(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023145110
(43)【公開日】2023-10-11
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231003BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20231003BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022052400
(22)【出願日】2022-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100179589
【弁理士】
【氏名又は名称】酒匂 健吾
(72)【発明者】
【氏名】芝辻 雄一
(57)【要約】
【課題】不働態域における耐ミクロ腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を、提供する。
【解決手段】質量%で、Cr:18.0%以上25.0%以下、Mo:1.50%以上3.50%以下、Ag:0.04%以上0.20%以下およびN:0.20%以上0.35%以下を含有させ、さらに、次式(1)の関係を満足させる。
[Cr]+3.3[Mo]≧25.0 ・・・(1)
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.100%以下、
Si:2.00%以下、
Mn:2.00%以上7.00%以下、
P:0.070%以下、
S:0.030%以下、
Cr:18.0%以上25.0%以下、
Mo:1.50%以上3.50%以下、
Ni:5.0%以上12.0%以下、
Ag:0.04%以上0.20%以下および
N:0.20%以上0.35%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有し、
次式(1)の関係を満足する、オーステナイト系ステンレス鋼。
[Cr]+3.3[Mo]≧25.0 ・・・(1)
ここで、[Cr]および[Mo]はそれぞれ、前記成分組成におけるCr含有量(質量%)およびMo含有量(質量%)である。
【請求項2】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Al:0.100%以下、
Ti:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Cu:2.50%以下、
W:0.50%以下、
V:0.30%以下および
B:0.0100%以下
のうちから選ばれる1種または2種以上を含有する、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不働態域における耐ミクロ腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、インプラントをはじめとする医療器具には、素材としてTi合金やCo-Cr合金のほか、ステンレス鋼が多く使われている。医療器具用ステンレス鋼は、MRI(核磁気共鳴画像法)による検査を受ける際の事故防止の観点から、非磁性組織であるオーステナイト系であることが求められる。
【0003】
また、医療器具用ステンレス鋼では、金属アレルギーをもつ患者に対応するため、Ni含有量を極力抑制(例えば、12.0質量%以下に抑制)した成分組成が志向されている。そのため、Niの代替としてN含有量を増加させることにより、オーステナイト組織の安定性および不働態皮膜の安定性を確保した高Nオーステナイト系ステンレス鋼が開発されている。
【0004】
このような高Nオーステナイト系ステンレス鋼として、例えば、質量%で、Cr:19.5~22.0%、Ni:9.0~11.0%、Mo:2.0~3.0%、Mn:2.0~4.25%およびN:0.25~0.50%を含有する成分組成を有するISO 5832-9で規定されるステンレス鋼が挙げられる。このステンレス鋼は、人工股関節インプラント用素材として用いられている。
【0005】
また、特許文献1には、
「質量%で(以下同じ)、C:0.15%以下、Si:1.0%以下、Mn:3.0~12.0%、P:0.030%以下、Ni:0.50%以下、Cr:15.0~21.0%、N:0.70~1.50%、Al:0.020%以下及びO:0.020%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする高強度高耐食非磁性ステンレス鋼。」
が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、生体内で使用されるオーステナイト系ステンレス鋼には、生体親和性の観点から、鋼中の金属元素がイオン化して溶出することの抑止(以下、金属イオンの溶出抑止ともいう。)が求められる。この金属イオンの溶出抑止には、後述する発明者らの検討から明らかになったように、耐孔食性(耐孔空き性)に優れるだけでは不十分で、不働態域における耐ミクロ腐食性に優れることが必要である。
【0008】
この点、ISO 5832-9で規定されるステンレス鋼および特許文献1に開示のオーステナイト系ステンレス鋼では、ミクロ腐食の抑制については考慮が払われておらず、不働態域における耐ミクロ腐食性は保証されていない。また、特許文献1に開示のオーステナイト系ステンレス鋼のように、Nを鋼中に0.70質量%以上含有させるには、エレクトロスラグ再溶解法(ESR)を利用する必要があり、製造コストが大幅に上昇するという問題もある。
【0009】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたものであって、不働態域における耐ミクロ腐食性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼を提供することを目的とする。
【0010】
ここで、「不働態域における耐ミクロ腐食性に優れる」とは、試験溶液に試験片となるオーステナイト系ステンレス鋼を浸漬させ、JIS G 0577に規定される孔食電位測定の方法に準拠して自然浸漬電位から電流密度:1.1mA・cm-2に到達する電位まで貴方向に電位を掃引した際に、200~400mV vs.Ag/AgClの電位域での電流振動数が250未満であることを意味する。また、試験溶液には温度:37℃の0.9質量%NaCl水溶液を脱気せずに使用し、電位掃引速度は20mV・min-1とする。また、電流振動数は、200~400mV vs.Ag/AgClの電位域において電流密度を1s毎に連続して測定し、当該電位域において電流密度が1μA・cm-2以上である測定値の数とする。なお、不働態皮膜の部分的な破壊によるミクロピットの形成が生じなければ、200~400mV vs.Ag/AgClの電位域の電流密度は、通常、1μA・cm-2未満になるので、ここでは、上記のようにして、電流振動数をカウントする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
さて、発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋭意検討を行った。
まず、発明者らは、上記ISO 5832-9で規定される成分組成を模擬した種々の鋼、具体的には、質量%で、Cr:19.5~22.0%、Ni:9.0~11.0%、Mo:2.0~3.0%およびN:0.20%以上を含有する成分組成の鋼を溶製し、各鋼について、生体内を模擬した37℃、0.9質量%NaCl水溶液中で孔食電位を測定した。
【0012】
その結果、いずれの鋼種でも、孔食電位は900mV vs.Ag/AgCl以上であり、耐孔食性に問題はなかった。しかし、いずれの鋼種でも、金属イオンの溶出が確認された。
【0013】
そこで、発明者らは、金属イオンの溶出を抑止するには、耐孔食性に優れるだけでは不十分あると考え、金属イオンの溶出原因について、さらに検討を重ねた。
その結果、
・金属イオンの溶出が確認された上記の各鋼では、不働態域において微細な電流振動が多数発生していること、および
・上記の微細な電流振動が、鋼の表面でのミクロピットの形成および修復により生じること、
を知見した。
【0014】
すなわち、不働態域において微細な電流振動が発生する場合、マクロ的には不働態皮膜が維持されていても、ミクロ的には不働態皮膜が部分的に破壊されてミクロピットが形成され、このミクロピットが形成されてから修復される(不働態皮膜が破壊された部分に、再度、不働態皮膜が形成される)までの間に、ミクロピットから金属元素がイオン化して溶出する。ここでは、ミクロピットから金属元素がイオン化して溶出する現象をミクロ腐食と呼び、当該ミクロ腐食の抑止性能を、耐ミクロ腐食性と呼ぶ。
【0015】
また、不働態域とは、生体内を模擬した試験液(以下、生体内模擬液ともいう)にオーステナイト系ステンレス鋼を浸漬させ、ついで、当該オーステナイト系ステンレス鋼を自然浸漬電位から貴方向(アノード方向)に分極して得られるアノード分極曲線での電位範囲の1つである。例えば、
図1に示すような電流密度が安定的に1μA・cm
-2前後に維持される200~400mV vs.Ag/AgClの電位域である。
【0016】
上記の知見を基に、発明者らは、不働態域におけるミクロピットの発生を抑制して金属イオンの溶出を抑止する、換言すれば、不働態域における耐ミクロ腐食性を高めるべく、さらに検討を重ねた。
その結果、オーステナイト系ステンレス鋼の成分組成において、適量のNとともに適量のAgを含有させることにより、上記の微細な電流振動が抑制され、有害な金属元素の溶出を抑止できるという知見を得た。この理由について、発明者らは、鋼中のAgが生体内模擬液中の塩化物イオンと結合することにより、塩化物イオンのもつ不働態皮膜への攻撃が弱まり、その結果、固溶Nによる不働態化が促進される(以下、固溶Nによる不働態化効果ともいう)ためと考えている。なお、Agは、生体に対して毒性がないと考えられる。
【0017】
また、発明者らは、上記の知見を基にさらに検討を重ね、オーステナイト系ステンレス鋼の成分組成を適正に制御する、特には、質量%で、
Cr:18.0%以上25.0%以下、
Mo:1.50%以上3.50%以下、
Ag:0.04%以上0.20%以下および
N:0.20%以上0.35%以下
を含有させ、さらに、次式(1)の関係を満足させることにより、固溶Nによる不働態化効果が最大化され、従来に比べて、格段に優れた耐ミクロ腐食性が得られることを知見した。
[Cr]+3.3[Mo]≧25.0 ・・・(1)
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。
【0018】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で、
C:0.100%以下、
Si:2.00%以下、
Mn:2.00%以上7.00%以下、
P:0.070%以下、
S:0.030%以下、
Cr:18.0%以上25.0%以下、
Mo:1.50%以上3.50%以下、
Ni:5.0%以上12.0%以下、
Ag:0.04%以上0.20%以下および
N:0.20%以上0.35%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有し、
次式(1)の関係を満足する、オーステナイト系ステンレス鋼。
[Cr]+3.3[Mo]≧25.0 ・・・(1)
ここで、[Cr]および[Mo]はそれぞれ、前記成分組成におけるCr含有量(質量%)およびMo含有量(質量%)である。
【0019】
2.前記成分組成が、さらに、質量%で、
Al:0.100%以下、
Ti:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Cu:2.50%以下、
W:0.50%以下、
V:0.30%以下および
B:0.0100%以下
のうちから選ばれる1種または2種以上を含有する、前記1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、エレクトロスラグ再溶解法(ESR)を利用せずとも製造可能である成分組成を用いながら、不働態域における耐ミクロ腐食性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼を得ることができる。
また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、不働態域における耐ミクロ腐食性に優れるので、生体内インプラントのような金属イオンの溶出抑止が求められる製品に使用して特に有利である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】オーステナイト系ステンレス鋼のアノード分極曲線の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
まず、本発明の一実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の成分組成について説明する。なお、成分組成における単位はいずれも「質量%」であるが、以下、特に断らない限り、単に「%」で示す。
【0023】
C:0.100%以下
Cは、オーステナイト相を安定化させる元素である。そのため、C含有量は0.003%以上とすることが好ましい。一方、C含有量が0.100%を超えると、加工性が低下する。そのため、C含有量は0.100%以下とする。C含有量は、好ましくは0.090%以下であり、より好ましくは0.080%以下である。
【0024】
Si:2.00%以下
Siは、脱酸効果を有する元素である。このような効果を得るため、Si含有量は0.01%以上が好ましい。しかし、Si含有量が2.00%を超えると、鋼が硬質化して加工性が低下する。さらに、Siはフェライト相を安定化させる元素であることから、オーステナイト相の安定化を妨げる。そのため、Si含有量は2.00%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.50%以下であり、より好ましくは0.35%以下である。
【0025】
Mn:2.00%以上7.00%以下
Mnは、Nの固溶量を増加させる効果がある。また、Mnは、鋼中に存在するSと結合することにより、Sの粒界偏析による熱間圧延時の割れを防止する。このような効果を得るため、Mn含有量は2.00%以上とする。しかし、Mn含有量が7.00%を超えると、Mn硫化物の析出量が多くなって、耐孔食性の低下を招く。そのため、Mn含有量は2.00~7.00%とする。Mn含有量は、好ましくは2.50%以上である。また、Mn含有量は、好ましくは5.00%以下であり、より好ましくは4.00%以下であり、さらに好ましくは3.50%以下である。
【0026】
P:0.070%以下
Pは、靱性や耐食性の低下を招く元素である。そのため、Pは、極力鋼中に混入させないことが望ましい。特に、P含有量が0.070%を超えると、靭性や耐食性が大きく低下する。そのため、P含有量は0.070%以下とする。P含有量は、好ましくは0.050%以下であり、より好ましくは0.040%以下である。P含有量の下限は特に限定されるものではないが、過度の脱Pは製造コストの増加を招く。そのため、P含有量は、0.010%以上が好ましい。
【0027】
S:0.030%以下
Sは、粒界偏析により、熱間圧延時に割れを生じさせる元素である。また、Sは、耐食性も低下させる元素でもある。そのため、Sは、極力鋼中に混入させないことが望ましい。特に、S含有量が0.030%を超えると、熱間圧延性や耐食性が大きく低下する。そのため、S含有量は0.030%以下とする。S含有量は、好ましくは0.010%以下であり、より好ましくは0.005%以下である。S含有量の下限は特に限定されるものではないが、過度の脱Sは製造コストの増加を招く。そのため、S含有量は、0.0001%以上が好ましい。
【0028】
Cr:18.0%以上25.0%以下
Crは、鋼の表面に形成される不働態皮膜を強固にし、耐食性を向上させる元素である。このような効果を得るため、Cr含有量を18.0%以上とする。しかし、Crはフェライト安定化元素である。そのため、Cr含有量が25.0%超になると、オーステナイト相の安定化を妨げるとともに、加工性を低下させる。そのため、Cr含有量は18.0%~25.0%とする。Cr含有量は、好ましくは19.0%以上であり、より好ましくは20.5%以上である。また、Cr含有量は、好ましくは24.0%以下であり、より好ましくは23.0%以下である。
【0029】
Mo:1.50%以上3.50%以下
Moは、Cr同様、鋼の表面に形成される不働態皮膜を強固にし、耐食性を向上させる元素である。このような効果を得るため、Mo含有量を1.50%以上とする。しかし、Mo含有量が3.50%超になると、熱間加工性の低下を招く。そのため、Mo含有量は1.50~3.50%とする。Mo含有量は、好ましくは2.00%以上であり、より好ましくは2.30%以上である。また、Mo含有量は、好ましくは3.00%以下であり、より好ましくは2.70%以下である。
【0030】
Ni:5.0%以上12.0%以下
Niは、オーステナイト相の生成を促進する元素である。オーステナイト系ステンレス鋼とするためには、Ni含有量を5.0%以上とする必要がある。しかし、Ni含有量が12.0%超になると、加工性の低下を招き、割れ等が発生しやすくなる。そのため、Ni含有量は、5.0~12.0%とする。Ni含有量は、好ましくは8.0%以上であり、より好ましくは10.0%以上である。また、Ni含有量は、好ましくは11.0%以下である。
【0031】
Ag:0.04%以上0.20%以下
Agは、不働態域でのミクロピットの形成を抑制する効果を有する重要な元素である。すなわち、Agは、環境中の塩化物イオンと結合することにより、塩化物イオンの攻撃性を弱め、固溶Nによる不働態化を促進し、不働態域でのミクロピットの形成を抑制する。このような効果を得るためには、Ag含有量を0.04%以上とする必要がある。しかし、Ag含有量が0.20%を超えると、素材コストが高くなる。また、熱間加工性が低下して熱間圧延時のエッジ割れの原因となる。そのため、Ag含有量は0.04~0.20%とする。Ag含有量は、好ましくは0.06%以上である。Ag含有量は、好ましくは0.10%以下である。
【0032】
N:0.20%以上0.35%以下
Nは、不働態化を促進する効果があり、適量のAgとともに含有させることにより、不働態域でのミクロピットの形成を抑制する効果を有する、重要な元素である。このような効果を得るためには、N含有量を0.20%以上とする必要がある。しかし、N含有量が0.35%を超えると、通常の真空誘導溶解法で製造することができず、ESRにより製造が必要となり、製造コストが上昇する。また、成形性も低下する。そのため、N含有量は0.20~0.35%とする。N含有量は好ましくは0.23%以上である。N含有量は好ましくは0.30%以下であり、より好ましくは0.25%以下である。
【0033】
[Cr]+3.3[Mo]≧25.0 ・・・(1)
CrおよびMoは、前述のとおり、鋼の表面に形成される不働態皮膜を強固にし、耐食性を向上させる元素である。また、上述したように、固溶Nによる不働態化効果を最大化して優れた耐ミクロ腐食性を得るためには、Cr、Mo、AgおよびNの含有量を上記の範囲に制御し、さらに、[Cr]+3.3[Mo]を25.0以上とする必要がある。[Cr]+3.3[Mo]は、好ましくは26.0以上であり、より好ましくは27.0以上である。
ここで、[Cr]および[Mo]はそれぞれ、上記の成分組成におけるCr含有量(質量%)およびMo含有量(質量%)である。
【0034】
以上、本発明の一実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の基本成分について説明したが、上記の基本成分に加えて、さらに、
Al:0.100%以下、
Ti:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Cu:2.50%以下、
W:0.50%以下、
V:0.30%以下および
B:0.0100%以下、
のうち選ばれる1種もしくは2種以上を、適宜含有させることができる。
【0035】
Al:0.100%以下
Alは、脱酸効果を有する元素である。この効果を得るため、Al含有量は0.010%以上が好ましい。Al含有量は、より好ましくは0.015%以上であり、さらに好ましくは0.020%以上である。しかし、Al含有量が0.100%を超えると、アルミ窒化物により、表面疵が発生する可能性がある。そのため、Alを含有させる場合、その含有量は0.100%以下とする。Al含有量は、好ましくは0.080%以下であり、より好ましくは0.050%以下である。
【0036】
Ti:0.50%以下
Tiは、鋼中に含まれるCやNと結合することにより鋭敏化を防止する効果がある。このような効果を得るためには、Ti含有量を0.01%以上とすることが好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.05%以上であり、さらに好ましくは0.10%以上である。しかし、Ti含有量が0.50%を超えると、素材コストが増加する。また、Ti系介在物により表面疵が発生する可能性がある。そのため、Tiを含有させる場合、Ti含有量は0.50%以下とする、Ti含有量は、好ましくは0.20%以下である。
【0037】
Nb:0.50%以下
Nbは、Ti同様、鋼中に含まれるCやNと結合することにより鋭敏化を防止するスタビライズ元素としての効果がある。このような効果を得るためには、Nb含有量を0.01%以上とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.05%以上であり、さらに好ましくは0.10%以上である。しかし、Nb含有量が0.50%を超えると、素材コストが増加する。また、Nb系介在物により表面疵が発生する可能性がある。そのため、Nbを含有させる場合、Nb含有量は0.50%以下とする。Nb含有量は、好ましくは0.20%以下である。
【0038】
Cu:2.50%以下
Cuは、オーステナイト相を安定化させる元素である。また、Cuは、耐孔食性を向上させる効果も有する。このような効果を得るためには、Cu含有量を0.01%以上とすることが好ましい。Cu含有量は、より好ましくは0.03%以上であり、さらに好ましくは0.05%以上である。しかし、Cu含有量が2.50%を超えると、熱間加工性の低下を招く。そのため、Cuを含有させる場合、Cu含有量は2.50%以下とする、Cu含有量は、好ましくは1.00%以下である。
【0039】
W:0.50%以下
Wは、耐孔食性を向上させる元素である。このような効果を得るためには、W含有量を0.01%以上とすることが好ましい。W含有量は、より好ましくは0.02%以上であり、さらに好ましくは0.03%以上である。しかし、W含有量が0.50%を超えると、素材コストが増加する。また、延性の低下を招く。そのため、Wを含有させる場合、W含有量は0.50%以下とする。W含有量は、好ましくは0.20%以下であり、より好ましくは0.10%以下である。
【0040】
V:0.30%以下
Vは、耐孔食性を向上させる元素である。このような効果を得るためには、V含有量を0.01%以上とすることが好ましい。V含有量は、より好ましくは0.03%以上であり、さらに好ましくは0.05%以上である。しかし、V含有量が0.30%を超えると、V含有介在物により表面疵が発生する可能性がある。そのため、Vを含有させる場合、V含有量は0.30%以下とする。V含有量は、好ましくは0.20%以下であり、より好ましくは0.10%以下である。
【0041】
B:0.0100%以下
Bは、熱間圧延時のエッジ割れを防止する効果がある。このような効果を得るためには、B含有量を0.0010%以上とすることが好ましい。しかし、B含有量が0.0100%を超えると、耐食性が低下する可能性がある。そのため、Bを含有させる場合、B含有量は0.0100%以下とする。B含有量は、好ましくは0.0050%以下である。
【0042】
上記以外の成分はFeおよび不可避的不純物である。ここで、不可避的不純物としては、例えば、Oが挙げられる。介在物形成による表面疵を防止するため、O含有量は0.05%以下であることが望ましい。
【0043】
次に、本発明の一実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の組織について説明する。
本発明の一実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の組織は、基本的にオーステナイト相により構成される(オーステナイト相の体積率が99%以上)。また、本発明の一実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の組織は、オーステナイト相以外の残部として、体積率で1%以下の介在物および析出物を含有していてもよい。介在物および析出物としては、例えば、酸化物、炭化物、窒化物、硫化物および金属間化合物からなる群より選択される1または2以上が挙げられる。
【0044】
なお、各相の同定は、常法に従い行えばよい。例えば、オーステナイト系ステンレス鋼の形状が鋼板である場合、当該鋼板から圧延方向断面(L断面)を観察面とする試験片を切り出す。ついで、試験片を研磨し、EBSD(電子線後方散乱回折法、倍率:500倍)により、板厚中央部(t/2位置、ここでtは当該鋼板の板厚である)の組織観察を行い、得られた撮影像から、TSLソリューションズ社製の画像解析ソフトOIM Analysisを用いて、組織(相)の種類の同定、および、各組織(相)の分率(面積率)の測定を行う。
【0045】
なお、本発明の一実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の形状は特に限定されず、例えば、鋼板、棒鋼、線材等が挙げられる。
【0046】
次に、本発明の一実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の好適な製造方法について、説明する。
【0047】
上記の成分組成を有する溶鋼を、転炉や電気炉で溶製し、VOD(Vacuum Oxygen Decarburization)やAOD(Argon Oxygen Decarburization)等で製錬後、連続鋳造や鋼片圧延を経て、鋼スラブやブルーム、ビレット等の用途に応じた任意の形状とする。ビレットはさらなる圧延により、棒鋼や線材に加工してもよい。
【0048】
例えば、鋼板を製造する場合、鋼スラブを1200~1300℃に加熱後、熱間圧延して熱延鋼板とする。得られた熱延鋼板に、任意に、熱延板焼鈍および酸洗を施す。必要に応じて、酸洗前にショットブラストを施してもよい。ついで、熱延鋼板に、任意に、冷間圧延を施して冷延鋼板としてもよい。ついで、得られた冷延鋼板に、任意に、冷延板焼鈍を施す。さらに、熱延鋼板または冷延鋼板に仕上げ圧延(最終の冷間圧延)を施して所望の板厚とすることができる。また、仕上げ圧延後に、仕上げ焼鈍を施してもよい。
なお、熱間圧延や冷間圧延、熱延板焼鈍、冷延板焼鈍、仕上げ圧延および仕上げ焼鈍などの条件は特に限定されず、常法に従えばよい。また、冷延板焼鈍後に酸洗してもよい。また、冷間圧延の際に、中間焼鈍を施してもよい。さらに、冷延板焼鈍、中間焼鈍および仕上げ焼鈍を、光輝焼鈍としてもよい。
【実施例0049】
表1に示す成分組成(残部はFeおよび不可避的不純物)を有する30kgの鋼塊を真空溶解炉で溶製し、1200℃で加熱後、熱間圧延により板厚:30mmのシートバーを作製した。このシートバーを長さ:120mmに切断した後、シートバーの上下をそれぞれ2.5mm研削し、板厚:25mmのシートバーを得た。ついで、このシートバーを再度、1200℃に加熱してから熱間圧延し、板厚:4mmの熱延鋼板を作製した。この熱延鋼板を、長さ:220mmに切断した後、1060℃で熱延板焼鈍を施した。ついで、ショットブラストおよびグラインダーでの研削により、熱延鋼板の表面のスケールを除去した。ついで、この熱延鋼板を冷間圧延し、板厚:1.0mmの冷延鋼板を作製した。この冷延鋼板を長さ:200mmに切断した後、1060℃で冷延板焼鈍を施した。ついで、ショットブラストおよびグラインダーでの研削により、冷延鋼板の表面のスケールを除去した。
【0050】
かくして得られた鋼板について、以下の要領で、耐ミクロ腐食性を評価した。なお、得られた鋼板の組織観察を上記の要領で行ったところ、いずれの鋼板の組織でも、オーステナイト相の体積率が99%以上であった。
【0051】
・耐ミクロ腐食性の評価
上記のようにして得た鋼板から、所定の試験片を採取し、生体内を模擬した環境において、耐ミクロ腐食性を評価した。
具体的には、試験溶液として温度:37℃の0.9質量%NaCl水溶液を脱気せずに使用し、当該試験溶液中に試験片を浸漬させた。ついで、JIS G 0577に規定される孔食電位測定の方法に準拠して、自然浸漬電位から電流密度1.1 mA・cm-2に到達する電位まで貴方向に電位掃引速度20mV・min-1で電位を掃引した。なお、参照電極には、Ag/AgCl(飽和KCl)を使用した。加えて、試験片には、孔食電位測定前に、50℃、30質量%の硝酸水溶液中に1hr浸漬する不働態化処理を施し、#600研磨紙での乾式研磨を行った。
【0052】
いずれの鋼種でも、電流密度が100μA・cm
-2に到達する電位:V
C’100は900 mV vs.Ag/AgCl以上であり、耐孔食性に問題はなかった。また、
図1に得られたアノード分極曲線の一例(試料No.1)を示す。
図1に示すように、いずれの鋼種でも、200~400 mV vs.Ag/AgClの電位域では、電流密度が1μA・cm
-2前後であった。そこで、200 mV vs.Ag/AgClと400 mV vs.Ag/AgClのそれぞれで電位掃引を停止して試験片の表面を観察したところ、いずれの鋼種の試験片でも肉眼で確認できるような孔食は確認されなかった。このことから、電位域:200~400 mV vs.Ag/AgClは、いずれの鋼種でも不働態域に相当すると考えられる。
【0053】
上記の点から、200~400 mV vs.Ag/AgClの電位域を不働態域における代表電位域と設定した。そして、当該代表電位域において上記の要領で電流振動数を測定し、この電流振動数により、以下の基準で、耐ミクロ腐食性を評価した。結果を表1に併記する。
〇(合格) :電流振動数が250未満
×(不合格):電流振動数が250以上
【0054】
なお、電流振動数が多いものほど、ミクロピットの形成と修復が多く発生していると言える。実際、電流振動数が250以上となった試験片の表面を光学顕微鏡で確認したところ、ミクロピットが多数確認された。そのため、このような試験片と同じオーステナイト系ステンレス鋼を生体内模擬液中で使用する場合には、金属イオンが溶出する。一方、電流振動数が250未満となった試験片では、金属イオンの溶出が従来に比べて大幅に抑制されていた。
【0055】
【0056】
表1より、発明例ではいずれも、優れた耐ミクロ腐食性が得られていた。
【0057】
一方、比較例である試料No.22および23では、Ag含有量が0.04%未満であるため、固溶Nによる不働態化効果が十分に得られず、耐ミクロ腐食性が劣っていた。
試料No.24では、N含有量が0.20%未満であるため、固溶Nによる不働態化効果が十分に得られず、耐ミクロ腐食性が劣っていた。
試料No.25では、[Cr]+3.3[Mo]が25.0未満であるため、固溶Nによる不働態化効果が最大化されず、十分な耐ミクロ腐食性が得られなかった。