び無痛性甲状腺炎患者の血清中のサイログロブリン濃度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の方法に用いられる検体は、体液であれば特に限定されないが、血液検体が好ましい。血液検体としては、全血、血清又は血漿が好ましいが、特に血清又は血漿が好ましい。これらの希釈物を用いることもできる。
【0016】
本発明の方法では、生体から分離された検体中のサイログロブリン濃度を測定する。サイログロブリン濃度の測定は、検体中のサイログロブリン濃度を測定することができる方法であればよく、特に限定されないが、例えば、イムノアッセイ、質量分析法等により行うことができる。
【0017】
本発明の方法で用いられるイムノアッセイとしては、周知の方法を用いることができる。イムノアッセイとしては、特許文献1に記載されているとおり、サンドイッチ法、間接競合法、直接競合法等、種々のものが公知であり、これらのいずれをも用いることができる。このようなイムノアッセイとしては、化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)、化学発光イムノアッセイ(CLIA)、免疫比濁法(TIA)、酵素免疫測定法(EIA)(例、直接競合ELISA、間接競合ELISA、及びサンドイッチELISA)、放射イムノアッセイ(RIA)、ラテックス凝集反応法、蛍光イムノアッセイ(FIA)、及びイムノクロマトグラフィー法が挙げられる。なお、サイログロブリンをイムノアッセイにより測定するためのキットや、そのための装置は市販されているので、これらの市販品を用いて容易にサイログロブリンのイムノアッセイを行うことができる。
【0018】
本発明の方法で用いられる質量分析としては、周知の方法を用いることができる。質量分析法としては、特に限定されないが、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)、液体クロマトグラフ/タンデム質量分析装置(LC-MS/MS)等を用いることができる。なお、サイログロブリン等のタンパク質を定量することができる質量分析装置や試薬は市販されているので、これらの市販品を用いて容易にサイログロブリンの定量を行うことができる。
【0019】
カットオフ値は、下記実施例に具体的に記載するとおり、バセドウ病患者の検体と、無痛性甲状腺炎患者の検体を集め、それらにおけるサイログロブリン濃度を測定し、種々の数値をカットオフ値とした場合の陽性的中率及び/又は陽性尤度比を算出し、所望の陽性的中率及び/又は陽性尤度比を達成できる値を選択することにより設定することができる。下記実施例に具体的に示されるとおり、血清検体において、カットオフ値を20ng/mLとすれば、陽性的中率が84%となり、30ng/mLとすれば、陽性的中率が94%となる。
【0020】
陽性的中率は、ある検査において「陽性と判定された場合に、真の陽性である確率」として定義される値である。バセドウ病を陽性、無痛性甲状腺炎を陰性とし、「真の陽性患者で検査で陽性と判定される人数a」、「真の陽性患者で検査で陰性と判定される人数c」「真の陰性患者で検査で陽性と判定される人数b」「真の陰性患者で検査で陰性と判定される人数d」とした場合、本発明の方法において陽性的中率は、「a/(a+b)」により算出することができる。また、陽性尤度比は、ある検査において、検査結果が陽性の人に着目したときに、有病者が無病者よりも何倍陽性になりやすいかを示す。本発明の方法において陽性尤度比は、「(a/(a+c))/(b/(b+d))」により算出することができる。
【0021】
カットオフ値は上記のように設定できるが、血液検体では、カットオフ値は、通常、20ng/mL~190ng/mLの範囲内、好ましくは、30ng/mL~150ng/mLの範囲内である。
【0022】
なお、本発明の方法は、陽性的中率及び/又は陽性尤度比に着目した方法である。
本発明の方法を、公知の診断方法と組み合わせて用いてもよい。公知の診断方法としては、TRAb値に基づく方法を好ましい例として挙げることができる。このような公知のバセドウ病診断方法と組み合わせることにより、公知の診断方法よりも正確な診断が可能になる。
【実施例0023】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0024】
実施例:サイログロブリン測定によるバセドウ病と無痛性甲状腺炎の鑑別
血液検体中のサイログロブリン濃度に基づいて、バセドウ病と無痛性甲状腺炎を区別できるかどうかを検討するため、バセドウ病と診断された患者由来の血液検体と、無痛性甲状腺炎と診断された患者由来の血液検体のサイログロブリン濃度を測定した。
【0025】
測定対象としては、バセドウ病と診断された患者由来の血清検体179例、および無痛性甲状腺炎と診断された患者由来の血清検体115例を用いた。いずれもトリナ・バイオリアクティブス社から購入した検体であり、-20℃にて保管したこれら血清を測定前に溶解して用いた。
【0026】
測定には、ルミパルスプレスト(登録商標) iTACT(登録商標) Tgおよびキャリブレータ(富士レビオ社製)、およびルミパルスプレスト用試薬(基質液、洗浄液等)(富士レビオ社製)を用い、添付文書及び添付のプロトコルに従って、検体中のサイログロブリンを測定した。
【0027】
具体的には、まず、ルミパルスプレストiTACT Tgに付属された前処理液90μLと測定用試料30μLを混合後、37℃、6.5分間反応させた。次いで、サイログロブリンと特異的に結合する抗サイログロブリンモノクローナル抗体(マウス)が結合された抗体結合粒子(抗サイログロブリンモノクローナル抗体(マウス)結合フェライト粒子)80μLを添加して撹拌した後、37℃、8分間反応させた。磁力により、磁性粒子から反応残液を分離除去し、洗浄液にて洗浄した。洗浄後の粒子にALP標識抗サイログロブリンモノクローナル抗体(マウス)を添加し、撹拌後、37℃で8分間反応させた。再度磁力により磁性粒子と反応残液を分離除去し、洗浄液にて洗浄した。この粒子にアルカリホスファターゼの化学発光基質である3-(2'-スピロアダマンタン)-4-メトキシ-4-(3''-ホスホリルオキシ)フェニル-1,2-ジオキセタン・2ナトリウム塩(AMPPD)を含む基質液200μLを添加し37℃で4分間反応させた。反応後の化学発光量(波長463mm)をルミノメーターで測定した。測定には全自動化学発光免疫測定装置ルミパルスプレストIIまたは、ルミパルスL2400(富士レビオ社製)を使用した。
【0028】
上記測定方法に従って検体を測定し、サイログロブリンの測定値(ng/mL)を求めた。結果を図1に示した。その結果、サイログロブリンの測定値は、バセドウ病患者において高値領域に分布する傾向がみられた。両側t検定の結果、p値<0.05であり測定値の分布に有意差を認めた。
【0029】
サイログロブリン測定値0.001ng/mLから200ng/mL以上の範囲にカットオフを定めた場合の、バセドウ病患者の検体179例と無痛性甲状腺炎患者の検体115例それぞれの陽性者数と陰性者数を算出し、各カットオフ値での陽性的中率(PPV)と陽性尤度比(LR)を表1に示した。なお、陽性数が0となった場合には陽性的中率と陽性尤度比は計算できないことから、表1では点線で示した。
【0030】
【表1】
【0031】
図1および表1に示すように、サイログロブリン測定値を20ng/mLをカットオフ値としたとき、陽性的中率(PPV)は84%であり、84%の割合でバセドウ病と無痛性甲状腺炎を鑑別することが可能であることが明らかとなった。また、サイログロブリン測定値を30ng/mL以上をカットオフ値としたとき、陽性的中率(PPV)は92%~100%であり、非常に高い割合でバセドウ病と無痛性甲状腺炎を鑑別することが可能であることが明らかとなった。
【0032】
これらの結果から、検体中のサイログロブリンを測定することによって、高精度にバセドウ病と無痛性甲状腺炎とを鑑別することが可能であることが示された。本発明の方法によれば、測定されたサイログロブリン測定値から、臨床症状や血中甲状腺ホルモン濃度だけでは鑑別が困難なバセドウ病と無痛性甲状腺炎を鑑別することができる。具体的には、カットオフ値と比較して、サイログロブリン測定値が該カットオフ値以上である場合は、検体は無痛性甲状腺炎ではなくバセドウ病であると判定することができる。つまり、カラードップラー超音波や甲状腺シンチ等の画像検査を行わずとも、血清検査で簡便かつ高い精度でバセドウ病と無痛性甲状腺炎とを鑑別することができる。
【0033】
さらに、表1に示すように、サイログロブリン測定値を20ng/mLをカットオフ値としたとき、陽性尤度比(LR)は3.4であった。サイログロブリンが該カットオフ値以上であるときに、サイログロブリンの測定によりバセドウ病患者では無痛性甲状腺炎患者に対して3.4倍陽性になりやすいことを示している。また、サイログロブリン測定値を30ng/mLをカットオフ値としたとき、陽性尤度比(LR)はさらに高値となり、サイログロブリンの測定により、よりバセドウ病と無痛性甲状腺炎を鑑別できる確率が高まることが示された。
図1